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	<title>福岡県 - NIHONMONO</title>
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	<description>「にほん」の「ほんもの」を巡る旅マガジン</description>
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	<title>福岡県 - NIHONMONO</title>
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		<title>上質な茶葉と福岡県トップの手揉み技術で八女を代表する生産者「霊巌寺製茶」／福岡県八女市</title>
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		<pubDate>Sun, 03 Nov 2024 00:44:48 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/REI001-5712.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>福岡県八女市黒木町にある「霊巌寺（れいがんじ）製茶」の徳永慎太郎さんは、全国の若手茶生産者が、味、香り、外観などで茶の品質を鑑定する技術を養成し、茶の品質向上を目的とする全国茶生産青年茶審査技術競技会の2023年に行われ [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/REI001-5712.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>福岡県八女市黒木町にある「霊巌寺（れいがんじ）製茶」の徳永慎太郎さんは、全国の若手茶生産者が、味、香り、外観などで茶の品質を鑑定する技術を養成し、茶の品質向上を目的とする全国茶生産青年茶審査技術競技会の2023年に行われた第40回大会で最高位の「農林水産大臣賞」を受賞、「福岡県八女茶手もみ競技大会」でも殿堂入りしている茶のスペシャリスト。霧がたちのぼる山間の茶畑で徳永さんが我々を迎えてくれた。</p>



<h2 class="wp-block-heading">寒暖差と霧、肥沃な赤土が茶葉に旨みを凝縮させる</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/REI012-5729.jpg" alt="" class="wp-image-50085" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/REI012-5729.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/REI012-5729-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/REI012-5729-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>地面からゆっくりと立ち上る霧が木々の間を漂い、林の輪郭をぼかしていく。徳永さんが精魂込めて育てる最高品質の玉露「八女伝統本玉露」の茶畑は標高520メートルという霧深い山奥にある。周辺に民家は少なく、山紫水明な景色に心が洗われるような場所だ。</p>



<p>霧は日光を程よく遮り、茶葉が光合成を行う際に苦味や渋みの原因となるカテキンの生成を抑え、旨み成分となるテアニンを増加させると言われている。寒暖差のある山岳地帯では茶の芽がゆっくりと成長し、味わい深い茶葉が育つのだ。この理想的な気候条件に加え、栄養を溜め込める粘土質の赤土に恵まれたことが徳永さんのつくるお茶を美味しくしている。</p>



<h3 class="wp-block-heading">「全国茶品評会」の常勝者を目指して</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/REI010-5728.jpg" alt="" class="wp-image-50086" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/REI010-5728.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/REI010-5728-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/REI010-5728-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>徳永さんが所有する6ヘクタールほどの茶畑の中で最も高い場所に位置するこの畑では、年に一度開催される「全国茶品評会」に出品するための「八女伝統本玉露」を栽培している。この茶は八女茶の名を広めるために最高の技術・手法を駆使して誕生したもので、栽培方法には厳格なルールがある。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/batch_S__142581780.jpg" alt="" class="wp-image-50087" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/batch_S__142581780.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/batch_S__142581780-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/batch_S__142581780-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>最も特筆すべき特徴は茶畑の上に造作した棚に稲わらをかけ、95%以上の遮光率で日光を16日以上遮る「わらかけ」を行うこと（写真にかけられているのは霜よけネット）。稲わらにより適度な湿度と温度がキープされ、雨雫が落ちることで「覆い香」と呼ばれる特有の風味が生まれる。また、枝葉を刈らない「自然仕立て」により育った新芽の「一芯二葉を手摘みする」というのもルールの一部。このように時間も手間暇もかけ丹念に育てられたものだけが「八女伝統本玉露」の名で世に出る。</p>



<p>「実は、もともとこの畑があった場所に住んでいました。でも、平成24年に起こった水害による土砂崩れで家が流されてしまい、この場所が空いたので新しい挑戦として「全国茶品評会」に出品するためのお茶を育ててみることにしたんです。品評会で安定的に上位に入ること＝生産者としてお墨付きがもらえることなので、茶問屋との取引もしやすくなります。いつか「霊巌寺製茶」のお茶が飲みたい！とお客様に指名していただけるようになりたいですね」。</p>



<p>品評会には過去７回ほど出品し、2023年には110以上のエントリーがあった中、見事5位に入賞した。「上位常連の農家さんを訪ね、どうしたら美味しくなるのか学ばせてもらいました。気候条件に加え、肥料を与える量や時期、茶葉を摘むタイミングなど、すべての条件がピタッと重なった時にいい成績がとれるそうです。まだまだ勉強が必要ですが、これからも上を目指します」。</p>



<h3 class="wp-block-heading">静岡で学んだ茶の知見が受賞の礎に</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/REI031-6000.jpg" alt="" class="wp-image-50088" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/REI031-6000.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/REI031-6000-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/REI031-6000-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>茶の品質を見極める眼識にも優れ、全国の若手茶師が集い、茶の審査技術を競う「全国茶生産青年茶審査技術競技会」では2023年に最高賞を受賞。茶師の段位も初段から六段にジャンプアップした徳永さん。伝統的な「手もみ」による茶の加工技術を競う「福岡県八女茶手もみ競技大会」でも10連覇し、殿堂入りの称号を受けた。これら素晴らしい能力の礎をつくったのが静岡にある「農研機構果樹茶業研究部門金谷茶業研究拠点」での日々だ。</p>



<p>「全国各地のお茶を飲み比べ、地域性や品種の傾向を身体で覚えました。自分なりのお茶に対する味覚の基準ができ、引き出しが増えたことが利き茶力を育んだのだと思います。また、静岡で手もみを専門的に学べたことも大きかったですね。手もみを経験すると、加工の工程ひとつひとつの意味を深く理解できるようになります」。</p>



<p>「手もみ」は蒸した茶を手でもみながら乾燥させていく製茶の基本となる技術。適度な圧力で茶葉を揉み、中から出てくる水分量を調整しながら、茶葉を針のように細長い形状に仕上げていく。「蒸された茶葉を見た時点で、その茶葉の繊維の質と量を見極め、揉み方を決めます」。そんな徳永さんの“見極め力”は機械での荒茶づくりにも生きている。その時々の茶葉によって蒸し具合や風の送り方、乾燥のさせ方を微妙に変え、少しでも手もみに近い仕上がりになるよう調整している。</p>



<p>「手もみのお茶と機械で仕上げたお茶は味の丸みが違います。機械だとどうしても圧力が強くなり少し角が立ったような味わいになる。手もみ茶が一番ですが、手もみだと大量生産できないので、機械を使っても手もみのような味わいに近づけられたらと試みています」。<br>徳永さんが自分で手もみしたお茶を淹れてくれた。確かにまろやかで優しい。どんな時代になっても熟練した職人の手技が機械を超えることはないことを物語る味わいだった。</p>



<h2 class="wp-block-heading">山の茶を愛し、新品種にも挑む</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/REI011-2089-1.jpg" alt="" class="wp-image-50090" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/REI011-2089-1.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/REI011-2089-1-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/REI011-2089-1-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>全国各地に耕作放棄地も増え、低迷が叫ばれる茶業界。徳永さんの目にそんな状況はどう映っているのだろか。「確かにいい状況ではないかもしれません。でも、自分はやっぱり茶が好きなんです。うちみたいに山の形を生かしてそのまま茶畑にしたような場所は正直、作業性も悪い。でも、ここでしかつくれないお茶がある。手間暇に見合うだけの美味しさをつくれる！と信じて励んでいきたいですね。また、今、福岡県単独の品種が開発されていて、来年から実際に植えて育てる試験が始まるんです。その山間地向けの新品種をうちの畑で植えることになっています。どんなお茶ができるのかワクワクしています」と徳永さん。長年の研究の末に誕生する新品種が、熟練の生産者や茶匠によってどんなお茶に育っていくのか目が離せない。</p>



<p>ちなみに「霊巌寺」という屋号は八女茶の発祥地として知られる寺に由来している。「霊巌寺」は明国から茶の種子を持ち帰り、茶の栽培と製法を伝えたとされる栄林周瑞（えいりんしゅうずい）禅師によって建立されたといわれており、徳永さんの加工場が寺の近くにあったことから発祥の地に敬意を表してこの屋号を選んだそう。八女茶発祥の象徴「霊巌寺」という名を背負い、未来に向かって力強く進む徳永さん。徳永さんの「お茶への愛」が、今後どんな日本茶の世界を切り拓いていくのか、楽しみでならない。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/50084/">上質な茶葉と福岡県トップの手揉み技術で八女を代表する生産者「霊巌寺製茶」／福岡県八女市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>愛情深い牛飼いによる、ブランド設立への挑戦。「豊作ファーム」／福岡県柳川市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 14 Oct 2024 02:06:11 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
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		<category><![CDATA[福岡県]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/housaku_151.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>有明海に面し、水郷のまちとして知られる福岡県柳川市。風光明媚なこの土地に牧場を構える「豊作ファーム」の江口豊作さんは、自身の名前を冠した黒毛和牛のブランド「豊作和牛」を立ち上げた。愛情深く牛たちを育てる肥育農家としてのこ [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/housaku_151.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>有明海に面し、水郷のまちとして知られる福岡県柳川市。風光明媚なこの土地に牧場を構える「豊作ファーム」の江口豊作さんは、自身の名前を冠した黒毛和牛のブランド「豊作和牛」を立ち上げた。愛情深く牛たちを育てる肥育農家としてのこだわりと、「心の豊かさを作れるように」と、願いを込めたブランドへの熱き思いを追いかける。</p>



<h2 class="wp-block-heading">牧場経営のきっかけは、米農家で稲藁があったから</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/housaku_228.jpg" alt="" class="wp-image-49981" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/housaku_228.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/housaku_228-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/housaku_228-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>通常の牛肉の生産および流通は、母牛から子牛を増やし、育成･出荷までを行う一貫生産農家あるいは、その子牛を購入して枝肉として出荷するまで育成する肥育農家が育てた牛を市場に出荷し、卸売業者が購入。そして卸売業者が小売業者に販売するなど、数多の行程を経て消費者の元へと届く。<br>「豊作ファーム」も、かつてはすべての牛をその流通ルートに乗せていた。しかし、いつしか「手塩にかけた牛たちを、この手で直接届けたい」という思いが芽生える。2021年、その思いに端を発し、ブランド「豊作和牛」をスタートさせた。生産を江口豊作さん、そして販売を兄･幸司さんが担い、家族全員で父の代から続く牧場を支えている。<br><br>江口家の牧場経営の始まりは、5頭のホルスタインから。約45年前にさかのぼる。</p>



<p>もともとは代々米農家であった江口家。現在も8町（8ヘクタール＝80000㎡）もの農地を有する米農家であるが、当時父･正博さんは農地で採れる稲藁を粗飼料として畜産農家へ販売していた。ある時、「稲藁があるから、自分たちでも牛を肥育してみよう」と、子牛を購入。乳用種であるホルスタインのオスを肉牛として肥育することから始まった。<br>一般的には乳用種として広く認知されているホルスタイン種だが、意外にもオスは肉牛として肥育されている。</p>



<p>豊作ファームが創業した当時は、ホルスタイン種のオスの仔牛が和牛と比べて比較的安く手に入ったため、当時牛飼いを始めるのには、ハードルが低く、参入しやすい種だった。</p>



<h3 class="wp-block-heading">七転八倒。畜産業界を襲う諸問題に、心が折れそうになるも……</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/housaku_171.jpg" alt="" class="wp-image-49982" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/housaku_171.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/housaku_171-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/housaku_171-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>肥育開始後、徐々に頭数を増やすも、1991年には牛肉の輸入が自由化。今のままでは価格競争で外国産の牛肉に太刀打ちできないと、肥育する品種をより市場価格の高いF1種（ホルスタイン種などの乳牛と黒毛和種などの肉牛を掛け合わせた品種）に変更した。その後、事業が軌道に乗り始めるも、BSE問題や牛肉偽装事件など、畜産業界を立て続けに問題が襲う。正博さんは、幾度とやってくる苦難に頭を抱えた。</p>



<p>しかし、起死回生の一手としてある決断を下す。食の安全性の意識の高まりから、高品質な和牛への需要が増加すると見込み、20数年前に黒毛和牛の肥育に転換。ここがターニングポイントとなった。</p>



