<?xml version="1.0" encoding="UTF-8"?><rss version="2.0"
	xmlns:content="http://purl.org/rss/1.0/modules/content/"
	xmlns:wfw="http://wellformedweb.org/CommentAPI/"
	xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/"
	xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom"
	xmlns:sy="http://purl.org/rss/1.0/modules/syndication/"
	xmlns:slash="http://purl.org/rss/1.0/modules/slash/"
	>

<channel>
	<title>工芸家 - NIHONMONO</title>
	<atom:link href="https://nihonmono.jp/tag/%e5%b7%a5%e8%8a%b8%e5%ae%b6/feed/" rel="self" type="application/rss+xml" />
	<link>https://nihonmono.jp</link>
	<description>「にほん」の「ほんもの」を巡る旅マガジン</description>
	<lastBuildDate>Mon, 16 Jun 2025 03:52:40 +0000</lastBuildDate>
	<language>ja</language>
	<sy:updatePeriod>
	hourly	</sy:updatePeriod>
	<sy:updateFrequency>
	1	</sy:updateFrequency>
	<generator>https://wordpress.org/?v=6.8.5</generator>

<image>
	<url>https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2021/06/cropped-favicon-32x32.png</url>
	<title>工芸家 - NIHONMONO</title>
	<link>https://nihonmono.jp</link>
	<width>32</width>
	<height>32</height>
</image> 
	<item>
		<title>工芸とアートを融合した新しい継承の形。染色作家･古屋絵菜さん／山梨県甲州市</title>
		<link>https://nihonmono.jp/article/49751/</link>
					<comments>https://nihonmono.jp/article/49751/#respond</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 24 Sep 2024 07:40:59 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[山梨県]]></category>
		<category><![CDATA[甲州市]]></category>
		<category><![CDATA[工芸家]]></category>
		<category><![CDATA[ろうけつ染め]]></category>
		<category><![CDATA[新島八重]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://nihonmono.jp/?p=49751</guid>

					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/09/export2.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>布に描かれる、桜、芍薬（しゃくやく）、睡蓮などの美しい花々。繊細な線とグラデーションによって表現されるそれらはどこか妖しい魅力を放ち、見る人の心に何かを訴えかける。新たな可能性を追求する一人の染色作家が描き出す「ろうけつ [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/49751/">工芸とアートを融合した新しい継承の形。染色作家･古屋絵菜さん／山梨県甲州市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/09/export2.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>布に描かれる、桜、芍薬（しゃくやく）、睡蓮などの美しい花々。繊細な線とグラデーションによって表現されるそれらはどこか妖しい魅力を放ち、見る人の心に何かを訴えかける。新たな可能性を追求する一人の染色作家が描き出す「ろうけつ染め」の魅力と未来とは。</p>



<h2 class="wp-block-heading">ろうけつ染めを今に伝える染色作家</h2>



<figure class="wp-block-image"><img decoding="async" src="https://lh7-rt.googleusercontent.com/docsz/AD_4nXdwInIYueODQU3v13JqROI_XC6A4z1W2E3K3Z1R6-6XZGi7KXR-UAsEv8rrGuSpeDerLuuGBPLgkdrTIGxsYQbVa2GNF7y3Vte1jXyksDi44Ljd5yEa7p9yekhQm5Cy8OTbzN3XHyyRzfiqUR2wT99jruwnBC_0KQAkYfEnog?key=IYnYkqLeKl4OHX1ZahTeQg" alt=""/></figure>



<p>山梨県甲州市、山々に囲まれた自然豊かな地にアトリエを構え、「ろうけつ染め」という技法で四季折々の花々を描き出す染色作家の古屋絵菜（ふるやえな）さん。2013年1月6日から12月15日まで放送された、福島県会津に生まれ同志社大学を創設した新島（にいじま じょう）の妻、新島八重（にいじまやえ）の生涯を描いたNHK大河ドラマ「八重の桜」のオープニングタイトルバックに作品が用いられたことで一躍脚光を浴び、近年では企業や店舗とのタイアップ企画や各地での個展を開催するなど精力的に活動を行っている。そんな古屋さんのルーツには、同じくろうけつ染め作家として活動していた母からの強い影響があった。</p>



<h3 class="wp-block-heading">母のアートに触れて</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/09/export3.jpg" alt="" class="wp-image-49752" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/09/export3.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/09/export3-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/09/export3-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>小学校高学年頃までは「どの家でも親は絵を描いているもの」だと勘違いするほどに、絵を描くという行為がとても日常的だった。子育てと並行して毎年2回の展覧会への出品、染色作家として活動する母を見て育った古屋さんは、その後を追いかけるように美術大学への進学と作家の道へ憧れを抱くようになる。</p>



<p>高校卒業後は武蔵野美術大学工芸工業デザイン科に進学し、主にテキスタイルを学ぶ。卒業が迫った際には、会社組織で働くサラリーマンの道は一切頭になかったそうだ。「若さゆえの浅はかな考えだったと思います」。卒業後は大学院に進み、研究員として勤務しながら美術に対する理解を深め続けていった。こうした過程で様々な美術作品に触れるも、最後に選択したのは母と同じ染色作家だった。</p>



<p>「日本画に傾倒していた時期もありますし、作家として様々な道があることも学んだ期間でしたが、染色作家の道を目指すことに迷いはありませんでした」</p>



<p>しかし、その道は平坦なものではなく、活動を始めた当初は中々作品が陽の目を浴びず「自分が作品を作り続ける意味」に悩んだこともあったそうだ。そんな中、大きな転機となったのが2013年。大学院を卒業の際、大河ドラマ「八重の桜」のタイトルバックに使用する作品の制作依頼を受けることになる。全長8mと、これまでにない大作の制作に挑み、放送が始まると各所から大きな反響を呼んだ。</p>



<p>「自分の名前をクレジットの中に見つけた時、作品を作り続けてきて本当に良かったと心から思いました」</p>



<h2 class="wp-block-heading">ろうけつ染めという技法</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/09/export11.jpg" alt="" class="wp-image-49754" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/09/export11.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/09/export11-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/09/export11-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>「ろうけつ染め」は、布に熱く溶かした蝋（ろう）を筆で塗り、乾いた段階で染料を筆、刷毛を使って染め、最後に蝋を洗い流すことで模様を表現する防染技法で、「塗る・染める」の工程を繰り返し、洗い定着させる。筆のかすれやひびによっても独特の風合いが表れ、繰り返し蝋を重ねていくことで繊細な色合いや奥行きが表現される。一度染めると染料が乾くまで待つ必要があり、小規模な作品であっても制作にかかる期間は数週間を要する。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/09/export19.jpg" alt="" class="wp-image-49755" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/09/export19.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/09/export19-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/09/export19-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>古屋さんは「染め」にこだわり、布を染料に浸すのではなく、筆と刷毛を用いて描くように色を付けている。白い布の色をそのまま生かす場合もあれば、色を染め、残しておきたい染めの上にろうを置き、薄い色から濃い色へとどんどん染め重ねていくことで、独特のグラデーションや陰影を表現する場合もある。ただでさえ時間のかかるろうけつ染めの工程において、「ここまで細かく手間をかけているろうけつ作家は少ないと思う」と笑う古屋さん。大変だと思う時もあるが、手間をかけるからこそ表現できる幅が広がるのだと、自身の技法へのこだわりを話す。</p>



<p>「幼い頃から絵を描くのが好きで、染色の中でもろうけつ染めはその作業にとても近い。自分にとってはそれが凄く魅力的なんです」</p>



<h3 class="wp-block-heading">蝋へのこだわり</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/09/export25.jpg" alt="" class="wp-image-49756" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/09/export25.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/09/export25-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/09/export25-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>古屋さんが制作に用いているのは、ロウソクやクレヨン等で身近に使用されているパラフィンワックスと、融点が高く強度と柔軟性を持ったマイクロワックス。ひびを入れたい場合はパラフィン単一で、また模様を描く場合は配合させるなど、生地との相性や気温・湿度等に合わせ、目的に応じて主に2種類のワックスを使い分けている。</p>



<p>日本におけるろうけつ染めの歴史は古く、奈良時代よりミツバチの巣からとれる「蜜蝋（みつろう）」が用いられていた。しかし894年に輸出入の要であった遣唐使が廃止されると、蜜蝋の入手は困難になり、石油原料が輸入されるようになる大正初期まで「高価な染色」としてその文化が途絶えてしまっていたそうだ。</p>



<p>「ろうけつ染めの業界も徐々に進歩しているんです」。ルーツにこだわり蜜蝋を使っていた時期もあったそうだが、より良い作品作りのため新たな化学原料も使用しながら、さらに自分らしい表現を模索している。</p>



<h2 class="wp-block-heading">工芸とアートを行き来する</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/09/export8.jpg" alt="" class="wp-image-49757" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/09/export8.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/09/export8-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/09/export8-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>ろうけつ染めの発祥には諸説あるが、中国の北西部、新疆（しんきょう）ウイグル自治区のニヤ遺跡からろうけつ染めの綿布が発見されていることから、2～3世紀頃には既にその技法が存在していたとされている。大河ドラマの放送で大きな反響を受けていた頃、自分が作っている物の歴史背景に興味を持った古屋さんは1年間中国の上海に渡った。アート市場が大きい上海のリアルを目の当たりにしつつ、内陸の少数民族が昔から受け継いでいる太古のろうけつ染めを学びに行くなど、充実した1年間を過ごす。</p>



<p>「部族によって柄が違っていたりと民族性が顕著に表れている。それらの扱いはアートという感じではなく、“工芸品”や“お土産品”に近い存在に感じられました」。作り手が希少な日本と比べ、太古から脈々と技術が伝わる本場のろうけつ染めを肌で感じ、改めて文化としての厚みを強く実感したそうだ。</p>



<p>日本におけるろうけつ染めの歴史を発信・継承しながら、アートとしての新しい可能性を探っていく。「工芸とアート、その間の部分に私は居たいんです」、そう話す古屋さんの目はこれからのろうけつ染めを見据えていた。</p>



<h2 class="wp-block-heading">ろうけつ染めを繋ぐ「新しい継承の形」</h2>



<figure class="wp-block-image"><img decoding="async" src="https://lh7-rt.googleusercontent.com/docsz/AD_4nXc-vZNtRgsIeBlSEeJ50Qb7JfMARhHdoEvksvDSnIqdeehX8LH06a2qclozceCrPVc4u2v62S_rs9sZkQRXr-8TTE8IkH0Pd_4wAm-IatoWSbsw0_pTIk6z45_F0axLrBdpOE-ap_qDrWeNhYokXHbj0PerdpIQYuL8mP66qQ?key=IYnYkqLeKl4OHX1ZahTeQg" alt=""/></figure>



<p>ろうけつ染めのような染織技法は主に着物などの実用品に多く用いられていたもので、着物が日常的に着られなくなった現在、国内の作家は数える程にまで減ってしまっていると言う。古屋さんはそんな現状に歯止めをかけるべく、山梨の和菓子店「和乃菓（わのか）」の菓子箱デザインや、アイスブランド「ハーゲンダッツ」のアートパッケージ、トヨタ自動車が展開するブランド「LEXUS」主催のクラフトプロジェクト「LEXUS NEW TAKUMI PROJECT」への参画、海外での個展開催など、多岐に渡ったアプローチでその魅力を世界に発信している。こうした活動によって、若年層など今までろうけつ染めを知らなかった層にも日本の伝統技術を普及させている。</p>



<p>「これからも一生作品作りを続ける事が目標です。できるだけ長く続けられるような環境に身を置き、自分の作品を追求していきたいですね」</p>



<p>工芸としての歴史を重んじつつも、柔軟に新しいエッセンスを盛り込みながらアートへと昇華させる。ろうけつ染めに囚われず国内でも多くの伝統工芸や貴重な文化の存続に課題がある中、古屋さんの活動が「新しい継承の形」として未来への布石となるのかもしれない。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/49751/">工芸とアートを融合した新しい継承の形。染色作家･古屋絵菜さん／山梨県甲州市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
					<wfw:commentRss>https://nihonmono.jp/article/49751/feed/</wfw:commentRss>
			<slash:comments>0</slash:comments>
		
		
			</item>
		<item>
		<title>蹴りろくろとの調和が生みだす素朴で力強い「うつわ」陶芸家･鈴木美雲さん／山形県山形市</title>
		<link>https://nihonmono.jp/article/39245/</link>
					<comments>https://nihonmono.jp/article/39245/#respond</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 23 Nov 2023 01:02:51 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[陶芸]]></category>
		<category><![CDATA[陶器]]></category>
		<category><![CDATA[器]]></category>
		<category><![CDATA[陶芸家]]></category>
		<category><![CDATA[工芸]]></category>
		<category><![CDATA[工芸家]]></category>
		<category><![CDATA[山形県]]></category>
		<category><![CDATA[山形]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://nihonmono.jp/?p=39245</guid>

					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/FC_20230717_0240-54-1-1024x819.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>鈴木美雲さんは、山形県山形市に工房をかまえる陶芸家です。作陶に使用する足で蹴って回す「蹴ろくろ」は鈴木さんの自作。手数を加えすぎないシンプルなうつわは素朴さの中にも柔らかさがあり、日々の生活の中に自然に溶け込んでくれます [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/39245/">蹴りろくろとの調和が生みだす素朴で力強い「うつわ」陶芸家･鈴木美雲さん／山形県山形市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/FC_20230717_0240-54-1-1024x819.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p class="has-text-align-center"><strong>鈴木美雲さんは、山形県山形市に工房をかまえる陶芸家です。<br>作陶に使用する足で蹴って回す「蹴ろくろ」は鈴木さんの自作。<br>手数を加えすぎないシンプルなうつわは素朴さの中にも柔らかさがあり、日々の生活の中に自然に溶け込んでくれます。</strong></p>







<p>山形県山形市にある工房で作陶を行う陶芸家の鈴木美雲さん。自ら採取してきた土や、蹴って回す自作の「蹴りろくろ」から生み出されるのは、過剰な装飾を排したシンプルな「うつわ」。李朝に心惹かれた鈴木さんの手による作品は、力むことなく生活にすっと馴染む顔を持つ。</p>







<h2 class="wp-block-heading">シンプルで力強いうつわづくりをする若手陶芸家</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-011-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-39247" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-011-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-011-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-011-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-011.jpg 1280w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>






<p>山形市内で作陶を行う、陶芸家の鈴木美雲さん。元々は千葉の出身だが、両親が東北の出身ということもあって小さいころから東北には馴染みがあったという。そして東北芸術工科大学への進学をきっかけに山形県に移住。現在、アトリエ兼自宅として使っている一軒家は、元々鈴木さんの祖父母のものだった。在学時より住み始め、卒業後に家を譲り受けたそうだ。</p>



<p>鈴木さんが作る作品は、<strong>過剰な装飾を一切取り除いた、ストイックなまでにシンプルなうつわ</strong>。学生時代に厚手でどっしりとした素朴さを特徴にもち、侘び寂びを尊ぶ日本人に愛された李朝の陶磁器に出会い、その簡素な美に影響を受けたという通り、素朴ながら土の質感を感じさせる色味と質感をもつ鈴木さんの作品は、生活の中にすっと入りこむ不思議な魅力を持っている。</p>







<p><strong>住宅街の中にあるアトリエ</strong></p>



<p>鈴木さんのアトリエは、幹線道路に近い住宅街にもかかわらず、不思議なほど静謐な雰囲気に包まれていた。山形市といえば県庁所在地だ。しかも国道に程近い場所とあれば様々な環境音に煩わされそうなものだが、工房兼自宅の敷地に一歩足を踏み入れた瞬間、周囲から隔絶されたような不思議な空間に迷い込んだ気にさせられた。</p>



<p>それは、鈴木さんが裸足で現れたからだった。この理由は後にわかるのだが、当時は2月。雪が降り積もり、外気温は氷点下前後と推測されるような天気のなかで、いくら室内とはいえ裸足で軽やかに歩く姿はとても印象に残った。鈴木さんのアトリエには、窯も併設されている。使っているのは、薪釜に近い焼き方ができる灯油釜。薪釜は昔ながらの焚き方ができるものの、たくさんの木材が必要となり、加えて日数も技術も必要だということで、灯油窯を選んだという。作品の大きさによるものの、一度に30個ほど焼くことができる大きさだ。「住宅が周りにあるので、ご近所には許可を取って設置しました」と鈴木さん。</p>







