<?xml version="1.0" encoding="UTF-8"?><rss version="2.0"
	xmlns:content="http://purl.org/rss/1.0/modules/content/"
	xmlns:wfw="http://wellformedweb.org/CommentAPI/"
	xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/"
	xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom"
	xmlns:sy="http://purl.org/rss/1.0/modules/syndication/"
	xmlns:slash="http://purl.org/rss/1.0/modules/slash/"
	>

<channel>
	<title>漁業 - NIHONMONO</title>
	<atom:link href="https://nihonmono.jp/tag/%E6%BC%81%E6%A5%AD/feed/" rel="self" type="application/rss+xml" />
	<link>https://nihonmono.jp</link>
	<description>「にほん」の「ほんもの」を巡る旅マガジン</description>
	<lastBuildDate>Tue, 02 Dec 2025 04:17:51 +0000</lastBuildDate>
	<language>ja</language>
	<sy:updatePeriod>
	hourly	</sy:updatePeriod>
	<sy:updateFrequency>
	1	</sy:updateFrequency>
	<generator>https://wordpress.org/?v=6.8.5</generator>

<image>
	<url>https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2021/06/cropped-favicon-32x32.png</url>
	<title>漁業 - NIHONMONO</title>
	<link>https://nihonmono.jp</link>
	<width>32</width>
	<height>32</height>
</image> 
	<item>
		<title>「恋し浜ホタテ」に、海の男のロマンをみる。漁師･佐々木淳さん／岩手県大船渡市</title>
		<link>https://nihonmono.jp/article/53511/</link>
					<comments>https://nihonmono.jp/article/53511/#respond</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 27 Nov 2025 04:14:58 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[漁業]]></category>
		<category><![CDATA[養殖]]></category>
		<category><![CDATA[恋し浜ホタテ]]></category>
		<category><![CDATA[小石浜]]></category>
		<category><![CDATA[耳吊式]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://nihonmono.jp/?p=53511</guid>

					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/11/iwate-gyogyoushikai-48.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>「恋し浜ホタテ」。なんて素敵なネーミングだろう。ホタテの産地･岩手県沿岸部の中でも、大船渡市三陸町綾里（りょうり）･小石浜（こいしはま）漁港の「恋し浜ホタテ」は、ブランドホタテとして名高い。生産者で岩手県漁業士会の会長で [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/53511/">「恋し浜ホタテ」に、海の男のロマンをみる。漁師･佐々木淳さん／岩手県大船渡市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/11/iwate-gyogyoushikai-48.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>「恋し浜ホタテ」。なんて素敵なネーミングだろう。ホタテの産地･岩手県沿岸部の中でも、大船渡市三陸町綾里（りょうり）･小石浜（こいしはま）漁港の「恋し浜ホタテ」は、ブランドホタテとして名高い。生産者で岩手県漁業士会の会長でもある佐々木淳（じゅん）さんは、震災を乗り越え、質の良いホタテを作り続けている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">「小石浜ホタテ」の産地、大船渡市小石浜とは</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/11/iwate-gyogyoushikai-6.jpg" alt="" class="wp-image-53522" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/11/iwate-gyogyoushikai-6.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/11/iwate-gyogyoushikai-6-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/11/iwate-gyogyoushikai-6-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>三陸沖は、北からの親潮と南からの黒潮がぶつかる潮目があり、世界でも有数の漁場として知られている。青森県、岩手県、宮城県の３県にまたがる三陸の中でも、岩手県の沿岸はいくつもの湾が連なり、ノコギリの歯のような地形をしたリアス海岸が特徴的だ。</p>



<p>岩手県沿岸南部に位置する大船渡市は、吉浜湾、越喜来（おきらい）湾、綾里（りょうり）湾、大船渡湾と、いくつもの湾があり、古くからさまざまな漁業が営まれてきた。波の穏やかな湾では、ワカメやホタテ、ホヤなどの養殖業が盛んに行われている。</p>



<p>大船渡市三陸町綾里の小石浜（こいしはま）は、特にホタテの養殖に力を入れてきた。小石浜の漁師で、岩手県漁業士会の会長･佐々木淳（じゅん）さんは、父の代から漁師を受け継ぎ、この地でホタテの養殖を営んでいる。</p>



<h2 class="wp-block-heading">「恋し浜ホタテ」とは</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/11/iwate-gyogyoushikai-36.jpg" alt="" class="wp-image-53523" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/11/iwate-gyogyoushikai-36.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/11/iwate-gyogyoushikai-36-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/11/iwate-gyogyoushikai-36-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>岩手県産のホタテはかねてより、中央の市場でも評判がよく、1985年ごろには築地市場で日本一の卸値をつけたことがあるほどだ。</p>



<p>佐々木さんは2008年、小石浜青年部を立ち上げた。それまで、小石浜の漁師たちは、ホタテを市場に出荷していたが、それでは浜の名前が表に出ない。そこで綾里漁協組合を通じて、自分たちが育てたホタテを一般の消費者に直送できるように販路を開拓。そのホタテを「恋し浜ホタテ」とブランディングした。「小石浜」の読みを「恋し浜」ともじったネーミング。なんとも響きが良い。</p>



<p>漁港の近くには三陸鉄道が走る。2009年には駅名も「恋し浜」に変更。今では恋愛のパワースポットになり、駅の待合室にはホタテの貝殻に願いごとを書いた絵馬が飾られている。</p>



<h3 class="wp-block-heading">良質なプランクトンがホタテを育む</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/11/iwate-gyogyoushikai-39.jpg" alt="" class="wp-image-53524" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/11/iwate-gyogyoushikai-39.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/11/iwate-gyogyoushikai-39-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/11/iwate-gyogyoushikai-39-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>越喜来湾の景色を見渡すと、広葉樹が多いことがわかる。広葉樹は秋になると落葉し、腐葉土になる。この腐葉土の養分を含んだ海水は、海の生物の栄養になるのだという。一方、親潮と黒潮がぶつかる三陸沖では、植物プランクトンが生まれ、その植物プランクトンを餌にする動物プランクトンが集まるという。</p>



<p>沖からのプランクトンと山からの養分を含む大船渡の内湾は、ホタテにとってとてもいい環境だ。小石浜では、こだわりを持って育てたホタテの中でも一定の基準をクリアしたものだけが「恋し浜ホタテ」として、販売されている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">大船渡で生まれた耳吊り式の養殖</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/11/iwate-gyogyoushikai-25.jpg" alt="" class="wp-image-53525" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/11/iwate-gyogyoushikai-25.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/11/iwate-gyogyoushikai-25-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/11/iwate-gyogyoushikai-25-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>ホタテの養殖は、4月から6月に北の海から親潮に乗って流れてくるホタテの幼生（ラーバ）を採取することから始まる。5月に採苗したラーバは9月には1㎝ほどの大きさになり、ひとつのかごに50個のホタテの稚貝を入れたものを20段作る。ホタテが育つにつれ、かごの中のホタテが密になってくるので数をへらし、12月には25個に、2月は10個と減らしていき、約1年かけて直径８㎝のホタテに育てる。</p>



<p>直径８㎝に育ったホタテは、貝殻に穴を開け、ロープに吊るして養殖する。この養殖の方法を「耳吊り式」という。現在は、青森から宮城まで実施されている養殖方法だが、実は、大船渡で考案された養殖方法である。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/11/iwate-gyogyoushikai-41.jpg" alt="" class="wp-image-53526" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/11/iwate-gyogyoushikai-41.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/11/iwate-gyogyoushikai-41-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/11/iwate-gyogyoushikai-41-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>「耳吊式」が確立したのは1960年ごろ。入り組んだ湾と水深が深い大船渡で効率良くホタテを育てるために考案され、現在に至る。大船渡には北海道のような遠浅の砂浜がほとんどないため海底で育てる「地まき式」の養殖ではたくさん収穫することができない。そのため、水中に吊るしたロープにホタテを吊り、深さを活かしてできるだけ多くのホタテを養殖しようと考案された。海底にホタテがつかないため、貝の中に砂が入らないという特長もある。</p>



<p>大船渡の湾内の水深は約40m。その地形を活かし、ホタテの養殖は盛んに行われるようになった。</p>



<h3 class="wp-block-heading">質の良いホタテのため、手間を惜しまない</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/11/iwate-gyogyoushikai-35.jpg" alt="" class="wp-image-53527" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/11/iwate-gyogyoushikai-35.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/11/iwate-gyogyoushikai-35-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/11/iwate-gyogyoushikai-35-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>ロープに吊るしたホタテは、湾内で約1年かけて大きく育つ。幼生から数えると約2年で出荷される。恋し浜ホタテは、漁場が限られているので、一枚一枚のホタテの質の良さで勝負する。</p>



<p>佐々木さんは、質の良いホタテを育てるために、貝と貝の間隔をあけ、1年間に2回以上貝殻の掃除をしている。貝殻には、海藻やフジツボなどが付着する。これらを定期的に除去しないと、ホタテが餌にしている栄養を海藻やフジツボに取られてしまう。それだけでなく、付着物のぶんロープが重くなり下がってしまう。</p>



<p>ただでさえ、ホタテが大きく成長すると、ロープが下がってくる。このロープの高さを調節するのも漁師の仕事だ。「ホタテはロープでつられているので、餌が豊富にある深さに吊って置くために、一年中高さの上げ下げをしています」と話す佐々木さん。太陽の光が届くかどうか、潮の流れが早いかどうか、長年の経験からロープの上げ下げをおこなっているのだ。佐々木さんは、貝殻の掃除や、ロープの調整など、こだわりを持ってホタテを育てている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">震災を乗り越えて</h2>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="683" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/11/image-13-1024x683.jpeg" alt="" class="wp-image-53517" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/11/image-13-1024x683.jpeg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/11/image-13-300x200.jpeg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/11/image-13-768x512.jpeg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/11/image-13-1536x1024.jpeg 1536w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/11/image-13.jpeg 1600w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>綾里漁協で直販する「恋し浜ホタテ」は、ブランディングに成功。肉厚の貝柱、甘みがあってそのまま食べてもおいしいと評判になり、注文数も増えていった。しかし、2011年3月。東日本大震災が発生。小石浜にも津波が押し寄せた。</p>



<p>「東日本大震災の時は海にいました。初めて海ごと揺れるというのを経験して、これはただ事ではないぞと思い、浜に帰ったら大変なことになっていました」と佐々木さん。震災後はすぐに漁を始められる状況ではなかった。漁港は地盤沈下、荷捌き（にさばき）所も流失していた。</p>



<p>被災してすぐ、恋し浜ホタテを通じて知り合った人たちから応援の声が寄せられた。支援に駆けつけてくれる人もいた。そんな中、被災した漁港を支援してくれる海外のボランティア団体が現れ、佐々木さんは漁港の現状や復興のために何が必要かなどの交渉を行った。「恋し浜ホタテ」をブランド化した持ち前の機動力と、社交的な性格を活かし、海外の要人にも臆することなく、対話したことが功を奏した。</p>



<p>海外からの支援のおかげで2014年には地盤沈下した漁港が整備され、小石浜に荷捌き所が完成。沿岸の中でも復興のスピードは早いほうだった。漁港や荷捌き所の復興とともに養殖を進めていたホタテも出荷の時を迎え、2014年、荷捌き所でホタテの貝殻の掃除や、仕分けをして、質の良いホタテを出荷できるようになった。</p>



<p>支援団体から「恋し浜ホタテを知らなかったらここに来ることもなかったかもしれない」と言われたという。佐々木さんは「（恋し浜ホタテを）始めた当初は『何やろうとしてるんだ』と言われたこともあったけど、やっていて良かったと思う」と話し、支援や人のつながりに感謝する。</p>



<h3 class="wp-block-heading">妻のイザベルさんと海へ</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/11/iwate-gyogyoushikai-43.jpg" alt="" class="wp-image-53528" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/11/iwate-gyogyoushikai-43.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/11/iwate-gyogyoushikai-43-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/11/iwate-gyogyoushikai-43-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>佐々木さんは、妻のイザベルさんと震災後に知り合った。フランスの内陸出身のイザベルさんは、子どもの頃から空手の稽古をしており、日本の文化に興味を抱いて育った。日本の大学を卒業し就職したイザベルさんは震災後、大船渡にボランティアとして何度も足を運んだ。当時東京で仕事をしていたイザベルさんだったが、大船渡は第二の故郷のような存在となっていった。</p>



<p>震災後、通訳として、佐々木さんの取材に同行したこともあったという。2020年には佐々木さんと結婚。現在は、観光ガイドや通訳をしながら、佐々木さんと一緒に海へ漕ぎ出し漁師をしている。</p>



<p>「フランスでは、魚介類はあまり食べない方でしたが、ホタテは好きでした。でも、恋し浜ホタテを食べたらびっくり（笑）『なんて美味しいの？』って思いました」と陽気に笑う。</p>



<h3 class="wp-block-heading">海は大船渡とヨーロッパをつなぐ</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/11/iwate-gyogyoushikai-16.jpg" alt="" class="wp-image-53529" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/11/iwate-gyogyoushikai-16.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/11/iwate-gyogyoushikai-16-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/11/iwate-gyogyoushikai-16-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>フランスではホタテのことを「コキーユ･サンジャック」と呼ぶ。これは「ヨーロッパホタテ」と言い、厳密には日本のホタテとは種が違う。だが、フランスから遠く離れた日本の三陸沖では時折、採苗器の中にコキーユ･サンジャックが入っていることもあるという。日本のホタテより、少し貝殻がふっくらした形でボッティチェッリの絵画「ヴィーナスの誕生」で描かれている貝がそれである。</p>



<p>つまり、海はつながっている。そう考えると「恋し浜ホタテ」のストーリーに海の男のロマンを感じる。</p>



<h2 class="wp-block-heading">これからも質の良い「恋し浜ホタテ」を届ける</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/11/iwate-gyogyoushikai-27.jpg" alt="" class="wp-image-53530" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/11/iwate-gyogyoushikai-27.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/11/iwate-gyogyoushikai-27-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/11/iwate-gyogyoushikai-27-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>地球温暖化は海にも多大な影響を及ぼしている。親潮（寒流）と黒潮（暖流）がぶつかる場所が、北上しているのだ。暖流の勢力が強く、本来なら茨城沖で取れるはずの伊勢海老の漁場も北上しているという。</p>



<p>ホタテは寒い環境を好む。水温が5℃を下回ると冬眠するホタテは冬眠後、水温が上がったときに栄養を摂って大きくなる性質がある。近年は、温暖化で水温が5℃を下回ることがなくなってきた。冬の海水温が下がらないため、ホタテは冬眠の機会を失ってしまう。夏の疲れが癒えぬまま、次の夏がやってくるようなものだ。中には、大きく育たないまま死んでしまうものもある。</p>



