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	<title>登り窯 - NIHONMONO</title>
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	<title>登り窯 - NIHONMONO</title>
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		<title>より良い暮らしのため、民藝の器づくりを実直に「出西窯」／島根県出雲市斐川町</title>
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		<pubDate>Mon, 17 Aug 2026 08:21:32 +0000</pubDate>
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		<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[民藝]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/nih9_02118__H6A1961.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>日常の道具の中に美を見出す「民藝（みんげい）」。その教えを直接受け継ぎ、今も器づくりを続けているのが島根県にある出西窯（しゅっさいがま）だ。ここで生まれる器には、窯名や作り手の名前が記されていない。それでも人々に選ばれ続 [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/nih9_02118__H6A1961.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>日常の道具の中に美を見出す「民藝（みんげい）」。その教えを直接受け継ぎ、今も器づくりを続けているのが島根県にある出西窯（しゅっさいがま）だ。ここで生まれる器には、窯名や作り手の名前が記されていない。それでも人々に選ばれ続け、70年以上も作り続けられてきたのはなぜだろうか。その背景には、器そのものだけでなく、時代の変化に応じて暮らしの在り方まで提案してきた点にある。</p>



<h2 class="wp-block-heading">ライフスタイルから提案する窯元･出西窯</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/nih9_02093__H6A1783.jpg" alt="" class="wp-image-55126" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/nih9_02093__H6A1783.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/nih9_02093__H6A1783-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/nih9_02093__H6A1783-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>島根県東部、出雲平野の田園風景が広がる出雲市斐川町（ひいかわちょう）に、暮らし全般を発信する複合施設「出西 くらしのvillage」がある。敷地内には器の店やセレクトショップ、ベーカリーカフェが揃い、足を踏み入れると商品がずらりと並ぶ店内へと自然と引き込まれていく。</p>



<p>運営するのは民藝運動の精神を受け継ぐ窯元･出西窯。</p>



<p>「地域の方に楽しんでもらえる場をつくりたかったんです。器を使ってもらったり、洋服を手に取ったり、パンを選んだり。暮らしそのものを体験できる場所にしたくて」と振り返るのは出西窯の代表･多々納 真（たたの しん）さん。たとえば冬のグラタン皿は、実際に使ってみて初めて良さが伝わることも多い。“いいね”となり、そのまま購入につながることは少なくないという。</p>



<p>ここでは、暮らしの中でどう使われるかまで含めて商品提案がなされている。こうした考え方の背景には、戦後に出合った考え方に端を発している。</p>



<h2 class="wp-block-heading">始まりは戦後。地元で生きる道を模索して築いた共同窯</h2>



<p>出西窯の始まりは1948年。戦時中は物資が乏しく、“贅沢は敵”とされる中で、生活の中の“美しさ”は後回しにされてきた。そうした時代を経て、美しいものをつくりたいと、5人の若者が器づくりに取り組むことに。彼らは幼なじみで、いずれも農家の次男･三男。家業を継がない立場として自分たちの生きる道を模索するなかで、生活も支え合える“共同体”として窯を築く道を選んだ。</p>



<p>創業当初に目指していたのは、美術的価値の高い焼き物だった。しかし1949年、松江市在住の工芸家・金津 滋（かなつ しげる）氏から、“あなたたちには何も志がないみたいだ”と厳しい指摘を受ける。そしてこのとき、金津氏から手渡されたのが、民藝運動の父と呼ばれる柳 宗悦（やなぎ むねよし）の著書『私の念願』だった。自分たちの器づくりを見つめ直す中でこの本を読み込み、その思想に深く感銘を受けた。</p>



<h3 class="wp-block-heading">民藝運動の牽引者･河井寛次郎との出会い</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/nih9_02109__H6A1894.jpg" alt="" class="wp-image-55127" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/nih9_02109__H6A1894.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/nih9_02109__H6A1894-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/nih9_02109__H6A1894-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>当時、日本では民藝運動が広がり始めていた。機械化や西洋化が進む中で、手仕事の価値や、暮らしの道具に宿る美しさを見直そうという考え方である。　</p>



