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	<title>農業 - NIHONMONO</title>
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	<description>「にほん」の「ほんもの」を巡る旅マガジン</description>
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	<title>農業 - NIHONMONO</title>
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		<title>「人と違うことをやる」。140種ものリンゴを育てるオンリーワンの果樹園「サンファーム」／岩手県盛岡市</title>
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		<pubDate>Sat, 10 Oct 2026 04:01:21 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/sunfarm_234_9481.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>岩手県盛岡市と紫波町（しわちょう）を拠点に、果樹やコメを生産している有限会社「サンファーム」。代表の吉田聡さんは「人と違うことをやる」を信念に、希少な海外品種を含むさまざまなリンゴを育てている。その種類はなんと、140品 [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/sunfarm_234_9481.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>岩手県盛岡市と紫波町（しわちょう）を拠点に、果樹やコメを生産している有限会社「サンファーム」。代表の吉田聡さんは「人と違うことをやる」を信念に、希少な海外品種を含むさまざまなリンゴを育てている。その種類はなんと、140品種。まるでリンゴの博物館だ。</p>



<h2 class="wp-block-heading">「土づくり」から岩手にこだわる「サンファーム」</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/sunfarm_230_9451.jpg" alt="" class="wp-image-55373" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/sunfarm_230_9451.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/sunfarm_230_9451-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/sunfarm_230_9451-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>岩手県は、青森県、長野県に続くりんごの一大産地だ。栽培の歴史は青森･長野よりも古く、1872年に盛岡市でりんごの栽培が始まったとされる。</p>



<p>　「サンファーム」は、県内一のリンゴ生産量を誇る盛岡市と、その南隣の紫波町を拠点に、リンゴをはじめとする果樹、コメを育てる農業法人。この地で代々続く農家が母体となっており、現在は11代目の吉田聡さんが代表を務める。</p>



<p>「土作りから丸ごと岩手」をコンセプトに、岩手県内で出る堆肥や牡蠣殻を使った循環型農業を実践。リンゴとコメは、農薬の使用量を慣行農業の半分以下に抑えた「特別栽培」の認証を取得している。また、サクランボやブルーベリーの摘み取りができる観光農園も運営しており、地元はもちろん、首都圏や海外からも収穫体験に訪れるという。</p>



<h3 class="wp-block-heading">元商社マンが手がける、140種のクッキングアップル</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/sunfarm_203_9270.jpg" alt="" class="wp-image-55374" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/sunfarm_203_9270.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/sunfarm_203_9270-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/sunfarm_203_9270-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>吉田さんは新潟県上越市の出身で、山形大学農学部を卒業後、養殖用水産漁具の専門商社に就職。1995年に結婚したことをきっかけに、妻･美香さんの故郷である盛岡市に移住し、義父が営むサンファームに入社した。未経験から農業の世界に飛び込み、栽培技術の習得に励む一方、観光果樹園や直販事業を立ち上げるなど経営改革にも取り組んできた。</p>



<p><br>なかでも注力しているのが、クッキングアップル（調理用リンゴ）だ。酸味の強い希少品種を中心に、約140品種を栽培。「扱う品種の数でいえば、おそらく日本一だと思います」と、吉田さんは胸を張る。</p>



<h2 class="wp-block-heading">リンゴ農家としては後発。だからこそ、周りとは違うことを。</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/sunfarm_217_9350.jpg" alt="" class="wp-image-55375" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/sunfarm_217_9350.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/sunfarm_217_9350-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/sunfarm_217_9350-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>岩手県盛岡市は、「わい化栽培」を全国に先駆けて導入した地でもあり、その普及率は90%以上。「わい化栽培」とは、植物の成長を抑える性質を持つ「わい性台木」に接ぎ木し、樹高を低く仕立てて育てる栽培方法のことで、果樹がコンパクトな分、栽培管理や収穫などの作業がしやすく、樹のすみずみまで日光が届くため高品質な果実を育てやすいのがメリットだ。</p>



<p>このように、りんご栽培が盛んな土地ではあったが、吉田さんが農園の仕事を手伝いはじめた当時、同園ではりんごの栽培を行っていなかった。「うちは代々続く農家ですが、リンゴ栽培に参入したのは2009年から。周りと比べたらだいぶ後発なんです」と吉田さん。だからこそ「ほかではやっていないこと」を意識し取り組んでいると話す。</p>



<p>「岩手県内のJAが取り扱うリンゴは22品種。多くのリンゴ農家はこの22品種のどれかを栽培し、育てたリンゴは他の生産者のものとひとくくりにされて市場流通に乗っていきます。それだと独自性を発揮しにくいし、面白くないなあって。だったら全く違う土俵で戦おうと、翌年の2010年から、品種を増やし始めました」。</p>



<p>国内で栽培･流通されるリンゴの多くは、ふじやジョナゴールドなど甘みの強い生食用の品種だ。吉田さんは「あえてそれとは逆をいこう」と、酸味が強く調理に向いている品種に着目。加熱調理することで味わいが引き立つ調理用リンゴは、飲食店にこそ大きなニーズがあると考えた。そこで、メインのターゲットをシェフやパティシエに定め、彼らのニーズをつかむべく、全国各地のレストランや菓子店に足を運んだ。<br></p>



<p>「いろいろな料理人の方々に話を伺ううち、焼くなら水分が出にくいもの、ジャムにするなら煮溶けやすいものなど、作りたいメニューや用途によって求められるリンゴの特徴が違うことがわかってきて。それぞれのニーズに適した品種を探すところから始めました」</p>



<p>現在栽培している140品種は、イギリスの定番品種「ブラムリー」や「コックス･オレンジ･ピピン」、フランス原産の「カルビル･ブラン」など。海外品種が中心だが、長野県生まれの「ムーン･ルージュ」など国内の希少品種も扱う。また、園地の一部分を試験区として確保し、毎年、新たな品種を試験栽培しているという。<br><br>「海外品種の原産国の多くは、日本に比べて降水量が少なく、乾燥している気候。高温多湿の日本で育てるのは難しく、栽培を断念したものもあります」と吉田さん。果実の個性の違いを無理に技術で克服しようとするのではなく「日本の気候で育てても、その品種ならではの個性や良いニュアンスが残るものを選び、栽培しています」と話す。<br><br>さらに、栽培している海外品種を親に持つ、サンファームオリジナル品種の育種にも取り組んでいるという。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/sunfarm_231_9457.jpg" alt="" class="wp-image-55376" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/sunfarm_231_9457.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/sunfarm_231_9457-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/sunfarm_231_9457-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>これらのリンゴは、主に三つ星レストランや有名ホテルをはじめとするレストラン、パティスリーに納品されている。一軒ずつ店を回る地道な営業活動から始まり、実際にメニューに使ったシェフの口コミで評判が広がっていったという。また、規格外のリンゴは皮むきやカット、すりおろしといった業務用の一次加工品として卸しており、サンファームにとっては廃棄ロスの削減になり、顧客である飲食店にとっても作業コストの抑制につながる。これに加え、現在は食べチョクなどの産直通販サイトを通じて、一般消費者向けの販売も手がける。<br></p>



<p>「JAなどに出荷すると、流通の仕組み上、うちでやっている希少品種は評価されにくい。でも直接販売なら多品種を扱う強みを活かして細かなニーズに応えることができる」と吉田さん。シェフやパティシエからの信頼は厚く、現在、サンファームの売り上げの9割は直接取引だ。</p>



<p>また国の「ふるさと創生グローバル事業」に参加したことをきっかけに、海外における日本産リンゴの需要も実感したという。その後、フルーツ専門の流通会社と連携し、タイのショッピングセンターでの対面販売やテレビショッピング出演を経験するなどグローバルな市場での日本産リンゴの可能性も肌で感じた。</p>



<p>「特に人気なのは『紅の夢』などの赤肉品種。海外の赤肉品種は生で食べると渋みがありますが、日本のものは食べやすいと喜ばれます」</p>



<h3 class="wp-block-heading">都心でりんご狩りを体験？「ほぼ日」とのコラボレーション</h3>



<p>サンファームの多品種栽培の取り組みは、コピーライター･糸井重里氏が代表を務める「ほぼ日」とのコラボレーションにもつながった。<br><br>「ほぼ日」が、2021年から毎年開催している「りんご狩りかもしれない展」は、渋谷PARCOを会場に、擬似リンゴ狩り体験ができるイベント。サンファームはこのイベントに、毎年さまざまな品種のリンゴを提供している。<br></p>



<p>会場では、甘いものや酸っぱいもの、大きさや色もさまざまな品種を展示。来場者はその中から好きなリンゴを選んで購入し、その場で食べることができる。</p>



<p>「スーパーなどではほとんど見かけることがない品種もたくさん展示しています。お子さんは結構、酸味のあるリンゴも平気な顔で食べたりしますね。保護者の方が『それは酸っぱいよ』と止めても『これが好き』と言ってくれたり。甘い=美味しい、という先入観や価値基準に捉われず、リンゴのいろんな魅力を知ってもらえたら嬉しいなと思います」と吉田さんは笑顔を見せる。</p>



<h3 class="wp-block-heading">気候変動への対応と、新たな挑戦</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/sunfarm_219_9361.jpg" alt="" class="wp-image-55377" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/sunfarm_219_9361.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/sunfarm_219_9361-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/sunfarm_219_9361-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>名だたるレストランやパティスリーをはじめ、全国各地のシェフ･パティシエの信頼を集めるサンファーム。順調に見える農園経営だが、課題もある。中でも、気候変動への対応は切実だ。</p>



<p>「リンゴもサクランボもここ数年、猛暑による果実の軟化、着色不良などの高温障害に悩まされています。また、春先の気温上昇も問題です。花芽の生育が例年より早く進み、開花と寒の戻りによる降霜のタイミングが重なるようになってきた。特にサクランボの花芽は霜に弱く、霜で花が枯れると実がつきません。そのため防霜ファンを設置したり、特に冷え込みそうな日は、火を焚いて畑全体を温める「燃焼法」を実施しています」</p>



<p>こうした努力で春の霜害を防げても、夏に猛暑が続けば高温障害を引き起こす可能性が高い。このまま温暖化が進めば、将来的にサクランボやリンゴの収量は落ちていくだろう。吉田さんはそれを見越し、モモやネクタリンなど暑さに強い果物の栽培も始めているという。</p>



<h2 class="wp-block-heading">「農業は儲かる」を証明し、次世代に繋げたい</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/sunfarm_227_9425.jpg" alt="" class="wp-image-55378" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/sunfarm_227_9425.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/sunfarm_227_9425-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/sunfarm_227_9425-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>「農業は、トライアンドエラーの積み重ね。しかも1年に1回しか試すことができない」と話す吉田さん。サラリーマンから就農しておよそ30年。一つひとつ積み重ねてきた挑戦の先に、どんな景色を描いているのか尋ねてみた。</p>



<p>「自分の子どもたちに農園を継いでもらわなくても構いません。ただ、やりたいと思う社員や次の世代がしっかり受け継げるように、経営の形を整えたい。農業がきちんと儲かるビジネスだと証明できれば、若い人だって自然と入ってきてくれるはずだから」</p>



<p>そんな吉田さんが「今一番やりたいこと」は、この農園の中にカフェを作ることだそう。</p>



<p>「サクランボやブルーベリーの摘み取り体験にいらしたお客様が、体験後も農園に留まって、カフェでくつろいだり、散策してゆっくり過ごせるようにしたいと考えています」</p>



<p>50代半ばを迎えたいま「あと10年ぐらいで、次世代へのバトンを整えたい」と吉田さん。気候が変わっても、担い手が変わっても、この土地でリンゴを育て続けられるように。吉田さんの挑戦は、まだまだ続く。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/55364/">「人と違うことをやる」。140種ものリンゴを育てるオンリーワンの果樹園「サンファーム」／岩手県盛岡市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>多良木町の米農家11人で作る「こめたらぎ」。「たらぎ田んぼのチカラ研究会」尾形伸一郎さん／熊本県球磨郡多良木町</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 10 Oct 2026 03:41:22 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[新着記事]]></category>
		<category><![CDATA[百太郎溝]]></category>
		<category><![CDATA[たらぎ田んぼのチカラ研究会]]></category>
		<category><![CDATA[米･食味分析鑑定コンクール4年連続金賞]]></category>
		<category><![CDATA[農業]]></category>
		<category><![CDATA[米]]></category>
		<category><![CDATA[にこまる]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/IMG_4088.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>2017年に熊本県球磨郡多良木町の11軒の米農家で結成された米の生産チーム「たらぎ田んぼのチカラ研究会」。代表の尾方伸一郎さんを中心に、農家同士で協力して品質の高い統一ブランド米を育てることで、多良木町全体の農業を盛り上 [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/IMG_4088.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>2017年に熊本県球磨郡多良木町の11軒の米農家で結成された米の生産チーム「たらぎ田んぼのチカラ研究会」。代表の尾方伸一郎さんを中心に、農家同士で協力して品質の高い統一ブランド米を育てることで、多良木町全体の農業を盛り上げることを目指している。</p>



<h2 class="wp-block-heading">先人たちの恩に報いるために誇れる米を作りたい</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/IMG_4100.jpg" alt="" class="wp-image-55338" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/IMG_4100.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/IMG_4100-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/IMG_4100-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>&#8220;奥球磨（おくくま）&#8221;と呼ばれる熊本県球磨郡（くまぐん）の山深いエリア。そこにある多良木町（たらぎまち）は鎌倉時代初期から明治時代にかけて、武士の相良氏（さがらし）によって統治されてきた。相良氏は約700年もの長きにわたる統治の間に、灌漑（かんがい）用水路の「百太郎溝（ひゃくたろうみぞ）」や「幸野溝（こうのみぞ）」を整備。これによって領内の農業生産力が向上し、九州有数の米どころとして発展したと伝わる。</p>



