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	<title>加工品 - NIHONMONO</title>
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	<description>「にほん」の「ほんもの」を巡る旅マガジン</description>
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		<title>やんばるの森が育む世界が認めた沖縄コーヒー「ADAファーム」／沖縄県国頭村</title>
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		<pubDate>Sun, 22 Mar 2026 04:44:21 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/ada-024.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>沖縄の自然豊かな土壌と植物としてのコーヒーとの出会い、そしてコーヒーを愛する仲間とのご縁。10年以上の歳月をかけて丁寧に育まれ、情熱あふれる物語が詰まった特別なコーヒー豆を作るADAファーム。沖縄らしい風味豊かなコーヒー [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/ada-024.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>沖縄の自然豊かな土壌と植物としてのコーヒーとの出会い、そしてコーヒーを愛する仲間とのご縁。10年以上の歳月をかけて丁寧に育まれ、情熱あふれる物語が詰まった特別なコーヒー豆を作るADAファーム。沖縄らしい風味豊かなコーヒーは世界中の焙煎士やコレクターから熱い視線を注がれる稀少な存在となっている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">豊かな森が育てる日本初のスペシャルティコーヒー</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/ada-006.jpg" alt="" class="wp-image-54181" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/ada-006.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/ada-006-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/ada-006-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>沖縄県北部、やんばるの森に位置する「ADAファーム」は、日本で初めて、スペシャルティコーヒーの認定を受けた農園だ。この称号は、カッピング（試飲審査）による100点満点の評価で80点以上という、極めて高いスコアを獲得した豆だけに与えられる。審査では「きれいな味わい（クリーンカップ）」や「際立つ酸味の質」「甘さ」など、10項目にわたる厳格な基準で品質がチェックされる。</p>



<p>栽培に最適とは言い難い環境にありながら、味と香りのポテンシャルが世界基準に達したことは、代表・徳田泰二郎さんの飽くなき情熱の結晶だ。その快挙は、今や沖縄コーヒー界全体の大きな希望となっている。</p>



<p>「徳田さんは常に進化されている。世界で認められてもなお挑戦をされていて、それが豆のクオリティに出ている。」そう話すのは、2017年に行われた「ジャパン コーヒー ロースティング チャンピオンシップ」（JCRC）で優勝、その後2019年イタリアで行われたWCRC（ワールドコーヒーロースティングチャンピオンシップ）に日本代表として出場し、初出場にして世界第2位に輝いた仲村良行さん。沖縄県沖縄市にある「豆ポレポレ」を営み、ADAファームの豆を愛する日本を代表する焙煎士のひとりだ。</p>



<p>徳田さんは沖縄でコーヒー栽培を始めた理由を「まずはここに素晴らしい農地、そして豊かな土があった。そして、植物としてのコーヒーに出会えた。さらに、沖縄のコーヒーを愛する仲間たちとの出会いもあった。それがすべてご縁で、気づいたらここまで来ていた」と語る。</p>



<h3 class="wp-block-heading">沖縄の土と、コーヒーと共に</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/ada-030.jpg" alt="" class="wp-image-54182" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/ada-030.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/ada-030-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/ada-030-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>コーヒー栽培の適地は、赤道を中心に南北回帰線の間に広がる「コーヒーベルト」と呼ばれる熱帯地域だ。代表的な産地にはブラジルやエチオピア、インドネシアなどが挙げられるが、沖縄はその北限ギリギリの外側に位置する。台風や冬の低温、酸性の土壌など、コーヒーにとっては決して「快適」な環境ではない。</p>



<p>しかし徳田さんは、土壌改良で環境を無理に変えるのではなく、山がもたらす恵みやサイクルをそのまま活かす農法を選んだ。具体的には、周囲の原生林を残し、自然の森のサイクルを壊さずに、その中で作物を育てる画期的な農法だ。<br><br>その年の気候は、豆の個性にダイレクトに刻まれる。例えば、夏場に雨が多ければ健康的な果実がしっかりと育ち、逆に、乾燥や寒暖差が激しい年は、生命力が凝縮される。</p>



<p>徳田さんは「その年の沖縄がどんな年だったかは、豆が語ってくれる」と話す。ADAファームのコーヒーを飲むことは、その年の沖縄の雨音や陽光を追体験することと同義だ。それは単なる飲み物ではなく、沖縄の自然の「記録」が詰まった唯一無二の一杯なのである。</p>



<h2 class="wp-block-heading">熟成を待ち、１粒１粒丁寧に手摘み</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/ada-032.jpg" alt="" class="wp-image-54183" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/ada-032.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/ada-032-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/ada-032-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>ADAファームのコーヒーの開花期は通常4〜7月。開花から7〜8か月かけて果実は成長・完熟となり、12月から4月までが収穫期となる。コーヒーの花は開花の期間が長いので、その分収穫の幅もあるが、本来コーヒーは雨季や乾季などメリハリがある気候の方が開花しやすい。しかし、沖縄の場合は気候が安定しないことが多く、コーヒーが開花のきっかけを掴めないこともあり、収穫の期間がより長くなる。果肉の成長だけでなく、種も成長していなければならないコーヒー豆は、種の様子を伺いながら一番いい状態を見極めていく。収穫前の気候や、コーヒーの木の個体差により、完熟した時の果実の表情や状態が変わっていくのだそうだ。収穫の際には、自分たちの目で熟度を確かめ、感触を確かめ、味わい、手摘みしていく。この丁寧さが、ADAファームの品質に繋がっている。</p>



<p>「特別なことはしていない」と徳田さんは語るが、1粒1粒のコーヒーの実に細かな手間をかけ育て上げている。</p>



<p>精製とは、収穫した実から種子（コーヒー豆）を取り出し、乾燥させる工程を指す。最高の状態で収穫されたコーヒー豆を、その豆の個性を見極め、皮を剥き、乾燥し、発酵させていく。ADAファームの精製は、常に同じではない。</p>



<p>「収穫までは同じ豆。しかし精製によって、驚くほど多様な表情を引き出せます。だからこそ、豆のポテンシャルを最大限に広げた状態で焙煎士へ託したいんです」と徳田さんは語る。目指しているのは、農園主として豆の個性を決めつけるのではなく、精製という『味の翻訳』を通じて、その豆が持つ可能性の選択肢を広げることだ。</p>



<p>また、栽培している品種にも個性がある。赤い実をつける「ニューワールド1号」は華やかな香りと明るく良質な酸味が特徴だ。一方、黄色い実の「ニューワールド2号」は、どっしりとした甘みの強さと、香ばしさとコクが際立つ。</p>



<p>数十年前に先駆者が沖縄に持ち込んだこれらの苗を、徳田さんたちは世界に認められる品質へと磨き上げた。今後は仲間と共に新種開発にも挑むという。自然に無理をさせず、土と対話しながら一粒一粒に情熱を宿す。その一杯を口にしたとき、きっと香ばしい香りとともに、生命力あふれるやんばるの森の風景が目の前に広がっていくはずだ。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/54176/">やんばるの森が育む世界が認めた沖縄コーヒー「ADAファーム」／沖縄県国頭村</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>目標は、名実ともに“世界一”の蜂蜜酒･ミードを作ること「EIGHT CROWNS」代表 Maynard Plant（メイナード･プラン）さん／宮城県富谷市</title>
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		<pubDate>Sun, 08 Mar 2026 08:42:59 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/eight-crowns_A_4625.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>日本屈指のロックバンドとして、ミュージックシーンで輝き続けるMONKEY MAJIK。そのボーカル＆ギターのMaynard PlantさんとドラムのTAXさんが取り組んでいるのが、養蜂だ。ふたりが20年以上も暮らす宮城県 [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/eight-crowns_A_4625.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>日本屈指のロックバンドとして、ミュージックシーンで輝き続けるMONKEY MAJIK。そのボーカル＆ギターのMaynard PlantさんとドラムのTAXさんが取り組んでいるのが、養蜂だ。ふたりが20年以上も暮らす宮城県富谷市で採蜜し、市の中心部にある観光交流ステーション「とみやど」の中で「EIGHT CROWNS」という店舗で生はちみつを販売している。ミュージシャンであるふたりが、養蜂家となったその理由とは……？</p>



<h2 class="wp-block-heading">少年時代の記憶から辿り着いた、富谷での養蜂</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/eight-crowns_A_4022.jpg" alt="" class="wp-image-54135" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/eight-crowns_A_4022.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/eight-crowns_A_4022-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/eight-crowns_A_4022-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>宮城県富谷市は、かつて宿場町として栄えた、仙台市北部に隣接する人口5万人超の町。近年は「子育て世代に優しい町」として若い世帯の流入で話題となっている。そんな富谷市で20年以上も暮らしているのが、MONKEY MAJIKのMaynard PlantさんとドラムのTAXこと菊池拓哉さん。</p>



<p>このふたりが、はちみつの会社「EIGHT CROWNS」を立ち上げたのは、2018年のことだった。</p>



<h3 class="wp-block-heading">カナダで出会った養蜂の世界</h3>



<p>その背景にあるのが、カナダ出身のMaynardさんの少年時代にある。Maynardさんが10代のころ、養蜂家だった伯父さんを手伝うことがあった。ミツバチ何万匹もの小さな命を育て、その受粉によって農作物が実り、人々はその恵みを口にする。自然の循環と、生き物それぞれの役割を、体感として学んだ時間だったという。その記憶が「いつか自分もやってみたい」という思いとして、心に残り続けていた。</p>



<h3 class="wp-block-heading">富谷市での出会いが“点と点”をつなぐ</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/eight-crowns_A_4536.jpg" alt="" class="wp-image-54136" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/eight-crowns_A_4536.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/eight-crowns_A_4536-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/eight-crowns_A_4536-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>そんな中、NHKのローカル番組でナビゲーターを務めていたMaynardさんは、富谷市長の若生 裕俊氏と出会うこととなる。若生氏は、ビルの屋上で行う「都会式養蜂」に関心を寄せ、富谷市役所の屋上で養蜂を行っていた。そこに運命的なものを感じたMaynardさんは「富谷は養蜂を推進している町なんだから、自分もやってみよう！」とTAXさんと養蜂を始めることにした。</p>



<h2 class="wp-block-heading">始まりは“8つのミツバチの巣箱”</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/eight-crowns_B_2624.jpg" alt="" class="wp-image-54141" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/eight-crowns_B_2624.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/eight-crowns_B_2624-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/eight-crowns_B_2624-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>宮城県中部に位置する「七つ森」という緑豊かな場所に、7つの西洋ミツバチの巣箱、そして1つの日本ミツバチの巣箱、全部で8つの巣箱を置いたことからスタートを切った。会社名のEIGHT CROWNSのEIGHTはここからくる。そしてCROWNS＝冠は、女王蜂をリスペクトする単語をつけたかったからだ、とMaynardさんは話し、「後で考えたら、EIGHTって日本語で数字の8（ハチ）だから、ちょうどよかった」と笑う。</p>



<h3 class="wp-block-heading">テロワールを生かした採蜜で独自性のあるはちみつづくり</h3>



<p>花を求めて蜂の巣箱を移動させる移動養蜂ではなく、自分たちのテロワールで採蜜したいと考えていたMaynardさんとTAXさんは、蜜源としてハゼリソウの木を植えた。ハゼリソウは、青紫色の花が特徴的でミツバチにとって最高峰の蜜源植物ということで知られている。その蜜を集めることで黄金色のフルーティーなはちみつができる。あっさりとした甘味が特徴で、紅茶やヨーグルト、チーズなどにもよく合う。採蜜量は決して多くないが、クオリティのみがこだわりだ。</p>



<p>採蜜場所を増やすことはあるとしても、巣箱を持って移動することは考えていないという。年ごとの気候や自然環境によって、はちみつの風味は微妙に変化する。その違いこそが、この土地ならではのテロワールであり、異なる味わいを楽しめることに価値を感じているからだ。　</p>



<h3 class="wp-block-heading">富谷だから生まれる“WILD FLOWER”という味わい</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/eight-crowns_B_3261.jpg" alt="" class="wp-image-54137" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/eight-crowns_B_3261.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/eight-crowns_B_3261-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/eight-crowns_B_3261-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>富谷という場所柄、ミツバチが一種類の花の蜜から集めた単花蜜を採取するのは難しく、山桜、アカシア、藤などから採蜜し、それを「WILD FLOWER」としてパッケージ。一方、単花蜜のはちみつは、彼らと同じような規模でこだわりを持っている各地の養蜂家から仕入れ、販売を行っている。</p>