<p>そうした民藝の考え方に共鳴した創業メンバーは1950年に京都へ赴き、民藝運動の中心的推進者の一人である河井 寛次郎氏を訪ねた。その後、河井氏は出西窯に足を運び、“毎日の生活道具を徹底的につくりなさい。人に喜ばれるものをつくりなさい”という考えを示し、日々使われる生活道具をつくることの大切さを伝えた。</p>



<p>さらにバーナード･リーチ氏らも、指導にあたった。リーチ氏はウェットハンドル技法と呼ばれる把手付けの技術や、洋食器づくりを伝えた。こうして出西窯は、実用の中に美を見出す「民藝」の思想を軸に据え、歩み始めた。やがて使い心地の良さが評判を呼び、次第に人々の暮らしの中へ広がっていった。</p>



<h3 class="wp-block-heading">名を刻まない器に宿る価値</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/nih9_02106__H6A1880.jpg" alt="" class="wp-image-55128" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/nih9_02106__H6A1880.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/nih9_02106__H6A1880-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/nih9_02106__H6A1880-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>出西窯では商品に窯名や作者の名前を記すことはない。それは、民藝の思想に基づき、個人の名声ではなく、名もなき手仕事の積み重ねに価値があると考えているからだ。</p>



<p>1989年、出西窯は第10回日本陶芸展で優秀作品賞を受賞した。国内最大規模の陶芸公募展であり、その評価は出西窯が追求してきた用の美が認められた瞬間でもあった。</p>



<p>受賞作品・縁鉄砂呉須釉皿（ふちてっさごすゆうざら）の人気は高まり、深い青の色合いはやがて出西ブルーと呼ばれるようになる。</p>



<p>しかし、実際に賞を受けたあとも、特定の作者を前に出すことはせず、共同体としてのものづくりを続けてきた。誰か一人の作品ではなく、窯全体で生み出すものとして器を届ける。その姿勢こそが、創業時から変わらない出西窯の在り方だ。</p>



<h2 class="wp-block-heading">日常を良くするものを手仕事で</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/nih9_02166__H6A2101.jpg" alt="" class="wp-image-55129" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/nih9_02166__H6A2101.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/nih9_02166__H6A2101-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/nih9_02166__H6A2101-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>こうして受け継がれてきた民藝の思想は、今なお息づいている。創業80年を目前に控え、職人は16人に増えた。出西窯の器には、土の質感や豊かな色合いがそのまま生きており、手に取ると形･重みがしっくりと馴染む。実用的でありながら、使うほどに愛着が深まるイメージが自然と湧いてくる。</p>



<h3 class="wp-block-heading">登り窯がつくる、唯一無二の風合い</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/nih9_02147__H6A2050.jpg" alt="" class="wp-image-55130" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/nih9_02147__H6A2050.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/nih9_02147__H6A2050-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/nih9_02147__H6A2050-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>器の焼き上げには、伝統的な登り窯と現代的な灯油窯･電気窯を使い分けている。なかでも登り窯は、年に3〜4回だけ使われる特別な存在だ。登り窯は、斜面に沿って連なる薪窯で、炎の流れや灰のかかり方によって、器一つひとつに異なる表情が生まれる。だがその分、職人は数日間つきっきりで炎と向き合う必要があり、手間も負担も大きいため、使う窯元は少なくなっている。</p>



<p>「伝統をつなぐことと、炎をコントロールして窯を焚く技術を身につけるためにやっています。器づくりは、粘土から器への変化を覚えることが大事なんです」と多々納さん。窯内の温度が1,200〜1,300度になるとオレンジ色の光に包まれ、まるで神様がいるような幻想的な光景になるという。</p>



<h2 class="wp-block-heading">使い手に誠実に、暮らし方の提案を多方面から</h2>



<p>1998年には、敷地内に展示販売場くらしの陶・無自性館を設けたことで、窯元に足を運ぶ人が徐々に増えた。器を売るだけでなく、暮らしの中で役立つ道具を届けるという考え方は、こうした場づくりにも受け継がれている。　</p>



