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	<title>山形 - NIHONMONO</title>
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	<description>「にほん」の「ほんもの」を巡る旅マガジン</description>
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	<title>山形 - NIHONMONO</title>
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		<title>蹴りろくろとの調和が生みだす素朴で力強い「うつわ」陶芸家･鈴木美雲さん／山形県山形市</title>
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		<pubDate>Thu, 23 Nov 2023 01:02:51 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[陶芸]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/FC_20230717_0240-54-1-1024x819.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>鈴木美雲さんは、山形県山形市に工房をかまえる陶芸家です。作陶に使用する足で蹴って回す「蹴ろくろ」は鈴木さんの自作。手数を加えすぎないシンプルなうつわは素朴さの中にも柔らかさがあり、日々の生活の中に自然に溶け込んでくれます [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/FC_20230717_0240-54-1-1024x819.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p class="has-text-align-center"><strong>鈴木美雲さんは、山形県山形市に工房をかまえる陶芸家です。<br>作陶に使用する足で蹴って回す「蹴ろくろ」は鈴木さんの自作。<br>手数を加えすぎないシンプルなうつわは素朴さの中にも柔らかさがあり、日々の生活の中に自然に溶け込んでくれます。</strong></p>







<p>山形県山形市にある工房で作陶を行う陶芸家の鈴木美雲さん。自ら採取してきた土や、蹴って回す自作の「蹴りろくろ」から生み出されるのは、過剰な装飾を排したシンプルな「うつわ」。李朝に心惹かれた鈴木さんの手による作品は、力むことなく生活にすっと馴染む顔を持つ。</p>







<h2 class="wp-block-heading">シンプルで力強いうつわづくりをする若手陶芸家</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-011-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-39247" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-011-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-011-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-011-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-011.jpg 1280w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>






<p>山形市内で作陶を行う、陶芸家の鈴木美雲さん。元々は千葉の出身だが、両親が東北の出身ということもあって小さいころから東北には馴染みがあったという。そして東北芸術工科大学への進学をきっかけに山形県に移住。現在、アトリエ兼自宅として使っている一軒家は、元々鈴木さんの祖父母のものだった。在学時より住み始め、卒業後に家を譲り受けたそうだ。</p>



<p>鈴木さんが作る作品は、<strong>過剰な装飾を一切取り除いた、ストイックなまでにシンプルなうつわ</strong>。学生時代に厚手でどっしりとした素朴さを特徴にもち、侘び寂びを尊ぶ日本人に愛された李朝の陶磁器に出会い、その簡素な美に影響を受けたという通り、素朴ながら土の質感を感じさせる色味と質感をもつ鈴木さんの作品は、生活の中にすっと入りこむ不思議な魅力を持っている。</p>







<p><strong>住宅街の中にあるアトリエ</strong></p>



<p>鈴木さんのアトリエは、幹線道路に近い住宅街にもかかわらず、不思議なほど静謐な雰囲気に包まれていた。山形市といえば県庁所在地だ。しかも国道に程近い場所とあれば様々な環境音に煩わされそうなものだが、工房兼自宅の敷地に一歩足を踏み入れた瞬間、周囲から隔絶されたような不思議な空間に迷い込んだ気にさせられた。</p>



<p>それは、鈴木さんが裸足で現れたからだった。この理由は後にわかるのだが、当時は2月。雪が降り積もり、外気温は氷点下前後と推測されるような天気のなかで、いくら室内とはいえ裸足で軽やかに歩く姿はとても印象に残った。鈴木さんのアトリエには、窯も併設されている。使っているのは、薪釜に近い焼き方ができる灯油釜。薪釜は昔ながらの焚き方ができるものの、たくさんの木材が必要となり、加えて日数も技術も必要だということで、灯油窯を選んだという。作品の大きさによるものの、一度に30個ほど焼くことができる大きさだ。「住宅が周りにあるので、ご近所には許可を取って設置しました」と鈴木さん。</p>







<h2 class="wp-block-heading">ユニークな手作りの「蹴りろくろ」</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-001-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-39249" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-001-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-001-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-001-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-001.jpg 1280w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>






<p>鈴木さんのアトリエ内でもう一つ目を惹くのが、<strong>作業場に設置された「蹴りろくろ」</strong>だ。これもある意味、鈴木さんの「作品」ともいえる。なぜかと言えば自作だから。ろくろといえば手動と電動があり、現在、より広く使われているのは電動のもの。事実、鈴木さんが通っていた芸工大でも、電動ろくろは数多く設置されていたが、手ろくろは1台しかなかったという。電動を選ぶ学生が多い中、「李朝の器が好きなら手ろくろを使う方がいい」という講師からのアドバイスをきっかけとして手ろくろを選んだ。さらに、在学中に丸太をもらってきて自ら作ったのが、鈴木さんが現在作業場で使っている「蹴りろくろ」だ。その名の通り、足で蹴ってろくろを回し、手で器を形作っていく。それだけでなく手と足をバラバラに動かす必要があり、その上鈴木さんによれば<strong>「あまり回らない」</strong>のだとか。厳寒の季節にも裸足でろくろを蹴り、しかもその回りが良くないというのなら、もっとスムーズな動きのろくろに変えた方が効率が良いのではと傍から見ていると思ってしまうものの、「今の手ろくろはエアーが入っているので、電動のものとあまり動きが変わらず、スムーズな作陶ができる。ただ私があこがれているのは素朴さや不完全の美しさが宿る昔の器。それを表現するためには、<strong>原始的であまり早く回らないろくろ</strong>が向いているので、あえて蹴りろくろを選んだ」と鈴木さんは語る。</p>







<h2 class="wp-block-heading">ろくろと李朝が決めた陶芸のみち</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-016-1-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-39250" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-016-1-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-016-1-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-016-1-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-016-1.jpg 1280w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>


<p>鈴木さんを陶芸の道に引き込み、その後の作風を決定づける重要な局面にあったのは、<strong>「ろくろ」と「李朝」</strong>だったという。</p>



<p>陶芸との出会いは、美術系の学校に通っていた高校生の時。ろくろに触れ、「ろくろを回したい、ろくろを続けたい」という思いが芽生え、陶芸を学べる東北芸術工科大学の工芸コースへ進学した。そして、在学中に現在の作風を決定づけることが起きる。過去の作品を学んでいる時にふと目にした<strong>川喜田半泥子（かわきたはんでいし）の粉引</strong>に心惹かれ、その後<strong>「李朝」の陶磁器へたどり着いた</strong>のだ。川喜田半泥子は明治から昭和にかけて活躍した陶芸家。「東の魯山人、西の半泥子」とも称され、伝統をベースにしつつも窯割れやゆがみを活かした自由な表現で知られる。そしてもう一つ、鈴木さんの作風に影響を与えたのが「李朝」だ。うつわを指して「李朝」という時、それは14世紀後半から20世紀後半に朝鮮半島に存在した王朝「李氏朝鮮」で作られた陶磁器を表す。その特徴である歪み、薄手で上品な仕上がりの陶磁器とは対極を成すどっしりとした素朴さが不完全の美となり、侘び寂びを好む日本の通人たちの心をつかんだ。そんな李朝陶磁器の特徴、そして過剰な装飾の無い素朴でシンプルなスタイルに、鈴木さんは心を捉えられたのだという。<strong>「良い意味で綺麗すぎないところが良い」</strong>と、鈴木さんは李朝をそんな風に表現する。</p>



<p>それらに影響を受けた鈴木さんの作風は、いたって素朴。だからこそ土の質感をダイレクトに感じられ、そこに、長石と灰のシンプルな調合で仕上げた釉薬の流れや溜まり具合が表情を持たせている。過剰な装飾がないということが逆に心に残り、自然に手元に置いておきたくなる魅力を放っている。</p>



<p>そんな唯一無二のうつわづくりを行う鈴木さんには、近頃意識していることがあるという。</p>







<h2 class="wp-block-heading">山形だからこそできるものづくりを目指す</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-007-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-39251" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-007-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-007-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-007-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-007.jpg 1280w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>






<p>鈴木さんが近年心がけているのは、<strong>「山形だからこそできるものづくり」</strong>。地元の原材料を活かし、この土地だからこそできるうつわを作っていきたいと考えているのだとか。</p>



<p>例えば土。基本的に岐阜の方の土を購入して使っているものの、時には鈴木さんが「散歩の途中で見つけた」という近所の山から採ってきた土を使うことも。地元の土は砂っぽくおおよそ陶芸向きの土質ではないが、綺麗な土と一緒に混ぜることで焼き上がったうつわから野趣を感じられるのだという。また、釉薬の調合に使う灰にも地元の原材料を取り入れている。それは、果樹灰。果物王国と言われる山形で採れた色々な果物や果樹が混ざった灰を用いて釉薬を作っているのだそう。窯元や窯業地で作陶をしているわけではない分、<strong>自分が住んでいる土地ならでは</strong>の要素を取り入れていきたいと鈴木さんは考えている。それは、「この土地が好きだから」。陶芸用の土が凍るほどに冷えこむ雪国は、うつわ作りには決して向いていない。しかし、山形のきれいな空気や自然が好きで、その環境の中で祖父母の家をアトリエにして作陶ができるのは、自分にとってとても大きなメリットだと鈴木さん。また、山形の焼き物が最近では少し廃れているのではという危惧も、現在住んでいる土地の特徴や要素を自身の作陶に活かしたいと考える理由の一つだという。</p>







<h2 class="wp-block-heading">目指すのは、生活にすっと馴染んで使いやすい「うつわ」</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-002-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-39252" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-002-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-002-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-002-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-002.jpg 1280w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>






