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	<title>野菜 - NIHONMONO</title>
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	<description>「にほん」の「ほんもの」を巡る旅マガジン</description>
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		<title>農業を「稼げる産業」へ。地域の未来を育てる農業経営「舞台ファーム」／宮城県仙台市</title>
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		<pubDate>Fri, 10 Apr 2026 10:14:06 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/butai-farm_A_2005.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>宮城県北東部に位置する美里町。町の約7割が水田や畑という、農業が暮らしに根づいた地域で、大規模ハウスによるレタス生産を行っているのが「株式会社舞台ファーム」だ。農作物の栽培・生産・商品開発に加え、物流や農業コンサルティン [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/butai-farm_A_2005.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>宮城県北東部に位置する美里町。町の約7割が水田や畑という、農業が暮らしに根づいた地域で、大規模ハウスによるレタス生産を行っているのが「株式会社舞台ファーム」だ。農作物の栽培・生産・商品開発に加え、物流や農業コンサルティングも行い、多角的な農業経営を展開。全国の農家や企業と連携し、グループ連結で年間61億円の売り上げを生み出すまでに成長してきた。その背景には、従来の農業の枠にとらわれない、独自の経営戦略がある。</p>



<h2 class="wp-block-heading">家族経営の枠を超えて、農業DXを切り拓いた老舗農家</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/butai-farm_A_2327.jpg" alt="" class="wp-image-54308" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/butai-farm_A_2327.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/butai-farm_A_2327-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/butai-farm_A_2327-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>1720年から農業を営んできた針生（はりう）家。15代目で、株式会社舞台ファームの代表取締役社長を務める針生信夫さんが家督を継いだ時代に、大きな転換点を迎えた。</p>



<p>家族経営が主流だった当時、信夫さんは早くから農業の高齢化や働き手不足、後継者不足に危機感を抱き、最先端技術によるDX化や設備投資を積極的に導入。固定観念にとらわれない経営判断により、家族経営の枠を超えた大規模農場への基盤づくりを進めてきた。その背景にあったのは切実な危機感だった。家業に入ってからは長時間労働を行う毎日で「このままでは、働き続けても持続可能な形にならないのではないかのではないか」。そんな思いが、経営を抜本的に見直すきっかけになったという。</p>



<h3 class="wp-block-heading">約300年続く農家の15代目が考えた<strong>「</strong>持続可能な農業<strong>」</strong></h3>



<p>「15代目は22歳で結婚し、翌年には14代目から家督を継ぎました。農家は50歳くらいまで家長のもとで暮らすという慣習があるなかでは、かなり早い決断だったと思います。『徳川家も15代目で大政奉還したように、15代目は大きな転換点になりやすい。だからこそ踏ん張れ』と、よく言われていたそうです」と教えてくれたのは、16代目で、舞台ファーム取締役の針生信洋さん。</p>



<p>15代目が家督を継いだ1980年代、農業は近代化という大きな転換期にあった。個人の努力だけでは立ち行かず、大規模化に耐えうる農機や設備への投資が不可欠な時代だったという。実際、この時期に思い切った設備投資や法人化に踏み切った農家のなかには、その後規模を拡大して成長した事例もある。一方で、従来の家族経営にとどまった農家が厳しい状況に置かれたのも事実だ。信夫さんは時代の変化を直感的に捉え、「持続可能な農業」を目指して経営基盤の強化を図った。</p>



<h3 class="wp-block-heading">農業の可能性を広げる鍵は「仕組み」にあった</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/butai-farm_A_2156.jpg" alt="" class="wp-image-54309" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/butai-farm_A_2156.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/butai-farm_A_2156-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/butai-farm_A_2156-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>農業が衰退する背景には、天候や土壌、担い手不足といった複数の要因が絡み合っている。いずれも、個々の農家が「一馬力」で解決できる問題ではない。だからこそ舞台ファームでは、過去の延長線ではなく、まず5年後、10年後の日本農業のあるべき姿を描き、そこから逆算して経営や技術導入を設計してきた。</p>



<h3 class="wp-block-heading">家族経営からチーム経営へ。大規模化の舞台裏</h3>



<p>舞台ファームが家族営農から大規模ファームへ移行できた背景には、家族以外の人材を巻き込み、チームとして経営できたことがある。</p>



<p>高齢化した農家から土地を借り、5〜10年単位で契約を結ぶ形で事業を拡大。単なる土地確保にとどまらず、地域との信頼関係を築くことを重視し、農家の法人化支援や販路開拓支援にも取り組んできた。その道のりは平坦ではなく、契約条件の調整や将来不安への配慮など、一つひとつ対話を重ね、地域全体で持続可能な形を模索してきた。</p>



<h2 class="wp-block-heading">16代目による「経営の見える化」で、生産効率を大幅改善</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/butai-farm_A_2087.jpg" alt="" class="wp-image-54310" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/butai-farm_A_2087.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/butai-farm_A_2087-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/butai-farm_A_2087-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>2020年、16代目の信洋さんが舞台ファームへ入社。信洋さんはまず簿記や会計を独学で学び、PL（損益計算書）、BS（貸借対照表）、キャッシュフロー計算書を読み、会社の状況を理解することから着手した。「経営」を見える化することで、人が担うべき仕事、機械に任せられる工程、改善すべき点を洗い出し、ひとつずつ手を打っていった。</p>



<p>現在では、国内最大級のリーフレタス工場「美里グリーンベース」の運営や、IoT・AI技術の導入など、農業の在り方をアップデートする取り組みを次々と実践している。</p>



<h3 class="wp-block-heading">露地栽培の約80倍の生産効率を実現する「美里グリーンベース」</h3>



<p>信洋さんは、農業には「日々の食を支える、食べなくてはならない農業」と、「付加価値を楽しむ嗜好品的な農業」の二つがあると考えている。舞台ファームが目指すのは前者。毎日口にする野菜を、安定した品質と適正価格で届けることだ。</p>



<p>その中核を担うのが、仙台市から北へ約60km、遠田郡美里町に構える次世代型植物工場「美里グリーンベース」。奥行500メートルに及ぶ大規模ハウスで水耕栽培を行い、天候や季節に左右されることなく、一日約4万株のリーフレタスを出荷している。リーフレタスは植物工場での自動化や周年栽培との相性がよく、品質の安定と高効率生産を両立しやすい作物。生産効率は露地栽培のおよそ80倍にのぼるという。国内外の事例を調べながら、舞台ファーム独自の運営モデルを構築したのだ。</p>



<p>計画生産によって廃棄率はほぼゼロ。さらに、電力を主なエネルギー源とし、ソーラーシェアリングを導入することで、環境負荷とコストの双方を抑える仕組みを構築している。安定供給と合理性を両立させるこの工場は、「食べなくてはならない農業」を支える象徴的な存在である。</p>



<h3 class="wp-block-heading">農地で電気もつくる。ソーラーシェアリングという選択</h3>



<p>農業は本質的に、太陽光エネルギーを食料へと変換する産業だ。舞台ファームでは、農地に支柱を立てて太陽光パネルを設置するソーラーシェアリングを導入。農地で米と電気を同時に生み出す仕組みを構築し、土地を「活用されていない負の動産」から「収益を生む不動産」へと転換している。</p>



<h2 class="wp-block-heading">農業を稼げる産業に、数量×単価で考えるシンプルな経営</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/butai-farm_B_1858.jpg" alt="" class="wp-image-54311" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/butai-farm_B_1858.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/butai-farm_B_1858-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/butai-farm_B_1858-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>農業経営においても基本はビジネス。家族経営だとどんぶり勘定になりがちだが、売上を伸ばすには「数量×単価」の考え方が欠かせない。そのため、土地面積の拡大や二毛作・三毛作の導入、価格決定権の確保、徹底したコスト管理が重要だという。</p>



<p>また舞台ファームでは、JAに出荷を任せきりにせず、自ら価格を設定。市場関係者の動きや取引現場を観察し、各卸売業者の売値を把握。その上で、自ら小売店へ足を運び価格交渉を行い、直接契約へとつなげていった。肥料などの必要経費についても、「良いものを、いかに安く仕入れるか」を常に検討し、輸入に頼らざるを得ない肥料であっても、中間業者を極力省く工夫を重ねている。</p>



<h3 class="wp-block-heading">地域の食を、次世代へつなぐために</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/butai-farm_A_2129.jpg" alt="" class="wp-image-54312" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/butai-farm_A_2129.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/butai-farm_A_2129-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/butai-farm_A_2129-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>アメリカ留学など海外経験が豊富な信洋さんは、「日本ほど地域の食が豊かな国はない」と考える。その豊かさが、担い手不足によって失われていくことに、強い危機感を抱く。</p>



<p>地域の食を次世代につなぐために必要なものとして挙げてくれたのが、エネルギー、食料、雇用、教育という四つの柱だ。「エネルギーと食が安定的に手に入る町」を土台に、まず雇用を生み出し、次に特色ある教育を提供する。地域の農業生産者として食農教育にも積極的に取り組み、中学校などで特別授業を実施。農業の仕組みや経営の視点を伝えることでキャリア教育を推進し、人々が「ここに来たい」と思える町づくりの構想を進めている。エネルギーシェアリングを含めた仕組みづくりにより、農業を稼げる産業にし、2023年度で38％だった食料自給率を「最低でも50％以上に引き上げたい」と力強く語る。</p>



<p>その言葉の背景にあるのは、単なる数字目標ではない。地域に雇用を生み、次世代が誇りを持って農業に向き合える未来をつくるという決意だ。舞台ファームの挑戦は、一企業の成長物語にとどまらない。地域の可能性を、次の世代へ手渡すための実践である。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/54302/">農業を「稼げる産業」へ。地域の未来を育てる農業経営「舞台ファーム」／宮城県仙台市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>“一途に育てて半世紀”トマト農家の新たなる挑戦「ヨダファーム」／山梨県中央市</title>
		<link>https://nihonmono.jp/article/54160/</link>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 22 Mar 2026 04:33:37 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/export2.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>甲府盆地の中央部に位置する山梨県中央市は、日照時間の長さとミネラルが豊富な水を活かし昔から農業が盛んな地域。この地でヨダファームはトマト一筋でつくり続けること約半世紀。娘婿の功刀隆行（くぬぎたかゆき）さんが加わり6年、ト [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/export2.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>甲府盆地の中央部に位置する山梨県中央市は、日照時間の長さとミネラルが豊富な水を活かし昔から農業が盛んな地域。この地でヨダファームはトマト一筋でつくり続けること約半世紀。娘婿の功刀隆行（くぬぎたかゆき）さんが加わり6年、トマトの美味しさを伝えるべく日々奮闘している。</p>



<h2 class="wp-block-heading">義父の育てたトマトの味</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/export4.jpg" alt="" class="wp-image-54166" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/export4.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/export4-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/export4-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>ヨダファームに功刀さんが就農するきっかけとなったのは、農園長である依田克己（よだかつみ）さんの娘である妻との出会いだった。結婚の挨拶で訪問した際、義父である克己さんの育てたトマトを食べ、その美味しさに感銘を受けたという。しかし、「トマトづくりは自分の体力が尽きたら終わりだ」という克己さんの言葉に、高齢化が進む農業界の実態を痛感する。功刀さんは「こんなに美味しいトマトを終わらせることはできない」と一念発起。13年間勤めた農業協同組合の退職を決意し、後継者となるため就農を果たした。</p>



<h2 class="wp-block-heading">トマト一筋、こだわりの品質</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/IMG_0683_batch.jpg" alt="" class="wp-image-54167" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/IMG_0683_batch.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/IMG_0683_batch-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/IMG_0683_batch-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>60年の歴史を持つヨダファームでは、代々「桃太郎トマト」に品種を絞ってトマトをつくり続けてきた。桃太郎トマトは甘みと酸味のバランスの良さが特徴の大玉トマト。フルーツトマトなど甘みの強い品種が好まれる中「甘さだけではない」トマトづくりを追及してきたのだという。味が濃く、はじけるような瑞々しさ、皮の薄さや実とゼリー部分のバランス、それら細部に至るまでこだわり抜かれているのがヨダファームのトマトなのだ。</p>



