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	<title>加工品 - NIHONMONO</title>
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	<description>「にほん」の「ほんもの」を巡る旅マガジン</description>
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		<title>世界初の地下海水を使った青のりの陸上栽培で、海藻の食文化と豊かな海の継承を目指す「合同会社シーベジタブル」／高知県高知市</title>
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		<pubDate>Tue, 28 Jul 2026 02:40:13 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/26TV-145615-1.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>近年、海水温の上昇により海藻が海で育たない「磯焼け」という現象が世界的に海洋環境の問題となり、日本国内の海の天然の藻場（もば）は年間で東京ドーム千二百個分が消えているとも言われる。海の生態系の土台が揺らぎ、漁業全体に影響 [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/26TV-145615-1.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>近年、海水温の上昇により海藻が海で育たない「磯焼け」という現象が世界的に海洋環境の問題となり、日本国内の海の天然の藻場（もば）は年間で東京ドーム千二百個分が消えているとも言われる。海の生態系の土台が揺らぎ、漁業全体に影響を及ぼしている現状に危機感を覚えた高知県の「合同会社シーベジタブル」（以下、シーベジタブル）は、2016年に世界初となる地下海水を用いた青のりの陸上栽培をスタートさせた。全国各地に地域のパートナーと共に海藻ファームを展開して意欲的に陸上栽培と海面栽培に取り組むことで、豊かな海と海藻の食文化を残そうとしている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">四万十川から消えた青のりを陸上栽培する</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/26TV-143652.jpg" alt="" class="wp-image-54929" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/26TV-143652.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/26TV-143652-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/26TV-143652-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>青い空から降り注ぐ強い日差しと温暖な気候で知られる高知県。東西に細長い地形で、南側は太平洋に面し北側には四国山脈がそびえる。シーベジタブルの陸上拠点では、青のりの中でも最高級品種として知られる「すじ青のり」が世界初の陸上栽培技術で育てられている。</p>



<h3 class="wp-block-heading">大学時代から抱いた、大好きな海への想い</h3>



<p>共同代表の蜂谷潤さんは岡山県出身で、高知大学に在学中から“海洋深層水を活用したアワビ類及び海藻類の複合養殖”ビジネスプランを構想。共同代表の友廣裕一さんの協力を得て、事業化に向けた実証研究を行っていた。海洋深層水とは、高知県の室戸沖の水深320〜374メートルの深さから汲み上げるため、年間を通して約10度と低温で安定している海水だ。</p>



<p>蜂谷さんは、もともと海に潜り、間近で見る魚を獲ることが好きだったという。「毎年同じ場所に潜るたびに、魚の数が目に見えて減っていきました。魚が多く集まる場所には必ず海藻があると気づき、海に魚を戻したいという想いから海藻の研究に打ち込んでいきました」。</p>



<p>温暖化による海水温の上昇は、魚の生息域を変え、高知県の海藻産業にも影響を及ぼしていた。最後の清流と呼ばれる四万十川（しまんとがわ）の河口付近の、淡水と海水が混じり合う汽水域（きすいいき）は、国内一の「すじ青のり」の天然漁場だったが、2020年には漁獲量がほぼゼロになった。河口域の水温の上昇と、水揚げの低下が比例しているとされている。<br></p>



<p>蜂谷さんは、天然で採れなくなったすじ青のりを復活させようと、立ち上がった。海域で海藻が育たなくなったのであれば、陸上で育てよう、海藻の食文化を絶やさないために挑戦をしてみようと、想いは深まっていったという。</p>



<h3 class="wp-block-heading">太平洋のそばに造られた大水槽で、すじ青のりが漂う</h3>



<p>太平洋を臨む海沿いにあるシーベジタブルの陸上拠点を訪ねると、いくつも並ぶ巨大な円形水槽に驚かされる。一番大きいものは直径が約25メートルと、小学校のプール程度の長さがある。</p>



<p>すじ青のりは、成長が驚くほど早く、条件が整えば一日で倍ほどの大きさになることもあり、朝と夕方で姿が変わるほどの生命力を持つのだそうだ。水槽は4つのサイズがあり、約1週間ごとにサイズの大きな水槽へ育ったすじ青のりの移し替えを行う。</p>



<p>「収穫するサイズがこれぐらいだったら美味しいという大きさがありまして、その大きさに育つように逆算して４つのサイズの円形水槽を造りました」と、蜂谷さん。</p>



<h3 class="wp-block-heading">「地下海水」を汲み上げ、攪拌を続ける</h3>



<p>水槽には「地下海水」が満たされ、海藻の成長に理想的な環境が一年を通して維持されているという。地下20メートルから汲み上げる「地下海水」は、海から砂などの地層を通ることで自然に濾過され、清浄で安定した水温を保つことができるのだ。また、雨が降れば淡水が混ざり、晴れれば光合成が進む。海と川が交わる汽水域を好む海藻にとって、この場所は自然に近い環境なのだ。</p>



<p>さらに水槽に張られた「地下海水」は、ゆっくりと円を描くように回っていた。すじ青のりは藻体の表面から栄養を吸収し、光合成によって成長するため、常に水が流れ、光が均等に当たる環境が欠かせないという。そもそも海藻は通常は石や岩などの基物に付着器を張ることで正常に育つが、ここのすじ青のりは、海藻同士を互いに付着させている。根の位置にあたる付着器を中心に放射状に広がり、まるで細い糸が束になったような姿で水中を漂わせて育てることで、均一な大きさに育っていくのだ。</p>



<h2 class="wp-block-heading">海での栽培とは異なる可能性を秘める、陸上栽培</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/30f7a9072ee79892718673e85bbd30c0.jpg" alt="" class="wp-image-54930" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/30f7a9072ee79892718673e85bbd30c0.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/30f7a9072ee79892718673e85bbd30c0-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/30f7a9072ee79892718673e85bbd30c0-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>水槽に手を入れさせてもらうと、緑のすじ青のりが、ふわりと揺れて指先に触れた。生のまま口に含むと、みずみずしい青さが広がる。乾燥させたすじ青のりはより鮮やかな緑色に変わり生よりも香りが強いという。生のすじ青のりを天ぷらにして食べると聞いたが、いずれにしても海藻本来の清々しさが際立ちそうだ。</p>



<p>すじ青のりは、北海道から沖縄まで広く分布するため、同じ種でも温度に対する耐性や成長速度など性質が地域によって違う。シーベジタブルは、高知で陸上栽培を始めるにあたって、性質特性はもちろん、食材としての香りや食感に優れたエリートの株をにこだわり、全国のすじ青のりの中から選抜を行い、試行錯誤を重ねてきたそうだ。</p>



<p>今度は、蜂谷さんのお勧めの食べ方を試してみる。袋に入った薄い塩味のポテトチップスに陸上栽培したすじ青のりの粉末を振りかけると、磯の旨味や深い香りが感じられた。陸上で育てることで栄養管理が行き届き、香りや旨味がより濃くなるという。</p>



<h2 class="wp-block-heading">青のりだけにとどまらない、未来への展望</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/26TV-155658.jpg" alt="" class="wp-image-54931" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/26TV-155658.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/26TV-155658-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/26TV-155658-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>海藻は胞子で増えるため、種類ごとに発芽や成長の条件が異なる。シーベジタブルでは一つひとつの特性を解き明かしながら、最適な育成方法を探る研究が続けられている。</p>



<h3 class="wp-block-heading">黒海苔の栽培も本格始動</h3>



<p>日本の食文化を支えてきた黒海苔の陸上栽培技術も確立した。2025年度には、黒海苔の陸上栽培での量産（乾燥重量300kg以上）に成功し、2026年度から量産に向けた準備に入る予定だという。</p>



<p>蜂谷さんは、「黒海苔に関しては世界に向けてすごく大きなマーケットがあるので、まず、陸上で生産する技術を確立して、その技術を沿岸部で仕事を失いつつある漁師さんや企業の方々に提供することで新たな生業を生み出したい。並行して、日本は地域ごとに独自の海藻が存在しており絶滅の危機にある種類も少なくないのですが、そうした海藻を再び陸上で種苗を育て、それぞれの地域で海に戻して養殖藻場をつくっていくことも考えています」という。最終的には、海に海藻がある状況を取り戻したいのだ。</p>



<p>ただ、日本人の一人あたりの海藻の消費量は、食の多様化とともに30年前の約半分ほどにまで落ち込んでいる。かつては和食とともに自然に食卓へ上がっていた海藻も、洋食や中華が日常に広がる中で存在感を失いつつある。蜂谷さんは「海藻の可能性は和食にとどまりません。青のりはピザにもよく合い、ポテトチップスに振りかければ驚くほど豊かな香りが広がります。これまで試してこなかったジャンルにこそ、消費の落ち込みという課題を解決するヒントがあると感じているので、いろいろ検証を行い発信していきたいです」と語る。</p>



<h3 class="wp-block-heading">すじ青のりでつくる醤油を開発、海藻専門店をオープン</h3>



<p>新たな挑戦のひとつが、すじ青のりからつくる「青のりしょうゆ」だ。大豆や小麦を使わず、青のりと塩、米だけを発酵させてつくる調味料だ。淡い琥珀色を帯びている。口に含むと海の香りが立ち上がり、魚介との相性は抜群だ。グルテンフリーで大豆も不使用であることから海外からの問い合わせも多く、海藻の新たな価値を示す存在となっている。</p>



<p>東京駅近くには、海藻料理を専門に扱う「シーベジスタンド」をオープンさせた。すじ青のりポテト、熊本などで昔から食されてきた幻の赤い海藻「みりん」を使った料理、海藻を贅沢にのせたラーメンなど、海藻の魅力を多角的に伝える拠点だ。海藻を“食べる文化”を再び広げる試みが、ここから始まっている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">成功の鍵を研究者が握る</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/26TV-160456.jpg" alt="" class="wp-image-54932" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/26TV-160456.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/26TV-160456-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/26TV-160456-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>シーベジタブルの事業の鍵を握るのがラボだ。ラボは、すじ青のりの陸上栽培を支える最重要な第一工程を担う。ラボで、採取・育成された青のりは約1ヶ月で陸上拠点に移り、さらに1ヶ月間育てられた後に収穫されるという。</p>



<h3 class="wp-block-heading">気の遠くなるような、胞子の選り分け作業</h3>



<p>「陸上栽培を成功させるためには、まず、すじ青のりの親から出てくる胞子を安定的に取り出して、それを死なせず生き残らせて育てていくということが一番大事です。そこで死んでしまうと、当然、栽培場に送り出すものがなくなるわけですから。バクテリアとか青のりの胞子に害を与えるようなものを取り除いて、育て上げるということが重要になってきます」と話すのは研究者の和（にぎ）さん。</p>



<p>すじ青のりの栽培において最も困難なのは、年間を通じて安定して胞子を供給するために、親株を常に健康な状態で維持し続けること。そして、親株から胞子を取り出し、死なせずに安定して成長させるプロセスだという。胞子を健全に育てるためには、バクテリアなどの有害な不純物を徹底的に排除し、適切な温度管理を行う必要がある。</p>



<p>和さんが、小さなシャーレを手に言う。「最初は本当に10ミクロンぐらいの、丸いつぶつぶなんです」。10ミクロンとは、0.01ミリ。肉眼では見えない胞子も、顕微鏡を覗けば確認することができ、数日後には青のりらしい姿で生長する様子が見られるそうだ。</p>



<p>和さんは、ピペットで約10ミクロンの胞子を丁寧に吸い取ることを何度も繰り返して“純度の高い胞子”だけを取り出していく気の遠くなるような繊細な作業を行っていた。</p>



<h3 class="wp-block-heading">シーベジタブルを支える研究者</h3>



<p>さらに、和さんは「天然の海苔は秋から春先までが収穫期で、夏は成長が止まるため収穫には適しませんでした。ですが、陸上栽培で施設を最大限稼働させるためにも、温度耐性の違う株を組み合わせて育てる必要があります。ですので、同じすじ青のりでも、北海道から沖縄までさまざまな株を100株ほど試し、適したものを見つけてきました」と話す。</p>



<p>一般的に陸上栽培は設備投資やランニングコストが大きく、採算性が重要になる。だからこそ、環境に強く、効率よく育つ株を選び抜くことが、産業として成立させるための鍵となる。研究者たちはその課題に向き合いながら、海藻の未来を切り開こうとしている。</p>



