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	<title>岡山県 - NIHONMONO</title>
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	<description>「にほん」の「ほんもの」を巡る旅マガジン</description>
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	<title>岡山県 - NIHONMONO</title>
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		<title>現在の城主は猫？ 雲海に浮かぶ、天空の山城「備中松山城」／岡山県高梁市</title>
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		<pubDate>Sun, 03 Nov 2024 01:02:07 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/2A3A1402.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>岡山県の中西部に位置する、高梁市。その市街地の北側にそびえる臥牛山（がぎゅうざん）に建つ、「備中松山城」。江戸時代以前に建設された天守が保存されている「現存12天守」のひとつに数えられる。そのなかで山城として天守が残って [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/2A3A1402.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>岡山県の中西部に位置する、高梁市。その市街地の北側にそびえる臥牛山（がぎゅうざん）に建つ、「備中松山城」。江戸時代以前に建設された天守が保存されている「現存12天守」のひとつに数えられる。そのなかで山城として天守が残っているのはここだけという、大変貴重な城だ。</p>



<h2 class="wp-block-heading">「備中松山城」の歴史をたどる</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/fe0b0c4d568b9b78e3f771dca38d8788.jpg" alt="" class="wp-image-50094" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/fe0b0c4d568b9b78e3f771dca38d8788.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/fe0b0c4d568b9b78e3f771dca38d8788-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/fe0b0c4d568b9b78e3f771dca38d8788-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /><figcaption class="wp-element-caption">写真提供：（一社）高梁市観光協会</figcaption></figure>



<p>現存天守が標高約430mの高さにある備中松山城。その標高や地形故に“雲海”が発生しやすく、しばしば見ることができる。そこに天守が浮かぶように見える様子が美しく「天空の山城」とも形容されている。</p>



<p>高梁市教育委員会社会教育課･三浦孝章さんによると、「高梁市はすり鉢状の盆地という地形なので、発生した雲海がとどまりやすいという特徴があります。そのため、高い確率で雲海に遭遇できる場所なんです」。なかでも、10月から12月が雲海のベストシーズンとされている。その幻想的な姿は、城の北東部にある、「雲海展望台」から望むことができる。</p>



<h3 class="wp-block-heading">城主の移り変わりとともに、城も進化</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/2A3A1164.jpg" alt="" class="wp-image-50095" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/2A3A1164.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/2A3A1164-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/2A3A1164-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>備中松山城が建つ臥牛山は、牛が横になっているような形からその名が付けられており、大松山、天神の丸、小松山、前山の4つの峰からなる。<br>1240年、当時の地頭･秋庭重信により大松山に砦が築かれたのが、備中松山城の始まりとされる。その後、三村元親が城主を務めていた1574年には、臥牛山一帯に砦が築かれるまでに。1600年の関ケ原の戦いの後、徳川幕府の支配下に置かれた際には、小堀正次･政一（遠州）親子が奉行として、この地に赴任。御殿と城の修築に着手したと伝わる。</p>



<p>1642年には、水谷勝隆が城主に。その息子、勝宗は1681年から約3年をかけて、城の大規模な修築を行い、櫓や大手門なども建設し、現在残る城の全容が完成した。<br>1868年、明治新政府軍と旧幕府軍が対立した戊辰戦争では、朝敵とみなされた備中松山藩。当時、藩政改革に取り組んでいた、陽明学者･山田方谷らの決断により、無血開城を果たす。そのため、城が壊されることを免れることとなる。</p>



<h2 class="wp-block-heading">忘れ去られた存在から、町を挙げての保存･修復へ</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/52cbc593accf5380a5bd21c63a5feec4.jpg" alt="" class="wp-image-50096" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/52cbc593accf5380a5bd21c63a5feec4.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/52cbc593accf5380a5bd21c63a5feec4-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/52cbc593accf5380a5bd21c63a5feec4-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /><figcaption class="wp-element-caption">写真提供：高梁市教育委員会</figcaption></figure>



<p>一度は危機を乗り越えたものの、1873年には、「廃城令」が公布される。備中松山城は国により競売にかけられ、地元住民が購入したと伝わるが、山の上にありすべてを解体するにも費用がかかりすぎることから、そのまま放置されることとなる。以降、その立地のため、誰の目に触れることもなく時が過ぎていく。いつしかその存在自体が忘れ去られ、荒れ果てた城となってしまっていた。</p>



<p>大きな転機が訪れたのは、1927年のこと。備中松山城の歴史を知り、その価値を認識していた地元中学校の教師が中心となり、本格的な城の調査がスタート。住民すら知らなかった城の存在が明らかとなり、次第に保存への気運が高まっていったのだ。<br>そうして1939～40年には、「昭和の大改修」を実施。「その際には地元の小･中学校や女学校の児童･生徒らが、約2万枚もの瓦をかついで山頂にある城まで上がったというエピソードが写真とともに残っています。まさに町を挙げての城の修復であったようです」と、前出の三浦さん。その後、1957年、2000年と、これまでに3度の大きな改修を経て、現在の姿となった。</p>



<h3 class="wp-block-heading">戦火や自然災害に遭うことなく、往時の姿を今に</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/2A3A1396.jpg" alt="" class="wp-image-50097" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/2A3A1396.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/2A3A1396-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/2A3A1396-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>天守までは、8合目にある「ふいご峠駐車場」から急な山道を20分ほど歩いていく。近づいてくると、自然の岩の上に石を積んだ石垣が現れてくる。なかには約10mのそそり立つ岩盤を取り込むように築いた石垣もあり、その迫力に圧倒される。このように山の地形を生かした石垣もこの城の見どころだ。<br>天守は、木造瓦葺きで、二層二階の建物。高さ約11mと、現存12天守のなかでもっとも低いが、天守の正面の唐破風が特徴的な外観を誇る。</p>



<p>1階には、天守では珍しく、囲炉裏を備えているほか、城主一家の居室になった「装束の間」も残る。2階には、水谷勝宗が城の修築をした際に、自分の守護神を祭る「御社壇（ごしゃだん）」を設置している。城の一番高い場所から高梁の町を守ってもらう意図があったと思われる。<br><br>「戦争で空襲を受けることもなく、地震をはじめとする自然災害も少ない土地であったことも、天守が現在まで残っている理由だと考えています」と、三浦さん。</p>



<h2 class="wp-block-heading">猫城主･さんじゅーろーを迎え、新たな魅力を備えた城に</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/2A3A1162.jpg" alt="" class="wp-image-50098" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/2A3A1162.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/2A3A1162-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/2A3A1162-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>時代の変遷とともに、城主も移り変わってきた歴史を持つ、備中松山城。そして現在、城主を務めるのは、なんと猫！　<br><br>もともと高梁市内で飼われていた猫が、平成30年の西日本豪雨の後に飼い主宅を離れ、この城に住みつくようになったという。すると「お城にかわいい猫がいる」とのうわさが広がり、地元テレビや新聞などで紹介されると、またたく間に人気者に。高梁市観光協会によって保護され、備中松山藩出身で新選組隊士で七番隊の隊長を務めた武士･谷三十郎と、最初に見つかった場所が三の丸であったことから「さんじゅーろー」と命名。城の管理事務所のある「五の平櫓」で暮らすこととなった。</p>



<p>その人気を受け、2018年12月16日には猫城主に就任。さんじゅーろーの体調や気分にもよるが、一日2回、城内を見回りする散歩の際に、その姿を見ることができる。<br>そして現在は、さんじゅーろーに会うために、全国各地から多くの観光客がこの城を訪れている。2024年3月には、備中松山城が建つ臥牛山の南麓に位置する石火矢町の武家屋敷･旧埴原家内に、記念館「猫城主さんじゅーろー あしあと館」がオープン。その人気はとどまることを知らない。</p>



<p>江戸時代の天守が当時のまま現存する、日本唯一の山城である「備中松山城」。雲海に天守が浮かぶ情景は、往時から変わらず訪れた人を魅了する。そんな、当時の人たちも見ていたであろう幻想的な景観と、この城が歩んできた歴史に思いを馳せ、これから先も岡山県が誇るべき景勝として、変わらず守り続けていきたい。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/50093/">現在の城主は猫？ 雲海に浮かぶ、天空の山城「備中松山城」／岡山県高梁市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>末永く使い続けられる真鍮のカトラリーを。「Lue」の菊地流架さん／岡山県瀬戸内市</title>
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		<pubDate>Mon, 24 Jun 2024 01:00:58 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/6L8A5304.54-1024x819.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>細くまっすぐな柄に、丸っこい匙の部分が印象的な真鍮のスプーン。このスプーンは、菊地流架さんが代表を務め、真鍮のカトラリーや雑貨などを手がけるブランド「Lue（ルー）」のもの。無駄な装飾などいっさいないシンプルなデザインだ [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/6L8A5304.54-1024x819.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>細くまっすぐな柄に、丸っこい匙の部分が印象的な真鍮のスプーン。このスプーンは、菊地流架さんが代表を務め、真鍮のカトラリーや雑貨などを手がけるブランド「Lue（ルー）」のもの。無駄な装飾などいっさいないシンプルなデザインだからこそ、手仕事ならではの温もりが感じられる。</p>