<h3 class="wp-block-heading">創業時のデザインを受け継ぎ、新たな可能性も探求</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/nih9_02102__H6A1868.jpg" alt="" class="wp-image-55131" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/nih9_02102__H6A1868.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/nih9_02102__H6A1868-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/nih9_02102__H6A1868-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>食器を中心に、花器や酒器など幅広い商品を手がける出西窯。なかでも人気は、バーナード･リーチ氏の指導のもとで生まれたモーニングカップだ。100年、200年経っても変わらないものをつくりなさいという教えのもと、70年以上つくり続けている定番である。年間3,000〜4,000個を製作し、すぐに使い手のもとへと渡っていく。</p>



<p>一方で、新しい器づくりにも積極的だ。複数の職人がいる強みを生かし、それぞれが“使い手にとって何が良いか”を考え、形にしている。</p>



<h3 class="wp-block-heading">実用性をひたすらに追い求めて</h3>



<p>コロナ禍には、キャットボウルという新たな商品が生まれた。食べやすさや飲みやすさを追求し、食事中に猫のヒゲが当たらず、吐き戻しが起きにくい高さと形状を実現。猫にも飼い主にもやさしい器として支持を集めた。使い手に徹するのが我々の流儀で、お役立ていただける確信がありました、と開発者は迷いのない瞳で語る。今後は、障がい者や子どもなど、多様な使い手にとって使いやすい器づくりにも取り組んでいきたいという。</p>



<h3 class="wp-block-heading">人々に喜ばれる器を、これからも</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/nih9_02084__H6A1735.jpg" alt="" class="wp-image-55132" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/nih9_02084__H6A1735.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/nih9_02084__H6A1735-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/nih9_02084__H6A1735-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>出西窯が目指すのは、使う人にとって心地よいかどうか。装飾や個性を競うのではなく、手に馴染み、長く使える実用性を磨き続けてきた。</p>



<p>その器は決して主張しすぎない。それでも、使うほどに良さが伝わり、気づけば食卓にあり、暮らしの中に自然と溶け込んでいく。名を掲げずとも選ばれ続けてきた理由は、そこにあるのかもしれない。</p>



<p>創業以来受け継がれてきたのは、“人に喜ばれる生活道具をつくる”という民藝の精神である。時代が変わっても、健やかで丈夫に、そして長く使い続けられる器を届ける。その思いを受け継ぎながら、出西窯はこれからも暮らしをより豊かにする器づくりを続けていく。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/55117/">より良い暮らしのため、民藝の器づくりを実直に「出西窯」／島根県出雲市斐川町</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>約400年の歴史と伝統にアイデンティティーを。「小代焼ふもと窯」井上尚之さん／熊本県荒尾市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 20 Apr 2026 11:20:59 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[陶芸]]></category>
		<category><![CDATA[登り窯]]></category>
		<category><![CDATA[小代焼]]></category>
		<category><![CDATA[伝統工芸]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/IMG_2110.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>言うならばサラブレッド。小代焼の大家とされる井上泰秋さんを父に持ち、約400年の歴史がある小代焼の中でも最大級の6基の登り窯を有する「ふもと窯」に生まれた井上尚之さん。その恵まれた環境は、誇りであると同時に、常に比較と評 [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/IMG_2110.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>言うならばサラブレッド。小代焼の大家とされる井上泰秋さんを父に持ち、約400年の歴史がある小代焼の中でも最大級の6基の登り窯を有する「ふもと窯」に生まれた井上尚之さん。その恵まれた環境は、誇りであると同時に、常に比較と評価にさらされる場所でもあった。</p>



<h2 class="wp-block-heading">自分のやりたいことは、本当に陶芸なのか</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/IMG_1908.jpg" alt="" class="wp-image-54362" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/IMG_1908.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/IMG_1908-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/IMG_1908-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>パチパチと薪がはぜる音がする。登り窯の斜面を駆け上がるようにして燃え広がり、焼き物に命を吹き込む炎の様子に、約400年もの間脈々と受け継がれてきた小代焼の歩みが重なる。</p>