<h2 class="wp-block-heading">ユニークな手作りの「蹴りろくろ」</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-001-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-39249" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-001-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-001-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-001-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-001.jpg 1280w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>






<p>鈴木さんのアトリエ内でもう一つ目を惹くのが、<strong>作業場に設置された「蹴りろくろ」</strong>だ。これもある意味、鈴木さんの「作品」ともいえる。なぜかと言えば自作だから。ろくろといえば手動と電動があり、現在、より広く使われているのは電動のもの。事実、鈴木さんが通っていた芸工大でも、電動ろくろは数多く設置されていたが、手ろくろは1台しかなかったという。電動を選ぶ学生が多い中、「李朝の器が好きなら手ろくろを使う方がいい」という講師からのアドバイスをきっかけとして手ろくろを選んだ。さらに、在学中に丸太をもらってきて自ら作ったのが、鈴木さんが現在作業場で使っている「蹴りろくろ」だ。その名の通り、足で蹴ってろくろを回し、手で器を形作っていく。それだけでなく手と足をバラバラに動かす必要があり、その上鈴木さんによれば<strong>「あまり回らない」</strong>のだとか。厳寒の季節にも裸足でろくろを蹴り、しかもその回りが良くないというのなら、もっとスムーズな動きのろくろに変えた方が効率が良いのではと傍から見ていると思ってしまうものの、「今の手ろくろはエアーが入っているので、電動のものとあまり動きが変わらず、スムーズな作陶ができる。ただ私があこがれているのは素朴さや不完全の美しさが宿る昔の器。それを表現するためには、<strong>原始的であまり早く回らないろくろ</strong>が向いているので、あえて蹴りろくろを選んだ」と鈴木さんは語る。</p>







<h2 class="wp-block-heading">ろくろと李朝が決めた陶芸のみち</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-016-1-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-39250" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-016-1-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-016-1-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-016-1-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-016-1.jpg 1280w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>


<p>鈴木さんを陶芸の道に引き込み、その後の作風を決定づける重要な局面にあったのは、<strong>「ろくろ」と「李朝」</strong>だったという。</p>



<p>陶芸との出会いは、美術系の学校に通っていた高校生の時。ろくろに触れ、「ろくろを回したい、ろくろを続けたい」という思いが芽生え、陶芸を学べる東北芸術工科大学の工芸コースへ進学した。そして、在学中に現在の作風を決定づけることが起きる。過去の作品を学んでいる時にふと目にした<strong>川喜田半泥子（かわきたはんでいし）の粉引</strong>に心惹かれ、その後<strong>「李朝」の陶磁器へたどり着いた</strong>のだ。川喜田半泥子は明治から昭和にかけて活躍した陶芸家。「東の魯山人、西の半泥子」とも称され、伝統をベースにしつつも窯割れやゆがみを活かした自由な表現で知られる。そしてもう一つ、鈴木さんの作風に影響を与えたのが「李朝」だ。うつわを指して「李朝」という時、それは14世紀後半から20世紀後半に朝鮮半島に存在した王朝「李氏朝鮮」で作られた陶磁器を表す。その特徴である歪み、薄手で上品な仕上がりの陶磁器とは対極を成すどっしりとした素朴さが不完全の美となり、侘び寂びを好む日本の通人たちの心をつかんだ。そんな李朝陶磁器の特徴、そして過剰な装飾の無い素朴でシンプルなスタイルに、鈴木さんは心を捉えられたのだという。<strong>「良い意味で綺麗すぎないところが良い」</strong>と、鈴木さんは李朝をそんな風に表現する。</p>



<p>それらに影響を受けた鈴木さんの作風は、いたって素朴。だからこそ土の質感をダイレクトに感じられ、そこに、長石と灰のシンプルな調合で仕上げた釉薬の流れや溜まり具合が表情を持たせている。過剰な装飾がないということが逆に心に残り、自然に手元に置いておきたくなる魅力を放っている。</p>



<p>そんな唯一無二のうつわづくりを行う鈴木さんには、近頃意識していることがあるという。</p>







<h2 class="wp-block-heading">山形だからこそできるものづくりを目指す</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-007-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-39251" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-007-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-007-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-007-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-007.jpg 1280w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>






<p>鈴木さんが近年心がけているのは、<strong>「山形だからこそできるものづくり」</strong>。地元の原材料を活かし、この土地だからこそできるうつわを作っていきたいと考えているのだとか。</p>



<p>例えば土。基本的に岐阜の方の土を購入して使っているものの、時には鈴木さんが「散歩の途中で見つけた」という近所の山から採ってきた土を使うことも。地元の土は砂っぽくおおよそ陶芸向きの土質ではないが、綺麗な土と一緒に混ぜることで焼き上がったうつわから野趣を感じられるのだという。また、釉薬の調合に使う灰にも地元の原材料を取り入れている。それは、果樹灰。果物王国と言われる山形で採れた色々な果物や果樹が混ざった灰を用いて釉薬を作っているのだそう。窯元や窯業地で作陶をしているわけではない分、<strong>自分が住んでいる土地ならでは</strong>の要素を取り入れていきたいと鈴木さんは考えている。それは、「この土地が好きだから」。陶芸用の土が凍るほどに冷えこむ雪国は、うつわ作りには決して向いていない。しかし、山形のきれいな空気や自然が好きで、その環境の中で祖父母の家をアトリエにして作陶ができるのは、自分にとってとても大きなメリットだと鈴木さん。また、山形の焼き物が最近では少し廃れているのではという危惧も、現在住んでいる土地の特徴や要素を自身の作陶に活かしたいと考える理由の一つだという。</p>







<h2 class="wp-block-heading">目指すのは、生活にすっと馴染んで使いやすい「うつわ」</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-002-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-39252" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-002-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-002-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-002-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-002.jpg 1280w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>






<p>「生活用のうつわだけれど、茶器などにも使えるような、<strong>ふり幅のあるうつわ</strong>を作っていきたい」と鈴木さんは言う。それはまさに、現地では雑器として使われていた李朝陶磁器が、日本にやって来た後茶器として使われるようになったイメージに近い。確かに鈴木さんが作るうつわには「猪口だが小鉢としても使える」など、元々のカテゴリをゆうに超え、使う人の生活スタイルに合わせて柔軟に使うことができる一面があるように思える。</p>



<p>もう一つ目指すのは、重さや大きさなどからくる「使いやすさ」。ただ、以前は使いやすさをあまり重視していないこともあったという。サイズや形はあまり考えず、うつわは重ければ重いほど良いと考えて作陶していた時期も。しかし、「人の手に取ってもらうためには、使い勝手も考えないとだめだ」という助言を受けたことをきっかけに<strong>「うつわの使いやすさ」</strong>についても頭の片隅に置き、ろくろを回している。とはいえ、まだまだ作りたいうつわに関してはさまよっている部分もあるのだとか。</p>







<h2 class="wp-block-heading">不十分さから生まれる美</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-012-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-39253" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-012-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-012-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-012-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-012.jpg 1280w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>






<p><strong>「私の作るうつわは、不十分な中からできたもの」</strong>と鈴木さんは自分のうつわを表現する。それは、割れやすく陶芸向きでない地元の土や、滑らかに回らないろくろといった「何かが足りない」状況から生み出されているものだということ。とはいえ、作陶環境に便利さを欲しているわけではない。足りない状況から出来上がったうつわには、余白や抜けた印象が宿るためだ。その<strong>「余白」</strong>を鈴木さんは大切にしている。</p>



<p>陶磁器というと、「侘び寂び」や「伝統工芸」といった小難しい話題がついて回りがちだが、鈴木さんは自身の作品に関して、あまり分類やカテゴリについては考えていないという。「あくまで<strong>『うつわ』を作っている</strong>」とは鈴木さんの言葉だ。伝統工芸品ではなく、かといって完全に生活に使う陶磁器というスタイルに振っているわけでもなく、まだまだ両者の間をさまよっている。そんな「自身の作品をカテゴライズしない」という姿勢からも、鈴木さんのうつわの魅力の一つである余白がにじみ出ているように思える。</p>



<p>原始的であまり回らない蹴りろくろや陶芸向きでない土といった不完全な環境から生み出される鈴木さんの「うつわ」。その素朴な「うつわ」は、難しいことは抜きにして、一つ手元に置いておきたいと思わせる不思議な魅力を放っている。そして一度手に取れば、わたしたちの生活の中にするりと心地よく馴染んでくれることだろう。</p>






<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/622e5efddb14e09fa5fd4df3f1f05580-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-48714" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/622e5efddb14e09fa5fd4df3f1f05580-1024x683.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/622e5efddb14e09fa5fd4df3f1f05580-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/622e5efddb14e09fa5fd4df3f1f05580-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/622e5efddb14e09fa5fd4df3f1f05580.jpg 1200w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /><figcaption class="wp-element-caption">陶芸家　鈴木美雲さん</figcaption></figure></div>


<p>私は窯業地や窯元にいて作陶をしているわけではありません。だからこそここ最近思うのは、山形ならではのものづくりです。土や釉薬を地元山形産のもので固め、この土地だからこそできるうつわを作っていきたいと考えています。私が作るうつわは、不十分な中から生まれたものです。自分でとってきた近所の山の土は陶芸には決して向いているとは言えない土質ですし、自作の「蹴ろくろ」は電動ろくろなどと比べたら、お世辞にも滑らかに動くとは言えません。そのような何かが「足りない」環境から生まれたうつわからは、良い意味で余白や抜けた印象を感じていただけると思います。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/39245/">蹴りろくろとの調和が生みだす素朴で力強い「うつわ」陶芸家･鈴木美雲さん／山形県山形市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
					<wfw:commentRss>https://nihonmono.jp/article/39245/feed/</wfw:commentRss>
			<slash:comments>0</slash:comments>
		
		
			</item>
		<item>
		<title>京都の名匠の家系に生まれ、山形県の山里で作陶を行う陶芸家･土田 健さん</title>
		<link>https://nihonmono.jp/article/38842/</link>
					<comments>https://nihonmono.jp/article/38842/#respond</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 29 Sep 2023 01:00:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[器]]></category>
		<category><![CDATA[陶芸家]]></category>
		<category><![CDATA[工芸]]></category>
		<category><![CDATA[工芸家]]></category>
		<category><![CDATA[山形県]]></category>
		<category><![CDATA[山形]]></category>
		<category><![CDATA[作陶]]></category>
		<category><![CDATA[茶陶]]></category>
		<category><![CDATA[陶芸]]></category>
		<category><![CDATA[陶器]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://nihonmono.jp/?p=38842</guid>

					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/top-1-1.png" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>山形県西村山郡西川町で「聴雪窯（ちょうせつがま）」という名の登り窯を構える陶芸家の土田健さん。千利休の子孫である三千家の家元に茶道具を納める京都の名匠の家系に生まれながら、山形のなかでも雪深いエリアのひとつである山形県西 [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/38842/">京都の名匠の家系に生まれ、山形県の山里で作陶を行う陶芸家･土田 健さん</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/top-1-1.png" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p class="has-text-align-center"><strong>山形県西村山郡西川町で「聴雪窯（ちょうせつがま）」という名の登り窯を構える陶芸家の土田健さん。<br>千利休の子孫である三千家の家元に茶道具を納める京都の名匠の家系に生まれながら、<br>山形のなかでも雪深いエリアのひとつである山形県西川町の大井沢地区に移り住み、<br>茶陶を中心に意欲的に制作活動を行っています。</strong></p>







<p>お茶が点てられ、美味しく飲めればデザインは自由の茶道具の世界。「手取りがいい」「お茶を点てやすい」と評判の茶陶を作る陶芸家が山形県西川町にいる。京都市で「千家十職」十二代袋師の次男として生まれながら、幼い頃に抱いた夢を実現し、山形の山里で作陶を行う土田健さんだ。</p>







<h2 class="wp-block-heading">日常にあった茶道の世界</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/Tsuchida-2-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-38848" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/Tsuchida-2-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/Tsuchida-2-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/Tsuchida-2-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/Tsuchida-2.jpg 1280w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>






<p>山形県西川町で登り窯「聴雪窯（ちょうせつがま）」を構える土田健さん。京都、そして唐津で修業を積んだ後、2007年に西川町大井沢に移り住み、茶陶を中心に作品を生み出している。</p>



<p>陶芸をはじめた当初は、ただ焼き物に携わる仕事ができればと思っていた。しかし本格的に学ぶうちに陶芸の奥深さに魅了され「自分自身の作品を生み出したい」という情熱が芽生えていったという。そこから茶陶を選んだのは、自然の流れだったと土田さんは振り返る。茶道具を入れる袋を作る「袋師」の家系に生まれ、幼少期から母親の影響でお茶会に連れて行かれることも多く、自身でお茶を点てて飲んでいたほど茶道は常に身近な存在だった。そんな家庭環境も土田さんを茶器に導いた。</p>



<p>とはいえ土田さんは陶芸一家に生まれたわけでもなく、小学生までは陶芸家という職業も知らなかった。そんな土田さんがなぜ陶芸家の道に進むことになったのだろうか。</p>







<h2 class="wp-block-heading">幼い頃に抱いた「陶芸家」の夢</h2>



<p>土田さんは、<strong>茶道の家元として有名な「表千家」「裏千家」「武者小路千家」を総称した“三千家”が好む茶道具を代々にわたって制作している十の家「千家十職」のなかで、茶器を入れる袋やそれを包む服紗（ふくさ）などの製作に携わる袋師･土田家の十二代目当主の次男として</strong>として京都で生まれた。</p>



<p>「僕は次男なので、ずっと兄貴の保険みたいなものだと思っていた」</p>



<p>家業は土田さんの兄が継承しているが、兄に何かがあった時には自分が跡継ぎとなることがずっと頭にあったという。</p>



<p>それもあってか、大学卒業間近になっても将来のビジョンが定まらず、卒業後は自分探しの旅に出ようと考えていたほどだった。そんな時、父親から「ふらふらだけはするな」と見透かされたように言われ、渋々と就職活動に取り組んだ。</p>



<p>大学卒業後、京都市内のお香の製造会社に就職し3年ほど経った頃に転機が訪れた。兄に長男が生まれたことで自身が家業を継ぐ可能性がなくなったと感じたことで、次のキャリアを考えるようになる。</p>



<p>この時、かつての小学校の同窓会での友人の言葉が蘇った。「陶芸家になるという夢はどうなった？」という問いかけだった。</p>



<p>土田さんは小学3年生の頃、将来の夢に「陶芸家」と書いた。その理由は、たまたま見たテレビ番組で職人がろくろを回す様子を見て面白そうだと思ったから。それまでは陶芸家という職業すら知らなかった。担任の先生も当時のことを覚えており<strong>「陶芸家の息子でもないのに、陶芸家になりたいと書いたのは後にも先にもあなただけ」</strong>と言われたという。</p>



<p>そこから「小さい頃の夢を叶えていく生き方もかっこいいかもしれない」と、土田さんは陶芸家を志す。</p>







<h2 class="wp-block-heading">経験“ゼロ”からの作陶活動</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/Tsuchida-8-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-38851" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/Tsuchida-8-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/Tsuchida-8-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/Tsuchida-8-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/Tsuchida-8.jpg 1280w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>

<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/Tsuchida-5-3-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-38852" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/Tsuchida-5-3-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/Tsuchida-5-3-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/Tsuchida-5-3-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/Tsuchida-5-3.jpg 1280w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>






<p>とはいえ焼き物の世界について知見も経験もない土田さんは、働く傍らカルチャーセンターの陶芸教室に通い始める。そこで先生に相談するなかで、本格的に陶芸の道を進むなら京都に訓練校がある、ということを知る。</p>



<p>訓練校で京焼の基礎を学んだ後、より深い技術を身に付けるために、<strong>焼き物の原点である佐賀県の唐津で修行</strong>した。登り窯を学びたかったことも唐津を選んだ理由のひとつだ。いまでは電気やガスで焼く所がほとんどだが、薪で焼いたものを知っているのと知らないのとでは、同じ電気窯を扱うにしても違うのではないかと考えた。</p>



<p>また唐津焼は茶道の世界において、古くから「一楽、二萩、三唐津」といわれ、茶陶としてその地位を確立している。彼が魅了された唐津焼のスタイルは、現在の土田さんの作品にも織り交ぜられている。</p>



