<?xml version="1.0" encoding="UTF-8"?><rss version="2.0"
	xmlns:content="http://purl.org/rss/1.0/modules/content/"
	xmlns:wfw="http://wellformedweb.org/CommentAPI/"
	xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/"
	xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom"
	xmlns:sy="http://purl.org/rss/1.0/modules/syndication/"
	xmlns:slash="http://purl.org/rss/1.0/modules/slash/"
	>

<channel>
	<title>陶器 - NIHONMONO</title>
	<atom:link href="https://nihonmono.jp/tag/%e9%99%b6%e5%99%a8/feed/" rel="self" type="application/rss+xml" />
	<link>https://nihonmono.jp</link>
	<description>「にほん」の「ほんもの」を巡る旅マガジン</description>
	<lastBuildDate>Mon, 16 Jun 2025 03:35:19 +0000</lastBuildDate>
	<language>ja</language>
	<sy:updatePeriod>
	hourly	</sy:updatePeriod>
	<sy:updateFrequency>
	1	</sy:updateFrequency>
	<generator>https://wordpress.org/?v=6.8.5</generator>

<image>
	<url>https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2021/06/cropped-favicon-32x32.png</url>
	<title>陶器 - NIHONMONO</title>
	<link>https://nihonmono.jp</link>
	<width>32</width>
	<height>32</height>
</image> 
	<item>
		<title>蹴りろくろとの調和が生みだす素朴で力強い「うつわ」陶芸家･鈴木美雲さん／山形県山形市</title>
		<link>https://nihonmono.jp/article/39245/</link>
					<comments>https://nihonmono.jp/article/39245/#respond</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 23 Nov 2023 01:02:51 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[陶芸]]></category>
		<category><![CDATA[陶器]]></category>
		<category><![CDATA[器]]></category>
		<category><![CDATA[陶芸家]]></category>
		<category><![CDATA[工芸]]></category>
		<category><![CDATA[工芸家]]></category>
		<category><![CDATA[山形県]]></category>
		<category><![CDATA[山形]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://nihonmono.jp/?p=39245</guid>

					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/FC_20230717_0240-54-1-1024x819.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>鈴木美雲さんは、山形県山形市に工房をかまえる陶芸家です。作陶に使用する足で蹴って回す「蹴ろくろ」は鈴木さんの自作。手数を加えすぎないシンプルなうつわは素朴さの中にも柔らかさがあり、日々の生活の中に自然に溶け込んでくれます [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/39245/">蹴りろくろとの調和が生みだす素朴で力強い「うつわ」陶芸家･鈴木美雲さん／山形県山形市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/FC_20230717_0240-54-1-1024x819.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p class="has-text-align-center"><strong>鈴木美雲さんは、山形県山形市に工房をかまえる陶芸家です。<br>作陶に使用する足で蹴って回す「蹴ろくろ」は鈴木さんの自作。<br>手数を加えすぎないシンプルなうつわは素朴さの中にも柔らかさがあり、日々の生活の中に自然に溶け込んでくれます。</strong></p>







<p>山形県山形市にある工房で作陶を行う陶芸家の鈴木美雲さん。自ら採取してきた土や、蹴って回す自作の「蹴りろくろ」から生み出されるのは、過剰な装飾を排したシンプルな「うつわ」。李朝に心惹かれた鈴木さんの手による作品は、力むことなく生活にすっと馴染む顔を持つ。</p>







<h2 class="wp-block-heading">シンプルで力強いうつわづくりをする若手陶芸家</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-011-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-39247" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-011-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-011-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-011-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-011.jpg 1280w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>






<p>山形市内で作陶を行う、陶芸家の鈴木美雲さん。元々は千葉の出身だが、両親が東北の出身ということもあって小さいころから東北には馴染みがあったという。そして東北芸術工科大学への進学をきっかけに山形県に移住。現在、アトリエ兼自宅として使っている一軒家は、元々鈴木さんの祖父母のものだった。在学時より住み始め、卒業後に家を譲り受けたそうだ。</p>



<p>鈴木さんが作る作品は、<strong>過剰な装飾を一切取り除いた、ストイックなまでにシンプルなうつわ</strong>。学生時代に厚手でどっしりとした素朴さを特徴にもち、侘び寂びを尊ぶ日本人に愛された李朝の陶磁器に出会い、その簡素な美に影響を受けたという通り、素朴ながら土の質感を感じさせる色味と質感をもつ鈴木さんの作品は、生活の中にすっと入りこむ不思議な魅力を持っている。</p>







<p><strong>住宅街の中にあるアトリエ</strong></p>



<p>鈴木さんのアトリエは、幹線道路に近い住宅街にもかかわらず、不思議なほど静謐な雰囲気に包まれていた。山形市といえば県庁所在地だ。しかも国道に程近い場所とあれば様々な環境音に煩わされそうなものだが、工房兼自宅の敷地に一歩足を踏み入れた瞬間、周囲から隔絶されたような不思議な空間に迷い込んだ気にさせられた。</p>



<p>それは、鈴木さんが裸足で現れたからだった。この理由は後にわかるのだが、当時は2月。雪が降り積もり、外気温は氷点下前後と推測されるような天気のなかで、いくら室内とはいえ裸足で軽やかに歩く姿はとても印象に残った。鈴木さんのアトリエには、窯も併設されている。使っているのは、薪釜に近い焼き方ができる灯油釜。薪釜は昔ながらの焚き方ができるものの、たくさんの木材が必要となり、加えて日数も技術も必要だということで、灯油窯を選んだという。作品の大きさによるものの、一度に30個ほど焼くことができる大きさだ。「住宅が周りにあるので、ご近所には許可を取って設置しました」と鈴木さん。</p>







<h2 class="wp-block-heading">ユニークな手作りの「蹴りろくろ」</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-001-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-39249" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-001-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-001-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-001-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-001.jpg 1280w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>






<p>鈴木さんのアトリエ内でもう一つ目を惹くのが、<strong>作業場に設置された「蹴りろくろ」</strong>だ。これもある意味、鈴木さんの「作品」ともいえる。なぜかと言えば自作だから。ろくろといえば手動と電動があり、現在、より広く使われているのは電動のもの。事実、鈴木さんが通っていた芸工大でも、電動ろくろは数多く設置されていたが、手ろくろは1台しかなかったという。電動を選ぶ学生が多い中、「李朝の器が好きなら手ろくろを使う方がいい」という講師からのアドバイスをきっかけとして手ろくろを選んだ。さらに、在学中に丸太をもらってきて自ら作ったのが、鈴木さんが現在作業場で使っている「蹴りろくろ」だ。その名の通り、足で蹴ってろくろを回し、手で器を形作っていく。それだけでなく手と足をバラバラに動かす必要があり、その上鈴木さんによれば<strong>「あまり回らない」</strong>のだとか。厳寒の季節にも裸足でろくろを蹴り、しかもその回りが良くないというのなら、もっとスムーズな動きのろくろに変えた方が効率が良いのではと傍から見ていると思ってしまうものの、「今の手ろくろはエアーが入っているので、電動のものとあまり動きが変わらず、スムーズな作陶ができる。ただ私があこがれているのは素朴さや不完全の美しさが宿る昔の器。それを表現するためには、<strong>原始的であまり早く回らないろくろ</strong>が向いているので、あえて蹴りろくろを選んだ」と鈴木さんは語る。</p>







<h2 class="wp-block-heading">ろくろと李朝が決めた陶芸のみち</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-016-1-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-39250" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-016-1-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-016-1-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-016-1-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-016-1.jpg 1280w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>


<p>鈴木さんを陶芸の道に引き込み、その後の作風を決定づける重要な局面にあったのは、<strong>「ろくろ」と「李朝」</strong>だったという。</p>



<p>陶芸との出会いは、美術系の学校に通っていた高校生の時。ろくろに触れ、「ろくろを回したい、ろくろを続けたい」という思いが芽生え、陶芸を学べる東北芸術工科大学の工芸コースへ進学した。そして、在学中に現在の作風を決定づけることが起きる。過去の作品を学んでいる時にふと目にした<strong>川喜田半泥子（かわきたはんでいし）の粉引</strong>に心惹かれ、その後<strong>「李朝」の陶磁器へたどり着いた</strong>のだ。川喜田半泥子は明治から昭和にかけて活躍した陶芸家。「東の魯山人、西の半泥子」とも称され、伝統をベースにしつつも窯割れやゆがみを活かした自由な表現で知られる。そしてもう一つ、鈴木さんの作風に影響を与えたのが「李朝」だ。うつわを指して「李朝」という時、それは14世紀後半から20世紀後半に朝鮮半島に存在した王朝「李氏朝鮮」で作られた陶磁器を表す。その特徴である歪み、薄手で上品な仕上がりの陶磁器とは対極を成すどっしりとした素朴さが不完全の美となり、侘び寂びを好む日本の通人たちの心をつかんだ。そんな李朝陶磁器の特徴、そして過剰な装飾の無い素朴でシンプルなスタイルに、鈴木さんは心を捉えられたのだという。<strong>「良い意味で綺麗すぎないところが良い」</strong>と、鈴木さんは李朝をそんな風に表現する。</p>



<p>それらに影響を受けた鈴木さんの作風は、いたって素朴。だからこそ土の質感をダイレクトに感じられ、そこに、長石と灰のシンプルな調合で仕上げた釉薬の流れや溜まり具合が表情を持たせている。過剰な装飾がないということが逆に心に残り、自然に手元に置いておきたくなる魅力を放っている。</p>



<p>そんな唯一無二のうつわづくりを行う鈴木さんには、近頃意識していることがあるという。</p>







<h2 class="wp-block-heading">山形だからこそできるものづくりを目指す</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-007-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-39251" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-007-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-007-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-007-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-007.jpg 1280w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>






<p>鈴木さんが近年心がけているのは、<strong>「山形だからこそできるものづくり」</strong>。地元の原材料を活かし、この土地だからこそできるうつわを作っていきたいと考えているのだとか。</p>



<p>例えば土。基本的に岐阜の方の土を購入して使っているものの、時には鈴木さんが「散歩の途中で見つけた」という近所の山から採ってきた土を使うことも。地元の土は砂っぽくおおよそ陶芸向きの土質ではないが、綺麗な土と一緒に混ぜることで焼き上がったうつわから野趣を感じられるのだという。また、釉薬の調合に使う灰にも地元の原材料を取り入れている。それは、果樹灰。果物王国と言われる山形で採れた色々な果物や果樹が混ざった灰を用いて釉薬を作っているのだそう。窯元や窯業地で作陶をしているわけではない分、<strong>自分が住んでいる土地ならでは</strong>の要素を取り入れていきたいと鈴木さんは考えている。それは、「この土地が好きだから」。陶芸用の土が凍るほどに冷えこむ雪国は、うつわ作りには決して向いていない。しかし、山形のきれいな空気や自然が好きで、その環境の中で祖父母の家をアトリエにして作陶ができるのは、自分にとってとても大きなメリットだと鈴木さん。また、山形の焼き物が最近では少し廃れているのではという危惧も、現在住んでいる土地の特徴や要素を自身の作陶に活かしたいと考える理由の一つだという。</p>







<h2 class="wp-block-heading">目指すのは、生活にすっと馴染んで使いやすい「うつわ」</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-002-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-39252" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-002-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-002-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-002-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-002.jpg 1280w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>






<p>「生活用のうつわだけれど、茶器などにも使えるような、<strong>ふり幅のあるうつわ</strong>を作っていきたい」と鈴木さんは言う。それはまさに、現地では雑器として使われていた李朝陶磁器が、日本にやって来た後茶器として使われるようになったイメージに近い。確かに鈴木さんが作るうつわには「猪口だが小鉢としても使える」など、元々のカテゴリをゆうに超え、使う人の生活スタイルに合わせて柔軟に使うことができる一面があるように思える。</p>



<p>もう一つ目指すのは、重さや大きさなどからくる「使いやすさ」。ただ、以前は使いやすさをあまり重視していないこともあったという。サイズや形はあまり考えず、うつわは重ければ重いほど良いと考えて作陶していた時期も。しかし、「人の手に取ってもらうためには、使い勝手も考えないとだめだ」という助言を受けたことをきっかけに<strong>「うつわの使いやすさ」</strong>についても頭の片隅に置き、ろくろを回している。とはいえ、まだまだ作りたいうつわに関してはさまよっている部分もあるのだとか。</p>







<h2 class="wp-block-heading">不十分さから生まれる美</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-012-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-39253" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-012-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-012-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-012-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-012.jpg 1280w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>