<p>漁師の仕事は自然が相手だ。環境の変化によって次の年がどうなるかわからない。それでも「俺たちはホタテを諦めない」と話す佐々木さん。「恋し浜ホタテ」の質を守り続けたいと力を込める。たとえ海が変わったとしても、漁師としての矜持を持ち、海で生きる。腕組みして海を見つめる佐々木さんの横顔に使命を背負う者の覚悟を感じた。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/53511/">「恋し浜ホタテ」に、海の男のロマンをみる。漁師･佐々木淳さん／岩手県大船渡市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
					<wfw:commentRss>https://nihonmono.jp/article/53511/feed/</wfw:commentRss>
			<slash:comments>0</slash:comments>
		
		
			</item>
		<item>
		<title>“生きた味”を極め、高品質の魚を届ける伝説の漁師。「蛭子丸」代表･藤本純一さん／愛媛県今治市</title>
		<link>https://nihonmono.jp/article/52935/</link>
					<comments>https://nihonmono.jp/article/52935/#respond</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 03 Jul 2025 10:24:05 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[漁業]]></category>
		<category><![CDATA[神経締め]]></category>
		<category><![CDATA[ゴ･エ･ミヨ2021]]></category>
		<category><![CDATA[テロワール賞]]></category>
		<category><![CDATA[赤吉]]></category>
		<category><![CDATA[ローカル水産ガストロノミー]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://nihonmono.jp/?p=52935</guid>

					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/E_003.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>愛媛県今治市･大島。宮窪（みやくぼ）漁港をはじめ、来島海峡の激しい潮流の中で育つ魚介類が豊富な漁師町だ。この地域で18歳から漁師として活躍する藤本純一さんは、若くして「伝説の漁師」と呼ばれている。なぜ藤本さんの魚は日本･ [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/52935/">“生きた味”を極め、高品質の魚を届ける伝説の漁師。「蛭子丸」代表･藤本純一さん／愛媛県今治市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/E_003.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>愛媛県今治市･大島。宮窪（みやくぼ）漁港をはじめ、来島海峡の激しい潮流の中で育つ魚介類が豊富な漁師町だ。この地域で18歳から漁師として活躍する藤本純一さんは、若くして「伝説の漁師」と呼ばれている。なぜ藤本さんの魚は日本･世界のトップシェフ達から信頼され、求められているのか。</p>



<h2 class="wp-block-heading">鮮度のいい魚を“作って届ける”</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/E_005.jpg" alt="" class="wp-image-52936" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/E_005.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/E_005-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/E_005-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>藤本さんの魚を扱うトップシェフたちが「藤本さんの魚はほかと違う」と言う。同じ産地、仮に同じ個体だったとしても獲る人によって味や鮮度、身質に違いが出るのはなぜか。世界的に見れば、日本の市場の鮮度管理はトップクラスにある。しかし、魚に与えるストレスまで配慮し、神経締めを施す処理をされた魚は市場でも数少ないだろう。藤本さんは、獲った時点で100点の魚を鮮度と身質を微調整しながら、100点に限りなく近い状態で各シェフへ届けることを追求している。これが、ほかと明確に一線を画すクオリティの秘密だ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">魚にストレスを与えず、適切に処理を施す</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/E_020.jpg" alt="" class="wp-image-52937" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/E_020.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/E_020-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/E_020-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>処理前に活発に暴れた「イカっている」魚は、筋肉に乳酸が蓄積し、内出血による悪い血が巡ることで、酸味や臭みが出やすくなると一般的に言われている。しかし魚にストレスを与えずに休ませる工程と、藤本さんが適切な締め方で処理を施すことで、筋肉内の乳酸や血液成分は穏やかに分解され、魚本来の甘みや深い旨味が引き出される。</p>



<p>藤本さんは鮮度の良さを測る指標として「死後硬直までの時間」を挙げている。一般的な魚は死亡後3〜5時間ほどで死後硬直が始まるのに対し、藤本さんの手法を施した魚は30時間近く“身が生きた状態”を保つという。この差を生むのは、魚に与えるストレスを最小限に抑え、最適なタイミングで処理を施す緻密な技術と経験である。</p>



<h2 class="wp-block-heading">「神経締め」の第一人者</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/E_017.jpg" alt="" class="wp-image-52938" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/E_017.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/E_017-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/E_017-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>藤本さんの技術の代名詞ともいえるのが「神経締め」である。24時間以上生け簀で休ませた魚を追い込むことなく静かにすくい上げ、頭部を一撃して脳を潰し動きを止める。そして脊髄近くを通る神経にワイヤーを通し、脳から筋肉に信号が届かないようにすることで、死後硬直と腐敗を遅延させる。魚ごとに最適な締め方や潰す脳の位置は異なるが、藤本さんはそのすべてを的確に熟知しており、魚は締められている間もまったく暴れないという職人技を見せる。</p>



<p>血抜きも同時に行う。「血は旨味だから20％抜いて80％ほど残すのが適量。抜きすぎると旨味がなくなり、抜かな過ぎると生臭さが残る」。さらに熟成処理にも精通しており、熟成魚は周囲が始める何年も前から手がけていた。実際に藤本さんが処理したマナガツオは、80日ほど鮮度を保つこともある。</p>



<h3 class="wp-block-heading">漁師であり魚屋でもある、トップシェフと分かち合う魚の価値</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/E_031.jpg" alt="" class="wp-image-52939" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/E_031.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/E_031-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/E_031-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>漁師一家の4代目。幼少期から祖父の船に乗り、その日獲れた中で好きな魚を選ぶ。そんな目利きの英才教育で育った。漁師になってからも「魚を獲って、選び、締めて、食べるところまで」、とにかく自分自身がおいしいと思える魚を食べるための実験をひたすら一人で繰り返していた。26歳の時点では、神経締めを施した魚を豊洲市場へ出荷していたものの、神経締めの手法自体の認知度が低かったため、市場での高い評価にはつながらなかった。</p>



<p>転機は28歳の頃。大阪の料理人に魚を直接届けたところ、その鮮度と旨味が高く評価され、直接購入のオファーを受ける。これを機に「量の大小に左右されず、自らの価格で魚を買ってくれる市場で勝負する」という方針を打ち立て、営業活動は行わず料理人同士の横のつながりとクチコミのみを通じて販路を拡大。現在では、全国約300軒のトップレストランで藤本さんの魚が提供されている。2021年にはレストランガイド「ゴ･エ･ミヨ2021」のテロワール賞を受賞。</p>



<h3 class="wp-block-heading">料理人のための漁師直送</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/E_029.jpg" alt="" class="wp-image-52940" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/E_029.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/E_029-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/E_029-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>地元･今治市のしまなみ海道にあるミシュラン一つ星鮨店「赤吉」。大将の赤瀬淳治さんと藤本さんは、互いの魚を扱う技術や知識を認め合い、ともに地域の魚の魅力を発信し続ける仲だ。そんな赤瀬さんは、藤本さんの扱う魚を「同じ生け簀の魚でも、藤本さんが獲って締めたものはわかる。晴天のように澄んだ旨味が広がる」と評する。それに対し「その違いがわかる人はごくわずか」と藤本さんは笑う。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/E_041.jpg" alt="" class="wp-image-52941" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/E_041.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/E_041-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/E_041-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>こだわり抜いた魚の価値を伝えるには、単に「最上級だ」と言うだけでは不十分だ。取引前に食べ比べてもらい、実感してもらうことが条件。その後に本当の取引が始まる。藤本さんは魚を卸す店に足を運び、シェフのイメージに寄り添い、魚の仕上がりを調整する。市場流通ではできない、漁師ならではのきめ細かなマッチングが強みだ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">高鮮度を極めた、ハイエンド食体験</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/E_001.jpg" alt="" class="wp-image-52942" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/E_001.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/E_001-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/E_001-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>どれだけ鮮度にこだわっても、流通の面では限界がある。藤本さんと赤瀬さんらはチームを組み、「赤吉」をまるごと貸し切る間借りレストラン「虹吉」を立ち上げた。産地である今治･しまなみへと客を招き入れ、旬の獲れたての魚を最上級の状態で仕上げて提供する場の実現だ。調理を担うのは、藤本さんの魚に魅せられた多彩なジャンルの全国トップシェフたち。産地ならではの素材を最大限に引き出すことで、「ローカル水産ガストロノミー」という新たな美食体験を切り拓いている。さらに「虹吉」は次のステップへ進化を遂げ、ハイエンドな食体験を楽しめる「オーベルジュ藤本」として、2026年のオープンを予定。獲れたての魚が放つ「生きた味」には、何ものにも代えがたい魅力がある。</p>



<h2 class="wp-block-heading">世界を目指し、文化として伝承する</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/E_032.jpg" alt="" class="wp-image-52946" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/E_032.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/E_032-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/E_032-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>藤本さん一人では漁獲量や取引先の数に限界があることを感じながら、地元の人たちで展開できる仕組みづくりにも着手し始めている。漁と、培ってきた魚のクオリティに関する知識や技術を地元漁師たちに伝え、最終的には自分が愛媛に必要とされない存在になることを目指しており、その視線の先にはすでに世界市場がある。</p>



<p>世界各地に流通する魚は、クオリティが高いとされる日本市場に比べると、必ずしも最良の状態で届けられているとは言い難い。藤本さんは実際に海外の漁船に乗り込み、魚を最高の状態で締める技術を直接伝え、その魚が現地のトップシェフたちによって最高の料理へと仕上げられる未来を思い描く。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/E_025.jpg" alt="" class="wp-image-52943" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/E_025.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/E_025-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/E_025-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>極めた「魚を締める」という文化を、ジャパンクオリティとして世界へ広げていくこと。そのためには、単発的な取り組みではなく、文化として定着させることが不可欠。漁師たちが生み出す魚の価値を高め、それを適正に評価し、買い支える仕組みを築くことで持続的な文化継承が可能となる。</p>



<p>藤本さんの最終的な目的は「世界で一番おいしい魚を食べること」。昔から好奇心をもとに続けてきた漁師としての実験の延長線上にある。その目標を達成し、自らの手がけた魚が世界一であることを確かめることができれば、思い残すことはないと話す。世界を視野に展開し、美食の世界においても、藤本さんの挑戦はその影響力をますます大きくしていくだろう。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/52935/">“生きた味”を極め、高品質の魚を届ける伝説の漁師。「蛭子丸」代表･藤本純一さん／愛媛県今治市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
					<wfw:commentRss>https://nihonmono.jp/article/52935/feed/</wfw:commentRss>
			<slash:comments>0</slash:comments>
		
		
			</item>
		<item>
		<title>古来からの海の恵み“房州黒あわび”を未来へ。「東安房漁業協同組合」／千葉県南房総市</title>
		<link>https://nihonmono.jp/article/52303/</link>
					<comments>https://nihonmono.jp/article/52303/#respond</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 24 Feb 2025 11:20:42 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[漁業]]></category>
		<category><![CDATA[黒あわび]]></category>
		<category><![CDATA[千葉県南房総市]]></category>
		<category><![CDATA[東安房]]></category>
		<category><![CDATA[伊勢海老]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://nihonmono.jp/?p=52303</guid>

					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/02/HIgashiawaJF_DSC0382.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>千葉県は首都圏に近いながらも三方を海に囲まれ、沖合を流れる黒潮、親潮の影響により昔から漁業が盛んで多種多様な魚介類が水揚げされている。なかでも、ここ南房総にある千倉地域ではアワビの漁獲量が全国でもトップクラスを誇る。東安 [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/52303/">古来からの海の恵み“房州黒あわび”を未来へ。「東安房漁業協同組合」／千葉県南房総市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/02/HIgashiawaJF_DSC0382.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>千葉県は首都圏に近いながらも三方を海に囲まれ、沖合を流れる黒潮、親潮の影響により昔から漁業が盛んで多種多様な魚介類が水揚げされている。なかでも、ここ南房総にある千倉地域ではアワビの漁獲量が全国でもトップクラスを誇る。東安房（ひがしあわ）漁業協同組合の取り組みを通して黒アワビの品質価値向上や資源管理の取り組みについて迫った。</p>



<h2 class="wp-block-heading">日本一、夏が旬の房州黒あわび</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/02/HIgashiawaJF_DSC0313.jpg" alt="" class="wp-image-52304" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/02/HIgashiawaJF_DSC0313.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/02/HIgashiawaJF_DSC0313-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/02/HIgashiawaJF_DSC0313-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>南房総地域の沿岸にはいくつもの磯根といわれる岩礁地帯が点在し、その磯根にはアワビやサザエなどが好んで食べるカジメやアラメといった多くの海藻類が繁殖していることで国内の一大産地となっている。<br>房州地域の黒アワビは奈良時代の木簡にもその名が残される歴史的な特産物で、当時は生で運ぶ技術がなかったため、アワビを干して短冊状にした、のしアワビを送っていたが、これが現在の熨斗袋（のしぶくろ）の由来とされている。</p>



<p>平成23年3月に地元2市の4漁業が新設合併し東安房漁業協同組合が発足した。首都圏に近い優位性を生かし高鮮度の魚や水産加工品を提供。ここで水揚げされる殻長12センチ以上の黒アワビは千葉県のブランド水産物に認定されている。<br>この地で獲れる黒アワビは市場では最高級品と呼び声が高く、身がぎっしりと詰まり、味は濃厚で口に入れた瞬間から磯の香が広がる逸品でもある。千葉県のアワビ類の令和4年魚種別漁獲量は60トンで全国4位。なかでも東安房漁業協同組合管内での水揚げは千葉県の半分以上を占めるという。</p>



<p>また、黒アワビの他に赤アワビやサザエ、そして伊勢エビも漁獲されるなど、全国屈指の好漁場である理由が、藻場（もば）の著しい衰退や消失した状態となる「磯焼け」がないことが挙げられる。<br>磯焼けの原因は地域や環境により異なるが、近年急速な磯焼けの進行として指摘されるのが温暖化による海水温の上昇だ。ウニや植物性魚類など、海水温が上昇することで活発に活動。藻場が回復できないほどの食害を引き起こしてしまう。</p>



<p>千葉県が発表した「藻場の保全･回復に向けた取組方針（外房海域編）」では、この地域の藻類の長期的消失は認められておらず海域のほぼ全域に分布していたのに対し、隣接する内房海域では藻場の面積の減少が報告されている。これは日本各地の漁場などでも見られる状況である。調査手法が異なるため精確な比較はできないが、国や自治体が現地確認や衛生画像を解析して調べた結果、全国の藻場は1989年度から1992年度にかけ実施された調査では20万1212ヘクタールだったのに対して、2018年度から2020年度にかけては16万4340ヘクタールと減少傾向にある。減少の規模を千葉県内の市町村で表すと、総面積約368平方キロメートルの市原市がまるごと入る大きさ。この規模の藻場が約30年の間に消失してしまったということだから、今後に向けたモニタリングや警戒、そして、これに伴う対策は必須と言える。</p>



<h3 class="wp-block-heading">千倉地域の漁期</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/02/HIgashiawaJF_DSC0063.jpg" alt="" class="wp-image-52305" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/02/HIgashiawaJF_DSC0063.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/02/HIgashiawaJF_DSC0063-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/02/HIgashiawaJF_DSC0063-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>千葉県が定めたアワビ漁期は4月1日から9月15日までだが、千倉地域での漁期は5月1日から9月5日と1ヵ月も短く設定されている。これもすべて乱獲を防ぐためのものだ。主に漁獲あまによる潜水漁法が行われ、水深およそ5メートルの浅瀬で漁獲される。ウエットスーツを使用した長時間潜水による漁獲は禁止とし、自分たちの手で限りある資源を分け合うことで漁場を守っている。</p>