<p>九州を代表する陶器の一つ、小代焼。1632年に細川忠利が陶工を伴い、熊本県北西部にある小岱山（しょうだいさん）のふもとに窯を開いたことが起源とされる。鉄分や小石粒を多く含む小代粘土を用いた素朴で力強い肌合いと、藁灰釉や木灰釉といった地元の自然から作られた釉薬を流しかける大胆なデザインが特徴で、シンプルながら奥の深さを感じさせる佇まいに魅力がある。2003年には国の伝統的工芸品に指定され、現在は荒尾市と玉名郡南関町を中心に11の窯元が残る。</p>



<p>中でも荒尾市府本にある「小代焼ふもと窯」は、現存する小代焼の窯では最大級の6基の登り窯を有し、多くの弟子を輩出してきた名窯だ。初代の井上泰秋さんは日本民藝館展の最高賞受賞をはじめ数々の作品展で入賞し、熊本の伝統工芸の発展に欠かせない存在として知られる。</p>



<p>1975年に泰秋さんの長男として生まれた井上尚之さんは、約400年の歴史と伝統の中に自身のアイデンティティーを取り入れ、イギリスの古い焼きものからヒントを得た​​独自の「スリップウェア」（器の表面をスリップと呼ばれる化粧土で装飾した陶器）が評判の人気作家だ。幼少期は欠けた陶器をままごとセット代わりにして遊び、将来は焼き物をすると当然のように思っていたが、高校時代にふと足を止める。自分のやりたいことは本当に陶芸なのか。迷いながら地元のデザイン専門学校に進学するも、答えは見えない。尚之さんは当時を振り返り「はっきり言って、ふらふらしていましたね」と、眉を下げて笑う。</p>



<h3 class="wp-block-heading">伝統的な小代焼とスリップウェアの融合</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/IMG_2148.jpg" alt="" class="wp-image-54363" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/IMG_2148.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/IMG_2148-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/IMG_2148-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>尚之さんは旅に出た。東京、栃木、沖縄と、泰秋さんの知人を訪ね、各地で焼き物やその現場を見せてもらうがピンとこない。だがなぜか、小石原だけが違った。小石原焼を代表する「太田哲三窯元」を見て、自然と「ここで勉強したい」と思えたのだという。その後、代表の太田哲三さんのもとで4年の修行期間を経て、実家であるふもと窯へ。はるか前を歩く兄弟子たちの姿に焦りを感じながら修行を重ね、ようやくろくろの前に座ることができたとき、尚之さんは途方に暮れた。いざ作れる状況に立ってみたら、自分が作りたいものが見えなかった。</p>



<p>そこでヒントとなったのが、太田さんのもとで学んだ技法の一つ「ポン描き」。釉薬を専用の容器から器の表面に流し出すことで線や模様を描く装飾技法だ。尚之さんはこの「ポン描き」に、イギリスに伝わる化粧土で装飾された陶器「スリップウェア」と近いものを感じ、古いスリップウェアや関連書物から“自分が作りたいもの”を探った。そして、小代焼とスリップウェアを融合させた独自のスタイルに辿り着いた。約400年の歴史と伝統にアイデンティティーを見出したのだった。</p>



<h2 class="wp-block-heading">土地の素材と普遍の意匠から生まれるもの</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/IMG_1822.jpg" alt="" class="wp-image-54364" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/IMG_1822.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/IMG_1822-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/IMG_1822-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>尚之さんの作品は自ら採掘した小代粘土を用いる。釉薬となる灰には木や藁、焼成の燃料には松薪と、伝統的な小代焼と同様に地元の自然のものを使用。成形した粘土が乾ききらないうちに水で溶かした粘土を掛け流し、さらにその上にスポイトのような道具から水で溶かした別の色の粘土を垂れ流して模様を描く。</p>



<p>デザインは、イギリスの古い文献から選んだ普遍的な柄をベースに、独自に解釈して再構築している。「普遍的なものは人々から飽きられなかったからこそ今に伝わる」との考えからだ。波線やクロス、リボンのように見えるものまでバリエーションは多様。その伸びやかで躍動的な線からは、尚之さんの大らかで飄々とした人柄が感じられる。</p>