<p>中でも「百太郎溝」は全長約18kmにも及び、完成までに100年がかかったという難関の大工事。農民総出での手掘りの最中に何度も洪水に襲われ、最終的に人柱となった百太郎の名が付けられている。「今の恵まれた自然環境は血のにじむような苦労をしてくれた先人たちのおかげ。恩に報いるためにはこの土地で米作りを続けなければ」と話す尾方伸一郎さん。「全国に誇れるおいしい米を作りたい」との思いから、発起人となって2017年に米の生産チーム「たらぎ田んぼのチカラ研究会」を結成。熊本県球磨郡多良木町の11軒の米農家で構成される会の代表として農家を取りまとめるほか、自らも米の生産を行っている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">農業を未来へつなぐには、地域全体で発展してこそ</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/IMG_4226.jpg" alt="" class="wp-image-55339" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/IMG_4226.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/IMG_4226-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/IMG_4226-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>尾方さんは代々続く多良木町の農家に生まれ、一時は地元を離れて理美容関係の営業職に就いていた。だが、インターネットや通信販売の普及とともに営業の限界を感じ、2009年に帰郷。 地元の農業法人「農業組合法人 多良木のびる」の設立に参加したことで、農家の高齢化や後継者不足などの課題に直面したという。</p>



<p>そこで、同法人の職員として働きながら、「自分にできること」を模索。「個人の農業を発展させるだけでは限界がある。地域全体で発展してこそ、農業を未来へ残せるはず」と考え、「たらぎ田んぼのチカラ研究会」の発起人となった。</p>



<p>その後、「たらぎ田んぼのチカラ研究会」では2011年頃からアドバイザーとして、米･食味分析鑑定コンクールで4年連続金賞、ダイヤモンド褒賞受賞という実績を持つ山形県高畠町の米農家･遠藤五一さんを招き、その指導のもと育苗から収穫まで細かく栽培方法を検討。化学肥料を使わず、魚粉をベースとした有機肥料を用いて、科学的根拠に基づいた栽培管理を行うなど、統一の栽培方法を確立させ、会全体で徹底して遠藤さんの教えを守ることを決めた。</p>



<h2 class="wp-block-heading">コンクールで何度も優勝するブランド米「こめたらぎ」</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/IMG_4104.jpg" alt="" class="wp-image-55340" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/IMG_4104.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/IMG_4104-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/IMG_4104-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>「たらぎ田んぼのチカラ研究会」の主力品種は「にこまる」で、たんぱく質含有量7％未満、ふるいにかけて1.9mm以上のみ選別と、出荷規格を明確に定めるなど、独自の基準をクリアしたものだけを会のブランド「こめたらぎ」として出荷している。たんぱく質の含有量が低いほど、炊き上がりはふっくらと柔らかくなり、甘みが際立つ。粒の大きさを揃えると、炊飯時の熱の入り方が均一になる。これらの厳しい基準をクリアした「こめたらぎ」の米は大粒で食べ応えがあり、粘りがありしっとりとした食感、強い旨みと甘みが特徴だ。</p>



<p>乾燥方法にもこだわりがあり、まずは熱を加えずに一晩循環させながら乾燥させ、粒の中の水分を均一化させる。それから加熱をして乾燥させることで、全体の水分量のバラつきを防いでいる。また、デザイナーとともにブランド設計にも取り組み、ロゴやパッケージデザインにも注力。米のブランド力の向上に努めてきた。</p>



<p>その成果は、九州各地の自治体が米の食味を競う「九州のお米食味コンクール」（福岡県宮若市）にも表れている。2018年の第2回大会では九州163自治体の頂点に立ち、その後も自治体部門で多良木町が連覇を重ねてきた。4連覇を含む、通算<s>で</s>5回のグランプリ。研究会のメンバーが個人総合部門で最高金賞に輝くこともあり、にこまるの品質の高さを裏づけている。ふるさと納税の返礼品としても人気を博すなど、尾方さんは「多良木町の米の認知度が少しずつ上がっているのでは」と手応えを感じている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">日本の米作りのモデルとなれるように</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/IMG_4246.jpg" alt="" class="wp-image-55341" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/IMG_4246.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/IMG_4246-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/IMG_4246-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>「たらぎ田んぼのチカラ研究会」では、これまで規格統一のために生産者が独自の判断で統一栽培方法から逸脱することのないよう規律を設けていた。だが、近年では「にこまる」に加え、「ぴかまる」や「くまさんの輝き」といった新しい品種の栽培を認めるなど規律を緩め、会の活動の幅を広げ始めている。また、水管理にセンサーを導入したり、米の乾燥にAIによる水分管理を適用させたりと、新しい試みにも積極的だ。会の目的は「多良木町での米の生産を次の世代へ受け継ぐこと」であり、そのためには時代に合わせて変化を続けることが必要だと考えているからだ。</p>



<p>尾方さんは「会を通してたくさんの方に多良木町の米を届けていれば、15年後には“多良木町の米”が世の中で知られる存在になるはず」と信じている。成功すれば会の活動が日本の米作りのモデルとなることも可能となり、さらには“多良木町の米”の認知度が“多良木町の農産物”を広める助けとなるはず、とも。</p>



<p>「先人たちがこの土地の農業のために拓いてくれた百太郎溝。度重なる洪水で堰は幾度となく流され、完工までに約100年を要したと言います。つまり、一代でなく、何代にも亘って築かれてきた、地域の宝とも言える用水路なんです。私たちの生活は、その上に成り立っていることを忘れてはいけない」と尾方さん。多良木町という土地が持つチカラを最大限に引き出し、次世代に受け継ぐために、町の過去と未来を見つめ続けている。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/55332/">多良木町の米農家11人で作る「こめたらぎ」。「たらぎ田んぼのチカラ研究会」尾形伸一郎さん／熊本県球磨郡多良木町</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>フルーツトマト並みの高糖度れんこん栽培を実現「金坂蓮魂」金坂哲宏さん／千葉県長南町</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 10 Oct 2026 03:30:24 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[新着記事]]></category>
		<category><![CDATA[糖度9度]]></category>
		<category><![CDATA[金坂蓮魂]]></category>
		<category><![CDATA[農業]]></category>
		<category><![CDATA[高糖度れんこん]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/DSC4169.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>2021年、千葉県長南町産のれんこんが国内トップレベルの糖度9度を記録し注目を集めた。生産者は金坂哲宏（あきひろ）さん。引きこもりを経験するも、業界で著名だった父の死をきっかけに就農。肥料や農薬を使わず、土中の微生物の働 [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/55319/">フルーツトマト並みの高糖度れんこん栽培を実現「金坂蓮魂」金坂哲宏さん／千葉県長南町</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/DSC4169.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>2021年、千葉県長南町産のれんこんが国内トップレベルの糖度9度を記録し注目を集めた。生産者は金坂哲宏（あきひろ）さん。引きこもりを経験するも、業界で著名だった父の死をきっかけに就農。肥料や農薬を使わず、土中の微生物の働きを活かした自然栽培を確立し「金坂蓮魂（れんこん）」というブランド名で自身のれんこんを送り出している。</p>



<h2 class="wp-block-heading">引きこもりネットゲーマーかられんこん農家へ</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/DSC3276.jpg" alt="" class="wp-image-55321" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/DSC3276.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/DSC3276-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/DSC3276-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>房総半島の内陸部に位置する長南町は、山あいの谷筋に谷津田が広がる中山間地域で、生産組合も活動する千葉県におけるれんこんの産地である。そんな長南町でれんこんを栽培をする金坂家は親子二代にわたり、れんこん業界に新風を送り続けている。</p>



<p>れんこんは蓮の地下茎（ちかけい）の肥大化した食用部分で、蓮田（はすだ）と呼ばれる泥沼の水面下で育つ。収穫時はこの泥沼の中に入り、ホースで水圧を加えて泥をはじき飛ばしながられんこんを浮かせて収穫するのだが、水面下の様子は泥で見えないため、手探りでの作業になる。そうした環境のなかで傷つけることなく掘り起こさなければならない。「水圧を当てすぎてしまっても、れんこんにあざができてしまいます」と金坂さんはその作業の難しさを語る。</p>



<h3 class="wp-block-heading">父は品種名に名を残した篤農家 </h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/DSC3529.jpg" alt="" class="wp-image-55322" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/DSC3529.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/DSC3529-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/DSC3529-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>金坂さんの父である金坂孝澄（たかすみ）さんは、れんこんの新しい品種を育成した篤農家（とくのうか）として、れんこん業界では有名な人物だ。自身の氏名をもとに名付けた最初の「金澄（かなすみ）1号」は1985年に品種登録。その後、2号3号と改良を重ね、今や金澄系品種は関東地方で生産されるレンコンの約7割を占めるにまで至っている。</p>



<p>耐病性、収量性、収穫のしやすさなどに着目して品種を開発した孝澄さんだが、最も意識したのが「食味」であるという。「父は甘さとシャキシャキ感を求めてましたね。子供の頃から父が作ったれんこんの煮物がよく食事に出てきましたが、 鶏肉が入っていない。れんこんの味や食感をチェックするためなんです」。そんな父のもとで育った金坂さんだが、実は引きこもり生活を経験することになるのだった。</p>



<h3 class="wp-block-heading">ネットゲームにのめり込んだ引きこもり時代 </h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/DSC4011.jpg" alt="" class="wp-image-55323" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/DSC4011.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/DSC4011-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/DSC4011-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>もともと家業を継ごうとは考えていなかった金坂さん。専門学校でプログラミングを学び、IT関係の会社に就職する。ところが、職場は同期が何人も辞めるような過酷な労働環境。気を紛らわすためネットゲームにのめり込み、退職を余儀なくされた。金坂さんは当時のことを「一度人生を諦めたネットゲーム時代。メールを見ることや電話に出ることさえも怖くなっていました」と振り返る。</p>



<p>3年近くに及ぶ引きこもり生活に転機が訪れたのは父親の急逝だった。「兄も姉も、誰も父の跡を継いでいなかったこともあって、亡くなってから父のことをとても意識するようになりました。やっぱり父親という存在を小さい頃からなんとなく感じていたんでしょうね」。孝澄さんの葬儀の時、金坂さんは「もしかしたら自分がれんこん農家を継ぐかもしれない」と、兄に話しかけていた。</p>



<h3 class="wp-block-heading">著名な父の息子としてのプレッシャーを乗り越える </h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/DSC3409.jpg" alt="" class="wp-image-55324" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/DSC3409.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/DSC3409-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/DSC3409-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>だが、本当に就農するかどうかは数ヵ月間悩んだという。引きこもり生活が長かっただけに、継続してやり続けられるかどうか自信がなかった。「周りから『金坂さんのところの息子さん、就農したけど辞めちゃったって』と言われるのが怖かった」。父の存在が大きかっただけに、れんこん農家を引き継ぐプレッシャーが重くのしかかった。</p>



<p>ようやく就農を決意するも、1か月仕事して3か月休み、また1か月仕事して半年休むということを繰り返した。「なぜ自分は頑張れないのだろうと泣いたこともありました」。そんな葛藤の日々が続いたなか、「父が生み出した品種を守るという目的だけでは父を超えられず、農作業は辛いだけでした。自分がやってみたいことに打ち込んで、自分らしさを出してこそ父を超えられる」という考えに至る。自分が夢中になって打ち込めること。金坂さんにとってそれは、れんこんの自然栽培に挑むことだった。</p>



<h2 class="wp-block-heading">自然栽培で国内トップクラスのれんこんに</h2>



<p>長南町は山あいの谷津田が点在する地形のため、広大な平地でれんこんを栽培する国内最大の産地、茨城県には作業効率、収穫量の面で太刀打ちができない。市場においても知名度が高い茨城県産のれんこんの方が千葉県産よりも高い価格がつく。そうした現状を踏まえ、この地で生き残る農業を模索していた金坂さん。たどり着いた結論が、自然栽培で高品質のれんこんを作り、付加価値化させることだった。</p>



<h3 class="wp-block-heading">微生物を意識した自然栽培 </h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/DSC4060.jpg" alt="" class="wp-image-55325" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/DSC4060.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/DSC4060-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/DSC4060-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>金坂さんが年配のれんこん農家に昔の農作業のやり方について聞き取りを行う中で、ある気づきがあったという。それは、60年ほど前には農薬や化学肥料を使っておらず、山の落ち葉などを堆肥として使っていたということ。そのことが金坂さんに自然栽培へ興味を持たせるきっかけとなった。そこでまず、落ち葉の代わりに地元で生い茂っていた竹をチップ化して蓮田に投入し基礎となる地力を回復させた。</p>



<p>栽培を続けるなかで、国内トップクラスのれんこん生産者が微生物に着目していることを知り、生育環境における微生物の働きが食味や病害虫の耐性などに影響を与えていると考えた金坂さん。土中の微生物のバランスを維持し、その働きを活性化させるため、徐々に無農薬、無肥料による自然栽培に移行する。れんこんは順調に成長し肥大化したものを収穫できるようになった。金坂さんは「微生物の働きについてはまだわかっていないことが多い」と前置きをしつつも「施肥と農薬を前提とした栽培」とは異なる「微生物を主体とした栽培」として、自身の農法を位置付けている。</p>



