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	<title>永平寺町 - NIHONMONO</title>
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	<description>「にほん」の「ほんもの」を巡る旅マガジン</description>
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	<title>永平寺町 - NIHONMONO</title>
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		<title>地元の米や水、耕す人々。“永平寺テロワール”で世界に挑む「𠮷田酒造」／福井県永平寺町</title>
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		<pubDate>Sun, 25 Feb 2024 03:00:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/ea7988b4aedcad748582fe2e18b3bc04.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>1806年創業の「𠮷田酒造」は、福井県𠮷田郡永平寺町（えいへいじちょう）にある酒蔵。永平寺町の高品質な酒米と豊かな水、そして、この土地の人々の営みと風土も含めて“テロワール”と表現し醸す酒は、老舗酒蔵にとって新たな世界の [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/ea7988b4aedcad748582fe2e18b3bc04.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>1806年創業の「<a href="https://www.jizakegura.com/" title="">𠮷田酒造</a>」は、福井県𠮷田郡永平寺町（えいへいじちょう）にある酒蔵。永平寺町の高品質な酒米と豊かな水、そして、この土地の人々の営みと風土も含めて“テロワール”と表現し醸す酒は、老舗酒蔵にとって新たな世界の扉を開く。</p>



<h2 class="wp-block-heading">先代が米作りで活路を開く</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/0207171c427725ec095ab936ffa5aeeb.jpg" alt="" class="wp-image-40756" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/0207171c427725ec095ab936ffa5aeeb.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/0207171c427725ec095ab936ffa5aeeb-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/0207171c427725ec095ab936ffa5aeeb-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>銘酒<strong>「白龍」を醸してきた𠮷田酒造</strong>は、雄大な九頭竜川のすぐそばにある。酒造りや米作りに適した良質な水が豊富な地域で、同じ永平寺町には<strong>「黒龍」の黒龍酒造</strong>や<strong>「越前岬」の田辺酒造</strong>など、全国的な知名度を誇る酒蔵が集中する。そんな激戦区で、𠮷田酒造の杜氏を務める𠮷田真子さん。2017年、25歳の若さで杜氏に就任し、当時、<strong>全国最年少女性杜氏として大きな注目を集めた。</strong></p>



<p>現在は母である由香里さんと姉の祥子さん、その夫の大貴さんと力を合わせて酒蔵を営んでいる。</p>



<h3 class="wp-block-heading">全量永平寺町産の米で純米酒を醸す</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="797" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/d695f238735208a9080db90ec4d859ec.jpg" alt="" class="wp-image-40757" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/d695f238735208a9080db90ec4d859ec.jpg 797w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/d695f238735208a9080db90ec4d859ec-300x207.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/d695f238735208a9080db90ec4d859ec-768x530.jpg 768w" sizes="(max-width: 797px) 100vw, 797px" /></figure>



<p>𠮷田酒造では真子さんが杜氏になった2017年から全量純米酒蔵となった。使う酒米は山田錦、五百万石、ハナエチゼンで、2018年からは、<strong>原材料米のすべてを永平寺町産で賄っている。</strong><br>真子さんが目指すのは、永平寺町産の酒米の特徴を生かしつつ、この土地の水のようにピュアで透明感のある<strong>「食中酒として盃がすすむ酒」</strong>だ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">新しい酒蔵で海外向けの酒を</h3>



<p>そして2023年、𠮷田酒造は新しい酒蔵を建て、純米や吟醸といった特定名称酒に頼らない海外向けの新しい酒造りを始める。家族経営の小さな蔵が世界に挑む原動力は、真子さんの父で、8年前に亡くなった6代目蔵元の智彦さんが家族に遺した酒造りへの情熱に他ならない。</p>