<h3 class="wp-block-heading">海藻が戻ると、海の未来が変わる</h3>



<p>海藻は、海の生態系の土台を支える存在だ。天然の藻場が減少する中、一般社団法人グッドシーの調査報告書では、陸上で育てた種苗を用いて海面栽培を行うことで、栽培していない海域と比べて魚の個体数が最大約36倍に増加するという驚くべき結果が示されている。</p>



<p>海藻が増えれば魚が戻り、海が再び豊かさを取り戻す。海藻の栽培は、食文化を守るだけでなく、海の未来を支える取り組みでもある。シーベジタブルは、日本という枠を超えて、豊かな海を次の世代へ手渡す確かな力になろうとしている。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/54923/">世界初の地下海水を使った青のりの陸上栽培で、海藻の食文化と豊かな海の継承を目指す「合同会社シーベジタブル」／高知県高知市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>「美味しい」の一言が茶栽培の原動力。「お茶の川谷園」川谷哲也さん/大分県中津市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 13 Jul 2026 10:10:52 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/DSCF2804.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>大分県北部、険しい岩山と清流が織りなす耶馬溪町（やばけいまち）の山間地に、緑の茶畑が広がっている。ここで茶葉の栽培から販売までを一手に担うのが、「お茶の川谷園」2代目の川谷哲也さんだ。静岡以西では初めて「茶聖」の称号を授 [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/54845/">「美味しい」の一言が茶栽培の原動力。「お茶の川谷園」川谷哲也さん/大分県中津市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/DSCF2804.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>大分県北部、険しい岩山と清流が織りなす耶馬溪町（やばけいまち）の山間地に、緑の茶畑が広がっている。ここで茶葉の栽培から販売までを一手に担うのが、「お茶の川谷園」2代目の川谷哲也さんだ。静岡以西では初めて「茶聖」の称号を授かり、大分の茶づくりをリードする存在として知られている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">国の事業をきっかけに、山の土地でお茶を育てる</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/DSCF9371.jpg" alt="" class="wp-image-54855" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/DSCF9371.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/DSCF9371-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/DSCF9371-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>川谷園の茶葉生産の歴史が始まったのは、昭和49年のことだ。もともと川谷さんの祖父は山仕事をメインに、炭焼きやシイタケ栽培といった山仕事を営んでいた。そして父の代になった頃、国の事業で茶の栽培が行われることに。祖父の代の山仕事では収益が低かったことに課題を感じていた川谷さんの父が開墾された土地に入ったことがきっかけで、茶業に関わり始めた。当初は、日本の茶畑のおよそ7～8割を占める「やぶきた」をはじめとした3〜4品種だったが、川谷さんがこの世界に入って品種の勉強を重ね、さまざまな品種を取り寄せた結果、現在はさえみどり、あさつゆ、あさのか、はるみどり、やぶきた、おくみどり、さきみどりの7品種に少量の紅ふうきを加えた、計8品種を育てるまでになった。</p>



<h3 class="wp-block-heading">専門家も猛反対した「あさつゆ」への挑戦</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/DSCF2697.jpg" alt="" class="wp-image-54856" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/DSCF2697.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/DSCF2697-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/DSCF2697-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>そのなかでも、川谷さんの栽培への情熱を象徴する品種がある。その圧倒的な旨みと鮮やかな緑色から&#8221;天然玉露&#8221;とも称される「あさつゆ」だ。極めてデリケートで寒さに弱いこの品種を冬の冷え込みが厳しい耶馬溪で育てることは、専門家の目には「無謀」と映り、試験場の先生からも猛反対を受けたという。それでも川谷さんは耶馬溪の自然が育むお茶の可能性を信じ、その一歩を踏み出した。</p>



<p>「当時は父親も元気だったのですが、先生から頭ごなしに”無理だ”と言われたことで、我々の反骨精神に火が付いたというのも、栽培に踏み切った理由のひとつです」と川谷さん。</p>



<p>川谷園が位置するのは標高およそ550m。茶の栽培には日中の寒暖差がある土地が向いているとされる一方、霜が降りるほど寒すぎると葉がだめになってしまう。川谷園はまさにそのギリギリのエリアであり、実際に霜害に遭うこともある。しかし川谷さんは、「厳しい環境で育った茶葉はまろやかで薫り高い良い芽になる」と言う。寒さに弱いというあさつゆの特徴は、見方を変えれば、厳しい冬を乗り越えた際にとてつもない甘みとコクを蓄えるポテンシャルでもある。逆境が、味わいの深みを生むのだ。</p>



<h2 class="wp-block-heading">伝統を礎に、科学で進化させた肥料へのこだわり</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/DSCF9338.jpg" alt="" class="wp-image-54857" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/DSCF9338.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/DSCF9338-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/DSCF9338-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>品種への探究と並走するように、川谷さんが力を注いできたのが土づくりだ。良い茶の栽培には良い土が欠かせない。そして良い土を作るのに欠かせないものといえば、栄養を与える肥料だが、父の時代は、えごまの搾りかす、菜種かす、魚かすをそれぞれ別々に畑に撒き、また新芽を出すためには硫安という窒素肥料も別に与えていた。しかし栽培面積が広がり、肥料やりを一手に担うようになった川谷さんは、すべてを別々に行うことの難しさに気づく。そこで思いついたのが、最初から全ての材料を混ぜてひとつの肥料にする方法だ。時を同じくして、「肥料の中身から、好きなようにやっていい」と父から言われたことが転機となり、自分なりのブレンドへと踏み切ったのが5年ほど前のことだ。</p>



<p>川谷さんが辿り着いた配合には、二つの大きな工夫がある。ひとつは、従来の魚かすではなく、魚の内臓や骨を含む魚粉・骨粉を使うことだ。複雑なミネラルと旨み成分を土に蓄えるためだという。もうひとつは、植物の成長に欠かせない窒素成分を補うために、マイナス196℃の液体窒素を肥料に加えることだ。それにより生まれたのが、内容物のほぼすべてが有機素材で構成された、川谷さん独自の配合肥料である。</p>



<p>さらに、茶の新芽を出す「芽出し」のために液体肥料の「ソリュブル」も取り入れている。ソリュブルは魚の煮汁を濃縮した、ミネラルとアミノ酸が豊富な有機液体肥料で、以前使っていた硫安と比べてもお茶の味の深みや濃さが変わった気がしているという。「ただ、ソリュブルは臭いんです。魚の煮汁なので、皮膚についたら2日間くらいはいくら洗っても取れません。手についていたら、食事の時に全部その味に感じられてしまうくらい強烈で」と、川谷さんは笑いながら話してくれた。</p>



<p>伝統を大切にしながらも、科学的な探究心で磨き上げられた川谷園の一杯には、耶馬溪の厳しい風土と、それに挑み続けた川谷さんの執念が凝縮されている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">一途に続ける、手もみという技</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/DSCF2812.jpg" alt="" class="wp-image-54858" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/DSCF2812.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/DSCF2812-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/DSCF2812-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>川谷園では、手もみ茶も取り扱っている。機械を一切使わず人の手だけで仕上げる手もみ茶は、江戸中期に京都宇治の茶業家・永谷宗円が考案したとされるもので、茶の葉を蒸して柔らかくした後、手でほぐし、転がし、捏ねて揉んでという作業を立ちっぱなしで行った後に乾燥させて仕上げるという工程をおよそ6時間かけて行う。出来上がった茶葉は針のように細長く、機械によって余計な力をかけられていない分、湯に浮かべると摘み取ったときの茶の葉の形に戻るという。煎れた時の色はきわめて薄く、乳白色が最上とされる手もみ茶は、口に含めばその色の薄さからは想像もできないほどの濃厚なうま味が広がる。手数の多さから量産はできず、また熟練の技術が必要なことから揉み手も減っているため、市場に出回れば手もみ茶にきわめて高い値がつく。</p>



<p>川谷さんが手もみ茶と出会ったのは、高校卒業後に国立試験場の研修生として学んでいた19歳のときだった。そこで研修同期だったのが、のちに全国手もみ茶品評会で8度の日本一に輝き、日本で初めて「永世茶聖」の称号を授かった中島毅だ。同い年の2人は切磋琢磨しながら技術を研ぎ澄ませ、やがて川谷さんも品評会の舞台に立つようになる。2011年には農林水産大臣賞（1等1席）を受賞し、静岡以西では初めてとなる「茶聖」の称号を授かった。</p>



<p>手間がかかり量産もできない手もみ茶を、なぜ川谷さんは続けるのか。そこには、過去の後悔がある。これまで2度、品評会を欠場したことがある。1度目は手もみの当日朝にぎっくり腰になったとき、2度目は手もみを続けることへの諦めの気持ちが生まれたタイミングだった。しかし、欠場して楽になった気持ちを1とすれば、「やっぱり出場しておけばよかった」という悔いが50から60ほどあったという川谷さん。品評会の結果云々という話ではなく、その年のお茶がどういうものかを感覚で確かめるためにも手もみをしよう——欠場したことで、逆に手もみの存在を実感したことが、今も川谷さんを手もみ茶へと向かわせている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">「お茶らしいお茶」を、一杯の中に</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/DSCF2768.jpg" alt="" class="wp-image-54859" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/DSCF2768.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/DSCF2768-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/DSCF2768-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>川谷園では手もみ茶のほか、煎茶、深蒸し茶、ほうじ茶など幅広いラインナップを揃えており、そのなかには客の声から生まれた商品も少なくない。</p>



<p>川谷さんが目指す味は、「お茶らしいお茶」だ。世の中で「おいしいお茶」といえば、往々にして甘みの強いものが注目されがちで、世間の多くの人もまた、そうした甘味の強いお茶こそを「美味しい」と口にする。かつての川谷さんも、その声に応えるかのように、ひたすらに甘みを追い求める時期があった。しかしその市場で戦い続けることへの疑問が拭えず、考え方を変えた。甘いだけではなく、キリっとした渋みと爽快感が走る。その味わいを理想に据えて辿り着いたのが、上深蒸し茶「翠」だ。毎年最初に仕上げるのもこの「翠」で、前年のものと飲み比べながら納得のいくブレンドを探るため、新茶を摘んでから商品化まで最低でも2週間ほどかかるという。物流が発展した現代では、産地に近い茶舗には摘み取りから3～5日で商品として並ぶ場合もあると考えると2週間はきわめて長いが、川谷さんのこだわりの結晶だともいえるだろう。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/DSCF2858.jpg" alt="" class="wp-image-54860" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/DSCF2858.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/DSCF2858-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/DSCF2858-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>一方、「作らない」と長らく決めていたにもかかわらず、客のリクエストに折れてラインナップに加えた商品もある。玄米茶だ。緑茶は50gや100g単位でパッケージとして売られているのに対し、玄米茶は500gや1kgという大容量である場合が多い。それだけの量があると、一度玄米茶を買ってしまったらしばらくの間ずっと玄米茶ばかりを飲み、緑茶を飲む機会が減るという、川谷さん流に言うと「負の玄米茶ループ」にはまってしまう。それを懸念し、玄米茶は作らないという姿勢を貫いていたものの、熱烈なリクエストを受けるうちに「自分のところで作った玄米を使えばいいのでは」という考えに至り、作ることを決意する。</p>



<p>それが、「my玄米」と名付けられた一品だ。袋を開けて驚くのは、そこに緑茶の葉が一枚も入っていないこと。文字通り、丁寧に香ばしく弾けさせた「玄米だけ」が収められている。あえて緑茶と混ぜ合わせない。この引き算の美学が生んだのは、これまでの玄米茶の常識を覆す自由度だった。玄米茶として味わうならば、緑茶は客が自分で用意する必要がある。「my玄米」においては、「玄米茶を飲み始めると緑茶の消費が減る」という川谷さんの懸念は解決された。加えて、クルトンやあられの代わりにサラダやお茶漬けに使えるという新しい提案により、既存の玄米茶のイメージを軽やかに超えていった。さらにお湯にも水にも溶けるスティックタイプの粉末玄米茶も開発し、こちらも好評を博している。</p>



<p>粉末のお茶は、東京のジェラート屋や千葉のシフォンケーキ教室でも採用されるなど、飲むだけにとどまらない新しい消費者層の開拓にもつながっている。「飲むだけに限らないところが、茶はまだまだ夢がある商品だと感じられる」と川谷さんは目を細めた。</p>