<p>その単花蜜（アカシア）を使い、同社が製造に注力しているのがハバネロやレモン、サフランなどをはちみつに漬け込んだインフューズドハニー（Infused Honey）。幅広い料理に使えるほか、代謝促進や免疫力向上といった健康効果も期待できるとして、近年、海外で注目を集めているのだそう。</p>



<h2 class="wp-block-heading">蜂蜜酒･ミードで富谷から世界へ挑む</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/eight-crowns_B_3227.jpg" alt="" class="wp-image-54138" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/eight-crowns_B_3227.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/eight-crowns_B_3227-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/eight-crowns_B_3227-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>さらに、彼らはWILD FLOWERから「ミード」を醸造。ミードとは、はちみつと水と酵母菌を発酵させてできあがる醸造酒で、神話にも出てくる世界最古の酒といわれている。</p>



<h3 class="wp-block-heading">東北の酒蔵とともにミードを開発</h3>



<p>ミード醸造のきっかけは、MONKEY MAJIKのカナダツアーの際、飛行機の機内誌がミードを特集していたのを見たTAXさんが「ぜひやってみたい」と持ち掛けたことにある。帰国後、MaynardさんとTAXさんは世界中のミードを飲み、同じ東北の日本酒造会社に醸造を依頼することにした。国内でミードを醸造しているのは20〜30社ほどに限られ、東北地方ではこの会社のみ。ミードを造れる環境そのものの希少性にあった。日本酒造りで培った発酵技術を生かし、はちみつ本来の香りや風味を損なわずに仕上げているのが特徴だ。甘口からドライタイプまで表現の幅も広く、実際に口にしたMaynardさんとTAXさんが「おいしい」と感じたことが、醸造を託す決め手となった。</p>



<h3 class="wp-block-heading">日本酒酵母×生はちみつが生む、ドライでフルーティーな一杯</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/eight-crowns_B_3204.jpg" alt="" class="wp-image-54140" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/eight-crowns_B_3204.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/eight-crowns_B_3204-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/eight-crowns_B_3204-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>EIGHT CROWNSのミードの原料には日本酒の酵母を使う。加水した生はちみつに日本酒酵母を合わせることで、少し酸味のあるドライな仕上がりになった。峰の雪酒造の社長がいろいろと試した結果、この酵母にいきついたそうで、まるでマスカットのようなフルーティーで飲みやすいミードに仕上がった。</p>



<p>Maynardさんは、自分のミードに「こんなにおいしいものができるなんて！すごく満足している」と笑う。ブドウによってワインの味が変わるように、ミードもはちみつによって味が左右される。EIGHT CROWNS の作る極上のはちみつが、極上のミードになるのは、言わずもがななのだ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">世界的な評価を獲得</h3>



<p>EIGHT CROWNSのミードは、 「WILDFLOWER TRADITIONAL MEAD」と名付けられ、2023年にアメリカの世界的酒品評会「BTI･ World Mead Challenge」で金賞を受賞した。酸味と甘味のバランスも絶妙で、日本酒のようなクリアな味わいも感じることができる。Maynardさんは当初、ミードの醸造にあまり乗り気ではなかったが、「様々な料理と相性抜群。ミツバチが集めた自然の恵みをそのままの状態で食卓へ届けたい」との思いから、追求を重ねたことが実を結んだ。</p>



<h2 class="wp-block-heading">目指すのは“世界一のミード”と、世界の養蜂家をつなぐ未来</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/eight-crowns_B_3290.jpg" alt="" class="wp-image-54139" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/eight-crowns_B_3290.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/eight-crowns_B_3290-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/eight-crowns_B_3290-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>Maynardさんに将来の夢を聞くと、「まずは自分のミーダリー（ミードを造る場所）を作ること」とし、さらに今でも評価の高い彼らのミードを超えた“世界一”のミードを作ること、そしてミードで地域を盛り上げていきたいと話してくれた。</p>



<p>また、養蜂家としては、日本だけでなく世界中の養蜂家とつながることのできる“ハブ”のような存在になることだ、と笑顔を見せてくれた。</p>



<p>EIGHT CROWNのはちみつは、加熱や過度な濾過を行わず、天然のビタミンやミネラル、酵素を多く含んでいる。ミツバチが花から集めてきた蜜の風味や栄養をできるだけ損なわずに届けたいからだ。それは富谷のテロワールを表現することにもつながる。</p>



<p>自然豊かな宮城県の小さなまちで生まれ、世界からも評価されるはちみつとミードは、日常に豊かさと元気を運んでくれるはず。富谷から生まれる“最高のはちみつとミード”を、ぜひ五感で味わってほしい。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/54130/">目標は、名実ともに“世界一”の蜂蜜酒･ミードを作ること「EIGHT CROWNS」代表 Maynard Plant（メイナード･プラン）さん／宮城県富谷市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>山あいの小さな茶産地が守り続ける、香り高い新宮茶。「脇製茶場」／愛媛県四国中央市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 02 Feb 2026 12:09:44 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
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		<category><![CDATA[日本茶]]></category>
		<category><![CDATA[茶農家]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/waki009.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>愛媛県･四国中央市の山あい、新宮町で作られる「新宮茶」は、「やぶきた」品種のもつ香りの良さを引き出し、飲み疲れしないすっきりした味わいで知られる。脇製茶場の3代目･脇斗志也と、4代目･脇純樹さんが考える、地域と歴史が育ん [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/waki009.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>愛媛県･四国中央市の山あい、新宮町で作られる「新宮茶」は、「やぶきた」品種のもつ香りの良さを引き出し、飲み疲れしないすっきりした味わいで知られる。脇製茶場の3代目･脇斗志也と、4代目･脇純樹さんが考える、地域と歴史が育んできた新宮茶の魅力とは。</p>



<h2 class="wp-block-heading">自生の地から茶の産地へ</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/waki024.jpg" alt="" class="wp-image-54018" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/waki024.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/waki024-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/waki024-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>新宮町は、古くから土地（山）に根づいた在来種の茶の木「ヤマチャ」の自生地として知られる町。江戸時代には参勤交代の要路･土佐街道が通り、往来の旅人たちが茶を一服し、ひと息つく場として親しまれてきた茶の産地だ。しかし本格的な茶の生産としての「新宮茶」の歩みが始まったのは昭和期に入ってから。「新宮茶」の創始者、脇久五郎氏は当時この地で盛んだった上質な葉たばこの生産農家の一人であったが、戦後の農業再編の中で新たな作物の導入が求められ、自生するヤマチャとは異なる「やぶきた」での栽培茶の本格的な生産に着手する。これが新宮茶の礎となっている。</p>



<h3 class="wp-block-heading">ヤブキタ種を新宮の個性で育てる</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/waki003-1.jpg" alt="" class="wp-image-54010" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/waki003-1.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/waki003-1-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/waki003-1-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>昭和29年、創始者の脇久五郎氏は、静岡県で選抜されたばかりの、やぶきた種をいち早く導入。「祖父はとにかく研究熱心だったんですよ」と語るのは、孫にあたる現社長･3代目の脇斗志也さん。当時は難しいとされていた挿木による苗づくりも、ほかの地域に先んじて成功を収めており、葉たばこからヤブキタ種の茶づくりへと転換して間もない頃から、新宮茶の香りの良さはすでに全国でもトップクラスと定評があったという。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/waki023.jpg" alt="" class="wp-image-54011" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/waki023.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/waki023-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/waki023-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>これは、新宮の風土が茶の栽培に非常に適していたことを物語っている。標高が高く昼夜の寒暖差が大きいことに加え、霧が発生しやすい気候は、茶葉が強い日差しを避けながらゆっくりと育つのに理想的で旨味を引き出す条件がそろっていた。また、ミネラル分を豊富に含む緑泥片岩（りょくでいへいがん）が混じる土壌は、茶の木の生育を後押ししている。さらに塩塚高原をはじめとする周辺地域では、肥料として活用できる茅（かや）が多く採れ、それを敷き込んだ土づくりも、香味や品質を高める一因となった。こうして「やぶきた」による茶づくりは地域に広まり、昭和45年には栽培面積45ヘクタールにおよぶ茶園を有する産地となる。</p>



<h2 class="wp-block-heading"><strong>小さな茶産地だからできる茶作り</strong></h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/waki018.jpg" alt="" class="wp-image-54012" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/waki018.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/waki018-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/waki018-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>新宮町には小規模なお茶農家が数多く点在している。脇製茶場では、そうした農家が摘んだ茶葉を自社で加工･焙煎･パッキングまで一貫して行う。いわば「村の加工場」として機能しており、生産者と二人三脚で産地を支えるスタイルを築いている。</p>



<p>また、かつては化学肥料や農薬を用いた一般的な栽培方法で作られていた新宮茶は昭和50年代後半に、無農薬栽培への転換がはじまる。新宮町は冬の寒さが厳しく、越冬する害虫が少ない。さらに周辺に生息するクモやハチによる「天敵利用」で農薬に頼らない栽培を行っている。園地が広大だと天敵の管理が行き届かず、農薬使用の調整も複雑になる。その点、新宮のような小規模な産地では茶園の状態に応じた対応がしやすく、農家間の連携も取りやすい。村全体で無農薬栽培に取り組んできた経験と技術が、現在の栽培に活かされている。</p>



<h2 class="wp-block-heading"><strong>香りを受け継ぎ、進化する茶づくり</strong></h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/waki037.jpg" alt="" class="wp-image-54013" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/waki037.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/waki037-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/waki037-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>新宮茶はどんなお茶なのか。「やぶきた」といえば、日本で最も多く栽培されている品種であり、すっきりとした飲み口と香りのよさで親しまれている。その中でも「新宮茶」は、独特な香りの強さと澄んだ味わいが特徴で、強い渋みが出にくく穏やかに旨味が広がるため「飲み疲れしないお茶」という表現がピッタリ当てはまる。山草を使った有機的な肥料で育ち、栽培当初から大切にされてきた「香りを活かす」という想いは今もなお受け継がれている。</p>



<h3 class="wp-block-heading">「やぶきた」で紅茶、4代目の挑戦</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/waki004-1.jpg" alt="" class="wp-image-54014" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/waki004-1.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/waki004-1-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/waki004-1-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>息子である4代目の脇純樹さんは、日本各地の茶産地を訪ねて学び、新宮に合う技術を吸収してきた。日本茶インストラクターや手もみ茶振興会教師補の資格も取得している。品種が増え、趣向に合わせたお茶の加工技術が上がっている現在のお茶業界で、新宮茶を全国に誇れる存在に育てようと取り組んでいる。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/waki002.jpg" alt="" class="wp-image-54015" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/waki002.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/waki002-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/waki002-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>従来、「やぶきた」は紅茶や烏龍茶には不向きとされてきた。しかし、新宮茶が持つクリアな味と香りの強さが、意外にも紅茶と好相性で、やさしい甘みをたたえた和紅茶として新たな魅力を放っている。「紅茶用の品種が増えるなか、あえて”やぶきた”でも可能性を広げていきたい」と純樹さん。実際、現在もっとも売れているのはこの紅茶で、脇製茶場の新たな柱として注目されている。さらに、焙じ茶や烏龍茶に加え、柑橘･生姜･ハーブを使ったフレーバーティーでも、新宮茶の新しい展開が進んでいる。</p>



<h2 class="wp-block-heading">地域で普及していく新宮茶</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/waki032.jpg" alt="" class="wp-image-54016" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/waki032.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/waki032-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/waki032-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>新宮町では村全体で産地を支えながら、新宮茶を通じて地域に寄り添う取り組みが続けられている。脇製茶場で仕上げられたお茶は、「霧の森大福」で全国的にも知られる「道の駅 霧の森」でも提供されており、同施設には手もみ茶を実際に体験できる茶道場や、新宮茶の歴史と魅力を学べるミュージアムも併設。また、日本茶インストラクターによる飲み比べ体験などを通じて、訪れた人が新宮茶を五感で楽しめる場になっている。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/waki008.jpg" alt="" class="wp-image-54017" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/waki008.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/waki008-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/waki008-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>「本当においしいお茶を飲んだことがない人は多い。だからこそ、まずは一度飲んでもらいたい」と語る純樹さん。自身も日本茶インストラクターとして活動しながら、「おいしいお茶とは何か」を体験として伝える機会づくりに力を注いでいる。丁寧に育まれてきた昔ながらの茶づくりと、小さな産地ならではの密なつながり。その両方を大切にしながら、新宮茶は今、地域とともに新たな可能性を広げている。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/54002/">山あいの小さな茶産地が守り続ける、香り高い新宮茶。「脇製茶場」／愛媛県四国中央市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>清里の地だからできたこと「有限会社農業法人清里ジャム」／山梨県北杜市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 02 Feb 2026 10:38:45 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[ジャム]]></category>
		<category><![CDATA[白桃のジャム]]></category>
		<category><![CDATA[コーディアル]]></category>
		<category><![CDATA[農業]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/export1.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>ペンション経営の為に移住してきたところから始まった清里ジャムは、独自の製法にこだわるジャムやコーディアルなど多くの人に受け入れられる商品を生み出した。これまで多くの開拓者を受け入れてきた歴史を持つ「清里ならではの風土があ [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/export1.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>ペンション経営の為に移住してきたところから始まった清里ジャムは、独自の製法にこだわるジャムやコーディアルなど多くの人に受け入れられる商品を生み出した。これまで多くの開拓者を受け入れてきた歴史を持つ「清里ならではの風土があったからできたこと」と語る社長・佐野間 芳樹（さのま よしき）さんの商品開発を続ける原動力とは。</p>