<h3 class="wp-block-heading">等級制度の酒造りからの脱却</h3>



<p>智彦さんが𠮷田酒造を継いだ1980年代、造っていた酒は一級酒や二級酒がメインだった。一級酒、二級酒というのは、かつて存在した日本酒の等級制度における呼称で、1992年に廃止され、純米や吟醸といった「特定名称酒」制度に変わった。<br>智彦さんはかつて酒造りの修行を行っていた滝野川醸造試験場での会合で、全国から集めた日本酒を飲む機会があった。会合の参加者が好んで飲み、真っ先に空になったのは、<strong>山田錦を磨き上げた大吟醸</strong>。その光景を目の当たりにし、一級酒や二級酒に依存していたのでは未来はないと感じた智彦さんは、山田錦を使って酒を造ろうと考えた。</p>



<h3 class="wp-block-heading">米を買えないなら、自分で作る</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="742" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/f26866827339ee59fa2a196d61318745.jpg" alt="" class="wp-image-40758" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/f26866827339ee59fa2a196d61318745.jpg 742w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/f26866827339ee59fa2a196d61318745-300x222.jpg 300w" sizes="(max-width: 742px) 100vw, 742px" /></figure>



<p>1990年、智彦さんは山田錦を酒造組合から購入しようとしたものの、実績がないことを理由に断られてしまう。悩んでいたとき、知人から自分で山田錦を作ったらどうかと提案されて、なるほどな、と思った。当時、𠮷田家は食用のコシヒカリを生産する田んぼをいくつも所有しており、智彦さんは早速、その一部で当時、栽培北限と言われた福井での<strong>山田錦栽培に着手した。</strong></p>



<h3 class="wp-block-heading">酒造りは、土作りから</h3>



<p>コシヒカリを作ってきた田んぼでは化学肥料を使っていたが、山田錦の栽培には、それを一切使わず農薬も極力使わないようにした。そのため、1年目に収穫できたのは田んぼ1反あたりわずか3俵。一般的な食用米が1反で8〜10俵ほど収穫できるというから、出来高は通常の3分の1程度。しかし、まずは無事に酒米が収穫できたことで良しとし、試験的に酒造りに臨んだ。はじめて自分で収穫した米から酒を造ることができる喜びは大きく、せっかく米作りから酒造りまでを、一貫してできるようになったのだから、特別純米酒、純米吟醸酒を造ることに。できた酒は、感慨深く、今後自社が進むべき道を標してくれているようだった。<br>そして、山田錦の栽培に取り組み始めてから3年後、ようやく一定の量と安定した品質の山田錦が収穫できるようになった。</p>



<h3 class="wp-block-heading">量ではなく質を追求</h3>



<p>智彦さんは、米作りと並行して「白龍」ブランドの強化に努め、商品ラインアップを増やしていった。2006年には<strong>蔵の創業当時の記録に残る「旭泉（あさいずみ）」という幻の酒を復活させ、創業200年の記念酒として「白龍 純米懐古酒 旭泉」を発売。</strong>山田錦を精米歩合85％の低精白に磨き、大昔に飲まれていたであろう米の旨味をしっかりと感じる味わいを再現した。また、大粒の山田錦を磨き上げた純米大吟醸などの高級酒造りにも取り組んだ。蔵の経営そのものは非常に厳しい状況が続いてはいたが、未来への方向性が少しずつ見えてきていた。</p>



<h2 class="wp-block-heading">先代の意志を継いだ家族の挑戦</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="828" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/b2e6e93c6c8a932feca9cd91663330bd.jpg" alt="" class="wp-image-40759" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/b2e6e93c6c8a932feca9cd91663330bd.jpg 828w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/b2e6e93c6c8a932feca9cd91663330bd-300x199.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/b2e6e93c6c8a932feca9cd91663330bd-768x510.jpg 768w" sizes="(max-width: 828px) 100vw, 828px" /></figure>



<p>それから、しばらく経った2014年6月、大学卒業を目前に控えていた真子さんの元へ由香里さんから連絡が届く。「智彦さんの体調がすぐれず、人手が足りない。大学を卒業したら実家に戻り、酒造りを手伝ってくれないか？」という相談だった。そこで真子さんは2015年春、大学を卒業した後、すぐ蔵に入り酒造りを手伝い始める。しかし、その年の暮れ、智彦さんは54歳の若さでこの世を去る。さらに翌年、伝手を頼んでいたベテランの南部杜氏が腰を痛め、高齢を理由に地元に帰ってしまうという事態に。こうした困難が重なり、蔵は未曽有の危機に陥った。</p>