<h2 class="wp-block-heading">九州のレベルを上げ、若手を育てたい</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/DSCF9322.jpg" alt="" class="wp-image-54861" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/DSCF9322.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/DSCF9322-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/DSCF9322-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>茶の有名産地といえば静岡や狭山（埼玉県）が真っ先に思い浮かぶ。大分の名はなかなか前面には出てこない。もし自分が産地の中心で茶を作っていたら、競争に勝てなかっただろうと川谷さんは率直に語る。「おそらく今の九州で、このクラスの手もみ茶を作れるのは自分だという自負はあります。しかし全国の品評会となると歯が立たないこともある。そういう時、九州のレベルがどれだけまだまだなのかを痛感します」と、川谷さん。もちろん九州にも、全国の茶品評会で上位に入る八女市や嬉野市がある。しかし、手もみ茶ではなく別部門においてだ。手もみ茶では、狭山などに遠く及ばない。&nbsp;</p>



<p>だからこそ川谷さんが強く意識しているのが、九州の茶づくりのレベルを上げること、そして若手を育てることだ。品評会に出るには全国組織への加盟が必要だが、大分県にはその組織がなく、川谷さん自身も福岡県・八女の組織に所属している。その八女に育ちつつある若者がいる。その人物と2人で九州の手もみ会を再び盛り上げようというプロジェクトが、今まさに動き始めている。将来的には九州各県に1人ずつ全国に打って出られる作り手を育て、品評会で九州勢が一等に並ぶような未来を、川谷さんは真剣に思い描いている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">「おいしいね」の言葉に力がみなぎる</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/DSCF2827.jpg" alt="" class="wp-image-54862" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/DSCF2827.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/DSCF2827-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/DSCF2827-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>川谷園の初代である父が亡くなったのは、2022年のことだ。父が生きていた頃は「自分がやれることを8割の力でやる」という目標を持っていたが、家業をすべて一人でこなすようになった今は、100や120の力を出さなければ間に合わないことを痛感しているという。それは決して楽ではない。しかし、同業者や客から「川谷園のお茶は美味しい」と言われるたびに力がみなぎる。市場の変化は激しく、正解のルートなどないけれど、味わいも含めて柔軟にトライし続けていく。その姿勢を川谷さんは「客の口に入るまでが戦い」と表現した。</p>



<p>ペットボトルの緑茶ドリンクに押され、生の茶葉を売ることをやめてドリンク専用工場へ向かう茶業家も増えているのが現状だ。しかし川谷さんはそこに異を唱える。「学校に行って、茶について深く学んだじゃないか」と。茶の末端価格は野菜のような大きな値崩れが起きにくい。ならば必ず、問屋や社長ではなく茶葉を育てる農家自身が儲かるための突破口があるはずだ。そう言い続け、「生産者のやり方がまだあるはず。それを考えよう」と仲間に呼びかけてきた。</p>



<p>高校卒業後の研修で同期と笑い交じりに語り合った夢は、「みんなでベンツに乗って同窓会ができるくらいになろう」というものだった。あれからおよそ25年。その夢は今、「皆で儲けて、皆で幸せに。そして、その環境を取り巻く人たちまでも幸せにしたい」という思いへと深まっている。お茶づくりを通じて人を幸せにしたい。川谷さんのお茶は、その想いとともに今日も山の茶畑から生まれ続けている。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/54845/">「美味しい」の一言が茶栽培の原動力。「お茶の川谷園」川谷哲也さん/大分県中津市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>失われゆく藻場と、育て直す未来。「高知大学･総合研究センター海洋生物研究施設」が描く海の再生／高知県土佐市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 24 Jun 2026 10:44:04 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[陸上養殖]]></category>
		<category><![CDATA[研究所]]></category>
		<category><![CDATA[スジアオノリ]]></category>
		<category><![CDATA[アオサノリ]]></category>
		<category><![CDATA[海藻]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/26TV-133952.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>遥か遠くに見える水平線が美しい高知の海は、太陽の光を反射してキラキラと輝く。高知市中心部から車を走らせること約30分。太平洋に突き出る横浪半島の付け根、ヤシの木に囲まれた南国の風情が漂う一角に「高知大学 総合研究センター [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/26TV-133952.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>遥か遠くに見える水平線が美しい高知の海は、太陽の光を反射してキラキラと輝く。高知市中心部から車を走らせること約30分。太平洋に突き出る横浪半島の付け根、ヤシの木に囲まれた南国の風情が漂う一角に「高知大学 総合研究センター」の海洋生物教育研究施設はある。<br>建物に足を踏み入れると、まず巨大な魚の標本に目を引かれる。この魚こそ、高知県を代表する日本固有の肉食魚「アカメ」。絶滅が危惧される希少種だが、高知県の四万十川河口域や浦戸湾には、現在も多くのアカメが棲息している。大きいもので2メートル近くにまで育つこの巨大魚の存在は、豊かな海や汽水域の証明とも言われてきた。しかし、今、その豊かさが大きく揺らいでいる。<br>漁師たちの「昔のように獲れない」「季節がずれてきた」という声は、海の変化が確実に進んでいることを示していた。</p>



<h2 class="wp-block-heading">海藻が消えつつある海で始まった、静かな危機</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/260326_113732.jpg" alt="" class="wp-image-54714" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/260326_113732.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/260326_113732-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/260326_113732-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>「世界平均では100年で0.6度、上昇していますが、高知沿岸はその約2倍のスピードで上がっています」と話すのは、海藻研究の第一人者である高知大学の平岡雅規教授。</p>



<p>高知県は温帯性の海藻の南限付近にあたり、1970〜1980年代の高知沿岸には温帯性の海藻が豊かに生い茂る「藻場（もば）」が広がっていた。藻場は海の森とも呼ばれ、稚魚が隠れ家にしたり、イカが卵を産み付けに来たりする。アワビやサザエ、ウニなどは藻場の海藻を食べて育つ。さらに、それら小魚や甲殻類を捕食する大きな魚たちがやってくる。海の生き物たちを底辺で支える海藻が豊かであることは、海の生態系の豊かさそのものを意味していた。</p>



<h3 class="wp-block-heading">海水温1度の上昇が、海を劇的に変える</h3>



<p>しかし、温暖化の影響で海水温が上昇し、今、その藻場が急速に失われているという。たとえば、アオノリや昆布などの海藻は、冬の冷たい水温で成長する。しかし、生育上限温度を超えてしまうと、光合成や代謝が困難になり細胞構造の維持ができなくなる。水温が上がって生命の危機を感じた海藻は、自分が葉を伸ばして育つ代わりに次世代を残そうと胞子を放出し、体はバラバラになって消えてしまうのだそうだ。</p>



<p>また、近年は熱帯性の海藻が急速に増えた。1970年代にはほとんど見られなかった熱帯種が、80年代、90年代、2000年代と年を追うごとに勢力を広げ、今では高知で最もよく見かける海藻が熱帯種に置きわってしまったという。</p>



<p>その代表的な例として、熱帯性のホンダワラという海藻が挙げられる。もともと生えていた温帯性ホンダワラがほぼ年中繁っていたのに対し、熱帯性は温かい時期しか生えないため、水温の低い時期に藻場を利用していた魚の生活の場が失われた。</p>



<p>そして、沿岸部の環境の変化は、沖合の魚にも影響を及ぼす。沿岸に生えているホンダワラはちぎれて沖に流されることがある。その「流れ藻（ながれも）」に、高知ではブリの稚魚が集まってくる。漁師たちは、「モジャコ」と呼ぶその稚魚たちを獲って養殖に使っている。そのモジャコ漁の時期は春先に限られるのだが、熱帯性のホンダワラ類は夏場にしか流れてこない。将来的にモジャコ漁にも影響が出ることが危惧されている。</p>



<p>さらに言うと、２メートルの長さにも成長する熱帯性のホンダワラだが、食用には向かず、産業利用も進んでいない。</p>



<p>教授は「海藻は食材である前に、海の生態系を支える“基盤”です。海藻が消えれば、魚の回遊ルートも変わり、貝類の生息環境も失われます。さらには漁業そのものに影響を与えます」と言う。</p>



<h2 class="wp-block-heading">四万十川のアオノリが消えた日</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/P3012054.jpg" alt="" class="wp-image-54715" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/P3012054.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/P3012054-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/P3012054-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>特に衝撃的なのは、県内唯一の海藻産地として知られる四万十川（しまんとがわ）河口で起きた変化だ。高知の食文化を支えてきた海藻は、四万十川河口の川と海水が混じり合う汽水域で育つ、スジアオノリとヒトエグサ（アオサノリ）だった。特にスジアオノリについては、四万十川汽水域は全国一の天然漁場として知られており、1メートル以上に育ったスジアオノリが広がる様は、高知の冬の風物詩だった。</p>



<p>スジアオノリは香りが強く、お好み焼きやたこ焼きに欠かせない高級食材として知られる。ヒトエグサは佃煮や天ぷらとして親しまれてきた。しかし、温暖化による自然環境の変化はこの二つにも打撃を与えた。かつて年間10〜20トン採れていたスジアオノリは、2020年以降、天然ではゼロに。養殖されていたヒトエグサも2021年から採れなくなり、高知で唯一の海藻産業は一度、完全に姿を消した。</p>



<h2 class="wp-block-heading">高知大学が世界に誇る「陸上養殖」で、海藻産業の復活を目指す</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/26TV-141017.jpg" alt="" class="wp-image-54716" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/26TV-141017.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/26TV-141017-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/26TV-141017-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>四万十川の海藻が姿を消しはじめた頃、その変化に最初に向き合ったのは高知大学の研究者たちだった。</p>



<p>「このままでは、海藻文化そのものが途絶えてしまう」——そんな危機感が、静かに大学を動かしていった。</p>



<p>状況を変えたのが、陸上養殖の技術だ。高知大学では、高知の持続可能な海藻産業を再構築するため、2004年に高知県室戸市沖合の海洋深層水を使った陸上養殖システムを開発し、スジアオノリの生産に成功する。室戸は日本でも数少ない陸上近くから海洋の深層水を取水できる場所だ。水深320〜374メートルの深さから汲み上げた海洋深層水は、年間を通して約10度と低温で安定しており、冬に採れる海藻だった青のりを一年中育てられる環境をもたらした。</p>



<p>さらに、研究は進み、胞子を一斉に放出させて、集塊化した上で培養、浮遊させることで均一に育てるという特許技術「胞子集塊法」を開発した。それにより絡まりのない高品質な種苗を安定して生産できるようになったことは、世界レベルでみても画期的だった。胞子の生存率が劇的に向上、陸上での大量生産を可能にして、産業化への道を開いたのだ。</p>



<p>スジアオノリの陸上養殖量は、当初は1トンだったが、数年間の内に3トンへと増加。現在は10トンを超え、かつて天然で採れていた量の半分以上が陸上で再生されるまでになった。ヒトエグサ（アオサノリ）の陸上養殖も大型タンクでの生産が始まりつつあり、近い将来、安定供給が可能になる見込みだ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">海藻研究と陸上養殖の最先端地域に</h3>



<p>陸上養殖は設備投資が大きく、効率的に育てる技術が不可欠だが、それでも全国20カ所以上の企業が高知大学の技術を導入し、海藻の再生に取り組んでいる。さらに、藻場の再生への応用や、高水温で消失する海藻群落の復活に貢献できる可能性に期待がかかる。</p>



<p>高知の海で起きている変化は、日本全体の縮図でもある。海藻を育てることは、食文化を守るだけでなく、海の生態系を再び息づかせるための挑戦でもある。高知の海藻がたどってきた変化と、その再生に向けた歩みは、モデルケースとしてこれからの日本の海の未来を示すひとつの指標となるだろう。</p>



<h2 class="wp-block-heading">食からエネルギーまで、海藻がつくる未来──高知から始まる挑戦</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/c27a3103d1cb8ddfd90f27566c6c5c9e.jpg" alt="" class="wp-image-54717" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/c27a3103d1cb8ddfd90f27566c6c5c9e.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/c27a3103d1cb8ddfd90f27566c6c5c9e-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/c27a3103d1cb8ddfd90f27566c6c5c9e-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>2004年に成功した海藻の陸上養殖に始まる研究の積み重ねは、食の領域を超えて新たな可能性を広げている。 高知では今、「しまんと海藻エコイノベーション共創拠点プロジェクト」と呼ばれる大きな取り組みが進んでいるという。行政、企業、研究者、そして地域の人々が連携し、海藻を育て、新たな産業を生み出そうという試みだ。プロジェクトリーダーを平岡教授が務める。</p>