<p>その後、農学部へ進学した豊作さんが大学卒業後にUターンし、後継者として牧場経営に入る。豊作さんが牧場経営に加わって以降、2016年には「福岡県肉用牛生産者の会 枝肉共励会」博多和牛の部で最高位のグランドチャンピオンを獲得。2018年には、県内の畜産農家が競う「福岡県肉畜共進会」の和牛の部で最高位の金賞（農林水産大臣賞）にも輝く。20代の若手生産者の受賞というニュースは、業界を驚かせた。親子2代で切磋琢磨し、現在では黒毛和牛を約220頭育てるまでに成長した。</p>



<h2 class="wp-block-heading">福岡県のブランド牛「博多和牛」を肥育</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/housaku_224.jpg" alt="" class="wp-image-49983" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/housaku_224.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/housaku_224-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/housaku_224-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>現在、「豊作ファーム」が育てている黒毛和牛は、2005年に誕生した福岡県のブランド牛「博多和牛」である。その誕生の背景には業界全体を襲ったBSE問題による、黒毛和牛の市場価格の暴落があった。感染リスクへの恐怖心などもあり、肉牛市場は混乱。福岡県の畜産業も衰退の危機に陥った。そんな時、起死回生を図るべく、福岡県の畜産農家が一致団結し、「安心して味わえる黒毛和牛を届けよう」と作り出したのが「博多和牛」である。</p>



<p>「博多和牛」の定義は、九州の産地から買った子牛を、県内産の稲藁を主食として約20ヶ月間育てた和牛のことを指す。肉質等級は3等級以上。肉質はやわらかく、ジューシーな味わいが魅力だ。</p>



<p>そして、「豊作ファーム」が肥育した「博多和牛」は、9割以上がA4〜A5等級。きめの細かさなど見た目の美しさはもちろんだが、おいしさに直結するといわれる不飽和脂肪酸の一つ、オレイン酸が脂質中に55%以上含まれていることも評価が高い理由だ。口溶けが良く、口に入れた時の風味にも定評がある。</p>



<h3 class="wp-block-heading">血統も大事だが、餌がその牛の能力を開花させる</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/housaku_204.jpg" alt="" class="wp-image-49984" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/housaku_204.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/housaku_204-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/housaku_204-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>良い肉質の牛を育てることについて、「牛の持っている能力（血統）も重要ですが、その牛の能力を発揮させるためには、餌の質と内容も重要です」と豊作さんは語る。「豊作ファーム」は、稲藁はすべて自家栽培。さらに、成長の段階に合わせて前期、中期、後期と餌の内容を変えている。前期は粗飼料とタンパク質を多めに与え、中期に向けた胃袋づくりと、筋肉の元を形成。中期には、筋肉の元を大きく育てるために餌自体のカロリーを増やす。後期にはビタミン豊富なエサを与え、サシの入り具合をコントロール。第一に健康であることを重点に置き、肥育している。</p>



<p>霜降りを重視する一般的な給餌方法では、牛たちの健康を脅かし、ストレスを与えることも多い。しかし、「豊作ファーム」では、牛の健康状態と成長を重視して給餌。長期肥育といわれる約30ヶ月間、ゆっくり時間と愛情をかけ、健康的で骨格がしっかりとした、肉付き、肉質の良い牛に育てている。</p>



<h3 class="wp-block-heading">回数を分けて給餌することで消化もスムーズに</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/housaku_196.jpg" alt="" class="wp-image-49985" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/housaku_196.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/housaku_196-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/housaku_196-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>牛の消化不良を防ぐために、1日8回と小まめに餌やりを行うこともこだわりだ。濃厚飼料（大豆粕やとうもろこしなどタンパク質を多く含む飼料）によるアシドーシス（牛の胃の中で過剰な乳酸が蓄積すること）を防ぐ意味でも、手間はかかるが重要な工程だという。</p>



<p>加えて、自家配合を行う配合飼料は、毎食直前に混ぜ合わせ、雑菌の混入を防ぐ。「昔、効率を優先して、餌を事前に混ぜておく時期がありました。ただ、その時は牛の調子が悪くなることがたびたびあって……。そこで、給餌する直前に混ぜて与えてみると、牛の調子がみるみるうちに改善しました。手間暇をかけた分だけ、牛は応えてくれる。そのことを牛たちが教えてくれました」と、豊作さんは当時を振り返る。</p>



<h2 class="wp-block-heading">牛たちがストレスなく、のびのびと過ごせる一日を目指して</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/housaku_194.jpg" alt="" class="wp-image-49986" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/housaku_194.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/housaku_194-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/housaku_194-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>さらに、豊作さんは、「牛への声かけも大切にしています」と語る。続けて、「牛など多くの動物は絶対音感を持っているといわれており、“餌の時間だよ”という声を音で記憶、判別しています。すると、条件反射で唾液の分泌が促され、スムーズな消化を助けてくれるんです」と、牛たちを愛おしそうに見つめながら話す。<br>それ以外にも、重要なこととして「規則正しい生活リズム」を挙げる。餌やり、牛舎の掃除、ブラッシング……など、決まった時間に決まったことをする。自然に備わった体内時計に合わせた暮らしを健やかに感じられるのは、人間も牛もきっと同じだ。</p>



<p>豊作さんが顔を撫でると、うっとりとリラックスした表情を見せる牛たち。真面目で正直で、愛情深い。豊作さんの深い情が彼らにも伝わっているようだった。</p>



<h2 class="wp-block-heading">牛飼い自ら販売するブランド「豊作和牛」を立ち上げ</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/f4f186f2243279ec6913c2285d333a13.jpg" alt="" class="wp-image-49987" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/f4f186f2243279ec6913c2285d333a13.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/f4f186f2243279ec6913c2285d333a13-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/f4f186f2243279ec6913c2285d333a13-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>「豊作ファーム」では、自社で育てた「博多和牛」をセリに出荷すると、販売部門を担う豊作さんの兄･幸司さんが代表を務める流通販売専門の会社「株式会社エンリッチ」が、そのセリに参加し、一頭購買している。</p>



<p>その後、精肉、加工を経てお客様に直接販売。この生産から販売まで包括したブランドを「豊作和牛」と名付け、2021年にスタートさせた。<br>これにより、サシの入り方などが基準となる市場評価軸だけではなく、消費者が求めている本質的な需要軸でも新たに価値をつけることができるようになり、結果、豊作ファームの求める「お肉そのもののおいしさを届けたい」という想いを実現することに繋がるのだという。</p>



<p>後者の軸をより太くしていくため、「豊作和牛」ブランドを通して、消費者とのコミュニケーションをしっかり取り、ニーズを把握し、いま市場で生じている価値と需要のズレを正していけることを目指している。<br>その仕組みづくりの立役者は、商社で畜肉の輸出入や国内流通業務を長年担ってきた幸司さん。兄弟がそれぞれの強みを生かし、生産者のやる気やモチベーションに繋がる部分を搾取してしまわず、フラットな関係性で生産部門と販売部門が連携していくため、手を携えながら、今日の「豊作ファーム」の発展を支えている。</p>



<p>「お客様と直接やりとりすることで、普段牛肉を購入する際には知ることのできない生産背景までも伝えることができます。価格やおいしさの理由に納得してもらえ、本当に安心できるものだけを買ってもらえる。安心安全な食の選択肢を提供していきたいと思っています」と、幸司さんは力を込める。</p>



<h2 class="wp-block-heading">「豊作和牛」のおいしさを通して、豊かさを届けたい</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/housaku_256.jpg" alt="" class="wp-image-49988" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/housaku_256.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/housaku_256-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/housaku_256-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>さらに、「豊作和牛」の流通だと、ホルモンに関しても「豊作ファーム」産であると、品質が保証されている点も魅力だ。通常、牛肉の正肉（赤身）に関しては、割り当てられた個体識別番号で生産者を判別できるが、内臓肉に関しては個体識別番号が反映されることはない。つまり、広く産地は特定できても、誰がどんな環境で、どう育てたかは窺い知ることが難しいのだ。その点も含め、最近は飲食店からも高い評価を受けている。福岡県内のほか、東京など関東の飲食店でも取り扱いが増え、「豊作和牛」の輪が広がり始めた。</p>



<p>「サシの入り具合が評価基準になっている格付けは、流通における指標としてもちろん大事です。しかし、私たちが大切にしていきたいのは、お肉そのもののおいしさ。その裏側にある、どんな環境で、どのように育てているかという生産者の物語も添えて、さらに多くのお客様においしさを届けていきたいです」と、豊作さんはブランドに込めた思いを語る。</p>



<p>自社牧場で育てた黒毛和牛を通して、心の豊かさを作りたい。そんな思いを込めた「豊作和牛」というブランドは、走り出したばかり。「知名度の向上、販路の拡大など、まだまだ課題は山積みです」と豊作さん。父･正博さんの代から続く循環型農業に軸足を置き、新たな挑戦に奔走する豊作さんは、とてもしなやかでたくましい。その後ろ姿は、未来を切り拓く情熱にあふれていた。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/49980/">愛情深い牛飼いによる、ブランド設立への挑戦。「豊作ファーム」／福岡県柳川市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>創業者の熱意によって生まれた博多名物。「株式会社ふくや」の辛子明太子／福岡県福岡市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 14 Oct 2024 01:39:34 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[名産品]]></category>
		<category><![CDATA[福岡県]]></category>
		<category><![CDATA[手土産]]></category>
		<category><![CDATA[辛子明太子]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/fukuya_011.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>今や福岡みやげの筆頭に挙げられる辛子明太子。 その市場規模は約1,200億円ともいわれ、福岡県内200社以上のメーカーがそれぞれに研鑽を重ね、味を競い合う。辛子明太子が福岡名物として周知されるようになった要因のひとつとし [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/49970/">創業者の熱意によって生まれた博多名物。「株式会社ふくや」の辛子明太子／福岡県福岡市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/fukuya_011.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>今や福岡みやげの筆頭に挙げられる辛子明太子。<br><br>その市場規模は約1,200億円ともいわれ、福岡県内200社以上のメーカーがそれぞれに研鑽を重ね、味を競い合う。<br>辛子明太子が福岡名物として周知されるようになった要因のひとつとして、博多の繁華街･中洲に本店を構える「株式会社ふくや」の創業者･川原俊夫さんの尽力が大きい。<br>むしろ、それがなければ辛子明太子は今ほど全国的に有名にはなっていなかったかもしれない。その情熱は代々、家族や社員に受け継がれ、現在は5代目社長を務める川原武浩さんへと“ふくやイズム”が継承されている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">辛子明太子が誕生し、全国へ広がるまでの道のり</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="562" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/316b956e8949d5b3a93d733810f9689e.jpg" alt="" class="wp-image-49971" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/316b956e8949d5b3a93d733810f9689e.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/316b956e8949d5b3a93d733810f9689e-300x204.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/316b956e8949d5b3a93d733810f9689e-768x523.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>「明太子」とはスケトウダラの卵のことで、韓国語でスケトウダラは「明太」、その卵（＝子）なので「明太子」と呼ばれている。本来、スケトウダラは寒い海域に生息する魚で、温暖な気候の福岡とはあまり縁のない食材であるはずなのに、どのようにして「辛子明太子」が福岡の名物になったのだろうか。</p>



<h3 class="wp-block-heading">「辛子明太子」誕生ストーリー</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/24782b0b0c3e6059cb98d0b8a59e9141.jpg" alt="" class="wp-image-49972" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/24782b0b0c3e6059cb98d0b8a59e9141.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/24782b0b0c3e6059cb98d0b8a59e9141-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/24782b0b0c3e6059cb98d0b8a59e9141-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>戦後間もなく、焼け野原となった中洲の一角で小さな食料品店を開業した「ふくや」。創業者の川原俊夫さんは、商売のかたわら地域を盛り上げ多く人に喜んでもらいたいとオリジナル商品の開発に着手する。そこで思いついたのが、幼少期を過ごした韓国の釜山で食べていた「ミョンランジョ（明卵漬＝たらこのキムチ漬）」という辛子明太子の原型ともいえる惣菜だった。</p>



<p>スケトウダラは福岡近海では獲れないため、主に北海道産を使用し、記憶をたどりながら幾度もの試作を重ねて、1949年1月、ついに辛子明太子の販売にたどり着く。しかし、当時の日本人は辛いものになじみが薄かったためか、まったく受け入れられなかった。</p>