<p>また、あまには男女の区別があり、男性は海士、女性は海女と書く。この地域の潜水漁業者は、ほとんどが海士である。昭和46年にあまの団体が設立された当初は男女で240名が登録されていたが、あまの高齢化が進み、労働環境の厳しさや若いあまのなり手がないことなどの理由で、現在は35名の海士のみだという。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/02/HIgashiawaJF_DSC0431.jpg" alt="" class="wp-image-52306" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/02/HIgashiawaJF_DSC0431.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/02/HIgashiawaJF_DSC0431-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/02/HIgashiawaJF_DSC0431-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>素潜りでの潜水漁法は漁業技術だけでなく自然の助けも必要となる。潮の流れの早さ、底潮の冷たさ、濁りにも左右されるなど操業日数も限られてしまう。そして成長した黒アワビは岩礁の限られた場に単独で付くことが多く、たくさんの数を獲るには難しい貴重な海の宝でもある。<br>しかし、1970年代には深さ20メートルほどに生息するマダカアワビを、長時間潜れるヘルメット潜水で行い過剰な漁獲がもたらした乱獲となり、この地域では、直近の3年間、漁獲ゼロ。幻のアワビとなっている。</p>



<p>こうした苦い経験を踏まえ、あまの漁場を守るための想いは強く「資源管理こそが未来の漁業を支えていくこと」と、資源増殖に関する活動もいち早く取り組まれてきた。<br>東安房漁業協同組合の鈴木仁志参事は「技術の進歩で操業が楽になるかもしれませんが、漁場<s>者</s>の資源が枯渇してはいけないという一人ひとりの意識が強くなり、現在の漁の形が決まっていったと思います」と口にした。<br>そのため東安房漁業協同組合では、海中でアワビの寸法を測る尺棒（しゃくぼう）という漁具を使用し大きさの判別を行い、殻長12センチ以下のアワビは種類を問わず海に帰すルールを徹底している。</p>



<h2 class="wp-block-heading">魚価の安定を図る畜養</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/02/HIgashiawaJF_DSC0307.jpg" alt="" class="wp-image-52307" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/02/HIgashiawaJF_DSC0307.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/02/HIgashiawaJF_DSC0307-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/02/HIgashiawaJF_DSC0307-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>東安房漁業協同組合本所から車で3分ほど行った先に蓄養場がある。昭和40年代にこの場所で始まったとされる蓄養は、コンクリート製の水槽が何個も並び、海水を汲み上げ冷却し酸素を送り込み循環させる。</p>



<p>畜養場の役割として、アワビの稚貝の中間育成や漁で獲れた個体の一時ストック、漁で傷ついた個体を回復させているほか、沿岸で獲れたアワビやサザエ、伊勢エビがカゴに小分けされ畜え育てられている。時化（しけ）続きの時にも安定的に出荷する体制を整え「魚価の安定」を図っている。<br>また、小売店やホテル･旅館に漁協が直接卸し、ネット販売などでも間口を広げ、出荷体制を支える畜養場は、漁師の生活を守る一助になっている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">輸採方式による育てる漁業</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/02/HIgashiawaJF_DSC0302.jpg" alt="" class="wp-image-52308" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/02/HIgashiawaJF_DSC0302.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/02/HIgashiawaJF_DSC0302-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/02/HIgashiawaJF_DSC0302-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>黒アワビの稚貝を放流し、漁獲量を安定させ、アワビ漁を未来に残すため、じっくりアワビを育てる「3年輪採方式」により育てる漁業を千葉県は推進している。<br>この「3年輪採方式」は、昭和50年代に千葉県と漁業者、そして東安房漁業協同組合の前身である千倉町南部漁業協同組合が調査、研究し、黒アワビの稚貝を放流することにより漁獲量を安定させ、アワビ漁を未来に残すために思考錯誤しながら取り組んできた手法だ。<br>この輪採方式は、1年目にはAのエリアに稚貝を放流し、2年目にはBのエリア、3年目にはCのエリアというように3カ所に漁場を分け、3年間の育成期間を経てから収穫して放流を繰り返す、一定の水揚げ量を確保する取り組みだ。</p>



<p>その当時、漁協組合職員でもあった植木泰滋参事を中心に漁業者と何度も話し合いを重ね同意を得ると、その後は調査や漁場試作に挑んだ。「アワビをどこに放せば外敵から襲われずにすむか」など、生態を知り尽くした地元のあまが協力。潮に流されない形や重さなど何度も試作を重ね、平板と言われるコンクリートブロック（80センチ×60センチ）にたどり着く。<br>そしてアワビが住みやすいよう5センチの足を付けるなど千倉町南部漁業協同組合オリジナルの平板を制作すると1漁場に1200枚以上設置。大きく成長した黒アワビがたくさん水揚げされたことで「これはやりがいのある取り組みだ」とあまの士気は上がり、輪採方式も可能なことが分かったことは漁業に携わる人々に大きな成果を残した。</p>



<p>鈴木参事は「今の形になるまでは相当、苦労したと聞いています」と先駆者たちに思いを馳せると「1年間、稚貝を育て、それを海に放流し、住処を作ることで生き残った黒アワビが産卵をすれば当然、天然の数は増え回収率は上がります」と続けた。<br>また、輪採方式で3年間、海で育った黒アワビは天然同等の味になるとのこと。作り育てる漁業の推進につながっているのだ。同じく外房の他地域でも、この方式が取り入れられるなど、全国でも磯根漁業が盛んな地域から関心が向けられている。<br>こうした水揚げの維持がアワビ漁を営むあまに安定した収入をもたらしたことが評価され、平成28年に「第9回海洋立国推進功労者表彰」の水産振興部門で内閣総理大臣賞を受賞した。</p>



<h3 class="wp-block-heading">4年輪採方式の導入</h3>



<p>近年、東安房漁業協同組合ではより大きくアワビを育て付加価値を上げるため、輪採期間を1年増やし、4年輪採方式に取り組んでいる。<br>千葉県もこれを後押しする。単価の高い大型アワビの漁獲による収益増加や産卵機会を増やすことで天然資源の増加が期待できる４年輪採方式への転換を支援し、輪採漁場の生産性を高めるために必要な漁場環境の把握や適正な平板の配置、効率的な害敵駆除など技術的なサポート支援も行っている。</p>



<p>メリットは従来の3年輪採方式よりもサイズが大きいこと。1年禁漁を増やすことで殻長制限となる12センチ以下となるアワビの割合がかなり下がり、放流した黒アワビが最低一回は産卵を行うことで資源の増大へとつながる。そして頻繁に平板を起こすことがないためアワビのストレスは減り、漁場に留めることができる。<br>先駆者からのバトンを受け継ぎ、獲るから育てる漁業へのシフトチェンジは一定以上の成果を上げていると言えるだろう。</p>



<h3 class="wp-block-heading">地場産業の魅力を伝える</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/02/HIgashiawaJF_DSC0006.jpg" alt="" class="wp-image-52309" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/02/HIgashiawaJF_DSC0006.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/02/HIgashiawaJF_DSC0006-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/02/HIgashiawaJF_DSC0006-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>一方で、切実な課題となるのが漁業者の減少や高齢化問題でもある。聞けばこの地域のあまの年齢層は若くて40代、年配で70代だという。生涯現役で海に出ることができる職業ではあるが、特定水産物のアワビを獲るためには、漁業権が設定されているため漁業の組合になる必要がある。試験などはないが地域に住み、海を熟知し資源管理の意識がある人が認められる。</p>



<p>担い手が不足している中で「地域おこし協力隊であまを募集しています。3年間の任期において、一人立ちする取り組みをしています」と鈴木参事は口にすると「興味がある人も増えてきていると聞きます」と続けた。<br>また、東安房漁業協同組合は、この地域の小学生の体験学習の場として畜養場を提供するなど地場産業を未来へ残すための啓発活動などを実施することで魅力を伝えていく。</p>



<h2 class="wp-block-heading">房州黒あわびのこれから</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/02/HIgashiawaJF_DSC0372.jpg" alt="" class="wp-image-52310" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/02/HIgashiawaJF_DSC0372.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/02/HIgashiawaJF_DSC0372-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/02/HIgashiawaJF_DSC0372-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>東安房漁業協同組合が、いけすを設けて漁師から海産物を買って下支えをする。これは全国でも珍しいケースだ。一方では営業能力で劣ってしまうと経営がなりたたなくなるため、国内市場での流通をさらに一歩進めチャレンジしていくことが必要だ。<br>そのためには、ブランド力の強化を図りながら、多くの人に房州黒あわびの魅力を知ってもらうことが重要になる。</p>



<p>黒アワビは磯根に生息するため数は限られ成長するまで時間を要する。人と海、黒アワビとの長い関わり合いを、先人たちは様々な知恵で付き合う術を学んできた。「人が手を加えながら自然が与えてくれた恩恵をありがたく獲らせていただく」という思いを、次の世代に繋げていく。東安房漁業協同組合の職員は、今もこれからも目指すのは「房州黒アワビの漁業者の収益が上がり、若い人が地場産業への興味と関心、そして地元への愛着心と活性化につなげることだ」という。<br>鈴木参事は「資源管理をしながら、奈良時代からブランド化していたものを残していきたいですし、漁業者や水揚げ量をキープし、食べていける産業として、この地域の伝統を残したいと思っています」と前を向き語った。</p>



<p>環境変動や担い手問題など、これから課題は出てくることだろう。しかし、アワビ漁を未来に残すために漁場造成や輪採方式という取り組みに挑戦し尽力してきた数多くの人たちがいる。アワビ漁とあま文化の灯火は消えることはないだろう。</p>



<p>この機会に、ぜひ一度、日本一の品質を誇る房州黒アワビを食して欲しい。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/52303/">古来からの海の恵み“房州黒あわび”を未来へ。「東安房漁業協同組合」／千葉県南房総市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
					<wfw:commentRss>https://nihonmono.jp/article/52303/feed/</wfw:commentRss>
			<slash:comments>0</slash:comments>
		
		
			</item>
		<item>
		<title>海苔漁師の手から海苔を食卓へ。「アリアケスイサン」古賀哲也さん／福岡県大川市</title>
		<link>https://nihonmono.jp/article/47394/</link>
					<comments>https://nihonmono.jp/article/47394/#respond</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 26 Jun 2024 01:00:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[海苔]]></category>
		<category><![CDATA[養殖]]></category>
		<category><![CDATA[福岡県]]></category>
		<category><![CDATA[福岡]]></category>
		<category><![CDATA[有明海]]></category>
		<category><![CDATA[有明海苔]]></category>
		<category><![CDATA[紫彩]]></category>
		<category><![CDATA[宝の海]]></category>
		<category><![CDATA[漁業]]></category>
		<category><![CDATA[海苔養殖]]></category>
		<category><![CDATA[筑後川]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://nihonmono.jp/?p=47394</guid>

					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/ariake_006-2-1024x819.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>日本有数の海苔の産地、有明海。九州4県に囲まれた内海で、筑後川など多くの流入河川から栄養素が流れ込むため、豊穣な海として知られている。そんな有明海を漁場に海苔の養殖業を営むのは、福岡県大川市にある「アリアケスイサン」の古 [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/47394/">海苔漁師の手から海苔を食卓へ。「アリアケスイサン」古賀哲也さん／福岡県大川市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/ariake_006-2-1024x819.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>日本有数の海苔の産地、有明海。九州4県に囲まれた内海で、筑後川など多くの流入河川から栄養素が流れ込むため、豊穣な海として知られている。そんな有明海を漁場に海苔の養殖業を営むのは、福岡県大川市にある「<a href="http://ariakesuisan.com/" target="_blank" rel="noopener" title="">アリアケスイサン</a>」の古賀哲也さん。海苔の養殖から加工、販売までを一貫して行う古賀さんの姿を通して、有明海の魅力、そして海苔のおいしさの理由に迫る。</p>



<h2 class="wp-block-heading">有明海特有の環境が海苔養殖に好適</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/ariake_031-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-47395" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/ariake_031-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/ariake_031-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/ariake_031-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/ariake_031.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>






<p>パリッ、とろり。歯切れがよく、口の中に入れた瞬間、磯の香りと旨みが鼻腔にふわり。「やっぱり有明海の海苔は違うね」と、皆が口を揃える。そんな“やっぱり”という評価の裏には、有明海が「宝の海」といわれる恵まれた環境と海苔漁師たちの矜持があった。</p>



<p>九州北部に位置する九州最大の湾、有明海。長崎、佐賀、福岡、熊本の4県に囲まれ、南に開いた湾口が狭い閉鎖性海域である。<strong>干満差（満潮と干潮の潮位の差）に関しては最大で6mと日本一</strong>で、1日2回の干潮時には広大な干潟が出現。ムツゴロウをはじめとする干潟生物が生息するなど、特有な生態系を持っていることでも有名だ。</p>



<p>さらに、<strong>阿蘇山を水源とする筑後川をはじめ、大小100を超える河川が有明海に流れ込み、淡水と海水が混ざり合って海苔養殖に適した塩分濃度となる。</strong><span class="swl-marker mark_yellow">海苔の成長に必要な光合成が促される大きな干満差も相まって、海苔養殖に最適な環境であると、昭和40年代には全国屈指の生産地となった。</span>まさに、宝の海である。品質の良さもあり、有明海産の海苔は日本が誇る名品へと成長した。</p>







<h2 class="wp-block-heading">日本一の干満差を生かした海苔づくり</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/ariake_089-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-47396" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/ariake_089-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/ariake_089-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/ariake_089-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/ariake_089.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>






<p>有明海で海苔養殖が本格的に始まったのは昭和30年前後のこと。江戸時代に日本で最初に海苔養殖が始まったとされる東京湾よりもずっと後のことである。有明海で海苔養殖が盛んになり始めたころ、東側の沿岸、福岡県大川市で古賀さんの祖父が海苔養殖をスタートさせた。</p>



<p>有明海では、<strong>干満の差を最大限に生かした「支柱式」と呼ばれる養殖方法</strong>を採用している。<span class="swl-marker mark_yellow">潮が引き、<strong>海苔が寒風にさらされると同時に、天日干しの状態になることでアミノ酸が増加</strong>。旨みが強く、香り高い海苔へと成長するという。</span>海苔漁師たちは海の状況を見ながら、海苔網の高さを20 cm単位で変え、海苔が太陽と風に当たる時間を調整。光合成によるアミノ酸の生成や、海苔の成長の度合いをコントロールしている。</p>



<p>有明海の海苔の養殖シーズンは、秋から春にかけての寒い時期。毎年9月頃に支柱を立て、10月から海苔の胞子付きの牡蠣殻を吊るした海苔網を海面に張るという「種付け（採苗）」を行う。初収穫はそのおよそ1ヶ月後だ。そのときに収穫したものは<strong>「一番摘み海苔」</strong>と呼ばれ、その柔らかな食感と風味の良さ良さから高値で取引される一級品に。地元では「ハナ海苔」とも呼ばれている。</p>



