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	<title>レストラン - NIHONMONO</title>
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	<description>「にほん」の「ほんもの」を巡る旅マガジン</description>
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		<title>加工販売の強化と循環型酪農で強い酪農を目指す「髙秀牧場」／千葉県いすみ市</title>
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		<pubDate>Sat, 28 Dec 2024 07:09:09 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[畜産]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/DSC3256.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>牛の排泄物から堆肥や液肥を作り、その肥料を使って地域の農家が牛の餌となる飼料米を栽培する「循環型酪農」のなかで酪農を営む髙秀（たかひで）牧場。チーズやジェラートなどを作る加工所も開設し、直売という販売スタイルを通じて地域 [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/DSC3256.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>牛の排泄物から堆肥や液肥を作り、その肥料を使って地域の農家が牛の餌となる飼料米を栽培する「循環型酪農」のなかで酪農を営む髙秀（たかひで）牧場。チーズやジェラートなどを作る加工所も開設し、直売という販売スタイルを通じて地域観光の一翼を担うスポットに成長した。攻めの経営に邁進するその想いを追いかける。</p>



<h2 class="wp-block-heading">いすみ市で牛を飼い続けて40年</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/DSC3270.jpg" alt="" class="wp-image-51152" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/DSC3270.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/DSC3270-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/DSC3270-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>牧場の牛乳を使ってつくられたジェラートやピザ、そしてチーズが観光客に人気の髙秀牧場。約180頭のホルスタインが飼育され、直売所兼カフェ「ミルク工房」のテラスからは屋外に放たれた牛たちがのんびりくつろぐ光景が広がる。千葉県南東部、外房エリアの定番観光スポットであると同時に、酪農体験会を実施するなど、酪農の魅力を伝える活動にも積極的である。</p>



<h3 class="wp-block-heading">牛乳の組合出荷にとどまらない経営戦略へ</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/DSC3082.jpg" alt="" class="wp-image-51153" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/DSC3082.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/DSC3082-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/DSC3082-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>そんな髙秀牧場は1983年、代表の髙橋憲二（けんじ）さんがいすみ市で始めた。それ以前は千葉県北部に位置する八千代（やちよ）市で、髙橋さんの父親が牛を飼っていた。「私が生まれた頃に家で酪農を始めたんですけど、それからずっと牛が大好きで」と、少年のような笑顔を見せる髙橋さん。幼い頃から将来の夢は酪農家になることであり、その夢が実現したのがこの髙秀牧場だった。</p>



<p>髙秀牧場の牛乳は父親の頃からの縁で、生産者組合である「千葉北部酪農協同組合」に出荷している。千葉北部酪農のブランドである「八千代牛乳」は、千葉県北部住民にとっては給食で提供されるお馴染みのご当地牛乳。現在、一般流通している牛乳の主流が120～150℃で1～3秒殺菌する超高温殺菌牛乳であるのに対し、八千代牛乳はHTST法と呼ばれる、比較的低温で殺菌（75℃15秒）する手法がとられており、熱による風味の変質を抑えた味わいが特徴である。</p>



<p>一般的に牛乳は、酪農家から流通事業者に買い取られ、乳業メーカー、小売店、消費者へと流通していくが、髙橋さんは「買い取られる乳価が安すぎることが、辞めていく酪農家が増える大きな要因」と指摘。「牛乳の値段を酪農家自身が決められないことが問題」と強調する。その課題に組合として取り組むべく、千葉北部酪農では先に挙げた殺菌方法と千葉県産牛乳の地産地消という付加価値を付ける戦略を実践し、学校給食や県内生協への販路を拡大するなど成果を上げている。しかしなお、組合の構成員である酪農家は減少の一途をたどり、厳しい状況であるという。</p>



<p>そんな現状を見据えて動き続けている髙橋さんが一貫して力を入れてきたのが「六次産業化」と「循環型酪農」である。</p>



<h2 class="wp-block-heading">適正価格の販売を目指した六次産業化</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/DSC3049.jpg" alt="" class="wp-image-51154" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/DSC3049.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/DSC3049-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/DSC3049-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>髙秀牧場でチーズ製造の責任者を担う大倉典之（のりゆき）さん。大手乳業メーカーでチーズ製造に携わったのち、「食べてくれる方の顔が見える距離感でチーズづくりをしたい」と、2017年に髙秀牧場へ。チーズ工房の二代目の製造責任者として日々、研鑽を積んでいる。</p>



<h3 class="wp-block-heading">牧場内で乳製品加工と販売を開始</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/DSC3092.jpg" alt="" class="wp-image-51155" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/DSC3092.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/DSC3092-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/DSC3092-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>髙秀牧場では牛乳の加工品製造（二次産業）と、その販売と観光（三次産業）を掛け合わせる「六次産業化拠点」として、2011年にチーズ工房を、2016年にはジェラートやピザを提供するミルク工房をオープン。ミルク工房は髙橋さんの長女、温香（はるか）さんが礎を築き、2021年には千葉市の中心市街地に髙秀牧場のアンテナショップ「牛かうばっか～高秀牧場のじぇらーと屋さん～」も開店した。</p>



<p>一方のチーズ工房では前任の職人が技術を磨き、牧場産牛乳によるチーズ造りを確立させた。一ヶ月以上熟成して作るセミハードタイプの「まきばの太陽」は2014年「JAPAN CHEESE AWARD」で金賞を受賞。牛乳の甘みと青カビ独特の風味を融合させたブルーチーズ「草原の青空」は2015年に国際的なコンクール「Mondial du Fromage」でSuper Goldを受賞するなど実績を残している。</p>



<p>その先代から技術を受け継ぎ、二代目として工房を取り仕切るのが大倉さんだ。多様な種類のチーズ造りに挑みつつジェラート部門にも改良を加え、草原の青空を原料にしたジェラートをヒットさせるなど手腕を発揮。工房に着任以来、ジェラート、チーズともに販売量は約三倍の伸びをみせている。「加工部門はうまくやればもっと伸びると思ってます。なにより自分たちで価格を決められるのが大きい。かかった経費を考慮した適正価格であってこそ、酪農は継続できるものと考えています」。大倉さんは、酪農業のこれからに危機感を抱く若手酪農家が髙秀牧場へ視察にやって来ることも多いと話す。</p>



<h2 class="wp-block-heading">酪農家と米農家双方の課題に循環型で対応</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/DSC3209.jpg" alt="" class="wp-image-51156" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/DSC3209.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/DSC3209-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/DSC3209-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>髙秀牧場では牛に与える餌の国産化や地域内自給を推進している。その目的のひとつは、価格が高騰ししている輸入飼料にできるだけ頼らないようにするためだ。現在、酪農における飼料の多くは輸入に依存しており、価格高騰による影響を抑える必要に迫られている現状がある。なかでも牛乳にコクを与えるために給餌されるコーン類は輸入飼料の代表格。だが、「コーンなどの輸入飼料を国産に切り替えるとタンパク源が不足しがちになる」と話す髙橋さん。その対策として醤油醸造の盛んな千葉県の土地柄を活かし、醤油を絞った後の大豆かすをエコフィード（食品残渣を活用した飼料）として使うほか、牧場内でもトウモロコシの栽培を始めている。</p>



<p>そして、もうひとつの大きな目的は「酪農家と米農家、それぞれの課題にともに向き合うこと」である。飼料米における地域内自給のスタイルが「循環型」になっているのはそのためだ。牧場で出た牛の糞は牧場内で発酵させ堆肥に、尿は専用のラグーンと呼ばれる施設で液肥にする。その堆肥や液肥を地元の農家が飼料米栽培に活用。そこで収穫された米を牛が餌にするというサイクルだ。</p>



<p>いすみにおいても担い手の高齢化により田んぼの耕作放棄地が増加。その状況を踏まえて、食糧米よりも栽培しやすい飼料米をサイクルに組み込み、米の栽培需要を生み出すことで農業経営の下支えになることを目指す。一方で、牧場側にとっては牛の排泄物の活用と飼料の安定供給につながる。「そうやって地域とともに課題に向き合うことで里山の風景も守れますし、強い酪農経営ができてくるのかなと思っています」と大倉さんは話す。</p>



<h3 class="wp-block-heading">地域の米を餌にした牛の乳でチーズをつくる</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/DSC3064.jpg" alt="" class="wp-image-51157" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/DSC3064.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/DSC3064-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/DSC3064-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>「うちの牛乳は少し甘みがあって爽やかな感じなんですが、その甘みはお米からきてると思っているんです」。例えば、「草原の青空」はその甘みを生かしてブルーチーズをマイルドに仕上げた象徴的な商品といえる。</p>



<p>大倉さんはチーズ造りのためにジャージー牛やブラウンスイスといった違う品種の牛を選択するということを、あえては行わない。地域ぐるみの取り組みとなっている「循環型酪農」があってこそ、髙秀牧場も地域も支えられているとの想いがあるからこそ、あくまでも「工房に持ってきてもらった牛乳に対してベストを尽くす」という考え方なのだ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">さらに次の一歩へ</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/DSC3212.jpg" alt="" class="wp-image-51158" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/DSC3212.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/DSC3212-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/DSC3212-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>そんな髙秀牧場のあり方をチーズ造りに込める大倉さんは、使う乳酸菌を変えてみたりと試行錯誤を続けながら「米主体の飼料で育った牛の牛乳に対して、自分の持てる最大限の技術を持って個性あるチーズを目指したい」と意気込む。髙橋さんも、さらに次の一歩へ動き出している。近隣地域の十数軒の酪農家たちと共同で「TMRセンター」を作る計画を進めているのだ。</p>



<p>TMRセンターとは「牛のための給食センター」のこと。一軒の酪農家が自給作物を生産しようとすると、酪農経営にプラスする形で飼料生産という労働コストが多大にかかってしまう。稼働させるトラクターも一台数千万という膨大な金額がかかり、個人で購入するのはハードルが高い。そこで飼料生産を共同化し、拠点となるセンターを設けることで効率化を図り、地域全体で飼料自給率を向上させようというのである。「特に、酪農部分と飼料生産部分を分業化するような仕組みが必要。一日14時間とか15時間も働くなんていったら、やっぱり若い人は続かないと思うんだよね」と髙橋さんは次世代の酪農経営を見据える。地域とともに歩む牧場の挑戦は様々な人たちを巻き込みながら、これからも続いていくだろう。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/51151/">加工販売の強化と循環型酪農で強い酪農を目指す「髙秀牧場」／千葉県いすみ市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>「ENTRO glass studio 」光と影が映すガラス工芸の世界／沖縄県名護市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 28 Dec 2024 06:15:19 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[ガラス製品]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/galasuhiga-060.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>比嘉奈津子（ひがなつこ）さんが主宰する「ENTRO glass studio」は、自然の色彩と質感を取り入れた独自のガラス作品を創作している。彼女の作品は、長年研究を積み重ねた巧みな技と自然への深い敬意が込められ、観る者 [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/galasuhiga-060.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>比嘉奈津子（ひがなつこ）さんが主宰する「ENTRO glass studio」は、自然の色彩と質感を取り入れた独自のガラス作品を創作している。彼女の作品は、長年研究を積み重ねた巧みな技と自然への深い敬意が込められ、観る者を圧倒し、心に強い感動を呼び起こす力がある。</p>



<h2 class="wp-block-heading">流動的なエレメントを活かした作品を生み出す「ENTRO glass studio」</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/galasuhiga-073.jpg" alt="" class="wp-image-51121" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/galasuhiga-073.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/galasuhiga-073-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/galasuhiga-073-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>沖縄県名護（なご）市で、豊かな自然の中に佇む「ENTRO glass studio（エントロ グラススタジオ）」は、県内屈指の芸術的なガラス作品を生み出す工房として知られる。工房を主宰する比嘉奈津子さんは、ガラス作家として自身の作品を制作しながら、吹きガラス経験者向けのスクールでガラス制作の指導も行い、さらなる探求を深めている。また、工房の貸し出しも行い、作り手にガラス制作の場を提供している。 比嘉さんの作品は、日常の器として使えるものから、空間に存在感を放つアート作品まで多岐にわたる。そこには、水の揺らぎや光の色彩といった自然の息吹が息づいており、見る人や使う人の心に静かに染み込んでいく。彼女の手から生み出される芸術的で流線的な美しさは多くの人を魅了している。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/galasuhiga-071.jpg" alt="" class="wp-image-51123" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/galasuhiga-071.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/galasuhiga-071-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/galasuhiga-071-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p><br>「ENTRO」とは、スペイン語で「入り口」を意味する。比嘉さんは新しいことに踏み出すことへの不安を語りながら「同じように迷う人の背中を押すことで、自分も励まされる経験をした。人を支えることで、互いに勇気をもらい、自分の扉も開けられるようになった」と話す。その初心を忘れないために、工房を「ENTRO glass studio」と名付けたという。</p>



