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	<title>壱岐市 - NIHONMONO</title>
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	<description>「にほん」の「ほんもの」を巡る旅マガジン</description>
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	<title>壱岐市 - NIHONMONO</title>
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		<title>壱岐生まれ、壱岐育ちの銘牛「壱岐牛」の伝統を大切に受け継ぐ「梅嶋畜産」/長崎県壱岐市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 19 Oct 2022 01:41:46 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/10/main-9.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>その味と希少性から幻の銘牛ともいわれる「壱岐牛」。玄界灘に浮かぶ小さな島「壱岐島」の恵まれた自然環境に生まれ、海のミネラルを多く含む牧草を食べて育った牛は、柔らかでコクとキレのある肉質となる。弥生時代からの歴史を持つ壱岐 [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/10/main-9.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>その味と希少性から<strong>幻の銘牛</strong>ともいわれる「壱岐牛」。玄界灘に浮かぶ小さな島「壱岐島」の恵まれた自然環境に生まれ、<strong>海のミネラルを多く含む牧草を食べて育った牛</strong>は、柔らかでコクとキレのある肉質となる。弥生時代からの歴史を持つ壱岐の和牛について紐解き、高品質な壱岐牛を育てる肥育農家「梅嶋牧場」を訪ねる。</p>



<h2 class="wp-block-heading">幻の名牛を育む壱岐島とは</h2>



<p> </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="/wp-content/uploads/2022/10/kiji1-9.jpg" alt="" class="wp-image-31997"/></figure></div>


<p> </p>



<p>九州の玄界灘に浮かぶ、南北17km、東西14kmほどの小さな島「壱岐島」。穏やかな気候、豊かな自然環境によって古より農耕文化が栄え、また中国大陸、朝鮮半島に隣接することから文化の交流拠点として栄えた歴史を持つ。日本最古の歴史書「古事記」では天地を結ぶ交通路としての役割を担う「天比登都柱（アメノヒトツバシラ）」として登場するなど、古来より神々とのゆかりが深く、現在でも150以上もの神社島内に多くの神社が点在することから「神々が宿る島」としても知られている。</p>



<h3 class="wp-block-heading">和牛のルーツは長崎から!? 　壱岐島と和牛の歴史</h3>



<p><strong>壱岐島での畜産の歴史は長い</strong>。大陸交流の拠点であった壱岐には朝鮮半島経由でさまざまな文化が集まったが、壱岐牛の祖先もその際に渡来したものと考えられている。<strong>弥生時代の壱岐の歴史を物語る「原の辻遺跡」からは家畜牛の骨が出土</strong>しており、さらに国産牛についての<strong>鎌倉時代の図説「駿牛絵詞」</strong>には牛車を引く「駿牛」として登場。同じく鎌倉時代の図説<strong>「国牛十図」</strong>では「筑紫牛（壱岐牛）に優ぐるものなし」と称賛され、元寇の際には元軍に食用にされたとの記述もある。</p>



<h3 class="wp-block-heading">使役牛から食用へ</h3>



<p> </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/10/kiji2-9.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<p>均整の取れた躯体を活かし、主に運搬などの役割を持つ役牛として活用されていた壱岐の和牛。弥生時代から農業の機械化を経た現在まで種を脈々と引き継ぐことができた理由は、その肉質の良さにある。壱岐はかねてから稲作が盛んな島。車であれば2時間弱で一周できるほどの小さな島には<strong>長崎県で2番目に広い「深江田原(ふかえたばる)平野」があり、この肥沃な土と温暖な気候、豊富な水を用いて古くから稲作が盛んに行われてきた。農作業などに使う牛車を引くための使役牛として活躍していたのが「壱岐牛」のはじまり、とされており、島では弥生時代の遺跡から家畜牛の骨が出土していることから、その頃にすでに牛の肉を食していたことがうかがえる。農業機械が進化し、牛の力を必要としなくなってからも、壱岐の島に牛が残り続けたのは、海に囲まれた島ならではのミネラルを多く含む牧草</strong>などを食べて生活する牛たちの肉質が、食用牛としても優れていたからだと言われている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">壱岐牛とは</h2>



<p> </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/10/kiji3-9.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<p>現在壱岐では繁殖牛などの種類をとわず約13,000頭の牛が飼育されているが、その中で<strong>年間900頭しか</strong>出荷できないのが「壱岐牛」。出荷頭数が少ないのは、<strong>壱岐牛として育てるための厳しい規定</strong>があるためだ。規定は4項目。<strong>壱岐島で生まれ育った黒毛和牛であること。壱岐市農業協同組合肥育部会の構成員により育てられていること。独自の配合飼料「一支國」を食べさせていること。肉質等級が3等以上であること。</strong>これらを満たさなければ壱岐牛として認められない。壱岐牛の脂は融点が低くコクとキレがあり、赤身は味わい深く柔らかな食感。そのおいしさと希少性が、壱岐牛の価値を高めている。</p>