<p>一番摘みを終えた後も、同じ網で再び収穫。さらに、何度か収穫した後、次の海苔網に張り変えて2回目の一番摘みを迎え、そして同様に収穫を繰り返し、翌年の3〜4月頃まで収穫を行うのが主なサイクルだ。</p>






<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/ariake_045-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-47397" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/ariake_045-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/ariake_045-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/ariake_045-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/ariake_045.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>






<p>同じ有明海といえども、その年の気候条件、場所による潮の流れ、海の深さなど、海のコンディションはその都度、場所ごとに異なる。<span class="swl-marker mark_yellow">つまりそのコンディションが海苔の品質を左右するほど、影響力を持つのだ。</span>ただし、網を張る場所は毎年くじ引きで決定するのが習わし。希望の場所で養殖できるかは運次第というわけだ。</p>



<p>しかし、「与えられた環境でいかに良質な海苔を育てられるか、そこが漁師の腕の見せどころです」と語る古賀さん。たとえば、潮の流れが速い場所に当たると質の良い海苔が育つ可能性が高いが、船上作業は難しく、手間もかかるという。その場合、古賀さんは通常よりも漁場を頑丈にして漁期に備えるなど、漁師の経験値を働かせ、その年に引き当てた漁場での勝負に臨むのだ。</p>







<h2 class="wp-block-heading">逆境の末に行き着いた、オリジナル商品の開発</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/ariake_124-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-47398" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/ariake_124-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/ariake_124-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/ariake_124-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/ariake_124.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>






<p>アリアケスイサンの3代目である古賀さんは、学生の頃から家業を手伝い、大学卒業後に父親の勧めでこの道へ。「最初は海苔の仕事が好きになれず、しぶしぶやっていました。しかし、自分が作った海苔を商品として販売する機会があり、お客様と直接やりとりする中で、おいしさで期待に応えたいと品質への責任を強く実感。私の中の潮目が変わった瞬間でした」と振り返る。</p>



<p>有明海の海苔漁師の多くが、収穫したすべての海苔を漁協に出荷していた中、アリアケスイサンではオリジナル商品を製造、販売。商品が生まれた背景には、社会情勢の変化、漁業環境の悪化などがあった。</p>



<p>1990年代以降、バブル崩壊の波が九州にも押し寄せる。さらに1997年には諫早湾干拓事業で長崎県諫早市側の湾の締め切りにより、有明海の漁業環境が悪化。宝の海を異変が襲う。加えて、大量生産かつ画一的な製品づくりが生産者側に定着化していたことも状況を深刻化させ、産業として下降の一途を辿ろうとしていた。</p>



<p>そんな折、古賀さんの父である先代は、新しい海苔づくりに挑む。現状を打破したいという強い思いが、新たな挑戦へと向かわせた。</p>







<h3 class="wp-block-heading">従来の製法に縛られない、海苔のおいしさの新境地へ</h3>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/ariake_166-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-47399" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/ariake_166-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/ariake_166-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/ariake_166-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/ariake_166.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>







<p>失敗と前進を繰り返し、3年が経過。根気強く、海苔の育成環境の改善、乾燥機の改良などを続け、完成したのが<strong>「紫彩（しさい）」</strong>だ。<strong>一番摘み海苔を裁断することなく摘んだ状態で乾燥</strong>。<span class="swl-marker mark_yellow">ザクザクっとした口当たりと、瞬時に口の中で溶けていく柔らかさが魅力だ。しかも、<strong>海苔そのものの栄養や旨み、ミネラル分が損なわれていない</strong>ことも大きな特徴である。</span></p>



<p>「紫彩」は、そのままスナック感覚で食べるもよし、パスタやお茶漬けのトッピングとして、さらには溶けやすいためスープの具にも最適。料理に使う際は仕上げに添えることで、海苔本来の風味を最大限に味わうことができる。従来の板海苔よりもアレンジの幅が広く、海苔レシピを考えるのも楽しい。</p>







<h3 class="wp-block-heading">香味良く焼き上げた板海苔も</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/ariake_148-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-47400" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/ariake_148-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/ariake_148-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/ariake_148-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/ariake_148.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>






<p>オリジナル商品は「紫彩」のほかに、<strong>一番摘み海苔を和紙のように漉き、香味良く焼き上げた板海苔「藻紙（そうし）」</strong>も販売。パリッとした食感、鼻に抜ける香ばしさと甘さを、塩むすびに巻いてシンプルに味わうのも良い。</p>



<p>自社商品は徐々に口コミで話題が広がり、現在では全国にファンを持つ製品へと成長。古賀さん自身も商品を通してお客様の声をダイレクトに聞けることが、日々の仕事の糧になっている。</p>







<h2 class="wp-block-heading">海苔漁師が見つめる有明海の未来とは？</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/ariake_085-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-47401" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/ariake_085-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/ariake_085-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/ariake_085-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/ariake_085.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>






<p>近年、有明海の海苔漁師たちは苦境に喘いでいる。少雨や赤潮による海の栄養不足で、2022年の秋から春のシーズンは記録的な不作に。「今年こそは」と意気込んだ2023年のシーズンも同様、2季連続の不作となり、古賀さんも落胆の色を隠せない。</p>



<p>これまで自然本来の力に強く支えられてきた海苔養殖。ただただ恵みの雨を願うだけでなく、この現状を打開すべく、人の力でできることを古賀さんも模索している。その中のひとつが、<strong>環境保全活動</strong>だ。</p>



<p><span class="swl-marker mark_yellow">「森の豊かな栄養素が川から海へ流れ込み、海を育ててくれているから」と、<strong>筑後川の清掃活動</strong>に力を入れている。そのほかにも、プランクトンの大量発生で海の栄養素が減ってしまうため、プランクトンを食べる二枚貝を増やす取り組みを行うなど、有明海全体でもさまざまな取り組みを実施。</span>再び来季に願いをかける。</p>



<p>さらに、有明海の海苔養殖を地域の産業として持続可能な形で発展させていきたいという思いから、SNSで情報発信を行うほか、マルシェなどのイベント出店や、ワークショップなどを開催。海の仕事、そして大川市のことを広く知ってもらい、地域に貢献したいと、福岡への移住希望者を対象にした海苔収穫などの職業体験にも力を入れている。海の中だけでなく、海以外の場所でも古賀さんの海苔漁師としての任務は続いていくのだ。</p>



<p>古来「宝の海」と呼ばれてきた有明海。これからも日本の食卓を支える海苔を、ここ有明海から届けてもらいたい。日本の「宝」であり続けるために、古賀さんの挑戦は続く。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/47394/">海苔漁師の手から海苔を食卓へ。「アリアケスイサン」古賀哲也さん／福岡県大川市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
					<wfw:commentRss>https://nihonmono.jp/article/47394/feed/</wfw:commentRss>
			<slash:comments>0</slash:comments>
		
		
			</item>
		<item>
		<title>しらすのうまみを閉じ込めた「生炊きしらす」の生みの親「マル伊商店」／愛知県南知多町</title>
		<link>https://nihonmono.jp/article/40024/</link>
					<comments>https://nihonmono.jp/article/40024/#respond</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 29 Jan 2024 01:00:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[しらす]]></category>
		<category><![CDATA[農林水産大臣賞]]></category>
		<category><![CDATA[佃煮]]></category>
		<category><![CDATA[イワシ]]></category>
		<category><![CDATA[漁業]]></category>
		<category><![CDATA[愛知県]]></category>
		<category><![CDATA[南知多町]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://nihonmono.jp/?p=40024</guid>

					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/batch_IMG_2613-1.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>知多半島を囲む三河湾・伊勢湾・太平洋で漁獲した新鮮な海産物を用いた加工食品を製造し、全国へお届けしている「マル伊商店」。国内でも希少な「生炊き」製法を採用したシラスの佃煮をはじめ、伝統を守りつつ最新技術も取り入れながら、 [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/40024/">しらすのうまみを閉じ込めた「生炊きしらす」の生みの親「マル伊商店」／愛知県南知多町</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/batch_IMG_2613-1.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p class="has-text-align-center"><strong>知多半島を囲む三河湾・伊勢湾・太平洋で漁獲した<br>新鮮な海産物を用いた加工食品を製造し、全国へお届けしている「マル伊商店」。<br>国内でも希少な「生炊き」製法を採用したシラスの佃煮をはじめ、<br>伝統を守りつつ最新技術も取り入れながら、地元の海の恵みを全国の食卓に届けています。</strong></p>



<p>しらすの一大産地である愛知県･南知多町で生まれた「生炊きしらす」をご存知だろうか。生の状態での扱いが難しいしらすの本来のうまみを残したまま、タレとともに甘く炊き上げた佃煮で、農林水産大臣賞も受賞している逸品だ。釜揚げしらすとも、しらす干しとも違う味わい。その秘密を、開発元である<a href="https://www.maruishouten.com/" title="">マル伊商店</a>の代表取締役社長･坂下史朗さんが教えてくれた。</p>



<h2 class="wp-block-heading">知っておくべき、三河湾のしらすのこと</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/marui_12-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-40030" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/marui_12-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/marui_12-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/marui_12-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/marui_12.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>






<p>愛知県知多郡にある南知多町。知多半島の南部に位置する、半島の先端とその沖合に浮かぶ篠島（しのじま）や、日間賀島（ひまかじま）といった島々からなる穏やかな町だ。三方を海に囲まれた漁業が盛んなこの地域に、水産加工や卸売業を営んでいるマル伊商店がある。4代目で代表取締役社長の坂下史朗さんは、「イメージがないかもしれませんが、実は愛知でもかなりの量のしらすが取れるんです」と話す。農林水産省による令和3年漁業･養殖業生産統計によると、確かに愛知は全体のシェアのうち約14％を占めていて、これは全国2位の数字だ。さらに、市町村単位で見れば南知多町のしらす漁獲量は全国1位を誇る<strong>しらすの町</strong>。</p>



<p>なぜ、この町がしらすの一大漁場となり得たのだろうか。その理由は<strong>しらすの親であるイワシの産卵時期</strong>。ここは湾の内側に伊勢湾と三河湾が交わり、渥美半島の向こうの外洋には太平洋がある。内湾と外洋では水温をはじめとした生育環境が異なるため、イワシの産卵の時期がちがう。そのため、ほかのエリアよりもしらす漁期が長いのだ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">一分一秒が勝負。しらすの命は鮮度にあり</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full is-resized"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/IMG_2002-1.jpg" alt="" class="wp-image-40033" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/IMG_2002-1.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/IMG_2002-1-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/IMG_2002-1-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>


<p>現在、マル伊商店がメインで取り扱っているしらすは、地元･師崎漁港（もろざきぎょこう）で水揚げされると、すぐに自社工場に運ばれてくる。しらすはとにかく足が早く、朝、水揚げされたものは夕方にはかなり鮮度が落ちて、臭いが出てくる。漁獲量が多い南知多では、<strong>その日のうちに生のままのしらすを全量消費することが難しく、しらす干しや佃煮などの日持ちする商品に加工して出荷する必要があった。</strong>同社でも「生しらす」はすぐに販売できる範囲でしか扱わず、「釜揚げしらす」「しらす干し」「ちりめんじゃこ」といった加工品を中心に製造し、全国各地のスーパーなどへ流通させていたのだが、とあるオリジナル商品の誕生により、しらす業界でも一目を置かれる存在となる。</p>



<h2 class="wp-block-heading">「生炊きしらす」は、しらすの食感とうまみを生かした佃煮</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full is-resized"><img decoding="async" width="451" height="301" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/29d3bc99193cb0b837fb8cc53f050ae5.jpg" alt="" class="wp-image-40036" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/29d3bc99193cb0b837fb8cc53f050ae5.jpg 451w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/29d3bc99193cb0b837fb8cc53f050ae5-300x200.jpg 300w" sizes="(max-width: 451px) 100vw, 451px" /></figure></div>

<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full is-resized"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/batch_IMG_2613-1.jpg" alt="" class="wp-image-40037" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/batch_IMG_2613-1.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/batch_IMG_2613-1-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/batch_IMG_2613-1-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>


<p>マル伊商店は1908年に創業した水産物の加工会社。地元･三河湾や近隣の伊勢湾、そして太平洋で獲れる水産物を加工･販売しており、1991年には直売所もオープン。その後は自社ブランドの製品開発にも力を入れてきた。なかでも看板商品となっているのが<strong>「生炊きしらす」</strong>。耳なじみのない商品名だが、<strong>生のまま炊き上げたしらすの佃煮</strong>のことで、2009年には農林水産大臣賞を受賞した逸品だ。</p>



<p>一般的にしらすの佃煮と言えば、釜揚げしらすのように、加熱処理を行ったしらすをタレと一緒に煮詰めて作られる。だが、生炊きしらすの場合は火を通していない、文字通り“生”の状態のしらすをそのままタレと一緒に煮詰めていく。そうすることで、しらす本来の味をそのまま生かすことができるのだという。「一度茹でると、魚なのでどうしてもだしが出てしまう。生から炊くことで魚本来の味がしっかり残るんです。臭みも出ないですし、柔らかい食感が好評です」と坂下さんは胸を張る。</p>



<h3 class="wp-block-heading">“よくある佃煮”とは違う、その製法を知る</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/marui_17-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-40040" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/marui_17-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/marui_17-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/marui_17-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/marui_17.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>


<p>しらすのような小さい魚を、生から炊き上げるのは難しいと言われている。生の状態だと魚が含んでいる水分が多く、形が崩れやすいからだ。最初にしらすよりも大きくて鮮度持ちがよく、南知多でも多く取れるイカナゴを使って生炊きの佃煮を作ってみると、無事に成功した。しかし、イカナゴの漁期は短く、量産には適していなかった。そこで漁獲量が多く、漁期も長いしらすを使った生炊きの佃煮を作ることにした。</p>



<p>しかし、開発当初は失敗の連続。まずは小さな家庭用の鍋から試作を重ね、しらすが煮崩れず、タレの味がしっかりとついた納得の仕上がりになるまで試行錯誤したそうだ。形を崩さずに炊きあげるためには適切な火力が必要だが、それ以上に最も重要なことは鮮度だという。鮮度が落ちたものはすぐに形が崩れる。だから、目の前で揚がった新鮮なしらすを1分1秒でも早く加工しなければならないのだ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">試行錯誤の末に生まれた逸品</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="683" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/marui_34-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-40043" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/marui_34-1024x683.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/marui_34-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/marui_34-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/marui_34.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>


<p>そうした試行錯誤の末に生まれた生炊きしらす。タレはしょうゆと清酒、本みりん、砂糖のみを使って、その日使う分だけを調合している。佃煮によく用いられる増粘剤や、その代替品となる水あめは一切使用しない。魚本来が持つ味と食感を損なわないためだ。無添加にもこだわっていて、着色料･保存料の類も使用していないという。タレに含まれる砂糖が保存料の役割を果たしているため、冷蔵で2か月間は持つそうだ。</p>