<h2 class="wp-block-heading">大切なのは、誰が作ったかではない</h2>



<figure class="wp-block-image size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/6L8A5309-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-44886" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/6L8A5309-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/6L8A5309-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/6L8A5309-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/6L8A5309.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>「<a href="https://www.lue-brass.com/" target="_blank" rel="noopener" title="">Lue</a>」の工房は、岡山市中心部から東へクルマで約40分ほど、瀬戸内市邑久町（せとうちしおくちょう）の、のどかな田園地帯に建つ。妻の実家の納屋を改装した建物で、1階が工房、2階がギャラリーショップとなっている。</p>



<p>真鍮のアクセサリー作家の父親の元に生まれた菊地さんは、高校時代からその手伝いを始めた。独立を考えたとき、父親が手がけていたアクセサリーをそのまま継いでいく自信がなかったことと、料理が好きだったことから、自身は真鍮のカトラリーを専門にしようと決意。2006年に「Lue」というブランド名で活動をスタートした。その名の由来は、子どもの頃の愛称。「僕の名前は、菊地流架（るか）。クリスチャンだった父が、キリスト教徒の信徒・ルカから名付けてくれました。子どもの頃は、「ルーくん」と呼ばれていて、それを元に」。</p>



<h3 class="wp-block-heading">父親の影響を受けた、美しく機能的なスプーン</h3>



<figure class="wp-block-image size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/6L8A5783-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-44887" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/6L8A5783-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/6L8A5783-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/6L8A5783-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/6L8A5783.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>そして最初に生まれたのが、「ティースプーン」だ。現在も作り続けているこの定番商品にも父親の影響を色濃く受けている。スプーンを作ってみたいと相談したときに、見本のような感じで作ってくれたものが、今の形に近いものだったのだ。特に、菊地さんが注目したのは、柄を叩くことで施される槌目を、デザインではなく持ちやすさのために付けている点だった。無駄な作業がなく、かつ見た目にも美しく、機能的であることに、強く惹かれたという。</p>



<p>さらに、<span class="swl-marker mark_yellow">銅と亜鉛の合金である真鍮の使ううちに酸化して色が落ち着いてくるという特性も気に入っている。使い方や手入れの仕方によって色の変化も変わってくるので、世界にひとつだけのアイテムとして、愛着を持てるからだ。</span></p>



<h3 class="wp-block-heading">末永く使い続けてもらうことが幸せ</h3>



<figure class="wp-block-image size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/6L8A5346-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-44888" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/6L8A5346-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/6L8A5346-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/6L8A5346-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/6L8A5346.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p><span class="swl-marker mark_yellow">菊地さんが大切にしているのは、末永く使い続けてもらえること。</span>そこには民藝的な考えも含まれている。「民藝の方にはそう思われないかもしれませんが」と前置きをしたうえで、「<span class="swl-marker mark_yellow">岡山の民藝は、いいものを、同じ形で、安く提供できるように作ることで、長く作り続けていく。</span>そんな職人的な考えに基づいているように感じています。同じ形を作り続けるという点において、「Lue」のアイテムは民藝品に近いイメージなのかなと思っています」と語る。</p>



<p>そのことは、自分の名前が前面に出る作家としてではなく、「Lue」というブランド名で活動していることにもつながる。最初はひとりで始めた工房であったが、現在は製作スタッフ2名と、営業や事務などを担当する1名とともに運営。「自分たちが亡くなったあとも、誰が作ったとか関係なく、このスプーンをずっと使い続けてもらえたらうれしい。僕自身には「Lue」という名前が残ることへのこだわりもない。おもしろがって使ってくれる人がいるとしたらそれが幸せ」と。</p>



<h2 class="wp-block-heading">他者とのかかわりが新たな製品を生む</h2>



<figure class="wp-block-image size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/MG_5215-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-45471" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/MG_5215-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/MG_5215-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/MG_5215-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/MG_5215.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>また、「Lue」ではオリジナル製品のほか、店や企業などからオーダーを受けて製作するアイテムも数多く手がけている。京都のレストラン「monk（モンク）」のために作ったピザ取り分け用の「ピザスクープ」や、自動車メーカー・トヨタの「LEXUS NEW TAKUMI PROJECT」から生まれた和菓子用の「黒文字」などが一例だ。それらのアイテムは、多くの人に長く愛されるよう「Lue」としても定番商品化し、継続して販売している。</p>



<h3 class="wp-block-heading">手仕事だけにこだわらない姿勢</h3>



<figure class="wp-block-image size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/2a2fcde0d4bccff8a76d1c7f86bfa5b5-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-45472" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/2a2fcde0d4bccff8a76d1c7f86bfa5b5-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/2a2fcde0d4bccff8a76d1c7f86bfa5b5-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/2a2fcde0d4bccff8a76d1c7f86bfa5b5-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/2a2fcde0d4bccff8a76d1c7f86bfa5b5.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>さらに、2013年からは、すべて手作業で行う「ハンドクラフト」以外に、「インダストリアル」というラインでの商品も展開している。その名のとおり、工業製品だ。</p>



<p>工房にこもっての仕事だけでなく、人とかかわる仕事をしてみたいと思ったのがきっかけ。自ら工場をまわり、協力してくれるところを探すことからスタートしたと、当時を振り返る。<span class="swl-marker mark_yellow">「インダストリアル」のラインは、菊地さんが手作業で作った原型を元に、金属加工製品の産地・新潟県燕市の工場で機械生産。手仕事では実現できない、統一された形と薄さ、輝きを備えた製品に。</span>機械生産することで、価格を抑えることにもつながっている。</p>



<p>工業製品である利点を生かすべく、「スタックできること」をこのラインのコンセプトに掲げた。第一作となったのは、アウトドアや子ども用のスプーン兼フォークの「スポーク」。重ねてもかさばらず持ち運びしやすいアイテムが誕生した。工業製品であっても原型がハンドクラフトのため、「Lue」ならではの温かみをまとった製品に仕上がる。もちろん、真鍮ならではの色の経年変化も楽しめる。<span class="swl-marker mark_yellow">機能的で長く使えるアイテムを生み出すためには、どうあるべきか。手仕事だけにこだわらず、最良の方法を選択する。</span>これこそ、菊地さんのもの作りの真髄なのだろう。</p>



<h3 class="wp-block-heading">次なるステップは、自ら楽しむこと</h3>



<figure class="wp-block-image size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/MG_6678-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-45473" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/MG_6678-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/MG_6678-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/MG_6678-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/MG_6678.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>ハンドクラフトの製作に関しては、2、3年前からスタッフに仕事をすべて任せられるようにシフトしてきた。それにより、菊地さんの仕事の取り組み方にも変化が。仕事として割り切らずに、「自分も楽しめる、半分遊び感覚での仕事にも挑戦できる」ようになってきたのだ。</p>



<p>たとえば、2022年には、鹿児島県奄美大島の染色工房「金井工芸」で「奄美泥染め」を行う金井志人さんと、兵庫県神戸市の「つくも窯」でスリップウェアを中心に手がける陶芸家の十場天伸さんと、コラボ作品を作った。ひとまずは実験的な試みとしての位置付けだが、ゆくゆくはライターや写真家など、異業種の仲間も巻き込んでの展開をも視野に入れているというから楽しみだ。</p>



<p>そしてもうひとつ、真鍮のオブジェを手がけたい気持ちもあるという。「無理やり作ってもいいものは作れないので、今はまだそっと寝かせている状態です」と菊地さん。無理せず、焦らず、機が熟すのを待つというのが、彼らしい。そんな風にまるで真鍮のごとく、少しずつ変化しながら深い輝きを増していく「Lue」の活動。これから先、菊地さんが心をくすぐられるような楽しい仕事に巡り会えたあかつきには、真鍮の新たな魅力で我々を驚かせてくれるはずだ。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/44881/">末永く使い続けられる真鍮のカトラリーを。「Lue」の菊地流架さん／岡山県瀬戸内市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>「土のもの」の良さを共有･共感したい。備前焼作家･伊勢﨑晃一朗さん／岡山県備前市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 10 Jun 2024 03:00:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[陶芸]]></category>
		<category><![CDATA[岡山県]]></category>
		<category><![CDATA[備前市]]></category>
		<category><![CDATA[備前焼]]></category>
		<category><![CDATA[日本工芸]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/batch_2A3A0230.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>岡山の焼き物といえば、備前焼。時間をかけて焼き締める、土味の濃い焼き物だ。伊勢﨑晃一朗さんは、備前焼作家の祖父と父を持ち、作陶が身近な環境で育った。しかし備前焼をつくりたいと思ったのは意外と遅く、彫刻を学んだ大学を卒業す [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/43193/">「土のもの」の良さを共有･共感したい。備前焼作家･伊勢﨑晃一朗さん／岡山県備前市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/batch_2A3A0230.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>岡山の焼き物といえば、備前焼。時間をかけて焼き締める、土味の濃い焼き物だ。伊勢﨑晃一朗さんは、備前焼作家の祖父と父を持ち、作陶が身近な環境で育った。しかし備前焼をつくりたいと思ったのは意外と遅く、彫刻を学んだ大学を卒業する頃。土を使った立体造形にひかれている自分に気づいた。</p>