<p>「量産するのではなく“質”に重きを置いてきた」というトマトづくりには、随所に長年培ってきた工夫がみられる。本来であれば1本の苗から約70個のトマトが実るところをその半量に制限し、1個に対して2個分の旨味と栄養が凝縮された濃厚な味わいのトマトをつくりあげている。他にも自然に近い状態でトマトを育てるため、農薬の使用に細心の注意を払いながら受粉を担うマルハナバチの活動を妨げない環境づくりへの取り組みも行っている。このような品種を限定したトマトづくりの裏には、「様々な品種に栽培のリソースを分散させるのではなく、これまで積み上げてきた経験を最大限活かして質を高めていく」というこだわりが詰まっている。そしてその思いは克己さんから功刀さんへ、二代にわたって受け継がれているのだ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">水耕栽培で育つトマトの味は？</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/export3.jpg" alt="" class="wp-image-54168" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/export3.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/export3-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/export3-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>克己さんの先代から続くヨダファームは、当初土に植えて育てる土耕栽培をしていた。しかしこの手法には土に含まれる細菌や病害虫の影響を受けやすく、対策として消毒や農薬に多くのコストがかかるという難点がある。より美味しく安全なトマトをつくるため、克己さんは当時まだ日本ではあまり普及していなかった水耕栽培に挑戦。水と肥料分を溶かした培養液を流して作物の根に伝えて栽培する方法で、農薬を最小限に抑えられることが大きなメリットだ。まだ、水耕栽培を始めた当初は「水を与えれば大きくなるが、味が薄い」という悪いイメージが強かったという。土とは異なり乾かすことができないため水の与えすぎには注意が必要であるが、日差しが強い時にあえて水やりを抑えてストレスをかけることで、トマト本来の甘味を引き出している。2棟あるビニールハウスの中は夏になるとかなりの暑さとなるが、その中でもエアコンを付けずに日光を取り込み続けて光合成を促すことで、糖度5〜6度と甘みの強いトマトが出来上がるのだ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">「美味しいトマトを届けたい」クラウドファンディングの始動</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/IMG_4583_batch.jpg" alt="" class="wp-image-54169" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/IMG_4583_batch.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/IMG_4583_batch-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/IMG_4583_batch-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>「義父がこだわって育てたトマトの美味しさを、より多くの人に届けることはできないだろうか」。功刀さんは更なるビジネスルート拡大のため、全国から農家が集う都内の青山ファーマーズマーケットにも出店し、直販を行った。新鮮で美味しい野菜や果物を求める食通のユーザーが多く足を運ぶ市場であるが、お客さんと対話できるのはわずか30秒ほど。「トマトの質には自信があるし、相応の売上げは立つが、その“思い”までは伝えることができなかった」と功刀さんは話す。どうにか生産に込めた思いを伝える術はないのか。そんな中スタートすることとなったのが、クラウドファンディングサービス「Makuake」でのプロジェクトだった。</p>



<p>Makuakeは商品に込めた思いやこだわりをプレゼンし、商品やサービスに対して応援したいと感じた人が出資をしてくれるシステム。ヨダファームのプロジェクトは2019年8月の第1回から始まり、第9回まで回数を重ねる中で総サポーター数は3000名を超え、応援総額は約2400万円にまで及んだ。Makuakeの加工品プロジェクトでは、トマトを程よく乾燥させることで旨味を凝縮させつつ、フレッシュでジューシーな味わいをバランス良く残した「レアドライトマト」づくりを。他にも新ジャンルとして挑んだ、調味料･ソース･ドレッシングなどにアレンジを効かせられる「トマトの『み』」や、無水で調理した「トマト糀カレー」など、創意工夫を凝らした数々の商品を展開していく。料理研究家の友人のアドバイスをもとに試行錯誤を重ね、パッケージは高校時代の同級生にデザインを任せるなど、周囲の協力を得ながら商品の開発を進めていったという。加工品プロジェクトの中でも特に高い支持を得た「トマトケチャップ」、「トマト塩糀」、「バーベキューソース」は、現在もヨダファームのwebサイトで販売数の多い人気プロダクトに成長した。昨今では「美味しい」という商品の感想から、「調子はどう？」といった知人の支援者から何気ない励ましのメッセージが届くことも多く、Makuakeのプロジェクトを成功させて以降、既存顧客との関係性が濃くなっている実感があるのだと、功刀さんは嬉しそうに話す。</p>



<h2 class="wp-block-heading">トマト本来の味が活きる商品づくり</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/IMG_4584_batch.jpg" alt="" class="wp-image-54170" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/IMG_4584_batch.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/IMG_4584_batch-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/IMG_4584_batch-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>功刀さんが新たな加工品の開発に挑むこととなったもうひとつの理由は、大量に生じてしまうフードロスの問題だった。年間生産量の約10％、重さにして5トンにも及ぶ規格外品のうち、市場に出すことのできないものは泣く泣く畑の肥料となっていたという。形は悪くとも、味のポテンシャルは十分に高い。自信のある品質だからこそ、加工の際に添加物など余計なものは一切使わず、トマトの本来の味を活かせるよう工夫を凝らしている。2020年には功刀さんのフードロス削減に対する思いに共感を得た企業との初コラボレーションが実現。その中でも反響が大きかったのは日本酒銘柄「七賢」を醸造する山梨銘醸と共同開発し、造り酒屋の塩糀と組み合わせた「トマト塩糀」だ。塩糀と絶妙な割合でブレンドすることで、トマト本来の味が引き立つ仕上がりとなり、支援者をはじめ多くのユーザーから好評を得た。他にも「とろけるトマトケチャップ」は七賢の醸造に使用している糀に加え、同じく県内企業であるアサヤ食品のワインビネガーを使用。規格外品となったトマトを完熟させ、一瓶に約10個分使用したトマトの存在感が抜群のケチャップとなっている。様々なコラボ商品を手掛けつつも、「トマトが主役になる」というこだわりは常に大切にしているそうだ。</p>



<p>とは言え目新しい商品の考案に励むあまり、「奇をてらいすぎた商品だ」と率直な意見が返ってくることもしばしばあったのだそう。斬新さも必要だが、あくまでも歴史あるヨダファームのトマトの良さを活かせるようなバランスが肝心。商品開発から学ぶことは非常に多かったと、功刀さんは当時を振り返る。</p>



<h3 class="wp-block-heading">農家の逆境の中で</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/export16.jpg" alt="" class="wp-image-54171" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/export16.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/export16-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/export16-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>昨今の世界情勢において、資材費や光熱費の高騰による生産意欲の低迷、高齢化に伴う農業者の減少は日本の大きな課題となっている。これらが要因となり市場に出回る農産物は“質”ではなく、より効率性を追求した“量”が重視される現実を功刀さんは市場で目の当たりにした。高品質を保つことをモチベーションに品種や生産量も制限してきたヨダファームにとっては向かい風とも言える状況と言えるだろう。そういった意味でも、生産者が値段を決めることができない一般市場ではなく、自分たちでトマトの負荷価値を値段に反映して販売できる直販やクラウドファンディングの実施は、非常に実りの多い取り組みだったに違いない。クラウドファンディングの活動が県内スーパーの目に留まり、ヨダファームのトマトを求めて声がかかることもあったという。2023年の春にはほとんど一般流通ではなく、独自の販売ルートを開拓するまでにこぎ着けた。</p>



<h3 class="wp-block-heading">美味しいものを評価してもらえるような機会をつくりたい</h3>



<p>功刀さんは今後、より直接お客さんと繋がることができる体験型の企画を提案していきたいと語る。直近のMakuakeのプロジェクトでは、リターンとして「初代ヨダファーム農民権」と題した農業体験チケットを考案。実際に農作業をして採れたてのトマトを味わえる収穫体験のほか、商品の割引や野菜のサブスクリプション購入などの特典を設けている。加えてカフェ兼加工工場の建設も予定しており、収穫したての新鮮なトマトをその場で調理して食べてもらえるようなサービスの展開も視野に入れているのだとか。オンラインでの交流という段階から、実際に現地へ足を運んでもらうという新たなフェーズへ。「農家のリアルを感じてもらいたい」という功刀さんの理想が、より現実味を増してきた。</p>



<h2 class="wp-block-heading">ヨダファームだからつくることができるトマトの価値を</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/export7.jpg" alt="" class="wp-image-54174" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/export7.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/export7-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/export7-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>トマトを手に取る時、食味･栽培過程･価格など、消費者の購買理由は様々だろう。その中でもヨダファームのトマトが選ばれ続けている理由は、ここまで述べてきたように半世紀に及んで培ってきたノウハウと、“美味しいものをつくりたい”という思いが詰まっているから。克己さんは過去に海外まで赴き、トマトづくりを学んだこともあるそうだが、そういった職人の蓄積された経験とスキルに、斬新な展開やクラウドファンディングへの挑戦をする功刀さんのような発信者の力が掛け合わさることで、トマトの新しい価値を提唱している</p>



<p>流通や担い手の問題など、こうした課題は決してトマトに限ったことではない。課題解決に向けて、まずは普段食べている野菜のつくり手の思いに触れる機会を設け、様々な人の苦労や関わりがあってこそ、安全で美味しい製品がつくられているということ。また従来の量産･出荷のスタイルに固執せずとも、柔軟な発想を取り入れた新しいスタイルで持続可能な農業を築いていけることを、自身の取り組みを通して多くの人に伝えたいと功刀さんは語る。</p>



<p>農産物の価値が見直され、農家が潤い、さらに質の良い野菜が生産されていく。その先に国内の食糧自給率や就農者の増加といったあらゆる好循環を生み出していける未来が待っているのではないだろうか。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/54160/">“一途に育てて半世紀”トマト農家の新たなる挑戦「ヨダファーム」／山梨県中央市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>県知事賞を連続受賞。とろける果肉が魅力の斉藤徳雄さんが作る十郎梅干し／神奈川県小田原市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 08 Jan 2026 08:12:45 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[十郎梅]]></category>
		<category><![CDATA[農業]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/Ume-Saito-1008.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>神奈川県小田原市の曽我地区は、梅の名産地として知られ、特に果肉が厚く柔らかい「十郎梅」は梅干し用品種の最上級品とされる。その梅を完熟まで待って収穫し、塩だけで漬け込み、夜露に当てながら干し上げる伝統の技を守り続けているの [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/Ume-Saito-1008.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>神奈川県小田原市の曽我地区は、梅の名産地として知られ、特に果肉が厚く柔らかい「十郎梅」は梅干し用品種の最上級品とされる。その梅を完熟まで待って収穫し、塩だけで漬け込み、夜露に当てながら干し上げる伝統の技を守り続けているのが斉藤徳雄さん夫妻だ。受賞歴も重ねる確かな技と誠実な姿勢が、多くのファンを惹きつけている。</p>



<h2 class="wp-block-heading"><strong>小田原に根づいた梅の歴史</strong></h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/Ume-Saito-1260.jpg" alt="" class="wp-image-53819" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/Ume-Saito-1260.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/Ume-Saito-1260-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/Ume-Saito-1260-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>神奈川県小田原市は、古くから梅の名産地として知られている。戦国時代には北条早雲が梅干しを兵糧に用い、長期保存ができる食料として兵士たちを支えた。梅の薬効や腐敗防止作用にも注目され、戦場では欠かせない存在だったのである。やがて江戸時代になると、梅干しは薬用や食用として庶民に広まり、小田原宿を行き交う旅人の土産としても定着した。弁当の防腐や健康維持にも役立つ梅干しは、生活の中に欠かせない保存食として根強い人気を博していった。</p>



<h3 class="wp-block-heading">曽我梅林と梅祭りのにぎわい</h3>



<p>こうした歴史を背景に、小田原の曽我地区には広大な梅林が形成された。曽我別所･原･中河原の三つの梅林をあわせて「曽我梅林（そがばいりん）」と呼び、今では約3万5千本もの白梅が植えられている。梅には、観賞用で中国原産の落葉高木（らくようこうぼく）「花梅（はなうめ）」と、食用や薬用にする「実梅（みうめ）」があるが、同地区で生育されているものの多くが食用の梅を生産するための木であり、果実を加工して梅干しや梅酒として地域に流通させる役割を担っている。</p>



<p>とはいえ、曽我梅林では収穫だけでなく、その花の美しさや香りを観光資源にしていきたいと、「梅まつり」も開催。開花期の2月から3月にかけて一面に咲く梅は訪れる人々を魅了し、地元の特産品販売や観光と結びつき、地域のにぎわいを生み出している。梅の生産と観光が一体となったこの景色は、まさに小田原の梅文化を象徴する光景といえる。</p>



<h2 class="wp-block-heading"><strong>文化庁「100年フード」にも認定された小田原生まれの十郎梅</strong></h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/Ume-Saito-1081.jpg" alt="" class="wp-image-53821" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/Ume-Saito-1081.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/Ume-Saito-1081-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/Ume-Saito-1081-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>小田原では、「白加賀（しろかが）」や「南高（なんこう）」「梅郷（ばいごう）」などの品種が栽培されているが、中でも特別なのが「十郎梅（じゅうろううめ）」である。全国的な知名度はまだ高くないが、実は梅干し用としては最高峰とされる品種だ。果肉が厚くやわらかで、種が小さいため食べやすく、漬けるとまろやかな酸味と深い旨みを生む。そのとろけるような食感に一度出会えば、思わず「こんな梅があったのか」と驚く人も多い。</p>



<p>この梅が生まれたのは1950年代。小田原市で選抜された足柄上郡の在来実生で、室町時代の軍記物語･曽我物語に登場する曽我十郎の名にちなんで「十郎梅」と呼ばれるようになった。小田原の土地と風土に適したこの梅は、まさに地域が誇るブランドなのである。さらに、この「曽我の梅干し」の歴史と魅力を次世代に継承し、広く普及させるため、文化庁が実施する「100年フード」に応募したところ、「伝統の100年フード部門～江戸時代から続く郷土の料理～」に認定されている。</p>



<h3 class="wp-block-heading"><strong>生産者泣かせの一面</strong></h3>



<p>一方で、この十郎梅は“生産者泣かせ”と呼ばれるほど扱いが難しい品種でもある。果皮が非常に薄く、枝に触れただけでも傷がつきやすい。収穫するときは一粒ずつ手でもぎ取り、収穫かごにはクッションを敷くほどの気遣いが欠かせない。さらに、天日干しでの裏返しは神経戦。完熟果ゆえに皮が破れやすく、最後まで気が抜けない。</p>