<h3 class="wp-block-heading">実は有名ブランド牛の肥育用子牛の隠れた産地</h3>



<p> </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/10/kiji4-9.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<p>壱岐で生まれた子牛の質は全国の肥育農家からの評価が非常に高く、例えば但馬牛、松坂牛などの<strong>名だたるブランド牛の肥育農家が、壱岐に子牛を買い付けに来る</strong>ことは珍しくない。つまり、壱岐で生まれた子牛を島外で育て、その土地のブランド牛として出荷されるケースも少なくないというわけだ。子牛だけでなく、<strong>壱岐で生まれた種雄牛も全国的に高く評価</strong>されている。和牛界では、実は壱岐で生まれたエリート牛たちが活躍しているのだ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">「壱岐牛」が出荷されるまで</h3>



<p> </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/10/kiji5-8.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<p>希少な壱岐牛は、どのような過程を経て出荷されているのか。大まかな流れは以下の通りだ。人工授精で生まれた壱岐牛の子牛はまず、<strong>繁殖農家</strong>で 「肥育素牛」として飼養管理される。 肥育素牛は繁殖農家で8ヶ月から10ヶ月ほど育てられ、その後、家畜市場へ。ここで子牛たちは<strong>肥育農家</strong>に引き取られ、約20ヶ月間、大切に飼養される。立派に育て上げられ食肉市場へ出荷されるまで、壱岐牛は島から出ることなくのびのびと過ごす。</p>



<h2 class="wp-block-heading">壱岐島の肥育農家「梅嶋畜産」へ</h2>



<p> </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/10/kiji6-6.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<p>壱岐島の東側、金刀比羅神社近くにある海辺の牛舎を訪れたのは４月の終わり頃。稲藁の香りがする「梅嶋畜産」の清潔な牛舎には海からの風が心地よく抜け、美しい黒毛の壱岐牛が穏やかに過ごしていた。</p>



<p>肥育、レストラン経営、精肉販売まで一貫して手掛ける「梅嶋畜産」は、2代目に当たる梅嶋秀明さん、和之さん兄弟によって運営されている。「『壱岐牛』をブランド牛として生産し始めたのは約20年前。元々繁殖農家だった父は、その頃に肥育農家として形態を切り替え、現在に至っています」と話すのは、肥育を担当している弟の和之さん。現在150〜200頭の牛たちが衛生牛舎で暮らしている。</p>



<h3 class="wp-block-heading">健やかな肥育環境</h3>



<p> </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/10/kiji7-3.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<p>手入れの行き届いた牛舎でのんびりと飼料を食む牛たちを、優しく見守る和之さん。「島の豊かな環境が、壱岐生まれ、壱岐育ちの牛たちを健やかに育んでいます。今、牛たちが食べているのは『一支國』という飼料。15年ほど前、より良い肉質を目指す壱岐市農業協同組合肥育部会の構成員が「JA北九州くみあい飼料福岡工場」で作った、壱岐牛のための特別な配合飼料です」。  </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/10/kiji8-1.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<p>飼育環境を整えるのはもちろん、和之さんは牛たちの体調管理にも細心の注意を払う。子牛として牛舎に迎え入れてから、２か月～3ヶ月目が特に重要な時期だという。この時期に牧草メインの食事でしっかりと食べられる胃袋を作ってやることが、その後の肥育を促進させるに欠かせない。子牛の頃に丈夫な胃袋を作れれば、食べ盛りの頃に配合飼料を取り込む力を発揮して、すくすくと大きく成長できる。こうして毎日、愛情をこめて育てていても、病気にかかって命を落とす牛もいるのだそうだ。突然やってくる病気には特に注意が必要だという。</p>



<p>「肥育農家として最も大切にしているのは、牛をしっかりと観察すること。牛は話せませんが、態度で私たちにいろいろなことを伝えてくれます。いつもと違う場所に座っているな、頭が少し下がっているな…そんな小さなサインを私たちは見逃してはいけないのです」。</p>



<p>肥育農家の仕事は365日、1日も休みがない。体力や経験、知識はもちろん、愛情や情熱も不可欠だ。「牛が好き。その気持ちがあるからこそやっていけます」と和之さんは微笑む。惜しみなく手間ひまと愛情を掛けた「梅嶋畜産」の壱岐牛は、「第40回九州産肉牛枝肉共進会金賞」「平成22年度開場記念ミートフェア（牛枝肉）最優秀賞」「第7回壱岐市和牛共進会（肉牛の部）金賞」といった多くの賞を受賞している。</p>



