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	<title>陶芸家 - NIHONMONO</title>
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	<description>「にほん」の「ほんもの」を巡る旅マガジン</description>
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	<title>陶芸家 - NIHONMONO</title>
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		<title>現代性の中に見出した、原始の美しさ。陶芸家・小野澤弘一さん／栃木県芳賀郡益子町</title>
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		<pubDate>Thu, 08 Jan 2026 08:24:27 +0000</pubDate>
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		<category><![CDATA[陶芸家]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/SOL3615.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>「漆塗り」と聞くと、多くの人が木の素材に漆を施したものを思い浮かべるが、陶器や磁器に漆を施す「陶胎漆器（とうたいしっき）」という技法がある。今では珍しくなった技術を活かして作陶を行う陶芸家・小野澤弘一さんの工房が陶芸のま [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/SOL3615.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>「漆塗り」と聞くと、多くの人が木の素材に漆を施したものを思い浮かべるが、陶器や磁器に漆を施す「陶胎漆器（とうたいしっき）」という技法がある。今では珍しくなった技術を活かして作陶を行う陶芸家・小野澤弘一さんの工房が陶芸のまち･益子にある。</p>



<h2 class="wp-block-heading">里山の原風景が残る、陶芸のまち「益子」</h2>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="683" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/image-23-1024x683.jpeg" alt="" class="wp-image-53832" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/image-23-1024x683.jpeg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/image-23-300x200.jpeg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/image-23-768x512.jpeg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/image-23.jpeg 1372w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>小野澤さんの工房がある栃木県芳賀郡益子町（ましこまち）。栃木県の南東部に位置する自然豊かなこの町は、「益子焼」の名産地として有名だ。益子焼は江戸時代末期に、笠間で修行した大塚啓三郎が、この土地で良質な陶土を見つけ、窯を開いたことが始まり。</p>



<p>現在益子町には、大小さまざまな窯元が約160、陶器店は50軒あり、毎年5月と11月に開催される「益子陶器市」では地元の作家だけでなく、全国の陶磁器の窯元や、手芸、工芸、アクセサリー作家や飲食店まで多くの人が店を出す。普段は、静かでどこか懐かしい里山の風景を楽しめる町内も、陶器市の開催期間は県内外の車や人でごったがえすほどの賑わいだ。</p>



<p>この陶芸のまち「益子」に、小野澤さんが夫婦で移り住んだのは、2021年のことだった。</p>



<h2 class="wp-block-heading">縁あって移住した栃木県で、作風のルーツに出会う </h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/SOL3661.jpg" alt="" class="wp-image-53835" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/SOL3661.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/SOL3661-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/SOL3661-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>小野澤さんの生まれは東京。父が陶器を集めていたこともあり、幼少期から陶芸作品に触れることも多かったという。また、幼いころは粘土をいじったり、絵を描いたりすることも好きで、学生時代には作陶も経験。</p>



<p>心の中ではずっと「陶芸家」という仕事を意識していたそう。大学に入学し、具体的に将来の仕事を考えるようになると「陶芸家になりたい」という気持ちをより強く意識するように。「仕事をするなら、好きなことで頑張ってみよう」という気持ちが固まり、大学卒業後は岐阜県にある「多治見市陶磁器意匠研究所」でやきものに関する技術や知識を学んだ。</p>



<p>卒業後は2年ほどアルバイトをしながら作陶を続けたのち、知人から紹介されて移り住み開窯した場所が、益子から車で１時間ほど北上した場所にある、那珂川町（なかがわまち）の「馬頭（ばとう）」地区だった。</p>



<p>そもそも小野澤さんの作品は「益子焼き」ではない。当時は「関東圏内で、広く家賃の安い物件はないか」と検討していたところ、たまたま縁があったのが馬頭地区の物件だったのである。</p>



<p>しかしこの土地で暮らしたことが、現在の作風を生み出すきっかけにつながった。</p>



<h3 class="wp-block-heading">縄文土器にも用いられた、<strong>陶胎漆器（とうたいしっき）</strong></h3>



<p>当初小野澤さんが手がける作品は、釉薬をかけず、高温でじっくりと焼く「焼締め」が中心。現在はその焼き締めたあとに、漆を塗って仕上げる「陶胎漆器（とうたいしっき）」という技法を用いた作品を多く生み出している。</p>



<p>当時住んでいた那珂川町の隣には、茨城県大子町（だいごまち）があり、大子町は「大子漆（だいごうるし）」と呼ばれる漆の名産地。茨城県は岩手県に次ぐ国産漆の産地であり、県産漆のほとんどは大子町で作られ、輪島塗などの高級漆器にも使われている。</p>



<p>偶然にも漆を身近に感じることになった小野澤さん。興味が湧いて調べてみると、縄文時代から漆を土器に塗る技法があったと知る。そこで、自分でもやってみようと始めたのが、今の作風のルーツになっているという。</p>



<p>2020年には、東京にもっとアクセスしやすい益子に空き工房を見つけ、2021年に夫婦で引っ越し。そこで日本画家である妻の法子さんと共に、夫婦それぞれが創作活動に励んでいる。</p>



<h2 class="wp-block-heading">歴史や古いものに惹かれる</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/SOL3671.jpg" alt="" class="wp-image-53836" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/SOL3671.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/SOL3671-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/SOL3671-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>小野澤さんの作品は、漆だけでなく、漆と共に錫（すず）の粉を施した作品も手がける。「陶胎漆器と言ったほうが分かりやすいので、そのように言いますが、実際はそこにこだわっているわけではありません」。</p>



<p>歴史が好きで、古いものに惹かれるという小野澤さん。特に「弥生土器」が好きで、古代の人が削ったり磨いたりしてできた形は、柔らかさと同時にシャープさも感じられ、自分の作品にも取り入れたいと思うという。「当時の作った人の指跡が残っていたりすると感動しますし、古いものには当時の人の息づかいが聞こえる気がします」。</p>



<h3 class="wp-block-heading">原始性と現代性の融合を目指して</h3>



<p>作品は、まずろくろを引くところから。ほとんどスケッチはせず、作りながら考えてゆくスタイル。目指しているのは、ろくろで引いた「現代的なシャープさ」と土器のような「原始的なフリーハンドの柔らかさ」が融合したもの。</p>



<p>ろくろを引く際も、完全にシンメトリーなものは目指さない。食器は左右対称で「歪み」のないものが一般的だが、小野澤さんは、あえて歪みを出している。また、どの器も全く同じ歪み方にはせず、１つとして同じものがないように意識。さらには、表面には小野澤さんが好きな「弥生土器」の制作過程で施されていたという、割板や棒などで土器の接合跡を消したり、形を微調整したりする「ハケ調整」やハケ調整でできた線を消していく「ナデ調整」などの古の技法を施し、刷毛のあとや色の濃淡などの手仕事の風合いが残ったマットな質感に仕上げる。そこからさらに、4種5層の泥を塗っては乾かしを繰り返し、漆を塗る。そして最後は、ヤスリで表面を磨くことで、さらなる濃淡や多彩な質感を表現する。</p>



<p>非常に手間と時間のかかる作業ではあるが、機械であるろくろを使った「現代的なシャープ」なフォルムから更に、人間の手ならではの風合いや、古来からの技法を重ねることこそが、小野澤さんが思い描く「現代性と原始性」の融合した造形を実現するために、必要な作業なのだ。</p>



<p>小野澤さんは、自身の作品作りを「時間の経過を封じ込めるような感覚で作っている」と表現する。</p>



<p>実際、古びたものを再現する技術はたくさんある。一般人にも馴染み深いのはテーマパークで、その世界観を表現するために、遺跡や遺物、古い岩肌などを人工的に作り出したものが散見される。現代の技術を凝らした造形には目を見張るものがあるが、しかしそれはあくまで、限りなく本物に“似せた”模造品だ。</p>



<p>単純に古びた陶器の質感を出そうと思えば「層のように重ね塗って、まだらにしたり下地を出したりという変化を見せる技法もある」と小野澤さん。しかしそれで完成するのは、小野澤さんにとっては「表面的な古さ」でしかない。そうではなく、時を重ねた陶器や技術への尊敬を胸に刻みながら、小野澤さんの世界を通して「今」表現されるもの。まるで本当に時を重ねたかのような質感、それでいて古びず現代的な美しささえも感じさせるのは、小野澤さんだからこそ生み出せる、唯一無二の表現ではないだろうか。</p>



<h2 class="wp-block-heading">人や土地の歴史との出会い。先人たちの歩みが“師匠”</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/SOL3616.jpg" alt="" class="wp-image-53837" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/SOL3616.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/SOL3616-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/SOL3616-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>誰か特定の人に師事せず、自らの道を歩んできた小野澤さん。</p>



<p>「岐阜にいたときは、美濃の歴史の深さを感じましたし、馬頭にいたときは、益子焼よりも古い小砂焼（こいさごやき）やそれを手掛けている人にも出会いました。師匠という人はいませんが、そういうものを見聞きして、肌で感じて、先人たちがやってきたことを感じるようにしてきました」。</p>



<p>歴史が好き、土器が好きと話す小野澤さん。その言葉からは、単なる「好き」ではなく、どこまでも先人たちの歩みや、歴史への尊敬の念が感じられる。</p>



<p>「益子に実際に住んでみると、地元の人も知らないような歴史を知ることもできました。色々な歴史があって成り立っている土地だと知ることが好きだし、その好きな気持ちは、ここで作品を作るモチベーションにもなりますね」。</p>



<h3 class="wp-block-heading">「ろくろに感じる本質的なものを見出したい」</h3>



<p>国内の個展やワークショップ、海外まで活動の幅を広げる小野澤さんは、「40歳になったので、体力があるうちに、大きな作品を手びねりでやってみたいですね」と話す。</p>



<p>ロダンなど人体彫刻を眺め、その背景に思いを馳せるのも好きだと話す小野澤さんは、「対象を見つめる仕事がしたい」とも。小野澤さん曰く、「電動ろくろには、規則性があって、その中にも美しさがあるという。そのろくろで作ったもの（対象）を見つめながら、手びねりで作品を作りたい」とのこと。</p>



<p>二度手間では？と感じずにはいられないが、それこそが小野澤さんがやりたい「対象を見つめる仕事」なのだそう。「一旦ろくろで作ったもの（対象）をしっかりと“見つめて”、そこから自分が何かを感じ取ろうと向き合うことで、ろくろに感じる美しさの本質的なものが見出だせるのではないかと思うんですよ」。非常に感性的ではあるが、その繊細で美しい感覚や思考こそが、今と古をつなぐような作風の源泉であるのだと思わずにはいられない。</p>



<p>自身で目で見て、感じたこと。新たな学びも発見も、すべて作品へと昇華させてきた小野澤さん。きっとこれからも人類の歴史のように、止まらぬ進化を重ねてゆくことだろう。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/53829/">現代性の中に見出した、原始の美しさ。陶芸家・小野澤弘一さん／栃木県芳賀郡益子町</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>シンプルなフォルムの奥に唯一無二の個性を求めて。「キタ陶房」北岡幸士さん／福岡県福岡市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 31 Jan 2025 09:56:14 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[陶芸]]></category>
		<category><![CDATA[陶芸家]]></category>
		<category><![CDATA[キタ陶器]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/02/KITA022-8418.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>九州には数々の個性豊かな焼物の里が存在するが、近年は場所にとらわれず、自らの想う場所で、独自の作品づくりに向き合う作家も増えている。シンプルなフォルムの中に、土の個性を生かした表情豊かなうつわを手がける「キタ陶房」の北岡 [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/02/KITA022-8418.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>九州には数々の個性豊かな焼物の里が存在するが、近年は場所にとらわれず、自らの想う場所で、独自の作品づくりに向き合う作家も増えている。シンプルなフォルムの中に、土の個性を生かした表情豊かなうつわを手がける「キタ陶房」の北岡幸士さんもそのひとりだ。</p>



<h2 class="wp-block-heading">何者かになるために</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/02/KITA014-8350.jpg" alt="" class="wp-image-51984" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/02/KITA014-8350.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/02/KITA014-8350-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/02/KITA014-8350-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>福岡市南西部、標高597mの油山・西側山裾に「キタ陶房」はある。元々は北岡さんの父・秀雄さんが作陶を行っていた場所だったが、秀雄さんが佐賀に新たな工房を設けたことから、現在は幸士さんがここの主だ。敷地内のギャラリーには2人の作品が展示され、特に北岡さんの作品は、初期のものから最新作までが並び、作風の軌跡を見ることができる。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/02/KITA003-2402.jpg" alt="" class="wp-image-51985" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/02/KITA003-2402.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/02/KITA003-2402-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/02/KITA003-2402-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>子どもの頃から父のそばで粘土を触っていたという北岡さん。しかし陶芸の道を勧められた記憶はなく、大学卒業後は語学留学のために渡英。飲食店などでも働いた。しかし2年後に帰国すると、陶芸の道へ。「ロンドンにいるときに出会った人や、まわりにいた人たちの多くは何かのプロ、もしくは何かのプロになろうとしている人たちでした。じゃあ自分は、と考えたときにものを作る仕事がしてみたいと思いました」。<br>父からの勧めもあり入学した有田窯業大学校は、陶芸についてひと通り学ぶことができ、さらに深掘りもできるカリキュラムが魅力的な学校だった。卒業後は、さらに見識を広げるべく、焼き物の中心地である愛知県瀬戸市、その後は先輩作家の下で学ばせてもらうために岐阜県土岐市へ。現地では土地によってろくろの周る方向や土を練る方向が異なる文化の違いにも触れた。またその頃、瀬戸や多治見では電気窯で新しいものを作る作家が増えており、これに刺激を受けた北岡さんも「自分もこの方向でやってみよう」と地元である福岡で独立することに決めた。31歳の時だ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">作風を模索する日々</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/02/KITA012-8343.jpg" alt="" class="wp-image-51986" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/02/KITA012-8343.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/02/KITA012-8343-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/02/KITA012-8343-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>北岡さんが作る器は初期から一貫して「用途のある器」だ。「日常に使うことができる皿や器など、現代の生活者に寄り添うもの。もうひとつ望むなら、文化的なバックグランドを超越できるものを作れたらと考えていました」。独立当初は日々「普遍的ないいうつわとは」について考え、その結果、「シンプルなものを成立させるためにはさまざまなことをやってみること」と仮説を立てた。テクニックや材料への理解を深めるために、同じ九州の代表的な産地である有田や唐津の陶土をはじめ色んな粘土･材料を試験しながら器を作る。その工程の中で自分なりの解釈を加え、さらにアウトプットを続ける。そうすることで北岡流のシンプルを極めていったのだ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">狙うものと、予想を超えるもの</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/02/KITA026-8499.jpg" alt="" class="wp-image-51987" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/02/KITA026-8499.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/02/KITA026-8499-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/02/KITA026-8499-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>独立した当初は、透明釉を基礎に、添加剤や酸化金属を足した“白い器”をメインに制作。しかし北岡さんは、作品にもう少し強い表情を加えられたらと感じていた。</p>



