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	<title>益子町 - NIHONMONO</title>
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	<description>「にほん」の「ほんもの」を巡る旅マガジン</description>
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	<title>益子町 - NIHONMONO</title>
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		<title>現代性の中に見出した、原始の美しさ。陶芸家・小野澤弘一さん／栃木県芳賀郡益子町</title>
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		<pubDate>Thu, 08 Jan 2026 08:24:27 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[陶芸家]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/SOL3615.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>「漆塗り」と聞くと、多くの人が木の素材に漆を施したものを思い浮かべるが、陶器や磁器に漆を施す「陶胎漆器（とうたいしっき）」という技法がある。今では珍しくなった技術を活かして作陶を行う陶芸家・小野澤弘一さんの工房が陶芸のま [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/SOL3615.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>「漆塗り」と聞くと、多くの人が木の素材に漆を施したものを思い浮かべるが、陶器や磁器に漆を施す「陶胎漆器（とうたいしっき）」という技法がある。今では珍しくなった技術を活かして作陶を行う陶芸家・小野澤弘一さんの工房が陶芸のまち･益子にある。</p>



<h2 class="wp-block-heading">里山の原風景が残る、陶芸のまち「益子」</h2>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="683" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/image-23-1024x683.jpeg" alt="" class="wp-image-53832" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/image-23-1024x683.jpeg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/image-23-300x200.jpeg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/image-23-768x512.jpeg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/image-23.jpeg 1372w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>小野澤さんの工房がある栃木県芳賀郡益子町（ましこまち）。栃木県の南東部に位置する自然豊かなこの町は、「益子焼」の名産地として有名だ。益子焼は江戸時代末期に、笠間で修行した大塚啓三郎が、この土地で良質な陶土を見つけ、窯を開いたことが始まり。</p>



<p>現在益子町には、大小さまざまな窯元が約160、陶器店は50軒あり、毎年5月と11月に開催される「益子陶器市」では地元の作家だけでなく、全国の陶磁器の窯元や、手芸、工芸、アクセサリー作家や飲食店まで多くの人が店を出す。普段は、静かでどこか懐かしい里山の風景を楽しめる町内も、陶器市の開催期間は県内外の車や人でごったがえすほどの賑わいだ。</p>



<p>この陶芸のまち「益子」に、小野澤さんが夫婦で移り住んだのは、2021年のことだった。</p>



<h2 class="wp-block-heading">縁あって移住した栃木県で、作風のルーツに出会う </h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/SOL3661.jpg" alt="" class="wp-image-53835" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/SOL3661.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/SOL3661-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/SOL3661-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>小野澤さんの生まれは東京。父が陶器を集めていたこともあり、幼少期から陶芸作品に触れることも多かったという。また、幼いころは粘土をいじったり、絵を描いたりすることも好きで、学生時代には作陶も経験。</p>



<p>心の中ではずっと「陶芸家」という仕事を意識していたそう。大学に入学し、具体的に将来の仕事を考えるようになると「陶芸家になりたい」という気持ちをより強く意識するように。「仕事をするなら、好きなことで頑張ってみよう」という気持ちが固まり、大学卒業後は岐阜県にある「多治見市陶磁器意匠研究所」でやきものに関する技術や知識を学んだ。</p>



<p>卒業後は2年ほどアルバイトをしながら作陶を続けたのち、知人から紹介されて移り住み開窯した場所が、益子から車で１時間ほど北上した場所にある、那珂川町（なかがわまち）の「馬頭（ばとう）」地区だった。</p>



<p>そもそも小野澤さんの作品は「益子焼き」ではない。当時は「関東圏内で、広く家賃の安い物件はないか」と検討していたところ、たまたま縁があったのが馬頭地区の物件だったのである。</p>



<p>しかしこの土地で暮らしたことが、現在の作風を生み出すきっかけにつながった。</p>



<h3 class="wp-block-heading">縄文土器にも用いられた、<strong>陶胎漆器（とうたいしっき）</strong></h3>



<p>当初小野澤さんが手がける作品は、釉薬をかけず、高温でじっくりと焼く「焼締め」が中心。現在はその焼き締めたあとに、漆を塗って仕上げる「陶胎漆器（とうたいしっき）」という技法を用いた作品を多く生み出している。</p>



<p>当時住んでいた那珂川町の隣には、茨城県大子町（だいごまち）があり、大子町は「大子漆（だいごうるし）」と呼ばれる漆の名産地。茨城県は岩手県に次ぐ国産漆の産地であり、県産漆のほとんどは大子町で作られ、輪島塗などの高級漆器にも使われている。</p>