<p><strong>「私の作るうつわは、不十分な中からできたもの」</strong>と鈴木さんは自分のうつわを表現する。それは、割れやすく陶芸向きでない地元の土や、滑らかに回らないろくろといった「何かが足りない」状況から生み出されているものだということ。とはいえ、作陶環境に便利さを欲しているわけではない。足りない状況から出来上がったうつわには、余白や抜けた印象が宿るためだ。その<strong>「余白」</strong>を鈴木さんは大切にしている。</p>



<p>陶磁器というと、「侘び寂び」や「伝統工芸」といった小難しい話題がついて回りがちだが、鈴木さんは自身の作品に関して、あまり分類やカテゴリについては考えていないという。「あくまで<strong>『うつわ』を作っている</strong>」とは鈴木さんの言葉だ。伝統工芸品ではなく、かといって完全に生活に使う陶磁器というスタイルに振っているわけでもなく、まだまだ両者の間をさまよっている。そんな「自身の作品をカテゴライズしない」という姿勢からも、鈴木さんのうつわの魅力の一つである余白がにじみ出ているように思える。</p>



<p>原始的であまり回らない蹴りろくろや陶芸向きでない土といった不完全な環境から生み出される鈴木さんの「うつわ」。その素朴な「うつわ」は、難しいことは抜きにして、一つ手元に置いておきたいと思わせる不思議な魅力を放っている。そして一度手に取れば、わたしたちの生活の中にするりと心地よく馴染んでくれることだろう。</p>






<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/622e5efddb14e09fa5fd4df3f1f05580-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-48714" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/622e5efddb14e09fa5fd4df3f1f05580-1024x683.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/622e5efddb14e09fa5fd4df3f1f05580-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/622e5efddb14e09fa5fd4df3f1f05580-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/622e5efddb14e09fa5fd4df3f1f05580.jpg 1200w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /><figcaption class="wp-element-caption">陶芸家　鈴木美雲さん</figcaption></figure></div>


<p>私は窯業地や窯元にいて作陶をしているわけではありません。だからこそここ最近思うのは、山形ならではのものづくりです。土や釉薬を地元山形産のもので固め、この土地だからこそできるうつわを作っていきたいと考えています。私が作るうつわは、不十分な中から生まれたものです。自分でとってきた近所の山の土は陶芸には決して向いているとは言えない土質ですし、自作の「蹴ろくろ」は電動ろくろなどと比べたら、お世辞にも滑らかに動くとは言えません。そのような何かが「足りない」環境から生まれたうつわからは、良い意味で余白や抜けた印象を感じていただけると思います。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/39245/">蹴りろくろとの調和が生みだす素朴で力強い「うつわ」陶芸家･鈴木美雲さん／山形県山形市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
					<wfw:commentRss>https://nihonmono.jp/article/39245/feed/</wfw:commentRss>
			<slash:comments>0</slash:comments>
		
		
			</item>
		<item>
		<title>京都の名匠の家系に生まれ、山形県の山里で作陶を行う陶芸家･土田 健さん</title>
		<link>https://nihonmono.jp/article/38842/</link>
					<comments>https://nihonmono.jp/article/38842/#respond</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 29 Sep 2023 01:00:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[器]]></category>
		<category><![CDATA[陶芸家]]></category>
		<category><![CDATA[工芸]]></category>
		<category><![CDATA[工芸家]]></category>
		<category><![CDATA[山形県]]></category>
		<category><![CDATA[山形]]></category>
		<category><![CDATA[作陶]]></category>
		<category><![CDATA[茶陶]]></category>
		<category><![CDATA[陶芸]]></category>
		<category><![CDATA[陶器]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://nihonmono.jp/?p=38842</guid>

					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/top-1-1.png" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>山形県西村山郡西川町で「聴雪窯（ちょうせつがま）」という名の登り窯を構える陶芸家の土田健さん。千利休の子孫である三千家の家元に茶道具を納める京都の名匠の家系に生まれながら、山形のなかでも雪深いエリアのひとつである山形県西 [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/38842/">京都の名匠の家系に生まれ、山形県の山里で作陶を行う陶芸家･土田 健さん</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/top-1-1.png" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p class="has-text-align-center"><strong>山形県西村山郡西川町で「聴雪窯（ちょうせつがま）」という名の登り窯を構える陶芸家の土田健さん。<br>千利休の子孫である三千家の家元に茶道具を納める京都の名匠の家系に生まれながら、<br>山形のなかでも雪深いエリアのひとつである山形県西川町の大井沢地区に移り住み、<br>茶陶を中心に意欲的に制作活動を行っています。</strong></p>







<p>お茶が点てられ、美味しく飲めればデザインは自由の茶道具の世界。「手取りがいい」「お茶を点てやすい」と評判の茶陶を作る陶芸家が山形県西川町にいる。京都市で「千家十職」十二代袋師の次男として生まれながら、幼い頃に抱いた夢を実現し、山形の山里で作陶を行う土田健さんだ。</p>







<h2 class="wp-block-heading">日常にあった茶道の世界</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/Tsuchida-2-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-38848" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/Tsuchida-2-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/Tsuchida-2-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/Tsuchida-2-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/Tsuchida-2.jpg 1280w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>






<p>山形県西川町で登り窯「聴雪窯（ちょうせつがま）」を構える土田健さん。京都、そして唐津で修業を積んだ後、2007年に西川町大井沢に移り住み、茶陶を中心に作品を生み出している。</p>



<p>陶芸をはじめた当初は、ただ焼き物に携わる仕事ができればと思っていた。しかし本格的に学ぶうちに陶芸の奥深さに魅了され「自分自身の作品を生み出したい」という情熱が芽生えていったという。そこから茶陶を選んだのは、自然の流れだったと土田さんは振り返る。茶道具を入れる袋を作る「袋師」の家系に生まれ、幼少期から母親の影響でお茶会に連れて行かれることも多く、自身でお茶を点てて飲んでいたほど茶道は常に身近な存在だった。そんな家庭環境も土田さんを茶器に導いた。</p>



<p>とはいえ土田さんは陶芸一家に生まれたわけでもなく、小学生までは陶芸家という職業も知らなかった。そんな土田さんがなぜ陶芸家の道に進むことになったのだろうか。</p>







<h2 class="wp-block-heading">幼い頃に抱いた「陶芸家」の夢</h2>



<p>土田さんは、<strong>茶道の家元として有名な「表千家」「裏千家」「武者小路千家」を総称した“三千家”が好む茶道具を代々にわたって制作している十の家「千家十職」のなかで、茶器を入れる袋やそれを包む服紗（ふくさ）などの製作に携わる袋師･土田家の十二代目当主の次男として</strong>として京都で生まれた。</p>



<p>「僕は次男なので、ずっと兄貴の保険みたいなものだと思っていた」</p>



<p>家業は土田さんの兄が継承しているが、兄に何かがあった時には自分が跡継ぎとなることがずっと頭にあったという。</p>



<p>それもあってか、大学卒業間近になっても将来のビジョンが定まらず、卒業後は自分探しの旅に出ようと考えていたほどだった。そんな時、父親から「ふらふらだけはするな」と見透かされたように言われ、渋々と就職活動に取り組んだ。</p>



<p>大学卒業後、京都市内のお香の製造会社に就職し3年ほど経った頃に転機が訪れた。兄に長男が生まれたことで自身が家業を継ぐ可能性がなくなったと感じたことで、次のキャリアを考えるようになる。</p>



<p>この時、かつての小学校の同窓会での友人の言葉が蘇った。「陶芸家になるという夢はどうなった？」という問いかけだった。</p>



<p>土田さんは小学3年生の頃、将来の夢に「陶芸家」と書いた。その理由は、たまたま見たテレビ番組で職人がろくろを回す様子を見て面白そうだと思ったから。それまでは陶芸家という職業すら知らなかった。担任の先生も当時のことを覚えており<strong>「陶芸家の息子でもないのに、陶芸家になりたいと書いたのは後にも先にもあなただけ」</strong>と言われたという。</p>



<p>そこから「小さい頃の夢を叶えていく生き方もかっこいいかもしれない」と、土田さんは陶芸家を志す。</p>







<h2 class="wp-block-heading">経験“ゼロ”からの作陶活動</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/Tsuchida-8-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-38851" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/Tsuchida-8-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/Tsuchida-8-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/Tsuchida-8-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/Tsuchida-8.jpg 1280w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>

<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/Tsuchida-5-3-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-38852" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/Tsuchida-5-3-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/Tsuchida-5-3-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/Tsuchida-5-3-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/Tsuchida-5-3.jpg 1280w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>






<p>とはいえ焼き物の世界について知見も経験もない土田さんは、働く傍らカルチャーセンターの陶芸教室に通い始める。そこで先生に相談するなかで、本格的に陶芸の道を進むなら京都に訓練校がある、ということを知る。</p>



<p>訓練校で京焼の基礎を学んだ後、より深い技術を身に付けるために、<strong>焼き物の原点である佐賀県の唐津で修行</strong>した。登り窯を学びたかったことも唐津を選んだ理由のひとつだ。いまでは電気やガスで焼く所がほとんどだが、薪で焼いたものを知っているのと知らないのとでは、同じ電気窯を扱うにしても違うのではないかと考えた。</p>



<p>また唐津焼は茶道の世界において、古くから「一楽、二萩、三唐津」といわれ、茶陶としてその地位を確立している。彼が魅了された唐津焼のスタイルは、現在の土田さんの作品にも織り交ぜられている。</p>



<p>当時は独身で自分ひとりが食べていける収入があればいいと思っていたし、陶芸家といえばメディアに出るような成功者しか知らなかったから陶芸家として生きていくことに不安はなかったという土田さん。</p>



<p><strong>しかし父親に陶芸の道に進むと伝えることは一大決心だったようだ。「世の中に絵描きと焼き物屋はごまんといる。それでもやる気か」と大変驚かれたが、父親が「できる限りのことはしたい」と言ってくれたことが、大きな心の支えとなっていく。</strong></p>







<h2 class="wp-block-heading">京都、唐津を経て、自然の流れで山形に移住</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/image-4.png" alt="" class="wp-image-38855" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/image-4.png 941w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/image-4-300x200.png 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/image-4-768x511.png 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>






<p>唐津で4年半の修業を経て、土田さんが自身の窯を開いた場所が山形県の西川町大井沢だった。この地に導かれたのも「すべては自然の流れだった」と土田さんは言う。</p>



<p>土田さんは京都生まれだが、母親の実家は山形県山形市にあり「あげつま」という料理屋を営む。登り窯ができる、煙をいくら出しても問題のない場所を探していたときに、もともと祖父が山遊びの別荘として所有していた<strong>西川町の古民家をタイミング良く譲り受けた。</strong></p>



<p>しかし西川町大井沢は、東北の名峰月山（がっさん）の麓に広がり、冬には何メートルもの雪が積もる県内でも有数の豪雪地帯。山形に住む人にも「よく雪深いこの地に京都から来る決心をしたね」と言われるほどだ。</p>



<p>移住を決める前、奥様と初めて山形を訪れた。新緑の美しい風景を見て「いいところだね」と言葉を交わした。その後、土田さんが「冬にも行こう」と提案したところ、奥様からは「やめとく。見て行きたくなくなったら困るから」と断られたそうだ。笑い話になりつつも、冬の山形は移住後に初めて味わうことになった。</p>



<p>最初は雪深さに驚いたものの、近所の重機の達人から除雪を手伝ってもらったり、冬の食料不足を心配した近隣の方から野菜をもらったりと、地域の人たちのあたたかさに触れた。</p>



<p>「僕は人に恵まれている」と話すように、山形に移住してから縁が不思議なくらいに次々と繋がっていった。独立後、作品をギャラリーや展示会で売り込む経験は他の作家にとっては一般的だが、土田さんはそのような経験がないという。</p>



<p>ある知り合いが山形市のギャラリーオーナーに「応援してあげて」と土田さんを紹介したことがきっかけで、表千家や裏千家の先生方が工房を訪問する機会が生まれた。そこから個展の話が持ち上がり、2011年に山形市で初めての個展を開くことになった。</p>



<p>この個展を皮切りに、県内はもちろん、仙台や京都、金沢など、全国各地で精力的に展開し、以前勤めたお香の製造会社での作陶展や、十三代当主である兄との兄弟展を開催するなど活躍の場を広げている。</p>



<p>「山奥で作陶をして、じっとしていても誰も見向きもしてくれない」</p>



<p>今後の目標は、規模にはこだわらず、個展を全国47都道府県、そして海外で開くこと。そして若い世代にもっとお茶に気軽に触れて、愉しんでほしいとの熱い思いを抱いている。</p>






<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/image-6.png" alt="" class="wp-image-38859" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/image-6.png 941w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/image-6-300x200.png 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/image-6-768x511.png 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>