<p>比嘉さんは、自分の役割について「作り手に授けられた熱気の中で心を奪われる瞬間を技術で取り出し、それを人に寄り添わせる形にすること」と話す。<s><br></s>比嘉さんの作品は単なる鑑賞用としてではなく、人々の生活に寄り添い、使い手の暮らしの中で静かに役立つことを目指している。</p>



<p>比嘉さんの作品に対する真摯な姿勢はどこからインスピレーションを受けているのか。比嘉さんによると、それは「水」からだという。</p>



<p>「水を探求すると、光には色もの（エロス）、構造には枯渇や喪失（タナトス）が見えます。水とガラスは、どちらも気体、液体、固体の境界が曖昧で似ており、その曖昧さにインスピレーションを感じます」と比嘉さんは語ってくれた。</p>



<h2 class="wp-block-heading">ガラス作家としての人生を歩むまで</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/galasuhiga-066-1.jpg" alt="" class="wp-image-51124" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/galasuhiga-066-1.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/galasuhiga-066-1-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/galasuhiga-066-1-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>比嘉さんの作品からは豊かな色彩の裏に「影」を感じることができる。その影こそが、彼女の作品を際立たせる要素だ。そこには彼女の「覚悟」が表れている。その覚悟を決めるまでの人生を振り返ってみよう。</p>



<h3 class="wp-block-heading">家庭の困難を乗り越え、手に職を身につけたものづくりの道へ</h3>



<p>名護市で生まれ育った比嘉さんは、多感な時期に父親の経営する会社の倒産を目の当たりにした。家庭の事情が重くのしかかる中で迎えた高校時代、組織の脆さを感じ、自分の手で何かを生み出す「ものづくり」に可能性を見出し、自立できる道を模索するようになった。</p>



<p>高校の進路室で見つけた倉敷芸術科学大学の「ガラス学科」の存在が彼女の目を引いた。多額の借金を抱える両親のことを思うと進学を諦めるべきか迷ったが、背中を押してくれたのは母親だった。</p>



<p>「お金や資産は失うことがある。けれど、知識や技術、経験は誰にも奪われない財産。その財産でまたやり直すこともできる。学べる限り学んできなさい」との母の言葉を胸に、当時、日本一ガラス設備が整っているといわれる倉敷芸術科学大学へ進学した。</p>



<h3 class="wp-block-heading">倉敷で学んだガラス職人とガラス造形作家との違い</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/galasuhiga-031.jpg" alt="" class="wp-image-51125" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/galasuhiga-031.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/galasuhiga-031-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/galasuhiga-031-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>大学では「ガラス職人」と「ガラス造形作家」という異なる立場の先生から学ぶ機会に恵まれた。「職人は紙に書かず。作家は紙に描くことからはじめる。」と説く職人の先生の言葉が頭を離れず、大学で実習を重ねるうちに、自分が職人のように最初から手を動かすのではなく、脳を使い考えてから作る「作家タイプ」であることを認識した。</p>



<h3 class="wp-block-heading">ガラス制作を学ぶ中で印象に残った「廃物」</h3>



<p>大学時代、窯の補修や窯の中に設置されたガラスを溶融するための「るつぼ（つぼ）」の交換作業を手伝っていた際、大量の廃炉材を産廃コンテナまで運んだ時のこと。不純物が混ざったガラスや、制作中にどうしても出てしまう廃物の山を目にし、その光景が印象に残った。</p>



<p>「ぼくらは、上澄みを掬ってガラス作品を作る。お客さんも綺麗なものだけを買う。ただ作り手ならば作れば同時に発生する廃物も自覚しなければならない」</p>



<p>その光景を一緒に見ていた助教授の言葉は、その後の比嘉さんのガラス作家としての在り方に影響を与えることとなる。</p>



<h3 class="wp-block-heading">知識としてのガラス工芸と技術としてのガラス工芸</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/galasuhiga-037.jpg" alt="" class="wp-image-51126" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/galasuhiga-037.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/galasuhiga-037-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/galasuhiga-037-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>大学卒業後、ガラスを仕事にしようとした比嘉さんは大きな壁に直面した。大学では「知識」としてのガラス工芸を学んだが、「技術」が不足していると痛感したのだ。大学へ出してくれた両親への罪悪感や、社会で通用しないもどかしさに苛まれた。<br>そこで、吹きガラスの技術を教えてくれる師を求めて全国行脚に出ることを決意。<br><br>6年放浪し、心身ともに疲れきっていた頃、ようやく日本でガラスの技術を教えてくれる師匠に出会う。神奈川県で彩（あや）ガラススタジオを営んでいた故・伊藤賢治さんに師事しガラス作家としての扉がようやく開いたのだった。</p>



<p>日々ガラスの修行に勤しむ中、料理の勉強をしていた現在の夫である同郷の比嘉大陸（たいりく）さんと出会う。大陸さんはいつか自分の生まれ故郷の沖縄に料理で恩返ししたいという希望があり、いつか沖縄に戻ろうという気持ちが芽生えるようになった。</p>



<h2 class="wp-block-heading">故郷沖縄へ。そしてふたつのENTROの立ち上げ</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/galasuhiga-086.jpg" alt="" class="wp-image-51127" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/galasuhiga-086.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/galasuhiga-086-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/galasuhiga-086-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>伊藤賢治さんのもとでガラス制作に従事した後、比嘉さん夫婦に転機が訪れた。夫・大陸さんが怪我をしたことをきっかけに2人の生まれ故郷である沖縄県名護市へ戻ることに。その後、比嘉さんは「ENTRO glass studio」を2013年に、大陸さんは「ガラスと料理が体感できる店」をコンセプトにした飲食店「ENTRO SOUP&amp;TAPAS」を2014年に地元名護市にオープン。地元の食材とガラス工芸が融合する新たな空間として親しまれている。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/galasuhiga-102.jpg" alt="" class="wp-image-51128" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/galasuhiga-102.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/galasuhiga-102-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/galasuhiga-102-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>二人の「ENTRO」という場所は、ガラスと料理を通して地元と来訪者の交流を促し、それぞれが一歩を踏み出すきっかけを提供する場にもなっている。奥のギャラリースペースでは比嘉さんの作品が展示されているスペースがあり、料理を待つ間に作品を鑑賞できる。</p>



<p>比嘉さんにとって名護は祖母との思い出の場所でもあり、心身のバランスを取る知恵の詰まった言葉を思い出させてくれる場所。師と出会うまでの6年間、がむしゃらに走り続けて分かったことは、ものづくりをする上で、心身共に健やかにバランスを保持することの大切さを学んだという。</p>



<p>「体調が悪いと祖母が『命薬（ヌチグスイ）』として苦いゴーヤージュースを作ってくれました。体に良いものは苦いが、身体にとっては美味しいとも言える。『苦いけど体が喜ぶのが本当の美味しさ』と教わったことを思い出します。」</p>



<p>そんな思い出深い場所で、ガラス制作に打ち込む比嘉さんに、新たな挑戦が始まった。</p>



<h2 class="wp-block-heading">廃物を活かすガラス作りへの挑戦</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/galasuhiga-018.jpg" alt="" class="wp-image-51129" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/galasuhiga-018.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/galasuhiga-018-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/galasuhiga-018-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>近年、比嘉さんは新たな研究テーマとして、ガラスの原料である珪砂（けいしゃ）が減少し価格が高騰する一方で、大量に生産されたガラスの廃物が世の中に溢れていることに着目している。この現状を受け、彼女は廃物に新たな価値を見出し、それを素材として使いやすくする技術開発に取り組んでいる。</p>



<p>「ガラスは同じように見えても、その成分は繊細で、異なる種類のガラスを組み合わせると、割れてしまいます。そこに新たな技術と知恵が必要なんです」と語る。</p>



<p>また、沖縄特有の立地条件や人間性の特徴を生かし、ガラスの廃物を使ったプロジェクトを構想している。具体的には、廃物を先ず素材として使いやすくすること。その行程下で技術者を育成すること。専門性のある価値あるものへと作りかえ、相応の場所へ届けること。</p>



<p>彼女はこの取り組みを通じて、ガラス作りの未来を見据え、新たな循環を確立することを目指している。</p>



<h2 class="wp-block-heading">ガラス作家としての未来</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/galasuhiga-110.jpg" alt="" class="wp-image-51130" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/galasuhiga-110.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/galasuhiga-110-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/galasuhiga-110-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>沖縄の自然の中で育まれた比嘉さんの作品は、その一つひとつが彼女の想いと技術、そして未来への展望を象徴している。彼女が紡ぎ出すガラスの物語は「ENTRO」から。これからも光り続けるだろう。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/51120/">「ENTRO glass studio 」光と影が映すガラス工芸の世界／沖縄県名護市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>廃れゆくきしめん文化を新業態で支える。「手打うどん高砂」堀江高広さん／愛知県名古屋市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 24 Jun 2024 01:00:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[観光]]></category>
		<category><![CDATA[愛知県]]></category>
		<category><![CDATA[愛知観光]]></category>
		<category><![CDATA[きしめん]]></category>
		<category><![CDATA[名古屋]]></category>
		<category><![CDATA[味噌煮込みうどん]]></category>
		<category><![CDATA[グルメ]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/P6A6298-1-1024x819.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>名古屋グルメのひとつ「きしめん」は、幅の広さが特徴の麺。うどんよりも薄いのにコシがあり、喉ごしの良さが魅力だが、うどんやそば、ラーメンなどのメジャーな麺類に比べて露出が少ないことも影響し、若者離れは顕著だった。だが最近、 [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/P6A6298-1-1024x819.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>名古屋グルメのひとつ「きしめん」は、幅の広さが特徴の麺。うどんよりも薄いのにコシがあり、喉ごしの良さが魅力だが、うどんやそば、ラーメンなどのメジャーな麺類に比べて露出が少ないことも影響し、若者離れは顕著だった。だが最近、名古屋で手打ちうどんの店を営む堀江高広さんによる取り組みで、きしめん業界に新たな動きが見えはじめた。</p>



<h2 class="wp-block-heading"><strong>愛知県の県民食「きしめん」</strong></h2>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/P6A6564-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-44924" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/P6A6564-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/P6A6564-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/P6A6564-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/P6A6564.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>名古屋めしとして知られている「きしめん」。じつは、名古屋市に限らず、愛知県全域で食べられている県民食だ。ルーツは愛知県刈谷市の名物の平打ちうどん「ひもかわ」といわれており、しっかりとした味付けを好む人が多い愛知県では、つゆの味が染みやすいきしめんがマッチしたのではないかと考えられている。</p>



<p>その特徴は、なんと言っても平打ちの麺。うどんよりも薄いのにコシがあり、喉ごしが良いことと、ジュワっと染み出るつゆが魅力だ。</p>



<h3 class="wp-block-heading"><strong>きしめん、うどん、煮込みの麺の違いとは？</strong></h3>



<figure class="wp-block-image size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/P6A6585-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-44925" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/P6A6585-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/P6A6585-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/P6A6585-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/P6A6585.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>名古屋めしを代表する麺類には、きしめんのほか、味噌煮込みうどんや名古屋うどんがある。どれも同じ“うどん”のように思えるが、それぞれの料理に使用される麺は調理方法や用途に合わせて材料やその配合率が異なり、それに伴って食感もさまざま。</p>



<p>なかでも製麺に最も手間が掛かるのがきしめんだ。きしめんは、大きな特徴である幅の広い麺にするため生地を薄く伸ばすから、一般的なうどんの製麺工程に比べ、二倍以上の時間を要する。また、薄く伸ばすことで生地が広がって麺打ち台を占拠するため、一度に作れる量も限られる。同じ時間、同じ製麺環境で、うどんを10人前作れるとしたら、きしめんは5人前しか作れない。名古屋名物とは言え、その効率の悪さから、きしめんの提供をやめ、うどんだけに切り替える店も増えているそうだ。</p>



<h3 class="wp-block-heading"><strong>先代が開いた麺類食堂から、うどん･きしめん･煮込みの三本柱に</strong></h3>



<figure class="wp-block-image size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/P6A6330-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-44926" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/P6A6330-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/P6A6330-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/P6A6330-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/P6A6330.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>名古屋市で「手打うどん 高砂（たかさご）」を営む堀江さんは、父親が1958年に創業した麺類食堂を受け継いだ。麺類食堂とは、うどんだけではなく、中華そばや定食も提供する町の食堂の総称。父親が亡くなり堀江さんが跡を継いでからは、手打ちにこだわる店として、うどん･きしめん･煮込みうどんを三本柱に店を営んできた。</p>



<h2 class="wp-block-heading"><strong>東京での修業を経て、見よう見まねで技術を習得</strong></h2>



<p>高砂でうどん作りを始める前は、東京のとあるそば屋で修業をしたという。毎日ひたすら出前などの下働きを続け、2年後に父の店へ帰ってからは兄弟子のうどん作りを見ながら技を盗み、自分のものにしていった。</p>