<p>偶然にも漆を身近に感じることになった小野澤さん。興味が湧いて調べてみると、縄文時代から漆を土器に塗る技法があったと知る。そこで、自分でもやってみようと始めたのが、今の作風のルーツになっているという。</p>



<p>2020年には、東京にもっとアクセスしやすい益子に空き工房を見つけ、2021年に夫婦で引っ越し。そこで日本画家である妻の法子さんと共に、夫婦それぞれが創作活動に励んでいる。</p>



<h2 class="wp-block-heading">歴史や古いものに惹かれる</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/SOL3671.jpg" alt="" class="wp-image-53836" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/SOL3671.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/SOL3671-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/SOL3671-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>小野澤さんの作品は、漆だけでなく、漆と共に錫（すず）の粉を施した作品も手がける。「陶胎漆器と言ったほうが分かりやすいので、そのように言いますが、実際はそこにこだわっているわけではありません」。</p>



<p>歴史が好きで、古いものに惹かれるという小野澤さん。特に「弥生土器」が好きで、古代の人が削ったり磨いたりしてできた形は、柔らかさと同時にシャープさも感じられ、自分の作品にも取り入れたいと思うという。「当時の作った人の指跡が残っていたりすると感動しますし、古いものには当時の人の息づかいが聞こえる気がします」。</p>



<h3 class="wp-block-heading">原始性と現代性の融合を目指して</h3>



<p>作品は、まずろくろを引くところから。ほとんどスケッチはせず、作りながら考えてゆくスタイル。目指しているのは、ろくろで引いた「現代的なシャープさ」と土器のような「原始的なフリーハンドの柔らかさ」が融合したもの。</p>



<p>ろくろを引く際も、完全にシンメトリーなものは目指さない。食器は左右対称で「歪み」のないものが一般的だが、小野澤さんは、あえて歪みを出している。また、どの器も全く同じ歪み方にはせず、１つとして同じものがないように意識。さらには、表面には小野澤さんが好きな「弥生土器」の制作過程で施されていたという、割板や棒などで土器の接合跡を消したり、形を微調整したりする「ハケ調整」やハケ調整でできた線を消していく「ナデ調整」などの古の技法を施し、刷毛のあとや色の濃淡などの手仕事の風合いが残ったマットな質感に仕上げる。そこからさらに、4種5層の泥を塗っては乾かしを繰り返し、漆を塗る。そして最後は、ヤスリで表面を磨くことで、さらなる濃淡や多彩な質感を表現する。</p>



<p>非常に手間と時間のかかる作業ではあるが、機械であるろくろを使った「現代的なシャープ」なフォルムから更に、人間の手ならではの風合いや、古来からの技法を重ねることこそが、小野澤さんが思い描く「現代性と原始性」の融合した造形を実現するために、必要な作業なのだ。</p>



<p>小野澤さんは、自身の作品作りを「時間の経過を封じ込めるような感覚で作っている」と表現する。</p>



<p>実際、古びたものを再現する技術はたくさんある。一般人にも馴染み深いのはテーマパークで、その世界観を表現するために、遺跡や遺物、古い岩肌などを人工的に作り出したものが散見される。現代の技術を凝らした造形には目を見張るものがあるが、しかしそれはあくまで、限りなく本物に“似せた”模造品だ。</p>



<p>単純に古びた陶器の質感を出そうと思えば「層のように重ね塗って、まだらにしたり下地を出したりという変化を見せる技法もある」と小野澤さん。しかしそれで完成するのは、小野澤さんにとっては「表面的な古さ」でしかない。そうではなく、時を重ねた陶器や技術への尊敬を胸に刻みながら、小野澤さんの世界を通して「今」表現されるもの。まるで本当に時を重ねたかのような質感、それでいて古びず現代的な美しささえも感じさせるのは、小野澤さんだからこそ生み出せる、唯一無二の表現ではないだろうか。</p>



<h2 class="wp-block-heading">人や土地の歴史との出会い。先人たちの歩みが“師匠”</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/SOL3616.jpg" alt="" class="wp-image-53837" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/SOL3616.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/SOL3616-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/SOL3616-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>誰か特定の人に師事せず、自らの道を歩んできた小野澤さん。</p>



<p>「岐阜にいたときは、美濃の歴史の深さを感じましたし、馬頭にいたときは、益子焼よりも古い小砂焼（こいさごやき）やそれを手掛けている人にも出会いました。師匠という人はいませんが、そういうものを見聞きして、肌で感じて、先人たちがやってきたことを感じるようにしてきました」。</p>