<h2 class="wp-block-heading">こだわらないことが、こだわりである</h2>



<p>山形に暮らして約15年。昔は自分の作るものに対し「こういうものを作らなくてはいけない」という固定観念があった。しかし今は伝統的な技法を守りつつ、自然豊かな作陶環境だからこそ生み出せる、作意が感じられない、自然と共に生まれる作品を目指している。</p>



<p>「子どものスキークラブについて行ってたら、講師から自分も指導を受けるようになって、ライセンスを受けることにしたんです」</p>



<p>一見焼き物と関係ない話だが、ひとつのものにこだわり過ぎる性格のため、作陶に没頭するだけでは周りが見えなくなってしまう。山形での暮らしや遊びの中から生まれるアイデアも、結果的に独りよがりにならない、自由な作陶に繋がっている。</p>



<p>例えば、ある白い釉薬の焼物には、大井沢の風景写真を一緒に飾った。そうすると作品を手にする人々が「この色は雪の白かな」などと独自の解釈を楽しむことができるのだ。</p>



<p>また、茶陶は茶の世界で使われる道具の一つ。土田さんは情熱を表現することも芸術家の仕事だと考える一方、茶道具はあくまでも使いやすいもの、使えるものが大前提だと話す。 気に入ってるから特別な日しか使わないのではなく、日々の暮らしの中でどんどん使ってもらいたい。</p>



<p>「お茶というのはあくまでも人の輪でもありますし、その人たちがその場で作り上げるセッションです。そこで上手く奏で合う、そういった道具になればよい」</p>



<p>そして茶文化が根付く京都のように、どこか優雅で洗練された作品を生み出している。</p>







<h3 class="wp-block-heading">「大井沢焼」の作風は定まっていない</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/Tsuchida-3-2-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-38862" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/Tsuchida-3-2-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/Tsuchida-3-2-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/Tsuchida-3-2-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/Tsuchida-3-2.jpg 1280w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>






<p>2014年には土田さんの作品の名称が、茶道美術品の収蔵で有名な京都市の北村美術館の木村館長から<strong>「大井沢焼」と命名された。</strong></p>



<p>唐津で勉強したためベースは唐津焼、しかし唐津ではない「大井沢焼」の特徴とは何なのか。</p>



<p>「◯◯焼と呼ばれるものは、何百、何千年と時代を重ねていくなかで、いろんなものが削ぎ落とされて、いいものが残る。それが特徴であり、ぼく個人が生きている間に大井沢焼の特徴を語るなんてのはおこがましい。どこかで僕の作品を見た人が『これって大井沢焼だよね』って言ってもらえるような何かができたら良いって思います」と土田さん。</p>



<p>備前焼や唐津焼のように、大井沢焼も時間をかけてその特徴が確立されることを信じている。</p>



<p>登り窯で丹精込めて焼き上げられる土田さんの「大井沢焼」は、使う人たちの日常に寄り添い、長く愛され続けることだろう。</p>






<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/1a97ae8764043b28617695765465d660-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-48973" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/1a97ae8764043b28617695765465d660-1024x683.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/1a97ae8764043b28617695765465d660-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/1a97ae8764043b28617695765465d660-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/1a97ae8764043b28617695765465d660.jpg 1200w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /><figcaption class="wp-element-caption">陶芸家「聴雪窯」　土田健さん</figcaption></figure></div>


<p>京都の袋師の家に生まれ、幼い頃にテレビで見た職人がろくろを回す光景が心に残り続けたためか、自然な流れで陶芸家になり、自然な流れで母方のルーツがある山形に移り住んでいました。2007年からは大自然に恵まれた大井沢の地に「聴雪窯」をかまえ、心のままに作陶に励んでいますが、陶芸家の中では薪を使って焼成するなど、前時代的な仕事の仕方をしているのではないかと思っています。私の作品には茶陶が多いですが、茶の湯の席で使いやすいことはもちろん、他の道具との調和を図りつつも存在感があるような器を理想としています。私の心のままに作った作品が、手に取っていただく誰かの心を和ませたり、気が付けば生活の中に入り込みいつも使ってしまっていたりという存在になれれば幸いです。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/38842/">京都の名匠の家系に生まれ、山形県の山里で作陶を行う陶芸家･土田 健さん</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
					<wfw:commentRss>https://nihonmono.jp/article/38842/feed/</wfw:commentRss>
			<slash:comments>0</slash:comments>
		
		
			</item>
		<item>
		<title>使い手の生活に寄り添い永く愛される工芸品を。陶芸家･大澤哲哉さん</title>
		<link>https://nihonmono.jp/article/38698/</link>
					<comments>https://nihonmono.jp/article/38698/#respond</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 21 Sep 2023 01:00:35 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[アンティーク]]></category>
		<category><![CDATA[愛知県]]></category>
		<category><![CDATA[日本六古窯]]></category>
		<category><![CDATA[陶芸]]></category>
		<category><![CDATA[工芸家]]></category>
		<category><![CDATA[常滑焼]]></category>
		<category><![CDATA[愛知]]></category>
		<category><![CDATA[陶器]]></category>
		<category><![CDATA[愛知県常滑市]]></category>
		<category><![CDATA[食器]]></category>
		<category><![CDATA[器]]></category>
		<category><![CDATA[陶芸家]]></category>
		<category><![CDATA[工芸]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://nihonmono.jp/?p=38698</guid>

					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/oozawa_13_54-1-1024x819.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>「日本六古窯」の1つにも数えられる常滑焼の産地、愛知県常滑市。陶芸家・大澤哲哉さんはこの地に拠点を構え、普段使いの食器や道具を作っています。ヤスリによる磨きの技術と常滑独自の釉薬で表現するかすれた風合いと上品な輝きは、ま [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/38698/">使い手の生活に寄り添い永く愛される工芸品を。陶芸家･大澤哲哉さん</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/oozawa_13_54-1-1024x819.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p class="has-text-align-center"><strong>「日本六古窯」の1つにも数えられる常滑焼の産地、愛知県常滑市。<br>陶芸家・大澤哲哉さんはこの地に拠点を構え、普段使いの食器や道具を作っています。<br>ヤスリによる磨きの技術と常滑独自の釉薬で表現するかすれた風合いと上品な輝きは、<br>まるで上質なアンティーク品のよう。陶芸の道を一筋に歩み続けて辿り着いた、<br>大澤さんならではのオリジナリティーです。</strong></p>







<p>愛知県常滑市は焼き物の一大産地だ。常滑の陶土は「お茶の味をまろやかにする」と言われ、この地で作られる急須は今でも広く愛されている。陶芸家･大澤哲哉さんは、常滑独自の釉薬「チャラ」を使い、かすれたような風合いが特徴の食器などを作っている。彼のものづくりは、常滑だからこそ実現したものだった。</p>







<h2 class="wp-block-heading">焼き物の町・愛知県常滑に息づく道具作りのスピリット</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/oozawa_36-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-38703" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/oozawa_36-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/oozawa_36-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/oozawa_36-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/oozawa_36.jpg 1280w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>






<p>愛知県知多半島の西海岸に位置する常滑市は「日本六古窯」のひとつとされる焼き物の産地で、その歴史は平安時代末期までさかのぼる。皿や食器から、貯蔵用の大きな甕（かめ）や壺まで、人々の日常に寄り添った焼き物が生産されてきた。常滑で活動している陶芸家・大澤哲哉さんのアトリエを訪ねると、その裏庭には焼き損なわれた大きな甕が無数に横たわり、重なり合っていた。大澤さんが常滑に腰を据えるずっと前からこの地に置かれてきたものだ。積み上げられた甕を眺めながら、「大きさが半端じゃないんですよ」と話す大澤さん。「作った人の痕跡が町のそこら中にある。常滑が持っているパワーをありありと感じるんですよね」。</p>







<h3 class="wp-block-heading">多治見から常滑へ、大澤さんの旅路</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/oozawa_27-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-48898" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/oozawa_27-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/oozawa_27-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/oozawa_27-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/oozawa_27.jpg 1280w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>






<p>大澤さんは、美濃焼の主産地として知られる岐阜県多治見市の出身だ。「多治見の小学校には絶対に窯があって、授業の時間に粘土を触るんです。これがおもしろくて」と話すように、子どものころから陶芸を身近に感じていた大澤さん。中学卒業時は迷わず陶芸家への道を選んだ。「なにか楽しいことをやって生きていきたかった。音楽か美術か。なかでも、具体性のある焼き物にしようと思ったのがきっかけです」。その後は高校、大学で陶芸をみっちり学び、後に師匠となる吉川正道氏に導かれて常滑にやってきた。</p>



<p>なぜ、同じ焼き物の産地である地元･多治見に帰らなかったのか？ 大澤さんは「多治見のすごさやおもしろさは、今になったらわかるんですけどね。当時は『焼き物しかなくてつまらない』って思っちゃって。多治見から出たかったんです」と話す。</p>







<h3 class="wp-block-heading">常滑の土が急須に最適な理由</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/oozawa_26-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-38709" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/oozawa_26-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/oozawa_26-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/oozawa_26-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/oozawa_26.jpg 1280w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>






<p>焼き物の産地として長い歴史を持つ常滑。中でも、常滑焼の代表と言われるのが急須だ。作られるようになったのは江戸時代後期になってからで、ここ200年くらいの出来事だ。鉄分を多く含み、焼き締まりがいい常滑の土「朱泥」は急須作りに最適だった。さらに、酸化鉄がお茶に含まれるタンニンに反応して味をまろやかにする効果があることから、茶人に好まれてきたという。そして、茶葉の蒸らしや温度保持に必要な蓋の密閉性を実現した職人たちの技術の高さも支持されてきた理由のひとつだ。</p>



<p>大澤さんの作る急須をよく見てみると、赤色の土がところどころ剥がれ、黒い土が覗いている。これは黒い素地の上に茶色の化粧土を塗り、さらにその上から赤い化粧土を塗って、3層にしてから土を粗く削り落として風合いを作っているのだという。漆の根来塗をイメージするとわかりやすいかもひしれない。「現代工芸作家さんから受けた影響と、常滑急須のクオリティーを自分の中で成立させたかった」と言う大澤さん。その手仕事をひもといていく。</p>







<h2 class="wp-block-heading">オリジナリティーにたどり着くまで</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/image.png" alt="" class="wp-image-38711" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/image.png 940w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/image-300x200.png 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/image-768x512.png 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>






<p>素地の上に違う色の化粧土を重ねていくつかの層を作り、釉薬をかけて焼成した器をヤスリで磨くことで、下層の化粧度を露出させる。そうして作られる大澤さんの作品の最大の特徴が、かすれたような質感だ。その色合いや凹凸は唯一無二のものだ。大澤さんは自身の作品について「古いお家にあるものや、お寺にある仏像の質感を自分の中でイメージしています」と話す。一方で「どうしたらシンプルな器の形だけで作品として成立するのか、どうしたら自分の質感を作れるのか、ものすごく悩みました」と、この作風に至るまでの苦労も吐露した。</p>







<h3 class="wp-block-heading">茶人が愛する、急須の「照り」をかなえる釉薬</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/image-1.png" alt="" class="wp-image-38712" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/image-1.png 940w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/image-1-300x200.png 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/image-1-768x512.png 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>






<p>その苦悩の中で出会ったのが、急須作りに欠かせない常滑独特の釉薬「チャラ」だった。チャラとはガラス質の釉薬とは違い、焼成されると土の質感を保ちながら漆のような光沢を放つ釉薬で、急須に高級感を与える「照り」を求めた常滑の人々が古くから親しんできたものだ。「ガラス質の釉薬だと光りすぎる。でも土のままだと粉っぽすぎる。そこでチャラを使ってみたら、信じられないくらい質感が落ちついたんです」。</p>



<p>大澤さんは現在、黒、白、赤を表現する3種類のチャラを使い分けて作品作りを行っている。常滑で作陶を続けたからこそ出会ったチャラ。その絶妙な光沢と漆のような質感が、大澤さんの作品のオリジナリティーとなっているのだ。</p>







<h3 class="wp-block-heading">同じく陶芸家の妻・増田光さんの存在</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/image-2.png" alt="" class="wp-image-38715" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/image-2.png 940w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/image-2-300x200.png 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/image-2-768x512.png 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>






<p>皿やマグカップなどが整列するアトリエの中で、異質な存在感を放っていたのが、クマのオブジェ。このクマのオブジェは、大澤さんの妻で陶芸家の増田光さんからの影響を大きく受けている。増田さんはクマなどの動物やこけし、だるまなどをモチーフにした自由で柔らかい雰囲気の陶芸作品を制作し、東京･六本木ヒルズA/Dギャラリーで個展を開くほどの人気作家だ。</p>