<p>また電気窯でも面白いものを作るには、と考えていくうち、鉄分を含む色の強い土を使うとユニークな反応が現れることに気づく。そうして試行錯誤を重ねて安定したクオリティで電気窯で作品を焼成していった。しかし、化学的に厳密にコントロールされた作品を安定して作り続けていくうちに、それと全く違う考え方、対極のアイデアで生み出される焼き物を作ってみよう、と考えるようになった。そこで、ある時ストーブから出た灰を取っておき、長石と混ぜて灰釉を作ったところ、思いがけぬ成果が現れたのだ。</p>



<p>「いい陰影が生まれるんです。それもパッと見でわかるものじゃなく、使っているうちに気づくような陰影。作っていて面白いなって」。試行錯誤の中では莫大な失敗も重ねてきた。それでも、思わぬ良作が生まれると喜びは大きかった。</p>



<p>世の中がコロナ期に突入し、イベントなどが全てストップしてしまった時期も、北岡さんはこれ好機と、ゼロベースで灰釉に向き合い始めた。同じ長石でもメーカーが違えばどうなるか、焼き方によってどんな変化が現れるのか、あらゆる方向から手法を探り、次第に表情豊かな作品を生み出せるようになっていった。</p>



<h2 class="wp-block-heading">クラフトフェアから広がった世界</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/02/KITA001-8319.jpg" alt="" class="wp-image-51988" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/02/KITA001-8319.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/02/KITA001-8319-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/02/KITA001-8319-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>作品を発表するにあたり、北岡さんが積極的に活用してきたのがクラフトフェアだ。作家として最初に出品したのが「有田陶器市」。場所はメイン通りから1本入った家の庭で、窯業大学校の卒業生に賃料を抑えて提供してくれる場所だった。<br>「参加することでイベントの仕組みを知ることもできたし、他のフェアにも興味が湧き、片っ端から参加するようになりました。今は参加できる機会は限られていますが、普段会えない遠くの作り手やお客さまに会えて刺激になります。タイミングが合えば参加したいですね」。</p>



<h3 class="wp-block-heading">個性の生まれるところ</h3>



<p>イベントに出展することで名前を知ってもらえる機会が増え、ギャラリーやショップなどとのつながりも増えていった。Instagramなどのプラットフォームも、作品を国内外にPRし続けてくれる心強いツールだ。「そんなに積極的に発信する方ではなくて、展示のお知らせぐらいしか投稿してないんですけど、それでもその投稿とそこに写っている僕の作品を色んな人が、ときには海外の人もそれを見て興味を持ってくれたりするってありがたいことだなと思います。その点は父の世代の作り手の人たちより現在活動している僕たちは恵まれているなと感じます。」と北岡さん。作品が全世界に発信されることにより、コピーされる可能性も高まるのでは？という質問には、「マネのしようがないくらい普通なので大丈夫です」と笑う。「形に関しては、本当特殊なことは何もしてなくて。質の良いものは、形、成形、焼きの組み合わせでこそ生まれるものだと思っていて、他の多くの作り手の人たちもそうだと思うんですが、その全てのプロセスにそれまでの自分なりの試行錯誤や工夫、小さな積み重ねがあって、それを掛け合わせて出来る焼きものは、“似たもの”はできても“同じもの”はできないと思っています」。</p>



<p>個性についても同様。個性＝人間性、たとえ消そうとしても癖は出る。指紋や文字が鑑定できるように、その人自身から滲み出るものなのだ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">トライアンドエラーの先に目指すもの</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/02/KITA024-8457.jpg" alt="" class="wp-image-51989" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/02/KITA024-8457.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/02/KITA024-8457-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/02/KITA024-8457-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>現在はアメリカやヨーロッパからも注文を受け、上海のギャラリーより個展の依頼が寄せられるなど、着実に陶芸家としてのキャリアを積む北岡さん。課題について聞くと、「生産力」という答えが返ってきた。ただし釉薬がけも成形も、できることなら自らで手がけたい北岡さんにとって、それは永遠のジレンマだ。</p>



<p>しかしチャレンジ精神は衰えない。幅を増やしたい、もっといいものを作りたいという思いは、キャリアを重ねれば重ねるほど募る。「これまで散々、トライアンドエラーをやってきたつもりですが、まだまだ足りないと思っています。失敗すると凹みますが、キース・リチャーズも言っていたんです。『時には思い切らないと結果を得られない』と。彼も奏法を変えた時に、新しい世界に出会ったということなので、僕も常にトライして新しい世界を探しに出かけたいと思っています。</p>



<h3 class="wp-block-heading">旅先はいつも目の前に</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/02/KITA038-8555.jpg" alt="" class="wp-image-51990" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/02/KITA038-8555.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/02/KITA038-8555-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/02/KITA038-8555-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>今、北岡さんが抱いているささやかな夢は、かつて暮らしていたロンドンで個展を催すことだ。もちろん自ら在廊し、開催する個展だ。思えば陶芸家を志した頃は、「作品を作りながらいろんなところを旅したい」と考えていたという。しかし陶芸は手間と時間がかかる仕事だ。「旅に出たいとどこかで思っていても、ほんのわずかな移動時間にさえ、次の窯のこと、作業工程のことを考えてしまうんです。もはや家にいる方が落ち着いて」。ただ物理的な移動はせずとも、土と日々向き合いながら制作の作業、焼成の工程を重ねるうちに、それまで気付かなかったことに気付いて「そういうことか」という発見に出会ったり、今まで見えなかったものが「見えた」と感じる感覚を経験するようになったという。「旅の醍醐味は、見て感じること。僕は今、器作りの工程の中で視点の移動をしながら、新しい感覚を体験している気がします」。</p>



<p>まだ、旅の途中。土や灰、空気や温度の中に、どんな風景が待っているのだろう。シンプルな佇まいの奥に、様々な想像を掻き立ててくれるヒントを秘めた器の誕生を、今後も見守っていきたい。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/51983/">シンプルなフォルムの奥に唯一無二の個性を求めて。「キタ陶房」北岡幸士さん／福岡県福岡市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>南房総の自然を見つめ、委ねる。暮らしと風土に根付いた器を作る陶芸家・粕谷修朗さん／千葉県鴨川市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 28 Dec 2024 06:49:17 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[やちむん]]></category>
		<category><![CDATA[陶芸]]></category>
		<category><![CDATA[陶芸家]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/DSC0891_0.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>沖縄の焼き物である「やちむん」の窯元で修行した粕谷修朗（かすやのぶあき）さんは、東京に戻ってから粉引（こひき）の器を作り始め、移り住んだ房総半島では窖窯（あながま）と呼ばれる伝統的な薪窯で独創的な表情の器を生み出し続ける [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/51142/">南房総の自然を見つめ、委ねる。暮らしと風土に根付いた器を作る陶芸家・粕谷修朗さん／千葉県鴨川市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/DSC0891_0.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>沖縄の焼き物である「やちむん」の窯元で修行した粕谷修朗（かすやのぶあき）さんは、東京に戻ってから粉引（こひき）の器を作り始め、移り住んだ房総半島では窖窯（あながま）と呼ばれる伝統的な薪窯で独創的な表情の器を生み出し続ける。作風の幅が広がりながらも、芯となる部分には「自然」と「暮らし」が必ずある。</p>



<h2 class="wp-block-heading">沖縄から東京、そして房総半島へ</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/DSC0897.jpg" alt="" class="wp-image-51143" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/DSC0897.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/DSC0897-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/DSC0897-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>房総半島の南部。太平洋に面した鴨川市は海産物や海のレジャーで知られるが、峰々に囲まれた内陸部には、日本の棚田百選に選定された「大山千枚田」に代表される里山が広がっている。そんな里山の奥地、人家もまばらな山の緑に包まれた地で作陶しているのが粕谷さんである。</p>



<p>粕谷さんは2019年、東京都日野市から鴨川市に移住。陶土のベースとなる粘土に白い泥をかける白化粧を施し、釉薬（ゆうやく）をかけて焼き上げる「粉引」と呼ばれる手法で作られた端正な佇まいの器を生み出すのと同時に、伝統的な薪窯である窖窯による、表情の変化に富んだ器を作り続けている。その土地の風土、そして暮らしに根付いたものづくりを行う粕谷さんのルーツ。それは沖縄にある。</p>



<h3 class="wp-block-heading">沖縄やちむんの巨匠、山田真萬氏のもとへ</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/DSC0886_0.jpg" alt="" class="wp-image-51144" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/DSC0886_0.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/DSC0886_0-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/DSC0886_0-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>東京藝術大学大学院で日本画科を修了した粕谷さん。結婚直後に、妻の奈津子さんとともに世界を巡る旅に出る。その出発点だった沖縄が、二人にとって最初の拠点となった。</p>



<p>日本画のみならず「立体的なもの、焼き物にも興味があった」と、世界旅行を終えた粕谷さんは沖縄の焼き物「やちむん」の窯元である、読谷村（よみたんそん）の共同窯「読谷山窯」に足を運ぶ。そこでたまたま『男子募集、山田』と書かれた貼り紙を目にする。実はこの『山田』とは、沖縄を代表するやちむんの作り手、山田真萬（やまだしんまん）氏のこと。粕谷さんはすぐに真萬氏のもとを訪ね、ここで6年間修行を積み重ねた。</p>



<h3 class="wp-block-heading">暮らしが変われば器も変わる</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/DSC1261.jpg" alt="" class="wp-image-51145" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/DSC1261.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/DSC1261-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/DSC1261-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>東京に戻ってからは、自身の好みでもあった粉引の器を中心に作陶を始める。粕谷さんの粉引の器は、静謐（せいひつ）さのなかに土のあたたかな風合いが醸し出されているのが魅力のひとつだが、伝統的な沖縄のやちむんのどっしりとした質実剛健さ、描かれた模様が特徴的な染付（そめつけ）や三彩（さんさい）とはだいぶ印象が異なる。「住むところによって作る器は変わってくると思うんです。沖縄の食はゴーヤチャンプルーなど賑やかなものが多い。そういう料理が映える器が沖縄の染付だったり三彩だったりするのかなと思います」。</p>



<p>妻の奈津子さんは当時、「パンと器 yukkaya」という屋号でパン屋を営んでいたが（現在は通信販売限定）、そのパンに合う器を作ることは粕谷さんの日常の一部だった。暮らしに根付いた器を作ること。それは沖縄で学んだことでもあり、その姿勢は変わらない。鴨川に移り住んだ今も、粉引の器はガスも入れられるタイプの電気窯で作り続けている。「電気だけだと真っ白でつるんとした感じになって表情が乏しくなる」ため、窯内にガスを入れて酸素の供給を制限した「還元焼成」の状態へ持っていく。そうして独特の風合いを生み出している。</p>



<p>一方、沖縄時代に使っていたのは登り窯（のぼりがま）。粕谷さんのなかで薪窯への想いはずっと消えずにいたが、東京の住宅街で薪窯を構えるのは難しい。薪で窯を焚くことができる新たな場所を探し続け、たどり着いたのが房総半島の山の中だったのだ。</p>



<h2 class="wp-block-heading">自然を見つめ探究し、自然に委ねる </h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/DSC0907.jpg" alt="" class="wp-image-51146" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/DSC0907.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/DSC0907-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/DSC0907-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>工房脇にある窖窯は粕谷さん自ら組み上げたもの。窖窯は登り窯よりも歴史が古く、窯内部に器を置く焼成室（しょうせいしつ）がひとつなのが窖窯。焼成室を複数備えて効率的に数多くの器を焼くことができるように発達したのが登り窯である。窯焚きの時は三日三晩火を焚き続ける。</p>



<h3 class="wp-block-heading">窖窯と薪が生み出す自然さ</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/DSC0908.jpg" alt="" class="wp-image-51147" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/DSC0908.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/DSC0908-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/DSC0908-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>粕谷さんが登り窯ではなく、窖窯を選んだのは「複雑な表情が出る器を作りたかった」から。窖窯では薪の灰が器に多くかかり、それが高温で時間をかけて溶けていき、独特の表情の器が焼き上がる。登り窯以上に偶然性に委ねる部分が大きい焼成環境が、予想を超えた風合いの器を生み出すのだ。</p>



<p>さらに粕谷さんにとって、窯にくべる薪が窖窯の魅力を引き立てているという。「一番多く使っている薪がマテバシイです。結構火力もあるんですよ」と説明する粕谷さん。マテバシイはかつて海苔養殖の支柱材や炭の材料として植林された、南房総ではごくありふれた常緑広葉樹。春にマテバシイの明るい黄緑色の新緑が山並みを彩る様子は房総半島独特の光景でもある。</p>



<p>そのマテバシイをメインに使いつつも、木の種類によって焼成後の器の色が変わってくるため、その時々で松や桜、タブノキなどを組み合わせて使う。ケヤキを多く入れると乳濁したような色が出てきて、これもまた面白いという。「どの組み合わせで混ぜたとしても、窖窯の中で自然に融合していく。色の綺麗さが不自然な感じじゃないんですよね。自分で想像していた以上の変化が出てくるのは薪の楽しさであり、窖窯の楽しさでもありますね」。</p>



<p>さらに土に関しても「綺麗すぎるよりも雑味があった方がいい」と、ざらりとした粗いテクスチャーの土を陶土として積極的に使ったり、原土を自ら砕き、調合することもある。</p>