<p>歴史が好き、土器が好きと話す小野澤さん。その言葉からは、単なる「好き」ではなく、どこまでも先人たちの歩みや、歴史への尊敬の念が感じられる。</p>



<p>「益子に実際に住んでみると、地元の人も知らないような歴史を知ることもできました。色々な歴史があって成り立っている土地だと知ることが好きだし、その好きな気持ちは、ここで作品を作るモチベーションにもなりますね」。</p>



<h3 class="wp-block-heading">「ろくろに感じる本質的なものを見出したい」</h3>



<p>国内の個展やワークショップ、海外まで活動の幅を広げる小野澤さんは、「40歳になったので、体力があるうちに、大きな作品を手びねりでやってみたいですね」と話す。</p>



<p>ロダンなど人体彫刻を眺め、その背景に思いを馳せるのも好きだと話す小野澤さんは、「対象を見つめる仕事がしたい」とも。小野澤さん曰く、「電動ろくろには、規則性があって、その中にも美しさがあるという。そのろくろで作ったもの（対象）を見つめながら、手びねりで作品を作りたい」とのこと。</p>



<p>二度手間では？と感じずにはいられないが、それこそが小野澤さんがやりたい「対象を見つめる仕事」なのだそう。「一旦ろくろで作ったもの（対象）をしっかりと“見つめて”、そこから自分が何かを感じ取ろうと向き合うことで、ろくろに感じる美しさの本質的なものが見出だせるのではないかと思うんですよ」。非常に感性的ではあるが、その繊細で美しい感覚や思考こそが、今と古をつなぐような作風の源泉であるのだと思わずにはいられない。</p>



<p>自身で目で見て、感じたこと。新たな学びも発見も、すべて作品へと昇華させてきた小野澤さん。きっとこれからも人類の歴史のように、止まらぬ進化を重ねてゆくことだろう。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/53829/">現代性の中に見出した、原始の美しさ。陶芸家・小野澤弘一さん／栃木県芳賀郡益子町</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>古材や廃材を組み合わせて温かみのある家具をつくる木工作家･高山英樹さん／栃木県益子町</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 30 Jun 2025 02:06:11 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[益子町]]></category>
		<category><![CDATA[古材]]></category>
		<category><![CDATA[ワイナリー]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/06/takayama-hideki-san1.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>益子町で建築の内装や家具の制作を手がけている木工作家･高山英樹さん。高山さんは京都の歴史的建造物「旧京都中央電話局」の再開発で、隈研吾氏が建築デザインを監修した「エースホテル京都」の建築プロジェクトなどにもたずさわり評価 [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/06/takayama-hideki-san1.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>益子町で建築の内装や家具の制作を手がけている木工作家･高山英樹さん。高山さんは京都の歴史的建造物「旧京都中央電話局」の再開発で、隈研吾氏が建築デザインを監修した「エースホテル京都」の建築プロジェクトなどにもたずさわり評価を得ている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">人との繋がりを大切にして人と空間をイメージ</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/06/takayama-hideki-san20-1.jpg" alt="" class="wp-image-52898" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/06/takayama-hideki-san20-1.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/06/takayama-hideki-san20-1-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/06/takayama-hideki-san20-1-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>高山さんがつくる作品は、古材や廃材などを組み合わせた木材の経年変化を楽しめる家具。木の質感を大切にした温かみが感じられる作品だ。</p>



<p>人との繋がりを大切にし、「縁がなければ注文は受けない」という高山さんは、依頼者とのコミュニケーションを経て思いを受け取り、「どこに置き、なにをするか」をイメージして家具をカタチにしていく。だからその空間に自然に溶け込み、しっくりとくる家具ができるのだろう。</p>



<h3 class="wp-block-heading">先進的な空間に似合う、古材を活かした家具</h3>



<p>そんな高山さんの世界感を強く感じられる場所がある。それが、京都･三条通近くにある「新風館」。同施設は、関西や京都初の新業態店舗に加え、京都ならではの店舗をラインナップし、最新の流行に京都らしさが出会う唯一無二の商業空間。その「新風館」にある「エースホテル京都」は、「East Meets West」をコンセプトにアジア初のエースホテルとしてつくられた。「エースホテル京都」内のレストラン「Mr. Maurice’s Italian」で、高山さんがカスタム･デザインしたオーバルテーブルやベンチが見られる。</p>