<h2 class="wp-block-heading">ペンション経営から始まったジャム作り</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/export3.jpg" alt="" class="wp-image-53932" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/export3.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/export3-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/export3-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>八ヶ岳南麓の山梨県北杜市清里地域、萌木（もえぎ）の村の一角にある「有限会社農業法人清里ジャム」。ここには「フルーツをそのまま食べているみたい」という感想が寄せられる程みずみずしい果実を味わえるジャムがある。</p>



<p>「余計なことをせず、素材の味を生かす」そう話すのは有限会社農業法人清里ジャムの代表取締役社長・佐野間芳樹（さのまよしき）さん。</p>



<p>製造の効率ではなく「誠実さ」を大切にすることをモットーにジャム作りを続けている。佐野間さんが「清里ジャム」の工房を立ち上げたのは2003年。30代前半でこの地へ移住し立ち上げたペンション事業の食材作りを始めたことがきっかけだった。</p>



<h3 class="wp-block-heading">清里で第二の人生を</h3>



<p>群馬県に生まれ、大学進学の際に上京し、後にファッション業界を志して専門学校へ進学した佐野間さん。卒業後は某有名ファッションデザイナーの下でデザイン業務を行っていた。やりがいのある仕事だったが、常にトレンドを追いかける目まぐるしい日々に次第に行き詰まっていったという。</p>



<p>故郷のような自然の中で仕事をしたいと思い、当時ブームだったペンション経営の道に進むことを決意。八ヶ岳周辺で物件を探しているところで清里と出会い、この土地でペンション事業を行っていく事を決心した。</p>



<h3 class="wp-block-heading">農業への興味</h3>



<p>ペンションで提供する料理に必要な食材が上手く手に入らなかったことから、まずは自身で農業を始めたと当時を振り返る佐野間さん。</p>



<p>初めはハーブや野菜などの食材を作っていたが、次第に農業へのめり込むようになっていく。「仕方がないので食材を自分で作ってしまおうと始めた農業でしたが、結構うまく行ったんですよね。元々興味もあったので、勉強しながら作る物も広げていきました」。清里の土地に合う農作物を探し試行錯誤を重ねた結果、辿り着いたのがブルーベリーだった。</p>



<p>観光農園として本格的に栽培をスタートし、収穫したもので作った自家製のブルーベリージャムをペンションの食事で提供してみると、利用客から好評の声が多く寄せられるように。近隣のホテルなどからも仕入れの要望が舞い込むようになったこともあり、いよいよ本格的に製品化へ踏み切ることとなる。<br></p>



<h3 class="wp-block-heading">清里の受け入れる風土と拡大するジャム事業</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/export4.jpg" alt="" class="wp-image-53933" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/export4.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/export4-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/export4-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>宿泊業に並ぶ柱として、加工品の市場へ事業を開拓しはじめた佐野間さん。さらにその背中を押すこととなった転機が訪れたのが2003年、当時の高根町町長の発想で始まった萌木の村内施設建設の話を持ちかけられたことだった。</p>



<p>「当時の町長が非常に意欲的で聡明な人でした。元々地域の特性として酪農やその生産物であるミルクなどに力を入れていましたが、それ以外の特産品作りや農業へ尽力してくれたんです」</p>



<p>牛乳以外の特産品を作る。佐野間さんはそのミッションを果たすべく、町長直々に推薦を受けてジャム作り事業としてエントリー。その結果見事採用され、ペンションで消費する分だけの小規模だったジャム作り事業を拡大することになり、「有限会社農業法人清里ジャム」を設立。いよいよ地元山梨の果物を使った「清里ジャム」のブランドが生まれた。これら一連の経緯を「清里だからできたこと」と語る佐野間さん。「清里は開拓者の町なので、外部からの人を受け入れる風土がありました」。事実、1938年の奥多摩湖のダム建設により沈むこととなった村の住民たちが清里地区に移住し、新たな開拓を始めたという歴史がある。厳しい寒さと飢えに耐えながら痩せた荒地を開墾するという過酷な作業に取り組み、地域を発展させてきた清里には、佐野間さんのいう「受け入れる風土」があるのだろう。移住者にも分け隔てない風土があったからこそ、こうした新しいムーブメントが起きたのだ。</p>



<p>農業体験と宿泊を掛け合わせた「農泊連携」にもいち早く取り組んでいた当時の高根町では、町長が青年塾という団体を作り、毎年ヨーロッパ諸国への視察を実施。農業を観光に繋げ「アグリツーリズム」や、野菜・果物の現場を学んでいたという。「非常に有意義な体験だった」青年塾の一員だった佐野間さんはそう当時を振り返る。この視察で刺激を受けた佐野間さんはペンションでも摘み取り体験やジャム作り体験などの宿泊と畑をセットにした施策を打ち出していく。</p>



<h2 class="wp-block-heading">魔法のかかった「清里ジャム」</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/export7.jpg" alt="" class="wp-image-53934" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/export7.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/export7-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/export7-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>「清里ジャム」の商品の中で最も人気なのが白桃のジャム。「多くの場合、一番人気といえばいちごジャムですが、うちは白桃が一番売れるんです」。その理由のひとつは、旬の時期にだけ製造・販売することで、素材本来の瑞々しい美味しさを届ける事が出来ているからだという。もちろん白桃以外のラインナップも旬のシーズン内で完売してしまう程の人気ぶりで、一つひとつ丁寧に選別した材料で作られたジャムの種類は25種類に及ぶ。</p>



<p>大きめにカットされた果物のごろっとした食感が魅力の「清里ジャム」だが、「果物の下処理に半日かかってしまって、効率が悪いんです」と苦笑いする。通常のジャム作りであれば１日に３回転製造ができるところを、ここでは１回転しか行う事ができないそうだ。具体的な1日の工程として、まず自分の目で確かめた素材の下処理を午前中に済ませる事から始まる。佐野間さんが作るジャムの糖度は37度と市販のものよりやや低い。その分酸味や香り、味の奥行きとなるえぐみが感じられ、ただ甘いだけではない素材の味を感じる仕上がりとなる。</p>



<p>ジャムの粘り気を出すための添加剤であるペクチンや香料を使わずに時間をかけて水分を飛ばす、独自の「真空低温濃縮」という製法を用い煮詰めていく。これにより、素材の風味がより濃縮され、出来上がったジャムがフルーティーで「果物そのもの」の味に仕上がるのだという。</p>



<p>この一連の工程を佐野間さんは「魔法をかける」と表現した。瓶詰めされた美味しそうなジャムの中には、試行錯誤し続けてたどり着いた「魔法」がぎっしりと詰まっているのだ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">ここにしかない、「日本のコーディアル」 </h3>



<p>ペンション事業から始まったジャム作り。今までは主に小売店やホテルの売店などへの卸売りが多かったが、ここ数年はホテルで提供する朝食用のジャムや、ギフト用のジャムといった商品開発の依頼が増えてきたそうだ。「好反響のおかげで、認知度が少しずつ増えていっている実感はあります」と佐野間さんは胸を張って答える。</p>



<p>これを受け盛況であったペンション事業をたたみ、現在はジャム事業に専念している。その中で新たに「コーディアル」という商品が開発された。</p>



<p>コーディアルは日本人にあまり馴染みのない商品だが、イギリス発祥の希釈して使うフレーバーシロップの事だ。炭酸水で割ってノンアルコールドリンクにしたり、紅茶やヨーグルトに混ぜてその香りや甘さを楽しんだりと多彩な使い方で味わうことができる。現在日本で流通している物は輸入品が大半を占め、日本国内で作っているところはほとんど無いのだという。</p>



<p>「勿論一番の売れ筋商品はジャムですが、ジャムを作ること、果物を加工する事の延長線上には色んなものがあります。コーディアルもそのひとつで、加工をするのが好きで色々と商品開発を進めています」</p>



<p>「日本のコーディアル」として、開発以降多くの反響を呼ぶ人気商品へと成長した。</p>



<h2 class="wp-block-heading">これからの「清里ジャム」</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/export10.jpg" alt="" class="wp-image-53935" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/export10.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/export10-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/export10-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>現在有限会社農業法人清里ジャムの悩みは人手不足。佐野間さん自身も高齢となり、次の担い手がなかなか集まらないという状況がある。また果物の仕入れ先である農家も、後継ぎがおらずに閉業してしまう所も少なくない。地球温暖化が原因で不作に陥ってしまったりと、継続して同じものを仕入れられないのではないかという不安もあるそうだ。しかしそんな厳しい状況にあっても、佐野間さんにジャム作りを辞めるという選択肢は無い。</p>



<p>「それでもまだやりたい事の発想が出るんです。それは『あなたはまだ世の中の為に活動しなさい』と言われてるって事だと思います。だから動けるうちは色んな事にチャレンジしていきたいです。ジャムと良く合うパンを作るのが当面の課題ですね」</p>



<p>ジャムやコーディアル、パンと様々な商品を展開する「清里ジャム」。その根底には良いものを作ろう、山梨の農業や観光、ひいては世の中の役に立つことをやりたいという思いがある。試行錯誤し、独自製法を編み出しながら誠実に作られた商品はこれからも佐野間さんの歩みと共に、世の中に受け入れられ続けるだろう。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/53926/">清里の地だからできたこと「有限会社農業法人清里ジャム」／山梨県北杜市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>オーガニックドライフルーツに込めた生きる力への想い「AMBESSA &#038; CO」君島悠矢さん／千葉県南房総市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 25 Jul 2025 09:37:08 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[Organic Grocery Abyssinia]]></category>
		<category><![CDATA[オーガニックドライフルーツ]]></category>
		<category><![CDATA[ラスタファリズム]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/AMBESSA_DSC4657.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>オーガニックドライフルーツの輸入販売事業「AMBESSA」を運営しつつ、自然栽培で自らの食糧を自給し、太陽光でエネルギーをまかない、店舗もセルフビルド。世界を巡る旅で触れた「生きる力」を南房総で身に付け続ける君島さんは、 [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/AMBESSA_DSC4657.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>オーガニックドライフルーツの輸入販売事業「AMBESSA」を運営しつつ、自然栽培で自らの食糧を自給し、太陽光でエネルギーをまかない、店舗もセルフビルド。世界を巡る旅で触れた「生きる力」を南房総で身に付け続ける君島さんは、これからの暮らし方、仕事のあり方を静かに問いかけている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">南房総のAMBESSA直営グロサリー「Abyssinia」へ </h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/AMBESSA_DSC4679.jpg" alt="" class="wp-image-53035" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/AMBESSA_DSC4679.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/AMBESSA_DSC4679-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/AMBESSA_DSC4679-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>房総半島南部は柑橘類や花卉などの栽培が盛んな、千葉県の中でも特に温暖な地域。その南房総の太平洋に面した地域で君島さんは妻の阿久里（あぐり）さん、2人のお子さんの一家4人で暮らしている。海まで歩いて10分足らずの場所ながら、房総丘陵のゆるやかな起伏がある山並みが海沿いにまで迫り、緑豊かな里山を背後に抱えている。この南房総の風景に溶け込むかのように佇んでいるのが、母屋の敷地内にあるAMBESSAの直営店、「Organic Grocery Abyssinia（オーガニックグロサリー・アビシニア）」である。</p>



<p>ちなみにこれらの屋号の由来は、君島さんのフィロソフィーに大きな影響を与えたというラスタ思想から。その起点となるエチオピアの各所でシンボル的に使われているライオンを現地の古代言語でAMBESSAといい、エチオピアのことはAbyssiniaと呼ばれている。</p>



<h3 class="wp-block-heading">「土に還る店」を建てる </h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/AMBESSA_DSC4865.jpg" alt="" class="wp-image-53036" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/AMBESSA_DSC4865.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/AMBESSA_DSC4865-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/AMBESSA_DSC4865-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>2018年に開店したAbyssiniaは、房総半島中部にあるいすみ市の建築事務所「光風林（こうふうりん）」の指導を受けつつ、君島さん自ら設計と施工に挑戦し、山の粘土、海の砂、間伐材や米の籾殻など、暮らしのフィールドにある自然素材を建材として建てた店舗だ。</p>