<h3 class="wp-block-heading">母と娘で危機を乗り切る</h3>



<p>杜氏不在のまま、𠮷田酒造は2016年の酒造りをはじめた。多少の知識はあるものの、経験値はほとんどないに等しい状態の真子さん。県の機関である「食品加工研究所」に醪（もろみ）の経過を毎日送り、蔵に来てもらってアドバイスを受けながら、その年はなんとか乗り切ったが、これからの酒造りをどうするかは大きな課題として頭の中をぐるぐる巡っていた。智彦さんの死後、7代目を継いだ由香里さんは、真子さんに「あなたはこの2年間、酒造りを手伝い、蔵の方針をよく理解している。杜氏をやって欲しい」と持ちかけた。しかし、全国新酒鑑評会の開催をはじめ、酒類の分析や鑑定、製造業者に対する講習などを行う「酒類総合研究所」で約1カ月半の研修を受けたものの、まだまだ酒造りに精通していると胸を張って言える状態でなかった真子さんにとって、それは大きな不安となり、「私には無理だ。蔵を辞めよう」とまで思い詰めたという。そんな時、父と付き合いが深かった地酒協同組合の事務局から、北海道の「上川大雪酒造」で夏場の試験醸造に参加しないかとの打診があり、母の強い後押しもあり、真子さんは単身、北海道に向かった。</p>



<h3 class="wp-block-heading">家族が一丸となった𠮷田酒造</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="765" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/a87570c2307e37028f37cfaadc43aacc.jpg" alt="" class="wp-image-40760" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/a87570c2307e37028f37cfaadc43aacc.jpg 765w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/a87570c2307e37028f37cfaadc43aacc-300x216.jpg 300w" sizes="(max-width: 765px) 100vw, 765px" /></figure>



<p>2017年、<strong>「上川大雪酒造」</strong>の杜氏･川端慎治さんのもとで酒造りを一から学ぶうち、真子さんの心境に変化が起こる。それまでは「ただひたすら酒を完成させる」ことだけを考えていたが、経験豊富な川端さんの教えで酒造りの面白さや奥深さが少しずつ理解できるようになり、「自分が心からおいしいと思える酒を造りたい」という気持ちが湧いてきた。<br>研修を終えた<strong>真子さんは、正式に杜氏になることを決意。</strong>翌2018年には東京のIT企業に勤めていた姉の祥子さんが大貴さんと結婚し、夫婦で𠮷田酒造の力になりたいと入社した。<strong>祥子さんはIT企業で培った知識と経験を生かして蔵の近代化に取り組み、大貴さんは酒米作りの責任者に就任。</strong>亡き父が礎を築いた高品質な酒造りをさらに磨き上げるための体制が整った。</p>



<h3 class="wp-block-heading">香港の企業と合弁会社を設立</h3>



<p>父亡きあと、𠮷田酒造は父が遺してくれた山田錦の圃場拡大と酒質の更なる向上のために醸造設備の改善を進める。真子さんも年を重ねるごとに醸造技術を進化させ、長年目指してきた雑味がなくクリアでありながら米の旨味をしっかりと感じるな味わいに着実に近づく。<strong>2021年度の全国新酒発表会では「白龍」の純米大吟醸が金賞を受賞</strong>するなど、<strong>2021、2022年度の全国新酒発表会で「白龍 純米大吟醸」が2年連続で金賞を受賞</strong>するなど、近年その評価は定着しつつある。<br>そして2022年6月、𠮷田酒造は大きな挑戦に乗り出した。<strong>日本酒の世界展開を考えていた香港の上場企業「シンフォニー社」との共同出資により、海外向けに日本酒を醸造する新会社「シンフォニー𠮷田酒造株式会社」を設立。</strong>香港、シンガポールなどアジア圏を中心に、品質管理の徹底を図り、日本酒の価値を高めて、グローバル市場の開拓を目指す。<br>また、<strong>2023年には築100年ほどの古民家を改修した「吉峯梅庵（きっぽうばいあん）」が完成。</strong>この施設では、永平寺町産の酒米の魅力を知ってもらうワークショップや杉玉作り体験などのエクスペリエンスを通して、この地に根ざし日本酒を醸してきた酒蔵だからこそ知りうる、永平寺町の文化や風土の魅力を発信していく。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/d8ec8064cbd055e070ebf02828703441.jpg" alt="" class="wp-image-40761" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/d8ec8064cbd055e070ebf02828703441.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/d8ec8064cbd055e070ebf02828703441-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/d8ec8064cbd055e070ebf02828703441-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<h3 class="wp-block-heading">永平寺ブランドを世界へ</h3>