<h2 class="wp-block-heading">「梅嶋畜産」直営レストラン「味処うめしま」へ</h2>



<p> </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/10/kiji9-1.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<p>牛舎から車で10分。<strong>芦辺港目の前にある「梅嶋畜産」直営の「味処うめしま」</strong>へ。柔らかく鮮やかな赤身にクリーム色のサシが入った上質な壱岐牛を、ヒレステーキ、特選ロース、焼き肉などでリーズナブルに楽しめるとあって、地元はもとより観光客にも人気のレストランだ。<strong>直売所が併設</strong>されており、ここから壱岐牛を全国に発送することもできる。  </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/10/kiji10-1.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<p>ここを運営しているのは、梅嶋兄弟・兄の秀明さん。「<strong>丹精込めて育てた牛</strong>を自分たちの手でお客様に提供したい」という父の願いを、料理人を目指す秀明さんが叶える形で創業した。「30年ほど前のこと、肥育農家としてスタートしたばかりの父が初めて品評会に参加したところ結果が振るわず、小学生だった私はそのことをとても恥ずかしく思いました。しかし父はその結果をバネに『これから壱岐で上質な牛を育てるぞ！』と奮い立っていた。今、お客様からおいしいと言っていただくたびに、その時の父の希望に満ちた力強い姿を思い出します」と話す。「父や先人のおかげで壱岐牛がいて、壱岐の文化、私たちの生活がある。感謝しかありません。現在、弟がより良い壱岐牛を育ててくれてることに、自信と誇りを持っています」。</p>



<h2 class="wp-block-heading">梅嶋牧場のこれから</h2>



<p> </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/10/kiji11.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<p>古くから人と牛が共に暮らしてきた壱岐島。壱岐牛から作られる良質な堆肥は稲作に利用され、ここから出る藁は牛の餌になり、再び健やかな壱岐牛を育む。このようにして島では古くから循環型農業が営まれてきたという。現在、島の基幹作物の一つとして栽培されているアスパラガスにも壱岐牛の堆肥が使用され、全国から高い評価を受けている。つまり壱岐島内では持続可能な農業が長きにわたって受け継がれ、今さらに進化中というわけだ。「私の願いは、100年後もそれ以降もずっと、壱岐牛がおいしいと評価されること。希望を持った島内外の若者たちが、一次産業の島・壱岐で牛を育てたいと思えるようになるとうれしいです」と秀明さん。その言葉から、文化の交流拠点としての歴史と恵まれた自然環境が生んだ大らかな人柄、島への深い愛が感じられた。  </p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/33414/">壱岐生まれ、壱岐育ちの銘牛「壱岐牛」の伝統を大切に受け継ぐ「梅嶋畜産」/長崎県壱岐市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>長崎県壱岐島の水、風、土、太陽が健やかに育む、生でおいしいアスパラガス/長崎県壱岐市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 01 Aug 2022 02:01:39 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/08/main.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>おいしいアスパラガスの産地は？という問いに「壱岐市」と真っ先に答える人は少ないかもしれない。しかし実は、全国の有名レストランほか多くの食のプロに選ばれるアスパラガス農園が長崎県の離島・壱岐にある。「このみ農園」の許斐民仁 [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/08/main.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>おいしいアスパラガスの産地は？という問いに「壱岐市」と真っ先に答える人は少ないかもしれない。しかし実は、全国の有名レストランほか多くの食のプロに選ばれるアスパラガス農園が長崎県の離島・壱岐にある。「このみ農園」の許斐民仁さんを訪ね、壱岐産アスパラガスの特徴とおいしさの理由を聞いた。<br> </p>



<h2 class="wp-block-heading">おいしいアスパラガスの産地・壱岐島</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/08/kiji1.jpg" alt="" class="wp-image-31997"/></figure></div>


<p>971島と、日本で最も多くの島を有する長崎県。その北側、九州と対馬のほぼ中間地点に浮かぶのが、日本最古の歴史書「古事記」にも登場する「壱岐島」だ。神話とのゆかりが深く、島内に150以上の神社が点在するため「神々が宿る島」としても知られており、手付かずの自然が残るパワースポットとして人気を集める。穏やかな気候、豊かな海、肥沃な土地の恩恵を受け、古来より漁業や米作りが盛んだったが、近年注目される農産物といえば、間違いなくアスパラガスだろう。</p>



<h3 class="wp-block-heading">壱岐のアスパラガスはなぜおいしいのか</h3>



<p>アスパラガスは収穫時のピークともなると、一つの株を取り囲むように食用となる茎が次々と芽吹き、しかも24時間で10～15cmほど一気に伸びる。旺盛な生命力を支えるためには大量の肥料と水が必要となり、これが別名「畑のブタ」と呼ばれる所以となった。つまり良質なアスパラガスには「強い力を持つ土地」が不可欠であり、肥沃な土と地下水を豊富に蓄えている壱岐島は栽培条件にぴったりなのだ。近年では島全体でアスパラガスを基幹作物に据えた様々な取り組みが行われており、評価がますます高まっている。</p>



