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	<title>工芸品 - NIHONMONO</title>
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	<description>「にほん」の「ほんもの」を巡る旅マガジン</description>
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	<title>工芸品 - NIHONMONO</title>
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		<title>かごのある里山の風景を世界の人に見せたい。竹工芸収集家･斎藤正光さん／栃木県塩谷町</title>
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		<pubDate>Mon, 22 Apr 2024 01:00:00 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/1d34275d6f27c044cac151008c6c843a.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>世界的にも有名な竹工芸品の収集家が栃木県の塩谷町にいる。古代から現代の美術品･民具･衣服･装飾品をヨーロッパ以外の世界から集めて所蔵するパリのケ･ブランリ美術館でコレクションの展覧会を開催。また、世界最大級の規模を誇るニ [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/1d34275d6f27c044cac151008c6c843a.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>世界的にも有名な竹工芸品の収集家が栃木県の塩谷町にいる。古代から現代の美術品･民具･衣服･装飾品をヨーロッパ以外の世界から集めて所蔵するパリのケ･ブランリ美術館でコレクションの展覧会を開催。また、世界最大級の規模を誇る<a href="https://www.metmuseum.org/plan-your-visit/met-fifth-avenue" title="">ニューヨークのメトロポリタン美術館</a>では竹かご展開催に協力するなどの功績が輝かしいコレクターだ。</p>



<h2 class="wp-block-heading"><strong>竹工芸収集家･斎藤正光さんとはどんな方なのだろうか</strong></h2>



<p>竹工芸収集家･斎藤正光さんは<s>、</s>前述の美術館の他にも、日本の竹工芸品コレクターのパイオニアであるロイド・コッツェン氏の東京や大分をはじめとする国内6カ所でおこなわれた「竹の造形 ロイド･コッツェン･コレクション展」や国内外の美術館でおこなわれる展覧会のコーディネートをおこない、多数の出版物やNHKの「美の壺」の「竹かご」編などにも携わるなど多彩な経歴をもっている。</p>



<h3 class="wp-block-heading">生まれ育った栃木県塩谷町</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/847234b3d33a06d20bb381ebabaccefb.jpg" alt="" class="wp-image-42199" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/847234b3d33a06d20bb381ebabaccefb.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/847234b3d33a06d20bb381ebabaccefb-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/847234b3d33a06d20bb381ebabaccefb-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>世界屈指の竹工芸コレクターである斎藤さんが生まれ育ったのは、栃木県塩谷町。周辺の日光、那須塩原、矢板にまたがる高原山（たかはらさん）のふもとに位置する塩谷町は湧水の里として知られる。高原山は「水源の森百選」に選ばれ、環境省によって名水百選の一つに選定されている「尚仁沢湧水（しょうじんざわゆうすい）」があり、日本有数の名水が湧き出ている土地だ。</p>







<h3 class="wp-block-heading">塩谷の里山に訪れたケ･ブランリの館長</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/b1c4da82ce282c60f5deca6039751d26.jpg" alt="" class="wp-image-42200" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/b1c4da82ce282c60f5deca6039751d26.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/b1c4da82ce282c60f5deca6039751d26-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/b1c4da82ce282c60f5deca6039751d26-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>緑ゆたかで里山の原風景が残るこの地に佇む古民家が、斎藤さんの栃木の拠点である。その古民家の空間に、ぴったりと似合うコレクションの数々が用意されていた。美しい竹かごを前にしてうっとりと眺めていたら、驚くことを斎藤さんは口にした。「ケ･ブランリ美術館の館長もここにきて、かごを選んでいったんですよ」。<strong>ケ･ブランリ美術館の館長自ら</strong>が、この<strong>塩谷町の古民家を訪れて</strong>、用意しておいたコレクションの中から<strong>展覧会に出す品を選んでいった</strong>のだという。まさか栃木の片田舎で、世界中が注目する展覧会のやり取りがおこなわれていたと誰が想像できようか。</p>



<h2 class="wp-block-heading"><strong>江戸時代から注目されていた日本の竹工芸</strong></h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/7bdbba6e071d1b4565508e0246521d63.jpg" alt="" class="wp-image-42201" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/7bdbba6e071d1b4565508e0246521d63.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/7bdbba6e071d1b4565508e0246521d63-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/7bdbba6e071d1b4565508e0246521d63-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>かごは古くから生活道具としてあったが、斎藤さんが収集しているかごはそれらとは別の系統のもので、室町時代に中国から渡ってきたという「花籠（はなかご）」。中国から入ってきた花籠は唐物（からもの）と呼ばれ、江戸時代の終わりから明治時代にかけて煎茶の道具として広まったが、その人気に対して数が足りなくなったため、唐物の写しをつくる日本人がでてきたとされる。「唐物より繊細につくられた花籠に、作家が名前を入れるようになったのが日本の竹工芸の始まりなのです」と、斎藤さん。生活用品から作品へと昇華した<strong>日本製のかごは、江戸時代から海外に輸出されるようになっていった。</strong>シーボルトのコレクションの中にも日本の竹かごがたくさんあり、今でもオランダのライデン国立民族学博物館、<strong>日本製のかごが世界で評価されている</strong>ことがうかがえる。</p>



<h3 class="wp-block-heading">なぜ栃木県は竹工芸で有名なのか</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/320c7b089a33410c51ec727f185f2824.jpg" alt="" class="wp-image-42202" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/320c7b089a33410c51ec727f185f2824.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/320c7b089a33410c51ec727f185f2824-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/320c7b089a33410c51ec727f185f2824-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p><strong>じつは、栃木県は日本で竹工芸が盛んで有名な場所のひとつ</strong>。その理由として考えられるのは、明治23年栃木市に生まれ、戦前戦後に活躍した、<strong>飯塚琅玕斎（いいづかろうかんさい</strong>）という竹工芸の作家がいたからだ。琅玕斎の家は代々竹工をなりわいにし、近隣では知られたかご師一家だった。父は初代 飯塚鳳齋（いいづか ほうさい）、兄は二代目 飯塚鳳齋。その弟子筋の人たちが栃木にはたくさんいて、さらに広まり、栃木県が竹工芸で有名になっていったのではないかと思われる。</p>



<h3 class="wp-block-heading">飯塚琅玕斎がつくるかごや竹工芸とは</h3>



<p>飯塚琅玕斎のかごとはどのようなものなのか。琅玕斎は1925年に<strong>パリ万国博覧会で銅賞を受賞</strong>。さらに、1933年に<strong>シカゴ万国博覧会に出品</strong>している。大正天皇の即位式用品や昭和天皇の大礼献上品などの製作もした作家である。斎藤さんの研究によると、琅玕斎のかごは、日本的な解釈でかごをつくった上で外国の要素を取り入れるなど、他の作家とは少しアプローチが違うという。パリ万博で有名になった琅玕斎のかごは、一躍有名になり海外からも注目された。</p>



<h2 class="wp-block-heading"><strong>無名のものを世に知らしめる仕事を竹工芸の世界に</strong></h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/099c54814c66900118ab077b9f17a26e.jpg" alt="" class="wp-image-42203" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/099c54814c66900118ab077b9f17a26e.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/099c54814c66900118ab077b9f17a26e-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/099c54814c66900118ab077b9f17a26e-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>日本の古い竹工芸品は文献のないものが多く、斎藤さんは収集をする一方で研究を重ねた。自ら工芸品をつくった方の遺族に会いにいきデータを収集、それらをまとめるなどして竹工芸品を美術品の域まで高めて展覧会に尽力。斎藤さんの活動があったからこそ、世界の名だたる美術館で展示される価値のあるものになったのではなかろうか。</p>



<h3 class="wp-block-heading">竹工芸との出会いから収集にいたるまで</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/163f4bff042ff3e1766b4bf8686686ea.jpg" alt="" class="wp-image-42204" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/163f4bff042ff3e1766b4bf8686686ea.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/163f4bff042ff3e1766b4bf8686686ea-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/163f4bff042ff3e1766b4bf8686686ea-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>世界で活躍する斎藤さんが、そもそも竹工芸品の収集をはじめた理由は約40年前にさかのぼり、偶然出会った一人のかご作家がはじまりだったという。「彼に見せてもらったかごがとても綺麗で、現代美術品に見えたんです」。てっきり、現代美術品をつくっている人なのかと思いきや、その作家は現代美術を知らなかった。斎藤さんは「現代美術を知らなくても、こういった美しいものが作れるのか！」と衝撃を受け、興味を持ち、そこから今にいたるまでの長い収集の道が始まった。</p>



<h3 class="wp-block-heading">モノを集めるより、モノを伝えたい</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/af785dbbf64fdca3acdbcb5df90b3498.jpg" alt="" class="wp-image-42205" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/af785dbbf64fdca3acdbcb5df90b3498.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/af785dbbf64fdca3acdbcb5df90b3498-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/af785dbbf64fdca3acdbcb5df90b3498-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>はじめてかごを見た時に感じた「<strong>工作としての素晴らしくて高い技術と造形美</strong>」は、現代美術品にも勝るという確信に変わり、現代美術の文脈にこのかごを持ち込んだらおもしろいと閃いた。そこからは、竹工芸作家の展覧会を現代美術の画廊でおこなうなどの活動を開始。すると、アメリカでも同じように竹かごをたくさん集めている人たちがいて、出会うきっかけにもなった。交流を深めると彼らに影響を受けるようになり、「展覧会をやるにはもっと集めないと」とさらに収集が進んでいき、気がつけば40年の月日が流れていたそう。「展覧会をやる為には数が必要なので集めましたが、<strong>集めるより伝えたい気持ちが強かった</strong>のかもしれません」。斎藤さんは20代の頃にレコード会社へ勤めた経験からプロモーションの知識があった。そのノウハウでテレビや雑誌で特集を組むなど、意図的にメディアを使ったプロモーションを行い、展覧会などを軒並み成功させていった。今ほど有名ではない時代から、竹工芸の魅力を広められた秘訣はこのあたりにあるのではないだろうか。もちろん苦労もあったと思うが「結局は楽しいからやってこれたんです」と笑顔で話す。</p>



<h2 class="wp-block-heading"><strong>古民家を中心に里山を整備して、海外や国内から人をよびたい</strong></h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/38eafdaa18ccebb6d6cba3765ed10b94.jpg" alt="" class="wp-image-42206" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/38eafdaa18ccebb6d6cba3765ed10b94.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/38eafdaa18ccebb6d6cba3765ed10b94-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/38eafdaa18ccebb6d6cba3765ed10b94-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>しなやかで繊細な竹を工芸として扱うのは、世界を見ても日本だけだろうと話す斎藤さん。しかし、竹工芸品をコレクションするのは主に海外の方だという。それは、アメリカを中心に故ロイド･コッツェン氏のコレクションが竹工芸の素晴らしさを人々に伝えてくれたからだろう。コレクションは現在、サンフランシスコのアジア美術館に寄贈され、今も見ることができる。その影響もあり、現在はアメリカやヨーロッパ、中国をはじめとするアジアでコレクターが増えているという。それらをふまえて、竹工芸を美術品として価値を高めながら、マーケットがどこにあるかを見極めて多方面に挑戦してみたいと語る。</p>