<h3 class="wp-block-heading">糖度９度の国内トップクラスのれんこん </h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/DSC4117.jpg" alt="" class="wp-image-55326" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/DSC4117.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/DSC4117-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/DSC4117-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>そんな金坂さんの探究した栽培方法は、分析結果としてもその食味の良さが証明された。2021年、金坂さんのれんこんが国内最高レベルの糖度9度を記録。逆に苦味やえぐみのもととされる硝酸イオンの数値は低く抑えられた。一般的なれんこんの糖度が6から7程度とされる中での快挙は注目を浴び、現在ではミシュランで五つ星を獲得したホテルにも食材として採用されている。</p>



<p>一般顧客向け販売にはネットショップを活用する。会社員時代のスキルを活かしラベルデザインなどは自作。「金坂蓮魂」という商品名は引きこもり時代、ネットゲーム仲間に付けてもらったネーミングだ。これまでの葛藤、試行錯誤を乗り越えて作り上げた「魂」の込められたれんこんとして、金坂さんお気に入りのブランド名として採用したものである。</p>



<h2 class="wp-block-heading">さらに課題に挑み、地域の産業に発展させたい </h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/DSC3477.jpg" alt="" class="wp-image-55327" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/DSC3477.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/DSC3477-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/DSC3477-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>れんこんの自然栽培技術で実績を残す金坂さんだが、今まで農薬で駆逐できていたザリガニがれんこんに被害を与えるようになるなど「まだ研究しないといけないことがある」と課題は残されている。それでも今は引きこもり時代と違い、自分がこれから取り組んでみたいことが次々と思い浮かんでくる。「これからは引きこもり経験者としての農業体験の受け入れや農泊などの交流事業の整備を進めてみたい。長期的にはれんこんの加工品開発を経て、地域の産業と雇用を守る地域商社に発展させていきたいですね」。今後のさらなる活躍が楽しみでならない。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/55319/">フルーツトマト並みの高糖度れんこん栽培を実現「金坂蓮魂」金坂哲宏さん／千葉県長南町</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>柚子飲料「ごっくん馬路村」が代名詞になった辺境の村。「馬路村農協」の挑戦 ／高知県安芸郡</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 30 Sep 2026 03:40:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[馬路村]]></category>
		<category><![CDATA[ごっくん馬路村]]></category>
		<category><![CDATA[ゆずの村]]></category>
		<category><![CDATA[農業]]></category>
		<category><![CDATA[柚子]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/09/uma-N.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>高知県は、全国生産量の約半分を占める“ゆず王国”として知られている。年間およそ1万トンという圧倒的なシェアを誇り、その存在感は群を抜く。なかでも馬路村（うまじむら）は、高知県内での生産量こそ5番目ほどだが、柚子飲料「ごっ [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/55231/">柚子飲料「ごっくん馬路村」が代名詞になった辺境の村。「馬路村農協」の挑戦 ／高知県安芸郡</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/09/uma-N.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>高知県は、全国生産量の約半分を占める“ゆず王国”として知られている。年間およそ1万トンという圧倒的なシェアを誇り、その存在感は群を抜く。なかでも馬路村（うまじむら）は、高知県内での生産量こそ5番目ほどだが、柚子飲料「ごっくん馬路村」や、ぽん酢しょうゆ「ゆずの村」といった人気商品によって、全国的に名を馳せている。</p>



<p>かつては林業を主な生業としていた山間の小さな村は、この60年あまりで、多くの人を惹きつける“ゆずの村”へと変貌を遂げた。</p>



<h2 class="wp-block-heading">森林率96％の村の分岐点 </h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="549" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/09/umaji-others19.jpg" alt="" class="wp-image-55239" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/09/umaji-others19.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/09/umaji-others19-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/09/umaji-others19-768x511.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>馬路村へは、高知市から東方面へ車で約1時間半。くねくねした山道を奥へ奥へと走り続け、ようやくたどり着く。日本屈指の多雨地帯だ。周囲をぐるりと1千メートル級の山に囲まれた村の森林率は96％。家々と畑は、残り4％のわずかな谷間の平地に、寄り添うように並ぶ。</p>



<p>「本当に山奥なんです」と笑うのは、村の産業を担う馬路村農業協同組合の組合長を務める長野桃太さんだ。</p>



<p>村は、戦国時代より銘木「魚梁瀬杉（やなせすぎ）」を産出し、豊臣秀吉にも献上してきた歴史を持つ。最盛期には3,500人が暮らしていたという。しかし、昭和20年代以降、戦後復興のためのダム建設、森林鉄道の廃線、輸入材の流入など、時代の波に抗えず林業は衰退した。そして、選んだ新しい道が「柚子」だった。</p>



<h3 class="wp-block-heading">60年前から始まった、小さな柚子の挑戦 <strong> </strong></h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="551" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/09/umaji-others02.jpg" alt="" class="wp-image-55240" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/09/umaji-others02.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/09/umaji-others02-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/09/umaji-others02-768x513.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>長野さんによれば、そもそも柚子は高知県を含む四国に、“平家の落人（へいけのおちうど）”が種を持ち込んだと伝えられており、馬路村にもおよそ800年前に伝来したという。柚子は海沿いから中山間地まで比較的どこでも栽培しやすいが、産地によって品質が驚くほど異なるのだそうだ。</p>



<p>日照時間が短く、寒暖差が激しい馬路村では、柚子は小ぶりになる。しかし、その小ささこそが香りの濃さにつながる。皮ごと搾ったときに立ち上がる精油の量が多く、香りが強いのだ。それは、山深い土地が与えた“個性”だった。</p>



<p>村で本格的な栽培を始めたのは昭和38年。当初は苦労の連続だったという。</p>



<p><br>県内では後発組だったため販路を県外に求めたが、当時の日本では柚子はまだ広く知られた柑橘ではなく、評価されない日々が続いた。「どう提案すればいいのか」。村は悩み、考え抜き、そして生み出したのが、のちに全国区となる柚子飲料「ごっくん馬路村」や、ぽん酢しょうゆ「ゆずの村」だった。</p>



<h2 class="wp-block-heading">田舎を売り出す、「ごっくん馬路村」の誕生 </h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/09/umaji-others37.jpg" alt="" class="wp-image-55241" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/09/umaji-others37.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/09/umaji-others37-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/09/umaji-others37-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>柚子を使った商品の開発はできたが、それから販路を広げるのにも苦労した。昭和60年代、村は大きな決断をする。都会を追いかけるのではなく、“馬路村という田舎を価値にする”方向へ舵を切ったのだ。</p>



<p>「デザイナーさんと話して、『田舎を売ろう』と決めたんです」。大きな決断だった。</p>



<p>パッケージには、馬路村の素朴な空気をそのまま閉じ込めた。ネーミングは「ごっくん馬路村」。スーパーのバイヤーからは「何のジュースか分からない」と酷評されたが、決断を貫いた。</p>



<p>材料は、柚子とハチミツと水だけ。賞味期限はわずか4ヶ月。「メーカーではなく産地であれ」という哲学が、味にも姿勢にも宿る。流通のしやすさや賞味期限の長さを優先するメーカー的な発想ではなく、柚子の本質的な品質にこだわる。それは、産地としての誇りだった。</p>



<p>すると、徐々に商品が売れ出した。やがて、資金が乏しい中で村の自然を活かしたテレビCMを制作する。それが県内で話題となり、「ごっくん馬路村」は高知を代表する飲料へと育っていった。CMは、小さな村が自分たちの暮らしを商品化した転換点だった。</p>



<h3 class="wp-block-heading">ファンとの、温かみのあるコミュニケーションを大切にし続ける</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/09/24umaji-085015-1.jpg" alt="" class="wp-image-55242" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/09/24umaji-085015-1.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/09/24umaji-085015-1-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/09/24umaji-085015-1-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>「ごっくん馬路村」は販売から30年ほどをかけて全国区の商品に成長し、村のゆず加工品全体の売り上げは年間30億円になった。以来20年間、その売り上げを維持する。「村内のゆずで安定的に生産ができて、ゆず農家にも村にも還元できる目安が30億円から35億円の間ぐらいです。他産地の原料を取り寄せて生産量を増やそうは考えていません」と長野さん。農協では2006年から、製造ラインを公開する「ゆずの森加工場見学」を実施。また、顧客対応を担うコールセンターでは、電話越しの“人と人とのやりとり”を大切にしている。</p>



<p>「馬路村のファンでいてくださる方は、機械的な応答ではなく、私たちの“声”を求めてくださっていると感じます。『最近の馬路村の景色はどう？』と尋ねられることもありますし、そんな会話のキャッチボールができるのは、この村のコールセンターならではだと思います」と長野さん。</p>



<p>村は、現在もぶれることなく「田舎らしさ」を届け続けている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">小さな村がつくる“大きな産業”</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/09/umaji-others40.jpg" alt="" class="wp-image-55243" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/09/umaji-others40.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/09/umaji-others40-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/09/umaji-others40-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>柚子の加工品づくりは、単なる特産品づくりではない。村の雇用を生み、暮らしを支える“産業化”だった。村役場と農協、そして生産者が一緒になって、林業に代わる大きな産業にしようと取り組んできたと、長野さんはいう。</p>



<p>「原料を売るだけでは、雇用は生まれません。加工することで、村の中に仕事が生まれるんです」。</p>



<p>現在、馬路村農協の職員は約90名。人口700人台の村で、これだけの雇用を生み出しているのは驚異的だ。ポン酢、ドリンク、ジャム、マーマレード、柚子胡椒──100種類を超える商品が村の工場で生まれている。</p>



<p>最近のヒットは、缶チューハイだ。添加物なしで柚子の味を再現するという馬路村らしいこだわりで、長野さんは「自分たちが納得できる柚子チューハイを完成させました」と嬉しそうに話す。販売数はすでに1万2000ケースに到達する。</p>



<p>さらに、柚子の種から抽出した「種子油」を使った化粧品も人気だ。「使い道のなかった種を活かすことで、また農家に還元できます。無駄なく使うという取り組みは、力を入れていきたいですね」と長野さん。柚子は、村の未来を支える力になっている。</p>



<h3 class="wp-block-heading">有機栽培という誇り </h3>



<p>馬路村の柚子は、2001年から全量が有機栽培。化学農薬も化学肥料も除草剤も使わない。</p>



<p>「皮ごと使うからこそ、安心して食べてもらいたい。それが有機栽培を選んだ理由です」。</p>



<p>ただし、有機栽培は見た目の“黒点”が出やすく、市場では不利になることもある。それでも村は、自然に近い柚子づくりを貫いてきた。</p>



<p>「柚子茶や皮製品では、有機の価値が伝わりやすい。これからは、見た目より“安心”を選んでもらえるようにしたい」と長野さん。</p>



<p>村では、杉の外皮と柚子の搾りかすを混ぜて発酵させた堆肥も作っている。山の恵みを循環させる、馬路村らしい取り組みだ。</p>



<h2 class="wp-block-heading">柚子が照らす未来、村が向かう先 </h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="619" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/09/umaji-others01.jpg" alt="" class="wp-image-55244" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/09/umaji-others01.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/09/umaji-others01-300x225.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/09/umaji-others01-768x576.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>柚子産業によって、馬路村は“豊かに暮らせる村”になった。現在、兼業を含めて190軒の柚子農家がいるという。柚子は加工原料として扱うため、75歳や80歳の人でも続けやすいというメリットがある。高齢者の場合、年金に加え、柚子から得られる副収入が100万〜200万円あれば、山の暮らしは十分に成り立つそうだ。村では農協や役場などで雇用があるため、若い人も意外と多いのだという。</p>



<p>「実は私もIターンでこの村に来たんですよ」と長野さんはにっこり笑う。「馬路村は人口700人台の本当に田舎です。けれど、しっかりとしたビジネスの母体がある。700人規模の市町村の中で、こんな地域はまずないのかなと思っています。中山間地での田舎暮らしとビジネス、いずれかを選んでもいいし、両方楽しむこともできます。さらに兼業で農業も可能というのは、特殊でしょう。加えて、衰退したとは言え林業もあり、若い人が山で働くようになったケースも見受けられます。暮らしやすさと、やりがいをPRしていきたいです」</p>



<h3 class="wp-block-heading">「馬路村に住んでよかった」と思える人を増やしたい</h3>



<p>しかし、人口減少は続いている。柚子だけでは解決できない課題もある。長野さんは、「これからは、農協が村の課題を解決する存在になりたい。教育や福祉にも取り組んで、村の豊かさを守っていくことが私たちの役目だと思っています。村に住んでよかったという人を増やしたいですね」と将来を見据えていた。</p>



<p>馬路温泉はスノーピークと協働でリノベーションをする計画が進んでいる。年間6万人を超える観光客をさらに集客したい。「柚子は11月だけですが、精油は一年中あります。柚子の香りを使った温泉も面白いと思います」と、長野さんの構想は広がる。</p>