<p>これにくじけることなく材料やつくり方を試行錯誤し、納得のいく辛子明太子が完成したのは約10年後のこと。塩蔵（＝塩漬け）したたらこを独自にブレンドした唐辛子の調味液に漬け込む独自の製法によって、ついにふくやを代表する「味の明太子」の原型が完成した。</p>



<h3 class="wp-block-heading">惜しみなく作り方を教えたことで店の看板商品が地域の名産に発展</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/fukuya_097.jpg" alt="" class="wp-image-49973" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/fukuya_097.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/fukuya_097-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/fukuya_097-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>その美味しさは徐々に地元でも評判となり、店には辛子明太子を買い求める人の行列ができるようになる。そこで、同社が店を構えていた中洲市場内のほかの店から「うちでも売ろうか？」と卸の打診を受ける。ところが川原さんは「卸ではなくおたくも作ったら？」と提案し、仕入れ先や材料、製造方法を教えた。また、市場内に限らず、希望する人には誰にでも教えていたのだが、それぞれが独自の味を作り出せば、より多くの人の好みに対応できると考え、調味液の味付けだけは教えなかったという。</p>



<p>以降も商標登録や製法特許を取ることなく同業者や取引先に惜しみなく製造方法を教え続けた。その結果、福岡に個性豊かな辛子明太子店が数多く誕生することになる。<br>その後、1975年の新幹線開通など時代の後押しもあり、博多みやげとして辛子明太子を買い求める人たちの手から手へと全国に広がっていき、博多を代表する名産品に。辛子明太子業界は地元･福岡の一大産業として大きく発展していった。</p>



<h2 class="wp-block-heading">辛子明太子へのこだわり</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/fukuya_078.jpg" alt="" class="wp-image-49974" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/fukuya_078.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/fukuya_078-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/fukuya_078-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>辛子明太子の味は卵の質で決まると考えるふくやでは、創業当初から上質な原料の仕入れに細心の注意を払っている。原料となるスケトウダラは、以前は韓国や日本でも獲れていたが、200海里問題や乱獲、海水温度の上昇による漁場の北上によって収獲量が減少し、現在国産はわずか数％、ほとんどをアメリカとロシアからの輸入に頼っている状況だ。輸送に時間がかかり鮮度が落ちると生臭みがでるため、原料となるスケトウダラの卵は船上で取り出して急速冷凍され、鮮度が保たれた状態で加工される。</p>



<h3 class="wp-block-heading"><strong>熟練の目ですべての工程を徹底管理</strong></h3>



<p>さらに品質を左右するのが卵の成長度合いだ。卵は成長過程でガム子･早真子･真子･目付･水子･皮子の6段階に分かれ、違いは味と粒感に現れる。ふくやでは卵が成熟して粒が大きく張りがある「真子」を中心に、少し手前の成熟卵「早真子」と完熟卵「目付」の一部を原料として使用。船上で「真子」に近いものを選別し、工場に届いてからさらに卵の目利きが見て触って状態のよい卵だけを厳選している。</p>



<p>「真子」の味わいを活かすため、アルコールやみりんなど余計なものを加えず、それぞれ甘さや辛さ、香りに特徴のある数種の唐辛子をブレンドしたシンプルな調味液で味付けするのがふくやの特徴のひとつ。調味液に漬ける時間を48時間～96時間程度とすることで、素材の旨味が抜けず、味が染み込み過ぎることもなく、1本の明太子の外側と内側で違う味わいを楽しめるようにしている。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/fukuya_069.jpg" alt="" class="wp-image-49975" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/fukuya_069.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/fukuya_069-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/fukuya_069-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>明太子の選別から調味液かけや計量まで、工場では熟練の技を持つスタッフの管理のもと、ほとんどの工程が手作業で行われている。こうしてつくられた辛子明太子は、最後に「味の番人」と呼ばれる検査員が仕上がりを確認して完成となる。彼らは人間の持つ味覚･嗅覚･視覚などを駆使し、味･食感･香り･見た目などを評価する官能検査を行っている。&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp; </p>



<h3 class="wp-block-heading">「味は守るな、変化させろ」。時代とともに進化する辛子明太子</h3>



<p>創業者の教えのひとつに「味は守るな」というのがある。人々の嗜好は時代ごとに変わっていくため、変化に合わせたものづくりを行うべきだという。その教えどおり、ふくやの「味の明太子」は発売以来75年間、ベースは守りつつも少しずつ味や製法を変えながら進化してきた。<br>辛子明太子の塩分濃度もそのひとつ。健康志向が高まり減塩を望む声に応え、創業時12～13％だった塩分は今や３～５％に下げられている。昔のように塩辛いものでたくさんごはんを食べてお腹を満たす時代ではなくなったことも塩分を下げた理由だとか。<br>辛さの種類も、辛みのない「のんから」から激辛の「どっから」まで4段階。この他にも、創業当初の復刻版や、通常の13.5倍の辛さ、35％の減塩など、辛子明太子だけでもたくさんの種類を用意し幅広いニーズに応えている。</p>



<h3 class="wp-block-heading">時代に合わせた加工品が続々登場</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/fukuya_096.jpg" alt="" class="wp-image-49976" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/fukuya_096.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/fukuya_096-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/fukuya_096-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>時代とともに変化してきたふくやでは、現代のライフスタイルや嗜好に合わせた加工品の開発にも力を入れている。大ヒットとなったチューブ入り明太子「tubu tube（ツブチューブ）」やツナと和えた缶詰「めんツナかんかん」をはじめ、長期保存に適したコンフィ（油漬け）「缶明太子」、スパイスブームの流れを汲んだ「味の明太粉」や「明太醤」など、あげるときりがないほど。</p>



<p>海外からの食文化流入による食生活の変化や、調理に時間をかけなくなったこと、海外からの観光客が増えたことなど、消費者の動向をうかがいながら自由な発想で新商品開発に取り組み、ふくやのファン層を広げる。同時に、破れて商品にできない明太子や残った調味液を加工品に利用することで、無駄がなくなるという利点もある。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/fukuya_001.jpg" alt="" class="wp-image-49977" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/fukuya_001.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/fukuya_001-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/fukuya_001-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>「今後のビジョンとしては、生の辛子明太子の味を極めつつも、醤油味やテリヤキ味と並ぶ、辛味･旨味･海鮮味が一体となった “明太子味”の加工品を世界に浸透させていきたいですね。また、福岡をはじめ九州にはとてもいい食材があるので、九州の食文化を多くの人に知ってもらって九州全体が活気づくよう取り組んでいきたい」と川原さん。</p>



<p>辛子明太子の誕生が博多の街を盛り上げたように、ふくやの商品が九州そして日本を元気にする。創業者の開拓精神は時代を超えて脈々と受け継がれている。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/49970/">創業者の熱意によって生まれた博多名物。「株式会社ふくや」の辛子明太子／福岡県福岡市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>暮らしに馴染むふだん使いの小石原焼を。陶芸家･鬼丸尚幸さん／福岡県朝倉郡</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 07 Oct 2024 07:54:26 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[陶芸]]></category>
		<category><![CDATA[福岡県]]></category>
		<category><![CDATA[小石原焼]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/batch_OUMEI034-5337.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>小石原焼がつくられているのは福岡県中南部に広がる朝倉郡東峰村小石原エリア。1983年に開窯した「翁明窯元（おうめいかまもと）」は日常的に使う器をつくる窯元で、素朴で温かく、料理が映える器が人気だ。2代目当主の鬼丸尚幸（た [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/batch_OUMEI034-5337.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>小石原焼がつくられているのは福岡県中南部に広がる朝倉郡東峰村小石原エリア。1983年に開窯した「翁明窯元（おうめいかまもと）」は日常的に使う器をつくる窯元で、素朴で温かく、料理が映える器が人気だ。2代目当主の鬼丸尚幸（たかゆき）さんに器づくりに賭ける思いを伺った。</p>



<h2 class="wp-block-heading">美しき里山で生まれる素朴で温かい器</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/batch_OUMEI008-4628.jpg" alt="" class="wp-image-49884" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/batch_OUMEI008-4628.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/batch_OUMEI008-4628-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/batch_OUMEI008-4628-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>福岡県南、筑後地域にある東峰村は人口約2000人の小さな村。宝珠山川（ほうじゅやまがわ）、大肥川（おおひがわ）、小石原川という3つの清流が流れ、澄んだ空には満天の星空が広がるのどかな里山だ。小石原焼はこの地で350年以上前からつくり続けられてきた焼き物。その起源は1669年に陶工・高取八之丞がこの地に陶土を見つけて移住したことから始まる。その後、黒田藩藩主が伊万里から陶工を招き、すでにこの地にあった高取焼と交流し、それぞれの文化が混じり合いながら小石原焼として発展してきた。小石原焼は日々の暮らしに寄り添う作風が特徴で、1958年にベルギーで開催された万国博覧会では最高賞を受賞。「用の美」という言葉とともに世界から注目を集めた。現在は約50軒の窯元が伝統を受け継ぎながら、新しい作風の確立に取り組んでいる。翁明窯元もその一軒だ。</p>



<p>翁明窯元は1983年に鬼丸さんの父･翁明さんが開窯。幼い頃から工房で働く父の姿を身近に見て育った鬼丸さんはごく自然な流れで陶芸家を志した。高校卒業後は東京藝術大学美術学部工芸学科に進み、その後同大学院に進学。美術研究科修士課程陶芸専攻を修了し、2008年には博士号も取得。多くの学びを得て2008年に小石原に帰郷した。</p>



<h3 class="wp-block-heading">伝統を現代のライフスタイルに昇華</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/batch_OUMEI010-4632.jpg" alt="" class="wp-image-49885" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/batch_OUMEI010-4632.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/batch_OUMEI010-4632-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/batch_OUMEI010-4632-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>ショップに足を踏み入れると、ろくろを回しながら鉋（かんな）の刃先を器に当て、規則的に小さな削り目を入れて幾何学的な文様をつけていく小石原焼を代表する技法「飛び鉋（とびかんな）」に、水玉を組み合わせた可愛らしい作品が目に留まる。ドットの大きさは大小さまざまだがどれも手にしたくなる可愛いデザインで、女性ファンが多いというのも納得だ。「飛び鉋」や「刷毛目（はけめ）」といった伝統技法を踏襲しつつ、現代のライフスタイルに馴染みやすいのが翁明窯元らしさだ。</p>



<p>「器は料理の引き立て役」と捉える鬼丸さんは現代の食生活に寄り添った器づくりを心がけている。小石原焼には円形の器が多いが、鬼丸さんの器は正方形や長方形、星形など、形のバリエーションも豊富で、同じデザインでも艶あり･マットといった質感が違うモノも揃えている。また「器を日々の暮らしの中で使って楽しんでもらいたい」と手に取りやすい価格に設定しているのも多くの人から支持される理由のひとつとなっている。</p>



<h3 class="wp-block-heading">女性目線に立った作品づくり</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/batch_OUMEI032-5101.jpg" alt="" class="wp-image-49886" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/batch_OUMEI032-5101.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/batch_OUMEI032-5101-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/batch_OUMEI032-5101-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>新作は年に4〜5種類登場するが、試作品ができるとまず鬼丸家で使い心地を確かめている。その際、良きアドバイザーとなっているのが妻･晃子（あきこ）さんだ。毎日の食卓を守る晃子さんは実際に使って感じた“大きさ、重さ、厚み、形”などの改善点を鬼丸さんと共有。鬼丸さんがその意見を反映して改良を重ねていく。こうして鬼丸家で合格点が出たものだけが新作として店頭に並ぶというわけだ。もちろん家族だけではなく、取引先のスタッフやお客様の声にも常に耳を傾けている。こうしたユーザー目線に立った鬼丸さんのモノづくりの姿勢が商品のクオリティを高め「翁明窯元の器は可愛くて使いやすい」と定評を得られるまでになった。</p>



<p>ちなみに翁明窯元の作品は、スタイリスト･熊谷隆志氏がディレクターを務めるセレクトショップ「CPCM」で取り扱われていたほか、「スターバックスコーヒー」が日本各地の産業、素材を取り入れた商品開発を行う「JIMOTO Made」シリーズにも採用されている。</p>