<p>「生活用のうつわだけれど、茶器などにも使えるような、<strong>ふり幅のあるうつわ</strong>を作っていきたい」と鈴木さんは言う。それはまさに、現地では雑器として使われていた李朝陶磁器が、日本にやって来た後茶器として使われるようになったイメージに近い。確かに鈴木さんが作るうつわには「猪口だが小鉢としても使える」など、元々のカテゴリをゆうに超え、使う人の生活スタイルに合わせて柔軟に使うことができる一面があるように思える。</p>



<p>もう一つ目指すのは、重さや大きさなどからくる「使いやすさ」。ただ、以前は使いやすさをあまり重視していないこともあったという。サイズや形はあまり考えず、うつわは重ければ重いほど良いと考えて作陶していた時期も。しかし、「人の手に取ってもらうためには、使い勝手も考えないとだめだ」という助言を受けたことをきっかけに<strong>「うつわの使いやすさ」</strong>についても頭の片隅に置き、ろくろを回している。とはいえ、まだまだ作りたいうつわに関してはさまよっている部分もあるのだとか。</p>







<h2 class="wp-block-heading">不十分さから生まれる美</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-012-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-39253" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-012-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-012-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-012-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-012.jpg 1280w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>






<p><strong>「私の作るうつわは、不十分な中からできたもの」</strong>と鈴木さんは自分のうつわを表現する。それは、割れやすく陶芸向きでない地元の土や、滑らかに回らないろくろといった「何かが足りない」状況から生み出されているものだということ。とはいえ、作陶環境に便利さを欲しているわけではない。足りない状況から出来上がったうつわには、余白や抜けた印象が宿るためだ。その<strong>「余白」</strong>を鈴木さんは大切にしている。</p>



<p>陶磁器というと、「侘び寂び」や「伝統工芸」といった小難しい話題がついて回りがちだが、鈴木さんは自身の作品に関して、あまり分類やカテゴリについては考えていないという。「あくまで<strong>『うつわ』を作っている</strong>」とは鈴木さんの言葉だ。伝統工芸品ではなく、かといって完全に生活に使う陶磁器というスタイルに振っているわけでもなく、まだまだ両者の間をさまよっている。そんな「自身の作品をカテゴライズしない」という姿勢からも、鈴木さんのうつわの魅力の一つである余白がにじみ出ているように思える。</p>



<p>原始的であまり回らない蹴りろくろや陶芸向きでない土といった不完全な環境から生み出される鈴木さんの「うつわ」。その素朴な「うつわ」は、難しいことは抜きにして、一つ手元に置いておきたいと思わせる不思議な魅力を放っている。そして一度手に取れば、わたしたちの生活の中にするりと心地よく馴染んでくれることだろう。</p>






<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/622e5efddb14e09fa5fd4df3f1f05580-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-48714" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/622e5efddb14e09fa5fd4df3f1f05580-1024x683.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/622e5efddb14e09fa5fd4df3f1f05580-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/622e5efddb14e09fa5fd4df3f1f05580-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/622e5efddb14e09fa5fd4df3f1f05580.jpg 1200w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /><figcaption class="wp-element-caption">陶芸家　鈴木美雲さん</figcaption></figure></div>


<p>私は窯業地や窯元にいて作陶をしているわけではありません。だからこそここ最近思うのは、山形ならではのものづくりです。土や釉薬を地元山形産のもので固め、この土地だからこそできるうつわを作っていきたいと考えています。私が作るうつわは、不十分な中から生まれたものです。自分でとってきた近所の山の土は陶芸には決して向いているとは言えない土質ですし、自作の「蹴ろくろ」は電動ろくろなどと比べたら、お世辞にも滑らかに動くとは言えません。そのような何かが「足りない」環境から生まれたうつわからは、良い意味で余白や抜けた印象を感じていただけると思います。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/39245/">蹴りろくろとの調和が生みだす素朴で力強い「うつわ」陶芸家･鈴木美雲さん／山形県山形市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>京都の名匠の家系に生まれ、山形県の山里で作陶を行う陶芸家･土田 健さん</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 29 Sep 2023 01:00:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/top-1-1.png" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>山形県西村山郡西川町で「聴雪窯（ちょうせつがま）」という名の登り窯を構える陶芸家の土田健さん。千利休の子孫である三千家の家元に茶道具を納める京都の名匠の家系に生まれながら、山形のなかでも雪深いエリアのひとつである山形県西 [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/38842/">京都の名匠の家系に生まれ、山形県の山里で作陶を行う陶芸家･土田 健さん</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/top-1-1.png" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p class="has-text-align-center"><strong>山形県西村山郡西川町で「聴雪窯（ちょうせつがま）」という名の登り窯を構える陶芸家の土田健さん。<br>千利休の子孫である三千家の家元に茶道具を納める京都の名匠の家系に生まれながら、<br>山形のなかでも雪深いエリアのひとつである山形県西川町の大井沢地区に移り住み、<br>茶陶を中心に意欲的に制作活動を行っています。</strong></p>







<p>お茶が点てられ、美味しく飲めればデザインは自由の茶道具の世界。「手取りがいい」「お茶を点てやすい」と評判の茶陶を作る陶芸家が山形県西川町にいる。京都市で「千家十職」十二代袋師の次男として生まれながら、幼い頃に抱いた夢を実現し、山形の山里で作陶を行う土田健さんだ。</p>







<h2 class="wp-block-heading">日常にあった茶道の世界</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/Tsuchida-2-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-38848" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/Tsuchida-2-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/Tsuchida-2-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/Tsuchida-2-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/Tsuchida-2.jpg 1280w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>






<p>山形県西川町で登り窯「聴雪窯（ちょうせつがま）」を構える土田健さん。京都、そして唐津で修業を積んだ後、2007年に西川町大井沢に移り住み、茶陶を中心に作品を生み出している。</p>



<p>陶芸をはじめた当初は、ただ焼き物に携わる仕事ができればと思っていた。しかし本格的に学ぶうちに陶芸の奥深さに魅了され「自分自身の作品を生み出したい」という情熱が芽生えていったという。そこから茶陶を選んだのは、自然の流れだったと土田さんは振り返る。茶道具を入れる袋を作る「袋師」の家系に生まれ、幼少期から母親の影響でお茶会に連れて行かれることも多く、自身でお茶を点てて飲んでいたほど茶道は常に身近な存在だった。そんな家庭環境も土田さんを茶器に導いた。</p>



<p>とはいえ土田さんは陶芸一家に生まれたわけでもなく、小学生までは陶芸家という職業も知らなかった。そんな土田さんがなぜ陶芸家の道に進むことになったのだろうか。</p>







<h2 class="wp-block-heading">幼い頃に抱いた「陶芸家」の夢</h2>



<p>土田さんは、<strong>茶道の家元として有名な「表千家」「裏千家」「武者小路千家」を総称した“三千家”が好む茶道具を代々にわたって制作している十の家「千家十職」のなかで、茶器を入れる袋やそれを包む服紗（ふくさ）などの製作に携わる袋師･土田家の十二代目当主の次男として</strong>として京都で生まれた。</p>



<p>「僕は次男なので、ずっと兄貴の保険みたいなものだと思っていた」</p>



<p>家業は土田さんの兄が継承しているが、兄に何かがあった時には自分が跡継ぎとなることがずっと頭にあったという。</p>



<p>それもあってか、大学卒業間近になっても将来のビジョンが定まらず、卒業後は自分探しの旅に出ようと考えていたほどだった。そんな時、父親から「ふらふらだけはするな」と見透かされたように言われ、渋々と就職活動に取り組んだ。</p>



<p>大学卒業後、京都市内のお香の製造会社に就職し3年ほど経った頃に転機が訪れた。兄に長男が生まれたことで自身が家業を継ぐ可能性がなくなったと感じたことで、次のキャリアを考えるようになる。</p>



<p>この時、かつての小学校の同窓会での友人の言葉が蘇った。「陶芸家になるという夢はどうなった？」という問いかけだった。</p>



<p>土田さんは小学3年生の頃、将来の夢に「陶芸家」と書いた。その理由は、たまたま見たテレビ番組で職人がろくろを回す様子を見て面白そうだと思ったから。それまでは陶芸家という職業すら知らなかった。担任の先生も当時のことを覚えており<strong>「陶芸家の息子でもないのに、陶芸家になりたいと書いたのは後にも先にもあなただけ」</strong>と言われたという。</p>



<p>そこから「小さい頃の夢を叶えていく生き方もかっこいいかもしれない」と、土田さんは陶芸家を志す。</p>







<h2 class="wp-block-heading">経験“ゼロ”からの作陶活動</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/Tsuchida-8-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-38851" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/Tsuchida-8-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/Tsuchida-8-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/Tsuchida-8-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/Tsuchida-8.jpg 1280w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>

<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/Tsuchida-5-3-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-38852" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/Tsuchida-5-3-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/Tsuchida-5-3-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/Tsuchida-5-3-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/Tsuchida-5-3.jpg 1280w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>






<p>とはいえ焼き物の世界について知見も経験もない土田さんは、働く傍らカルチャーセンターの陶芸教室に通い始める。そこで先生に相談するなかで、本格的に陶芸の道を進むなら京都に訓練校がある、ということを知る。</p>