<p>日本各地で過疎化に悩む山村がある。馬路村は、主要産業の転換を図り、山深い村の個性を売り出すことで豊かに暮らす道をつくった。人口700人の村の挑戦はこれからもまだまだ続く。その未来に目が離せない。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/55231/">柚子飲料「ごっくん馬路村」が代名詞になった辺境の村。「馬路村農協」の挑戦 ／高知県安芸郡</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>全国から注文が入るフルーツトマト「うしの恵み」を育てる家族「眞嶋農園」／高知県香南市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 17 Aug 2026 07:25:02 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[乳牛]]></category>
		<category><![CDATA[野菜ソムリエ]]></category>
		<category><![CDATA[農業]]></category>
		<category><![CDATA[畜産]]></category>
		<category><![CDATA[フルーツトマト]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/24ushi-182718.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>高知県は、「フルーツトマト」と呼ばれる、高糖度トマトの発祥の地と言われており、県内各地で付加価値の高い高糖度トマトが生産・販売されている。県で3番目の生産量を誇る香南市で、「うしの恵」と名付けた「フルーツトマト」のブラン [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/24ushi-182718.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>高知県は、「フルーツトマト」と呼ばれる、高糖度トマトの発祥の地と言われており、県内各地で付加価値の高い高糖度トマトが生産・販売されている。県で3番目の生産量を誇る香南市で、「うしの恵」と名付けた「フルーツトマト」のブランド化に成功しているのが、眞嶋農園だ。眞嶋農園は、高知龍馬空港から約10分、高知県の東部エリアへ伸びる国道55号近くにある。住宅と畑の間に厩舎とビニールハウスが建つ、家族経営の酪農家兼農家だ。牛乳を生産し、牛糞を「濃縮堆肥」にして販売、さらに堆肥を使って旨味のある「フルーツトマト」を育てることに取り組んできた。また、同じ堆肥で、耕作放棄地を活用した青パパイヤ栽培や、飼料にする牧草を育てて、持続可能な循環型の耕畜連携を実践している。</p>



<h2 class="wp-block-heading">酪農と農業の循環を築き、継承に力を注ぐ</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/24ushi-172203.jpg" alt="" class="wp-image-55069" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/24ushi-172203.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/24ushi-172203-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/24ushi-172203-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>代表の眞嶋順一さんは、「うちは元々、父の代から約60年続く酪農家なんです」と語る。26年前、母の入院をきっかけに、眞嶋さんが妻と息子を連れて県外からUターンして、家業を継いだのだそうだ。</p>



<p>飼育しているのはホルスタイン種という搾乳に特化した牛で、現在は35頭を世話する。しかし、飼料の高騰や、少子化による学校給食での牛乳消費量の減少など、酪農を取り巻く環境は厳しい。「酪農は、家族経営ではだんだん厳しくなっていて、メガファームやギガファームといった大規模化、IT化が進む流れもあります」と眞嶋さんは言う。</p>



<p>そんな環境下で、眞嶋家は、自給飼料への切り替えを図るなどしてコストを下げながら、酪農と農業を循環させる工夫を続けている。今では、主に眞嶋さんが酪農を、野菜ソムリエの資格を取った妻の美加さんがトマト栽培を担い、息子の将さんが夫婦の後継として共に働いている。</p>



<h3 class="wp-block-heading">超濃縮タイプの“乾燥牛糞堆肥”づくり</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/24ushi-175214.jpg" alt="" class="wp-image-55070" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/24ushi-175214.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/24ushi-175214-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/24ushi-175214-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>眞嶋さんは父から酪農を引き継いで以降、酪農の副産物である糞尿をどう活かすか試行錯誤を重ねたという。</p>



<p>父が取り組み始めていた堆肥づくりを、販売できるまでにするにはどうすればよいか。本を読むなどしていろいろ調べ、糞尿を乾燥装置で水分10％以下まで落とし、その乾燥堆肥を水分調整材として再利用する独自の手法を編み出した。</p>



<p>「一度出来上がった乾燥堆肥を混ぜることで水分を調整して、また良い堆肥ができる。これを繰り返すことで、オガクズなどを入れることなく、高品質な堆肥を安定的に製造できています。</p>



<p>並行して、父は販売を見据え2000年頃から堆肥の効き目を検証するために『フルーツトマト』栽培を始めていました。トマト農家を営む親戚から栽培について教わり、その2年後に私たち夫婦がノウハウを受け継いだんです。堆肥の投入量の適正化を含め家族で試験を重ねてきました。</p>



<p>トマトが美味しいと言われて売れるようになり、堆肥の品質の良さが証明されたことで、堆肥も売れるようになりましたが、軌道に乗るまで、5～6年かかりましたね」</p>



<p>酪農家が堆肥をつくることは珍しくない。一般的には、糞尿に籾殻やオガクズを混ぜて発酵させることで水分量が60％以上の発酵堆肥が作られている。ただ、眞嶋農園のように糞尿を乾燥させた堆肥を水分調整に用いる例は非常に珍しい。</p>



<p>眞嶋農園の牛糞99.9％という超濃縮タイプの“乾燥牛糞堆肥”は、軽くて扱い易く、肥料としての質が高い。評判が広がるにつれ農家からの注文が増えて、現在は製造が追いつかないほどだそう。</p>



<p>「農作物の肥料として少量でも十分な効果を発揮する点が自慢です」と眞嶋さんは言う。</p>



<h3 class="wp-block-heading">始めは大玉、徐々に高糖度の「フルーツトマト」に仕上げる </h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/24ushi-175636.jpg" alt="" class="wp-image-55071" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/24ushi-175636.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/24ushi-175636-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/24ushi-175636-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>そもそも「フルーツトマト」とは特定の品種名ではない。品種やサイズに関わらず、糖度が8以上あるものを「フルーツトマト」と呼ぶ。小ぶりな「ミニトマト」はフルーツトマトと混同されがちだが、ミニトマトはあくまでも形で分類された小さいトマトの総称。規定の糖度を越えなければフルーツトマトとして出荷することはできない。そのため、糖度を上げるための栽培方法が重要になってくる。一般的には、小ぶりな品種のトマトを選び、水分制限して育てると糖度を上げやすいと言われるが、眞嶋農園のトマトは、独自の栽培方法を確立している。</p>



<p>眞嶋農園では、品種は大玉トマトの「桃太郎ファイト」を使う。食味、柔らかさ、皮の硬さなどの観点でいろいろな品種を試した結果、最終的に選んだ。年配の人にも美味しく食べてもらえる皮の食感だという。</p>



<p>「現在も試し続けていますが、ここ数年は今の品種が一番うちの栽培方法にピタッと合っていると思います」と、美加さん。</p>



<h2 class="wp-block-heading">眞嶋流は、どこよりも時間をかける</h2>



<p>何より特徴的なのは、急がず、健康的な株を育ててから“ゆっくりと高糖度に仕上げる”という考え方だ。他所よりも時間をかけて育てるため、「他のフルーツトマトはもう店頭に並んでいるけど、おたくのトマトの出荷はまだなの？」と、お客さんから問い合わせを受けることもあるのだとか。</p>



<p>多くの農家は、根の広がりを制限して水の管理を徹底する「隔離栽培」を行うことで早く糖度を上げて「フルーツトマト」に仕上げようとするのに対し、眞嶋農園では根の広がりを制限しない。むしろ、しっかり根を張った健康的な株を育てることに時間をかける。水を制限するのも段階的だ。敢えて、最初から「フルーツトマト」にしないというのが、こだわりだ。</p>



<p>「そもそもフルーツトマト専用の種はなく、大玉トマトの品種を栽培方法でフルーツトマトに仕上げていきます。うちの場合は接ぎ木をせず、茎を太くして根がいっぱい張るように育てています。さらに堆肥の効果が後まで続くようにと考えて、最初に堆肥を少し多めに入れるため、その効き目が出て、初めは大玉がつきます。そこから、糖度を上げるために徐々に水分を制限することで、結果的に小ぶりになってはいきますが、他より大きめのトマトでも糖度が乗ったものができます。</p>



<p>単に甘いだけでは魅力を感じません。甘み・酸味のバランスを整えた上でのトマトらしい甘みであってほしいし、自家製の牛ふん堆肥による独自の旨みを大事にしています」と、眞嶋さんは言う。</p>



<h3 class="wp-block-heading">トマトの目利きは、妻と息子</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/24ushi-181810.jpg" alt="" class="wp-image-55072" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/24ushi-181810.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/24ushi-181810-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/24ushi-181810-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>糖度は、実が色づき始めた頃にはほぼ決まっており、そこから追熟が進むと酸味が旨味に変わっていき、甘みも強く感じられるようになり微妙な味わいの変化があるという。</p>



<p>「糖度が上がってくると、トマトの中の果肉が透けて見えるようになります。また、糖度が高くなるひとつの目安に、青いトマトのヘタ部分に入る『ベースグリーン』と呼ばれる濃い緑色のラインがあります。スターマークは知られるようになりましたが、そんなことも目安に日々食味しながらトマトの状態を確認しています。目利きはもう、妻と息子には敵わないです」と、眞嶋さん。続けて、妻の美加さんが言う。</p>



<p>「トマトの見極めは、家族で手分けして行っています。人を育てないと、とは思いますし、画一性を求めるなら人に任せず糖度センサーを入れればいいんでしょうけど、お客さんによって異なる好みに対して、直にお応えしたい。やはり相手の顔が見えている中で販売・やり取りしていますので、大切にしたい部分なんです」</p>



<p>「フルーツトマト」の産地として知られる高知県だけあって、競合も多い。そんな中で、眞嶋農園はきめ細かさで、顧客の要望に応えている。</p>



<h3 class="wp-block-heading">独自の“斜め誘引”と、5,500本を支える手仕事</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/24ushi-180144.jpg" alt="" class="wp-image-55073" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/24ushi-180144.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/24ushi-180144-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/24ushi-180144-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>トマトの圃場に入ると、まず目を引くのが“斜め誘引”という珍しい栽培方法だ。株を斜めに伸ばし、根を自由に張らせているという。「吊るし式も試しましたが、収穫姿勢が厳しく断念しました」と、眞嶋さん。</p>



<p>斜め誘引は、株が成長するにつれ収穫位置が上がり、作業がしやすい。ただし手間は膨大だ。5,500本すべてを紐でくくり、脇芽を取り、毎日手入れをする。繁忙期は家族だけでは手が足りないので、手伝ってもらう。これが最初に教わった方法だったという。以来、20年以上、眞嶋さんはずっと手間を惜しまず、斜め誘引を継承している。</p>



<p>また、ハウスの温度や湿度の管理は、コンピュータ制御ではなく、経験と経験に培われた勘で乗り越えてきた。南国・高知と言われるだけあって、冬でも日中の気温が12〜16℃あって温かい。そのうえ、気候変動でハウス内が30℃になる日も出てきたが、「自分たちの目と感覚で管理しています」と美加さん。手を抜かず、積み上げてきた経験がものを言う。</p>



<h3 class="wp-block-heading">害虫対策は、農薬の使用量を減らして天敵昆虫を使う「環境保全型農業」 </h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/24ushi-180240.jpg" alt="" class="wp-image-55074" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/24ushi-180240.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/24ushi-180240-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/24ushi-180240-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>さらに、トマト栽培に害をなすコナジラミの対策には、トマト苗生育中に並行して、ごまを育て、天敵昆虫のタバコカスミカメを自家採種。タバコカスミカメの餌植物であるクレオメを植えて自然繁殖させ、害虫の発生を抑制させる。農薬の使用を減らす「環境保全型農業」も実践していた。高知県は全国的に見てもこの「環境保全型農業」への意識と実践が非常に高い。JAが中心となって農薬に頼らない栽培を推進している。</p>



<h3 class="wp-block-heading">野菜ソムリエ仲間の口コミから広がった、「うしの恵み」の輪</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/24ushi-180527.jpg" alt="" class="wp-image-55075" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/24ushi-180527.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/24ushi-180527-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/24ushi-180527-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>販路拡大のきっかけは、妻の美加さんの野菜ソムリエ資格の取得だった。夫に付き添ってIターンして数年後、美加さんは友人5人と毎週末、高知から香川まで通って野菜ソムリエの資格を取得する。その後に知り合った県内外の野菜ソムリエ仲間がレストランや百貨店と繋いでくれたり、SNSで発信してくれるなど気にかけてくれた。こうして口コミが広がって、県外からの注文が増えていったという。</p>



<p>「お客さんがお客さんを呼んでくれるんです」。<br>営業に出る時間がない家族経営にとって、これは大きな力になった。<br>ハウスの広さは25アール。「もっと広げたら？」と言われるが、品質を守るためにあえて増やさない。</p>



<p>「二人でしっかり見られる限界が25アールなんです」と、夫妻は言う。</p>



<p>規模よりも味。今のお客さまに喜んでもらえることが一番。その姿勢が、ファンを増やし続けている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">牛を可愛がることが、美味しい牛乳につながる </h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/24ushi-172839.jpg" alt="" class="wp-image-55076" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/24ushi-172839.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/24ushi-172839-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/24ushi-172839-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>一方、厩舎を覗くと、乳牛たちが穏やかに牧草を食んでいた。子牛が興味深そうにこちらを見てくる。「さくらちゃん、さくらちゃーん」と、美加さんが声をかける。厩舎の牛たち全頭に名前がついており、赤ちゃんの頃から「かわいいね」と声をかけ続けるのだそうだ。ストレスを与えないことが、美味しい牛乳の第一条件だからとはいえ、美加さんの声は、母親がわが子に呼びかけるように優しい。</p>



<p>牛舎にはミストと大型扇風機が設置され、暑さに弱い牛を守る。角は幼少期に焼いて除角し、怪我を防ぐ。1日4回、1頭25kgの餌を食べ、約30Lの牛乳を出す。繁殖も丁寧だ。生後14ヶ月で初めての種付け、妊娠期間は10か月。出産2か月前からは搾乳を止め、赤ちゃん牛に栄養を回す。</p>



<p>さらに、県の事業として「土佐あかうし」の受精卵移植にも協力。ホルスタインが代理母となり、地域の畜産を支えている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">“去年の美味しさ”を超えるために。続いていく家族の挑戦  </h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/24ushi-180853.jpg" alt="" class="wp-image-55077" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/24ushi-180853.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/24ushi-180853-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/24ushi-180853-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>酪農から出た堆肥が、農作物を育て、乳牛たちの飼料になり、美味しい牛乳となる一連の循環が、眞嶋農園を支えている。</p>