<p>加えて、結実が安定せず収穫量に大きな差が出る年もあるため、生産者は栽培から加工まで常に神経をとがらせている。それでも十郎梅にこだわり続けるのは、この梅でしか得られない独特の味わいがあるからだ。実際に十郎梅で梅干しを漬けた人は、その柔らかさと奥深い風味に魅了され、翌年からは「十郎梅しか使えない」と言うようになるという。</p>



<h2 class="wp-block-heading"><strong>県知事賞を重ねた確かな実力</strong></h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/Ume-Saito-1021.jpg" alt="" class="wp-image-53822" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/Ume-Saito-1021.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/Ume-Saito-1021-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/Ume-Saito-1021-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>そんな、曽我梅林の別所地区で梅干しづくりに励む斉藤徳雄さん。夫婦で力を合わせ、十郎梅を使った昔ながらの梅干しを守り続けてきた。その確かな仕事ぶりは地元でも広く知られ、長年にわたり高い評価を受けている。</p>



<p>斉藤さんの梅干しは、これまで小田原梅干品評会にて、2023年、2024年連続入賞、過去には農林水産大臣賞や神奈川県知事賞も受賞しており、小田原梅干品評会の上位入賞の常連として、その技術と実直な姿勢は折り紙付きだ。</p>



<h3 class="wp-block-heading"><strong>品評会で評価されるポイント</strong></h3>



<p>小田原梅干品評会では、大きさや粒のそろい具合、皮の状態、色合いといった外観が厳しく見られる。そして試食では、柔らかさや酸味、塩加減のバランスが問われる。斉藤さんの梅干しは果肉がとろけるように柔らかく、塩の角が取れたまろやかな味わいが特徴で、審査員だけでなく消費者からも高く支持されている。</p>



<h3 class="wp-block-heading"><strong>技を磨き続ける姿勢</strong></h3>



<p>品評会は結果だけでなく、日々の努力の積み重ねを映し出す舞台でもある。柔らかさと粒ぞろいをいかに両立させるか、酸味と塩味の調和をどう整えるかといった、細部へのこだわりが求められる。斉藤さんは「工夫は出し尽くした。あとは手を抜かずに続けるだけ」と語る。派手さはなくとも、積み上げてきた経験と誠実な作業こそが評価につながっている。</p>



<h3 class="wp-block-heading"><strong>10年で築いた梅農家としての基盤</strong></h3>



<p>斉藤徳雄さんの家は、梅･みかん･キウイを栽培する農家だった。自宅の隣には大きなしょうゆ蔵があり、子どものころから食や発酵の文化が身近にあったそうだ。</p>



<p>社会人になってからは料理人としての道を歩んだ。しかし父親が早くに他界し、40代後半で家業を継ぐ決断を下す。農業に本格的に取り組み始めたのはこのときで、実は本格的に農業に向き合ってからの年月は10年ほど。それでも、梅を中心に神奈川県産の米「はるみ」や、甘味と酸味のバランスに優れたキウイ「ヘイワード」も栽培し、季節ごとに畑に向き合う暮らしへと切り替わっていった。</p>



<h3 class="wp-block-heading"><strong>農業を支える家族とこだわり</strong></h3>



<p>転身後は母親と奥さんと共に畑を守り、作業を分担しながら歩みを続けてきた。平日は料理人として働きながら農作業を手伝う時期もあったが、専業になってからは天気予報を見ながら作業を進める日々となった。特に、害虫や病気予防のため、日当たりや風通しをよくする剪定という作業は独自のこだわりを持ち、枝を整えた結果、良い実が生ったときには大きな手応えを感じるという。まだ農家としての歴史は浅いが、食に携わってきた経験と家族の支えが、斉藤さんの農業を強く支えている。</p>



<h2 class="wp-block-heading"><strong>完熟の瞬間を逃さず、塩と太陽で引き出す十郎梅の旨み</strong></h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/Ume-Saito-1053.jpg" alt="" class="wp-image-53823" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/Ume-Saito-1053.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/Ume-Saito-1053-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/Ume-Saito-1053-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>斉藤さんの梅干しづくりは、収穫からすでに独自のこだわりがある。木から自然に落ちる寸前まで熟した梅だけを丁寧に拾い集めるのだ。黄色からオレンジに色づき、香りが立ちはじめた実は果肉がやわらかく、とろけるような梅干しに仕上がる。その見極めは簡単ではなく、毎日の畑の観察が欠かせない。雨や風の影響を受けやすいため、わずかなタイミングのずれが品質に直結するが、そこに手を抜かないのが斉藤さんの流儀だ。</p>



<h3 class="wp-block-heading"><strong>塩分18％で仕上げる昔ながらの味わいと土用干し</strong></h3>



<p>収穫した梅は、選りすぐったうえで塩をまぶし、重石をかけて漬け込む。塩分は18％を基本にしており、保存性と味わいのバランスを取る昔ながらの方法を貫いている。塩だけで仕上げる「白梅干し」は、ハチミツなどを加えたまろやかな味わいの梅干しと違い余計な調味料を加えない分、ごまかしのきかない真剣勝負。果肉の柔らかさや酸味のまろやかさを引き出すためには、経験に裏打ちされた判断が必要になる。</p>



<p>梅雨が明けると、次は天日干しの工程が待っている。斉藤さんは梅を三日三晩、夜露に当てながら干す「土用干し」を大切にしている。日中の強い日差しと夜の湿り気を繰り返すことで、果皮がやわらかくなり、果肉の旨みが凝縮されるのだ。干す作業では梅を一粒ずつ裏返さなければならず、皮が破れやすい十郎梅にとっては神経を使う作業が続く。それでも「このひと手間が味を決める」と斉藤さんは語り、昔ながらの方法を守り続けている。</p>



<h3 class="wp-block-heading"><strong>仕上がりの特徴</strong></h3>



<p>こうして仕上がった梅干しは、口の中でほどけるようなやわらかさ、粒が大きく揃っているのが特徴だ。酸味はまろやかで旨みがしっかりと感じられ、塩の角が取れた深い味わいに仕上がる。食べた人の多くが「もう十郎梅以外では物足りない」と口をそろえるのも、その確かな品質があってこそ。</p>



<h2 class="wp-block-heading"><strong>2トンからわずか数キロだけ認定される極上ブランド『雲上』</strong></h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/Ume-Saito-1311.jpg" alt="" class="wp-image-53824" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/Ume-Saito-1311.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/Ume-Saito-1311-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/Ume-Saito-1311-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>斉藤さんの梅干しは、小田原市が公認する地域ブランド「雲上」にも選ばれている。斉藤さんの家の場合、2トン漬けてもわずか数キロしか認定されないほど厳しい基準が設けられており、選ばれるのはごく一部の梅干しだけだ。条件としては、粒の大きさが4L（直径42mm）以上であること、形が整い皮がきれいに張っていること、色合いの美しさ、そして味わいの確かさまで徹底して確認される。さらに塩分も基準の一つで、斉藤さんは「あと塩分ですね。18％で漬けていて、20％以下で仕上がっているかどうか。20％未満でいかないと」と語り、基準を守り抜いている。雲上に認定された梅干しは個包装で販売され、一粒あたり300円ほどで取り扱われる高級品だ。こうして選ばれた梅干しは、市内でも限られた農家しか手にできない誇りの証でもある。</p>



<h3 class="wp-block-heading"><strong>地域とともに広がる誇り</strong></h3>



<p>『雲上』に認定されると、市の公式ブランドとして百貨店などで販売され、消費者の目に触れる機会が増える。これは単なる販売促進ではなく、小田原の農産物としての信頼を高め、地域全体の誇りにもつながるものだ。斉藤さん自身も「自分の梅干しが地域を代表している」との思いを強く持ち、次世代へつなげる責任を感じている。</p>



<h2 class="wp-block-heading"><strong>一粒に込めた思いが未来へ続く</strong></h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/Ume-Saito-1033.jpg" alt="" class="wp-image-53825" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/Ume-Saito-1033.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/Ume-Saito-1033-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/Ume-Saito-1033-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>斉藤さんの農業は、家族の協力とともに歩んできた。これまで積み重ねてきた経験や工夫が、十郎梅の魅力を引き出す確かな技につながっている。塩だけで漬ける昔ながらの白梅干しは、果肉の柔らかさと深い旨みをそのままに伝える仕上がりで、炊き立ての温かいご飯に添えれば思わず箸が止まらない。「派手なことはできないけれど、真面目に続けていくことが大事」と語り、その一粒一粒に誠実さを込める斉藤さん。静かな情熱がにじむ姿勢こそ、これからも小田原の梅文化を支えていく力になっていく。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/53812/">県知事賞を連続受賞。とろける果肉が魅力の斉藤徳雄さんが作る十郎梅干し／神奈川県小田原市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>被災地に実る希望。次世代型農業で人が集う場所をつくる「デ・リーフデ北上」／宮城県石巻市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 15 Dec 2025 04:13:12 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[農業]]></category>
		<category><![CDATA[トマト]]></category>
		<category><![CDATA[リーフデ・テラス]]></category>
		<category><![CDATA[富丸ムーチョ]]></category>
		<category><![CDATA[パプリカ]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/DSC5435.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>宮城県石巻市、北上川のほとり。かつて震災で大きな被害を受けたこの地で、被災した建設会社が新たに選んだのはオランダ式農業による復興だった。社名の「デ・リーフデ」はオランダ語で「慈愛（De Liefde）」を意味する。人と土 [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/DSC5435.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>宮城県石巻市、北上川のほとり。かつて震災で大きな被害を受けたこの地で、被災した建設会社が新たに選んだのはオランダ式農業による復興だった。社名の「デ・リーフデ」はオランダ語で「慈愛（De Liefde）」を意味する。人と土地を想う挑戦が2013年より始まり、今も続いている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">復興を通して、新たな希望を育てる</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/DSC5392.jpg" alt="" class="wp-image-53747" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/DSC5392.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/DSC5392-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/DSC5392-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>2011年の東日本大震災で町が壊滅し、居住禁止区域になった宮城県石巻市北上町釜谷崎地区。「この場所を復興させたい」との思いから、デ・リーフデ北上の挑戦は始まった。</p>



<p>「新しく農業にチャレンジしたい人たちや、震災後に移住してきた人たちが集える場所でありたいと考えています」と語るのは、総務部長の阿部さん。</p>



<h3 class="wp-block-heading">被災した建設会社が、「農業で復興」を選んだ理由</h3>



<p>デ・リーフデ北上の前身は、茅葺屋根を手掛ける建設会社。震災による津波で会社は流され、もともと農地だった場所は地盤沈下と塩害で再生が困難な状態にあった。代々受け継いできた土地が、瓦礫置き場になった姿を見て、会社の代表はしばらく何もできなかったという。転機となったのは2013年。オランダで農業コンサルタントをしている石巻市出身者が、この地を訪れたことにある。</p>



<h3 class="wp-block-heading">オランダ式農業で、持続可能な仕組みをつくる</h3>



<p>オランダ式農業の特徴は、テクノロジーを駆使して温度や湿度、CO2濃度を管理しながら栽培を行う施設園芸であること。さらに、高収量品種に特化して生産し、労働力とエネルギー効率を最大化する。こうした仕組みが、収益力のある農業として実現している。先端技術を駆使した高収益戦略を知り、「石巻を元気にし、雇用の創出や人口増加に貢献できる」と希望を見出し、施設の建設に踏み切った。</p>



<p>2014年、国の次世代型農業支援制度が始まったタイミングで補助金を得て、2016年に本格稼働。被災地に、復興の光が確かに見えた瞬間だった。</p>



<h2 class="wp-block-heading">石巻の地で、トマトに復興を託す</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/DSC5508.jpg" alt="" class="wp-image-53748" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/DSC5508.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/DSC5508-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/DSC5508-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>豊富な日射量があり、夏は涼しい宮城県では、昔からトマトの栽培が行われていた。しかし、震災以降、津波による農地の冠水などの影響により県内のトマト生産量は半減。「トマトは日本で最も食べられている野菜のひとつ。冬でも安定して供給できれば、生産者にも地域にもプラスになる」との思いで、栽培する野菜はトマトと決めていた。施設園芸を行うことで、通年収穫も可能になるとの見込みもあったのだ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">生産性とおいしさを両立。飲食店に選ばれる理由</h3>



<p>デ・リーフデ北上が育てているトマトの品種は、「富丸（とみまる）ムーチョ」。日本とオランダの種苗メーカーが共同開発したもので、日本のトマトらしい甘さと、オランダ品種の多収性を兼ね備えている。</p>



<p>富丸ムーチョは加工にも適しており、販売先は飲食店がメイン。日持ちが良く、スライスしても水分が染み出しにくい特徴を説明して、販売先を少しずつ開拓したという。現在はコンビニチェーンや大手ハンバーガーショップなどにも卸している。</p>



<h2 class="wp-block-heading">農水大臣賞を受賞した、人・環境・地域の好循環を生む農場</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="549" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/DSC9364.jpg" alt="" class="wp-image-53749" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/DSC9364.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/DSC9364-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/DSC9364-768x511.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>一般的なビニールハウスではなく、透過率の高いガラスハウスを導入しているデ・リーフデ北上。1.1haの広さに圧倒されるが、その構造にも特徴がある。高い天井から日射をさんさんと取り込み、空気の循環を良くすることで、平均的なハウスの約3倍もの収穫量を実現。さらに、IT技術を活用して安定出荷や労働環境改善を叶えた。その成果が評価され、2023年全国優良経営体表彰の生産技術革新部門で最高賞となる農水大臣賞に選ばれた。</p>