<p>当時は独身で自分ひとりが食べていける収入があればいいと思っていたし、陶芸家といえばメディアに出るような成功者しか知らなかったから陶芸家として生きていくことに不安はなかったという土田さん。</p>



<p><strong>しかし父親に陶芸の道に進むと伝えることは一大決心だったようだ。「世の中に絵描きと焼き物屋はごまんといる。それでもやる気か」と大変驚かれたが、父親が「できる限りのことはしたい」と言ってくれたことが、大きな心の支えとなっていく。</strong></p>







<h2 class="wp-block-heading">京都、唐津を経て、自然の流れで山形に移住</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/image-4.png" alt="" class="wp-image-38855" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/image-4.png 941w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/image-4-300x200.png 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/image-4-768x511.png 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>






<p>唐津で4年半の修業を経て、土田さんが自身の窯を開いた場所が山形県の西川町大井沢だった。この地に導かれたのも「すべては自然の流れだった」と土田さんは言う。</p>



<p>土田さんは京都生まれだが、母親の実家は山形県山形市にあり「あげつま」という料理屋を営む。登り窯ができる、煙をいくら出しても問題のない場所を探していたときに、もともと祖父が山遊びの別荘として所有していた<strong>西川町の古民家をタイミング良く譲り受けた。</strong></p>



<p>しかし西川町大井沢は、東北の名峰月山（がっさん）の麓に広がり、冬には何メートルもの雪が積もる県内でも有数の豪雪地帯。山形に住む人にも「よく雪深いこの地に京都から来る決心をしたね」と言われるほどだ。</p>



<p>移住を決める前、奥様と初めて山形を訪れた。新緑の美しい風景を見て「いいところだね」と言葉を交わした。その後、土田さんが「冬にも行こう」と提案したところ、奥様からは「やめとく。見て行きたくなくなったら困るから」と断られたそうだ。笑い話になりつつも、冬の山形は移住後に初めて味わうことになった。</p>



<p>最初は雪深さに驚いたものの、近所の重機の達人から除雪を手伝ってもらったり、冬の食料不足を心配した近隣の方から野菜をもらったりと、地域の人たちのあたたかさに触れた。</p>



<p>「僕は人に恵まれている」と話すように、山形に移住してから縁が不思議なくらいに次々と繋がっていった。独立後、作品をギャラリーや展示会で売り込む経験は他の作家にとっては一般的だが、土田さんはそのような経験がないという。</p>



<p>ある知り合いが山形市のギャラリーオーナーに「応援してあげて」と土田さんを紹介したことがきっかけで、表千家や裏千家の先生方が工房を訪問する機会が生まれた。そこから個展の話が持ち上がり、2011年に山形市で初めての個展を開くことになった。</p>



<p>この個展を皮切りに、県内はもちろん、仙台や京都、金沢など、全国各地で精力的に展開し、以前勤めたお香の製造会社での作陶展や、十三代当主である兄との兄弟展を開催するなど活躍の場を広げている。</p>



<p>「山奥で作陶をして、じっとしていても誰も見向きもしてくれない」</p>



<p>今後の目標は、規模にはこだわらず、個展を全国47都道府県、そして海外で開くこと。そして若い世代にもっとお茶に気軽に触れて、愉しんでほしいとの熱い思いを抱いている。</p>






<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/image-6.png" alt="" class="wp-image-38859" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/image-6.png 941w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/image-6-300x200.png 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/image-6-768x511.png 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>






<h2 class="wp-block-heading">こだわらないことが、こだわりである</h2>



<p>山形に暮らして約15年。昔は自分の作るものに対し「こういうものを作らなくてはいけない」という固定観念があった。しかし今は伝統的な技法を守りつつ、自然豊かな作陶環境だからこそ生み出せる、作意が感じられない、自然と共に生まれる作品を目指している。</p>



<p>「子どものスキークラブについて行ってたら、講師から自分も指導を受けるようになって、ライセンスを受けることにしたんです」</p>



<p>一見焼き物と関係ない話だが、ひとつのものにこだわり過ぎる性格のため、作陶に没頭するだけでは周りが見えなくなってしまう。山形での暮らしや遊びの中から生まれるアイデアも、結果的に独りよがりにならない、自由な作陶に繋がっている。</p>



<p>例えば、ある白い釉薬の焼物には、大井沢の風景写真を一緒に飾った。そうすると作品を手にする人々が「この色は雪の白かな」などと独自の解釈を楽しむことができるのだ。</p>



<p>また、茶陶は茶の世界で使われる道具の一つ。土田さんは情熱を表現することも芸術家の仕事だと考える一方、茶道具はあくまでも使いやすいもの、使えるものが大前提だと話す。 気に入ってるから特別な日しか使わないのではなく、日々の暮らしの中でどんどん使ってもらいたい。</p>



<p>「お茶というのはあくまでも人の輪でもありますし、その人たちがその場で作り上げるセッションです。そこで上手く奏で合う、そういった道具になればよい」</p>



<p>そして茶文化が根付く京都のように、どこか優雅で洗練された作品を生み出している。</p>







<h3 class="wp-block-heading">「大井沢焼」の作風は定まっていない</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/Tsuchida-3-2-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-38862" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/Tsuchida-3-2-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/Tsuchida-3-2-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/Tsuchida-3-2-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/Tsuchida-3-2.jpg 1280w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>






<p>2014年には土田さんの作品の名称が、茶道美術品の収蔵で有名な京都市の北村美術館の木村館長から<strong>「大井沢焼」と命名された。</strong></p>



<p>唐津で勉強したためベースは唐津焼、しかし唐津ではない「大井沢焼」の特徴とは何なのか。</p>



<p>「◯◯焼と呼ばれるものは、何百、何千年と時代を重ねていくなかで、いろんなものが削ぎ落とされて、いいものが残る。それが特徴であり、ぼく個人が生きている間に大井沢焼の特徴を語るなんてのはおこがましい。どこかで僕の作品を見た人が『これって大井沢焼だよね』って言ってもらえるような何かができたら良いって思います」と土田さん。</p>



<p>備前焼や唐津焼のように、大井沢焼も時間をかけてその特徴が確立されることを信じている。</p>



<p>登り窯で丹精込めて焼き上げられる土田さんの「大井沢焼」は、使う人たちの日常に寄り添い、長く愛され続けることだろう。</p>






<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/1a97ae8764043b28617695765465d660-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-48973" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/1a97ae8764043b28617695765465d660-1024x683.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/1a97ae8764043b28617695765465d660-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/1a97ae8764043b28617695765465d660-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/1a97ae8764043b28617695765465d660.jpg 1200w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /><figcaption class="wp-element-caption">陶芸家「聴雪窯」　土田健さん</figcaption></figure></div>


<p>京都の袋師の家に生まれ、幼い頃にテレビで見た職人がろくろを回す光景が心に残り続けたためか、自然な流れで陶芸家になり、自然な流れで母方のルーツがある山形に移り住んでいました。2007年からは大自然に恵まれた大井沢の地に「聴雪窯」をかまえ、心のままに作陶に励んでいますが、陶芸家の中では薪を使って焼成するなど、前時代的な仕事の仕方をしているのではないかと思っています。私の作品には茶陶が多いですが、茶の湯の席で使いやすいことはもちろん、他の道具との調和を図りつつも存在感があるような器を理想としています。私の心のままに作った作品が、手に取っていただく誰かの心を和ませたり、気が付けば生活の中に入り込みいつも使ってしまっていたりという存在になれれば幸いです。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/38842/">京都の名匠の家系に生まれ、山形県の山里で作陶を行う陶芸家･土田 健さん</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
					<wfw:commentRss>https://nihonmono.jp/article/38842/feed/</wfw:commentRss>
			<slash:comments>0</slash:comments>
		
		
			</item>
		<item>
		<title>大量生産の産地で「作家」として生きる。越前漆器の塗師・中野知昭さん</title>
		<link>https://nihonmono.jp/article/38790/</link>
					<comments>https://nihonmono.jp/article/38790/#respond</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 26 Sep 2023 01:00:24 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[塗師]]></category>
		<category><![CDATA[日本工芸]]></category>
		<category><![CDATA[工芸家]]></category>
		<category><![CDATA[越前漆器]]></category>
		<category><![CDATA[福井]]></category>
		<category><![CDATA[河和田塗り]]></category>
		<category><![CDATA[漆器]]></category>
		<category><![CDATA[食器]]></category>
		<category><![CDATA[器]]></category>
		<category><![CDATA[福井県]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://nihonmono.jp/?p=38790</guid>

					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/1C1A7427-1-1024x819.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>塗師・中野知昭さんは、福井県鯖江市にて「河和田塗り（越前漆器）」の制作を行う作家です。熟練の技と経験から生み出される中野さんの作品は、漆ならではの温かく優しげな質感とふっくらした手触りが特長。どこから見ても美しい一生物の [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/38790/">大量生産の産地で「作家」として生きる。越前漆器の塗師・中野知昭さん</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/1C1A7427-1-1024x819.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p class="has-text-align-center"><strong>塗師・中野知昭さんは、福井県鯖江市にて「河和田塗り（越前漆器）」の制作を行う作家です。<br>熟練の技と経験から生み出される中野さんの作品は、<br>漆ならではの温かく優しげな質感とふっくらした手触りが特長。<br>どこから見ても美しい一生物の器が、生活に優しく寄り添います。</strong></p>







<p>中野知昭さんは、福井県鯖江市の河和田地区で同地の伝統工芸である「越前漆器」を制作している。越前漆器はホテルやレストランなどで使われる業務用漆器の分野で圧倒的なシェアを誇っているため、旅先や外食した先で手にしたことがある人も多いのではないだろうか。そんな大量生産に優れた越前漆器を作品の域にまで昇華させ、数を絞ってでも手塗りを徹底。マスプロダクツではなく、高付加価値の漆器に仕上げ、作家として生きる道を選んだ。</p>







<h2 class="wp-block-heading">福井県で現代の暮らしに合う漆器</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/1C1A7316-1024x694.jpg" alt="" class="wp-image-38796" width="825" height="550"/></figure></div>






<p>中野さんの工房は、県道18号線･通称<strong>「うるしの里通り」</strong>からすぐ近くにある。この通りの名称の由来は、通り沿いに漆器の絵付け体験などができる<strong>「うるしの里会館」</strong>があり、周辺には古くから漆器の工房や職人の家屋が数多く建ち並んでいるから。</p>







<h3 class="wp-block-heading">漆器作りのすべてに関わる</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/1C1A7412-1024x742.jpg" alt="" class="wp-image-38799" width="825" height="550"/></figure></div>






<p>漆器作りには、大きく分けて「木地作り」、「下地塗り」、「中塗り･上塗り」などの工程があり、各工程を請け負う職人が異なる分業制が一般的。しかし中野さんは、<strong>自らデザイン画を書いて木地職人に発注し、下地塗りから仕上げの上塗りまですべて自分で行う。</strong>木地を発注してから完成品の漆器として出荷するまでには、なんと１年もかかるという。顧客からの注文に応じて、それぞれが専門的に仕事をこなす中で、一貫して自分の手で作品を作り上げる中野さんは、稀有な存在だ。</p>







<h3 class="wp-block-heading">全国のギャラリーから注目を集める</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/de6e25618cce23a0aa871c10df13c7cf-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-38802" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/de6e25618cce23a0aa871c10df13c7cf-1024x683.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/de6e25618cce23a0aa871c10df13c7cf-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/de6e25618cce23a0aa871c10df13c7cf-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/de6e25618cce23a0aa871c10df13c7cf.jpg 1280w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>






<p>中野さんの作品はシンプルながらも漆ならではの気品があり、美しい。その評判は日本中に轟き、展示会は年間で10を超えるようになった。今や中野さんは、<strong>全国のギャラリーなどから熱い注目を集める気鋭の漆器作家だ。</strong></p>







<h3 class="wp-block-heading">仕上げの美しさで魅了する</h3>



<p>中野さんが制作する漆器の中でも特に人気が高いのが、<strong>華美な装飾を廃した椀</strong>。冠婚葬祭やハレの日だけでなく日常の食卓で使いやすいデザインや、美しいフォルムの中に温かみを感じる質感が、モダンな感性を持つ消費者から支持されている。その独特の質感を生み出しているのが<strong>「真塗り」という仕上げ。</strong>真塗りは、上塗りの最後に磨きをかけずそのまま仕上げるため、熟練した塗りの技術が求められる。中野さんは、「越前漆器は上塗りが得意」と言われるほど、職人たちの上塗りの技術が総じて高い同エリアにて、27年間、塗りの技術を磨き続けてきた。</p>







<h3 class="wp-block-heading">上塗り用の漆も手仕事にこだわる</h3>



<p>漆器の上塗りには<strong>「上塗用の漆」</strong>が使われる。上塗漆を作る作業は「手黒目（てくろめ）」と呼ばれ、昔は産地でよく行われていた。しかし、手作りの「上塗漆」は4～5年寝かせる必要があるなど時間も手間もかかる。そのため、時代と共に既製品を購入する職人がほとんどになっていたが、中野さんは<strong> “手仕事こそ、漆器の価値を高める”</strong>と考え、2004年から年に一度のペースで生漆（きうるし）を日光に当てて水分を蒸発させ、上塗り用の漆を作る、手黒目を行っている。</p>







<h2 class="wp-block-heading">作家として生きるために</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/1C1A7339-1024x731.jpg" alt="" class="wp-image-38805" width="825" height="550"/></figure></div>






<p>鯖江市で生まれ育った中野さんは高専を卒業後、土木設計の仕事に就いたのだが、越前漆器の上塗り師として産地の仕事を請け負う父が病に倒れ、それを機に父の仕事を手伝うことになった。幸いなことに父はその後、病から回復し、塗りの技術を父から学ぶことができた。</p>



<p>その基礎が今に生きているんだという。「当時はお陰様で仕事も忙しくて、色々なものを塗らせてもらいました。この産地の上塗り師は、<strong>丸いものを塗る丸物師と四角いものを塗る角物師</strong>とに分かれます。父の工房は丸物が得意でしたが角物を扱うこともあり、両方の幅広い技術が身に付きました」。</p>







<h3 class="wp-block-heading">産地の仕事に感じた違和感</h3>



<p>父の工房で修業を積んでいた中野さんは、樹脂の器に漆を塗ったり、化学塗料で下地をしたものに上塗りをしたりする仕事に疑問を抱くようになる。「漆器と呼ばれるものの中にはスプレーガンで塗料を吹き付けるものもありますが、私はあくまで手塗りでしか出せない美しい仕上げにこだわりたかった」。中野さんは仕事と並行して自分自身の作品を作り始める。その作品をコンテストに出品したところ、<strong>「酒の器展」大賞、「椀One大賞」優秀賞、「越前漆器展覧会」福井県知事賞</strong>など権威ある賞を次々と受賞。作家として才能が開花していることは誰の目から見ても明らかだった。</p>







<h3 class="wp-block-heading">憧れの作家の存在</h3>



<p>父のほかにも中野さんに大きな影響を与えた人物がいる。中野さんと同じく福井を拠点に漆器作家として活動していた山本英明さんだ。山本さんは、今でこそよく耳にするようになった<strong> “普段使いの漆器” </strong>という言葉が広まるきっかけをつくったと言われる人。自分で考えた木地に下地をしっかりと塗り、無地のお椀や重箱に仕上げる山本さんのスタイルに中野さんは強く惹かれたという。山本さんが「手黒目の漆」を作っているのを見て、中野さんも同じく作り始めた。山本さんはすでに亡くなってしまったが、その作品づくりのスピリッツは、現在でも中野さんの心に深く刻まれている。</p>







<h3 class="wp-block-heading">営業や展示会で人脈を増やす</h3>



<p>中野さんは山本さんの死後、同氏に倣って自分自身の仕事を楽しむために、作家として生きていく道を選んだ。その当時、「家庭画報」や「婦人画報」といった女性誌から人気ギャラリーの情報を集め、作品を大きなリュックに詰め込み、そのギャラリーをめがけて営業に回ったりもした。その成果もあってか、長野県松本市で開催されている全国でも最大規模の工芸展示会<strong>「クラフトフェアまつもと」</strong>に出展。そこに集まる器屋やギャラリーとのつながりを広げていった。</p>