<h3 class="wp-block-heading">島全体で取り組む「壱岐市アスパラガスプロジェクト」</h3>



<p>壱岐の土壌を語る上で欠かせないのが、幻の和牛とも呼ばれる「壱岐牛」の存在だ。高級和牛の仔牛の産地としても名高い壱岐島には、多くの繁殖農家や肥育農家がいる。ここから得られた堆肥を十分に分解・発酵させて「<strong>完熟堆肥</strong>」を作り、野菜づくりに最も適した玄武岩の土に配合することで、質の良いアスパラガスが育まれる。壱岐市に70件ほどある全てのアスパラガス農家が、環境にやさしい農業を実践する生産者<strong>「エコファーマー」の認定</strong>を受けていることや、<strong>loTセンサーを用いた自動潅水システムなどのスマート農業</strong>を取り入れているのもブランド力を高める大きな理由だ。こうした地道な努力、データとノウハウの蓄積、新技術の搭載によってさらに壱岐産アスパラガスの質と評価が向上し、2011年には<strong>日本農業大賞</strong>も受賞した。<br><br></p>



<h2 class="wp-block-heading">健全な環境保全型農業を営む「このみ農園」</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/08/kiji2.jpg" alt="" class="wp-image-31998"/></figure></div>


<p>「<strong>このみ農園</strong>」を訪問したのは4月末。島の中心部、国道382号沿いにあるテニスコート約12面分のビニールハウスには、背丈2mほどのアスパラガスの木が整然と並び、小さく可憐な黄色い花を咲かせていた。株の脇からニョキニョキと顔を出した茎を指差しながら、「今収穫してるのは春アスパラです」と迎えてくれたのは、２代目の許斐民仁（このみ たみひと）さん。アスパラガスの鮮やかなグリーンを引き立たせるために身に着けるようになったという、真っ赤な作業服と笑顔が眩しい。<br><br></p>



<h3 class="wp-block-heading">「このみ農園」の歴史</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/08/kiji3.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p>米農家だった許斐家がアスパラガス栽培をスタートさせたのは、民仁さんの父・誠仁さんの代である1997年のこと。アスパラガスは、田植え機やコンバインなどの大型機械を必要とせずハサミ一本で収穫でき、さらにシーズン中は毎日の収入が確保される。一方、米農家の収穫は年に一度。これまで幾度となく台風などの風水害に遭い、収穫量が減ったり質が落ちたりした苦い経験を踏まえると、米だけで生計を立てるのはリスキーであると判断したためだ。アスパラガスを壱岐島の基幹作物に据えるという、当時始動したばかりの行政事業の機運も後押しし、米を作りつつアスパラガス農家としての事業も進める方向へと舵を切った。その後、壱岐の農家仲間たちと共にアスパラガスでの<strong>全国初エコファーマー</strong>に認定され、環境保全型農業に尽力。現在、民仁さんが2代目として意志を引き継いでいる。<br><br></p>



<h3 class="wp-block-heading">大切なのは、土と水。そして人の目と手</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/08/kiji4.jpg" alt="" class="wp-image-32000"/></figure></div>


<p><strong>3月から10月の収穫期</strong>、絶え間なく芽吹いては伸びるアスパラガスを、屈んで膝をつき、ハサミで一本ずつ丁寧に切っていく。5月後半から6月初旬のピーク時ともなれば、アスパラガス農家の1日は一層ハードに。「収穫は全て手作業。7ヶ月間休みなしの体力仕事なので体に堪えます。朝短かったものが昼には収穫できるまでに成長するアスパラガスの生命力には圧倒されるばかりです」。雑草が生えれば手で抜き、害虫対策は薬剤を使用しないフェロモントラップを仕掛ける。農園内をくま無く歩き、株の成長や土の様子をつぶさにチェックするのも日課だ。土の表面を触って乾いていれば、<strong>壱岐牛の完熟堆肥</strong>で覆う。「水が少しでも足りていなければ、途端に元気がなくなるんです。うちの農園では人間が飲んでも<strong>おいしい地下水</strong>をたっぷりあげているんですよ」と微笑む許斐さん。その表情から、アスパラガスを慈しむ気持ちが伝わってくる。</p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/08/kiji5.jpg" alt="" class="wp-image-32000"/></figure></div>


<p>冬場のメンテナンスも大切な仕事だ。アスパラガスは気温が下がると生育が停止して休眠状態に入り、春、気温が20度を超える頃に眠りから覚めて若茎を伸ばし始める。収穫期が終わり青々していた葉が枯れると、木を根元から刈り取り、農園内を消毒して堆肥を入れ、栄養を蓄えた株を次の春までしっかりと休ませる。アスパラガスは植え付けから3年ほど収穫できないが、その後10年から20年は旺盛に芽を出し続ける野菜。<strong>休眠期の管理</strong>が、その後の質に大きな影響を与える。<br></p>



<h3 class="wp-block-heading">地道な販路拡大</h3>



<p>現在、「このみ農園」のアスパラガスは都心をはじめとする多くの有名ホテルやレストランで使用されている。販路を広げるために許斐さんがやったことは至ってシンプルだ。「自分の足で直接レストランやシェフを訪ね、実際に食べてもらうことから始めました」。東京・銀座のミシュラン２つ星レストランで「このみ農園」のアスパラガスを使ってほしいと、シェフが買い付けに行く神奈川県鎌倉の市場に壱岐島からはるばる出向き売り込んだこともあった。一流の食のプロのお墨付きを得た味はシェフからシェフへと紹介され、今や知る人ぞ知るアスパラガスに。地道な努力が実を結んだ。<br><br></p>