<p>さらに、「新風館」にオープンしたBEAMSが取り扱う「Pilgrim Surf+Supply KYOTO（ピルグリム サーフ+サプライ）」。ニューヨーク･ブルックリン発のセレクトショップ「Pilgrim Surf+Supply」は“自然と都会のデュアルライフ” をコンセプトに、サーフィンを中心としたアウトドアアクティビティのあるライフスタイルをアメリカ東海岸のカルチャーというフィルターを通して提案。その「Pilgrim Surf+Supply KYOTO」のメインテーブルを手がけたのも高山さんだ。</p>



<h2 class="wp-block-heading">移り住んだ益子で自宅をセルフビルド</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/06/takayama-hideki-san30.jpg" alt="" class="wp-image-52899" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/06/takayama-hideki-san30.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/06/takayama-hideki-san30-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/06/takayama-hideki-san30-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>陶芸の里である益子。栃木県南東部に位置する町で、江戸時代末期から陶器の産地として全国的にも有名な町だ。木工作品や家具などを手がける高山さんの自宅とアトリエは、益子町の中でも自然豊かで緑あふれる地区にある。</p>



<p>自宅は家族3人で今もつくり続けているというセルフビルド。2002年に益子に移り住み、今もなお家づくりはとまらない。</p>



<p>「ここに移る前、農家の手伝いをした時にビニールハウスを建築したんです。それが意外と快適な空間で。そこでビニールハウスみたいな家をつくりたいと思いつきました。この土地を見つけた時に、プレハブでガラス面を多くしたら似たような効果が期待できるんじゃないかと思ってつくり始めたんです」。</p>



<p>大きな窓から見えるのは一面に広がる田園風景。田植えの季節になると家の周りの田んぼに水が張られて、まるで湖のようになる。そして林の向こうの丘にはぶどう畑が見える穏やかな景色だ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">益子にたどりついたきっかけ</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/06/takayama-hideki-san15.jpg" alt="" class="wp-image-52900" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/06/takayama-hideki-san15.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/06/takayama-hideki-san15-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/06/takayama-hideki-san15-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>益子に住み始めて22年の高山さんの出身は石川県七尾市。文化服装学院を卒業後、東京でステージ衣装や1点ものの洋服をつくり、収入が入ると海外旅行に出るということをしていたそう。そんな時に「益子に面白い人が集まっている」という噂を聞く。</p>



<p>「子どもが生まれる前からどこか良い所はないか探していて…子どもが生まれたらふるさとをつくってあげたかったんですね。ここは、実家の風景にもどことなく似ていて気に入りました」という。</p>



<p>地元の人たちの、ものづくりへの理解や様々なことにチャレンジする人を見守る文化にも「良かった」と、益子町を知り移住するきっかけや実際に住んで見て思ったことを教えてくれた。</p>



<h2 class="wp-block-heading">自宅つくりとともに始まった益子での暮らし。そして、家具づくり</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/06/takayama-hideki-san19.jpg" alt="" class="wp-image-52901" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/06/takayama-hideki-san19.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/06/takayama-hideki-san19-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/06/takayama-hideki-san19-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>高山さんの家具づくりのスタートは、宇都宮でレストランを開いていた方が益子にカフェをオープンするにあたって、内装などを手がけるために店づくりに参加したのがきっかけだった。</p>



<p>内装だけでなく、廃材などでテーブルなどの家具を設える必要があり、そこで家具作りに触れた。</p>



<p>偶然のように始まった高山さんの家具作り。しかし、「縁」を大切にする高山さんらしい家具作りのスタートだ。木材を巧みにあやつり、空間に自然とマッチする高山さんの家具だが、家具づくりは人に習ったものではない。</p>



<p>「習うことは、型にはまること」と、ファッションの仕事をしていた時を教訓にして「自分で思ったことをやってみよう」と独学ではじめたそうだ。高山さんにとって、家具作りは自身の生き方の表現である。</p>



<p>依頼は人と人との「縁」がなければ受けないこともひとつの表現だろう。デザインよりも、家具が置かれる空間や使う人との関係性、そこで生まれる会話や時間まで想像して制作する。</p>



<p>家具は生活に溶け込み、人と空間を繋ぐ必然性から生まれるべきだと考えているのだ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">人との繋がりがきっかけを生む</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/06/takayama-hideki-san3.jpg" alt="" class="wp-image-52902" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/06/takayama-hideki-san3.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/06/takayama-hideki-san3-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/06/takayama-hideki-san3-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>益子には、1998年にオープンした「身の回りにあるもの、手の届く範囲で、心地よく暮らす。」をコンセプトにした「starnet（スターネット）」という人気のライフスタイルショップがある。</p>



<p>高山さんは、縁あって「starnet」のテーブルも制作したという。さらには、「starnet」での人との繋がりから、高山さん家族は息子の源樹（げんき）さんを中心にしてワイン作りに発展した。</p>