<h3 class="wp-block-heading">竹工芸とファッションや建築のコラボ</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/639ae2806743886b75e4e1f3f03393db.jpg" alt="" class="wp-image-42207" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/639ae2806743886b75e4e1f3f03393db.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/639ae2806743886b75e4e1f3f03393db-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/639ae2806743886b75e4e1f3f03393db-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>竹工芸はテキスタイルや建築とも通じるとし、ファッションや建築物などとのコラボなどを考案中。作家に提案したり、オーダーしたりして、<strong>竹の可能性を無限大に探る</strong>。それでいて、身近なものであってほしいとも願う。竹工芸は技術力を必要とし、難易度が高く数がつくれない上に高価だ。それを異なる素材の組み合わせやデザインでカバーし、竹工芸を新しく身近なものにしていく。コンセプトやデザインを際立たせることで、若い人にも手にしてもらいたいとアイデアを巡らせて、竹工芸の世界を広げるという豊かな発想だ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">竹かごが本来「あるべき所」にある姿</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/f05fd7afa727044d48da0294804f2023.jpg" alt="" class="wp-image-42208" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/f05fd7afa727044d48da0294804f2023.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/f05fd7afa727044d48da0294804f2023-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/f05fd7afa727044d48da0294804f2023-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>竹工芸を求めるコレクターはもちろん、興味を持っている外国人や日本人すべての人にかごの「あるべき姿」を見てもらいたいと斎藤さんは語る。本来「あるべき姿」とは、この塩谷町に残るような「里山の風景に自然と置かれる姿」。それは、昔懐かしい日本の風景。その想いを実現させるために、この古民家や敷地内を整備して人を呼べるようにしたいと考える。竹かごの世界を身近に感じてもらうための斎藤さんの夢は計り知れない。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/42197/">かごのある里山の風景を世界の人に見せたい。竹工芸収集家･斎藤正光さん／栃木県塩谷町</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>日本の文化と美しい色彩をガラスに溶かし込んで。ガラス作家・花岡央さん／岡山県備前市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 19 Apr 2024 01:00:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/5118a8c5679d122acfd13a3942fe8776.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>岡山市中心部から東へクルマで約1時間の場所に位置し、備前焼の里として知られる岡山県備前市。その穏やかな海の近くに吹きガラス工房を構える、花岡央（はなおかひろい）さん。美しい色彩と優しい雰囲気をまとった日常使いのガラスの器 [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/42175/">日本の文化と美しい色彩をガラスに溶かし込んで。ガラス作家・花岡央さん／岡山県備前市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/5118a8c5679d122acfd13a3942fe8776.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>岡山市中心部から東へクルマで約1時間の場所に位置し、備前焼の里として知られる岡山県備前市。その穏やかな海の近くに吹きガラス工房を構える、花岡央（はなおかひろい）さん。美しい色彩と優しい雰囲気をまとった日常使いのガラスの器で人気を集めている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">芸術への憧れからガラスの道へ</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/f233166487e2b45eba778f83298734f8.jpg" alt="" class="wp-image-42177" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/f233166487e2b45eba778f83298734f8.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/f233166487e2b45eba778f83298734f8-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/f233166487e2b45eba778f83298734f8-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>花岡さんが生まれ育ったのは、岡山を代表する焼物・備前焼の産地である備前市。そのため、一番身近な存在のアートは備前焼だったという。加えて、趣味で絵を描く父親の姿に子どもの頃から憧れを抱いていた。<br><br>それらの影響から高校卒業後は、美術大学で備前焼を学ぼうと考え、倉敷芸術科学大学への進学を果たす。専門分野を決めるまでの課程では、焼物やガラス、染織などさまざまな工芸を学ぶことに。そのなかで、「焼物と違って、作った翌日には作品が完成するというスピード感が、自分の性格に合うと感じた」のが、ガラスだったという。その感覚を信じ「ガラスコース」に進み、当時、教授を務めていた倉敷ガラスの創始者・小谷眞三氏に師事する。<br><br>在学中は、早く自分が思い描くものを形にできるようになりたいと、授業以外にも時間を見つけては練習に励み、全国各地で行われていた勉強会にも参加するなど、まさにガラス作りに邁進する日々を送った。</p>



<h3 class="wp-block-heading">誰に向けて、どう作るか</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/92cbb4b1a09a77058ec609bda7b58f06.jpg" alt="" class="wp-image-42178" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/92cbb4b1a09a77058ec609bda7b58f06.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/92cbb4b1a09a77058ec609bda7b58f06-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/92cbb4b1a09a77058ec609bda7b58f06-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>大学卒業後は、大阪でガラス作家・辻野剛氏の吹きガラス工房「fresco」に就職。その工房は、ガラスの器を使う人の生活にどう取り入れてもらうかまでをトータルデザインして、世に出していくというスタンスを大切にしていた。「誰に向けて作るのか、手に取ってもらう相手をイメージしながら作る。まずそこを固めてから制作をスタートする。そういうやり方を学べたことが自分にとってかけがえのない経験となりました」と花岡さんは当時を振り返る。</p>



<h2 class="wp-block-heading">「自分ならでは」「この地ならでは」のガラスを</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/3ca644c0bf6d0897f4afe6c8fa3e85d4.jpg" alt="" class="wp-image-42179" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/3ca644c0bf6d0897f4afe6c8fa3e85d4.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/3ca644c0bf6d0897f4afe6c8fa3e85d4-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/3ca644c0bf6d0897f4afe6c8fa3e85d4-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>9年間「fresco」に勤務した後、2013年に独立。故郷・備前市に戻り、ギャラリーを併設した<a href="https://www.hiroyglass.com/" title="">吹きガラス工房「HIROY GLASS STUDIO」</a>を構えた。</p>



<p>花岡さんが用いるのは、吹き竿に息を吹き込み、型を用いずに整形していく「宙吹き」の技法。「宙吹きだと、その日によって『これがいい』が違ってくる。体調や気分によって、よくも悪くもなるというところが、吹きガラスのおもしろさだと思うんです」と、楽しそうにその魅力を教えてくれた。</p>



<p>自身の工房を構えてから軌道に乗るまでは、ガラス教室を開催する傍ら、作品を携えてギャラリーやショップを回り、少しずつ販路を開拓していったという。</p>



<p>そのなかで、花岡さんが大切にしたのは、「これを作りたい」「これを売りたい」という自分の思いだけを優先させるのではなく、先方の要望を聞いて作品に取り入れること。そうした柔軟な姿勢が、結果として作品の幅を広げていくことにつながっていったのだ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">スリットが印象的な代表シリーズ</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/8bd955afa472f40d047d7236d8e8a89e.jpg" alt="" class="wp-image-42180" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/8bd955afa472f40d047d7236d8e8a89e.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/8bd955afa472f40d047d7236d8e8a89e-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/8bd955afa472f40d047d7236d8e8a89e-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>昔から日本の伝統的なものに美しさを感じて育った、花岡さん。その感性を生かして誕生したのが、古い日本家屋に見られる「連子（れんじ）格子」をイメージしたスリット模様が印象的な「ren（レン）」シリーズだ。多彩な色彩と、光を受けて落ちる影をも楽しめるだけでなく、スリットがもたらす境界線のあいまいさによって、どこに置いてもしっくりとなじむ不思議な魅力をたたえている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">人がやらないことに挑戦</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/5082531cf1ad4524b78866057a5df756.jpg" alt="" class="wp-image-42181" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/5082531cf1ad4524b78866057a5df756.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/5082531cf1ad4524b78866057a5df756-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/5082531cf1ad4524b78866057a5df756-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>「ren」シリーズは、一見、切子ガラスのように見えるが、その製法はまったく異なる。まず透明ガラスに色ガラスをかぶせて温めてガラス玉を作り、いったん冷ます。その後、表面を線状に削り落とした上で磨きをかけるという工程を経て、再び熱を加えて吹いて成形していく。このやり方は、スウェーデンで生まれた「グラール技法」を参考しているという。「削ってから吹くという点が、切子とは大きく違います。それにより、切子ではできないような部分にまでカット模様を入れられるんです」と花岡さん。一般的な吹きガラスよりは工程が多いため、完成までに手間も時間も要する。人がやらないことにあえて挑戦することで、花岡さんならではの作品が誕生したのだ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">この地とのつながりのある作品を</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="835" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/47efa2667da9d57d07b3edd87819ac65.jpg" alt="" class="wp-image-42182" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/47efa2667da9d57d07b3edd87819ac65.jpg 835w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/47efa2667da9d57d07b3edd87819ac65-300x198.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/47efa2667da9d57d07b3edd87819ac65-768x506.jpg 768w" sizes="(max-width: 835px) 100vw, 835px" /></figure>



<p>そしてもうひとつ、花岡さんが大切にしたかったのは、地元とのつながり。自身が親しんで育った備前焼のように、この地ならではのガラス作品を生み出せないかと模索していた。</p>



<p>そんなある年、米作りを行う両親が作った米が不作の年があった。そこで、捨てられてしまう米を溶かして作品に取り入れてみることに。普段、口にしている米をガラスに取り入れることで、使う人にも身近に感じてもらえるのではという狙いもあった。そうして誕生したのが、「GRICE（グライス）」。淡い青色が美しい人気のシリーズだ。現在は、粒が小さいものや色選別ではじかれた、市場に出回らない米を灰にして、ガラスに溶かし込んで制作している。</p>



<p>実は、工房を構える備前市穂浪井田地区は、江戸時代に入り江を干拓して作られた土地。そこに、岡山藩直営の庶民のための学校・旧閑谷学校の学校田「井田（せいでん）」が広がっていたのだ。「GRICE」を通じて、そうしたこの地に息づく歴史にも思いを馳せてほしいとの願いも込められている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">美しい色へのこだわり</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/db9843c9b25e1dd70a6b7bcbfdde1265.jpg" alt="" class="wp-image-42184" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/db9843c9b25e1dd70a6b7bcbfdde1265.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/db9843c9b25e1dd70a6b7bcbfdde1265-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/db9843c9b25e1dd70a6b7bcbfdde1265-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>花岡さんが日々ガラス作りに励む工房へ足を踏み入れると、窓際につり下げられた色とりどりのガラスの玉が目に飛び込んでくる。一見、作品のようだが、実は約300色にものぼるガラスの色見本なのだ。彩色には粉ガラスを用いるが、粉の状態とガラスになった時の色が異なるものもあるという。そこで、一目でわかりやすいように、あらかじめガラスの状態にしているのだとか。「日本はもちろん、ドイツやアメリカのメーカーの粉ガラスを使っています。透明のガラス部分はスウェーデン製の原料を使用していて、ここまでくると、もはや僕の趣味のようになっていますね」。花岡さんの作品の美しい色彩は、ここから生まれている。</p>



<h3 class="wp-block-heading">季節に合わせて楽しめる器を</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/2058c32627918fe727d744c547b04934.jpg" alt="" class="wp-image-42185" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/2058c32627918fe727d744c547b04934.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/2058c32627918fe727d744c547b04934-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/2058c32627918fe727d744c547b04934-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /><figcaption class="wp-element-caption">PHOTO by Tomoko Osada</figcaption></figure>



<p>そんな花岡さんの色へのこだわりが光る最新シリーズは「Dusty（ダスティ）」。くすんだカラーの落ち着いた雰囲気で、日々の暮らしのさまざまなシーンにマッチする。「ガラスの器は夏のもの」というイメージを払拭するべく、透明感だけではないガラスの魅力を表現している。<br><br>「最近では、季節に合わせてガラスの器を使い分けて楽しんでくださる方もいらっしゃるんです」と、うれしそうに教えてくれた花岡さん。そんな使い手との交流こそ、彼にとって一番幸せなひとときなのだとか。</p>



<h2 class="wp-block-heading">柔軟な姿勢が新しい作品を生み出す</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="823" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/8679935028234143667441da6fede805.jpg" alt="" class="wp-image-42191" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/8679935028234143667441da6fede805.jpg 823w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/8679935028234143667441da6fede805-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/8679935028234143667441da6fede805-768x513.jpg 768w" sizes="(max-width: 823px) 100vw, 823px" /></figure>



<p>独立し、工房を構えてから10年。器作りはひととおりやってきたので、今後はオブジェにも力を入れていきたいと考えている。もともとは、造形的な作品はあまり得意ではなかったという花岡さん。アート作品よりも、日常で使えるものを作りたいという思いが胸にあったからだ。</p>