<h3 class="wp-block-heading">誰もが働きやすい、やさしい農場設計</h3>



<p>水耕栽培の仕組みを活かし、トマトの根の位置を高く設定。床下には作業用台車のレールを設け、立ったまま収穫できるよう工夫されている。体への負担が少ないため、高齢者や女性スタッフも安心して働ける職場だ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">天候に左右されない、安定した雇用の実現</h3>



<p>これまで宮城県内で行われていた農業は天候に左右され、雇用の安定化が難しいとされてきた。しかし、デ・リーフデ北上のガラスハウスでは、コンピューター制御による温度管理により、天候に左右されず通年で安定生産が可能。雇用が途切れず、農業の常識を覆す働き方を実現している。</p>



<h3 class="wp-block-heading">木質チップと雨水循環。環境にやさしい農業へ</h3>



<p>燃料には地元の木質チップを利用し、雨水を循環利用。環境負荷を抑えながらエネルギーを自給する仕組みを整えている。さらにLEDライトによる試験栽培では、冬場の収穫量を20%増加させることに成功したという。</p>



<h2 class="wp-block-heading">次なる挑戦へ。地域とともに歩む未来</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/DSC5605.jpg" alt="" class="wp-image-53750" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/DSC5605.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/DSC5605-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/DSC5605-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>2021年には、敷地内にレストラン「リーフデ・テラス」がオープン。食品ロス削減に取り組みながら、年間数千人が視察に訪れる地域の交流拠点にもなっており、地域経済にも貢献している。</p>



<p>また、施設の外ではヤシ殻を培養土として活用したブルーベリー栽培もスタート。山形県の農家と連携しながら、新たな循環型モデルの実現と農業の6次産業化を目指している。</p>



<p>「オランダ式農業をそのまま真似るのではなく、この土地に合った形でさらに発展させたい」と先を見る阿部さん。石巻の地に根を張り、挑戦を続けるデ・リーフデ北上には、震災から立ち上がった人々の、確かな希望が息づいている。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/53741/">被災地に実る希望。次世代型農業で人が集う場所をつくる「デ・リーフデ北上」／宮城県石巻市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>「せり鍋」で仙台を元気に。「三浦農園」代表・三浦隆弘さん／宮城県名取市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 04 Dec 2025 09:13:44 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[農業]]></category>
		<category><![CDATA[せり鍋]]></category>
		<category><![CDATA[仙台せり]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/miura_A_0827.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>春の七草がゆなどにも使われ、古くから日本の食に欠かせない「せり」。宮城県名取市は、「仙台せり」の名産地だ。その名産地で、今では仙台・宮城名物となった「せり鍋」を広めた立役者が、「三浦農園」代表の三浦隆弘さん。三浦さんの育 [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/53623/">「せり鍋」で仙台を元気に。「三浦農園」代表・三浦隆弘さん／宮城県名取市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/miura_A_0827.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>春の七草がゆなどにも使われ、古くから日本の食に欠かせない「せり」。宮城県名取市は、「仙台せり」の名産地だ。その名産地で、今では仙台・宮城名物となった「せり鍋」を広めた立役者が、「三浦農園」代表の三浦隆弘さん。三浦さんの育てるせりは、飲食店から引く手あまたで、入手困難となっている。三浦さんが仕掛けた「せり鍋」が、仙台を代表するグルメに根付いた理由は何なのだろうか。</p>



<h2 class="wp-block-heading">400年続く、名取市の土壌で育つ「仙台せり」</h2>



<p>400年ほど前から名取市でせりの生産が始められ、雑煮や七草がゆとして仙台の人たちが食していた。この地域でせりが育てられてきたのは、その土壌が栽培に適していたから。三浦さんによると、レンコンや慈姑（くわい）などを育てるような、“少し土を掘ると水が出てくる”湿地帯の土壌が適しているのだという。三浦さんはそんな恵まれた土壌を生かしながら、自然に寄り添う農業を実践している。</p>



<h3 class="wp-block-heading">“土地の翻訳者”として、自然と人をつなぐ</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/miura_B_6939.jpg" alt="" class="wp-image-53629" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/miura_B_6939.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/miura_B_6939-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/miura_B_6939-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>せり農家として、三浦さんが大切にしていることがある。それが、食べる人の皿の上にきちんといい状態で届けるようにすること。</p>



<p>「ただ売って終わりではなく、人様の口に入っていくことを自分で想像できるかどうか。自分が一番厳しいお客様にならなきゃいけないというのは常に考えています。土や生態系、水などの“翻訳者”になることが農家の役割。どんな生き物がいて、どんな植物がいるかを言語化するようにしています」と、穏やかに語る三浦さん。</p>



<p>土地に根差したものの価値を伝えていくことこそが、農家をやっていく意味や価値となり、過去と未来を繋ぐ存在になると考えている。</p>



<h3 class="wp-block-heading">ネイチャーポジティブな栽培を目指して</h3>



<p>三浦さんが心がけているのが、ネイチャーポジティブな栽培をすること。これは、人間の営みが自然環境に与える悪影響を減らし、生態系の回復や多様性を促す考え方だ。</p>



<p>農薬や化学肥料は使用せず、有機物を取り入れてイトミミズやゲンゴロウなど土の中の生き物が喜ぶ環境をつくる。そうして生物が増えるほど土が豊かになり、結果としておいしい作物につながるという。使用する有機肥料は、ハタハタを発酵させたものや大豆油粕や鶏糞など。鶏糞は即効性があるものの、リン酸が多くなりがちなので、魚粕などのアミノ酸系の肥料を増やしてバランスを取っている。</p>



<h3 class="wp-block-heading">丁寧な手作業を重ねる、三浦農園のせり</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/miura_B_7559.jpg" alt="" class="wp-image-53630" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/miura_B_7559.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/miura_B_7559-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/miura_B_7559-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>せりの収穫時期は9月から5月頃まで。新芽が緑色に色づき、50センチ程度に育つと収穫の合図。防水のつなぎを着て田んぼに入り、手作業で一本ずつせりを引き抜いたら、泥をすすいで出荷作業へ。 収穫したせりは、葉が黄色かったり傷んでいたりするものを選別する。実際に出荷されるのは全体の4割ほど。残りはすべて選別段階で省かれる。 「食べる人の顔を思い浮かべながら、“これなら自分も食べたい”と思えるものだけを出すようにしています」。</p>



<h2 class="wp-block-heading">地元食材を主役に。「せり鍋」誕生の原点</h2>



<p>せりを使った鍋といえば、秋田の「きりたんぽ鍋」が有名だ。ただ、あくまでも主役はきりたんぽで、せりが全面的に出てくることはない。しかし、仙台の「せり鍋」の主役は「仙台せり」だ。</p>



<p>この「せり鍋」を三浦さんが考案したのは、およそ20年前。仙台には牛タン、笹かま、萩の月、ずんだなどの名物があるものの、その原料が宮城県産でないものが多いため、地元の食材を使った名物を作りたいという思いがあったのだそうだ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">料理人との協働で形になったユニークな宮城名物</h3>



<p>当時、茎中心に食べられていたせりは、葉や根はほとんど使われずに捨てられることが多かったという。</p>



<p>「でも、すべての部分がおいしく食べられる。だったら丸ごと味わえる料理があってもいいと思ったんです」。</p>



<p>三浦さんは、仙台駅近くの割烹料理店「いな穂」のご主人に相談し、2003〜2004年頃に「せり鍋」を開発。仙台の飲食店を中心に徐々に広がり、次第に“冬の味覚”として定着した。</p>



<p>ちょうどSNSが流行し始めた時期でもあり、せりを山盛りにしてみたり、あえて根を上にのせたりして関心を引くための工夫は欠かさなかったという。「味は食べてもらわないと分からない。でも、見た目で興味を持ってもらえればチャンスを生み出せる」と三浦さん。<br></p>



<h2 class="wp-block-heading">葉から根まで、余すことなくせりを味わう</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/miura_A_1285.jpg" alt="" class="wp-image-53631" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/miura_A_1285.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/miura_A_1285-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/miura_A_1285-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>「せり鍋」の大きな特徴として挙げられるのが、根っこの部分を食べること。有機栽培で育てたせりは、茎の付け根や根際に甘みと香りが際立っており、鍋に入れるとその旨みが絶妙に溶け合う。 それまで仙台の人たちがせりの根を食べることはなかったが、そのおいしさに気づいた人が増え、今では「仙台せり」の象徴となっている。 また、季節によっておいしい部分が異なり、秋と冬には根、春には新芽と、その時期での楽しみ方が変わってくる。</p>



<p>「せり鍋」に合う肉としては、鶏肉や鴨肉のほか、魚やジビエもおすすめだという。出汁にも決まりはなく、いろいろな店で食べ比べができるのもおもしろさなのだと、三浦さんは語る。</p>



<h3 class="wp-block-heading">震災を機に広がった「せり鍋」文化</h3>



<p>はじめは、地元の“食いしん坊”の間で「おいしい」と評判に。しかしその名が広く知られるようになったのは、東日本大震災がきっかけだった。復興の応援として、「宮城の酒と合わせるなら『せり鍋』だ」と、いろいろなところから声がかかるようになったのだそうだ。他の料理は県外産の素材に頼るものも多かったため、地元産のせりを使うことで地域経済に寄与できることが大きかった。また、被災地を訪れた人たちが「折角来たなら、地元のものを食べて応援しよう」という機運も「せり鍋」の周知を後押しした。</p>



<p>三浦さんは、「せり本来のおいしさは、この土地でこそ伝わる」と考えている。そのため、販売は一部の例外を除き、仙台市内の店舗に限られている。「この地で食べてもらうことが、結果的に地域経済を元気にすることにつながるんです」と語る。</p>



<h3 class="wp-block-heading">20年かけて商品価格を2倍に。地域の農業を未来へつなぐ</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/miura_A_0898.jpg" alt="" class="wp-image-53633" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/miura_A_0898.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/miura_A_0898-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/miura_A_0898-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>「せり鍋」人気のおかげで、この20年間は宮城県内のせりの需要が増え、価格が2倍になった。実際に宮城県の農協が示すデータによると、2007年の出荷量は622トンで金額は4億9,000万円。2019年は出荷量が345トンだったにも関わらず、その金額は5億5,000万円以上となっている。生産者の高齢化などにより出荷量が半減しているのに、その金額が上がっているのが分かる。</p>



<p>そのため、若い世代がせり農家を職業として選択するようになり、後継者不足の解消に繋がっているのだそうだ。</p>



<p>「生産者と、流通、そして食べてくれるところがうまく回れば、ローカルの大事な繋がりができるという事例になると思うんです」と話す三浦さん。そして、ローカルガストロノミー、つまり地域の風土、歴史、文化を料理に仕込むことで、さまざまな地域でこの事例を作っていくことができる。「せり鍋」の成功で価格が倍になったように、自分の地域の文化を掘り下げればもっといい未来があるのではないか、と希望を託す。</p>



<h2 class="wp-block-heading">次世代のせり農家を育て、仙台を活気づける</h2>



<p>三浦さんの夢は、せり農家を増やし、湿地を守りながら環境にやさしい農地を広げること。また、若い世代が農業に参入できるようなプラットフォームや教科書を作って、ロールモデルになること。そして食育など、より若い世代への教育も続けていくことだと話してくれた。</p>



<p>「せり鍋」の普及活動を続け、今や宮城の名物へと押し上げた三浦さん。 これからも、地域、そしてローカルガストロノミーのロールモデルとして活躍していくことだろう。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/53623/">「せり鍋」で仙台を元気に。「三浦農園」代表・三浦隆弘さん／宮城県名取市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>高糖度のサツマイモブランド「金蜜芋」を生み出した「石田農園」石田湧大さん／千葉県香取市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 27 Nov 2025 03:48:52 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[農業]]></category>
		<category><![CDATA[サツマイモ]]></category>
		<category><![CDATA[金蜜芋]]></category>
		<category><![CDATA[金蜜堂]]></category>
		<category><![CDATA[糖度50度以上]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/11/DSC7054.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>独自の熟成方法を開発し、糖度50度以上のサツマイモを「金蜜芋」としてブランド化することで「小さくても、大きくても、形が悪くても、誰もが食べたいサツマイモ」を実現。2024年には直営カフェのオープンに漕ぎ着けた。生産時のフ [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/53494/">高糖度のサツマイモブランド「金蜜芋」を生み出した「石田農園」石田湧大さん／千葉県香取市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/11/DSC7054.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>独自の熟成方法を開発し、糖度50度以上のサツマイモを「金蜜芋」としてブランド化することで「小さくても、大きくても、形が悪くても、誰もが食べたいサツマイモ」を実現。2024年には直営カフェのオープンに漕ぎ着けた。生産時のフードロスを削減し、サツマイモに新たな価値を与えることに成功した石田農園の挑戦に迫る。</p>



<h2 class="wp-block-heading">代々続くサツマイモ農家の挑戦の始まり</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/11/DSC7087.jpg" alt="" class="wp-image-53503" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/11/DSC7087.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/11/DSC7087-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/11/DSC7087-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>千葉県北東部に位置する香取市。市の中心部である佐原（さわら）地区は江戸時代からの利根川水運で栄えた往時の古い街並みを残し、国の重要伝統的建造物群保存地区を有する。一方、香取市南部の北総（ほくそう）台地が広がる栗源（くりもと）地区は、畑作や畜産が盛んな地域である。</p>