<p>眞嶋農園では、トマトの収穫は12月から6月末まで。そこで一旦区切りを設けて、次の植え付けに着手するというが、美加さんは、植え付けからの手入れ期間は「一番楽しい」と笑う。逆に収穫が始まると緊張の日々なのだとか。</p>



<p>「これまでは、良くする努力を重ねてきましたが、おかげさまで、お客さんに付いていただけるようになったので、今度は、できるだけ味を変えない努力をしています。息子が苦労している最中ですが、先の状態を想像しながら管理していくことは、気候変動の中では非常に難しいと、ここ近年感じています」</p>



<p>美加さんは、「お客さんの記憶の中の“美味しい”は年々美化されていきます。だから、それを超えるぐらいの気持ちでトマトを作って、次の年も「美味しい」と言っていただけるようにと想いを込めて作っています」と言う。</p>



<p>水の管理と玉の大きさの調整、機械に頼らずに生育状態を日々自身の目で細かく見極めるなど、味を狂わせないための数々の努力と、家族だけが可能な“目利き”が、今年もトマトを仕上げていく。</p>



<p>牛と堆肥とトマトがつくる“恵みの循環”は、家族の力でこれからも続いていく。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/55058/">全国から注文が入るフルーツトマト「うしの恵み」を育てる家族「眞嶋農園」／高知県香南市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>夢の機械を創る、100年企業が描く農業と未来。「井関農機株式会社／株式会社ISEKI M&#038;D」／愛媛県松山市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 06 Aug 2026 10:02:18 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[農業機械]]></category>
		<category><![CDATA[スマート農業]]></category>
		<category><![CDATA[ISEKI　Dream　Gallery]]></category>
		<category><![CDATA[農業]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/iseki-27.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>日本を代表する農業機械メーカーのひとつである、井関農機株式会社。創業者、井関邦三郎氏は、北宇和郡三間（みま）村（現宇和島市）生まれであり、三間はおいしい米（三間米）の産地としても知られる農村地域である。 農家を過酷な労働 [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/iseki-27.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>日本を代表する農業機械メーカーのひとつである、井関農機株式会社。創業者、井関邦三郎氏は、北宇和郡三間（みま）村（現宇和島市）生まれであり、三間はおいしい米（三間米）の産地としても知られる農村地域である。</p>



<h2 class="wp-block-heading">農家を過酷な労働から解放したい</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/iseki-31.jpg" alt="" class="wp-image-55019" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/iseki-31.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/iseki-31-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/iseki-31-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>創業者･井関邦三郎氏、誕生の地である愛媛県。松山市にある「ISEKI　Dream　Gallery」では、井関農機株式会社の歴史や技術を展示している。井関邦三郎氏は、幼いころから家業である農業に携わっていた。当時の農作業は重労働であり、「農家を過酷な労働から解放したい」という強い想いを抱いていたという。人の手から機械へと移り変わる時代の中で、より良いものを追求する情熱が原動力となり、1926年に松山市で「井関農具商会」を創立。最初に手がけた農機は「全自動籾すり機」だった。その後も農業の機械化と近代化に貢献し、戦後の食料増産や高度経済成長を支える企業へと発展していく。</p>



<h3 class="wp-block-heading">農業の未来を動かす、松山発のモノづくり</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/iseki-5.jpg" alt="" class="wp-image-55020" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/iseki-5.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/iseki-5-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/iseki-5-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>1936年に、松山市に工場を設立。戦後の食料増産、高度経済成長を支える、農業の機械化･近代化に貢献する数々の農業機械を開発･生産してきた。1978年には松山工場にて大型トラクタ生産を開始。長い歴史を持つ同工場は、現在も「株式会社ISEKI M&amp;D」としてISEKIグループの農業機械の製造部門を担っている。ISEKIグループにおける「スマート農業」「環境保全型農業」といった取り組みにおいて、製造面から支える、モノづくりの中核拠点だ。</p>



<p>「人の手作業から機械化へと変えていくなかで、本当に役立つ機械を作りたい。“ええもんを作ろう”という創業者の理念を、今も受け継いでいます」と、株式会社ISEKI M&amp;D 代表取締役社長の酒井正弘さんは話す。</p>



<p>ISEKI M&amp;Dで製造する農業機械は小規模農地向けから130馬力の高出力トラクタまで幅広く、海外で活用される芝刈機や、雑草抑制･農薬肥料散布･土壌水分保持などを行う乗用管理機など、多様な製品を手掛ける。部品加工から塗装、組み立てまで社内で一貫して行う体制を整えているため、多品種少量の製品に素早く対応でき、農家にとって使いやすく、手に取りやすい製品づくりにつながっている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">スマート農業と野菜作機械化一貫体系</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/eb49b87ebc41ecad7a20bce4a0993fcb.jpg" alt="" class="wp-image-55021" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/eb49b87ebc41ecad7a20bce4a0993fcb.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/eb49b87ebc41ecad7a20bce4a0993fcb-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/eb49b87ebc41ecad7a20bce4a0993fcb-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>農業を取り巻く現実は厳しい。従事者の高齢化や後継者不足で、人手はどんどん減少している。収穫や植え付け、管理といった作業は、季節や天候に合わせて短期間で集中して行う必要があるため、限られた人手ではとても追いつかない。こうした現場で求められているのは、少ない労力で確実に収量を確保できる農業機械の技術だ。</p>



<p>ISEKIは、農業の効率化と環境保全を両立させる「スマート農業」に注力している。ITやセンサー、GPS、ロボットといった最新技術を活用し、作物の状態やほ場の条件に応じた作業を可能にすることで、少ない人手でも高い生産性を実現する。</p>



<p>スマート農業技術を搭載したトラクタやロボットトラクタの開発･生産も行う。たとえば、GPSを利用した位置測位により、トラクタはほ場内での直進走行をアシストできる。これは作業者がステアリングで細かく舵を切る必要がなくなるため、疲労を軽減できるというものだ。また、ロボットトラクタは有人監視のもと、人と協調して作業を行うことで、作業効率の向上にも貢献している。</p>



<p>ほかにも、ほ場内の状態に応じて肥料量を調整する「可変施肥技術」を2015年に開発。肥料の無駄を抑えながら、生育のばらつきを少なくし、品質や収量の安定につなげるなど、環境負荷の軽減と生産性向上の両立を目指している。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/788A9720.jpg" alt="" class="wp-image-55022" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/788A9720.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/788A9720-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/788A9720-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p><strong> </strong>1990年頃には機械化の進展により、稲作における労働時間が1960年の4分の1となる一方で、野菜作に関しても省力化のニーズが高まる。田植機･コンバイン･乾燥機など、機械化一貫体系が進んでいる稲作に比べると、当時の野菜作は機械化が遅れており、軽労化･省力化が求められてきた。ISEKIは、全自動野菜移植機「ナウエルPV101」の商品化に始まり、「野菜作機械化一貫体系」に力を入れてきた企業でもある。</p>



<p>実は野菜作りは、地域ごとに作業のやり方が大きく異なるという特徴があるそうだ。たとえばネギの場合、一口に「長ネギ」と言っても、地域ごとに品種や栽培方法が異なる。畝（うね）の幅や植え付けの間隔にも地域性があり、ISEKIではそれぞれの地域に合わせて、畝幅や植え付け間隔を調整できる機械を開発している。</p>



<p>　さらに、だいこん･玉ねぎ･キャベツ･ブロッコリー･サトイモ･ニンジン･レタス･枝豆･ネギ･かんしょなど、幅広い作物に対応できる機械や資材をそろえ、「野菜作機械化一貫体系」を確立。苗の育成から植え付け、管理、収穫、選別まで、野菜作り全体の工程を一貫して機械化できる体制を整えている。これにより、多品種少量の生産や地域ごとの栽培条件の違いにも柔軟に対応でき、少人数でも効率的かつ品質の安定した農作業が可能になる。</p>



<h2 class="wp-block-heading">創業100年、技術と人で未来の農業をつなぐ</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/iseki-47.jpg" alt="" class="wp-image-55023" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/iseki-47.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/iseki-47-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/iseki-47-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>現場の解決につながる技術開発を積み重ね、ISEKIはトラクタや田植機、コンバインなど農業機械の開発に関わる技術をはじめ、約2,200件の特許権を保有している 。培ってきた技術力が、スマート農業の進化を支え、現場の農業をより確実で、より負担の少ないものに変えている。</p>



<p>ISEKI M&amp;Dで製造されている新型機種もそのひとつ。GPSなどのデジタル技術を活用したスマート農業にも取り組んでいる。こうした技術は、長年の経験で培われてきた農作業のノウハウをサポートするものだ。例えば、熟練者が感覚で行っていた正確な作業を機械が補助することで、経験の浅い作業者でも一定の品質で作業しやすくなる。人から人へ受け継がれてきた農業技術を、デジタルの力で次世代へつないでいくことで、担い手不足の解消や持続可能な農業の実現を支えている。&nbsp;</p>



<p>農業現場の人手の減少や、気候変動の影響もあり、農業現場の人手は減少。効率化と環境への配慮は欠かせない。国の「みどりの食料システム戦略」も追い風となり、省力化や有機農業など、持続可能な農業への転換が求められている。</p>



<p>ISEKIは2026年に創立100年を迎え、長年の技術と経験を誇る企業としてこの課題に向き合う。大型･先端･畑作･環境対応の農業機械を開発し、省力化と環境保全を両立。電動化をはじめとする環境対応技術を拡充し、高品質な農機を通じて生産性の高い持続可能な農業を後押しする。</p>



<p>さらに次世代の技術者育成にも力を注ぐ。設計や製造、最新技術に触れる実践の場で課題解決力や判断力を磨き、長年培われた技術や知恵を学ぶ姿勢も大切にしている。こうして育まれた人と技術の力が、農業の効率化や環境配慮に直結し、より持続可能で豊かな農業を支えていく。技術と人が紡ぐものづくりは、これからも農業に新しい可能性を届けるだろう。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/55014/">夢の機械を創る、100年企業が描く農業と未来。「井関農機株式会社／株式会社ISEKI M&D」／愛媛県松山市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>栃木生まれの「ゆうだい21」で米づくりに向き合う「阿久津農園」阿久津政英さん／栃木県大田原市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 20 Jul 2026 03:41:23 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[ゆうだい21]]></category>
		<category><![CDATA[ゆうだい21の伝道師]]></category>
		<category><![CDATA[米･食味分析鑑定コンクール金賞]]></category>
		<category><![CDATA[食用米]]></category>
		<category><![CDATA[農業]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/SOL3332.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>栃木県大田原市は米の生産が県内1位である。その中で「米･食味分析鑑定コンクール」での受賞歴を誇り、他にも「東洋ライス世界最高米2022」に認定されるなど、数々の評価を受ける阿久津農園･阿久津政英さん。栃木県の米があまり有 [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/SOL3332.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>栃木県大田原市は米の生産が県内1位である。その中で「米･食味分析鑑定コンクール」での受賞歴を誇り、他にも「東洋ライス世界最高米2022」に認定されるなど、数々の評価を受ける阿久津農園･阿久津政英さん。栃木県の米があまり有名でない中、阿久津さんのつくる米はなぜ評価されるのだろうか。</p>



<h2 class="wp-block-heading">米の生産に適した土地･大田原市</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/SOL3249.jpg" alt="" class="wp-image-54895" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/SOL3249.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/SOL3249-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/SOL3249-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>大田原市は「那須野が原」といわれる栃木県北部の那須地域にある広大な扇状地に位置する。日本三大疏水のひとつ「那須疏水」が流れる土地だ。那須連山から流れる水は、ミネラルがたっぷり含まれた伏流水。豊かな水源があるから、米作りに適している。</p>



<p>もちろん、水だけではない。肥沃な土壌があり、夏には十分な温度と日照で稲の生育を促進し、冬の寒さは害虫の発生を抑えるなどの気候条件や、水の管理がしやすくて大規模な水田を展開しやすい平坦な地形など好条件が重なり米どころになっている。</p>



<p>大田原市の語源の由来は「大俵（おおたわら）」といわれており、昔から米の生産が盛んな地域なのである。</p>



<h3 class="wp-block-heading">米の収穫量ランキング上位なのに、知名度が低い栃木県産米</h3>



<p>栃木県の米の生産は、2021年に農林水産省が発表した「水陸稲の時期別作柄及び収穫量（全国農業地域別･都道府県別）」データによると、収穫量のランキングは全国8位である。しかし、栃木産米はあまり有名ではない。それは、首都圏に近いという立地を活かして業務用米が主流になっているからだ。</p>



<p>業務用米とは、スーパーなどで販売される家庭用のお米ではなく、外食チェーンやコンビニのお弁当、給食などで使われるお米のこと。私たちが口にする機会は多いものの、食べる時に産地や銘柄を目にすることが少ないため、「栃木の米」としての認知度が広がりにくい側面がある。</p>



<p>実際、2017年の農林水産省のデータでは業務用向けの販売割合が高い上位10県で1位を記録し、7割近い数字が業務用向けになっている。</p>



<h3 class="wp-block-heading">知名度はないけれど、美味しい米ができる土地</h3>



<p>そんな環境で米作りをおこなう阿久津さん。実家が農家だったこともあり、大学を卒業してから農業にたずさわるようになり20年ほど経つという。今では共に米作りをおこなう父の跡を継いで5代目となった。</p>