<p>1日で3〜4倍に増える海藻を使った紙や繊維、食用ゼリーの開発、海藻由来の生分解性プラスチック、牛など反芻動物の飼料に微量添加することで牛たちのゲップに含まれるメタン排出を９割減らすカギケノリの研究など、海藻は未来の素材として期待されている。さらに、海藻1トンがCO₂を1トン吸収するという特性から、海藻を育てること自体が地球環境を守る行為にもなる。こうして現在、海藻は、食材であり、資源であり、未来をつくる素材として、世界的に注目を集めている。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/54708/">失われゆく藻場と、育て直す未来。「高知大学･総合研究センター海洋生物研究施設」が描く海の再生／高知県土佐市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>日本海に育まれ、手摘みで受け継がれてきた天然岩のり「十六島海苔」樋野峯夫さん／島根県出雲市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 19 Jun 2026 04:14:22 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[十六島海苔]]></category>
		<category><![CDATA[岩のり]]></category>
		<category><![CDATA[天然]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/0210_nihonmono_hino_004.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>島根県出雲市の日本海沿いにある十六島（うっぷるい）町。ここで収獲した十六島海苔（うっぷるいのり）は、冬の荒海と向き合いながら手摘みされる天然の岩のりだ。強い風と波の中で育ち、その恵みを受け取るように続けられてきた営みは、 [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/0210_nihonmono_hino_004.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>島根県出雲市の日本海沿いにある十六島（うっぷるい）町。ここで収獲した十六島海苔（うっぷるいのり）は、冬の荒海と向き合いながら手摘みされる天然の岩のりだ。強い風と波の中で育ち、その恵みを受け取るように続けられてきた営みは、いまも変わらずこの場所に根付いている。歴史と自然が重なり合う中で、この海苔は特別な存在として受け継がれてきた。</p>



<h2 class="wp-block-heading">日本海の岩場で育まれ、受け継がれてきた十六島海苔</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/0210_nihonmono_hino_019.jpg" alt="" class="wp-image-54621" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/0210_nihonmono_hino_019.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/0210_nihonmono_hino_019-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/0210_nihonmono_hino_019-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>島根県出雲市の日本海に面した町、十六島。その海岸は、岬の先に大岩や奇岩が連なる独特の景観を持つ。日本海の荒波に長い年月さらされてきたその風景は、山陰でも屈指の海岸美とされる場所だ。</p>



<p>その岩場に張り付くようにして育つのが、この地の特産物、十六島海苔である。天然の岩のりで、その歴史は古く、奈良・平安時代には朝廷に献上され、江戸時代には将軍家への献上品として扱われてきたと伝えられている。</p>



<h3 class="wp-block-heading">自然に向き合い続ける収穫の現場</h3>



<p>そんな十六島海苔が収穫できるのは12月から2月にかけての短い期間のみ。強い季節風と荒波という厳しい環境の中で育ち、その条件がそのまま海苔の質を決める。</p>



<p>かつては村内に50軒弱の十六島海苔の生産者がいたが、現在十数軒ほどにまで減少。生産量も年間1トンに満たないと言われている。また、その多くが県内で消費されるため、県外ではなかなか味わうことができない希少な海苔でもある。</p>



<p>樋野峯夫（ひのみねお）さんは、そんな十六島海苔の収穫を続ける一人だ。</p>



<p>十六島海苔に携わってきたのは、およそ70年。一度は大阪へ出たものの、十六島海苔漁師である親からの声をきっかけにこの場所へ戻ってきた。</p>



<p>「十六島海苔は海からいただいているもの」</p>



<p>そう語る言葉には、自然とともにある仕事の本質がにじんでいた。人がつくるというよりも、海が育てたものを受け取る。その意識が、この営みを支えている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">荒波にさらされる岩場での収穫</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/0210_nihonmono_hino_012.jpg" alt="" class="wp-image-54622" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/0210_nihonmono_hino_012.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/0210_nihonmono_hino_012-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/0210_nihonmono_hino_012-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>海苔を摘む岩場へは、まず山道を15分から20分ほど歩いて向かう。細く険しい道を進み、その先に現れるのは、海に向かって傾斜した岩場だ。</p>



<p>遠くから見れば黒い岩にしか見えないその場所に、びっしりと付いているのが十六島海苔だ。近づくと岩は濡れて光り、波が当たるたびにその表情を変える。</p>



<p>岩には波が絶えず打ち付けてくるため、常に注意が必要だ。波は足元まで届き、ときには体にかかることもある。まさに命懸けの作業だ。</p>



<p>樋野さんはカッパと長靴を身につけ、淡々と作業を行う。波を受けても動じることなく、そのまま手を動かし続ける姿は、この場所で積み重ねてきた経験の深さを感じさせる。</p>



<h3 class="wp-block-heading">長年の経験で波のうねりを見極める</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/0210_nihonmono_hino_024.jpg" alt="" class="wp-image-54623" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/0210_nihonmono_hino_024.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/0210_nihonmono_hino_024-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/0210_nihonmono_hino_024-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>天然の岩のりである十六島海苔の収穫は、自然の状態に大きく左右される。波が強すぎれば海苔はちぎれ、波が弱ければ十分に育たない。</p>



<p>必要なのは、強さと穏やかさが共存するわずかな条件だ。</p>



<p>収穫を行う11月から2月の日本海は、強い季節風によって海が大きく荒れる時期。岩場には絶えず波が打ち付け、海苔のぬめりで岩は滑りやすい。タイミングを見誤れば波に体を持っていかれる危険もあり、一歩間違えれば命に関わる作業だ。</p>



<p>樋野さんは、その波のうねりを見ながら、その合間を縫うようにして海苔を摘んでいく。自然のリズムに合わせて体を動かすその作業は、長年の経験によって支えられている。</p>



<p>この技術は、親の背中を見て覚えてきたものだという。見よう見まねで手伝いながら身につけ、いまもなお、その日の海に応じて判断を重ねている。</p>



<p>海苔を摘む手の感覚も重要だ。力を入れすぎれば繊維が切れ、短くなってしまう。やわらかく、しかし確実に摘んでいく。その繊細な作業の積み重ねが、海苔の品質を左右するのだ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">自然のままを、手作業で一枚ずつ仕上げる</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/0210_nihonmono_hino_046.jpg" alt="" class="wp-image-54624" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/0210_nihonmono_hino_046.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/0210_nihonmono_hino_046-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/0210_nihonmono_hino_046-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>早朝からの作業を終え、正午ごろに引き上げると、次は海苔を乾燥する工程に入る。</p>



<p>海苔簀（のりす）と呼ばれるすだれに海苔を広げ、自然の繊維や形を残したまま一枚にしていく。乾いたときの厚みを考えながら、手の感覚で均一に整えていく。</p>



<p>出来上がった海苔は黒く、香りが強い。やわらかく口どけの良い一般的な養殖海苔と比べ、天然の岩のりならではのシャキシャキとした歯応えのある食感と、強い磯の風味が特徴だ。</p>



<h2 class="wp-block-heading">出雲の食文化と海苔摘みの技を次世代へ</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/0210_nihonmono_hino_063.jpg" alt="" class="wp-image-54625" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/0210_nihonmono_hino_063.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/0210_nihonmono_hino_063-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/0210_nihonmono_hino_063-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>十六島海苔は、出雲地方では正月の雑煮に欠かせない存在だ。お餅が入った出汁に浮かべると、磯の香りが広がり、特別な一杯になる。</p>



<p>こうして、十六島海苔はハレの日の食として受け継がれてきた。</p>



<p>一方で樋野さんは、「お雑煮だけでなく、いろんな食べ方を知ってほしい」と話す。天ぷらや茶碗蒸し、おにぎりやそばなど、日常の中でもその風味を楽しむことができる。</p>



<h3 class="wp-block-heading">受け継がれてきた営みを伝えていく</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/0210_nihonmono_hino_021.jpg" alt="" class="wp-image-54626" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/0210_nihonmono_hino_021.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/0210_nihonmono_hino_021-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/0210_nihonmono_hino_021-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>以前は夫婦で収穫作業を行っていたが、妻の美保子さんが足を悪くしてからは樋野さんが中心となって作業を担っている。波が打ち付ける岩場での一人作業は危険を伴うため、現在はともに作業する人が新たに加わり、支え合いながら収穫が続けられている。</p>



<p>この仕事は経験が必要で、簡単に引き継げるものではない。波の見極め、摘み方、作業の判断。そのすべてが長い時間の中で培われてきたものだ。</p>



<p>それでも、十六島海苔を次世代に繋いで行くために、人を育てていくことは欠かせない。ともに岩場に立つ中で、その感覚や判断は少しずつ受け渡されていく。</p>



<p>自然に委ねながら、必要な分だけを頂く。その向き合い方はこれからも変わらない。</p>



<p>この海で摘まれた一枚が、出雲や全国の食卓へ、そしてその先へと渡っていくように。十六島海苔の営みもまた、次の世代へと静かにつながっていく。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/54614/">日本海に育まれ、手摘みで受け継がれてきた天然岩のり「十六島海苔」樋野峯夫さん／島根県出雲市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>琉球王国時代から続く木桶仕込みの天然醸造 玉那覇味噌醤油／沖縄県那覇市</title>
		<link>https://nihonmono.jp/article/54493/</link>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 07 May 2026 10:36:55 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[天然醸造]]></category>
		<category><![CDATA[天然醸造味噌]]></category>
		<category><![CDATA[王朝みそ]]></category>
		<category><![CDATA[うっちんみそ]]></category>
		<category><![CDATA[味噌]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/tamanahaajimiso-036.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>沖縄本島、那覇市のなかでも、特に歴史ある古い街並みが残る首里の街。首里城のお膝元で170年もの長い歳月ずっと味噌造りを続けているのは玉那覇（たまなは）味噌醤油。創業当時の製法そのまま、年季の入る木桶で天然醸造を続けている [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/54493/">琉球王国時代から続く木桶仕込みの天然醸造 玉那覇味噌醤油／沖縄県那覇市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/tamanahaajimiso-036.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>沖縄本島、那覇市のなかでも、特に歴史ある古い街並みが残る首里の街。首里城のお膝元で170年もの長い歳月ずっと味噌造りを続けているのは玉那覇（たまなは）味噌醤油。創業当時の製法そのまま、年季の入る木桶で天然醸造を続けている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">沖縄でも希少な、麹から手作りをする味噌蔵</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/tamanahaajimiso-040.jpg" alt="" class="wp-image-54503" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/tamanahaajimiso-040.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/tamanahaajimiso-040-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/tamanahaajimiso-040-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>今から約120年前まで、琉球というひとつの国だった沖縄。首里城を有する首里が琉球国の中心だった。このあたりも武家屋敷が立ち並んでいた場所。そして実際、士族屋敷跡であるこの場所で、琉球王府末期の1855年〜1860年に味噌と醤油を造り始めたのが玉那覇味噌醤油だ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">戦禍をくぐり抜けて残った麹菌</h3>



<p>坂道をのぼっていくと、歴史を感じさせる古い石垣が見えてくる。重厚感のある立派な石垣は戦前から残るもの。建物は沖縄戦で倒壊したが、焼けずに残った柱を防空壕の中で保存し、柱についた麹菌が玉那覇の味をつないでくれたのだそう。</p>



<p>沖縄県内でも、麹から手作りをしている味噌蔵は希少。以前は醤油も醸造していたが、設備の老朽化により10年ほど前から醤油造りは休止している。</p>



<p>米軍統治下の時代に移行した後も、首里の街だけでも、味噌や醤油を造る蔵がけっこうあったのだそうだが、1972年の日本本土復帰により、県外の製品がどっと入ってきたことによって、ほとんどが廃業してしまった。</p>



<h2 class="wp-block-heading">5代目が守り続けた“すべて手作業”の味噌造り</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/tamanahaajimiso-035.jpg" alt="" class="wp-image-54504" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/tamanahaajimiso-035.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/tamanahaajimiso-035-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/tamanahaajimiso-035-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>現在、玉那覇味噌醤油の当主を務めるのは、6代目となる大城由美さん。5代目で2025年4月に亡くなった玉那覇有紀（ありのり）さんの長女にあたる。</p>



