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	<title>森の名手・名人 - NIHONMONO</title>
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	<title>森の名手・名人 - NIHONMONO</title>
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		<title>土佐備長炭の技術を守り、仲間を増やし、原料の植林に邁進する炭の達人「合同会社 炭の森生」／高知県室戸市</title>
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		<pubDate>Mon, 13 Jul 2026 09:58:52 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/22morimoto-085120.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>高知県は備長炭日本一の生産量を誇る。その中心が室戸市。伐りたてのウバメガシを原料とし、20日間ほどの工程を経て焼き上げられる土佐備長炭。その第一人者の製炭士は、後継者の育成、材料の確保、そして環境保全という室戸（むろと） [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/22morimoto-085120.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>高知県は備長炭日本一の生産量を誇る。その中心が室戸市。伐りたてのウバメガシを原料とし、20日間ほどの工程を経て焼き上げられる土佐備長炭。その第一人者の製炭士は、後継者の育成、材料の確保、そして環境保全という室戸（むろと）の未来を見据えた活動に尽力している。</p>



<h2 class="wp-block-heading">炭の宝を育む、室戸の風土</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/22morimoto-01.jpg" alt="" class="wp-image-54836" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/22morimoto-01.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/22morimoto-01-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/22morimoto-01-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>かつては大型台風が再々上陸することで有名になった高知県東部、室戸市。海岸エリアは漁業の町として栄える一方、その山奥深くには、今も静かに煙をあげる土佐備長炭の窯が点在している。そのひとつに、47年以上にわたり炭を焼き続けてきた製炭士、森本生長（せいちょう）さんの仕事場がある。</p>



<p>森本さんが土佐備長炭を焼く窯場は、室戸市を流れる清らかな羽根（はね）川の上流に位置する。土佐における白炭（木炭）づくりの歴史は江戸時代まで遡る。ここ室戸は、海岸沿いや岩場といった厳しい環境で育つウバメガシをはじめ、アラカシやウラジロガシなど、重くて堅い木が自生する土地。明治時代、紀州の炭焼き職人が羽根の地に移り住んだことで、その高度な技術が伝承された。地元の職人たちはさらなる窯の改良に励み、やがて室戸は備長炭の産地として全国から注目を集めることとなる。</p>



<h3 class="wp-block-heading">土窯の研究は一生終わらない</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/22morimoto-083908.jpg" alt="" class="wp-image-54837" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/22morimoto-083908.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/22morimoto-083908-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/22morimoto-083908-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>2017年（公社）国土緑化推進機構より「森の名手・名人」の選定を受けるなど、今や製炭業界で著名な森本さんも、10代の頃はパイロットを志していた。高校卒業後は航空電子系の専門学校で学ぶが、途中でその夢を断念。30歳まで東京でサラリーマン生活を送った後、将来を見据えて帰郷する。</p>



<p>当時は米づくりや畜産を営む傍ら、山でウバメガシなどを伐り出し、製紙会社へパルプの原材料用として売っていたという。転機になったのは、地元で唯一備長炭をつくっていた先輩からの勧めだった。「これをパルプに持っていくのはもったいない、私が教えるから炭を焼いてみないか」との誘い。それが備長炭との出合いになった。</p>



<p>&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;昭和30年代に入って、家電用品等の発達により木炭産業は急速に斜陽化へと追い込まれた。そのため山から離れる製炭士が多くいた。森本さんは山に残されていた土窯を修復し、先輩のアドバイスを仰ぎながら試行錯誤を重ねた。素人ながらもそこそこ出来の良い炭が焼け、「父親もビックリしたんです」と森本さんは笑う。</p>



<p>「同じ工程を続けていたのに、次第に炭の出来が悪くなっていきました。それで調べてみると、窯の壁に亀裂が入っており、熱が逃げていたんです。それを修理して再び焼いてみたところ、見違えるような上等な炭になりました。それがきっかけで窯そのものに興味を持ち、本格的な勉強を始めました」。</p>



<p>当時は周辺に炭焼きのベテランが多く、天井の形ひとつとっても、徳利（とっくり）型を得意とする人や、円形を得意とする人など、それぞれの技を参考にしていったという。森本さんは「窯底の熱を蓄える保温力、窯の気密性、そして強度。この３点が窯づくりにおいて最も肝心な要素だ」と語る。</p>