<p>益子の地で「家具づくりという手仕事をやっていこうと思っていたら、『今度はワイン』なんて話になってしまいました」と笑いながら話す高山さん。</p>



<p>なんとも、人の繋がりを大切にする高山さんらしいストーリーだ。</p>



<h2 class="wp-block-heading">ワイン造りへの挑戦</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/06/takayama-hideki-san41.jpg" alt="" class="wp-image-52903" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/06/takayama-hideki-san41.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/06/takayama-hideki-san41-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/06/takayama-hideki-san41-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>高山さんの息子である源樹（げんき）さんが高校生の時、「starnet」のオーナー友人に「夏休みになったら手仕事と芸術を見るためにどこかへ行きたいんですけど、どこかおすすめの場所ありますか」と質問をした。</p>



<p>すると返答は「フィレンツェに行っておいで」。</p>



<p>海外かと驚きながらも、せっかくのきっかけだからと夏休みの1カ月間をイタリアで過ごし、30種類くらいの手仕事と10箇所くらいのミュージアムを見て回ったそう。</p>



<p>そこで最後に見たワイナリーに芸術性を感じ衝撃を覚えた。そこで高校を卒業するとワインに関わる仕事をしたいと、イタリアに渡った。</p>



<p>薦められたとはいえ、高校在学中に1人でイタリアに学びに行かせる柔軟な考えは、高山さん自身の若い頃の「収入が入ると海外旅行に出る」という行動があってこそだ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">家族3人でつくるぶどう畑</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/06/takayama-hideki-san40.jpg" alt="" class="wp-image-52904" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/06/takayama-hideki-san40.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/06/takayama-hideki-san40-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/06/takayama-hideki-san40-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>帰国後、源樹さんはワインの勉強をするうえで、自分が惹かれているワインは「地域との関係性がバックグラウンドにあるワイン」だと気づく。</p>



<p>では、どこでワインをつくったらいいのかを考えた時に「益子でつくる」と考えにいたった。</p>



<p>先輩や知人などが栃木県足利市にある指定障害者支援施設こころみ学園のワイン醸造場「ココ･ファーム･ワイナリー」に繋げてくれて、学びや協力を得ることができた。<br>「ココ・ファーム・ワイナリー」とは、栃木県足利市にあり、国際的なサミットの晩餐会で採用されるなど、日本を代表するワイナリーとして全国的に知られている。</p>



<p>さらに、地元の方と連携をとることができ、高齢化で管理ができず荒れ始めていた土地を家族3人で開墾。源樹さんの想いが少しずつ現実のものになっていく。3年目になる今は、赤ぶどうをメインに11種･300本弱の木が植えられているぶとう畑。今後は土地の性質などにもあわせて、白ぶどうも増やしていきたいと話す。</p>



<p>父である高山さんも一緒になって、今後のブドウ畑やワインについて目を輝かせていた。</p>



<h2 class="wp-block-heading">地域の人たちと育む「ものづくり」と収穫祭</h2>



<p>源樹さんを中心とした高山さん家族のワインへの挑戦は始まったばかりだ。ぶどうの収穫には5〜7年かかる見通しで、地域の人たちとともに時間をかけて「ものづくり」をしたいと考えている。</p>



<p>「収穫祭をやりたいんです」と家族3人でにこやかに語る夢が叶う日も、そう遠くないかもしれない。</p>



<p>ワイン造りという新たな挑戦もまた、高山さんが大切にしてきた「人との繋がり」から生まれたものだ。<br>しかし、その活動の原点であり、核となるのは、やはり木と向き合う家具作り。</p>



<p>依頼主との対話、空間との調和を重んじ、古材の一つひとつに新たな命を吹き込む。これからも高山さんは、使う人の暮らしにそっと寄り添う温かな家具を、この益子の地で作り続けていく。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/52896/">古材や廃材を組み合わせて温かみのある家具をつくる木工作家･高山英樹さん／栃木県益子町</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>好奇心と飽くなき探求心が変化に富んだ作風を生み出す陶芸家･松崎健さん／栃木県芳賀郡</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 24 Sep 2024 08:14:55 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[人間国宝]]></category>
		<category><![CDATA[栃木県]]></category>
		<category><![CDATA[益子町]]></category>
		<category><![CDATA[島岡達三]]></category>
		<category><![CDATA[陶芸]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/09/yuushingama2.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>陶芸の重要無形文化財技術保持者、いわゆる人間国宝である島岡達三氏を師に持つ陶芸家の松崎健さん。師である島岡氏の下で民芸陶器として栄えた益子焼を学び、そのまま民芸の道に進むと思いきや、まったく違った方向へ進んでいった松崎さ [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/09/yuushingama2.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>陶芸の重要無形文化財技術保持者、いわゆる人間国宝である島岡達三氏を師に持つ陶芸家の松崎健さん。師である島岡氏の下で民芸陶器として栄えた益子焼を学び、そのまま民芸の道に進むと思いきや、まったく違った方向へ進んでいった松崎さんの作風。「面白そう」からはじまり、「どうやったらできるのだろう」と考え、常に試行錯誤してきた。</p>