<h3 class="wp-block-heading">華やかな受賞歴を持つ作家としての一面も</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/batch_OUMEI013-4684.jpg" alt="" class="wp-image-49887" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/batch_OUMEI013-4684.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/batch_OUMEI013-4684-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/batch_OUMEI013-4684-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>ショップに併設されたギャラリーには窯の作品とはまったく趣向の違う青磁作品が展示されている。ここは2017年に小石原を襲った九州北部豪雨により店のシャッターが“く”の字に曲がり、店内が浸水したのを機にリノベーションしてつくられたスペースで、並んでいるのは鬼丸さんが過去に制作した作品だ。</p>



<p>鬼丸さんは学生時代に磁器を研究しており、小石原に帰郷後も有田から土を取り寄せ青磁づくりに励んでいた。2010年からは「日本伝統工芸展」に3年連続で入選したほか、2012年には「西日本陶芸美術展」で大賞を受賞、アジア美術のコレクションで知られるフランス・パリのチェルヌスキ美術館に作品が収蔵されるなど高い評価を受けている。ここ3〜4年は窯の仕事が多忙で、じっくりと作品づくりに取り組めていないが「時間ができたら生まれ育った小石原の土を使い、公募展に出せるような作品もつくっていきたい」と考えている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">受け継がれる知恵と惜しまぬ努力で自然と向き合う</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/batch_OUMEI016-4848.jpg" alt="" class="wp-image-49888" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/batch_OUMEI016-4848.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/batch_OUMEI016-4848-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/batch_OUMEI016-4848-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>徐々に全国的な知名度も高まり、順風満帆に見える翁明窯元だが、鬼丸さんは課題も感じている。小石原は産地としての知名度が高くないので、人を募集してもなかなか集まらない。「経験者はまず来ません。未経験者でもじっくりと時間をかけて育てていかなければならないと考えています」と鬼丸さん。また、小石原の粘土の質が安定しなくなってきていることも大きな課題だ。翁明窯元でも焼成の際、全体の3〜4割、ひどい時は半分以上の器が割れてしまうこともあるのだとか。「歩留まりが悪いんです。小石原の理事会で“ほかの産地の土を混ぜて使っては？という声が上がることもあります。しかしそうなると“小石原焼”ではなくなってしまう。非常に難しい問題ですが、粘土のつくり方や化粧土の調合、釉薬、焼き方など、今まで培った知恵と重ねた経験を使って粘り強く地元の土とつきあっていきたいですね」。</p>



<p>苦境に立たされても常に前向きに器づくりに向き合う鬼丸さん。これからどんな器を世に送り出してくれるのか楽しみだ。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/49883/">暮らしに馴染むふだん使いの小石原焼を。陶芸家･鬼丸尚幸さん／福岡県朝倉郡</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>国産生たらこにこだわる「島本食品」の辛子明太子／福岡県糟屋郡</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 30 Sep 2024 07:44:36 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[名産品]]></category>
		<category><![CDATA[福岡県]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/batch_shimamoto_164.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>福岡･博多の名産として全国に知られる辛子明太子。200以上あるといわれる辛子明太子メーカーのなかでも、特に国産の原料にこだわる会社がある。それが福岡県糟屋郡に本社を構える「株式会社島本食品」だ。北海道近海で獲れた希少なた [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/batch_shimamoto_164.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>福岡･博多の名産として全国に知られる辛子明太子。200以上あるといわれる辛子明太子メーカーのなかでも、特に国産の原料にこだわる会社がある。それが福岡県糟屋郡に本社を構える「株式会社島本食品」だ。北海道近海で獲れた希少なたらこをフレッシュなまま加工して食卓へ。良質な辛子明太子を届けるため、日々努力を重ねている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">国産のたらこを冷凍せずに食卓へ</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/batch_shimamoto_164.jpg" alt="" class="wp-image-49874" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/batch_shimamoto_164.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/batch_shimamoto_164-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/batch_shimamoto_164-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>辛子明太子の原料は「たらこ」と呼ばれるスケトウダラの卵。そのたらこを塩漬けし、さらに唐辛子を加えた調味液に漬け込んだものが辛子明太子となる。日本でも古くから保存食として塩漬けした「塩たらこ」を食べる習慣があったが、現在食べられている辛子明太子は戦後になって福岡･博多で誕生。博多に本社を置く「株式会社ふくや」の創業者･川原俊夫さんが、幼少期に釜山で食べた「たらこのキムチ漬」を日本人向けにアレンジして考案したものだ。徐々にそのおいしさが評判となりニーズが高まっていった際、川原さんがレシピを惜しみなく公開したことで、博多でたくさんの店がそれぞれに工夫した製法や味付けで明太子をつくり、地元はもちろん全国へと広がり名物となった。「島本食品」もそのひとつで、1976年から辛子明太子をつくっている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">海産物卸問屋と明太子専門店の二刀流</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/batch_shimamoto_161.jpg" alt="" class="wp-image-49875" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/batch_shimamoto_161.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/batch_shimamoto_161-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/batch_shimamoto_161-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>「島本食品」の本社を訪ねると、入口の看板には「株式会社はたえ」のロゴが並んでいる。こちらは「島本食品」の母体であり、戦後間もない1948年に代表取締役社長･波多江正剛さんの祖父が創業した海産物の専門問屋だ。「はたえ」では、創業当初から日本全国の生産者を訪ねて質の高い海産物を選び抜き、取り揃えてきた。そのなかで昆布を求めて北海道の浜に通ううちに上質なたらこと出会い、福岡の辛子明太子メーカーに原料のたらこを卸すようになる。</p>



<p>その後、縁あって後継者問題で困っていた卸先の明太子メーカー「株式会社島本食品」を引き継いだ。“探して売る”という家業に“つくって売る”という新たな道が加わることになる。</p>



<h3 class="wp-block-heading">稀少な北海道近海にこだわる</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/batch_k-12.jpg" alt="" class="wp-image-49876" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/batch_k-12.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/batch_k-12-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/batch_k-12-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>明太子専門店を引き継ぐにあたって掲げたポリシーは「北海道近海で水揚げされたスケトウダラの卵を使うこと」。これは海産物問屋としての意地でもあった。</p>



<p>そもそもスケトウダラは九州近海では全く獲れず、北海道より北の寒い地域に生息している。さらに昨今の異常気象の影響で海水温が上がったことにより、スケトウダラの生息エリアは徐々に北上し、現在たらこの約95％がロシア産かアラスカ産、国産はほんのわずか5％足らずになってしまったとか。量の確保はもちろん価格も外国産のほうが安価なため、すべてを外国産に切り替えるメーカーも多いなか、「島本食品」は“国産を使う”というポリシーを守り続けている。</p>



<h3 class="wp-block-heading">漁場、漁期によって卵の味が違う</h3>



<p>「島本食品」が国産にこだわる理由は“卵の質”が違うから。いろいろな地域のたらこを食べ比べたところ、北海道近海でとれるものは輸入のものよりも旨味が濃く、粒立ちがよかったのだとか。また、地域だけでなく卵の成長度合いも味や食感を左右するため、漁期もスケトウダラの産卵期である12～１月に限定し、未熟卵から出産直前まで6段階ある成長過程のなかの「真子（まこ）」と呼ばれる明太子に適した成熟卵を厳選している。</p>



<p>さらに北海道の中でも噴火湾産のみを使用した贅沢な商品も数量･期間限定で販売。北海道の南西部に位置する噴火湾は波が穏やかで栄養豊富なうえに産卵に適した大陸棚が存在するため、スケトウダラが卵を産みに来る場所として知られている。水産業者の間でも「おいしさがまるで違う！」と評判で、最上級品として珍重される辛子明太子を一度は味わいたい。</p>



<h3 class="wp-block-heading">できるだけ冷凍せずに鮮度を保つ技</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/batch_shimamoto_201.jpg" alt="" class="wp-image-49877" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/batch_shimamoto_201.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/batch_shimamoto_201-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/batch_shimamoto_201-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>スケトウダラは身も卵も鮮度が落ちやすいデリケートな魚なので、加工はプロの手による迅速な対応が求められる。海外産のものだと、魚のままもしくは船上で卵を取り出し、冷凍して流通することが多く、いくら冷凍技術が進んだとはいえ、冷凍･解凍を繰り返すことでどうしても水分とともに卵の旨味が抜けてしまうのだとか。</p>



<p>これも「島本食品」が海外産ではなく国産の近海ものにこだわる大きな理由のひとつ。北海道近海で獲れた魚は港で水揚げされ、冷凍されることなくそのまま北海道･稚内にあるグループの加工場に運ばれる。ここで取り出した卵は塩漬けされるのだが、塩漬けは保存目的でもあり、余計な水分を出して旨味をギュッと恐縮させる役割もある。このように北海道で1次加工したたらこは博多の工場へと運ばれる。博多では２次加工として塩でぎゅっと締まった明太子を調味液につける。すると、調味液を吸ってふっくらと張りのある辛子明太子が完成する。</p>



<p>このように細心の注意を払って鮮度を保ちながら工場で出来上がった明太子は、できたてのおいしさを守るためにここで冷凍保存される。ただし、あくまで生にこだわる「島本食品」では、あえて冷凍しない「できたて辛子明太子」も期間限定で販売されている。</p>



<h3 class="wp-block-heading">卵本来の味を最大限に生かすために</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/batch_shimamoto_246.jpg" alt="" class="wp-image-49878" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/batch_shimamoto_246.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/batch_shimamoto_246-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/batch_shimamoto_246-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>さらに、たらこ本来のおいしさを味わって欲しいと、調味液の配合においても工夫を凝らしている。ちなみに、博多の辛子明太子は調味液の配合が各メーカーそれぞれに違っていて、それが明太子選びの基準のひとつにもなっている。</p>



<p>「島本食品」の調味液は、焼酎を使用しているのが特徴のひとつ。酒類には生臭さを抑えてコクと風味を加える役割があり、日本酒を使っているところも多いが、日本酒だと香りが強くて後味が残り素材の味を邪魔してしまうので、「島本食品」ではすっきりと後味よく仕上がるクセのない焼酎を用いているのだとか。</p>



<p>たらこの味が際立つようにと余計な調味料は使わず必要最低限に抑えつつ、調味液そのものの味は濃いめにして、漬け込む時間を24時間とできる限り短くしている。これも鮮度を保つための工夫のひとつ。新鮮なたらこは色も美しいため、着色料も不使用。子どもから大人まで安心して食べられる素朴で優しい味が「島本食品」の明太子の特徴だ。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/batch_shimamoto_326.jpg" alt="" class="wp-image-49879" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/batch_shimamoto_326.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/batch_shimamoto_326-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/batch_shimamoto_326-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>なかでも北海道産の厳選したたらこを伝統的な製法で作り上げた「オリジナル明太子」は、「島本食品」の原点ともいえる代表作。まずは炊きたてのごはんに乗せてそのままを味わって欲しい。きめ細かい粒がはじけつつ舌の上でさらりと溶けるように滑らかで、旨味がふわっと口に広がる。素材の質と鮮度を大切にしてきた「島本食品」のこだわりがこれを食べると伝わるはずだ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">フレッシュなたらこを使った数々の加工品</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/batch_shimamoto_333.jpg" alt="" class="wp-image-49880" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/batch_shimamoto_333.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/batch_shimamoto_333-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/batch_shimamoto_333-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>明太子を作る過程で破れたり、小さ過ぎたり、いい卵なのに商品にならない明太子は、家庭用として売られるか、加工品に利用される。なかでも特に人気が高いのは「明太マヨネーズ」。パンに塗ってトーストしたり、麺に和えたり、使い方は無限。特に揚げ物との相性が抜群で、唐揚げ、エビフライ、フライドポテトなど、どれにつけてもおいしさが増す。手軽さも若い人たちに人気の理由だ。また、刺身でもいただけるほど新鮮なコウイカにたっぷりの明太子を和えたいか明太も「島本食品」の自信作。イカの甘味が明太子の塩味と相まって、ごはんも酒も進みそうだ。</p>



<p>今後は福岡発の明太子のおいしさをもっともっと世界中の人たちに知ってもらえる商品開発をしていく予定。まずは似た食文化を持つアジアに向けて、ソースの開発に着手しているのだそう。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/batch_shimamoto_358.jpg" alt="" class="wp-image-49881" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/batch_shimamoto_358.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/batch_shimamoto_358-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/batch_shimamoto_358-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>昨今の目まぐるしい海の変化に戸惑い、環境を守ることの大切さを痛感しているという３代目社長の波多江正剛さん。「北海道に限らず、漁獲量を制限してしっかりと保護･管理していくことが大切だと思います。うちは国産にこだわっているので大量生産はできませんが、せめて今の量をキープしていけたらいいですね。そのためには、環境を守るのはもちろんですが、地域の産業も守っていかなくてはいけないと思っています」。</p>