<h2 class="wp-block-heading"><strong>生でおいしい</strong>アスパラガス</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/08/kiji6.jpg" alt="" class="wp-image-31997"/></figure></div>


<p>「このみ農園」のアスパラガスは、爽やかな甘味があり、噛むほどにジューシー。生で食べればしなやかな皮がパキッと弾け、サクサクとした食感と共に優しい甘さと香りが広がる。火を入れれば味が濃くなり、香ばしさがグッと引き立つ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">旬は春と夏、年2回</h3>



<p>3月から10月の収穫期の内、<strong>先に芽吹く春芽を「春アスパラ」、一度株を休ませた後に再び出てくる夏芽を「夏アスパラ」</strong>と呼ぶ。味や見た目に大きな違いはないとしながらも、「あえて挙げるなら、冬の間に蓄えた栄養で育った春アスパラはヤングコーンのような甘い香りが強く、5月の後半から6月初旬に出てくる夏アスパラは、明るいパステルグリーンでより柔らかな食感」と許斐さん。「毎日収穫していると、春芽から夏芽に変わる瞬間がはっきりと分かります。ほんの少しの違いなのですが」。細やかな変化を肌で感じることができるのは、7ヶ月間休みなくこまめに目と手間を掛けているからこそだ。<br></p>



<h3 class="wp-block-heading">許斐家の食卓で人気のアスパラガス料理</h3>



<p>アスパラガス農家のお薦めレシピは、豪快かつシンプルな「アスパラガスのあっさり素焼き」。アスパラガスを丸ごと、強火で3分余熱したグリルに入れ、表面に焦げ目が付くまで焼く。好みで塩を振りかければ完成だ。うま味が凝縮され、表面の香ばしさが口いっぱいに広がる。</p>



<p>ここで許斐さんから購入時のアドバイスを。アスパラガスのような「芽もの」野菜は鮮度が命。まずは切り口をチェックし、丸く透明なものを選ぶとよい。ハカマ（茎に付いた三角形の葉）の形の良いものは順調に成長した証だ。購入後は必ず立てて保存を。「寝かせて保存すると筋張って味が落ちます。新聞紙に包み、輪ゴムで止めて冷蔵庫で保存すれば、一週間はおいしく食べられますよ」。スーパーマーケットでの買い物の際は参考に。<br><br></p>



<h2 class="wp-block-heading">よりおいしいアスパラガスを作るために</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/08/kiji7.jpg" alt="" class="wp-image-31997"/></figure></div>


<p>許斐さんが追い求めるのは「えぐみがない、優しい味」。完熟堆肥に酵素を混ぜ、よりしなやかな食感を実現させるなど、日々試行錯誤を繰り返す。「今後は今よりさらに手を掛けられるよう、敷地面積を減らしたい。生育を自分の目でしっかり見届け、一層高品質なアスパラガスを作ります」。同時に壱岐島のイメージと地の利を生かし、アジアのマーケットへの販路拡大を目指す。「朝水揚げされた九州の魚が、昼には香港、上海のレストランで提供される時代。鮮度が命のアスパラガスも同様のルートで出荷できるはず」。神々の宿る島・壱岐から本土、そして世界へ。許斐さんの挑戦は続く。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/32350/">長崎県壱岐島の水、風、土、太陽が健やかに育む、生でおいしいアスパラガス/長崎県壱岐市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>壱岐島に蘇った日本酒－－焼酎と日本酒、ふたつの國酒づくりに向き合う酒蔵／長崎県壱岐市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 29 Jun 2022 08:55:53 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[酒造]]></category>
		<category><![CDATA[酒]]></category>
		<category><![CDATA[酒蔵]]></category>
		<category><![CDATA[長崎県]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/06/main-9.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>世界貿易機関が日本で初めて地理的表示を認めた「壱岐焼酎」で知られる壱岐島。豊かな土地では古くから米作りが行われ日本酒蔵も多くあったが、時代の流れを受けてその数は減少し、1990年、遂に島から姿を消した。しかし28年後、重 [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/32126/">壱岐島に蘇った日本酒－－焼酎と日本酒、ふたつの國酒づくりに向き合う酒蔵／長崎県壱岐市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/06/main-9.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>世界貿易機関が日本で初めて地理的表示を認めた「壱岐焼酎」で知られる壱岐島。豊かな土地では古くから米作りが行われ日本酒蔵も多くあったが、時代の流れを受けてその数は減少し、1990年、遂に島から姿を消した。しかし28年後、重家酒造が壱岐島の日本酒づくりを復活させた。壱岐島で唯一の日本酒蔵「<a href="https://www.omoyashuzo.com/" target="_blank" rel="noopener" title="重家酒造">重家酒造</a>（おもやしゅぞう）」を訪ね、その経緯を聞いた。</p>