<p>「形になるまで３年半くらいかかり本当に大変だったんですけども、自分でメンテナンスできますし、機能性もしっかり持たせることができました。例えば、壁に入れた茅（かや）のおかげで断熱ができるようになっています」。自ら自然素材の建築を実践したことで、日本の古民家の良さを再認識したと振り返る。</p>



<p>この「土に還る店」にはオーガニックドライフルーツやナッツ、スパイスやハーブ、そして阿久里さんが作るパンや焼き菓子などがずらりと並ぶ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">規格外にされてしまう食材に価値を与える</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/AMBESSA_DSC4829.jpg" alt="" class="wp-image-53037" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/AMBESSA_DSC4829.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/AMBESSA_DSC4829-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/AMBESSA_DSC4829-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>風味の凝縮されたドライフルーツを直接買い求めることができるのがAbyssinia。まず君島さんにおすすめされたのが、青森県で農薬や肥料を与えずに自然栽培されたリンゴを使ったドライフルーツ。AMBESSAの定番商品の一つであり、 繊細で甘やかな風味と、咀嚼（そしゃく）するたびに滲み出る滋味に富んだ味わいが特徴的だ。</p>



<p>このドライ素材となるリンゴはもともと大きさが小さかったりキズがあったりと、一般的な流通においては規格外とされるもの。規格外とはいえ、味は確かなものである。「そういう市場に流通できないような果物や野菜を買い取り、ドライにして価値を高める。ドライへの加工はそういう取り組みとしての意味も持っています」。</p>



<h3 class="wp-block-heading">選び抜かれた素材をドライ加工する</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/AMBESSA_DSC4659.jpg" alt="" class="wp-image-53038" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/AMBESSA_DSC4659.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/AMBESSA_DSC4659-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/AMBESSA_DSC4659-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>AMBESSAでは2010年より、海外からドライフルーツなどの農産物の輸入を開始し、国内の自然食品店やレストランなどへ卸している。商品は原則として無農薬・無化学肥料で栽培され、添加物や保存料なども使用していないものに限定している。</p>



<p>近年は君島さん一家が栽培するミカンやブルーベリー、レーズン、プルーンなどに加え、知り合いの縁でつながった農園の果実を活用する機会が増えた。これら国産フルーツはアトリエの乾燥機でドライ加工される。</p>



<p>「水分量は15パーセントぐらいが1番いいんですが、乾燥させすぎると干からびてほとんどなくなってしまいますし、乾燥が足りないとカビが発生する原因になります」と、解説する君島さん。「そのギリギリのところを狙うのが難しくもあり、面白みを感じるところ」であるという。</p>



<p>そして、AMBESSAで欠くことのできないドライフルーツが「デーツ（なつめやし）」である。実は、君島さんが北アフリカを旅した時に出会ったデーツが、ドライフルーツの輸入販売を行うきっかけとなったのだ。</p>



<h2 class="wp-block-heading">ドライフルーツを日本へ届けたい </h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/AMBESSA_DSC4603.jpg" alt="" class="wp-image-53039" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/AMBESSA_DSC4603.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/AMBESSA_DSC4603-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/AMBESSA_DSC4603-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>1977年、東京の深川に生まれた君島さん。「会社勤めをすることにすごく抵抗があった」と、20代の頃はアルバイトをして資金が貯まるたびにバックパッカーとして世界各国を旅するような生活を送っていた。</p>



<p>その旅の途上でチュニジア産のドライのデーツを口にした君島さんはそのおいしさに驚くとともに、「当時、クオリティの高いオーガニックドライフルーツが日本に全然なかった」ことからビジネスとしての可能性を見出し、輸入を始めることにした。ただ一方で、君島さんは単にビジネスという側面だけで、ドライフルーツと関わろうと考えていた訳ではない。その頃の君島さんは食事のスタイルを菜食にしており、ドライフルーツへの関心が高まっていた時期だった。</p>



<h2 class="wp-block-heading">中米で体感した自然と共生する暮らし </h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/AMBESSA_DSC4949.jpg" alt="" class="wp-image-53040" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/AMBESSA_DSC4949.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/AMBESSA_DSC4949-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/AMBESSA_DSC4949-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>デーツと出会うよりも前のこと。君島さんは中米の旅で、レゲエ音楽や菜食主義などに影響を与えたラスタファリズム（1930年代にジャマイカの労働者階級と農民を中心にして発生した宗教的思想運動）のコミューンに滞在しており、そこで自然と共生する生き方を体感したことが、自身のフィロソフィーに大きな影響を与えた。</p>



<p>「ラスタファリズムの共同体にあったような自然とともにある生き方は、社会が抱えてるいろいろな課題を少しずつ解決できるヒントになると感じました。そうしたことをドライフルーツなどの商品を通じて伝えられないかなと、当時から漠然とそんなことを思っていたんですね。そして自分自身も、コミューンでお世話になった人たちのように、生きる力を身につけたいと思ったんです」。</p>



<p>その後の旅で、ラスタ思想の起点となっているエチオピアを訪ねた君島さんは、この地を自身における生き方の原点と位置付けた。</p>



<h3 class="wp-block-heading">自給生活の実践 </h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/AMBESSA_DSC4715.jpg" alt="" class="wp-image-53041" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/AMBESSA_DSC4715.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/AMBESSA_DSC4715-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/AMBESSA_DSC4715-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>旅から戻った君島さんは、阿久里さんの実家が千葉県内にあったこともあり、南房総で新たな暮らしのスタートを切った。築80年の古民家を改修し、太陽光で自家発電をしながら、田んぼや畑では農薬や肥料を一切使わない自然栽培を実践。自らの手で暮らしと生業を成り立たせる生活を送っている。</p>



<p>米はカレーやパエリアと抜群の相性を成す品種、サリークイーンなどを栽培。ライ麦は阿久里さんが作るパンやシュトーレンの原料となる。店舗裏にある畑では自給用の野菜や果樹が育ち、収穫後は種取りも行っている。「自分が生きるということを、お金を通じて誰かに委ねるんじゃなくて、自分たちでできることを増やしていく。そうすると、今の生きにくい今の社会が、もう少し楽しく地球と調和したものになっていくんじゃないかなって気がするんです」。</p>



<h2 class="wp-block-heading">生きる楽しさを、次世代に向けて </h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/AMBESSA_DSC4626.jpg" alt="" class="wp-image-53042" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/AMBESSA_DSC4626.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/AMBESSA_DSC4626-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/AMBESSA_DSC4626-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>そんな君島さんは「遊び」も思い切り楽しむ人だ。敷地内の倉庫を改装し、なんとディスコまで作ってしまった。</p>



<p><br>「太陽光で生み出した電気で音を出して、ミラーボールを回して、知り合いがうちの果実で仕込んでくれたクラフトビールを飲みながら食事をしたり。友人たちとそんな風に遊んだりします」と笑う君島さん。商品を通じてAMBESSAの取り組みに関心を持ってもらいつつも、「こうした楽しいことに転換して直接思いを伝える場を開いていきたい」と考えている。</p>



<p>そして今後は、同じコミュニティ内の生産者と消費者が連携し、フードロスの削減に取り組んだり生産物を買い支えたりする「CSA（Community Supported Agriculture）」と呼ばれる地域支援型農業を広めていければと、君島さんはビジョンを描く。「僕らのやってることは未来の世代のためでもあるんです。きれいごとじゃないですけど、やっぱり子供たちに豊かな自然を残していかなきゃいけない。そのために、思いを同じくする仲間たちと一緒に動いていきたいと思うんです」。</p>



<p>今生きていることを実感できる、南房総での日々の生活。君島さんたちはおいしさを通じて、人間としての根源的な喜びや楽しさとは何かを考えるきっかけを与えてくれている。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/53034/">オーガニックドライフルーツに込めた生きる力への想い「AMBESSA & CO」君島悠矢さん／千葉県南房総市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>シェフの視点でつくる新感覚のパン&#038;ドーナツ。「AMAM DACOTAN」平子良太さん／福岡県福岡市</title>
		<link>https://nihonmono.jp/article/52886/</link>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 28 Jun 2025 06:48:45 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[アイムドーナツ？]]></category>
		<category><![CDATA[生ドーナツ]]></category>
		<category><![CDATA[マリトッツォ]]></category>
		<category><![CDATA[ヒラコンシェ]]></category>
		<category><![CDATA[パン]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/06/amam_116.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>全国的なマリトッツォブームの先駆者となった福岡発のベーカリー「AMAM DACOTAN （アマムダコタン）」。都内にも出店し、さらに姉妹店の「DACOMECCA（ダコメッカ）」、アナザーブランドの「dacō？（ダコー？） [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/06/amam_116.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>全国的なマリトッツォブームの先駆者となった福岡発のベーカリー「AMAM DACOTAN （アマムダコタン）」。都内にも出店し、さらに姉妹店の「DACOMECCA（ダコメッカ）」、アナザーブランドの「dacō？（ダコー？）」、生ドーナツ専門店「I&#8217;m donut？（アイムドーナツ？）」なども続々とオープン。創造性にあふれたパンを求めて、どの店舗も連日大行列！その人気の秘密とは。</p>



<h2 class="wp-block-heading">美味しいパンが並ぶ、“ワクワク”を生み出す店づくり</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/06/amam_135.jpg" alt="" class="wp-image-52887" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/06/amam_135.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/06/amam_135-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/06/amam_135-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>福岡市の繁華街から少し離れた六本松にある「アマムダコタン」。一歩足を踏み入れると、アンティーク家具を配したおしゃれな空間に、天井からはたくさんのドライフラワーが吊り下げられ、まるでファンタジーの世界に訪れたような気分に浸ってしまう。焼きたてのパンの香りに満ちた店内で、あれも欲しいこれも欲しいと迷うのは至福のひととき！オープンから6年経った今も、開店前から長蛇の列ができるという人気ぶりだ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">７畳の小さなパスタ店からスタート</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/06/amam_231.jpg" alt="" class="wp-image-52888" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/06/amam_231.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/06/amam_231-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/06/amam_231-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>「アマムダコタン」を手がける代表の平子良太さんは、実はもともとはパン職人ではなく10年ほどイタリアンで修業したシェフ。独立後、2012年に平尾にパスタ専門店「ヒラコンシェ」をオープンする。「僕一人で料理をつくる、７畳ほどの小さな店でした」と平子さんは懐かしむ。店の繁盛を受けて、警固の広い店舗へ移転し、１階にカフェレストラン、さらに2階にはドライフラワーのショップを開いた。</p>



<p>パンとドライフラワーとはちょっと意外な組み合わせだ。「もともとアンティークが好きだったことから、ドライフラワーの店もやってみたくて」と平子さん。カフェレストランでは、ドライフラワーにする前の生花を天井一面に吊るした美しいビジュアルでも評判となった。自ら壁や床を塗るなど内装にもこだわり、独自の世界をつくりあげた空間は、現在の店づくりの礎になっている。</p>



<h3 class="wp-block-heading">「パンストック」仕込みの生地へのこだわり</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/06/amam_180.jpg" alt="" class="wp-image-52889" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/06/amam_180.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/06/amam_180-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/06/amam_180-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>もともとパンが好きだったという平子さん。「僕自身もそうなのですが、パンが好きとおっしゃる方って、パンそのものだけでなく、ワクワクしながらパンを選ぶという“パン屋に行くこと”自体が好きだと思うんです」。しかし今から6〜７年ほど前は、まだ品数が数点という店がほとんど。そのなかでパン屋への思いを唯一満たしてくれたのが、福岡市東区にあるベーカリー「パンストック」だったのだそう。豊富な品数だけでなく、生地の味わいにも惚れ込んだ平子さん。自分のレストランでは、すべて手づくりにこだわっていたなか、唯一仕入れていたパンも自分でつくりたいと思い始めるようになっていった。平子さんは心酔する「パンストック」で生地づくりを学び、2018年に六本松でベーカリー「アマムダコタン」をオープンする。</p>



<h2 class="wp-block-heading">シェフの視点から、自由な発想でパンを開発</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/06/amam_173.jpg" alt="" class="wp-image-52890" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/06/amam_173.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/06/amam_173-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/06/amam_173-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>国産小麦を使い、約15時間かけて熟成した「パンストック」仕込みの生地は、バリッとした食感のなかにもっちり水分をたくわえているのが特徴だ。そこにあふれそうなほどに具材を詰めたサンドイッチや自家製のソーセージをのせたホットドックなど、ボリューミーでフォトジェニックな「アマムダコタン」のパンは、人々の心を鷲掴みにしていった。</p>