<h3 class="wp-block-heading">自然の色を探究し続けたい</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/DSC1360.jpg" alt="" class="wp-image-51148" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/DSC1360.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/DSC1360-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/DSC1360-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>粕谷さんは窖窯と電気窯の両方を使い分けながら、皿やマグカップといった日常使いできる器を中心に作る。その作品はギャラリーに卸すほかに、近年は千葉県で最大規模を誇るクラフトフェア「にわのわ アート＆クラフトフェア チバ」にも出店するようになり、使い手や届け手との関係を深めている。</p>



<p>そんな粕谷さんが今、強く興味を抱いているのが色である。「日本画をやっていたので、もともと色にすごく興味があるんです。色といっても自然な色のこと。 日本画でいえば岩絵の具のような色なんですけど、窖窯でやるとそれに近いような自然な色合いが出るんです。その色は薪によって変わってくるので、もっといろいろな薪を使って焼いてみたいですね」。さらに釉薬の上に絵を描く上絵（うわえ）にも挑戦中だ。</p>



<p>沖縄時代、粕谷さんが親方である山田真萬氏から繰り返し諭されたこと。それは「自然をよく見て作ること」。房総半島の里山に抱かれたこの地で営む暮らしは、自然への感受性を高めてくれる。使い手の暮らしに思いを馳せ、風土に根ざした器を作る粕谷さん。そのとどまることのない探究心が、新たに自然や暮らしと響き合った時、また想像を超えた変化が器に宿るに違いない。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/51142/">南房総の自然を見つめ、委ねる。暮らしと風土に根付いた器を作る陶芸家・粕谷修朗さん／千葉県鴨川市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>薪を割り、火をくべる。“変わり続ける土の表情”「陶房窯八」／山梨県北杜市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 29 Oct 2024 03:58:43 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[陶芸]]></category>
		<category><![CDATA[山梨県]]></category>
		<category><![CDATA[陶芸家]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/export11.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>南アルプスの北端となる甲斐駒ヶ岳（かいこまがたけ）の麓の山林に佇む「陶房窯八（とうぼうかまはち）。陶芸家の大橋睦（おおはしむつみ）さんは、土をこね薪を割り、伝統的な「薪窯（まきがま）」に火をくべて作品を作り上げる。“焼く [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/export11.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>南アルプスの北端となる甲斐駒ヶ岳（かいこまがたけ）の麓の山林に佇む「陶房窯八（とうぼうかまはち）。陶芸家の大橋睦（おおはしむつみ）さんは、土をこね薪を割り、伝統的な「薪窯（まきがま）」に火をくべて作品を作り上げる。“焼く”ことで姿や風合いを変える焼き物の魅力とは。</p>



<h2 class="wp-block-heading">古くから伝わる「穴窯」</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/export2.jpg" alt="" class="wp-image-50029" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/export2.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/export2-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/export2-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>南アルプスを望む大自然に囲まれた山梨県北杜市武川町は、薪窯に使用される「赤松」が豊富に育つ。陶芸家の大橋さんが制作に用いるのは、薪窯の中でも「穴窯（あながま)」と呼ばれるもの。同じく伝統的な薪窯には「登り窯（のぼりがま）」が挙げられるが、陶器を焼き上げる焼成室（しょうせいしつ）が単室の穴窯に対し、登り窯は複数の部屋が少しずつ高くなるように連なる連房式（れんぼうしき）で構成されている。穴窯の方が歴史は古く、より効率的な大量生産が行えるようにと発展を遂げたものが登り窯だ。現代ではガス窯や電気窯といった、操作面、温度調整においても優れた窯が普及する中、大橋さんが穴窯に魅せられた理由は「薪」にあった。<br></p>



<h3 class="wp-block-heading">思いもよらなかった陶芸の世界</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/export1.jpg" alt="" class="wp-image-50030" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/export1.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/export1-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/export1-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>仙台から上京して大学に進学し、「焼き物陶芸研究会」というサークルに所属した大橋さん。「陶芸に興味が無かった」と言うが、大学近辺で活動をする陶芸家の元を訪れた際に、陶芸のイメージが覆されることになった。芸術活動とはいうものの、実際は木を切り、斧で薪を割るなどの肉体労働が大部分を占めていたのだ。自身も作業を手伝う中で、「その単純さが面白くなった」と当時を振り返る。作品を作りたいという気持ちよりも先に「薪を割り、火にくべる薪窯をやりたい」と思い立ち、本格的に陶芸を始めることとなった。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/export3.jpg" alt="" class="wp-image-50031" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/export3.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/export3-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/export3-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>大学卒業後は山梨県南巨摩郡富士川町（旧増穂町）の陶房で2年近く窯焚きを続けた。勤めていた陶房では登り窯を使用していたが、独立時に選んだのは穴窯。同じ薪窯と言っても、効率性を重視した登り窯は連なった各部屋の熱を巡らせながら焼成を行うため、くべる薪の量も少ない。対して穴窯は単室で直接的に炎を当てる形になり、薪をくべ続けることとなる。「とにかく土をこねて、薪をくべる。そうした穴窯の単純さに惹かれました」。</p>



<h2 class="wp-block-heading">炎と向き合う穴窯の魅力</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/export20.jpg" alt="" class="wp-image-50032" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/export20.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/export20-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/export20-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>穴窯の窯焚きにかかる時間は約4日間。その間は大学の焼き物陶芸研究会で出会った妻と二人、窯に隣接する自宅で仮眠をとりながら付きっきりの作業となる。一般的な薪窯では1230度から1280度程度まで温度を上げるそうだが、大橋さんは約1180度までを目安にしている。大橋さんの使用する土ではそれ以上の高温に耐えられず、溶けたり壊れたりしてしまうからだそう。効率的に熱を利用する登り窯に比べると、穴窯の温度管理は難しいといわれるが、「土との相性がよりリアルにわかるんです」と大橋さん。穴窯の場合は灰が飛んで器に付着し、溶け合うことによって岩のようなゴツゴツとした風合いが現れる。こうした器一つひとつの個性も、薪の詰め方や並べ方によって変化が表れるのだ。</p>



<p>均一に温度や炎の調整できないからこそできる予測できない表現の面白さ。「焚く度に『次はどうしよう』と、新たな疑問やアイデアが生まれてくる」と、その魅力を語る。</p>



<h3 class="wp-block-heading">穴窯が生み出す焼き物の表情</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/export29.jpg" alt="" class="wp-image-50033" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/export29.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/export29-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/export29-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>大橋さんが穴窯で焼き上げる作品は食器や酒器、一輪挿しといった花器など様々。“芸術性の高いものより、日常使いしやすいもの”を前提とする大橋さんの作品は、北杜市内のレストランでも取り扱いが増えているそうで、シェフや来店客たちの口コミによって少しずつ認知度を高めている。一般に向けてはギャラリーやオンラインショップで販売しており、昨今はSNSからの問い合わせも増加しているのだそう。</p>



<p>陶芸作品の多くは表面をガラス質にして艶を施す「釉薬（ゆうやく）」が用いられるが、大橋さんの代表的な技法である「焼き締め」では、土本来の色味や質感を活かすために釉薬は使用しない。対してこの焼き締めの工程で出る灰で独自に精製した「灰釉薬」を用いる作品もあり、自然に生じた灰の状態によって褐色から灰色までの個性的な色合いの仕上がりとなる。「焼いていく過程で、土が石や岩のような風合いへと変化をみせてくれるのが楽しいところです」。</p>



<h3 class="wp-block-heading">灯油窯の導入</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/export18.jpg" alt="" class="wp-image-50034" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/export18.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/export18-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/export18-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>年に2、3回というサイクルで窯焚きを行う穴窯に加え、2022年頃からは新たに「灯油窯」を導入した。新型コロナの影響で展示会も思うようにいかなかった中、これまで経験したことのなかった灯油窯に取り組んでみようと思い立ったと言う。それまでは薪窯で土や焼き方を変えたりと創意工夫を繰り返していた大橋さんの探求心が、窯を変えることで新たなフェーズに移ったのだ。</p>



<p>ガス窯や電気窯に比べると灯油窯は焼成の均一性が劣るといわれる。その点を活かし、穴窯と同様に窯内の配置をばらつかせ、温度差や炎の流れ方によって仕上がりにムラが出るように工夫を凝らしている。炭が爆ぜることのない分、穴窯と違い灯油窯はマットな質感の仕上がりとなるそうだ。「それぞれに表れる違いが作品の個性になるんです」。手探りで灯油窯に挑んだ大橋さんだったが、窯を変えることで生じる焼き上がりの違いを改めて実感したと言う。</p>



<h2 class="wp-block-heading">新たな発見を続ける</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/export9.jpg" alt="" class="wp-image-50035" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/export9.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/export9-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/export9-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>「制作に没頭しているとどうしても視野が狭くなり、土の配分や作品の輪郭が自分の好みに寄っていってしまうんです」。こうした際に参考にしているのは、顧客が作品を目にした時の反応だ。作り手とは異なる視点から来る反響は、励みになりつつ作品の幅を広げるきっかけになると言う。北杜市白州町で行われている「台ケ原宿市（だいがはらしゅくいち）」など、多くの人が訪れるクラフトフェアなどへ定期的に出品する中で、「売れるものと売れないもの」が見極められるようになってきたそうだ。陶芸家として20年以上経った今でも、「好みを限定しすぎないようにして、違う発見をするようにしています。お客様の声を聞き、それを活かす。そういった過程を繰り返すことがやりがいになっています」と大橋さんは語る。</p>



<h3 class="wp-block-heading">“自分の思う”器作りを</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/export10.jpg" alt="" class="wp-image-50036" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/export10.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/export10-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/export10-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>作り続けるほどにあらゆる視点で疑問が生まれてくるという大橋さん。現在は“土”と“焼き”に焦点を当てているのだそう。「同じ土を使ってもどのように焼くかで土が持つ本来の味や、焼き色に変化がある。それを追求していきたいんです」。山梨県は薪の資源が豊富な一方で粘土があまり採掘されない土地のため、県外から様々な土を取り寄せて独自のブレンドを研究している。</p>



<h2 class="wp-block-heading">試行錯誤の連続、その先に</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/export36.jpg" alt="" class="wp-image-50037" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/export36.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/export36-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/export36-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>「次から次へと生まれる疑問に全て向き合っていたら、10年20年はかかるんだろうなと思っています」と、笑みを浮かべる大橋さん。穴窯に情熱を傾けながらも常に焼き物の表現の可能性に思考を巡らせている。<br>「粘土は焼き上がることで、硬く引き締まり別の姿に生まれ変わる。誰かにその過程を伝えたいというよりは、私自身が知りたいんです」</p>



<p>窯や焼き方ひとつで変わる焼き物の表情。飽くなき探求心によってもたらされる大橋さんの新たな作品に、今後も目が離せない。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/50028/">薪を割り、火をくべる。“変わり続ける土の表情”「陶房窯八」／山梨県北杜市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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			</item>
		<item>
		<title>蹴りろくろとの調和が生みだす素朴で力強い「うつわ」陶芸家･鈴木美雲さん／山形県山形市</title>
		<link>https://nihonmono.jp/article/39245/</link>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 23 Nov 2023 01:02:51 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[陶芸]]></category>
		<category><![CDATA[陶器]]></category>
		<category><![CDATA[器]]></category>
		<category><![CDATA[陶芸家]]></category>
		<category><![CDATA[工芸]]></category>
		<category><![CDATA[工芸家]]></category>
		<category><![CDATA[山形県]]></category>
		<category><![CDATA[山形]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/FC_20230717_0240-54-1-1024x819.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>鈴木美雲さんは、山形県山形市に工房をかまえる陶芸家です。作陶に使用する足で蹴って回す「蹴ろくろ」は鈴木さんの自作。手数を加えすぎないシンプルなうつわは素朴さの中にも柔らかさがあり、日々の生活の中に自然に溶け込んでくれます [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/39245/">蹴りろくろとの調和が生みだす素朴で力強い「うつわ」陶芸家･鈴木美雲さん／山形県山形市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/FC_20230717_0240-54-1-1024x819.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p class="has-text-align-center"><strong>鈴木美雲さんは、山形県山形市に工房をかまえる陶芸家です。<br>作陶に使用する足で蹴って回す「蹴ろくろ」は鈴木さんの自作。<br>手数を加えすぎないシンプルなうつわは素朴さの中にも柔らかさがあり、日々の生活の中に自然に溶け込んでくれます。</strong></p>







<p>山形県山形市にある工房で作陶を行う陶芸家の鈴木美雲さん。自ら採取してきた土や、蹴って回す自作の「蹴りろくろ」から生み出されるのは、過剰な装飾を排したシンプルな「うつわ」。李朝に心惹かれた鈴木さんの手による作品は、力むことなく生活にすっと馴染む顔を持つ。</p>







<h2 class="wp-block-heading">シンプルで力強いうつわづくりをする若手陶芸家</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-011-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-39247" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-011-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-011-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-011-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-011.jpg 1280w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>






<p>山形市内で作陶を行う、陶芸家の鈴木美雲さん。元々は千葉の出身だが、両親が東北の出身ということもあって小さいころから東北には馴染みがあったという。そして東北芸術工科大学への進学をきっかけに山形県に移住。現在、アトリエ兼自宅として使っている一軒家は、元々鈴木さんの祖父母のものだった。在学時より住み始め、卒業後に家を譲り受けたそうだ。</p>



<p>鈴木さんが作る作品は、<strong>過剰な装飾を一切取り除いた、ストイックなまでにシンプルなうつわ</strong>。学生時代に厚手でどっしりとした素朴さを特徴にもち、侘び寂びを尊ぶ日本人に愛された李朝の陶磁器に出会い、その簡素な美に影響を受けたという通り、素朴ながら土の質感を感じさせる色味と質感をもつ鈴木さんの作品は、生活の中にすっと入りこむ不思議な魅力を持っている。</p>







<p><strong>住宅街の中にあるアトリエ</strong></p>



<p>鈴木さんのアトリエは、幹線道路に近い住宅街にもかかわらず、不思議なほど静謐な雰囲気に包まれていた。山形市といえば県庁所在地だ。しかも国道に程近い場所とあれば様々な環境音に煩わされそうなものだが、工房兼自宅の敷地に一歩足を踏み入れた瞬間、周囲から隔絶されたような不思議な空間に迷い込んだ気にさせられた。</p>