<h2 class="wp-block-heading">800年前から現在に続く日本六古窯</h2>



<p>備前焼は、平安時代から戦国時代、いわゆる中世に発生し、現在でも生産を続ける代表的な陶磁器窯として、瀬戸焼や信楽焼、越前焼、常滑焼、丹波立杭焼とともに古陶磁研究家･小山冨士夫氏により命名され、2017年には日本遺産にも認定された「日本六古窯」のひとつ。その産地は、岡山県の南東部に位置する備前市伊部（いんべ）周辺にある。この地域で採れる鉄分が豊富な土を使い、釉薬を使わない「焼き締め」により備前焼の茶褐色が生まれる。窯焚きに1週間以上の時間をかけ、ゆっくりと温度を上げて焼成することで堅牢になる。加飾を施さない焼き物だが、窯詰めの配置や、窯焚きの薪の焚べ方により、さまざまな色合いと模様を生み出せる。</p>







<h3 class="wp-block-heading">時代に適応しながら、現在に続いてきた技法</h3>



<p>その始まりは、およそ800年前。平安時代の末期、陶工の集団が豊富な陶土と火力の出る薪を求め、この地に移住してきたといわれる。鎌倉時代には擂鉢（すりばち）や壺、瓷（かめ）などの日用雑器がつくられるようになった。安土･桃山時代になると茶の湯が流行し、千利休、豊臣秀吉は茶会で備前焼の水差しなどを茶道具として頻繁に用いたことが記録されている。</p>



<p>「備前焼の陶工は、この場所で採れる土と焼き方で、時代の欲するものをつくり続けてきた。都の茶人から『こういう形を』と所望されても、そのままをつくれるわけではない。粘りが強く、コシがある自分たちの土でつくるものは、それに適した形になる。できるものを一生懸命考え、適応してきたんじゃないかと思います」。伊勢﨑晃一朗さんは、いにしえの備前の陶工にそんなふうに思いを馳せる。</p>







<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/batch_2A3A0209.jpg" alt="" class="wp-image-43195" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/batch_2A3A0209.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/batch_2A3A0209-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/batch_2A3A0209-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>







<h3 class="wp-block-heading">大学で彫刻を、アメリカで焼き締めを学ぶ</h3>



<p>伊勢﨑さんは1974年、備前焼作家･伊勢﨑淳氏の長男として備前市伊部に生まれた。父と弟子たちが忙しく立ち働き、書棚には彫刻や美術の作品集が並ぶ環境で育った。当然、創作は身近なもので、いつも頭の中にあった。大学では彫刻を勉強したいと思い、東京造形大学美術学科に進んだ。家を出るとき、父に「焼き物はやらないと思います」と伝えると、「ふうん」という反応が返ってきたという。木材の彫刻をしていたが、卒業間近になると、<strong>土を使って、立体造形をしてみたい</strong>と思うようになった。卒業後、1年間父のもとで勉強し、それから父の長年の友人で、アメリカを代表する陶芸家であるジェフ･シャピロ氏に師事するため、アメリカに渡った。</p>



<p>ニューヨーク郊外に工房を持つシャピロ氏のもとで2年間、焼き締めによる焼き物を学んだ。ろくろを引くとき、目の前の土とセッションをしているように見えたシャピロ氏の動きを見つめる日々と、多くの人との刺激的な出会いを経て、伊勢﨑さんの備前焼に対する立ち位置が変わった。「備前焼をつくりたい、器をつくりたい、というより、土を使った立体造形を、薪で焼き締めてやりたい。土のものの良さを誰かと共有し、共感したい」。そこが備前焼への入り口となった。</p>







<h2 class="wp-block-heading">父と並んで制作する</h2>



<p>伊勢﨑さんが30歳になったとき、父の伊勢﨑淳氏が備前焼で重要無形文化財保持者（人間国宝）の認定を受けた。現在、父と息子は同じ敷地にあるそれぞれの工房で制作をしている。伊勢﨑さんから見た父･淳氏の作品は、ひとことでいうと「おおらか」。人となりが出ていて、つくったものが人を威圧しない。一方、伊勢﨑さんの作品は伝統的技法を守りながら、土から受ける強いエネルギーを表すかのようなユニークな造形があり、さまざまな色合いと質感のなかに、細やかな表現力がある。ふたりの窯は工房の裏山のふもとに３つ並んであり、全長約15メートルの最大の窯と約10メートルの中型の窯を淳氏。伊勢﨑さんは同じ中型の窯と全長約5メートルの小さな窯を使い、年に２、3回窯焚きをしている。</p>







<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/batch_2A3A0289.jpg" alt="" class="wp-image-43196" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/batch_2A3A0289.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/batch_2A3A0289-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/batch_2A3A0289-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>







<h3 class="wp-block-heading">窯詰めで絵を描く</h3>



<p>備前焼の仕上がりを決めるのは、窯詰めの作業だ。窯のなかに数100個の作品を並べるため、炎の当たり方や灰の降り掛かり方を読んで、焚き口からの距離や大小異なる作品の配置、炎に対する角度などによって<strong>「焼け」（仕上がり）をコントロール</strong>する。「窯詰めで絵を描く」という言い方をするが、作品をひとつずつ並べるのはパズルのようだという。基本的に炎が当たったところは赤褐色に、物の影なり炎が当たっていないところは白色に仕上がる。アカマツの薪の灰が表面に降りかかり、高温で溶けることで備前焼の特徴である「胡麻（ごま）」など（自然釉による）模様が生まれる。どれほど長さのある窯でも、前と奥はつながっていて、置かれた作品同士は影響する。そのため成形の段階から、どの場所にどのように置くかをイメージしながらつくっている。</p>







<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/batch_2A3A0227.jpg" alt="" class="wp-image-43197" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/batch_2A3A0227.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/batch_2A3A0227-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/batch_2A3A0227-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>







<p>とはいえミリ単位で狙った焼けが生み出せるわけではない。「すべてを思い通りにしたいなら、このやり方を選ばない。その中に何か大事なものがあると信じている人がこの土地でこの焼き物をしているんだと思う」と伊勢﨑さんは言う。以前、違う種類の土を使い、電気窯でやってみて、<strong>薪を使った窯から生まれる情緒</strong>に生かされていることを痛感した。「自然相手だと不確定要素が多い。でも、そういうものと付き合える能力が大事なんじゃないか。絶え間なく変わる環境で、創作を成り立たせていく感覚を失わずにいたい」と語る。</p>







<h3 class="wp-block-heading">窯焚きは自然と交わる感覚</h3>



<p>窯焚きには、約15メートルの窯で13日間、5メートルの窯で1週間かける。土の収縮が大きいため、最初に温度が上がりすぎてしまうと壊れやすくなるため、ゆっくりと温度を上げる。それぞれの窯にセオリーがあり、予定する温度と日数で焼き上がるよう薪の量、焼成の時間を計算し、3人が8時間おきに交代しながら昼夜、焚き続ける。この時間が伊勢﨑さんは好きだという。頭を整理する時間になるからだ。そして最後の1日半は「攻め」や「大焚き」と呼ばれる本焚きで、前の扉は閉じて窯の横穴から薪を焚べる。すると灰が全体に飛ぶ。温度が上がり、土を焼き締めて高温で灰を溶かす。最高温度は1250〜1260度。焼き物にするだけであれば４、5日で足りるが、緋色の深みなど、つくり手の欲しい「焼け」を求めると、これだけの日数になる。</p>



<p>薪で焼くことの魅力は、自然と交わっている感覚だという。「木も命のあるもので、それを燃やさせてもらう。脂分が多く、燃やすと高温になるアカマツを使うことは、先人が見つけた知恵のひとつ。同様に、土も天然資源であり、有限。備前焼が現在まで続く技法になったのは、数100万年という時間をかけてできたこの土があるからで、<strong>いただききもので成り立っている</strong>感覚が強い。農業や林業、酒造りに近い部分があって、農家が「おいしい」と思ってもらえるものをつくるように、材料の力を引き出すことが仕事だと思う。焼き締めの営みを続けることは自然にふれ続けることで、<strong>自然とともに生きていく人間にとって、備前焼は絶対に必要な焼き物</strong>だと信じている」。</p>







<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/batch_2A3A0213.jpg" alt="" class="wp-image-43198" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/batch_2A3A0213.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/batch_2A3A0213-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/batch_2A3A0213-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>







<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/batch_2A3A0176.jpg" alt="" class="wp-image-43199" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/batch_2A3A0176.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/batch_2A3A0176-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/batch_2A3A0176-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>