<h2 class="wp-block-heading">麦焼酎発祥の地・壱岐島</h2>



<p><span class="swl-marker mark_yellow">世界貿易機関によって地理的表示が認められている「壱岐焼酎」。</span>ワインの「ボルドー」「シャンパーニュ」、ウイスキーの「スコッチ」「バーボン」と同様に、定められた地域、製法の基準を満たすものだけが産地を冠した呼称を使うことができる、国際的に保護・保証された日本屈指の焼酎ブランドだ。壱岐焼酎の歴史は古く、16世紀ごろには大陸からの蒸留技術を用いた麦焼酎づくりが壱岐島で始まっていたとされる。</p>



<h3 class="wp-block-heading">酒造りに適した地理的条件と肥沃な土地</h3>



<p>九州と対馬のほぼ中間地点、玄界灘沖に浮かぶ壱岐島は、島内に150以上の神社が存在することから「神々が宿る島」としても知られている。かつては大陸の文明・文化が中国、朝鮮半島を経由して日本に伝播する際の中継地として栄え、中国の歴史書「魏志倭人伝」には3世紀の壱岐が「一支国( いきこく)」という名で登場。日本最古の歴史書「古事記」にも天地を結ぶ交通路の役割を担ったと記されるなど、古来より神々とのゆかりが深く神事も盛んだった。神事には酒がつきものであり、その酒づくりを支えたのは、壱岐島の恵まれた地質だ。1周約60km、車で2時間もあればひと回りできるほどの小さな島には長崎県内で2番目に広い穀倉地が広がり、良質な地下水がたっぷりとある。島では珍しく壱岐に真水が豊富な理由は、島の土台・玄武岩層で長い年月をかけて磨かれた雨が、地下の巨大な水脈に蓄えられているからといわれる。肥沃な土地と豊富な水、穏やかな気候が農耕文化を発展させ、さらに地理的条件が生み出した文化と相まって、神々の島の酒づくりを育んできた。</p>



<h3 class="wp-block-heading">なぜ壱岐に「麦焼酎」が誕生したのか</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/06/kiji1-8.jpg" alt="" class="wp-image-31998"/></figure></div>


<p>大陸からの蒸留技術が伝わった16世紀、壱岐は平戸松浦藩の領地だった。肥沃な土地では多くの米が収穫されたが、そのほとんどを年貢として納めなければならず、島民の主食は麦。人々は余った麦でどぶろくを自家醸造していたが、ここに大陸からの新しい技術が伝わり「壱岐焼酎」の起源となった。</p>



<h3 class="wp-block-heading">壱岐焼酎の特徴とは</h3>



<p>米麹を使用すること、<span class="swl-marker mark_yellow">米麹と大麦の比率を1対2</span>で仕込むこと、島内の水で仕込み、島内で蒸留し容器に詰めること。これらの条件を満たさなければ「壱岐焼酎」と認められない。麦焼酎といえば、第二次焼酎ブームを牽引した「大分麦焼酎」を真っ先に思い浮かべる人もいるかもしれないが、大分麦焼酎は麦と麦麹で作られる。一方<span class="swl-marker mark_yellow">壱岐焼酎は、麦と米麹、壱岐島の地下水が原料</span>。現在島内では、7棟の焼酎蔵元が独自の個性やおいしさを追求しながら、世界に誇る壱岐焼酎づくりを行っている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">焼酎の島の日本酒蔵「重家酒造　横山蔵」</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/06/kiji2-8.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p>明治35年、壱岐島には焼酎蔵35棟、日本酒蔵は17棟あり、酒づくりが盛んに行われていたが、時代の流れと共に酒蔵の数は減り、1990年に日本酒蔵が姿を消した。しかしその28年後、「重家酒造」が<span class="swl-marker mark_yellow">壱岐島での日本酒づくりを蘇らせた</span>。2024年現在、<span class="swl-marker mark_yellow">焼酎は社長の横山雄三さん、日本酒は雄三さんの弟であり専務の横山太三さんが杜氏</span>を務め、2つの國酒を醸す酒造会社として新たな歴史を刻み始めている。</p>



<h3 class="wp-block-heading">重家酒造の歩み</h3>



<p>1924年、横山雄三さん、太三さんの曾祖父にあたる横山確蔵さんが、日本酒と焼酎の蔵を建設し、重家酒造の歴史が始まる。冷蔵設備のない時代だったため、繊細な温度管理が必要な日本酒を冬場に作り、それ以外の季節は焼酎づくりにあてるという日本酒、焼酎の兼業酒蔵だった。日本酒「冨士鶴」、壱岐焼酎「雪洲」など島内で愛される酒を作ってきたが、3代目・省三さんの時代に転機が訪れる。複数の大手酒造メーカーが島の販売に参入し、日本酒の売上が徐々に伸び悩み始めたのだ。さらに高齢だった杜氏の引退も重なり、1990年、遂に日本酒づくりを断念した。重家酒造は壱岐島で日本酒づくりを続けていた最後の酒蔵。つまりこれは壱岐島の日本酒文化が完全に途絶えたことを意味した。</p>