<p>「優しいのだけど芯はあるというか、最後にちょっと歯応えがあるような麺を目指している。頭で考えるだけではなく、実際にやってみて技術を身につけ、ようやく理想の麺が安定して作れるようになりました」と堀江さん。</p>



<p>その独自の技術によって作られる手打ち麺が高い評価を受け、今ではミシュランガイドに掲載されるほどの名店になった。</p>



<h3 class="wp-block-heading"><strong>塩水の濃度が高い名古屋のうどん。一晩おいてから伸ばす理由</strong></h3>



<figure class="wp-block-image size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/P6A6417-1-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-44927" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/P6A6417-1-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/P6A6417-1-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/P6A6417-1-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/P6A6417-1.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>うどんときしめんの原材料はどちらも小麦粉と塩水。その製造工程もほとんど同じで、生地を打つ段階での伸ばす厚みだけが異なる。ただし名古屋のうどん作りで使われる塩水は、うどん県として有名な香川県などで製麺に使われるものよりも濃度が高い。</p>



<p>季節や天候によっても左右されるため一概にはいえないが、ほかの地域の塩水が濃度10％だとすると名古屋では18～20％ぐらいの塩水を使っている。「濃度が高いと生地が締まります。名古屋は気温の高い地域なので、暑さで麺がだれるのを避けるために塩分濃度を高くして生地を硬くしたのではないでしょうか」と堀江さんは言う。</p>



<p>さらに、名古屋のうどんは「名古屋打ち」と呼ばれる方法で作られる。他地域のうどんとの大きな違いは生地を一晩寝かせること、団子状の生地を指で押し込みながら丸い形に整える「へそ出し（本まるけ）」といわれる工程があることだ。寝かせることでグルテンの形成を一層促進させて粘り気と弾力を、へそ出しによって生地の空気を抜くことで、切れにくく強いコシを生み出す。これらのひと手間が、名古屋うどんの特徴を作り出している。</p>



<h3 class="wp-block-heading"><strong>生地と会話しながらの麺打ち</strong></h3>



<p>堀江さんは毎日、うどんやきしめんの麺打ちを行っているが、その作業は同じではない。「今日は湿度が高いから柔らかいよね、などと生地と会話しながら麺を打っています。生地を形成することを僕らは『鍛える』といいますが、むやみやたらに鍛えるのではなく、生地を休ませながら、無理をさせないようにやっています」と堀江さん。夏は締まりのない生地になりやすいためさらに塩分を増やしたり、雨の日は水を減らしたりと、微調整を加えてその日にベストな生地を作り上げているのだ。</p>



<h3 class="wp-block-heading"><strong>きしめんを若い世代に広め、日常食の選択肢に</strong></h3>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/P6A6506-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-44928" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/P6A6506-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/P6A6506-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/P6A6506-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/P6A6506.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>愛知県民のソウルフードといえるきしめんだが、実は衰退の危機にあるという。先述したとおり、きしめんは他の麺類に比べ作る手間が多い。また、ぐつぐつと煮込まれた味噌煮込みうどんの方が、店側の調理の負担も少なく、観光客へのウケもよい。地元民にとってもわざわざきしめんを食べる機会は多くなく、高砂でも3年ほど前までは、1週間に2〜3食出るか出ないかだった。</p>



<p>だが、きしめん文化を残したいと考えた堀江さんは、カジュアルな店で若い世代にきしめんのおいしさを伝えることを決心。麺の機械打ちや冷凍技術を取り入れて、気軽に立ち寄れる店「星が丘製麺所」を2021年にオープンさせた。</p>



<p>「星が丘製麺所」がある星が丘テラスはアパレルショップやカフェなどが並び、多くの若い世代が行き交う場所。手打ちにこだわる高砂とは製法も立地も逆方向のお店に思えるが、その真意を堀江さんはこう語る。「手打ちで麺を仕込むとコストがかかり、大量生産もできません。でも若い人に、カレーやラーメンと同じような感覚できしめんを食べてもらいたくて。手打ちの技術を落とし込んだ機械打ちなら、味に遜色なく、気軽に食べてもらえると思い、すぐに製麺せずに一旦生地を寝かすなど、試行錯誤を繰り返し、機械打ち史上最良の品質を目指して開発に励みました」。</p>



<p>星が丘製麺所のオープンから1年間でオーダーされたきしめんは約10万食。さらに、きしめんのおいしさを知った客が高砂へも足を運ぶようになったのだ。客層もこれまでと異なり、女子高生のグループが来店したり、ママ友がランチでやってきたり、塾へ行く前の子どもたちが来店したりと、狙い以上の結果となった。</p>



<h3 class="wp-block-heading"><strong>東海エリアから全国、海外へ</strong></h3>



<p>星が丘製麺所の成功により、同業他社からも喜びの声が届いているという。「他店のきしめんも味わってみたい」と、昔ながらのうどん店に若年世代の来店が増えたのだ。だが、堀江さんは一時的なブームで終わらせないためにもフランチャイズ展開を進めるなど、精力的にきしめんを広める活動を継続している。</p>



<p>「現在、星が丘製麺所は愛知県と大阪府に店舗がありますが、ゆくゆくは北海道から沖縄まできしめんの文化を広げていきたい。将来は海外にきしめんファンを増やしたいですね」と堀江さん。いつの日か、きしめんがうどんやそば、ラーメンのように日本における麺食のスタンダードとなり、世界中に広まっていく。そんな未来を想像しながら、名古屋のいち商店からスタートしたうどん店が幅広いニーズの掘り起こしを図るべく、新たな切り口できしめんの魅力を発信し続けている。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/44922/">廃れゆくきしめん文化を新業態で支える。「手打うどん高砂」堀江高広さん／愛知県名古屋市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>自然に近い形の養鶏を。夢を実現した「大江ノ郷自然牧場」小原利一郎さん／鳥取県八頭町</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 27 Nov 2023 01:00:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[鳥取県]]></category>
		<category><![CDATA[卵]]></category>
		<category><![CDATA[鶏]]></category>
		<category><![CDATA[畜産]]></category>
		<category><![CDATA[養鶏]]></category>
		<category><![CDATA[牧場]]></category>
		<category><![CDATA[鳥取]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/01nkt_0165-1-1-1024x819.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>平飼いにて鶏に極力ストレスをかけない飼育を行う「大江ノ郷自然牧場」。ここで育てられた鶏から産まれた卵は、“天の恵みの美味しい卵”、というコンセプトから「天美卵（てんびらん）」と名付けられている。この卵の流通価格は1玉12 [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/01nkt_0165-1-1-1024x819.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>平飼いにて鶏に極力ストレスをかけない飼育を行う「大江ノ郷自然牧場」。ここで育てられた鶏から産まれた卵は、“天の恵みの美味しい卵”、というコンセプトから「天美卵（てんびらん）」と名付けられている。この卵の流通価格は1玉120円ほど。一般的に流通する鶏卵が1パックに10玉ほど入って300円程度だから、3倍以上の価格ということになる。今でこそ高級な卵が流通するようになり驚かれることも少なくなったが、1990年代後半の創業当時からこの価格で販売していたというから、大江ノ郷自然牧場の天美卵こそ、高級卵の先駆けと言っても過言ではないだろう。その歴史には「鶏卵の価値を高めたい」という創業者の想いが込められていた。</p>



<h2 class="wp-block-heading"><strong>山奥に佇む牧場とは思えないほどの都会的な建物</strong></h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="768" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/01nkt_0164-1024x768.jpg" alt="" class="wp-image-39360" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/01nkt_0164-1024x768.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/01nkt_0164-300x225.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/01nkt_0164-768x576.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/01nkt_0164.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>


<p>大江ノ郷自然牧場は、鳥取県の南東部に位置する八頭町にある。鳥取市から車で30～40分ほどと、都市部からはそれほど離れている場所ではないが、施設名のとおり、あたり一面が緑に囲まれた自然豊かな山間の土地だ。</p>



<p>そんな大自然の中に突如として現れる都会的なガラス張りの建物。正面から見たら、一見、牧場には見えない洗練されたデザインだが、それもそのはず。ここは3万羽を超える鶏が飼育されている牧場である一方、大小さまざまな飲食ブースをはじめ、パティスリー、ベーカリー、カフェやギフトショップもあり、<strong>年間約36万人以上が訪れる県内有数の人気施設としての一面も持つ</strong>。</p>



<p>しかし、施設がここまで有名になったのはレストランやギフトショップのポピュラリティではなく、まぎれもなく養鶏の成果。</p>



<p>大江ノ郷自然牧場の歴史は、創業者であり、現在も代表を務める小原利一郎さんと約2000羽の鶏たちから始まった。</p>



<h3 class="wp-block-heading"><strong>近代養鶏に対する疑問から独立の道へ</strong></h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/01nkt_0163-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-39363" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/01nkt_0163-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/01nkt_0163-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/01nkt_0163-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/01nkt_0163.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>


<p>養鶏を主とし、そのほかの畜産を行っていないにも関わらず「養鶏場」ではなく、屋号に「牧場」と名をつけたのは、なぜか。</p>



<p>その理由には小原さんの経験が深く関わっている。</p>



<p>小原さんは大江ノ郷自然牧場を開業する以前、大型の養鶏場で働いていた。そこでは、ケージで仕切られた狭い空間にぎゅうぎゅうに詰められた鶏たちが飼育されていた。多くの養鶏場で行われているケージ飼いだ。生産性が求められる近代養鶏の現実を理解しながらも、この飼育方法に対する疑問と苦痛は拭えず、小原さんには、そのまま養鶏の仕事を続けることが耐えられなかった。</p>



<p>こうして、一度は養鶏業から離れたものの、養鶏という仕事に魅力を感じていた小原さん。<strong>鶏が自然に近い環境で過ごせる飼育方法に挑戦したい</strong>と、かつて祖父が暮らしていた自然豊かな大江の地を拓き、養鶏牧場を開くことを決意した。</p>



<p>この時、小原さんが自身の理想的な養鶏を具現化するために選んだ飼育方法が<strong>「平飼い」</strong>。 日光が差し込む広い鶏舎の中に一切の仕切りはなく、自由に走り回る鶏たちは筋肉質で健康的。砂浴びをしたり、ひなたぼっこをしたり、それぞれ好きな場所を選び、悠々自適に過ごすことで鶏たちのストレスを極力減らす。現在ではアニマルウェルフェアなどと呼ばれ、この飼育方法を取り入れる養鶏場も増えてきたが、この当時はまだ稀有な存在だった。</p>



<p>ここで暮らす鶏たちの特徴について「穏やかでとても人懐っこいんです」と小原さん。今もひとつの鶏舎で約2000羽の鶏を飼育しているが、ケンカもほぼしない。以前勤めていた養鶏場ではストレスからなのか、近くにいる鶏同士がつつき合い、羽がボロボロになっていることもあったという。それを踏まえて現在、小原さんは自分が鶏だったらどのような環境で飼われたいか、を常々考え、養鶏に励んでいる。</p>



<p>こうして作り上げた鶏たちの理想郷は、養鶏場というよりはさながら牧場。そんな環境で養鶏業に取り組みたいと、小原さんは施設に牧場という名を付けた。</p>



<h3 class="wp-block-heading"><strong>産まれた日が分かる新鮮な卵を</strong></h3>



<p>前述したとおり、大江ノ郷自然牧場で飼育される鶏たちが産んだ卵は、そのこだわりから「天美卵」と呼び、付加価値を付けている。特筆すべきは味と見た目。一般的な鶏卵に比べ<strong>「コク」の数値が1.5倍</strong>と、突出している。また<strong>白身は弾力があり、黄身はぷっくりと膨れあがって太陽のような濃厚なオレンジ色</strong>で、見るからに健康的だ。</p>



<p>そのおいしさを新鮮なまま味わってもらいたいと、小原さんははじめて購入した人に対し、まず卵かけご飯で食べることを勧めている。</p>



<p>ちなみに、購入者からはよく「卵の賞味期限は？」という質問をされる。その際、大江ノ郷自然牧場では「生食の場合、産まれてから2週間」と答えているのだが、「じつは」と小原さんが教えてくれたのが、時間とともに変わるおいしさの変化。産みたての卵は、少し味に硬さが残る。もちろんこれは「新鮮さ」とも言えるのだが、日数が経過すると味に柔らかみが加わり「まろやかなおいしさ」へ変化するという。その理由は、産みたての卵には炭酸ガスが多く含まれており、時間が経つにつれてそれが抜けていくため。</p>



<p>開業当時から、鶏の生育環境を良くし、鶏卵の価値を高めたいと考えてきた小原さんだからこそ、一辺倒に新鮮さだけを謳うのではなく、どのようにしたら卵の味のポテンシャルを最大限引き出せるかを日々、考えているのだろう。</p>