<p>こうして、𠮷田酒造は世界に向けて<strong>「永平寺テロワール」</strong>の素晴らしさを掲げはじめた。テロワールを表現する海外向けの酒には、あえて特定名称は付けず、自らと契約栽培農家が育む山田錦を中心とした酒米のもつポテンシャルを最大限に生かす酒質で勝負する予定だという。実現のためには、今まで以上に高品質な酒米の増産が必要になるが、原料米生産を担当する大貴さんが開催する山田錦生育の勉強会などを通して、つながりを深めてきた永平寺町の農家が𠮷田酒造グループの酒米づくりに参画してくれることで、その課題はクリアできる見通しだ。<br>「永平寺テロワールを表現した酒が海外でどう受け入れられるのか、そこには不安もあるが、期待の方が勝る」と真子さん。海外に向けた挑戦は、今まさにはじまったばかりだが、今後、𠮷田酒造グループが醸す日本酒が海外で評価されることで、永平寺町の認知も高まっていくとも考えられる。例えば有名なワイナリーのあるフランスの小さな町のように、それをきっかけに永平寺町へ足を運ぶ人が増えることも大いにありえるだろう。自分たちの起こしたアクションが、世界中から人を呼ぶ一助になる。そんな未来を目指し、𠮷田酒造の飽くなき挑戦は続く。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/40754/">地元の米や水、耕す人々。“永平寺テロワール”で世界に挑む「𠮷田酒造」／福井県永平寺町</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>全国に知られる「黒龍酒造」の新たな挑戦。新ブランドと新施設で世界市場を狙う/福井県永平寺町</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 31 Dec 2022 15:00:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/12/main-17.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>福井県を代表する酒蔵「黒龍酒造」は1804年、初代・石田屋二左衛門が永平寺町松岡で創業した。地元・福井のみならず、全国でも屈指の知名度を誇る酒蔵のひとつだ。その名声は、「良い酒をつくる」ための飽くなき挑戦によって高められ [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/34380/">全国に知られる「黒龍酒造」の新たな挑戦。新ブランドと新施設で世界市場を狙う/福井県永平寺町</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/12/main-17.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>福井県を代表する酒蔵「黒龍酒造」は1804年、初代・石田屋二左衛門が永平寺町松岡で創業した。地元・福井のみならず、全国でも屈指の知名度を誇る酒蔵のひとつだ。その名声は、「良い酒をつくる」ための飽くなき挑戦によって高められ、その挑戦は今もなお続いている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">“良い酒づくり”200年の伝統</h2>



<p> </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="/wp-content/uploads/2022/12/kiji1-17.jpg" alt="" class="wp-image-31997"/></figure></div>


<p> </p>



<p>「黒龍酒造」がある永平寺町松岡は、10キロほど離れた場所に<strong>曹洞宗の大本山・永平寺</strong>をひかえる。近くには福井県最大の河川である<strong>「九頭竜川（くずりゅうがわ）」</strong>が流れ、その古名である「黒龍川」にちなんだ『黒龍』は、「黒龍酒造」を代表するブランドになった。<strong>『黒龍』</strong>はハレの日を演出する高級酒として精米歩合60％以下の吟醸酒を始め、精米歩合35％〜50％の大吟醸酒を揃えている。</p>