<p>訓練校で京焼の基礎を学んだ後、より深い技術を身に付けるために、<strong>焼き物の原点である佐賀県の唐津で修行</strong>した。登り窯を学びたかったことも唐津を選んだ理由のひとつだ。いまでは電気やガスで焼く所がほとんどだが、薪で焼いたものを知っているのと知らないのとでは、同じ電気窯を扱うにしても違うのではないかと考えた。</p>



<p>また唐津焼は茶道の世界において、古くから「一楽、二萩、三唐津」といわれ、茶陶としてその地位を確立している。彼が魅了された唐津焼のスタイルは、現在の土田さんの作品にも織り交ぜられている。</p>



<p>当時は独身で自分ひとりが食べていける収入があればいいと思っていたし、陶芸家といえばメディアに出るような成功者しか知らなかったから陶芸家として生きていくことに不安はなかったという土田さん。</p>



<p><strong>しかし父親に陶芸の道に進むと伝えることは一大決心だったようだ。「世の中に絵描きと焼き物屋はごまんといる。それでもやる気か」と大変驚かれたが、父親が「できる限りのことはしたい」と言ってくれたことが、大きな心の支えとなっていく。</strong></p>







<h2 class="wp-block-heading">京都、唐津を経て、自然の流れで山形に移住</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/image-4.png" alt="" class="wp-image-38855" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/image-4.png 941w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/image-4-300x200.png 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/image-4-768x511.png 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>






<p>唐津で4年半の修業を経て、土田さんが自身の窯を開いた場所が山形県の西川町大井沢だった。この地に導かれたのも「すべては自然の流れだった」と土田さんは言う。</p>



<p>土田さんは京都生まれだが、母親の実家は山形県山形市にあり「あげつま」という料理屋を営む。登り窯ができる、煙をいくら出しても問題のない場所を探していたときに、もともと祖父が山遊びの別荘として所有していた<strong>西川町の古民家をタイミング良く譲り受けた。</strong></p>



<p>しかし西川町大井沢は、東北の名峰月山（がっさん）の麓に広がり、冬には何メートルもの雪が積もる県内でも有数の豪雪地帯。山形に住む人にも「よく雪深いこの地に京都から来る決心をしたね」と言われるほどだ。</p>



<p>移住を決める前、奥様と初めて山形を訪れた。新緑の美しい風景を見て「いいところだね」と言葉を交わした。その後、土田さんが「冬にも行こう」と提案したところ、奥様からは「やめとく。見て行きたくなくなったら困るから」と断られたそうだ。笑い話になりつつも、冬の山形は移住後に初めて味わうことになった。</p>



<p>最初は雪深さに驚いたものの、近所の重機の達人から除雪を手伝ってもらったり、冬の食料不足を心配した近隣の方から野菜をもらったりと、地域の人たちのあたたかさに触れた。</p>



<p>「僕は人に恵まれている」と話すように、山形に移住してから縁が不思議なくらいに次々と繋がっていった。独立後、作品をギャラリーや展示会で売り込む経験は他の作家にとっては一般的だが、土田さんはそのような経験がないという。</p>



<p>ある知り合いが山形市のギャラリーオーナーに「応援してあげて」と土田さんを紹介したことがきっかけで、表千家や裏千家の先生方が工房を訪問する機会が生まれた。そこから個展の話が持ち上がり、2011年に山形市で初めての個展を開くことになった。</p>



<p>この個展を皮切りに、県内はもちろん、仙台や京都、金沢など、全国各地で精力的に展開し、以前勤めたお香の製造会社での作陶展や、十三代当主である兄との兄弟展を開催するなど活躍の場を広げている。</p>



<p>「山奥で作陶をして、じっとしていても誰も見向きもしてくれない」</p>



<p>今後の目標は、規模にはこだわらず、個展を全国47都道府県、そして海外で開くこと。そして若い世代にもっとお茶に気軽に触れて、愉しんでほしいとの熱い思いを抱いている。</p>






<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/image-6.png" alt="" class="wp-image-38859" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/image-6.png 941w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/image-6-300x200.png 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/image-6-768x511.png 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>






<h2 class="wp-block-heading">こだわらないことが、こだわりである</h2>



<p>山形に暮らして約15年。昔は自分の作るものに対し「こういうものを作らなくてはいけない」という固定観念があった。しかし今は伝統的な技法を守りつつ、自然豊かな作陶環境だからこそ生み出せる、作意が感じられない、自然と共に生まれる作品を目指している。</p>



<p>「子どものスキークラブについて行ってたら、講師から自分も指導を受けるようになって、ライセンスを受けることにしたんです」</p>



<p>一見焼き物と関係ない話だが、ひとつのものにこだわり過ぎる性格のため、作陶に没頭するだけでは周りが見えなくなってしまう。山形での暮らしや遊びの中から生まれるアイデアも、結果的に独りよがりにならない、自由な作陶に繋がっている。</p>



<p>例えば、ある白い釉薬の焼物には、大井沢の風景写真を一緒に飾った。そうすると作品を手にする人々が「この色は雪の白かな」などと独自の解釈を楽しむことができるのだ。</p>



<p>また、茶陶は茶の世界で使われる道具の一つ。土田さんは情熱を表現することも芸術家の仕事だと考える一方、茶道具はあくまでも使いやすいもの、使えるものが大前提だと話す。 気に入ってるから特別な日しか使わないのではなく、日々の暮らしの中でどんどん使ってもらいたい。</p>



<p>「お茶というのはあくまでも人の輪でもありますし、その人たちがその場で作り上げるセッションです。そこで上手く奏で合う、そういった道具になればよい」</p>



<p>そして茶文化が根付く京都のように、どこか優雅で洗練された作品を生み出している。</p>







<h3 class="wp-block-heading">「大井沢焼」の作風は定まっていない</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/Tsuchida-3-2-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-38862" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/Tsuchida-3-2-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/Tsuchida-3-2-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/Tsuchida-3-2-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/Tsuchida-3-2.jpg 1280w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>






<p>2014年には土田さんの作品の名称が、茶道美術品の収蔵で有名な京都市の北村美術館の木村館長から<strong>「大井沢焼」と命名された。</strong></p>



<p>唐津で勉強したためベースは唐津焼、しかし唐津ではない「大井沢焼」の特徴とは何なのか。</p>



<p>「◯◯焼と呼ばれるものは、何百、何千年と時代を重ねていくなかで、いろんなものが削ぎ落とされて、いいものが残る。それが特徴であり、ぼく個人が生きている間に大井沢焼の特徴を語るなんてのはおこがましい。どこかで僕の作品を見た人が『これって大井沢焼だよね』って言ってもらえるような何かができたら良いって思います」と土田さん。</p>



<p>備前焼や唐津焼のように、大井沢焼も時間をかけてその特徴が確立されることを信じている。</p>



<p>登り窯で丹精込めて焼き上げられる土田さんの「大井沢焼」は、使う人たちの日常に寄り添い、長く愛され続けることだろう。</p>






<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/1a97ae8764043b28617695765465d660-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-48973" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/1a97ae8764043b28617695765465d660-1024x683.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/1a97ae8764043b28617695765465d660-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/1a97ae8764043b28617695765465d660-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/1a97ae8764043b28617695765465d660.jpg 1200w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /><figcaption class="wp-element-caption">陶芸家「聴雪窯」　土田健さん</figcaption></figure></div>


<p>京都の袋師の家に生まれ、幼い頃にテレビで見た職人がろくろを回す光景が心に残り続けたためか、自然な流れで陶芸家になり、自然な流れで母方のルーツがある山形に移り住んでいました。2007年からは大自然に恵まれた大井沢の地に「聴雪窯」をかまえ、心のままに作陶に励んでいますが、陶芸家の中では薪を使って焼成するなど、前時代的な仕事の仕方をしているのではないかと思っています。私の作品には茶陶が多いですが、茶の湯の席で使いやすいことはもちろん、他の道具との調和を図りつつも存在感があるような器を理想としています。私の心のままに作った作品が、手に取っていただく誰かの心を和ませたり、気が付けば生活の中に入り込みいつも使ってしまっていたりという存在になれれば幸いです。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/38842/">京都の名匠の家系に生まれ、山形県の山里で作陶を行う陶芸家･土田 健さん</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>皮も食べられる完全農薬不使用の雪国レモン。「 ハンドレッドベリーズ」石岡浩明さん</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 19 Sep 2023 01:00:51 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[山形]]></category>
		<category><![CDATA[レモン農家]]></category>
		<category><![CDATA[雪国レモン]]></category>
		<category><![CDATA[雪国]]></category>
		<category><![CDATA[農家]]></category>
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		<category><![CDATA[果樹園]]></category>
		<category><![CDATA[山形県]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/20230210-3-013-1-1-1024x819.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>山形県山形市の「株式会社ハンドレッドベリーズ」は、レモンやブルーベリーといったフルーツを生産する果樹園です。特に、代表の石岡浩明さんが栽培する農薬不使用で安心・安全な「雪国レモン」は、甘みが強く皮まで食べられると人気を博 [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/38618/">皮も食べられる完全農薬不使用の雪国レモン。「 ハンドレッドベリーズ」石岡浩明さん</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/20230210-3-013-1-1-1024x819.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p class="has-text-align-center"><strong>山形県山形市の「株式会社ハンドレッドベリーズ」は、レモンやブルーベリーといったフルーツを生産する果樹園です。<br>特に、代表の石岡浩明さんが栽培する農薬不使用で安心・安全な「雪国レモン」は、<br>甘みが強く皮まで食べられると人気を博しています。</strong></p>







