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	<title>備前市 - NIHONMONO</title>
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	<description>「にほん」の「ほんもの」を巡る旅マガジン</description>
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	<title>備前市 - NIHONMONO</title>
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		<title>「土のもの」の良さを共有･共感したい。備前焼作家･伊勢﨑晃一朗さん／岡山県備前市</title>
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		<pubDate>Mon, 10 Jun 2024 03:00:00 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/batch_2A3A0230.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>岡山の焼き物といえば、備前焼。時間をかけて焼き締める、土味の濃い焼き物だ。伊勢﨑晃一朗さんは、備前焼作家の祖父と父を持ち、作陶が身近な環境で育った。しかし備前焼をつくりたいと思ったのは意外と遅く、彫刻を学んだ大学を卒業す [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/batch_2A3A0230.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>岡山の焼き物といえば、備前焼。時間をかけて焼き締める、土味の濃い焼き物だ。伊勢﨑晃一朗さんは、備前焼作家の祖父と父を持ち、作陶が身近な環境で育った。しかし備前焼をつくりたいと思ったのは意外と遅く、彫刻を学んだ大学を卒業する頃。土を使った立体造形にひかれている自分に気づいた。</p>







<h2 class="wp-block-heading">800年前から現在に続く日本六古窯</h2>



<p>備前焼は、平安時代から戦国時代、いわゆる中世に発生し、現在でも生産を続ける代表的な陶磁器窯として、瀬戸焼や信楽焼、越前焼、常滑焼、丹波立杭焼とともに古陶磁研究家･小山冨士夫氏により命名され、2017年には日本遺産にも認定された「日本六古窯」のひとつ。その産地は、岡山県の南東部に位置する備前市伊部（いんべ）周辺にある。この地域で採れる鉄分が豊富な土を使い、釉薬を使わない「焼き締め」により備前焼の茶褐色が生まれる。窯焚きに1週間以上の時間をかけ、ゆっくりと温度を上げて焼成することで堅牢になる。加飾を施さない焼き物だが、窯詰めの配置や、窯焚きの薪の焚べ方により、さまざまな色合いと模様を生み出せる。</p>







<h3 class="wp-block-heading">時代に適応しながら、現在に続いてきた技法</h3>



<p>その始まりは、およそ800年前。平安時代の末期、陶工の集団が豊富な陶土と火力の出る薪を求め、この地に移住してきたといわれる。鎌倉時代には擂鉢（すりばち）や壺、瓷（かめ）などの日用雑器がつくられるようになった。安土･桃山時代になると茶の湯が流行し、千利休、豊臣秀吉は茶会で備前焼の水差しなどを茶道具として頻繁に用いたことが記録されている。</p>



<p>「備前焼の陶工は、この場所で採れる土と焼き方で、時代の欲するものをつくり続けてきた。都の茶人から『こういう形を』と所望されても、そのままをつくれるわけではない。粘りが強く、コシがある自分たちの土でつくるものは、それに適した形になる。できるものを一生懸命考え、適応してきたんじゃないかと思います」。伊勢﨑晃一朗さんは、いにしえの備前の陶工にそんなふうに思いを馳せる。</p>







<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/batch_2A3A0209.jpg" alt="" class="wp-image-43195" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/batch_2A3A0209.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/batch_2A3A0209-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/batch_2A3A0209-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>







<h3 class="wp-block-heading">大学で彫刻を、アメリカで焼き締めを学ぶ</h3>



<p>伊勢﨑さんは1974年、備前焼作家･伊勢﨑淳氏の長男として備前市伊部に生まれた。父と弟子たちが忙しく立ち働き、書棚には彫刻や美術の作品集が並ぶ環境で育った。当然、創作は身近なもので、いつも頭の中にあった。大学では彫刻を勉強したいと思い、東京造形大学美術学科に進んだ。家を出るとき、父に「焼き物はやらないと思います」と伝えると、「ふうん」という反応が返ってきたという。木材の彫刻をしていたが、卒業間近になると、<strong>土を使って、立体造形をしてみたい</strong>と思うようになった。卒業後、1年間父のもとで勉強し、それから父の長年の友人で、アメリカを代表する陶芸家であるジェフ･シャピロ氏に師事するため、アメリカに渡った。</p>



<p>ニューヨーク郊外に工房を持つシャピロ氏のもとで2年間、焼き締めによる焼き物を学んだ。ろくろを引くとき、目の前の土とセッションをしているように見えたシャピロ氏の動きを見つめる日々と、多くの人との刺激的な出会いを経て、伊勢﨑さんの備前焼に対する立ち位置が変わった。「備前焼をつくりたい、器をつくりたい、というより、土を使った立体造形を、薪で焼き締めてやりたい。土のものの良さを誰かと共有し、共感したい」。そこが備前焼への入り口となった。</p>