<p>しかし、オブジェを手がけ始めたことで、新たな気づきが。オブジェに興味を持ってくれた人が器を購入してくれたり、その逆があったり。「『これはやらない』って突っぱねるのではなく、やってみたことが新しい出会いにつながり、作品にもさらに広がりが生まれたように思います」。こうした柔軟さこそが花岡さんの強みであり魅力なのだろう。</p>



<p>そして今後は、これまで手がけてきたさまざまなシリーズをかけ合わせた作品にも挑戦してみるつもりだ。日本の文化を大切にする思いと美しい色をガラスに溶かし込みながら、花岡さんはこれからもガラスを吹き続けていくのだろう。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="823" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/d7fd04808990a5cbe67d6a1f99751e70.jpg" alt="" class="wp-image-42192" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/d7fd04808990a5cbe67d6a1f99751e70.jpg 823w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/d7fd04808990a5cbe67d6a1f99751e70-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/d7fd04808990a5cbe67d6a1f99751e70-768x513.jpg 768w" sizes="(max-width: 823px) 100vw, 823px" /></figure><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/42175/">日本の文化と美しい色彩をガラスに溶かし込んで。ガラス作家・花岡央さん／岡山県備前市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>金沢の空の気配を閉じ込めた、ガラス作家･笹川健一さんの器／京都府井手町</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 28 Feb 2024 01:00:56 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[工芸品]]></category>
		<category><![CDATA[多摩美大]]></category>
		<category><![CDATA[アンティーク]]></category>
		<category><![CDATA[吹きガラス]]></category>
		<category><![CDATA[卯辰山工芸工房]]></category>
		<category><![CDATA[ガラス工芸]]></category>
		<category><![CDATA[京都]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/03/0bbdf8b9e05a29f8be6996b7729bd147.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>アンティークを思わせるグレーがかった色味に、現代の暮らしに合う洗練された佇まい。ガラス作家の笹川健一さんの器は、その作風で国内外から注目を集めるが、彼がもともと手掛けていたのはアート作品だったという。現在の作風にはどのよ [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/40981/">金沢の空の気配を閉じ込めた、ガラス作家･笹川健一さんの器／京都府井手町</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/03/0bbdf8b9e05a29f8be6996b7729bd147.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p class="has-text-align-center"><strong>アンティークを思わせるグレーがかった色味に、現代の暮らしに合う洗練された佇まい。ガラス作家の笹川健一さんの器は、その作風で国内外から注目を集めるが、彼がもともと手掛けていたのはアート作品だったという。現在の作風にはどのようにしてたどり着いたのだろうか。</strong></p>







<h2 class="wp-block-heading">“直感”に導かれ、美大からガラス作家の道へ</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/03/b592f00ea7feb9f5dfea55be273a6994.jpg" alt="" class="wp-image-40983" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/03/b592f00ea7feb9f5dfea55be273a6994.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/03/b592f00ea7feb9f5dfea55be273a6994-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/03/b592f00ea7feb9f5dfea55be273a6994-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>


<p>神奈川県出身の笹川さんが最初にガラス制作を始めたのは、<strong><a href="https://www.tamabi.ac.jp/kougei/" title="">多摩美術大学工芸学科</a></strong>在学中のこと。笹川さんが受験した当時は、願書提出の際に専攻をガラス･金属の中から選ぶ必要があり、直感でガラスにしたと振り返る。ガラスはきれいだし、道具を介して制作するというある種の“不自由さ”が性に合っているのではないかという予感がしたそうだ。</p>



<p><br>美大で制作していた作品は、現在の作風とは異なるものだったと笹川さんは振り返る。当時は色味のあるガラスではなく無色透明なガラスの作品を作っていて、オブジェ制作やインスタレーションを行っていた。また、制作の際に使っていたのは、透明度の高い鉱物である石英（せきえい）を砂状に砕いた珪砂（けいしゃ）や、ガラスが水に溶けないようにするために加える石灰など、ガラスの原料として一般的に使われる素材だった。</p>



<p>当時在籍していた研究室の先輩や指導教官には、個展を開くなど作家活動を行う人が多かったこともあって、笹川さんは自身も作家を目指して大学院へ。大学院在学中には<strong>「国際ガラス展･金沢2004」</strong>で奨励賞を受賞したほか、2005年にはアメリカのコーニング美術館が主催した<strong>「New Glass Review26」</strong>で入選、<strong>「第2回現代ガラス大賞展･富山2005」</strong>で入選を果たすなど、数々の国内外のコンテストで実績を残した。</p>



<p>そして修士課程修了後、笹川さんはより多くガラスに触れられる環境を求めて、<strong>石川県金沢市</strong>に拠点を移す。同市にある陶芸、漆芸、染色、金工、そしてガラスといった幅広い工芸の担い手を育成する<strong>「卯辰山（うたつやま）工芸工房」</strong>の研修生として2年間学ぶことにしたのだが、ここで笹川さんは大きな転機を迎えることになる。</p>



<h3 class="wp-block-heading">卯辰山工芸工房の日々が「用の美」を教えてくれた</h3>



<p>美大では「ガラスという材料をどう見せるか」といったことを念頭に置きながら、オブジェを中心とした制作を行っていたが、芸術性の高さを重視する美大と、日常性・実用性を重視する卯辰山とでは作品に求めるものが異なったため、アート性の高いそれまでの作風では、卯辰山で指導を行う専門員や同期の研修生には伝わらないことが多かったと笹川さんは振り返る。この「作品でコミュニケーションが取れない」という状況が、笹川さんを別の表現方法に向かわせた。</p>



<p>多くの人に伝わる表現とは何かを模索する中で、笹川さんが気づいたのは、金沢という街の美しさだった。<strong>伝統工芸や茶の湯文化</strong>の美意識が日常的に存在するこの街で、笹川さんは日本文化の魅力に開眼し、その後は工芸の世界や「<strong>用の美</strong>」への関心を深めた。また、金沢ではさまざまなアートイベントや展示販売の機会が多く、出品依頼を受けて実用的な器を作る機会も何度かあった。このような経験を経て、大学在学中に目指してきた尖った表現よりも、<strong>生活にあふれたさりげない美しさ</strong>へと関心が移り、次第にオブジェの制作から<strong>器の制作</strong>へと力点が移っていったという。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="819" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/03/7483841e2449c231e8f65830802dfad6.jpg" alt="" class="wp-image-40984" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/03/7483841e2449c231e8f65830802dfad6.jpg 819w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/03/7483841e2449c231e8f65830802dfad6-300x201.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/03/7483841e2449c231e8f65830802dfad6-768x516.jpg 768w" sizes="(max-width: 819px) 100vw, 819px" /></figure>



<p>笹川さんが卯辰山工芸工房にいた頃に制作した作品「<strong>うつわのこと</strong>」（2007年）は、器を見ることとアートを見ることの違いについて考察した作品で、<strong>「第3回現代ガラス大賞展･富山2008</strong>」の<strong>優秀賞</strong>に輝き、現在は作品の一部が、ガラス作家の育成と支援に積極的な富山市にある「<strong>富山市ガラス美術館</strong>」に収蔵されているが、古代文明の土器を思わせる形のオブジェからなるこの作品群は、まさに笹川さんの転換点を象徴する重要な作品といえるだろう。</p>



<p>ちなみに、作品のヒントは、金沢市内の大小さまざまな美術館や博物館に通う中で得たという。神奈川県のニュータウンで生まれ育ち、大学でも現代アートに関心を持ってきた笹川さんだが、当時はどこかしら否定的に捉えていた「歴史や伝統」といったエッセンスを、いつしか作品に取り込むまでになっていた。</p>



<h2 class="wp-block-heading">京都と奈良の中ほどに位置する小さな町で“自分の窯”を手に入れる</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/03/e06b6e0208e92c37c06fcc7b2de88461.jpg" alt="" class="wp-image-40985" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/03/e06b6e0208e92c37c06fcc7b2de88461.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/03/e06b6e0208e92c37c06fcc7b2de88461-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/03/e06b6e0208e92c37c06fcc7b2de88461-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>


<p>2008年、卯辰山工芸工房での2年間を終えた笹川さんは、北陸での作家活動を経たのち、母校の多摩美術大学の助手のポストを得たことを機に、再び神奈川県に戻って2010年から4年間を過ごす。<br>その期間も笹川さんは、先輩の工房の窯や、職場である多摩美術大学の窯、そしてレンタル工房の窯を借りながら作品制作に励んでいたというが、次第に「<strong>自分の窯を持ちたい</strong>」という思いを強めていったという。<br>というのも、窯借りをしていると使えるガラスは共用のものに限られ、それらは無色透明なガラスが中心。笹川さんはそうした“きれいな”ガラスに物足りなさを感じていた。卯辰山工芸工房時代の仲間だった陶芸家たちがそうしているように、自分の作風に合った生地を自分で作りたいと考えたのだ。そんなとき、知人のツテで故郷から遠く離れた<strong>京都府井手町</strong>にある物件を紹介され、2016年に移住を果たした。京都･奈良というふたつの古都の中ほどに位置する、京都府南部の人口約7,000人の町。都会育ちの笹川さんにとって、山里の自然に囲まれた静かな環境はとても新鮮で気に入っているという。</p>



<p>そして、この地で念願の「自分の窯」が持てたことで、笹川さんは国内外から支持を得る、<strong>唯一無二の器</strong>を完成させることになる。</p>



<h2 class="wp-block-heading">ワイングラスや酒器。繊細な気泡の入った、再生ガラスを使った器</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/03/c15efc5bf32bfe7a08ec87700e77c6ba.jpg" alt="" class="wp-image-40986" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/03/c15efc5bf32bfe7a08ec87700e77c6ba.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/03/c15efc5bf32bfe7a08ec87700e77c6ba-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/03/c15efc5bf32bfe7a08ec87700e77c6ba-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>


<p>井手町の工房で笹川さんが完成させたのは「<strong>再生ガラス</strong>」を用いて作る、グラスや酒器などの暮らしの器だ。</p>



<p>ちなみに再生ガラスとは、廃ガラスを回収して砕いたもの（カレット）を高温で溶かして作るガラスのこと。笹川さんは<strong>使用済みの蛍光管</strong>のカレットを材料として作品制作を行っている。ちなみに、再生ガラスに注目したのは、助手の仕事をしていた頃、ガラスのリサイクルをする機会が多かったから。再生ガラスは、作る工程で使用する鉄の棒の先がガラスの原料に付くため、水色がかった色になる。その色を作品に生かしたかったという。また、再生ガラスのアンティークっぽい質感に「今っぽさ」を感じていたことも理由だ。&nbsp;</p>



<p>笹川さんの器の色は、再生ガラスの元の色にコバルトや銅などの酸化金属を独自の配合で加えることで、絶妙なニュアンスの灰青色になっている。また、同時に「<strong>色の薄さ</strong>」にもこだわっている。笹川さん自身がお酒好きということもあって、飲み物がおいしく見える色になるよう調整を重ねた。<br>さらに、再生ガラスを作る工程で<strong>気泡</strong>が入りやすいといった特徴もそのまま生かし、あえてガラスの中に気泡が閉じ込められた状態にしている。「泡一つないガラスも美しいが、物足りなさも少し感じる」との自身の感性に従った。</p>



<h3 class="wp-block-heading">絶妙な色味を引き立たせる生地の薄さ</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/03/6310a407cacdb5e4fc624a6fd1dfb081.jpg" alt="" class="wp-image-40987" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/03/6310a407cacdb5e4fc624a6fd1dfb081.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/03/6310a407cacdb5e4fc624a6fd1dfb081-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/03/6310a407cacdb5e4fc624a6fd1dfb081-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>