<h2 class="wp-block-heading">益子で「やりたいことをやってきた」から作れた作品</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/09/yuushingama27.jpg" alt="" class="wp-image-49779" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/09/yuushingama27.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/09/yuushingama27-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/09/yuushingama27-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>日本ばかりでなく、ニューヨーク・ボストやイギリスなど海外でも活躍を見せる陶芸家･松崎健氏が栃木県益子町に「遊心窯」を開窯してから約半世紀。同氏が手がける焼き物は多岐に渡るが、なかでも薪を使った原始的な穴窯で焼き、窯の炎が生み出す偶然の色彩が魅力の「穴窯窯変（あながまようへん）」は力強くて圧巻であり、特に目を見張る。</p>



<p>人間国宝･島岡達三氏に師事し民芸の道を極めるかと思われた松崎さんが、なぜ窯変に惹かれていったのか。</p>



<h3 class="wp-block-heading">陶芸の里「益子」</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/09/yuushingama4.jpg" alt="" class="wp-image-49780" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/09/yuushingama4.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/09/yuushingama4-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/09/yuushingama4-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>栃木県と茨城県の境にあり丘陵地である益子町は、「益子焼の産地」として全国に名を馳せる。益子焼は江戸時代末期、黒羽藩の藩主が益子の陶工に土地を与え、生産量を着実に増やしたことで御用窯（ごようがま）となった。御用窯とは広義になるが、藩が陶工･窯業を保護や育成をして援助したものをいう。明治維新で徳川幕府が無くなり、廃藩置県により藩の庇護を失ったあとは各窯が経営し販路を拡大。火鉢やすり鉢、かめや釜などの日用品として生産されていたのが益子焼だ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">益子焼の陶工から人間国宝に認定</h3>



<p>益子には、1955年（昭和30年）第1回の重要無形文化財保持者（人間国宝）に認定された濱田庄司氏がいた。濱田氏は「民芸運動」の中心的活動家。さらに濱田氏以外にも人間国宝に認定された人物がもう一人。松崎さんの師匠である島岡達三氏だ。同氏は「日本民藝館」を訪れたことがきっかけで民芸に目覚め、1940年に濱田の門下に入り、1954年に益子で窯を開き本格的な作陶を開始した。</p>



<h2 class="wp-block-heading">父の影響で幼い頃から民芸に親しみ、いつしか陶芸の道へ</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/09/yuushingama15.jpg" alt="" class="wp-image-49781" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/09/yuushingama15.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/09/yuushingama15-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/09/yuushingama15-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>松崎さんの父は日本画家であり、民芸の収集家だったと話す松崎さん。幼いころから身の回りには江戸時代や明治時代のものがあり、骨董市に連れて行ってもらっては売買の様子に興奮したそう。そんな父の影響もあってか、高校の美術の授業でろくろを挽いたことがきっかけで陶芸にのめり込んでいく。</p>



<h3 class="wp-block-heading">高校の先生のすすめで変えた進路</h3>



<p>陶芸の授業がきっかけで芸術科への進学をすすめられた松崎さんは、玉川大学芸術科に入学して陶芸を専攻。授業の課題は早々に終わらせて、1時間に湯呑を何個つくれるか友人と競争をし、20個以上はろくろで挽いたそうだ。ろくろの基礎は大学1年の時には身についたという。「自分の中に作家と職人がいる」と自らを分析する松崎さんだが、大学時代に身につけたスピード感は今の職人の部分に活きているのだろう。</p>



<h3 class="wp-block-heading"><strong>島岡達三氏へ師事</strong></h3>



<p>父の知り合いだった島岡達三氏の下で修行することを大学在学中に決めて、卒業後に弟子入り。約束していた3年と延長してもらった2年の合計5年、島岡氏の下で陶芸に対する考え方や物を創る時の姿勢には哲学的なものが大切だと学ぶことができたという。</p>