<h2 class="wp-block-heading">父と並んで制作する</h2>



<p>伊勢﨑さんが30歳になったとき、父の伊勢﨑淳氏が備前焼で重要無形文化財保持者（人間国宝）の認定を受けた。現在、父と息子は同じ敷地にあるそれぞれの工房で制作をしている。伊勢﨑さんから見た父･淳氏の作品は、ひとことでいうと「おおらか」。人となりが出ていて、つくったものが人を威圧しない。一方、伊勢﨑さんの作品は伝統的技法を守りながら、土から受ける強いエネルギーを表すかのようなユニークな造形があり、さまざまな色合いと質感のなかに、細やかな表現力がある。ふたりの窯は工房の裏山のふもとに３つ並んであり、全長約15メートルの最大の窯と約10メートルの中型の窯を淳氏。伊勢﨑さんは同じ中型の窯と全長約5メートルの小さな窯を使い、年に２、3回窯焚きをしている。</p>







<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/batch_2A3A0289.jpg" alt="" class="wp-image-43196" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/batch_2A3A0289.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/batch_2A3A0289-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/batch_2A3A0289-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>







<h3 class="wp-block-heading">窯詰めで絵を描く</h3>



<p>備前焼の仕上がりを決めるのは、窯詰めの作業だ。窯のなかに数100個の作品を並べるため、炎の当たり方や灰の降り掛かり方を読んで、焚き口からの距離や大小異なる作品の配置、炎に対する角度などによって<strong>「焼け」（仕上がり）をコントロール</strong>する。「窯詰めで絵を描く」という言い方をするが、作品をひとつずつ並べるのはパズルのようだという。基本的に炎が当たったところは赤褐色に、物の影なり炎が当たっていないところは白色に仕上がる。アカマツの薪の灰が表面に降りかかり、高温で溶けることで備前焼の特徴である「胡麻（ごま）」など（自然釉による）模様が生まれる。どれほど長さのある窯でも、前と奥はつながっていて、置かれた作品同士は影響する。そのため成形の段階から、どの場所にどのように置くかをイメージしながらつくっている。</p>







<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/batch_2A3A0227.jpg" alt="" class="wp-image-43197" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/batch_2A3A0227.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/batch_2A3A0227-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/batch_2A3A0227-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>







<p>とはいえミリ単位で狙った焼けが生み出せるわけではない。「すべてを思い通りにしたいなら、このやり方を選ばない。その中に何か大事なものがあると信じている人がこの土地でこの焼き物をしているんだと思う」と伊勢﨑さんは言う。以前、違う種類の土を使い、電気窯でやってみて、<strong>薪を使った窯から生まれる情緒</strong>に生かされていることを痛感した。「自然相手だと不確定要素が多い。でも、そういうものと付き合える能力が大事なんじゃないか。絶え間なく変わる環境で、創作を成り立たせていく感覚を失わずにいたい」と語る。</p>







<h3 class="wp-block-heading">窯焚きは自然と交わる感覚</h3>



<p>窯焚きには、約15メートルの窯で13日間、5メートルの窯で1週間かける。土の収縮が大きいため、最初に温度が上がりすぎてしまうと壊れやすくなるため、ゆっくりと温度を上げる。それぞれの窯にセオリーがあり、予定する温度と日数で焼き上がるよう薪の量、焼成の時間を計算し、3人が8時間おきに交代しながら昼夜、焚き続ける。この時間が伊勢﨑さんは好きだという。頭を整理する時間になるからだ。そして最後の1日半は「攻め」や「大焚き」と呼ばれる本焚きで、前の扉は閉じて窯の横穴から薪を焚べる。すると灰が全体に飛ぶ。温度が上がり、土を焼き締めて高温で灰を溶かす。最高温度は1250〜1260度。焼き物にするだけであれば４、5日で足りるが、緋色の深みなど、つくり手の欲しい「焼け」を求めると、これだけの日数になる。</p>



<p>薪で焼くことの魅力は、自然と交わっている感覚だという。「木も命のあるもので、それを燃やさせてもらう。脂分が多く、燃やすと高温になるアカマツを使うことは、先人が見つけた知恵のひとつ。同様に、土も天然資源であり、有限。備前焼が現在まで続く技法になったのは、数100万年という時間をかけてできたこの土があるからで、<strong>いただききもので成り立っている</strong>感覚が強い。農業や林業、酒造りに近い部分があって、農家が「おいしい」と思ってもらえるものをつくるように、材料の力を引き出すことが仕事だと思う。焼き締めの営みを続けることは自然にふれ続けることで、<strong>自然とともに生きていく人間にとって、備前焼は絶対に必要な焼き物</strong>だと信じている」。</p>







<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/batch_2A3A0213.jpg" alt="" class="wp-image-43198" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/batch_2A3A0213.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/batch_2A3A0213-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/batch_2A3A0213-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>