<p>全国有数の果物生産地である山形県で、雪国には珍しいレモンやパッションフルーツ、ブルーベリーの栽培を行うハンドレッドベリーズ。元は会社員という異色の経歴を持つ果樹園オーナーが育てる農薬不使用のフルーツは、皮まで安心して食べられるとして徐々に知名度を上げている。</p>







<h2 class="wp-block-heading">雪降る地でレモンを育てる珍しい果樹園</h2>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/20230210-3-020-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-38625" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/20230210-3-020-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/20230210-3-020-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/20230210-3-020-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/20230210-3-020.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>







<p>夏の暑さと冬の厳しい冷え込みによって、全国有数のフルーツ生産地である山形県。寒暖差の激しい気候が果樹栽培に向いているとは言われるが、中には、レモン、パッションフルーツ、ブルーベリーといった雪国のイメージとかけ離れた果物を生産しているユニークな農園もあり、それが今、県内外から注目を集めている。山形市にある「ハンドレッドベリーズ」だ。代表をつとめる石岡浩明さんの両親は米農家。農業に縁が深い家に育ち、自然とその道に進んだのかと思いきや、石岡さんの経歴は極めて異色なものだった。</p>







<h3 class="wp-block-heading">営業畑からフルーツ畑へ</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/20230210-3-010-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-38630" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/20230210-3-010-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/20230210-3-010-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/20230210-3-010-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/20230210-3-010.jpg 1280w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>






<p>「農業はやりたくなかったんですよ。何しろ作業が大変だから」。</p>



<p>そう語る石岡さんの生まれは、米の専業農家。しかし、若い頃から家族の姿を見て農業の大変さを嫌というほど感じていたことから、大学進学のために山形を離れただけでなく、卒業後は首都圏で就職。茨城県内で営業の仕事をしていた。転機が訪れたのは今から15年ほど前、石岡さんが45歳の頃だった。営業マンとしてずっと働いてきたが、45歳という年齢を迎えて何か新しいことに挑戦したくなったのだとか。</p>



<p>そんな時、石岡さんの息子が学校から一枚のチラシを持ち帰ってきた。</p>



<p>そこに書かれていたのは、「ブルーベリーの木のオーナー募集」。何となく心を惹かれた石岡さんは、会社員を続けたまま1本のブルーベリーの木のオーナーになった。これが後に自身の生き方を大きく変えることになろうとは、当時は全く思っていなかったそうだ。</p>



<p>それからおよそ2年、つくばでブルーベリーの木を育てていた石岡さん。収穫の楽しみを感じるにつれ、「これを山形でやれないだろうか」という思いが強くなっていった。</p>



<p>とはいえ、当時は会社員の身。しかもつくば市では農地の確保も容易ではない。しかし、山形の実家には両親が使っていた農地が残っている。そんなことが後押しともなり、石岡さんは2011年3月を以て会社を辞め、生まれ故郷でブルーベリー栽培に携わることを決めた。そして再び山形の地を踏んだのは、石岡さんが51歳の時だった。</p>







<h3 class="wp-block-heading">ブルーベリーからパッションフルーツへ</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/20230210-3-005-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-38633" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/20230210-3-005-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/20230210-3-005-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/20230210-3-005-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/20230210-3-005.jpg 1280w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>






<p>生まれ故郷へとUターンをした当時、山形ではブルーベリー栽培をしている農家がいなかったのも地元へ戻ることを決めた理由の一つだという。さらに「皮をむかなくても食べられる」「栄養価が高い」という点から、石岡さんはブルーベリーに将来性を見出していた。実際のところ農家としては駆け出しであったにも関わらず、人生を賭けた思い切った挑戦ができたのは何故だろうか。それは、就農後も3～4年は会社員時代のたくわえで何とかなるのではとの思い、そして、会社員時代の経験を活かして販路を自ら切り開き、価格や利益も自身で決めて行くという覚悟だ。そんな石岡さんが農業のいろはを学んだのは、農業大学校や寒河江にある農業試験場だった。また、全国のブルーベリー農家を訪ね歩いて栽培方法の知見を深めていく中で、「自分が作ったものを自分が食べたらどうなるか」を意識しはじめたという。安全で美味しく、自分が率先して食べたいと思うものを提供するにはと考えた結果、自然な流れでたどり着いたのが無農薬栽培だった。</p>



<p>石岡さんによれば、「農薬を全く使用しないでブルーベリーを栽培することは、知見や農業の経験があればそこまで難しくはない」のだという。もちろん、やってみることで課題が見つかったり、その年によってうまくいくことも、うまくいかないこともある。ましてや当時の石岡さんは、決して農業のベテランという経歴ではなかった。それでも農薬を全く使わず栽培をしてみたのは、「自分が率先して食べたいと思うものを提供したい」という思いに他ならない。その熱意が実り、石岡さんは他のブルーベリー農家から栽培法の知識を習得し、且つ化学肥料も使わない無農薬ブルーベリーの商品化に成功した。そんな石岡さんが次に挑戦したのは、これまた雪国とはイメージが結びつかないパッションフルーツだった。</p>



<p>石岡さんがパッションフルーツに出会ったのは、農業大学校に通っている時のことだったという。実際に栽培をしてみようと決めた理由は、パッションフルーツはそもそも農薬が無くても育つ品種だったことだ。</p>



<p>そんな折、「ゴーヤに代わってグリーンカーテンができるものはないか」という石岡さんの友人の相談をきっかけに「グリーンカーテン」についても興味を惹かれるようになる。</p>



<p>グリーンカーテンとは、一般的にはゴーヤやへちまなどのつる性の植物をカーテンのように軒下に高くはわせたもの。直射日光の侵入を防いで室内の温度上昇を防いだり、光合成のために大気中の二酸化炭素を吸収してくれるといった利点がある。夏場の農作の課題のひとつであるハウス内の高温への対策になるうえ、冷房や扇風機を使うよりも環境にやさしい。ゴーヤなどと同じつる性であるパッションフルーツでもグリーンカーテンが作れるのでは、と調べてみたところ、案の定できることがわかった。</p>



<p>「栽培を考えていた果樹でできるならちょうどいいじゃないか」と早速、自宅とハウスの両方で、パッションフルーツを活かしたグリーンカーテンに挑戦。とはいえ、夏がどんなに暑かろうとも山形は寒冷地。亜熱帯地域を原産とし、国内では鹿児島や沖縄、小笠原といった温暖な地域で収穫されているパッションフルーツが果たして寒冷地の山形で育つのかという疑問もあったが「やってみなければわからない」というチャレンジ精神のもと、石岡さんは栽培に挑戦。１年目にして見事収穫できた上にハウス内の温度上昇を抑制する効果もしっかりと感じられたそうだ。</p>



<p>ブルーベリーとパッションフルーツの両方において農薬不使用での栽培を軌道に乗せた石岡さんのこだわりは、「自分が安心して口に入れたいと思うものを作る」こと。そしてもう一つは、果物のもつ甘さをより引き出せるよう、「樹上完熟」を行っていることだ。「樹上完熟」とは、例えばトマトなどのように、販売のタイミングで熟した状態になるように早採りをする手法とは異なり、実がなった状態のまま熟させることだ。早採りに比べて日持ちしないことから流通が限られてしまうものの、その分果物の甘みが存分にひきだされるという。</p>



<p>味と安全の両方に妥協しないそんな石岡さんの姿勢が呼び寄せたのが、「雪国レモン」との出会いだった。</p>







<h2 class="wp-block-heading">「雪国レモン」の誕生</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/20230210-3-012-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-38636" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/20230210-3-012-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/20230210-3-012-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/20230210-3-012-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/20230210-3-012.jpg 1280w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>






<p>「レモンが山形で育つわけがない」と思っていた石岡さん。</p>



<p>レモンと石岡さんを結びつけたのは、とある１人の地元男性だった。がんを患っているというその方は療養のために様々な食餌療法を行っており、その中の一つがすりおろした野菜と果物のジュースを毎日飲むことだったという。しかしジュースの材料のうち、にんじんとリンゴは近所の農家で入手できるものの、農薬不使用でノーワックスのレモンがどうしても見つからない。そこで、わずかな希望をもち、農薬不使用のブルーベリーやパッションフルーツ栽培を行っていた石岡さんのもとを訪ねてきたという。</p>



<p>レモンは暖かい場所で採れるもの、と思っていた石岡さん。しかし色々と調べてみたところ、八丈島で栽培されている「八丈フルーツレモン」という寒さにも耐えられる品種にたどり着いた。レモンとオレンジを掛け合わせたマイヤーレモンという品種に近い八丈フルーツレモンは、果皮がオレンジがかっているのが特徴。また、一般的なレモンに比べ、耐寒性だけでなく耐暑性にも優れているということから苗木を山形に持ち帰り、栽培を始めたのが2014年のこと。</p>







<h3 class="wp-block-heading">2年目にして、初の収穫</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/20230210-3-016-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-38637" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/20230210-3-016-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/20230210-3-016-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/20230210-3-016-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/20230210-3-016.jpg 1280w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>






<p>レモンの農薬不使用栽培を始めた1年目は、ひとつも収穫できなかったそうだ。柑橘類の木には虫が群がると言われるが、石岡さんのレモンも例外ではなく、アブラムシやチョウの幼虫の影響で葉が真っ黒になってしまったという。しかし2年目、初めてのレモンが2つ実った。「雪国レモン」が誕生した瞬間だった。</p>



<p>「内陸の寒冷地で、海も日照時間もないところで本当にレモンができたときは驚いた」と石岡さん。それは、石岡さんが使っている二重のビニールハウスのおかげでもあった。</p>