<p>口に含むと、その柔らかさに驚く。そして、タレの甘みの中にしっかりとしらすが持つ魚本来のうまみが残っている。1尾1尾がしっかりと形を留めているからか、ぷりっとした食感も特徴だ。食べやすさと甘めの味つけが、子どもから大人まで幅広い世代に受け入れられている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">気候変動、燃料高騰。過渡期を迎えつつある水産業</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="683" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/marui_30-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-40044" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/marui_30-1024x683.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/marui_30-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/marui_30-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/marui_30.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>


<p>マル伊商店は地元･南知多で水揚げされた魚の加工･販売だけではなく、冷凍技術を使った輸出なども行っている。坂下さんが4代目として事業を継承してからは、取り扱う魚を南知多以外からも仕入れるようになった。そこには昨今の気候変動による影響がある。坂下さんは「昔は取れていた魚が取れなくなってきたり、今までは取れなかった魚が混ざっていたり。今後10年で、さらに変化すると思う」と、魚が徐々に移動している現状を語る。魚は動くが、漁師たちは自分の漁場から動くことはできない。加工業者にとっても、一度投入した大型の設備をすぐには刷新できない。</p>



<h3 class="wp-block-heading">水産関連業者の未来を考える</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full is-resized"><img decoding="async" width="782" height="521" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/batch_IMG_2833-13.2.png" alt="" class="wp-image-40047" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/batch_IMG_2833-13.2.png 782w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/batch_IMG_2833-13.2-300x200.png 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/batch_IMG_2833-13.2-768x512.png 768w" sizes="(max-width: 782px) 100vw, 782px" /></figure></div>


<p>自然を相手にする漁業と、水揚げされた魚で商売をする水産加工業にとって、気候変動は避けては通れない問題だ。同時に、エネルギー価格の高騰による燃料費の値上げも事業を圧迫している。そんな中、坂下さんは水産関連業者の将来について、「養殖」が1つのキーワードになると考えている。</p>



<p>「今、資金力がある大きな会社で、養殖に参入するところが増えているんです」という坂下さん。水産関係ではなかった企業も参入しているのが現状だそうだ。漁獲量は減りつつあるが、世界人口がこれからも増え続けることで魚の需要が増えることを見越しているのではないかと坂下さんは分析する。あるものを捕る漁業から、自分たちで作る漁業に。そんな未来がすぐそこまで来ているのかもしれない。</p>



<h3 class="wp-block-heading">苦難の状況を打破することが経営の醍醐味</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/marui_37-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-40050" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/marui_37-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/marui_37-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/marui_37-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/marui_37.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>


<p>苦境ばかりに思える水産業だが、坂下さんは誇りを抱いている。漁獲量は毎年変化し、豊漁の年もあれば、不漁の年もある。それでも目の前にある商材をどう生かし、需要に応えていくかを考えるのが経営の醍醐味だと考えているからだ。「地元で魚が獲れなくなったら、どういうところの魚を使って、どんな商売にしていくのかを考えるのが楽しいところです」と坂下さんは笑う。 そして、生炊きしらすはそんな坂下さんのマインドを下支えしている。「自分たちの商品は、誰もが作り出せるものではない。自分たちにしか作れないからこそ、食べてもらったときのお客さんの反応を見ると、やりがいを強く感じます」。苦境の時代だからこそ輝く。坂下さんからどんなアイディアが飛び出すのか、注目したい。</p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="683" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/48241842cd5b66fbcff7ec143eea7d1e-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-47802" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/48241842cd5b66fbcff7ec143eea7d1e-1024x683.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/48241842cd5b66fbcff7ec143eea7d1e-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/48241842cd5b66fbcff7ec143eea7d1e-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/48241842cd5b66fbcff7ec143eea7d1e.jpg 1200w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /><figcaption class="wp-element-caption">マル伊商店 代表取締役 坂下史朗さん</figcaption></figure></div>


<p>私たちがここまで成長できたのも、三河湾や伊勢湾、太平洋の豊かな恩恵があるからこそ。「”南知多の名産“となって、地域を盛り上げたい」との思いを胸に挑戦することを忘れず、これからも地元産の海の恵みを中心に、よりおいしい状態で食卓へ届けることを第一に考えていきます。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/40024/">しらすのうまみを閉じ込めた「生炊きしらす」の生みの親「マル伊商店」／愛知県南知多町</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
					<wfw:commentRss>https://nihonmono.jp/article/40024/feed/</wfw:commentRss>
			<slash:comments>0</slash:comments>
		
		
			</item>
		<item>
		<title>大分が誇る、関あじと関さば。ブランドを守り続ける「大分県漁業協同組合 佐賀関支店」／大分県大分市</title>
		<link>https://nihonmono.jp/article/39939/</link>
					<comments>https://nihonmono.jp/article/39939/#respond</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 25 Jan 2024 01:00:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[一本釣り]]></category>
		<category><![CDATA[ブランド魚]]></category>
		<category><![CDATA[大分市]]></category>
		<category><![CDATA[佐賀関]]></category>
		<category><![CDATA[漁業]]></category>
		<category><![CDATA[大分県]]></category>
		<category><![CDATA[関あじ]]></category>
		<category><![CDATA[関さば]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://nihonmono.jp/?p=39939</guid>

					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/DSCF0587.54-1024x819.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>大分県大分市にある佐賀関（さがのせき）地区は、昔から漁業の盛んな町だ。大分県と愛媛県の間にある「豊後水道」に面しており、そこで獲れる真鯵（まあじ）と真鯖（まさば）は、それぞれ「関あじ」「関さば」と名付けられ、国内有数のブ [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/39939/">大分が誇る、関あじと関さば。ブランドを守り続ける「大分県漁業協同組合 佐賀関支店」／大分県大分市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/DSCF0587.54-1024x819.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>大分県大分市にある佐賀関（さがのせき）地区は、昔から漁業の盛んな町だ。大分県と愛媛県の間にある「豊後水道」に面しており、そこで獲れる真鯵（まあじ）と真鯖（まさば）は、それぞれ「関あじ」「関さば」と名付けられ、国内有数のブランド魚として広く知られている。ある一定の厳しい管理工程をクリアし誕生する関あじ、関さばのルーツと、それに関わる人たちの想いとは。</p>



<div style="height:50px" aria-hidden="true" class="wp-block-spacer"></div>



<h2 class="wp-block-heading">豊後水道が生んだブランド魚</h2>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/DSCF0448-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-39945" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/DSCF0448-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/DSCF0448-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/DSCF0448-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/DSCF0448.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>全国屈指の好漁場としても知られる「豊後水道」は、質の高い魚が種類豊富に獲れることで有名な海域だ。栄養豊富な瀬戸内海の寒水と、太平洋からの黒潮の暖水がぶつかり合い発生するプランクトンを求めて、多くの魚介類が集まってくる。その中でも特に潮の流れが早いのが、佐賀関半島と愛媛県の佐田岬に挟まれた<strong>「速吸の瀬戸（はやすいのせと）」</strong>と呼ばれるエリア。<br>そこに生息するアジやサバは、他の海域の魚とあまり交わることがなく、独立した群れを成すのが特徴のひとつ。早い潮の流れの中でたくましく育つため、例えばアジなら頭は小さく、身のよく太った魚に育つ。またサバは、他魚との交流が少ない事から寄生虫であるアニサキスの含有量がほぼなく、生で食せる事が一番の特徴となっている。その様子が漁師たちの間で別格視されたことが関あじ、関さばの始まりとされている。</p>



<div style="height:50px" aria-hidden="true" class="wp-block-spacer"></div>



<h2 class="wp-block-heading">関あじ、関さばになるためのルール</h2>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/DSCF0518-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-39948" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/DSCF0518-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/DSCF0518-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/DSCF0518-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/DSCF0518.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>関あじ、関さばが一般的な魚とは何が違うのか。それは「速吸の瀬戸」という場所でのみ釣られたものという条件に始まるほか、「<a href="https://sekiajisekisaba.shop-pro.jp/" title="">大分県漁業協同組合 佐賀関支店</a>」が<strong>魚の品質や鮮度保持を第一に考えた一連のルール</strong>にあった。それは釣り方一つにしても違ってくる。例えば、潮の流れが早いこの地域では、効率を考えれば妥当とされる網漁は適していない。網を使うことで魚どうしや網と擦れ合うことにより傷が付き、品質を保てないことから関あじ、関さばにおいては、魚体へのダメージを最小限に抑えるため一尾ずつ釣り上げる「一本釣り」という手釣りを用いるようになったという。</p>



<p>また「一本釣り」を用いる理由で大切なのは魚の品質だけではなく、漁場の自然保護の意味も持ち合わせる。「速吸の瀬戸」は、決して広くはないため、大量漁獲せずに漁師同士で限りある資源を分け合い釣ることで、漁場を守ることにも繋がるのだという。</p>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/DSCF0587-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-39951" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/DSCF0587-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/DSCF0587-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/DSCF0587-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/DSCF0587.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>また、釣ったばかりの魚は興奮状態にあるため、ほかの魚と同じいけすに入れると魚を傷付けることから、新魚専用のいけすへ入れ<strong>一日休ませるという独自の方法</strong>を用いている。一般的によく聞く”獲れたての魚が一番美味しい”というイメージを持つ人も少なくないが、ここでは魚の乳酸やストレス物質をなくすため一旦落ち着かせることで、うまみ成分を上げてから出荷するというこだわりを持つ。そこには管理する手間やリスクも伴うが、徹底した品質管理と鮮度保持、何より美味しい魚を届けるため、昔から守り続けている工程なのだ。</p>



<div style="height:50px" aria-hidden="true" class="wp-block-spacer"></div>



<h2 class="wp-block-heading">手間隙を惜しまず、鮮度保持にこだわる</h2>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/DSCF0561-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-39954" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/DSCF0561-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/DSCF0561-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/DSCF0561-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/DSCF0561.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>漁港に戻ってまず行われるのは、<strong>国内でもこの漁協でしか行われていない「面買い（つらがい）」</strong>と呼ばれる工程。それは漁師たちが釣ってきた魚を、漁協の職員が船の生簀で泳ぐ魚をタモですくった瞬間に目視で大きさを判別し、100g単位でカウントし値付けをするという買取方法。漁獲した魚をタモですくった瞬間の目視で、その重さを量り、漁師から買い取るという数多くの経験により熟練された技術を持つ職員にしかできない神技だ。同じ工程を機械で計量すれば魚体へのダメージも大きく、また同じ時間に漁協に戻ってくる船も集中するため待機時間が長くなり、魚への負担は更に増す。全ては魚の鮮度保持を考えてのこと。その後も、鮮度を保つため魚の血を抜く「活け締め」や、最大12時間死後硬直を遅らせることができる「神経抜き」などの処理を一匹一匹手作業で、丁寧に施したものが、ブランド魚関あじ、関さばとして認められる。買取から処理、出荷作業までを漁師ではなく漁協の職員がすることもまた、この業界において非常に稀なケースである。</p>



<p>このように、ここでは漁場や漁法、漁師の所属や処理の仕方、全てがルール化されている。その背景には魚の品質保持はもちろん「漁師たちの生活の安定」を目的とした想いがあった。</p>



<div style="height:50px" aria-hidden="true" class="wp-block-spacer"></div>



<h2 class="wp-block-heading">漁師たちの生活のために守り続けるブランド</h2>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/DSCF8039-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-39955" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/DSCF8039-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/DSCF8039-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/DSCF8039-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/DSCF8039.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>関あじ、関さばが商標登録を受け、ブランド化されたのは昭和と平成の間にあたる1990年頃。「大分県漁業組合 佐賀関支店」が本格的に事業化した1番の理由は、<strong>漁師たちの生活を守ることにあった</strong>という。当時は、漁師が地元の仲買人と直接取引を行っていたが、取引のタイミング等による価格のバラつきがあった。またそれは、漁師たちの収入面にも問題を生んでいた。漁獲物に正当な評価がなされていないことに危機感を感じるようになり、漁師たちの生活、また魚の味を守るために一元化されたルールを決め、品質を保つことに着手した。そうしてブランディングされた関あじ、関さばは、その品質や味はもちろん、<strong>日本の水産業の中でもブランド魚の先駆け的存在</strong>となった。</p>



<p>「関あじ、関さばというブランドは私たちの先輩方が作ってくれたもの。今は、それを守り続けていくのが私たちの使命であり、同時にその難しさも同時に痛感しています。」と話すのは大分県漁業協同組合 佐賀関支店の高瀬大輔さん。ブランディングを始めた頃にはなかったシステムの導入で漁獲から卸までのデータ化も進み、魚の品質は格段に上がっているという。</p>



<div style="height:50px" aria-hidden="true" class="wp-block-spacer"></div>



<h2 class="wp-block-heading">魚の生食文化を伝え、新たな後継者へ繋ぐ</h2>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/DSCF8008-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-39958" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/DSCF8008-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/DSCF8008-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/DSCF8008-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/DSCF8008.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>一方で、避けては通れない切実な課題となるのが、気候変動による不漁や漁師たちの高齢化問題。現在、この漁協に所属する漁師たちは約400名。聞けば、その平均年齢は70歳だという。生涯現役で海に出ることができる職業ではあるが、その年齢の高さに驚きは隠せない。</p>



<p>現在の日本における漁業に限らず、農業や様々な分野においても高齢化･後継者問題は大きな課題である。「日本には魚の生食文化が根付いているため、<strong>全国どこでも生で食べてほしい</strong>という想いはあります。それには鮮度にこだわること。そこはうちだけではなく、日本の漁村全体にもあるはずですが、上手く伝えられていないのが現状なのかもしれません。」どのようなプロセスを経てこのようなブランド魚が生まれているのか、生産者の気持ちも含めてもっと伝えていくことが大切だと高瀬さん。単純に美味しい魚を届け、魚を食べる人を増やすことで作り手にも還元できる。日本で魚を食べるという文化が、もう一度再熱すれば後継者不足の解消にも繋がるのではないかと言葉を重ねた。</p>



<div style="height:50px" aria-hidden="true" class="wp-block-spacer"></div>



<h3 class="wp-block-heading">命懸けの漁が生み出す味、届けたい想い</h3>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/DSCF0591-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-39961" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/DSCF0591-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/DSCF0591-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/DSCF0591-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/DSCF0591.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /><figcaption class="wp-element-caption"><br></figcaption></figure>



<p>関あじ、関さばを口にすると魚の持つ臭みは一切なく、しっかりとした身の弾力や甘さの中にある透明感のある味わいを感じる。大袈裟に聞こえるかもしれないが、今までのアジやサバの概念を覆される人も多いだろう。その美味しさは、徹底された品質管理や独自のルールにより生み出された努力の賜物だ。その影には、この味を守るため、<strong>命懸けで漁に出る漁師たちの存在を忘れてはいけない</strong>と高瀬さんはいう。一本釣りは1人で海に出る「漁」。多くのリスクはあるが<strong>「一番良い状態でお客様の元へ届けたい」</strong>という使命にも似た気持ちが、漁師たちとこの漁協で働く全員の胸には刻まれている。</p>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/DSCF0538-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-39964" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/DSCF0538-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/DSCF0538-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/DSCF0538-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/DSCF0538.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p><strong>「生で食してこそ、美味しい」</strong></p>