<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/batch_2A3A0176.jpg" alt="" class="wp-image-43199" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/batch_2A3A0176.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/batch_2A3A0176-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/batch_2A3A0176-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>







<h3 class="wp-block-heading">まだ気づいていない焼き締めの力を探す</h3>



<p>伊勢﨑さんは、2022年度日本陶磁協会賞を受賞した。陶芸界でその年、もっとも優れた作家に贈られる賞だ。人前に作品を出すようになって21年が経つ。祖父と父だけでなく、親戚にも備前焼作家が多い家で、自分を表現できるようになったのは、思いきって新しい試みを始めたとき、「おもしろい」と背中を押してくれる人との出会いがあったから。だから作品そのものが魅力的であることだけを追う。焼き上がったものを「良い」と自身で納得するには、まだほかの色合い、質感があるはずだと、まだ気づいていない焼き締めの力を探している。まだある<strong>はず、もっとあるはず、という思い</strong>が底流にあり、そのフィロソフィーに基づいて、伊勢崎さんの作陶は日々アップデートを続ける。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/43193/">「土のもの」の良さを共有･共感したい。備前焼作家･伊勢﨑晃一朗さん／岡山県備前市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>伝統の備前焼に新しい風を吹き込む、陶芸家･森本仁さん／岡山県備前市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 29 Apr 2024 01:00:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/e546ea0cf075177d5e17e95bc8489ccc.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>中世から続く六古窯のひとつ、備前焼。岡山県備前市周辺でとれた土を用い、釉薬をかけずに焼き締めることで生まれる、1点1点異なる表情が魅力の焼物だ。その備前焼のよさを大切にしながらも、現代の暮らしに合うモダンさを備えた器作り [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/e546ea0cf075177d5e17e95bc8489ccc.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>中世から続く六古窯のひとつ、備前焼。岡山県備前市周辺でとれた土を用い、釉薬をかけずに焼き締めることで生まれる、1点1点異なる表情が魅力の焼物だ。その備前焼のよさを大切にしながらも、現代の暮らしに合うモダンさを備えた器作りに挑んでいる、陶芸家･<a href="https://hitoshimorimoto.com/" title="">森本仁</a>さんの工房を訪ねた。</p>



<h2 class="wp-block-heading">日々の暮らしが作品に表れる</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/f56ea2e8134a52d4aa3cdd5a75e9f7c7.jpg" alt="" class="wp-image-42424" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/f56ea2e8134a52d4aa3cdd5a75e9f7c7.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/f56ea2e8134a52d4aa3cdd5a75e9f7c7-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/f56ea2e8134a52d4aa3cdd5a75e9f7c7-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>岡山県の南東部に位置し、備前焼の里として、数多くの窯元やギャラリーが立ち並ぶ備前市伊部地区。同じ備前市内にありながらも、そこからクルマで20分ほどの静かな山のなかに、陶芸家･森本仁さんの自宅と工房はある。街の喧噪から離れ、豊かな自然に囲まれた環境で、陶芸に勤しんでいる。<br>備前焼作家の父の元に生まれた、森本さん。大学で彫刻を学び、卒業後は父親からのすすめを受け、岐阜県で美濃焼の陶芸家･豊場惺也氏に師事。師匠と寝食をともにする生活を4年間続けた。</p>



<p>当時のことを森本さんは、「禅僧の修行のようだった」と振り返る。朝起きて、掃除や食事の手伝い、庭の手入れ、薪割りなど、師匠の動きを察しながら、それに合わせて自分も動いていく。師匠が気持ちよく仕事ができるようサポートするのが使命だった。そんな暮らしの中で、「日々の生活こそ、その人の作品なのだ」と実感したという。それを体感できたことが、今の森本さんの礎となっている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">現代の暮らしに溶け込む備前焼を</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="733" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/a0a973f3646c669b21e0002595482636.jpg" alt="" class="wp-image-42425" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/a0a973f3646c669b21e0002595482636.jpg 733w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/a0a973f3646c669b21e0002595482636-300x225.jpg 300w" sizes="(max-width: 733px) 100vw, 733px" /></figure>



<p>岐阜での修業を経て、2003年に帰郷し、父の元で陶芸家として歩み始めた、森本さん。地元を離れていた期間があったことで、備前焼を客観視できたことも大きな成果だった。森本さんが陶芸の道に進んだ今から20～30年前の備前焼は、重厚感を重視した作品が主流。そのため、いざ自らの生活に取り入れようと思っても、使いづらいと感じることも。「薄くしたり軽くしたり、備前焼の風合いを生かしつつも、普段使いしやすいものが生み出せるはず」。そんな思いを抱き、現代生活にフィットする備前焼への挑戦がスタートした。</p>