<h3 class="wp-block-heading">まだ気づいていない焼き締めの力を探す</h3>



<p>伊勢﨑さんは、2022年度日本陶磁協会賞を受賞した。陶芸界でその年、もっとも優れた作家に贈られる賞だ。人前に作品を出すようになって21年が経つ。祖父と父だけでなく、親戚にも備前焼作家が多い家で、自分を表現できるようになったのは、思いきって新しい試みを始めたとき、「おもしろい」と背中を押してくれる人との出会いがあったから。だから作品そのものが魅力的であることだけを追う。焼き上がったものを「良い」と自身で納得するには、まだほかの色合い、質感があるはずだと、まだ気づいていない焼き締めの力を探している。まだある<strong>はず、もっとあるはず、という思い</strong>が底流にあり、そのフィロソフィーに基づいて、伊勢崎さんの作陶は日々アップデートを続ける。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/43193/">「土のもの」の良さを共有･共感したい。備前焼作家･伊勢﨑晃一朗さん／岡山県備前市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>伝統の備前焼に新しい風を吹き込む、陶芸家･森本仁さん／岡山県備前市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 29 Apr 2024 01:00:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[うつわ]]></category>
		<category><![CDATA[やきもの]]></category>
		<category><![CDATA[焼き物]]></category>
		<category><![CDATA[岡山県]]></category>
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		<category><![CDATA[備前焼]]></category>
		<category><![CDATA[六古窯]]></category>
		<category><![CDATA[民芸]]></category>
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		<category><![CDATA[美濃焼]]></category>
		<category><![CDATA[器]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/e546ea0cf075177d5e17e95bc8489ccc.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>中世から続く六古窯のひとつ、備前焼。岡山県備前市周辺でとれた土を用い、釉薬をかけずに焼き締めることで生まれる、1点1点異なる表情が魅力の焼物だ。その備前焼のよさを大切にしながらも、現代の暮らしに合うモダンさを備えた器作り [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/42422/">伝統の備前焼に新しい風を吹き込む、陶芸家･森本仁さん／岡山県備前市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/e546ea0cf075177d5e17e95bc8489ccc.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>中世から続く六古窯のひとつ、備前焼。岡山県備前市周辺でとれた土を用い、釉薬をかけずに焼き締めることで生まれる、1点1点異なる表情が魅力の焼物だ。その備前焼のよさを大切にしながらも、現代の暮らしに合うモダンさを備えた器作りに挑んでいる、陶芸家･<a href="https://hitoshimorimoto.com/" title="">森本仁</a>さんの工房を訪ねた。</p>



<h2 class="wp-block-heading">日々の暮らしが作品に表れる</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/f56ea2e8134a52d4aa3cdd5a75e9f7c7.jpg" alt="" class="wp-image-42424" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/f56ea2e8134a52d4aa3cdd5a75e9f7c7.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/f56ea2e8134a52d4aa3cdd5a75e9f7c7-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/f56ea2e8134a52d4aa3cdd5a75e9f7c7-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>岡山県の南東部に位置し、備前焼の里として、数多くの窯元やギャラリーが立ち並ぶ備前市伊部地区。同じ備前市内にありながらも、そこからクルマで20分ほどの静かな山のなかに、陶芸家･森本仁さんの自宅と工房はある。街の喧噪から離れ、豊かな自然に囲まれた環境で、陶芸に勤しんでいる。<br>備前焼作家の父の元に生まれた、森本さん。大学で彫刻を学び、卒業後は父親からのすすめを受け、岐阜県で美濃焼の陶芸家･豊場惺也氏に師事。師匠と寝食をともにする生活を4年間続けた。</p>



<p>当時のことを森本さんは、「禅僧の修行のようだった」と振り返る。朝起きて、掃除や食事の手伝い、庭の手入れ、薪割りなど、師匠の動きを察しながら、それに合わせて自分も動いていく。師匠が気持ちよく仕事ができるようサポートするのが使命だった。そんな暮らしの中で、「日々の生活こそ、その人の作品なのだ」と実感したという。それを体感できたことが、今の森本さんの礎となっている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">現代の暮らしに溶け込む備前焼を</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="733" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/a0a973f3646c669b21e0002595482636.jpg" alt="" class="wp-image-42425" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/a0a973f3646c669b21e0002595482636.jpg 733w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/a0a973f3646c669b21e0002595482636-300x225.jpg 300w" sizes="(max-width: 733px) 100vw, 733px" /></figure>



<p>岐阜での修業を経て、2003年に帰郷し、父の元で陶芸家として歩み始めた、森本さん。地元を離れていた期間があったことで、備前焼を客観視できたことも大きな成果だった。森本さんが陶芸の道に進んだ今から20～30年前の備前焼は、重厚感を重視した作品が主流。そのため、いざ自らの生活に取り入れようと思っても、使いづらいと感じることも。「薄くしたり軽くしたり、備前焼の風合いを生かしつつも、普段使いしやすいものが生み出せるはず」。そんな思いを抱き、現代生活にフィットする備前焼への挑戦がスタートした。</p>



<h3 class="wp-block-heading">土作りと登り窯が、備前焼の要</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="828" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/0041e5cf4429bab7ef4969d5b652ce27.jpg" alt="" class="wp-image-42426" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/0041e5cf4429bab7ef4969d5b652ce27.jpg 828w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/0041e5cf4429bab7ef4969d5b652ce27-300x199.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/0041e5cf4429bab7ef4969d5b652ce27-768x510.jpg 768w" sizes="(max-width: 828px) 100vw, 828px" /></figure>



<p>備前焼に用いる土は、備前市周辺の田んぼから採取した「田土」が基本。窯に入れた際の収縮率が高いため、しっかりと焼き締まる。そのために水が漏れないので、釉薬をかける必要がないのだ。さらに、窯の中での置き場所や、灰のかかり方などによって、色が変化し、さまざまな表情が生まれる点も大きな特徴だ。</p>



<p>現在、森本さんが使用している土は、父親が50年ほど前に購入したもの。まるで石のように硬い原土を砕き、水につけて溶かして自分好みの粘土にしていく。釉薬を用いない焼物だからこそ、仕上がりを大きく左右する土作りに力を尽くす。</p>



<p>そして、備前の土のよさを最大限に引き出すには、薪を使った登り窯で焼くことが重要だと考えている。登り窯に火を入れるのは1年から1年半に1回で、準備から焼き上げまで7～8か月を要する。いざ、焼き始めると約1週間は窯につきっきりに。「登り窯で火を焚き続けると、焼物を仕事にしているという実感があるんです。ぐっとくる感じがほかの窯とは違うんです」と、森本さんは目を輝かせる。</p>



<h3 class="wp-block-heading">釉薬ものも手がけ続ける</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="828" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/be3e907476a0622e56dab63d94af2e14.jpg" alt="" class="wp-image-42427" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/be3e907476a0622e56dab63d94af2e14.jpg 828w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/be3e907476a0622e56dab63d94af2e14-300x199.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/be3e907476a0622e56dab63d94af2e14-768x510.jpg 768w" sizes="(max-width: 828px) 100vw, 828px" /></figure>



<p>薪窯で焼く備前焼の作陶と交互に、師匠から学んだ釉薬ものも灯油窯を用いて手がけ続けている、森本さん。「両方あったほうが食卓が生きるし、おもしろい」と、その理由は実に明快だ。さらには、備前焼と釉薬ものを両方手がけることで、自分の作品であっても、それぞれを客観視できるようになったことも、自分にとっては有益だったと語る。</p>



<h3 class="wp-block-heading">灯油窯で焼く、独自の「白花」シリーズ</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="828" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/afb48f58cb7188f54b6c7c881a131688.jpg" alt="" class="wp-image-42428" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/afb48f58cb7188f54b6c7c881a131688.jpg 828w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/afb48f58cb7188f54b6c7c881a131688-300x199.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/afb48f58cb7188f54b6c7c881a131688-768x510.jpg 768w" sizes="(max-width: 828px) 100vw, 828px" /></figure>



<p>また、備前の土を用い、灯油窯で焼く「白花（しらはな）」シリーズは、森本さんが考案したオリジナル。伝統的な備前焼同様、釉薬を用いない焼き締めだが、灯油窯でなるべく焼き色がつかないように焼くことでフラットな焼き上がりと不思議な質感が生まれる。色は備前の土そのものが持つ、グレーがかった白。研ぎ澄まされたフォルムと、これまでの備前焼にはなかった色合いで、現代の暮らしにすっと溶け込むようなモダンな表情をたたえたシリーズとして人気を博している。<br>このように、同じ備前の土を用いても、用いる窯や焼成の仕方によって、まったく表情の異なる作品に仕上がる。焼物にとって大切なのは、土と窯の相性だと考えている、森本さん。その相性がよいとおもしろいものが生まれるというのだ。固定概念にとらわれることなく、さまざまな手法を試してみる軽やかな姿勢が、新たな魅力を備えた焼物を生み出すことにつながっているのだろう。</p>



<h2 class="wp-block-heading">やりたいことは次々と生まれてくる</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/489183dee90fee526b3877127b79f2ca.jpg" alt="" class="wp-image-42429" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/489183dee90fee526b3877127b79f2ca.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/489183dee90fee526b3877127b79f2ca-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/489183dee90fee526b3877127b79f2ca-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>日々の生活では、庭の手入れを怠らず、季節の草花を飾り、母から茶道も学び続けている。仕事場も空間づくりや道具ひとつひとつにこだわり、自分が心地よく作陶に打ち込めるように、整えている。師匠から学んだ、「暮らしにこそ、その人の作品が表れる」という教えに恥じぬよう、丁寧な暮らしを続けている。そんな毎日のなかで、いろいろなものを見て、いろいろな人と話していくうちに、やりたいことが次々に湧きおこってくるのだとか。</p>



<p>今後について尋ねると、「やりたいことがありすぎて、全然消化できていない感じです、ずっと。だからひとつずつやっていくしかないですね」。これこそが森本さんの作陶における原動力に。近年は、海外向けの仕事も少しずつ増えてきた。焼き締めが海外の人にはモダンに映り、支持を集めているのだ。日本向けにはやりたくてもできなった、大型の作品を求められることも多く、やりがいにもつながっている。<br><br></p>