<h3 class="wp-block-heading">レモン独自の力で育てるような環境づくり</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/20230210-3-004-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-38638" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/20230210-3-004-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/20230210-3-004-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/20230210-3-004-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/20230210-3-004.jpg 1280w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>






<p>石岡さんのレモン栽培は、「ある程度自然のまま」の状況で行っているという。特徴的なのが、二重のビニールハウスだ。2枚のビニールの間の空気が保温の役割を果たすため、冬場であっても太陽が顔を出せば室外の雪に反射して、外が氷点下だろうとハウス内の温度は、40度近くになるのだとか。逆に夏は、ハウス内が暑すぎて曇ってしまうため、天井を折りたたむことで風通しを良くしている。</p>



<p>そのような自然に近い環境下で育つレモンは、剪定を繰り返されながらどんどん大きく育っていく。通常サイズのレモンは1個150グラム前後といったところだが、雪国レモンは300グラム程度になることも。また、完熟させることで糖度は10度くらいまで上がるだけでなく、果皮の苦みも抑えられる。糖度10度というと、みかんなどの柑橘類やフルーツトマトにも匹敵する甘さだ。さらに無農薬栽培であり肥料もほとんど与えていない。そしてレモン形状維持や防カビのために施されるワックスを使用していないという点が、皮ごと食べられるレモンたる所以だ。</p>



<p>2022年（令和4）は850個ほど収穫することができたそうだ。2023年（令和5）はさらに弾みをつけて1000個くらいを目指すという。良いものを作るために、どうやったら大きくなるか、どうしたらもっと採れるか……と常に考えているのは、石岡さんの喜びでもある。</p>







<h2 class="wp-block-heading">他の人がやっていないことをやる</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/20230210-3-003-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-38641" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/20230210-3-003-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/20230210-3-003-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/20230210-3-003-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/20230210-3-003.jpg 1280w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>






<p>差別化を図ることが大事だ、と石岡さんは言った。石岡さんにとっては、それはすなわち「誰もやっていないことをやる」ことだった。だからこそUターン就農した山形の地でブルーベリー栽培を始めた。それからパッションフルーツとレモンの農薬不使用栽培に果敢に挑戦し、成果を出した。自分が最初に始めたため、県外に赴いて様々な情報を収集した。また、果樹栽培だけでなく、宮城県の酪農家とコラボレーションをしたオリジナルジェラートも手がけている。果実味あふれるジェラートは、実に原料の25%ほどが果物とあって、果物をそのまま食べているかのようなフレッシュさが人気。雪国レモンや山形産パッションフルーツの魅力を伝えるために始めたという。</p>



<p>そんな石岡さんだが、今後やってみたいのは、「ブルーベリー、パッションフルーツ、レモン栽培を突き詰めること」だという。</p>



<p>2011年（平成23）に就農して以来、手探りで進み、様々な困難に直面することも多かったという石岡さん。しかし、山形で育つわけがないと言われたレモンの収穫量が年々増加したり、石岡さんが栽培する無農薬フルーツの知名度があがり、市内のレストランやパティスリーでも重宝されるようになったりと、石岡さんの努力は確実に実を結んでいる。そんな状況に甘えることなく、就農してから10年以上経った今でも、やれる範囲でより良いもの、美味しいものを作るにはどうしたら良いかと、妻と二人三脚で試行錯誤を繰り返しているという。そんな石岡さんが持つ願いは、ゆくゆくは「雪国レモン」を山形県の特産品にすること。</p>



<p>また、自身の農園を観光農園に近づけたいという思いもあるという。既に2022年（令和4）、人数を限定してブルーベリー摘み取り体験を実施。親子連れなどが参加し、とても評判が良かったそうだ。</p>



<p>今後、例えば石岡さんが出荷しているホテルや旅館の宿泊客を対象にした体験の組み立てなども視野に入れていると語る。<br>山形県産の「雪国レモン」。完熟させたことによる甘みと強すぎないさわやかな酸味、そして少し歯ごたえのある皮は、丸かじりするために作られたレモンだといっても過言ではないかもしれない。雪国山形の自然が詰まった甘酸っぱいレモンを、是非味わってみてはいかが。</p>






<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/51ffcb69bb0dad0604090e5f31447c77-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-48705" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/51ffcb69bb0dad0604090e5f31447c77-1024x683.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/51ffcb69bb0dad0604090e5f31447c77-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/51ffcb69bb0dad0604090e5f31447c77-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/51ffcb69bb0dad0604090e5f31447c77.jpg 1200w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /><figcaption class="wp-element-caption">株式会社ハンドレッドベリーズ　代表 石岡浩明さん</figcaption></figure></div>


<p>2011年（平成23）に脱サラし、故郷の山形にUターンして始めたブルーベリー栽培。あれからもう12年が経ちました。手探りで始めた無農薬の果樹栽培で、当初は「レモンが1個も収穫できなかった」といった苦労もありましたが、畑作りから栽培方法など多くの生産農家の方々や苗木業者等の方々を参考にしながら今日までやってきました。今でも常に試行錯誤の連続ですが、「安心・安全で、もっと美味しいものを提供したい」との思いで日々果樹栽培に取り組んでいます。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/38618/">皮も食べられる完全農薬不使用の雪国レモン。「 ハンドレッドベリーズ」石岡浩明さん</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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			</item>
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		<title>世界が認めた自然栽培。山形の自然が育んだ「米の匠 みのりガーデン」の米</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 29 Jul 2023 01:00:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[米]]></category>
		<category><![CDATA[米農家]]></category>
		<category><![CDATA[山形県]]></category>
		<category><![CDATA[山形]]></category>
		<category><![CDATA[自然栽培]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/top-6-2-1.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>山形県新庄市の「米の匠みのりガーデン」は、農薬や肥料を使わない「自然栽培」で米を育てる農家です。そのフィールドは、さまざまな動植物が棲む自然豊かな山間地。かわいい我が子を育てるように愛情を込めて稲と向き合い、自然の力を最 [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/38013/">世界が認めた自然栽培。山形の自然が育んだ「米の匠 みのりガーデン」の米</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/top-6-2-1.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p class="has-text-align-center"><strong>山形県新庄市の「米の匠みのりガーデン」は、農薬や肥料を使わない「自然栽培」で米を育てる農家です。<br>そのフィールドは、さまざまな動植物が棲む自然豊かな山間地。かわいい我が子を育てるように<br>愛情を込めて稲と向き合い、自然の力を最大限に引き出しながらおいしい米を作っています。<br>にほんものストアの商品は全て【受賞ほ場限定】の希少なお米です</strong>。</p>



<p>2022年、「米・食味分析鑑定コンクール国際大会」「お米日本一コンテストinしずおか」といった国内最大級の米のコンクールで立て続けに金賞を受賞した「米の匠 みのりガーデン」。自然に恵まれた山形県新庄市の山間地にある水田を舞台に、農薬や化学肥料、有機肥料を使わない“自然栽培”で、世界が認めるおいしい米を育てている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">自然環境に恵まれ、米作りに最適な山形県新庄市</h2>



<p>山形県新庄市は県の北東部に位置し、月山や神室山などの山々に囲まれた日本屈指の豪雪地帯。山から流れる<strong>雪解け水にはミネラルが豊富</strong>に含まれており、昔から<strong>おいしい米ができる土地</strong>として知られている。稲に実が入る登熟期に朝晩の寒暖差が激しくなる気候は稲にとって好条件で、<strong>日中に太陽の光を浴びて旨味成分を作り</strong>、冷え込む夜間から朝方に旨味を閉じ込める。</p>



<p>五十嵐家は新庄市の標高150メートルの山間部を中心に約15ヘクタールの水田を所有する<strong>米農家</strong>。<strong>江戸寛政の頃より代々米作りを生業とし、</strong>現在は8代目にあたる五十嵐成生さんを中心に家族で協力し農業に励んでいる。</p>







<h3 class="wp-block-heading">米のおいしさに惚れ込み、一念発起して農家に</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/20230211-1-007-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-38024" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/20230211-1-007-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/20230211-1-007-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/20230211-1-007-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/20230211-1-007.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>


<p>成生さんは秋田県の大曲市(現・大仙市)出身だが、大学進学を機に山形県に移住。卒業後、塾講師をしていた時に妻の恵利子さんと出会い、婿に入った。</p>



<p>成生さんは農家ではなかったものの、実家が仕出し料理屋を営んでいたため、おいしい米は食べ慣れていた。しかし、初めて五十嵐家の米を食べた際、<strong>そのおいしさに衝撃を受けた</strong>という。「後継者がいないので、私の代で離農しようと思っている」という義父の言葉を聞き、成生さんは「こんなにおいしい米が作れるのに辞めるなんてもったいない。自分が継いで、この米のおいしさを次世代に残していこう」と決意し、就農。8代目となり、農業ライフをスタートさせた。</p>



<h3 class="wp-block-heading">人間の自然なサイクルで生きる幸せ</h3>



<p>五十嵐家の稲作スタイルは、代々農薬や化学肥料を使用する慣行栽培。農業未経験だった成生さんは、義父から教わりながら農機具の使い方や作業の仕方などを1年かけてゼロから学んだ。機械の運転が好きなこと、自分次第で自由な時間がとれること、自分で勉強しながら改良していけることなど、成生さんの性格にフィットすることが多く、農業こそ天職だと感じたという。フィールドである山間部の田んぼにいれば動物の声が聞こえ、風が通れば<strong>四季の移り変わりを肌で感じる</strong>ことができる。早朝5時前に起きて作業をはじめ、日暮れとともに作業を終える。そんな<strong>自然のサイクルで生きている感覚</strong>が成生さんにとって新鮮で幸福な時間だった。</p>