<p>千葉県は鹿児島県、茨城県に次ぐサツマイモの産地。北総台地は水はけが良くミネラルを多く含む関東ローム層の土壌がサツマイモの栽培に適しているといわれ、千葉県内ではこの北総台地上に位置する香取市栗源、成田市、多古（たこ）町などが主要生産地となっている。</p>



<p>そんな栗源の地でサツマイモの新しいブランド「金蜜芋（きんみついも）」を手掛け、観光客の集う佐原でカフェ「金蜜堂」を開くなど、香取市の特徴をフルに活用して事業を展開しているのが、この石田農園である。</p>



<h3 class="wp-block-heading">サツマイモのロスを減らしたい</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/11/DSC7089.jpg" alt="" class="wp-image-53504" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/11/DSC7089.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/11/DSC7089-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/11/DSC7089-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>石田農園はこの地で1820年から続くサツマイモ農家で、石田湧大（ゆうだい）さんで8代目を数える。サツマイモの生産量は年間で約300トン。高糖度を有する「金蜜芋」ブランドのサツマイモには「ねっとり、しっとりとした濃厚な舌触りになる」ため、「べにはるか」と呼ばれる品種をメインに使っている。</p>



<p>石田さんは大学卒業後、企業向けPRのコンサルタントを行う会社に3年間勤めたのち、家業を継いだ。その背景にはサツマイモ生産におけるロスの多さと、「大量に作ることよりも届け方を考えたい」との思いがあった。</p>



<p>「生産されたもののうち約7割は形が悪かったり、小さすぎ、大きすぎのサツマイモです。味は良いのに、それらの規格外と呼ばれるものは市場に流通しづらいので廃棄されるか、低い価値で扱われてしまいます」。そこで石田さんが考えたのが、高糖度のサツマイモを作ることで規格にとらわれず評価されるブランドを立ち上げることだった。「規格に沿ったサツマイモを大量に作ることよりも、一般のお客様がどう評価してくれるかということを大事にしています」と石田さんは強調する。2018年に石田農園を法人化し、「金蜜芋」の開発が始まった。そのアイデアの原点は、かつて石田さんが祖父に「どうしたらサツマイモが甘くなるのか」と尋ねたことにある。収穫したてのサツマイモはまだ甘くなく、形ではなく味で評価されるものを作りたいという思いが、その問いの背景にあった。祖父の答えをヒントに、後にその方法を大規模に実現したことで、現在の差別化につながっている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">短期熟成法の確立と畑の土づくり</h2>



<p>通常、収穫したばかりのサツマイモの糖度は10度前後だが、熟成させることで徐々に糖度は増していく。「これまでのやり方でもごくまれに糖度50度に達することがありましたが、僕らは常に50度以上まで持っていきます」と語る石田さん。石田農園ではその糖度50度以上のサツマイモのみを「金蜜芋」として販売。金蜜芋の焼き芋を干し芋にすると、糖度が75度にまで達することもあるという。そんな金蜜芋を生み出すためには、熟成方法の工夫と畑の土づくりが不可欠だった。</p>



<h3 class="wp-block-heading">長期熟成による需給ギャップを解消したい</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/11/DSC7108.jpg" alt="" class="wp-image-53505" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/11/DSC7108.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/11/DSC7108-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/11/DSC7108-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>一般的にサツマイモの収穫は秋に行われる。そこから150から180日ほど長期熟成させることで、サツマイモに含まれるデンプンが糖に変わり、甘みが増す。石田農園でも気温や湿度を管理できる長期熟成庫を持ち、3月頃からこの熟成庫で糖度を上げたサツマイモの出荷を始める。しかし、石田さんは「焼き芋需要が高まる最需要期の12月から2月というのは、まだ熟成させた期間が短いので糖度30〜40度前後のものしか出せないんです。今まで通りの熟成方法だと需給ギャップが生まれてしまう」と指摘する。</p>



<p>そこで石田さんはより甘みののったサツマイモの通年出荷を実現すべく、短期熟成法の開発に乗り出したのだった。</p>



<h2 class="wp-block-heading">短期熟成庫の開発</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/11/DSC7249.jpg" alt="" class="wp-image-53506" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/11/DSC7249.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/11/DSC7249-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/11/DSC7249-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>石田農園が開発したサツマイモの短期熟成庫は、土壌を横から掘り抜いて土壁で囲った地下室であり、人工的に空調管理された長期熟成庫の印象とはだいぶかけ離れた、穴倉のような佇まいである。石田さんが過去に、先輩農家である祖父から聞いた「秋に収穫したサツマイモを土の中で保管しておいたら甘くなった」という話をヒントに、この熟成庫を作った。</p>



<p>石田さんは「土壁の熟成庫には若干の温度差があります。この温度差というストレスを与えることがサツマイモを短時間で甘くする決め手」というが、それはサツマイモにとって負荷がかかる環境でもある。この短期で行う熟成法ではサツマイモが傷みやすく、技術を確立するまでに数年間を要することになった。</p>



<h3 class="wp-block-heading">短期熟成に耐えうるサツマイモづくり</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/11/DSC7147.jpg" alt="" class="wp-image-53507" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/11/DSC7147.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/11/DSC7147-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/11/DSC7147-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>「短期熟成には土づくりが紐づいています」と強調する石田さん。負荷のかかる環境に耐えうるサツマイモを作るにあたって、必要不可欠であったのが畑の土づくりだった。</p>



<p><br>「長年農業に従事してきた父が肥料設計や土づくりの根幹を担い、私が考える農業の形にずっと伴走してくれているんです」。そうした身近な協力者の存在に加え、石田家で数百年管理してきたいくつもの圃場、糖度の高いさつまいも作りのための環境が整っている。だからこそ、仮に石田農園と同じような熟成庫を作ったとしても、簡単には真似ができないと石田さんは胸を張る。</p>



<p>こうして現在、石田農園では収穫からわずか40日という短期間で、安定的に糖度を50度まで上げることができるようになっている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">ブランド化への挑戦から地域の魅力創造というステージへ</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/11/DSC7270.jpg" alt="" class="wp-image-53508" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/11/DSC7270.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/11/DSC7270-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/11/DSC7270-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>石田農園では卸経由の出荷をせず、百貨店や高級スーパー、そして自社のオンラインショップなどを通じ、生産したほとんどが直接取引による販売を行なっている。それは、金蜜芋にかけたパッションを直接的に伝えることで、ブランド価値を高めたいとしているからだ。その思いは、直営店であるカフェ「金蜜堂」の開業へとつながっていく。</p>



<h3 class="wp-block-heading">直営カフェ「金蜜堂」を開業</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/11/DSC7379.jpg" alt="" class="wp-image-53509" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/11/DSC7379.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/11/DSC7379-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/11/DSC7379-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>2024年、石田さんは観光客が多く訪れる佐原の中心部に、金蜜芋のパフェをメインとしたカフェ「金蜜堂」をオープンさせた。</p>



<p>「同じ香取市内でのつながりをもっと深めていきたい」と、もともと畳屋だった場所を、古い街並みに調和するようにリノベーション。大正ロマン漂う空間で、サツマイモを惜しみなく使用したスイーツやドリンクを提供している。注目は、予約の絶えないパフェ専⾨店を経営する宮副天良⽒が監修するパフェ。サツマイモを使った話題性の強いスイーツをフックに、観光客に農園のことを知ってもらう拠点のひとつとして機能している。<br>今や休日ともなれば、多くの人が訪れる店となった金蜜堂だが、石田さんはさらに「もっと農業と観光地をつなげていきたい。そうすることで、サツマイモや香取市のことを知ってもらう機会を、今以上に増やしていければと考えています」とこれからのビジョンを語る。サツマイモの価値を高め続けてきた石田農園の挑戦は、農業と地域の魅力を高めていくステージへと拡大しようとしている。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/53494/">高糖度のサツマイモブランド「金蜜芋」を生み出した「石田農園」石田湧大さん／千葉県香取市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<item>
		<title>農家の地位向上を目指して。農業法人「Vegeta（ベジータ）株式会社」が挑む農業改革／群馬県邑楽町</title>
		<link>https://nihonmono.jp/article/53203/</link>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 20 Sep 2025 13:18:03 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[農業]]></category>
		<category><![CDATA[白菜]]></category>
		<category><![CDATA[邑美人]]></category>
		<category><![CDATA[むらびじん]]></category>
		<category><![CDATA[テレビ出演]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/09/231213_NIHONMONO_549.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>群馬県の南東部に位置し、利根川と渡良瀬川に挟まれた邑楽郡邑楽町（おうらぐんおうらまち）で、主に白菜の生産を手がける、農業法人「Vegeta株式会社」。この地域で作られている白菜のなかでも、厳しい基準をクリアしたものだけを [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/09/231213_NIHONMONO_549.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>群馬県の南東部に位置し、利根川と渡良瀬川に挟まれた邑楽郡邑楽町（おうらぐんおうらまち）で、主に白菜の生産を手がける、農業法人「Vegeta株式会社」。この地域で作られている白菜のなかでも、厳しい基準をクリアしたものだけを「邑美人（むらびじん）」というブランド白菜として売り出し、他との差別化に成功している。</p>



<h2 class="wp-block-heading">農業は面白い。それを証明したい</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/09/231213_NIHONMONO_463.jpg" alt="" class="wp-image-53204" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/09/231213_NIHONMONO_463.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/09/231213_NIHONMONO_463-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/09/231213_NIHONMONO_463-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>群馬県の東⽑エリアと呼ばれる地域に位置する邑楽郡邑楽町は、赤城山や榛名山などの噴火で堆積した火山灰で形成された、関東ローム層が広がる地域だ。このエリアは火山灰を起源とする黒ぼく土（有機質土）に恵まれており、有機物を多く含むこの良質な土壌が、赤城山から吹き下ろす「赤城おろし」と呼ばれる寒風と相まって、おいしい野菜を元気に育てている。なかでも、冬場にこの土地で栽培される白菜は大ぶりで柔らかく甘みがあり、邑楽町が誇る特産品となっている。</p>



<p>町の多くの農家が特産品の白菜を作るなか、⼀般的な⽩菜に比べてみかんや梨と同レベルの⾼い糖度の白菜を作る兄弟がいる。それが「Vegeta株式会社」の松島兄弟だ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">周りが反対する中、脱サラして農業へ</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/09/231213_NIHONMONO_487.jpg" alt="" class="wp-image-53205" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/09/231213_NIHONMONO_487.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/09/231213_NIHONMONO_487-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/09/231213_NIHONMONO_487-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>代々、農業を営んできた松島家。松島章倫（まつしま あきのり）さん、圭祐（けいすけ）さん兄弟も、子供の頃から畑で働く祖父の姿を見て育った。畑に魅力を感じつつも、大学卒業後は会社員として働いていたが、祖父の病気をきっかけに弟の圭祐さんが畑をすべて引き継ぎ、就農した。</p>



<p>「弟が先に農業を始めて、その2年後に自分も農業を継ぐことを決め、兄弟で本格的に農業を始めました」と兄の章倫さんは当時を振り返る。</p>



<p>高齢化による農家の跡継ぎがいないことが問題となっている今だからこそ、農業には大きな可能性があるのではないかと思い、農家に転身したという章倫さん。とはいえ当時、引き継いだ畑の大きさは現在の1/100程度。本当に小さな規模からのスタートだった。</p>



<p>「農業を継いだ当初は、誰に相談しても“百姓なんかやるもんじゃない”って、ずっと言われ続けました」</p>



<p>それでも可能性を信じて白菜作りに取り組み、どうしたら「もっとおいしい」白菜が作れるか、試行錯誤の日々が始まった。</p>



<h3 class="wp-block-heading">やった分だけ返ってくる、農業の面白さ</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/09/231213_NIHONMONO_475.jpg" alt="" class="wp-image-53206" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/09/231213_NIHONMONO_475.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/09/231213_NIHONMONO_475-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/09/231213_NIHONMONO_475-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>元々、白菜の栽培に適した気候の邑楽町。冬は雨が少なく、「赤城おろし」といわれる北西の強い山風が吹き続けて乾燥する土地柄。朝晩は氷点下まで気温が下がり、「寒さ」というストレスが加わることで、凍らないように白菜自身が糖を蓄え、防衛本能で甘くなる。この乾燥と低温が、良質な白菜を作るのに適した気候となっている。</p>



<p>それに加えて土壌にも力がある。「黒ぼく」といわれる火山灰土は、土壌の団粒構造により相反する性質の保水性と透水性の両方を兼ね備えているため、水捌けがよく肥料の持ちがいい。そのため、畑のエネルギーをたくさん使う白菜が栽培しやすいのだ。</p>



<p>「白菜向きの土壌ですが、作り続けているとどんどん畑の力がなくなってしまうので、畑の力を維持するために牛の堆肥や植物そのものを土壌にすき込んで使用する緑肥を植えて、有機物を入れて微生物を動かしています」と弟の圭祐さん。</p>