<p>とはいえ、産みたての新鮮な卵はやっぱりおいしいし、自分たちで出荷時期をコントロールするのではなく、時間の経過とともにまろやかになる味を楽しむのも、産みたてをすぐに味わうのも、購入者の判断に委ねるべきだと思っている。だからこそ、大江ノ郷自然牧場では、生産数が増えた現在でも、毎朝採れたての卵をその日のうちに出荷することにこだわり続けている。</p>



<p>こうしたこだわりから、開業当時より自信を持った高級卵の販売を行っている。</p>



<h2 class="wp-block-heading"><strong>大江ノ郷の名を広めた2時間待ちのパンケーキ</strong></h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="768" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/01nkt_0178-1024x768.jpg" alt="" class="wp-image-39366" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/01nkt_0178-1024x768.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/01nkt_0178-300x225.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/01nkt_0178-768x576.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/01nkt_0178.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>


<p>卵の生産量が増えるにつれ、一定の割合で出てしまう規格外の卵も増えた。こうした卵を活用していこうと始めたのが、加工品販売やスイーツの提供だ。</p>



<p>加工品やスイーツに使う食材は地元で生産されたものや国産にこだわり、何より自身が生産した卵の味には絶対の自信があった。</p>



<p>しかし、食材にこだわりさえすれば、必ずしもそれを使った菓子や料理がおいしくなるわけではない。重要なのは調理の経験値やスキル、ノウハウがあるか。大江ノ郷自然牧場は養鶏施設であり、料理の経験に富んだスタッフなどいるはずもなく、最初に白羽の矢が立ったのは、食べることが好きという卵の宅配スタッフだったという。</p>



<p>そんなスタートだったが、製菓店に研修に出向いたり、専門の講師を呼んだり、次第にスタッフの経験値は上がっていく。</p>



<p>とはいえ、自信を持って販売できるクオリティの商品が完成し、施設内に販売所をオープンさせることができたのは養鶏場を始めてから14年が経過した頃。</p>



<p>ずいぶんと時間を掛けたが、だからこそ成功できたと小原さんは話す。その理由は、歳月とともに天美卵が広く認知され、同時にその価値を共有できる人も増えたから。販売所は養鶏施設に併設。市街地のように人が多く行き交う場所ではなかったが、スイーツ販売開始の報せを受け真っ先に店を訪れてくれたのは、天美卵の価値を知るファンだった。そして長い年月を掛けて完成させた自慢の商品は高い評価を受け、口コミで県内中に知れ渡っていく。</p>



<p>次第に天美卵をつかったスイーツは、大江ノ郷を代表するブランドのひとつとなり、現在ではこれをきっかけに天美卵や牧場のことを知るという人も少なくない。</p>



<p>なかでも大江ノ郷自然牧場の名を一躍有名にしたのが「<strong>大江ノ郷パンケーキ</strong>」。コシのある天美卵のメレンゲで作るパンケーキは、シュワっと溶けるような食感と卵の濃い風味が特長だ。カフェの看板メニューとして長年続く商品だが、今でも土･日曜や祝日などには2～3時間待ちの行列ができる。</p>



<p>2008年に養鶏施設の近くに建てた小さなお菓子の販売店からスタートし、利用者の増加とともに徐々に拡充。カフェスペースもできた。2016年には、パンやソーセージ販売、レストランも兼ね備えた大型の食の施設をオープン。養鶏施設からはじまった大江ノ郷自然牧場が、人気観光スポットとして規模を拡大させていった裏側には、小原さんが長年秘めていた「<strong>自分たちがこれまで行ってきたことを見て触れて体験してもらえる場所を作り、この地の魅力を多くの人に知ってもらいたい</strong>」という夢があった。</p>



<h3 class="wp-block-heading"><strong>何もない、が魅力になる場所</strong></h3>



<p>大江ノ郷自然牧場観光地化を計画しはじめた当初「観光資源も何もないこの場所を訪れる理由を一社で作るなんて無謀では？」と言われそうで、なかなかスタッフにも打ち明けられずにいた小原さん。しかし、その熱意を目標として掲げ、周囲に伝えたことをきっかけに、同じ想いを抱くスタッフが何人もいることを知った。そして、その想いはそうでないスタッフたちにも波及し、全社を巻き込んでいく。</p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/01nkt_0172-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-39369" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/01nkt_0172-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/01nkt_0172-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/01nkt_0172-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/01nkt_0172.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>


<p>スイーツショップやカフェ、レストランを人口流動の多い市街地へ出店せず、あえてこの場所に併設し拡充していった理由は「この建物が都会の真ん中にあってもそれほど目立たないが、<strong>自然以外に何もないこの場所にあれば、その価値は大きく異なる</strong>。ここだからこそ、できることがある」と考えたから。都市部だけではない魅力を鳥取県の若者たちへ向けて発信したかったのだという。</p>



<h2 class="wp-block-heading"><strong>大江の魅力を伝えるために</strong></h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/01nkt_0197-1-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-39370" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/01nkt_0197-1-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/01nkt_0197-1-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/01nkt_0197-1-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/01nkt_0197-1.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>


<p>大江ノ郷自然牧場の新たな魅力として加わった<strong>「OOE VALLEY STAY（オオエバレーステイ）」</strong>。地域で廃校となってしまった小学校を活用した宿泊施設だ。牧場から車で数分の場所にある旧小学校を、食･体験･宿泊が一体となった施設へと生まれ変わらせた。</p>


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<p>ここで楽しめるのは、美しい星空や山に囲まれた里山独特の朝の空気、そして大江ノ郷自然牧場が厳選した、おいしい地酒や地域の食文化。従来、施設の人気コンテンツとして多くの人を魅了してきた「食」や「体験」に「宿泊」というファクターが加わったことで、大江の魅力をより多くの人に伝えられるようになった。</p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/01nkt_0228-1-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-39376" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/01nkt_0228-1-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/01nkt_0228-1-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/01nkt_0228-1-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/01nkt_0228-1.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>


<h3 class="wp-block-heading"><strong>自然の中にある養鶏へ</strong></h3>



<p>そして、原点である養鶏についても試行錯誤しながらアップデートを繰り返している。</p>



<p>例えば飼料。これまでもトウモロコシや米ぬか、海藻など、鶏たちの体づくりを考え、天然原料にこだわった配合をしてきた。ただ、次のフェーズとして飼料の主な材料となっている穀物を輸入に頼っている現状を変えていく必要があると考えている。</p>



<p>まずは、国内の生産者の協力を得て、飼料用トウモロコシの栽培を北海道で始めた。また、地元で作った飼料米、山で厄介者とされる竹を使った竹炭。これらを飼料に使い始めている。コストはかかることだが、小原さんは、その先には必ず価値があると考えている。すぐに日本全体を巻き込むのは難しいとしても、まずは自分たちがその価値を示すのだ。</p>



<h3 class="wp-block-heading"><strong>大江ノ郷自然牧場のこれからの姿</strong></h3>



<p>自然の一部になるような養鶏へと努力を続ける根底には、牧場をはじめた大江への強い思いがある。小原さんは養鶏と農業を循環させることで、この地域の姿を将来へ残し、そして今より多くの人たちにその魅力を伝えていきたいと考えている。</p>



<p>牧場の拡充は、それを知ってもらうきっかけ作り。当初は年間30万人の来場者を目標に掲げていたが、その目標も2018年に達成。現在は鳥取県の人口を超える年間57万人の来場を目指している。</p>



<p>スタートした頃は、誰もこれほどまでの隆盛を想像できなかったはず。しかし養鶏への情熱と大江を盛り上げたいという想いでここまで成し遂げた小原さん。そのバイタリティはこれからの養鶏の未来、そして地域を変えていく大きな力となっていくにちがいない。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/39354/">自然に近い形の養鶏を。夢を実現した「大江ノ郷自然牧場」小原利一郎さん／鳥取県八頭町</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<item>
		<title>農家による農家のためのブドウ作りを。“未来への土壌”を繋ぐ「志村葡萄研究所」／山梨県笛吹市</title>
		<link>https://nihonmono.jp/article/39261/</link>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 24 Nov 2023 01:00:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[農業]]></category>
		<category><![CDATA[カフェ]]></category>
		<category><![CDATA[果物]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/export5.4-1024x819.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>果樹栽培に適した環境や地形に恵まれた山梨県は、夏から秋にかけてシャインマスカットや巨峰などをはじめ、様々な品種のブドウが栽培される。山梨県笛吹市にある「志村葡萄研究所」には栽培だけにとどまらず、常に新しいブドウの開発を試 [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/39261/">農家による農家のためのブドウ作りを。“未来への土壌”を繋ぐ「志村葡萄研究所」／山梨県笛吹市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/export5.4-1024x819.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>果樹栽培に適した環境や地形に恵まれた<strong>山梨県</strong>は、夏から秋にかけて<strong>シャインマスカットや巨峰</strong>などをはじめ、様々な品種のブドウが栽培される。山梨県笛吹市にある<strong>「志村葡萄研究所」</strong>には栽培だけにとどまらず、常に新しいブドウの開発を試み、“未来への土壌”を繋ぐ親子がいる。</p>



<h2 class="wp-block-heading"><strong>フルーツ王国山梨のブドウ栽培</strong></h2>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/export6-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-39263" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/export6-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/export6-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/export6-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/export6.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>古くから果樹栽培が盛んな<strong>山梨県</strong>。ブドウ栽培の歴史は古く、江戸時代には甲斐国の代表的な果物「甲州八珍果」のひとつとしてブドウが栽培されていたという。水はけが良く日照時間が長い土地と、昼夜の寒暖差が大きい気候などの条件に恵まれており、<strong>国内におけるブドウ生産量は堂々の一位</strong>。栽培方法や品種改良などに関する研究も盛んで、常に新たな技術や品種開発が行われている。</p>



<p>そんな山梨県のブドウ栽培を牽引する生産者のひとりが、甲府盆地の東部に位置する山梨県笛吹市に農園を構える<strong>志村葡萄研究所</strong>代表の志村晃生（しむらあきお）さん。開発してきたブドウ栽培の向上に取り組むと同時に、全国の生産者に技術指導をしながら独自の販売ルートを構築。自社ブランド戦略など幅広い取り組みをしている。</p>



<h2 class="wp-block-heading"><strong>新しいブドウをつくろう</strong></h2>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/export4-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-39264" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/export4-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/export4-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/export4-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/export4.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p><strong>志村葡萄研究所</strong>の名前を一躍世に広めたのは、創設者であり晃生さんの父・志村富男（しむらとみお）さん。ブドウ栽培からワイン醸造まで手がける全国レベルの知名度を誇る指導者だ。生食用とワイン醸造用を併せ、富男さんがこれまで品種開発してきたブドウは約100種類以上に及ぶ。全国各地のワイナリー立ち上げにも数多く関わっており、国内外で栽培技術の指導にあたるなどの功績も認められ、<strong>複数の大学から名誉農学博士の称号が贈られているほどのレジェンドだ。</strong></p>



<p>富男さんは大学卒業後、山梨県甲州市勝沼町にあるマンズワイン勝沼ワイナリーに入社し、34年間ワイン醸造やブドウ栽培の技術を磨いた。1986年になると、新たなブドウ品種開発を目的とした志村葡萄研究所を設立し、日本の気候風土に適した品種の開発に尽力。<strong>「雄宝」「クイーンセブン」「マイハート」「バイオレットキング」</strong>など、多くの品種を次々と発表し、その栽培技術を普及させていった。食味がよく、栽培の容易性など優れた新品種は瞬く間に話題となり、息子の晃生さんに代表を託した現在も国内外各地に苗木の販売や栽培指導を精力的に行っている。</p>



<h2 class="wp-block-heading"><strong>ブドウ業界に広がった“黒の衝撃”</strong></h2>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/export16-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-39265" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/export16-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/export16-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/export16-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/export16.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>「父の主な活動は品種開発やコンサルティングで、商業栽培にはほとんど力を入れてこなかった。名前の通りこの農園は研究所だったんです」</p>



<p>父から志村葡萄研究所の代表を引き継いだ晃生さんは今2023年3月に法人化へ乗り出し、約3.5ヘクタールの広大な畑で30品種以上の商業栽培をスタートさせた。SNSでの販売を皮切りに、ネットショップ等の販売を強化。今ではピークの8月ともなると問い合わせ注文が殺到し、9月上旬にはほとんどの品種が在庫薄になってしまうそうだ。</p>