<p>波多江さんは漁獲量が減ることによって加工業者も減り、その結果、地域が衰退し成り立たなくなってしまうことを懸念。５年前には地域の産業を次世代に継承すべく、北海道の加工工場を吸収合併し、復興の一歩を踏み出した。</p>



<p>環境を守り、地域を守り、顧客を守る。それが「島本食品」の明太子づくりの原動力となっている。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/49873/">国産生たらこにこだわる「島本食品」の辛子明太子／福岡県糟屋郡</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>科学とセンス、情熱の酒づくり。「みいの寿（ことぶき）」／福岡県三井郡</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 27 Jun 2024 01:00:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[イタリア]]></category>
		<category><![CDATA[スラムダンク]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/miino_002-1-1024x819.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>福岡県の南部、三井郡にある酒蔵「みいの寿」。1922年に創業し、地元の米と水にこだわった酒づくりで、高い評価を受けている。近年では、漫画「SLAM DUNK（スラムダンク）」が映画化されたことで、同社の酒が好きだった原作 [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/miino_002-1-1024x819.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>福岡県の南部、三井郡にある酒蔵<strong>「みいの寿」</strong>。1922年に創業し、地元の米と水にこだわった酒づくりで、高い評価を受けている。近年では、<strong>漫画「SLAM DUNK（スラムダンク）」</strong>が映画化されたことで、同社の酒が好きだった原作者の井上雄彦氏が登場キャラクターに蔵の名前を使用していたという話題がピックアップされたが、屋号ばかりでなく、井上雄彦氏が愛したその酒の味自体にも注目が集まっている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">二毛作で有名な筑後平野で、100年の歴史を紡ぐ</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/batch_miino_016.jpg" alt="" class="wp-image-49041" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/batch_miino_016.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/batch_miino_016-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/batch_miino_016-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>







<p><strong>福岡随一の平野である筑後平野</strong>に、<strong>九州最大級の河川･筑後川</strong>が流れる三井郡。20km先の市街地･久留米まで見渡す限り続く平野には、恵み豊かな田園風景が広がっている。この地に立つ<strong>「<a href="https://miinokotobuki.com/" target="_blank" rel="noopener" title="">みいの寿</a>」は、米問屋としてはじまった創業100余年の歴史ある酒蔵</strong>だ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">やわらかな井戸水を仕込み水に</h3>



<p>この平野を三つの井戸が潤してきたことが“三井郡”の名の由来となり、同社の酒づくりにもこの井戸水が生かされている。「蔵の敷地内には４つの井戸があります。先代である父親が、<strong>井戸の深さや場所によって味や発酵力が違うことに着目し</strong>、その中でもとくにまろやかな味わいの井戸水を仕込み水に使っています」と、<strong>4代目･井上宰継（ただつぐ）さん</strong>は話す。</p>







<h3 class="wp-block-heading">酒米には福岡県産の山田錦を</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/miino_125-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-47412" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/miino_125-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/miino_125-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/miino_125-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/miino_125.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>






<p>また福岡は、<strong>“酒米の王様”</strong>と称される山田錦の兵庫に次ぐ歴史を持つ。同社では、糸島育ちの山田錦を主に、福岡県独自の酒米･夢一献(ゆめいっこん)なども使っている。</p>



<p>「一口に『山田錦』と言っても、糸島産と兵庫県産では、できた酒の味わいも異なる。米そのもののポテンシャルや栄養価によって、違いが出るのではないでしょうか」と井上さん。<strong>同じ品種の酒米でも、田んぼの地力の違いが酒の味わいとなってあらわれるという。</strong></p>







<h3 class="wp-block-heading">先代のフランス視察を機に、福岡でいち早く純米酒へ転換</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/miino_029-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-47413" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/miino_029-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/miino_029-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/miino_029-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/miino_029.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>






<p>1982年、福岡市とフランス･ボルドーが姉妹都市となったことから、先代の茂康さんは視察でボルドーワインの５大シャトー（醸造所）をめぐった。<strong>土地に根ざしたワインづくりに感銘を受け、「日本酒もこうならないといけない」と奮起。</strong>当時、リーズナブルな日常酒である「普通酒」が全盛だったが、大量生産のために使っていたタンクや、人の手をかけずに麹製造が行える自動製麹装置など、質より量を追う普通酒用の設備をすべて撤去し<strong>福岡でいち早く「純米酒」に舵を切った</strong>。「この蔵の大きな挑戦となりました。私自身も若いころから純米酒づくりに触れられたので、父には感謝しています」と井上さんは話す。</p>







<h2 class="wp-block-heading">九州ではじめて「山廃仕込み」を復活</h2>



<figure class="wp-block-image size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/miino_077-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-47414" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/miino_077-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/miino_077-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/miino_077-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/miino_077.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>







<p><span class="swl-marker mark_yellow">井上さんが好むのは、「山廃（やまはい）仕込み」「生酛（きもと）仕込み」など、その蔵についた乳酸菌の力で酵母を育てる昔ながらの製法だ。手間も時間もかかるが山廃仕込みこそ、蔵のアイデンティティであると、<strong>途絶えていたこの製法をを同社が九州で初めて復活</strong>させた。</span>その味は「美田（びでん）」シリーズの酒で楽しめる。</p>







<h3 class="wp-block-heading">初めて日本酒を飲む人にも“とっつきやすい酒”を</h3>



<figure class="wp-block-image size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/miino_140-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-47415" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/miino_140-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/miino_140-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/miino_140-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/miino_140.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>







<p><span class="swl-marker mark_yellow">井上さんの<strong>“日本酒を飲んだことがない人にも味わってほしい”</strong>という思いが、ラベルでも表現されている。17年ほど前から始まった、ポップなイラストにイタリア語を入れた<strong>“イタリアンラベル”</strong>は、今や「みいの寿」の代名詞といえよう。</span></p>



<p>なぜイタリアかと言えば、単純に井上さんが、イタリアの食や文化をはじめ、国そのものが大好きだったから。その想いから、日本の四季をイタリア語で表現した銘柄を作ったという。</p>



<p>春に登場する無濾過の生酒「クアドリフォリオ」には、四葉のクローバーが。その「クアドリフォリオ」を火入れして熟成し、秋に販売するひやおろし「ポルチーニ」には、可愛らしいポルチーニ茸が描かれている。一見、日本酒らしからぬおしゃれなラベルに「どんなお酒だろう」と手が伸び、華やかな香りとフルーティーな味わいにファンになる人が後をたたない。</p>



<h3 class="wp-block-heading">人気漫画「スラムダンク」のユニフォームをラベルに</h3>



<p>また<strong>「SLAM DUNK（スラムダンク）」</strong>の映画化で、注目されているのが純米吟醸「三井の寿+14大辛口」。蔵名が、人気キャラクター名の由来になっていることから、裏面のラベルに赤いユニフォームがデザインされているのだ。これが漫画ファンの心を鷲掴みにし、海外からも注文が殺到。現在も品薄の状態が続いているという。</p>



<p>このようにユニークで遊び心のあるラベルも、人気を後押ししている。</p>







<h3 class="wp-block-heading">“当たり前”を疑い、新たな可能性に挑む</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/miino_109-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-47416" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/miino_109-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/miino_109-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/miino_109-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/miino_109.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>






<p><strong>「当たり前のことに、どれだけ疑問を持てるかがおいしい酒づくりのカギ」</strong>と語る井上さん。</p>



<p>例えば、和釜で蒸した酒米は、通常、下に放冷機を設置してスコップで落とすが、そうすると重力でボタッと落ちて酒米がダマになりやすい。しかし、みいの寿では大きな梁が邪魔をして、放冷機までモッコを動かすことができなかった。悩んだ末、釜の上に滑り台になるような蓋をのせて、トンボで酒米を下に落としてみると、ダマにならず力も要らないので女性でもできる作業になり、結果的に<strong>人手不足の解消</strong>に繋がったケースもある。</p>



<p>また、おいしい日本酒を見つけたら、<strong>距離や時間を気にせず、その酒蔵まで足を運ぶことも</strong>多い。「みなさん何も変わったことはしてないと口を揃えますが、よく話を聞くと何かしら面白い取り組みがあり勉強になるんです」とも話す。訪問した先で学んだことは、自社の酒づくりにも活かしているのだそう。</p>



<p>こうして、<span class="swl-marker mark_yellow">日々疑問を見つけ、それを解決しながら酒づくりに励み、戦前に地元で栽培されていた幻の米「穀良都(こくりょうみやこ)」を復活させるといった新たな取り組みも積極的に行い、<strong>「酒造りは科学とセンスと情熱だ！」</strong>をモットーに、自然学や人間学を取り入れた発酵技術で、同社ならではの味を追求。その成果もあってか、九州では唯一、全国新酒鑑評会では蔵元杜氏（くらもととうじ）となった23年間で<strong>9割5分</strong>という驚きの入賞率を誇っている。</span>アニメをきっかけにファンを増やした酒蔵の快進撃はまだまだ続く。</p>


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					<span class="p-blogCard__caption">NIHONMONO &#8211; 「にほん」の「ほんも&#8230;</span>
					<div class="p-blogCard__thumb c-postThumb"><figure class="c-postThumb__figure"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/07/15798_main.jpg" alt="" class="c-postThumb__img u-obf-cover" width="320" height="180"></figure></div>					<div class="p-blogCard__body">
						<a class="p-blogCard__title" href="https://nihonmono.jp/article/15798/" target="_blank" rel="noopener noreferrer">地酒と本格焼酎の蔵元「喜多屋」／福岡県八女市 &#8211; NIHONMONO</a>
						<span class="p-blogCard__excerpt">地酒を通して多くの喜びを伝える 「喜多屋」は、江戸文政年間に創業した蔵元。「喜多屋」の名は、創業の際「酒を通し</span>					</div>
				</div>
			</div>
		</div>

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					<span class="p-blogCard__caption">NIHONMONO &#8211; 「にほん」の「ほんも&#8230;</span>
					<div class="p-blogCard__thumb c-postThumb"><figure class="c-postThumb__figure"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/06/main-9.jpg" alt="" class="c-postThumb__img u-obf-cover" width="320" height="180"></figure></div>					<div class="p-blogCard__body">
						<a class="p-blogCard__title" href="https://nihonmono.jp/article/32126/" target="_blank" rel="noopener noreferrer">壱岐島に蘇った日本酒－－焼酎と日本酒、ふたつの國酒づくりに向き合う酒蔵／長崎県壱岐市 &#8211; NIHONMONO</a>
						<span class="p-blogCard__excerpt">世界貿易機関が日本で初めて地理的表示を認めた「壱岐焼酎」で知られる壱岐島。豊かな土地では古くから米作りが行われ</span>					</div>
				</div>
			</div>
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		<item>
		<title>海苔漁師の手から海苔を食卓へ。「アリアケスイサン」古賀哲也さん／福岡県大川市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 26 Jun 2024 01:00:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[筑後川]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/ariake_006-2-1024x819.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>日本有数の海苔の産地、有明海。九州4県に囲まれた内海で、筑後川など多くの流入河川から栄養素が流れ込むため、豊穣な海として知られている。そんな有明海を漁場に海苔の養殖業を営むのは、福岡県大川市にある「アリアケスイサン」の古 [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/ariake_006-2-1024x819.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>日本有数の海苔の産地、有明海。九州4県に囲まれた内海で、筑後川など多くの流入河川から栄養素が流れ込むため、豊穣な海として知られている。そんな有明海を漁場に海苔の養殖業を営むのは、福岡県大川市にある「<a href="http://ariakesuisan.com/" target="_blank" rel="noopener" title="">アリアケスイサン</a>」の古賀哲也さん。海苔の養殖から加工、販売までを一貫して行う古賀さんの姿を通して、有明海の魅力、そして海苔のおいしさの理由に迫る。</p>



<h2 class="wp-block-heading">有明海特有の環境が海苔養殖に好適</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/ariake_031-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-47395" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/ariake_031-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/ariake_031-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/ariake_031-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/ariake_031.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>