<p>現在でこそ多くの消費者から支持を得ている尚之さんの作風だが、作り始めた当時は「伝統的な小代焼ではない」と風当たりが強かったという。しかし、さる恩人から「十人中九人が敵でも一人は味方がいる。私は君の味方だ」との言葉をかけられたことが、尚之さんの心の支えとなり、今に繋がっている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">土と炎に問い続けるものづくりの姿勢</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/IMG_1757.jpg" alt="" class="wp-image-54365" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/IMG_1757.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/IMG_1757-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/IMG_1757-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>尚之さんは、作品の焼成に6袋の登り窯を使う。今から約50年前、1977年に泰秋さんが完成させたものだ。数日間にわたって薪を投入し続けながら温度管理をする登り窯はガス窯に比べるとコントロールが難しく、「一生かかっても分からない」「窯の調子が作品の良し悪しを決める」といわれるほど。温度や酸素量など窯の内部の状態が均一にはならないために割れや歪みなどの不良も出やすく、「小代焼ふもと窯」の場合、製品化率は6割ほどに留まる。それでも薪から出る灰と炎の力が織りなす人智を超えた美に魅了される陶芸家は少なくない。一方、尚之さんは「登り窯を作品の良さの理由にも、言い訳にもしたくない」ときっぱり。何で焼くかは重要ではなく、できた作品の品質そのものを評価されるべきだと考えているからだ。</p>



<p>窯は使用を重ねるほどに内部が傷む。「小代焼ふもと窯」では耐用回数といわれる100回はとうに超えており、部分的な修理を繰り返しながら使い続けている。尚之さんは「登り窯にこだわりはないし、使えなくなったとしても対策は考えてあるから問題ない」とあっけらかんとしているが、「登り窯にしかない面白さはある」と、その魅力を認めてもいる。</p>



<p>長い迷いと葛藤を経て、歴史と伝統の中に自らの居場所を見つけた尚之さん。今、その隣には、鳥取県「岩井窯」での修行を終え、「小代焼ふもと窯」の三代目として2024年に実家へ戻った息子の亮我さんの姿がある。小代焼の伝統そのものだけでなく、土と炎に問い続けるものづくりの姿勢も、また次の世代へと受け継がれようとしている。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/54356/">約400年の歴史と伝統にアイデンティティーを。「小代焼ふもと窯」井上尚之さん／熊本県荒尾市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>さらなる自己の成長の為の器。陶芸家･宗像利浩さん／福島県会津美里町</title>
		<link>https://nihonmono.jp/article/9228/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 08 Oct 2012 07:19:08 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[陶芸家]]></category>
		<category><![CDATA[伝統工芸]]></category>
		<category><![CDATA[福島県]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/12/9228_main.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>海外でも活躍する会津の陶芸家 会津本郷に1718年から続く宗像窯の八代目当主である宗像利浩さん。これまでに数々の賞を受賞し、2010年にはフランスのパリで個展を開いたほどの作家だ。 宗像さんの代表作は、1997年に第14 [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/9228/">さらなる自己の成長の為の器。陶芸家･宗像利浩さん／福島県会津美里町</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/12/9228_main.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><h2 class="wp-block-heading">海外でも活躍する会津の陶芸家</h2>



<p>会津本郷に1718年から続く宗像窯の八代目当主である宗像利浩さん。これまでに数々の賞を受賞し、2010年にはフランスのパリで個展を開いたほどの作家だ。 宗像さんの代表作は、1997年に第14回日本陶芸展で日本陶芸展賞を受賞した「利鉢（としばち）」という作品。どっしりとしていて、緊張感さえ漂う、それでいて温かみのある器でもあるのだ。作品名の利鉢はご自身の名前から一字をとり命名したものだという。</p>