<h3 class="wp-block-heading">自分の工房を構えて独立</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/1C1A7376-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-38808" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/1C1A7376-1024x683.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/1C1A7376-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/1C1A7376-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/1C1A7376.jpg 1280w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>






<p>営業まわりやイベントへの出展を続ける中で、少しずつギャラリーから個展やグループ展への誘いが増え、作家として食べていける目処がたってきた。そこで<strong>2014年に現在の場所に小さな展示室を備えた工房を構えて独立。</strong>父の仕事は兄が継承した。</p>



<p>中野さんの個展やグループ展は年を追うごとに回数を増やし、2019年には年に10回を数えるまでになっていた。現在は、一度の個展で2〜300の漆器を用意する。</p>







<h3 class="wp-block-heading">パートナーの大きな支え</h3>



<p>中野さんは個展に合わせて常に1、2点の新作を発表する。期間中はギャラリーになるべく在廊するようにして来場者にその魅力を直接語り伝えることでファンを増やしている。最近ではギャラリーの要望に応えて、漆器では珍しいオーバル皿やスプーンなども制作。<strong>妻の柳子さんが個展やグループ展の準備、事務作業などをサポートし</strong>てくれることも創作活動の大きな助けとなっている。</p>







<h3 class="wp-block-heading">ただ良いものを作り続ける</h3>



<p>「最初に出会う漆器の良し悪しで、その人が漆器を長く使うようになるかどうかが決まるからこそ、良いものを作り続けたいんです」と話す中野さん。</p>



<p><strong>個展では、過去に購入してもらった漆器を持ち込んでもらえれば、それの塗り直しも行なっている。</strong>丁寧に使い込まれた器が自分のもとに戻ってくることは中野さんにとって最上の喜びだという。「漆器は洗う度にきちんと拭くと美しいツヤが出てきます。それを見るのが一番うれしい。毎日使ってもらってきれいに育ったな、と感じる」と顔をほころばせる。</p>



<p>中野さんが心血を注ぐ漆器は、<strong>使った人の生活を反映し、その人ならではの個性が生まれる。</strong>やがて、使う人の暮らしになくてはならない存在となり、その食卓、ひいては生活までも豊かにしてくれることだろう。</p>






<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/cc774ec255a82feda573df88bfe42da2.jpg" alt="" class="wp-image-47747" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/cc774ec255a82feda573df88bfe42da2.jpg 960w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/cc774ec255a82feda573df88bfe42da2-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/cc774ec255a82feda573df88bfe42da2-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /><figcaption class="wp-element-caption">塗師　中野知昭さん</figcaption></figure></div>


<p>漆器というと扱いが難しいと思われがちですが、毎日の生活で気軽にお使いいただけるよう、手間暇をかけ、丈夫で実用性の高い漆器を制作しております。手入れも簡単で、万が一に傷んだ際は修理が出来るのも、漆器の利点です。末長く使える漆器を、ぜひ日常に取り入れてみてください。</p>



<p><br></p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/38790/">大量生産の産地で「作家」として生きる。越前漆器の塗師・中野知昭さん</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
					<wfw:commentRss>https://nihonmono.jp/article/38790/feed/</wfw:commentRss>
			<slash:comments>0</slash:comments>
		
		
			</item>
		<item>
		<title>使い手の生活に寄り添い永く愛される工芸品を。陶芸家･大澤哲哉さん</title>
		<link>https://nihonmono.jp/article/38698/</link>
					<comments>https://nihonmono.jp/article/38698/#respond</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 21 Sep 2023 01:00:35 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[常滑焼]]></category>
		<category><![CDATA[愛知]]></category>
		<category><![CDATA[陶器]]></category>
		<category><![CDATA[愛知県常滑市]]></category>
		<category><![CDATA[食器]]></category>
		<category><![CDATA[器]]></category>
		<category><![CDATA[陶芸家]]></category>
		<category><![CDATA[工芸]]></category>
		<category><![CDATA[アンティーク]]></category>
		<category><![CDATA[愛知県]]></category>
		<category><![CDATA[日本六古窯]]></category>
		<category><![CDATA[陶芸]]></category>
		<category><![CDATA[工芸家]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://nihonmono.jp/?p=38698</guid>

					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/oozawa_13_54-1-1024x819.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>「日本六古窯」の1つにも数えられる常滑焼の産地、愛知県常滑市。陶芸家・大澤哲哉さんはこの地に拠点を構え、普段使いの食器や道具を作っています。ヤスリによる磨きの技術と常滑独自の釉薬で表現するかすれた風合いと上品な輝きは、ま [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/38698/">使い手の生活に寄り添い永く愛される工芸品を。陶芸家･大澤哲哉さん</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/oozawa_13_54-1-1024x819.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p class="has-text-align-center"><strong>「日本六古窯」の1つにも数えられる常滑焼の産地、愛知県常滑市。<br>陶芸家・大澤哲哉さんはこの地に拠点を構え、普段使いの食器や道具を作っています。<br>ヤスリによる磨きの技術と常滑独自の釉薬で表現するかすれた風合いと上品な輝きは、<br>まるで上質なアンティーク品のよう。陶芸の道を一筋に歩み続けて辿り着いた、<br>大澤さんならではのオリジナリティーです。</strong></p>







<p>愛知県常滑市は焼き物の一大産地だ。常滑の陶土は「お茶の味をまろやかにする」と言われ、この地で作られる急須は今でも広く愛されている。陶芸家･大澤哲哉さんは、常滑独自の釉薬「チャラ」を使い、かすれたような風合いが特徴の食器などを作っている。彼のものづくりは、常滑だからこそ実現したものだった。</p>







<h2 class="wp-block-heading">焼き物の町・愛知県常滑に息づく道具作りのスピリット</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/oozawa_36-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-38703" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/oozawa_36-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/oozawa_36-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/oozawa_36-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/oozawa_36.jpg 1280w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>






<p>愛知県知多半島の西海岸に位置する常滑市は「日本六古窯」のひとつとされる焼き物の産地で、その歴史は平安時代末期までさかのぼる。皿や食器から、貯蔵用の大きな甕（かめ）や壺まで、人々の日常に寄り添った焼き物が生産されてきた。常滑で活動している陶芸家・大澤哲哉さんのアトリエを訪ねると、その裏庭には焼き損なわれた大きな甕が無数に横たわり、重なり合っていた。大澤さんが常滑に腰を据えるずっと前からこの地に置かれてきたものだ。積み上げられた甕を眺めながら、「大きさが半端じゃないんですよ」と話す大澤さん。「作った人の痕跡が町のそこら中にある。常滑が持っているパワーをありありと感じるんですよね」。</p>







<h3 class="wp-block-heading">多治見から常滑へ、大澤さんの旅路</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/oozawa_27-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-48898" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/oozawa_27-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/oozawa_27-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/oozawa_27-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/oozawa_27.jpg 1280w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>






<p>大澤さんは、美濃焼の主産地として知られる岐阜県多治見市の出身だ。「多治見の小学校には絶対に窯があって、授業の時間に粘土を触るんです。これがおもしろくて」と話すように、子どものころから陶芸を身近に感じていた大澤さん。中学卒業時は迷わず陶芸家への道を選んだ。「なにか楽しいことをやって生きていきたかった。音楽か美術か。なかでも、具体性のある焼き物にしようと思ったのがきっかけです」。その後は高校、大学で陶芸をみっちり学び、後に師匠となる吉川正道氏に導かれて常滑にやってきた。</p>



<p>なぜ、同じ焼き物の産地である地元･多治見に帰らなかったのか？ 大澤さんは「多治見のすごさやおもしろさは、今になったらわかるんですけどね。当時は『焼き物しかなくてつまらない』って思っちゃって。多治見から出たかったんです」と話す。</p>







<h3 class="wp-block-heading">常滑の土が急須に最適な理由</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/oozawa_26-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-38709" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/oozawa_26-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/oozawa_26-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/oozawa_26-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/oozawa_26.jpg 1280w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>






<p>焼き物の産地として長い歴史を持つ常滑。中でも、常滑焼の代表と言われるのが急須だ。作られるようになったのは江戸時代後期になってからで、ここ200年くらいの出来事だ。鉄分を多く含み、焼き締まりがいい常滑の土「朱泥」は急須作りに最適だった。さらに、酸化鉄がお茶に含まれるタンニンに反応して味をまろやかにする効果があることから、茶人に好まれてきたという。そして、茶葉の蒸らしや温度保持に必要な蓋の密閉性を実現した職人たちの技術の高さも支持されてきた理由のひとつだ。</p>



<p>大澤さんの作る急須をよく見てみると、赤色の土がところどころ剥がれ、黒い土が覗いている。これは黒い素地の上に茶色の化粧土を塗り、さらにその上から赤い化粧土を塗って、3層にしてから土を粗く削り落として風合いを作っているのだという。漆の根来塗をイメージするとわかりやすいかもひしれない。「現代工芸作家さんから受けた影響と、常滑急須のクオリティーを自分の中で成立させたかった」と言う大澤さん。その手仕事をひもといていく。</p>







<h2 class="wp-block-heading">オリジナリティーにたどり着くまで</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/image.png" alt="" class="wp-image-38711" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/image.png 940w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/image-300x200.png 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/image-768x512.png 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>






<p>素地の上に違う色の化粧土を重ねていくつかの層を作り、釉薬をかけて焼成した器をヤスリで磨くことで、下層の化粧度を露出させる。そうして作られる大澤さんの作品の最大の特徴が、かすれたような質感だ。その色合いや凹凸は唯一無二のものだ。大澤さんは自身の作品について「古いお家にあるものや、お寺にある仏像の質感を自分の中でイメージしています」と話す。一方で「どうしたらシンプルな器の形だけで作品として成立するのか、どうしたら自分の質感を作れるのか、ものすごく悩みました」と、この作風に至るまでの苦労も吐露した。</p>







<h3 class="wp-block-heading">茶人が愛する、急須の「照り」をかなえる釉薬</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/image-1.png" alt="" class="wp-image-38712" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/image-1.png 940w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/image-1-300x200.png 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/image-1-768x512.png 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>






<p>その苦悩の中で出会ったのが、急須作りに欠かせない常滑独特の釉薬「チャラ」だった。チャラとはガラス質の釉薬とは違い、焼成されると土の質感を保ちながら漆のような光沢を放つ釉薬で、急須に高級感を与える「照り」を求めた常滑の人々が古くから親しんできたものだ。「ガラス質の釉薬だと光りすぎる。でも土のままだと粉っぽすぎる。そこでチャラを使ってみたら、信じられないくらい質感が落ちついたんです」。</p>



<p>大澤さんは現在、黒、白、赤を表現する3種類のチャラを使い分けて作品作りを行っている。常滑で作陶を続けたからこそ出会ったチャラ。その絶妙な光沢と漆のような質感が、大澤さんの作品のオリジナリティーとなっているのだ。</p>







<h3 class="wp-block-heading">同じく陶芸家の妻・増田光さんの存在</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/image-2.png" alt="" class="wp-image-38715" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/image-2.png 940w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/image-2-300x200.png 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/image-2-768x512.png 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>






<p>皿やマグカップなどが整列するアトリエの中で、異質な存在感を放っていたのが、クマのオブジェ。このクマのオブジェは、大澤さんの妻で陶芸家の増田光さんからの影響を大きく受けている。増田さんはクマなどの動物やこけし、だるまなどをモチーフにした自由で柔らかい雰囲気の陶芸作品を制作し、東京･六本木ヒルズA/Dギャラリーで個展を開くほどの人気作家だ。</p>



<p>もともと「形を制御しながら作ってしまう」コンプレックスがあった大澤さんは、増田さんが自由な造形を作り出す様子に憧れを抱くようになった。そんななか、ろくろの回転に土を抑え込むのではなくて、もっと自由に作れるものを求めて作り出したものが、このクマのオブジェだ。よく見ると、一つひとつ微妙に形が違っている。大澤さんの求めた「自由」への理想が体現されているのかもしれない。「ゆくゆくはサイズ違いで揃えても楽しめるものにしたい」と大澤さんは声を弾ませる。</p>







<h2 class="wp-block-heading">道具は、人が使うものだから</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/oozawa_28-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-38718" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/oozawa_28-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/oozawa_28-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/oozawa_28-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/oozawa_28.jpg 1280w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>






<p> 「道具の歴史っていいなって思うんです。道具は、作る人と使う人のリレーションの中でさらにいいものができてくるから」と、大澤さんは語る。例えばこのコーヒードリッパーは、大澤さんが愛知県内でコーヒーショップを営む知人のために制作したもの。大澤さんは「どんなコーヒーの道具を使いたいのか」とヒアリングを重ね、溝の数や深さを細かく調節していった。</p>



<p>大澤さんは「急須もそうですが、実際に使う方からご意見をいただけるのがやっぱり一番うれしいんです。意見をもとにブラッシュアップしていくのがおもしろい」と話す。このコーヒードリッパーは都内のカフェオーナーの手にもわたり、その感想を聞いては改良を加えているそうだ。作る人と使う人のリレーション。大澤さんの作る道具は、使う人との関わり合いの中で進化し続けていく。</p>







<h3 class="wp-block-heading">師匠の背中を追って世界に挑む</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/image-3.png" alt="" class="wp-image-38721" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/image-3.png 940w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/image-3-300x200.png 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/image-3-768x512.png 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>






<p>大学在学中から陶芸家・古川正道氏の元で修行を積んだ大澤さん。ニューヨークやロンドン、パリなど国外でも精力的に活動してきた古川氏の影響を受け、今後は海外市場への進出を視野に入れているそうだ。「現地に行って、現地の方とお話をして、新しい人と出会って…。刺激を受けながら、また自分の場所に戻ってきて、新しい夢を描くのが理想」と声を弾ませる。もともと「販売や営業が得意ではない」と言う大澤さんはクラフトマーケットや陶器市に出展することでギャラリーとつながり、販路を拡大してきた。現在はInstagramを活用して、国内外のギャラリーとコンタクトをとっているという。2023年11月にはオーストラリアで増田さんと夫婦そろっての個展を開催予定だ。「国内はもちろん大事だけど、自分の作品と一緒に海外に出かけていく機会をもっと増やしたいです」と、夢を語った。</p>







<h3 class="wp-block-heading">人が使う“道具”を作り続けてきた常滑だから</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/oozawa_5-1-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-38724" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/oozawa_5-1-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/oozawa_5-1-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/oozawa_5-1-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/oozawa_5-1.jpg 1280w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>






<p>大澤さんの手仕事は、つねにその道具を使う人を意識している。「自分が作った作品が、新しいきっかけをくれる。今とはもっと違うものを作って、その作った作品と使う人の間にどんな出会いや刺激があるのかを想像するのが楽しいんです」。長きにわたって道具を生産してきた常滑だからこそ磨かれた感性に、常滑だからこそ出会えたチャラが加わって完成した大澤さんの作る作品には、常滑のすべてが乗せられている。</p>






<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/oozawa_4-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-38706" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/oozawa_4-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/oozawa_4-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/oozawa_4-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/oozawa_4.jpg 1280w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /><figcaption class="wp-element-caption">陶芸家　大澤哲哉さん</figcaption></figure></div>


<p>器は使い込むうちに、水分や油分を吸収しながら変化していきます。「汚れ」と取ればネガティブですが、器の経年変化の中に美しさを見出せる日本人独特の感性に支えられて成立しているのが陶器であると考えています。普段からたくさん使っていただけると嬉しいです。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/38698/">使い手の生活に寄り添い永く愛される工芸品を。陶芸家･大澤哲哉さん</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
					<wfw:commentRss>https://nihonmono.jp/article/38698/feed/</wfw:commentRss>
			<slash:comments>0</slash:comments>
		
		
			</item>
		<item>
		<title>日課は土作り。オールドスタイルの常滑焼を追求する陶芸家･伊藤雅風さん</title>
		<link>https://nihonmono.jp/article/38667/</link>
					<comments>https://nihonmono.jp/article/38667/#respond</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 20 Sep 2023 01:00:10 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[愛知県]]></category>
		<category><![CDATA[日本六古窯]]></category>
		<category><![CDATA[工芸家]]></category>
		<category><![CDATA[愛知]]></category>
		<category><![CDATA[陶芸]]></category>
		<category><![CDATA[愛知県常滑市]]></category>
		<category><![CDATA[常滑焼]]></category>
		<category><![CDATA[常滑焼　特徴]]></category>
		<category><![CDATA[急須]]></category>
		<category><![CDATA[朱泥]]></category>
		<category><![CDATA[陶芸家]]></category>
		<category><![CDATA[伝統工芸]]></category>
		<category><![CDATA[工芸]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://nihonmono.jp/?p=38667</guid>