<p>パリッ、とろり。歯切れがよく、口の中に入れた瞬間、磯の香りと旨みが鼻腔にふわり。「やっぱり有明海の海苔は違うね」と、皆が口を揃える。そんな“やっぱり”という評価の裏には、有明海が「宝の海」といわれる恵まれた環境と海苔漁師たちの矜持があった。</p>



<p>九州北部に位置する九州最大の湾、有明海。長崎、佐賀、福岡、熊本の4県に囲まれ、南に開いた湾口が狭い閉鎖性海域である。<strong>干満差（満潮と干潮の潮位の差）に関しては最大で6mと日本一</strong>で、1日2回の干潮時には広大な干潟が出現。ムツゴロウをはじめとする干潟生物が生息するなど、特有な生態系を持っていることでも有名だ。</p>



<p>さらに、<strong>阿蘇山を水源とする筑後川をはじめ、大小100を超える河川が有明海に流れ込み、淡水と海水が混ざり合って海苔養殖に適した塩分濃度となる。</strong><span class="swl-marker mark_yellow">海苔の成長に必要な光合成が促される大きな干満差も相まって、海苔養殖に最適な環境であると、昭和40年代には全国屈指の生産地となった。</span>まさに、宝の海である。品質の良さもあり、有明海産の海苔は日本が誇る名品へと成長した。</p>







<h2 class="wp-block-heading">日本一の干満差を生かした海苔づくり</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/ariake_089-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-47396" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/ariake_089-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/ariake_089-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/ariake_089-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/ariake_089.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>






<p>有明海で海苔養殖が本格的に始まったのは昭和30年前後のこと。江戸時代に日本で最初に海苔養殖が始まったとされる東京湾よりもずっと後のことである。有明海で海苔養殖が盛んになり始めたころ、東側の沿岸、福岡県大川市で古賀さんの祖父が海苔養殖をスタートさせた。</p>



<p>有明海では、<strong>干満の差を最大限に生かした「支柱式」と呼ばれる養殖方法</strong>を採用している。<span class="swl-marker mark_yellow">潮が引き、<strong>海苔が寒風にさらされると同時に、天日干しの状態になることでアミノ酸が増加</strong>。旨みが強く、香り高い海苔へと成長するという。</span>海苔漁師たちは海の状況を見ながら、海苔網の高さを20 cm単位で変え、海苔が太陽と風に当たる時間を調整。光合成によるアミノ酸の生成や、海苔の成長の度合いをコントロールしている。</p>



<p>有明海の海苔の養殖シーズンは、秋から春にかけての寒い時期。毎年9月頃に支柱を立て、10月から海苔の胞子付きの牡蠣殻を吊るした海苔網を海面に張るという「種付け（採苗）」を行う。初収穫はそのおよそ1ヶ月後だ。そのときに収穫したものは<strong>「一番摘み海苔」</strong>と呼ばれ、その柔らかな食感と風味の良さ良さから高値で取引される一級品に。地元では「ハナ海苔」とも呼ばれている。</p>



<p>一番摘みを終えた後も、同じ網で再び収穫。さらに、何度か収穫した後、次の海苔網に張り変えて2回目の一番摘みを迎え、そして同様に収穫を繰り返し、翌年の3〜4月頃まで収穫を行うのが主なサイクルだ。</p>






<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/ariake_045-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-47397" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/ariake_045-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/ariake_045-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/ariake_045-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/ariake_045.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>






<p>同じ有明海といえども、その年の気候条件、場所による潮の流れ、海の深さなど、海のコンディションはその都度、場所ごとに異なる。<span class="swl-marker mark_yellow">つまりそのコンディションが海苔の品質を左右するほど、影響力を持つのだ。</span>ただし、網を張る場所は毎年くじ引きで決定するのが習わし。希望の場所で養殖できるかは運次第というわけだ。</p>



<p>しかし、「与えられた環境でいかに良質な海苔を育てられるか、そこが漁師の腕の見せどころです」と語る古賀さん。たとえば、潮の流れが速い場所に当たると質の良い海苔が育つ可能性が高いが、船上作業は難しく、手間もかかるという。その場合、古賀さんは通常よりも漁場を頑丈にして漁期に備えるなど、漁師の経験値を働かせ、その年に引き当てた漁場での勝負に臨むのだ。</p>







<h2 class="wp-block-heading">逆境の末に行き着いた、オリジナル商品の開発</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/ariake_124-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-47398" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/ariake_124-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/ariake_124-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/ariake_124-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/ariake_124.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>






<p>アリアケスイサンの3代目である古賀さんは、学生の頃から家業を手伝い、大学卒業後に父親の勧めでこの道へ。「最初は海苔の仕事が好きになれず、しぶしぶやっていました。しかし、自分が作った海苔を商品として販売する機会があり、お客様と直接やりとりする中で、おいしさで期待に応えたいと品質への責任を強く実感。私の中の潮目が変わった瞬間でした」と振り返る。</p>



<p>有明海の海苔漁師の多くが、収穫したすべての海苔を漁協に出荷していた中、アリアケスイサンではオリジナル商品を製造、販売。商品が生まれた背景には、社会情勢の変化、漁業環境の悪化などがあった。</p>



<p>1990年代以降、バブル崩壊の波が九州にも押し寄せる。さらに1997年には諫早湾干拓事業で長崎県諫早市側の湾の締め切りにより、有明海の漁業環境が悪化。宝の海を異変が襲う。加えて、大量生産かつ画一的な製品づくりが生産者側に定着化していたことも状況を深刻化させ、産業として下降の一途を辿ろうとしていた。</p>



<p>そんな折、古賀さんの父である先代は、新しい海苔づくりに挑む。現状を打破したいという強い思いが、新たな挑戦へと向かわせた。</p>







<h3 class="wp-block-heading">従来の製法に縛られない、海苔のおいしさの新境地へ</h3>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/ariake_166-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-47399" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/ariake_166-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/ariake_166-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/ariake_166-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/ariake_166.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>







<p>失敗と前進を繰り返し、3年が経過。根気強く、海苔の育成環境の改善、乾燥機の改良などを続け、完成したのが<strong>「紫彩（しさい）」</strong>だ。<strong>一番摘み海苔を裁断することなく摘んだ状態で乾燥</strong>。<span class="swl-marker mark_yellow">ザクザクっとした口当たりと、瞬時に口の中で溶けていく柔らかさが魅力だ。しかも、<strong>海苔そのものの栄養や旨み、ミネラル分が損なわれていない</strong>ことも大きな特徴である。</span></p>



<p>「紫彩」は、そのままスナック感覚で食べるもよし、パスタやお茶漬けのトッピングとして、さらには溶けやすいためスープの具にも最適。料理に使う際は仕上げに添えることで、海苔本来の風味を最大限に味わうことができる。従来の板海苔よりもアレンジの幅が広く、海苔レシピを考えるのも楽しい。</p>







<h3 class="wp-block-heading">香味良く焼き上げた板海苔も</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/ariake_148-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-47400" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/ariake_148-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/ariake_148-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/ariake_148-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/ariake_148.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>






<p>オリジナル商品は「紫彩」のほかに、<strong>一番摘み海苔を和紙のように漉き、香味良く焼き上げた板海苔「藻紙（そうし）」</strong>も販売。パリッとした食感、鼻に抜ける香ばしさと甘さを、塩むすびに巻いてシンプルに味わうのも良い。</p>



<p>自社商品は徐々に口コミで話題が広がり、現在では全国にファンを持つ製品へと成長。古賀さん自身も商品を通してお客様の声をダイレクトに聞けることが、日々の仕事の糧になっている。</p>







<h2 class="wp-block-heading">海苔漁師が見つめる有明海の未来とは？</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/ariake_085-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-47401" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/ariake_085-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/ariake_085-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/ariake_085-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/ariake_085.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>






<p>近年、有明海の海苔漁師たちは苦境に喘いでいる。少雨や赤潮による海の栄養不足で、2022年の秋から春のシーズンは記録的な不作に。「今年こそは」と意気込んだ2023年のシーズンも同様、2季連続の不作となり、古賀さんも落胆の色を隠せない。</p>



<p>これまで自然本来の力に強く支えられてきた海苔養殖。ただただ恵みの雨を願うだけでなく、この現状を打開すべく、人の力でできることを古賀さんも模索している。その中のひとつが、<strong>環境保全活動</strong>だ。</p>



<p><span class="swl-marker mark_yellow">「森の豊かな栄養素が川から海へ流れ込み、海を育ててくれているから」と、<strong>筑後川の清掃活動</strong>に力を入れている。そのほかにも、プランクトンの大量発生で海の栄養素が減ってしまうため、プランクトンを食べる二枚貝を増やす取り組みを行うなど、有明海全体でもさまざまな取り組みを実施。</span>再び来季に願いをかける。</p>



<p>さらに、有明海の海苔養殖を地域の産業として持続可能な形で発展させていきたいという思いから、SNSで情報発信を行うほか、マルシェなどのイベント出店や、ワークショップなどを開催。海の仕事、そして大川市のことを広く知ってもらい、地域に貢献したいと、福岡への移住希望者を対象にした海苔収穫などの職業体験にも力を入れている。海の中だけでなく、海以外の場所でも古賀さんの海苔漁師としての任務は続いていくのだ。</p>



<p>古来「宝の海」と呼ばれてきた有明海。これからも日本の食卓を支える海苔を、ここ有明海から届けてもらいたい。日本の「宝」であり続けるために、古賀さんの挑戦は続く。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/47394/">海苔漁師の手から海苔を食卓へ。「アリアケスイサン」古賀哲也さん／福岡県大川市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>「未来の伝統」を創る。人間国宝･福島善三さん／福岡県朝倉郡</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 25 Jun 2024 01:00:09 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[器]]></category>
		<category><![CDATA[日本工芸]]></category>
		<category><![CDATA[福岡県]]></category>
		<category><![CDATA[福岡]]></category>
		<category><![CDATA[朝倉郡]]></category>
		<category><![CDATA[小石原焼]]></category>
		<category><![CDATA[陶芸]]></category>
		<category><![CDATA[人間国宝]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/CHI001-4037-1-1024x819.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>福岡県中央部東側に広がる朝倉郡東峰村は「小石原焼」と呼ばれる焼き物の産地。この地で長い歴史を誇る「ちがいわ窯」十六代･福島善三さんは重要無形文化財保持者（人間国宝）に認定されている名工だ。地元の土や釉薬にこだわりつつ、新 [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/44895/">「未来の伝統」を創る。人間国宝･福島善三さん／福岡県朝倉郡</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/CHI001-4037-1-1024x819.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>福岡県中央部東側に広がる朝倉郡東峰村は「小石原焼」と呼ばれる焼き物の産地。この地で長い歴史を誇る「ちがいわ窯」十六代･福島善三さんは重要無形文化財保持者（人間国宝）に認定されている名工だ。地元の土や釉薬にこだわりつつ、新しい小石原焼の可能性を追求し続ける福島さんの器の魅力とは。</p>



<h2 class="wp-block-heading">伝統は創り、進化させていくもの</h2>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/CHI005-2077-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-44897" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/CHI005-2077-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/CHI005-2077-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/CHI005-2077-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/CHI005-2077.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>福岡市中心部から約1時間余り、1,000m級の山々に囲まれた福岡県朝倉郡東峰村（とうほうむら）は、自然豊かな美しい里山だ。なかでも小石原（こいしわら）地区は、陶器<strong>づくりに適した土、窯の燃料となる木々、釉薬の原料となる長石や藁灰、その原料になる稲や小麦に恵まれ、</strong>1600年代後半から焼き物づくりが盛んに行われてきた。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="921" height="615" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/image-8.png" alt="" class="wp-image-44898" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/image-8.png 921w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/image-8-300x200.png 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/image-8-768x513.png 768w" sizes="(max-width: 921px) 100vw, 921px" /></figure>



<p>小石原焼には多彩な伝統的技法があるが、代表的なものが<strong>「飛び鉋（とびかんな）」と「刷毛目（はけめ）」</strong>だ。飛び鉋は、ろくろを回しながら鉋（かんな）の刃先を器に当て、規則的に小さな削り目を入れて文様をつけていく技法で、刷毛目はその名の通りろくろを回しながら刷毛（はけ）で文様を描いていくもの。どちらも素朴で温かい雰囲気が感じられ、小石原の多くの窯元でこの技法を使った生活雑器がつくられている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">質より量の時代に危機感を感じ、新たな作風を模索</h2>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/CHI010-4068-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-44899" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/CHI010-4068-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/CHI010-4068-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/CHI010-4068-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/CHI010-4068.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>福島さんのギャラリーには、いわゆる典型的な小石原焼は並んでいない。独特の青を纏った青磁作品が多く並び、形の美しさと柔らかく透明感のある色合いに「これも小石原焼なのか」と驚く。これらの作風が誕生するまでには、福島さんの長きにわたる挑戦の日々があった。</p>