<p>もう一つ、笹川さんの器の魅力となっているのが、<strong>薄手の質感</strong>だ。以前から厚みのあるかたちよりシャープなフォルムを好んでいたこともあり、この薄さに行き着いたそうだが、薄手の生地が再生ガラスから生まれた灰青色と組み合わさると、絶妙な効果を生んでくれるという。</p>



<p>淡い色がついたガラスは、器の縁などに色がたまって器の中をのぞき込んだときに奥行き感を与えてくれるのだが、ガラスの生地が薄手だと、よりシャキッと研ぎ澄まされた印象になるというのだ。また、薄い生地のグラスや杯は、唇に触れたときの違和感が薄いため、飲み物の繊細な風味を引き立ててくれることは言うまでもない。<br>薄く仕上げるには相当の技術と温度のコントロールが必要で、特に大切なのは道具をしっかり熱くすることだという。このような工夫によって、唯一無二と賞される絶妙な質感の器が生まれたのだ。</p>



<h2 class="wp-block-heading">国内外問わず人気。料理や飲み物と織りなす“景色”も魅力</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/03/3f4cb9af8724727087f0b72b949b1585.jpg" alt="" class="wp-image-40988" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/03/3f4cb9af8724727087f0b72b949b1585.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/03/3f4cb9af8724727087f0b72b949b1585-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/03/3f4cb9af8724727087f0b72b949b1585-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>


<p>金沢の卯辰山での日々を経て、井手町の工房で完成された笹川さんの灰青色の器。「<strong>冬の金沢のような弱い光の中でも、美しく光る器を</strong>」と意図して現在のスタイルに至ったそうだが、心なしかその色合いは、雨や雪の粒をたっぷりと含んだ、冬の日本海地方の空の色のようにも見える。<br>透過性のあるガラスは、光によってその表情を変えるのが大きな魅力だ。また、ガラスの器は、盛り付けた料理や飲み物と響き合いながら<strong>器の中の景色</strong>を作り出す。国内外どちらからも支持されている笹川さんの器は、気候風土が異なる土地土地の美味や光と響き合い、さまざまな景色を生み出しながら、使う人たちの日常に幸せをもたらしているに違いない。</p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/73-kao.jpeg" alt="" class="wp-image-45991" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/73-kao.jpeg 920w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/73-kao-300x200.jpeg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/73-kao-768x513.jpeg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /><figcaption class="wp-element-caption">ガラス作家 笹川健一さん</figcaption></figure></div>


<p>器は、使うことでさらにその魅力を増すアイテムです。透過性のあるガラスは光によってその表情を変え、盛り付けた料理や飲み物と響き合いながら器の中の景色を作ります。繊細な気泡と灰青の色味を持つ私のガラス作品だからこそ見られる景色を、美しいと感じていただける瞬間があれば嬉しいです。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/40981/">金沢の空の気配を閉じ込めた、ガラス作家･笹川健一さんの器／京都府井手町</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>臼杵（うすき）の町から世界へ。幻の焼き物を今に伝える「USUKIYAKI研究所」／大分県臼杵市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 26 Feb 2024 01:00:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[大分県]]></category>
		<category><![CDATA[臼杵市]]></category>
		<category><![CDATA[ユネスコ]]></category>
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		<category><![CDATA[伝統工芸]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/157_top_USUKIYAKI_main5.4.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>大分県臼杵市に拠点を構える「USUKIYAKI研究所」。ここでつくられる「臼杵焼（うすきやき）」という器は、江戸時代後期に臼杵藩の御用窯として存在しながらも、わずか十数年で途絶えた焼き物が起源とされています。自然豊かな環 [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/40185/">臼杵（うすき）の町から世界へ。幻の焼き物を今に伝える「USUKIYAKI研究所」／大分県臼杵市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/157_top_USUKIYAKI_main5.4.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p class="has-text-align-center"><strong>大分県臼杵市に拠点を構える「USUKIYAKI研究所」。<br>ここでつくられる「臼杵焼（うすきやき）」という器は、江戸時代後期に臼杵藩の御用窯として存在しながらも、<br>わずか十数年で途絶えた焼き物が起源とされています。<br>自然豊かな環境の中で育まれる想いを器を通じて発信し、臼杵の歴史を受け継ぎながら新しい未来へ繋げています。</strong></p>







<p>大分県の東南部に位置し、磨崖仏（まがいぶつ）として日本初、彫刻としては九州で初めて国宝に指定された臼杵石仏や、歴史薫る城下町など文化の風情漂う町、臼杵。独特の雰囲気を持つ臼杵の町に残された焼物文化に魅了され、新たな歴史を刻む宇佐美裕之さんのもとを訪れた。</p>






<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/35269cd8cb946aeab7c2e9014c6e375f.jpg" alt="" class="wp-image-40224" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/35269cd8cb946aeab7c2e9014c6e375f.jpg 540w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/35269cd8cb946aeab7c2e9014c6e375f-300x200.jpg 300w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>






<h2 class="wp-block-heading">「臼杵」という町が持つ文化</h2>



<p>大分県臼杵市は豊かな自然環境や、二王座歴史の道に代表される城下町など様々な歴史や文化が残る町。中でも、海のもの、山のものがある「食の町」としても広く知られている。代表されるのは、人々が伝統を守りつつ改良を加えてきた味噌･醤油･酒造りの醸造業。また、江戸時代に起きた天保の改革の発令により生まれた「質素倹約」の精神が育まれる中、知恵を絞って生まれた郷土料理など、多様な食文化が発展し存続している。2021年には、これまで守り続けてきた食文化が評価され、<strong>2021年ユネスコ創造都市ネットワーク食文化部門に加盟認定された。</strong>　</p>



<p>そんな歴史ある臼杵で今から約200年前の江戸時代後期、臼杵藩の御用窯として島原（長崎）小石原（福岡）小峰（宮崎）の陶工たちが迎えられ陶器と磁器がつくられたが、窯が開かれ十数年ほど栄えたのち、衰退したとされている窯業。その幻の窯業文化に着目したのが「<a href="https://usukiyaki.com/" title="">USUKIYAKI研究所</a>」代表の宇佐美裕之さんだ。</p>







<h2 class="wp-block-heading">「USUKIYAKI研究所」の設立までの道のり</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/801af2cfac4e04c2041991a1f2734145.jpg" alt="" class="wp-image-40225" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/801af2cfac4e04c2041991a1f2734145.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/801af2cfac4e04c2041991a1f2734145-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/801af2cfac4e04c2041991a1f2734145-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>


<p>美大時代に焼き物と出会った宇佐美さん。在学時から専攻していたアートと焼き物を融合し、手掛けたいという想いは常にあったという。卒業後は地元･臼杵に戻り、実家が営む郷土料理レストランを継ぐかたわら、観光の仕事にも携わっていた。料理の器などを扱うなかで、今は途絶えている焼き物が地元にあることを知り、<strong>「自分がもつ焼き物の技術とうまく結びつけて、臼杵独自のブランドを一歩でも前進させたい」</strong>と考えるように。またそれと同時に、途絶えてしまった臼杵の窯業文化を復興したいという想いもあり、大分で作陶をしていた仲間とともに2015年に立ち上げたのが<strong>「<a href="https://usukiyaki.com/" title="">USUKIYAKI研究所</a>」</strong>だ。かつてあった臼杵の焼物文化を自分たちでリニューアルし、一から作り上げたいという想いのもと誕生した。</p>







<h3 class="wp-block-heading">楚々とした美しき白磁の輪花</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/a0f0726fc4ca7e7e2e10a400b7c693d5.jpg" alt="" class="wp-image-40226" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/a0f0726fc4ca7e7e2e10a400b7c693d5.jpg 718w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/a0f0726fc4ca7e7e2e10a400b7c693d5-300x200.jpg 300w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>


<p>わずか十数年で途絶えた臼杵の焼き物は、当時の窯場が末広善法寺地区（通称･皿山）にあったことから地元では「末広焼」または「皿山焼」と呼ばれていたという。宇佐美さんが最初に出会った「末広（皿山）焼」は、アイスクリームを入れたらちょうどいいくらいの小鉢。菊の形をした白磁の輪花（りんか）を見た瞬間、「いいな」と惹きつけられた。昔から「質素倹約」の精神が育まれている臼杵の文化と、シンプルだが品がある白磁の輪花は、自分たちの手掛けたい器のイメージにぴったりだと直感したという。宇佐美さんは、<strong>菊や蓮の伝統的なモチーフからなる白磁の輪花や稜花シリーズを展開させたい</strong>という想いと、臼杵という町の地域活性化への願いを込めて<strong>「臼杵焼（うすきやき）」</strong>と名付けた。</p>







<h2 class="wp-block-heading">長く、大切に使ってもらえる製品を作りたい</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/5b8435b8ee723c7d837f1910032e1f0b.jpg" alt="" class="wp-image-40227" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/5b8435b8ee723c7d837f1910032e1f0b.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/5b8435b8ee723c7d837f1910032e1f0b-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/5b8435b8ee723c7d837f1910032e1f0b-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>






<p>「臼杵焼」のモチーフとなるのは、臼杵の町にある豊かな自然。草花や風、海や山からなる風景など、様々なものからインスピレーションを受けている。陰翳が美しいマットな白と、菊や蓮（はす）など、古くから臼杵に根付く伝統的なモチーフを現代的にアレンジしたデザインが特徴だ。残された数少ない資料や現存する作品を元に、生の粘土板を石膏型に乗せて型を移し取る「型打ち（かたうち）成型」と「ろくろ挽き」を組み合わせてつくられている。その多くは手作業により作り上げられるため、手仕事の風合いを纏いながら完成する「臼杵焼」の器。マット感のある釉薬を使用することで、手にした時に感じる柔らかな手触りが心地良い。完成までに時間はかかるが、「USUKIYAKI研究所」では限られた資源を大切に使い、手間を惜しまず、人々に長く使ってもらえるものを目指している。豊かな自然が生み出した、この土地ならではの産物は<strong>「つくる人」と「つかう人」</strong>の双方が大切に育ててこそ完成されるのだ。</p>







<h3 class="wp-block-heading">「臼杵焼」のビジョンに共感したプロフェッショナル集団</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/ab5d72e8bc936e2589b2152e98e777fa.jpg" alt="" class="wp-image-40228" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/ab5d72e8bc936e2589b2152e98e777fa.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/ab5d72e8bc936e2589b2152e98e777fa-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/ab5d72e8bc936e2589b2152e98e777fa-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>






<p>そんな「臼杵焼」を手掛けるのは、陶磁器だけでなく様々な分野のプロフェッショナル集団。最初は少人数で始めた工房だったが、現在はスタッフも増え<strong>「USUKIYAKI研究所」と、「アトリエ皿山」</strong>の２か所で製造をしている。地元の人や移住者、世代や性別のほか、国籍も異なるメンバーで分業し作品を完成させている。「あまり難しい作業にすると職人の数も増えないので分業できる方法を模索し、今の「型打ち」という方法に落ち着きました。」臼杵で焼き物の仕事をつくりたいという想いから、研究所を立ち上げた宇佐美さんは、分業制にすることで職人活動の裾野を広げている。</p>







<h3 class="wp-block-heading">​​​​​​「うつわは料理の額縁」という信念</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/2d11b40c50ac1c454f75fbf68bf69771.jpg" alt="" class="wp-image-40229" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/2d11b40c50ac1c454f75fbf68bf69771.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/2d11b40c50ac1c454f75fbf68bf69771-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/2d11b40c50ac1c454f75fbf68bf69771-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>