<p>産地や漁法により一概には言えないが、一般に流出するアジやサバの2〜5倍の価格となる関あじ、関さば。その価格には変えられない美味しさ、その確かな品質と漁師たちのプライドこそが、誕生から30年以上多くの人に変わらず愛されている理由に繋がっている。</p>



<p>大分が誇る関あじ、関さばの持つ可能性は歴史を守り進化を遂げながら、これからも無限に広がっていく。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/39939/">大分が誇る、関あじと関さば。ブランドを守り続ける「大分県漁業協同組合 佐賀関支店」／大分県大分市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
					<wfw:commentRss>https://nihonmono.jp/article/39939/feed/</wfw:commentRss>
			<slash:comments>0</slash:comments>
		
		
			</item>
		<item>
		<title>山口県が誇る「フグ」の価値を底上げする仲卸「株式会社畑水産」／山口県下関市</title>
		<link>https://nihonmono.jp/article/36313/</link>
					<comments>https://nihonmono.jp/article/36313/#respond</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 19 Apr 2023 01:00:26 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[漁業]]></category>
		<category><![CDATA[河豚　読み方]]></category>
		<category><![CDATA[伊藤博文]]></category>
		<category><![CDATA[山口県]]></category>
		<category><![CDATA[下関市]]></category>
		<category><![CDATA[フグ]]></category>
		<category><![CDATA[山口]]></category>
		<category><![CDATA[天然フグ]]></category>
		<category><![CDATA[トラフグ]]></category>
		<category><![CDATA[南風泊市場]]></category>
		<category><![CDATA[株式会社畑水産]]></category>
		<category><![CDATA[ふぐ料理]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://nihonmono.jp/?p=36313</guid>

					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/04/3769b75bc90efbdf7e7553e7cdc374a0-1-1024x819.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>1958（昭和33）年創業以来、フグの本場である山口県下関市にて、フグ専門の卸問屋として一筋に取り組んできた「畑水産」。希少価値の高い天然ものから養殖まで良質なフグを幅広く扱い、国内のみならず海外にも出荷実績を持つほどの [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/36313/">山口県が誇る「フグ」の価値を底上げする仲卸「株式会社畑水産」／山口県下関市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/04/3769b75bc90efbdf7e7553e7cdc374a0-1-1024x819.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p class="has-text-align-center"><strong>1958（昭和33）年創業以来、フグの本場である山口県下関市にて、<br>フグ専門の卸問屋として一筋に取り組んできた「畑水産」。<br>希少価値の高い天然ものから養殖まで良質なフグを幅広く扱い、<br>国内のみならず海外にも出荷実績を持つほどの卓抜した加工技術で、フグの魅力を伝える商品を作り続けています。</strong></p>







<p>山口県が誇る全国屈指のフグのトップブランド「下関（しものせき）のフグ」。その地元・山口県下関市にて創業から65年、仲卸として長年フグに携わってきた「<a href="https://hatasuisan.com/" target="_blank" rel="noopener" title="">株式会社畑水産</a>」。下関フグ仲卸のトップランナーが残してきた功績を辿り、下関フグの魅力に迫る。</p>







<h2 class="wp-block-heading">日本で唯一！ ふぐ専門の卸売市場「南風泊市場」</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="684" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/04/db7900aaca47ebb99ca374c3c41049e3-1024x684.jpg" alt="" class="wp-image-36329" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/04/db7900aaca47ebb99ca374c3c41049e3-1024x684.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/04/db7900aaca47ebb99ca374c3c41049e3-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/04/db7900aaca47ebb99ca374c3c41049e3-768x513.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/04/db7900aaca47ebb99ca374c3c41049e3.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>


<p><span class="swl-marker mark_yellow">山口県下関市の南風泊(はえどまり)市場は、日本で唯一のフグ専門の卸売市場</span>。そのため山口県内をはじめとした各地の漁場や養殖場から、活きの良い天然物、養殖物が本州最西端の同市場を目指し、陸路や海路、ときには空路を通じて運ばれてくる。</p>



<p>かつては、ほかの魚種も卸されていたのだが、フグの漁場が拡がり、水揚げ量が増えたことにより従来の市場規模では捌ききれなくなったため、フグのみを扱う専門市場として独立することに。こうして南風泊市場は、フグの取引に関する全般が単独で機能している日本で唯一の市場となった。</p>



<p>つまるところ、<span class="swl-marker mark_yellow">下関がフグで有名なのは、漁獲量が多いからだけではなく、各地から集められた様々な種類のフグを目利きする技術と知識を持った職人たちがこの市場に集まっているからなのだ。</span></p>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="684" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/04/496211bd87dab1a39f4c135641fde207-1024x684.jpg" alt="" class="wp-image-36416" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/04/496211bd87dab1a39f4c135641fde207-1024x684.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/04/496211bd87dab1a39f4c135641fde207-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/04/496211bd87dab1a39f4c135641fde207-768x513.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/04/496211bd87dab1a39f4c135641fde207.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<h3 class="wp-block-heading">独特な南風泊市場のセリ</h3>



<p>そんな南風泊市場のセリでは、フグの大きさ、色味、目の色をチェック。サンプルとして、フグみがき（身欠き）というフグの有毒・不可食部位をすべて除去して可食部位のみにする下処理を施した上で、白子の有無、皮、身、くちばし、内臓など見せておく。これは、その日仕入れるフグがどんなコンディションなのか、捌いたあとの色味や肉質を見て仲買達に判断してもらうためなのだそう。</p>



<p>ちなみに、これは養殖フグに限ってのこと。養殖フグは同時期に同じ養殖場から出荷されるものは種が一緒なので、どこで養殖されたのかがわかれば、その中から一匹捌くだけで同じところから出荷されたほかのフグも大方どのような状態かわかってしまうのだという。 一方、天然のフグはすべて一点ものなので捌いても参考にならない。鮮度だって落ちてしまうから丸のままの状態で判断する。</p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/04/2cf7cd8454c3185cb550db44daa5259a-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-36333" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/04/2cf7cd8454c3185cb550db44daa5259a-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/04/2cf7cd8454c3185cb550db44daa5259a-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/04/2cf7cd8454c3185cb550db44daa5259a-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/04/2cf7cd8454c3185cb550db44daa5259a.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>


<p><span class="swl-marker mark_yellow">セリの方法は独特で、筒状の黒い布袋の中で競り人と仲卸人が指を握って値段を決める「袋競り」という方法</span>で南風泊市場の名物となっている。</p>



<p>この手法が誕生した背景には諸説あるようだが、落札をめぐり喧嘩が起こることを防ぐため他社の落札価格が見えない様に隠すようになったという説が有力のようだ。</p>



<p>値段が決まらず同数の時は、じゃんけんで決めるというから面白い。<span class="swl-marker mark_yellow">取材の日の最高額は、天然フグふぐで一箱20万。養殖フグふぐで一箱6万ほどだった。</span></p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="684" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/04/a8057eb9a0f936cf745402af9b722a42-1-1024x684.jpg" alt="" class="wp-image-36336" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/04/a8057eb9a0f936cf745402af9b722a42-1-1024x684.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/04/a8057eb9a0f936cf745402af9b722a42-1-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/04/a8057eb9a0f936cf745402af9b722a42-1-768x513.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/04/a8057eb9a0f936cf745402af9b722a42-1.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>


<h3 class="wp-block-heading">下関のフグが日本一と言われる理由</h3>



<p><span class="swl-marker mark_yellow">セリをした後は2〜3日水槽内で泳がせることで、水揚げから移動までの間にトラフグが受けたストレスをしっかり取り除き、体内に残っている餌や老廃物をすべて排出させる。この工程を「活かし込み」と呼ぶ。そうすることでコンディションが良く、質の高い身になるのだ。</span></p>



<p>こうして、より新鮮で安全な状態で、東京中央卸売市場をはじめとした全国の市場へ送る。朝の5時までに下関を出発すれば、その日のうちに東京などの大都市圏の市場へ届くため、未だに下関では夜中からセリが始まる習慣が根付いている。</p>



<p>ちなみに、フグにはくちばしのように大きく丈夫な歯が4枚あり、サンゴや硬い貝を鋭く噛み砕くほど強い力を持っている。養殖フグふぐの場合は稚魚の頃から折っていることがほとんどだが、天然フグふぐはそのままにしておくと水槽の中で仲間同士噛み合って傷つけ合うため、良いフグは水揚げ後は必ず歯を折っておくのだそう。</p>



<p>そういった細かい気遣いこそ、下関のフグが日本一と称される理由のひとつだろう。</p>



<p>また、フグの種類は世界に約430種いると言われており、生息地は淡水や海水など様々。</p>



<p>日本では海水に生息しているフグしか発見されておらず、約60種のフグ類の分布が確認されているが、食べられる種類は決まっており、時期によって漁獲量も異なる。</p>



<p>なかでも最高級であるトラフグ。もちろん下関の市場においても、その存在は別格だ。</p>



<p>しかし天然ものは非常に少なく、水温が下がると身も締まって白子も大きくなるが、温暖化の影響でそういった品質の高い個体は年々獲れにくくなっており、より一層、希少価値が高まっている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">河豚は食いたし命は惜しし</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="684" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/04/402a18cc10a5a59e25fe54b82d25e9db-1024x684.jpg" alt="" class="wp-image-36341" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/04/402a18cc10a5a59e25fe54b82d25e9db-1024x684.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/04/402a18cc10a5a59e25fe54b82d25e9db-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/04/402a18cc10a5a59e25fe54b82d25e9db-768x513.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/04/402a18cc10a5a59e25fe54b82d25e9db.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>


<p>フグと言えば毒のあるイメージが強く、取扱には専門の免許が必要なほど。それでもなお、人々を魅了してやまない。</p>



<p>その魅力はずいぶん古くから知られていたようで、日本では縄文時代から食されていたという。</p>



<p>「河豚（フグ）は食いたし命は惜しし」ということわざもあるほど<span class="swl-marker mark_yellow">、その身は高たんぱく、低脂肪であっさりとしているが、旨みと甘みに富み、コリコリとした弾力のある歯ごたえで、ひとくち食べれば忘れられない白身魚の王様として愛されている。</span></p>



<p>ところが安土桃山時代、有毒部位が明確に判明していなかったこともあり、フグ毒による中毒死が続出。そのため豊臣秀吉公が「河豚食禁止令」を出したと言われ、それからしばらくフグは食べてはいけない魚となってしまった。</p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="684" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/04/9b3c39cf72195b5d83c60a58ac1ec4d2-1024x684.jpg" alt="" class="wp-image-36344" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/04/9b3c39cf72195b5d83c60a58ac1ec4d2-1024x684.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/04/9b3c39cf72195b5d83c60a58ac1ec4d2-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/04/9b3c39cf72195b5d83c60a58ac1ec4d2-768x513.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/04/9b3c39cf72195b5d83c60a58ac1ec4d2.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>


<p>ちなみにフグ毒の成分であるテトロドトキシンは、フグの学名である（Tetraodontidae）と毒（toxin）の合成語。</p>



<p>テトロドトキシンは、青酸カリの約1000倍の毒性をもち、中毒を起こすと食後平均2時間前後で、唇から舌先、指などにしびれを感じ、嘔吐や頭痛が起き、重症の場合は神経麻痺による呼吸困難で死に至るほど。</p>



<p>毒のある部位はフグの種類によって異なり、毒を持たないフグも存在するため、運悪くその毒に当たれば命を失うという皮肉から、弾に当たると死ぬという意味合いで「鉄砲」と呼ばれていたフグ。その名残で現在でも、フグ刺しのことを「てっさ」と呼ぶのだそう。</p>



<h2 class="wp-block-heading">伊藤博文の心を動かした禁断の味</h2>



<p>危険な毒を持つフグだが、そのおいしさへの中毒性は古くから変わらなかったようで、隠れてフグの食用を続けようとする武士が多かったために一部の藩では、それに対し厳しい処罰を行っていた。</p>



<p>しかし、<span class="swl-marker mark_yellow">隠れてでも食べたくなるほどのものを制限しきれるはずもなく、お上の目が届かない範囲で平然とフグ食文化が発展していったという。</span></p>



<p>そんな禁断の味、フグが公に食用となる転機が訪れる</p>



<p>時は明治時代、初代内閣総理大臣･伊藤博文公が下関を訪れた際、下関で一番おいしい魚を出そうとしたが、ちょうどその時、海は大しけで魚がほとんど獲れなかった。</p>



<p>女将は悩んだあげく、<span class="swl-marker mark_yellow">打ち首覚悟でフグを出したが、それを食べた伊藤博文公は「一身よく百味の相をととのえ」と感嘆。それをきっかけに伊藤博文公が山口県令（知事）にフグ食の推進を働きかけ、1888年に解禁となった。</span></p>



<h2 class="wp-block-heading">解禁後も尽きなかったフグ食の課題</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/04/8973857a645368705680548a8cc05786-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-36347" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/04/8973857a645368705680548a8cc05786-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/04/8973857a645368705680548a8cc05786-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/04/8973857a645368705680548a8cc05786-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/04/8973857a645368705680548a8cc05786.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>


<p>こうして解禁されたフグ食だったが、解禁になった後もフグ毒による被害者は後を絶たなかったという。</p>



<p>それはなぜなのか？</p>



<p><span class="swl-marker mark_yellow">じつは、フグは生まれながらに毒を持つ魚ではない。</span></p>



<p>餌となる微生物の中に毒の要素を含む海洋細菌があり、それらをフグが食べていくうちに体内で極めて強い毒が作られる。</p>



<p>そのため、漁獲の場所や季節により毒の含有量にも個体差があることから、解禁後もフグ毒による被害が続いてしまっていた。それでもなおフグに関する研究や管理、中毒防止活動が続けられ、1983年にいよいよ厚生労働省によって食用できるフグ22種を選定。それぞれの有毒部位を明確にした上で、適切な処理により可食できると定められた。</p>



<p>その後、ふぐ調理師試験が行われるようになり、有資格者だけが調理をできるようになったことで、フグ食の安全性はより一層担保されていく。</p>



<h2 class="wp-block-heading">海を超えた畑水産の挑戦</h2>



<p>このように、フグ食普及の歴史の中心にあった山口県下関のなかでも、業界のトップランナーとの呼び声高い仲卸がある。それが3代にわたってフグ専門の仲卸を営む「<a href="https://hatasuisan.com/about/" target="_blank" rel="noopener" title="">株式会社畑水産</a>」だ。その始まりは、創業者である畑栄（はたさかえ）さんが山口県内のとある老舗フグ店の番頭をしていたことがきっかけ。そこで仕入れや加工の技術を学んだことで、フグの魅力に取り憑かれ、その魅力をより一層広めたいと一念発起し、独立。</p>