<p>転機が訪れたのは約8年前にはじめて出品した「米･食味分析鑑定コンクール」だ。</p>



<p>阿久津さんは食味コンクールの存在は知っていたものの、それまで出品には至っていなかった。しかし、「この地域のお米は美味しい」、何より毎日食べている「自分のうちのお米はもっと美味しい！」という確かな自信はあったという。そこで、誰でも出品できることを知り、「出したら賞が取れるのでは？」と考え、楽な気持ちで出品した、と当時を振り返る。</p>



<p>しかし、初出品となる2016年「第18回米･食味分析鑑定コンクール」において、いきなり「都道府県代表 お米選手権」部門で特別優秀賞を受賞。自身の作るコシヒカリにこだわりはあったし、自信もあった。「なんだ、やっぱり出品すれば受賞できるじゃないか」と思った一方で、「コシヒカリ」での上位入賞の限界も感じたという。</p>



<p>というのも、コシヒカリは国内で最も作られている品種ゆえに、コンクールでも出品数が圧倒的に多く、全国の生産者がこぞって出品する。「コシヒカリでは、これより上を目指すのは厳しい」と限界を感じていた時、自分なりに「何かないか？」と探しはじめて出会ったのが「ゆうだい21」だった。</p>



<h2 class="wp-block-heading">宇都宮大学で生まれた品種「ゆうだい21」との出会い</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/SOL3309.jpg" alt="" class="wp-image-54896" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/SOL3309.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/SOL3309-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/SOL3309-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>ちょうどその頃「米･食味分析鑑定コンクール」で、ゆうだい21という品種が国際総合部門で金賞を受賞し始めた。</p>



<p>ゆうだい21は地元栃木県にある宇都宮大学の農学部附属農場で偶然発見した稲穂の株を元に、20年もの年月をかけて開発し2010年に品種登録された、国立大学生まれの米である。稲丈が伸びて倒伏しやすく、肥料や水分管理が繊細で技術を要するため、栽培難易度は高いとされているが、中山間地など手間をかけられる環境で真価を発揮し、コシヒカリ並かそれ以上の収量･品質を目指せる品種だ。さらにゆうだい21は、甘みが強く、米そのものの味がしっかりしているため、一般消費者にも受け入れられるとゆうだい21の可能性を直感し、翌年（2017年）からゆうだい21をつくることを決めたのだ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">ゆうだい21をつくる前からの取り組み</h3>



<p>ゆうだい21をつくる前から、阿久津さんは「農薬を使わずお米をつくりたい」という思いを強め、農薬不使用栽培に取り組んでいた。きっかけは、家族のアレルギーを改善したいという考えからだったそう。</p>



<p>草取りから大変な農薬不使用栽培は、先代でもある父の理解を得るのに時間がかかったが、小さい面積から始めて、少しずつ認めてもらえるようになったという。</p>



<h3 class="wp-block-heading">ゆうだい21でも農薬不使用栽培を取り入れる</h3>



<p>そんな経緯があることから、ゆうだい21は農薬不使用で、3反歩（テニスコート約12面分）の栽培から始めた。</p>



<p>さらに少しずつ生産量を増やし、つくり始めて4年目には主食用の米を約4ヘクタールつくっているなかでゆうだい21を半分以上栽培したという。</p>



<h2 class="wp-block-heading">なぜ阿久津さんがつくる「ゆうだい21」は美味しいのか</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/SOL3320.jpg" alt="" class="wp-image-54897" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/SOL3320.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/SOL3320-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/SOL3320-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>ゆうだい21の特徴は、粒が大きくてツヤがあり見た目がキレイという印象。食べてみるとうま味が強くてバランスが良く、噛むほどに甘みを感じられると評価されている。</p>



<p>実際に食した方が「美味しい」と言って年々需要が増えており、阿久津農園でも栽培面積を毎年拡大させているという。</p>



<h3 class="wp-block-heading">評価される品種でも「阿久津農園」が選ばれた理由</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/SOL3291.jpg" alt="" class="wp-image-54898" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/SOL3291.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/SOL3291-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/SOL3291-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>先にも述べたが、阿久津農園がある大田原市は米をつくるのに適した土地である。米は夜の気温が下がると美味しさの養分を吸い上げて穂に運ぶといわれている。</p>



<p>阿久津農園は山に囲まれており、標高は200m。日中と夜の温度差が大きく、味に影響を与えていると考えられる。また、近くを流れる蛇尾川（さびがわ）から田んぼに水を引き込むが、この蛇尾川は阿久津農園から上流4kmほどは地面の下を流れている川になる。そのため水温が低い状態で田んぼに引き込むことができ、水温の低さで夜の温度が下がりやすく、味に影響を与えているのだそう。</p>



<p>さらに阿久津農園の田んぼは、河川敷に位置する場所にありミネラルが豊富で肥沃（ひよく）な土壌というのが、通常でも美味しいゆうだい21をさらに美味しくする理由だろう。</p>



<h3 class="wp-block-heading">農薬不使用栽培がゆうだい21のポテンシャルを引き上げた</h3>



<p>しかし、それだけではない。阿久津さんが取り組んできた農薬不使用栽培も理由のひとつだろう。</p>



<p>農薬不使用栽培で一番難しいのは雑草の除草作業だという。</p>



<p>その除草を可能にするために、植え付ける株と株の間を広げて、縦横から除草できるようにしているそう。通常苗は、1坪当たり50株植えるところ、農薬不使用のゆうだい21は「37株植え」という植え方にして4割ほど株を減らしている。</p>



<p>疎植栽培で株間が広くなると穂がV字に広がる空間ができ、株元の葉まで太陽の光がしっかりとあたる。また、栄養が行き渡るため大きな穂に育ちやすい。</p>



<p>さらに、株間の風通しが良くなり「いもち病」や「紋枯病」などの病気が発生しにくく、丈夫な稲を作ることができるという。</p>



<p>もちろん除草剤は使わないが、代わりに酵母菌や納豆菌、虫が嫌うレモングラスの抽出液など天然由来のものを散布して農薬不使用栽培を実現。それでも、時期によっては毎日田んぼに入って人の手で除草するという。</p>



<p>手間ひまかけてつくり上げた阿久津さんのゆうだい21は評判も高く、三越や伊勢丹、ザ･リッツ･カールトン日光などに提供。2025年にはニューヨークやロサンゼルスに店舗を構える日本産米専門店「the rice factory 」での取り扱いがはじまった。</p>



<p>特に海外は農薬不使用栽培の需要が高く、阿久津さんの取り組みが評価されている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">ゆうだい21の栽培1年目から高い評価を受ける</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/SOL3296.jpg" alt="" class="wp-image-54899" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/SOL3296.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/SOL3296-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/SOL3296-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>阿久津農園がつくるゆうだい21は、つくり始めた１年目から「米･食味分析鑑定コンクール」の都道府県部門で金賞を受賞。</p>



<p>次の年は最上位部門である国際総合部門で特別優秀賞、４年目になる「第23回米･食味分析鑑定コンクール」では国際総合部門で金賞を受賞。「米･食味分析鑑定コンクール」で金賞を受賞した玄米の中から、「金芽米」で有名な米の総合メーカーである東洋ライスが独自基準で「美味と生命力」を重視して厳選した最高級の玄米を指す、東洋ライス主催の「東洋ライス世界最高米2022」に認定され、全国でたった4名の生産者の1人になり、世界最高米の原料米に選ばれた。</p>



<h3 class="wp-block-heading">ゆうだい21の伝道師</h3>



<p>今後はゆうだい21の生みの親でもある宇都宮大学が市町村などと組み、ゆうだい21で町おこしをおこなう計画もあるそうだ。</p>



<p>阿久津さんは宇都宮大学から「ゆうだい21の伝道師」に任命され、地元の生産者に栽培方法などを伝えていく。</p>



<p>ゆうだい21をきっかけに栃木産の米が全国で認知され、そこから品種を限定することなくすべての栃木県産米が注目を浴びる、そんな日が訪れたら良い。</p>



<p>そのためにも、まずは「ほかの品種とはちがった美味しさを持つ米『ゆうだい21』を食べてもらいたい」と、阿久津さんは伝道師の看板と責任を背負い、今日も普及の活動を続けていく。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/54888/">栃木生まれの「ゆうだい21」で米づくりに向き合う「阿久津農園」阿久津政英さん／栃木県大田原市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>山田町の原木椎茸を牽引し続ける。茸の匠･芳賀榮三さん／岩手県山田町</title>
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		<pubDate>Mon, 13 Jul 2026 09:46:46 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[農業]]></category>
		<category><![CDATA[原木椎茸]]></category>
		<category><![CDATA[茸の匠]]></category>
		<category><![CDATA[名人]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/kinokonotakumi26.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>岩手県沿岸のほぼ中央に位置する山田町。太平洋に面していることから、漁業のまちとしての印象が強いが、町の特産に原木椎茸があり、全国規模で行われる品評会では、毎年のように町内から農林水産大臣賞受賞者を輩出してきた。そんな山田 [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/kinokonotakumi26.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>岩手県沿岸のほぼ中央に位置する山田町。太平洋に面していることから、漁業のまちとしての印象が強いが、町の特産に原木椎茸があり、全国規模で行われる品評会では、毎年のように町内から農林水産大臣賞受賞者を輩出してきた。そんな山田町における原木椎茸の先駆者と言えるのが、全国でも数名しかいない名人格のうちの一人･芳賀榮三さんである。</p>



<h2 class="wp-block-heading">冷涼な気候と豊かな山が原木椎茸を育む</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/kinokonotakumi6.jpg" alt="" class="wp-image-54816" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/kinokonotakumi6.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/kinokonotakumi6-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/kinokonotakumi6-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>岩手県下閉伊郡（しもへいぐん）山田町は東側に太平洋、西側に北上山地の山々が連なる自然に抱かれた町だ。山にはブナやナラ、アカマツなどの広葉樹が豊富に植生していることから、原木椎茸の生育適地として、椎茸栽培が盛んに行われている。原木椎茸は直射日光が当たらず風通しがよく、適度な湿度がある場所を好むため、草木が日除けとなったり、標高による冷涼な気候や、樹木が呼吸をすることで適度な湿気が保たれる山林の環境は好条件なのだ。</p>



<p>ちなみに椎茸には栽培方法によって「原木椎茸」と「菌床椎茸」があり、スーパーなどで販売されている生の椎茸は菌床椎茸が多い。その理由として、菌床椎茸は、おがくずを固めた菌床ブロックに人工的に養分を加えて育てるため3〜6か月で収穫でき、原木椎茸に比べて成長速度も4倍近く早い。加えて設備さえ整っていれば場所を選ばず、気候にも左右されないため、生産量も安定する。</p>



<p>一方、原木椎茸は天然の木に種菌を植え付けるので、木の養分のみで育つため成長には時間を要する。種菌を植え付ける榾木（ほたぎ）さえあれば、室内でも栽培することは可能だが、条件の整った自然の中でじっくり育った原木椎茸は、特段、味も強く、傘も肉厚になるのだという。</p>



<p>山田町では、この原木椎茸を乾燥させ乾椎茸（ほししいたけ）に加工することが多い。乾椎茸の中でも傘が大きく形が良いものは贈答品や高級食材として重宝されている。&nbsp;</p>



<h3 class="wp-block-heading">高級食材でもある山田町の乾椎茸</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/kinokonotakumi5.jpg" alt="" class="wp-image-54817" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/kinokonotakumi5.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/kinokonotakumi5-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/kinokonotakumi5-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>乾椎茸には、いくつかの呼び名がある。「花どんこ」は、傘の表面に花のような白い亀裂が入ったもので、見た目の美しさから贈答用に使われることが多い 。「こうしん」は、どんこよりも傘が開きヒダがあるものを指し、よく出汁が出るため、煮物などに重宝されている 。全農乾椎茸品評会には「こうしん中葉厚肉」や「花どんこ」「どんこ」などの部門があり、色･形･大きさなどによって審査される。</p>



<p>これらの品評会で賞を取るほどの 乾椎茸は、高級食材としてホテルや料亭などで使用される。見た目もよく味も良い山田町の乾椎茸は、料理人や寿司職人などから引っ張りだこだ。</p>



<h2 class="wp-block-heading">原木椎茸の名人として</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/kinokonotakumi2.jpg" alt="" class="wp-image-54818" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/kinokonotakumi2.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/kinokonotakumi2-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/kinokonotakumi2-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>原木椎茸の名人･芳賀榮三さんは、山田町の中でも内陸に位置する豊間根地区にきのこ工房を構え、原木椎茸を栽培している。秋になると山に入り松茸も採る。山を知る芳賀さんがとる松茸は品質が良いと評判で、周囲からは「茸の匠（きのこのたくみ）」とも呼ばれている。</p>



<p>芳賀さんが原木椎茸の栽培を始めたのは1983年。38歳の頃だ。全国の品評会で初めて農林水産大臣賞を受賞したのは49歳の時。その後も「花どんこ」の部で農林水産大臣賞を５回受賞。最高位の常連になった芳賀さんは「名人位」を授けられた。以来、部門を変えて出品し、受賞を重ねている。</p>