					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/IMG_1259-1-1-1024x819.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>愛知県常滑市の陶芸家・伊藤雅風さんは、常滑焼の代表ともいえる急須のスペシャリスト。毎日欠かさない土づくりに始まり、自家製の土の表情をそのまま生かした作風が特徴です。目指したのは、お茶を淹れたくなるような急須。シンプルであ [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/38667/">日課は土作り。オールドスタイルの常滑焼を追求する陶芸家･伊藤雅風さん</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/IMG_1259-1-1-1024x819.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p class="has-text-align-center"><strong>愛知県常滑市の陶芸家・伊藤雅風さんは、常滑焼の代表ともいえる急須のスペシャリスト。<br>毎日欠かさない土づくりに始まり、自家製の土の表情をそのまま生かした作風が特徴です。<br>目指したのは、お茶を淹れたくなるような急須。シンプルでありながら高い精度を誇る、<br>オールドスタイルの常滑焼を極め続けています。</strong></p>







<p>日本六古窯（にほんろっこよう）のひとつ・愛知県常滑市は、平安時代後期から焼き物産地として栄えた。焼くと赤褐色となる朱泥（しゅでい）土が特徴で、代表的な伝統工芸品が急須だ。そんな常滑市で生まれ育ち、高校・大学で陶芸を専攻し、人間国宝・三代山田常山に師事した急須作家・村越風月氏に弟子入りして腕を磨いた伊藤雅風（がふう）さんは、土作りから自身で行う稀な存在。急須にかける思いを尋ねた。</p>







<h2 class="wp-block-heading">朱泥土が特徴の常滑焼</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="683" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/IMG_1837-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-38674" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/IMG_1837-1024x683.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/IMG_1837-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/IMG_1837-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/IMG_1837.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>






<p>平安時代後期から始まったといわれる、愛知県常滑市を中心に作られる常滑焼。当時は常滑市を中心に知多半島の丘陵地のほぼ全域に穴窯が築かれ、日本六古窯のなかでも最大の焼き物産地へと発展した。<span class="swl-marker mark_yellow">知多半島で採れる陶土は鉄分を多く含み、焼き上がると朱色になることから朱泥（しゅでい）と呼ばれ、常滑焼ならではの特色となっていった。</span></p>



<p>平安時代には甕（かめ）や壺、鎌倉時代には茶碗や器などが作られ、江戸時代後期からは陶製の土管や朱泥急須が作られるように。江戸時代中期頃から茶文化が広まっていたことも、常滑の急須制作に拍車をかけた。朱泥の開発に注力されるようになり、急須の産地として全国的にも知られるようになっていった。</p>







<h3 class="wp-block-heading">陶土と技術が合わさって発展した急須</h3>



<p>鉄分がお茶の苦みや渋みをまろやかにしてくれることも相まって現代も愛されている常滑焼の急須だが、常滑の朱泥が急須作りに適しているというのも、発展した理由のひとつにある。朱泥はきめ細かく、薄く仕上げてもへたらない強さがあり、鉄分が多くしっかり焼き締まるという点においても急須に向いているというのだ。また、<span class="swl-marker mark_yellow">朱泥急須は使えば使うほどにツヤが出て、“育てる急須”ともいわれる。</span></p>



<p>ただし、急須作りには高い技術が必要とされる。本体部分、蓋、取っ手、注ぎ口など…パーツをそれぞれ作っておいて、最後に組み合わせる。当然合わせる部分がぴったりのサイズや角度でないと急須として使い物にならないうえ、組み合わせたときの見た目のバランスも、品質を大きく左右する。</p>






<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="683" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/IMG_1967-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-38677" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/IMG_1967-1024x683.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/IMG_1967-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/IMG_1967-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/IMG_1967.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>






<p><span class="swl-marker mark_yellow">食べものを乗せたり、飲み物を入れたりする器や湯呑と違い、お茶を淹れるという動作が伴う急須は「使いやすさ」も重要なポイントだ。</span>パーツがぴったり組み合わさるかどうかや、見た目のバランスだけでなく、使いやすさをも考えねばならない急須の、何たる難しいことか。常滑焼では、高い技術を持つ職人が多く育ったことも、急須作りが発展した理由だといわれている。</p>







<h3 class="wp-block-heading">常滑市で生まれ育ち、陶芸が身近に</h3>



<p>常滑市内には「やきもの散歩道」なる観光名所がある。壁面に明治時代の土管と昭和時代初期の焼酎瓶、坂道には土管の焼成時に使用された廃材が敷き詰められた「土管坂」と呼ばれる人気スポットや、歴史ある登窯を見ることができる。</p>



<p>そんな焼き物のまちで生まれ育った伊藤さん。子どもの頃から陶芸体験など焼き物に身近に触れる機会はあったものの、まだその頃は将来陶芸の道に進もうとまでは思っていなかったとか。高校に進学するにあたって「自転車で行ける範囲でいい高校はないかな」と思い至ったのが、愛知県立常滑高等学校。工業科にセラミック科があり、「焼き物は楽しいし、やってみたいな」と、当時はそんな軽い気持ちで入学を決めた。しかし次第に、焼き物の魅力にどっぷりはまっていく。</p>






<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="683" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/IMG_1308-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-38678" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/IMG_1308-1024x683.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/IMG_1308-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/IMG_1308-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/IMG_1308.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>






<p>伊藤さんが学生時代から取り組み始めたのが急須作りだ。それまで常滑焼の急須は当たり前のように目にしてきたが、自分で作るようになって初めて、その技術の高さに驚き、自分には無理だとあきらめたという。しかし急須の奥深さを知り、「急須を極めたら何でもできるんじゃないか」そんな思いが芽生えると、俄然、急須作りに興味が湧いてきた。「もう少し学びたい」と陶芸を学ぶ大学に進学し、大学在学中に村越風月さんのもとに弟子入りしたのだ。</p>







<h2 class="wp-block-heading">オールドスタイルの常滑焼を</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="683" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/IMG_1990-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-38681" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/IMG_1990-1024x683.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/IMG_1990-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/IMG_1990-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/IMG_1990.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>






<p>大学卒業後に独立すると、急須屋として、急須の技術をひたすらに磨いていった。常滑には急須を作る陶芸家はたくさんいるが、伊藤さんの目には多くの陶芸家が個性を打ち出そうとしているように映ったという。そんななかで伊藤さんが目指したのは、朱泥急須が生まれた江戸時代後期の急須。シンプルなデザインだが、細かいところまで妥協を許さない。造形や技術、土の製法など、オールドスタイルの常滑焼を極めていきたいと思ったのだ。</p>







<h2 class="wp-block-heading">土づくりが日課。3年かけて陶土に</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="683" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/IMG_1731-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-38684" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/IMG_1731-1024x683.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/IMG_1731-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/IMG_1731-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/IMG_1731.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>






<p>急須作りの技術を極めるとともに、伊藤さんが取り組んだのが土作り。現在の常滑焼では仕上がりの安定性を求めるためブレンドした朱泥が使われることがほとんどだが、伊藤さんは昔ながらの天然の朱泥「本朱泥」にこだわり、江戸時代後期に行なわれていた「水簸（すいひ）」という方法で土を作っている。<span class="swl-marker mark_yellow">釉薬をかけずに焼成する「焼締め」で作る急須は、陶土が仕上がりの質感に直結する。</span>自分で土を作ることで、質感や色味を自分好みに追求していくことができるのだ。毎日、土作りの作業からスタート。水を張った甕で陶土をかくはんし、上澄みをふるいで濾す。この作業を毎日1回、1年間続ける。1日あたりの時間は30〜40分。力もいるし、地道な作業だ。1年間続けたのちは、寝かせて水分を抜いていく。最初は1年寝かせて使っていたが、急須を作っている途中にひび割れしたり、組み立てたときに取っ手が取れてしまったり。また、表面に傷ができてしまうこともあり、<span class="swl-marker mark_yellow">寝かせる期間を試行錯誤し、最低でも3年寝かせると上手くいくことがわかった。</span></p>






<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="683" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/IMG_1573-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-38685" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/IMG_1573-1024x683.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/IMG_1573-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/IMG_1573-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/IMG_1573.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>






<h3 class="wp-block-heading">土と焼き方で色を変化させる</h3>



<p>朱泥というベースはそのままに、何か変化をつけられないか？と新しい試みにも挑戦している。常滑で昔からやられてきた方法に、米のもみ殻などを一緒に密閉して焼成することで表面に炭素をつけ、黒く焼き上げ、サンドペーパーで少し磨いて朱色を出すというものがある。伊藤さんはその方法をアレンジし、「何かこう、メタリックな、金属っぽい黒にならないかな」と、好みの仕上がりを追求していく。また、自身で作っている朱泥に少し違う陶土をブレンドし、色の変化を楽しむこともあるそうだ。</p>






<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="683" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/IMG_1268-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-38688" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/IMG_1268-1024x683.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/IMG_1268-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/IMG_1268-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/IMG_1268.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>






<h3 class="wp-block-heading">藻掛けをアレンジして</h3>



<p>常滑焼に江戸時代からある手法で「藻掛け（もがけ）」というものがある。素地に海藻を巻き付けて焼成することで藻が溶けてガラス化し、模様が味わいとなる常滑焼特有の技法だ。</p>



<p>「ただ、それだけだと昔ながらの技法をそのままやっているだけになってしまう。まだ誰もやっていないことが何かできないか」そんな思いからいろいろ模索し、最近やり始めたというのが海藻の代わりに杉の葉を巻き付けて焼成するという方法。オールドスタイルの急須という落ち着きはありながらも、少し尖ったセンスを感じられるのが伊藤さんの急須の魅力なのだ。</p>






<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="683" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/IMG_1297-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-38691" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/IMG_1297-1024x683.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/IMG_1297-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/IMG_1297-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/IMG_1297.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>






<h3 class="wp-block-heading">お茶を淹れたくなるような急須を</h3>



<p>自身もお茶の時間を日常的に楽しんでいるという伊藤さん。そんなお茶の時間をもっと多くの人に楽しんでもらえる一助になればと、新たな急須のアプローチにも積極的だ。最近はお茶の産地の土で急須を作るという試みや、SNSで募って土を送ってもらい、急須に仕上げてお返しするというユニークな取り組みも行っている</p>



<p>オールドスタイルの急須を自分好みにアレンジしながら追求する一方で、斬新なアプローチにもフットワークが軽い。それらがこの先どんな化学反応を起こしていくのか、目が離せない。</p>






<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="683" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/156_kao_IMG_1247-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-48995" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/156_kao_IMG_1247-1024x683.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/156_kao_IMG_1247-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/156_kao_IMG_1247-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/156_kao_IMG_1247.jpg 1200w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /><figcaption class="wp-element-caption">急須屋　伊藤雅風さん</figcaption></figure></div>


<p>常滑の土の性質が急須づくりに向いていることも、焼き物が発展した理由の1つです。また常滑急須は、陶土に含まれる鉄分がお茶の渋みや苦みをまろやかにする効果もあります。“育てる急須”とも言われるほど、使い続けるとツヤが出てきてえも言われぬいい色合いになっていくので、ぜひ毎日お茶を飲んで、たくさん使ってくださいね。</p>


<div class="swell-block-postLink">			<div class="p-blogCard -external" data-type="type3" data-onclick="clickLink">
				<div class="p-blogCard__inner">
					<span class="p-blogCard__caption">NIHONMONO &#8211; 「にほん」の「ほんも&#8230;</span>
					<div class="p-blogCard__thumb c-postThumb"><figure class="c-postThumb__figure"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/05/3586_main.jpg" alt="" class="c-postThumb__img u-obf-cover" width="320" height="180"></figure></div>					<div class="p-blogCard__body">
						<a class="p-blogCard__title" href="https://nihonmono.jp/article/3586/" target="_blank" rel="noopener noreferrer">朱の鮮やかな急須を生み出す匠 人間国宝「陶芸家 山田常山」／愛知県常滑市 &#8211; NIHONMONO</a>
						<span class="p-blogCard__excerpt">常滑焼という焼き物。 常滑焼の歴史は古く、平安時代末期にまでさかのぼることができる。常滑では、それまでの灰釉陶器では作れなかった大型のかめやつぼが早くから焼かれ&#8230;</span>					</div>
				</div>
			</div>
		</div>

<div class="swell-block-postLink">			<div class="p-blogCard -external" data-type="type3" data-onclick="clickLink">
				<div class="p-blogCard__inner">
					<span class="p-blogCard__caption">NIHONMONO &#8211; 「にほん」の「ほんも&#8230;</span>
					<div class="p-blogCard__thumb c-postThumb"><figure class="c-postThumb__figure"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/oozawa_13_54-1.jpg" alt="" class="c-postThumb__img u-obf-cover" width="320" height="180"></figure></div>					<div class="p-blogCard__body">
						<a class="p-blogCard__title" href="https://nihonmono.jp/article/38698/" target="_blank" rel="noopener noreferrer">使い手の生活に寄り添い永く愛される工芸品を。陶芸家･大澤哲哉さん &#8211; NIHONMONO</a>
						<span class="p-blogCard__excerpt">急須で知られる焼き物の一大産地・愛知県常滑市で活動している陶芸家・大澤哲哉さんは、常滑独自の釉薬「チャラ」を使ってかすれたような風合いが特徴の食器などを作ってい&#8230;</span>					</div>
				</div>
			</div>
		</div><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/38667/">日課は土作り。オールドスタイルの常滑焼を追求する陶芸家･伊藤雅風さん</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
					<wfw:commentRss>https://nihonmono.jp/article/38667/feed/</wfw:commentRss>
			<slash:comments>0</slash:comments>
		
		
			</item>
		<item>
		<title>蛍手の技法を独自にアレンジし、器に自然の光を取り入れる陶芸家 樽田裕史さん</title>
		<link>https://nihonmono.jp/article/38497/</link>
					<comments>https://nihonmono.jp/article/38497/#respond</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 13 Sep 2023 01:00:46 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[陶芸]]></category>
		<category><![CDATA[陶器]]></category>
		<category><![CDATA[陶芸家]]></category>
		<category><![CDATA[工芸]]></category>
		<category><![CDATA[瀬戸焼]]></category>
		<category><![CDATA[愛知県]]></category>
		<category><![CDATA[日本六古窯]]></category>
		<category><![CDATA[工芸家]]></category>
		<category><![CDATA[愛知]]></category>
		<category><![CDATA[作陶]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://nihonmono.jp/?p=38497</guid>

					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/top-1-2.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>陶器一般を指す「せともの」という言葉の由来にもなった「瀬戸焼」の産地として知られ、焼き物と共に歩んできた街、愛知県瀬戸市。この地を拠点に制作する新進気鋭の陶芸家・樽田裕史さんは、陶磁器に透かし彫りを施す「蛍手」に特化し、 [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/38497/">蛍手の技法を独自にアレンジし、器に自然の光を取り入れる陶芸家 樽田裕史さん</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/top-1-2.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p class="has-text-align-center"><strong>陶器一般を指す「せともの」という言葉の由来にもなった「瀬戸焼」の産地として知られ、焼き物と共に歩んできた街、愛知県瀬戸市。<br>この地を拠点に制作する新進気鋭の陶芸家・樽田裕史さんは、<br>陶磁器に透かし彫りを施す「蛍手」に特化し、美しい光を纏った端正な器を数多く手がけています。</strong></p>







<p>日本六古窯のひとつ、愛知県瀬戸市で窯業の専門学校に通い、陶芸家の道に進んだ樽田裕史さん。2021年に開催された「第1回日本和文化グランプリ」で優秀賞を獲得し、新進気鋭の作家として知られた樽田さんの器の魅力は「美しい採光」にある。明時代の中国にルーツを持つ技法をどのように進化させたのか、樽田さんが制作を行う工房を訪ねた。</p>