<h3 class="wp-block-heading">手入れをしながら、年季の入る木桶で醸造する</h3>



<p>味噌を仕込むのはすべて昔ながらの木桶だ。蒸した丸大豆に、米麹、そして、沖縄の海塩のみを混ぜ合わせ、発酵、熟成させる。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/tamanahaajimiso-016.jpg" alt="" class="wp-image-54505" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/tamanahaajimiso-016.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/tamanahaajimiso-016-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/tamanahaajimiso-016-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>麹室の扉を開けると、むわっとした空気が流れ出てくる。麹の発酵により36℃ほどある室内で、工場長が、ずらりと並ぶ麹箱に目を凝らしていた。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/tamanahaajimiso-019.jpg" alt="" class="wp-image-54506" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/tamanahaajimiso-019.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/tamanahaajimiso-019-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/tamanahaajimiso-019-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>写真は2日前に種麹をつけたもの。同社の味噌に使う国産米を使った米麹は種麹をつけて、4日ほどで黄色っぽく変色。そこからさらに発酵が進むと、麹室内は40℃ほどにもなるという。</p>



<p>高温多湿な沖縄は微生物が活発に働き、やはり本土に比べ発酵が進みやすいのだそう。夏場は3〜4ヶ月、冬場は6〜7ヶ月ほど発酵、熟成ののち、味噌が仕上がる。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/tamanahaajimiso-034.jpg" alt="" class="wp-image-54507" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/tamanahaajimiso-034.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/tamanahaajimiso-034-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/tamanahaajimiso-034-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>看板商品である「王朝みそ」は、九州の大豆を使用している。米や大豆のほどよい甘さを感じる、まろやかな口当たりだ。他には、国外産の大豆を使った「首里みそ」、ウコンを混ぜ込んだ「うっちんみそ」、米と麦の合わせ味噌の「特選みそ」を製造している。</p>



<p>直営のほか、地域のスーパーなどで販売、そしてネット販売もしてきた。一時期は製造が追いつかず、新規のネットでの注文はストップしていたが、現在では月1〜2回のペースで販売再開できるようになってきた。</p>



<p>「うちの味噌は1000円するんですけど、1200円の送料を払ってまでも本土から購入してくれる人たちがいるんです。ありがたいですね」と由美さんは話す。</p>



<h2 class="wp-block-heading">菌にとって最適な環境</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/tamanahaajimiso-003.jpg" alt="" class="wp-image-54508" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/tamanahaajimiso-003.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/tamanahaajimiso-003-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/tamanahaajimiso-003-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>年間を通して気温差のあまり大きくない沖縄は、菌の働きに適した環境。大きな桶の中では、乳酸菌や酵母菌が活発に働き、味噌の熟成中だ。ずらりと並ぶ年季の入る桶は、いびつで、漏れがあったりするけれど、できる限り丁寧に修繕を繰り返し、なるべく長く使用する。買い替えの回数を極力減らすことで、創業から続く味を守り続けている。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/tamanahaajimiso-026.jpg" alt="" class="wp-image-54509" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/tamanahaajimiso-026.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/tamanahaajimiso-026-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/tamanahaajimiso-026-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>管理しやすいホーローや強化プラスチックのタンクに変えるという選択肢もあったが、木は断熱性や保温性が高いため、気温に左右されずに温度を保つことができるため、手入れをしながら何十年と大事に使い続けているのだそう。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/tamanahaajimiso-021.jpg" alt="" class="wp-image-54510" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/tamanahaajimiso-021.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/tamanahaajimiso-021-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/05/tamanahaajimiso-021-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>製造が追いつかないとはいっても、決して効率などを優先せず、これまで大事に守られてきた製法はそのまま。</p>



<p>そんな、品薄状態が続く玉那覇味噌醤油だけれど、近くの保育園の給食で食べられる味噌は途切れることなく確保している。保育園が行う食育に賛同しているからで、すぐ近くで造られる郷里のものを食べて育ってほしいという想いがあるからだ。</p>



<h2 class="wp-block-heading">80年ぶりに木桶を新調</h2>



<p>そして、実は2026年2月に、80年ぶりに木桶を新調したばかり。国内でも少なくなっている本土の木桶職人により、金属を一切使用せず、スギの木の板と竹釘、そして竹で編まれたタガのみで組み上げられた。100年もつとも言われる、真新しくなった木桶での味噌造りが始まる。</p>



<p>日本が誇る発酵文化、発酵調味料である味噌。全国的にも麹から作る味噌蔵が少なくなり、木桶で仕込む蔵も数えられるくらいになっている。</p>



<p>ずっと変わらない人の手による製造方法、そして、この場所ならではの環境とが織りなすことでできあがる、ここだけの味噌の味。先祖代々大事に紡いできた味を守っていくために、小さな味噌蔵の挑戦は続く。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/54493/">琉球王国時代から続く木桶仕込みの天然醸造 玉那覇味噌醤油／沖縄県那覇市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>沖縄でしか味わえない特別なコーヒー「豆ポレポレ」／沖縄県沖縄市</title>
		<link>https://nihonmono.jp/article/54345/</link>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 20 Apr 2026 11:09:56 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[スペシャルティコーヒー]]></category>
		<category><![CDATA[ジャパン コーヒー ロースティング チャンピオンシップ優勝]]></category>
		<category><![CDATA[ワールドコーヒーロースティングチャンピオンシップ2位]]></category>
		<category><![CDATA[バリスタ]]></category>
		<category><![CDATA[焙煎]]></category>
		<category><![CDATA[アカチチ]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/mameporepore-040.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>歴史的にアメリカ文化の影響を受け、昔からコーヒーが親しまれてきた沖縄。そんな沖縄の「コーヒー豆」の物語もまた、新たな沖縄を知る体験のひとつだ。夜明けをむかえた沖縄産コーヒーの魅力を、「豆ポレポレ」のオーナーで焙煎士の仲村 [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/mameporepore-040.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>歴史的にアメリカ文化の影響を受け、昔からコーヒーが親しまれてきた沖縄。そんな沖縄の「コーヒー豆」の物語もまた、新たな沖縄を知る体験のひとつだ。夜明けをむかえた沖縄産コーヒーの魅力を、「豆ポレポレ」のオーナーで焙煎士の仲村良行さんが教えてくれた。</p>



<h2 class="wp-block-heading">コザ、そして高原へ</h2>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="683" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/8f5a6a66aed097dda2110af08cfb59a5-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-54351" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/8f5a6a66aed097dda2110af08cfb59a5-1024x683.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/8f5a6a66aed097dda2110af08cfb59a5-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/8f5a6a66aed097dda2110af08cfb59a5-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/8f5a6a66aed097dda2110af08cfb59a5.jpg 1170w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>「コーヒーは苦いだけでなく、チョコレートぽかったり、フルーティだったり、多種多様で面白い世界です」と話す仲村さん。沖縄県中部に位置する沖縄市に2010年に店舗を出して以降、新しい焙煎機を迎えるにあたり一度移転し、2024年には店舗の老朽化に伴い、同市内の高原地区に新店舗を構えた。</p>



<p>コザにあった旧店舗は、1950年代に建てられた沖縄ではじめて洋食を出したニューヨークレストランの跡地。その趣を活かし、見る人に歴史を感じさせてくれる、そんなデザインだった。あえて残したままの当時の看板や青さび、店内の奥に鎮座する焙煎機、思わず丁寧に呼吸したくなる店内に棲みつく香り。仲村さん自身、古いものと新しいもののバランスが心地よく、沖縄とアメリカの文化が混じり合った当時のままの雰囲気が味わえる空間を大変気に入っていた。もちろん、高原の新店舗にもそのテイストは引き継がれている。</p>



<h3 class="wp-block-heading">鍛錬の先で世界で認められた、焙煎の腕</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/mameporepore-049.jpg" alt="" class="wp-image-54352" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/mameporepore-049.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/mameporepore-049-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/mameporepore-049-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>仲村さんは、大学の卒業旅行の際に出会ったベトナムコーヒーに衝撃を受け、帰国後バリスタとしての経験を積んだ。何かを始めたら極めるタイプの仲村さんは、独学で試行錯誤を繰り返す。沖縄県内では学べない焙煎技術を求め、日本全国に足を運んだ。そんな鍛錬の中で挑戦し始めたのが、「ジャパン コーヒー ロースティング チャンピオンシップ」（JCRC）だ。2017年に行われたJCRCで優勝、その後2019年イタリアで行われたWCRC（ワールドコーヒーロースティングチャンピオンシップ）に日本代表として出場し、初出場にして世界第2位に輝いた。</p>



<p>仲村さんは焙煎士として、飲みくちが綺麗であること、そして余韻の甘さを意識しているという。「浅煎りにしても深煎りにしても、あとくちが甘さで終わるように気をつかっています。」と語る。そんな仲村さんの豆を求め、今では日本全国から通う人もいる。</p>



<h2 class="wp-block-heading">個性を引き出す、コーヒー豆との対話</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/mameporepore-030.jpg" alt="" class="wp-image-54353" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/mameporepore-030.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/mameporepore-030-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/mameporepore-030-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>コーヒーは嗜好品だ。人それぞれに好きなテイストがあり、飲む環境や時間によっても味わいの感じ方は変わる。仲村さんは焙煎士として品質を追い求めながら、そんな正解のない世界で、豆と対話し、そのポテンシャルや個性を引き出していく。</p>



<p>同じ農園の同じ品種であっても、収穫後のプロセス（工程）が違えば、それはまるで別の豆へと姿を変えるのだそう。例えば、果実のまま天日干しするとベリーのような濃厚な甘みとコクが宿り、水洗いで果肉を落とすとクリーンで澄んだ酸味が際立つ。</p>



<p>また、近年注目される発酵の工程も、味を左右する。酸素を遮断して微生物を活性化させることで、従来のコーヒーにはなかったワインやスパイスを思わせる複雑な芳香が引き出される。こうした無数の可変要素をコントロールし、一杯の物語を編み上げていくのが、コーヒーの面白さだと仲村さんは言う。</p>



<p>「コーヒー豆も、僕たち人間と同じでみんな同じじゃない。育った環境で個性が変わります。」と仲村さん。</p>



<p>焙煎の火の入れ方も、豆によって時間が違う。大きさ、硬さなど豆の状態を見極め、キャラクターを探りながらどのように仕上げていこうかイメージし、火の入れ方を決めていくのだという。豆の個性により、深煎りか浅煎りかだけでなく、飲み方まで変わってくる。ボディが強ければミルクに負けないカプチーノに、という具合だ。</p>



<p>収穫したコーヒーチェリー（コーヒーの果実）から、種子（コーヒー豆になる部分）を取り出し乾燥をさせる「精製」の工程に、栽培する農家さんのこだわりがある。そして、飲んだ時感じる風味や酸などのテイストは、その豆が育った土地の味がベースにある。豆との対話を大切にする仲村さんだからこそ、その豆がどこで生まれ、どのような環境で育ってきたのかを確認し、豆の水分値や発酵具合を確認する。</p>



<p>水分が抜けていくと音が変わってくる。<br>「豆ポレポレ」の豆は、そんなバトンリレーを経て、こだわりのドイツ製の焙煎機の中で熱を伝えられていく。</p>



<h2 class="wp-block-heading">世界に認められた沖縄のスペシャリティコーヒー</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/mameporepore-034.jpg" alt="" class="wp-image-54354" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/mameporepore-034.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/mameporepore-034-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/mameporepore-034-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>そんな仲村さんに驚きを与えてくれるのが、日本ではじめてスペシャルティコーヒーの認証をとった沖縄県北部、やんばるの森にあるコーヒー農園ADAファームさんのコーヒー豆、『アカチチ』。</p>



<p>『アカチチ』は沖縄の言葉で夜明けを意味する「あかつき」が由来。これが流行りで終わらず、未来に繋がる夜明けになってほしいという思いを込め仲村さんが命名した。</p>



<p>品質のよいコーヒー豆の持つ酸の強さ、フルーツのようなテイストは、寒暖の差が生み出す。豆をぎゅっと硬くし、糖分を閉じ込め、コーヒー豆を甘くする。まさに、コーヒーも果実なのだ。しかし、沖縄は標高が低く寒暖の差が小さい。コーヒー豆を栽培する環境として恵まれているとは言えず、スペシャルティコーヒーの栽培は難しいと言われていた。では、なぜアカチチは沖縄で育ちスペシャルティコーヒーに認証されたのか。そこには、豆一粒ひと粒の完熟度にこだわるADAファーム徳田さんのこだわりと情熱がある。</p>