<p>それは、鈴木さんが裸足で現れたからだった。この理由は後にわかるのだが、当時は2月。雪が降り積もり、外気温は氷点下前後と推測されるような天気のなかで、いくら室内とはいえ裸足で軽やかに歩く姿はとても印象に残った。鈴木さんのアトリエには、窯も併設されている。使っているのは、薪釜に近い焼き方ができる灯油釜。薪釜は昔ながらの焚き方ができるものの、たくさんの木材が必要となり、加えて日数も技術も必要だということで、灯油窯を選んだという。作品の大きさによるものの、一度に30個ほど焼くことができる大きさだ。「住宅が周りにあるので、ご近所には許可を取って設置しました」と鈴木さん。</p>







<h2 class="wp-block-heading">ユニークな手作りの「蹴りろくろ」</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-001-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-39249" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-001-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-001-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-001-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-001.jpg 1280w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>






<p>鈴木さんのアトリエ内でもう一つ目を惹くのが、<strong>作業場に設置された「蹴りろくろ」</strong>だ。これもある意味、鈴木さんの「作品」ともいえる。なぜかと言えば自作だから。ろくろといえば手動と電動があり、現在、より広く使われているのは電動のもの。事実、鈴木さんが通っていた芸工大でも、電動ろくろは数多く設置されていたが、手ろくろは1台しかなかったという。電動を選ぶ学生が多い中、「李朝の器が好きなら手ろくろを使う方がいい」という講師からのアドバイスをきっかけとして手ろくろを選んだ。さらに、在学中に丸太をもらってきて自ら作ったのが、鈴木さんが現在作業場で使っている「蹴りろくろ」だ。その名の通り、足で蹴ってろくろを回し、手で器を形作っていく。それだけでなく手と足をバラバラに動かす必要があり、その上鈴木さんによれば<strong>「あまり回らない」</strong>のだとか。厳寒の季節にも裸足でろくろを蹴り、しかもその回りが良くないというのなら、もっとスムーズな動きのろくろに変えた方が効率が良いのではと傍から見ていると思ってしまうものの、「今の手ろくろはエアーが入っているので、電動のものとあまり動きが変わらず、スムーズな作陶ができる。ただ私があこがれているのは素朴さや不完全の美しさが宿る昔の器。それを表現するためには、<strong>原始的であまり早く回らないろくろ</strong>が向いているので、あえて蹴りろくろを選んだ」と鈴木さんは語る。</p>







<h2 class="wp-block-heading">ろくろと李朝が決めた陶芸のみち</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-016-1-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-39250" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-016-1-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-016-1-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-016-1-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-016-1.jpg 1280w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>


<p>鈴木さんを陶芸の道に引き込み、その後の作風を決定づける重要な局面にあったのは、<strong>「ろくろ」と「李朝」</strong>だったという。</p>



<p>陶芸との出会いは、美術系の学校に通っていた高校生の時。ろくろに触れ、「ろくろを回したい、ろくろを続けたい」という思いが芽生え、陶芸を学べる東北芸術工科大学の工芸コースへ進学した。そして、在学中に現在の作風を決定づけることが起きる。過去の作品を学んでいる時にふと目にした<strong>川喜田半泥子（かわきたはんでいし）の粉引</strong>に心惹かれ、その後<strong>「李朝」の陶磁器へたどり着いた</strong>のだ。川喜田半泥子は明治から昭和にかけて活躍した陶芸家。「東の魯山人、西の半泥子」とも称され、伝統をベースにしつつも窯割れやゆがみを活かした自由な表現で知られる。そしてもう一つ、鈴木さんの作風に影響を与えたのが「李朝」だ。うつわを指して「李朝」という時、それは14世紀後半から20世紀後半に朝鮮半島に存在した王朝「李氏朝鮮」で作られた陶磁器を表す。その特徴である歪み、薄手で上品な仕上がりの陶磁器とは対極を成すどっしりとした素朴さが不完全の美となり、侘び寂びを好む日本の通人たちの心をつかんだ。そんな李朝陶磁器の特徴、そして過剰な装飾の無い素朴でシンプルなスタイルに、鈴木さんは心を捉えられたのだという。<strong>「良い意味で綺麗すぎないところが良い」</strong>と、鈴木さんは李朝をそんな風に表現する。</p>



<p>それらに影響を受けた鈴木さんの作風は、いたって素朴。だからこそ土の質感をダイレクトに感じられ、そこに、長石と灰のシンプルな調合で仕上げた釉薬の流れや溜まり具合が表情を持たせている。過剰な装飾がないということが逆に心に残り、自然に手元に置いておきたくなる魅力を放っている。</p>



<p>そんな唯一無二のうつわづくりを行う鈴木さんには、近頃意識していることがあるという。</p>







<h2 class="wp-block-heading">山形だからこそできるものづくりを目指す</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-007-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-39251" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-007-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-007-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-007-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-007.jpg 1280w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>






<p>鈴木さんが近年心がけているのは、<strong>「山形だからこそできるものづくり」</strong>。地元の原材料を活かし、この土地だからこそできるうつわを作っていきたいと考えているのだとか。</p>



<p>例えば土。基本的に岐阜の方の土を購入して使っているものの、時には鈴木さんが「散歩の途中で見つけた」という近所の山から採ってきた土を使うことも。地元の土は砂っぽくおおよそ陶芸向きの土質ではないが、綺麗な土と一緒に混ぜることで焼き上がったうつわから野趣を感じられるのだという。また、釉薬の調合に使う灰にも地元の原材料を取り入れている。それは、果樹灰。果物王国と言われる山形で採れた色々な果物や果樹が混ざった灰を用いて釉薬を作っているのだそう。窯元や窯業地で作陶をしているわけではない分、<strong>自分が住んでいる土地ならでは</strong>の要素を取り入れていきたいと鈴木さんは考えている。それは、「この土地が好きだから」。陶芸用の土が凍るほどに冷えこむ雪国は、うつわ作りには決して向いていない。しかし、山形のきれいな空気や自然が好きで、その環境の中で祖父母の家をアトリエにして作陶ができるのは、自分にとってとても大きなメリットだと鈴木さん。また、山形の焼き物が最近では少し廃れているのではという危惧も、現在住んでいる土地の特徴や要素を自身の作陶に活かしたいと考える理由の一つだという。</p>







<h2 class="wp-block-heading">目指すのは、生活にすっと馴染んで使いやすい「うつわ」</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-002-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-39252" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-002-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-002-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-002-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-002.jpg 1280w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>






<p>「生活用のうつわだけれど、茶器などにも使えるような、<strong>ふり幅のあるうつわ</strong>を作っていきたい」と鈴木さんは言う。それはまさに、現地では雑器として使われていた李朝陶磁器が、日本にやって来た後茶器として使われるようになったイメージに近い。確かに鈴木さんが作るうつわには「猪口だが小鉢としても使える」など、元々のカテゴリをゆうに超え、使う人の生活スタイルに合わせて柔軟に使うことができる一面があるように思える。</p>



<p>もう一つ目指すのは、重さや大きさなどからくる「使いやすさ」。ただ、以前は使いやすさをあまり重視していないこともあったという。サイズや形はあまり考えず、うつわは重ければ重いほど良いと考えて作陶していた時期も。しかし、「人の手に取ってもらうためには、使い勝手も考えないとだめだ」という助言を受けたことをきっかけに<strong>「うつわの使いやすさ」</strong>についても頭の片隅に置き、ろくろを回している。とはいえ、まだまだ作りたいうつわに関してはさまよっている部分もあるのだとか。</p>







<h2 class="wp-block-heading">不十分さから生まれる美</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-012-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-39253" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-012-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-012-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-012-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-012.jpg 1280w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>






<p><strong>「私の作るうつわは、不十分な中からできたもの」</strong>と鈴木さんは自分のうつわを表現する。それは、割れやすく陶芸向きでない地元の土や、滑らかに回らないろくろといった「何かが足りない」状況から生み出されているものだということ。とはいえ、作陶環境に便利さを欲しているわけではない。足りない状況から出来上がったうつわには、余白や抜けた印象が宿るためだ。その<strong>「余白」</strong>を鈴木さんは大切にしている。</p>



<p>陶磁器というと、「侘び寂び」や「伝統工芸」といった小難しい話題がついて回りがちだが、鈴木さんは自身の作品に関して、あまり分類やカテゴリについては考えていないという。「あくまで<strong>『うつわ』を作っている</strong>」とは鈴木さんの言葉だ。伝統工芸品ではなく、かといって完全に生活に使う陶磁器というスタイルに振っているわけでもなく、まだまだ両者の間をさまよっている。そんな「自身の作品をカテゴライズしない」という姿勢からも、鈴木さんのうつわの魅力の一つである余白がにじみ出ているように思える。</p>



<p>原始的であまり回らない蹴りろくろや陶芸向きでない土といった不完全な環境から生み出される鈴木さんの「うつわ」。その素朴な「うつわ」は、難しいことは抜きにして、一つ手元に置いておきたいと思わせる不思議な魅力を放っている。そして一度手に取れば、わたしたちの生活の中にするりと心地よく馴染んでくれることだろう。</p>






<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/622e5efddb14e09fa5fd4df3f1f05580-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-48714" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/622e5efddb14e09fa5fd4df3f1f05580-1024x683.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/622e5efddb14e09fa5fd4df3f1f05580-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/622e5efddb14e09fa5fd4df3f1f05580-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/622e5efddb14e09fa5fd4df3f1f05580.jpg 1200w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /><figcaption class="wp-element-caption">陶芸家　鈴木美雲さん</figcaption></figure></div>


<p>私は窯業地や窯元にいて作陶をしているわけではありません。だからこそここ最近思うのは、山形ならではのものづくりです。土や釉薬を地元山形産のもので固め、この土地だからこそできるうつわを作っていきたいと考えています。私が作るうつわは、不十分な中から生まれたものです。自分でとってきた近所の山の土は陶芸には決して向いているとは言えない土質ですし、自作の「蹴ろくろ」は電動ろくろなどと比べたら、お世辞にも滑らかに動くとは言えません。そのような何かが「足りない」環境から生まれたうつわからは、良い意味で余白や抜けた印象を感じていただけると思います。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/39245/">蹴りろくろとの調和が生みだす素朴で力強い「うつわ」陶芸家･鈴木美雲さん／山形県山形市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>京都の名匠の家系に生まれ、山形県の山里で作陶を行う陶芸家･土田 健さん</title>
		<link>https://nihonmono.jp/article/38842/</link>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 29 Sep 2023 01:00:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
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		<category><![CDATA[陶芸家]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/top-1-1.png" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>山形県西村山郡西川町で「聴雪窯（ちょうせつがま）」という名の登り窯を構える陶芸家の土田健さん。千利休の子孫である三千家の家元に茶道具を納める京都の名匠の家系に生まれながら、山形のなかでも雪深いエリアのひとつである山形県西 [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/top-1-1.png" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p class="has-text-align-center"><strong>山形県西村山郡西川町で「聴雪窯（ちょうせつがま）」という名の登り窯を構える陶芸家の土田健さん。<br>千利休の子孫である三千家の家元に茶道具を納める京都の名匠の家系に生まれながら、<br>山形のなかでも雪深いエリアのひとつである山形県西川町の大井沢地区に移り住み、<br>茶陶を中心に意欲的に制作活動を行っています。</strong></p>







<p>お茶が点てられ、美味しく飲めればデザインは自由の茶道具の世界。「手取りがいい」「お茶を点てやすい」と評判の茶陶を作る陶芸家が山形県西川町にいる。京都市で「千家十職」十二代袋師の次男として生まれながら、幼い頃に抱いた夢を実現し、山形の山里で作陶を行う土田健さんだ。</p>







<h2 class="wp-block-heading">日常にあった茶道の世界</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/Tsuchida-2-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-38848" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/Tsuchida-2-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/Tsuchida-2-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/Tsuchida-2-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/Tsuchida-2.jpg 1280w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>






<p>山形県西川町で登り窯「聴雪窯（ちょうせつがま）」を構える土田健さん。京都、そして唐津で修業を積んだ後、2007年に西川町大井沢に移り住み、茶陶を中心に作品を生み出している。</p>



<p>陶芸をはじめた当初は、ただ焼き物に携わる仕事ができればと思っていた。しかし本格的に学ぶうちに陶芸の奥深さに魅了され「自分自身の作品を生み出したい」という情熱が芽生えていったという。そこから茶陶を選んだのは、自然の流れだったと土田さんは振り返る。茶道具を入れる袋を作る「袋師」の家系に生まれ、幼少期から母親の影響でお茶会に連れて行かれることも多く、自身でお茶を点てて飲んでいたほど茶道は常に身近な存在だった。そんな家庭環境も土田さんを茶器に導いた。</p>



<p>とはいえ土田さんは陶芸一家に生まれたわけでもなく、小学生までは陶芸家という職業も知らなかった。そんな土田さんがなぜ陶芸家の道に進むことになったのだろうか。</p>







<h2 class="wp-block-heading">幼い頃に抱いた「陶芸家」の夢</h2>



<p>土田さんは、<strong>茶道の家元として有名な「表千家」「裏千家」「武者小路千家」を総称した“三千家”が好む茶道具を代々にわたって制作している十の家「千家十職」のなかで、茶器を入れる袋やそれを包む服紗（ふくさ）などの製作に携わる袋師･土田家の十二代目当主の次男として</strong>として京都で生まれた。</p>



<p>「僕は次男なので、ずっと兄貴の保険みたいなものだと思っていた」</p>



<p>家業は土田さんの兄が継承しているが、兄に何かがあった時には自分が跡継ぎとなることがずっと頭にあったという。</p>



<p>それもあってか、大学卒業間近になっても将来のビジョンが定まらず、卒業後は自分探しの旅に出ようと考えていたほどだった。そんな時、父親から「ふらふらだけはするな」と見透かされたように言われ、渋々と就職活動に取り組んだ。</p>



<p>大学卒業後、京都市内のお香の製造会社に就職し3年ほど経った頃に転機が訪れた。兄に長男が生まれたことで自身が家業を継ぐ可能性がなくなったと感じたことで、次のキャリアを考えるようになる。</p>