<p>また<strong>『九頭龍』</strong>ブランドは、日常的に楽しむ日本酒として精米歩合65％を中心とした商品を展開している。</p>



<h3 class="wp-block-heading">全国に先駆けて大吟醸酒を発売</h3>



<p>「黒龍酒蔵」は創業以来「良い酒をつくる」との家訓を守り、生産量を追わず品質を追い続けてきた。昭和の高度経済成長期、酒をつくれば売れた時代にあっても「黒龍酒造」は味で勝負の信念を貫き、多量の醸造アルコールを添加する“三増酒”のような酒は一切作らなかった。しかし、当時は日本酒に等級制度（1992年に廃止）があり、国が審査をして品質が優良な「特級」、品質が佳良な「一級」、特級および一級に該当しないか審査を受けていない「二級」を定め、等級が上がるごとに酒税の額も高くなる仕組みだった。消費者にとっては一つの購入基準となっていたが、それは必ずしも飲んだときの美味しさと一致したものでは無かったと言える。「黒龍酒造」は品質の高い酒をあえて審査に出さず、税額の安い二級酒扱いにして少しでも価格を抑えようとしていたという。</p>



<p>その当時、「黒龍酒造」7代目の先代は、日本酒と同じ醸造酒としてのワインに注目し、フランスやドイツのワイナリーを巡った。帰国後は、日本酒もワインのように熟成できないかと試行錯誤を続け、品評会に出すような少量で高品質な酒づくりに力を注いだ。ついに1975年、日本酒業界にとってエポックメーキングとなる<strong>『黒龍 大吟醸 龍』</strong>を発売。価格は一升瓶で5000円。当時<strong>“日本一高価な酒”</strong>として話題になり、「吟醸酒」市場の扉を開いた。その後、大吟醸酒を低温で熟成した<strong>『黒龍 石田屋』『黒龍 二左衛門』『黒龍 しずく』</strong>といった商品が加わり、「黒龍酒造」の名が全国に知れ渡っていった。</p>



<h3 class="wp-block-heading">品質管理への飽くなき情熱</h3>



<p> </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/12/kiji2-17.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<p>1990年、大手酒造メーカーに勤めていた水野直人さんが「黒龍酒造」に入社。得意先まわりで訪問した店舗で、「黒龍酒造」の生酒や吟醸酒が常温のまま置かれている光景を目にする。それはいくら「良い酒」をつくっても、品質を維持できる環境ではなかった。自分たちが丹精込めてつくり上げた酒が自分たちの手を離れた後どの様に扱われるのかを目の当たりにした水野さんは、すべての得意先を見直すことを決意。日本酒を正しい温度で管理し、味わいに責任を持つ特約酒販店に限定した。一時的に売上は落ちたが、酒販店を何度も蔵に招くなどして関係を深め、業績も徐々に回復していった。「黒龍酒造」が200年以上の歴史を重ねる中で、酒づくりから販売まで一貫して品質にこだわり続け、信頼を積み重ねてきた成果といえる。</p>



<h3 class="wp-block-heading">「良い酒」を「良い環境」でつくる</h3>



<p>商品の品質管理状況を改善した水野さんは、次に酒づくりの環境整備に着手した。1995年、現在は<strong>醸造の総責任者である畑山　浩さんが入社</strong>。</p>



<p>仕込時期に合わせて蔵人を雇う季節労働型の酒づくりから、社員中心の酒づくりへの転換を目指した。酒づくりとは飲み手が美味しいと喜んでくれる良い酒を届けること。原酒を絞るところで終わるわけではない。出荷までの貯蔵環境を整えることも良い酒づくりには欠かせない要素だった。その為には通年で酒を管理できる専門のポジジョンをつくり、そのノウハウの継承ができるよう、知識を備えた社員蔵人の育成に取り組んだのだ。</p>