<p>「消費者が飲む一杯のコーヒーが、素晴らしい風味を持ち、満足できる美味しさであること」<br>日本スペシャルティコーヒー協会（SCAJ）が定義するスペシャルコーヒーの真髄は、豆の品質のみならず、生産から抽出に至る徹底した管理と持続可能性にある。その理想を体現するのが、やんばるの深い森に抱かれた「ADAファーム」の豆。 そして、生産者の想いと森の息吹を、最高の状態で私たちに繋ぐ「豆ポレポレ」の焙煎。沖縄の森で育ち、世界で認められた豆を、この島を愛する人が焙煎し、個性を引き出す。そして、それをこの土地の水を使って丁寧にドリップする。ふたりのこだわりが重なり合い、最高に贅沢な「満足できる美味しさ」が生まれる。</p>



<p>「この土地でしか作れない、世界を驚かせる一杯」を届けるために、彼らは今日も森とともに歩み、一粒の豆にその情熱を注ぎ込んでいる。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/54345/">沖縄でしか味わえない特別なコーヒー「豆ポレポレ」／沖縄県沖縄市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>やんばるの森が育む世界が認めた沖縄コーヒー「ADAファーム」／沖縄県国頭村</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 22 Mar 2026 04:44:21 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[スペシャルティコーヒー]]></category>
		<category><![CDATA[ニューワールド1号]]></category>
		<category><![CDATA[ニューワールド2号]]></category>
		<category><![CDATA[コーヒー豆]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/ada-024.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>沖縄の自然豊かな土壌と植物としてのコーヒーとの出会い、そしてコーヒーを愛する仲間とのご縁。10年以上の歳月をかけて丁寧に育まれ、情熱あふれる物語が詰まった特別なコーヒー豆を作るADAファーム。沖縄らしい風味豊かなコーヒー [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/ada-024.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>沖縄の自然豊かな土壌と植物としてのコーヒーとの出会い、そしてコーヒーを愛する仲間とのご縁。10年以上の歳月をかけて丁寧に育まれ、情熱あふれる物語が詰まった特別なコーヒー豆を作るADAファーム。沖縄らしい風味豊かなコーヒーは世界中の焙煎士やコレクターから熱い視線を注がれる稀少な存在となっている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">豊かな森が育てる日本初のスペシャルティコーヒー</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/ada-006.jpg" alt="" class="wp-image-54181" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/ada-006.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/ada-006-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/ada-006-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>沖縄県北部、やんばるの森に位置する「ADAファーム」は、日本で初めて、スペシャルティコーヒーの認定を受けた農園だ。この称号は、カッピング（試飲審査）による100点満点の評価で80点以上という、極めて高いスコアを獲得した豆だけに与えられる。審査では「きれいな味わい（クリーンカップ）」や「際立つ酸味の質」「甘さ」など、10項目にわたる厳格な基準で品質がチェックされる。</p>



<p>栽培に最適とは言い難い環境にありながら、味と香りのポテンシャルが世界基準に達したことは、代表・徳田泰二郎さんの飽くなき情熱の結晶だ。その快挙は、今や沖縄コーヒー界全体の大きな希望となっている。</p>



<p>「徳田さんは常に進化されている。世界で認められてもなお挑戦をされていて、それが豆のクオリティに出ている。」そう話すのは、2017年に行われた「ジャパン コーヒー ロースティング チャンピオンシップ」（JCRC）で優勝、その後2019年イタリアで行われたWCRC（ワールドコーヒーロースティングチャンピオンシップ）に日本代表として出場し、初出場にして世界第2位に輝いた仲村良行さん。沖縄県沖縄市にある「豆ポレポレ」を営み、ADAファームの豆を愛する日本を代表する焙煎士のひとりだ。</p>



<p>徳田さんは沖縄でコーヒー栽培を始めた理由を「まずはここに素晴らしい農地、そして豊かな土があった。そして、植物としてのコーヒーに出会えた。さらに、沖縄のコーヒーを愛する仲間たちとの出会いもあった。それがすべてご縁で、気づいたらここまで来ていた」と語る。</p>



<h3 class="wp-block-heading">沖縄の土と、コーヒーと共に</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/ada-030.jpg" alt="" class="wp-image-54182" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/ada-030.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/ada-030-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/ada-030-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>コーヒー栽培の適地は、赤道を中心に南北回帰線の間に広がる「コーヒーベルト」と呼ばれる熱帯地域だ。代表的な産地にはブラジルやエチオピア、インドネシアなどが挙げられるが、沖縄はその北限ギリギリの外側に位置する。台風や冬の低温、酸性の土壌など、コーヒーにとっては決して「快適」な環境ではない。</p>



<p>しかし徳田さんは、土壌改良で環境を無理に変えるのではなく、山がもたらす恵みやサイクルをそのまま活かす農法を選んだ。具体的には、周囲の原生林を残し、自然の森のサイクルを壊さずに、その中で作物を育てる画期的な農法だ。<br><br>その年の気候は、豆の個性にダイレクトに刻まれる。例えば、夏場に雨が多ければ健康的な果実がしっかりと育ち、逆に、乾燥や寒暖差が激しい年は、生命力が凝縮される。</p>



<p>徳田さんは「その年の沖縄がどんな年だったかは、豆が語ってくれる」と話す。ADAファームのコーヒーを飲むことは、その年の沖縄の雨音や陽光を追体験することと同義だ。それは単なる飲み物ではなく、沖縄の自然の「記録」が詰まった唯一無二の一杯なのである。</p>



<h2 class="wp-block-heading">熟成を待ち、１粒１粒丁寧に手摘み</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/ada-032.jpg" alt="" class="wp-image-54183" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/ada-032.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/ada-032-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/ada-032-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>ADAファームのコーヒーの開花期は通常4〜7月。開花から7〜8か月かけて果実は成長・完熟となり、12月から4月までが収穫期となる。コーヒーの花は開花の期間が長いので、その分収穫の幅もあるが、本来コーヒーは雨季や乾季などメリハリがある気候の方が開花しやすい。しかし、沖縄の場合は気候が安定しないことが多く、コーヒーが開花のきっかけを掴めないこともあり、収穫の期間がより長くなる。果肉の成長だけでなく、種も成長していなければならないコーヒー豆は、種の様子を伺いながら一番いい状態を見極めていく。収穫前の気候や、コーヒーの木の個体差により、完熟した時の果実の表情や状態が変わっていくのだそうだ。収穫の際には、自分たちの目で熟度を確かめ、感触を確かめ、味わい、手摘みしていく。この丁寧さが、ADAファームの品質に繋がっている。</p>



<p>「特別なことはしていない」と徳田さんは語るが、1粒1粒のコーヒーの実に細かな手間をかけ育て上げている。</p>



<p>精製とは、収穫した実から種子（コーヒー豆）を取り出し、乾燥させる工程を指す。最高の状態で収穫されたコーヒー豆を、その豆の個性を見極め、皮を剥き、乾燥し、発酵させていく。ADAファームの精製は、常に同じではない。</p>



<p>「収穫までは同じ豆。しかし精製によって、驚くほど多様な表情を引き出せます。だからこそ、豆のポテンシャルを最大限に広げた状態で焙煎士へ託したいんです」と徳田さんは語る。目指しているのは、農園主として豆の個性を決めつけるのではなく、精製という『味の翻訳』を通じて、その豆が持つ可能性の選択肢を広げることだ。</p>



<p>また、栽培している品種にも個性がある。赤い実をつける「ニューワールド1号」は華やかな香りと明るく良質な酸味が特徴だ。一方、黄色い実の「ニューワールド2号」は、どっしりとした甘みの強さと、香ばしさとコクが際立つ。</p>



<p>数十年前に先駆者が沖縄に持ち込んだこれらの苗を、徳田さんたちは世界に認められる品質へと磨き上げた。今後は仲間と共に新種開発にも挑むという。自然に無理をさせず、土と対話しながら一粒一粒に情熱を宿す。その一杯を口にしたとき、きっと香ばしい香りとともに、生命力あふれるやんばるの森の風景が目の前に広がっていくはずだ。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/54176/">やんばるの森が育む世界が認めた沖縄コーヒー「ADAファーム」／沖縄県国頭村</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>目標は、名実ともに“世界一”の蜂蜜酒･ミードを作ること「EIGHT CROWNS」代表 Maynard Plant（メイナード･プラン）さん／宮城県富谷市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 08 Mar 2026 08:42:59 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[蜂蜜]]></category>
		<category><![CDATA[ミード]]></category>
		<category><![CDATA[BTI･ World Mead Challenge金賞]]></category>
		<category><![CDATA[MONKEY MAJIK]]></category>
		<category><![CDATA[WILD FLOWER]]></category>
		<category><![CDATA[インフューズドハニー]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/eight-crowns_A_4625.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>日本屈指のロックバンドとして、ミュージックシーンで輝き続けるMONKEY MAJIK。そのボーカル＆ギターのMaynard PlantさんとドラムのTAXさんが取り組んでいるのが、養蜂だ。ふたりが20年以上も暮らす宮城県 [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/54130/">目標は、名実ともに“世界一”の蜂蜜酒･ミードを作ること「EIGHT CROWNS」代表 Maynard Plant（メイナード･プラン）さん／宮城県富谷市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/eight-crowns_A_4625.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>日本屈指のロックバンドとして、ミュージックシーンで輝き続けるMONKEY MAJIK。そのボーカル＆ギターのMaynard PlantさんとドラムのTAXさんが取り組んでいるのが、養蜂だ。ふたりが20年以上も暮らす宮城県富谷市で採蜜し、市の中心部にある観光交流ステーション「とみやど」の中で「EIGHT CROWNS」という店舗で生はちみつを販売している。ミュージシャンであるふたりが、養蜂家となったその理由とは……？</p>



<h2 class="wp-block-heading">少年時代の記憶から辿り着いた、富谷での養蜂</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/eight-crowns_A_4022.jpg" alt="" class="wp-image-54135" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/eight-crowns_A_4022.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/eight-crowns_A_4022-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/eight-crowns_A_4022-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>宮城県富谷市は、かつて宿場町として栄えた、仙台市北部に隣接する人口5万人超の町。近年は「子育て世代に優しい町」として若い世帯の流入で話題となっている。そんな富谷市で20年以上も暮らしているのが、MONKEY MAJIKのMaynard PlantさんとドラムのTAXこと菊池拓哉さん。</p>



<p>このふたりが、はちみつの会社「EIGHT CROWNS」を立ち上げたのは、2018年のことだった。</p>



<h3 class="wp-block-heading">カナダで出会った養蜂の世界</h3>



<p>その背景にあるのが、カナダ出身のMaynardさんの少年時代にある。Maynardさんが10代のころ、養蜂家だった伯父さんを手伝うことがあった。ミツバチ何万匹もの小さな命を育て、その受粉によって農作物が実り、人々はその恵みを口にする。自然の循環と、生き物それぞれの役割を、体感として学んだ時間だったという。その記憶が「いつか自分もやってみたい」という思いとして、心に残り続けていた。</p>



<h3 class="wp-block-heading">富谷市での出会いが“点と点”をつなぐ</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/eight-crowns_A_4536.jpg" alt="" class="wp-image-54136" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/eight-crowns_A_4536.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/eight-crowns_A_4536-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/eight-crowns_A_4536-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>そんな中、NHKのローカル番組でナビゲーターを務めていたMaynardさんは、富谷市長の若生 裕俊氏と出会うこととなる。若生氏は、ビルの屋上で行う「都会式養蜂」に関心を寄せ、富谷市役所の屋上で養蜂を行っていた。そこに運命的なものを感じたMaynardさんは「富谷は養蜂を推進している町なんだから、自分もやってみよう！」とTAXさんと養蜂を始めることにした。</p>



<h2 class="wp-block-heading">始まりは“8つのミツバチの巣箱”</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/eight-crowns_B_2624.jpg" alt="" class="wp-image-54141" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/eight-crowns_B_2624.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/eight-crowns_B_2624-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/eight-crowns_B_2624-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>宮城県中部に位置する「七つ森」という緑豊かな場所に、7つの西洋ミツバチの巣箱、そして1つの日本ミツバチの巣箱、全部で8つの巣箱を置いたことからスタートを切った。会社名のEIGHT CROWNSのEIGHTはここからくる。そしてCROWNS＝冠は、女王蜂をリスペクトする単語をつけたかったからだ、とMaynardさんは話し、「後で考えたら、EIGHTって日本語で数字の8（ハチ）だから、ちょうどよかった」と笑う。</p>