<p>シンプルながら趣のある「臼杵焼」は料理をより華やかに彩る器だ。</p>



<p>「臼杵の食を広く知っていただくための道具として、臼杵焼が役に立てば嬉しい」と宇佐美さん。国内でも珍しい取り組みだが、臼杵は土づくりセンターを設置し、有機野菜の為の堆肥を作っている町。そのような理由から「臼杵で農業をしたい」と、<strong>全国から若い農家さんが移住する</strong>ケースも少なくないという。宇佐美さんはそんな地域の取り組みを盛り上げるべく、地元で採れた有機野菜を使った創作料理も提供する郷土料理レストラン<strong>「USAMI」</strong>と季節のお菓子と本格中国茶を楽しめる<strong>「皿山喫茶室」</strong>を通じ、人々に臼杵の味を発信している。</p>



<p><strong>「うつわは料理を盛ってこそ生き生きするもの。うつわは料理の額縁」</strong>という研究所の信念。器は人の生活の中から生まれ、生活の中で使われるもの。「臼杵焼」は白く美しいだけでなく、どんな生活にも溶け込む素直さや使いやすさなど多面的な魅力を備えている。</p>







<h2 class="wp-block-heading">「臼杵焼」のその先に</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/0eb4538c423905be057b25c76deb7275.jpg" alt="" class="wp-image-40230" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/0eb4538c423905be057b25c76deb7275.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/0eb4538c423905be057b25c76deb7275-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/0eb4538c423905be057b25c76deb7275-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>






<p>宇佐美さんは言う。「臼杵焼」を通して一番伝えたいのは、臼杵という町に興味を持ち、<strong>臼杵という土地に足を運んでもらいたい</strong>ことだと。</p>



<p>2020年以降コロナ禍の間、臼杵を訪れる人が減った一方で、器のネット注文は増加した。ちょうど海外展開を考えていたタイミングであったが、出向かずとも商品の展示や発送、コミュニケーションはネットでも十分とれるということが分かった。一方で注文品を作るのに追われ、地元に来てもらい、実際に器に触れ、見てもらいながら販売したいという本来の想いが果たせなかったという。その経験からショップだけでなく、器に関する体験や食事、お茶を嗜む時間をゆっくりと持つための場所を求め、食と器の体験空間<strong>「うすき皿山」</strong>を完成させた。ここでは「臼杵焼」の展示販売をするギャラリーや、型打ちや金継ぎの体験や製造の見学ができるアトリエのほか、喫茶室や焼き菓子工房で構成されており<strong>「つくる･みる･ふれる」がすべて体験できる</strong>。年間を通じて、器や季節の食事を楽しめる様々なイベントが開催され、お客様との新たなコミュニケーションの場として温かな時間が流れている。</p>






<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/fd4a95a29305cda4b5381c1f76dbfdc7.jpg" alt="" class="wp-image-40231" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/fd4a95a29305cda4b5381c1f76dbfdc7.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/fd4a95a29305cda4b5381c1f76dbfdc7-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/fd4a95a29305cda4b5381c1f76dbfdc7-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>






<p>どんな時も宇佐美さんの胸にあるのは「臼杵という小さな町を全国に、そして世界へ発信したい」という想い。それは「臼杵焼」を手掛けるにあたり、世界中に暮らす大分、臼杵出身の方たちからエールをもらったことが活動の原点となり、その人たちへ恩返しをしたいという想いからなる。</p>



<p><strong>臼杵を愛し、臼杵と共に歩む</strong>人々の想いをのせた「臼杵焼」は、これからも世界とつながってゆく。</p>






<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/157_kao_usami2-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-49009" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/157_kao_usami2-1024x683.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/157_kao_usami2-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/157_kao_usami2-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/157_kao_usami2.jpg 1200w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /><figcaption class="wp-element-caption">USUKIYAKI研究所　代表 宇佐美裕之さん</figcaption></figure></div>


<p>臼杵の町に息づく天然の素材からインスピレーションを受け、自然や意匠を焼き付けてつくる「臼杵焼」。使う人がいつも楽しくなる器となることが、僕と仲間たちの願いです。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/40185/">臼杵（うすき）の町から世界へ。幻の焼き物を今に伝える「USUKIYAKI研究所」／大分県臼杵市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>山陰の雪の色をイメージして作る温かみのある白磁。人間国宝･前田昭博さん／鳥取県鳥取市</title>
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		<pubDate>Wed, 31 Jan 2024 01:00:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[人間国宝]]></category>
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		<category><![CDATA[伝統工芸]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/top-5.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>白色と形だけで表現をする磁器、白磁（はくじ）。この白磁の重要無形文化財保持者、人間国宝に認定されているのが、鳥取市河原町に窯を持つ前田昭博（まえたあきひろ）さんだ。真っ白な磁器である白磁を選び、ひとり制作を続けたその歴史 [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/top-5.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>白色と形だけで表現をする磁器、白磁（はくじ）。この白磁の重要無形文化財保持者、人間国宝に認定されているのが、鳥取市河原町に窯を持つ前田昭博（まえたあきひろ）さんだ。真っ白な磁器である白磁を選び、ひとり制作を続けたその歴史と、前田さん独自の作品づくりに迫る。</p>



<h2 class="wp-block-heading">中国から伝わった「白磁」</h2>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="683" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/0J2A9954-1-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-40082" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/0J2A9954-1-1024x683.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/0J2A9954-1-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/0J2A9954-1-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/0J2A9954-1.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>白磁は中国で生まれた磁器のひとつで、<strong>絵付けや色付けをしない</strong>ことが特徴。形によって陰影が変わり、さまざまな表情を見せる。真っ白な器は食材や花を映えさせ、どんな場面でも使いやすい。日本では佐賀の有田焼や、長崎の波佐見焼などが名産地として知られているが、前田さんは故郷の鳥取で師匠をとらず、ひとりで向き合う道を選んだ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">土のような柔らかさ、雪のような白さ</h3>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="683" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/0J2A9949-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-40087" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/0J2A9949-1024x683.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/0J2A9949-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/0J2A9949-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/0J2A9949.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>前田さんは白磁のことを「<strong>白瓷（はくじ）</strong>」と表現している。瓷（じ）は「かめ」や「かたく緻密に焼いた焼き物」という意味があり、本場中国では磁器のことを指す。単なる壺ではなくアートとしての作品を作りたい、<strong>土のような柔らかい白磁</strong>を目指したいという想いを込めた。</p>



<p>たしかに前田さんの作品を見ていると、磁器とは思えないほどの柔らかさやあたたかみを感じる。光の当たり具合や、曲面から生まれる影によって、灰色や青い色合いもあわせ持つ。「<strong>手本にしているのは、山陰の雪の白</strong>。冷たいけれど、どこか温もりも持っている。そして、雪に穴を開けると、少し青みがかったように感じる。そんな雪のような、しっとりした感じの白を目指しています」。</p>



<h2 class="wp-block-heading">陶芸、そして白磁との出会い</h2>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="683" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/0J2A9962-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-40090" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/0J2A9962-1024x683.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/0J2A9962-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/0J2A9962-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/0J2A9962.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>幼い頃、趣味で木版画を刷っていた父親の背中を見て育った前田さんは、自然と美術への興味を深めていった。絵を描くのが好きで、高校では美術部に、大学は工芸学科へと進学。そこで何気なく受講した陶芸の授業を通し、<strong>ろくろに魅了される</strong>。「日に日に上達する様子が自分でもわかる。昨日より大きいものを作ろう、と夢中になりました」。</p>



<p>また、白磁と出会ったのも大学生の頃。その美しさに感動した。</p>



<p>「鳥取では冬に雪が1、2度降る。朝、窓を開けると辺り一面真っ白。<strong>あのときの感動と、絵も色もない白磁を見たときの感動が重なり</strong>、他のものに感じない魅力を感じたんです」。</p>



<p>卒業しても陶芸をしたいという想いを膨らませていた前田さんは、「好きなことをして飢え死にした人はいない」と恩師に背中を押され、卒業後に実家へ戻り、窯を開いた。窯の名前は「やなせ窯」。目の前に悠然とそびえる梁瀬山（やなせやま）が由来だ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">鳥取で白磁を作る</h3>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="683" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/0J2A0262-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-40093" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/0J2A0262-1024x683.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/0J2A0262-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/0J2A0262-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/0J2A0262.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>鳥取県は民芸が盛んで、土の風合いを生かした味のある焼き物が多い。だが前田さんは他の窯へ弟子入りをせず、白磁への憧れとろくろを極めたいという想いから、<strong>ひとりで白磁に向き合う道</strong>を選んだ。しかし、ひとりでの作陶はそう甘くはなかった。通常は基本の技術や工程を習得してから、独自の作品を作る。しかし自分には基礎がない。とにかく自分が美しいと思う形を目指しながら、ろくろの稽古を続けた。<br></p>



<p>鳥取に帰ってきてから数年が経った頃、好きなだけでは無理かもしれないと思い悩んだこともある。毎日白磁と向き合う中で、嫌になり、絵や装飾をつける他の焼き物に取り組んだこともあった。しかし、<strong>どうしても白磁への憧れは消せない</strong>。</p>



<p>「やはり飢え死にするのではないか」と思うほど厳しい日々だったが、両親との暮らしや地域の人の励ましに支えられ、創作を続けられた。また、結婚して子どもが生まれたときには、創作活動の傍ら、祖父母が営む果樹園の手伝いをしたことも。どんなに大変なときでも、年に一度ギャラリーを借りて個展を開くことと、陶芸のコンクールに出品して自分の技量を問うことだけは辞めなかった。そうして少しずつ入選を繰り返し、応援してくれる人も増えていった。</p>



<h3 class="wp-block-heading">37歳で訪れた転機</h3>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="683" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/0J2A9935-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-40098" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/0J2A9935-1024x683.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/0J2A9935-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/0J2A9935-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/0J2A9935.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>そうして14年間、白磁を作り続けた前田さんに転機が訪れる。陶芸界で1番大きなコンクールといわれる「日本陶芸展」で、<strong>大賞に次ぐ優秀作品賞</strong>を受賞したのだ。</p>



<p>「同世代の人は自分よりも素晴らしい仕事をしているだろうと引け目を感じてきた。でも、賞をいただいて、自分も一生陶芸ができるかもしれないと思えました」。</p>



<p>その後も前田さんは、さまざまなコンクールで受賞していった。国内のみならず、海外でも個展やワークショップを開催し、多くのファンを獲得。</p>



<p>2013年には、前田さん独自の技法「面取り技法」によって生み出された、平面と曲面のあるなめらかな白磁が評価され、<strong>白磁の重要無形文化財保持者として人間国宝に認定</strong>された。「教わったものではなく独自に作り出したものなので、その点も含めて評価してもらえたのではないか」と振り返る。</p>



<h2 class="wp-block-heading">失敗から生まれた「面取り技法」</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="940" height="627" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/image-2.png" alt="" class="wp-image-40101" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/image-2.png 940w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/image-2-300x200.png 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/image-2-768x512.png 768w" sizes="(max-width: 940px) 100vw, 940px" /></figure>



<p>独特な柔らかさや丸みを帯びた形は、前田さんが失敗しながら編み出した「<strong>面取り技法</strong>」によるものだ。白磁を作る際は、ろくろで形作ったものをそのまま焼成することが一般的。それに対し、面取り技法ではろくろで形成し土が乾くタイミングを見計らいながら、<strong>直接指で押して変形させる</strong>。磁器の土は押さえたり変形させたりすると、のちに傷が出るのだが、その基本を知らなかったからこそ生まれた方法だった。</p>



<p>「最初は形を変形するために板で叩いていたけど、乾燥のときにヒビが入ってしまったんですよ。そこで、少しずつ指で押さえてみたら収まりがよかったんです。そこからこの技法が自分の表現になっていきました」。</p>



<p>点描画のように複数回、細かく指で押した後は、さらに乾燥させ、カンナで削る。これによって、くっきりとした面が浮かび上がるのだ。</p>



<p>若い頃、面取をしたり等分割するときに、定規を使って均等にしるしをつけていたという。しかしどうにも面白くない。年数が経つに連れて、フリーハンドで線を引くようになり、左右どちらかに偏っている部分や、波打っている部分に魅力を感じられるようになってきた。</p>