<p>この時、かつての小学校の同窓会での友人の言葉が蘇った。「陶芸家になるという夢はどうなった？」という問いかけだった。</p>



<p>土田さんは小学3年生の頃、将来の夢に「陶芸家」と書いた。その理由は、たまたま見たテレビ番組で職人がろくろを回す様子を見て面白そうだと思ったから。それまでは陶芸家という職業すら知らなかった。担任の先生も当時のことを覚えており<strong>「陶芸家の息子でもないのに、陶芸家になりたいと書いたのは後にも先にもあなただけ」</strong>と言われたという。</p>



<p>そこから「小さい頃の夢を叶えていく生き方もかっこいいかもしれない」と、土田さんは陶芸家を志す。</p>







<h2 class="wp-block-heading">経験“ゼロ”からの作陶活動</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/Tsuchida-8-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-38851" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/Tsuchida-8-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/Tsuchida-8-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/Tsuchida-8-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/Tsuchida-8.jpg 1280w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>

<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/Tsuchida-5-3-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-38852" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/Tsuchida-5-3-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/Tsuchida-5-3-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/Tsuchida-5-3-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/Tsuchida-5-3.jpg 1280w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>






<p>とはいえ焼き物の世界について知見も経験もない土田さんは、働く傍らカルチャーセンターの陶芸教室に通い始める。そこで先生に相談するなかで、本格的に陶芸の道を進むなら京都に訓練校がある、ということを知る。</p>



<p>訓練校で京焼の基礎を学んだ後、より深い技術を身に付けるために、<strong>焼き物の原点である佐賀県の唐津で修行</strong>した。登り窯を学びたかったことも唐津を選んだ理由のひとつだ。いまでは電気やガスで焼く所がほとんどだが、薪で焼いたものを知っているのと知らないのとでは、同じ電気窯を扱うにしても違うのではないかと考えた。</p>



<p>また唐津焼は茶道の世界において、古くから「一楽、二萩、三唐津」といわれ、茶陶としてその地位を確立している。彼が魅了された唐津焼のスタイルは、現在の土田さんの作品にも織り交ぜられている。</p>



<p>当時は独身で自分ひとりが食べていける収入があればいいと思っていたし、陶芸家といえばメディアに出るような成功者しか知らなかったから陶芸家として生きていくことに不安はなかったという土田さん。</p>



<p><strong>しかし父親に陶芸の道に進むと伝えることは一大決心だったようだ。「世の中に絵描きと焼き物屋はごまんといる。それでもやる気か」と大変驚かれたが、父親が「できる限りのことはしたい」と言ってくれたことが、大きな心の支えとなっていく。</strong></p>







<h2 class="wp-block-heading">京都、唐津を経て、自然の流れで山形に移住</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/image-4.png" alt="" class="wp-image-38855" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/image-4.png 941w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/image-4-300x200.png 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/image-4-768x511.png 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>






<p>唐津で4年半の修業を経て、土田さんが自身の窯を開いた場所が山形県の西川町大井沢だった。この地に導かれたのも「すべては自然の流れだった」と土田さんは言う。</p>



<p>土田さんは京都生まれだが、母親の実家は山形県山形市にあり「あげつま」という料理屋を営む。登り窯ができる、煙をいくら出しても問題のない場所を探していたときに、もともと祖父が山遊びの別荘として所有していた<strong>西川町の古民家をタイミング良く譲り受けた。</strong></p>



<p>しかし西川町大井沢は、東北の名峰月山（がっさん）の麓に広がり、冬には何メートルもの雪が積もる県内でも有数の豪雪地帯。山形に住む人にも「よく雪深いこの地に京都から来る決心をしたね」と言われるほどだ。</p>



<p>移住を決める前、奥様と初めて山形を訪れた。新緑の美しい風景を見て「いいところだね」と言葉を交わした。その後、土田さんが「冬にも行こう」と提案したところ、奥様からは「やめとく。見て行きたくなくなったら困るから」と断られたそうだ。笑い話になりつつも、冬の山形は移住後に初めて味わうことになった。</p>



<p>最初は雪深さに驚いたものの、近所の重機の達人から除雪を手伝ってもらったり、冬の食料不足を心配した近隣の方から野菜をもらったりと、地域の人たちのあたたかさに触れた。</p>



<p>「僕は人に恵まれている」と話すように、山形に移住してから縁が不思議なくらいに次々と繋がっていった。独立後、作品をギャラリーや展示会で売り込む経験は他の作家にとっては一般的だが、土田さんはそのような経験がないという。</p>



<p>ある知り合いが山形市のギャラリーオーナーに「応援してあげて」と土田さんを紹介したことがきっかけで、表千家や裏千家の先生方が工房を訪問する機会が生まれた。そこから個展の話が持ち上がり、2011年に山形市で初めての個展を開くことになった。</p>



<p>この個展を皮切りに、県内はもちろん、仙台や京都、金沢など、全国各地で精力的に展開し、以前勤めたお香の製造会社での作陶展や、十三代当主である兄との兄弟展を開催するなど活躍の場を広げている。</p>



<p>「山奥で作陶をして、じっとしていても誰も見向きもしてくれない」</p>



<p>今後の目標は、規模にはこだわらず、個展を全国47都道府県、そして海外で開くこと。そして若い世代にもっとお茶に気軽に触れて、愉しんでほしいとの熱い思いを抱いている。</p>






<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/image-6.png" alt="" class="wp-image-38859" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/image-6.png 941w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/image-6-300x200.png 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/image-6-768x511.png 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>






<h2 class="wp-block-heading">こだわらないことが、こだわりである</h2>



<p>山形に暮らして約15年。昔は自分の作るものに対し「こういうものを作らなくてはいけない」という固定観念があった。しかし今は伝統的な技法を守りつつ、自然豊かな作陶環境だからこそ生み出せる、作意が感じられない、自然と共に生まれる作品を目指している。</p>



<p>「子どものスキークラブについて行ってたら、講師から自分も指導を受けるようになって、ライセンスを受けることにしたんです」</p>



<p>一見焼き物と関係ない話だが、ひとつのものにこだわり過ぎる性格のため、作陶に没頭するだけでは周りが見えなくなってしまう。山形での暮らしや遊びの中から生まれるアイデアも、結果的に独りよがりにならない、自由な作陶に繋がっている。</p>



<p>例えば、ある白い釉薬の焼物には、大井沢の風景写真を一緒に飾った。そうすると作品を手にする人々が「この色は雪の白かな」などと独自の解釈を楽しむことができるのだ。</p>



<p>また、茶陶は茶の世界で使われる道具の一つ。土田さんは情熱を表現することも芸術家の仕事だと考える一方、茶道具はあくまでも使いやすいもの、使えるものが大前提だと話す。 気に入ってるから特別な日しか使わないのではなく、日々の暮らしの中でどんどん使ってもらいたい。</p>



<p>「お茶というのはあくまでも人の輪でもありますし、その人たちがその場で作り上げるセッションです。そこで上手く奏で合う、そういった道具になればよい」</p>



<p>そして茶文化が根付く京都のように、どこか優雅で洗練された作品を生み出している。</p>







<h3 class="wp-block-heading">「大井沢焼」の作風は定まっていない</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/Tsuchida-3-2-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-38862" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/Tsuchida-3-2-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/Tsuchida-3-2-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/Tsuchida-3-2-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/Tsuchida-3-2.jpg 1280w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>






<p>2014年には土田さんの作品の名称が、茶道美術品の収蔵で有名な京都市の北村美術館の木村館長から<strong>「大井沢焼」と命名された。</strong></p>



<p>唐津で勉強したためベースは唐津焼、しかし唐津ではない「大井沢焼」の特徴とは何なのか。</p>



<p>「◯◯焼と呼ばれるものは、何百、何千年と時代を重ねていくなかで、いろんなものが削ぎ落とされて、いいものが残る。それが特徴であり、ぼく個人が生きている間に大井沢焼の特徴を語るなんてのはおこがましい。どこかで僕の作品を見た人が『これって大井沢焼だよね』って言ってもらえるような何かができたら良いって思います」と土田さん。</p>



<p>備前焼や唐津焼のように、大井沢焼も時間をかけてその特徴が確立されることを信じている。</p>



<p>登り窯で丹精込めて焼き上げられる土田さんの「大井沢焼」は、使う人たちの日常に寄り添い、長く愛され続けることだろう。</p>






<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/1a97ae8764043b28617695765465d660-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-48973" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/1a97ae8764043b28617695765465d660-1024x683.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/1a97ae8764043b28617695765465d660-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/1a97ae8764043b28617695765465d660-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/1a97ae8764043b28617695765465d660.jpg 1200w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /><figcaption class="wp-element-caption">陶芸家「聴雪窯」　土田健さん</figcaption></figure></div>


<p>京都の袋師の家に生まれ、幼い頃にテレビで見た職人がろくろを回す光景が心に残り続けたためか、自然な流れで陶芸家になり、自然な流れで母方のルーツがある山形に移り住んでいました。2007年からは大自然に恵まれた大井沢の地に「聴雪窯」をかまえ、心のままに作陶に励んでいますが、陶芸家の中では薪を使って焼成するなど、前時代的な仕事の仕方をしているのではないかと思っています。私の作品には茶陶が多いですが、茶の湯の席で使いやすいことはもちろん、他の道具との調和を図りつつも存在感があるような器を理想としています。私の心のままに作った作品が、手に取っていただく誰かの心を和ませたり、気が付けば生活の中に入り込みいつも使ってしまっていたりという存在になれれば幸いです。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/38842/">京都の名匠の家系に生まれ、山形県の山里で作陶を行う陶芸家･土田 健さん</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>使い手の生活に寄り添い永く愛される工芸品を。陶芸家･大澤哲哉さん</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 21 Sep 2023 01:00:35 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[日本六古窯]]></category>
		<category><![CDATA[陶芸]]></category>
		<category><![CDATA[工芸家]]></category>
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		<category><![CDATA[愛知県]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/oozawa_13_54-1-1024x819.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>「日本六古窯」の1つにも数えられる常滑焼の産地、愛知県常滑市。陶芸家・大澤哲哉さんはこの地に拠点を構え、普段使いの食器や道具を作っています。ヤスリによる磨きの技術と常滑独自の釉薬で表現するかすれた風合いと上品な輝きは、ま [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/38698/">使い手の生活に寄り添い永く愛される工芸品を。陶芸家･大澤哲哉さん</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/oozawa_13_54-1-1024x819.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p class="has-text-align-center"><strong>「日本六古窯」の1つにも数えられる常滑焼の産地、愛知県常滑市。<br>陶芸家・大澤哲哉さんはこの地に拠点を構え、普段使いの食器や道具を作っています。<br>ヤスリによる磨きの技術と常滑独自の釉薬で表現するかすれた風合いと上品な輝きは、<br>まるで上質なアンティーク品のよう。陶芸の道を一筋に歩み続けて辿り着いた、<br>大澤さんならではのオリジナリティーです。</strong></p>







<p>愛知県常滑市は焼き物の一大産地だ。常滑の陶土は「お茶の味をまろやかにする」と言われ、この地で作られる急須は今でも広く愛されている。陶芸家･大澤哲哉さんは、常滑独自の釉薬「チャラ」を使い、かすれたような風合いが特徴の食器などを作っている。彼のものづくりは、常滑だからこそ実現したものだった。</p>







<h2 class="wp-block-heading">焼き物の町・愛知県常滑に息づく道具作りのスピリット</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/oozawa_36-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-38703" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/oozawa_36-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/oozawa_36-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/oozawa_36-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/oozawa_36.jpg 1280w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>






<p>愛知県知多半島の西海岸に位置する常滑市は「日本六古窯」のひとつとされる焼き物の産地で、その歴史は平安時代末期までさかのぼる。皿や食器から、貯蔵用の大きな甕（かめ）や壺まで、人々の日常に寄り添った焼き物が生産されてきた。常滑で活動している陶芸家・大澤哲哉さんのアトリエを訪ねると、その裏庭には焼き損なわれた大きな甕が無数に横たわり、重なり合っていた。大澤さんが常滑に腰を据えるずっと前からこの地に置かれてきたものだ。積み上げられた甕を眺めながら、「大きさが半端じゃないんですよ」と話す大澤さん。「作った人の痕跡が町のそこら中にある。常滑が持っているパワーをありありと感じるんですよね」。</p>







<h3 class="wp-block-heading">多治見から常滑へ、大澤さんの旅路</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/oozawa_27-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-48898" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/oozawa_27-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/oozawa_27-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/oozawa_27-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/oozawa_27.jpg 1280w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>






<p>大澤さんは、美濃焼の主産地として知られる岐阜県多治見市の出身だ。「多治見の小学校には絶対に窯があって、授業の時間に粘土を触るんです。これがおもしろくて」と話すように、子どものころから陶芸を身近に感じていた大澤さん。中学卒業時は迷わず陶芸家への道を選んだ。「なにか楽しいことをやって生きていきたかった。音楽か美術か。なかでも、具体性のある焼き物にしようと思ったのがきっかけです」。その後は高校、大学で陶芸をみっちり学び、後に師匠となる吉川正道氏に導かれて常滑にやってきた。</p>



<p>なぜ、同じ焼き物の産地である地元･多治見に帰らなかったのか？ 大澤さんは「多治見のすごさやおもしろさは、今になったらわかるんですけどね。当時は『焼き物しかなくてつまらない』って思っちゃって。多治見から出たかったんです」と話す。</p>







<h3 class="wp-block-heading">常滑の土が急須に最適な理由</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/oozawa_26-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-38709" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/oozawa_26-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/oozawa_26-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/oozawa_26-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/oozawa_26.jpg 1280w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>






<p>焼き物の産地として長い歴史を持つ常滑。中でも、常滑焼の代表と言われるのが急須だ。作られるようになったのは江戸時代後期になってからで、ここ200年くらいの出来事だ。鉄分を多く含み、焼き締まりがいい常滑の土「朱泥」は急須作りに最適だった。さらに、酸化鉄がお茶に含まれるタンニンに反応して味をまろやかにする効果があることから、茶人に好まれてきたという。そして、茶葉の蒸らしや温度保持に必要な蓋の密閉性を実現した職人たちの技術の高さも支持されてきた理由のひとつだ。</p>