<h2 class="wp-block-heading">自らの手で販路を切り拓く</h2>



<p>とはいえ、幸せなことばかりではない。成生さんは五十嵐家を継いで、初めてひっ迫した経営状況を知る。代々続いているし、順調だと思っていた経営だが実際はカツカツで、早急に改善が必要な状況だった。</p>



<p>「もっと収益を上げなければ生活すらできなくなってしまう。それなら、販売を業者に頼るのではなく、自分たちで販路を開拓していったら良い」と考え、まず手始めに地域で行われていたマルシェに参加。このとき、<strong>来場者がどんな商品を売っているのかがわかるように「米の匠 みのりガーデン」という屋号をつけ</strong>、自分たちの手で直接、米を販売をした。その結果、おいしいと評判で売れ行きは好調。<strong>消費者の声も直に聞くことができ</strong>、独自の販路開拓に大きな手応えを感じた。</p>



<h3 class="wp-block-heading">「幼い子どもに食べさせたい」そんな気持ちで始めた自然栽培</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="769" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/f470ecac932000fe5a8dfd123084d891-1024x769.jpg" alt="" class="wp-image-38027" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/f470ecac932000fe5a8dfd123084d891-1024x769.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/f470ecac932000fe5a8dfd123084d891-300x225.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/f470ecac932000fe5a8dfd123084d891-768x577.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/f470ecac932000fe5a8dfd123084d891.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>


<p>塾講師をしていただけあって勉強熱心な成生さんは、農業に関するさまざまな勉強会に参加。学びを深めるとともにほかの農家との繋がりを広げていった。そんな中、大きなターニングポイントが訪れる。<strong>自然栽培を行っている農家との出会い</strong>だ。</p>



<p>五十嵐さん夫妻はその当時、子育てをしていたこともあり、<strong>なるべく安心で安全な食べ物を子どもに食べさせたい</strong>と考えていた。そのため、農薬を使用せず、作る側の健康にもつながる自然栽培は、<strong>消費者と農家、双方のためになる最善の栽培方法に思えたのだ。</strong></p>



<p>一般的には米の食味向上や病気予防のために、農薬や肥料を使用する慣行栽培が普及しているが、自然栽培ではそれらを加えずに<strong>自然の力だけで作物を育てる</strong>。言うは易しだが、良い米作りのために開発された農薬や肥料をあえて使用せずに米を作ることは決して簡単なことではなかった。</p>



<p>もちろん、いきなりすべてを自然栽培にするわけにはいかないから、テニスコート5面ほどの広さである１０アール程度の小さい田んぼで山形県産品種「はえぬき」の自然栽培に挑戦。しかし、元々背丈が低い性質のはえぬきは自然栽培では丈が伸びきらず、コンバインで刈り取る際に穂が落ちてしまい、収穫すらできなかったという。そこで、翌年は背丈があり食味も良いコシヒカリで再チャレンジをした。</p>



<h3 class="wp-block-heading">大変な除草作業にも丁寧に向き合う</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="576" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/184e1fbbe38c6fb97ef918a7cd7090a8-1024x576.jpg" alt="" class="wp-image-38028" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/184e1fbbe38c6fb97ef918a7cd7090a8-1024x576.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/184e1fbbe38c6fb97ef918a7cd7090a8-300x169.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/184e1fbbe38c6fb97ef918a7cd7090a8-768x432.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/184e1fbbe38c6fb97ef918a7cd7090a8.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>


<p>手押し除草機を使い、田んぼの隅々まで丁寧に除草している</p>



<p>しかし、成生さんたちがはじめた自然栽培では除草剤を使用しないため、みるみる生い茂る雑草をどうやって取り除くかが大きな課題となる。</p>



<p>義父は、方針に対してとやかく言わず自由にさせてくれる人だったから、自然栽培をはじめたことは事後報告で良いと思っていたが、草が生い茂る水田を見た際には、さすがの義父もショックを受けていたという。それでも自然栽培を続けたいという想いを汲んでくれた義父の期待に応えるよう、五十嵐さん夫妻は精一杯の努力をした。例えば、稲の根は傷めないように<strong>手押し除草機で除草</strong>する。<strong>土に酸素を行きわたらせるよう</strong>足を踏み入れてかき混ぜながら作業する大変な仕事。最初は10アールからはじめた自然農法の水田も、技術の向上とともに徐々に水田面積を広げ、現在は東京ドーム4分の1ほどの広さである1.2ヘクタールにまで拡大した。しかし、その広さともなると1回の除草作業で24〜36時間かかる。それを1シーズンで3回行い、さらに残った草は手で1本1本摘み取る。暑さや寒さから稲を守るため、<strong>水量の細かな管理</strong>も必要となるから、慣行栽培に比べたら、作業は圧倒的にハードだ。</p>



<h2 class="wp-block-heading">全国規模のコンクールへの挑戦</h2>



<p>こうして、粛々と自然栽培を続けてきたみのりガーデンに好機が訪れる。「米・食味鑑定士協会」の会長が新庄市に講演に訪れたのだ。その際、みのりガーデンの作った「<strong>自然栽培コシヒカリ」</strong>の食味値を計測。一般的に食味値が70以上で十分においしい米といわれているが、なんと、<strong>みのりガーデンの米の食味値は85以上</strong>。すぐさま、同協会が主催する<strong>「米・食味分析鑑定コンクール 国際大会」</strong>への出品を勧められた。早速、慣行栽培の米と自然栽培米の両方を出品したところ、<strong>自然栽培の米の数値が圧倒的に高く</strong>、ふたりは自然栽培の大きな可能性を感じたという。最初の年は一次審査すら通過できなかったのだが、それから毎年高品質の米を生産できるよう研鑽を重ねていき、その結果、<strong>みのりガーデンの自然栽培コシヒカリの食味値は90を超えるまでになった。</strong></p>



<h3 class="wp-block-heading">10年目にして3品種で金賞を受賞</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/20230211-1-012-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-38029" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/20230211-1-012-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/20230211-1-012-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/20230211-1-012-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/20230211-1-012.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>


<p>そして、自然栽培をはじめて10年目、ついに「米･食味分析鑑定コンクール 国際大会」で金賞を受賞した。その後は、周りの人たちの勧めもあり、<strong>「お米日本一コンテストinしずおか」</strong>へ出品。<strong>つや姫、コシヒカリ、ゆうだい21の3品種が金賞を受賞</strong>した。また、金賞の中でもひと握りしか認定されないという<strong>「東洋ライスの世界最高米の原料米」</strong>にも認定され、これをきっかけに全国的に知られる米農家となっていく。</p>



<h3 class="wp-block-heading">農業を志す若者を増やしたい</h3>



<p>炊きあがりのつやや香り、味が良いみのりガーデンの米は、食べる人を笑顔にするパワーがある。それは、成生さんのたゆまぬ努力の結果だ。全国の自然栽培農家と情報交換して技術を磨き、丁寧な除草作業や自家採種といった地道な作業を続けることで年々おいしさが増している。それが食味という数値になって表れ、素晴らしい賞に結びついたのだ。成生さんの次なる目標は、「『米・食味分析鑑定コンクール　国際大会』でダイヤモンド褒章を受賞すること」。ダイヤモンド褒章は、このコンクールで５回以上金賞を受賞し、かつ３回連続総合部門金賞を受賞した生産者に贈られる<strong>「最高峰の米作りの匠」</strong>の証だ。「この賞を受賞することで、農業という仕事に憧れ、農家を志す若者が増えたら。農業の魅力を自分の後ろ姿で伝えていきたい」と話す成生さん。今後ますます栽培技術を向上させ、農業界の未来を明るく照らしていく。</p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="683" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/fb1b25aa0a9aeadf03e4010ee2a19dff-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-48408" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/fb1b25aa0a9aeadf03e4010ee2a19dff-1024x683.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/fb1b25aa0a9aeadf03e4010ee2a19dff-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/fb1b25aa0a9aeadf03e4010ee2a19dff-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/fb1b25aa0a9aeadf03e4010ee2a19dff.jpg 1200w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /><figcaption class="wp-element-caption">米の匠みのりガーデン　代表 五十嵐 成生さん</figcaption></figure></div>


<p>花火の町、秋田県大曲市(現・大仙市)出身で大学進学を機に山形へ。縁あって米農家に婿入りしました。実家では両親が仕出し屋をしており、普段からおいしいご飯を食べていました。しかし、五十嵐家のご飯を初めて食べた時、そのおいしさにものすごく感動し、「自分も人を感動させられるようなお米を作りたい！」と強く思い八代目になりました。私にとって、農業は子育てのようです。毎日田んぼに通い、稲の表情を観察していますが、稲が気持ちよさそうに育っていると幸せを感じます。農薬も肥料も使わず、自然の中ですくすくと育った我が子のようなお米をぜひ皆さまに味わっていただきたいです。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/38013/">世界が認めた自然栽培。山形の自然が育んだ「米の匠 みのりガーデン」の米</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>山形の米作りのレジェンドが考える農業と人の未来 「遠藤農園」遠藤五一さん／山形県高畠町</title>
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		<pubDate>Sat, 29 Apr 2023 01:00:15 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/04/20230208-3-002-1-1024x819.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>「全国 米・食味分析鑑定コンクール」において4年連続で最高位の金賞を受賞し、2007年には殿堂入りした、現在日本に7名しかいない「ダイヤモンド褒賞受賞」の栄誉を手にした山形県高畠町の遠藤五一さんの農園。農薬や化学肥料など [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/36577/">山形の米作りのレジェンドが考える農業と人の未来 「遠藤農園」遠藤五一さん／山形県高畠町</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/04/20230208-3-002-1-1024x819.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p class="has-text-align-center"><strong>「全国 米・食味分析鑑定コンクール」において4年連続で最高位の金賞を受賞し、<br>2007年には殿堂入りした、現在日本に7名しかいない「ダイヤモンド褒賞受賞」の栄誉を手にした山形県高畠町の遠藤五一さんの農園。<br>農薬や化学肥料などを極力使わず、環境を守り自然と共生するための栽培方法を実践。<br>30年先を見据えた農業をし、全国の生産地に足を運んで指導をしています。</strong></p>