<p>「こちらの方が自分らしい線や面になっていくんだなと。そのわずかなことを、何年もかけて許せるようになるといいますか。<strong>定規以上に魅力的な線を引くことができるのが人間</strong>じゃないかなと感じます」。</p>



<h3 class="wp-block-heading">歳月と鳥取の風土がもたらした世界観</h3>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="683" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/0J2A0154-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-40104" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/0J2A0154-1024x683.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/0J2A0154-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/0J2A0154-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/0J2A0154.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>長い間作品づくりに携わっていると、アイデアも尽きてくるのではないかと思える。実際に、年に1度の個展が終わると、「もう作れない」という気持ちになるという。しかし、新たに創作を始めると、作ってみたい作品のイメージが浮かんでくるのだ。また、創作途中で偶然にできた形や、いいなと思う「何か」が生まれ、それを形にしていくこともある。前田さん自身の感性と偶然。その両方で作品が生まれ、作る幅も広がってきた。</p>



<p>「自分の考えていることや思っていることを形にしたり、行動にしたりするしかない。その結果がいい作品にならなくても、責任を持って、自分のやりたい姿勢で最後まで行くしかないんです。だからこそ、<strong>素敵なものを作りたいという想いだけは、24時間頭の片隅にはありますね</strong>」。</p>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="683" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/0J2A9980-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-40107" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/0J2A9980-1024x683.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/0J2A9980-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/0J2A9980-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/0J2A9980.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>また、鳥取の風土も作品づくりに大きく影響した。「鳥取はわりと曇り空で湿度が高い。<strong>しっとりとした釉薬にごだわり、作品に柔らかな陰影が生まれたのは、風土的なもの</strong>」と振り返る。当初はひとりで技術を習得するのに苦労した場所だが、白磁の産地ではない分、自分から取りにいかない限り情報は入ってこない。だからこそ、前田さんにとっては心地よく、「白磁を最後まで作り続けたい」という想いを持ち続けられたのだという。</p>



<p>さまざまな失敗や経験、環境から、前田さんにしかできない独特な表現や造形が生まれたのだろう。</p>



<h2 class="wp-block-heading">「”無い”ことの魅力」を感じてもらえる作品を求めて</h2>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="683" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/0J2A0061-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-40110" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/0J2A0061-1024x683.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/0J2A0061-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/0J2A0061-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/0J2A0061.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>白瓷とは何か。その問いに、前田さんは「 <strong>”無い”ことの魅力を持つもの</strong>」だと教えてくれた。中国の唐の時代に繁栄し、日本にも伝わり、現在まで続いている。華美な装飾や色の変化は無い。それでも今なお続いているのは、<strong>「何も無い状態」でもフォルムや釉薬に豊かな魅力があるから</strong>ではないか。多くの情報や色、考え方が溢れている現代だからこそできる白瓷を作りたいと前田さんは言う。<br></p>



<p>「九谷焼や有田焼などの日本的な絵付けも美しいなと思う。同時に、そういうものが”無い”世界もあっていい。僕は作品の省略をしていきながら、あるものと同じぐらいか、<strong>それを超えるようなものを作りたい</strong>。”無い”ことの魅力というものを伝えていけたら、この白瓷を継承して、次の人に渡すことができるのかなと。だから、ただ白い焼き物じゃなくて『白瓷』という定義がある。そう思ってますね」。</p>



<p>そう言いながら、前田さんは今日もろくろに向かう。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/40071/">山陰の雪の色をイメージして作る温かみのある白磁。人間国宝･前田昭博さん／鳥取県鳥取市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>“弛まず”、心が“ゆれる”グラス作り「COMAKI GLASS」／山梨県甲州市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 19 Jan 2024 01:00:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[山梨県]]></category>
		<category><![CDATA[ガラス工芸品]]></category>
		<category><![CDATA[工芸品]]></category>
		<category><![CDATA[甲州市]]></category>
		<category><![CDATA[吹きガラス]]></category>
		<category><![CDATA[ガラス]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/top-1.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>山梨県の北東部、日本百名山のひとつ「大菩薩嶺（だいぼさつれい）」に代表される豊かな自然と、重要伝統的建造物群保存地区「塩山下小田原上条」の集落や、江戸後期の国宝・重要文化財「旧高野家住宅」などの豊富な歴史的資産に恵まれた [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/39859/">“弛まず”、心が“ゆれる”グラス作り「COMAKI GLASS」／山梨県甲州市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/top-1.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>山梨県の北東部、日本百名山のひとつ「大菩薩嶺（だいぼさつれい）」に代表される豊かな自然と、重要伝統的建造物群保存地区「塩山下小田原上条」の集落や、江戸後期の国宝・重要文化財「旧高野家住宅」などの豊富な歴史的資産に恵まれた甲州市塩山地域。その山間に佇むガラス工房「<a href="https://www.instagram.com/komakikohei.pecori/" title="">COMAKI GLASS（コマキグラス）</a>」を訪ねると、右へ左へと「<strong>ゆれる」</strong>ようにボウルを傾ける<strong>グラス</strong>が並んでいた。</p>



<h2 class="wp-block-heading">山間の農村に息づくガラス工房</h2>



<figure class="wp-block-image size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/export45-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-39866" width="900" height="599" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/export45-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/export45-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/export45-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/export45.jpg 1280w" sizes="(max-width: 900px) 100vw, 900px" /></figure>



<p> </p>



<p>甲州市塩山地域の工房の周辺には、古くは畑作や養蚕業が営まれた風情を残す民家と風光明媚な山合の景観を望む農村集落が広がる。「製作に没頭した後にはこの景色と涼やかな空気に癒されています」。額に大粒の汗を浮かべながら窓の外を眺めるガラス作家の小牧広平（こまきこうへい）さん。高温で溶かしたガラスを吹き竿に巻き付け、息を吹き込む「吹きガラス」による作品製作を手がけている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">「思いもよらない」吹きガラスの魅力</h2>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/export6-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-39867" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/export6-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/export6-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/export6-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/export6.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p> </p>



<p>一口に<strong>「吹きガラス」</strong>といっても、その技法は2通りに分かれる。ひとつは型にガラスを差し込み息を吹き入れることで、同形状のものを効率的に製造することができる<strong>「型吹き（かたぶき）法」</strong>。もうひとつが、<strong>COMAKI GLASS</strong>で用いられている」<strong>「宙吹き（ちゅうぶき）法」</strong>だ。空中で空気を吹き込み、ガラスに働く重力と吹き竿を回す遠心力だけで成形するため型吹き法に比べて製造効率は落ちるが、その分、職人の技量や加減で仕上がりに個性が表れ、つくり手が意図しない偶然の産物が産まれるのもこの技法の魅力。</p>



<p>「ガラス自らが思いもよらない形を作っていくところが、<strong>宙吹き法</strong>の面白いところ」と話す小牧さん。“独創的”と評されるCOMAKI GLASSのワイングラスやビアグラスには、個体によって硬さがあり比較的熱が冷めやすい<strong>「再生ガラス」</strong>が使用されているものもあり、透明感の中に表れるほのかな色味や、短時間で冷え固まる素材の特性を活かした味わい深い様相の作品も見られる。</p>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/export19-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-39868" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/export19-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/export19-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/export19-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/export19.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p> </p>



<p>「<strong>それぞれのグラスに性格が出るんです。</strong>同じものはひとつとして作れないし、敢えてそのガラス自身が形作ったフォルムや様相を活かした表現を心がけています」</p>



<p>首を傾げるように曲げられた<strong>ステム（脚）</strong>や、違った口当たりをもたらす湾曲した飲み口など、まさにその形状は唯一無二。「並んだグラスを眺めていると、まるでゆれながら愉快に踊っているようにも見える」と、愛おしそうに作品を見つめる。</p>



<p>元々、陶芸や木工、絵画などが好きだったという小牧さん。写実的で精巧なものというよりは、見て感じるもの、特に抽象画や独創的な表現に心が動かされるのだとか。ガラス作りをはじめ、こうした美術品や工芸品に関心を持つようになった背景には、幼き日に見た祖父の存在がある。</p>



<h2 class="wp-block-heading">祖父の言葉と、ガラス作家･舩木倭帆さんとの出会い</h2>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/export31-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-39869" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/export31-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/export31-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/export31-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/export31.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p> </p>



<p>幼い頃から趣味で絵を描く祖父の姿が身近にあったという小牧さん。美術品や工芸品に引き込まれていく中で、「もし若返ることができるならガラス作りをしてみたい」と日頃から口にしていた祖父の言葉を受け、次第に<strong>ガラス職人</strong>になることを夢見るようになっていく。</p>



<p>ようやくガラスに触れるようになったのは大学生の時。一般向けに設備を提供していた工房を見つけ、念願のガラス作りをスタートさせた。その後、本格的にガラス作りの道へ進もうと考え始めた頃、<strong>後の師匠となるガラス作家･舩木倭帆（ふなきしずほ）氏の作品に出会う。</strong></p>



<p><strong>「優しく温かみのあるフォルムの中にもガラス特有の清涼感があり、見ていると心が澄んでいくような感覚があった」</strong>と話す小牧さん。すぐに手紙で舩木氏への師事を願い出たところ偶然アシスタントの欠員があり、卒業と同時に広島県深安郡神辺町へ転居。<strong>舩木氏の工房「グラスヒュッテ舩木」で本格的にガラス作りを学ぶ修業期間が始まった。</strong></p>



<h3 class="wp-block-heading">偶然を予期すること、真面目に生きること</h3>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/export15-1-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-39870" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/export15-1-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/export15-1-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/export15-1-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/export15-1.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p> </p>



<p>花瓶･皿･鉢･グラス･茶碗など、素材の特性を生かし、デザインから仕上げまで一貫製作の手仕事によって生み出される舩木氏の作品は、実用性の高い堅牢さを備えつつ、温かみを帯びたアーティスティックさが特徴。他界した今もなお工芸業界内外から高い評価を受けつづけている。「アシスタントとして阿吽の呼吸を合わせられるようになるまでにかなりの苦労があった」と6年間を振り返る小牧さん。円熟した技術を持ちながらも、常に謙虚な姿勢で作品と向き合う舩木氏について小牧さんは「愛情深い優しさがありつつも<strong>作品製作に対しては厳しくストイックな方だった」</strong>と語る。</p>



<p><strong>「『偶然を予期すること』『真面目に生きること』、舩木さんから学んだことは今も作品作りの根幹に生かされていると思います」。</strong>修業を通して技術と作家としての在り方を学んだのちに独立。ガラス製作をするのに適した広々とした場所を求め、父親の故郷である山梨県南アルプス市に自身の工房を構えることとなる。</p>



<p>「ようやく自身の作品のみで生活できるようになったのはここ数年のこと。思えば『売ること』についてはほとんど学ばなかった」と、苦笑いを浮かべる。独立してすぐはアルバイトをしながら製作活動に当たっていたそうだ。各地のギャラリーなどで個展を開き、少しずつ同じ価値観を持つ人たちとの繋がりを広げていく。そうした地道な活動を通して、次第に製作依頼も増えていったのだという。</p>



<h2 class="wp-block-heading">「たまたま」が心を動かす</h2>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/export28-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-39875" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/export28-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/export28-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/export28-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/export28.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p> </p>



<p>2020年にはさらに広い作業スペースを求め、現在の<strong>甲州市塩山へ工房を移設。</strong>技術的･表現的な<strong>「面白さ」</strong>を追求し、今や代名詞となった<strong>独創的な脚付きグラス（ステムグラス）の製作に力を入れていく。</strong></p>