<h2 class="wp-block-heading">灼熱の窯。その熱を全身で受けて立つ</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/22morimoto-b-others07.jpg" alt="" class="wp-image-54838" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/22morimoto-b-others07.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/22morimoto-b-others07-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/22morimoto-b-others07-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>黒炭と白炭は、原料の木というより「焼き方と仕上げ方」の違いで分かれる。土佐備長炭が分類される白炭は、1,000度を超える高温で一気に炭化させ、窯から赤熱したまま掻き出して土と灰をかけて急冷する。この急冷でできる表面の白い灰がその名の由来であり、硬く締まって叩くと澄んだ金属音を響かせ、火力が強く長時間燃え続ける。対する黒炭は、比較的低い温度でじっくり焼き、窯を密閉して炭化させたあとそのまま窯内で冷ます。仕上がりは黒くやわらかで、火付きがよく扱いやすいため、飲食店などの専門店で愛用される白炭に比べ、レジャーや家庭用などに好んで使用される傾向がある。</p>



<p>白炭の代表格とも言える備長炭において、室戸が日本一の産地となった背景には、いくつもの条件が重なっている。原木に最適なウバメガシをはじめとするカシ類が豊富に自生していたこと、明治40年(1907年)、四国遍路で室戸を訪れた紀州の炭焼き職人・植野蔵次が、当時の土佐の未熟な窯の欠点を見抜き、紀州備長炭の製炭技術を伝授したこと、土佐の風土に合わせて窯を改良し、大きな窯で良質な炭を量産する技術が根づいたこと、など。</p>



<p>そして、何より森本さんらによる後継者育成と植林を通じた、持続可能な生産体制があったことが非常に大きい。</p>



<p>では、その土佐備長炭はどのようにして作られるのか。まず森本さんは山からウバメガシを伐採し、窯へ原木を投げ入れるように、横に並べていく。その際、あえて重なる部分を設け、空気の道をつくる。そこから火を入れて加熱し、一週間ほど蒸し込んで原木の水分を飛ばしていく。森本さんは、この段階の管理が重要だという。原木の含水率が高いままだと、後からひび割れが生じ、質の良い炭にならないからだ。水分の多い初期段階では煙突から白い煙が出るが、乾燥が進むにつれて次第に透明へと変化する。熱気に耐えながら煙に手を当て、湿るとまだで、肌触りがサラっとした状態になれば、乾燥が進んだ合図である。</p>



<p>乾燥が終わると密閉し、ごく少量の空気を送り込んで蒸し焼きにすることで炭化させる。この作業は「ねらし（精錬）」と呼ばれ、炭に含まれる不純物を燃やし切る重要な工程だ。炭化が完了し、窯の口を開けて空気を送り込むと、内部は1,000度を超える高温を生み、高炉の鉄のように真っ赤になった木を掻き出し、土と灰をまぜた「素灰（すばい）」をかけ急速に消火、急冷することで、炭の表面が白っぽくなる。</p>



<p>世界にも類がない硬質の炭は、打ち合わせると、キーンと金属のような、美しく澄んだ音を響かせる。</p>



<p>窯入れから窯出しまで、20日前後を要する。焼きあがった炭は、その形状や太さに応じて選別され、サイズを揃えたのち、除湿室に入れて、水分が戻らないように管理する。</p>



<h2 class="wp-block-heading">食文化を支える世界最高峰の炭</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/22morimoto-b-others11.jpg" alt="" class="wp-image-54839" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/22morimoto-b-others11.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/22morimoto-b-others11-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/22morimoto-b-others11-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>「見た目も綺麗で、長時間燃焼するのが良い備長炭」と森本さんはまっすぐに見つめて話す。質の高い炭になれば、３時間でも４時間でも燃焼し続ける。だが、完璧な備長炭を作ることは難しいと正直に明かす。炭化させる「ねらし」をかけすぎると、見た目は美しい炭になるが、燃焼成分が抜けすぎて火力が落ちてしまう。「その微妙な加減を攻めなきゃいけない」という言葉には、長年の経験に裏打ちされた炭焼きの奥深さが宿る。そして、「この備長炭は食文化にも貢献している、世界最高峰の炭だから」と少年のように目を輝かせる。</p>



<p>備長炭は長時間燃焼するだけでなく、煙が出ないため、食材に余計な匂いがつかず素材本来の味を活かすことができる。繊細な味を求める料亭やうなぎ店、焼き鳥店などからの需要は絶えず、常に品不足の状態だ。問屋からの催促に追われるなか、今年も２か月に３回のペースで窯入れを行うという。</p>