<p>同園では多くの農園がシャインマスカットの栽培に乗り出すなかで、次世代の新品種を開発するため、様々な交配に注力している。その試みが生み出した注目の新品種が「富士の輝」だ。種無しで皮まで食べられる<strong>シャインマスカットと、美しい紫黒色で、高い糖度がありつつも爽やかな酸味をもつウィンクを交配させた志村葡萄研究所オリジナルのブラックシャインマスカット</strong>。シャインマスカットよりも濃厚でコクのある甘みと巨峰のような香りの強さがありつつ、皮の旨味ともっちりとした食感が特徴。日本国際ボランティアセンター（JVC）の調査でも、「最も栽培してみたいブドウ」に選ばれている。</p>



<p>「家族の名前を品種名にした」という、赤い果皮に爽やかな酸味と甘みが特徴の<strong>「美和姫」</strong>や、一粒が鶏卵ほどのサイズにまで成長する<strong>「雄宝」</strong>など、同じく<strong>シャインマスカット</strong>を親に持つ品種も人気を博している。</p>



<h2 class="wp-block-heading"><strong>シャインマスカットがもたらした革新</strong></h2>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/export39-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-39272" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/export39-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/export39-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/export39-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/export39.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>そもそも<strong>「富士の輝」</strong>をはじめ、<strong>志村葡萄研究所</strong>で開発された品種の親となる<strong>シャインマスカット</strong>が登場したのは約30年前のこと。1988年に広島県の農研機構が「安芸津21号」と「白南」の交配によって生み出し、2006年に品種登録がなされた。食味が良く、種無しで皮まで食べられる上に、栽培の容易性にも優れた品種の誕生に「ブドウ業界に革新がもたらされた」と晃生さんは話す。</p>



<p>それまでブドウ品種の中で最も粒が大きく、食べ応えと糖度に優れていた巨峰（1621ヘクタール）や、ジベレリン処理による種無し化の先駆けとして人気を博したデラウェア（1627ヘクタール）が国内の主要な品種であったが、シャインマスカットの登場以降全国各地で爆発的に普及。2022年日本園芸農業協同組合連合会の統計によれば、その栽培面積は1797ヘクタールと国内トップの規模にまで拡大した。</p>



<h3 class="wp-block-heading"><strong>できることを、丁寧に</strong></h3>



<p>「同じシャインマスカットでもつくり手によって品質は違う」そう話しながら一つひとつ丁寧に房の様子を観察する晃生さん。ブドウらしい香りや風味を重視し、最高の状態で収穫することを第一に考えたブドウづくりは、日々努力と試行錯誤の連続だという。</p>



<p>最も大変な作業は、ブドウの房の粒を間引いていく<strong>“摘粒”作業</strong>。本来放っておくと粒が密集し、互いに潰しあって粒が十分に肥大せず、形状や食味にも悪影響が出てしまう。多くの農園で栽培している<strong>シャインマスカット</strong>だからこそ、長年培ってきた知識と技術を用いた細やかな栽培をしていくことが大切だと、晃生さんは力強く語る。</p>



<h3 class="wp-block-heading"><strong>&nbsp;“土いじり”が未来を創る</strong></h3>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/export28-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-39266" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/export28-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/export28-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/export28-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/export28.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>「あくまでもこだわり続けているのは農場での品種開発」そう語る晃生さんの開発はまさしくトライアンドエラーの繰り返し。新しい品種ができると接木をし、安定して栽培することに成功したところで本格的な苗づくりに入っていく。それらの工程に費やす時間は約5年間に及ぶ。</p>



<p>「父の代から変わらず目指しているのはブドウ<strong>栽培の発展</strong>です。これまで国の試験場などでも多くの品種が開発されてきましたが、現実的に安定して農家さんたちが栽培ができるものはほんの僅か。国の機関が研究室にこもって試験管で行う環境と、現場の環境では大きな差があるんです。ですから、私たち農家が実際に農場で試行錯誤しながら、現実的・持続的に栽培していけるブドウを開発していきたいと考えています」。</p>



<p>「新しく発見した技術や知識は抱き込まずにどんどんシェアしていきたい」長年業界を牽引し続けてきた晃生さんたちだからこそ見えるブドウの未来がある。</p>



<h3 class="wp-block-heading"><strong>&nbsp;甘いブドウのおもてなし</strong></h3>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/export42-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-39267" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/export42-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/export42-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/export42-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/export42.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p><strong>志村葡研究所</strong>では卸売をせず自社直売所とネットショップでのみ販売を行っているため、シーズンになると早朝から県外ナンバーの車が押し寄せ、連日長蛇の列ができる。来園者たちの楽しみのひとつとなっているのが、施設内にあるスイーツショップ「Grape Shop Cocolo」。季節ごとに様々な品種のブドウを使用したパフェなどを味わえるほか、ジェラートやジュース、ワインなど、豊富なブドウメニューを取り揃えている。</p>



<p>人気のメニューはシャインマスカット、藤稔、クイーンセブン、我が道、クイーンマスカットと、5品種のブドウがふんだんに盛り込まれている「<strong>5種葡萄付きのパフェ</strong>」（2,600円）。バルサミコ酢がかかった濃厚なバニラアイス、クリスピーなフィアンティーヌ、メイプルクッキー、マスカルポーネの組み合わせがブドウの甘みと香りを引き立たせる贅沢な一品だ。</p>



<p>「訪れた人にその場で山梨のブドウを味わって欲しい」という細やかなもてなしも、<strong>志村葡萄研究所</strong>がファンを集める理由の一つだろう。</p>



<h2 class="wp-block-heading"><strong>世界に広げる“未来への土壌”</strong></h2>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/export17-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-39268" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/export17-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/export17-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/export17-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/export17.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>「これからもシャインマスカットとの交配を中心とした開発を続けながら、山梨のブドウを世の中に広めていきたい」広大な農園を見渡しながらそう話す晃生さん。近年では親族の中から後継ぎ候補も現れ、志村葡萄研究所と業界のさらなる発展に向けて、親族への指導にも力を入れているのだという。現在の日本では民間で開発された新品種の商標登録には多くのハードルがあるのが実情。そうした制度とも向き合いながらも、「今後は海外での特許取得も視野に入れながら、山梨のブドウの品質と技術を世界に普及させていきたい」と意気込む。</p>



<p>農家による農家のためのブドウづくりを体現する志村葡萄研究所。次世代のブドウや担い手たちに向けた“未来への土壌”を、今後もひたむきに開発し続けていく。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/39261/">農家による農家のためのブドウ作りを。“未来への土壌”を繋ぐ「志村葡萄研究所」／山梨県笛吹市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>夏を告げる琵琶湖の風物詩　滋賀の鮎のおいしさを伝える「あゆの店きむら」/滋賀県彦根市</title>
		<link>https://nihonmono.jp/article/37404/</link>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 19 Jun 2023 01:00:37 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/06/top-3.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>日本一の湖、琵琶湖。琵琶湖のある滋賀県には、水とともに暮らす人々によって受け継がれてきた独自の食文化がある。川でとれるヤマメやイワナを「川魚」と呼ぶように、滋賀県では琵琶湖で穫れる魚を「湖魚（こぎょ）」と呼ぶ。その代表格 [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/37404/">夏を告げる琵琶湖の風物詩　滋賀の鮎のおいしさを伝える「あゆの店きむら」/滋賀県彦根市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/06/top-3.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>日本一の湖、琵琶湖。琵琶湖のある滋賀県には、水とともに暮らす人々によって受け継がれてきた独自の食文化がある。川でとれるヤマメやイワナを「川魚」と呼ぶように、滋賀県では琵琶湖で穫れる魚を「湖魚（こぎょ）」と呼ぶ。その代表格が、湖魚の中でも最大の漁獲量を誇る鮎。しかも、ここでしか穫れない特別な鮎なのだという。</p>



<h2 class="wp-block-heading">滋賀県の宝、琵琶湖にだけ生息する特別な「小鮎」&lt;</h2>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/06/kimuraya-02-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-37410" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/06/kimuraya-02-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/06/kimuraya-02-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/06/kimuraya-02-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/06/kimuraya-02.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>鮎は、日本で古くから愛されてきた淡水魚。さわやかな香りと繊細な味わい、内蔵のほろ苦さが日本人に好まれ、食通として有名な北大路魯山人も、鮎のおいしい食べ方を<strong>「はらわたを抜かず、塩焼きにして、火傷するほど熱いものに蓼酢（たです）を絞ってかぶりつくこと」</strong>と言い残している。とれたての鮎からはスイカやキュウリにも似た初夏の香りがすることから<strong>「香魚（こうぎょ）」</strong>、また澄んだ清流を好むことから<strong>「清流の女王」</strong>とも呼ばれる。</p>



<p>日本の鮎は川で生まれて海で育ち、また川に戻ってくるのが一般的だが、琵琶湖の鮎はちょっと違う。<strong>「小鮎（こあゆ）」</strong>と呼ばれる琵琶湖特有の鮎なのだが、川で生まれたあと琵琶湖に下り、そのまま琵琶湖で生活する。鮎は一般的に20センチ前後まで大きくなるが、小鮎の成魚は大きくても10センチ程度。稚鮎より少し大きくなったくらいで成長が止まるのが特徴だ。広い琵琶湖で育つのだから大きくなりそうなものだが、これには鮎のエサになる藻類が少ないという琵琶湖の環境が影響している。琵琶湖の小鮎は、<strong>世界で唯一ここだけに生息する特別な鮎</strong>なのだ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">旨みが強く、繊細な味わい</h3>



<p>小鮎の旬は、<strong>5月から８月上旬</strong>ごろ。この時期になると地元のスーパーには琵琶湖産の小鮎が並び、琵琶湖の周辺では佃煮を炊く醤油の香りがたちのぼる。小鮎の炊き方は地域や家庭、加工業者によってもさまざまで、昔から続く滋賀県ならではの地域に根付く食文化として継承されてきた。</p>



<p>小鮎は<strong>うろこが細かくなめらかで、皮や骨が柔らかいため、丸ごと食べられるのが特徴</strong>だ。サイズは稚鮎とさほど変わらないが、成魚なので稚鮎より<strong>旨みは強く、それでいてクセがない。鮎ならではのほろにがさも</strong>あり、滋賀県の郷土料理である佃煮をはじめ、天ぷらやマリネ、南蛮漬けなど、滋賀の人々のソウルフードとして子供から大人まで広く親しまれている。</p>



<h3 class="wp-block-heading">全国各地の鮎は琵琶湖がルーツ？</h3>



<p>琵琶湖の小鮎は成長しても大きくならないことから、河川の鮎とは別ものと考えられていた。しかし大正2年に東京の多摩川に放流されたところ、<strong>河川では一般的な鮎と同様に大きく育つ</strong>ことが判明。それ以降、<strong>琵琶湖の鮎は河川への放流用や養殖用として全国に出荷されるようになった</strong>。現在、全国の川で見られる鮎の中には、琵琶湖にルーツを持つものも少なくないかもしれない。</p>



<p>滋賀県を拠点に活躍した近江商人を象徴する言葉に<strong>「琵琶湖の鮎は外に出て大きくなる」</strong>というものがあるが、これは琵琶湖を離れて全国各地へ放流されたのち川で大きく成長する鮎と同じように、滋賀の人間も外へ出ることで成長する、という意味が込められているのだとか。</p>



<h2 class="wp-block-heading">素材にこだわった湖魚料理を販売する「あゆの店きむら」</h2>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/06/kimuraya-03-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-37413" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/06/kimuraya-03-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/06/kimuraya-03-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/06/kimuraya-03-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/06/kimuraya-03.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>そんな琵琶湖の鮎を、多彩な食品に加工して販売する店が滋賀県彦根市にある。<strong>「あゆの店きむら」</strong>は、1970年に創業した鮎の専門店。創業前の1953年には<strong>全国に先駆けて鮎の養殖を始め</strong>、天然にも負けない良質な鮎の生産を追求し続けている。</p>



<p>自社で育てた養殖の鮎と琵琶湖でとれた天然の小鮎を中心に、「琵琶湖の宝石」と呼ばれるビワマスや滋賀県名物の鮒寿し（ふなずし）など、新鮮な素材を使った湖魚料理を生産、販売している。</p>



<h3 class="wp-block-heading">鮎のおいしさを最大限に引き出す養殖方法</h3>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/06/kimuraya-01-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-37414" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/06/kimuraya-01-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/06/kimuraya-01-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/06/kimuraya-01-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/06/kimuraya-01.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>「こんな街中に大きな養殖場があったなんて知らなかった、と地元の方にもたまに驚かれます。養殖場には池が40面ぐらいあって、今は小さい鮎が全部で15トンほどいますが、これから大きく育てていって最終的には20から30トンぐらいになります」と、話すのは同社の4代目を務める木村昌弘さんだ。たしかに、店舗や住宅が建ち並ぶ市街地にある店の裏側にこんな大きな養殖場があるのは、なかなか異様な光景。ここならではの景観なのかもしれない。</p>