<p>幼い頃から祖父や父、職人たちがろくろを回す作業場が遊び場だった福島さん。子どもの頃から家業を継ぐと決めていたため、ほかの有名産地も見ておきたいと大学時代に全国を巡った。しかし、多くの産地を訪ねて再認識したのは“小石原のろくろ技術の高さ”。それならば地元で学ぼうと決め、帰郷してからは、一日で湯呑み200個、徳利100本と、数をこなしながら修行に励んだ。</p>



<p>当時は民芸運動の活発化が影響し、日常で使える民芸陶器の需要が急激に高まっていた。もちろん、九州地方も同様。それもあって丈夫な上にシンプルで日用として生活に取り入れやすいデザインだった小石原焼は、広く消費者に受け入れられるようになり、作れば作るだけ売れたという。</p>



<p>福島さんが子どもの頃には9軒しかなかった窯元も30軒近くに増えたが、一方で質より量の価格競争が始まっていた。そんな状況を憂い、福島さんは<strong>「自分にしかつくれない小石原焼を」</strong>と新たな作風を模索し始めた。</p>



<h3 class="wp-block-heading">県展、そして日本伝統工芸展へ</h3>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/CHI021-4111-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-44900" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/CHI021-4111-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/CHI021-4111-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/CHI021-4111-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/CHI021-4111.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>まず着手したのは釉薬の勉強だった。鉄分が多く、焼成時の縮みも大きい小石原の土と地元の原料でつくった釉薬を使って、いかに自分らしい作品をつくるかをテーマに、伝統的な小石原焼の技法を用いて試作を繰り返した。こうして完成した作品を<strong>福岡県美術展覧会（県展）に出品。見事入賞を果たした。</strong></p>



<p>しかし、県展の会場である福岡市に足を運んだ際に立ち寄った日本最大の公募展「日本伝統工芸展」で福島さんは衝撃を受ける。</p>



<p>「こんなにもレベルが違うものなのか」。</p>



<p>そこから福島さんの新たな挑戦が始まった。「まずはいいものを見つづけることが大切」と<strong>日本伝統工芸展の図録を暗記するほど読み込んだ。</strong>小石原で誰も手がけたことのない新しい作風に挑む福島さんにとって、図録が師匠だった。</p>



<p>目指す作品をイメージしながら、<strong>「粘土×釉薬×焼成温度」と「時間×冷却時間」を組み合わせながら、果てしないほどの試行錯誤を重ねる日々。</strong>ちょうどその頃、小石原で最も古い1682年の窯の発掘が始まり、磁器や染付の茶道具など、現在の小石原焼からは考えられないようなものが多数出土した。当時の小石原は福岡藩の庇護のもと、殿様向けの多彩な器を焼いていたのだ。</p>



<p>それら出土品を目の当たりにし、福島さんは「飛び鉋や刷毛目も昭和に入って誕生した技法で、300年以上つづく小石原焼の歴史から見るとほんの一部。<strong>自分の挑戦も未来の小石原で“伝統”と呼ばれているかもしれない。</strong>外の声に揺らぐことなく自分を信じよう」と心に決めた。</p>



<h3 class="wp-block-heading">小石原でしかつくれない青磁を</h3>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/CHI017-4097-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-44901" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/CHI017-4097-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/CHI017-4097-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/CHI017-4097-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/CHI017-4097.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>こうして福島さんは、無骨な雰囲気のある旧来の小石原焼とは相反する、見た目に透明感のある青磁づくりに着手した。</p>



<p>「小石原の粘土は鉄分が多く扱いにくいが、デメリットをメリットに変え、ここでしか作れない青磁を作りたい」。そう決意して土づくりや釉薬などを独学で研究し完成させたその青磁は、窯のある地域の古称である中野と、美しい色合いを合わせて「中野月白瓷（なかのげっぱくじ）」と名付けられ、福島さんの代表作となった。鉄分が多く黒い小石原の土に、青白い釉薬「月白釉」をかけて焼き上げた同作品は、柔らかく優しい青色で、たちまち見る人の心をつかんだ。エッジの黒い部分は釉薬を削って元の土の色を出し、小石原焼の匂いを残しているのも特徴のひとつだ。</p>



<p>この作品を初めて出品したのは第60回の「日本伝統工芸展」。飛び鉋や刷毛目の文様がないこの作品に対し、当時の工芸界からは「これを小石原焼と呼んでいいのか？」と問われることもあったが、福島さんは「すべて地元の原料を使い、小石原でろくろを回して釉薬をかけ、焼き上げたのだから正真正銘の小石原焼。新しい作風に挑戦し続けなければ次の時代の伝統は生まれない」と自信をもって出品した。</p>



<p>そこから10年間、毎年形や貫入の入れ方を変えるなど、月白瓷の表現の可能性を広げながら作品を出品し続け、その結果、当初は驚きを持って迎えていた見識者たちにも月白瓷の美しさが認められ、第70回「日本伝統工芸展」で「高松宮記念賞」を受賞した。</p>



<p>そんな唯一無二の世界観を表現すべく、福島さんは粘土や釉薬づくりから、ろくろでの造形、焼成まですべての工程をひとりで行っている。「分業化が進んでいる窯元の作家をオーケストラの指揮者と例えるならば、私はシンガーソングライターです」と笑う。</p>



<h2 class="wp-block-heading">人間国宝認定が被災地を勇気づける</h2>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/CHI026-4282-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-44902" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/CHI026-4282-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/CHI026-4282-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/CHI026-4282-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/CHI026-4282.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>2017年7月、九州北部豪雨が小石原を襲い、窯元42軒のうち11軒が土砂流入などの被害を受け、地区全体に暗い影を落とした。その2週間後、福島さんが<strong>57歳という若さで「重要無形文化財保持者（人間国宝）」に認定された</strong>という明るいニュースが被災地に届く。</p>



<p>「正直、小石原焼で人間国宝になれると思っていなかったし、地域が大変な時に喜んでいいのかとも思ったが、小石原焼の発展のためにも非常にありがたいと感じた」と福島さん。</p>



<p>そのニュースは小石原焼に携わる人たちに大きな勇気を与えた。福島さんが人間国宝になったのを機に、既存の技法にこだわらず新しい作品をつくりたいという若手も増えた。また、水害をきっかけに小石原焼が全国的に注目され、産地としても追い風も吹き始め、地域に活気がもたらされた。</p>



<p>「こうして50代で人間国宝の認定をいただいたことには、“これからつづく作家人生、もっと挑戦しろよ”というエールが込められているのだと捉えています。重圧もあるし、生みの苦しみもある。今でも日々、失敗の連続です。しかし、失敗を糧にして学ぶことが何より力になる、それだけは確かだと信じています」。</p>



<p>人間国宝という名誉を与えられ、ますます創作意欲が湧くようになったという福島さん。</p>



<p>その作品からは伝統とは守るべきものだけではなく、新たに創造できるものだというメッセージが伝わる。</p>



<p>今後、その手からどんな小石原の伝統が誕生するのか、楽しみでならない。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/44895/">「未来の伝統」を創る。人間国宝･福島善三さん／福岡県朝倉郡</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>世界が認めた最高峰の玉露「八女伝統本玉露」宮原義昭さん／福岡県八女市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 06 Sep 2021 06:41:24 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[日本一]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2021/09/main.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>最高峰の玉露「八女伝統本玉露」 八女市は福岡県の南西部に位置する人口が６万5千人ほどの農芸都市である。 『日本書紀』にも記述のある山間の里で、世界に認められた「八女茶伝統本玉露」は作られている。玉露とは品種ではなく、栽培 [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/30390/">世界が認めた最高峰の玉露「八女伝統本玉露」宮原義昭さん／福岡県八女市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2021/09/main.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><h2 class="wp-block-heading">最高峰の玉露「八女伝統本玉露」</h2>



<p>八女市は福岡県の南西部に位置する人口が６万5千人ほどの農芸都市である。 『日本書紀』にも記述のある山間の里で、世界に認められた「<a href="https://yamecha.biz/%e5%85%ab%e5%a5%b3%e4%bc%9d%e7%b5%b1%e6%9c%ac%e7%8e%89%e9%9c%b2/" target="_blank" rel="noreferrer noopener">八女茶伝統本玉露</a>」は作られている。<span class="swl-marker mark_yellow">玉露とは品種ではなく、栽培方法。一般的な煎茶が一番茶にはじまり二番茶、三番茶と1年に何度か収穫するのに対して、玉露は一番茶のみ。しかもそのほとんどを手摘みで収穫すること。</span>煎茶とのもっとも大きな違いは、収穫の2～３週間ほど前から茶畑全体に被覆（カブセ）をし、日差しを遮ることだ。茶の苦み成分となるカテキンは、光合成によって増加する。<br>日射しを遮ることで光合成をしないことは、旨み成分であるアテニンを増加させることに繋がり、その結果、玉露は旨みの強い茶となるのだ。<span class="swl-marker mark_yellow">「八女伝統本玉露」は更に、茶樹を直接覆わず棚を作る事、枝葉を刈らずに伸ばす自然仕立てである事、藁などの天然素材を使って覆う事、また手摘みをすることが決まりとなっている。そのような決まりを守る事で「GI」の取得や「全国茶品評会」での20年連続日本一受賞や、パリの日本茶コンクールでのグランプリ受賞などと、世界に認められた最高峰の座を守っている</span>のだ。この玉露の第一人者と呼ばれているのが、全国茶品評会で三度も日本一に輝いている星野村の<a href="https://yamecha.biz/2022/02/23/gi-%E8%AA%8D%E5%AE%9A%E3%81%95%E3%82%8C%E3%81%A6%E3%81%84%E3%82%8B%E5%85%AB%E5%A5%B3%E4%BC%9D%E7%B5%B1%E6%9C%AC%E7%8E%89%E9%9C%B2-%E4%BC%9D%E8%AA%AC%E3%81%AE%E7%94%9F%E7%94%A3%E8%80%85-%E5%AE%AE/" target="_blank" rel="noreferrer noopener">宮原義昭</a>さんだ。彼が作った玉露は、８g／１万円で販売されたこともあるという超高級品。自宅の目の前には、広めの家庭菜園ほどの茶畑があり、そこには収穫されたばかりで枝が目立つ茶木が並んでいた。</p>


<div class="wp-block-image is-resized">
<figure class="aligncenter size-full"><img decoding="async" width="640" height="960" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2021/09/05242019_tabi_1586.jpg" alt="photo" class="wp-image-30393" style="width:320px;height:213px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2021/09/05242019_tabi_1586.jpg 640w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2021/09/05242019_tabi_1586-200x300.jpg 200w" sizes="(max-width: 640px) 100vw, 640px" /></figure></div>


<h2 class="wp-block-heading">お茶を育てるのは天地人</h2>



<p>「茶畑というと日当たりのいい斜面にたくさんの茶木が並んでいるという印象でした。ここはかなり小さい畑ですね」（中田）「でもとにかく土がいいんです。ここで丁寧に育てれば、おいしい玉露ができるんです」<br>宮原さんは、「茶を育てるのは『天地人』」だと語る。天は日の光、地は畑の土、そして人。小さな畑ながら、宮原さんの畑にはそのすべてが揃っているという。<br>「うちでは囲いの上にわらを敷いて遮光します。天気によってわらの場所をかえたり、厚みを変えたりしながら、収穫の４日前からは99％まで遮光率を上げます」（宮原さん）<br><span class="swl-marker mark_yellow">ぬるめのお湯でゆっくりと煎れた玉露は色も鮮やかだ。玉露はごくごくと飲むものではない。少量をじっくり味わう。宮原さんの玉露は、ほんの数滴を口に入れただけで、驚くほどふくよかな旨みと甘みが口中に一気に広がる。</span></p>



<p>「濃厚だけど、やさしい味ですね」（中田）<br>星野村はその名の通り、夜には美しい星空が広がり、また初夏には蛍が儚く美しい光をなして群れる名所としても知られている。澄んだ空気のなかで最高の茶を楽しむ。都会ではありえない贅沢な時間を過ごすことができた。</p>