<p>そして、水野さんが「黒龍酒造」の8代目当主に就任した2005年には、1000㎡を超える冷蔵庫を備えた<strong>「兼定島 酒造りの里」</strong>が完成。「黒龍酒造」本社から車で5分ほどの永平寺町松岡兼定島にあり、本社で搾った原酒をタンクローリーで輸送し、低温・氷温での貯蔵管理を徹底している。いわば「熟成」のための施設であり、「黒龍酒造」では第２の酒づくりの場と位置づけている。</p>



<h3 class="wp-block-heading">日本酒の価値を高めるために</h3>



<p>先代が深い関心を抱いたワインは、高級なものだと、1本数十万から数百万円の値が付く。一方、同じ醸造酒である日本酒はどうか。水野さんは言う。「日本酒はワインに負けない美味しさがあり、手間もかかります。しかし、値付けに関しては、他の蔵の様子を横目でうかがいながら、まぁこんなものか、に落ち着く。私は酒販店が自信を持って最高級の日本酒を売る価格がどのくらいなのかが知りたかったのです」。</p>



<p>その思いをもとに2018年、「黒龍酒造」は新ブランド<strong>『無二（むに）』</strong>を発売した。年ごとの味の変化や、気象条件などのデータを積み重ね、純米大吟醸酒をビンテージワインのように熟成させた「黒龍酒造」における最高級の酒だ。価格を「入札会」によって決めたのも革命的だった。落札された中には、<strong>小売価格が1本10万円</strong>を超えたものもあったという。これは「日本酒の価値」を業界全体に問いかけ、日本酒の適正価格についての意識改革を促す強烈なメッセージとなった。</p>



<p>2022年には4年ぶりに第2回の「入札会」を開催。2013、2015、2016、2017年度産の『無二』が出品され、落札総額は前回から倍増した。</p>



<p>市場が日本酒をワインなどと肩を並べられる酒類として評価し、それが根付き始めていることの証明でもあった。</p>







<h2 class="wp-block-heading">「良い酒」を通して地域の文化を発信</h2>



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<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/12/kiji3-17.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


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<p>2022年6月、水野さんは3万坪の敷地に新施設<strong>『ESHIKOTO（えしこと）』</strong>をオープンした。『ESHIKOTO』は永平寺の下浄法寺（しもじょうほうじ）地区にあり、すぐ目の前に九頭竜川が流れる。</p>



<p>「黒龍酒造」のブランドは、現在すでに全国において確固たるものであるのに、水野さんはなぜ挑戦を続けるのか。先代から唯一、水野さんが繰り返し言われていた言葉がある。それは「ちゃんと継ぎなさい」。「黒龍酒造」は越前織の布や越前和紙を酒のラベルに用いてきた。酒づくりを通して、地域の文化を発信し、継いできたのだ。今回オープンした『ESHIKOTO』は、<strong>「黒龍酒造」の酒を通して福井の食と文化を発信</strong>し、次世代につなぐためのプロジェクトでもある。</p>







<h3 class="wp-block-heading">3万坪の敷地に酒蔵観光施設を</h3>



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<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/12/kiji4-17.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


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<p>「ESHIKOTO」は日本酒の貯蔵施設をはじめ、レストランや酒ショップなどからなる複合施設で、未だ建設途中の部分も多い。3万坪の敷地のうち、約1万坪に完成しているのは、「臥龍棟（がりゅうとう）」と「酒樂棟（しゅらくとう）」だ。</p>



<p>「臥龍棟」はイギリス・ロンドンの建築家サイモン・コンドル氏が設計を担当。日本の西洋建築の父とも呼ばれ、日本国内の代表作「東京復活大聖堂（ニコライ堂）」で知られるジョサイア・コンドル氏の孫にあたる人物だ。そのホールには、福井・美山産の巨大な一本杉のカウンターが置かれている。水野さんが自ら森に入って探した杉で、「黒龍酒造」と同様に200年の時を重ねた年輪が刻まれている。</p>



<p>「臥龍棟」はイベント開催に合わせて一般公開するスペース。ホールで、同じく永平寺内産で世界シェア2位を誇るハープの演奏会を開くなど様々な活動に利用している。</p>