<h3 class="wp-block-heading">山田町に豊富にあるナラの木で原木椎茸を栽培</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/kinokonotakumi12.jpg" alt="" class="wp-image-54819" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/kinokonotakumi12.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/kinokonotakumi12-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/kinokonotakumi12-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>芳賀さんの原木椎茸は、露地栽培とハウス栽培の両方で行われる。椎茸の菌を植える榾木（ほだぎ）は、ナラの木を使う。榾木に適しているのは針葉樹ではなく、広葉樹だ。 他県ではクヌギを使うことが多いが、山田町の山林にはクヌギが生えておらず、一方でナラが豊富にあるため、ナラを使っている。ナラの木は樹皮に亀裂があり、椎茸の種菌（たねきん）を植えやすいという特徴もある。芳賀さんは「ほかの広葉樹で栽培するところもあるが、試してみてもやっぱりナラの木で作った椎茸が美味しい」と言う。 椎茸は涼しく程よい湿度がある場所で育つため、榾木には直射日光が当たらない方がいい。そこで、露地栽培と言っても背の高い樹々に覆われた山林の中で栽培される。椎茸の大きさは榾木の大きさに比例するという。太くて立派な榾木であれば、椎茸も大きくなるというわけだ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">山田町の原木栽培を牽引する存在</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/kinokonotakumi11.jpg" alt="" class="wp-image-54820" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/kinokonotakumi11.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/kinokonotakumi11-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/kinokonotakumi11-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>芳賀さんが原木椎茸の栽培を始めた1983年は、ちょうど山田町が椎茸栽培に力を入れ出した頃と重なる。同じ時期に原木椎茸を始めた人たちがたくさんいた。しかし、平成に入ると安価な中国産が出回るようになり、市場価値が低下。山田町の原木椎茸も苦境に立たされた時期があった。なかにはその頃に廃業してしまった人もいるという。そのような中でも、芳賀さんは精力的に全国の品評会に出品を続けた。&nbsp;</p>



<h2 class="wp-block-heading">原木椎茸の未来に思いを馳せる</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/kinokonotakumi15.jpg" alt="" class="wp-image-54821" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/kinokonotakumi15.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/kinokonotakumi15-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/kinokonotakumi15-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>芳賀さんは80歳を過ぎてもなお、精力的に原木椎茸を作る。「菌床椎茸よりも原木椎茸のほうが、歯ごたえがあって旨味もある」と言い、原木椎茸にこだわる。<br>品評会で受賞する原木椎茸は、傘の大きさ、色、形をできるだけ揃えたものを出品するのだという。同じ大きさの椎茸を数多く育てるには、榾木の大きさも揃えなければならない。榾木の直径は約18㎝。重さもあることから、高齢の芳賀さんにとって榾木の管理は重労働だ。</p>



<p>「ずっとハウスの中に入れておくと高温障害が出る。7月になればハウスの中は暑くなる。そうしたら榾木を山に置く。薬をかけるより、山に戻しておくほうが風通しも良くていい」と芳賀さん。11月。ハウスの榾木にはまだ椎茸は発生していなかったが、4月ごろになると収穫できるという。農薬をかけない榾木を使って栽培するから原木椎茸は安全･安心なのだ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">命ある限り原木椎茸を作り続ける</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/kinokonotakumi4.jpg" alt="" class="wp-image-54822" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/kinokonotakumi4.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/kinokonotakumi4-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/kinokonotakumi4-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>山田町で原木椎茸の栽培が盛んになった頃から、第一線を走り続けている芳賀さん。同年代の生産者が栽培をやめてもなお、椎茸栽培の最前線を行く。「1番の課題は自分の体力。これが最後の椎茸になるかもしれないと毎年思いながらやっている」と話す。しかし、そのような中でも、芳賀さんは品評会で結果を出し続けている。「長年の積み重ねなんだろうね。毎日通っていれば気候が教えてくれる。湿度が上がった時に傘が割れて白くくっきり亀裂が入り、きれいな椎茸になる。湿度が足りない時は散水する。我ながらうまいことやっている。後継者の育成もしないとね。命ある限りはがんばりたい」と話す芳賀さん。その表情には名人としての矜持があった。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/54808/">山田町の原木椎茸を牽引し続ける。茸の匠･芳賀榮三さん／岩手県山田町</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>ゴールドバレルの頂点を目指す「しんざと果樹園」2代目の挑戦／沖縄県国頭郡東村</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 29 Jun 2026 08:48:26 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[農業]]></category>
		<category><![CDATA[タダオゴールド]]></category>
		<category><![CDATA[TADAO GOLD]]></category>
		<category><![CDATA[ゴールドバレル]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/tamashironouen-001.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>海を望む丘陵地に広がるパイナップル畑。沖縄県本島北部の東海岸に位置する国頭郡（くにがみぐん）東村（ひがしそん）は、国内生産量わずか5%の高級パイナップル「ゴールドバレル」の産地。「パイナップルの王様」とも呼ばれるゴールド [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/tamashironouen-001.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>海を望む丘陵地に広がるパイナップル畑。沖縄県本島北部の東海岸に位置する国頭郡（くにがみぐん）東村（ひがしそん）は、国内生産量わずか5%の高級パイナップル「ゴールドバレル」の産地。「パイナップルの王様」とも呼ばれるゴールドバレルと、その若き担い手の想いとは。</p>



<h2 class="wp-block-heading">沖縄県のパイナップル栽培の歴史</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/tamashironouen-022.jpg" alt="" class="wp-image-54741" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/tamashironouen-022.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/tamashironouen-022-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/tamashironouen-022-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>沖縄県は国産パイナップルの生産量のほぼ100％を占めており、年間の収穫量はおよそ7,000t〜8,000tに及ぶ。1866年に石垣島沖に座礁したオランダ船から漂着した苗を植えたのがパイナップル栽培のはじまりと言われており、戦後本格的に缶詰加工用としての栽培や品種改良が行われるようになると、1960年代にはサトウキビと並ぶ2大基幹作物にまで成長した。</p>



<p>ところが順調だったパイナップル栽培は1990年の缶詰製品の輸入自由化により大打撃を受け、加工用品種として主力だったハワイ種「N67-10」の栽培は落ち込みをみせた。</p>



<h3 class="wp-block-heading">付加価値の高い生食用品種への転換</h3>



<p>一時は衰退したパイナップル栽培だが、沖縄県のパイナップル栽培はより付加価値の高い生食用品種の栽培へと移行していく。そして現在では、手でちぎって食べられるスナックパイン（正式名称：ボゴールパイン）、果肉が白く小ぶりなピーチパイン（正式名称：ソフトタッチ）、甘みが強いサンドルチェ（正式名称：沖農P17）、ココナッツのような香りのあるホワイトココ（正式名称：沖農P19）、高級品種のゴールドバレル（正式名称：ゴールドバレルパイン）など、多くの生食用品種が開発・栽培され、シェアを拡大している。</p>



<h2 class="wp-block-heading">高級パイナップル「ゴールドバレル」の誕生</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/tamashironouen-009.jpg" alt="" class="wp-image-54742" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/tamashironouen-009.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/tamashironouen-009-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/tamashironouen-009-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>2006年に新品種として登録された「ゴールドバレル」は、東村が発祥の地。1989年に沖縄県農業研究センターで「クリームパイン」と「McGregor ST-1」を交配して得られた実生（みしょう）から、およそ20年の歳月をかけて誕生し、黄金色の果肉と樽（バレル）のような形からその名が付けられた。</p>



<p>ゴールドバレルの1番の特徴は、糖度の高さにある。一般的なパイナップルの糖度が14度〜16度なのに比べ、ゴールドバレルは17〜19度と糖度が非常に高い。また実は芯まで食べられるほどやわらかく、パイナップル独特の刺激的な酸味が少ない。口に入れると、とろけるように柔らかくジューシーで、繊維が少ないためざらざらとした食感が口に残らない。上品な甘さと芳醇な香りが楽しめ、1個当たりの重さが約1.5kg〜2kgと大きいため贈答用の高級パイナップルとして注目を浴びるようになった。</p>



<h3 class="wp-block-heading">「ゴールドバレル」の生みの親、玉城忠男さん</h3>



<p>この新品種の誕生に深く関わったのが、東村におけるパイナップル栽培の先駆者であり沖縄県名誉指導農業士でもある玉城農園の玉城忠男（たまきただお）さんだ。玉城さんは譲り受けた11本のか細い苗から選抜育成をくり返し、長年にわたる努力と研究によって「ゴールドバレル」をまさに黄金色の果実へと育てあげた。</p>



<p>玉城さんが自身で育てるゴールドバレルの中でも、味、色、大きさ、形など特に選りすぐりのものは「TADAO GOLD（タダオゴールド）」と名付けられ、全体の数パーセントしか選ばれないゴールドバレルの最高級品として知られている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">受け継がれるパイナップル栽培</h2>



<p>東村で「しんざと果樹園」を営む新里善幸さんと貴恵さん夫妻は、パイナップル作り一筋50年以上の玉城さんのもとゴールドバレル栽培の手ほどきを受けた担い手だ。</p>



<p>貴恵さんは玉城さんの娘さんで、幼いころから玉城さんがパイナップルを育てる姿を目にしていた。しかし、お父さんが育てるパイナップルの凄さに気付いたのは社会人になってから。那覇市でパティシエとして働きだしてからなのだそう。</p>



<p>20年近く前、働いているお店で仕入れていたパイナップルがお父さんの育てたゴールドバレルだった。周りの人から「TADAO GOLD」が美味しくて有名だという噂を聞き、その凄さを知ったという。そして「これは誰にでもできる仕事ではないのかもしれない」と、南城市のマンゴーの兼業農家で生まれ育った善幸さんと二人三脚でゴールドバレル栽培に取り組むようになった。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/tamashironouen-019.jpg" alt="" class="wp-image-54743" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/tamashironouen-019.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/tamashironouen-019-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/tamashironouen-019-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<h3 class="wp-block-heading">東村の大地に育まれるゴールドバレル</h3>



<p>しんざと果樹園がある東村は、県内有数のパイナップルの産地であることはもちろん、マングローブ林などの豊かな自然と固有の生態系が色濃く残る「やんばる（山原）」と呼ばれる地域としても知られている。赤土がのぞく広大な畑には、大人の腰ほどの背丈に育ったパイナップルが規則正しく生い茂る。</p>



<h2 class="wp-block-heading">パイナップル栽培に最適な東村の赤土と気候</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/tamashironouen-003.jpg" alt="" class="wp-image-54744" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/tamashironouen-003.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/tamashironouen-003-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/tamashironouen-003-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>東村でパイナップル栽培が盛んな理由に、パイナップルが一番好む酸性で水はけのよい赤土の土壌がある。また海からのミネラルが降り注ぐ地形と、夏の30度〜35度と高い気温。これらの条件が糖度の高いパイナップルを育てる。</p>



<p>この土壌の優位性を活かす土作りはパイナップル栽培にとって非常に重要なファクターだ。</p>



<p>土づくりは、まずパワーシャベルで1メートルほどの深さまで切るように耕す。パイナップルは水が天敵のため、土の中に空洞を作り、より水はけの良い土にする。耕した土は元気を取り戻すために3ヶ月間、自然の雨にさらし土に水分やミネラルを浸透させ、同時に空気も取り込みながら休ませる。そうすることで育成不良などの連作障害も起こらなくなる。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/tamashironouen-006.jpg" alt="" class="wp-image-54745" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/tamashironouen-006.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/tamashironouen-006-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/tamashironouen-006-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>そして土づくりで何より大切なのが草の管理なのだそう。「お義父さんには、草を生やすなって1番言われます」と善幸さん。貝殻虫という害虫の発生を防ぐため、草取りに機械は使わずほとんど手で抜きあげる。こうして手間と時間をかけた土づくりが最終的にパイナップルの味に繋がっていく。</p>



<h3 class="wp-block-heading">植え付けから生育、収穫</h3>



<p>パイナップルの植え付けは、3月・4月の春と、9月・10月の夏の大きく2期に分けて行う。春の植え付けは、5月下旬頃の梅雨入りまでに根が張るように。夏の植え付けは台風の状況を見ながら、植えた苗が雨で腐ってしまわないように計算して行われる。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/tamashironouen-031.jpg" alt="" class="wp-image-54746" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/tamashironouen-031.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/tamashironouen-031-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/tamashironouen-031-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>ある程度まで育った実には、日焼け防止のために新聞で作った帽子をひとつずつ被せ、さらに上からネットで覆い強い紫外線を遮ることで皮が焼けて傷みの原因となることを防ぐ。また、実が大きく重いゴールドバレルは台風の強風で茎が折れてしまうこともあるため、茎を支えるパイプの設置も行われる。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/tamashironouen-015.jpg" alt="" class="wp-image-54747" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/tamashironouen-015.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/tamashironouen-015-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/tamashironouen-015-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>手間をかけ、作物にとって最適な環境で育ったゴールドバレルは、苗の植え付けからおよそ3年でようやく収穫を迎える。パイナップルは基本的には収穫後に追熟しないため、木上（きじょう）で熟させ1番美味しいタイミングで収穫をする。収穫の時期が近づくと、毎日ひとつずつ成熟度の確認を行い、熟したものは手作業で収穫される。</p>



<h2 class="wp-block-heading">ゴールドバレルに夢をのせて</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/tamashironouen-048.jpg" alt="" class="wp-image-54748" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/tamashironouen-048.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/tamashironouen-048-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/tamashironouen-048-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>しんざと果樹園で収穫されるパイナップルは、年間およそ9,000個。一般的なパイナップルが4年で2回収穫できるのに対し、ゴールドバレルは3年でようやく1回。収量が限られるうえ病気にも弱く、栽培の難しい品種にも関わらず、土づくりにこだわり、木上で熟すのを待ち一番美味しいタイミングで摘み取るなどの手間も惜しまない。</p>



<p>とはいえ、この丁寧な仕事が芯までやわらかく芳醇に香るゴールドバレルを生み出しているのだが、「お義父さんは日々研究して、80歳を過ぎてもどんどん新しいことを取り入れている。僕なんか若いのに、まだまだ負けてる」と、謙虚な善幸さん。</p>