<h3 class="wp-block-heading">土作りと登り窯が、備前焼の要</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="828" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/0041e5cf4429bab7ef4969d5b652ce27.jpg" alt="" class="wp-image-42426" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/0041e5cf4429bab7ef4969d5b652ce27.jpg 828w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/0041e5cf4429bab7ef4969d5b652ce27-300x199.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/0041e5cf4429bab7ef4969d5b652ce27-768x510.jpg 768w" sizes="(max-width: 828px) 100vw, 828px" /></figure>



<p>備前焼に用いる土は、備前市周辺の田んぼから採取した「田土」が基本。窯に入れた際の収縮率が高いため、しっかりと焼き締まる。そのために水が漏れないので、釉薬をかける必要がないのだ。さらに、窯の中での置き場所や、灰のかかり方などによって、色が変化し、さまざまな表情が生まれる点も大きな特徴だ。</p>



<p>現在、森本さんが使用している土は、父親が50年ほど前に購入したもの。まるで石のように硬い原土を砕き、水につけて溶かして自分好みの粘土にしていく。釉薬を用いない焼物だからこそ、仕上がりを大きく左右する土作りに力を尽くす。</p>



<p>そして、備前の土のよさを最大限に引き出すには、薪を使った登り窯で焼くことが重要だと考えている。登り窯に火を入れるのは1年から1年半に1回で、準備から焼き上げまで7～8か月を要する。いざ、焼き始めると約1週間は窯につきっきりに。「登り窯で火を焚き続けると、焼物を仕事にしているという実感があるんです。ぐっとくる感じがほかの窯とは違うんです」と、森本さんは目を輝かせる。</p>



<h3 class="wp-block-heading">釉薬ものも手がけ続ける</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="828" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/be3e907476a0622e56dab63d94af2e14.jpg" alt="" class="wp-image-42427" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/be3e907476a0622e56dab63d94af2e14.jpg 828w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/be3e907476a0622e56dab63d94af2e14-300x199.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/be3e907476a0622e56dab63d94af2e14-768x510.jpg 768w" sizes="(max-width: 828px) 100vw, 828px" /></figure>



<p>薪窯で焼く備前焼の作陶と交互に、師匠から学んだ釉薬ものも灯油窯を用いて手がけ続けている、森本さん。「両方あったほうが食卓が生きるし、おもしろい」と、その理由は実に明快だ。さらには、備前焼と釉薬ものを両方手がけることで、自分の作品であっても、それぞれを客観視できるようになったことも、自分にとっては有益だったと語る。</p>



<h3 class="wp-block-heading">灯油窯で焼く、独自の「白花」シリーズ</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="828" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/afb48f58cb7188f54b6c7c881a131688.jpg" alt="" class="wp-image-42428" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/afb48f58cb7188f54b6c7c881a131688.jpg 828w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/afb48f58cb7188f54b6c7c881a131688-300x199.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/afb48f58cb7188f54b6c7c881a131688-768x510.jpg 768w" sizes="(max-width: 828px) 100vw, 828px" /></figure>



<p>また、備前の土を用い、灯油窯で焼く「白花（しらはな）」シリーズは、森本さんが考案したオリジナル。伝統的な備前焼同様、釉薬を用いない焼き締めだが、灯油窯でなるべく焼き色がつかないように焼くことでフラットな焼き上がりと不思議な質感が生まれる。色は備前の土そのものが持つ、グレーがかった白。研ぎ澄まされたフォルムと、これまでの備前焼にはなかった色合いで、現代の暮らしにすっと溶け込むようなモダンな表情をたたえたシリーズとして人気を博している。<br>このように、同じ備前の土を用いても、用いる窯や焼成の仕方によって、まったく表情の異なる作品に仕上がる。焼物にとって大切なのは、土と窯の相性だと考えている、森本さん。その相性がよいとおもしろいものが生まれるというのだ。固定概念にとらわれることなく、さまざまな手法を試してみる軽やかな姿勢が、新たな魅力を備えた焼物を生み出すことにつながっているのだろう。</p>



<h2 class="wp-block-heading">やりたいことは次々と生まれてくる</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/489183dee90fee526b3877127b79f2ca.jpg" alt="" class="wp-image-42429" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/489183dee90fee526b3877127b79f2ca.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/489183dee90fee526b3877127b79f2ca-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/489183dee90fee526b3877127b79f2ca-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>日々の生活では、庭の手入れを怠らず、季節の草花を飾り、母から茶道も学び続けている。仕事場も空間づくりや道具ひとつひとつにこだわり、自分が心地よく作陶に打ち込めるように、整えている。師匠から学んだ、「暮らしにこそ、その人の作品が表れる」という教えに恥じぬよう、丁寧な暮らしを続けている。そんな毎日のなかで、いろいろなものを見て、いろいろな人と話していくうちに、やりたいことが次々に湧きおこってくるのだとか。</p>