<p>もともと「形を制御しながら作ってしまう」コンプレックスがあった大澤さんは、増田さんが自由な造形を作り出す様子に憧れを抱くようになった。そんななか、ろくろの回転に土を抑え込むのではなくて、もっと自由に作れるものを求めて作り出したものが、このクマのオブジェだ。よく見ると、一つひとつ微妙に形が違っている。大澤さんの求めた「自由」への理想が体現されているのかもしれない。「ゆくゆくはサイズ違いで揃えても楽しめるものにしたい」と大澤さんは声を弾ませる。</p>







<h2 class="wp-block-heading">道具は、人が使うものだから</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/oozawa_28-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-38718" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/oozawa_28-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/oozawa_28-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/oozawa_28-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/oozawa_28.jpg 1280w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>






<p> 「道具の歴史っていいなって思うんです。道具は、作る人と使う人のリレーションの中でさらにいいものができてくるから」と、大澤さんは語る。例えばこのコーヒードリッパーは、大澤さんが愛知県内でコーヒーショップを営む知人のために制作したもの。大澤さんは「どんなコーヒーの道具を使いたいのか」とヒアリングを重ね、溝の数や深さを細かく調節していった。</p>



<p>大澤さんは「急須もそうですが、実際に使う方からご意見をいただけるのがやっぱり一番うれしいんです。意見をもとにブラッシュアップしていくのがおもしろい」と話す。このコーヒードリッパーは都内のカフェオーナーの手にもわたり、その感想を聞いては改良を加えているそうだ。作る人と使う人のリレーション。大澤さんの作る道具は、使う人との関わり合いの中で進化し続けていく。</p>







<h3 class="wp-block-heading">師匠の背中を追って世界に挑む</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/image-3.png" alt="" class="wp-image-38721" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/image-3.png 940w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/image-3-300x200.png 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/image-3-768x512.png 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>






<p>大学在学中から陶芸家・古川正道氏の元で修行を積んだ大澤さん。ニューヨークやロンドン、パリなど国外でも精力的に活動してきた古川氏の影響を受け、今後は海外市場への進出を視野に入れているそうだ。「現地に行って、現地の方とお話をして、新しい人と出会って…。刺激を受けながら、また自分の場所に戻ってきて、新しい夢を描くのが理想」と声を弾ませる。もともと「販売や営業が得意ではない」と言う大澤さんはクラフトマーケットや陶器市に出展することでギャラリーとつながり、販路を拡大してきた。現在はInstagramを活用して、国内外のギャラリーとコンタクトをとっているという。2023年11月にはオーストラリアで増田さんと夫婦そろっての個展を開催予定だ。「国内はもちろん大事だけど、自分の作品と一緒に海外に出かけていく機会をもっと増やしたいです」と、夢を語った。</p>







<h3 class="wp-block-heading">人が使う“道具”を作り続けてきた常滑だから</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/oozawa_5-1-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-38724" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/oozawa_5-1-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/oozawa_5-1-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/oozawa_5-1-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/oozawa_5-1.jpg 1280w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>






<p>大澤さんの手仕事は、つねにその道具を使う人を意識している。「自分が作った作品が、新しいきっかけをくれる。今とはもっと違うものを作って、その作った作品と使う人の間にどんな出会いや刺激があるのかを想像するのが楽しいんです」。長きにわたって道具を生産してきた常滑だからこそ磨かれた感性に、常滑だからこそ出会えたチャラが加わって完成した大澤さんの作る作品には、常滑のすべてが乗せられている。</p>






<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/oozawa_4-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-38706" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/oozawa_4-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/oozawa_4-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/oozawa_4-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/oozawa_4.jpg 1280w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /><figcaption class="wp-element-caption">陶芸家　大澤哲哉さん</figcaption></figure></div>


<p>器は使い込むうちに、水分や油分を吸収しながら変化していきます。「汚れ」と取ればネガティブですが、器の経年変化の中に美しさを見出せる日本人独特の感性に支えられて成立しているのが陶器であると考えています。普段からたくさん使っていただけると嬉しいです。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/38698/">使い手の生活に寄り添い永く愛される工芸品を。陶芸家･大澤哲哉さん</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
					<wfw:commentRss>https://nihonmono.jp/article/38698/feed/</wfw:commentRss>
			<slash:comments>0</slash:comments>
		
		
			</item>
		<item>
		<title>蛍手の技法を独自にアレンジし、器に自然の光を取り入れる陶芸家 樽田裕史さん</title>
		<link>https://nihonmono.jp/article/38497/</link>
					<comments>https://nihonmono.jp/article/38497/#respond</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 13 Sep 2023 01:00:46 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[陶器]]></category>
		<category><![CDATA[陶芸家]]></category>
		<category><![CDATA[工芸]]></category>
		<category><![CDATA[瀬戸焼]]></category>
		<category><![CDATA[愛知県]]></category>
		<category><![CDATA[日本六古窯]]></category>
		<category><![CDATA[工芸家]]></category>
		<category><![CDATA[愛知]]></category>
		<category><![CDATA[作陶]]></category>
		<category><![CDATA[陶芸]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://nihonmono.jp/?p=38497</guid>

					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/top-1-2.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>陶器一般を指す「せともの」という言葉の由来にもなった「瀬戸焼」の産地として知られ、焼き物と共に歩んできた街、愛知県瀬戸市。この地を拠点に制作する新進気鋭の陶芸家・樽田裕史さんは、陶磁器に透かし彫りを施す「蛍手」に特化し、 [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/38497/">蛍手の技法を独自にアレンジし、器に自然の光を取り入れる陶芸家 樽田裕史さん</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/top-1-2.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p class="has-text-align-center"><strong>陶器一般を指す「せともの」という言葉の由来にもなった「瀬戸焼」の産地として知られ、焼き物と共に歩んできた街、愛知県瀬戸市。<br>この地を拠点に制作する新進気鋭の陶芸家・樽田裕史さんは、<br>陶磁器に透かし彫りを施す「蛍手」に特化し、美しい光を纏った端正な器を数多く手がけています。</strong></p>







<p>日本六古窯のひとつ、愛知県瀬戸市で窯業の専門学校に通い、陶芸家の道に進んだ樽田裕史さん。2021年に開催された「第1回日本和文化グランプリ」で優秀賞を獲得し、新進気鋭の作家として知られた樽田さんの器の魅力は「美しい採光」にある。明時代の中国にルーツを持つ技法をどのように進化させたのか、樽田さんが制作を行う工房を訪ねた。</p>



<h2 class="wp-block-heading">日本六古窯のひとつ、愛知県瀬戸市</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/DSC_4316-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-38509" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/DSC_4316-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/DSC_4316-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/DSC_4316-768x511.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/DSC_4316.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>


<p>日本六古窯のひとつであり、鎌倉時代に加藤四郎左衛門景正が開窯したことが始まりとされる愛知県瀬戸市の「瀬戸焼」。やきものの原料となる良質な粘土が採取できたことからも発展し、陶器一般を指す「せともの」という言葉が生まれるほどに、長い歴史においてやきものづくりを牽引してきた。 名古屋の中心地･栄と瀬戸市の中心地を結ぶ名鉄瀬戸線も、1905年の開通に至るまでの誘致の目的は<strong>「大量のやきものを名古屋まで運ぶこと」</strong>だったりする。ただ開通後は費用の面から乗客も輸送することとなり、現在も地域に住む人や観光で足を運ぶ人たちの交通の要となったのだが。そんな歴史からも、当時の瀬戸のやきもの産業の発展ぶりを汲み取ることができる。</p>



<p>やきものに携わる事業所や就業人数は、全盛期と言われる1978年頃に比べて大幅に減少してしまったものの、現在も瀬戸市では窯、釉薬、素地、型などの工房がそれぞれ専門性を磨きながらやきものづくりを支えている。また、市内にはやきものが学べる「瀬戸工科高等学校」があるなど、<strong>やきものとともに歩んできた地域</strong>というのがよくわかる。</p>



<p>樽田さんも瀬戸工科高等学校（当時は瀬戸窯業高等学校）でやきものづくりを学んだひとりだ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">窯業の専門学校へ</h3>



<p>樽田さんが瀬戸窯業高等学校に進学したのは、いわば消去法だった。「勉強も好きじゃなかったし、なんかおもしろそうだなと入学した」と振り返る。高校生だった当時は陶芸家になるつもりはなかったが、通学する電車で目にするスーツ姿のサラリーマンがずいぶん疲れているように見え、自分の目指すべき姿はこうではない、と感じたのだそう。</p>



<p>こうして樽田さんは高校を卒業後、そのまま同校の陶芸専攻科に進んだ。</p>



<p>そこで学んでいる際に、<strong>瀬戸市で活躍する陶芸家･波多野正典さん</strong>が弟子を募集するという話を耳にし、即応募。これが樽田さんが陶芸家として歩み始めるきっかけとなった。</p>



<h3 class="wp-block-heading">師匠のもとであらゆることを学ぶ</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full is-resized"><img decoding="async" width="960" height="640" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/37370287db922e33c878d94874eaa255-2.jpg" alt="" class="wp-image-38524" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/37370287db922e33c878d94874eaa255-2.jpg 960w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/37370287db922e33c878d94874eaa255-2-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/37370287db922e33c878d94874eaa255-2-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 960px) 100vw, 960px" /></figure></div>


<p>晴れて波多野さんの弟子となった樽田さん。数多くの賞を受賞し、弟子の育成に力を注ぎながら陶芸の門戸を広げてきた波多野さんのもとで、土の準備やろくろなどの技術だけでなく、さまざまなことを学んだ。作ったものをどこで、どのようにして売っていくか。値段の交渉や、事務作業、梱包の仕方など、学校では教わらない陶芸家としての生きていく術を学んだ。</p>



<p>波多野さんのもとで5年学んだのち母校で実習助手をし、ワーキングホリデーでヨーロッパへ。やきものを学ぶのが一番の目的ではなかったが、結局、気になるのはやきもののことばかり。日本とは違う自由な風土や現地の作家の工房を見た瞬間、その“型にはまらない人間らしさ”が樽田さんの考え方に大きな変化をもたらしたという。</p>



<h2 class="wp-block-heading">中国がルーツの技法･蛍手とは？</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/DSC_4279-1-1024x682.jpeg" alt="" class="wp-image-38525" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/DSC_4279-1-1024x682.jpeg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/DSC_4279-1-300x200.jpeg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/DSC_4279-1-768x512.jpeg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/DSC_4279-1.jpeg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>


<p>波多野さんのもとで学んでいる頃から自身の作風として売りにしてきた<strong>「蛍手」</strong>は、成形後しばらく置いてから生地が生乾きの状態で器面をくり貫き、透かし彫りを施す技法。透かし彫りにしたところを透明釉で埋めて焼成することで、光が透け、ガラスのような風合いが生まれる不思議な技法だ。 ルーツは明時代の中国にあるといわれ、古くから伝わる。この技法の難しいところは、生地に穴を開けることで割れやすくなったり、釉薬が埋まり切らなかったりすること。そのぶんロスも多くなるため、チャレンジする作家も少ない。生地が厚すぎると貫通させるのに苦戦するし、薄すぎると釉薬があまり入らず透け感がでない。樽田さんは厚みと透かし彫りのデザイン、それを実現する技術との絶妙なバランスを成り立たせ、それを自身の作品の強みとしている。</p>



<h3 class="wp-block-heading">点を線へと変化させて</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/0J2A9795-1-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-38526" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/0J2A9795-1-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/0J2A9795-1-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/0J2A9795-1-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/0J2A9795-1.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>


<p>蛍手の技法は、一般的には小さな穴を開けていくものだが、樽田さんは線という独自の方向性を見出した。<strong>「人がやっていないことをやりたい」</strong>そんな思いが根底にあった。</p>



<p>下書きはするものの、削るのはフリーハンド。「曖昧さがいいのかなって。自分が出てるというか、人間が出ている感じがする」と樽田さん。同じ湯飲みを作るにしても、湯飲み自体の形は全部揃えるが、削る線はそのときのリズムによりけり。<strong>全く同じものは、この世にひとつとして生まれない。</strong>それが個性となり、味わいとなるのだ。<strong>2021年に「第1回 日本和文化グランプリ」にて優秀賞を受賞</strong>した作品<strong>「ゆらぎ」</strong>も、光と曲線が柔らかな雰囲気を醸しつつ、凛とした程よい緊張感も感じさせる,まさに”心地よいゆらぎ”を表現した自信作だ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">雲間から差す光のごとく</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="614" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/DSC_2848-1024x614.jpg" alt="" class="wp-image-38532" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/DSC_2848-1024x614.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/DSC_2848-300x180.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/DSC_2848-768x460.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/DSC_2848.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>