<h2 class="wp-block-heading">日本六古窯のひとつ、愛知県瀬戸市</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/DSC_4316-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-38509" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/DSC_4316-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/DSC_4316-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/DSC_4316-768x511.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/DSC_4316.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>


<p>日本六古窯のひとつであり、鎌倉時代に加藤四郎左衛門景正が開窯したことが始まりとされる愛知県瀬戸市の「瀬戸焼」。やきものの原料となる良質な粘土が採取できたことからも発展し、陶器一般を指す「せともの」という言葉が生まれるほどに、長い歴史においてやきものづくりを牽引してきた。 名古屋の中心地･栄と瀬戸市の中心地を結ぶ名鉄瀬戸線も、1905年の開通に至るまでの誘致の目的は<strong>「大量のやきものを名古屋まで運ぶこと」</strong>だったりする。ただ開通後は費用の面から乗客も輸送することとなり、現在も地域に住む人や観光で足を運ぶ人たちの交通の要となったのだが。そんな歴史からも、当時の瀬戸のやきもの産業の発展ぶりを汲み取ることができる。</p>



<p>やきものに携わる事業所や就業人数は、全盛期と言われる1978年頃に比べて大幅に減少してしまったものの、現在も瀬戸市では窯、釉薬、素地、型などの工房がそれぞれ専門性を磨きながらやきものづくりを支えている。また、市内にはやきものが学べる「瀬戸工科高等学校」があるなど、<strong>やきものとともに歩んできた地域</strong>というのがよくわかる。</p>



<p>樽田さんも瀬戸工科高等学校（当時は瀬戸窯業高等学校）でやきものづくりを学んだひとりだ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">窯業の専門学校へ</h3>



<p>樽田さんが瀬戸窯業高等学校に進学したのは、いわば消去法だった。「勉強も好きじゃなかったし、なんかおもしろそうだなと入学した」と振り返る。高校生だった当時は陶芸家になるつもりはなかったが、通学する電車で目にするスーツ姿のサラリーマンがずいぶん疲れているように見え、自分の目指すべき姿はこうではない、と感じたのだそう。</p>



<p>こうして樽田さんは高校を卒業後、そのまま同校の陶芸専攻科に進んだ。</p>



<p>そこで学んでいる際に、<strong>瀬戸市で活躍する陶芸家･波多野正典さん</strong>が弟子を募集するという話を耳にし、即応募。これが樽田さんが陶芸家として歩み始めるきっかけとなった。</p>



<h3 class="wp-block-heading">師匠のもとであらゆることを学ぶ</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full is-resized"><img decoding="async" width="960" height="640" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/37370287db922e33c878d94874eaa255-2.jpg" alt="" class="wp-image-38524" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/37370287db922e33c878d94874eaa255-2.jpg 960w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/37370287db922e33c878d94874eaa255-2-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/37370287db922e33c878d94874eaa255-2-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 960px) 100vw, 960px" /></figure></div>


<p>晴れて波多野さんの弟子となった樽田さん。数多くの賞を受賞し、弟子の育成に力を注ぎながら陶芸の門戸を広げてきた波多野さんのもとで、土の準備やろくろなどの技術だけでなく、さまざまなことを学んだ。作ったものをどこで、どのようにして売っていくか。値段の交渉や、事務作業、梱包の仕方など、学校では教わらない陶芸家としての生きていく術を学んだ。</p>



<p>波多野さんのもとで5年学んだのち母校で実習助手をし、ワーキングホリデーでヨーロッパへ。やきものを学ぶのが一番の目的ではなかったが、結局、気になるのはやきもののことばかり。日本とは違う自由な風土や現地の作家の工房を見た瞬間、その“型にはまらない人間らしさ”が樽田さんの考え方に大きな変化をもたらしたという。</p>



<h2 class="wp-block-heading">中国がルーツの技法･蛍手とは？</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/DSC_4279-1-1024x682.jpeg" alt="" class="wp-image-38525" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/DSC_4279-1-1024x682.jpeg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/DSC_4279-1-300x200.jpeg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/DSC_4279-1-768x512.jpeg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/DSC_4279-1.jpeg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>


<p>波多野さんのもとで学んでいる頃から自身の作風として売りにしてきた<strong>「蛍手」</strong>は、成形後しばらく置いてから生地が生乾きの状態で器面をくり貫き、透かし彫りを施す技法。透かし彫りにしたところを透明釉で埋めて焼成することで、光が透け、ガラスのような風合いが生まれる不思議な技法だ。 ルーツは明時代の中国にあるといわれ、古くから伝わる。この技法の難しいところは、生地に穴を開けることで割れやすくなったり、釉薬が埋まり切らなかったりすること。そのぶんロスも多くなるため、チャレンジする作家も少ない。生地が厚すぎると貫通させるのに苦戦するし、薄すぎると釉薬があまり入らず透け感がでない。樽田さんは厚みと透かし彫りのデザイン、それを実現する技術との絶妙なバランスを成り立たせ、それを自身の作品の強みとしている。</p>



<h3 class="wp-block-heading">点を線へと変化させて</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/0J2A9795-1-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-38526" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/0J2A9795-1-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/0J2A9795-1-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/0J2A9795-1-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/0J2A9795-1.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>


<p>蛍手の技法は、一般的には小さな穴を開けていくものだが、樽田さんは線という独自の方向性を見出した。<strong>「人がやっていないことをやりたい」</strong>そんな思いが根底にあった。</p>



<p>下書きはするものの、削るのはフリーハンド。「曖昧さがいいのかなって。自分が出てるというか、人間が出ている感じがする」と樽田さん。同じ湯飲みを作るにしても、湯飲み自体の形は全部揃えるが、削る線はそのときのリズムによりけり。<strong>全く同じものは、この世にひとつとして生まれない。</strong>それが個性となり、味わいとなるのだ。<strong>2021年に「第1回 日本和文化グランプリ」にて優秀賞を受賞</strong>した作品<strong>「ゆらぎ」</strong>も、光と曲線が柔らかな雰囲気を醸しつつ、凛とした程よい緊張感も感じさせる,まさに”心地よいゆらぎ”を表現した自信作だ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">雲間から差す光のごとく</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="614" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/DSC_2848-1024x614.jpg" alt="" class="wp-image-38532" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/DSC_2848-1024x614.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/DSC_2848-300x180.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/DSC_2848-768x460.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/DSC_2848.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>


<p>驚くことに、釉薬も樽田さんのオリジナル。釉薬に含まれる微量の鉄分がガス窯で焼成する際の化学反応で美しい水色を織りなす。</p>



<p>この風合いは、雲間から差す光や、扉を開けたときに隙間からこぼれる光をイメージしているのだという。同じ日でも朝と夜では光の加減が違うし、季節によっても光の色は異なる。同じ湯飲みで飲むとしても、日曜の朝に飲むコーヒーなのか、土曜の夜に飲む日本酒なのかで、違った趣が味わえるのが樽田さんの湯飲みの醍醐味だ。</p>



<h2 class="wp-block-heading">今だから響く師匠の言葉</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/0J2A9924-1-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-38528" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/0J2A9924-1-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/0J2A9924-1-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/0J2A9924-1-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/0J2A9924-1.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>


<p>もちろん、樽田さんの作品には、まっすぐの線が細かく削られたタイプもある。スッとした光を感じさせるものや、小雨のときに歩いたときの電灯の光線から着想してデザインした幾重にも細かな線が彫られたデザインもある。このように「光」をテーマに、豊富な作品が生み出されているのだ。</p>



<p>若い頃はスタイリッシュな建築物が好きだったという樽田さんだが、ワーキングホリデーでヨーロッパを旅行しているときにノコギリの形状の山に感動したり、普段の生活においても自然が作り出す風景に心動かされるようになった。今になって波多野さんが修行時代になにげなく発した<strong>「自然のものが一番すごい」</strong>という言葉が胸に響く。</p>



<p>また、弟子入り当初、陶芸だけでなく木工やガラスなど、いろんな技術に挑戦したいと話したときに「ひとつのことを極めるのも大事」と言われたのも、今となればよく理解できる。当時は素直に受け取れなかったが、これまでの陶芸家人生において、できなかったことがひとつずつできるようになると「やはりひとつのことを極めるにも時間がかかるし、深いところにいくにつれ、楽しさがある」と気づくようになったという。</p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/0J2A9772-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-38529" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/0J2A9772-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/0J2A9772-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/0J2A9772-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/0J2A9772.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>


<p>樽田さんは、ニューヨークのメトロポリタン美術館に日本のやきものが展示されているのを見て感動した経験から「自身の作品を海外の美術館に収蔵する」というゴールを持ち続けて作陶している。</p>



<p>「勢いで進み、いろんな寄り道をし、いろんな経験をしてきた20代を経て、30代半ばとなった今、将来を少し現実的に見据えていかないといけないと感じ始めた」と話す樽田さん。オリジナルの蛍手がこれからどのように進化を遂げ、どんな作風へと広がっていくのか。樽田さんの作った作品が海を渡り、海外の大きな美術館で展示される未来が楽しみで仕方ない。</p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="683" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/518660605bb76c175ed3727d9035bb3a-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-48988" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/518660605bb76c175ed3727d9035bb3a-1024x683.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/518660605bb76c175ed3727d9035bb3a-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/518660605bb76c175ed3727d9035bb3a-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/518660605bb76c175ed3727d9035bb3a.jpg 1200w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /><figcaption class="wp-element-caption">陶芸家　樽田裕史さん</figcaption></figure></div>


<p>1日の時間帯や、1年を通じて移ろいゆく季節で、陽の光はそれぞれに異なる顔を見せてくれます。休日の朝にゆっくりと。夜、みんなで集まって賑やかに。日々の営みの中で訪れる様々な場面に、私の器があるとうれしいです。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/38497/">蛍手の技法を独自にアレンジし、器に自然の光を取り入れる陶芸家 樽田裕史さん</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
					<wfw:commentRss>https://nihonmono.jp/article/38497/feed/</wfw:commentRss>
			<slash:comments>0</slash:comments>
		
		
			</item>
		<item>
		<title>「土がなりたい姿」を具現化する器づくり。愛知県で独学から陶芸の道を進む、井上茂さん</title>
		<link>https://nihonmono.jp/article/38433/</link>
					<comments>https://nihonmono.jp/article/38433/#respond</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 31 Aug 2023 01:00:55 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[食器]]></category>
		<category><![CDATA[器]]></category>
		<category><![CDATA[陶芸家]]></category>
		<category><![CDATA[工芸]]></category>
		<category><![CDATA[愛知県]]></category>
		<category><![CDATA[工芸家]]></category>
		<category><![CDATA[愛知]]></category>
		<category><![CDATA[陶芸]]></category>
		<category><![CDATA[陶器]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://nihonmono.jp/?p=38433</guid>

					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/149_kao_P6A7190-1.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>その土地ならではの土の味わいを大切にしたいと、掘り出したそのままの「原土」のみを原料に、土の優しさあふれる器を作る陶芸家・井上茂さん。豊かな表情と個性を魅せる機能的な器は、日常生活で活躍する暮らしの器として、使う人たちの [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/38433/">「土がなりたい姿」を具現化する器づくり。愛知県で独学から陶芸の道を進む、井上茂さん</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/149_kao_P6A7190-1.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p class="has-text-align-center"><strong>その土地ならではの土の味わいを大切にしたいと、掘り出したそのままの「原土」のみを原料に、<br>土の優しさあふれる器を作る陶芸家・井上茂さん。<br>豊かな表情と個性を魅せる機能的な器は、日常生活で活躍する暮らしの器として、<br>使う人たちの食卓を支えるパートナーとなってくれます。</strong></p>







<p>愛知県中部の自宅で工房を構える井上茂さんは、精製された陶土を使用せず、砂などが混ざった原土を使い、土の優しさにあふれた器を作る陶芸家。陶芸家の先生に師事せず、独学で作陶をはじめ、土や釉薬、焼き方などすべて自身で探りながら器づくりをしている。そんな井上さんは自身の作陶に対し<strong>「土がなりたい姿を形にしているんだ」</strong>と話す。なかなかに奥深いその言葉の真意を探る。</p>



<h2 class="wp-block-heading">普段使いの器が作りたくて、独学でスタート</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7132-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-38443" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7132-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7132-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7132-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7132.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>


<p>愛知県で陶磁器といえば、常滑と瀬戸の地名が挙げられる。そのひとつ「常滑焼」は愛知県南部の知多半島を中心に作られている焼き物で、日本六古窯のひとつに数えられる。そんな地域でごく普通の会社勤めをしていた井上さんが作陶に目覚めたのは、当時、興味本位で陶芸体験教室へ参加した時のこと。その場で体験した作陶の楽しさにハマり、すぐさま独学で陶芸についての勉強をはじめた。とはいえ、周囲にも陶芸に知見のある知り合いがいるわけでもなく、自身で試行錯誤しながら「作りたい器を作るには、どうすればいいか」を考えざるを得なかった。</p>



<h3 class="wp-block-heading">会社勤めをしつつ、常滑で焼成の手伝いからスタート</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7204-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-38448" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7204-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7204-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7204-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7204.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>


<p><strong>陶芸をやりはじめた当初、井上さんは会社勤めを辞める気は毛頭なかった</strong>という。「陶芸作品は作ったって売れるとは限らないということは理解していたし、付け焼き刃で通用するほど甘い世界ではないと思っていた」とアマチュア時代を振り返る。</p>



<p>そのため、仕事の傍ら、休みを利用して今は無き常滑の「共栄窯」の陶芸教室で年に二回ほど焼成の手伝いをするかわりに、趣味で作り貯めた作品をまとめて窯の中に入れてもらい、焼いてもらっていたという。共栄窯は明治・大正・昭和の三時代に、大小さまざまな土管を中心に製作していた窯元だ。</p>



<p>そんな中、出来上がった器の写真をSNSに投稿すると、フォロワーが徐々に増加。<strong>「アマチュアだけど、何か変わった器を作っている人がいる」</strong>という噂が広がっていった。</p>



<h3 class="wp-block-heading">陶芸の楽しさに魅了され、作陶の道に</h3>



<p>独学で作陶を研究する中で、平安時代から鎌倉時代中期に作られた<strong>「古常滑」</strong>の自然釉や灰釉に特に魅力を感じたという井上さん。どういった焼き方をすれば狙い通りにできるのか、古い文献を読み漁ったり、古い陶片を見て土の種類や焼き方、釉薬を推定したりと、調べては試す、を繰り返し、陶芸にのめり込んでいった。</p>



<p>相変わらず会社員をしながら休日や空いた時間で作陶していた井上さんのもとに、フォロワーが増加し続けていたSNSを通じて展示会のリクエストが舞い込む。そこで焼成で世話になっていた共栄窯にて、初めての作陶展を開催してみたところ、作品を求める人が波のように押し寄せたという。SNSでの投稿がこのタイミングで活きた形だ。</p>



<p>その後、反響を耳にした名古屋のギャラリーからも声が掛かり、個展を行ったところ、メディアで告知されたこともあってか来場者が殺到。結果として勤務先にも知られることとなり、それをきっかけに陶芸の道を歩む選択をした。</p>



<h3 class="wp-block-heading">独学で突き詰めたからこそ身になる</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7107-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-38453" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7107-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7107-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7107-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7107.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>


<p>これまで歩んできた道を振り返り、<strong>「教わらなかったことが、逆によかった」</strong>と話す井上さん。<strong>美術系学校などで学べば陶芸の基本技術はすぐに知ることはできるが、今ある“陶芸の常識”に囚われてしまう可能性もある。</strong>「興味があることは、とことん突き詰める性格」と自身が話すように焼きものに関しては何事も調べ、実証し、知識を積み重ねてきた。今では土を見れば自分が求める作品に適しているかどうか、釉薬の組み合わせでどんな色が出るのかまで予想できるようになってきたという。</p>



<h2 class="wp-block-heading">普段使いしてほしいから、機能性にもこだわる</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7165-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-38456" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7165-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7165-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7165-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7165.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>