<p>玉城さんから技術と知識を吸収しながら、生育が難しく収量も安定しにくいゴールドバレルの作付けを少しずつ広げ、いずれは安定して12,000〜13,000個を収穫できるようにしたいと生産拡大に意欲を燃やす。</p>



<p>一方、貴恵さんが見据えるのは出荷の仕組みづくりだ。木上で熟させたゴールドバレルは、収穫後の賞味がわずか3日。1個ずつ布で磨き、箱に手作業で詰めていく作業は、収穫量の多い時期には22時間に及ぶこともあるが、機械やシステムの導入など新しい仕組みを取り入れることで、この作業を効率化させ、より一層パイナップルの生育に手間をかけたいと考えている。</p>



<p>ふたりは現在、収穫したパイナップルを地域の小学校や児童養護施設へ定期的に寄贈している。これは「自分たちが小さい頃は、パイナップルは少し酸っぱくて当たり前だと思っていた。ところが、品種や育て方でこんなにも甘くなる。子どもたちにパイナップルは甘くて美味しいものだと知ってもらい、パイナップルに対する“当たり前”を変えていきたい」という想いから。</p>



<p>玉城さんが11本のか細い苗から黄金色の果実を育てあげたように、その想いと技術は、いま確かに次の世代へと受け継がれている。東村の赤土に根を張ったゴールドバレルは、ふたりの夢をのせて、これからも甘く実っていく。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/54735/">ゴールドバレルの頂点を目指す「しんざと果樹園」2代目の挑戦／沖縄県国頭郡東村</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>間口を拡げて梨の魅力を多くの人に伝えたい。「芳香園」中間朋海さん／大分県日田市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 24 Jun 2026 10:32:16 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[農業]]></category>
		<category><![CDATA[日田の梨]]></category>
		<category><![CDATA[梨酢]]></category>
		<category><![CDATA[晩三吉]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/DSCF8479.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>大分県日田市の山あいで、70年にわたり梨づくりを続ける「芳香園」。3代目の中間朋海（なかまともみ）さんが守り続けるのは、この土地の力が育む甘くみずみずしい梨と、「美味しいものをお客さんにも食べてもらいたい」というぶれない [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/DSCF8479.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>大分県日田市の山あいで、70年にわたり梨づくりを続ける「芳香園」。3代目の中間朋海（なかまともみ）さんが守り続けるのは、この土地の力が育む甘くみずみずしい梨と、「美味しいものをお客さんにも食べてもらいたい」というぶれない一念だ。</p>



<h2 class="wp-block-heading">「四季を通して日田の梨」</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/DSCF1426.jpg" alt="" class="wp-image-54698" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/DSCF1426.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/DSCF1426-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/DSCF1426-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>大分県の北西部、福岡や熊本と接する九州の内陸に、日田という町がある。山々に抱かれた盆地の奥に広がるこの地は、古くから豊かな水に恵まれ、筑後川の源流域に近いことから「水郷」とも呼ばれてきた。江戸時代には幕府の直轄地として栄え、今もその面影を残す古い町並みや温泉が訪れる人を迎える。そんな自然豊かな日田で、人気の産品がある。梨だ。</p>



<p>「芳香園」の中間朋海さんは、この地で梨づくりに心血を注ぐ3代目だ。「自分が食べておいしいものをお客さんにも食べてもらいたい」という一念で続けてきた梨づくりは、多くのリピーターを生み出し、毎年「今年はまだ？」という問い合わせが届くほどの支持を集めている。</p>



<p>芳香園が梨の栽培を始めたのは今から約70年前の、中間さんの祖父の代のことだ。そして中間さん自身が実家の農園に就農したのは大学を出てすぐのタイミングだった。「跡を継ぐものだと思っていた」という理由からだという。若くして家業に関わり始めた中間さんが今も変わらず向き合い続けているのが、この土地ならではの梨づくりだ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">様々な自然条件が梨づくりに適した土地</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/DSCF8488.jpg" alt="" class="wp-image-54699" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/DSCF8488.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/DSCF8488-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/DSCF8488-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>梨の産地というと、鳥取県や千葉県が真っ先に思い浮かぶ。都道府県別の生産量でいえば、大分県は10位前後にとどまる。しかし日田市では、7月末から12月頃まで出荷できるさまざまな品種が栽培されており、その豊かなラインナップを、地元のJA梨部会は「四季を通して日田の梨」というキャッチフレーズで表現している。</p>



<p>ではなぜ日田市では、良質な梨の栽培が可能なのか。中間さんに聞くと、「それは土地の力」という答えが返ってきた。</p>



<p>盆地である日田市は朝晩の気温差が大きく、夏場は12〜13度に達することもある。夜間の気温が低ければ低いほど、日中に育まれた糖分を果実の中に蓄えておける。これが、寒暖差の大きな土地は果物の生産に向いているといわれる所以だ。さらに水。水質も水量も豊かな日田市は「水が磨く郷」とも称されるほどで、梨の生育にとって申し分のない恵みをもたらす。そして、土。砂地ではなく赤土であるこの地には肥料を蓄える力があり、豊かな実りの土台となっている。寒暖差、水、土。</p>



<p>三つの力が重なり合うことで、日田の梨は生まれている。</p>



<p>芳香園では現在、出荷用として主に6品種を栽培している。幸水に始まり、豊水、新高、あきづき、愛宕、晩三吉（おくさんきち）と続く。特に晩生（おくて）の晩三吉は、かつては日本各地で栽培されていたが、育てるのに手間がかかるため生産者が激減した結果、現在では梨全体の1％未満程度しか生産されておらず、そのほとんどが大分県で生産されたものだそうだ。適度な酸味を内包する晩三吉に対し、最近は酸味の少ない甘い品種が消費者に好まれる傾向があり、品種選びにも時代の変化が反映されている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">梨の木が何を欲しがっているか、見極めながら</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/DSCF1473.jpg" alt="" class="wp-image-54700" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/DSCF1473.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/DSCF1473-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/DSCF1473-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>「木を見て、水を欲しがっているのか、それとも人間でいうサプリメントのような栄養を欲しがっているのか。そういったところを見極めながら、何をするかを考えています」と中間さんは話す。</p>



<p>梨の苗木は植えて3年目頃から少しずつ実をつけ始める。花が咲くのは桜と同じ頃で、1つの場所から7〜8輪が開く様子は、桜の咲き方にも似ている。収穫のピークは樹齢およそ20年で、その後はゆるやかに下降していくものの、樹齢100年を超えてもなお実をつける木もあるという。果実をしっかりと大きくし、光合成で育んだ糖分を甘みへと変えるには、常に畑と木を見守りながら、細やかな配慮を重ねていくほかない。その手間ひまの積み重ねが、甘い梨を実らせる。</p>



<h3 class="wp-block-heading">重要なのは土づくり</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/DSCF1476.jpg" alt="" class="wp-image-54701" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/DSCF1476.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/DSCF1476-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/DSCF1476-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>芳香園では、牛糞やノコくずを混ぜた堆肥や魚粉、菜種油粕などの有機質肥料を使っている。 使い続けることで土が柔らかくなり、排水性が上がり、微生物が元気に育つ。鶏糞堆肥を使うという選択肢もあるが、即効性はあっても長続きしないという特性を鑑み、長期的に土壌へ働きかける牛糞堆肥を選んでいる。</p>



<p>また、畑に生えた草には除草剤を使わず、機械で刈る。これによって土中のミミズが豊かに生き、そのミミズの糞が、微生物の餌となる有機物を供給する。さらにミミズが動き回ることで土の中に空気が通り、微生物による有機物分解が促進される。そうして生きた土、肥えた土が出来上がっていくのだ。</p>



<p>しかし、梨づくりの様々な条件が揃ったこの地でもやはり解決しなければならない課題はあると、中間さんは語る。</p>



<h2 class="wp-block-heading">梨栽培に立ちはだかる壁</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/DSCF8457.jpg" alt="" class="wp-image-54702" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/DSCF8457.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/DSCF8457-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/DSCF8457-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>梨づくりで困難を感じている点を聞くと、気候変化、木の病気、そして人手不足という三つの答えが返ってきた。</p>



<p>気候について言えば、最近の春は気温が高く、梨の開花が早まっている。花の時期は最も繊細で、このタイミングで遅霜が発生すると、めしべが黒くなって枯れ、実がつかなくなる恐れがある。暑すぎる夏、長く続く雨、そうかと思えば短期間に大量に降る雨。近年の天候はどんどん読みづらくなっており、木が弱りやすい状況に拍車がかかっている。天気を見ながら栄養を与え、水の管理をしながら臨機応変に対応するが、それでもなかなか難しいと中間さんは打ち明ける。</p>



<p>木の病気もまた、悩みのひとつだ。おいしさを追求して品種改良を重ねた結果、病気に弱い品種が増えている。農業の世界的な潮流として有機栽培への移行も検討したが、梨で試したところ病気が蔓延し、数年にわたって影響が続いた苦い経験がある。安全性を意識しながら農薬を使う、そのバランスの取り方に頭を悩ませているという。</p>



<p>そして人手不足。芳香園も例外ではない。通常、梨の実は地面からおよそ180cmのところにできる。作業中はずっと顔も手も上に向け続けることになり、首や肩、腰への負担は相当なものだ。以前は地元の年配の方や繁忙期に来てくれる専業主婦の方々に頼ることができたが、今はもう頼める人がいなくなってしまったという。現在は地域の人が数名と、繁忙期だけ県外から来てもらうというスタイルで何とかしのいでいる。</p>



<h3 class="wp-block-heading">作業者の負担を考え、木の仕立て方を変える</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/DSCF8494.jpg" alt="" class="wp-image-54703" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/DSCF8494.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/DSCF8494-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/DSCF8494-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>未経験者が多い状況のなかで中間さんが変えたのが、木の仕立て方だ。「普通、木は上に伸びていきます。ただ、枝を30度〜40度くらい倒すと、以前より少し低い場所に実がなります。90cmくらいのところに実ができるようになると、未経験の人も作業がしやすいんです」。</p>



<p>誰でも収穫できる栽培方法へと変えていく。コストを抑えながら、将来的には収穫ロボットの導入も視野に入れる。人がいなくても成り立つ道を、中間さんは着実に模索している。</p>



<h2 class="wp-block-heading">果物の需要が年々減るなかで</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/DSCF1388.jpg" alt="" class="wp-image-54704" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/DSCF1388.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/DSCF1388-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/DSCF1388-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>人手不足と並んで中間さんが直面しているのが、果物自体の需要減だ。特に梨は、皮をむかなければ食べられないという点がネックになっている。「梨が好き」という声は多くても、それが購入には必ずしもつながらない。特に若い世代は本当に買わないと実感しており、店頭でも通信販売でも、購入者のおよそ7割は50代以上だという。皮ごと食べられて種もないシャインマスカットのような品種が伸びる一方で、食べるためにひと手間かかるものは、嗜好品としての性質も相まって需要が落ちている。中間さんはそう分析する。</p>



<p>その打開策として中間さんが取り組んでいるのが、梨の間口を拡げる試みだ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">梨の魅力を伝えるために</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/DSCF1401.jpg" alt="" class="wp-image-54705" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/DSCF1401.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/DSCF1401-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/DSCF1401-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>芳香園では新鮮な梨の販売に加えて、ジュース、ジャム、ドライフルーツといった加工品も手作りで製造している。量はさほど作れないが、年間を通して梨のおいしさに触れられるとあって人気が高い。「加工品づくりは趣味みたいなもの」と中間さんは笑うが、その言葉の裏には、梨の魅力をより多くの人に届けたいという真剣な思いが宿っている。</p>



<p>なかでも珍しいのが「梨酢」だ。その名の通り、梨を原料とした酢である。「ワインからバルサミコ酢ができるなら、梨からでも作れるんじゃないか」というシンプルな発想から生まれたという。こうした珍しい加工品が評判を呼び、芳香園がメディアに取り上げられる機会も増えた。イベントに出展する際は梨も加工品も両方持っていくが、みずみずしい梨を選ぶ人、加工品に手を伸ばす人と、それぞれの出会い方がある。その光景を見るたびに、少しずつ梨の魅力が広がっていることを実感するのだと中間さんは話す。</p>



<h2 class="wp-block-heading">梨づくりの未来のために</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/DSCF8481.jpg" alt="" class="wp-image-54706" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/DSCF8481.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/DSCF8481-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/06/DSCF8481-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>今は日田に100件ほど梨農家があるものの、その数は年々減り続けている。15年ほど前、市場出荷だけでは生活が成り立たないほどの底値がついた時期を経験した世代が、子どもに継がせなくなっているのも一因だという。中間さん自身には息子がいるが、絶対に継いでほしいとは思っていない。「自分がある程度年を重ねて引退するときに、誰か継ぎたい人がいればその人に」というのが正直な思いだ。だからこそ、人手や経験がなくても生産・収穫ができるよう栽培方法を変えるという試みを、今から地道に続けている。</p>



<p>梨の未来がどうなっていくのか、今の時点では誰にもわからない。それでも中間さんは、将来を見据えながら今日も梨と向き合い続けている。「梨が少なくなると寂しいといった声がある限りは続けますよ。&#8221;美味しい&#8221;と買ってくれるお客さんの期待を裏切ることはできないので、絶対に手は抜きません」。</p>



<p>「四季を通して、日田の梨」。その一角を支えているのが、中間さんのような、梨づくりに思いをそそぐ農家の存在だ。今年も梨を心待ちにしている人のために、中間さんは今日も日田の畑に立っている。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/54687/">間口を拡げて梨の魅力を多くの人に伝えたい。「芳香園」中間朋海さん／大分県日田市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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