<p>驚くことに、釉薬も樽田さんのオリジナル。釉薬に含まれる微量の鉄分がガス窯で焼成する際の化学反応で美しい水色を織りなす。</p>



<p>この風合いは、雲間から差す光や、扉を開けたときに隙間からこぼれる光をイメージしているのだという。同じ日でも朝と夜では光の加減が違うし、季節によっても光の色は異なる。同じ湯飲みで飲むとしても、日曜の朝に飲むコーヒーなのか、土曜の夜に飲む日本酒なのかで、違った趣が味わえるのが樽田さんの湯飲みの醍醐味だ。</p>



<h2 class="wp-block-heading">今だから響く師匠の言葉</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/0J2A9924-1-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-38528" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/0J2A9924-1-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/0J2A9924-1-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/0J2A9924-1-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/0J2A9924-1.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>


<p>もちろん、樽田さんの作品には、まっすぐの線が細かく削られたタイプもある。スッとした光を感じさせるものや、小雨のときに歩いたときの電灯の光線から着想してデザインした幾重にも細かな線が彫られたデザインもある。このように「光」をテーマに、豊富な作品が生み出されているのだ。</p>



<p>若い頃はスタイリッシュな建築物が好きだったという樽田さんだが、ワーキングホリデーでヨーロッパを旅行しているときにノコギリの形状の山に感動したり、普段の生活においても自然が作り出す風景に心動かされるようになった。今になって波多野さんが修行時代になにげなく発した<strong>「自然のものが一番すごい」</strong>という言葉が胸に響く。</p>



<p>また、弟子入り当初、陶芸だけでなく木工やガラスなど、いろんな技術に挑戦したいと話したときに「ひとつのことを極めるのも大事」と言われたのも、今となればよく理解できる。当時は素直に受け取れなかったが、これまでの陶芸家人生において、できなかったことがひとつずつできるようになると「やはりひとつのことを極めるにも時間がかかるし、深いところにいくにつれ、楽しさがある」と気づくようになったという。</p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/0J2A9772-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-38529" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/0J2A9772-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/0J2A9772-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/0J2A9772-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/0J2A9772.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>


<p>樽田さんは、ニューヨークのメトロポリタン美術館に日本のやきものが展示されているのを見て感動した経験から「自身の作品を海外の美術館に収蔵する」というゴールを持ち続けて作陶している。</p>



<p>「勢いで進み、いろんな寄り道をし、いろんな経験をしてきた20代を経て、30代半ばとなった今、将来を少し現実的に見据えていかないといけないと感じ始めた」と話す樽田さん。オリジナルの蛍手がこれからどのように進化を遂げ、どんな作風へと広がっていくのか。樽田さんの作った作品が海を渡り、海外の大きな美術館で展示される未来が楽しみで仕方ない。</p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="683" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/518660605bb76c175ed3727d9035bb3a-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-48988" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/518660605bb76c175ed3727d9035bb3a-1024x683.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/518660605bb76c175ed3727d9035bb3a-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/518660605bb76c175ed3727d9035bb3a-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/518660605bb76c175ed3727d9035bb3a.jpg 1200w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /><figcaption class="wp-element-caption">陶芸家　樽田裕史さん</figcaption></figure></div>


<p>1日の時間帯や、1年を通じて移ろいゆく季節で、陽の光はそれぞれに異なる顔を見せてくれます。休日の朝にゆっくりと。夜、みんなで集まって賑やかに。日々の営みの中で訪れる様々な場面に、私の器があるとうれしいです。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/38497/">蛍手の技法を独自にアレンジし、器に自然の光を取り入れる陶芸家 樽田裕史さん</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
					<wfw:commentRss>https://nihonmono.jp/article/38497/feed/</wfw:commentRss>
			<slash:comments>0</slash:comments>
		
		
			</item>
		<item>
		<title>「土がなりたい姿」を具現化する器づくり。愛知県で独学から陶芸の道を進む、井上茂さん</title>
		<link>https://nihonmono.jp/article/38433/</link>
					<comments>https://nihonmono.jp/article/38433/#respond</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 31 Aug 2023 01:00:55 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[器]]></category>
		<category><![CDATA[陶芸家]]></category>
		<category><![CDATA[工芸]]></category>
		<category><![CDATA[愛知県]]></category>
		<category><![CDATA[工芸家]]></category>
		<category><![CDATA[愛知]]></category>
		<category><![CDATA[陶芸]]></category>
		<category><![CDATA[陶器]]></category>
		<category><![CDATA[食器]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://nihonmono.jp/?p=38433</guid>

					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/149_kao_P6A7190-1.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>その土地ならではの土の味わいを大切にしたいと、掘り出したそのままの「原土」のみを原料に、土の優しさあふれる器を作る陶芸家・井上茂さん。豊かな表情と個性を魅せる機能的な器は、日常生活で活躍する暮らしの器として、使う人たちの [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/38433/">「土がなりたい姿」を具現化する器づくり。愛知県で独学から陶芸の道を進む、井上茂さん</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/149_kao_P6A7190-1.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p class="has-text-align-center"><strong>その土地ならではの土の味わいを大切にしたいと、掘り出したそのままの「原土」のみを原料に、<br>土の優しさあふれる器を作る陶芸家・井上茂さん。<br>豊かな表情と個性を魅せる機能的な器は、日常生活で活躍する暮らしの器として、<br>使う人たちの食卓を支えるパートナーとなってくれます。</strong></p>







<p>愛知県中部の自宅で工房を構える井上茂さんは、精製された陶土を使用せず、砂などが混ざった原土を使い、土の優しさにあふれた器を作る陶芸家。陶芸家の先生に師事せず、独学で作陶をはじめ、土や釉薬、焼き方などすべて自身で探りながら器づくりをしている。そんな井上さんは自身の作陶に対し<strong>「土がなりたい姿を形にしているんだ」</strong>と話す。なかなかに奥深いその言葉の真意を探る。</p>



<h2 class="wp-block-heading">普段使いの器が作りたくて、独学でスタート</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7132-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-38443" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7132-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7132-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7132-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7132.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>


<p>愛知県で陶磁器といえば、常滑と瀬戸の地名が挙げられる。そのひとつ「常滑焼」は愛知県南部の知多半島を中心に作られている焼き物で、日本六古窯のひとつに数えられる。そんな地域でごく普通の会社勤めをしていた井上さんが作陶に目覚めたのは、当時、興味本位で陶芸体験教室へ参加した時のこと。その場で体験した作陶の楽しさにハマり、すぐさま独学で陶芸についての勉強をはじめた。とはいえ、周囲にも陶芸に知見のある知り合いがいるわけでもなく、自身で試行錯誤しながら「作りたい器を作るには、どうすればいいか」を考えざるを得なかった。</p>



<h3 class="wp-block-heading">会社勤めをしつつ、常滑で焼成の手伝いからスタート</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7204-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-38448" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7204-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7204-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7204-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7204.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>


<p><strong>陶芸をやりはじめた当初、井上さんは会社勤めを辞める気は毛頭なかった</strong>という。「陶芸作品は作ったって売れるとは限らないということは理解していたし、付け焼き刃で通用するほど甘い世界ではないと思っていた」とアマチュア時代を振り返る。</p>



<p>そのため、仕事の傍ら、休みを利用して今は無き常滑の「共栄窯」の陶芸教室で年に二回ほど焼成の手伝いをするかわりに、趣味で作り貯めた作品をまとめて窯の中に入れてもらい、焼いてもらっていたという。共栄窯は明治・大正・昭和の三時代に、大小さまざまな土管を中心に製作していた窯元だ。</p>



<p>そんな中、出来上がった器の写真をSNSに投稿すると、フォロワーが徐々に増加。<strong>「アマチュアだけど、何か変わった器を作っている人がいる」</strong>という噂が広がっていった。</p>



<h3 class="wp-block-heading">陶芸の楽しさに魅了され、作陶の道に</h3>



<p>独学で作陶を研究する中で、平安時代から鎌倉時代中期に作られた<strong>「古常滑」</strong>の自然釉や灰釉に特に魅力を感じたという井上さん。どういった焼き方をすれば狙い通りにできるのか、古い文献を読み漁ったり、古い陶片を見て土の種類や焼き方、釉薬を推定したりと、調べては試す、を繰り返し、陶芸にのめり込んでいった。</p>



<p>相変わらず会社員をしながら休日や空いた時間で作陶していた井上さんのもとに、フォロワーが増加し続けていたSNSを通じて展示会のリクエストが舞い込む。そこで焼成で世話になっていた共栄窯にて、初めての作陶展を開催してみたところ、作品を求める人が波のように押し寄せたという。SNSでの投稿がこのタイミングで活きた形だ。</p>



<p>その後、反響を耳にした名古屋のギャラリーからも声が掛かり、個展を行ったところ、メディアで告知されたこともあってか来場者が殺到。結果として勤務先にも知られることとなり、それをきっかけに陶芸の道を歩む選択をした。</p>



<h3 class="wp-block-heading">独学で突き詰めたからこそ身になる</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7107-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-38453" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7107-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7107-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7107-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7107.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>


<p>これまで歩んできた道を振り返り、<strong>「教わらなかったことが、逆によかった」</strong>と話す井上さん。<strong>美術系学校などで学べば陶芸の基本技術はすぐに知ることはできるが、今ある“陶芸の常識”に囚われてしまう可能性もある。</strong>「興味があることは、とことん突き詰める性格」と自身が話すように焼きものに関しては何事も調べ、実証し、知識を積み重ねてきた。今では土を見れば自分が求める作品に適しているかどうか、釉薬の組み合わせでどんな色が出るのかまで予想できるようになってきたという。</p>



<h2 class="wp-block-heading">普段使いしてほしいから、機能性にもこだわる</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7165-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-38456" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7165-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7165-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7165-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7165.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>


<p>井上さんの器は、時に砂が混じっていることもあり、<strong>土のごつごつとした質感</strong>が特徴的だ。しかし、手に取ってみると、見た目からは想像できない軽さに驚く。「軽いことは、日常的に使ってもらうためのこだわりのひとつ。砂の粒より薄くろくろで挽くことはできませんが、<strong>穴が開かないギリギリのところまで薄くして、子どもでも手に持ちやすいサイズ、軽さに仕上げています。</strong>ごはん茶碗が重いと疲れちゃうでしょう。その分、作るときに失敗することも多いんですけどね」と井上さんは笑う。さらに器の重心が低くなるように成形することで、使う際の安定感も確保。特別な時に気遣いながら使うのではなく、<strong>毎日の食事の際に自然と手が伸びる、</strong>そんな光景を浮かべながら作陶している。</p>



<h3 class="wp-block-heading">原土のおもしろさ、味わい深さ</h3>



<p>市販されている陶土は誰でも扱いやすいという長所があるが、井上さんは陶土を使ったことがなく、<strong>原土だけ</strong>を使っている。山から採掘したままの状態の原土は不純物が多く、うまく成形できなかったり、焼成中に割れてしまったりと、<strong>何かと手がかかる“問題児”。</strong>だが、不純物があるがゆえに一つひとつの器に個性が生まれ、味わい深い魅力を生み出すという。 「原土は無理ができません。変わった形のものを作ると割れてしまうし、コシがないのでろくろで挽きにくいんです。逆に言えば、ろくろで保持できる形こそが、<strong>土がなりたい姿</strong>なんじゃないか、使う人にとっても自然で使いやすい器の形なんじゃないかと考えています」と井上さん。普段使いされる器づくりを目指す井上さんにとって、原土の短所は成型時のガイドラインにもなっているようだ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">「思ったもの、以上のものができあがる」灰釉のロマン</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7094-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-38459" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7094-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7094-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7094-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7094.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>


<p>井上さんは、釉薬にも偶然が生み出すおもしろさを見出している。「市販の陶土や釉薬を使えば、マンガン釉なら黒色、コバルト釉なら青色と、どこの窯場で焼いても同じ色になるんです。それがおもしろくなくて。草木の灰を溶媒とした灰釉を使うと、灰の中に含まれる微量の金属が反応を起こし、何百個焼いたうち、ひとつかふたつだけ思ってもみなかった器ができることがあって、それにロマンを感じます。狙ったものができるのが楽しいという人もいますが、僕は狙った以上のものができたときが快感ですね」。窯を開けた時にどんなものができているんだろうというワクワク感が、もっといいものを作ろうとする原動力になっているのだそう。</p>



<h3 class="wp-block-heading">表情が1点ずつ違うから、迷う楽しみが生まれる</h3>



<p>井上さんの器は、全国で20店舗以上のショップやギャラリーで取り扱われている。作陶の合間にギャラリーへ顔を出した際、<strong>お客さんが器選びに迷う姿を見るのがうれしい</strong>という。「僕の器は一点一点違うので迷われるんですね。大量生産の商品だったら、上から取って終わりでしょ。<strong>表情が違う器は、それぞれに良さがあって、使い手との相性がある。</strong>僕がつくる前にイメージしていた器ではないかもしれないけど、その器をものすごく気に入ってくれるお客さんがいることもある。迷いながら選ぶって楽しい時間。そういう時間を提供できるっていうのがうれしい」と井上さん。</p>