<h3 class="wp-block-heading">テロワールを生かした採蜜で独自性のあるはちみつづくり</h3>



<p>花を求めて蜂の巣箱を移動させる移動養蜂ではなく、自分たちのテロワールで採蜜したいと考えていたMaynardさんとTAXさんは、蜜源としてハゼリソウの木を植えた。ハゼリソウは、青紫色の花が特徴的でミツバチにとって最高峰の蜜源植物ということで知られている。その蜜を集めることで黄金色のフルーティーなはちみつができる。あっさりとした甘味が特徴で、紅茶やヨーグルト、チーズなどにもよく合う。採蜜量は決して多くないが、クオリティのみがこだわりだ。</p>



<p>採蜜場所を増やすことはあるとしても、巣箱を持って移動することは考えていないという。年ごとの気候や自然環境によって、はちみつの風味は微妙に変化する。その違いこそが、この土地ならではのテロワールであり、異なる味わいを楽しめることに価値を感じているからだ。　</p>



<h3 class="wp-block-heading">富谷だから生まれる“WILD FLOWER”という味わい</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/eight-crowns_B_3261.jpg" alt="" class="wp-image-54137" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/eight-crowns_B_3261.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/eight-crowns_B_3261-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/eight-crowns_B_3261-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>富谷という場所柄、ミツバチが一種類の花の蜜から集めた単花蜜を採取するのは難しく、山桜、アカシア、藤などから採蜜し、それを「WILD FLOWER」としてパッケージ。一方、単花蜜のはちみつは、彼らと同じような規模でこだわりを持っている各地の養蜂家から仕入れ、販売を行っている。</p>



<p>その単花蜜（アカシア）を使い、同社が製造に注力しているのがハバネロやレモン、サフランなどをはちみつに漬け込んだインフューズドハニー（Infused Honey）。幅広い料理に使えるほか、代謝促進や免疫力向上といった健康効果も期待できるとして、近年、海外で注目を集めているのだそう。</p>



<h2 class="wp-block-heading">蜂蜜酒･ミードで富谷から世界へ挑む</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/eight-crowns_B_3227.jpg" alt="" class="wp-image-54138" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/eight-crowns_B_3227.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/eight-crowns_B_3227-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/eight-crowns_B_3227-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>さらに、彼らはWILD FLOWERから「ミード」を醸造。ミードとは、はちみつと水と酵母菌を発酵させてできあがる醸造酒で、神話にも出てくる世界最古の酒といわれている。</p>



<h3 class="wp-block-heading">東北の酒蔵とともにミードを開発</h3>



<p>ミード醸造のきっかけは、MONKEY MAJIKのカナダツアーの際、飛行機の機内誌がミードを特集していたのを見たTAXさんが「ぜひやってみたい」と持ち掛けたことにある。帰国後、MaynardさんとTAXさんは世界中のミードを飲み、同じ東北の日本酒造会社に醸造を依頼することにした。国内でミードを醸造しているのは20〜30社ほどに限られ、東北地方ではこの会社のみ。ミードを造れる環境そのものの希少性にあった。日本酒造りで培った発酵技術を生かし、はちみつ本来の香りや風味を損なわずに仕上げているのが特徴だ。甘口からドライタイプまで表現の幅も広く、実際に口にしたMaynardさんとTAXさんが「おいしい」と感じたことが、醸造を託す決め手となった。</p>



<h3 class="wp-block-heading">日本酒酵母×生はちみつが生む、ドライでフルーティーな一杯</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/eight-crowns_B_3204.jpg" alt="" class="wp-image-54140" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/eight-crowns_B_3204.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/eight-crowns_B_3204-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/eight-crowns_B_3204-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>EIGHT CROWNSのミードの原料には日本酒の酵母を使う。加水した生はちみつに日本酒酵母を合わせることで、少し酸味のあるドライな仕上がりになった。峰の雪酒造の社長がいろいろと試した結果、この酵母にいきついたそうで、まるでマスカットのようなフルーティーで飲みやすいミードに仕上がった。</p>



<p>Maynardさんは、自分のミードに「こんなにおいしいものができるなんて！すごく満足している」と笑う。ブドウによってワインの味が変わるように、ミードもはちみつによって味が左右される。EIGHT CROWNS の作る極上のはちみつが、極上のミードになるのは、言わずもがななのだ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">世界的な評価を獲得</h3>



<p>EIGHT CROWNSのミードは、 「WILDFLOWER TRADITIONAL MEAD」と名付けられ、2023年にアメリカの世界的酒品評会「BTI･ World Mead Challenge」で金賞を受賞した。酸味と甘味のバランスも絶妙で、日本酒のようなクリアな味わいも感じることができる。Maynardさんは当初、ミードの醸造にあまり乗り気ではなかったが、「様々な料理と相性抜群。ミツバチが集めた自然の恵みをそのままの状態で食卓へ届けたい」との思いから、追求を重ねたことが実を結んだ。</p>



<h2 class="wp-block-heading">目指すのは“世界一のミード”と、世界の養蜂家をつなぐ未来</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/eight-crowns_B_3290.jpg" alt="" class="wp-image-54139" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/eight-crowns_B_3290.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/eight-crowns_B_3290-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/eight-crowns_B_3290-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>Maynardさんに将来の夢を聞くと、「まずは自分のミーダリー（ミードを造る場所）を作ること」とし、さらに今でも評価の高い彼らのミードを超えた“世界一”のミードを作ること、そしてミードで地域を盛り上げていきたいと話してくれた。</p>



<p>また、養蜂家としては、日本だけでなく世界中の養蜂家とつながることのできる“ハブ”のような存在になることだ、と笑顔を見せてくれた。</p>



<p>EIGHT CROWNのはちみつは、加熱や過度な濾過を行わず、天然のビタミンやミネラル、酵素を多く含んでいる。ミツバチが花から集めてきた蜜の風味や栄養をできるだけ損なわずに届けたいからだ。それは富谷のテロワールを表現することにもつながる。</p>



<p>自然豊かな宮城県の小さなまちで生まれ、世界からも評価されるはちみつとミードは、日常に豊かさと元気を運んでくれるはず。富谷から生まれる“最高のはちみつとミード”を、ぜひ五感で味わってほしい。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/54130/">目標は、名実ともに“世界一”の蜂蜜酒･ミードを作ること「EIGHT CROWNS」代表 Maynard Plant（メイナード･プラン）さん／宮城県富谷市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>山あいの小さな茶産地が守り続ける、香り高い新宮茶。「脇製茶場」／愛媛県四国中央市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 02 Feb 2026 12:09:44 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[日本茶]]></category>
		<category><![CDATA[茶農家]]></category>
		<category><![CDATA[ヤマチャ]]></category>
		<category><![CDATA[新宮茶]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/waki009.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>愛媛県･四国中央市の山あい、新宮町で作られる「新宮茶」は、「やぶきた」品種のもつ香りの良さを引き出し、飲み疲れしないすっきりした味わいで知られる。脇製茶場の3代目･脇斗志也と、4代目･脇純樹さんが考える、地域と歴史が育ん [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/54002/">山あいの小さな茶産地が守り続ける、香り高い新宮茶。「脇製茶場」／愛媛県四国中央市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/waki009.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>愛媛県･四国中央市の山あい、新宮町で作られる「新宮茶」は、「やぶきた」品種のもつ香りの良さを引き出し、飲み疲れしないすっきりした味わいで知られる。脇製茶場の3代目･脇斗志也と、4代目･脇純樹さんが考える、地域と歴史が育んできた新宮茶の魅力とは。</p>



<h2 class="wp-block-heading">自生の地から茶の産地へ</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/waki024.jpg" alt="" class="wp-image-54018" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/waki024.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/waki024-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/waki024-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>新宮町は、古くから土地（山）に根づいた在来種の茶の木「ヤマチャ」の自生地として知られる町。江戸時代には参勤交代の要路･土佐街道が通り、往来の旅人たちが茶を一服し、ひと息つく場として親しまれてきた茶の産地だ。しかし本格的な茶の生産としての「新宮茶」の歩みが始まったのは昭和期に入ってから。「新宮茶」の創始者、脇久五郎氏は当時この地で盛んだった上質な葉たばこの生産農家の一人であったが、戦後の農業再編の中で新たな作物の導入が求められ、自生するヤマチャとは異なる「やぶきた」での栽培茶の本格的な生産に着手する。これが新宮茶の礎となっている。</p>



<h3 class="wp-block-heading">ヤブキタ種を新宮の個性で育てる</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/waki003-1.jpg" alt="" class="wp-image-54010" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/waki003-1.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/waki003-1-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/waki003-1-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>昭和29年、創始者の脇久五郎氏は、静岡県で選抜されたばかりの、やぶきた種をいち早く導入。「祖父はとにかく研究熱心だったんですよ」と語るのは、孫にあたる現社長･3代目の脇斗志也さん。当時は難しいとされていた挿木による苗づくりも、ほかの地域に先んじて成功を収めており、葉たばこからヤブキタ種の茶づくりへと転換して間もない頃から、新宮茶の香りの良さはすでに全国でもトップクラスと定評があったという。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/waki023.jpg" alt="" class="wp-image-54011" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/waki023.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/waki023-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/waki023-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>これは、新宮の風土が茶の栽培に非常に適していたことを物語っている。標高が高く昼夜の寒暖差が大きいことに加え、霧が発生しやすい気候は、茶葉が強い日差しを避けながらゆっくりと育つのに理想的で旨味を引き出す条件がそろっていた。また、ミネラル分を豊富に含む緑泥片岩（りょくでいへいがん）が混じる土壌は、茶の木の生育を後押ししている。さらに塩塚高原をはじめとする周辺地域では、肥料として活用できる茅（かや）が多く採れ、それを敷き込んだ土づくりも、香味や品質を高める一因となった。こうして「やぶきた」による茶づくりは地域に広まり、昭和45年には栽培面積45ヘクタールにおよぶ茶園を有する産地となる。</p>



<h2 class="wp-block-heading"><strong>小さな茶産地だからできる茶作り</strong></h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/waki018.jpg" alt="" class="wp-image-54012" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/waki018.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/waki018-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/waki018-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>新宮町には小規模なお茶農家が数多く点在している。脇製茶場では、そうした農家が摘んだ茶葉を自社で加工･焙煎･パッキングまで一貫して行う。いわば「村の加工場」として機能しており、生産者と二人三脚で産地を支えるスタイルを築いている。</p>



<p>また、かつては化学肥料や農薬を用いた一般的な栽培方法で作られていた新宮茶は昭和50年代後半に、無農薬栽培への転換がはじまる。新宮町は冬の寒さが厳しく、越冬する害虫が少ない。さらに周辺に生息するクモやハチによる「天敵利用」で農薬に頼らない栽培を行っている。園地が広大だと天敵の管理が行き届かず、農薬使用の調整も複雑になる。その点、新宮のような小規模な産地では茶園の状態に応じた対応がしやすく、農家間の連携も取りやすい。村全体で無農薬栽培に取り組んできた経験と技術が、現在の栽培に活かされている。</p>



<h2 class="wp-block-heading"><strong>香りを受け継ぎ、進化する茶づくり</strong></h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/waki037.jpg" alt="" class="wp-image-54013" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/waki037.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/waki037-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/waki037-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>新宮茶はどんなお茶なのか。「やぶきた」といえば、日本で最も多く栽培されている品種であり、すっきりとした飲み口と香りのよさで親しまれている。その中でも「新宮茶」は、独特な香りの強さと澄んだ味わいが特徴で、強い渋みが出にくく穏やかに旨味が広がるため「飲み疲れしないお茶」という表現がピッタリ当てはまる。山草を使った有機的な肥料で育ち、栽培当初から大切にされてきた「香りを活かす」という想いは今もなお受け継がれている。</p>