<p><strong>「唇に触れる面積や口当たりの質感でその味わいは変化するんです」</strong>、小牧さんはビールを注いだ自らのグラスを傾ける。工房には数多くのグラスが並べられているが、実はそのほとんどが試作品。例えば厚みの調整や模様付けを行うのにも、洋ばし（ジャック）と呼ばれる金属器具の僅かな力加減によって、仕上がりは大きく変わってくるのだ。いくら技術を磨き続けても、自分がいいと思う作品に出会える瞬間はいつも<strong>「たまたま」</strong>なのだという。</p>



<p>「暮らしの中で、使うシチュエーションや目的によって印象は変わる。自分が作ったグラスは自分で使ってみたいし、人からも積極的に感想を聞くようにしています」。多くの試作品から、実際に自分が使ってみることで改善点やヒントを模索していく。こうしたストイックで柔軟な姿勢が、見る人、使う人の心を動かす作品を生み出しているのだ。</p>



<h2 class="wp-block-heading">流されがちな日々に、ふっと</h2>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/export30-1-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-39876" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/export30-1-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/export30-1-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/export30-1-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/export30-1.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p> </p>



<p>積極的に地域のコミュニティなどとも関わりを持つようにしている小牧さん。地元の味噌屋や瓦職人、ワイナリーなど、地域で自身の活動を応援してくれる人と出会えたのは大きかったのだそうだ。そうした関わりの中で得られるヒントや刺激は多く、ランプシェード製作など今までに無かったオーダーも次第に舞い込むように。近年地域の飲食店などからも「脚の曲がったグラスが欲しい」と依頼を受けることも増えてきたのだという。</p>



<p>少しずつ自身の作品が浸透していることを実感しながらも、こうした交流や、各地で行われる個展での出会い、旅先で偶然目にするものなど、様々なインプットを通してアイディアや自身の感性に磨きをかけていきたいと、今後の展望を語る。</p>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/export44-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-39879" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/export44-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/export44-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/export44-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/export44.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p> </p>



<p><strong>「きっと僕の心も曲がっているんですよ。思ってもみなかった形になるって面白いじゃないですか」</strong></p>



<p>と最後に小牧さんは笑う。地に足をつけ、弛まずにつみあげた信念がありながらも、どこか掴みきれない“ゆらぎ”をはらんだ眼差しがとても印象的だった。<strong>COMAKI GLASSの作品には、まさにそういった小牧さん自身のパーソナリティが吹き込まれているのだろう。</strong>企画製品や、大量生産品が目まぐるしく生産･消費される時代だからこそ、暮らしの中にふっとひと息。日々の移ろいや季節の変化に寄り添う、<strong> “ゆれる”一点もの</strong>を愛でるひと時を楽しんでみてはいかがだろうか。</p>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/export18-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-39880" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/export18-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/export18-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/export18-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/export18.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/39859/">“弛まず”、心が“ゆれる”グラス作り「COMAKI GLASS」／山梨県甲州市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>異なる木の表情に寄り添い生まれる木の道具　木工作家・堀宏治/長崎県佐世保市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 12 Nov 2022 01:00:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[木工]]></category>
		<category><![CDATA[工芸品]]></category>
		<category><![CDATA[長崎県]]></category>
		<category><![CDATA[木工作家]]></category>
		<category><![CDATA[佐世保市]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/DSC05626a-1024x819.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>何気なく使えるシンプルさを基調に、作家としてのさりげない意匠を施した独自の作風が魅力的な木工作家　堀　宏治さん。日々の暮らしを少しだけ温かく穏やかにする、そんな時間や空間も一緒に届けられるような、素朴な優しさに満ちた器を [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/DSC05626a-1024x819.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p class="has-text-align-center"><strong>何気なく使えるシンプルさを基調に、作家としてのさりげない意匠を施した<br>独自の作風が魅力的な木工作家　堀　宏治さん。<br>日々の暮らしを少しだけ温かく穏やかにする、そんな時間や空間も一緒に届けられるような、<br>素朴な優しさに満ちた器を1つ1つ丁寧に制作しています。</strong></p>



<p>長崎県佐世保市で木の道具を作る堀宏治さん。木目や手触りなど、その普遍的な木の良さを引き出したテーブルウェアは評判で、中には1年待ちのものもある。2つと同じものはない木の表情に寄り添い続ける堀さんの道具は、なぜ魅力的なのか。佐世保市にある工房を訪ね、話を聞いた。</p>



<h2 class="wp-block-heading">自衛隊員から一転、木工を生業に</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="/wp-content/uploads/2022/11/kiji1-4.jpg" alt="" class="wp-image-31997" style="width:825px;height:550px"/></figure></div>


<p><strong>長崎県</strong>の北部。<strong>佐世保市</strong>の海沿いにある工業地帯の一角に、小さな工房がある。<strong>木工作家</strong>の<strong>堀宏治さん</strong>が制作の拠点としている場所だ。10畳ほどの空間に所狭しと置かれた木材や機械や工具類。入口の棚には、仕上がったばかりの<strong>木の道具</strong>が無造作に並ぶ。 </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/kiji2-4.jpg" alt="" class="wp-image-31999" style="width:825px;height:550px"/></figure></div>

<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/kiji3-4.jpg" alt="" class="wp-image-31999" style="width:825px;height:550px"/></figure></div>


<h3 class="wp-block-heading">自衛隊を脱サラ、インテリア会社へ就職</h3>



<p>生まれも育ちも長崎県佐世保市の堀さんは、父親が海上自衛隊員だったことに影響を受け、高校卒業後に自身も海上自衛隊に入隊。佐世保基地から横須賀へと転任し、自衛隊員として従事していたという異色の経歴の持ち主だ。  </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/kiji12.jpg" alt="" class="wp-image-31999" style="width:825px;height:550px"/></figure></div>


<p>自衛隊員として3年間働いたのち、もともと関心のあった家具の仕事がしたいと東京の<strong>インテリア会社</strong>に就職。傍らで、いつかは自分で木工家具を作って生計をたてたいと考えていた堀さん。週末に木工教室に通い出したのが木工との出会いだった。知れば知るほど奥深い木工の魅力に引き込まれていったという。とはいえ、自分なりのマーケット調査で家具づくりでは生計を立てるのは難しそうだと感じた堀さん。、それならばと若い頃から好きでよく手に取っていた<strong>木の器</strong>や<strong>カトラリー</strong>などの<strong>テーブルウェア</strong>の一環として<strong>木の盆</strong>を作り始めたのが、作家としてのスタートだった。 </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/kiji5-3.jpg" alt="" class="wp-image-31999" style="width:825px;height:550px"/></figure></div>


<h3 class="wp-block-heading">昼間は制作、夜は居酒屋でアルバイト</h3>



<p>鎌倉に移り住み、東京の会社に通勤しながら週末は制作を続けていた堀さんが独立したのは2006年頃。当初は取引先も少なく、夕方になると近くの居酒屋でアルバイトをしながら生計を立てていたという。そんな状況に変化をもたらしたのは、売り込みで飛び込んだ雑貨店。目利きのオーナーが、<strong>丁寧に作られた生活用品</strong>を自らセレクトし販売している、全国でもちょっと名の知れた店だった。</p>



<p>「僕、営業とかほんと苦手なんですよ。でも背に腹は変えられませんから、当時は自分の想いとコンセプトが近いお店をリサーチしては、勇気を振り絞って飛び込み営業をしてました」と苦笑いしながら当時を振り返る。</p>



<p><strong>美しく、永く使えるもの</strong>を。そして<strong>“商品”の背後にある作家の想いをすくい上げて消費者に伝える</strong>、そんな、今となっては当たり前の視点を早くから取り入れていた雑貨店との出会いは大きく、取引が始まってからは、堀さんの木の道具は自然と一人歩きを始めていった。  </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/kiji6-3.jpg" alt="" class="wp-image-31999" style="width:825px;height:550px"/></figure></div>

<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/kiji7-3.jpg" alt="" class="wp-image-31999" style="width:825px;height:550px"/></figure></div>


<h2 class="wp-block-heading">どんなシーンでも選ばない道具たち</h2>



<p>現在は盆や器のほか、スプーン、フォーク、バターケースなど、テーブルウェアを中心に幅広く手掛けている堀さん。<strong>ひとつひとつ異なる木の表情</strong>に寄り添い、彫り目を残した模様が特徴的なその作品は、手に馴染みやすく温もりが感じられるものばかりだ。彫り終えた作品には、木の質感や手触りを保ち、木の強度を高めてくれる木固め材を染み込ませて乾燥させ、最後にツヤ出しを兼ねて食用の<strong>エゴマ油</strong>を塗って仕上げる。「ウレタン系塗料で仕上げると、どうしてもプラスチック感が出てしまって。<strong>木が持っているそのままの手触り</strong>を感じて欲しいので、エゴマ油を使っています」と堀さん。自然な木の風合いは、<strong>日常使い</strong>はもちろん、ちょっと<strong>特別な日の食卓</strong>にも<strong>贈り物</strong>にもぴったりで、使うシーンを選ばない。  </p>






<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/kiji8-3.jpg" alt="" class="wp-image-31999" style="width:825px;height:550px"/></figure></div>


<h3 class="wp-block-heading">堀さんといえば、丸盆</h3>



<p>その中でも、堀さんの<strong>代表作</strong>といえば、丸盆。縁が深く安定感があるのに加え、自然な風合いと手に馴染みやすい質感、そしてさまざまな器や料理を乗せたときにぴったりと似合う、そんな<strong>食卓の名脇役</strong>のような存在感を放つ。中サイズの盆はプレートとして、小サイズの盆は飲み物とちょっとしたお菓子を乗せるのにもちょうど良い。経年により色合いが変化し、より味わい深いものと育つのもまた、木ならではの良さだろう。  </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/kiji9-3.jpg" alt="" class="wp-image-31999" style="width:825px;height:550px"/></figure></div>

<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/kiji10-3.jpg" alt="" class="wp-image-31999" style="width:825px;height:550px"/></figure></div>


<h2 class="wp-block-heading">ダムの底に沈んだ古い民具から着想</h2>



<p>堀さんの多くの作品に共通しているのが、<strong>直線が波打つ独特の彫り目</strong>。この作風は、<strong>石川県の我谷盆</strong>（わがたぼん）から堀さんが着想を得て生まれたもの。我谷村（現・加賀市）で生まれた我谷盆は、大工や建具職人が生活の道具として、<strong>栗の木をノミ一本で彫り出した民具</strong>だ。昭和期、我谷村がダムの底に沈んでしまうとともに一度は途絶えたと言われている我谷盆だが、近年ではその技術を独学で学び蘇らせようと取り組む木工職人によって、全国的にその輪が広がりつつある。 </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/kiji11.jpg" alt="" class="wp-image-31999" style="width:825px"/></figure></div>


<p>堀さんはこの我谷盆に魅せられた一人。民具ゆえに本来は荒削りで無骨な風合いを併せ持つ我谷盆を、自分の作風に取り込み見事に昇華している。「使う木材も、作る過程も違いますが、直線を手作業であえて残しながら削っていく。そうして仕上がったときに見えてくる、<strong>一本一本の線が持つ力</strong>がとても大きいんです」 </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/kiji13.jpg" alt="" class="wp-image-31999" style="width:825px;height:550px"/></figure></div>


<h2 class="wp-block-heading">アトリエ・ギャラリー・住まいが一緒になった新しい拠点</h2>



<p>2017年には故郷の佐世保市へと戻り、現在のアトリエで制作を続ける堀さん。少し離れた家から毎朝アトリエに通う日々だが、「ゆくゆくは<strong>アトリエとギャラリーと住まいを一緒くたにした拠点</strong>を作って、<strong>自分が作るものに囲まれて生活したい</strong>」と構想中だ。  </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/kiji14.jpg" alt="" class="wp-image-31999" style="width:825px;height:550px"/></figure></div>