<h3 class="wp-block-heading">これから先が、僕の本当の仕事</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="828" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/bca9b1020eed328e86839077cd971ab6.jpg" alt="" class="wp-image-42430" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/bca9b1020eed328e86839077cd971ab6.jpg 828w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/bca9b1020eed328e86839077cd971ab6-300x199.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/bca9b1020eed328e86839077cd971ab6-768x510.jpg 768w" sizes="(max-width: 828px) 100vw, 828px" /></figure>



<p>このように新しいことを試しながら、備前焼も釉薬ものも、プロの仕事として、説得力のある作品を生み続けていくつもりだ。そのうえで、陶芸に飽きることなく、慣れることなく、いかに楽しく続けていけるかが課題でもあるという。ある程度のことができるようになってきた今だからこそ、「これから先が僕の本当の仕事なんだと思います」と森本さん。師匠や父から受け継いだ教えや技を自分の陶芸へと昇華させながら、軽やかなにしなやかに、焼物の新しい世界を広げていってくれるはずだ。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/42422/">伝統の備前焼に新しい風を吹き込む、陶芸家･森本仁さん／岡山県備前市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>日本の文化と美しい色彩をガラスに溶かし込んで。ガラス作家・花岡央さん／岡山県備前市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 19 Apr 2024 01:00:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[伝統工芸]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/5118a8c5679d122acfd13a3942fe8776.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>岡山市中心部から東へクルマで約1時間の場所に位置し、備前焼の里として知られる岡山県備前市。その穏やかな海の近くに吹きガラス工房を構える、花岡央（はなおかひろい）さん。美しい色彩と優しい雰囲気をまとった日常使いのガラスの器 [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/42175/">日本の文化と美しい色彩をガラスに溶かし込んで。ガラス作家・花岡央さん／岡山県備前市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/5118a8c5679d122acfd13a3942fe8776.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>岡山市中心部から東へクルマで約1時間の場所に位置し、備前焼の里として知られる岡山県備前市。その穏やかな海の近くに吹きガラス工房を構える、花岡央（はなおかひろい）さん。美しい色彩と優しい雰囲気をまとった日常使いのガラスの器で人気を集めている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">芸術への憧れからガラスの道へ</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/f233166487e2b45eba778f83298734f8.jpg" alt="" class="wp-image-42177" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/f233166487e2b45eba778f83298734f8.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/f233166487e2b45eba778f83298734f8-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/f233166487e2b45eba778f83298734f8-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>花岡さんが生まれ育ったのは、岡山を代表する焼物・備前焼の産地である備前市。そのため、一番身近な存在のアートは備前焼だったという。加えて、趣味で絵を描く父親の姿に子どもの頃から憧れを抱いていた。<br><br>それらの影響から高校卒業後は、美術大学で備前焼を学ぼうと考え、倉敷芸術科学大学への進学を果たす。専門分野を決めるまでの課程では、焼物やガラス、染織などさまざまな工芸を学ぶことに。そのなかで、「焼物と違って、作った翌日には作品が完成するというスピード感が、自分の性格に合うと感じた」のが、ガラスだったという。その感覚を信じ「ガラスコース」に進み、当時、教授を務めていた倉敷ガラスの創始者・小谷眞三氏に師事する。<br><br>在学中は、早く自分が思い描くものを形にできるようになりたいと、授業以外にも時間を見つけては練習に励み、全国各地で行われていた勉強会にも参加するなど、まさにガラス作りに邁進する日々を送った。</p>



<h3 class="wp-block-heading">誰に向けて、どう作るか</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/92cbb4b1a09a77058ec609bda7b58f06.jpg" alt="" class="wp-image-42178" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/92cbb4b1a09a77058ec609bda7b58f06.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/92cbb4b1a09a77058ec609bda7b58f06-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/92cbb4b1a09a77058ec609bda7b58f06-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>大学卒業後は、大阪でガラス作家・辻野剛氏の吹きガラス工房「fresco」に就職。その工房は、ガラスの器を使う人の生活にどう取り入れてもらうかまでをトータルデザインして、世に出していくというスタンスを大切にしていた。「誰に向けて作るのか、手に取ってもらう相手をイメージしながら作る。まずそこを固めてから制作をスタートする。そういうやり方を学べたことが自分にとってかけがえのない経験となりました」と花岡さんは当時を振り返る。</p>



<h2 class="wp-block-heading">「自分ならでは」「この地ならでは」のガラスを</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/3ca644c0bf6d0897f4afe6c8fa3e85d4.jpg" alt="" class="wp-image-42179" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/3ca644c0bf6d0897f4afe6c8fa3e85d4.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/3ca644c0bf6d0897f4afe6c8fa3e85d4-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/3ca644c0bf6d0897f4afe6c8fa3e85d4-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>9年間「fresco」に勤務した後、2013年に独立。故郷・備前市に戻り、ギャラリーを併設した<a href="https://www.hiroyglass.com/" title="">吹きガラス工房「HIROY GLASS STUDIO」</a>を構えた。</p>



<p>花岡さんが用いるのは、吹き竿に息を吹き込み、型を用いずに整形していく「宙吹き」の技法。「宙吹きだと、その日によって『これがいい』が違ってくる。体調や気分によって、よくも悪くもなるというところが、吹きガラスのおもしろさだと思うんです」と、楽しそうにその魅力を教えてくれた。</p>



<p>自身の工房を構えてから軌道に乗るまでは、ガラス教室を開催する傍ら、作品を携えてギャラリーやショップを回り、少しずつ販路を開拓していったという。</p>



<p>そのなかで、花岡さんが大切にしたのは、「これを作りたい」「これを売りたい」という自分の思いだけを優先させるのではなく、先方の要望を聞いて作品に取り入れること。そうした柔軟な姿勢が、結果として作品の幅を広げていくことにつながっていったのだ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">スリットが印象的な代表シリーズ</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/8bd955afa472f40d047d7236d8e8a89e.jpg" alt="" class="wp-image-42180" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/8bd955afa472f40d047d7236d8e8a89e.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/8bd955afa472f40d047d7236d8e8a89e-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/8bd955afa472f40d047d7236d8e8a89e-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>昔から日本の伝統的なものに美しさを感じて育った、花岡さん。その感性を生かして誕生したのが、古い日本家屋に見られる「連子（れんじ）格子」をイメージしたスリット模様が印象的な「ren（レン）」シリーズだ。多彩な色彩と、光を受けて落ちる影をも楽しめるだけでなく、スリットがもたらす境界線のあいまいさによって、どこに置いてもしっくりとなじむ不思議な魅力をたたえている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">人がやらないことに挑戦</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/5082531cf1ad4524b78866057a5df756.jpg" alt="" class="wp-image-42181" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/5082531cf1ad4524b78866057a5df756.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/5082531cf1ad4524b78866057a5df756-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/5082531cf1ad4524b78866057a5df756-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>「ren」シリーズは、一見、切子ガラスのように見えるが、その製法はまったく異なる。まず透明ガラスに色ガラスをかぶせて温めてガラス玉を作り、いったん冷ます。その後、表面を線状に削り落とした上で磨きをかけるという工程を経て、再び熱を加えて吹いて成形していく。このやり方は、スウェーデンで生まれた「グラール技法」を参考しているという。「削ってから吹くという点が、切子とは大きく違います。それにより、切子ではできないような部分にまでカット模様を入れられるんです」と花岡さん。一般的な吹きガラスよりは工程が多いため、完成までに手間も時間も要する。人がやらないことにあえて挑戦することで、花岡さんならではの作品が誕生したのだ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">この地とのつながりのある作品を</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="835" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/47efa2667da9d57d07b3edd87819ac65.jpg" alt="" class="wp-image-42182" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/47efa2667da9d57d07b3edd87819ac65.jpg 835w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/47efa2667da9d57d07b3edd87819ac65-300x198.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/47efa2667da9d57d07b3edd87819ac65-768x506.jpg 768w" sizes="(max-width: 835px) 100vw, 835px" /></figure>



<p>そしてもうひとつ、花岡さんが大切にしたかったのは、地元とのつながり。自身が親しんで育った備前焼のように、この地ならではのガラス作品を生み出せないかと模索していた。</p>



<p>そんなある年、米作りを行う両親が作った米が不作の年があった。そこで、捨てられてしまう米を溶かして作品に取り入れてみることに。普段、口にしている米をガラスに取り入れることで、使う人にも身近に感じてもらえるのではという狙いもあった。そうして誕生したのが、「GRICE（グライス）」。淡い青色が美しい人気のシリーズだ。現在は、粒が小さいものや色選別ではじかれた、市場に出回らない米を灰にして、ガラスに溶かし込んで制作している。</p>