<p>大澤さんの作る急須をよく見てみると、赤色の土がところどころ剥がれ、黒い土が覗いている。これは黒い素地の上に茶色の化粧土を塗り、さらにその上から赤い化粧土を塗って、3層にしてから土を粗く削り落として風合いを作っているのだという。漆の根来塗をイメージするとわかりやすいかもひしれない。「現代工芸作家さんから受けた影響と、常滑急須のクオリティーを自分の中で成立させたかった」と言う大澤さん。その手仕事をひもといていく。</p>







<h2 class="wp-block-heading">オリジナリティーにたどり着くまで</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/image.png" alt="" class="wp-image-38711" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/image.png 940w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/image-300x200.png 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/image-768x512.png 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>






<p>素地の上に違う色の化粧土を重ねていくつかの層を作り、釉薬をかけて焼成した器をヤスリで磨くことで、下層の化粧度を露出させる。そうして作られる大澤さんの作品の最大の特徴が、かすれたような質感だ。その色合いや凹凸は唯一無二のものだ。大澤さんは自身の作品について「古いお家にあるものや、お寺にある仏像の質感を自分の中でイメージしています」と話す。一方で「どうしたらシンプルな器の形だけで作品として成立するのか、どうしたら自分の質感を作れるのか、ものすごく悩みました」と、この作風に至るまでの苦労も吐露した。</p>







<h3 class="wp-block-heading">茶人が愛する、急須の「照り」をかなえる釉薬</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/image-1.png" alt="" class="wp-image-38712" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/image-1.png 940w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/image-1-300x200.png 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/image-1-768x512.png 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>






<p>その苦悩の中で出会ったのが、急須作りに欠かせない常滑独特の釉薬「チャラ」だった。チャラとはガラス質の釉薬とは違い、焼成されると土の質感を保ちながら漆のような光沢を放つ釉薬で、急須に高級感を与える「照り」を求めた常滑の人々が古くから親しんできたものだ。「ガラス質の釉薬だと光りすぎる。でも土のままだと粉っぽすぎる。そこでチャラを使ってみたら、信じられないくらい質感が落ちついたんです」。</p>



<p>大澤さんは現在、黒、白、赤を表現する3種類のチャラを使い分けて作品作りを行っている。常滑で作陶を続けたからこそ出会ったチャラ。その絶妙な光沢と漆のような質感が、大澤さんの作品のオリジナリティーとなっているのだ。</p>







<h3 class="wp-block-heading">同じく陶芸家の妻・増田光さんの存在</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/image-2.png" alt="" class="wp-image-38715" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/image-2.png 940w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/image-2-300x200.png 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/image-2-768x512.png 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>






<p>皿やマグカップなどが整列するアトリエの中で、異質な存在感を放っていたのが、クマのオブジェ。このクマのオブジェは、大澤さんの妻で陶芸家の増田光さんからの影響を大きく受けている。増田さんはクマなどの動物やこけし、だるまなどをモチーフにした自由で柔らかい雰囲気の陶芸作品を制作し、東京･六本木ヒルズA/Dギャラリーで個展を開くほどの人気作家だ。</p>



<p>もともと「形を制御しながら作ってしまう」コンプレックスがあった大澤さんは、増田さんが自由な造形を作り出す様子に憧れを抱くようになった。そんななか、ろくろの回転に土を抑え込むのではなくて、もっと自由に作れるものを求めて作り出したものが、このクマのオブジェだ。よく見ると、一つひとつ微妙に形が違っている。大澤さんの求めた「自由」への理想が体現されているのかもしれない。「ゆくゆくはサイズ違いで揃えても楽しめるものにしたい」と大澤さんは声を弾ませる。</p>







<h2 class="wp-block-heading">道具は、人が使うものだから</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/oozawa_28-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-38718" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/oozawa_28-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/oozawa_28-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/oozawa_28-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/oozawa_28.jpg 1280w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>






<p> 「道具の歴史っていいなって思うんです。道具は、作る人と使う人のリレーションの中でさらにいいものができてくるから」と、大澤さんは語る。例えばこのコーヒードリッパーは、大澤さんが愛知県内でコーヒーショップを営む知人のために制作したもの。大澤さんは「どんなコーヒーの道具を使いたいのか」とヒアリングを重ね、溝の数や深さを細かく調節していった。</p>



<p>大澤さんは「急須もそうですが、実際に使う方からご意見をいただけるのがやっぱり一番うれしいんです。意見をもとにブラッシュアップしていくのがおもしろい」と話す。このコーヒードリッパーは都内のカフェオーナーの手にもわたり、その感想を聞いては改良を加えているそうだ。作る人と使う人のリレーション。大澤さんの作る道具は、使う人との関わり合いの中で進化し続けていく。</p>







<h3 class="wp-block-heading">師匠の背中を追って世界に挑む</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/image-3.png" alt="" class="wp-image-38721" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/image-3.png 940w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/image-3-300x200.png 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/image-3-768x512.png 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>






<p>大学在学中から陶芸家・古川正道氏の元で修行を積んだ大澤さん。ニューヨークやロンドン、パリなど国外でも精力的に活動してきた古川氏の影響を受け、今後は海外市場への進出を視野に入れているそうだ。「現地に行って、現地の方とお話をして、新しい人と出会って…。刺激を受けながら、また自分の場所に戻ってきて、新しい夢を描くのが理想」と声を弾ませる。もともと「販売や営業が得意ではない」と言う大澤さんはクラフトマーケットや陶器市に出展することでギャラリーとつながり、販路を拡大してきた。現在はInstagramを活用して、国内外のギャラリーとコンタクトをとっているという。2023年11月にはオーストラリアで増田さんと夫婦そろっての個展を開催予定だ。「国内はもちろん大事だけど、自分の作品と一緒に海外に出かけていく機会をもっと増やしたいです」と、夢を語った。</p>







<h3 class="wp-block-heading">人が使う“道具”を作り続けてきた常滑だから</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/oozawa_5-1-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-38724" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/oozawa_5-1-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/oozawa_5-1-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/oozawa_5-1-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/oozawa_5-1.jpg 1280w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>






<p>大澤さんの手仕事は、つねにその道具を使う人を意識している。「自分が作った作品が、新しいきっかけをくれる。今とはもっと違うものを作って、その作った作品と使う人の間にどんな出会いや刺激があるのかを想像するのが楽しいんです」。長きにわたって道具を生産してきた常滑だからこそ磨かれた感性に、常滑だからこそ出会えたチャラが加わって完成した大澤さんの作る作品には、常滑のすべてが乗せられている。</p>






<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/oozawa_4-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-38706" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/oozawa_4-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/oozawa_4-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/oozawa_4-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/oozawa_4.jpg 1280w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /><figcaption class="wp-element-caption">陶芸家　大澤哲哉さん</figcaption></figure></div>


<p>器は使い込むうちに、水分や油分を吸収しながら変化していきます。「汚れ」と取ればネガティブですが、器の経年変化の中に美しさを見出せる日本人独特の感性に支えられて成立しているのが陶器であると考えています。普段からたくさん使っていただけると嬉しいです。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/38698/">使い手の生活に寄り添い永く愛される工芸品を。陶芸家･大澤哲哉さん</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>日課は土作り。オールドスタイルの常滑焼を追求する陶芸家･伊藤雅風さん</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 20 Sep 2023 01:00:10 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[愛知県]]></category>
		<category><![CDATA[日本六古窯]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/IMG_1259-1-1-1024x819.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>愛知県常滑市の陶芸家・伊藤雅風さんは、常滑焼の代表ともいえる急須のスペシャリスト。毎日欠かさない土づくりに始まり、自家製の土の表情をそのまま生かした作風が特徴です。目指したのは、お茶を淹れたくなるような急須。シンプルであ [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/38667/">日課は土作り。オールドスタイルの常滑焼を追求する陶芸家･伊藤雅風さん</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/IMG_1259-1-1-1024x819.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p class="has-text-align-center"><strong>愛知県常滑市の陶芸家・伊藤雅風さんは、常滑焼の代表ともいえる急須のスペシャリスト。<br>毎日欠かさない土づくりに始まり、自家製の土の表情をそのまま生かした作風が特徴です。<br>目指したのは、お茶を淹れたくなるような急須。シンプルでありながら高い精度を誇る、<br>オールドスタイルの常滑焼を極め続けています。</strong></p>







<p>日本六古窯（にほんろっこよう）のひとつ・愛知県常滑市は、平安時代後期から焼き物産地として栄えた。焼くと赤褐色となる朱泥（しゅでい）土が特徴で、代表的な伝統工芸品が急須だ。そんな常滑市で生まれ育ち、高校・大学で陶芸を専攻し、人間国宝・三代山田常山に師事した急須作家・村越風月氏に弟子入りして腕を磨いた伊藤雅風（がふう）さんは、土作りから自身で行う稀な存在。急須にかける思いを尋ねた。</p>







<h2 class="wp-block-heading">朱泥土が特徴の常滑焼</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="683" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/IMG_1837-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-38674" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/IMG_1837-1024x683.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/IMG_1837-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/IMG_1837-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/IMG_1837.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>






<p>平安時代後期から始まったといわれる、愛知県常滑市を中心に作られる常滑焼。当時は常滑市を中心に知多半島の丘陵地のほぼ全域に穴窯が築かれ、日本六古窯のなかでも最大の焼き物産地へと発展した。<span class="swl-marker mark_yellow">知多半島で採れる陶土は鉄分を多く含み、焼き上がると朱色になることから朱泥（しゅでい）と呼ばれ、常滑焼ならではの特色となっていった。</span></p>



<p>平安時代には甕（かめ）や壺、鎌倉時代には茶碗や器などが作られ、江戸時代後期からは陶製の土管や朱泥急須が作られるように。江戸時代中期頃から茶文化が広まっていたことも、常滑の急須制作に拍車をかけた。朱泥の開発に注力されるようになり、急須の産地として全国的にも知られるようになっていった。</p>







<h3 class="wp-block-heading">陶土と技術が合わさって発展した急須</h3>



<p>鉄分がお茶の苦みや渋みをまろやかにしてくれることも相まって現代も愛されている常滑焼の急須だが、常滑の朱泥が急須作りに適しているというのも、発展した理由のひとつにある。朱泥はきめ細かく、薄く仕上げてもへたらない強さがあり、鉄分が多くしっかり焼き締まるという点においても急須に向いているというのだ。また、<span class="swl-marker mark_yellow">朱泥急須は使えば使うほどにツヤが出て、“育てる急須”ともいわれる。</span></p>



<p>ただし、急須作りには高い技術が必要とされる。本体部分、蓋、取っ手、注ぎ口など…パーツをそれぞれ作っておいて、最後に組み合わせる。当然合わせる部分がぴったりのサイズや角度でないと急須として使い物にならないうえ、組み合わせたときの見た目のバランスも、品質を大きく左右する。</p>






<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="683" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/IMG_1967-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-38677" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/IMG_1967-1024x683.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/IMG_1967-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/IMG_1967-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/IMG_1967.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>






<p><span class="swl-marker mark_yellow">食べものを乗せたり、飲み物を入れたりする器や湯呑と違い、お茶を淹れるという動作が伴う急須は「使いやすさ」も重要なポイントだ。</span>パーツがぴったり組み合わさるかどうかや、見た目のバランスだけでなく、使いやすさをも考えねばならない急須の、何たる難しいことか。常滑焼では、高い技術を持つ職人が多く育ったことも、急須作りが発展した理由だといわれている。</p>







<h3 class="wp-block-heading">常滑市で生まれ育ち、陶芸が身近に</h3>



<p>常滑市内には「やきもの散歩道」なる観光名所がある。壁面に明治時代の土管と昭和時代初期の焼酎瓶、坂道には土管の焼成時に使用された廃材が敷き詰められた「土管坂」と呼ばれる人気スポットや、歴史ある登窯を見ることができる。</p>



<p>そんな焼き物のまちで生まれ育った伊藤さん。子どもの頃から陶芸体験など焼き物に身近に触れる機会はあったものの、まだその頃は将来陶芸の道に進もうとまでは思っていなかったとか。高校に進学するにあたって「自転車で行ける範囲でいい高校はないかな」と思い至ったのが、愛知県立常滑高等学校。工業科にセラミック科があり、「焼き物は楽しいし、やってみたいな」と、当時はそんな軽い気持ちで入学を決めた。しかし次第に、焼き物の魅力にどっぷりはまっていく。</p>






<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="683" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/IMG_1308-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-38678" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/IMG_1308-1024x683.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/IMG_1308-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/IMG_1308-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/IMG_1308.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>






<p>伊藤さんが学生時代から取り組み始めたのが急須作りだ。それまで常滑焼の急須は当たり前のように目にしてきたが、自分で作るようになって初めて、その技術の高さに驚き、自分には無理だとあきらめたという。しかし急須の奥深さを知り、「急須を極めたら何でもできるんじゃないか」そんな思いが芽生えると、俄然、急須作りに興味が湧いてきた。「もう少し学びたい」と陶芸を学ぶ大学に進学し、大学在学中に村越風月さんのもとに弟子入りしたのだ。</p>







<h2 class="wp-block-heading">オールドスタイルの常滑焼を</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="683" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/IMG_1990-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-38681" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/IMG_1990-1024x683.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/IMG_1990-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/IMG_1990-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/IMG_1990.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>






<p>大学卒業後に独立すると、急須屋として、急須の技術をひたすらに磨いていった。常滑には急須を作る陶芸家はたくさんいるが、伊藤さんの目には多くの陶芸家が個性を打ち出そうとしているように映ったという。そんななかで伊藤さんが目指したのは、朱泥急須が生まれた江戸時代後期の急須。シンプルなデザインだが、細かいところまで妥協を許さない。造形や技術、土の製法など、オールドスタイルの常滑焼を極めていきたいと思ったのだ。</p>







<h2 class="wp-block-heading">土づくりが日課。3年かけて陶土に</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="683" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/IMG_1731-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-38684" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/IMG_1731-1024x683.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/IMG_1731-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/IMG_1731-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/IMG_1731.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>