<p>今後について尋ねると、「やりたいことがありすぎて、全然消化できていない感じです、ずっと。だからひとつずつやっていくしかないですね」。これこそが森本さんの作陶における原動力に。近年は、海外向けの仕事も少しずつ増えてきた。焼き締めが海外の人にはモダンに映り、支持を集めているのだ。日本向けにはやりたくてもできなった、大型の作品を求められることも多く、やりがいにもつながっている。<br><br></p>



<h3 class="wp-block-heading">これから先が、僕の本当の仕事</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="828" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/bca9b1020eed328e86839077cd971ab6.jpg" alt="" class="wp-image-42430" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/bca9b1020eed328e86839077cd971ab6.jpg 828w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/bca9b1020eed328e86839077cd971ab6-300x199.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/bca9b1020eed328e86839077cd971ab6-768x510.jpg 768w" sizes="(max-width: 828px) 100vw, 828px" /></figure>



<p>このように新しいことを試しながら、備前焼も釉薬ものも、プロの仕事として、説得力のある作品を生み続けていくつもりだ。そのうえで、陶芸に飽きることなく、慣れることなく、いかに楽しく続けていけるかが課題でもあるという。ある程度のことができるようになってきた今だからこそ、「これから先が僕の本当の仕事なんだと思います」と森本さん。師匠や父から受け継いだ教えや技を自分の陶芸へと昇華させながら、軽やかなにしなやかに、焼物の新しい世界を広げていってくれるはずだ。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/42422/">伝統の備前焼に新しい風を吹き込む、陶芸家･森本仁さん／岡山県備前市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>日本の文化と美しい色彩をガラスに溶かし込んで。ガラス作家・花岡央さん／岡山県備前市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 19 Apr 2024 01:00:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[備前市]]></category>
		<category><![CDATA[ガラス作家]]></category>
		<category><![CDATA[ガラス工芸]]></category>
		<category><![CDATA[ガラス]]></category>
		<category><![CDATA[工芸品]]></category>
		<category><![CDATA[伝統工芸]]></category>
		<category><![CDATA[岡山県]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/5118a8c5679d122acfd13a3942fe8776.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>岡山市中心部から東へクルマで約1時間の場所に位置し、備前焼の里として知られる岡山県備前市。その穏やかな海の近くに吹きガラス工房を構える、花岡央（はなおかひろい）さん。美しい色彩と優しい雰囲気をまとった日常使いのガラスの器 [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/42175/">日本の文化と美しい色彩をガラスに溶かし込んで。ガラス作家・花岡央さん／岡山県備前市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/5118a8c5679d122acfd13a3942fe8776.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>岡山市中心部から東へクルマで約1時間の場所に位置し、備前焼の里として知られる岡山県備前市。その穏やかな海の近くに吹きガラス工房を構える、花岡央（はなおかひろい）さん。美しい色彩と優しい雰囲気をまとった日常使いのガラスの器で人気を集めている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">芸術への憧れからガラスの道へ</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/f233166487e2b45eba778f83298734f8.jpg" alt="" class="wp-image-42177" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/f233166487e2b45eba778f83298734f8.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/f233166487e2b45eba778f83298734f8-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/f233166487e2b45eba778f83298734f8-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>花岡さんが生まれ育ったのは、岡山を代表する焼物・備前焼の産地である備前市。そのため、一番身近な存在のアートは備前焼だったという。加えて、趣味で絵を描く父親の姿に子どもの頃から憧れを抱いていた。<br><br>それらの影響から高校卒業後は、美術大学で備前焼を学ぼうと考え、倉敷芸術科学大学への進学を果たす。専門分野を決めるまでの課程では、焼物やガラス、染織などさまざまな工芸を学ぶことに。そのなかで、「焼物と違って、作った翌日には作品が完成するというスピード感が、自分の性格に合うと感じた」のが、ガラスだったという。その感覚を信じ「ガラスコース」に進み、当時、教授を務めていた倉敷ガラスの創始者・小谷眞三氏に師事する。<br><br>在学中は、早く自分が思い描くものを形にできるようになりたいと、授業以外にも時間を見つけては練習に励み、全国各地で行われていた勉強会にも参加するなど、まさにガラス作りに邁進する日々を送った。</p>



<h3 class="wp-block-heading">誰に向けて、どう作るか</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/92cbb4b1a09a77058ec609bda7b58f06.jpg" alt="" class="wp-image-42178" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/92cbb4b1a09a77058ec609bda7b58f06.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/92cbb4b1a09a77058ec609bda7b58f06-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/92cbb4b1a09a77058ec609bda7b58f06-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>大学卒業後は、大阪でガラス作家・辻野剛氏の吹きガラス工房「fresco」に就職。その工房は、ガラスの器を使う人の生活にどう取り入れてもらうかまでをトータルデザインして、世に出していくというスタンスを大切にしていた。「誰に向けて作るのか、手に取ってもらう相手をイメージしながら作る。まずそこを固めてから制作をスタートする。そういうやり方を学べたことが自分にとってかけがえのない経験となりました」と花岡さんは当時を振り返る。</p>