<p>「パン職人の方は生地そのものを味わってほしいという思いから、パンに入れる具材はシンプルなものになりがちなんです」と平子さん。「僕はベーカリーに行くと、料理人としてパンを食材としてとらえてしまい、まるで青果店や精肉店に行った気分になっちゃうんです（笑）」。こうしたらもっと美味しくなるのではないか？と常に考えながらパンを見ているうちに、やはり具材もパンも、どちから片方に力をいれるのではなく、両方が高め合うのがベストのバランスだと思い至り、今のボリュームたっぷりのスタイルになったのだそう。</p>



<p>平子さんが目指すのは、具材も美味しく生地も歯切れがよく、すべてが高め合う一体感のあるパン。具材の味わいを主軸に、その受け皿としてパンの食感に重きを置いたシェフ目線でつくるパンを求めて、わざわざ遠方から訪れる人も後を経たない。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/06/amam_138.jpg" alt="" class="wp-image-52891" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/06/amam_138.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/06/amam_138-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/06/amam_138-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>SNSで「アマムダコタン」を全国的な人気店に押し上げた、イタリアの郷土菓子「マリトッツォ」など新商品が出るたびに注目を集めている。</p>



<h3 class="wp-block-heading">ブリオッシュ生地を揚げた、新感覚のドーナツ</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/06/amam_221.jpg" alt="" class="wp-image-52892" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/06/amam_221.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/06/amam_221-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/06/amam_221-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>いま話題となっているのがブリオッシュ生地を揚げた「生ドーナツ」だ。ある日「アマムダコタン」の姉妹店「ダコメッカ」のオープンに向けて、新商品の試作を重ねていた平子さん。「僕は『パンストック』のブリオッシュ生地がとくに好きで、パン以外の可能性を常々探っていました」。そこで生地を揚げてみたところ、口のなかでシュワっととけるような、初めての食感に衝撃を受けたという。「スタッフみんなで試食して『これはすごい！』と大興奮したんです」と笑顔をこぼす。そのとけるような新食感にちなみ「生ドーナツ」と名付け、多くの人に食べて欲しいという思いから、生ドーナツ専門店「アイムドーナツ？」をオープンさせた。</p>



<p>「ブリオッシュ生地を揚げる人は、これまでもいたかもしれません。ただ『パンストック』のやわらかな口溶けのブリオッシュ生地だからこそ、この美味しさが叶いました」。まるでフリットをつくる感覚で生地を揚げ、「パンストック」の生地をさらに発展。まさにシェフだからこその視点で、新しいものをつくり続けている。</p>



<h3 class="wp-block-heading">店をつくりあげる面白さを追求したい</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/06/amam_123.jpg" alt="" class="wp-image-52893" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/06/amam_123.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/06/amam_123-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/06/amam_123-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>そしてついに2021年、満を持して東京・表参道に「アマムダコタン」を初出店。「東京への進出は、昔住んでいて好きな街だったこと、なによりスタッフが未来への可能性を感じられる店でありたいと思い決めました」。さらにアナザーブランドの「ダコー」が3店舗、「アイムドーナツ？」が国内6店舗、海外1店舗、いまや都内だけでも12店舗となり、怒涛の勢いで出店ラッシュが続いている。</p>



<p>しかも驚きなのが、単に同じフォーマットで店を出すのではなく、１店ごとにその土地柄を考慮しながらコンセプトが異なる店をつくりあげているのだ。まずは物件を見て、この図面なら、この土地柄的にはどんな内装がいいかと、イメージしながら平子さんが自ら空間をデザイン。さらにパンのラインナップ、スタッフの制服、BGM、グッズとトータルでプロデュースしていく。例えば「ダコー」のお茶の水店では初となるカフェを併設したり、「アイムドーナツ？」の渋谷店は50種類ものドーナツを並べたり…同じフォーマットにのっとって店を出すほうがコストダウンになるが、「手間がかかって大変でも１店舗ずつ作り上げていくことに、面白さがあります」と平子さんは力を込める。</p>



<h3 class="wp-block-heading">“パン屋に行くこと”を楽しんでほしい</h3>



<p>平子さんの店づくりへの並々ならぬ情熱は、「パン屋に行くことを楽しんで欲しい」という思いゆえ。それがパンや空間、スタッフの接客など店の隅々にあらわれ、訪れる人を感動させ続けている。</p>



<p>「店舗が増えてスタッフも100人を超え、責任も増えました」と平子さん。「でも僕がやりたいことをやっていくのが会社として最も大事なところだと考えています」。現場を長く知るスタッフも育ち、平子さんのクリエイティブの大きな支えになっている。「やりたいことはまだまだいっぱいあるので、整理していきたいですね（笑）」。いつも驚きとときめきを感じさせてくれる、平子さんの新作や新店舗からこれからも目が離せない。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/52886/">シェフの視点でつくる新感覚のパン&ドーナツ。「AMAM DACOTAN」平子良太さん／福岡県福岡市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>心穏やかな感動が訪れる一服の力。特別な手間と栽培法でつくられる「星野茶」／福岡県八女市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 28 May 2025 14:04:22 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[日本茶]]></category>
		<category><![CDATA[八女伝統本玉露]]></category>
		<category><![CDATA[全国茶品評会]]></category>
		<category><![CDATA[星野茶]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/05/SEI001-5341.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>茶の名産地として知られる福岡県･八女市。特に標高が高く“奥八女”と呼ばれる星野村では、寒暖差を利用した旨み成分の強いかぶせ茶の生産が盛んだ。日々自然と向き合いながら真摯に茶づくりに向き合うふたりの茶農家を訪ね、日本茶にか [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/52809/">心穏やかな感動が訪れる一服の力。特別な手間と栽培法でつくられる「星野茶」／福岡県八女市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/05/SEI001-5341.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>茶の名産地として知られる福岡県･八女市。特に標高が高く“奥八女”と呼ばれる星野村では、寒暖差を利用した旨み成分の強いかぶせ茶の生産が盛んだ。日々自然と向き合いながら真摯に茶づくりに向き合うふたりの茶農家を訪ね、日本茶にかける熱い思いに触れた。</p>



<h2 class="wp-block-heading">美しい山間で作られる伝統技法のお茶</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/05/SEI038-5708.jpg" alt="" class="wp-image-52810" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/05/SEI038-5708.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/05/SEI038-5708-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/05/SEI038-5708-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>九州最大の河川、筑後川と矢部川に挟まれた福岡県筑後平野南部･八女地方。肥沃な土壌と伏流水に恵まれ、雨量が多く、昼と夜の寒暖差が大きいこの地は、茶栽培に適した自然条件を満たし、約600年前から茶の栽培が行われてきた。</p>



<p>中でも標高200mを超える山間地にあり、その名の通り星空の美しさで知られる星野村は、高品質の煎茶や玉露を生産する名産地。「星野茶」は八女茶の中でも質の高い高級茶として知られている。</p>



<p>星野茶の特徴は濃厚な旨み、奥深い芳醇な香り、美しい色にある。中でも日本茶の最高峰である玉露は、全国の茶産地が日本茶の日本一を競う「全国茶品評会」の玉露部門で何度も日本一に輝いている（平成は22回日本一を獲得）。この品評会に出品される「八女伝統本玉露」は「茶樹の枝を収穫後に1度だけ剪定し、秋まで自然に芽を伸ばす“自然仕立て”の木で育っていること」「茶樹を16日以上、稲わらなどの天然資材で覆う“被覆（ひふく）”を施していること」「新芽を手摘みしていること」といった伝統技法を守って育てられる。その美味しさは格別で50〜60度の湯をゆっくり注いで2分程度待つと、茶葉の中に閉じ込められた旨みや甘みが湯の中で解き放たれ、まろやかで甘く深い味わいと気高い香りに感動を覚える。その特別な栽培法や生産地の特性を知的財産として保護するべく「八女伝統本玉露」は2015年に国の地理的表示（GI※）保護制度に茶として初めて登録された。</p>



<p>もちろん伝統本玉露だけが星野茶ではない。星野村では被覆栽培以外に露地栽培も広く行われているが、伝統技法を守り続けてきた茶農家の知識と経験が美味しい茶づくりに結びついてきたことは確かと言えるだろう。</p>



<p>※GI＝GEOGRAPHICAL INDICATIONの略。伝統ある特別な生産方法や気候･風土･土壌などの生産地の特性により、高い品質と評価を獲得するに至った産品の名称(地理的表示)を知的財産として保護する制度</p>



<h3 class="wp-block-heading">栽培から加工、販売まで。消費者の声を反映し茶づくりに挑む</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/05/SEI003-5350.jpg" alt="" class="wp-image-52811" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/05/SEI003-5350.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/05/SEI003-5350-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/05/SEI003-5350-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>星野村で茶舗「星正園」を営む高木耕平さんは若手のホープと呼ばれる篤（とく）農家だ。静岡県にある「農林技術研究所茶業研究センター」で2年間、茶栽培と加工などを深く学んで帰郷し、現在は約10ヘクタール（甲子園球場約8個分）という広大な畑で茶栽培を行っている。高木さんの茶畑があるのは標高が高い星野村の中でもさらに高い山間。「千枚岩（せんまいがん）」と呼ばれる天然微生物を多く含んだ独特の地層の上にあることから豊かな土壌に恵まれている。そんな地の利に加え、肥料の選定や与える量･タイミング、被覆資材の選定･かけるタイミングと期間、霜対策など、高木さんが人智を尽くして茶栽培に挑み、手間暇を惜しまずに育てた「星正園」の茶は旨みも味も濃厚と人気を集めている。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/05/SEI014-5380.jpg" alt="" class="wp-image-52812" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/05/SEI014-5380.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/05/SEI014-5380-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/05/SEI014-5380-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>茶舗を営んでいることは高木さんの茶づくりにいい影響を与えている。一般的に茶農家は収穫後すぐに始まる茶葉の酸化を止めるため、生葉を製茶工場に急いで運び、蒸す･揉む･乾燥を経てつくる「荒茶（あらちゃ）」を茶問屋に納める。その後、茶問屋は「荒茶」を二次加工･ブレンドして商品化するが、高木さんは卸とは別に自ら二次加工･ブレンドも手がける。「自分がつくったお茶の味を確かめられますし、直接お客様から意見を聞ける。毎年自然との闘いなので、品質を一定させるのは大変ですが“今年のお茶はこうだったね”と率直に言ってくださるお客様の声が茶づくりの原動力になっています」。</p>



<h3 class="wp-block-heading">茶産地としての未来を見据えて</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/05/SEI019-5412.jpg" alt="" class="wp-image-52813" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/05/SEI019-5412.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/05/SEI019-5412-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/05/SEI019-5412-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>星野茶を語るうえで欠かせないもうひとりのキーパーソンがいる。「JA茶業青年の会･星野支部長」を務めている田中将大さんだ。田中さんと高木さんは幼馴染で、ふたりとも家業を継ぎ、互いに切磋琢磨しながら上質なお茶づくりに取り組んできた。「星野村の気候や土壌があるからこそ高品質な煎茶や玉露が生産できる。今後も土地の特性を生かしたお茶づくりを極めていくことが他産地との差別化につながっていくと考えています。しかし、一方で国内ではペットボトルのお茶需要が高まり、急須がない家庭が増えているのも現実。今後、製茶業が持続可能な産業となっていくために、国内外の市場がどういうお茶を求め、どういったターゲット層にアプローチしていくのか、生産の現場からも考えていかなければならない。海外マーケットで求められる有機や無農薬･発酵茶などの可能性を探り、アクションを起こすためには、生産者と茶商が今以上にしっかりと手を組むことが必要になってくる」と星野茶の未来を見つめている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">海外へ、国内へ。日本茶の挑戦は続く</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/05/SEI026-5520.jpg" alt="" class="wp-image-52814" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/05/SEI026-5520.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/05/SEI026-5520-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/05/SEI026-5520-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>昨今海外でも日本茶愛好家は増え、星野茶も輸出されている。しかし、残留農薬濃度の基準が厳しいエリア（EUなど）も多く、国によって基準も異なるため有機･無農薬茶となると取り組める農家は決して多くはない。星野村は高地にあるため虫がつきにくいという利点はあるが、化学肥料や農薬を使わず茶の品質を安定させるとなると最低でも10年はかかるといわれ、農家の負担も大きい。課題は多いが、高木さんは海外との直接取引もあり「彼らは常にいいモノを送ってほしい！とリクエストしてくる」と日本茶が海外で飛躍する可能性も感じている。八女では組合としても海外輸出にも積極的に取り組んでいるため、今後の展開が楽しみだ。</p>