<p>井上さんの器は、時に砂が混じっていることもあり、<strong>土のごつごつとした質感</strong>が特徴的だ。しかし、手に取ってみると、見た目からは想像できない軽さに驚く。「軽いことは、日常的に使ってもらうためのこだわりのひとつ。砂の粒より薄くろくろで挽くことはできませんが、<strong>穴が開かないギリギリのところまで薄くして、子どもでも手に持ちやすいサイズ、軽さに仕上げています。</strong>ごはん茶碗が重いと疲れちゃうでしょう。その分、作るときに失敗することも多いんですけどね」と井上さんは笑う。さらに器の重心が低くなるように成形することで、使う際の安定感も確保。特別な時に気遣いながら使うのではなく、<strong>毎日の食事の際に自然と手が伸びる、</strong>そんな光景を浮かべながら作陶している。</p>



<h3 class="wp-block-heading">原土のおもしろさ、味わい深さ</h3>



<p>市販されている陶土は誰でも扱いやすいという長所があるが、井上さんは陶土を使ったことがなく、<strong>原土だけ</strong>を使っている。山から採掘したままの状態の原土は不純物が多く、うまく成形できなかったり、焼成中に割れてしまったりと、<strong>何かと手がかかる“問題児”。</strong>だが、不純物があるがゆえに一つひとつの器に個性が生まれ、味わい深い魅力を生み出すという。 「原土は無理ができません。変わった形のものを作ると割れてしまうし、コシがないのでろくろで挽きにくいんです。逆に言えば、ろくろで保持できる形こそが、<strong>土がなりたい姿</strong>なんじゃないか、使う人にとっても自然で使いやすい器の形なんじゃないかと考えています」と井上さん。普段使いされる器づくりを目指す井上さんにとって、原土の短所は成型時のガイドラインにもなっているようだ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">「思ったもの、以上のものができあがる」灰釉のロマン</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7094-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-38459" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7094-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7094-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7094-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7094.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>


<p>井上さんは、釉薬にも偶然が生み出すおもしろさを見出している。「市販の陶土や釉薬を使えば、マンガン釉なら黒色、コバルト釉なら青色と、どこの窯場で焼いても同じ色になるんです。それがおもしろくなくて。草木の灰を溶媒とした灰釉を使うと、灰の中に含まれる微量の金属が反応を起こし、何百個焼いたうち、ひとつかふたつだけ思ってもみなかった器ができることがあって、それにロマンを感じます。狙ったものができるのが楽しいという人もいますが、僕は狙った以上のものができたときが快感ですね」。窯を開けた時にどんなものができているんだろうというワクワク感が、もっといいものを作ろうとする原動力になっているのだそう。</p>



<h3 class="wp-block-heading">表情が1点ずつ違うから、迷う楽しみが生まれる</h3>



<p>井上さんの器は、全国で20店舗以上のショップやギャラリーで取り扱われている。作陶の合間にギャラリーへ顔を出した際、<strong>お客さんが器選びに迷う姿を見るのがうれしい</strong>という。「僕の器は一点一点違うので迷われるんですね。大量生産の商品だったら、上から取って終わりでしょ。<strong>表情が違う器は、それぞれに良さがあって、使い手との相性がある。</strong>僕がつくる前にイメージしていた器ではないかもしれないけど、その器をものすごく気に入ってくれるお客さんがいることもある。迷いながら選ぶって楽しい時間。そういう時間を提供できるっていうのがうれしい」と井上さん。</p>



<p>ちなみに、井上さんは<strong>自身の作った器に銘を彫らない</strong>。その理由は「器は僕のものではなく、買ってくれたお客さんのものだから」なんだとか。</p>



<p>陶器に限らず、良い手仕事をしたものは末永く使えるし、使っていくうちに色の変化も見られ、大切に扱えば唯一無二の存在になる。一つひとつの器を<strong>単なる「モノ」ではなく、「使う人のパートナー」のように扱う</strong>井上さんが作るからこそ、そこに、人間らしさや温もりがにじみ出ているのかもしれない。</p>



<h2 class="wp-block-heading">日本が好きだからこそ、日本文化の良さを広めたい</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7173-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-38462" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7173-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7173-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7173-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7173.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>


<p>日本人の食生活はずいぶんと欧米化しているが、それでも飯椀や和食器は現在でも食卓の主役として活躍している。海外でも注目度を高め、それに伴い海外での受注展示会も予定されているが、それも日本の良さを少しでも広めたいと思ってのことだ。それと同時に「これはもう二度と作れないだろう」と思える“至高の器”を作り、世界中の人たちに見てもらうことを目指している。井上さんは、<strong>日本の土を使って日本で伝わってきた陶芸を突き詰める</strong>ことにこだわるが、その理由は日本人が<strong>自身の国の文化を日常的に誇り、日本人でよかったと思える瞬間を生み出したいから</strong>なんだとか。日本文化の良さを世界中に広めるための、井上さんの挑戦は続く。</p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="683" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/149_kao_P6A7190-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-48817" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/149_kao_P6A7190-1024x683.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/149_kao_P6A7190-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/149_kao_P6A7190-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/149_kao_P6A7190.jpg 1200w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /><figcaption class="wp-element-caption">陶芸家　井上茂さん</figcaption></figure></div>


<p>原土のみを長く扱ってきたことで、今では土を見れば自分が求める作品への適性や釉薬でどのような表現ができるのかがわかるようになってきました。「土がなりたい姿」を感じ取りながら成型し、伝統的な和食器のよさを感じられる昔ながらの手法で表現した唯一無二の器を、暮らしのパートナーとして迎えていただけたら幸いです。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/38433/">「土がなりたい姿」を具現化する器づくり。愛知県で独学から陶芸の道を進む、井上茂さん</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
					<wfw:commentRss>https://nihonmono.jp/article/38433/feed/</wfw:commentRss>
			<slash:comments>0</slash:comments>
		
		
			</item>
		<item>
		<title>真剣に遊び、滋賀で生まれた出会いをつなぐギャラリー「季の雲」</title>
		<link>https://nihonmono.jp/article/37814/</link>
					<comments>https://nihonmono.jp/article/37814/#respond</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 18 Jul 2023 01:00:12 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[陶芸]]></category>
		<category><![CDATA[工芸家]]></category>
		<category><![CDATA[木工]]></category>
		<category><![CDATA[ギャラリー]]></category>
		<category><![CDATA[漆器]]></category>
		<category><![CDATA[滋賀]]></category>
		<category><![CDATA[ガラス]]></category>
		<category><![CDATA[器]]></category>
		<category><![CDATA[陶芸家]]></category>
		<category><![CDATA[工芸]]></category>
		<category><![CDATA[金属]]></category>
		<category><![CDATA[滋賀県]]></category>
		<category><![CDATA[建築]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://nihonmono.jp/?p=37814</guid>

					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/tokinokumo-26-1-1024x819.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>滋賀県長浜市の住宅街にこつ然と現れるモダンな建築が、ギャラリー「季の雲（ときのくも）」。器を中心とした、現代作家による多彩な工芸品の展示や販売を行っています。またギャラリーのオーナー自身も、シンプルな美しさをまとった暮ら [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/37814/">真剣に遊び、滋賀で生まれた出会いをつなぐギャラリー「季の雲」</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/tokinokumo-26-1-1024x819.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p><a href="https://nihonmono.jp/article/37814/" target="_blank" rel="noreferrer noopener"></a></p>



<p class="has-text-align-center"><strong>滋賀県長浜市の住宅街にこつ然と現れるモダンな建築が、ギャラリー「季の雲（ときのくも）」。<br>器を中心とした、現代作家による多彩な工芸品の展示や販売を行っています。<br>またギャラリーのオーナー自身も、<br>シンプルな美しさをまとった暮らしの器を作る陶芸家として活躍しています。</strong></p>







<p>やわらかな自然光が差し込むコンクリート打ちっぱなしの空間に、さまざまな作風の器が並ぶ。滋賀県長浜市にある「季の雲（ときのくも）」は、国内外で活躍する作家の作品や古道具、そして日本ではめずらしく、中国茶器を常設で扱うギャラリーだ。全国各地から訪れるファンからはもちろん、作家達からも“帰ってくる場所”と呼ばれ愛されている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">どんな作品も受け入れる凛とした空間</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full is-resized"><img decoding="async" width="601" height="400" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/tokinokumo-12.jpg" alt="" class="wp-image-37820" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/tokinokumo-12.jpg 601w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/tokinokumo-12-300x200.jpg 300w" sizes="(max-width: 601px) 100vw, 601px" /></figure></div>


<p>季の雲がある滋賀県長浜市の中心部は、豊臣秀吉の建てた長浜城がある城下町。観光客で賑わう駅前通りを抜け、静かな住宅地を進むと、ひときわ目を引く白い建物が現れる。鉄製の大きなドアを開くと、そこに広がるのは<strong>天井高5メートルの開放的なギャラリー空間</strong>。ギャラリーでは月に2回のペースで企画展が開催されており、<strong>陶磁器や漆器、ガラス、木工、金属</strong>など、さまざまな作家の作品を展示、販売している。</p>



<p>「新婚旅行でニューヨークに行った時、レストランやお店など、どこに行っても天井がすごく高くて。開放感とモダンな雰囲気に憧れて、それを形にしました。内装は最初からあまり作り込まず、その時々のイメージに合わせて装飾などで変えられる余白を残しています」と話すのは、オーナーの中村豊実さん。<strong>「他では展示できない大きな壺や、壁から吊るすような作品も持って来られる」</strong>と作家からも喜ばれているそうだ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">「子どもに誇れるような、本当に好きな仕事がしたい」</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/tokinokumo-09-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-37825" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/tokinokumo-09-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/tokinokumo-09-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/tokinokumo-09-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/tokinokumo-09.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>


<p>30代まではごく普通の会社員だったという中村さん。結婚し、子どもが生まれる時に<strong>「子どもに誇れるような、本当に好きな仕事がしたい」</strong>と考えたのが、この場所に店を構えたきっかけだった。とはいえ最初からギャラリーを始めたわけではないという。「最初にオープンしたのは、ずっと夢だったダイニングバー。どうせやるなら<strong>日本中のお客さんに来てもらえるお店にしたい</strong>と思って、七輪を使った焼きたての料理を食べながら日本酒が味わえるお店を開きました」。当時から器が好きだったそうで、作家ものの器を使ってめずらしい日本酒や料理を提供しているうちにファンが増え、うわさを聞きつけた人々が東京や神奈川など遠方からも遥々訪れるようになった。数年後には器を展示するギャラリーを併設し、ダイニングバーからイタリアンレストランに転向。その後、ギャラリーとしてのニーズが増えたこと、そして器に対する興味のウェイトが大きくなったことをきっかけに、レストランだった場所までギャラリーに作り変え、現在の季の雲が誕生した。2023年にはギャラリーを始めて20年になるという中村さん。「ずっと来てくれている常連さんとは一緒に歳を重ねていく楽しさがありますし、最近は若い人が『SNSで見て、やっと来られました』と言ってくれることもあります。やっぱり、いろんな年齢層の方が来てくださるのは嬉しいですよ」と笑顔がこぼれる。</p>



<h3 class="wp-block-heading">器好きの先にあった、古道具の世界</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/tokinokumo-21-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-37828" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/tokinokumo-21-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/tokinokumo-21-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/tokinokumo-21-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/tokinokumo-21.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>


<p>2階建ての店内は、1階が企画展と常設の作品が並ぶギャラリースペース、2階は中村さんが買い集めた<strong>古道具</strong>の販売スペースになっている。古いものを好きになったのは店を始めてからだそうで、日々作家ものの器を見ているともっと昔に作られたものにも興味が出てきて、骨董市などを見て回っているうちに自分でも買い付けて販売するようになったという。「うちに置いているのは、骨董というより古道具やガラクタ（笑）。何に使うかわからない</p>



<p>ものも混じっていますが、僕はそういうものの方が好きで。<strong>何の道具か、どうやって使うのか想像するだけでおもしろい</strong>じゃないですか」。</p>



<p>日本の古道具と西洋のアンティークが混ざり合った空間は、屋根裏に作られた秘密基地のよう。中村さんが<strong>金継ぎ</strong>を施した古い器も一緒に並んでいて、まるで宝探しをしているような楽しみが味わえる。</p>



<h2 class="wp-block-heading">つながりのある作家は100人以上</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/tokinokumo-18-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-37829" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/tokinokumo-18-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/tokinokumo-18-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/tokinokumo-18-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/tokinokumo-18.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>


<p>季の雲では、年間20回以上もの企画展が開催されており、これまでに<strong>通算100人を超える現代作家の企画展や作品の販売を行ってきた</strong>。他にも白磁作家として世界的に知られる<strong>黒田泰蔵氏</strong>のサインがエントランスに残されていたり、「ギャルリ百草」を主宰する<strong>安藤雅信氏</strong>とはオープン当初から交流が続いていたりと、多くの作家と一緒に楽しみながら仕事を続けているという。「もうこれ以上増やすのはやめよう」と思っても、いい作家を見つけるとどうしてもお客さんに紹介したくなるのが中村さんの性分だ。しかも、新しく扱う作家のもとには必ず夫婦2人で訪問してから取引を依頼する。「いいなと思ったら、作品だけでなくその人自身を知りたくなるんです。20年も続けていると、出会った頃はまだ20代の駆け出しだった作家さんでも、今では40代の立派な中堅作家になっている。今は世界を舞台に活躍している<strong>青木良太さん</strong>もそのひとりです。人気が出たり大成功したり、そういうのを見ていると『やっててよかったな』としみじみ思います」。まだ知られていない作家を発見し、その成長過程に立ち会えるのもギャラリーとしての醍醐味だろう。</p>



<h3 class="wp-block-heading">新しい風やインスピレーションが生まれる場所に</h3>



<p>季の雲は、<strong>作家達の貴重な交流の場</strong>にもなっている。「展覧会の初日は在廊してくださる作家さんが多いのですが、その日の夜は必ず『うちで食べて飲もうよ』って声をかけるんです。みんなでご飯を食べてお酒を飲んで、うちに泊まっていくのがもう定番になっています。普段は工房にこもっている人が多い分、展覧会があったら自分で納品に来てそのまま在廊して、現地の人達と一緒にお酒を飲んだり、時間があったら釣りをしてみたり。ちょっとしたリフレッシュも兼ねて楽しみにされている方も多いです」と中村さん。毎年恒例の新年会には数十名の作家が集まるという。みんなで集まって酒を酌み交わせば、初めて会った作家同士が仲良くなって<strong>「二人展をやろうか」</strong>と言い出したり、陶芸家と漆器の作家が夜遅くまで話し込んだり。そんな出会いから、<strong>新しい風やインスピレーションが生まれていくのが嬉しいし、それがギャラリーの役目でもある</strong>と、中村さんはほほ笑む。</p>



<h2 class="wp-block-heading">飲食店の日常から始まった器づくり</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/tokinokumo-02-2-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-37839" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/tokinokumo-02-2-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/tokinokumo-02-2-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/tokinokumo-02-2-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/tokinokumo-02-2.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>

<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="683" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/L1000855-1-1-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-37840" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/L1000855-1-1-1024x683.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/L1000855-1-1-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/L1000855-1-1-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/L1000855-1-1.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>


<p>じつは、中村さん自身にも作り手としての一面がある。「僕は、作家活動はしていないので……」と言う中村さんに、自宅の工房を見せてもらった。</p>



<p>中村さんが器づくりを始めたのは、季の雲がまだ飲食店だった頃。店で使っている器が頻繁に割れたり欠けたりするのを目の当たりにして、<strong>「こんなにしょっちゅう買い替えるぐらいなら、自分で作ろうか」</strong>と思ったのがきっかけだったそう。好きなこと、興味があることは何でもやってみるという中村さんならではの挑戦だ。焼き物といえばろくろを思い浮かべる人が多いが、中村さんの技法は<strong>「タタラ作り」</strong>。まず石膏型を掘り、その型に粘土をあてて乾燥させた後、型から抜いて焼き上げる方法だ。実用性を求めて始まった作陶は、<strong>割れにくく、使いやすく、何より料理が映える器づくり</strong>を基準にしている。「自分が使いたいと思うものを作る」という中村さんの思いが表れたシンプルで美しい器や直火にかけられるプレートは、季の雲のギャラリーにも並び、人気を博している。</p>



<h2 class="wp-block-heading">中国茶器との出会い、つながる縁</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/tokinokumo_nakata-25-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-37841" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/tokinokumo_nakata-25-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/tokinokumo_nakata-25-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/tokinokumo_nakata-25-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/tokinokumo_nakata-25.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>