<p>同じ気候、同じ土壌で同じ品種を栽培しても、同じ味わいの野菜にならない。そこが面白くて仕方がないという。</p>



<p>「土作りはもちろん、苗作りにもこだわり、種を撒いた瞬間から綿密に水管理を行い、独自の育苗培土を使用して育成しています」</p>



<p>こうして愛情込めて育てられた白菜は、主に邑楽町のブランド白菜「邑美人」として出荷されている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">ブランド白菜を、たくさんの人に知ってもらいたい</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/09/231213_NIHONMONO_481.jpg" alt="" class="wp-image-53207" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/09/231213_NIHONMONO_481.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/09/231213_NIHONMONO_481-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/09/231213_NIHONMONO_481-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>土作りや苗作りにこだわり、邑楽町のブランド白菜「邑美人」など、高付加価値な白菜を栽培している松島兄弟。まったくの未経験から農業を始めたが、安定して高品質な野菜が出荷できるようになると、愛情込めて作った白菜の素晴らしさを世の中に伝えたいと思い始める。</p>



<p>元々、邑楽町は高品質な白菜の産地だったが世の中には周知されていなかったため、ブランド白菜の特徴を多くの人に知ってもらおうと、自分たちでSNSの発信を開始する。メディアへの出演も率先して行い、邑楽町の白菜をPRしてきた。その甲斐あって現在では、ブランド白菜の知名度がじわじわと広がり、味も良く見た目も大きくインパクトのある白菜の産地として、邑楽町は認識され始めている。</p>



<p>地域ブランドとしての地位を確立した「邑美人」。そのなかでも松島兄弟の作る白菜は、特に甘味が強いと評判になる。そこで販路も含めて、自分たちで作る白菜のブランディングについて模索し始める。</p>



<h2 class="wp-block-heading">独自の販路を開拓し、新しい農業の形を作る</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/09/231213_NIHONMONO_553.jpg" alt="" class="wp-image-53208" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/09/231213_NIHONMONO_553.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/09/231213_NIHONMONO_553-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/09/231213_NIHONMONO_553-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>高品質な白菜作り、地域のブランディング、自社ブランドの創造と、未経験で就農したからこそ、思いつく限りのことを何でもやってきた松島兄弟。サラリーマン時代の経験から、普通の農家がやらないような形で農業を「経営」していくことが、今後の農業の発展につながると信じて、2019年に農業法人Vegeta株式会社を設立した。独自に設けた厳しい社内規定や特別な管理の元で、ハウスブランドの「黄芯白菜 極」を完成させ、スーパーと直接契約し独自の販路を開拓していく。</p>



<p>今でこそ「食べチョク」など、農家が直接、消費者に生産物を販売する産直ECという方法があるが、Vegetaを設立した当初は指定された品種を農協に卸すしか販路がなかった時代。農業法人としてホームページを持つこと自体、珍しかったという。市場に出荷しつつ、ホームページを見たスーパーからの問い合わせで直接取引を行うようになると、自社ブランドの白菜の価値をしっかりと伝えようと、スーパーの売り場のPOPを一緒に考えながら、担当者と一緒にブランディングを進めていった。</p>



<p>「おいしさには絶対の自信があったので、とにかく1回食べてもらって、うちの白菜の良さを理解してもらいたいっていう一心でした」</p>



<p>こうした地道な活動が、テレビ出演をきっかけに少しずつ実を結び始める。</p>



<h3 class="wp-block-heading">農地確保と経営規模のバランス</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/09/231213_NIHONMONO_532.jpg" alt="" class="wp-image-53209" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/09/231213_NIHONMONO_532.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/09/231213_NIHONMONO_532-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/09/231213_NIHONMONO_532-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>会社設立後は農地を広げて畑の面積を拡大させ、正社員や海外実習生を積極的に採用して、人を育てていくことにも注力していった。松島兄弟の考える「新しい農業」を推し進めていくためには、農地の確保が課題のひとつとなっている。なぜなら、現在Vegetaが所有する畑は東西約15kmの中に180ヶ所ほど点在している状態だからだ。</p>



<p>「新しく広げた畑の隣が耕作放棄地だったりすると、虫が湧いたり木が生えてきてトラクターに当たったりと問題が多い。そうなる前に手入れしたいけど、他人の土地を勝手に耕すことは法律的に禁じられているため、現状は何もできずにいます」と章倫さん。</p>



<p>隣接する畑が購入できないことで農地が集積できず、モザイク状にしか農地が確保できないため、作業をするにも移動距離が長くコストもかかり、管理をするのも大変な状況だ。</p>



<p>「問題は山積みですが、やり方次第でうまくいくこともある。失敗もするけれど、失敗のデータを残しながら前に進んでいきたいし、自分が動いたことで向上していくのを実感すると、やる気が出ますよね」と圭祐さん。</p>



<p>作ったものを市場に出して値段をつけてもらう今までの農業から、今後はお客様が求めることに応じて経営規模を維持できる農家に成長したいという。</p>



<h2 class="wp-block-heading">農家に対する世間の価値観を変えていきたい</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/09/231213_NIHONMONO_554.jpg" alt="" class="wp-image-53210" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/09/231213_NIHONMONO_554.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/09/231213_NIHONMONO_554-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/09/231213_NIHONMONO_554-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>⼀般的な⽩菜の糖度が約6度なのに対し、一番高いときで中心部分の糖度が11度にもなるVegetaの白菜。「フルーツのような野菜」と称されるが、土作りや肥料の設計など、その栽培方法をどうやって後進に伝えていくかが今後の課題でもある。</p>



<p>「同じ地域で同じ品種を作っても、全然甘くない人もいます。昔から感覚的な部分が多い農業でしっかりとデータを残し、今後IT農業なども視野に入れて、白菜の品質をさらに高めて単価を上げていきたいです」</p>



<p>素人だった兄弟が小さな畑から始めた農業は、今では当時の約100倍規模の畑を持つ、町で一番大きな農家となった。</p>



<p>「農業は面白くて、かっこよくて、稼ぐこともできる素晴らしい職業です。地域の未来も明るくする夢のある職業だってことを、多くの人に伝えたいですね」</p>



<p>衝撃と感動の野菜を届ける松島兄弟は、地域の農業を盛り上げ、農業の楽しさと可能性をこれからも発信し続けていく。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/53203/">農家の地位向上を目指して。農業法人「Vegeta（ベジータ）株式会社」が挑む農業改革／群馬県邑楽町</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>循環型農業で人と自然を結びつける農家ユニット「ハタムグリ」斉藤健太朗さん、石井美帆さん／千葉県佐倉市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 31 Aug 2025 03:37:02 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[バイオ炭]]></category>
		<category><![CDATA[オーガニックビレッジ]]></category>
		<category><![CDATA[ちばガストロノミーaward 2023]]></category>
		<category><![CDATA[循環型農業]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/08/DSC5681.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>循環型農業で地域の自然を残したいとの想いから、耕作放棄地を蘇らせてきたハタムグリ。農薬や化学肥料を使用せず、バイオ炭を活用した独特の農法が共感を呼び、「ちばガストロノミーaward 2023」生産者部門のトップ30に選出 [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/08/DSC5681.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>循環型農業で地域の自然を残したいとの想いから、耕作放棄地を蘇らせてきたハタムグリ。農薬や化学肥料を使用せず、バイオ炭を活用した独特の農法が共感を呼び、「ちばガストロノミーaward 2023」生産者部門のトップ30に選出。トップレベルのシェフも注目している。</p>



<h2 class="wp-block-heading">循環型農業を目指す二人組ユニット</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/08/DSC5693.jpg" alt="" class="wp-image-53157" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/08/DSC5693.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/08/DSC5693-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/08/DSC5693-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>千葉県北部に位置する佐倉市はかつて城下町として栄え、今も武家屋敷が往時の面影を残し、博物館や美術館が点在する文化の薫り漂う街である。また、市域一帯に広がる北総台地は古くから農業が盛んな場所であり、2023年には木更津市とともに有機農業の生産から消費までを推進する「オーガニックビレッジ」を宣言した。</p>



<p>そんな佐倉市で「バイオ炭」を活用して耕作放棄地を再生させ、農薬や化学肥料を使用しない循環型の農業を行う二人組の農家ユニットが「ハタムグリ」である。</p>



<h3 class="wp-block-heading">ハタムグリの営農スタイル</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/08/DSC6002.jpg" alt="" class="wp-image-53158" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/08/DSC6002.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/08/DSC6002-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/08/DSC6002-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>ハタムグリは2020年、斉藤健太朗さんと石井美帆さんの二人で結成された農家ユニットで、花粉を媒介する昆虫である「ハナムグリ」にちなみ「ハタムグリ」と名付けた。約2ヘクタールの畑で有機栽培により100品目に及ぶ作物を栽培している。一般的な野菜だけでなく、ハーブやエディブルフラワーのほか、蕎麦を実ではなくスプラウト（植物の新芽の食用部分）として出荷するなど 、手掛ける作物は実に多彩だ。なかでも人気なのがジャンボニンニクで、「リーキという西洋ネギの仲間で、ホイル焼きがおすすめです。醤油漬けにすると万能調味料になりますよ」と、斉藤さんのレシピ解説にも熱が入る。</p>



<p>圃場の大部分で有機JASの認証を取得。小規模な平飼い養鶏も行っており、農場の野菜や小麦、自家製の発酵飼料で育った鶏の糞は肥料として活用。また、石井さんが飼っている馬の馬糞も堆肥化している。「収量と、かかる費用や手間を天秤にかけた」結果、ビニールマルチ（抑草や蓄熱を目的として耕地を覆う資材）やハウスもほとんど使わない。「生態系に負担をかけない循環型農業を目指す」ことが二人の共通認識となっている。</p>



<h3 class="wp-block-heading">二人で農家ユニットを結成</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/08/DSC5903.jpg" alt="" class="wp-image-53159" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/08/DSC5903.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/08/DSC5903-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/08/DSC5903-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>佐倉が地元という石井さんは元、動物園の飼育員。自ら馬を飼いながらアニマルセラピーを学んでいたが、子供が産まれたことをきっかけに「安心してそのまま食べられる野菜を作りたい」と、馬糞を使った野菜の有機栽培を個人的に始める。その後、保育園向けに有機野菜を栽培する社会福祉法人に転職した。</p>



<p>もともと一次産業に興味があったという斉藤さんは農業系の高校を卒業。千葉県内の農業法人を渡り歩き、たどり着いたのが石井さんと同じ社会福祉法人だった。</p>



<p>だが、その社会福祉法人の農業部門が廃止されてしまい、二人とも退職を余儀なくされてしまう。そんな中、現在畑にしている土地を借りられるという話が舞い込んでくる。斉藤さん、石井さんともに農薬や化学肥料を活用する一般的な農法を経験せず、これまでずっと有機農業をやってきていたこともあり、循環型農業を目指す考え方が一致。お互い隣同士の畑を借り、作業小屋や農業機械を共同利用する農家ユニットの結成へと至った。</p>



<h2 class="wp-block-heading">バイオ炭による土づくりに挑む</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/08/DSC5961.jpg" alt="" class="wp-image-53160" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/08/DSC5961.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/08/DSC5961-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/08/DSC5961-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>新天地で農業を始めることにした二人だったが、まず借りた土地の土壌を再生させなければならなかった。「桑畑だったところが数十年以上にわたって耕作されなくなってまして、その間、草が生えないよう耕運され続けていたんですね。管理しすぎちゃって生物の気配すらない砂漠のような土地でした」。そこで目をつけたのが「バイオ炭」である。</p>



<p>バイオ炭とは有機資源を炭化させたもので、生物層や土壌など自然環境の改善に効果をもたらすものを指す。もともと子供向けの炭焼きキャンプのボランティア活動に参加していたことから炭に興味を持っていた斉藤さん。そんな中、ハタムグリの取引先からバイオ炭の存在を教えてもらう機会に恵まれたのがきっかけで、自分たちの畑でも活用してみることにした。ハタムグリでは資源循環と土地の整備を兼ねて、畑や地域の里山で繁茂しすぎてしまった竹や不要になった剪定枝などを炭の原料として使う。「あるものを活かす。それが僕らのやり方の基本です」と斉藤さんは話す。</p>



<p>炭化炉（たんかろ）に投入した竹や木々は約350度で燃焼し、灰にならない程度で火を落とす。手で握るとぼろぼろになるくらいで完成となる。このバイオ炭を土地にまきつづけた結果、徐々に生物層が回復してきたという。</p>



<h3 class="wp-block-heading">微生物のすみかとなるバイオ炭</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/08/DSC6147.jpg" alt="" class="wp-image-53161" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/08/DSC6147.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/08/DSC6147-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/08/DSC6147-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>斉藤さんはバイオ炭の効果を、端的に「微生物のすみかを作ること」と表現する。炭は微細な穴が数多く空いている多孔質（たこうしつ）と呼ばれる構造を持ち、その穴に水分が保持され微生物が住み着くことができるようになるため、土壌に入れたバイオ炭が豊かな生物層を育くむきっかけになるのだという。</p>



<p>「実際にここの大根畑でバイオ炭の効果についての研究協力もやりました。その結果、バイオ炭を入れた畑の方が、入れなかった畑と比べて水分を保持でき、成長が良かったんです」。今もハタムグリにとってバイオ炭は重要な土壌改良剤であるとともに、佐倉市と竹林・里山整備で協力関係を結ぶきっかけともなった、欠くことのできない存在となってい</p>