<h3 class="wp-block-heading">宗像窯の登り窯</h3>



<p>この日は登り窯を見学させていただく。2011年の東日本大震災の影響で代々受け継いできた登り窯が崩れてしまい、「宗像窯登り窯再生プロジェクト」を始め多くの人の協力を得て新しい登り窯を造っているのだ。完成はもう少し先だというが、すでに窯の原形が出来上がっていた。<br>「ずいぶん大きな登り窯ですね」と中田。<br>「これほど大きい窯もあまりありませんね。しかし、登り窯で焼けば、なんでも良いわけではありません。<span class="swl-marker mark_yellow">何を目的にするかということ、常に狙いを考えて焼くことが大事です</span>。」火入れの前には実際に窯の中に入り、この場所に置いたときにはどんな器に仕上がるのか、火の温度、炎がどの様に動いているかを考え尽くしていくのだという。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="213" height="321" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/12/9228_img01.jpg" alt="" class="wp-image-9489" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/12/9228_img01.jpg 213w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/12/9228_img01-199x300.jpg 199w" sizes="(max-width: 213px) 100vw, 213px" /></figure>



<h2 class="wp-block-heading">器にとって大事なこと</h2>



<p>作品は眺めて美しいと感じるものでなくてはならないと同時に、<span class="swl-marker mark_yellow">手に持ち、口をつけたりすることを意識しなければ、良い器とは言えない</span>と宗像さんは言う。 大学で陶芸を教えているときに感じたことを話してくれた。 「例えば、てびねりで湯呑茶碗を作ろうというと、みんな特別なものを作ろうとするんです。でも “自分が使うものを作るんだ”って私は言うんです。そうすると作風も変わってくるものです」 食事のときに器を手で持つという習慣は日本にだけ残されたものだとも語る。たしかにヨーロッパはもとより中国や韓国でも、器を持って食べるということはしない。「だから、<span class="swl-marker mark_yellow">手に持つという触感を重視した日本の食習慣は脳科学からも評価されている</span>」と宗像さんは話す。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="320" height="213" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/12/9228_img04.jpg" alt="" class="wp-image-9576" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/12/9228_img04.jpg 320w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/12/9228_img04-300x199.jpg 300w" sizes="(max-width: 320px) 100vw, 320px" /></figure>



<h2 class="wp-block-heading">使うからこそ見えてくるもの</h2>



<p>最後に中田はてびねりで茶碗づくりを体験させてもらった。そのときに宗像さんから受けたアドバイスは「この茶碗で飲むんだということを想像しながら作るといいですよ」というもの。そのアドバイスをもとに、中田は土をこねて作品を作っていく。<br>「中田さんもサッカーをやっていくなかで色々なものを身体のなかに吸収して進化したのだと思います。美を秘めた本質の良い茶碗でお茶を飲むと、お茶もお湯も吟味したくなる。五感を通して身体が反応するんです。」 そんな話をしているうちに、作品ができあがる。<br>「いいですね。見込みもたっぷりしていて、抹茶も点てられますよ」と宗像さんに言ってもらう。 「作品が出来上がって使ってもらえば器を見る目が次第に変わっていくものです」と宗像さんは目を細めながら話してくれた。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="213" height="321" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/12/9228_img03.jpg" alt="" class="wp-image-9495" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/12/9228_img03.jpg 213w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/12/9228_img03-199x300.jpg 199w" sizes="(max-width: 213px) 100vw, 213px" /></figure>


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				<div class="p-blogCard__inner">
					<span class="p-blogCard__caption">NIHONMONO &#8211; 「にほん」の「ほんも&#8230;</span>
					<div class="p-blogCard__thumb c-postThumb"><figure class="c-postThumb__figure"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/12/9268_main.jpg" alt="" class="c-postThumb__img u-obf-cover" width="320" height="180"></figure></div>					<div class="p-blogCard__body">
						<a class="p-blogCard__title" href="https://nihonmono.jp/article/9268/" target="_blank" rel="noopener noreferrer">駆け抜ける馬を描いた「大堀相馬焼」陶芸家･半谷貞辰さん／福島県福島市 &#8211; NIHONMONO</a>
						<span class="p-blogCard__excerpt">浪江に伝わる大堀相馬焼 福島県浪江町の大堀地区一円で焼かれる伝統的な陶器の大堀相馬焼（おおぼりそうまやき）。江</span>					</div>
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		</div><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/9228/">さらなる自己の成長の為の器。陶芸家･宗像利浩さん／福島県会津美里町</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
		
		
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