<p>延長の2年間ではオリジナルの食器作り、文様の研究や白化粧泥の試験を重ね、 独立したときには自分の型ができていた。この間に創りあげた呉須釉鷺文（ごすゆうさぎもん）、白掛線文（しろがけせんもん）、鐵地刷毛目文（てつぢはけめもん）、青地刷毛目文（あおぢはけめもん）、葡萄文（ぶどうもん）、兎文（うさぎもん）、筒描流水文（つつがきりゅうすいもん）、その他オリジナルの文様がその後十五年間の松崎さんを支えることになる。</p>



<h2 class="wp-block-heading">島岡氏から離れて、自分のやりたいことに挑戦</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/09/yuushingama59.jpg" alt="" class="wp-image-49782" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/09/yuushingama59.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/09/yuushingama59-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/09/yuushingama59-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>独立し、順調に進んでいたかと思われた松崎さんだが、ある日、海外の美術関係者に自身の作品を「島岡氏のコピー」と言われたことで、これまで考えたこともなかった疑問が湧いた。以来、「釉薬と形が似ていて模様だけが違う。そうなると模様を変えた時に誰の作品なのだろうか？」という考えばかりが、頭の中をぐるぐると回るようになり仕事すら手につかなくなった。そして、当時つかっていたろくろや益子の材料をやめて手びねりに変えるなど新たな技術の習得に奔走することになる。</p>



<h3 class="wp-block-heading">古田織部の思想に憧れて学ぶ</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/09/yuushingama60.jpg" alt="" class="wp-image-49783" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/09/yuushingama60.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/09/yuushingama60-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/09/yuushingama60-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>島岡氏の下で学んだ技法や作風から距離を置くことにした松崎さん。間もなくして、古田織部の思想や織部の作風が「日本のルネッサンス」だと考え、面白いと思うようになった。古田織部とは、桃山時代の武将であり、茶人としても有名だった人物。その名を冠した織部は斬新な造形と意匠が特徴的な焼き物で、同氏がその模様や形状、色調を好んだことが由来となっている。</p>



<p>松崎さんは織部様式の基本を学びつつ、織部様式が京都から西に一気に広がったエネルギーを独自に解釈し、黄瀬戸、瀬戸黒、志野までを織部として捉えて試行錯誤を重ねていった。師匠を持たずに自分が興味を持つことを試しながら身につけることで、真似事ではない作風を手に入れることになると考えたそうだ。それらは師匠である島岡氏にも言わずに始めたことで、知られた後は2年くらい音信不通になったそうだが、その後、展覧会のレセプションで島岡氏に再開した際に「本来ならば破門だが……」と含みながら言われたことで、ずいぶんと気が楽になったと話す。</p>



<p>1978年からは毎年のように京王百貨店新宿店にて個展を開き、それが評判となり、次第に国内だけでなくニューヨークやボストンとイギリスなどでも個展を開催するようになっていった。</p>



<p>その後、1980年に国展･野島賞を、1984年に国展･会友優作賞を受賞。華々しい受賞歴も残した。</p>



<h3 class="wp-block-heading">終着点は定めずに土のエネルギーを感じ取る</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/09/yuushingama44.jpg" alt="" class="wp-image-49784" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/09/yuushingama44.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/09/yuushingama44-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/09/yuushingama44-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>ひとつの技法を貫き通す人が多い陶芸の世界で、色々なことを敏感に感じ取り、常に変化していけばいいかという考えで作品をつくる。「僕みたいに色んなことをやる人はあまりいないんだけど、自分はそういう風にしかできない」と話す松崎さん。ただ、土のエネルギーというものはずっと求めてきた。面白い土に出会えたら「なんとか表現できないかな」と思い、さらに「早く器にしたいな」と思うそう。「ちょっと面白いな」と思って新たな試みをはじめる姿は今も健在だ。</p>



<h2 class="wp-block-heading">見えてきたスタイルこれからも</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/09/yuushingama25.jpg" alt="" class="wp-image-49785" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/09/yuushingama25.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/09/yuushingama25-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/09/yuushingama25-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>時代が変われば求められるものも変わるのではないか。変化を受け入れて自らも変化する。益子の作家と料理人とで創る器、新しい解釈で器をつくるプロジェクトGENDOを立ち上げた。普段つくっている作風とはまた違うデザインの器だが、作家と職人が自分の中にいると話す松崎さんの職人の部分がでてきて「やっていて楽しい」という。</p>



<h3 class="wp-block-heading">ずっと未完だから、終わらない挑戦</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/09/yuushingama54.jpg" alt="" class="wp-image-49786" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/09/yuushingama54.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/09/yuushingama54-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/09/yuushingama54-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>新しい土が手に入ると、何を作って穴窯のどこに置いて焼こうか考えるとワクワクする。</p>