<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter is-resized"><img decoding="async" width="640" height="427" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2021/09/05242019_tabi_1611.jpg" alt="" class="wp-image-30394" style="width:320px;height:213px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2021/09/05242019_tabi_1611.jpg 640w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2021/09/05242019_tabi_1611-300x200.jpg 300w" sizes="(max-width: 640px) 100vw, 640px" /></figure></div>

<div class="wp-block-image is-resized">
<figure class="aligncenter size-full"><img decoding="async" width="640" height="427" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2021/09/05242019_tabi_1653.jpg" alt="" class="wp-image-30395" style="width:320px;height:213px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2021/09/05242019_tabi_1653.jpg 640w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2021/09/05242019_tabi_1653-300x200.jpg 300w" sizes="(max-width: 640px) 100vw, 640px" /></figure></div><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/30390/">世界が認めた最高峰の玉露「八女伝統本玉露」宮原義昭さん／福岡県八女市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<item>
		<title>「玉露」が醸し出すお茶本来の美味しさとはー八女伝統本玉露　星野製茶園・山口真也さん／福岡県八女市</title>
		<link>https://nihonmono.jp/article/32198/</link>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 15 Sep 2020 04:23:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[玉露栽培]]></category>
		<category><![CDATA[緑茶]]></category>
		<category><![CDATA[八女伝統本玉露]]></category>
		<category><![CDATA[日本茶]]></category>
		<category><![CDATA[お茶]]></category>
		<category><![CDATA[福岡県]]></category>
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		<category><![CDATA[福岡]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/07/fukuoka_hoshino_main1.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>玉露栽培の長い歴史を持つ福岡県八女市星野村で、こだわりの茶を作り続ける茶園。茶の文化や伝統を守りつつ、多様化するライフスタイルに寄り添う日本茶を作っています 古くからお茶の生産地として知られている福岡県八女市星野村。人口 [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/32198/">「玉露」が醸し出すお茶本来の美味しさとはー八女伝統本玉露　星野製茶園・山口真也さん／福岡県八女市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/07/fukuoka_hoshino_main1.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p class="has-text-align-center"><strong>玉露栽培の長い歴史を持つ福岡県八女市星野村で、<br>こだわりの茶を作り続ける茶園。<br>茶の文化や伝統を守りつつ、<br>多様化するライフスタイルに寄り添う日本茶を作っています</strong></p>



<p>古くからお茶の生産地として知られている福岡県八女市星野村。人口3,000人という少ない地でありながら、山間部特有の寒暖差という茶葉作りに適した環境を生かし、100年以上前からお茶を作り続けている。特に有名なのがこの地で作られる「八女伝統本玉露」。日本に15人しかいない「茶師十段」を、史上最年少の32歳で得た、星野製茶園の山口真也さんに、この「玉露」の魅力をうかがった。</p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="675" height="450" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/07/IMG_21781-4.jpg" alt="" class="wp-image-32232" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/07/IMG_21781-4.jpg 675w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/07/IMG_21781-4-300x200.jpg 300w" sizes="(max-width: 675px) 100vw, 675px" /></figure></div>






<h2 class="wp-block-heading">玉露とはなにか</h2>



<p>玉露は、数ある日本茶の中でも最高級品と称されている。しかし、意外なことにその理由は品種ではなく<span class="swl-marker mark_yellow">栽培方法</span>にあるという。茶畑のまわりに棚を作り、収穫期の２〜３週間前からわらなどで作られた<span class="swl-marker mark_yellow">被覆（カブセ）</span>をして日差しを遮ることで、茶葉のなかの旨みや香りを高めるのだ。<br>そんな茶の最高級品として名高い玉露の生産者のなかでも、日本茶アワードで大賞に輝くなど注目を浴びているのが、<span class="swl-marker mark_yellow">「<a href="https://www.hoshitea.com/" target="_blank" rel="noopener" title="星野製茶園">星野製茶園</a>」の山口真也</span>さんだ。</p>






<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="675" height="450" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/07/seisansha_comment_011-2.jpg" alt="" class="wp-image-32231" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/07/seisansha_comment_011-2.jpg 675w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/07/seisansha_comment_011-2-300x200.jpg 300w" sizes="(max-width: 675px) 100vw, 675px" /><figcaption class="wp-element-caption">星野製茶園　専務 山口真也さん</figcaption></figure></div>






<h3 class="wp-block-heading">史上最年少の32歳で「茶師十段」へ</h3>



<p>正しくは茶審査技術十段。品種、茶期、産地、茶香服の4つの審査項目で茶の鑑定力を競う「<span class="swl-marker mark_yellow">審査技術競技大会</span>」。ここで与えられる最高位の十段を取得した茶師に与えられる称号が「<span class="swl-marker mark_yellow">茶師十段</span>」。全国に15人しか保持していないこの称号を、山口さんは史上最年少の32歳で取得したお茶作りのプロフェッショナルだ。</p>







<h3 class="wp-block-heading">茶師の仕事</h3>



<p>現在、山口さんはこの星野製茶園で商品の品質管理を行っている。まず、生産された茶葉（荒茶=茶葉を摘んですぐ蒸し、揉み、乾燥させた状態）の審査・選定を行い、より良い茶葉を厳選する。そこからお茶を仕上げる火入れを行う。火入れには、棚式熱風乾燥と直火火入れを併用しながら遠赤外線火入れも加えることで、茶葉の芯から素晴らしい味と香りを引き出しているそうだ。こうして仕上がったそれぞれ異なる特徴がある茶葉を見極めブレンドし、商品にする。これを<span class="swl-marker mark_yellow">合組（ごうくみ）</span>といい、この<span class="swl-marker mark_yellow">茶葉の見極めとブレンドの作業こそが茶師の腕の見せ所</span>なのだ。</p>







<h3 class="wp-block-heading">100年続く伝統の製法</h3>



<p>玉露の栽培はあまりにも手がかかるうえに、極めて高度な技術と長年にわたる経験、栽培に適した土壌と気候が必要で、生産できる場所は限られている。そうした中でも、星野村がある八女は生産量で全国の50％以上を占め、「日本一の玉露の産地」となっている。</p>



<p>しかし、すごいのは生産量だけではない。それがこの地で100年続く伝統の製造方法だ。そもそも、<span class="swl-marker mark_yellow">玉露と八女伝統本玉露ではその製造方法に明確な違い</span>がある。八女伝統本玉露と呼ぶためには<span class="swl-marker mark_yellow">7つの栽培条件</span>があり、それらをすべて満たしたものだけが八女伝統本玉露と呼ぶことができるのだ。その条件とは、1、自然仕立ての茶園であること。2、肥培管理が十分行われた茶園であること。3、被覆（カブセ）は棚掛けの間接とし、稲わらを使った資材としていること。4、被覆（カブセ）の期間は十六日以上であること。5、摘採は手摘みであること。6、茶葉が硬化しないよう、適期に摘採していること。7、生葉管理に注意し、欠陥なく製造されたものであること。</p>



<p>この伝統の製造方法に山口さんは「<span class="swl-marker mark_yellow">手間ひまがかかるぶん、色、香味などすべてが他のお茶とは異なります</span>」</p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="675" height="450" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/07/seisansha_pic_01_21-1.jpg" alt="" class="wp-image-32233" style="width:675px;height:450px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/07/seisansha_pic_01_21-1.jpg 675w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/07/seisansha_pic_01_21-1-300x200.jpg 300w" sizes="(max-width: 675px) 100vw, 675px" /></figure></div>






<h3 class="wp-block-heading">八女伝統本玉露の効能と味の違い</h3>



<p>こうして、伝統的な技法にこだわりつくられているのが八女伝統本玉露。その効能や味は、他の玉露や日本茶とは大きく異なる。特徴は、まろやかなうま味と高いコク。これは、旨味成分であるアミノ酸の一種テアニンが豊富に含まれているから。通常、日光を浴びるとテアニンは分解され、渋味・苦味成分であるカテキンへと変化する。しかし、日光をほとんど浴びずに育つ玉露はその影響を受けない。</p>



<p>こだわり抜かれた製法と恵まれた産地、高度な技術と長年にわたる経験を兼ね備えた生産者。この3つがそろってはじめて生まれる八女伝統本玉露は、通常の玉露よりも多くの旨味成分を含み、それでいて渋味・苦味がほとんどない、<span class="swl-marker mark_yellow">玉露本来のうまみを最大限引き出すことのできる最高級の玉露</span>なのだ。</p>







<h4 class="wp-block-heading">八女伝統本玉露の美味しい入れ方</h4>



<p>これまでの製法でわかるように、一般的に“お茶”といわれる煎茶や日本茶とは淹れ方も違う。湯冷ましに淹れ、50度ほどに冷ましたお湯を玉露用茶碗に七分目（20ml）ほど注ぐ。小さじ約４杯分の茶葉を急須に入れ、湯冷ましした茶碗のお湯を急須に２〜３分間かけてゆっくり淹れ、お茶が浸出するのを待つ。茶葉をひたす程度だ。しかしそうやって丁寧に淹れたこの玉露は、ほんの数滴を口に含んだだけで、しっかりとした甘みと旨みが伝わってくる。濃厚で、渋みや苦みといった雑味はまったくない。</p>



<p>「<span class="swl-marker mark_yellow">贅沢な味わいです。食事などにあわせる飲み物というより、お茶だけで、お茶の本来の美味しさを楽しむのが玉露なんですね</span>」（中田）</p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="675" height="450" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/07/seisansha_pic_01_31-1.jpg" alt="" class="wp-image-32234" style="width:675px;height:450px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/07/seisansha_pic_01_31-1.jpg 675w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/07/seisansha_pic_01_31-1-300x200.jpg 300w" sizes="(max-width: 675px) 100vw, 675px" /></figure></div>






<h3 class="wp-block-heading">革新し続けることで受け継がれる伝統</h3>



<p>時代の変遷によるライフスタイルの多様化に伴い、お茶に対するニーズもさまざまになっている現代。星野製茶園は、日本茶の伝統を大切にしながらも、人々の生活に寄り添うさらなる茶製品の開発に日々挑戦している。</p>



<p>昔ながらの玉露の栽培方法を応用した<span class="swl-marker mark_yellow">抹茶</span>の生産。玉露の茎の部分を用いた<span class="swl-marker mark_yellow">ほうじ茶</span>。など、<span class="swl-marker mark_yellow">玉露以外のお茶の生産</span>や、<span class="swl-marker mark_yellow">茶の加工品</span>の開発にも取り組んでいる。</p>



<p>「<span class="swl-marker mark_yellow">お茶の可能性を追求し、変わり続ける嗜好に合わせて革新し続けることで、日本が誇るお茶の文化や本物の味を、これからも伝承していきます。</span>」と山口さん。</p>



<p>日本独自の「お茶」文化を守り、さらなる追及を惜しまない星野製茶園さんの今後に目が離せない。そんな星野製茶園の製品は店舗やオンラインショップ等から手にすることができる。</p>






<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="675" height="450" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/07/seisansha_comment_011-2.jpg" alt="" class="wp-image-32231" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/07/seisansha_comment_011-2.jpg 675w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/07/seisansha_comment_011-2-300x200.jpg 300w" sizes="(max-width: 675px) 100vw, 675px" /><figcaption class="wp-element-caption">星野製茶園　専務 山口真也さん</figcaption></figure></div>


<p>星野製茶園には、“茶師十段“とも呼ばれる「茶審査技術十段」の段位を持つ茶師をはじめとした、日本茶のインストラクターやアドバイザーが多数在籍しています。たくさんの種類があるお茶の中から、味の好みや用途などのご要望に応じた、おいしいお茶を紹介させていただきます。気軽にご相談ください。</p>







<h4 class="wp-block-heading">こちらでもご紹介しています。</h4>



<ul class="wp-block-list">
<li><a href="https://www.instagram.com/p/B7DeDocJk5H/" target="_blank" rel="noopener noreferrer"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2020/04/insta-1.jpg" alt="Instagram"></a></li>
</ul>






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						<span class="p-blogCard__excerpt">最高峰の玉露「八女伝統本玉露」 八女市は福岡県の南西部に位置する人口が６万5千人ほどの農芸都市である。 『日本書紀』にも記述のある山間の里で、世界に認められた「&#8230;</span>					</div>
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