<p>ちなみに、井上さんは<strong>自身の作った器に銘を彫らない</strong>。その理由は「器は僕のものではなく、買ってくれたお客さんのものだから」なんだとか。</p>



<p>陶器に限らず、良い手仕事をしたものは末永く使えるし、使っていくうちに色の変化も見られ、大切に扱えば唯一無二の存在になる。一つひとつの器を<strong>単なる「モノ」ではなく、「使う人のパートナー」のように扱う</strong>井上さんが作るからこそ、そこに、人間らしさや温もりがにじみ出ているのかもしれない。</p>



<h2 class="wp-block-heading">日本が好きだからこそ、日本文化の良さを広めたい</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7173-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-38462" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7173-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7173-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7173-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7173.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>


<p>日本人の食生活はずいぶんと欧米化しているが、それでも飯椀や和食器は現在でも食卓の主役として活躍している。海外でも注目度を高め、それに伴い海外での受注展示会も予定されているが、それも日本の良さを少しでも広めたいと思ってのことだ。それと同時に「これはもう二度と作れないだろう」と思える“至高の器”を作り、世界中の人たちに見てもらうことを目指している。井上さんは、<strong>日本の土を使って日本で伝わってきた陶芸を突き詰める</strong>ことにこだわるが、その理由は日本人が<strong>自身の国の文化を日常的に誇り、日本人でよかったと思える瞬間を生み出したいから</strong>なんだとか。日本文化の良さを世界中に広めるための、井上さんの挑戦は続く。</p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="683" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/149_kao_P6A7190-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-48817" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/149_kao_P6A7190-1024x683.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/149_kao_P6A7190-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/149_kao_P6A7190-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/149_kao_P6A7190.jpg 1200w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /><figcaption class="wp-element-caption">陶芸家　井上茂さん</figcaption></figure></div>


<p>原土のみを長く扱ってきたことで、今では土を見れば自分が求める作品への適性や釉薬でどのような表現ができるのかがわかるようになってきました。「土がなりたい姿」を感じ取りながら成型し、伝統的な和食器のよさを感じられる昔ながらの手法で表現した唯一無二の器を、暮らしのパートナーとして迎えていただけたら幸いです。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/38433/">「土がなりたい姿」を具現化する器づくり。愛知県で独学から陶芸の道を進む、井上茂さん</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
					<wfw:commentRss>https://nihonmono.jp/article/38433/feed/</wfw:commentRss>
			<slash:comments>0</slash:comments>
		
		
			</item>
		<item>
		<title>優しい風合いと、遊び心あるデザイン「古谷製陶所」の粉引きの器たち</title>
		<link>https://nihonmono.jp/article/33348/</link>
					<comments>https://nihonmono.jp/article/33348/#respond</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 13 Oct 2022 02:33:25 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[滋賀]]></category>
		<category><![CDATA[粉引]]></category>
		<category><![CDATA[陶芸]]></category>
		<category><![CDATA[陶器]]></category>
		<category><![CDATA[器]]></category>
		<category><![CDATA[工芸品]]></category>
		<category><![CDATA[工芸]]></category>
		<category><![CDATA[滋賀県]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://nihonmono.jp/?p=33348</guid>

					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/10/furutaniseitou-17-1-1-1024x819.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>気がつけば、毎日使っている——。「暮らしに寄り添う」をコンセプトに作陶する「古谷製陶所」の器は、まさしくそんな器です。その時々のライフスタイルに合わせた、素朴で温かみのある「粉引」の器を制作しています。1つ1つ手作りされ [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/33348/">優しい風合いと、遊び心あるデザイン「古谷製陶所」の粉引きの器たち</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/10/furutaniseitou-17-1-1-1024x819.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p class="has-text-align-center"><strong>気がつけば、毎日使っている——。<br>「暮らしに寄り添う」をコンセプトに作陶する「古谷製陶所」の器は、まさしくそんな器です。<br>その時々のライフスタイルに合わせた、素朴で温かみのある「粉引」の器を制作しています。<br>1つ1つ手作りされる器は、手に取ってホッとするような使い心地も魅力です。</strong></p>



<p>信楽焼の「白い粉引きの器」の第一人者だった古谷信男⽒の長男で、「古⾕製陶所」の跡継ぎとなった古⾕浩⼀（ふるたにひろかず）さん。父が向き合い続けた伝統的な陶芸技法「粉引き」の技術を受け継ぎながら、時のライフスタイルに馴染む、独自の粉引きの器作りを追い求めている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">使い勝手が良い白い器</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="/wp-content/uploads/2022/10/kiji1-6.jpg" alt="" class="wp-image-31997" style="width:825px;height:550px"/></figure></div>


<p>料理を引き立て、どんなシチュエーションにも合う便利な「白い器」。その中に「<strong>粉引き</strong>」と呼ばれる器がある。読み方は「こひき」や「こびき」。正式には技法の名前で、ベースの粘土の上に、白化粧という白い泥をかけ、釉薬をかけて焼いたものを総称してそう呼ぶ。素朴で温かみのある白が特徴で、どんな料理も優しく包み込み、他の器との相性も良い。</p>



<p>陶器の町・信楽に窯を構える「古谷製陶所」では、1971年の創設時より「白い粉引きの器」にこだわってきた。</p>



<h3 class="wp-block-heading">土の風合いを生かした信楽焼の食器</h3>



<p>たぬきの置物で知られる信楽町は、現在も約200もの窯元や製陶所がある陶器の町。もともと琵琶湖があった場所に位置するため、粘土質で焼き物に適した陶土に恵まれている。戦国時代には茶の湯の道具として用いられたほか、近代以降は茶器に限らずタイルや植木鉢、たぬきの置物など、あらゆるやきものを製作。時代のニーズに合わせ多様な陶器を生産してきたが、いまは<strong>土の風合いを生かした作家ものの食器</strong>が注目を集めている。</p>



<p>町の中心部から少し離れた集落にある「古谷製陶所」は、和・洋どちらの食卓にも馴染む、あたたかみのある器が人気の窯元だ。</p>



<h2 class="wp-block-heading">粉引きの特性を生かす</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="/wp-content/uploads/2022/10/kiji2-6.jpg" alt="" class="wp-image-31998" style="width:825px;height:550px"/></figure></div>


<p>「古谷製陶所」では独自にブレンドした鉄分の多い赤土の粘土を使う。その上に白い泥をかけて白化粧し、さらに釉薬をかける。「器の表面の下から素朴な土味が少し見え隠れします。<strong>層の重なり</strong>を感じてもらえれば」と古谷さん。「赤土」・「白化粧」・「釉薬」という三層構造だからこその、やわらかな風合いや、趣きが粉引きの最大の魅力だ。</p>



<p>だが、三層構造ゆえに汚れがつきやすいという難点もある。そこで古谷さんは、低い温度で本焼きを二度する新たな手法を確立。「<strong>二度焼き</strong>することで、汚れのつきやすさや強度不足が解消でき、日常的に使ってもらいやすくなりました」。</p>



<h3 class="wp-block-heading">削りが深める、粉引きの味わい</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/10/kiji3-6.jpg" alt="" class="wp-image-31999" style="width:825px;height:550px"/></figure></div>


<p>粉引きの味わいをよりいっそう引き出すのが<strong>削り</strong>の工程。成形・乾燥させた後にヘラやカンナで表面を削り、模様をつけたりする。「削りで作品ががらっと変わる」と古谷さんも話す通り、立体的なラインに釉薬の濃淡が生まれたり、下地の土の存在が出ることで、粉引き独特の味わいが生まれる。</p>



<h2 class="wp-block-heading">父から受け継がれた一貫する想い</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/10/kiji4-5.jpg" alt="" class="wp-image-31999" style="width:825px;height:550px"/></figure></div>


<p>古谷さんは陶芸家を志し、信楽の窯業試験場と京都のろくろの専門学校で陶芸を学んだ。卒業を迎えた22歳のとき、父親の信男さんが病に倒れた。信男さんが一線を退く事になり実家である「古⾕製陶所」を継ぐことに。「本当は多治見の作家さんに弟子入りすることが決まっていたのですが、そのタイミグで父が倒れたので実家に戻ることにしました」。父親と一緒に仕事ができたのは1年ほど。幼いころに見て育った仕事をする父の姿の記憶をたどりながら、限られた時間の中で、集中して器づくりを学び、技術を磨いた。</p>



<p>「父が作っていたのは主に和食器でしたが、<strong>コンセプトは日常使いしてもらえるもの</strong>。父と僕の器は形こそ違いますが、コンセプトは一貫しています。そのために必要な、使いやすい大きさや軽さへの意識は、父から教わりました」。</p>



<h3 class="wp-block-heading">使い手の生の声をもとめて</h3>



<p>父親の代では問屋への卸しの仕事が中心だったが、古谷さんが工房を継いでからは「消費者に近づきたい」と、全国の陶器市やクラフトフェアなどに積極的に参加するようになった。<strong>使い手と直接会話</strong>することで、いまの時代やライフスタイルにどんな器が求められているのか、常にアンテナが張れるからだ。</p>



<p>「実際に僕たちの周りでも洋風の家に住んでいたり、洋食を食べる人が多いじゃないですか。だったら、求められる器も変化して当然です」。</p>



<p>ケーキに合うモダンな西洋皿。スタッキング収納できるもの。高価過ぎず日常的に使えるリーズナブルなもの。現場で聞いたさまざまな要望を叶えたいと、種類豊富なオリジナルの器が増えていった。</p>



<h3 class="wp-block-heading">余裕が生み出す、遊び心あるデザイン</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/10/kiji5-5.jpg" alt="" class="wp-image-31999" style="width:825px;height:550px"/></figure></div>


<p>古谷さんの代表的な作品となったのが、リンゴや洋ナシなどの果物をかたどった器。思わず手に取りたくなる愛らしさと、やわらかな曲線が持ち味の器だ。</p>



<p>食卓で存在感を発揮しそうなところだが、落ち着いた色合いなので主張し過ぎず、どんな料理にも合わせやすい。</p>



<p>「僕が作りたいのは、<strong>手に取ったときにほっとできるような器</strong>。直線や曲線が整い過ぎていると、日常の中では違和感が出ると思うんです。だから、いつも柔らかくあることを意識するようにしています」。</p>



<p>意図的な曲線をどれだけ自然に感じさせるか、それを可能にするのは古谷さんの作家としての経験が生みだす余裕がなせる技だろう。</p>



<h2 class="wp-block-heading">よりリアルな声をもとめて</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/10/kiji6-3.jpg" alt="" class="wp-image-31999" style="width:825px;height:550px"/></figure></div>


<p>工房の一角には、生活空間をイメージして作られたショールームがある。実際に器を手に取り、使い勝手や質感を確かめながら買い物ができる。また、2022年7月からは、工房の隣に立つ母屋を改装し、キッチンスペースを開放するようになった。これらはすべて器の価値は使ってみないとわからないという信念から。料理家を招いて料理教室も開催している。</p>



<p>「こんな盛り付け方があったんだ！なんて新しい発見もあったりして。器は料理を盛り付けて完成するもの。使ってもらった生のリアクションが見られるのは勉強になりますね」。料理がおいしく見えると定評のある古谷さんの器。その所以はこういったところにもあるのかもしれない。</p>



<h3 class="wp-block-heading">毎日使うものだからこそ</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/10/kiji7-1.jpg" alt="" class="wp-image-31999" style="width:825px;height:550px"/></figure></div>


<p>いまでは各地のクラフトフェアにも引っ張りだこで、全国にファンがいる古谷さんの器。だが、それに慢心することなく、よりよい器を追い求め続けている。</p>



<p>「産みの苦しみはありますが、新しいオーダーをいただくことが楽しい。なにより、ろくろをまわしてる時間が好きなのかも。心が穏やかになります」。</p>



<p>日常のどんな瞬間にもいつの間にか寄り添う、毎日に欠かせない相棒の様な存在。そんな器たちが、あるときは食卓のメインに、そしてある時は脇役として華を添える。食器棚に一枚は持っていたい頼れる器。古谷さんの柔らかな物腰の向こうに見える、ぶれない芯の強さ。それでいて柔軟な対応力。それらがすべてカタチとなりうつし出されているようだ。これからも使い手の声を取り入れ、食文化やライフスタイルの移り変わりにもしなやかに対応しながら、未来へとつながる器がその手から生み出されていくことだろう。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="1024" height="701" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/113_kao_IMG_4520-1024x701-1.jpeg" alt="" class="wp-image-48051" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/113_kao_IMG_4520-1024x701-1.jpeg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/113_kao_IMG_4520-1024x701-1-300x205.jpeg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/113_kao_IMG_4520-1024x701-1-768x526.jpeg 768w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /><figcaption class="wp-element-caption">古谷製陶所 古谷浩一さん</figcaption></figure>