<p>それからしばらくして、下関のいち仲卸として営業していた畑水産に転機が訪れる。 1984年 、ニューヨークで初めて本格的総檜造りの寿司バー「レストラン日本」を開設したオーナーの倉岡伸欣さんからフグをアメリカへ輸出したいと相談が舞い込んだのだ。栄さんは、その有毒性から海外ではほぼ食用としての需要がなかったフグを輸出するという前代未聞の提案に一度は難色を示したが、今後のフグ食文化の拡大と下関のフグ業界発展を見据えて、挑戦することを決意する。</p>



<h3 class="wp-block-heading">努力の末勝ち取ったフグ輸出の権利</h3>



<p>こうして始まったフグ輸出プロジェクト。1985年にはアメリカ食品医薬品局（FDA）の責任者を招き、毒のある部分を取り除いたフグ刺しを提供したのだが、FDAからは輸出の許可をもらえなかった。</p>



<p>それでもなんとかフグを輸出したいという情熱から、<span class="swl-marker mark_yellow">アメリカ食品医薬品局より求められるフグの安全性に関する調書に対して、一つひとつ丁寧に回答。エビデンスに基づく詳細な資料を5年間にわたり提出し続けた。その結果、下関輸出組合の一員である畑水産で処理されたみがきフグに、FDAから輸出の許可が下りたのだ。</span></p>



<p>いよいよ勝ち取った輸出の権利。1989年3月19日には待望のフグ第一便がニューヨークに到着した。</p>



<h3 class="wp-block-heading">ニューヨークでも受け入れられた”ふぐ料理”</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full is-resized"><img decoding="async" width="349" height="240" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/04/concept4.png" alt="" class="wp-image-36350" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/04/concept4.png 349w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/04/concept4-300x206.png 300w" sizes="(max-width: 349px) 100vw, 349px" /></figure></div>


<p>まずはその素晴らしさを広く知ってもらうことでフグ食の普及に努めようと考えた栄さん。 <span class="swl-marker mark_yellow">ニューヨークで最初に披露したフグ刺しは見た目も重視し、鶴をあしらった「鶴盛り」にした。</span>皿の模様や色が透けて見えるほどの薄造りは、弾力のあるフグの身の旨みを最大限に味わってもらいたいという栄さんの心意気。長年フグに携わってきた仲卸としてのプライドを込めた一皿。</p>



<p><span class="swl-marker mark_yellow">その美しさと素晴らしい技術、しっかりとした歯ごたえや甘みを感じるフグのおいしさは海外でも大きな喝采を浴び、現地のグルマンたちにも広く受け入れられた。</span> このフグに対する栄さんの情熱は代々継承され、現在、三代目である栄次さんに受け継がれている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">先代たちの志ごと受け継ぐ三代目</h2>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="560" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/04/item02-1024x560.png" alt="" class="wp-image-36355" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/04/item02-1024x560.png 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/04/item02-300x164.png 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/04/item02-768x420.png 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/04/item02.png 1114w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>現在、三代目を務める栄次さんは、大学在学中に体調を崩した父を手伝うべく、家業を継ぐことを決意。横浜の大学を卒業した後すぐに山口に戻り、畑水産に入社した。まずは、ベテランの職人たちの仕事を目で見て真似るところからはじまり、来る日も来る日もフグを捌きつづけた。もちろん、社長の息子だからという贔屓は一切なし。しかし、栄次さんのやる気と気概は次第に周囲に認められ、先輩職人たちも「それならば」と、みっちりと仕事を叩き込んでくれたのだそうだ。</p>



<p>入社して8年が経った頃、先代である父が他界。そこからは、いよいよ自分がこの会社を背負って立つという意識が芽生えたという。</p>



<p>入社した当初は、うまくいかなければ店を畳んでしまえばいいという軽い気持ちでいた栄次さんだったが、自分が会社を引っ張る立場になると同時に、自分の甘えで社員を路頭に迷わすわけにはいかないという考え方が備わった。</p>



<p>身を粉にして働いた。</p>



<h3 class="wp-block-heading">フグをまずは地元の人から受け入れられる食材に</h3>



<p>「自身がこの仕事を通して何を伝えるべきなのか」「先代たちの想いをどう受け継いでいくべきなのか」</p>



<p>たどり着いたのは、<span class="swl-marker mark_yellow">下関が誇るこの“ふく食文化”を、まずは地元である下関から浸透させようという答え。</span>どんなに世界中が下関のフグを認めても、結局地元の人が食べてくれないのでは意味がない。そこで、地元でフグ食を再認知してもらうための活動を行っていった。</p>



<p>早速、出身小学校へ、在校生100人分のふぐ刺しを提供。下関で育ちながらも、フグ刺しを食べた事がないと話す子どもたちにそのおいしさを伝えたいと思ったことがそのきっかけだった。今後は、自社の敷地内に一般の人も見学できるフグの生け簀を設けた施設の建設も計画中。生け簀から魚を上げて、その場でフグを捌き、実際に食べてもらうところまでを体験してもらえる施設にしたいと考えている。すべては地域の人たちにフグのことをより身近に感じてもらいたいという想いから。</p>



<p>まずは、下関の子どもたちが「一番好きな食べ物はフグ！」そう言ってもらうのが栄次さんの当面の目標。<span class="swl-marker mark_yellow">フグが身近な地元の人たちが心から勧めたいと思うような食材になってこそ、本当に最上級といえるのではないだろうか。そのクオリティを目指すための努力は一切惜しまない。その成果として、日本ひいては世界中からの評価は自然と付いてくると思っている。</span></p>



<p>三代目が目指すフグ食の未来は、下関の子どもたちの笑顔の先にくっきりと映し出されている。</p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full is-resized"><img decoding="async" width="900" height="600" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/27d159effaf641d31ba602beaced6b20.jpg" alt="" class="wp-image-47765" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/27d159effaf641d31ba602beaced6b20.jpg 900w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/27d159effaf641d31ba602beaced6b20-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/27d159effaf641d31ba602beaced6b20-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 900px) 100vw, 900px" /><figcaption class="wp-element-caption">株式会社畑水産 代表取締役　畑 栄次さん</figcaption></figure></div>


<p>最高のフグを求めて、市場はもちろん仕入先の生産地にも足を運んで数多のフグを目利きしています。原料には独自の活かし込み技術や確かな腕を持つ職人による身欠き技術による処理を施し、最高の状態に仕立ててお届け。最新鋭の急速冷凍技術によって身は引き締まり、鮮度も抜群です。本当においしいフグを、ぜひ味わってみてください。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/36313/">山口県が誇る「フグ」の価値を底上げする仲卸「株式会社畑水産」／山口県下関市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
					<wfw:commentRss>https://nihonmono.jp/article/36313/feed/</wfw:commentRss>
			<slash:comments>0</slash:comments>
		
		
			</item>
		<item>
		<title>新鮮なサンマが水揚げされる「女川魚市場」/宮城県女川町</title>
		<link>https://nihonmono.jp/article/12215/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 17 Nov 2012 04:09:48 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[女川魚]]></category>
		<category><![CDATA[女川魚市場]]></category>
		<category><![CDATA[水揚げ]]></category>
		<category><![CDATA[漁業]]></category>
		<category><![CDATA[秋刀魚]]></category>
		<category><![CDATA[市場]]></category>
		<category><![CDATA[女川町]]></category>
		<category><![CDATA[漁港]]></category>
		<category><![CDATA[女川グルメ]]></category>
		<category><![CDATA[秋の味覚]]></category>
		<category><![CDATA[宮城県]]></category>
		<category><![CDATA[さんま]]></category>
		<category><![CDATA[サンマ]]></category>
		<guid isPermaLink="false">http://nihonmono.jp/?p=12215</guid>

					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/02/12215_main.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>全国有数のサンマのプロが集う”女川魚市場” 宮城県の水産業の水揚げは北海道に次いで全国第2位。石巻、気仙沼といった有名な港を中心にたくさんの海産物を私たちの食卓に提供してくれている。 今回はそのなかの女川魚市場に伺った。 [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/12215/">新鮮なサンマが水揚げされる「女川魚市場」/宮城県女川町</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/02/12215_main.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><h2 class="wp-block-heading">全国有数のサンマのプロが集う”女川魚市場”</h2>



<p><span class="swl-marker mark_yellow">宮城県の水産業の水揚げは北海道に次いで全国第2位。</span>石巻、気仙沼といった有名な港を中心にたくさんの海産物を私たちの食卓に提供してくれている。</p>



<p>今回はそのなかの<a href="https://www.onagawa.org/blog/8289/" target="_blank" rel="noreferrer noopener">女川魚市場</a>に伺った。女川（おながわ）の名物は何といっても秋の味覚、サンマ。ちなみに、<span class="swl-marker mark_yellow">同じ宮城県でも気仙沼はカツオの一本釣り漁、石巻は巻き網で捕獲する様々な魚、塩釜は近海マグロの水揚げが盛んだという。</span>魚を捕獲してきた漁船は各港に入港、市場の仲介により買受人に販売する。その港ごとに買受人の得意とする魚があるのだという。</p>



<p>「女川が一番高い」 と船頭さんがいうように、女川の買受人は他の港よりも高くサンマを買い上げる。そのため、サンマ船はこぞって女川に水揚げするのだ。もちろん買受人の見極めは厳しい。<span class="swl-marker mark_yellow">漁船は可能な限りサンマを新鮮な状態に保って水揚げするので、おいしいサンマが集まるというわけ。全国でもトップ3に入るサンマの名産地なのだ。</span></p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="213" height="320" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/02/12215_img01.jpg" alt="" class="wp-image-12519" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/02/12215_img01.jpg 213w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/02/12215_img01-199x300.jpg 199w" sizes="(max-width: 213px) 100vw, 213px" /></figure>



<h2 class="wp-block-heading">震災から少しづつ設備を</h2>



<p><span class="swl-marker mark_yellow">女川魚市場は年間170億円もの売り上げを誇った一大魚市場だったが、深刻な “魚離れ” の影響もあり徐々にその売上高は落ちてきていた。そこに東日本大震災で甚大な被害を受けてしまった。<br></span>案内をしてくれた女川魚市場専務の加藤さんの表現を借りれば 「すべてがなくなった」 状態だった。<br>震災後、なんとか市場も再開し、徐々に水揚げも行われているが、水産業の復活に必要なのは冷蔵施設だ。女川港に水揚げされる魚のうち、そのまま鮮魚として出荷できるのは約30％。残りの70％は加工用として冷凍される。そのためには保管しておく巨大な冷蔵庫が必要になる。<br>町全体に被害を受け、冷蔵施設も失ったために、2011年は水揚げを制限せざるを得なかった。</p>



<p>取材の際、少しずつハード面の設備が戻りつつあった。港は一番大きな船着場の建設の真っ最中。地盤沈下した土地を、1ｍかさ上げする工事が進められていた。また、2012年10月にカタールから支援を受けて建設した大型貯蔵施設が完成した。<br><span class="swl-marker mark_yellow">真新しい施設を案内していただくと、津波の経験をもとに、緊急時にはシェルターになるような工夫が凝らされていた。沿岸部で安全に働くことができるように、何より命を守るための施設として設計を考えたという。</span></p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="320" height="212" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/02/12215_img02.jpg" alt="" class="wp-image-12518" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/02/12215_img02.jpg 320w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/02/12215_img02-300x198.jpg 300w" sizes="(max-width: 320px) 100vw, 320px" /></figure>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="320" height="213" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/02/12215_img03.jpg" alt="" class="wp-image-12517" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/02/12215_img03.jpg 320w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/02/12215_img03-300x199.jpg 300w" sizes="(max-width: 320px) 100vw, 320px" /></figure>



<h2 class="wp-block-heading">マグロよりも美味しい秋刀魚の食べ方</h2>



<p>「これまで全国の多くの方々から支援をいただき再開することが出来ました。心から御礼を申し上げます。でもね、我々にとっては、消費者のみなさんに魚を食べてもらうのが一番の支援です」 加藤さんはそう話す。そこで 「サンマのおいしい食べ方は？」 と中田が聞くと 「刺身」 と答えてくれた。<br>「<span class="swl-marker mark_yellow">何といっても刺身が一番。新鮮ですから。刺身だったら、マグロより美味しいですよ！それから、サンマをたたいてネギと味噌と和えて食べるのも美味しい</span>」<br>こうしてお話を聞いているだけで、食欲が湧いてくる。定番の塩焼きも格別だが、地元の方はサンマのつみれ汁も大好物だとか。サンマが水揚げされる季節は9月上旬から11月下旬まで。<br>女川が誇る美味しいサンマを多くの人が待っているのではないだろうか。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="320" height="213" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/02/12215_img04.jpg" alt="" class="wp-image-12516" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/02/12215_img04.jpg 320w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/02/12215_img04-300x199.jpg 300w" sizes="(max-width: 320px) 100vw, 320px" /></figure>


<div class="swell-block-postLink">			<div class="p-blogCard -external" data-type="type3" data-onclick="clickLink">
				<div class="p-blogCard__inner">
					<span class="p-blogCard__caption">NIHONMONO &#8211; 「にほん」の「ほんも&#8230;</span>
					<div class="p-blogCard__thumb c-postThumb"><figure class="c-postThumb__figure"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/02/12197_img02.jpg" alt="" class="c-postThumb__img u-obf-cover" width="320" height="180"></figure></div>					<div class="p-blogCard__body">
						<a class="p-blogCard__title" href="https://nihonmono.jp/article/12197/" target="_blank" rel="noopener noreferrer">目指すは、ごはんが進む海苔。海苔漁師･相澤太さん／宮城県東松島市 &#8211; NIHONMONO</a>
						<span class="p-blogCard__excerpt">海苔の収穫は早朝から 朝もまだ明けきらぬ、午前6時前。中田は船に乗っていた。どうしてそんな朝早くに海に出ている</span>					</div>
				</div>
			</div>
		</div>

<div class="swell-block-postLink">			<div class="p-blogCard -external" data-type="type3" data-onclick="clickLink">
				<div class="p-blogCard__inner">
					<span class="p-blogCard__caption">NIHONMONO &#8211; 「にほん」の「ほんも&#8230;</span>
					<div class="p-blogCard__thumb c-postThumb"><figure class="c-postThumb__figure"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/02/12206_main.jpg" alt="" class="c-postThumb__img u-obf-cover" width="320" height="180"></figure></div>					<div class="p-blogCard__body">
						<a class="p-blogCard__title" href="https://nihonmono.jp/article/12206/" target="_blank" rel="noopener noreferrer">三陸で牡蠣の種を養殖する「末永海産」／宮城県石巻市 &#8211; NIHONMONO</a>
						<span class="p-blogCard__excerpt">牡蠣の子供が育つ海 三陸の海の恵み、牡蠣。その生産の中核を担うのが、石巻市の万石浦(まんごくうら)だという。こ</span>					</div>
				</div>
			</div>
		</div><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/12215/">新鮮なサンマが水揚げされる「女川魚市場」/宮城県女川町</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>目指すは、ごはんが進む海苔。海苔漁師･相澤太さん／宮城県東松島市</title>
		<link>https://nihonmono.jp/article/12197/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 15 Nov 2012 04:05:47 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[海苔養殖]]></category>
		<category><![CDATA[東松島市]]></category>
		<category><![CDATA[海苔漁師]]></category>
		<category><![CDATA[海苔づくり]]></category>
		<category><![CDATA[海苔　作り方]]></category>
		<category><![CDATA[漁業]]></category>
		<category><![CDATA[宮城県]]></category>
		<category><![CDATA[海苔]]></category>
		<guid isPermaLink="false">http://nihonmono.jp/?p=12197</guid>