<p>「自分は、やっぱりやりたいことを最後までやろうかなって思ってます。いろんなチャレンジを続ける。着地点を求めてやってるわけじゃないので、ずっと未完成でいいかなっていう感じですかね」と話す松崎さんの挑戦はまだまだ終わらない。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/49778/">好奇心と飽くなき探求心が変化に富んだ作風を生み出す陶芸家･松崎健さん／栃木県芳賀郡</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>瑞々しい陶芸「陶芸家 神谷紀雄」／千葉県千葉市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 04 Sep 2011 12:10:53 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[伝統工芸]]></category>
		<category><![CDATA[焼き物]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/01/266_main.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>鉄と益子の土で作る「鉄絵銅彩」 「もともと僕は全然、陶芸をやる気がなかったんですよね。でも、親に“大学に行くなら、美術学校なら金を出してやるが、それ以外は自分で行け”、と言われて。普通逆ですよね（笑）」そう笑う神谷紀雄さ [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/266/">瑞々しい陶芸「陶芸家 神谷紀雄」／千葉県千葉市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/01/266_main.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><h2 class="wp-block-heading">鉄と益子の土で作る「鉄絵銅彩」</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter is-resized"><img decoding="async" src="/rnp/files/2012/01/266_img01.jpg" alt="" style="object-fit:cover;width:825px;height:550px"/></figure></div>


<p>「もともと僕は全然、陶芸をやる気がなかったんですよね。でも、親に“大学に行くなら、美術学校なら金を出してやるが、それ以外は自分で行け”、と言われて。普通逆ですよね（笑）」<br>そう笑う神谷紀雄さん。<br>益子の窯元の家に生まれた神谷さんだが、それまで縁がなかったデッサンをわずか1カ月の突貫工事で習い、多摩美術大学に合格。<br>陶芸の魅力に取り憑かれたのは、それからだという。</p>



<p><span class="swl-marker mark_yellow">神谷さんの陶芸の特徴は、梅や葡萄、椿など身近な植物をモチーフにした「鉄絵銅彩（てつえどうさい）」の技法。<br>益子の土に白化粧をほどこし、鉄で絵を描き銅で彩色する。<br>草花が躍動するようなおおらかで温もりのある作品には、高い評価が集まっている。</span></p>



<p>世のしがらみから離れて制作したいと、自然に囲まれた千葉の林の中に工房を構えた神谷さんだが、生まれ故郷・益子への思い入れは強い。<br>「僕は益子に生まれたから焼物をやっているんだな、と思っているんですよ。だから、益子の生地にはこだわっていきたい」<br>「益子の生地というのはどんな特徴があるんですか？」<br>「特別いい生地ではないんです。可塑性、粘りもそれほどないし。耐火度は結構ありますが、どちらかといえば、粘土の質としてはいいほうではないですね。でも、僕にとっては非常にやりやすい土です」</p>



<h3 class="wp-block-heading">この時代にしか生まれない作品を作り続ける</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter is-resized"><img decoding="async" src="/rnp/files/2012/01/266_img02.jpg" alt="" style="object-fit:cover;width:825px;height:550px"/></figure></div>


<p>「どこにあっても、神谷紀雄だとわかる作品を作りたい」と語る神谷さんにとって、もっとも難しいのは、時代性の表現だという。<br>「<span class="swl-marker mark_yellow">伝統工芸では、“繰り返しは後退”だと言われているんですね。</span>これが一番難しい。僕自身、作品には現代性がないとダメだと思うんです。時代が移り変わっても、つねに瑞々しさを保つ作品――新しいと感じさせる作品を作っていかないと、伝統として残っていかないんじゃないか、と」<br>例えば、桃山時代の焼物は今でも新鮮さを保って私たちの目に映る。<br>でも、今の世で桃山と同じ焼物を作っていては、新しさは感じられない。<br>「だから、われわれは平成の世でないとできない焼物を作るべきなんだと思うんです。そういうのを作っていけば、人の心に訴えかけられるんじゃないかと」</p>



<p>最後に、神谷さんのご指導で陶芸にチャレンジ。<br>「陶芸もこれまでに何度かやらせていただいているんですが、普段やっていないとまったく身に付かないんですよね」と語る中田に、陶芸界の重鎮である神谷さんは、手取り足取り、気さくに技術を教えてくださる。<br>「中田さんは集中力があるから、1週間みっちりとやれば身に付きますよ」と励ましをいただきながら、中田と益子の土との格闘は続いた。</p>


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