<p>日々の暮らしの中で一番大切な時間は、家族が集まってご飯を食べたり、お茶やコーヒーを飲みながらホッとしたりする時間です。そんな時間がより豊かになるように、人々の暮らしにそっと寄り添っていけるような、そんな器づくりを心がけています。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/33348/">優しい風合いと、遊び心あるデザイン「古谷製陶所」の粉引きの器たち</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
					<wfw:commentRss>https://nihonmono.jp/article/33348/feed/</wfw:commentRss>
			<slash:comments>0</slash:comments>
		
		
			</item>
		<item>
		<title>現代の「志野焼」をたおやかに表現する·林友加さん／岐阜県土岐市</title>
		<link>https://nihonmono.jp/article/31360/</link>
					<comments>https://nihonmono.jp/article/31360/#respond</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 26 Jan 2022 10:29:13 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[土岐市]]></category>
		<category><![CDATA[志野焼]]></category>
		<category><![CDATA[陶器]]></category>
		<category><![CDATA[器]]></category>
		<category><![CDATA[工芸品]]></category>
		<category><![CDATA[伝統工芸品]]></category>
		<category><![CDATA[焼き物]]></category>
		<category><![CDATA[岐阜県]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://nihonmono.jp/?p=31360</guid>

					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/01/main-6.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>志野焼を愛した陶芸家 日本でつくられる陶磁器のうち、最大のシェアを誇る”美濃焼”。その特徴は、“特徴が無い”こと。その時々の、ニーズに合わせたデザインが生まれる過程で、発展を遂げてきたため、九谷焼や有田焼などのように、固 [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/31360/">現代の「志野焼」をたおやかに表現する·林友加さん／岐阜県土岐市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/01/main-6.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><h2 class="wp-block-heading">志野焼を愛した陶芸家</h2>



<p><span class="swl-marker mark_yellow">日本でつくられる陶磁器のうち、最大のシェアを誇る”美濃焼”。その特徴は、“特徴が無い”こと。その時々の、ニーズに合わせたデザインが生まれる過程で、発展を遂げてきたため、九谷焼や有田焼などのように、固有のスタイルを有しておらず、産地が岐阜県（旧美濃国）の東濃地方であること、が美濃焼の定義とされている。</span>使い勝手の良さから、日本人の日常に自然と溶け込んできた美濃焼が、最も進化を遂げたのが、茶の湯文化が栄えた安土桃山時代。武将でもあり、茶人でもあった文化人・古田織部（おりべ）が、陶芸家に作らせたとされ、大胆な歪みを良しとした「織部」。そして、「黄瀬戸（きせと）」「瀬戸黒（せとぐろ）」「志野（しの）」と呼ばれる代表的な4つの様式が生み出され、今日まで日本の食卓に当たり前のように馴染んできた。<br>岐阜県南東部に位置し、陶磁器生産量日本一の町、焼き物のメッカとして知られる土岐市。ここに工房を構えて活動する<a href="https://www.instagram.com/yuka.hayashi12/" target="_blank" rel="noreferrer noopener">林友加</a>（ゆか）さんは、「志野」を愛し、そのスタイルを新しい解釈で体現できる陶芸家だ。<span class="swl-marker mark_yellow">「志野」は耐火温度が高く焼き締りが少ない、「五斗蒔（ごとまき）粘土」や鉄分が少なく、ほんのりとした紫色やピンク色がかった白土の「もぐさ土」を使った素地に、白い長石釉（志野釉）をたっぷりとかけて焼成する。ぼってりとした厚みのある素地に入るきめの細かい貫入（亀裂のような模様）と乳白色のやさしい色合いと、表面のゆず肌と呼ばれる多数の小さい孔が特徴だ。</span></p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full"><img decoding="async" width="640" height="426" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/01/kiji2-5.jpg" alt="" class="wp-image-31363" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/01/kiji2-5.jpg 640w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/01/kiji2-5-300x200.jpg 300w" sizes="(max-width: 640px) 100vw, 640px" /></figure></div>


<h2 class="wp-block-heading">優しさと美しさが溢れた器</h2>



<p>林さんが「志野」を作り始めたのは偶然ではなく必然。つまり運命だった。兵庫県に生まれ、関西の大学に進学するまで過ごした土岐市での記憶。窯業を営んでいた父方の生家で自然と焼き物に触れ、無邪気に遊んでいた幼少期。東京で就職して充実した日々を過ごしていたものの、自分の生業ではないと感じ、通い始めた陶芸教室。さらに道を突き詰めようと帰郷して学んだ土岐市立陶磁器試験場。それから10年白磁と向き合い、新しい作品をと考えたのが、東京在住時に美術館で目に焼き付いていた「志野」。それは、枝分かれしたようでいて、しっかりと根を張り、どっしりと成長した幹になっていた彼女の人生を投影したものでもある。茶室や床の間が無い家が多く、ごく限られた場所でしか茶会が催されることが無い現代において「志野」がどうあるべきか。熟慮と数多くの実践の過程で、林さんが導き出した答えは、アートと日用品の間にあり、楽しく穏やかな気持ちになれる器であることだ。<br><span class="swl-marker mark_yellow">彼女が生み出す、たおやかで凛とした表情の器は、エッジィな美しさと温かみのあるやさしさが共存し、奥深い「志野」の世界と現代の生活を、やわらかくつなげてくれる。誰もがときめくような、優しいピンクとグレーが織りなす表情は、一つ一つの作品で同じものは無く、どの器もコレクションしたくなるような所有欲を掻き立てる。</span>使う事を目的にせずとも、手元に置いて眺めていたくなるような愛らしさだ。毎回作品に違って現れるピンクやグレーの色の表情に、一喜一憂しながら作品作りを楽しんでいるという。林さんは、なぜ「志野」に惹かれたのかは定かではないという。だが、彼女の器を見て、使って心地良いと感じる刹那が、理屈以上に日々の暮らしを豊かにするヒントをさりげなく教えてくれる。</p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full"><img decoding="async" width="640" height="426" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/01/kiji3-5.jpg" alt="" class="wp-image-31364" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/01/kiji3-5.jpg 640w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/01/kiji3-5-300x200.jpg 300w" sizes="(max-width: 640px) 100vw, 640px" /></figure></div>

<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full"><img decoding="async" width="640" height="426" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/01/kiji4-5.jpg" alt="" class="wp-image-31365" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/01/kiji4-5.jpg 640w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/01/kiji4-5-300x200.jpg 300w" sizes="(max-width: 640px) 100vw, 640px" /></figure></div><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/31360/">現代の「志野焼」をたおやかに表現する·林友加さん／岐阜県土岐市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
					<wfw:commentRss>https://nihonmono.jp/article/31360/feed/</wfw:commentRss>
			<slash:comments>0</slash:comments>
		
		
			</item>
		<item>
		<title>幻の焼き物「八戸焼」昭山窯渡辺陶房·渡辺真樹さん／青森県八戸市</title>
		<link>https://nihonmono.jp/article/21306/</link>
					<comments>https://nihonmono.jp/article/21306/#respond</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 12 Jun 2015 03:00:39 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[民窯]]></category>
		<category><![CDATA[陶芸家]]></category>
		<category><![CDATA[ろくろ]]></category>
		<category><![CDATA[焼物]]></category>
		<category><![CDATA[窯元]]></category>
		<category><![CDATA[陶芸]]></category>
		<category><![CDATA[青森県]]></category>
		<category><![CDATA[急須]]></category>
		<category><![CDATA[八戸市]]></category>
		<category><![CDATA[陶器]]></category>
		<category><![CDATA[緑釉]]></category>
		<category><![CDATA[八戸焼]]></category>
		<category><![CDATA[蟹沢焼]]></category>
		<category><![CDATA[器]]></category>
		<category><![CDATA[八戸名物]]></category>
		<category><![CDATA[うつわ]]></category>
		<guid isPermaLink="false">http://nihonmono.jp/?p=21306</guid>

					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2015/05/aomori_11_main.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>幻の焼き物、八戸焼 八戸焼は、創始年代、創始者などは不明とされており、正確にはいつ誰がどのように始めたのかはわかっていないが、八戸市内の蟹沢山中で焼かれ江戸時代の末期までは蟹沢焼とも呼ばれ庶民に親しまれていた焼き物だ。明 [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/21306/">幻の焼き物「八戸焼」昭山窯渡辺陶房·渡辺真樹さん／青森県八戸市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2015/05/aomori_11_main.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><h2 class="wp-block-heading">幻の焼き物、八戸焼</h2>



<p><a href="https://www.pref.aomori.lg.jp/soshiki/shoko/chiikisangyo/aomori_dento-kogei_hachinoheyaki.html">八戸焼</a>は、創始年代、創始者などは不明とされており、正確にはいつ誰がどのように始めたのかはわかっていないが、<span class="swl-marker mark_yellow">八戸市内の蟹沢山中で焼かれ江戸時代の末期までは蟹沢焼とも呼ばれ庶民に親しまれていた焼き物</span>だ。明治に入ると次第に廃れていき完全に廃窯となってしまったとされている。文献もほとんど残っていないことから、その存在は人々の記憶から消えていき昭和になったときには、幻の焼き物などとも呼ばれていた。</p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full"><img decoding="async" width="320" height="213" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2015/05/aomori_11_01.jpg" alt="" class="wp-image-21310" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2015/05/aomori_11_01.jpg 320w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2015/05/aomori_11_01-300x199.jpg 300w" sizes="(max-width: 320px) 100vw, 320px" /></figure></div>


<h2 class="wp-block-heading">八戸焼を蘇らせる</h2>



<p>その八戸焼を再興したのが今回お訪ねした<a href="http://www8.plala.or.jp/theclayman/company.html" target="_blank" rel="noreferrer noopener">昭山窯渡辺陶房</a>を開いた渡辺昭山さんだ。さきほども言ったように、文献もあまり残っていなかったため、何度も八戸に来て情報を集め1975年に窯を開いた。その後、蟹沢山中に窯跡を発見し、出土した陶片などを研究し、独自の八戸焼を確立していった。<br>お話を伺ったのは昭山さんの息子さんで、<span class="swl-marker mark_yellow">現在二代目窯元として活躍している渡辺真樹さん。数々の賞を受賞している陶芸家だ。「八戸焼の特徴は？」という中田の質問に「緑、ですかね」と渡辺さんは答える。</span></p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full"><img decoding="async" width="213" height="320" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2015/05/aomori_11_02.jpg" alt="" class="wp-image-21311" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2015/05/aomori_11_02.jpg 213w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2015/05/aomori_11_02-199x300.jpg 199w" sizes="(max-width: 213px) 100vw, 213px" /></figure></div>


<h3 class="wp-block-heading">八戸の色を描き出す緑釉</h3>



<p><span class="swl-marker mark_yellow">「先代から教わったものですけど、この緑が特徴ですね」。その独自の緑釉が作り出す色は、三陸の荒波に揺れる海藻を思わせると評価され、人気を博している。</span>渡辺さんがろくろを回すその仕事を見学させてもらっていたところ「やってみますか」と渡辺さん。「これは、ちょっと、難しそうだな」と言いながらもチャレンジ。<span class="swl-marker mark_yellow">八戸焼は庶民に親しまれていたため、生活に密着したものが多い。</span>そこで今回は急須を作ることに。手を動かし出すと目の前にのことに集中するのが中田。「口がちょっと曲がっていたほうがいいかなぁ」などと言いながら、渡辺さんにお手伝いしていただき、なんとか完成。どんな急須ができあがるのか楽しみだ。</p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full"><img decoding="async" width="213" height="320" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2015/05/aomori_11_03.jpg" alt="" class="wp-image-21312" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2015/05/aomori_11_03.jpg 213w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2015/05/aomori_11_03-199x300.jpg 199w" sizes="(max-width: 213px) 100vw, 213px" /></figure></div>

<div class="swell-block-postLink">			<div class="p-blogCard -external" data-type="type3" data-onclick="clickLink">
				<div class="p-blogCard__inner">
					<span class="p-blogCard__caption">NIHONMONO &#8211; 「にほん」の「ほんも&#8230;</span>
					<div class="p-blogCard__thumb c-postThumb"><figure class="c-postThumb__figure"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2015/06/top_tsugalu.jpg" alt="" class="c-postThumb__img u-obf-cover" width="320" height="180"></figure></div>					<div class="p-blogCard__body">
						<a class="p-blogCard__title" href="https://nihonmono.jp/article/21431/" target="_blank" rel="noopener noreferrer">青森伝統の焼物を「津軽金山焼窯業協同組合」／青森県五所川原市 &#8211; NIHONMONO</a>
						<span class="p-blogCard__excerpt">日本最北の焼物 須恵器の窯 津軽金山焼の歴史は30年。比較的新しいとされている益子焼でも江戸時代後期から始まっ</span>					</div>
				</div>
			</div>
		</div><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/21306/">幻の焼き物「八戸焼」昭山窯渡辺陶房·渡辺真樹さん／青森県八戸市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
					<wfw:commentRss>https://nihonmono.jp/article/21306/feed/</wfw:commentRss>
			<slash:comments>0</slash:comments>
		