<p>実は、工房を構える備前市穂浪井田地区は、江戸時代に入り江を干拓して作られた土地。そこに、岡山藩直営の庶民のための学校・旧閑谷学校の学校田「井田（せいでん）」が広がっていたのだ。「GRICE」を通じて、そうしたこの地に息づく歴史にも思いを馳せてほしいとの願いも込められている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">美しい色へのこだわり</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/db9843c9b25e1dd70a6b7bcbfdde1265.jpg" alt="" class="wp-image-42184" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/db9843c9b25e1dd70a6b7bcbfdde1265.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/db9843c9b25e1dd70a6b7bcbfdde1265-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/db9843c9b25e1dd70a6b7bcbfdde1265-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>花岡さんが日々ガラス作りに励む工房へ足を踏み入れると、窓際につり下げられた色とりどりのガラスの玉が目に飛び込んでくる。一見、作品のようだが、実は約300色にものぼるガラスの色見本なのだ。彩色には粉ガラスを用いるが、粉の状態とガラスになった時の色が異なるものもあるという。そこで、一目でわかりやすいように、あらかじめガラスの状態にしているのだとか。「日本はもちろん、ドイツやアメリカのメーカーの粉ガラスを使っています。透明のガラス部分はスウェーデン製の原料を使用していて、ここまでくると、もはや僕の趣味のようになっていますね」。花岡さんの作品の美しい色彩は、ここから生まれている。</p>



<h3 class="wp-block-heading">季節に合わせて楽しめる器を</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/2058c32627918fe727d744c547b04934.jpg" alt="" class="wp-image-42185" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/2058c32627918fe727d744c547b04934.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/2058c32627918fe727d744c547b04934-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/2058c32627918fe727d744c547b04934-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /><figcaption class="wp-element-caption">PHOTO by Tomoko Osada</figcaption></figure>



<p>そんな花岡さんの色へのこだわりが光る最新シリーズは「Dusty（ダスティ）」。くすんだカラーの落ち着いた雰囲気で、日々の暮らしのさまざまなシーンにマッチする。「ガラスの器は夏のもの」というイメージを払拭するべく、透明感だけではないガラスの魅力を表現している。<br><br>「最近では、季節に合わせてガラスの器を使い分けて楽しんでくださる方もいらっしゃるんです」と、うれしそうに教えてくれた花岡さん。そんな使い手との交流こそ、彼にとって一番幸せなひとときなのだとか。</p>



<h2 class="wp-block-heading">柔軟な姿勢が新しい作品を生み出す</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="823" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/8679935028234143667441da6fede805.jpg" alt="" class="wp-image-42191" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/8679935028234143667441da6fede805.jpg 823w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/8679935028234143667441da6fede805-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/8679935028234143667441da6fede805-768x513.jpg 768w" sizes="(max-width: 823px) 100vw, 823px" /></figure>



<p>独立し、工房を構えてから10年。器作りはひととおりやってきたので、今後はオブジェにも力を入れていきたいと考えている。もともとは、造形的な作品はあまり得意ではなかったという花岡さん。アート作品よりも、日常で使えるものを作りたいという思いが胸にあったからだ。</p>



<p>しかし、オブジェを手がけ始めたことで、新たな気づきが。オブジェに興味を持ってくれた人が器を購入してくれたり、その逆があったり。「『これはやらない』って突っぱねるのではなく、やってみたことが新しい出会いにつながり、作品にもさらに広がりが生まれたように思います」。こうした柔軟さこそが花岡さんの強みであり魅力なのだろう。</p>



<p>そして今後は、これまで手がけてきたさまざまなシリーズをかけ合わせた作品にも挑戦してみるつもりだ。日本の文化を大切にする思いと美しい色をガラスに溶かし込みながら、花岡さんはこれからもガラスを吹き続けていくのだろう。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="823" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/d7fd04808990a5cbe67d6a1f99751e70.jpg" alt="" class="wp-image-42192" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/d7fd04808990a5cbe67d6a1f99751e70.jpg 823w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/d7fd04808990a5cbe67d6a1f99751e70-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/d7fd04808990a5cbe67d6a1f99751e70-768x513.jpg 768w" sizes="(max-width: 823px) 100vw, 823px" /></figure><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/42175/">日本の文化と美しい色彩をガラスに溶かし込んで。ガラス作家・花岡央さん／岡山県備前市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>「匙（さじ）」だけを作り続けて25年。木工作家･さかいあつしさん／岡山県瀬戸内市</title>
		<link>https://nihonmono.jp/article/40207/</link>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 22 Feb 2024 03:30:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
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		<category><![CDATA[岡山県]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/e4668b66a3a5c5953af5ae5525f40d7b.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>瀬戸内海に面した小さな港町で、木製のスプーンを一人でコツコツと作り続ける、木工作家のさかいあつしさん。彼の工房では、道具としてのスプーンから、まるでアートのようなスプーンまで、形はさまざま、温かみのある作品が数多く生み出 [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/e4668b66a3a5c5953af5ae5525f40d7b.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>瀬戸内海に面した小さな港町で、木製のスプーンを一人でコツコツと作り続ける、木工作家のさかいあつしさん。彼の工房では、道具としてのスプーンから、まるでアートのようなスプーンまで、形はさまざま、温かみのある作品が数多く生み出されている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">導かれるように匙屋に</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/6L8A5060.jpg" alt="" class="wp-image-40209" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/6L8A5060.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/6L8A5060-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/6L8A5060-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>岡山県の南東部に位置し、穏やかな瀬戸内海に面した瀬戸内市牛窓町。江戸時代には北前船や韓国からの外交使節団･朝鮮通信使の寄港地として栄えた歴史を持つ港町だ。その古い町並みを残す通りに、さかいあつしさんは工房「<a href="https://www.sajiya.jp/" title="">匙屋</a>」を構える。その向かいでは、さかいさんの作品の販売や企画展などを行うギャラリーショップ「sajiya studio」を妻のかよさんが営んでいる。</p>



<p>大学卒業後、東京で2年間ほど会社勤めをしていた、さかいさん。しかし、自分にはこの生活が向いていないと感じる日々だった。改めて自分が何をしたいのかを考えたときに、彼の心に浮かんだのが、「ものを作って生きていきたい」という思い。そして、1994年、妻が背中を押してくれたこともあり、独学で木工品の製作をスタートする。最初は、看板や表札、椅子など、知人からオーダーを受けたものを手がけていた。そのうち、「木を削っているなら、スプーンを作ってみたら？」、「スプーンなら漆を塗ったらいいんじゃない？」など、節目節目で製作のアドバイスをしてくれる人たちに出会う。その言葉に導かれるように進んでいくうち、気づけば手がけるアイテムが木製のスプーンに集約されていった。</p>



<p>そこで、2000年頃、屋号を匙屋とし、<strong>木製のスプーンを専門に作ることを決意</strong>した。当時は、作家ものの手仕事の器がギャラリーやショップなどで注目を集め始めた頃。器に合わせる木製スプーンの需要も高まっていた。その時流に乗るかのようにスプーン作りに専念し、2006年には、東京都国立市に店舗兼工房を開いた。</p>



<h3 class="wp-block-heading">自分が作るものにピントを合わせなければ</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/6L8A5126.jpg" alt="" class="wp-image-40210" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/6L8A5126.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/6L8A5126-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/6L8A5126-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>転機となったのは、2011年の東日本大震災。何があってももの作りを続けていくためにはどうすればいいかを自問し、移住を決断。仲間がいたことや工芸が根付いた地であることから、岡山県が候補のひとつに。「地元の人は何もないところと言うけれど、穏やかな環境にこそ漠然とした可能性を感じた。」という<strong>瀬戸内市牛窓町に、2013年8月に移住</strong>を果たした。</p>



<p>それを機に、さかいさんのもの作りにも変化が訪れる。東京では展示会に合わせてスプーンを製作するという活動のサイクルだった。そのなかで、展示内容や見栄えを重視した作り方をしている自分に気づく。<strong>「自分が作っているスプーンそのものに、もっとちゃんとピントを合わせなきゃと思ったんです」</strong>と、さかいさんは振り返る。どんな材料でどんな道具を使って作り、どんな人に届けたいのか、を改めて見つめ直し、それからは自分のペースでのもの作りが基本となっていったのだ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">削る手をどこで止めるかはいまだに悩む</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/6L8A5068.jpg" alt="" class="wp-image-40211" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/6L8A5068.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/6L8A5068-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/6L8A5068-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>一人で製作する工房内には、素材となる大小さまざまな木片や枝、さまざまな道具類が並ぶ。道具のなかには、ヨーロッパで木靴職人が使っていたものを参考に、自己流で作ったものまで。それらの道具を駆使して、まずは木片からスプーンの大まかな形を削り出していく。どんなに技術があっても木目には逆らえないので、常に木目を意識しながらの作業となる。そして最後は、ナイフでくぼみを削ってスプーンの形に仕上げていく。いまだに、どこで完成とするかは探り探りだと言う、さかいさん。その言葉に、いかに真摯に一つひとつのスプーンに向き合ってきたが、うかがえるようだ。</p>



<h2 class="wp-block-heading">3つのカテゴリーでスプーンを展開</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/6L8A5106.jpg" alt="" class="wp-image-40212" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/6L8A5106.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/6L8A5106-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/6L8A5106-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>現在、さかいさんが手がけるスプーンは、大きくわけて3つのカテゴリーに分類される。ひとつ目は、日常使いの定番品。素材には細工しやすくて丈夫な<strong>サクラの木をメイン</strong>に用い、口触りが滑らかになるように漆を塗っては拭き上げるのを数回繰り返して仕上げている。スプーンは繊細な口に入れる道具である。しかも、離乳食期の赤ちゃんから、金属のスプーンを重く冷たく感じてしまう高齢者まで、実に幅広い人々が暮らしに用いるものだ。</p>