<p>もっと家庭でお茶を淹れてもらえるように活動を続けていくことがこれからの目標です」とおふたり。「小さな子どもにはカフェインの少ないほうじ茶から入ってもらい徐々に緑茶へ。小さい頃に家で淹れるお茶に触れ合っていると、一時お茶から離れても大人になった時に“やっぱり家でお茶を淹れるっていいよね”と帰ってきてもらえることが多い。そういう循環を信じたいですね」と、生活の中に“お茶”がありつづける未来をつくっていきたいのだとか。</p>



<p>国内向けにお茶のある時間の豊かさを伝えつつ、海外の大きなマーケットにも参入していく。若手生産者たちが拓く八女「星野茶」の未来に期待したい。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/52809/">心穏やかな感動が訪れる一服の力。特別な手間と栽培法でつくられる「星野茶」／福岡県八女市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>三陸のポテンシャルを物語る新鮮な「泳ぐホタテ」を届けたい。／岩手県釜石市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 25 May 2025 04:24:17 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[泳ぐホタテ]]></category>
		<category><![CDATA[与助]]></category>
		<category><![CDATA[buyer’s room 2023]]></category>
		<category><![CDATA[中小企業庁長官賞]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/05/yamakiichi-4.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>世界でも有数の漁場･三陸。いくつもの湾が複雑に入り組んだリアス海岸で知られる岩手県沿岸部では、ホタテの養殖が盛んに行われている。釜石市平田（へいた）の「ヤマキイチ商店」は、箱の中から音がするほど新鮮な「泳ぐホタテ」を販売 [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/05/yamakiichi-4.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>世界でも有数の漁場･三陸。いくつもの湾が複雑に入り組んだリアス海岸で知られる岩手県沿岸部では、ホタテの養殖が盛んに行われている。釜石市平田（へいた）の「ヤマキイチ商店」は、箱の中から音がするほど新鮮な「泳ぐホタテ」を販売。質の良いホタテを届け、三陸の価値を高めている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">三陸の海の幸が豊富な「鉄と魚のまち」釜石</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/05/yamakiichi-3.jpg" alt="" class="wp-image-52795" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/05/yamakiichi-3.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/05/yamakiichi-3-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/05/yamakiichi-3-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>岩手県の沿岸南部にある釜石市は、東は太平洋に面し、三陸漁場の豊かな水産資源がある街だ。近代製鉄発祥の地でもあり「鉄と魚のまち」として栄えてきた。</p>



<p>その釜石市平田漁港のほど近くに「ヤマキイチ商店」はある。創業は1989年。専務の君ケ洞剛一（きみがほらたけいち）さんの父で社長の幸輝（ゆきてる）さんが、三陸の海の幸を販売しようと立ち上げた。当初はワカメを主に販売していたが、ある時、漁協から「販路が確立できずにホタテが余っているので売ってほしい」と言われたのをきっかけに、ホタテの販売を始めた。<br><br>「三陸の価値あるホタテを新鮮なまま届けたい」という思いから試行錯誤して生まれたのが生きたまま届く「泳ぐホタテ」だ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">高値で取引される岩手県産のホタテ</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/05/yamakiichi-48.jpg" alt="" class="wp-image-52796" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/05/yamakiichi-48.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/05/yamakiichi-48-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/05/yamakiichi-48-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>リアス海岸の入り組んだ地形からなる湾は、波が穏やかで養殖には最適だ。そのため三陸ではワカメやホタテ、カキなどの養殖が盛んに行われている。</p>



<p>ワカメの生産量は全国2位、牡蠣は全国5位を誇っているが、上記の中で唯一、ホタテは、北は北海道から南は宮城まで広く養殖されており、岩手県産ホタテのシェアはたったの1パーセント。生産量では圧倒的に少ない。<br>「生産量では北海道にはかないませんが、岩手のホタテは質で勝負。北海道が大手の寿司チェーンならば、岩手はレストランといったように、役割が違うと思っています」そう話す剛一さん。</p>



<p>市場取引で高値がつくのは岩手のホタテだという。生産量こそ少ないが、市場でも質の良さが高く評価されているのだ。</p>



<h2 class="wp-block-heading">産地によって違う養殖</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/05/yamakiichi-52.jpg" alt="" class="wp-image-52797" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/05/yamakiichi-52.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/05/yamakiichi-52-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/05/yamakiichi-52-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>北海道産のホタテは稚貝を海に放ち海底で天然に近い状態で育てる「地まき式」という養殖で育てる地域が多い。一方、三陸の岩手では、貝殻に穴を開け、ロープで吊るして養殖する「耳吊り式」が主流。育て方が違う。</p>



<p>「地まき式」は、稚貝を海に放ち、海の底を泳ぎ回って育つ。「地まき式」が海底の「面」を使って育てるのに対し、三陸岩手の「耳吊り式」は、内湾の水深がある地形、つまり「深さ」を利用し、水中を浮遊する状態で育てる。「耳吊り式」で育ったホタテは、海底の砂に触れないので、砂を吐かせる必要がない。これは「耳吊り式」の利点でもある。</p>



<p>また、「耳吊り式」は、ロープで吊っているので漁師が管理しやすい。数よりも大きさと質にこだわる三陸岩手のホタテ。貝殻にフジツボや海藻などの付着物がつくと生育に影響が出るため、貝殻の掃除をしたり、ロープの上げ下げをして海水の流れの良い水深に調節するのも漁師のこだわりだ。</p>



<p>大きいホタテを育てるには適度な間隔を開けて育てるのも重要。ホタテの間を海水が良く流れることで栄養が行き届くため、成長して密にならないよう、予測しながら間隔あけて吊るす。これには、ロープ一本あたりが重くなりすぎないようにという狙いもある。ロープが重くなり、フロート（浮き）が下がると海底に届いてしまうこともある。せっかく水中に浮遊させているのに海底で砂を吸ってしまっては元も子もない。耳吊りの間隔、貝殻の掃除、フロートの管理。これらは、三陸岩手のホタテ漁師のこだわりでもある。</p>



<p>北海道のホタテは3〜5年で出荷するのに対し、岩手のホタテは2年で同じ大きさに育ち出荷することができる。それは、親潮と黒潮が混ざり合う三陸漁場の賜物でもあり、山から流れ出す腐葉土の養分による山の恩恵でもある。大きさは同じでも北海道のホタテは貝殻が厚い、一方、岩手のホタテは大きさは同じでも貝殻が薄い。それでいて貝柱などの身の部分が大きい。</p>



<p>岩手のホタテは貝殻が薄く身が大きく歩留まりが良い。生きたままの状態で届けるヤマキイチ商店の「泳ぐホタテ」は鮮度も良いことから都内の飲食店からの信頼も厚い。</p>



<h2 class="wp-block-heading">「泳ぐホタテ」とは</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/05/yamakiichi-94.jpg" alt="" class="wp-image-52798" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/05/yamakiichi-94.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/05/yamakiichi-94-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/05/yamakiichi-94-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p><a href=""></a>ヤマキイチ商店の「泳ぐホタテ」は、受け取った人は「水の中でホタテが泳いでいる」「貝がパタパタと開いたり閉じたりしている」と驚くという。殻を剥く時には指を挟まれないように注意しなければならないほどだ。そのため「泳ぐホタテ」には剥きヘラと説明書がついてくる。</p>



<p>大きさは11㎝以上のものから選んで注文できる。一番大きいものだと15㎝以上にもなる「幻のホタテ」もある。その大きさもさることながら、泳ぐホタテの貝柱は厚みがありシャキッとしている。</p>



<p>ホタテの貝柱は、貝を開け閉めするための筋肉でもある。そのため、泳ぐほど元気なホタテは貝柱もシャキッとしているのだ。実際に貝殻を剥いてみると、ビクンビクンと躍動するホタテを見ることができるだろう。</p>



<h3 class="wp-block-heading">肉厚の貝柱、貝ひもの旨さ</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/05/yamakiichi-92.jpg" alt="" class="wp-image-52799" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/05/yamakiichi-92.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/05/yamakiichi-92-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/05/yamakiichi-92-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>ヤマキイチ商店では、大きさ、味、鮮度すべてにおいて満足してもらえるものを目利きし、高品質のホタテを届けている。</p>



<p>そのため、スーパーで買ったホタテしか食べたことがない人は、食感や濃厚な味に驚くという。中には「貝ひもがこんなに美味しいんですね」と言う人もいるとか。<br>「ホタテというとどうしても貝柱ばかりが味の評価になりますが、うちのホタテは貝ひもも甘くて美味しい。季節によっては、卵巣も味わえます。丁寧に仕事をしていれば、評価してもらえる。そう思っています」と剛一さんは言う。</p>



<h3 class="wp-block-heading">ホタテの産地での当たり前は「特別なこと」だった</h3>



<p>ホタテの販売を始めた当時、剛一さんの父･幸輝さんは、市場調査のため築地に足を運んだ。そこで「活ホタテ」と名付けて販売されているホタテを見て愕然とした。幸輝さんが釜石で見てきた活き活きしたホタテとは全く別物の弱ったホタテだったのだ。</p>



<p>「朝、水揚げされたばかりの新鮮なホタテを見て育ってきたので、私たちはそれが当たり前だと思っていました。でも、三陸のホタテの当たり前は他所では『特別なもの』だったのです」と当時を振り返る。三陸のホタテは「価値があるもの」だということに気づいた。</p>



<h3 class="wp-block-heading">三陸の価値あるホタテを新鮮なまま届けたい</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/05/yamakiichi-91.jpg" alt="" class="wp-image-52800" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/05/yamakiichi-91.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/05/yamakiichi-91-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/05/yamakiichi-91-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>社長は、新鮮なままホタテを届けるために、輸送や発送方法を試行錯誤した。はじめは、水揚げされたばかりのホタテをトラックに積んで運んだが、中には納品する前に死んでしまうものもあった。新鮮なはずなのに、である。そして、鮮度の良さを保つためには、できるだけホタテが生きている時と同じ環境を作ってあげることが重要だと気づいた。</p>



<p>「ホタテは、水揚げされてからが勝負。一枚一枚掃除をして、選別して、生簀でストレスがない状態を作り出します。水揚げされた直後、ホタテは興奮状態なので、必ず1日以上は生簀の中で休ませ、ホタテが海の中で過ごしている時とできるだけ同じ状態を作り出し、リラックスさせ、それから発送します」と剛一さん。　鮮度を追求してたどり着いたのが生きたままで届ける「泳ぐホタテ」だ。</p>



<p>その方法は企業秘密だが、ポイントは「ホタテの気持ちになって考える」ことだという。</p>



<h2 class="wp-block-heading">東日本大震災を乗り越えて</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/05/yamakiichi-63.jpg" alt="" class="wp-image-52801" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/05/yamakiichi-63.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/05/yamakiichi-63-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/05/yamakiichi-63-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>「泳ぐホタテ」はその品質の良さから全国に口コミで広まっていった。そんな矢先の2011年3月。東日本大震災による津波が発生。ヤマキイチ商店は、事務所と生簀を流失した。</p>



<p>懇意にしているホタテ漁師は生産を続けていた。ヤマキイチ商店も生簀がなくても生活のために、商売することはできたが、剛一さんは「自社の使命は三陸のうまいホタテを届けること。復興支援として買ってもらうのは違う」と、3万人の顧客に手紙を送り生簀を再建するまで「泳ぐホタテ」の発送を止めた。</p>



<p>2012年7月、生簀を再建し「泳ぐホタテ」は復活。全国から激励と感謝の手紙が届いた。</p>



<h2 class="wp-block-heading">感謝の思いを伝え、産地の魅力を伝えたい</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/05/yamakiichi-25.jpg" alt="" class="wp-image-52802" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/05/yamakiichi-25.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/05/yamakiichi-25-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/05/yamakiichi-25-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>2020年には、直売所を兼ね備えた食事処「与助」をオープン。ここは三陸の海を間近にしながら「泳ぐホタテ」を味わえる場所だ。</p>



<p>良いホタテを届けてきたからこそ「震災後も顧客が離れることなく待っていてくれた。その感謝の思いを伝えたい。そして、産地の景色や人の魅力を伝えたい」そんな剛一さんの思いが込められている。</p>



<h3 class="wp-block-heading">三陸の価値を高め、三陸とともに歩む</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/05/yamakiichi-12.jpg" alt="" class="wp-image-52803" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/05/yamakiichi-12.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/05/yamakiichi-12-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/05/yamakiichi-12-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>食事処「与助」の壁には、ヤマキイチ商店の歴史と、震災後全国から届いた激励の手紙や、泳ぐホタテに寄せられたメッセージなどが貼られている。<br>ヤマキイチ商店の歴史は、宮古･釜石･大船渡のホタテ漁師との歴史でもある。</p>