<p>る。</p>



<h2 class="wp-block-heading">多様な人たちと積極的に関わること</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/08/DSC6119.jpg" alt="" class="wp-image-53162" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/08/DSC6119.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/08/DSC6119-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/08/DSC6119-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>「こういう農法でやっているのは、せっかく作るならおいしいものが食べたいというのが大きいですね」と斉藤さんが話す一方、石井さんは「肥料はかなり抑えるし、成長もゆっくりですので最初はやっぱり不安でした」と振り返る。そのうえで、「その分、味は濃くなる」と自信を持って話す石井さん。現在ハタムグリでは個人宅配やネット販売、直売所への出荷などを販路としているが、年々そのおいしさや農業のスタンスが共感を呼び、飲食店での扱いが増えていっている。</p>



<p>特に、前職時代に取引が始まった、同じ佐倉市内にある「プレゼンテスギ」と今も継続して付き合いがあるのが大きいという。プレゼンテスギは、ミシュランと並ぶ影響力があるとされるフランスのレストランガイド「Gault &amp; Millau（ゴ・エ・ミヨ）」日本版で2022年より掲載の常連となっているレストランである。</p>



<p>「シェフが畑に来てくれるんですけど、その度にいろいろとご要望をいただくんです。今までにエディブルフラワーやほうれん草の根っこ、昆虫食用にカメムシまで提供したことがありますね」と笑う斉藤さん。そうしたシェフとの付き合いにより「どんな作物が求められるのか、野草も使えるんじゃないかとか、畑を見る景色が変わった」という。</p>



<h3 class="wp-block-heading">地域のモデルとして農と自然を未来へつなぐ</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/08/DSC6153.jpg" alt="" class="wp-image-53163" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/08/DSC6153.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/08/DSC6153-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/08/DSC6153-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>ハタムグリではシェフたちとの付き合いにとどまらず、消費者との交流にも力を入れている。</p>



<p>毎週日曜日には間借りで飲食営業できるスペースで、畑の食材を使った食事を振る舞うレストランを開く。自分たちで栽培した小麦の生地から作るピザが特に好評だ。「私たちの活動を知ってもらうきっかけになれば」という石井さん。興味を持ったお客が実際に畑に来てもらえるよう、畑で作物の買い物や里山散歩、農業体験ができる「ハタメグリ」も企画。「自然の恵みや循環を体感出来る場」として、さまざまな人たちを迎え入れている。</p>



<p>そんな二人がこれから取り組みたいとしているのが加工品製造だ。佐倉市がオーガニックビレッジを宣言したことで、大手スーパーから有機野菜の引き合いが増加。スーパーの受け入れが難しい規格外野菜を加工品として活用できればと考えている。</p>



<p>また、「有機農業の仲間を増やすためにも、新規就農者が来たときに僕らのノウハウを提供できるような体制にしていきたいですね」と斉藤さん。石井さんも「耕作放棄地だったところから資源を循環させ、ちゃんとお金も回っていく。そういう小さくても確立した農業のモデルになれれば」と語り、さらにこう続けた。「ここは私の地元でもあるので、どうにかこの自然を残したい。そこがすべての根本です」と。</p>



<p>ハタムグリをきっかけに、さらに豊かな農と自然の世界が地域に広がっていく。そんな未来が訪れることを期待せずにはいられない。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/53156/">循環型農業で人と自然を結びつける農家ユニット「ハタムグリ」斉藤健太朗さん、石井美帆さん／千葉県佐倉市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>野菜と畑の「おいしさと面白さ」を伝え続ける農家「kiredo」栗田貴士さん／千葉県四街道市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 11 Aug 2025 01:33:27 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[kiredo VEGETABLE Atelier]]></category>
		<category><![CDATA[にわのわ アート＆クラフトフェア チバ]]></category>
		<category><![CDATA[農業]]></category>
		<category><![CDATA[野菜直売所]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/08/DSC6218.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>料理好きの栗田さんが栽培する個性的でえぐみのない野菜はプロのシェフから評価を得る一方、「手軽に調理できる野菜だからこそ地域の家庭にも広げたい」と、カフェを開いたり畑のツアーや料理教室を行うなど、多彩な活動を展開している。 [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/08/DSC6218.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>料理好きの栗田さんが栽培する個性的でえぐみのない野菜はプロのシェフから評価を得る一方、「手軽に調理できる野菜だからこそ地域の家庭にも広げたい」と、カフェを開いたり畑のツアーや料理教室を行うなど、多彩な活動を展開している。そんな栗田さんを突き動かす原動力の源とは。</p>



<h2 class="wp-block-heading">キレドの農業のあり方 </h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/08/DSC6248.jpg" alt="" class="wp-image-53062" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/08/DSC6248.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/08/DSC6248-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/08/DSC6248-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>県都、千葉市の北隣にある四街道市は都市部郊外の典型的なベッドタウンだが、終戦後の開拓地としての歴史があり、今も区画整理された畑地が残されているエリアでもある。その一角で農業を行っているのが「kiredo（キレド）」の栗田貴士さんだ。野菜と畑の「おいしい」と「面白い」を伝えたいと、2012年に地元の四街道で本格的に農業を開始した。温暖な千葉県でありつつも内陸部にあるため、冬は霜の降りる日もある。そんな「寒さが好きな野菜も夏が好きな野菜も、両方育てられる」環境で現在、約150種類の野菜・ハーブを栽培している。</p>



<h3 class="wp-block-heading">野菜の一生を見る </h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/08/DSC6434.jpg" alt="" class="wp-image-53063" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/08/DSC6434.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/08/DSC6434-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/08/DSC6434-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>「サボイキャベツは加熱すると柔らかくなって甘みが出てくるので、ロールキャベツなんかにいいですね。人参は紫人参や沖縄原産の島人参など5種類を作ってます。ひとみ人参は生食がおいしいです。こっちの赤い島オクラも生で食べられるんですよ」。貴士さんに勧められるままに、収穫したての島オクラをそのまま齧（かじ）ると、クセのない甘やかな風味に驚かされるとともに、オクラ特有のトゲトゲとした口当たりがなく、オクラに持っていたイメージが覆された瞬間でもあった。</p>



<p><br>貴士さんは、例えばハーブのフェンネルであれば一般的に使われる葉、株、種だけでなく、根っこまで使えないかを考える。ズッキーニであれば、蔓（つる）や葉、花がどんな味なのかを実際に食べてみて料理に活かす。収穫時の一時だけ食材として着目するのではなく、「野菜の一生を見ること」で知られざる部位を探り、付き合いのあるシェフや消費者に知ってもらうのが面白いという。</p>



<p>さらに、貴士さんの好奇心は野菜の一生にとどまらず、原産地でその野菜がどう食べられているか、どう栽培されているかにまで及んでいる。</p>



<h3 class="wp-block-heading">ミネラルで育てる野菜 </h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/08/DSC6247.jpg" alt="" class="wp-image-53064" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/08/DSC6247.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/08/DSC6247-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/08/DSC6247-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>紫キャベツに似た姿の野菜、トレビスを原産地のイタリアで食べた貴士さんは、自分が育てたトレビスとは比べ物にならないほどのえぐみのない強い甘みに、思わず生産者の元へ話を聞きに訪ねたという。その結果、現地の畑で撒いている水に多くのミネラルが含まれていることが分かり、さっそく自身の畑にも貝由来のミネラルを与え始めた。すると、てきめんにイタリアで衝撃を受けた味に近づいたのだ。「植えた作物に対していかに原産地の環境に近づけるかということが、いかに作物が健康においしく育つかということとつながってくる。イタリアでの体験は、そこに気が付かされましたね」。</p>



<p>ミネラル豊富な土壌で育つ野菜のおいしさを自ら体感し、実証した貴士さん。一方で、「堆肥を多くすると収穫量は増えますが、その分アクが出てくる。やっぱり味が落ちてくるんですね」と、堆肥を過剰に与えるリスクにも言及。えぐみのない野菜を目指して、キレドでは「堆肥を少なくしてミネラルで育てる」ことを栽培方法における一番の基本に据えている。</p>



<p>キレドの畑に足を運ぶと、貴士さんから次々に「生で食べてみて」とさまざまな野菜を勧められ、口にするたびにそれぞれ個性的で生命力のある風味に驚かされる。この「畑の試食」は、作物にえぐみがないからこそ自信を持ってできることなのである。</p>



<h2 class="wp-block-heading">料理がてっぺんにある </h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/08/DSC6604.jpg" alt="" class="wp-image-53065" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/08/DSC6604.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/08/DSC6604-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/08/DSC6604-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>そんな試食のお勧め上手な貴士さんだが、畑で野菜を解説する際、「調理法」が必ず話に盛り込まれてくる。なぜなら「考えのてっぺんに料理がある」からだ。</p>



<p>食材を見てから何の料理をしようかと考えるのではなく、まず貴士さんの食べたい料理があり、その料理に必要な作物を栽培する。それがここで育たないものであれば似たような作物を栽培し、実際に自分で調理をして納得のいくものかどうかを検証する。「その調理法と素材を知り合いのシェフのみなさんに還元して活用してもらう」。その積み重ねの結果、年間150種もの作物を栽培するに至っている。</p>



<p>そんな料理好きでもある貴士さんが2015年に設けたもう一つの拠点が「kiredo VEGETABLE Atelier（キレドベジタブルアトリエ）」。四街道の畑から約8キロほど南に向かった千葉市郊外の住宅街にある、カフェとギャラリー、直売所機能を備えた実店舗だ。ベジタブルアトリエでは妻の恵子さんがキレドの野菜を使ったランチプレートの提供を中心に店を切り盛りしている。</p>



<p>「地元の方に野菜についてもっと知ってもらうための場所として開いたお店です。全然知らなかった野菜を食べてもらう機会になって、キレドさんの野菜は普通のとはちょっと違うねって思ってもらえる場にすることが目標です」。</p>



<h3 class="wp-block-heading">金沢で中野禧代美さんと出会う </h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/08/DSC6235.jpg" alt="" class="wp-image-53066" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/08/DSC6235.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/08/DSC6235-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/08/DSC6235-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>貴士さんは故郷の四街道から九州の大学を経て、北陸の金沢でソフトウェアエンジニア時代を約6年間過ごす。もともとおいしいものが好きで、学生時代にフレンチを味わえる高級ジャズライブハウス、ブルーノートで働きながら高級食材に触れていたこともあり、金沢在住中もレストラン巡りが日常だった。行きつけだったレストランのシェフから誘われて、その店の仕入れ先であった農家を訪問。それが数々のシェフたちに直接野菜を卸している中野禧代美（きよみ）さんだった。「中野さんの畑で食べた大根が梨のような味で衝撃的でした。同じ品種でも農家によってこんなに味が違うのかと。それに中野さんはすごく楽しくて魅力的な人だった。ここから僕の人生が変わりましたね」。</p>



<p>「中野さんとお話するきっかけが欲しかったから」と、家庭菜園を始めた貴士さん。分からないことがあれば中野さんの畑に行き、「いろんな野菜の育て方を丸一日かけて教えてくださった」と当時を振り返る。朝5時半に畑に行き、7時まで作業をしてから出社するという生活だったが、楽しくてまったく苦にならなかったという。そうして2年間、中野さんに師事しながら菜園を続けていくうちに農業を本業としたい気持ちが抑えられなくなり、千葉へ戻ることを決意した。</p>



<h3 class="wp-block-heading">「エコファームアサノ」の門を叩く </h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/08/DSC6657.jpg" alt="" class="wp-image-53067" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/08/DSC6657.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/08/DSC6657-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/08/DSC6657-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>千葉にも中野さんのように、プロのシェフに向けて野菜を作る人がいた。「シェフズガーデンエコファームアサノ」の浅野悦男さん。20年以上前から少量多品種で西洋野菜を作り続けてきたカリスマ的存在の人である。エコファームアサノの門を叩いた貴士さんは、ここで1年半にわたり浅野さんに師事。だが、貴士さんが抱いていた疑問は徐々に大きくなっていった。</p>



<p>中野さんも浅野さんもプロのシェフにしか卸していないため、その野菜は一般の個人では手に入れることができなかった。「おいしい野菜って料理は簡単で済む。だからこそ一般家庭向けに相応しいんです。でも、どうして手の込んだ料理をするシェフにしか渡っていかないのかすごく疑問だったんですね。今思えば、師匠はシェフとの真剣勝負を楽しんでいるっていう側面もあったのかなと思いますが」。その疑問を浅野さんに直接ぶつけ続けた。</p>



<p>貴士さんがエコファームアサノに来て半年が経った頃、浅野さんは畑に線を引き、「こっから先は自由に使え」と宣言。「そこまで言うなら自分でやってみろ」と、貴士さんの想いに道を開いてくれたのだった。「ありがたいことに農業機械なども使わせていただきました」と今も感謝の念を抱く貴士さん。すぐにwebサイトを作り、エコファームアサノ内で野菜の個人宅配「キレド」を開業した。2011年のことだった。その後、千葉県で最大規模を誇るクラフトフェア「にわのわ アート＆クラフトフェア チバ」への出店をきっかけに千葉の顧客が増え、新たな土地を探し始めた貴士さん。2012年の終わりに地元、四街道で独立を果たしたのだった。</p>