<p>木製ならではの口触りのよさを大切にしつつ、道具としての機能性にも心を配る。スプーンの膨らみをどのくらい残すか、どの位置を一番深くするか、食べ物がスプーンに残らないようにはどうすればいいかなど、試行錯誤を繰り返し、見た目のよさと使い心地のよさを兼ね備えた現在の形状にたどり着いた。</p>



<p>そして<strong>サイズは、25種類を展開</strong>。「使い手の要望や用途に合わせていたらこんなにも増えてしまった」と、優しく微笑むさかいさん。メンテナンスにも対応しており、道具としてのスプーンに対するさかいさんの誇りが詰まったシリーズだ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">余さず作る、そして木を生かして作る</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/6L8A5212.jpg" alt="" class="wp-image-40213" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/6L8A5212.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/6L8A5212-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/6L8A5212-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>2つ目のカテゴリーは、移住後に始めた、<strong>間伐材を用いたシリーズ</strong>。先に述べた定番のスプーンには、銘木店から購入した木材を素材に用いるが、スプーンに使うのはほんの一部だけ。そこに、長年、どこかうしろめたさのようなものを感じていた。</p>



<p>間伐材のスプーンは、木材を見て、使える形状のスプーンを削り出す。残った余白の部分からは小さいバターナイフを作る。もったいないというよりは、<strong>木材を余さず作るにはどうしたらいいかという視点でのもの作り</strong>だ。さらに、このシリーズは、使っていくうちに変化する様子も目で見て楽しめるように、漆を塗らないのもこだわりだ。</p>



<p>そして3つ目が、牛窓の特産品である<strong>オリーブの間伐材で作る、アート作品のようなシリーズ</strong>。2018年から<strong>「瀟木子（しょうぼくし）」</strong>と名付けて展開している。その作り方は独特だ。「枝の形状を見て、そこにスプーンの形を無理やり当てはめて作るイメージ。そうすることで、木の枝の変わった造形や皮の色、木の繊維の様子などが生かされる。木の精妙さを感じたくて作っています。道具としての使いやすさはないですが、作っていておもしろいんです」。</p>



<h3 class="wp-block-heading">目標は、長く作り続けること</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/6L8A5076.jpg" alt="" class="wp-image-40214" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/6L8A5076.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/6L8A5076-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/6L8A5076-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>今から約25年前、30歳で匙屋になると決めたさかいさん。その決断に後悔はない。そのおかげで、いろいろな場所に出かけ、いろいろな人に出会えた。木製スプーンを媒介に、自分と世の中のつながりを実感する日々だ。</p>



<p>2023年には、毎月工房で開催する「spoon club 4U」と名付けた、スプーン作りのクラブ活動を始めた。さかいさんが一方的に教える教室ではなく、みんなで時間を共にするクラブというスタンス。スプーンを作ってみたいという人にこの場所で出会えたことも創作の刺激となっている。</p>



<p>今後の目標を尋ねると、大小2つの答えが返ってきた。小さな目標は、小ぶりの木のボウルを作ってスプーンとセットにした展開をすること。それに向け、ボウル作りを少しずつ練習中だ。そして、大きな目標は、<strong>匙を少しでも長く作り続ける</strong>こと。ひたすらに匙に向き合い続けてきたさかいさんがこれから生み出す匙はいったいどんな世界を私たちに見せてくれるのだろう。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/40207/">「匙（さじ）」だけを作り続けて25年。木工作家･さかいあつしさん／岡山県瀬戸内市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>津山が誇るご当地Ｂ級グルメ「ホルモンうどん」／岡山県津山市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 21 Sep 2009 06:40:08 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[岡山県]]></category>
		<category><![CDATA[津山市]]></category>
		<category><![CDATA[うどん]]></category>
		<category><![CDATA[B級グルメ]]></category>
		<category><![CDATA[ソウルフード]]></category>
		<category><![CDATA[名物]]></category>
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		<category><![CDATA[グルメ]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/07/15658_main.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>老舗食堂の名物料理「ホルモンうどん」 大阪ならタコ焼き、名古屋なら味噌カツ、博多ならラーメン、仙台なら牛タン、宇都宮ならギョウザ…。全国津々浦々に存在するご当地グルメ。ここ津山市にも、そんなＢ級ご当地グルメが存在する。そ [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/07/15658_main.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><h2 class="wp-block-heading">老舗食堂の名物料理「ホルモンうどん」</h2>



<p>大阪ならタコ焼き、名古屋なら味噌カツ、博多ならラーメン、仙台なら牛タン、宇都宮ならギョウザ…。全国津々浦々に存在するご当地グルメ。ここ津山市にも、そんなＢ級ご当地グルメが存在する。<br><span class="swl-marker mark_yellow">その名も「<a href="http://tsuyama-horumonudon.com/" target="_blank" rel="noreferrer noopener">ホルモンうどん</a>」。<br>2009年度の「B-1グランプリ」（B級ご当地グルメの祭典）で第3位を獲得してからというもの、津山の新名物として盛り上がりを見せている。</span>だが、その発祥は意外と古い。もともとこの地方は黒毛和牛の飼育が盛んな地域。新鮮なホルモンを鉄板焼きにして食べることが日常的だった。そこに持ってきて、30～40年ほど前から、酒のシメにホルモンを具にした焼うどんを食べるのが定着しだしたのだという。2005年に岡山で国体が開かれるのを機に、津山ではこのホルモンうどんをご当地グルメとして売り出すことにした。その旗振り役の1人が、ここ<a href="http://hashinoshokudo.web.fc2.com/" target="_blank" rel="noreferrer noopener">橋野食堂</a>のご主人。<span class="swl-marker mark_yellow">橋野食堂では、30年近く前からホルモンうどんが人気メニュー。まさにブームの牽引者だ。この橋野食堂、なんと創業120年だという。</span>老舗だけど、気兼ねなく入れるアットホームな雰囲気。店主のお人柄もまた温かい。<br>さて、お待ちかねのホルモンうどん。まずは、ジュージューに熱せられた鉄板に、新鮮なホルモンを乗せる。そこにネギやもやし、そしてうどん2玉を加えて炒めて…、最後に、自家製ピリ辛の味噌ダレをからめてできあがり。<br>やわらかなホルモンは、ひと口かめばフワッと口のなかでとろけるジューシーさ。ホルモンから出た脂とタレがうどんとよく絡んでうまい。しかもこれだけ<span class="swl-marker mark_yellow">ボリューム満点なのに、お値段はたったの770円！ちなみに、津山では「ホルモンうどん屋」というのは存在せず、あくまでメニューの一品。</span>さまざまなお店で提供していて、タレや具材もお店によって違うので、食べくらべをしてみるのも一興だ。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/15658/">津山が誇るご当地Ｂ級グルメ「ホルモンうどん」／岡山県津山市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>農林水産大臣賞受賞の匠の技で作られる「瀬戸ジャイアンツ」上松農園／岡山県岡山市</title>
		<link>https://nihonmono.jp/article/15681/</link>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 21 Sep 2009 06:00:53 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[ブドウ]]></category>
		<category><![CDATA[岡山市]]></category>
		<category><![CDATA[果樹栽培]]></category>
		<category><![CDATA[フルーツ]]></category>
		<category><![CDATA[岡山県]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/07/15681_main.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>20年以上の開発時間を要した「瀬戸ジャイアンツ」 岡山県といえば、桃から生まれた桃太郎の伝説の地。その伝承を裏切らず、昔から桃やぶどうなどの果樹栽培が盛んな地域だ。そこで、祖父の代から果樹栽培に取り組む上松智夫さんの元を [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/07/15681_main.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><h2 class="wp-block-heading">20年以上の開発時間を要した「瀬戸ジャイアンツ」</h2>



<p>岡山県といえば、桃から生まれた桃太郎の伝説の地。その伝承を裏切らず、昔から桃やぶどうなどの果樹栽培が盛んな地域だ。そこで、祖父の代から果樹栽培に取り組む上松智夫さんの元を訪れた中田。<br>親子4代にわたってソフトテニスに取り組み、現在も毎朝2時間の練習が日課という上松さんは、77歳と思えないほど若々しい。<br>そんな上松さんが丹精込めて作っているのが、20年以上の歳月をかけて開発した「瀬戸ジャイアンツ※」。<span class="swl-marker mark_yellow">房全体では人の顔より大きく、粒はピンポン玉並みという超大粒の翡翠色の果実は、皮ごと食べられてしかも種なし。パリッとした歯ざわりにフルーティな食感が身上だ。</span></p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full"><img decoding="async" width="320" height="213" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/07/15681_img01.jpg" alt="" class="wp-image-16237" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/07/15681_img01.jpg 320w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/07/15681_img01-300x199.jpg 300w" sizes="(max-width: 320px) 100vw, 320px" /></figure></div>