<h3 class="wp-block-heading">「泳ぐホタテの貝柱」が中小企業庁長官賞を受賞</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/05/yamakiichi-17.jpg" alt="" class="wp-image-52804" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/05/yamakiichi-17.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/05/yamakiichi-17-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/05/yamakiichi-17-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>2023年には「泳ぐホタテの貝柱」が「buyer’s room 2023」において中小企業庁長官賞を受賞した。</p>



<p>「泳ぐホタテの貝柱」は、ホタテを剥いてすぐ、貝柱のみ急速冷凍した商品。貝柱の大きさ、濃厚な味、ぷりっとした食感。最高の品質を桐箱に入れて届ける。この商品に使用している45gサイズの貝柱がとれるのは全体のうちわずか15%。希少性も高い。</p>



<h3 class="wp-block-heading">厳しい状況でも信念を貫く</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/05/yamakiichi-39.jpg" alt="" class="wp-image-52805" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/05/yamakiichi-39.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/05/yamakiichi-39-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/05/yamakiichi-39-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>近年は、温暖化の影響で夏の海水温が上昇。ホタテが生息するのにちょうどいい水温だった海の環境は大きく変わってしまった。これにより、ホタテの中には夏を越えられずに、水揚げ前に死んでしまう個体もあり、養殖産業は厳しい状況に立たされていると言わざるを得ない。そんな状況だからこそ、ヤマキイチ商店では、地元の生産者がこだわりを持って育てた良質なホタテを高値で買い取り、地域の産業を盛り立てている。</p>



<p>「父の代から浜でいちばん高い値をつけて買い取る努力を続けてきました。漁師の収入の確保も大事ですが、それだけでは未来永劫続かない。やりがいやプライドを醸成していくことも大事だと考えています」と話す剛一さん。ときには、自分が育てたホタテのおいしさを改めて感じてもらうため、漁師を連れ、ホタテを卸している飲食店に赴くこともあった。現在は、食事処「与助」がその一役を担う。この店で「泳ぐホタテ」を味わった人たちがそのおいしさや感動を伝え、広めることで、漁師のやりがいへと繋げているのだ。</p>



<p>「生産量が減っても、私たちは一枚一枚、丁寧に売り続けます。『泳ぐホタテ』は、三陸の魅力そのもの。だからこそ本当に良いものだけを届けていきたい」。</p>



<p>そんな強い信念のもと、世に送り出される「泳ぐホタテ」。そのおいしさには漁師の飽くなき“こだわり”と、三陸のホタテ産業の発展を願うヤマキイチ商店の気持ちが詰まっている。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/52794/">三陸のポテンシャルを物語る新鮮な「泳ぐホタテ」を届けたい。／岩手県釜石市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>大分の海苔、そして日本の海藻文化を未来へつなぐ「鶴亀フーズ」／大分県大分市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 21 Apr 2025 07:40:05 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[海苔養殖]]></category>
		<category><![CDATA[摘み海苔]]></category>
		<category><![CDATA[料理王国100選]]></category>
		<category><![CDATA[食べるJAPAN美味アワード2023]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/DSCF0627.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>自然豊かな大分県には、海の恵みを受けた関あじ・関さばや、山の幸である椎茸などの農産物が豊富にある。その中でも、今はわずかしかいないという漁師たちが守り続ける「海苔」の存在はあまり知られていない。大分県北部でしか獲れないと [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/DSCF0627.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>自然豊かな大分県には、海の恵みを受けた関あじ・関さばや、山の幸である椎茸などの農産物が豊富にある。その中でも、今はわずかしかいないという漁師たちが守り続ける「海苔」の存在はあまり知られていない。大分県北部でしか獲れないという、貴重な海苔を昔ながらの製法で作り続ける「鶴亀フーズ」が後世に伝えたい想いとは。</p>



<h2 class="wp-block-heading">大分県における海苔養殖業とは</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/DSCF8074.jpg" alt="" class="wp-image-52726" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/DSCF8074.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/DSCF8074-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/DSCF8074-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>「食卓のおとも」として、日本の食文化に欠かすことのできない「海苔」。</p>



<p>現在、海苔の国内生産量の約3〜４割を占めているのは、佐賀県など4県に囲まれた九州有明海の内海で水揚げされたもの。その有明海から見ると外海となる大分県では、周防灘（すおうなだ）に面した北部地方で海苔養殖が行われている。大分県における海苔養殖業は、明治から昭和の時代までは広島県から養殖業者を雇い入れるほど、とても盛んだったという。また、大分の郷土誌「豊後国史」を紐解くと、200年以上昔から海苔は大分の土産として有名なものだったとも言われており、海苔養殖も昔は数百軒、数百人の漁師がいたほど盛んだったが、現在は宇佐市、中津市で5軒のみと激減。停滞してきた原因のひとつとして挙げられるのが、漁師の高齢化だ。一部の若手漁師を除いては、ほとんどが70代、80代の漁師という。その年齢を考えると、大分における海苔養殖業の厳しさに直面する。</p>



<h2 class="wp-block-heading">元の味を、昔ながらの製法をもとに進化</h2>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="681" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/45cba854d1db15112f0809f7558675a8-1024x681.jpg" alt="" class="wp-image-52727" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/45cba854d1db15112f0809f7558675a8-1024x681.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/45cba854d1db15112f0809f7558675a8-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/45cba854d1db15112f0809f7558675a8-768x511.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/45cba854d1db15112f0809f7558675a8-1536x1022.jpg 1536w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/45cba854d1db15112f0809f7558675a8.jpg 2000w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>　そんな大分県の海苔を70年以上、加工販売業として手掛けているのが大分市内に本社を置く鶴亀フーズ。3代目の名を受け継ぐ幸野剛士さんの祖父が創業した、前身会社「鶴亀海苔」から大分県産の海苔にこだわり、その味を追求してきた。海苔の収穫量は自然に左右されるため、一時は他の産地から仕入れることも考えたというが「つくり手の顔が見える商品づくり」を第一に考え、大分県産にこだわる信念は今もなお受け継がれている。そんな鶴亀フーズを代表する商品は、いわゆる一般的によく見る板状の海苔ではなく、「あおさ」のようにフレーク状になった「摘み海苔」。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/ec55e33885b7cfaff264ba2b8e66a496.jpg" alt="" class="wp-image-52728" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/ec55e33885b7cfaff264ba2b8e66a496.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/ec55e33885b7cfaff264ba2b8e66a496-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/ec55e33885b7cfaff264ba2b8e66a496-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>「バラ干し海苔」とも呼ばれており一見、ふわっとした見た目とは裏腹に、口に入れるとしっかりとした歯応えがあり、濃厚な海苔の旨味が広がっていくのが特徴だ。汁物や、炊き立てのご飯で作る卵かけご飯にプラスすれば、普段の料理が贅沢なひと皿に様変わり。大分市内の飲食店では、鰻屋や蕎麦屋の薬味としても提供されている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">海苔本来の味を求めて誕生した「摘み海苔」</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/DSCF0761.jpg" alt="" class="wp-image-52729" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/DSCF0761.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/DSCF0761-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/DSCF0761-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>「摘み海苔」誕生のきっかけとなったのは、今から30年以上前。昭和5、60年代頃から海苔生産の機械化が進み、生産量が伸びたことで供給過多が起こり、売れ残った海苔は焼却処分されていたという。そのような背景から食品ロスへの考慮はもちろんのこと、板状の海苔にはない新たな海苔の形と味を求め、辿り着いた。一般的な板状の海苔は、江戸時代後期頃に浅草和紙の技術を活かし誕生したとされる中、「摘み海苔」は、それ以前の江戸時代中期までに取り入れられていた、昔ながらの製法からヒントを得た。それは、海から摘み取った状態の生海苔を岩場で天日干しにし、乾燥させた後、火鉢で炙るというもの。「これこそが、昔懐かしいようで新しい海苔の食べ方だ」と考えた鶴亀フーズは試行錯誤しながら製品のアップデートを繰り返し、約30年という歳月をかけて、ようやく納得する味に辿り着いた。先人が行ってきたこの製法で作る“古くて新しい”海苔は、機械ではできない工程も多く、そのほとんどが手作業で行われる。手間も時間もかかるが、そこから生まれる風味や歯応えは唯一無二の味わいを生む。また、海苔本来の濃厚な味を味わうだけではなく、良質なタンパク質や葉酸など海本来の持つ栄養をそのまま摂取できることも大きな魅力のひとつである。</p>



<h2 class="wp-block-heading">究極の海苔を追求し、原点回帰</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="800" height="532" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/f46557096e83f1d9878322f0e103dea8.jpg" alt="" class="wp-image-52730" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/f46557096e83f1d9878322f0e103dea8.jpg 800w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/f46557096e83f1d9878322f0e103dea8-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/f46557096e83f1d9878322f0e103dea8-768x511.jpg 768w" sizes="(max-width: 800px) 100vw, 800px" /></figure>



<p>創業から「食卓へおいしいものを届ける」という信念を持つ鶴亀フーズ。数年前から、その原点に返り、海苔本来の持つ究極の味を求め取り入れたのが、宇佐市で海苔養殖を営む漁師・松本泰英さんが獲る海苔だ。それまでも宇佐や中津の海苔を使用していた中で、データや味を集計し比べていくと、松本さんの獲る海苔の味が際立っていることに気が付いたという。「普通、水揚げされた海苔に付く珪藻（けいそう）ですが、松本さんの海苔は丁寧に手入れされているので珪藻が入ることがあまりありません。それから松本さんが獲った海苔だけを仕入れるようにしました。」と幸野さん。また、それまで鶴亀フーズでは獲れた海苔は一度冷凍し使用していたが、生の状態で仕入れるように変えたことで風味や味わいが格段に上がり、味に絶対的な確信が持てたという。</p>



<h3 class="wp-block-heading">若手漁師が受け継ぐ漁から生まれる“大分の海苔”</h3>



<p>父親の跡を継ぎ、若くして海苔漁師となった松本さんは、海苔養殖を営む家に育った。物心ついた頃から、両親が働く工場の傍らで過ごすことがほとんどだったという。20代の頃、一度は県外で働いていたが、両親の体調不良により帰郷。漁師という職業が大変な仕事であることは理解しながらも、手伝っていく内に“いい仕事だな”と感じることが増え、この仕事で生きる覚悟を決めたと松本さんは当時を振り返る。そんな松本さんが行う養殖方法は、「支柱式」。漁師が海に支柱を打ち込み、支柱と支柱の間に海苔網を張る天然海苔の生育に近い方法だ。潮の満ち引きを活かし、海の水が浸る満潮時には海の栄養素を吸収させ、海苔が海から完全に出る干潮時に日光を浴びた海苔は病気に強く、旨味が凝縮される。「海面が上下することで、海苔が乾燥しすぎることはないか、また水に浸りすぎてはいないかのバランスを常に管理しないといけません。」と、松本さんは毎日、潮の満ち引きを見極めながら網の高さを調節するという作業を繰り返し、大分市内にある鶴亀フーズまで往復4時間をかけてとれたての海苔を運んでいる。</p>



<h2 class="wp-block-heading">常に前進し、大分の海藻文化を伝え続ける</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/DSCF8099.jpg" alt="" class="wp-image-52731" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/DSCF8099.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/DSCF8099-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/DSCF8099-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>こうした海苔漁師の過酷な重労働は、確かに高齢化の進む漁師たちには大きな問題ではあるが、それは海苔養殖に限ったことではないと幸野さんは言う。「農業や漁業、小さな産地であればあるほど高齢化、後継者問題は避けては通れない問題。だからこそ今、私たちにできるのは大分の海苔の魅力やおいしさを発信して、海苔の評価を上げること。それが課題解決に繋がればと願い挑戦を続けています。」優れた製品をつくることが魅力となり、後継者を生む。衰退していく海苔養殖業の世界を変えるためには、常に進化し続けなければならないのだ。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/DSCF8095.jpg" alt="" class="wp-image-52732" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/DSCF8095.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/DSCF8095-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/DSCF8095-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>2020年以降のコロナ禍には売り上げの減少は否めなかったというが、鶴亀フーズは逆境を逆手に取り、代表作である「鶴亀海苔摘み海苔」を様々なコンテストに出品。その結果、2022年には「料理王国100選」で優秀賞、「食べるJAPAN美味アワード2023」では準グランプリを受賞した。全国規模の賞を受賞したことで変わったのは、お客様の商品の受け入れスピードだという。「自分たちのこだわりを伝えることはもちろん大切。ただ受賞したことで、お客様に興味を持ってもらえる速度がかなり早くなりました。」長い歴史の中で培った味に自信はあるが、世の中に訴えるための武器を持ったことで、認知度は増した。</p>