<h2 class="wp-block-heading">「自分ならでは」「この地ならでは」のガラスを</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/3ca644c0bf6d0897f4afe6c8fa3e85d4.jpg" alt="" class="wp-image-42179" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/3ca644c0bf6d0897f4afe6c8fa3e85d4.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/3ca644c0bf6d0897f4afe6c8fa3e85d4-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/3ca644c0bf6d0897f4afe6c8fa3e85d4-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>9年間「fresco」に勤務した後、2013年に独立。故郷・備前市に戻り、ギャラリーを併設した<a href="https://www.hiroyglass.com/" title="">吹きガラス工房「HIROY GLASS STUDIO」</a>を構えた。</p>



<p>花岡さんが用いるのは、吹き竿に息を吹き込み、型を用いずに整形していく「宙吹き」の技法。「宙吹きだと、その日によって『これがいい』が違ってくる。体調や気分によって、よくも悪くもなるというところが、吹きガラスのおもしろさだと思うんです」と、楽しそうにその魅力を教えてくれた。</p>



<p>自身の工房を構えてから軌道に乗るまでは、ガラス教室を開催する傍ら、作品を携えてギャラリーやショップを回り、少しずつ販路を開拓していったという。</p>



<p>そのなかで、花岡さんが大切にしたのは、「これを作りたい」「これを売りたい」という自分の思いだけを優先させるのではなく、先方の要望を聞いて作品に取り入れること。そうした柔軟な姿勢が、結果として作品の幅を広げていくことにつながっていったのだ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">スリットが印象的な代表シリーズ</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/8bd955afa472f40d047d7236d8e8a89e.jpg" alt="" class="wp-image-42180" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/8bd955afa472f40d047d7236d8e8a89e.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/8bd955afa472f40d047d7236d8e8a89e-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/8bd955afa472f40d047d7236d8e8a89e-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>昔から日本の伝統的なものに美しさを感じて育った、花岡さん。その感性を生かして誕生したのが、古い日本家屋に見られる「連子（れんじ）格子」をイメージしたスリット模様が印象的な「ren（レン）」シリーズだ。多彩な色彩と、光を受けて落ちる影をも楽しめるだけでなく、スリットがもたらす境界線のあいまいさによって、どこに置いてもしっくりとなじむ不思議な魅力をたたえている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">人がやらないことに挑戦</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/5082531cf1ad4524b78866057a5df756.jpg" alt="" class="wp-image-42181" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/5082531cf1ad4524b78866057a5df756.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/5082531cf1ad4524b78866057a5df756-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/5082531cf1ad4524b78866057a5df756-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>「ren」シリーズは、一見、切子ガラスのように見えるが、その製法はまったく異なる。まず透明ガラスに色ガラスをかぶせて温めてガラス玉を作り、いったん冷ます。その後、表面を線状に削り落とした上で磨きをかけるという工程を経て、再び熱を加えて吹いて成形していく。このやり方は、スウェーデンで生まれた「グラール技法」を参考しているという。「削ってから吹くという点が、切子とは大きく違います。それにより、切子ではできないような部分にまでカット模様を入れられるんです」と花岡さん。一般的な吹きガラスよりは工程が多いため、完成までに手間も時間も要する。人がやらないことにあえて挑戦することで、花岡さんならではの作品が誕生したのだ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">この地とのつながりのある作品を</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="835" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/47efa2667da9d57d07b3edd87819ac65.jpg" alt="" class="wp-image-42182" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/47efa2667da9d57d07b3edd87819ac65.jpg 835w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/47efa2667da9d57d07b3edd87819ac65-300x198.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/47efa2667da9d57d07b3edd87819ac65-768x506.jpg 768w" sizes="(max-width: 835px) 100vw, 835px" /></figure>



<p>そしてもうひとつ、花岡さんが大切にしたかったのは、地元とのつながり。自身が親しんで育った備前焼のように、この地ならではのガラス作品を生み出せないかと模索していた。</p>



<p>そんなある年、米作りを行う両親が作った米が不作の年があった。そこで、捨てられてしまう米を溶かして作品に取り入れてみることに。普段、口にしている米をガラスに取り入れることで、使う人にも身近に感じてもらえるのではという狙いもあった。そうして誕生したのが、「GRICE（グライス）」。淡い青色が美しい人気のシリーズだ。現在は、粒が小さいものや色選別ではじかれた、市場に出回らない米を灰にして、ガラスに溶かし込んで制作している。</p>