<h3 class="wp-block-heading">「やぶきた」で紅茶、4代目の挑戦</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/waki004-1.jpg" alt="" class="wp-image-54014" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/waki004-1.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/waki004-1-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/waki004-1-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>息子である4代目の脇純樹さんは、日本各地の茶産地を訪ねて学び、新宮に合う技術を吸収してきた。日本茶インストラクターや手もみ茶振興会教師補の資格も取得している。品種が増え、趣向に合わせたお茶の加工技術が上がっている現在のお茶業界で、新宮茶を全国に誇れる存在に育てようと取り組んでいる。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/waki002.jpg" alt="" class="wp-image-54015" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/waki002.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/waki002-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/waki002-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>従来、「やぶきた」は紅茶や烏龍茶には不向きとされてきた。しかし、新宮茶が持つクリアな味と香りの強さが、意外にも紅茶と好相性で、やさしい甘みをたたえた和紅茶として新たな魅力を放っている。「紅茶用の品種が増えるなか、あえて”やぶきた”でも可能性を広げていきたい」と純樹さん。実際、現在もっとも売れているのはこの紅茶で、脇製茶場の新たな柱として注目されている。さらに、焙じ茶や烏龍茶に加え、柑橘･生姜･ハーブを使ったフレーバーティーでも、新宮茶の新しい展開が進んでいる。</p>



<h2 class="wp-block-heading">地域で普及していく新宮茶</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/waki032.jpg" alt="" class="wp-image-54016" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/waki032.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/waki032-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/waki032-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>新宮町では村全体で産地を支えながら、新宮茶を通じて地域に寄り添う取り組みが続けられている。脇製茶場で仕上げられたお茶は、「霧の森大福」で全国的にも知られる「道の駅 霧の森」でも提供されており、同施設には手もみ茶を実際に体験できる茶道場や、新宮茶の歴史と魅力を学べるミュージアムも併設。また、日本茶インストラクターによる飲み比べ体験などを通じて、訪れた人が新宮茶を五感で楽しめる場になっている。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/waki008.jpg" alt="" class="wp-image-54017" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/waki008.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/waki008-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/waki008-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>「本当においしいお茶を飲んだことがない人は多い。だからこそ、まずは一度飲んでもらいたい」と語る純樹さん。自身も日本茶インストラクターとして活動しながら、「おいしいお茶とは何か」を体験として伝える機会づくりに力を注いでいる。丁寧に育まれてきた昔ながらの茶づくりと、小さな産地ならではの密なつながり。その両方を大切にしながら、新宮茶は今、地域とともに新たな可能性を広げている。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/54002/">山あいの小さな茶産地が守り続ける、香り高い新宮茶。「脇製茶場」／愛媛県四国中央市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>清里の地だからできたこと「有限会社農業法人清里ジャム」／山梨県北杜市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 02 Feb 2026 10:38:45 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[農業]]></category>
		<category><![CDATA[ジャム]]></category>
		<category><![CDATA[白桃のジャム]]></category>
		<category><![CDATA[コーディアル]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/export1.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>ペンション経営の為に移住してきたところから始まった清里ジャムは、独自の製法にこだわるジャムやコーディアルなど多くの人に受け入れられる商品を生み出した。これまで多くの開拓者を受け入れてきた歴史を持つ「清里ならではの風土があ [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/export1.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>ペンション経営の為に移住してきたところから始まった清里ジャムは、独自の製法にこだわるジャムやコーディアルなど多くの人に受け入れられる商品を生み出した。これまで多くの開拓者を受け入れてきた歴史を持つ「清里ならではの風土があったからできたこと」と語る社長・佐野間 芳樹（さのま よしき）さんの商品開発を続ける原動力とは。</p>



<h2 class="wp-block-heading">ペンション経営から始まったジャム作り</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/export3.jpg" alt="" class="wp-image-53932" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/export3.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/export3-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/export3-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>八ヶ岳南麓の山梨県北杜市清里地域、萌木（もえぎ）の村の一角にある「有限会社農業法人清里ジャム」。ここには「フルーツをそのまま食べているみたい」という感想が寄せられる程みずみずしい果実を味わえるジャムがある。</p>



<p>「余計なことをせず、素材の味を生かす」そう話すのは有限会社農業法人清里ジャムの代表取締役社長・佐野間芳樹（さのまよしき）さん。</p>



<p>製造の効率ではなく「誠実さ」を大切にすることをモットーにジャム作りを続けている。佐野間さんが「清里ジャム」の工房を立ち上げたのは2003年。30代前半でこの地へ移住し立ち上げたペンション事業の食材作りを始めたことがきっかけだった。</p>



<h3 class="wp-block-heading">清里で第二の人生を</h3>



<p>群馬県に生まれ、大学進学の際に上京し、後にファッション業界を志して専門学校へ進学した佐野間さん。卒業後は某有名ファッションデザイナーの下でデザイン業務を行っていた。やりがいのある仕事だったが、常にトレンドを追いかける目まぐるしい日々に次第に行き詰まっていったという。</p>



<p>故郷のような自然の中で仕事をしたいと思い、当時ブームだったペンション経営の道に進むことを決意。八ヶ岳周辺で物件を探しているところで清里と出会い、この土地でペンション事業を行っていく事を決心した。</p>



<h3 class="wp-block-heading">農業への興味</h3>



<p>ペンションで提供する料理に必要な食材が上手く手に入らなかったことから、まずは自身で農業を始めたと当時を振り返る佐野間さん。</p>



<p>初めはハーブや野菜などの食材を作っていたが、次第に農業へのめり込むようになっていく。「仕方がないので食材を自分で作ってしまおうと始めた農業でしたが、結構うまく行ったんですよね。元々興味もあったので、勉強しながら作る物も広げていきました」。清里の土地に合う農作物を探し試行錯誤を重ねた結果、辿り着いたのがブルーベリーだった。</p>



<p>観光農園として本格的に栽培をスタートし、収穫したもので作った自家製のブルーベリージャムをペンションの食事で提供してみると、利用客から好評の声が多く寄せられるように。近隣のホテルなどからも仕入れの要望が舞い込むようになったこともあり、いよいよ本格的に製品化へ踏み切ることとなる。<br></p>



<h3 class="wp-block-heading">清里の受け入れる風土と拡大するジャム事業</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/export4.jpg" alt="" class="wp-image-53933" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/export4.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/export4-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/export4-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>宿泊業に並ぶ柱として、加工品の市場へ事業を開拓しはじめた佐野間さん。さらにその背中を押すこととなった転機が訪れたのが2003年、当時の高根町町長の発想で始まった萌木の村内施設建設の話を持ちかけられたことだった。</p>



<p>「当時の町長が非常に意欲的で聡明な人でした。元々地域の特性として酪農やその生産物であるミルクなどに力を入れていましたが、それ以外の特産品作りや農業へ尽力してくれたんです」</p>



<p>牛乳以外の特産品を作る。佐野間さんはそのミッションを果たすべく、町長直々に推薦を受けてジャム作り事業としてエントリー。その結果見事採用され、ペンションで消費する分だけの小規模だったジャム作り事業を拡大することになり、「有限会社農業法人清里ジャム」を設立。いよいよ地元山梨の果物を使った「清里ジャム」のブランドが生まれた。これら一連の経緯を「清里だからできたこと」と語る佐野間さん。「清里は開拓者の町なので、外部からの人を受け入れる風土がありました」。事実、1938年の奥多摩湖のダム建設により沈むこととなった村の住民たちが清里地区に移住し、新たな開拓を始めたという歴史がある。厳しい寒さと飢えに耐えながら痩せた荒地を開墾するという過酷な作業に取り組み、地域を発展させてきた清里には、佐野間さんのいう「受け入れる風土」があるのだろう。移住者にも分け隔てない風土があったからこそ、こうした新しいムーブメントが起きたのだ。</p>



<p>農業体験と宿泊を掛け合わせた「農泊連携」にもいち早く取り組んでいた当時の高根町では、町長が青年塾という団体を作り、毎年ヨーロッパ諸国への視察を実施。農業を観光に繋げ「アグリツーリズム」や、野菜・果物の現場を学んでいたという。「非常に有意義な体験だった」青年塾の一員だった佐野間さんはそう当時を振り返る。この視察で刺激を受けた佐野間さんはペンションでも摘み取り体験やジャム作り体験などの宿泊と畑をセットにした施策を打ち出していく。</p>



<h2 class="wp-block-heading">魔法のかかった「清里ジャム」</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/export7.jpg" alt="" class="wp-image-53934" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/export7.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/export7-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/export7-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>「清里ジャム」の商品の中で最も人気なのが白桃のジャム。「多くの場合、一番人気といえばいちごジャムですが、うちは白桃が一番売れるんです」。その理由のひとつは、旬の時期にだけ製造・販売することで、素材本来の瑞々しい美味しさを届ける事が出来ているからだという。もちろん白桃以外のラインナップも旬のシーズン内で完売してしまう程の人気ぶりで、一つひとつ丁寧に選別した材料で作られたジャムの種類は25種類に及ぶ。</p>



<p>大きめにカットされた果物のごろっとした食感が魅力の「清里ジャム」だが、「果物の下処理に半日かかってしまって、効率が悪いんです」と苦笑いする。通常のジャム作りであれば１日に３回転製造ができるところを、ここでは１回転しか行う事ができないそうだ。具体的な1日の工程として、まず自分の目で確かめた素材の下処理を午前中に済ませる事から始まる。佐野間さんが作るジャムの糖度は37度と市販のものよりやや低い。その分酸味や香り、味の奥行きとなるえぐみが感じられ、ただ甘いだけではない素材の味を感じる仕上がりとなる。</p>



<p>ジャムの粘り気を出すための添加剤であるペクチンや香料を使わずに時間をかけて水分を飛ばす、独自の「真空低温濃縮」という製法を用い煮詰めていく。これにより、素材の風味がより濃縮され、出来上がったジャムがフルーティーで「果物そのもの」の味に仕上がるのだという。</p>



<p>この一連の工程を佐野間さんは「魔法をかける」と表現した。瓶詰めされた美味しそうなジャムの中には、試行錯誤し続けてたどり着いた「魔法」がぎっしりと詰まっているのだ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">ここにしかない、「日本のコーディアル」 </h3>



<p>ペンション事業から始まったジャム作り。今までは主に小売店やホテルの売店などへの卸売りが多かったが、ここ数年はホテルで提供する朝食用のジャムや、ギフト用のジャムといった商品開発の依頼が増えてきたそうだ。「好反響のおかげで、認知度が少しずつ増えていっている実感はあります」と佐野間さんは胸を張って答える。</p>



<p>これを受け盛況であったペンション事業をたたみ、現在はジャム事業に専念している。その中で新たに「コーディアル」という商品が開発された。</p>



<p>コーディアルは日本人にあまり馴染みのない商品だが、イギリス発祥の希釈して使うフレーバーシロップの事だ。炭酸水で割ってノンアルコールドリンクにしたり、紅茶やヨーグルトに混ぜてその香りや甘さを楽しんだりと多彩な使い方で味わうことができる。現在日本で流通している物は輸入品が大半を占め、日本国内で作っているところはほとんど無いのだという。</p>



<p>「勿論一番の売れ筋商品はジャムですが、ジャムを作ること、果物を加工する事の延長線上には色んなものがあります。コーディアルもそのひとつで、加工をするのが好きで色々と商品開発を進めています」</p>



<p>「日本のコーディアル」として、開発以降多くの反響を呼ぶ人気商品へと成長した。</p>



<h2 class="wp-block-heading">これからの「清里ジャム」</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/export10.jpg" alt="" class="wp-image-53935" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/export10.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/export10-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/export10-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>現在有限会社農業法人清里ジャムの悩みは人手不足。佐野間さん自身も高齢となり、次の担い手がなかなか集まらないという状況がある。また果物の仕入れ先である農家も、後継ぎがおらずに閉業してしまう所も少なくない。地球温暖化が原因で不作に陥ってしまったりと、継続して同じものを仕入れられないのではないかという不安もあるそうだ。しかしそんな厳しい状況にあっても、佐野間さんにジャム作りを辞めるという選択肢は無い。</p>



<p>「それでもまだやりたい事の発想が出るんです。それは『あなたはまだ世の中の為に活動しなさい』と言われてるって事だと思います。だから動けるうちは色んな事にチャレンジしていきたいです。ジャムと良く合うパンを作るのが当面の課題ですね」</p>



<p>ジャムやコーディアル、パンと様々な商品を展開する「清里ジャム」。その根底には良いものを作ろう、山梨の農業や観光、ひいては世の中の役に立つことをやりたいという思いがある。試行錯誤し、独自製法を編み出しながら誠実に作られた商品はこれからも佐野間さんの歩みと共に、世の中に受け入れられ続けるだろう。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/53926/">清里の地だからできたこと「有限会社農業法人清里ジャム」／山梨県北杜市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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