<h3 class="wp-block-heading">後継者は大歓迎</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/22morimoto-b-others05.jpg" alt="" class="wp-image-54840" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/22morimoto-b-others05.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/22morimoto-b-others05-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/22morimoto-b-others05-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>もちろん、これまですべて順調だったわけではない。昭和後期から安価な中国産の備長炭が出回り始め、国内産は大打撃を受けた。まだ若手だった森本さんの炭も、売れない時期が続いたという。その後2000年代になって中国が木炭の輸出を禁止したが、この20年足らずの間に、60人程いた製炭士は、20人ほどまでに減り、全体の3分の２が窯を離れた。</p>



<p>現在は生産量に限りがある一方、国内だけでなく海外からも引き合いがあるため、備長炭不足の状況が続いている。森本さんは「備長炭を仕事にしたい若者がいれば大歓迎」と、仲間を増やしたいと考えた。新規参入者が一歩を踏み出しやすいよう、収入を得やすい省力窯の導入や機械化を推進してきた。また、室戸市長に掛け合い、2011年には後継者育成制度をつくり、毎年３人ほど研修生を受け入れた。彼らが独立した後も、原料となるウバメガシの調達を含め、フォローを欠かさない。</p>



<p>すでに30人以上が森本さんから学び、そのうち10人程が独立して、高知県内外に窯を構えている。現在室戸市には30人程の製炭士がいる。</p>



<h2 class="wp-block-heading"><strong>山の厳しさを実感する</strong></h2>



<p>森本さんの窯から車で10分ほど走ると、所有する山がある。見るからに険しい山の頂上まで行けるよう、自ら重機を操ってジグザグに道を切り拓き、４駆の軽トラなど運搬車が登れるよう整備したという。皆が頂上の奥にあるウバメガシをチェーンソーで伐り出す。運搬車が入れない場所では、ワイヤーを使って吊りあげながら搬出する。</p>



<h3 class="wp-block-heading">土佐備長炭の未来を、つなぐ</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/22morimoto-104748.jpg" alt="" class="wp-image-54841" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/22morimoto-104748.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/22morimoto-104748-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/22morimoto-104748-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>ウバメガシの親株の枝や幹の一部に傷をつけて発根させた「取り木」を植えるほか、森林組合などに委託して苗木の植樹もしている。製炭士1人が年間で使用するウバメガシは1ha（ヘクタール）約5000本で、40haあれば生育から伐採までのサイクルを安定させることができる。</p>



<p>その理由として、備長炭の炭材であるウバメガシは、伐っても切り株から芽吹く「萌芽（ほうが）更新」で、約20年をかけて再生していく。40haをその周期に合わせて区画ごとに順に伐っていけば、一巡する頃には最初の区画がじゅうぶんに育つため、植え直しも開墾も要らず、製炭士1人が仕事を続けられる環境を維持できるというわけだ。</p>



<p>「昨年は4万本、8ha植えたけれど、あと100haぐらいは植えんといかん」と話し、案内してくれたのは苗木ポットが並ぶ場所だった。「これはウバメガシ、こっちはウラジロガシ、クヌギ。この３種類を中心に植えようと思っています。ウラジロガシは薬にも使えるし、良い炭にもなる。クヌギは茶道で使われる菊炭に。どんぐりの実は動物の餌になる。自然環境を守るならやっぱり広葉樹のほうがいい。根を張って土砂崩れを防ぐし、木を伐っても元へ戻るしね」と話す。</p>



<h2 class="wp-block-heading">無形文化財登録、その先の夢へ</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/22morimoto-110343.jpg" alt="" class="wp-image-54842" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/22morimoto-110343.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/22morimoto-110343-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/22morimoto-110343-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>３回目の挑戦となるが、県と製炭士たちは土佐備長炭の「無形文化財登録」を目指している。森本さんは「技術の保存と品質の安定。土佐備長炭の名を冠する以上は、一定の品質を守りたい」と語る。さらに「無形文化財に指定されれば、世界遺産を目指せそうな気がする」と笑みをこぼす。「地域全体で原料のウバメガシを半永久的に持続可能にし、産業を成り立たせていく。二酸化炭素の排出を抑え、環境も守る。これほどの循環モデルは他にないと感じています」と、その想いを語った。</p>



<p>後継者育成、原料確保、そして環境保全。この3つの課題に取り組みながら、土佐備長炭と地域の未来を切り拓くベテラン製炭士の歩みは、止まることを知らない。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/54827/">土佐備長炭の技術を守り、仲間を増やし、原料の植林に邁進する炭の達人「合同会社 炭の森生」／高知県室戸市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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