<p>「晩酌は日本酒で、と決めている父が、毎晩自分の蔵のものではない酒を飲んでいる姿を見ると、何か思うところがあるはずと常に感じていました」と太三さん。一時は焼酎づくりに邁進していたが、日本各地の蔵元や日本酒に精通した酒販店と出会う内に、壱岐で日本酒づくりを復活させたいという気持ちが強くなった。そんな中、「東洋美人」で知られる山口県の酒蔵「澄川酒造場」社長・澄川宜史さんが日本酒づくりを教えてくれることに。2013年から5年間みっちりと修行しながら、繋がりの深い全国の日本酒蔵を数多く回った。「壱岐での日本酒づくりを復活させることができたのは、僕の想いに賛同してくれた同業者たちのおかげ。感謝しかありません。学ばせてもらったことは全て新蔵に活かしています」。</p>



<h2 class="wp-block-heading">重家酒造の日本酒蔵「横山蔵」へ</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/06/kiji3-8.jpg" alt="" class="wp-image-32000"/></figure></div>


<p>壱岐島の東南部。長崎県で2番目に広い平野「深江田原（ふかえたばる）」を抜け、重家酒造の日本酒蔵を訪れた。周囲は一面に田園が広がり、風にそよぐ米や麦が美しい。日本酒蔵入り口には水神様が祭られ、敷地内は米を蒸した甘い香りが漂っていた。</p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/06/kiji4-8.jpg" alt="" class="wp-image-32001"/></figure></div>


<p>「日本酒蔵の場所をここに決めたのは、理想の水が見つかったからです」と太三さん。日本酒を醸すのに適した水を探すため、島内の水源を5年かけて20カ所以上調査し、この水源にやっと辿り着いた。「以前はアスパラガス栽培を行っていた場所。良質な軟水が豊富に蓄えられていることが分かりました」。</p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/06/kiji5-4.jpg" alt="" class="wp-image-32002"/></figure></div>


<p>こだわりが詰まった蔵を案内してもらった。訪れたのは4月末、ちょうど今年の仕込みが終わった日。蔵内では福島県、兵庫県などから修行にきた若者たちがテキパキと作業を行なっている。「蔵内は常にもろみに適した5度に保ち、細かな温度管理をしながら発酵を調整。最新技術を取り入れ、タンクの大きさ、動線を考慮した設計でコンパクトにまとめています」。</p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/06/kiji6-2.jpg" alt="" class="wp-image-32002"/></figure></div>


<p>麹室は、密閉度を高めるため天井を低く設計。「麹菌はキレの良い甘さを醸す『アロマ』ほか4種類使用しています。酒蔵を始動させる前の4ヶ月間は、新しい醸造設備から米や麹にオフフレーバーが付くことを避けるため、屋内で蒸気をたいたり、仕込みの道具を洗ったりする作業を続けました」。蔵内を徹底的に管理し、工程ごとに綿密に分析しながら、理想の酒質に狙いを定める日々だ。</p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/06/kiji7.jpg" alt="" class="wp-image-32002"/></figure></div>


<p>壱岐の水、壱岐産の米、杜氏の技術と情熱、そして最新設備によって生まれた壱岐の日本酒には、重家酒造の杜氏の名「<span class="swl-marker mark_yellow">横山／よこやま</span>」が銘打たれている。「横山五十WHITE」「よこやまSILVER7 生」「よこやまSILVER1814 火入」がその代表作。</p>



<h4 class="wp-block-heading">純米大吟醸</h4>



<p>ゴールド、ホワイト、ブラックと表示されているのが純米大吟醸。代表作「横山五十WHITE」は、マスカットの香りとジューシーな甘みが広がる、まさに１杯目に相応しい華やかさ。冷やしてワイングラスで飲むのがお薦めだ。</p>



<h4 class="wp-block-heading">純米吟醸</h4>



<p>表示されている数字は、使用酵母の番号。それぞれの特性を把握して味わいをピンポイントで狙った、焼酎蔵としての歴史と技術に誇りを持つ重家酒造ならではの商品名といえる。「よこやま」といえば…と太三さんが指すのは、優しくまったりとした甘みとフルーティーさがあり、ごく軽い苦味を感じる「よこやまSILVER7 生」。これに対し、キリッとした飲み口で食中酒にぴったりなのが「よこやま 純米吟醸 SILVER 超辛7 火入」。トロピカルなラベルの「夏純吟よこやま」はパイナップルのような爽やかな香り。キンと冷やして飲んでほしい。</p>



<h2 class="wp-block-heading">港町の小さな蔵で醸す、重家酒造の焼酎</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/06/kiji8.jpg" alt="" class="wp-image-32002"/></figure></div>