<p>実は、工房を構える備前市穂浪井田地区は、江戸時代に入り江を干拓して作られた土地。そこに、岡山藩直営の庶民のための学校・旧閑谷学校の学校田「井田（せいでん）」が広がっていたのだ。「GRICE」を通じて、そうしたこの地に息づく歴史にも思いを馳せてほしいとの願いも込められている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">美しい色へのこだわり</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/db9843c9b25e1dd70a6b7bcbfdde1265.jpg" alt="" class="wp-image-42184" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/db9843c9b25e1dd70a6b7bcbfdde1265.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/db9843c9b25e1dd70a6b7bcbfdde1265-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/db9843c9b25e1dd70a6b7bcbfdde1265-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>花岡さんが日々ガラス作りに励む工房へ足を踏み入れると、窓際につり下げられた色とりどりのガラスの玉が目に飛び込んでくる。一見、作品のようだが、実は約300色にものぼるガラスの色見本なのだ。彩色には粉ガラスを用いるが、粉の状態とガラスになった時の色が異なるものもあるという。そこで、一目でわかりやすいように、あらかじめガラスの状態にしているのだとか。「日本はもちろん、ドイツやアメリカのメーカーの粉ガラスを使っています。透明のガラス部分はスウェーデン製の原料を使用していて、ここまでくると、もはや僕の趣味のようになっていますね」。花岡さんの作品の美しい色彩は、ここから生まれている。</p>



<h3 class="wp-block-heading">季節に合わせて楽しめる器を</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/2058c32627918fe727d744c547b04934.jpg" alt="" class="wp-image-42185" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/2058c32627918fe727d744c547b04934.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/2058c32627918fe727d744c547b04934-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/2058c32627918fe727d744c547b04934-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /><figcaption class="wp-element-caption">PHOTO by Tomoko Osada</figcaption></figure>



<p>そんな花岡さんの色へのこだわりが光る最新シリーズは「Dusty（ダスティ）」。くすんだカラーの落ち着いた雰囲気で、日々の暮らしのさまざまなシーンにマッチする。「ガラスの器は夏のもの」というイメージを払拭するべく、透明感だけではないガラスの魅力を表現している。<br><br>「最近では、季節に合わせてガラスの器を使い分けて楽しんでくださる方もいらっしゃるんです」と、うれしそうに教えてくれた花岡さん。そんな使い手との交流こそ、彼にとって一番幸せなひとときなのだとか。</p>



<h2 class="wp-block-heading">柔軟な姿勢が新しい作品を生み出す</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="823" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/8679935028234143667441da6fede805.jpg" alt="" class="wp-image-42191" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/8679935028234143667441da6fede805.jpg 823w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/8679935028234143667441da6fede805-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/8679935028234143667441da6fede805-768x513.jpg 768w" sizes="(max-width: 823px) 100vw, 823px" /></figure>



<p>独立し、工房を構えてから10年。器作りはひととおりやってきたので、今後はオブジェにも力を入れていきたいと考えている。もともとは、造形的な作品はあまり得意ではなかったという花岡さん。アート作品よりも、日常で使えるものを作りたいという思いが胸にあったからだ。</p>



<p>しかし、オブジェを手がけ始めたことで、新たな気づきが。オブジェに興味を持ってくれた人が器を購入してくれたり、その逆があったり。「『これはやらない』って突っぱねるのではなく、やってみたことが新しい出会いにつながり、作品にもさらに広がりが生まれたように思います」。こうした柔軟さこそが花岡さんの強みであり魅力なのだろう。</p>



<p>そして今後は、これまで手がけてきたさまざまなシリーズをかけ合わせた作品にも挑戦してみるつもりだ。日本の文化を大切にする思いと美しい色をガラスに溶かし込みながら、花岡さんはこれからもガラスを吹き続けていくのだろう。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="823" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/d7fd04808990a5cbe67d6a1f99751e70.jpg" alt="" class="wp-image-42192" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/d7fd04808990a5cbe67d6a1f99751e70.jpg 823w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/d7fd04808990a5cbe67d6a1f99751e70-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/d7fd04808990a5cbe67d6a1f99751e70-768x513.jpg 768w" sizes="(max-width: 823px) 100vw, 823px" /></figure><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/42175/">日本の文化と美しい色彩をガラスに溶かし込んで。ガラス作家・花岡央さん／岡山県備前市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>世界最古の庶民のための学校「閑谷学校」／岡山県備前市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 20 Sep 2009 06:45:59 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[学校]]></category>
		<category><![CDATA[文化財]]></category>
		<category><![CDATA[岡山県]]></category>
		<category><![CDATA[備前市]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/07/15675_main.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>地域の人々に学習を広めた閑谷学校 閑谷（しずたに）学校は、世界最古の庶民のための学校。江戸時代前期、岡山3代藩主・池田光政によって開校された。武士の子弟はもちろんのこと、領内の庶民も一緒に学べ、さらに他領の人間にも広く門 [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/07/15675_main.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><h2 class="wp-block-heading">地域の人々に学習を広めた閑谷学校</h2>