<p>山形県南東部に位置する高畠町で30年以上有機農業に従事する「<a href="https://www.endonouen.jp/" target="_blank" rel="noopener" title="">遠藤農園</a>」の主、遠藤五一さん。有機JAS認証をとった肥料のみを使って生産される米は、国内外の米を一堂に集め、審査･評価を行う日本最大の米の品評会「米･食味分析鑑定コンクール」にて、4年連続金賞を受賞するなど高い評価を得ている。近年では後進の育成にも力を入れる遠藤さんのもとを訪れた。</p>



<h2 class="wp-block-heading">山形県での農業45年目に米作りを振り返る</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/04/20230208-3-019-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-36584" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/04/20230208-3-019-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/04/20230208-3-019-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/04/20230208-3-019-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/04/20230208-3-019.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>


<p>山形県高畠町の上和田地区。この地に江戸時代から続く農家の12代目として生まれたのが、<strong>「日本一の米職人」</strong>と言われ、上和田有機米生産組合の組合長もつとめる遠藤五一さんだ。 米作りに携わって今年で45年目という節目を迎える遠藤さんを一躍有名にしたのが、自身の田んぼで生産される安心･安全な米。30年以上前、何よりも家族の健康のためにたったひとりで有機農法を始めたというが、当初は苦労の連続だったという。何しろ当時の主流は、化学肥料を用いた増産。 地元では次第に理解してくれる仲間も少しずつ増え、一時は集落の半分ほどの農家が有機農業に着手するに至ったが、手間がかかり量産が見込めない有機栽培米はなかなか世間に理解されず、上和田有機米生産組合の販売部長として東京の米屋を一軒ずつ回ったこともあったのだとか。</p>



<figure class="wp-block-gallery has-nested-images columns-default is-cropped wp-block-gallery-1 is-layout-flex wp-block-gallery-is-layout-flex">
<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="681" data-id="36857" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/04/1682394829092-1024x681.jpg" alt="" class="wp-image-36857" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/04/1682394829092-1024x681.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/04/1682394829092-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/04/1682394829092-768x511.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/04/1682394829092-1536x1022.jpg 1536w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/04/1682394829092.jpg 1569w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>
</figure>



<h3 class="wp-block-heading">日本に7人の「ダイヤモンド褒賞」受賞者に</h3>



<p>しかし2002年から参入した「米･食味分析鑑定コンクール」で、事情は一変する。初年度の入賞はならなかったものの、<strong>翌2003年から4年連続の金賞を受賞し、2007年には米・食味分析鑑定コンクールにて連続受賞</strong>。その結果、有機JAS認定保持と無農薬・無化学肥料栽培者のみが受賞でき<span class="swl-marker mark_yellow">、全国でも7人しか受章していない<strong>「ダイヤモンド褒賞」を授与された</strong>。</span></p>



<p>コンクールという挑戦の蓄積が今の評価に繋がったと遠藤さんは言うが、同時に今の日本の農業に危機感を覚えているという。</p>



<h3 class="wp-block-heading">「自立できる農業」という教え</h3>



<p><strong>「日本の農業の仕組みが回っていない。今、農家のおよそ93%が赤字</strong>だ」と遠藤さんは言った。</p>



<p>1970年から始まった減反政策は2018年に廃止されたものの、家族が食べていくだけの収入を得るには耕作面積を増やすしかなく、量をとるか質をとるかの選択を農家は求められているという。そのうえ、農業には厳しい自然との闘いがつきものだ。つまるところ、若い人が新規参入せず、また離農者も増えているのだとか。しかし、国内で食料がとれなければ輸入すればいいという姿勢は、自分の命を他に預けるのと同じこと。だからこそ、米の価格なども農協任せでなく国が主導で関わり、生産者の保護に乗り出してほしいと言う遠藤さんは、かつて言われた<strong>「自立のできる農業を」</strong>という教えを今でも心に留めているという。自立でき、自然と共存し、再生産可能な農業に取り組むことが、生産者だけでなく消費者も助けることに繋がるからだ。</p>



<h2 class="wp-block-heading">遠藤さんの栽培する米</h2>



<h3 class="wp-block-heading">おかずのいらない米・つや姫・コシヒカリ・雪若丸</h3>



<p>遠藤さんが栽培するのは、<strong>つや姫、コシヒカリ、雪若丸、ゆうだい21</strong>。<span class="swl-marker mark_yellow">特に、稲が多品種より長く生長するため倒伏の危険性があるのに加え、量がとれない難しい米だという「ゆうだい21」は、「米･食味分析鑑定コンクール」の国際大会で最高位の金賞に輝いたことでも知られる。</span></p>



<p>高畠町の豊かな自然と山から注がれる清涼で豊富な天然水で行う米作りには、農薬や除草剤を使わないため、雑草取りや虫除けも自分たちの手で行うという労力がかかる。しかしその分、田んぼにすむ微生物が土に養分を与え、肥沃な土壌になるという。さらに化学肥料ではなく有機JAS認証の肥料やミネラル分を投入することが、食味にも良い影響を与えるのだとか。炊き上がりのつやだけでなく、炊き立ての米から立ち上る馥郁たるかおり、噛むほどに感じられる米本来のうまみや甘みにより、遠藤さんが作る米には<strong>おかずがいらない</strong>とも言われている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">後進の育成で安全な米を未来へ</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/04/20230208-3-020-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-36590" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/04/20230208-3-020-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/04/20230208-3-020-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/04/20230208-3-020-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/04/20230208-3-020.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>


<p>遠藤さんが近年ますます力を入れているのが、<strong>これからの米作りを担う農家の育成</strong>だ。2017年に創設された「やまがた有機農業の匠」のひとりに認定され、全国各地、時には海外でも作付け指導を行っている。現地に行くのが難しい時はZoomなどのオンライン通話をも駆使して勉強会を開き、発信すると同時に各産地からの情報収集をしているという。</p>



<p>また、作付け指導の傍ら農福連携の事業にも取り組み、滋賀県日野町にある社会福祉法人「わたむきの里福祉会」の障がい者120人とともに米作りを行ったことも。障がいをもつ人たちの所得向上の目的もあって始まったこの栽培指導だったが、実に2020年の「第22回 米・食味分析鑑定コンクール」の国際部門で、わたむきの里事業所が作った米が最高賞の金賞に選ばれた。</p>



<p><strong>色々な人が安全な米を食べられるよう自分ができる努力をする</strong>と語る遠藤さんだが、その米作りの強い味方のひとつは、意外なことにずっとつけている日記だという。</p>



<h3 class="wp-block-heading">日記を米作りの力強い武器に</h3>



<p>農家にとって味方にも敵にもなる自然。</p>



<p>米農家として長いキャリアを持つ遠藤さんは、<span class="swl-marker mark_yellow"><strong>日々の天気やできごとを欠かさず日記に残している</strong>という。その記録は膨大なデータとなり、未来の予測と対策に役立っている。</span>何事も経験している人にはかなわないが、この日記は遠藤さん自身の経験の蓄積といえるだろう。今では米作りの力強い武器となっているため、日記を書くことを息子にもすすめているそうだ。</p>



<h2 class="wp-block-heading">安全なものを食べて体の中をブランド化してほしい</h2>



<h3 class="wp-block-heading">消費者求めるものを作る</h3>



<p>米農家として1年365日米と向き合っている中で心がけているのは、<strong>消費者目線を忘れない米作り</strong>。<br></p>



<p>最近の消費者は健康への意識もさることながら、舌が肥えているため「有機農法」というだけでは売れないのだとか。近年好まれる米の傾向は、見た目にも白度が強く食感はモチモチとしており、かつ冷めても美味しく食べられるもの。それらの要素を兼ね備えた安全・安心な米作りを日々行っているが、消費者が求める米を作るのはもちろん、挑戦したいこともあるという。</p>



<h3 class="wp-block-heading">生きている間に何ができるか考える</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/04/20230208-3-006-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-36593" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/04/20230208-3-006-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/04/20230208-3-006-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/04/20230208-3-006-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/04/20230208-3-006.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>


<p>これまでに数々の受賞歴があり、米作りのレジェンドとも呼ばれる遠藤さんだが、「賞を獲るのはチャレンジ」だという。農家という仕事は基本的に個人で、会社組織にあるような昇進や昇給といったわかりやすい評価がないため、周りから褒められるという機会はあまりない。しかし、受賞すると表彰状がもらえ、今後を期待されることがやりがいに繋がっているのだとか。実際に、遠藤さん宅の茶の間にはこれまで受賞してきたコンクールの賞状が並んでおり、その挑戦の歴史が垣間見える。</p>