<p>急須作りの技術を極めるとともに、伊藤さんが取り組んだのが土作り。現在の常滑焼では仕上がりの安定性を求めるためブレンドした朱泥が使われることがほとんどだが、伊藤さんは昔ながらの天然の朱泥「本朱泥」にこだわり、江戸時代後期に行なわれていた「水簸（すいひ）」という方法で土を作っている。<span class="swl-marker mark_yellow">釉薬をかけずに焼成する「焼締め」で作る急須は、陶土が仕上がりの質感に直結する。</span>自分で土を作ることで、質感や色味を自分好みに追求していくことができるのだ。毎日、土作りの作業からスタート。水を張った甕で陶土をかくはんし、上澄みをふるいで濾す。この作業を毎日1回、1年間続ける。1日あたりの時間は30〜40分。力もいるし、地道な作業だ。1年間続けたのちは、寝かせて水分を抜いていく。最初は1年寝かせて使っていたが、急須を作っている途中にひび割れしたり、組み立てたときに取っ手が取れてしまったり。また、表面に傷ができてしまうこともあり、<span class="swl-marker mark_yellow">寝かせる期間を試行錯誤し、最低でも3年寝かせると上手くいくことがわかった。</span></p>






<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="683" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/IMG_1573-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-38685" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/IMG_1573-1024x683.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/IMG_1573-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/IMG_1573-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/IMG_1573.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>






<h3 class="wp-block-heading">土と焼き方で色を変化させる</h3>



<p>朱泥というベースはそのままに、何か変化をつけられないか？と新しい試みにも挑戦している。常滑で昔からやられてきた方法に、米のもみ殻などを一緒に密閉して焼成することで表面に炭素をつけ、黒く焼き上げ、サンドペーパーで少し磨いて朱色を出すというものがある。伊藤さんはその方法をアレンジし、「何かこう、メタリックな、金属っぽい黒にならないかな」と、好みの仕上がりを追求していく。また、自身で作っている朱泥に少し違う陶土をブレンドし、色の変化を楽しむこともあるそうだ。</p>






<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="683" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/IMG_1268-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-38688" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/IMG_1268-1024x683.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/IMG_1268-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/IMG_1268-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/IMG_1268.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>






<h3 class="wp-block-heading">藻掛けをアレンジして</h3>



<p>常滑焼に江戸時代からある手法で「藻掛け（もがけ）」というものがある。素地に海藻を巻き付けて焼成することで藻が溶けてガラス化し、模様が味わいとなる常滑焼特有の技法だ。</p>



<p>「ただ、それだけだと昔ながらの技法をそのままやっているだけになってしまう。まだ誰もやっていないことが何かできないか」そんな思いからいろいろ模索し、最近やり始めたというのが海藻の代わりに杉の葉を巻き付けて焼成するという方法。オールドスタイルの急須という落ち着きはありながらも、少し尖ったセンスを感じられるのが伊藤さんの急須の魅力なのだ。</p>






<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="683" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/IMG_1297-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-38691" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/IMG_1297-1024x683.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/IMG_1297-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/IMG_1297-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/IMG_1297.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>






<h3 class="wp-block-heading">お茶を淹れたくなるような急須を</h3>



<p>自身もお茶の時間を日常的に楽しんでいるという伊藤さん。そんなお茶の時間をもっと多くの人に楽しんでもらえる一助になればと、新たな急須のアプローチにも積極的だ。最近はお茶の産地の土で急須を作るという試みや、SNSで募って土を送ってもらい、急須に仕上げてお返しするというユニークな取り組みも行っている</p>



<p>オールドスタイルの急須を自分好みにアレンジしながら追求する一方で、斬新なアプローチにもフットワークが軽い。それらがこの先どんな化学反応を起こしていくのか、目が離せない。</p>






<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="683" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/156_kao_IMG_1247-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-48995" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/156_kao_IMG_1247-1024x683.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/156_kao_IMG_1247-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/156_kao_IMG_1247-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/156_kao_IMG_1247.jpg 1200w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /><figcaption class="wp-element-caption">急須屋　伊藤雅風さん</figcaption></figure></div>


<p>常滑の土の性質が急須づくりに向いていることも、焼き物が発展した理由の1つです。また常滑急須は、陶土に含まれる鉄分がお茶の渋みや苦みをまろやかにする効果もあります。“育てる急須”とも言われるほど、使い続けるとツヤが出てきてえも言われぬいい色合いになっていくので、ぜひ毎日お茶を飲んで、たくさん使ってくださいね。</p>


<div class="swell-block-postLink">			<div class="p-blogCard -external" data-type="type3" data-onclick="clickLink">
				<div class="p-blogCard__inner">
					<span class="p-blogCard__caption">NIHONMONO &#8211; 「にほん」の「ほんも&#8230;</span>
					<div class="p-blogCard__thumb c-postThumb"><figure class="c-postThumb__figure"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/05/3586_main.jpg" alt="" class="c-postThumb__img u-obf-cover" width="320" height="180"></figure></div>					<div class="p-blogCard__body">
						<a class="p-blogCard__title" href="https://nihonmono.jp/article/3586/" target="_blank" rel="noopener noreferrer">朱の鮮やかな急須を生み出す匠 人間国宝「陶芸家 山田常山」／愛知県常滑市 &#8211; NIHONMONO</a>
						<span class="p-blogCard__excerpt">常滑焼という焼き物。 常滑焼の歴史は古く、平安時代末期にまでさかのぼることができる。常滑では、それまでの灰釉陶器では作れなかった大型のかめやつぼが早くから焼かれ&#8230;</span>					</div>
				</div>
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		</div>

<div class="swell-block-postLink">			<div class="p-blogCard -external" data-type="type3" data-onclick="clickLink">
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					<span class="p-blogCard__caption">NIHONMONO &#8211; 「にほん」の「ほんも&#8230;</span>
					<div class="p-blogCard__thumb c-postThumb"><figure class="c-postThumb__figure"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/oozawa_13_54-1.jpg" alt="" class="c-postThumb__img u-obf-cover" width="320" height="180"></figure></div>					<div class="p-blogCard__body">
						<a class="p-blogCard__title" href="https://nihonmono.jp/article/38698/" target="_blank" rel="noopener noreferrer">使い手の生活に寄り添い永く愛される工芸品を。陶芸家･大澤哲哉さん &#8211; NIHONMONO</a>
						<span class="p-blogCard__excerpt">急須で知られる焼き物の一大産地・愛知県常滑市で活動している陶芸家・大澤哲哉さんは、常滑独自の釉薬「チャラ」を使ってかすれたような風合いが特徴の食器などを作ってい&#8230;</span>					</div>
				</div>
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		<title>蛍手の技法を独自にアレンジし、器に自然の光を取り入れる陶芸家 樽田裕史さん</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 13 Sep 2023 01:00:46 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[愛知]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/top-1-2.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>陶器一般を指す「せともの」という言葉の由来にもなった「瀬戸焼」の産地として知られ、焼き物と共に歩んできた街、愛知県瀬戸市。この地を拠点に制作する新進気鋭の陶芸家・樽田裕史さんは、陶磁器に透かし彫りを施す「蛍手」に特化し、 [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/top-1-2.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p class="has-text-align-center"><strong>陶器一般を指す「せともの」という言葉の由来にもなった「瀬戸焼」の産地として知られ、焼き物と共に歩んできた街、愛知県瀬戸市。<br>この地を拠点に制作する新進気鋭の陶芸家・樽田裕史さんは、<br>陶磁器に透かし彫りを施す「蛍手」に特化し、美しい光を纏った端正な器を数多く手がけています。</strong></p>







<p>日本六古窯のひとつ、愛知県瀬戸市で窯業の専門学校に通い、陶芸家の道に進んだ樽田裕史さん。2021年に開催された「第1回日本和文化グランプリ」で優秀賞を獲得し、新進気鋭の作家として知られた樽田さんの器の魅力は「美しい採光」にある。明時代の中国にルーツを持つ技法をどのように進化させたのか、樽田さんが制作を行う工房を訪ねた。</p>



<h2 class="wp-block-heading">日本六古窯のひとつ、愛知県瀬戸市</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/DSC_4316-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-38509" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/DSC_4316-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/DSC_4316-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/DSC_4316-768x511.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/DSC_4316.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>


<p>日本六古窯のひとつであり、鎌倉時代に加藤四郎左衛門景正が開窯したことが始まりとされる愛知県瀬戸市の「瀬戸焼」。やきものの原料となる良質な粘土が採取できたことからも発展し、陶器一般を指す「せともの」という言葉が生まれるほどに、長い歴史においてやきものづくりを牽引してきた。 名古屋の中心地･栄と瀬戸市の中心地を結ぶ名鉄瀬戸線も、1905年の開通に至るまでの誘致の目的は<strong>「大量のやきものを名古屋まで運ぶこと」</strong>だったりする。ただ開通後は費用の面から乗客も輸送することとなり、現在も地域に住む人や観光で足を運ぶ人たちの交通の要となったのだが。そんな歴史からも、当時の瀬戸のやきもの産業の発展ぶりを汲み取ることができる。</p>



<p>やきものに携わる事業所や就業人数は、全盛期と言われる1978年頃に比べて大幅に減少してしまったものの、現在も瀬戸市では窯、釉薬、素地、型などの工房がそれぞれ専門性を磨きながらやきものづくりを支えている。また、市内にはやきものが学べる「瀬戸工科高等学校」があるなど、<strong>やきものとともに歩んできた地域</strong>というのがよくわかる。</p>



<p>樽田さんも瀬戸工科高等学校（当時は瀬戸窯業高等学校）でやきものづくりを学んだひとりだ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">窯業の専門学校へ</h3>



<p>樽田さんが瀬戸窯業高等学校に進学したのは、いわば消去法だった。「勉強も好きじゃなかったし、なんかおもしろそうだなと入学した」と振り返る。高校生だった当時は陶芸家になるつもりはなかったが、通学する電車で目にするスーツ姿のサラリーマンがずいぶん疲れているように見え、自分の目指すべき姿はこうではない、と感じたのだそう。</p>



<p>こうして樽田さんは高校を卒業後、そのまま同校の陶芸専攻科に進んだ。</p>



<p>そこで学んでいる際に、<strong>瀬戸市で活躍する陶芸家･波多野正典さん</strong>が弟子を募集するという話を耳にし、即応募。これが樽田さんが陶芸家として歩み始めるきっかけとなった。</p>



<h3 class="wp-block-heading">師匠のもとであらゆることを学ぶ</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full is-resized"><img decoding="async" width="960" height="640" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/37370287db922e33c878d94874eaa255-2.jpg" alt="" class="wp-image-38524" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/37370287db922e33c878d94874eaa255-2.jpg 960w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/37370287db922e33c878d94874eaa255-2-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/37370287db922e33c878d94874eaa255-2-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 960px) 100vw, 960px" /></figure></div>


<p>晴れて波多野さんの弟子となった樽田さん。数多くの賞を受賞し、弟子の育成に力を注ぎながら陶芸の門戸を広げてきた波多野さんのもとで、土の準備やろくろなどの技術だけでなく、さまざまなことを学んだ。作ったものをどこで、どのようにして売っていくか。値段の交渉や、事務作業、梱包の仕方など、学校では教わらない陶芸家としての生きていく術を学んだ。</p>



<p>波多野さんのもとで5年学んだのち母校で実習助手をし、ワーキングホリデーでヨーロッパへ。やきものを学ぶのが一番の目的ではなかったが、結局、気になるのはやきもののことばかり。日本とは違う自由な風土や現地の作家の工房を見た瞬間、その“型にはまらない人間らしさ”が樽田さんの考え方に大きな変化をもたらしたという。</p>



<h2 class="wp-block-heading">中国がルーツの技法･蛍手とは？</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/DSC_4279-1-1024x682.jpeg" alt="" class="wp-image-38525" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/DSC_4279-1-1024x682.jpeg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/DSC_4279-1-300x200.jpeg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/DSC_4279-1-768x512.jpeg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/DSC_4279-1.jpeg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>


<p>波多野さんのもとで学んでいる頃から自身の作風として売りにしてきた<strong>「蛍手」</strong>は、成形後しばらく置いてから生地が生乾きの状態で器面をくり貫き、透かし彫りを施す技法。透かし彫りにしたところを透明釉で埋めて焼成することで、光が透け、ガラスのような風合いが生まれる不思議な技法だ。 ルーツは明時代の中国にあるといわれ、古くから伝わる。この技法の難しいところは、生地に穴を開けることで割れやすくなったり、釉薬が埋まり切らなかったりすること。そのぶんロスも多くなるため、チャレンジする作家も少ない。生地が厚すぎると貫通させるのに苦戦するし、薄すぎると釉薬があまり入らず透け感がでない。樽田さんは厚みと透かし彫りのデザイン、それを実現する技術との絶妙なバランスを成り立たせ、それを自身の作品の強みとしている。</p>



<h3 class="wp-block-heading">点を線へと変化させて</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/0J2A9795-1-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-38526" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/0J2A9795-1-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/0J2A9795-1-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/0J2A9795-1-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/0J2A9795-1.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>


<p>蛍手の技法は、一般的には小さな穴を開けていくものだが、樽田さんは線という独自の方向性を見出した。<strong>「人がやっていないことをやりたい」</strong>そんな思いが根底にあった。</p>



<p>下書きはするものの、削るのはフリーハンド。「曖昧さがいいのかなって。自分が出てるというか、人間が出ている感じがする」と樽田さん。同じ湯飲みを作るにしても、湯飲み自体の形は全部揃えるが、削る線はそのときのリズムによりけり。<strong>全く同じものは、この世にひとつとして生まれない。</strong>それが個性となり、味わいとなるのだ。<strong>2021年に「第1回 日本和文化グランプリ」にて優秀賞を受賞</strong>した作品<strong>「ゆらぎ」</strong>も、光と曲線が柔らかな雰囲気を醸しつつ、凛とした程よい緊張感も感じさせる,まさに”心地よいゆらぎ”を表現した自信作だ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">雲間から差す光のごとく</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="614" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/DSC_2848-1024x614.jpg" alt="" class="wp-image-38532" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/DSC_2848-1024x614.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/DSC_2848-300x180.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/DSC_2848-768x460.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/DSC_2848.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>


<p>驚くことに、釉薬も樽田さんのオリジナル。釉薬に含まれる微量の鉄分がガス窯で焼成する際の化学反応で美しい水色を織りなす。</p>



<p>この風合いは、雲間から差す光や、扉を開けたときに隙間からこぼれる光をイメージしているのだという。同じ日でも朝と夜では光の加減が違うし、季節によっても光の色は異なる。同じ湯飲みで飲むとしても、日曜の朝に飲むコーヒーなのか、土曜の夜に飲む日本酒なのかで、違った趣が味わえるのが樽田さんの湯飲みの醍醐味だ。</p>