<p>一方、「酒樂棟」にはカフェレストラン「acoya（あこや）」と酒ショップ「石田屋」がある。「acoya」は福井県食材を使う福井市のモダンフレンチの人気店「cardre（カードル）」の姉妹店だ。「石田屋」では、施設のオープンに合わせて発売した『ESHIKOTO』ブランドの酒や、「黒龍酒造」の日本酒など15種類以上の酒が日替わりで3種類テイスティングして購入できる。テイスティングは有料だが「黒龍酒造」の酒を試せるとあって人気ぶりは言うまでもない。また越前焼や越前漆器の酒器なども販売している。</p>



<h3 class="wp-block-heading">新シリーズの酒を発売</h3>



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<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/12/kiji5-17.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


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<p>新たに発売した『ESHIKOTO』ブランドの酒は3種類。<strong>『ESHIKOTO梅酒』</strong>は、福井県産品種の梅「新平太夫」が樹上で完熟し、自然落下した「黄金の梅」だけを使って作る。<strong>『永（とこしえ）』</strong>は、福井県産の「五百万石」と「さかほまれ」という2種類の酒米を使い、乳酸菌の自然繁殖を酒づくりに取り入れた。<strong>『ESHIKOTO AWA』</strong>は福井県産米で作る、“瓶内２次発酵”にこだわったスパークリング日本酒だ。瓶内2次発酵とは、瓶詰めした後に酵母の力によってゆっくりと時間をかけて発酵・熟成させる製法だ。炭酸ガスを注入する製法に比べて、よりきめ細かい泡が特徴で、高品質な泡酒を生み出す。この蔵では、熟成したもろみを搾る際に、完全に搾り切らずにもろみを残して瓶詰めする。そうすることで、発酵が続き、瓶内2次発酵によるきめ細かな泡ができる。</p>



<h3 class="wp-block-heading">スパークリング日本酒の挑戦</h3>



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<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/12/kiji6-15.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


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<p>「臥龍棟」の一角にはガラス張りの<strong>日本酒セラー「臥龍房」</strong>があり、最大約8000本の『ESHIKOTO AWA』を貯蔵できる。杜氏の畑山 浩さんによると『ESHIKOTO AWA』は約11度のセラーで発酵が進むという。「今、2018年産の『ESHIKOTO AWA』が100本あります。これをもっと寝かせたときにどう味が変化していくのか。まだ未知数な部分は多いですが、超えられない壁をつきやぶってこその伝統。スパークリング日本酒という挑戦を続けていきます」と水野さんは語る。</p>



<h3 class="wp-block-heading">世界に開かれた“良い場所”に</h3>



<p>新しい挑戦の場である『ESHIKOTO』のオープンと歩調を合わせるように、「黒龍酒造」に若い力が戻ってきた。水野さんの2人の娘だ。東京で会社員をしていた姉の真悠さんと、広島で日本酒の研究機関に勤めていた妹の紗希さん。ともにUターンし、「黒龍酒造」を擁する「石田屋二左衛門」に入社。真悠さんは経営に携わり、紗希さんは酒づくりに取り組んでいる。</p>



<p>『ESHIKOTO』は、永久を意味する「とこしえ」から名付けられた。「とこしえ」という言葉を、永久の象徴である“メビウスの輪”のようにひねりを加えると「えしこと」になる。「えし」は古語で「良い」を表すという。水野さん親子の夢は、『ESHIKOTO』をフランス・ブルゴーニュやアメリカ・ナパバレーのワイナリーのように、良い酒を醸しながら、世界中から集まる人たちとともに楽しむ、開かれた“良い場所”にすることだ。今後、『ESHIKOTO』の敷地には<strong>オーベルジュやウイスキーの蒸留所の建設</strong>も予定している。</p>



<p>「黒龍酒造」の「良い酒をつくる」伝統は、ブラッシュアップを続けながら次世代に承継され、永久（とわ）に続いていくに違いない。  </p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/34380/">全国に知られる「黒龍酒造」の新たな挑戦。新ブランドと新施設で世界市場を狙う/福井県永平寺町</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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