<p>加えて現在挑戦中なのが、先に述べた後進の育成だ。指導者として全国各地を飛び回る中で目指しているのは、<strong>「安心・安全で美味しい米を作る生産者を各県に1人つくる」</strong>ことだという。その1人を通じて各県内に情報が拡がっていけば、化学肥料に頼らない安全な米ができるのではないかと遠藤さんは考えている。</p>



<p>今でも「農家は60才を過ぎて一人前」と言われる中で、遠藤さんが有機農法に取り組み、各地で講演を始めたのはまだ40才頃のことだった。当時は「若造が何か言っている」と思われる節もあったが、60才を過ぎた今では、その話に真摯に耳を傾けてくれる多くの仲間に恵まれている。</p>



<p><strong>「自分が生きている間に何ができるかを考えている」</strong>と語り、様々な挑戦を続けている遠藤さんを突き動かすのは、農業とは命の産業だからという思いだ。<br></p>



<h3 class="wp-block-heading">農業は医者よりも前にいる</h3>



<p>「具合が悪くなれば人は医者にかかるが、人の体を作る食べ物を生産する<strong>農業は、医者の前にいる存在だ</strong>」と、遠藤さんは常日頃から言っているという。<span class="swl-marker mark_yellow">健康であるためには安全な食べ物を口にする必要があり、その安全な食べ物を作るのは農家の仕事。</span>しかし、人間の考え方が以前と変わらず質より量を求めていたら、土も変わらないし米も変わらない。命に直結する食べ物を作る農家には、食べる人に安全を届ける必要がある。最近では洋服や服飾品にいわゆるブランド品を買う人がいるが、安全な食べ物を口にして、表面だけでなく<strong>体の内部もブランド化してほしい</strong>、と遠藤さんは語った。</p>



<h2 class="wp-block-heading">自分も家族も健康に、幸せでいるために</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/04/20230208-3-011-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-36587" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/04/20230208-3-011-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/04/20230208-3-011-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/04/20230208-3-011-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/04/20230208-3-011.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>


<p>何のために農家をしているのか、と尋ねられることがあるそうだ。大抵の場合、「食べていくため」と答えるが、それは手段。<span class="swl-marker mark_yellow">本質的には、<strong>自分も家族も健康に、幸せでいるために、</strong>だという。安全でない米を生産して最初に影響があるのは、自分の生産物を口にする農家とその家族。だからこそ、まず自分が、そして自分の家族が安心して食べられるものを作るために有機農法を行っている。</span></p>



<p>「遠藤農園」訪問時、しきりに到着時間を質問された。それは、米の炊き上がりを取材の時間に合わせるから、という気遣いだった。この日の試食は、遠藤さんの田んぼで収穫した「つや姫」。美味しいお米を最高に美味しい状態で食べてほしいという思いが詰まった、いわば作品だ。</p>



<p>地元で米作りに携わりながら、技術指導や販売促進イベントで全国を飛び回る遠藤さん。忙しい日々を送りながらも、その顏に浮かぶのは、日本の米作りはまだまだ大丈夫だと私たちに希望を持たせる笑顔だった。</p>


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					<span class="p-blogCard__caption">NIHONMONO &#8211; 「にほん」の「ほんも&#8230;</span>
					<div class="p-blogCard__thumb c-postThumb"><figure class="c-postThumb__figure"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/top-6-2-1.jpg" alt="" class="c-postThumb__img u-obf-cover" width="320" height="180"></figure></div>					<div class="p-blogCard__body">
						<a class="p-blogCard__title" href="https://nihonmono.jp/article/38013/" target="_blank" rel="noopener noreferrer">世界が認めた自然栽培。山形の自然が育んだ「米の匠 みのりガーデン」の米 &#8211; NIHONMONO</a>
						<span class="p-blogCard__excerpt">2022年、「米・食味分析鑑定コンクール国際大会」「お米日本一コンテストinしずおか」といった国内最大級の米のコンクールで立て続けに金賞を受賞した「米の匠 みのりガー&#8230;</span>					</div>
				</div>
			</div>
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		<title>肉厚で甘味の濃いさくらんぼ「紅秀峰」さくらんぼ農家･軽部賢一さん／山形県寒河江市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 08 Jul 2013 07:30:19 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[山形県]]></category>
		<category><![CDATA[さくらんぼ]]></category>
		<category><![CDATA[寒河江市]]></category>
		<category><![CDATA[山形]]></category>
		<category><![CDATA[果物]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/09/18511_main.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>山形を代表する果物、さくらんぼ さくらんぼといえば、山形。山形といえばさくらんぼともいえてしまうぐらいに、山形を代表する果物といえばさくらんぼがあがる。もちろん収穫量、出荷量ともに全国一位。シェアの７割程度を占めている。 [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/09/18511_main.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><h2 class="wp-block-heading">山形を代表する果物、さくらんぼ</h2>



<p><span class="swl-marker mark_yellow">さくらんぼといえば、山形。山形といえばさくらんぼともいえてしまうぐらいに、山形を代表する果物といえばさくらんぼがあがる。</span>もちろん収穫量、出荷量ともに全国一位。シェアの７割程度を占めている。<br>そのさくらんぼ王国山形のなかでも“名人”と称されるほどの人物がいる。それが今回お話を聞いた<a href="https://karube-sakuranboen.com/about" target="_blank" rel="noreferrer noopener">軽部賢一</a>さんだ。軽部さんがこだわりを持って丁寧に育てるさくらんぼはとにかくおいしい。その味に魅了され、軽部さんの栽培方法を手本にするさくらんぼ農家は全国にいるという。それが名人と言われるゆえんだ。<br>この日は雨の降るなかの取材となった。「さくらんぼは雨が天敵なんです」と軽部さんはいう。雨にちょっとあたるだけで、実が割れて商品として出せなくなることもあるそうだ。現在は雨よけのテントを張り、対策はばっちりだが、それがないときは収穫が梅雨の時期と重なることもあり、ヒヤヒヤすることばかりだったという。</p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full"><img decoding="async" width="320" height="213" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/09/18511_img01.jpg" alt="" class="wp-image-18723" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/09/18511_img01.jpg 320w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/09/18511_img01-300x199.jpg 300w" sizes="(max-width: 320px) 100vw, 320px" /></figure></div>


<h2 class="wp-block-heading">人気の佐藤錦と実力の紅秀峰</h2>



<p>さくらんぼというと「佐藤錦」という品種が有名だが、取材時は佐藤錦の収穫は終わり、木になっていたのは「紅秀峰（べにしゅうほう）」という品種。佐藤錦よりもおお振りで、糖度が高い品種だ。<br>木からひとつ実をとって軽部さんが中田に食べてみてと手渡した。口に入れて一口噛むと、中田の顔の色が変わった。とてもさくらんぼとは思えない甘さ。それもそのはず、糖度は25度程度もあって、桃やメロンにも負けないぐらいの甘さなのだ。肉厚な果実の歯ごたえもたまらない。<br>「人気の佐藤錦、実力の紅秀峰です」と軽部さんはいう。「甘味が強くて、酸味が少ない。もちろん人それぞれの好みはありますが、私は実は佐藤錦よりもおいしいと思っています。それだけにプロとしても作りがいのある品種だとも思いますね」<br>紅秀峰は山形県の農場試験場で生まれた「紅シリーズ」のひとつだ。一般化する前から、その味に惚れ込んで力を入れて栽培している品種だそうだ。</p>


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<figure class="aligncenter size-full"><img decoding="async" width="213" height="320" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/09/18511_img02.jpg" alt="" class="wp-image-18722" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/09/18511_img02.jpg 213w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/09/18511_img02-199x300.jpg 199w" sizes="(max-width: 213px) 100vw, 213px" /></figure></div>


<h2 class="wp-block-heading">さくらんぼの剪定作業はワクワクの連続</h2>



<p>これほどまでにおいしいさくらんぼ。「さくらんぼ栽培のなかで一番重要なことは何ですか」と中田が聞くと、すぐに「日当たり。日が当たらないと味がのらないし、色もよくならない」と軽部さんは答えてくれた。<br>その日当たりのためにできる作業は、枝の剪定作業のみ。その一手がさくらんぼの味と色を決めるのだから、「もっとも面白い作業」だと軽部さんはいう。<br>「本当に剪定によってまるで違うものができる。粒の形からもちろん味まで。だから面白い。おてんとうさまに十分にあたるように、細かいとこまで気を聞かせてハサミをいれていく。面白いことにあまり早く剪定すると木が反発するんですよ」</p>



<h3 class="wp-block-heading">丁寧に向き合ってさくらんぼを“育てる”</h3>



<p>まるで人間に対するような言い方のように聞こえた。<span class="swl-marker mark_yellow">さくらんぼの木は40年ほどの寿命だという。</span>それを軽部さんは「人間の半分の年齢」といっていた。実がなるまでに7年から8年かかるそうだ。人間にすれば15歳くらい。かつて元服を迎えていたころだろうか。それから30年近く寿命を終えるまで、毎年丁寧に向き合って剪定していく。そして毎年おいしいさくらんぼをつける。“育てる”という言葉がぴったりだ。<br>さくらんぼ名人が丁寧に育てた紅秀峰。ぜひ食べてみてほしい。</p>


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<figure class="aligncenter size-full"><img decoding="async" width="213" height="320" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/09/18511_img03.jpg" alt="" class="wp-image-18721" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/09/18511_img03.jpg 213w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/09/18511_img03-199x300.jpg 199w" sizes="(max-width: 213px) 100vw, 213px" /></figure></div><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/18511/">肉厚で甘味の濃いさくらんぼ「紅秀峰」さくらんぼ農家･軽部賢一さん／山形県寒河江市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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