<h2 class="wp-block-heading">今だから響く師匠の言葉</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/0J2A9924-1-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-38528" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/0J2A9924-1-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/0J2A9924-1-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/0J2A9924-1-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/0J2A9924-1.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>


<p>もちろん、樽田さんの作品には、まっすぐの線が細かく削られたタイプもある。スッとした光を感じさせるものや、小雨のときに歩いたときの電灯の光線から着想してデザインした幾重にも細かな線が彫られたデザインもある。このように「光」をテーマに、豊富な作品が生み出されているのだ。</p>



<p>若い頃はスタイリッシュな建築物が好きだったという樽田さんだが、ワーキングホリデーでヨーロッパを旅行しているときにノコギリの形状の山に感動したり、普段の生活においても自然が作り出す風景に心動かされるようになった。今になって波多野さんが修行時代になにげなく発した<strong>「自然のものが一番すごい」</strong>という言葉が胸に響く。</p>



<p>また、弟子入り当初、陶芸だけでなく木工やガラスなど、いろんな技術に挑戦したいと話したときに「ひとつのことを極めるのも大事」と言われたのも、今となればよく理解できる。当時は素直に受け取れなかったが、これまでの陶芸家人生において、できなかったことがひとつずつできるようになると「やはりひとつのことを極めるにも時間がかかるし、深いところにいくにつれ、楽しさがある」と気づくようになったという。</p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/0J2A9772-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-38529" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/0J2A9772-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/0J2A9772-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/0J2A9772-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/0J2A9772.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>


<p>樽田さんは、ニューヨークのメトロポリタン美術館に日本のやきものが展示されているのを見て感動した経験から「自身の作品を海外の美術館に収蔵する」というゴールを持ち続けて作陶している。</p>



<p>「勢いで進み、いろんな寄り道をし、いろんな経験をしてきた20代を経て、30代半ばとなった今、将来を少し現実的に見据えていかないといけないと感じ始めた」と話す樽田さん。オリジナルの蛍手がこれからどのように進化を遂げ、どんな作風へと広がっていくのか。樽田さんの作った作品が海を渡り、海外の大きな美術館で展示される未来が楽しみで仕方ない。</p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="683" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/518660605bb76c175ed3727d9035bb3a-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-48988" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/518660605bb76c175ed3727d9035bb3a-1024x683.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/518660605bb76c175ed3727d9035bb3a-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/518660605bb76c175ed3727d9035bb3a-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/518660605bb76c175ed3727d9035bb3a.jpg 1200w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /><figcaption class="wp-element-caption">陶芸家　樽田裕史さん</figcaption></figure></div>


<p>1日の時間帯や、1年を通じて移ろいゆく季節で、陽の光はそれぞれに異なる顔を見せてくれます。休日の朝にゆっくりと。夜、みんなで集まって賑やかに。日々の営みの中で訪れる様々な場面に、私の器があるとうれしいです。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/38497/">蛍手の技法を独自にアレンジし、器に自然の光を取り入れる陶芸家 樽田裕史さん</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>「土がなりたい姿」を具現化する器づくり。愛知県で独学から陶芸の道を進む、井上茂さん</title>
		<link>https://nihonmono.jp/article/38433/</link>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 31 Aug 2023 01:00:55 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
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		<category><![CDATA[陶器]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/149_kao_P6A7190-1.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>その土地ならではの土の味わいを大切にしたいと、掘り出したそのままの「原土」のみを原料に、土の優しさあふれる器を作る陶芸家・井上茂さん。豊かな表情と個性を魅せる機能的な器は、日常生活で活躍する暮らしの器として、使う人たちの [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/149_kao_P6A7190-1.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p class="has-text-align-center"><strong>その土地ならではの土の味わいを大切にしたいと、掘り出したそのままの「原土」のみを原料に、<br>土の優しさあふれる器を作る陶芸家・井上茂さん。<br>豊かな表情と個性を魅せる機能的な器は、日常生活で活躍する暮らしの器として、<br>使う人たちの食卓を支えるパートナーとなってくれます。</strong></p>







<p>愛知県中部の自宅で工房を構える井上茂さんは、精製された陶土を使用せず、砂などが混ざった原土を使い、土の優しさにあふれた器を作る陶芸家。陶芸家の先生に師事せず、独学で作陶をはじめ、土や釉薬、焼き方などすべて自身で探りながら器づくりをしている。そんな井上さんは自身の作陶に対し<strong>「土がなりたい姿を形にしているんだ」</strong>と話す。なかなかに奥深いその言葉の真意を探る。</p>



<h2 class="wp-block-heading">普段使いの器が作りたくて、独学でスタート</h2>


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<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7132-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-38443" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7132-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7132-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7132-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7132.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>


<p>愛知県で陶磁器といえば、常滑と瀬戸の地名が挙げられる。そのひとつ「常滑焼」は愛知県南部の知多半島を中心に作られている焼き物で、日本六古窯のひとつに数えられる。そんな地域でごく普通の会社勤めをしていた井上さんが作陶に目覚めたのは、当時、興味本位で陶芸体験教室へ参加した時のこと。その場で体験した作陶の楽しさにハマり、すぐさま独学で陶芸についての勉強をはじめた。とはいえ、周囲にも陶芸に知見のある知り合いがいるわけでもなく、自身で試行錯誤しながら「作りたい器を作るには、どうすればいいか」を考えざるを得なかった。</p>



<h3 class="wp-block-heading">会社勤めをしつつ、常滑で焼成の手伝いからスタート</h3>


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<p><strong>陶芸をやりはじめた当初、井上さんは会社勤めを辞める気は毛頭なかった</strong>という。「陶芸作品は作ったって売れるとは限らないということは理解していたし、付け焼き刃で通用するほど甘い世界ではないと思っていた」とアマチュア時代を振り返る。</p>



<p>そのため、仕事の傍ら、休みを利用して今は無き常滑の「共栄窯」の陶芸教室で年に二回ほど焼成の手伝いをするかわりに、趣味で作り貯めた作品をまとめて窯の中に入れてもらい、焼いてもらっていたという。共栄窯は明治・大正・昭和の三時代に、大小さまざまな土管を中心に製作していた窯元だ。</p>



<p>そんな中、出来上がった器の写真をSNSに投稿すると、フォロワーが徐々に増加。<strong>「アマチュアだけど、何か変わった器を作っている人がいる」</strong>という噂が広がっていった。</p>



<h3 class="wp-block-heading">陶芸の楽しさに魅了され、作陶の道に</h3>



<p>独学で作陶を研究する中で、平安時代から鎌倉時代中期に作られた<strong>「古常滑」</strong>の自然釉や灰釉に特に魅力を感じたという井上さん。どういった焼き方をすれば狙い通りにできるのか、古い文献を読み漁ったり、古い陶片を見て土の種類や焼き方、釉薬を推定したりと、調べては試す、を繰り返し、陶芸にのめり込んでいった。</p>



<p>相変わらず会社員をしながら休日や空いた時間で作陶していた井上さんのもとに、フォロワーが増加し続けていたSNSを通じて展示会のリクエストが舞い込む。そこで焼成で世話になっていた共栄窯にて、初めての作陶展を開催してみたところ、作品を求める人が波のように押し寄せたという。SNSでの投稿がこのタイミングで活きた形だ。</p>



<p>その後、反響を耳にした名古屋のギャラリーからも声が掛かり、個展を行ったところ、メディアで告知されたこともあってか来場者が殺到。結果として勤務先にも知られることとなり、それをきっかけに陶芸の道を歩む選択をした。</p>



<h3 class="wp-block-heading">独学で突き詰めたからこそ身になる</h3>


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<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7107-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-38453" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7107-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7107-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7107-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7107.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>


<p>これまで歩んできた道を振り返り、<strong>「教わらなかったことが、逆によかった」</strong>と話す井上さん。<strong>美術系学校などで学べば陶芸の基本技術はすぐに知ることはできるが、今ある“陶芸の常識”に囚われてしまう可能性もある。</strong>「興味があることは、とことん突き詰める性格」と自身が話すように焼きものに関しては何事も調べ、実証し、知識を積み重ねてきた。今では土を見れば自分が求める作品に適しているかどうか、釉薬の組み合わせでどんな色が出るのかまで予想できるようになってきたという。</p>



<h2 class="wp-block-heading">普段使いしてほしいから、機能性にもこだわる</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7165-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-38456" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7165-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7165-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7165-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7165.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>


<p>井上さんの器は、時に砂が混じっていることもあり、<strong>土のごつごつとした質感</strong>が特徴的だ。しかし、手に取ってみると、見た目からは想像できない軽さに驚く。「軽いことは、日常的に使ってもらうためのこだわりのひとつ。砂の粒より薄くろくろで挽くことはできませんが、<strong>穴が開かないギリギリのところまで薄くして、子どもでも手に持ちやすいサイズ、軽さに仕上げています。</strong>ごはん茶碗が重いと疲れちゃうでしょう。その分、作るときに失敗することも多いんですけどね」と井上さんは笑う。さらに器の重心が低くなるように成形することで、使う際の安定感も確保。特別な時に気遣いながら使うのではなく、<strong>毎日の食事の際に自然と手が伸びる、</strong>そんな光景を浮かべながら作陶している。</p>



<h3 class="wp-block-heading">原土のおもしろさ、味わい深さ</h3>



<p>市販されている陶土は誰でも扱いやすいという長所があるが、井上さんは陶土を使ったことがなく、<strong>原土だけ</strong>を使っている。山から採掘したままの状態の原土は不純物が多く、うまく成形できなかったり、焼成中に割れてしまったりと、<strong>何かと手がかかる“問題児”。</strong>だが、不純物があるがゆえに一つひとつの器に個性が生まれ、味わい深い魅力を生み出すという。 「原土は無理ができません。変わった形のものを作ると割れてしまうし、コシがないのでろくろで挽きにくいんです。逆に言えば、ろくろで保持できる形こそが、<strong>土がなりたい姿</strong>なんじゃないか、使う人にとっても自然で使いやすい器の形なんじゃないかと考えています」と井上さん。普段使いされる器づくりを目指す井上さんにとって、原土の短所は成型時のガイドラインにもなっているようだ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">「思ったもの、以上のものができあがる」灰釉のロマン</h3>


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<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7094-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-38459" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7094-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7094-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7094-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7094.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>


<p>井上さんは、釉薬にも偶然が生み出すおもしろさを見出している。「市販の陶土や釉薬を使えば、マンガン釉なら黒色、コバルト釉なら青色と、どこの窯場で焼いても同じ色になるんです。それがおもしろくなくて。草木の灰を溶媒とした灰釉を使うと、灰の中に含まれる微量の金属が反応を起こし、何百個焼いたうち、ひとつかふたつだけ思ってもみなかった器ができることがあって、それにロマンを感じます。狙ったものができるのが楽しいという人もいますが、僕は狙った以上のものができたときが快感ですね」。窯を開けた時にどんなものができているんだろうというワクワク感が、もっといいものを作ろうとする原動力になっているのだそう。</p>



<h3 class="wp-block-heading">表情が1点ずつ違うから、迷う楽しみが生まれる</h3>



<p>井上さんの器は、全国で20店舗以上のショップやギャラリーで取り扱われている。作陶の合間にギャラリーへ顔を出した際、<strong>お客さんが器選びに迷う姿を見るのがうれしい</strong>という。「僕の器は一点一点違うので迷われるんですね。大量生産の商品だったら、上から取って終わりでしょ。<strong>表情が違う器は、それぞれに良さがあって、使い手との相性がある。</strong>僕がつくる前にイメージしていた器ではないかもしれないけど、その器をものすごく気に入ってくれるお客さんがいることもある。迷いながら選ぶって楽しい時間。そういう時間を提供できるっていうのがうれしい」と井上さん。</p>



<p>ちなみに、井上さんは<strong>自身の作った器に銘を彫らない</strong>。その理由は「器は僕のものではなく、買ってくれたお客さんのものだから」なんだとか。</p>



<p>陶器に限らず、良い手仕事をしたものは末永く使えるし、使っていくうちに色の変化も見られ、大切に扱えば唯一無二の存在になる。一つひとつの器を<strong>単なる「モノ」ではなく、「使う人のパートナー」のように扱う</strong>井上さんが作るからこそ、そこに、人間らしさや温もりがにじみ出ているのかもしれない。</p>



<h2 class="wp-block-heading">日本が好きだからこそ、日本文化の良さを広めたい</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7173-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-38462" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7173-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7173-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7173-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7173.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>


<p>日本人の食生活はずいぶんと欧米化しているが、それでも飯椀や和食器は現在でも食卓の主役として活躍している。海外でも注目度を高め、それに伴い海外での受注展示会も予定されているが、それも日本の良さを少しでも広めたいと思ってのことだ。それと同時に「これはもう二度と作れないだろう」と思える“至高の器”を作り、世界中の人たちに見てもらうことを目指している。井上さんは、<strong>日本の土を使って日本で伝わってきた陶芸を突き詰める</strong>ことにこだわるが、その理由は日本人が<strong>自身の国の文化を日常的に誇り、日本人でよかったと思える瞬間を生み出したいから</strong>なんだとか。日本文化の良さを世界中に広めるための、井上さんの挑戦は続く。</p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="683" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/149_kao_P6A7190-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-48817" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/149_kao_P6A7190-1024x683.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/149_kao_P6A7190-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/149_kao_P6A7190-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/149_kao_P6A7190.jpg 1200w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /><figcaption class="wp-element-caption">陶芸家　井上茂さん</figcaption></figure></div>


<p>原土のみを長く扱ってきたことで、今では土を見れば自分が求める作品への適性や釉薬でどのような表現ができるのかがわかるようになってきました。「土がなりたい姿」を感じ取りながら成型し、伝統的な和食器のよさを感じられる昔ながらの手法で表現した唯一無二の器を、暮らしのパートナーとして迎えていただけたら幸いです。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/38433/">「土がなりたい姿」を具現化する器づくり。愛知県で独学から陶芸の道を進む、井上茂さん</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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