<p>鮎の養殖には<strong>地下300メートルから汲み上げたミネラル豊富な湧き水</strong>を使い、比較的低温水で5〜6ヵ月かけてじっくりと育てるという。また、鮎は環境の変化に敏感でストレスを感じやすいので、より自然に近い環境で育てるために水車を使って<strong>川の上流部のような速い水流を再現</strong>している。活発に泳がせることで、<strong>身の引き締まった上品で淡泊な味わい</strong>に育つそうだ。鮎が遊ぶ場所を作るために、池を八角形にするという工夫も施されている。「鮎は酸素が少ないとすぐに死んでしまうので、水を回して水中にたくさん酸素を含ませるなど、できる限り自然に近い環境で育てています」と木村さん。養殖から始まった老舗ならではの、徹底したこだわりが伺える。</p>



<h3 class="wp-block-heading">琵琶湖の資源を大切に育てる</h3>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/06/kimuraya-06-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-37415" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/06/kimuraya-06-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/06/kimuraya-06-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/06/kimuraya-06-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/06/kimuraya-06.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>一般的に天然の鮎は川底に自生した藻類を食べているため香りが豊かな一方、養殖の鮎は脂質を多く含むといわれる。しかし、同社で養殖される鮎は<strong>非常に香りが高く、肉質がよく締まっているのが特長</strong>だ。「いい鮎を育てるには<strong>エサと水が大事</strong>。うちでは脂臭さが少ない魚粉に、藻類やプロポリスを加えたオリジナルのエサを与えています。天然にも負けない香りのある鮎で、全国の飲食店をはじめたくさんのお客様からご好評をいただいています。東京の豊洲にも生きたまま出荷しているんですよ」と木村さん。</p>



<p>養殖には、必ず琵琶湖で水揚げされた<strong>天然の稚魚</strong>を使う。他府県には人工孵化させた鮎を養殖されている生産者もいるが、滋賀県では琵琶湖から生きたまま稚魚を入れてきて養殖するのが通例となっている。そのため、卵からの人工孵化はしないのだという。まさに素晴らしい資源を生かした、ここならではの仕事だ。</p>



<p>ちなみに、この恩恵は食味そのものにも影響している。琵琶湖産の鮎は、人工孵化させた鮎と比べて<strong>ウロコが細かくなめらかで、骨や皮がやわらかく、食感がよい</strong>のだそうだ。天然の鮎を、より安全な環境で丁寧に育てる。積み重ねられた品質へのこだわりこそが、木村さんの鮎が多くの人に愛される理由だろう。</p>



<h2 class="wp-block-heading">ここでしかとれない天然の恵みを味わう「小あゆ煮」</h2>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="768" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/06/IMG_4104-1024x768.jpg" alt="" class="wp-image-37416" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/06/IMG_4104-1024x768.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/06/IMG_4104-300x225.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/06/IMG_4104-768x576.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/06/IMG_4104.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>あゆの店きむらの<strong>「小あゆ煮」</strong>は、朝一番に琵琶湖から水揚げされた小鮎を、新鮮なまま小さな釜で少しずつ、熟練した職人が数時間つきっきりで煮上げた一品。少量ずつ丁寧に炊くので煮崩れせず、地元産の醤油と酒を使って甘辛くまろやかな味わいに仕上げられている。</p>



<p>小鮎の佃煮は、もともと<strong>滋賀県の伝統的な郷土料理</strong>。クセがなく、旨みの強い小鮎を骨まで柔らかく煮るので、ごはんのお供にはもちろん、おつまみとしても楽しめる。地元の常連客をはじめ、観光客のお土産としても人気の看板商品だ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">豊かな香りをまるごと楽しめる「あゆの塩焼き」</h3>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/06/kimuraya-10-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-37417" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/06/kimuraya-10-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/06/kimuraya-10-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/06/kimuraya-10-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/06/kimuraya-10.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>木村さんが<strong>「一番おいしい食べ方」</strong>とすすめるのが<strong>「あゆの塩焼き」</strong>だ。湖魚の中でもビワマスやコイは刺身が好まれるが、鮎に関しては塩焼きがもっともおいしいという人も多い。</p>



<p>あゆの店きむらでは、水槽から揚げた鮎を素早く氷で締め、踊り串を打って新鮮なまま焼き上げる。口を下にしてじっくりと焼くことで<strong>余分な脂が鮎の体内に残ることなく、芯まで香ばしく仕上がる</strong>そうだ。鮎そのものの香りや味わいをまるごと楽しめるほか、皮はパリッとして香ばしく、身は淡白でふっくらとやわらかい。ら川魚が苦手な人にもおすすめの一品だ。</p>



<h2 class="wp-block-heading">琵琶湖でとれる鮎の魅力を伝えたい</h2>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/06/kimuraya-05-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-37420" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/06/kimuraya-05-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/06/kimuraya-05-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/06/kimuraya-05-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/06/kimuraya-05.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>近年は、特に<strong>小鮎の人気が高まっている</strong>という。「かつては養殖池で大きく育てた鮎を氷詰めにして市場に送るのが当たり前でしたが、最近は小さい鮎の方が好まれるようになってきました。大きい鮎に比べると<strong>肝の苦味が弱く、柔らかいので骨までまるごと食べられる上に鮎らしい味はしっかり楽しめる</strong>。そんな小鮎の特徴が天ぷらや唐揚げに合っていて、気軽に味わえる夏の風物詩として首都圏の飲食店などから引き合いが増えています」と木村さん。</p>



<p>一般的な鮎は大きく成長して旬を迎えるが、<strong>琵琶湖の小鮎には旬のおいしさを小さいまま味わえる</strong>という特別な価値がある。「昔ながらの食文化を守りつつ、新しい食べ方や調理法も提案し続けたい」。木村さんのそんな思いが、琵琶湖の鮎に新たな可能性を開き、より遠くへと泳いでいく力を与えるだろう。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/37404/">夏を告げる琵琶湖の風物詩　滋賀の鮎のおいしさを伝える「あゆの店きむら」/滋賀県彦根市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>和牛を知り尽くした職人ならではの定番洋食・洋食つばき／岐阜県岐阜市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 29 Sep 2022 01:00:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[洋食つばき]]></category>
		<category><![CDATA[レストラン]]></category>
		<category><![CDATA[完全予約制]]></category>
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		<category><![CDATA[食べログ　百名店]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/09/main-11.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>  完全予約制レストラン「洋食つばき」 岐阜県南部に位置する岐阜市。玄関口であるJR岐阜駅周辺には高層ビルが並ぶ。古くは斎藤道三が礎を築き、娘の帰蝶の夫となった織田信長が楽市楽座を開くなどしたエリアだ。近年は名古屋市まで [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/33080/">和牛を知り尽くした職人ならではの定番洋食・洋食つばき／岐阜県岐阜市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/09/main-11.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p> </p>



<h2 class="wp-block-heading">完全予約制レストラン「洋食つばき」</h2>



<p>岐阜県南部に位置する岐阜市。玄関口であるJR岐阜駅周辺には高層ビルが並ぶ。古くは斎藤道三が礎を築き、娘の帰蝶の夫となった織田信長が楽市楽座を開くなどしたエリアだ。近年は名古屋市まで電車で約20分という立地もあり、ベッドタウン化が進行。多くのサラリーマンや学生が、隣接する愛知県の企業や大学へ通い、休日は多くの人が郊外の大型ショッピングセンターで過ごすのが一般的と、典型的な現代の地方都市の顔を見せる。</p>



<p>一方、全国で5本の指に入るほど市民の外食費が高く、人口1,000人当たりの飲食店数も国内トップクラスと、外食の需要が高いことはあまり知られていない。そうした環境において、県内外から訪れる客をうならすのが、完全予約制のレストラン「<a href="https://yoshokutubaki.jp/" target="_blank" rel="noopener" title="">洋食つばき</a>」だ。 </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/09/kiji2-11.jpg" alt="" class="wp-image-31997"/></figure></div>


<h2 class="wp-block-heading">情緒あふれる古民家で味わう洋食</h2>



<p>JR岐阜駅からは車で20分ほど北上した静かな山のふもとにある。築150年を超える古民家ならではの情緒があふれ、手入れの行き届いた庭には小川のせせらぎが心地よく響き、高級旅館を彷彿させる佇まいである。門からお店の入り口までを歩くだけで懐石料理を食べに来たのではと錯覚させる程。店内は和風モダンな造りで玄関では靴を脱ぐスタイル。 </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/09/kiji3-11.jpg" alt="" class="wp-image-31998"/></figure></div>


<p>そして木のぬくもりが感じられるテーブルに敷かれた和紙のランチョンマットにはお箸がそえられている。料理が載せられるプレートはどれも白地に金縁のみのシンプルなデザインで統一。いわゆる昔ながらの誰もが想像する「品のよい洋食」の風貌だ。<span class="swl-marker mark_yellow">どこまでも和風の空間で頂く洋食である。</span>メニューはコース料理を中心にアラカルトの用意もあり、料理に合わせたワインの品ぞろえも豊富だ。 </p>



<h2 class="wp-block-heading">和牛のスペシャリストだからできること</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/09/kiji4-11.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p>この店は岐阜県揖斐郡（いびぐん）に本社を置き、肉をメインとした飲食店を展開する株式会社田中屋フードサービスが運営している店の一つで、「食べログ 洋食 百名店2022」で全国2位に選ばれるなど食通の間で評判だ。株式会社田中屋フードサービスはこのほかにも2020年には東京の一等地・銀座6丁目に「肉屋 田中」をオープン。その日最高の銘柄肉をメインに使ったおまかせコース1本で勝負する本格肉割烹として話題になった。代表の田中覚さんは、自らを肉師と称す正に和牛のスペシャリスト。牛馬の仲介をする馬喰（ばくろう）の祖父、精肉店を営む父のもと、10歳で初めて包丁を握り、料理人を志す。25歳で焼肉店を開業し、東京、愛知、岐阜、滋賀に店舗を拡大。2019年に名古屋市の店舗「肉屋雪月花（にくやせつげっか）」にてミシュランプレートを獲得したことで一躍その名を全国区に。業界内の評価も高い。 </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/09/kiji5-4.jpg" alt="" class="wp-image-32000"/></figure></div>


<p>「洋食つばき」が人気を博したのは、ステーキやハンバーグなどクラシカルな洋食メニューにA5ランクの銘柄牛のみを用いたこと。多くの人に長年愛されるメニューの素材を見直すことで、味のアップデートを図ったのだ。飛騨牛、松坂牛、三河牛、近江牛、神戸牛…<span class="swl-marker mark_yellow">誰よりも多くの和牛と向き合い、その魅力をどう引き出すか長年研鑽を積んできたからこそ、理想の味から逆算して、どの和牛のどの部位をどのように使えばいいのかを知り、それを体現できる技を持つ。</span></p>



<h3 class="wp-block-heading">グルマンの心と意を掴む”公式”</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/09/kiji6-2.jpg" alt="" class="wp-image-31997"/></figure></div>


<p>店内には使用している牛肉の銘柄、個体識別番号が掲示されていることからもそのこだわり様がうかがえる。<span class="swl-marker mark_yellow">ブランド和牛×定番洋食＝“和牛洋食”</span>。誰もが思いつきそうな公式のようにも見えるが、その解は道を突き詰め慧眼を得たものにしか見えないものだ。だからこそ、多くのグルマンの心と胃をぐっと掴んで離さない。懐かしさただようメニューの中に凛と佇む肉師としてのプライドは、新しい時代の日本の洋食の扉を開き、人々が永く後世に受け継ぎたい新たなジャンルを作るのかもしれない。是非一度訪ねてみてほしい一軒だ。 </p>