					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/02/12197_img02.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>海苔の収穫は早朝から 朝もまだ明けきらぬ、午前6時前。中田は船に乗っていた。どうしてそんな朝早くに海に出ているかというと、海苔の養殖をしている相澤太さんとともに、収穫を体験させてもらうため。海藻である海苔はお茶と同じよう [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/12197/">目指すは、ごはんが進む海苔。海苔漁師･相澤太さん／宮城県東松島市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/02/12197_img02.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><h2 class="wp-block-heading">海苔の収穫は早朝から</h2>



<p>朝もまだ明けきらぬ、午前6時前。中田は船に乗っていた。どうしてそんな朝早くに海に出ているかというと、海苔の養殖をしている<a href="https://www.aizawasuisan.com/" data-type="URL" data-id="https://www.aizawasuisan.com/" target="_blank" rel="noreferrer noopener">相澤太</a>さんとともに、収穫を体験させてもらうため。<br>海藻である海苔はお茶と同じように、初摘み、2番摘み、3番摘みがある。今回はその初摘みの現場に連れて行ってもらった。取材前から 「寒さ」 は覚悟していた…のだが、とにかく寒い。それでも 「今日 （11月下旬）はまだ寒くないほうですよ」 と相澤さんは笑う。<span class="swl-marker mark_yellow">海苔の収穫の最盛期の1月から2月には、マイナス8度ぐらいまで気温は下がる</span>そうだ。想像しただけでも身が凍る。<br>そんな寒さのなか、摘み取り作業が始まった。イカダを引き上ると、網には真っ黒な海苔がたっぷりついている。この網を船上の刈り取り機にかけて、収穫を行うのだ。イカダは、幅2メートル、長さ20メートルほどの海苔網が6枚で1組。相澤さんたちのチームは300台のイカダを管理しているという。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="320" height="213" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/02/12197_img02.jpg" alt="" class="wp-image-12611" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/02/12197_img02.jpg 320w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/02/12197_img02-300x199.jpg 300w" sizes="(max-width: 320px) 100vw, 320px" /></figure>


<div class="swell-block-postLink">			<div class="p-blogCard -external" data-type="type3" data-onclick="clickLink">
				<div class="p-blogCard__inner">
					<span class="p-blogCard__caption">NIHONMONO &#8211; 「にほん」の「ほんも&#8230;</span>
					<div class="p-blogCard__thumb c-postThumb"><figure class="c-postThumb__figure"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/02/12206_main.jpg" alt="" class="c-postThumb__img u-obf-cover" width="320" height="180"></figure></div>					<div class="p-blogCard__body">
						<a class="p-blogCard__title" href="https://nihonmono.jp/article/12206/" target="_blank" rel="noopener noreferrer">三陸で牡蠣の種を養殖する「末永海産」／宮城県石巻市 &#8211; NIHONMONO</a>
						<span class="p-blogCard__excerpt">牡蠣の子供が育つ海 三陸の海の恵み、牡蠣。その生産の中核を担うのが、石巻市の万石浦(まんごくうら)だという。こ</span>					</div>
				</div>
			</div>
		</div>


<h2 class="wp-block-heading">皇室御献上の海苔</h2>



<p>相澤さんが海苔の養殖を行っているのは東松島市大曲浜。大曲浜の海苔は、バツグンに評価が高い。毎年塩竈市の志波彦 （しわひこ） 神社、鹽竈 （しおがま） 神社にて行われる<span class="swl-marker mark_yellow">「 奉納乾海苔品評会」 で2011年まで6年連続で 「皇室御献上の海苔」 という名誉</span>を勝ち取ってきたほどなのだ。<br></p>



<h3 class="wp-block-heading">震災から海苔養殖の復活へ</h3>



<p>しかし東日本大震災で、これまで蓄積されてきたものがなくなってしまった。仲間の命も奪われた。家も設備も多くのものが失われた。海苔養殖業者も数を減らしてしまった。だけれども、落ち込んでばかりはいられない。復活に向けてすぐに動き出し、1年以上かけてようやくめどがついてきたという。取材に伺った数日前に、震災後の初収穫ができたという状況だった。<br>これまで 「チーム」 という言葉を使ったが、今は相澤さんと仲間2人で協業という形をとっている。<br>「でも、いずれはまたライバルとして競い合えるようになりたい」 と相澤さんは語ってくれた。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="213" height="320" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/02/12197_img03.jpg" alt="" class="wp-image-12610" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/02/12197_img03.jpg 213w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/02/12197_img03-199x300.jpg 199w" sizes="(max-width: 213px) 100vw, 213px" /></figure>



<h2 class="wp-block-heading">ごはんと海苔があればいい</h2>



<p>お話を伺いながらも作業はどんどん進んでいく。中田もそれのお手伝いをする。作業もほぼ終わったところで 「どんな海苔を目指しているか」 と中田は聞いた。その質問に対して相澤さんは 「ごはんと海苔だけで食べておいしいもの」 と答える。<br>「<span class="swl-marker mark_yellow">一番おいしいのは、海から上がって乾燥をさせた直後のもの。</span>それをちょっと炙ると香ばしくて、それこそご飯を何杯でも食べられますよ」<br>そう言って、相澤さんは前日に加工したばかりの板海苔を、ストーブで炙ってくれた。口に入れる前から、香りが漂い、口にすると溶けるように滑らかだった。新鮮、という言葉がぴったりだった。また、浜でしか食べることのできない生海苔のお吸い物も新鮮そのもの。ちょっと醤油をたらしただけなのに、とてもぜいたくな味だった。</p>



<h3 class="wp-block-heading">大曲の海苔をもっと多くの人へ</h3>



<p>最後に再度相澤さんは決意を聞かせてくれた。<br>「復活はしました。けれど、それだけじゃダメだと思います。また大曲の海苔の知名度を上げていきたい。そのためにはやっぱりおいしい海苔を作らなくちゃいけないと思うんです」</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="320" height="212" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/02/12197_img05.jpg" alt="" class="wp-image-12894" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/02/12197_img05.jpg 320w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/02/12197_img05-300x198.jpg 300w" sizes="(max-width: 320px) 100vw, 320px" /></figure>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="320" height="213" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/02/12197_img06.jpg" alt="" class="wp-image-12895" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/02/12197_img06.jpg 320w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/02/12197_img06-300x199.jpg 300w" sizes="(max-width: 320px) 100vw, 320px" /></figure><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/12197/">目指すは、ごはんが進む海苔。海苔漁師･相澤太さん／宮城県東松島市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>三陸で牡蠣の種を養殖する「末永海産」／宮城県石巻市</title>
		<link>https://nihonmono.jp/article/12206/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 15 Nov 2012 03:48:50 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[宮城県]]></category>
		<category><![CDATA[海鮮]]></category>
		<category><![CDATA[牡蛎]]></category>
		<category><![CDATA[水産物]]></category>
		<category><![CDATA[三陸海岸]]></category>
		<category><![CDATA[養殖]]></category>
		<category><![CDATA[種牡蛎]]></category>
		<category><![CDATA[漁業]]></category>
		<category><![CDATA[牡蠣養殖]]></category>
		<category><![CDATA[加工食品]]></category>
		<category><![CDATA[養殖家]]></category>
		<category><![CDATA[ホタテ]]></category>
		<guid isPermaLink="false">http://nihonmono.jp/?p=12206</guid>

					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/02/12206_main.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>牡蠣の子供が育つ海 三陸の海の恵み、牡蠣。その生産の中核を担うのが、石巻市の万石浦(まんごくうら)だという。この日訪れたのは、末永海産株式会社。今回の旅で牡蠣の養殖家である気仙沼の畠山信さんを訪ねたが、畠山さんが養殖して [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/12206/">三陸で牡蠣の種を養殖する「末永海産」／宮城県石巻市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/02/12206_main.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><h2 class="wp-block-heading">牡蠣の子供が育つ海</h2>



<p>三陸の海の恵み、牡蠣。その生産の中核を担うのが、石巻市の万石浦(まんごくうら)だという。この日訪れたのは、<a href="http://www.suenaga.co.jp/index.html" target="_blank" rel="noreferrer noopener">末永海産株式会社</a>。今回の旅で牡蠣の養殖家である気仙沼の畠山信さんを訪ねたが、畠山さんが養殖しているのは私たちの食卓に並ぶ、出荷用の牡蠣。末永海産ももちろん出荷用の牡蠣も養殖し、加工品なども作っているが、それとともに重要な役割を果たしているのが 「種牡蠣 （稚貝）」 の採苗と養殖だ。<br><span class="swl-marker mark_yellow">種牡蠣とはつまり、養殖牡蠣の子供。意外なことに、牡蠣の種が採れる海は世界的にも少ないのだという。万石浦はそのなかのひとつなのだ。万石浦で育った種牡蠣は、日本全国のみならずアメリカやフランスにも輸出され養殖されているのだという。</span></p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="320" height="213" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/02/12206_img01.jpg" alt="" class="wp-image-12577" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/02/12206_img01.jpg 320w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/02/12206_img01-300x199.jpg 300w" sizes="(max-width: 320px) 100vw, 320px" /></figure>



<h3 class="wp-block-heading">種牡蠣ってどんなもの？</h3>



<p>そもそも種牡蠣といわれてもあまりイメージがわかない。そこで末永海産代表の末永勘二さんに説明をしていただいた。<br>まずロープにホタテの殻を50枚ほど通してくくりつける。そのロープを牡蠣の放卵時期 （7月頃） に海中に垂らす。すると海中に漂う牡蠣の卵がホタテの殻に付着し、そのホタテを寝床にして牡蠣が育つのだ。3ヶ月ほどたったのち、間引きをしてよりいい種牡蠣を残して再び海へ戻して成長させて、ようやく種牡蠣ができあがる。</p>



<p>その種牡蠣を養殖家へ出荷し、それぞれの養殖イカダから水中につるして出荷用の牡蠣を育てる。養殖イカダについては、気仙沼の畠山さんの項をみていただきたい。その畠山さん曰く、末永水産は種牡蠣作りの名人なのだという。<br>海の中に浮遊した種がホタテの殻に付着させ種牡蠣を採苗する、まさに自然と向き合う仕事だ。<br>「我々も、漁師もそうですが、カレンダーではなく月の満ち欠け、陰暦で動きます。海の潮が大事ですからね」 と末永さんは話す。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="213" height="321" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/02/12206_img02.jpg" alt="" class="wp-image-12576" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/02/12206_img02.jpg 213w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/02/12206_img02-199x300.jpg 199w" sizes="(max-width: 213px) 100vw, 213px" /></figure>



<h2 class="wp-block-heading">恵まれすぎていた三陸海岸</h2>



<p>末永さんが面白い話をしてくれた。この地域の牡蠣はそもそも亀が背負って運んできたという伝説が残っているというのだ。昔の人がそのように伝説として語り継ぐほどに、三陸海岸は海からの恩恵を受けてきたという。</p>



<p>「<span class="swl-marker mark_yellow">海産としては、三陸はとても恵まれている。何でもできる。牡蠣がダメならワカメ養殖ができる。ワカメがダメならホヤができる。</span>例えば県内でも波の荒いところだとそうはいかない。例えば遠浅の海だと養殖ができない。三陸は入り組んだリアス式海岸で、海が深くて養殖には恵まれている」 と末永さんは話す。そして 「ただ」 と続けた。<br>「<span class="swl-marker mark_yellow">恵まれすぎていたんだと思います。そのように何でもできる。海からの恩恵で生活ができた。だからこそ、その先にはなかなか行かなかった。徐々に水産業が衰退していくことにもなかなかついていけなかった。だから現在、加工品などの分野へも大きく力を傾けているんです</span>」</p>



<p>2011年、東日本大震災の甚大な被害のなかで、奇跡的に万石浦の種牡蛎は無事だったという。<br>これからの一つの目標は、牡蠣養殖に加えて安定した産業を作ること。末永さんは、もう新たな挑戦へ歩み出していた。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="320" height="213" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/02/12206_img03.jpg" alt="" class="wp-image-12575" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/02/12206_img03.jpg 320w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/02/12206_img03-300x199.jpg 300w" sizes="(max-width: 320px) 100vw, 320px" /></figure>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="320" height="213" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/02/12206_img04.jpg" alt="" class="wp-image-12574" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/02/12206_img04.jpg 320w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/02/12206_img04-300x199.jpg 300w" sizes="(max-width: 320px) 100vw, 320px" /></figure>


<div class="swell-block-postLink">			<div class="p-blogCard -external" data-type="type3" data-onclick="clickLink">
				<div class="p-blogCard__inner">
					<span class="p-blogCard__caption">NIHONMONO &#8211; 「にほん」の「ほんも&#8230;</span>
					<div class="p-blogCard__thumb c-postThumb"><figure class="c-postThumb__figure"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/02/12195_main.jpg" alt="" class="c-postThumb__img u-obf-cover" width="320" height="180"></figure></div>					<div class="p-blogCard__body">
						<a class="p-blogCard__title" href="https://nihonmono.jp/article/12195/" target="_blank" rel="noopener noreferrer">宮城を代表する味覚 牡蠣養殖家･畠山信さん／宮城県気仙沼市 &#8211; NIHONMONO</a>
						<span class="p-blogCard__excerpt">春の味覚!?牡蠣の旬の時期とは とろりととろけるようにミルキーな生牡蠣。身体がほくほくと温まる牡蠣鍋。冬になる</span>					</div>
				</div>
			</div>
		</div>

<div class="swell-block-postLink">			<div class="p-blogCard -external" data-type="type3" data-onclick="clickLink">
				<div class="p-blogCard__inner">
					<span class="p-blogCard__caption">NIHONMONO &#8211; 「にほん」の「ほんも&#8230;</span>
					<div class="p-blogCard__thumb c-postThumb"><figure class="c-postThumb__figure"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/02/12197_img02.jpg" alt="" class="c-postThumb__img u-obf-cover" width="320" height="180"></figure></div>					<div class="p-blogCard__body">
						<a class="p-blogCard__title" href="https://nihonmono.jp/article/12197/" target="_blank" rel="noopener noreferrer">目指すは、ごはんが進む海苔。海苔漁師･相澤太さん／宮城県東松島市 &#8211; NIHONMONO</a>
						<span class="p-blogCard__excerpt">海苔の収穫は早朝から 朝もまだ明けきらぬ、午前6時前。中田は船に乗っていた。どうしてそんな朝早くに海に出ている</span>					</div>
				</div>
			</div>
		</div><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/12206/">三陸で牡蠣の種を養殖する「末永海産」／宮城県石巻市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
	</channel>
</rss>