<p>台湾の茶人が日本の作家のものを買っていくのを見て興味を持ち、妻の敬子さんと一緒に茶人を招いた<strong>中国茶</strong>の教室を始めた。中国人客が来たら話を聞いたり、自分でも中国に行ったりして勉強するなかで、<strong>日本では中国茶器を専門に作っている作家も扱っているギャラリーも見当たらない</strong>ことに気づく。「それならうちでやってみようか」と考えて交流のある日本人作家達たちに中国茶器の制作を依頼したところ、これが大ヒット。日本人が普段使う食器ばかり作り続けてきたから、中国茶器の制作は新鮮だったのか、ほとんどの作家が<strong>「ぜひやってみたい」</strong>と快く引き受けてくれたという。</p>



<p>また、敬子さんはギャラリーで行う中国茶の教室ばかりでなく、いろいろな土地や場所に赴いて茶人と一緒に作り上げていくお茶会の企画「茶遊記」も開催している。日本国内をはじめ、中国の各地やモンゴルでも開催されたこのイベントは、「お茶で真剣に遊び、その魅力を行く先々で伝え、感じる旅」がコンセプト。訪れるのはもちろん現地の人で、お茶と器を通じて人々の縁がつながれている。</p>



<h3 class="wp-block-heading">手に取ることで作品をより身近に感じてほしい</h3>



<p>「僕達がやっているのはギャラリーなので。やっぱり<strong>手で触れて、重さや質感を感じて買っていただきたい。作品をより身近に感じてもらえるのがギャラリーの良さ</strong>だと思っています」と中村さんは話す。</p>



<p>何を買うにもオンラインで検索し、そのまま購入することが当たり前になりつつある現代。欲しいものにピンポイントでたどり着ける便利さの一方で、なぜか無性に心惹かれるものと偶然に出会い、視野が広がるという経験は少なくなっているのではないだろうか。“無駄”が排除される時代だからこそ、可能性を含んだ“余白”が求められている。このように、まだ見ぬ素晴らしい作品との出会いを提供し世界観を広げてくれるギャラリーの存在は、ここを訪れる人やコレクターばかりではなく、作品の作り手たちからも大いに注目され、その価値を高め続けていくだろう。</p>






<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="683" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/119_kao_DSC06012-1024x683.png" alt="" class="wp-image-47724" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/119_kao_DSC06012-1024x683.png 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/119_kao_DSC06012-300x200.png 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/119_kao_DSC06012-768x512.png 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/119_kao_DSC06012.png 1200w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /><figcaption class="wp-element-caption">季の雲 代表取締役 中村豊実さん</figcaption></figure></div>


<p>ギャラリーでは、私たちだからこそできる展示やイベントをこれからも模索していきたいですね。私自身でも器を作るようになってから15年余りになりますが、料理など受け入れるものの邪魔をしないシンプルなものを目指しています。手に取った方や実際使った方によかったと思っていただけるよう、日々精進するのみです。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/37814/">真剣に遊び、滋賀で生まれた出会いをつなぐギャラリー「季の雲」</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
					<wfw:commentRss>https://nihonmono.jp/article/37814/feed/</wfw:commentRss>
			<slash:comments>0</slash:comments>
		
		
			</item>
		<item>
		<title>木の温もりある表情を器に写し取る木工作家「内田悠」／北海道三笠市</title>
		<link>https://nihonmono.jp/article/36499/</link>
					<comments>https://nihonmono.jp/article/36499/#respond</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 25 Apr 2023 01:00:13 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[北海道]]></category>
		<category><![CDATA[工芸家]]></category>
		<category><![CDATA[木工作家]]></category>
		<category><![CDATA[木工作品]]></category>
		<category><![CDATA[木製品]]></category>
		<category><![CDATA[木工]]></category>
		<category><![CDATA[緑月]]></category>
		<category><![CDATA[カフェ]]></category>
		<category><![CDATA[器]]></category>
		<category><![CDATA[工芸]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://nihonmono.jp/?p=36499</guid>

					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/04/3-2-1024x819.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>北海道三笠市に拠点を置く木工作家・内田　悠さんは、染めの技法により木の美しさを引き出したこれまでにない器を主に制作しています。個性豊かな木目の際立つ洗練されたフォルムやシルキーな質感が端正な魅力を放つ内田さんの器は実用性 [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/36499/">木の温もりある表情を器に写し取る木工作家「内田悠」／北海道三笠市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/04/3-2-1024x819.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p class="has-text-align-center"><strong>北海道三笠市に拠点を置く木工作家・内田　悠さんは、<br>染めの技法により木の美しさを引き出したこれまでにない器を主に制作しています。<br>個性豊かな木目の際立つ洗練されたフォルムやシルキーな質感が端正な魅力を放つ内田さんの器は<br>実用性も申し分なく、暮らしのあらゆるシーンに木の温もりを添えてくれます。</strong></p>







<p>北海道を拠点に活動する木工作家･内田悠さんの作品からは、一本一本が異なる「木」そのものの美しさや個性を感じ取ることができる。それでいて、木工作品らしい温もりばかりでなく、相対するクールな質感も併せ持つ不思議な魅力があるのだ。木々に囲まれた静かな地で、創作を続ける内田さんの世界観を深掘りしていく。</p>



<h2 class="wp-block-heading">独特の風合いはプロの料理人を魅了する</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/04/4-1-2-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-36548" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/04/4-1-2-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/04/4-1-2-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/04/4-1-2-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/04/4-1-2.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>

<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/04/R2A3723-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-36509" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/04/R2A3723-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/04/R2A3723-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/04/R2A3723-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/04/R2A3723.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>


<p>北海道のほぼ中央、札幌や旭川、新千歳空港からもそれぞれ車で1時間ほどの場所に位置する三笠市。</p>



<p>同市の山あい、木々に囲まれた静かな場所に木工作家·内田悠さんの工房はある。 すぐ隣には彼の作品に加え、親しい作家たちが手がけた品を展示するギャラリースペースと内田さんの器を使った食事が楽しめるカフェ「<a href="https://www.replan.ne.jp/articles/43605/" target="_blank" rel="noopener" title="">緑⽉</a>（みつき）」も併設され、一般の人も訪れることができる。</p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full is-resized"><img decoding="async" width="882" height="589" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/04/IMG_9747.jpg" alt="" class="wp-image-36512" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/04/IMG_9747.jpg 882w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/04/IMG_9747-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/04/IMG_9747-768x513.jpg 768w" sizes="(max-width: 882px) 100vw, 882px" /></figure></div>


<p>内田さんの工房では、木製の小物や椅子、オーダー家具などの大きな作品まで、幅広い木製品を作っているが、特筆すべきは、ズラッと並ぶ美しい木の器だろう。</p>



<p><span class="swl-marker mark_yellow">内田さんのつくる作品は、「木」それぞれが持つ確かな生命力、個々の美しさをそのまま切り取った手触り。それでいて、木で作られた作品ながら、“木工らしからぬ”クールな質感が特徴。</span></p>



<p>この従来の木工品のイメージでは説明が難しい独特の風合いこそ、内田作品の個性なのだ。</p>



<p>その独特な風合いから「料理の美味しさを引き出してくれる」と、多くの料理人やバイヤーたちから高い評価を受ける器の数々は、代々木上原のギャラリー<strong>「FOOD FOR THOUGHT（フードフォーソート）」</strong>や<strong>「AELU（アエル）」</strong>をはじめ、都内の有名レストランやギャラリーにて展示、販売されている。また2022年には鎌倉のギャラリー「うつわ祥見」にて個展を開催。もちろん内田さんの器が支持を受けているのは関東ばかりではない。</p>



<p>京都の有名⽇本料理店<strong>「料 かわしま」</strong>やレストラン<strong>「LURRA（ルーラ）」</strong>など、関西圏でも多くの店が内田さんの器を取り扱っている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">木工を学び、地元にUターンして独立</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/04/17-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-36517" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/04/17-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/04/17-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/04/17-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/04/17.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>


<p>これだけ幅広いジャンルや地域で高い評価を得ている内田さんだが、木工作家として独立したのは2017年。高校を卒業後は、木とは縁もない北海道岩見沢市の市役所に勤務していた。</p>



<p>そこで目にしたのが、ゴミ集積所で捨てられていた家具たちの姿。使命を全うしたとは言い難い状態に「長く使える家具を作るような、そんな木工に携わりたい」という思いが芽生えたのだという。</p>



<p>こうして市役所を退職した内田さんは、飛騨家具の産地･岐⾩県高山市の「<strong>森林たくみ塾」</strong>に⼊塾し、木工を学びはじめた。</p>



<p>「家具を作りたくて入ったのですが、入門編としてやりはじめた器のほうに興味を持つようになりました。家具作りを学ぶ傍ら、自己流で器づくりにも挑戦しましたが、そっちの製作に関しては教えてくれる先生もおらず完全なる独学だったので、最初のうちは中々いいものが作れずにいました」と内田さん。</p>



<p>卒塾後は北海道に戻り、家具を作る会社で働きはじめたのだが、頭に浮かぶのは器のことばかり。結局自己流ながらも器作りを続けていた。</p>



<p>「なぜ、いい器が作れないのだろう。こうしたらいいのか、ああするのがいいのかと、気づいたら器作りに没頭し、夢中になっていたんです」</p>



<p>器づくりに魅了された内田さんは、当時出展したクラフトフェアでの好感触もあり、器を中心にした木工作家としての独立を決意する。拠点として選んだのは、自身の故郷である三笠市。ブドウ畑を望む、美しい丘陵地だった。</p>



<p>「いつかは、家族や友人のいる三笠に帰りたいと思っていました。この土地は、地元の山﨑ワイナリーのもの。じつはワイナリーの4代目を務める山﨑太地君が同級生で、工房探しを相談したら『好きに使ってくれていいよ』と言ってくれて」</p>



<p><span class="swl-marker mark_yellow">静かで製作にはもってこいの場所は、あらゆるインスピレーションを与えてくれる。</span>こうして豊かな自然の中での生活を存分に楽しみながら、日々創作に取り組んでいると語ってくれた。</p>



<h2 class="wp-block-heading">内田さんの経験と感性を詰め込んだ作品</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/04/18-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-36520" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/04/18-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/04/18-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/04/18-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/04/18.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>


<p>自然を楽しみ、それを創作にも活かそうという想いは、器の素材である木材選びにも表れている。 「作品にはミズナラや桜、栗、イタヤカエデなど北海道産の樹木を使っています。信頼できる木材屋さんに、丸太の状態で製材してもらい、自然に1年乾燥させた後、⼈⼯乾燥をかけるので素材として使えるまでには2、3年かかりますね」</p>



<p>人の手と時間をじっくりとかけ、ようやく製作に最適な状態になった木を、木工旋盤で部材を回転させてそこに刃物を当てて削りだしていく<strong>「挽物（</strong>ひきもの<strong>）」</strong>という技法を用いて作品にしていく。</p>



<p><span class="swl-marker mark_yellow">そのままの木目の濃淡や模様が生かされるのが内田作品の特徴。樹種ごと、その木ごとで異なる木目をそのまま器に反映するため、ひとつとして同じ模様になるものはない。</span></p>



<p>よくある木工品とは一線を画す内田さん独自の風合いは、色彩によるところが大きい。</p>



<p>特に、内田さんの作品の中でも特に独特な風合いを醸すグレーカラーの器は、イタヤカエデという⽊を使い、草⽊染めのような⼿法で色を出す。素材の中に<strong>鉄媒染（てつばいせん）液</strong>を染み込ませ、素材に含まれるタンニンに反応させると発色し、<strong>グレーがかった独特の風合い</strong>に染まるのだそう。</p>



<p>また、⽊目にも柔らかい部分と硬い部分があって、柔らかい部分はより⾊濃く染まるのだという。<span class="swl-marker mark_yellow">木目の個性次第で濃淡が現れるため、唯一無二の器ができあがる。</span>また木材そのものに含まれるタンニンに加え、<strong>柿渋</strong>などでタンニンを補充することで、より一層、彩色の濃淡が生まれる。</p>



<p>「2、3回は染める作業を繰り返しています。濃度は常に⼀定でも、⽊によって染まり⽅にばらつきがあるから濃度を調節したり、染めるまでの時間を都度変えたりして、工夫を凝らしているんです」</p>



<p>そのあたりは、内田さんの経験と感性の見せどころ。</p>



<p>器に食事を盛り付けても、水分や油が染みこんで劣化が早まらないよう、<strong>液体ガラスを用いて⾊を定着</strong>させるなど“使いやすさ”にもこだわっている。独特のマットな質感はガラス塗料のコーティングが一役買っている。</p>



<h3 class="wp-block-heading">「木」そのものを器に変えるだけ</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/04/8-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-36523" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/04/8-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/04/8-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/04/8-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/04/8.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>


<p>色以外にも、内田さんが製作のなかで重きを置いているのが“器を素材に合わせる”という点。</p>



<p>「⽊には本来、⽊目という柄がある。その雰囲気を損なわずに、良さだけがにじみ出る形はないかをずっと考えてきました。結果として<strong>樹種によって形状をかえる</strong>のがいいって気付いたんです」と内田さん。</p>



<p>例えばプレートの縁（リム）。同じリム皿でもイタヤカエデの木で作るのとナラの木を用いるのでは全然形が異なる。⽊が好む型、形っていうのがあるのだと、内田さんは話す。</p>



<p>それは、具体的な言葉では説明できない、感覚的なものだと言う。</p>



<h2 class="wp-block-heading">北海道の生命力、美しさをさりげなく</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/04/13-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-36526" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/04/13-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/04/13-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/04/13-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/04/13.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>


<p>内田さんは、自身の作品を語るなかで好きな作家として建築家であり世界的に有名な家具デザイナーでもあるジャン･プルーヴェやフィン･ユールを挙げた。</p>



<p>どちらの作家も「木」の美しさや色、質感を生かしながら、プラスアルファの独創性を持つ作品を世に残している。デザイン性を持ちながら素材の持つ利点を最大限に活かし、日常生活にも生きる実用性を持つ作品の数々は、内田さんの世界観と通じる部分もある。</p>



<p>「かつて家具作りを学んだ高山市には、フィン･ユールの邸宅を再現した建造物があったんです。それが飛騨高山の自然と見事に調和していたのがとても印象的だったのが忘れられません」</p>



<p>それこそフィン･ユール邸といえばナチュラルな配色ではなく、白を基調に赤や青などの差し色がとてもユニークで、どちらかと言えばモダンなイメージ。しかし、それが高山の景観の中に佇むことで、ランドスケープアーキテクトさながら、見事に景観と調和する。見る人にもよるのかもしれないが、少なくとも内田さんの感性はそう感じとったのだろう。</p>



<p>それと同じように、<span class="swl-marker mark_yellow">内田さんの器や家具からも、北海道の自然が育んだ木の表情と、独自の視点で見るものの形、美しい色彩感が融合した心地よい違和感を感じ取ることができる。</span></p>



<p>「自然が生んだ木々の生命力や美しさに自分の手を加えることで、より一層感じさせる、そんな作品づくりを続けていきたい」そう話す内田さん。木ならではの魅力を自分ならではの解釈で形にし、ひたすら唯一無二の作品を作り続け、それはやがて憧れの先人たちのように世界中で評価されていくにちがいない。</p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="683" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/e91e0b24ce6da489afeaa8298f435f34-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-47732" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/e91e0b24ce6da489afeaa8298f435f34-1024x683.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/e91e0b24ce6da489afeaa8298f435f34-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/e91e0b24ce6da489afeaa8298f435f34-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/e91e0b24ce6da489afeaa8298f435f34.jpg 1200w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /><figcaption class="wp-element-caption">木工作家 内田 悠さん</figcaption></figure></div>


<p>染めを施すことで今までにない美しい表情を見せてくれるのも、木の器の奥深さであると思います。1つとして同じもののない木目の美しさを損なわぬよう、シンプルで実用性の高いデザインを心がけて制作しています。日々の食卓に、自然の温もりや彩りを加えてくれる存在になれたら嬉しいです。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/36499/">木の温もりある表情を器に写し取る木工作家「内田悠」／北海道三笠市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
					<wfw:commentRss>https://nihonmono.jp/article/36499/feed/</wfw:commentRss>
			<slash:comments>0</slash:comments>
		
		
			</item>
	</channel>
</rss>