<p>重家酒造の焼酎蔵を訪ね、日本酒蔵から3km離れた港町へ。天井の高低差を利用して新旧さまざまな蒸留器やタンクが並び、麹室や貯蔵庫が効率の良い動線でまとまった、壱岐で一番小さな焼酎蔵である。「大正時代の木造の建物です。先代が購入した当時は酒蔵ではなかったため、屋根の高さに合わせて蒸留機を設置し、焼酎蔵に作り替えています」と雄三さん。「以前は住まいとしても使用しており、私も弟も高校生までここで過ごしました。子どもの頃から生活の中には常に酒が香っていましたよ」と微笑む。焼酎は蒸留器の形状、材質、蒸留方法によって味が変化するため、重家酒造でも蔵の構造と目指す味わいを考慮し、最新技術を取り入れて蒸留機をカスタマイズ。もろみを蒸留窯に入れ沸騰させた蒸気を冷却したものが焼酎の原酒となるが、重家酒造では冷却する前の蒸気が一番初めに触れる場所を銅で覆うことでまろやかな味わいを作り出す。これはウイスキー製造で用いられる手法だ。伝統を守りながら新しい手法を取り入れることで、重家酒造ならではの個性的な焼酎が生まれている。</p>



<h3 class="wp-block-heading">重家酒造の焼酎・代表作</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/06/kiji9.jpg" alt="" class="wp-image-32002"/></figure></div>


<p>代表作は、創業時からのロングセラー「雪洲」、壱岐の方言で「大親友」を意味する「ちんぐ」など。重家酒造の焼酎は、飲み口、飲み方共に多彩に楽しめるラインアップが特徴だ。</p>



<p>アルコール度数は主に25度と20度で展開しているが、壱岐島で多く飲まれているのは20度。その理由を問うと、「壱岐では町内会などで人が集まると、決まって焼酎が振る舞われます。その際、会場に割り水を持っていく手間を省くためなのではと想像していますが、例えば25度の焼酎を20度に割るのと、元々20度に和水している商品を飲むのとでは、まろやかさが違うようにも思います。そのことを島の人は体感しているからこそ、初めから20度を選んでいるのかもしれません」と雄三さん。人が集まり、差しつ差されつ。壱岐焼酎文化が根付く島ならではのエピソードだ。</p>



<p>重家酒造では伝統的な焼酎づくりはもちろん、新たな客層を意識した商品開発にも取り組んでいる。壱岐麦焼酎をベースとした「OMOYA GIN」は、大学の研究室と共に70以上の試作を繰り返して誕生した<span class="swl-marker mark_yellow">クラフトジン</span>。ジンに4倍の量の強炭酸水を加えて飲めば、ジュニパーベリーと壱岐産柚子が華やかに香る。</p>






<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/06/kiji10_2.jpg" alt="" class="wp-image-32002"/></figure></div>


<h4 class="wp-block-heading">島で一番売れている「雪州」</h4>



<p>「雪洲」とは壱岐島の別名。細かい貝殻でできた真っ白な砂浜を、江戸時代の歌人が「雪と見紛う」と詠んだことから付いた美しい呼称だ。創業当時から作られており、島で一番売れている商品。減圧蒸留のキリリとした飲み口にほんの少し常圧蒸留の味わいをプラスした、島の新鮮な魚介に相性抜群の仕上がり。1989年、1991年に<span class="swl-marker mark_yellow">福岡国税局管内 局長杯</span>を受賞している。</p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/06/kiji11.jpg" alt="" class="wp-image-32002"/></figure></div>


<h4 class="wp-block-heading">個性豊かなラインアップ「ちんぐ」</h4>



<p>多彩なバリエーションで展開。壱岐産米3分の1、大麦3分の2を基本に、白麹、黒麹、常圧蒸留、減圧蒸留を組み合わせることで、それぞれが個性的な味わいに。例えば「ちんぐ黒麹仕込み」は、六条大麦、黒麹の香ばしさと力強さを常圧蒸留で引き立てた1本。「ちんぐ夏上々」はアルコール度数19度。炭酸で割るとサラリと楽しめる涼やかさが特徴だ。</p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/06/kiji12.jpg" alt="" class="wp-image-32002"/></figure></div>


<h4 class="wp-block-heading">重家酒造の原点、創業者の名を冠した「確蔵」</h4>



<p>壱岐産のコシヒカリと壱岐産の麦「ニシノホシ」を原料に、かめで仕込んで常圧蒸留した焼酎を長期熟成。昔ながらの壱岐焼酎を表現した、重家酒造の原点ともいえる1本。</p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/06/kiji13.jpg" alt="" class="wp-image-32002"/></figure></div>


<h2 class="wp-block-heading">杯を重ねたくなるような「1杯目」の酒を</h2>



<p>新蔵の誕生から4年。太三さんは日本酒づくりの基本「一麹、二酛（もと）、三造り」に常に立ち返りながら、酵母の個性とパフォーマンスを引き出すことに日々心血を注いでいる。「まずは壱岐島を知ってもらいたい。素晴らしい自然、文化が育む酒をきっかけに、島に興味を持つ人が増えるとうれしいです」。目指すのは、香り高く軽やかで切れ味のある<span class="swl-marker mark_yellow">「1杯目」の酒</span>。壱岐の恵みを最新技術で醸した日本酒が、世界の乾杯酒となる日まで。杜氏の情熱が、壱岐島生まれの酒を世界に広める。</p>






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