<p>「大分の海苔養殖が最盛期だった頃、私たちの歴史も始まった。だからこそ、この文化を絶やすことなく大分の海藻文化を継承する企業として使命感を持ち、今後の商品づくりに活かしていきたいです。」と幸野さん。</p>



<p>大分生まれ、大分育ち。まさに地元の味にこだわった鶴亀フーズの海苔は今、全国の食卓へと羽ばたいている。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/52725/">大分の海苔、そして日本の海藻文化を未来へつなぐ「鶴亀フーズ」／大分県大分市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<item>
		<title>大豆飴の伝統をつなぐ。「梅屋常五郎」と「鵬学園高等学校」の挑戦／石川県七尾市</title>
		<link>https://nihonmono.jp/article/52652/</link>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 03 Apr 2025 08:17:10 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[和菓子]]></category>
		<category><![CDATA[商品開発]]></category>
		<category><![CDATA[石川県七尾市]]></category>
		<category><![CDATA[伝統菓子]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/DSC10394.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>石川県七尾市には、鎌倉時代から伝わる伝統菓子がある。きな粉と水あめで作る和菓子「大豆飴（まめあめ）」。時代を超えて愛されてきたが、近年は和菓子離れが進み、地元でも大豆飴を知らない人が増えている。現状を打開するため、和菓子 [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/DSC10394.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>石川県七尾市には、鎌倉時代から伝わる伝統菓子がある。きな粉と水あめで作る和菓子「大豆飴（まめあめ）」。時代を超えて愛されてきたが、近年は和菓子離れが進み、地元でも大豆飴を知らない人が増えている。現状を打開するため、和菓子店「梅屋常五郎」と「鵬（おおとり）学園高等学校」の生徒たちが新たな挑戦を始めた。</p>



<h2 class="wp-block-heading">鎌倉時代にさかのぼる「大豆飴」の歴史</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/DSC10272.jpg" alt="" class="wp-image-52653" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/DSC10272.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/DSC10272-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/DSC10272-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>大豆飴と書いて「まめあめ」と読む。石川県七尾市に古くから伝わる和菓子で、きな粉と水あめを練り合わせた素朴な味わいで親しまれてきた。もっちりとした食感と大豆の香ばしい風味が懐かしさとともに口の中に広がり、思わず顔がほころぶ。</p>



<p>ひと言で「古くから」といっても、その歴史は100年や200年ではない。約800年前の鎌倉時代、能登国（現在の七尾市を含む石川県北部）を治めた武将･長谷部信連（はせべのぶつら）が、主君の源頼朝に大豆飴を献上した記録が残されている。また安土桃山時代に七尾を拠点とした武将･前田利家も大豆飴で豊臣秀吉をもてなしたといわれ、いかに長くこの地に根付いてきたかがうかがえる。</p>



<p>栄養価が高く日持ちすることから、江戸時代から明治時代初期にかけて日本海を往来した北前船の非常食としても重宝されたという。</p>



<h2 class="wp-block-heading">七尾の伝統菓子･大豆飴を製造する「梅屋常五郎」</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="549" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/DSC10230_edited.jpg" alt="" class="wp-image-52654" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/DSC10230_edited.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/DSC10230_edited-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/DSC10230_edited-768x511.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>能登半島のなかほどに位置する七尾市は、古来より能登の政治･経済の中心地として栄えた地。室町時代には守護大名･畠山氏（はたけやまし）が、安土桃山時代には前田利家が城下町を築き、大いに繁栄した。こうした背景のもとで茶の湯文化が花開き、和菓子もさかんに作られるようになったという。1915年創業の和菓子店「梅屋常五郎」は七尾の和菓子文化を伝える1軒だ。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/DSC10241.jpg" alt="" class="wp-image-52655" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/DSC10241.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/DSC10241-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/DSC10241-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>4代目の宮川雅州（みやかわ まさくに）さんは和菓子職人として腕を磨き、2020年に先代の父から店を継いだ。看板商品は大豆飴。時代の移り変わりとともに大豆飴を製造する店が減っていく中、宮川さんは代々受け継いできた素材や製法を忠実に守り、七尾伝統の味を伝えてきた。</p>



<p>一方でこんな思いも抱えていた。「大豆飴を買ってくださる方は年配の方がほとんど。若い世代になると、大豆飴を見たことも食べたこともないという方が多い。どうすれば若い人に大豆飴を買ってもらえるだろうか」。先細りしていく伝統と、時代のニーズのはざまで気持ちは揺れていた。そんな折、地元の高校生からこんなオファーを受けた。「一緒に新しい大豆飴を作ってほしい」。</p>



<h2 class="wp-block-heading">大豆飴になじみがない高校生たちの挑戦</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/ootorigakuen_005.jpg" alt="" class="wp-image-52656" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/ootorigakuen_005.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/ootorigakuen_005-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/ootorigakuen_005-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>宮川さんに協力を依頼したのは、七尾市にある鵬学園高等学校の生徒たち。鵬学園は自由な校風で知られ、石川県内で唯一の調理科を持つ。</p>



<p>授業の一環として取り組む探究活動で、あるグループが大豆飴に注目した。「七尾の伝統菓子といわれているけれど、若い世代はあまり知らないし、食べたこともない」。それは宮川さんと同じ思いだった。</p>



<h3 class="wp-block-heading">伝統を絶やさないために、自分たちができること</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/ootorigakuen_055.jpg" alt="" class="wp-image-52657" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/ootorigakuen_055.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/ootorigakuen_055-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/ootorigakuen_055-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>生徒たちは大豆飴の認知度を調べるため、七尾市内の小学5･6年生と中学1〜3年生にアンケート調査を行った。結果は「知らない」が92％。「このままでは大豆飴の長い歴史が途絶えるかもしれない」と危機感を抱いた。</p>



<p>大豆飴を若い世代に知ってもらうためには新しい切り口が必要なのではないか。生徒たちはそう考え、新たな大豆飴の開発を目指して宮川さんに協力を仰ぐことにした。</p>



<p>開発にあたって目標に据えたのは「若い世代に受け入れてもらえる新しい味わいの大豆飴を作る」こと。そこで地方創生にも取り組む中田英寿氏が代表を務めるJAPAN CRAFT SAKE COMPANYに熱意をつづった手紙を送り、監修を依頼した。これまで多くの企業の商品開発を手がけてきた中田氏の知見を借りて、今までにない新しい大豆飴を作りたいと考えたのだ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">中田英寿氏監修のもと、商品開発がスタート</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/DSC10366.jpg" alt="" class="wp-image-52658" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/DSC10366.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/DSC10366-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/DSC10366-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>宮川さんと生徒たち、中田氏との間でオンラインミーティングやメールのやり取りを重ねながら、新しい大豆飴の開発に向けた試行錯誤が始まった。「もっと食感を楽しめるように」「味わいのアクセントにふさわしい素材は何か」「もっと食べやすいサイズに」と課題に一つひとつ対応しながら試作を繰り返す。誰ひとり妥協することなく改良を続け、味わいはどんどん磨かれていった。</p>



<p>宮川さんにとって、中田氏のアイデアも生徒たちの発想も固定観念を打ち破る新鮮さにあふれていたという。「思いもよらない発想だったり、ユニークなリクエストだったり。皆さんの意見を取り入れて作ることには難しさもありましたが、職人としてやりがいを感じました」と笑みを見せる。そして何より、試作を重ねるたびにおいしくなっていく過程に宮川さんは大きな喜びを感じていた。</p>



<p>一方、生徒たちは中田氏とのやり取りの中で、商品開発に大切なのはおいしさだけではないことも学んでいた。商品コンセプトや価格の設定、パッケージデザイン、ネーミング、販売戦略などやるべきことはいくらでもあった。商品が完成して終わりではない。多くの人に手に取ってもらい、売れ続ける商品にするための方法を、中田氏のアドバイスのもとで探求し続けた。</p>



<h3 class="wp-block-heading">約5ヶ月かけて、現代的にアレンジした大豆飴が完成</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/DSC10379.jpg" alt="" class="wp-image-52659" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/DSC10379.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/DSC10379-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/DSC10379-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>ターゲットに据えたのは、旅行意欲の高い30代女性。素材はできるだけ地元産にこだわり、大豆飴にモダンなエッセンスを加えるためチョコレートを使うことにした。</p>



<p>最も工夫を重ねたのは食感と風味の表現だ。きな粉は香ばしさを際立たせるため、店内で大豆を挽いて鮮度を保持。耳たぶのような柔らかさを追求した生地の中にナッツを入れ、食感の対比を楽しめるようにした。ナッツは風味が異なるクルミ、アーモンド、ヘーゼルナッツの3種類。オーブンで焼いて細かく砕き、キャラメルをからめた後にチョコレートでコーティングすることで味わいに厚みを持たせた。</p>



<p>全体の味を引き締めるアクセントとして選んだのは、能登産の塩と醤油。手間をかけて手作りした大豆飴は、ひとつ、またひとつと、つい手が伸びる味わいに仕上がった。</p>



<h2 class="wp-block-heading">能登復興への思いを新しい大豆飴にのせて</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/ootorigakuen_067.jpg" alt="" class="wp-image-52660" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/ootorigakuen_067.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/ootorigakuen_067-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/ootorigakuen_067-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>実は生徒たちの探究活動には、もうひとつのテーマがあった。2024年の能登半島地震で大きな被害を受けた七尾市を「元気にしたい」という思いだ。七尾市内では数多くの建物が倒壊し、鵬学園の校舎にも陥没や外壁のひびなど大きな傷跡が残る。市内には2次避難先や仮設住宅で暮らす人も多く、街も人も傷ついたまま再建の途上にある。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/ootorigakuen_006.jpg" alt="" class="wp-image-52661" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/ootorigakuen_006.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/ootorigakuen_006-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/ootorigakuen_006-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>新しく開発した大豆飴の商品名は「復興の一歩に。そして買ってくれた人に福が来るように」と願い「FUCCO（福来：ふっこ）」に決めた。梅屋常五郎の店頭や金沢駅で販売するほか、全国の多くの人に手に取ってもらえるようにインターネット販売とふるさと納税の販路も確保。売り上げの一部は復興支援金として七尾市に寄付することにした。</p>



<h2 class="wp-block-heading">生まれ変わる大豆飴に、まちの未来を重ねる</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/DSC10307.jpg" alt="" class="wp-image-52662" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/DSC10307.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/DSC10307-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/DSC10307-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>「2024年を、震災が起きた年ではなく『復興元年』に塗り替えたいんです」と生徒たちは力を込める。大豆飴の伝統を新たな形で表現したように、七尾のまちも前向きに復興していけたら。大切なふるさとの未来を描く彼らの思いは、真っすぐで気負いがなく、軽やかだ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">800年の伝統をつないできた誇りを復興の力に</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/DSC10258.jpg" alt="" class="wp-image-52663" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/DSC10258.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/DSC10258-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/DSC10258-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>宮川さんは若い世代の感性に触れ、さまざまな学びを得たという。伝統を守ることは、すなわち「想いをつなぐ」こと。「昔ながらの大豆飴のレシピを時代に合わせて変えるのもひとつの方法かもしれませんが、今回のような交流を続けていくことも伝統の継承につながると思います」。新たな交流と視点を広げながら、七尾の誇りである伝統菓子を後世につないでいくことが、これからの宮川さんの目標だ。</p>



<p>生徒たちにとって大豆飴の歴史をたどることは、七尾の歴史をたどることでもあった。鎌倉時代に源頼朝が食べた大豆飴と、宮川さんが受け継いできた大豆飴、そして自分たちが開発した新しい大豆飴。それらが1本の線でつながっていることに、誇らしさを感じたという。「800年も受け継がれているってすごいこと。ポテンシャル高すぎでしょ」と目を輝かせる。</p>



<p>地震の傷跡があちこちに残る七尾市で、和菓子の老舗と地域の高校生たちが挑戦した今回の共同開発プロジェクト。大豆飴を通じた縁から生まれた「FUCCO」は復興への願いをのせて七尾の街へ、そして全国へと広がっていく。</p>



<p>「伝統を守る」とは「思いをつなぐ」ということ。ふるさとに思いをはせて作った「FUCCO」が、傷ついた七尾の街に希望を上書きする新たな伝統菓子となることを、宮川さんも生徒たちも願っている。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/52652/">大豆飴の伝統をつなぐ。「梅屋常五郎」と「鵬学園高等学校」の挑戦／石川県七尾市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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