<p>「キレド」は、太陽がのどかに照っている様子を指す「麗（うら）らか」と、拠り所（よりどころ）や手がかりという意味を持つ「寄処（よすが）」という言葉の「寄（き）」「麗（れ）」「処（ど）」を組み合わせた造語である。「この屋号は唯一、浅野さんから褒められたんですよ」と、貴士さんは恥ずかしそうに笑った。</p>



<h2 class="wp-block-heading">地域に野菜と畑の魅力を広げる</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/08/DSC6217.jpg" alt="" class="wp-image-53068" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/08/DSC6217.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/08/DSC6217-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/08/DSC6217-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>「僕は中野さんの畑で体験できましたけど、同じ品種の大根でも農家によって味に差があるなんていう風な発想をすることは、普通に暮らしてたらまずないですよね。これはすごくもったいないと思ってて。自分の好きな農家と付き合えることが、いい食生活につながるんじゃないかなっていうことを発信したいと考えているんです」。消費者にとってお気に入りの農家として選んでもらうために、キレドは「『おいしい』と『面白い』の二本柱」を大切にしている。ひとつがこれまで見てきた作物の「味」であり、そしてもう一つが「畑という場の魅力」である。</p>



<p>野菜の成長過程が展開されていく畑も視線を変えれば植物としての美しさに気が付くことができたり、公園のように遊んでみたり、ちょっとしたベンチとテーブルが置いてあれば立派な語らいの場にもなる。キレドではこうした畑の魅力を実際に体感してもらうべく、毎月畑ツアーを実施し、畑の脇にある古い家屋をリノベーションした「畑のレンタルスタジオ」で料理教室も行う。恵子さんのお手製ランチが味わえるベジタブルアトリエは、より日常的にキレドと関われる、畑のアンテナショップ的な役割を担っている。<br></p>



<p>「おいしさと面白さが伝わっていくことで、畑が住宅街に欠かせない場所になっていく。地域にとって価値あるものになれば、畑はなくならないと思うんですよね」と貴士さんは強調する。</p>



<h3 class="wp-block-heading">これからも食と畑を明るく照らし続けたい </h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/08/DSC6496.jpg" alt="" class="wp-image-53069" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/08/DSC6496.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/08/DSC6496-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/08/DSC6496-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>「僕らだけでやってたら100世帯ぐらいの食を満たすことぐらいしかできない。個人個人がやっていたのでは、なかなか大きな流れにはなっていかない」と課題意識を持ちつつも、決して後ろ向きではない貴士さん。まずは加工品の製造により力を入れていきつつ、さらには農泊体験ができるよう、畑の隣にある空き家を宿初施設にする構想を練る。</p>



<p><br>「おいしい」と「面白い」の輪を少しずつ広げていくキレド。その名に込めた想いの通り、さまざまな人たちにとっての麗らかな拠り所となってゆくであろうこれからが、いっそう楽しみでならない。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/53061/">野菜と畑の「おいしさと面白さ」を伝え続ける農家「kiredo」栗田貴士さん／千葉県四街道市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>赤土で育つ野菜の滋味。全国のシェフに愛される「NOTO高農園」／石川県七尾市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 27 Mar 2025 03:53:12 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[農業]]></category>
		<category><![CDATA[能登]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/03/takanouen012.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>石川県七尾市能登島（のとじま）で、野菜の有機栽培を行う「NOTO高農園（たかのうえん）」。農園を営む高利充（たか としみつ）さん、博子（ひろこ）さん夫妻は土作りに力を注ぎながら、レストランやホテル向けの野菜を専門に栽培し [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/03/takanouen012.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>石川県七尾市能登島（のとじま）で、野菜の有機栽培を行う「NOTO高農園（たかのうえん）」。農園を営む高利充（たか としみつ）さん、博子（ひろこ）さん夫妻は土作りに力を注ぎながら、レストランやホテル向けの野菜を専門に栽培している。能登島の赤土の力で育てる野菜は、濃い味わいと豊かな香りで星付き店のシェフたちを魅了する。</p>



<h2 class="wp-block-heading">世界農業遺産に認定された能登の暮らし</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/03/takanouen020.jpg" alt="" class="wp-image-52568" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/03/takanouen020.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/03/takanouen020-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/03/takanouen020-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>「能登はやさしや、土までも」。能登の人情深い土地柄を表す時に、よく使われるフレーズだ。</p>



<p>能登半島は三方を日本海に囲まれ、面積の大半を山地が占める。能登の自然は豊かな恵みをもたらすが、時折容赦（ようしゃ）のない荒々しさを見せる。人々は自然の豊かさ、厳しさと折り合いをつけながら、互いに寄り添って生きてきた。能登の「やさしさ」は、こうした環境のもとで培われたものだ。</p>



<p>厳しくも美しい自然と人々の営みが形作る「能登の里山里海」は、2011年、国連食糧農業機関によって日本初の「世界農業遺産」に認定された。四季折々の自然と対話しながら営む農業のあり方は、古くからの能登の暮らしそのもの。石川県七尾市の「NOTO高農園」も、能登の自然と共生する農業を実践してきた。</p>



<h3 class="wp-block-heading">能登島へ移住し、農業を始める</h3>



<p>能登半島の中ほど、東に向けてぽっかりと口を開ける七尾湾に小さな島が浮かんでいる。人口約2000人の能登島だ。起伏に富んだ島の西部、海を遠望する高台にNOTO高農園はある。</p>



<p>農園を営む高利充さん、博子さん夫妻が能登島にやって来たのは25年前のこと。福岡県で会社員として働いていたふたりは、利充さんの「農業をやりたい」という言葉をきっかけに就農を決めた。「ふたりとも食べることが大好きだったから」と博子さんは笑うが、ゼロからの新規就農、縁もゆかりもない土地への移住は、かなり思い切った決断だ。</p>



<p>どこで農業をやるか。候補地は全国にいくつかあったが、有機農業を行う知人の伝手（つて）を頼って能登島を訪れた時に「ここだ」と感じた。のびやかな山と海の眺め、ゆったりと流れる時間、美しい四季の移ろい、そして人のやさしさと温かさ。島の環境に一目ぼれしたという。</p>



<h3 class="wp-block-heading">能登島の野菜は、赤土でゆっくり育つ</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/03/takanouen062.jpg" alt="" class="wp-image-52569" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/03/takanouen062.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/03/takanouen062-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/03/takanouen062-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>能登島の土は赤い。鉄分を多く含む赤土はきめが細かく、保水力がある。野菜は赤土の中で時間をかけて根を伸ばし、ゆっくりと養分を吸収して育つため、凝縮した味わいになるという。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/03/takanouen011.jpg" alt="" class="wp-image-52570" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/03/takanouen011.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/03/takanouen011-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/03/takanouen011-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>NOTO高農園では農薬や化学肥料をほとんど使わない。土壌分析を行って草や緑肥を土にすき込み、貝化石やカキ殻など海のミネラル分を入れながら丁寧に土作りを行ってきた。</p>



<p>「動物性の堆肥が手に入りづらい場所だったこともありますが、なるべくこの土地にあるもので土作りをしようと思って」と利充さん。環境に寄り添い、人にも畑にも優しい農業を続けてきた結果、害虫や病気の発生も少なく、農薬が不要な環境になっているという。</p>



<h2 class="wp-block-heading">雪の下でじっと耐え、甘みを蓄える</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/03/takanouen017.jpg" alt="" class="wp-image-52571" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/03/takanouen017.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/03/takanouen017-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/03/takanouen017-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>真冬の農園を訪れると、畑は一面雪で覆われていた。雪の下には、秋に種をまいたカブや大根が植わっている。「土の中で凍らないように、野菜は自ら糖分を蓄えるんです」と博子さんが教えてくれた。能登島の厳しい寒さのもとで、冬野菜はぐっと甘みを増す。</p>



<h3 class="wp-block-heading">シェフたちの要望に応える「少量多品種栽培」</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/03/takanouen006.jpg" alt="" class="wp-image-52572" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/03/takanouen006.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/03/takanouen006-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/03/takanouen006-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>ハウスの中をのぞくと、香り豊かなハーブやみずみずしい葉物野菜、色とりどりのエディブルフラワーが所狭しと並び、まるで植物園のような賑わいだ。</p>



<p>現在、NOTO高農園で栽培する野菜は300種類以上。能登島の赤土で丹念に育てた野菜はプロの料理人の間で評判をよび、星付きレストランをはじめ全国100軒以上の飲食店やホテルなどから注文が入る。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/03/takanouen007.jpg" alt="" class="wp-image-52573" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/03/takanouen007.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/03/takanouen007-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/03/takanouen007-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>時にはシェフ自ら農園に足を運び、栽培のリクエストをすることも。「シェフのニーズに応えているうちに、どんどん種類が増えてしまって」と笑う利充さん。ふたりでレストランに出かけて野菜の使い方や見せ方などを学び、栽培に生かすことも多いという。</p>



<p>少量多品種栽培というスタイルは、「愛される野菜を作りたい」というふたりの情熱から生まれたものだ。</p>



<h2 class="wp-block-heading">地震と豪雨、2度の被災。復旧の遅れが大きな負担に</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/03/takanouen015.jpg" alt="" class="wp-image-52574" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/03/takanouen015.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/03/takanouen015-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/03/takanouen015-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>2024年1月1日に発生した能登半島地震は、能登島も大きく揺らした。島と半島を結ぶ2本の橋は通行止めとなり、島内の道路はあちこちで崩落。NOTO高農園でも納屋や作業所が損壊、ハウス内のコンテナはひっくり返り、畑には大きな地割れが発生した。</p>



<p>特に水の問題は切実で、灌漑（かんがい）設備が壊れて畑に水が届かなくなったため、畑に水をやることも、出荷前に野菜を洗うこともできなくなった。幸い、近隣の農家が地下水を提供してくれることになったため、タンクに水をくんでトラックで運ぶことになったが、毎日数往復の運搬や人力での水やりは大きな負担となっている。</p>



<p>地震から1年以上が過ぎた今も、状況はほとんど変わっていない。灌漑設備は地域の農家が共同で管理しているため、全員の合意がなければ復旧工事に着手すらできないという。後継者がいない高齢農家も多く、合意形成は簡単ではない。能登島の農業の未来を見据えて話し合いを重ね、ようやく合意の道筋が見えてきたばかりだ。&nbsp;</p>



<p>さらに人手不足による負担ものしかかる。NOTO高農園には9人のスタッフがいたが、家の損壊やインフラ復旧の遅れなどを理由に、5人が泣く泣く農園を離れて島外に引っ越していった。復旧の長期化は人を流出させ、事業の再建をはばむ原因となる。&nbsp;</p>



<p>さらに同年9月、農園は再び災害に見舞われた。後に激甚（げきじん）災害にも指定された能登半島豪雨だ。地震後に整地をした畑の一部が崩れ、芽を出したばかりのカブや大根が流されてしまった。</p>



<h3 class="wp-block-heading">取引先のシェフたちが前を向く力をくれた</h3>



<p>地震に豪雨と、たび重なる苦難にくじけそうになる利充さんと博子さんの支えとなったのは、取引のあるシェフたちの存在だ。地震後すぐに、あるシェフから「力になりたい。野菜を洗う水がないなら土付きのままで構わないから、今ある野菜を引き取らせてほしい」と連絡があった。「大丈夫、俺たちがついてるから」と畑にやって来て作業を手伝ってくれるシェフもいた。</p>



<p>豪雨災害の後、ふたりは野菜を待ってくれている人たちのために全力で畑を復旧し、祈るように種をまいた。無事に収穫できた野菜はいつもより小さなサイズだったが、取引先のシェフたちは「小さい野菜も使いやすいね」と喜んでくれたという。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/03/takanouen025.jpg" alt="" class="wp-image-52575" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/03/takanouen025.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/03/takanouen025-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/03/takanouen025-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>「たくさんの人とのつながりが、心の支えだったよね」と顔を見合わせてうなずくふたり。前を向く力をくれた人たちにおいしい野菜を届けることで、感謝を伝えたいと願う。</p>



<h2 class="wp-block-heading">NOTO高農園のこれから</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/03/takanouen001.jpg" alt="" class="wp-image-52576" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/03/takanouen001.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/03/takanouen001-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/03/takanouen001-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>能登島で農業を始めて25年。時間と手間と愛情をかけて土を作り、豊かに実る畑となった。今ふたりが目指しているのは、50年後、100年後もこの畑が続いていく環境づくりだ。「25年前に能登島の人たちが温かく受け入れてくれたように、後に続く人のためにこの赤土をつないでいきたい」。今、歩みを止めないことが、農園を支えてくれた人々と能登島への恩返しになると考えている。</p>



<p>能登島での農業を持続可能な形で次世代に渡すため、災害復旧がひと段落した後にやってみたいことがあるという。それは「人がつながる拠点」を作ることだ。シェフが滞在して野菜の味見をしたり、農業に関心を持つ人が作業体験をしたり。さまざまな人と人とがつながって、農業の可能性が広がっていく。そんな拠点となる農泊施設を整備したいという。利充さんと博子さんが描く未来には、温かな人のつながりと豊かな赤土がある。</p>



<p>「能登はやさしや、土までも」。</p>



<p>NOTO高農園で育つ野菜は、やさしく、滋味深く、力強い。その味わいは、能登の風土そのものだ。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/52567/">赤土で育つ野菜の滋味。全国のシェフに愛される「NOTO高農園」／石川県七尾市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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