<p>閑谷（しずたに）学校は、世界最古の庶民のための学校。江戸時代前期、岡山3代藩主・池田光政によって開校された。武士の子弟はもちろんのこと、<span class="swl-marker mark_yellow">領内の庶民も一緒に学べ、さらに他領の人間にも広く門戸を開いていたという。</span><br>光政の教育への情熱は熱く、それはたとえ池田氏がほかの地へ移封された場合でも学校が存続できるよう、自立経営の処置がとられていたほど。こうした精神は連綿と受け継がれ、江戸時代後期には頼山陽などの学者文人も来訪する、岡山の重要な教育拠点へと育った。</p>


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<figure class="aligncenter size-full"><img decoding="async" width="320" height="213" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/07/15675_img01.jpg" alt="" class="wp-image-16214" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/07/15675_img01.jpg 320w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/07/15675_img01-300x199.jpg 300w" sizes="(max-width: 320px) 100vw, 320px" /></figure></div><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/15675/">世界最古の庶民のための学校「閑谷学校」／岡山県備前市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>一千年の歴史を誇る雄大な焼物「備前焼」／岡山県備前市</title>
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		<pubDate>Sun, 20 Sep 2009 06:00:27 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/07/15670_main.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>土づくりにはじまる「備前焼」 備前焼の歴史は古い。その発祥は平安時代から鎌倉初期にかけてといわれており、日本を代表する中世六古窯に数えられている。歴史が古いだけあって、備前焼は無愛想ともとれるほどシンプルだ。釉薬（うわぐ [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/07/15670_main.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><h2 class="wp-block-heading">土づくりにはじまる「備前焼」</h2>



<p><a href="https://touyuukai.jp/" target="_blank" rel="noreferrer noopener">備前焼</a>の歴史は古い。その発祥は平安時代から鎌倉初期にかけてといわれており、日本を代表する中世六古窯に数えられている。歴史が古いだけあって、備前焼は無愛想ともとれるほどシンプルだ。釉薬（うわぐすり）は一切使用せず、絵付もしない。土の形を整え、ただ焼くだけ。しかし、そんな簡素な手法にもかかわらず、備前焼には奥深い魅力がある。<br>まず1つには、土づくり。<span class="swl-marker mark_yellow">備前焼では、田んぼの土と山土、黒土を混ぜ合わせ、数年寝かせてから使うことが多い。その配合のしかた、寝かせる期間など、土づくりには技量が大きく影響する。</span>備前の細かくねっとりとした土を何年も寝かせていると、そのなかには微生物が繁殖し、80種類を超える酵母が生まれるという。こうしてつくられた土を焼くと、美しくしっとりと吸い付くような器に焼きあがる。</p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full"><img decoding="async" width="320" height="213" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/07/15670_img01.jpg" alt="" class="wp-image-16198" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/07/15670_img01.jpg 320w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/07/15670_img01-300x199.jpg 300w" sizes="(max-width: 320px) 100vw, 320px" /></figure></div>


<h2 class="wp-block-heading">備前焼は高温で長時間焼き続ける</h2>



<p>そして、窯変（ようへん）といわれる色の変化。<span class="swl-marker mark_yellow">1300℃の高温の窯で2週間も焼き続けられる備前焼は、焼成中に灰に埋もれた部分だけが黒や青、灰色になり、直接炎に当たった部分は赤褐色になる。これは陶工たちの窯詰め作業のノウハウも左右するが、偶然の要素も大きく、1つとして同じ変化にはならない。</span>こうした段階を経て現れる模様は、神秘的ですらある。<br>そんな備前焼を見せてもらうために、<span class="swl-marker mark_yellow">人間国宝の<a href="https://touyuukai.jp/artist/%E4%BC%8A%E5%8B%A2%EF%A8%91%E3%80%80%E6%B7%B3.html" target="_blank" rel="noreferrer noopener">伊勢崎淳</a>氏</span>の窯を訪れた中田。伊勢崎氏は昭和11年生まれ。2004年に人間国宝に認定され、その作品は02年に新首相官邸のロビーや美術館などを飾っている。その窯で備前焼のレクチャーを受け、土ひねりを体験させていただいた。<br>土と炎が織りなす備前焼――それは、自然と人間が一体となって生み出した1つの小さな世界のようだ。</p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full"><img decoding="async" width="320" height="213" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/07/15670_img02.jpg" alt="" class="wp-image-16199" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/07/15670_img02.jpg 320w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/07/15670_img02-300x199.jpg 300w" sizes="(max-width: 320px) 100vw, 320px" /></figure></div><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/15670/">一千年の歴史を誇る雄大な焼物「備前焼」／岡山県備前市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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