<div class="swell-block-postLink">			<div class="p-blogCard -external" data-type="type3" data-onclick="clickLink">
				<div class="p-blogCard__inner">
					<span class="p-blogCard__caption">NIHONMONO &#8211; 「にほん」の「ほんも&#8230;</span>
					<div class="p-blogCard__thumb c-postThumb"><figure class="c-postThumb__figure"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/09/main-8.jpg" alt="" class="c-postThumb__img u-obf-cover" width="320" height="180"></figure></div>					<div class="p-blogCard__body">
						<a class="p-blogCard__title" href="https://nihonmono.jp/article/32996/" target="_blank" rel="noopener noreferrer">刀鍛冶に江戸時代から愛されたうなぎ屋・辻屋／岐阜県関市 &#8211; NIHONMONO</a>
						<span class="p-blogCard__excerpt">今から1200年ほど前につくられた日本最古の和歌集として知られる「万葉集」に大伴家持（おおとものやかもち）が同</span>					</div>
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<div class="swell-block-postLink">			<div class="p-blogCard -external" data-type="type3" data-onclick="clickLink">
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					<span class="p-blogCard__caption">NIHONMONO &#8211; 「にほん」の「ほんも&#8230;</span>
					<div class="p-blogCard__thumb c-postThumb"><figure class="c-postThumb__figure"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/05/main-1.jpg" alt="" class="c-postThumb__img u-obf-cover" width="320" height="180"></figure></div>					<div class="p-blogCard__body">
						<a class="p-blogCard__title" href="https://nihonmono.jp/article/31822/" target="_blank" rel="noopener noreferrer">本当に美味しい飛騨牛を見極める・料理人 深尾公則／岐阜県岐阜市 &#8211; NIHONMONO</a>
						<span class="p-blogCard__excerpt">世界からも愛される和牛 牛の味は血統で決まる。その理由は、歴史が物語る。もともと農耕のために飼育されていた和牛</span>					</div>
				</div>
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		</div><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/33080/">和牛を知り尽くした職人ならではの定番洋食・洋食つばき／岐阜県岐阜市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>刀鍛冶に江戸時代から愛されたうなぎ屋・辻屋／岐阜県関市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 21 Sep 2022 01:00:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[刀鍛冶]]></category>
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		<category><![CDATA[関市]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/09/main-8.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>今から1200年ほど前につくられた日本最古の和歌集として知られる「万葉集」に大伴家持（おおとものやかもち）が同じ官人の夏痩せを笑い、うなぎを食べるように勧めた歌が残されている。また一説には縄文時代には既にうなぎが食べられ [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/09/main-8.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>今から1200年ほど前につくられた日本最古の和歌集として知られる「万葉集」に大伴家持（おおとものやかもち）が同じ官人の夏痩せを笑い、うなぎを食べるように勧めた歌が残されている。また一説には縄文時代には既にうなぎが食べられていたとされるほど、日本では古くからうなぎは滋養強壮に効果的な魚として知られていたようだ。そして江戸時代になると、うなぎの身を開き、内臓と骨を取って串を打ち、醤油とみりんで作ったタレで香ばしく焼き上げる「蒲焼き」が広まったといわれている。同時期にスタイルが完成された天ぷらや握り寿司、そばなどと同様、現在もほぼ当時と変わらない形で愛され続けている。</p>



<p>鎌倉時代に多くの刀鍛冶が移り住み、刃物産業が発展した岐阜県関市。ここでは、1日中熱い作業場で鉄を打ち続ける刀鍛冶のスタミナ源としてうなぎが重宝されたこと、商人が商談の際によく利用していたこと、また海で生まれ、川で育つうなぎにとって、まちなかを流れる長良川の清流が生育環境に適していたこと、鵜飼の鵜匠からも精をつける料理として愛されていたことなど、幾多の条件が重なり、数多くのうなぎ屋が地域の産業とともに発展し、今日も狭い地域に20を超えるうなぎ料理店が密集し、地域の住民だけでなく観光客からも人気を集めている。 </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/09/kiji2-8.jpg" alt="" class="wp-image-31998"/></figure></div>


<p> </p>



<p>なかでも最も古い歴史を持つのが、関市の中心に位置し東西に約800mほど伸びる本町商店街で、昔ながらの街並みを残す一角にある『辻屋』だ。江戸時代に誕生し、創業160余年。初代当主の川釣り好きが高じて、いかに釣った魚を美味しく食べるかにこだわった事がきっかけで人々にも川魚の美味しさを伝えたいと食事処を開いたのが始まりと言われている。 </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/09/kiji3-8.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<p>店の周辺には、うなぎを焼く煙が立ち込め、タレの焦げた香りが漂い食欲をそそる。のれんをくぐった先、奥に長くつながる座敷の掘りごたつ席に幅広い年齢層の客が腰をかけ、料理を待つ。ひっきりなしに訪れる客を、和服を見事に着こなした名物女将が丁寧に迎え、店の奥では職人たちが熟練の技でうなぎを串に打っては焼く。創業当初から変わらない光景が老舗たる所以だ。 </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/09/kiji4-8.jpg" alt="" class="wp-image-32000"/></figure></div>


<p> </p>



<p>名物は「うな丼」。こんがりと焼かれた表面は香ばしくカリッとした食感。中には、程よくのった脂が閉じ込められている。秘伝のタレと相まって、固めに炊き上がったご飯との相性は抜群だ。基本となるスタイルは、背開きしたうなぎに串を打ち、蒸してから焼き上げる関東風ではなく、腹から開いたうなぎに串を打ち、そのまま焼き上げる関西風。ただし、断面もカリッと焼き上げるため、うなぎをぶつ切りにしてから串を打つのがこの店の流儀だ。代々継ぎ足して使われる秘伝のタレにうなぎをくぐらせ、備長炭を炊いた焼き台に乗せ、絶妙な頃合いで返す。うなぎの脂が炭に落ちて燻され、上がってくる煙が表面に味わい深い香りを残す。あまりの旨さに白米とのバランスを取り忘れ、うっかりご飯だけが残ってしまう事もしばしば。</p>



<p>「ミシュランガイド愛知・岐阜・三重 2019 特別版」に、「ミシュランプレート」として掲載されるほどその味は折り紙付き。関に訪れてまで食べたい逸品で間違いはない。「串打ち3年、裂き8年、焼き一生」。幾多の匠に愛された味、ここにあり。 </p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/32996/">刀鍛冶に江戸時代から愛されたうなぎ屋・辻屋／岐阜県関市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<item>
		<title>肉をおいしく“育てる”のが精肉店の仕事 「サカエヤ」で命を吹き込まれる熟成肉/滋賀県草津市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 04 Sep 2022 03:00:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[滋賀県]]></category>
		<category><![CDATA[草津市]]></category>
		<category><![CDATA[精肉店]]></category>
		<category><![CDATA[肉]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/09/main-1.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>肉は霜降りに限る、A5ランクこそ至上。そんな時代は終わりを迎えようとしているのかもしれない。子供を産んだ経産牛や、格付けの低い牛、役目を終えた乳牛を仕入れては極上の味に仕上げ、世に送り出す。滋賀県草津市の精肉店「サカエヤ [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/09/main-1.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>肉は霜降りに限る、A5ランクこそ至上。そんな時代は終わりを迎えようとしているのかもしれない。子供を産んだ経産牛や、格付けの低い牛、役目を終えた乳牛を仕入れては極上の味に仕上げ、世に送り出す。滋賀県草津市の精肉店「サカエヤ」には、今日も全国の食通や料理人たちが絶えず訪れる。<br> </p>



<h2 class="wp-block-heading">肉を「<strong>手当て</strong>」して生まれ変わらせる精肉店</h2>



<p> </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/09/kiji1.jpg" alt="" class="wp-image-31997"/></figure></div>


<p> </p>



<p>日本最古のブランド牛といわれる近江牛。その生産地である滋賀県に、全国の料理人や肉好きが注目する精肉店がある。生産者から骨付きの枝肉を仕入れ、<strong>「手当て」</strong>して販売するサカエヤだ。自分たちは卸問屋ではなく精肉店。だから生産者から仕入れた枝肉を吊るし、熟成させ、個体によって保存方法を変えながら、<strong>その肉が持つポテンシャルを最大限まで引き出して売る</strong>ことを信条としている。店主の目利きによって仕入れられた肉は、職人たちの手当てを経ることで一段も二段もおいしくなって消費者の元へと巣立っていく。 </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/09/kiji2-1.jpg" alt="" class="wp-image-31998"/></figure></div>


<p> </p>



<h3 class="wp-block-heading">50種類の肉が並ぶショーケース</h3>



<p>店舗のドアを開けると、視界いっぱいに広がるショーケースに50種類以上の肉が並ぶ。サカエヤでは、ひとりの客に対して<strong>20～30分の接客は当たり前</strong>。スタッフは必ずショーケースの前に出て、横に並んで対応する。お客様の好みを聞き、一般家庭でもおいしく食べられるよう焼き方や調理についてのアドバイスも丁寧に行うので、スタッフ一人ひとりに幅広い知識が必要だ。</p>



<p>中には東京から月に一度来て、1ヶ月分の肉を注文して帰る常連客もいるという。10日着、20日着といったように、その肉を<strong>食べたいタイミングに一番おいしい状態で届く</strong>ように準備して発送されるので、特に肉好きはここに来て買うことにこだわる人も多い。<br></p>



<h3 class="wp-block-heading">料理人の個性に合わせたオーダーメイド</h3>



<p>ディスプレイも兼ねた店頭の熟成庫には迫力のある塊肉が並び、東京をはじめ全国各地にある有名レストランの名前が書かれた札が添えられている。飲食店に販売する肉は、すべてその店に合わせた<strong>オーダーメイド</strong>。骨の付いた枝肉を仕入れた時点で、これはあの店、こっちはこの店と瞬時に卸先を決め、店や料理人の個性に合わせて仕上げていく。</p>



<p>「僕は必ず肉を骨付きで仕入れ、<strong>骨付きで出荷</strong>します。例えばリンゴは丸いままだと鮮度を保てますが、カットした途端に茶色く酸化し始めますよね。肉も同じ。骨を抜くとそこから酸化が始まります。だから僕は、レストランには絶対に骨付きでしか出荷しません。最適な肉を提供するには、卸先がどんな思いで店をやっているのか、どんな環境で肉を焼いているのかを知ることも重要です。だからお互いをよく知るために、卸先のシェフには必ずここまで足を運んでもらって、僕も卸先のお店まで行く。牧場にも連れて行って、牛がどんな風に育っているかも見てもらいます。そういうやり取りを何度か繰り返して、お付き合いが始まる。まずは<strong>人として信頼し合えるかどうか</strong>、取引はその後からです。」と、代表の新保（にいほ）吉伸さんは語る。<br></p>



<h2 class="wp-block-heading">生産者との間にあった高い壁</h2>



<p> </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/09/kiji3-1.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<p>新保さんが肉の世界に入ったのは19歳の時。27歳で独立し、滋賀県草津市に「近江牛専門店さかえや」をオープンした。本来飽き性な性格だが、肉に魅せられて夢中になるうちに、気づけばずっとこの業界に居続けていたという。</p>



<p>そんな中、2001年に起きたBSE（牛海綿状脳症）の流行で人生が一変する。牛肉が売れず窮地に立たされたことをきっかけに、どの牧場がどんな血統の牛をどう育てているか知りたいと思い、滋賀県内にある<strong>牧場を1件ずつ訪ね歩いた</strong>。当時は生産者と精肉店が直接交わることはまず無く、肉が入荷しても誰が育てたものかわからないのが当たり前。生産者が自分の育てた肉を食べたことがないというのもよくあることで、生産者、精肉店、レストランや一般客、すべての間にとても高い壁があった。そんな現状を少しでも変えたいと思い、行く先々の牧場で動画を撮影しては、自社のホームページに上げていった。クローズアップされることで生産者にも喜ばれ、今では北海道から沖縄まですべてその土地に行き、場合によっては泊まり込んで、<strong>信頼できると思った生産者</strong>からのみ仕入れた肉を扱っている。<br></p>



<h3 class="wp-block-heading">料理人と生産者をつなぐ存在に</h3>



<p>「料理人にとって、精肉店は“業者”と見られることが多い。私たちが卸す肉を『使っていただいている』という関係性が嫌で、それをひっくり返したかった」と新保さんは言う。生産者、精肉店、レストラン、その三者が対等な立場で仕事しないと、業界全体としても未来がない。僕たちは<strong>生産者と料理人をつなぐ立場</strong>。肉に手当てをして新たな価値を加えることで、生産者からより多くの牛を購入し、おいしい肉をレストランに届けることができる。そんな正しい循環を作り出せる精肉店の存在は、今後ますます重要になっていくと新保さんは語る。<br></p>



<h2 class="wp-block-heading">熟成で、肉に新たな命を吹き込む</h2>



<p> </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/09/kiji4-1.jpg" alt="" class="wp-image-32000"/></figure></div>


<p> </p>



<p>サカエヤには、湿度や温度といった条件の違う冷蔵庫が4つある。信頼できる生産者から骨付きで仕入れた肉は、この冷蔵庫の中で吊るされ、熟成によって各店の味に仕上げられて全国各地のレストランに運ばれていく。</p>



<p>熟成を成功させる鍵は熟成に向いた菌を作ることから。サカエヤの冷蔵庫には「種」と呼ばれる15年もので化石のように変化した肉が保存されている。この「種」から発生した菌が庫内に広がって肉の熟成を促している。今いるのは熟成に適した菌なので肉が腐ることはないが、ここに来るまでは大変な苦労があったという。肉によって2週間で仕上がるものもあれば、40日経っても仕上がらないものもある。過去には40日を過ぎても変化が起こらず、期間不足なのだと50日、60日と様子を見たら熟成ではなく腐敗が始まったという苦い経験も。ただ水分を抜いて湿度や温度の管理をすれば熟成するということではなく、菌の働きがあってこそ熟成はすすむ。生産者から預かった<strong>肉に命を吹きこみ</strong>、使う<strong>料理人に合わせて手当てをする</strong>ことこそ熟成。それに欠かせないサカエヤの「種」は大学教授や研究者にも相談しながら絶えず試行錯誤を繰り返し、たくさんの失敗を経験しながら今の状態に仕上げたもの。15年かけて本当においしい熟成肉を作り出すことができる最良の菌にたどり着いたのだ。<br></p>