<h2 class="wp-block-heading">自然循環機能の農業で作られる「瀬戸ジャイアンツ」</h2>



<p>上松農園では、化学肥料は使わず、農薬の使用も最小限に抑え、自然循環機能としての農業を大切にしている。<br>使用している肥料は、米ぬかと有機堆肥。有機堆肥は毎年同じものを入れないように、牛糞、豚糞、鶏糞を使い分けているという。<br></p>



<h3 class="wp-block-heading">「瀬戸ジャイアンツ」作りはミミズと共に</h3>



<p>また、上松農園では<a href="https://yuki-hajimeru.net/?p=291" target="_blank" rel="noreferrer noopener">シマミミズ農法</a>を導入。<br>「ミミズがたくさんいる畑はいい畑」と言われるように、<span class="swl-marker mark_yellow">土中の落ち葉や微生物を土ごと飲み込んで有機物たっぷりの土として排泄するミミズは、畑の土をふかふかで栄養豊かにしてくれる。</span><br>こうした取り組みが評価され、上松農園は1968年に全国NHK優秀農家として農林大臣賞を受賞。以後も数々の受賞歴を持つ。<br>まさに匠の技を持った生産者といえる上松さんのぶどう。今年もその出来が楽しみだ。<br>※「瀬戸ジャイアンツ」は、商標名「桃太郎ぶどう」と同じものです。</p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full"><img decoding="async" width="320" height="213" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/07/15681_img02.jpg" alt="" class="wp-image-16238" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/07/15681_img02.jpg 320w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/07/15681_img02-300x199.jpg 300w" sizes="(max-width: 320px) 100vw, 320px" /></figure></div><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/15681/">農林水産大臣賞受賞の匠の技で作られる「瀬戸ジャイアンツ」上松農園／岡山県岡山市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>細々と、だが連綿と受け継がれている伝統「イ草栽培」／岡山県倉敷市</title>
		<link>https://nihonmono.jp/article/15677/</link>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 21 Sep 2009 06:00:47 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[岡山県]]></category>
		<category><![CDATA[畳]]></category>
		<category><![CDATA[倉敷市]]></category>
		<category><![CDATA[和室]]></category>
		<guid isPermaLink="false">http://nihonmono.jp/?p=15677</guid>

					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/07/15677_main.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>受け継ぎ、続けるイ草栽培 倉敷市周辺は、畳に使われる「イ草」の産地だ。といっても現在は需要が減り、中国産の安い畳にも押され、倉敷では栗坂、亀山、早島町のたった3ヵ所、それもわずか2ヘクタールで栽培されるのみになってしまっ [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/15677/">細々と、だが連綿と受け継がれている伝統「イ草栽培」／岡山県倉敷市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/07/15677_main.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><h2 class="wp-block-heading">受け継ぎ、続けるイ草栽培</h2>



<p>倉敷市周辺は、畳に使われる「イ草」の産地だ。といっても現在は需要が減り、中国産の安い畳にも押され、倉敷では栗坂、亀山、早島町のたった3ヵ所、それもわずか2ヘクタールで栽培されるのみになってしまった。<br>消え入るほどのこの状況のなかで、それでもイ草栽培を受け継いでいる1人が、栗坂正さんだ。<span class="swl-marker mark_yellow">岡山の気候・風土に合い、耐久性と弾力性にすぐれた品種「岡山3号」を減農薬有機肥料栽培で育てている。</span></p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full"><img decoding="async" width="320" height="213" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/07/15677_img02.jpg" alt="" class="wp-image-16222" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/07/15677_img02.jpg 320w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/07/15677_img02-300x199.jpg 300w" sizes="(max-width: 320px) 100vw, 320px" /></figure></div>


<h3 class="wp-block-heading">日本の気候に適したイ草</h3>



<p>イ草は内部がスポンジ状になっていて、これを「とうしん」という。部屋の湿度が高いときには、この「とうしん」に湿気を蓄え、乾燥しているときには水分を放出してくれる。<br><span class="swl-marker mark_yellow">保温性が高いため、冬は暖かく、夏はひんやりとして、夏は蒸し暑く、冬は乾燥して底冷えがする日本の気候にはぴったりの植物なのだ。</span><br>さらに一説によれば、イ草の香りには森林浴と同じ効果があり、身体をリラックスさせたする機能があるのだという。</p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full"><img decoding="async" width="320" height="213" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/07/15677_img03.jpg" alt="" class="wp-image-16223" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/07/15677_img03.jpg 320w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/07/15677_img03-300x199.jpg 300w" sizes="(max-width: 320px) 100vw, 320px" /></figure></div>


<h2 class="wp-block-heading">生活環境に適応できるイ草</h2>



<p>倉敷の工芸品には、さまざまな色に染め上げたい草を手織り機で織る「花ござ」がある。現在では「イ草ラグ」という名称も使われているが、繊細な文様が編み込まれたラグは、和室だけでなく洋室にも似合う。日本の住居から畳が姿を消していくなかで、こうしたイ草のラグを生活に取り入れるのも、いいかもしれない。<br>ちなみに、倉敷近郊の「<a href="https://www.okayama-kanko.jp/spot/11634">早島町花ござ手織り伝承館</a>」では、火曜・金曜に花ござの手織り実演がおこなわれている。ぜひ一度、明治・大正時代からの織り機がいまも現役で動いているのを目にして欲しい。</p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full"><img decoding="async" width="320" height="213" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/07/15677_img01.jpg" alt="" class="wp-image-16221" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/07/15677_img01.jpg 320w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/07/15677_img01-300x199.jpg 300w" sizes="(max-width: 320px) 100vw, 320px" /></figure></div><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/15677/">細々と、だが連綿と受け継がれている伝統「イ草栽培」／岡山県倉敷市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>岡山が誇る朝日米と雄町米を作り続ける「山﨑農園」／岡山県倉敷市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 21 Sep 2009 06:00:04 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[岡山県]]></category>
		<category><![CDATA[倉敷市]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/07/15679_main.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>全国に先駆けて生まれた「おかやま有機無農薬農作物」 一般的に、有機農産物とはどんな作物をいうのか、その定義をご存知だろうか？簡単にまとめると、有機農産物とは、化学的に合成された肥料や農薬の使用を避け、周囲の生態系への負荷 [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/07/15679_main.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><h2 class="wp-block-heading">全国に先駆けて生まれた「おかやま有機無農薬農作物」</h2>



<p>一般的に、有機農産物とはどんな作物をいうのか、その定義をご存知だろうか？簡単にまとめると、<span class="swl-marker mark_yellow">有機農産物とは、化学的に合成された肥料や農薬の使用を避け、周囲の生態系への負荷をかけない栽培方法で生産された作物のこと。</span>使用できる肥料や農薬に制限が設けられているほか、「有機農産物」とか「有機栽培」と謳うにはこうした基準で3年以上栽培されていることが必要になるなど、細かな条件が定められており、農業の自然循環機能の維持増進を図ることを目的としている。<br>近年、こうした取り組みが全国でも盛んになっているが、岡山県はその先駆けでもある。1988年から有機無農薬農業に取り組んでおり、2001年には農薬・化学肥料を一切使わない県独自の基準を設け、「おかやま有機無農薬農産物」の認定をスタート。農薬・化学肥料を一切使わないというのは、全国でも例のないものだ。</p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full"><img decoding="async" width="320" height="213" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/07/15679_img01.jpg" alt="" class="wp-image-16230" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/07/15679_img01.jpg 320w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/07/15679_img01-300x199.jpg 300w" sizes="(max-width: 320px) 100vw, 320px" /></figure></div>


<h2 class="wp-block-heading">安心・安全の岡山の米</h2>



<p>こうした県の支援のもと、岡山県では有機農法を採用している農園が多いのが特徴だ。山﨑農園もその1つで、「安心、安全、美味しい米」を合言葉に、農薬、化学肥料、除草剤は使わず、鶏糞ベースの有機肥料や自作の堆肥を使っての米づくりに取り組んでいる。</p>



<h3 class="wp-block-heading">生産の難しい岡山が誇る朝日米と雄町米</h3>



<p>育てている品種も地元の特長を活かしたもの。その中心は、岡山の看板品種でありながら、生産量が少ない希少な朝日米と雄町米だ。朝日米は、コシヒカリやササニシキのルーツともいわれ、大粒でツヤ、香りもよく、適度な甘みがある一等米で、県内最高の良食米だ。<br>しかし、穂からモミが落ちやすく稲が倒れやすいという性質があるため、効率化・機械化が進められるうちに生産が激減してしまった。関西の寿司屋では、朝日米が手に入らなくなって嘆いている寿司職人が多いそうだ。<br>雄町米は、粒がきわめて大きく、やや潤んだような心白を持った酒造好適米。米が軟らかで溶けやすいため、芳醇な酒ができる。しかしこちらも、背丈が160cm以上に育つ倒れやすい品種で、しかも病気になりやすいため栽培が難しく、生産量が減って「幻の米」といわれるように。山﨑農園では、こうした岡山が誇る米を今も受け継いでいる。</p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full"><img decoding="async" width="320" height="213" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/07/15679_img02.jpg" alt="" class="wp-image-16231" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/07/15679_img02.jpg 320w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/07/15679_img02-300x199.jpg 300w" sizes="(max-width: 320px) 100vw, 320px" /></figure></div><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/15679/">岡山が誇る朝日米と雄町米を作り続ける「山﨑農園」／岡山県倉敷市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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