		
			</item>
		<item>
		<title>陶器の歴史を紡ぎ、千年以上残る米沢の伝統焼き物を。陶芸家･和久井修さん／山形県長井市</title>
		<link>https://nihonmono.jp/article/18497/</link>
					<comments>https://nihonmono.jp/article/18497/#respond</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 29 Apr 2013 07:30:01 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[成島焼]]></category>
		<category><![CDATA[長井焼]]></category>
		<category><![CDATA[陶芸]]></category>
		<category><![CDATA[陶器]]></category>
		<category><![CDATA[陶芸家]]></category>
		<category><![CDATA[工芸]]></category>
		<category><![CDATA[山形県]]></category>
		<category><![CDATA[米沢]]></category>
		<category><![CDATA[長井市]]></category>
		<guid isPermaLink="false">http://nihonmono.jp/?p=18497</guid>

					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/09/18497_main.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>米沢の伝統焼き物「成島焼」「長井焼」 全国、その土地土地でさまざまな焼物があるが、ここ長井市にも伝統のある焼き物がある。それが長井焼と成島焼だ。長井市の今泉には良質な陶土が出るといわれていた。それに注目した和久井利蔵さん [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/18497/">陶器の歴史を紡ぎ、千年以上残る米沢の伝統焼き物を。陶芸家･和久井修さん／山形県長井市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/09/18497_main.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><h2 class="wp-block-heading">米沢の伝統焼き物「成島焼」「長井焼」</h2>



<p>全国、その土地土地でさまざまな焼物があるが、ここ長井市にも伝統のある焼き物がある。それが長井焼と成島焼だ。長井市の今泉には良質な陶土が出るといわれていた。それに注目した<a href="https://craft.yamagata-export.jp/2022/02/25/408/" target="_blank" rel="noreferrer noopener">和久井利蔵</a>さんが1937年に瓦などの製造を始めたのが最初。その後、初代の和久井富二夫さんが同じ地で窯を開き、釉薬を使わないで焼締めてもピンと張りのある表情を保つことができる今泉の土を活かした長井焼を始めた。<br></p>



<h3 class="wp-block-heading">任された米沢藩の成島焼の復興</h3>



<p>その富二夫さんに1965年、米沢藩の成島焼を復興させてほしいという依頼が舞い込んだ。相馬焼に学んだといわれるこの焼き物は長井焼とは対照的に、どっしりとした深い風合いが特徴だ。古い陶器を集め、独学で研究にのぞみ、10年の歳月をかけて復活させることとなった。ここ、長井にはその「長井焼」と「成島焼」のふたつの伝統陶器があるのだ。</p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full"><img decoding="async" width="320" height="213" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/09/18497_img01.jpg" alt="" class="wp-image-18650" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/09/18497_img01.jpg 320w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/09/18497_img01-300x199.jpg 300w" sizes="(max-width: 320px) 100vw, 320px" /></figure></div>


<h2 class="wp-block-heading">陶器と向き合い、“置いて”絵を描く</h2>



<p>お話を伺った和久井修さんは、伝統の2種類の焼き物に加えて、自身の作品として磁器を得意としている陶芸家。まず目がいくのは流麗なフォルム。立ち姿が何ともいえずに、繊細で美しい。また、そこに描かれる紋様も美しさを引き立たせる。白い肌にスッと引かれた線が浮き出る。<span class="swl-marker mark_yellow">繊細であり、かつそのなかに動きのようなものが感じられ、その美しさに目が止まってしまう。</span><br>器に絵を描いた作品と言えるが、実はそれは正確ではない。もちろん最終的には絵となっているのだが、作業としては磁器に粘土を盛るように描くのだ。<br>器と同じ土に顔料を混ぜて色をつけ、それを器においていくのだ。焼成をするとその部分が盛り上がり、絵となる。粘土を盛るのだから、一気にスッとは書けない。何度も何度も土を置いていく。しかも焼き上げると土は収縮するので、できあがりから考えるとかなりの量の土を盛らないといけない。繊細かつ根気のいる作業だ。中田も筆で粘土をのせていく作業を体験させてもらうが、やはり出てきた言葉は「難しい…」だった。じっくりとどっしりと器に向き合わなくてはいけないのだ。それでできあがりがあの繊細な絵なのだから、やはり不思議だ。</p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full"><img decoding="async" width="320" height="212" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/09/18497_img03.jpg" alt="" class="wp-image-18648" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/09/18497_img03.jpg 320w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/09/18497_img03-300x198.jpg 300w" sizes="(max-width: 320px) 100vw, 320px" /></figure></div>


<h2 class="wp-block-heading">陶器は文化の中心である</h2>



<p>「陶器は脇役ではあるけれど、文化の中心とも言えると」と和久井さんは話す。たしかに、陶器は美術品としての価値もさることながら、茶碗や花瓶など日常雑器、道具として長い歴史を重ねてきた。<br>「ただ、道具としてのよさというのは、なかなか伝わりにくい時代になってきているかもしれない。そして伝統的な美というのはもっと伝わりにくい。でもあきらめないで、どうやってその大事な部分を理解してもらうかということをいつも考えて作っています」と和久井さんは話す。また、「陶器は千年も、その形を留めるものだと言われています。だからきちんと作品を“残していく”という気持ちと責任感は常に持っています」。そう最後に話をしてくれた。<br></p>



<h3 class="wp-block-heading">陶器ならではの伝統の美と道具としての価値</h3>



<p>長い歴史を紡いできた陶器。そのなかには、<span class="swl-marker mark_yellow">変わらないものと変わっていかなくてはいけないものがあるはずだ。</span>道具としてのよさ。これも時代が要求する部分によって価値は変わってくるだろう。美にしてもそうだ。伝統的で普遍的な美と、その時代その時代に求められているものがある。<br>その両方を兼ね揃える作品、そして千年先の時代にも残る作品に挑み続けている。</p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full"><img decoding="async" width="320" height="213" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/09/18497_img02.jpg" alt="" class="wp-image-18649" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/09/18497_img02.jpg 320w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/09/18497_img02-300x199.jpg 300w" sizes="(max-width: 320px) 100vw, 320px" /></figure></div><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/18497/">陶器の歴史を紡ぎ、千年以上残る米沢の伝統焼き物を。陶芸家･和久井修さん／山形県長井市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
					<wfw:commentRss>https://nihonmono.jp/article/18497/feed/</wfw:commentRss>
			<slash:comments>0</slash:comments>
		
		
			</item>
		<item>
		<title>陶芸に新たな伝統を 陶芸家·本間伸一さん／岩手県一関市</title>
		<link>https://nihonmono.jp/article/14736/</link>
					<comments>https://nihonmono.jp/article/14736/#respond</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 07 Apr 2013 05:55:17 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[器]]></category>
		<category><![CDATA[うつわ]]></category>
		<category><![CDATA[岩手県]]></category>
		<category><![CDATA[一関市]]></category>
		<category><![CDATA[陶芸作品]]></category>
		<category><![CDATA[藤沢焼]]></category>
		<category><![CDATA[藤沢野焼祭]]></category>
		<category><![CDATA[陶芸]]></category>
		<category><![CDATA[けろくろ]]></category>
		<category><![CDATA[陶器]]></category>
		<guid isPermaLink="false">http://nihonmono.jp/?p=14736</guid>

					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/06/14736_main.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>「なんとなく」陶芸の世界へ 数日間穴窯に作品を入れ、赤松で火を焚き続けて作られる藤沢焼。その工程のなかで作品に付着した赤松の灰が溶けて、独特の色合いが現れるというのが特徴だ。土の肌合いとシンプルで力強いフォルムが存在感を [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/14736/">陶芸に新たな伝統を 陶芸家·本間伸一さん／岩手県一関市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/06/14736_main.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><h2 class="wp-block-heading">「なんとなく」陶芸の世界へ</h2>



<p><span class="swl-marker mark_yellow">数日間穴窯に作品を入れ、赤松で火を焚き続けて作られる藤沢焼。その工程のなかで作品に付着した赤松の灰が溶けて、独特の色合いが現れるというのが特徴だ。土の肌合いとシンプルで力強いフォルムが存在感を強く印象づける。<br></span>その藤沢焼を始めたのが今回お話をうかがった本間伸一さんだ。1972年に岩手県藤沢町に築窯し、以来40年にわたって作陶に励んでいる。ただしお話を聞くと陶芸の世界に入ったのは「なんとなく」だという。宮城で生まれ育ち、高校から東京にいったがどうも馴染めずに将来は地方で暮らしたいと考えていた。大学も単位を取らずにいたが、そのときに「なんとなく」焼物の世界に入ったのだそうだ。<br>「まず美濃にいき、5、6年やってと言われた」と話をしてくれた。そのあと宮城で焼物をしていたが、「薪で焼物をやってみたい。赤松がいい」と思うようになり、この地に移ったのだという。岩手の藤沢町近辺は赤松が多く生えている場所。だから藤沢焼になったのだ。</p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full"><img decoding="async" width="320" height="212" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/06/14736_img01.jpg" alt="" class="wp-image-15030" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/06/14736_img01.jpg 320w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/06/14736_img01-300x198.jpg 300w" sizes="(max-width: 320px) 100vw, 320px" /></figure></div>


<h3 class="wp-block-heading">自由を体験、野焼き祭り</h3>



<p>また本間さんは「<a href="https://noyaki.net/" target="_blank" rel="noreferrer noopener">土と炎の芸術 藤沢野焼祭</a>」というお祭りにも関わっている。<span class="swl-marker mark_yellow">遥か昔の時代、先人たちが土器を焼いたように、焚き火の中で作品を焼くお祭りだ。参加者は作家ではなく、幼稚園児からご年配の方までの一般の方々。粘土で形作った作品を凹んだ穴に置き、そこに木をくべて火を付ける。6～8時間かけて燃やし続け、そのおき火のなかで焼成が続いて作品が完成するという。</span><br>シンプルかつ大胆、原始的な焼き物を体験することができるのだ。現在では県外からも見物客がくるほどのお祭りになった。<br>「普段は会社員や農家の人たち。でも、本当にすごいのを作るんですよ。発想が作家とはまったくちがうんです。作家ではとても出てこないようなアイディア、デザインがある。作る自由さってすごいなと。こんなもの自分たちではとても作れないぞって思うものに出会えます」</p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full"><img decoding="async" width="320" height="213" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/06/14736_img02.jpg" alt="" class="wp-image-15031" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/06/14736_img02.jpg 320w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/06/14736_img02-300x199.jpg 300w" sizes="(max-width: 320px) 100vw, 320px" /></figure></div>


<h2 class="wp-block-heading">けろくろで陶芸体験</h2>



<p>場所を工房に移して器作りを体験させてもらった。本間さんは地元の土のほかに沿岸部の久慈の土なども使う。そのふたつを見せてもらう。<br>「土の色ってこんなに違うんですね」と中田がびっくりするぐらいはっきりと違う色だった。もちろん特性も違う。ときにはそれらを混ぜ合わせて作陶することもあるという。<br>体験させてもらったのは、<span class="swl-marker mark_yellow">けろくろ。足でろくろをまわしながら成形をしていく方法だ。</span>中田も夢中になってけろくろに向かうが、やはり自分の作業に納得がいかない。<br>「足だけ使うのは得意なんですけどね。でも手と足を両方使うのはやったことないから…」と笑いながら作業を進めてようやく完成。本間さんからは「沖縄のパナリの壺みたいでいいですね」とお褒めの言葉をいただく。<br>本間さんとのお話しから感じられる「自由な発想」というキーワードが印象的だった。伝統に習って、でも伝統にしばられない。そんな雰囲気が漂う工房だった。</p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full"><img decoding="async" width="320" height="212" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/06/14736_img03.jpg" alt="" class="wp-image-15032" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/06/14736_img03.jpg 320w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/06/14736_img03-300x198.jpg 300w" sizes="(max-width: 320px) 100vw, 320px" /></figure></div><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/14736/">陶芸に新たな伝統を 陶芸家·本間伸一さん／岩手県一関市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
					<wfw:commentRss>https://nihonmono.jp/article/14736/feed/</wfw:commentRss>
			<slash:comments>0</slash:comments>
		
		
			</item>
	</channel>
</rss>