<h3 class="wp-block-heading">硬い経産牛を柔らかく</h3>



<p>新保さんが熟成肉を始めたきっかけは、<strong>経産牛</strong>だった。一般的に、畜産業界では肉質が硬い経産牛は見向きもされず、未経産の若い雌牛ほど柔らかくておいしいとされている。役目を終えた経産牛は、人間でいうと50～70歳。多くが痩せ細り、骨はもろくなり肉量もとれない。それを半年間かけて再肥育し、熟成によって繊維を緩め、味に深みを出しておいしく食べられる肉に仕上げるのが新保さんの仕事だ。</p>



<p>「かっこいい言い方をすると、<strong>『それをしなければこの子たちはどこに行くの？』</strong>と考えたんです。おそらくペットフードか、加工品にしかならないでしょう。一般流通するような商品にはまずなりません。でも、流通する商品になる方が生産者さんもありがたいし、僕が少しでも高く買い取ることで、生産者さんはまた新しい子牛を買うことができる。それが<strong>正しい循環</strong>だと思っています」。<br></p>



<h3 class="wp-block-heading">ただ寝かせるだけが熟成ではない</h3>



<p>近ごろはいろんな飲食店で“熟成肉”の文字を見かけるが、「熟成肉を食べてお腹をこわした」「食べたことがあるけどおいしくなかった」といった声を聞くと、悔しい面もある。</p>



<p>新保さんが行う熟成は「<strong>ドライエイジング</strong>」といって、肉の表面を乾燥させることで旨味と香りを内側に凝縮させる方法だが、もちろんただ冷蔵庫に置いておくだけで水分が抜けるわけではない。大事なのは温度と湿度、風、そして目利き。毎日よく観察して、これは違うなと思ったら、環境を変えるために別の冷蔵庫に移す。</p>



<p>「肉も生き物なので、大切に<strong>守り（もり）</strong>をするのが大事です。そして今だというタイミングが来たら、すぐ料理人に連絡して使う算段をしてもらう。だから絶えず料理人と連携を取っておくことも非常に重要です。さらには一連の結果を生産者にフィードバックして、今後の育て方の参考にしてもらう」。こういった連携の繰り返しで、本当に価値のある熟成肉を作り上げる環境は培われてきた。<br></p>



<h2 class="wp-block-heading">追求するのはあくまで「おいしい肉」</h2>



<p> </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/09/kiji5.jpg" alt="" class="wp-image-32000"/></figure></div>


<p> </p>



<p>A2ランクの牛を買って、<strong>A5に匹敵する味にする</strong>のが好きだという新保さん。格付けの等級とは違う、全く新しい価値を創造したいと語る。「はじめからA3を目指して育てている生産者はまずいません。でも牛は複数頭で一緒に育つから、中には上手く餌にありつけず、大きくなれない個体も出てくる。どの生産者も、なんとかしてA5に育てないと売れないというプレッシャーを抱えています。だからA3になった牛を僕が高く買うことで、生産者は安心して牛を育てられる。微力ですが、そういった輪が広がれば畜産の世界も潤うと思うんです」。</p>



<p>精肉店は力仕事。30キロを超える肉を持ち上げて、加工しなければならない。現役でどこまでいけるだろうという不安もあるが、それとは裏腹に、またゼロから始めてみたいという気持ちもあるという。「毎日新しい発見があって、挑戦してみたいことも次々に出てきます。追求するのはあくまで<strong>“おいしい肉”</strong>。もっともっと自分が感動できるような肉をつくりたいけど、まだそこまで行けていない」と話す新保さん。肉と向き合い、料理人や生産者とのより良い関係を模索してきたからこそ、まだ先に見える新しい世界があるのかもしれない。<br></p>



<h3 class="wp-block-heading">サカエヤの肉を味わうレストラン「セジール」</h3>



<p>サカエヤの店舗には、<strong>「セジール」</strong>というレストランが併設されている。精肉店の片隅に、自分が手当てした肉を焼いて試食できるラボのような場所があればと考えたのが、セジールが生まれたきっかけだ。</p>



<p>セジールで提供されるのは、サカエヤで創り上げた肉をメインとしたイタリア料理。パスタやスープも出るが、何より<strong>肉の味を楽しめる</strong>ことを第一にしている。最近は地元でも知られてきたが、ほとんどは東京などの都市部や海外からの来客だという。月に1度来店し、1ヶ月分の肉を注文して、レストランで食事をして帰るという常連客も多い。 </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/09/kiji6.jpg" alt="" class="wp-image-32000"/></figure></div>


<p> </p>



<h3 class="wp-block-heading">精肉業界の底上げを</h3>



<p>精肉店の仕事は肉を売って終わりではない。自分が心から正しい思える肉を販売し、調理された肉がお客さんの口に入って<strong>「おいしい」と笑ってもらう</strong>、その瞬間までが自分たちの仕事だと新保さんは言う。それは生産者でも料理人でも同じこと。関わる人すべてが連帯責任で、同じ思いを持っていないと畜産業界の底上げは難しい。</p>



<p>「そのために、それぞれの間に未だある高い壁を取り払いたい。自分の代では難しくても、せめて次の代には開かれた環境を残したい」。そう語る新保さんの目指す未来、日本が誇る和牛のこれからに注目したい。 </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/09/kiji7.jpg" alt="" class="wp-image-32000"/></figure></div><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/32799/">肉をおいしく“育てる”のが精肉店の仕事 「サカエヤ」で命を吹き込まれる熟成肉/滋賀県草津市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<item>
		<title>日本の食文化を丁寧に、そして独創的に発信する「酢重正之商店」／長野県軽井沢町</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 09 May 2022 10:26:07 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[日本食]]></category>
		<category><![CDATA[長野県]]></category>
		<category><![CDATA[軽井沢町]]></category>
		<category><![CDATA[食文化]]></category>
		<category><![CDATA[酢重正之商店]]></category>
		<category><![CDATA[日本食文化]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/05/main-2.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>「酢重」、新たな歴史のはじまり 長野県の東部に位置する小諸市といえば、漫画作品をきっかけに広く認知されるようになった千石秀久が初代藩主をつとめ、小説家･島崎藤村が半生を過ごした歴史ある町だ。江戸の時代より、小諸藩御用達を [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/05/main-2.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/05/kiji1-2.jpg" alt="" style="width: 640px;"></p>



<h2 class="wp-block-heading">「酢重」、新たな歴史のはじまり</h2>



<p>長野県の東部に位置する小諸市といえば、漫画作品をきっかけに広く認知されるようになった千石秀久が初代藩主をつとめ、小説家･島崎藤村が半生を過ごした歴史ある町だ。<span class="swl-marker mark_yellow">江戸の時代より、小諸藩御用達を賜り、この町の豪商小山家が代々営んだ酢久（すきゅう）商店では味噌や醤油、酢などを醸造していた。1872年そこから分家する形で味噌蔵「酢重（すじゅう）」は生まれた。 </span>それから200余年、本家･酢久とともに、地元の醸造文化の発展に尽力してきたが、日本に洋食が普及しはじめると同時に味噌の需要が低迷。様々な事情が折り重なり昭和なかばに、酢重は醸造の商いを閉じる事となった。 それから半世紀ほどたった2004年、酢重小山家の直系である小山正（こやままさし）さんが初代当主「重右衛門正之」の名をもらい<span class="swl-marker mark_yellow">、「<a href="https://www.suju-masayuki.com/" target="_blank" rel="noopener" title="酢重正之商店">酢重正之商店</a>」</span>として屋号を復活させ、酢重の新たな歴史を刻み始めた。</p>



<p>小山さんは高校生の頃、アイスホッケーの選手としてカナダへ留学していたのだが、留学先で日本食の魅力が十分に伝わっていない現状を目の当たりにし、どうすれば自分が普段「美味しい」と感じている日本食の魅力を最良のかたちで伝える事ができるだろうかと、常々その発信方法について考えを巡らせていた。 当時から蓄え続けたそのアイデアを実現するために2000年、株式会社FONZ（フォンス）を立ち上げた。日本の食文化の代表である蕎麦の世界に着目し、酒と肴を楽しんで蕎麦で〆る江戸時代の粋な文化“蕎麦屋酒”を現代的表現にした「川上庵」が消費者に受け入れられ、次のステップとして、<span class="swl-marker mark_yellow">味噌や醤油など食卓に欠かすことのできない調味料を販売するセレクトショップ「酢重正之商店」がスタートした。</span>これこそが小山さんのルーツである酢重のアイデンティティであり海外に広く発信していきたいと考えていた日本ならではの食。 <span class="swl-marker mark_yellow">酢重正之商店では日本の“おいしい”の根底は醤油や味噌、米などにあると考え、奇をてらったものではなく、伝統に沿って丁寧に造られた商品を並べ、日々の食卓を豊かにしてくれる調味料や総菜の魅力を発信しつづけた。</span></p>



<figure class="wp-block-image"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/05/kiji2-2.jpg" alt="" class="wp-image-27662"/></figure>



<figure class="wp-block-image"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/05/kiji3-2.jpg" alt="" class="wp-image-27663"/></figure>



<h2 class="wp-block-heading">最高の相方とともに食を堪能する</h2>



<p>こうして自ブランドのファンを増やすことに成功し、2007年には酢重正之商店で展開する調味料を使った料理メニューをランチ・ディナーで楽しめる食処「<a href="https://www.suju-masayuki.com/shops/karuizawa.php" target="_blank" rel="noopener" title="レストラン 酢重正之">レストラン 酢重正之</a>」を軽井沢にオープンした。 <span class="swl-marker mark_yellow">「酢重正之商店」で主に販売しているのは味噌や醤油だが、それを単品で味わってもらうのはなかなか難しい。だからこそ、それらを受け止める理想の相方ともいえる、白飯が主役の食事を提供することで、自社商品の魅力もより伝えられるのではないかと考えたのだ。</span>特別な料理や食材ではないけれど、また来たいと足を運んでもらえる美味しい料理、温かい空間やサービスを提供したいという想いから生まれたアイデアでもあった。</p>



<p>それを叶えるために採用した“銅釜”は、土鍋と比較すると熱伝導が良く、高温で一気に炊き上げるため調理時間が短縮できる。そのため、一釜毎で常に「美味しい炊き立てごはん」の提供ができる。採用に至った最大の理由は、小山さん自身が中学生の頃に軽井沢の銅作家宅で食べた銅釜で炊いた「炊き立てごはん」の風味が忘れられないほど美味しかった実体験から。こうして銅釜を職人と共同で開発し、その時感じた「美味しい」をレストラン酢重正之のメインに置いた。<span class="swl-marker mark_yellow">こだわりの炊きたてごはんと、希少な大豆で作られた酢重自慢の味噌を使った味噌汁という、シンプルながらも飽きのこない、毎日食べたいと思ってもらえる和食を提供している。</span>この炊き立てごはんとお味噌汁は海外に店舗を展開する現在でも、海外で「ほんものの日本食」を伝える礎となっている。</p>



<figure class="wp-block-image"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/05/kiji4-2.jpg" alt="" class="wp-image-27662"/></figure>



<figure class="wp-block-image"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/05/kiji5-1-1.jpg" alt="" class="wp-image-27663"/></figure>



<h2 class="wp-block-heading">日本食文化を世界へ</h2>



<p>小山さんは、この2ブランド以降も日本ひいては自然豊かな長野県の食材の魅力を最良の形で伝えたいという想いを強く持ち、ベーカリー&amp;レストラン「沢村」、「銀座 真田」など多くの飲食ブランドを展開しつづけている。 そんな中、後継者を探していた本家･酢久商店の事業を小山さんが継承することになった。 こうして2021年、一度分かれた両家が再びひとつとなり、これから先の歴史を一緒に紡いでいくこととなる。これにより、新たな事業の可能性も拡がった。小山さんが叶えたかった<span class="swl-marker mark_yellow">“日本の食文化を世界に発信する”</span>というビジョンが、より具体的になり、現在店舗を構えるアジア圏ばかりではなく、欧米諸国への出店計画も着手視野にいれている。 日本食の素晴らしさを愛し、それを世界に伝えんと思いを巡らせた青年の夢は、大きく飛躍し日本中の食通たちを唸らすほどのブランドに成長。いよいよ世界中の人が酢重正之の和食を囲んで酒や会話を愉しむ、そんな“日本の粋”が世界のスタンダードとなる日も、もう間もなくかもしれない。</p>


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