<p>「一人黙々と制作しつつ、ギャラリーに来てくれたお客さんにお茶を出したり、人を呼んで小さなパーティーをしたり。<strong>決して派手ではないけど、自分の心を満たしてくれるという意味で豊かな生活が送れて、それで人生を全うできたら幸せ</strong>かな。そのうちオブジェなんかも作りたいですね」と尽きることのない夢を語る。</p>



<p>シンプルで研ぎ澄まされた中に見え隠れする不揃いな木の表情。均一で整然とした機械的な美とは対照にある<strong>流動的な美しさ</strong>だからこそ、私たちはいつまでも魅了されるのだと気付かせてくれるのが、堀さんの木の道具だ。近い将来、堀さんの道具を手に取って、その<strong>自然体の美しさに触れられる新しい拠点の誕生</strong>が、待ち遠しい。 </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/kiji15.jpg" alt="" class="wp-image-31999" style="width:825px;height:550px"/></figure></div>

<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/kiji4-4.jpg" alt="" class="wp-image-31999" style="width:825px;height:550px"/><figcaption class="wp-element-caption">木工作家　堀 宏治さん</figcaption></figure></div>


<p>日々の食卓に「木」のものが1つでもあると、その空間や時間を温かく穏やかに演出してくれます。慌ただしい日常の中、僕の作品を使うことで少しでも癒やしを感じ、木工品のある生活の楽しさを知っていただけたら嬉しいです。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/33712/">異なる木の表情に寄り添い生まれる木の道具　木工作家・堀宏治/長崎県佐世保市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>優しい風合いと、遊び心あるデザイン「古谷製陶所」の粉引きの器たち</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 13 Oct 2022 02:33:25 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/10/furutaniseitou-17-1-1-1024x819.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>気がつけば、毎日使っている——。「暮らしに寄り添う」をコンセプトに作陶する「古谷製陶所」の器は、まさしくそんな器です。その時々のライフスタイルに合わせた、素朴で温かみのある「粉引」の器を制作しています。1つ1つ手作りされ [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/10/furutaniseitou-17-1-1-1024x819.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p class="has-text-align-center"><strong>気がつけば、毎日使っている——。<br>「暮らしに寄り添う」をコンセプトに作陶する「古谷製陶所」の器は、まさしくそんな器です。<br>その時々のライフスタイルに合わせた、素朴で温かみのある「粉引」の器を制作しています。<br>1つ1つ手作りされる器は、手に取ってホッとするような使い心地も魅力です。</strong></p>



<p>信楽焼の「白い粉引きの器」の第一人者だった古谷信男⽒の長男で、「古⾕製陶所」の跡継ぎとなった古⾕浩⼀（ふるたにひろかず）さん。父が向き合い続けた伝統的な陶芸技法「粉引き」の技術を受け継ぎながら、時のライフスタイルに馴染む、独自の粉引きの器作りを追い求めている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">使い勝手が良い白い器</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="/wp-content/uploads/2022/10/kiji1-6.jpg" alt="" class="wp-image-31997" style="width:825px;height:550px"/></figure></div>


<p>料理を引き立て、どんなシチュエーションにも合う便利な「白い器」。その中に「<strong>粉引き</strong>」と呼ばれる器がある。読み方は「こひき」や「こびき」。正式には技法の名前で、ベースの粘土の上に、白化粧という白い泥をかけ、釉薬をかけて焼いたものを総称してそう呼ぶ。素朴で温かみのある白が特徴で、どんな料理も優しく包み込み、他の器との相性も良い。</p>



<p>陶器の町・信楽に窯を構える「古谷製陶所」では、1971年の創設時より「白い粉引きの器」にこだわってきた。</p>



<h3 class="wp-block-heading">土の風合いを生かした信楽焼の食器</h3>



<p>たぬきの置物で知られる信楽町は、現在も約200もの窯元や製陶所がある陶器の町。もともと琵琶湖があった場所に位置するため、粘土質で焼き物に適した陶土に恵まれている。戦国時代には茶の湯の道具として用いられたほか、近代以降は茶器に限らずタイルや植木鉢、たぬきの置物など、あらゆるやきものを製作。時代のニーズに合わせ多様な陶器を生産してきたが、いまは<strong>土の風合いを生かした作家ものの食器</strong>が注目を集めている。</p>



<p>町の中心部から少し離れた集落にある「古谷製陶所」は、和・洋どちらの食卓にも馴染む、あたたかみのある器が人気の窯元だ。</p>



<h2 class="wp-block-heading">粉引きの特性を生かす</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="/wp-content/uploads/2022/10/kiji2-6.jpg" alt="" class="wp-image-31998" style="width:825px;height:550px"/></figure></div>


<p>「古谷製陶所」では独自にブレンドした鉄分の多い赤土の粘土を使う。その上に白い泥をかけて白化粧し、さらに釉薬をかける。「器の表面の下から素朴な土味が少し見え隠れします。<strong>層の重なり</strong>を感じてもらえれば」と古谷さん。「赤土」・「白化粧」・「釉薬」という三層構造だからこその、やわらかな風合いや、趣きが粉引きの最大の魅力だ。</p>



<p>だが、三層構造ゆえに汚れがつきやすいという難点もある。そこで古谷さんは、低い温度で本焼きを二度する新たな手法を確立。「<strong>二度焼き</strong>することで、汚れのつきやすさや強度不足が解消でき、日常的に使ってもらいやすくなりました」。</p>



<h3 class="wp-block-heading">削りが深める、粉引きの味わい</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/10/kiji3-6.jpg" alt="" class="wp-image-31999" style="width:825px;height:550px"/></figure></div>


<p>粉引きの味わいをよりいっそう引き出すのが<strong>削り</strong>の工程。成形・乾燥させた後にヘラやカンナで表面を削り、模様をつけたりする。「削りで作品ががらっと変わる」と古谷さんも話す通り、立体的なラインに釉薬の濃淡が生まれたり、下地の土の存在が出ることで、粉引き独特の味わいが生まれる。</p>



<h2 class="wp-block-heading">父から受け継がれた一貫する想い</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/10/kiji4-5.jpg" alt="" class="wp-image-31999" style="width:825px;height:550px"/></figure></div>


<p>古谷さんは陶芸家を志し、信楽の窯業試験場と京都のろくろの専門学校で陶芸を学んだ。卒業を迎えた22歳のとき、父親の信男さんが病に倒れた。信男さんが一線を退く事になり実家である「古⾕製陶所」を継ぐことに。「本当は多治見の作家さんに弟子入りすることが決まっていたのですが、そのタイミグで父が倒れたので実家に戻ることにしました」。父親と一緒に仕事ができたのは1年ほど。幼いころに見て育った仕事をする父の姿の記憶をたどりながら、限られた時間の中で、集中して器づくりを学び、技術を磨いた。</p>



<p>「父が作っていたのは主に和食器でしたが、<strong>コンセプトは日常使いしてもらえるもの</strong>。父と僕の器は形こそ違いますが、コンセプトは一貫しています。そのために必要な、使いやすい大きさや軽さへの意識は、父から教わりました」。</p>



<h3 class="wp-block-heading">使い手の生の声をもとめて</h3>



<p>父親の代では問屋への卸しの仕事が中心だったが、古谷さんが工房を継いでからは「消費者に近づきたい」と、全国の陶器市やクラフトフェアなどに積極的に参加するようになった。<strong>使い手と直接会話</strong>することで、いまの時代やライフスタイルにどんな器が求められているのか、常にアンテナが張れるからだ。</p>



<p>「実際に僕たちの周りでも洋風の家に住んでいたり、洋食を食べる人が多いじゃないですか。だったら、求められる器も変化して当然です」。</p>



<p>ケーキに合うモダンな西洋皿。スタッキング収納できるもの。高価過ぎず日常的に使えるリーズナブルなもの。現場で聞いたさまざまな要望を叶えたいと、種類豊富なオリジナルの器が増えていった。</p>



<h3 class="wp-block-heading">余裕が生み出す、遊び心あるデザイン</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/10/kiji5-5.jpg" alt="" class="wp-image-31999" style="width:825px;height:550px"/></figure></div>


<p>古谷さんの代表的な作品となったのが、リンゴや洋ナシなどの果物をかたどった器。思わず手に取りたくなる愛らしさと、やわらかな曲線が持ち味の器だ。</p>



<p>食卓で存在感を発揮しそうなところだが、落ち着いた色合いなので主張し過ぎず、どんな料理にも合わせやすい。</p>



<p>「僕が作りたいのは、<strong>手に取ったときにほっとできるような器</strong>。直線や曲線が整い過ぎていると、日常の中では違和感が出ると思うんです。だから、いつも柔らかくあることを意識するようにしています」。</p>



<p>意図的な曲線をどれだけ自然に感じさせるか、それを可能にするのは古谷さんの作家としての経験が生みだす余裕がなせる技だろう。</p>



<h2 class="wp-block-heading">よりリアルな声をもとめて</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/10/kiji6-3.jpg" alt="" class="wp-image-31999" style="width:825px;height:550px"/></figure></div>


<p>工房の一角には、生活空間をイメージして作られたショールームがある。実際に器を手に取り、使い勝手や質感を確かめながら買い物ができる。また、2022年7月からは、工房の隣に立つ母屋を改装し、キッチンスペースを開放するようになった。これらはすべて器の価値は使ってみないとわからないという信念から。料理家を招いて料理教室も開催している。</p>



<p>「こんな盛り付け方があったんだ！なんて新しい発見もあったりして。器は料理を盛り付けて完成するもの。使ってもらった生のリアクションが見られるのは勉強になりますね」。料理がおいしく見えると定評のある古谷さんの器。その所以はこういったところにもあるのかもしれない。</p>



<h3 class="wp-block-heading">毎日使うものだからこそ</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/10/kiji7-1.jpg" alt="" class="wp-image-31999" style="width:825px;height:550px"/></figure></div>


<p>いまでは各地のクラフトフェアにも引っ張りだこで、全国にファンがいる古谷さんの器。だが、それに慢心することなく、よりよい器を追い求め続けている。</p>



<p>「産みの苦しみはありますが、新しいオーダーをいただくことが楽しい。なにより、ろくろをまわしてる時間が好きなのかも。心が穏やかになります」。</p>



<p>日常のどんな瞬間にもいつの間にか寄り添う、毎日に欠かせない相棒の様な存在。そんな器たちが、あるときは食卓のメインに、そしてある時は脇役として華を添える。食器棚に一枚は持っていたい頼れる器。古谷さんの柔らかな物腰の向こうに見える、ぶれない芯の強さ。それでいて柔軟な対応力。それらがすべてカタチとなりうつし出されているようだ。これからも使い手の声を取り入れ、食文化やライフスタイルの移り変わりにもしなやかに対応しながら、未来へとつながる器がその手から生み出されていくことだろう。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="1024" height="701" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/113_kao_IMG_4520-1024x701-1.jpeg" alt="" class="wp-image-48051" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/113_kao_IMG_4520-1024x701-1.jpeg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/113_kao_IMG_4520-1024x701-1-300x205.jpeg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/113_kao_IMG_4520-1024x701-1-768x526.jpeg 768w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /><figcaption class="wp-element-caption">古谷製陶所 古谷浩一さん</figcaption></figure>



<p>日々の暮らしの中で一番大切な時間は、家族が集まってご飯を食べたり、お茶やコーヒーを飲みながらホッとしたりする時間です。そんな時間がより豊かになるように、人々の暮らしにそっと寄り添っていけるような、そんな器づくりを心がけています。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/33348/">優しい風合いと、遊び心あるデザイン「古谷製陶所」の粉引きの器たち</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>土も金属も流し込む独自のガラス作品·熊谷峻さん／秋田県秋田市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 21 Mar 2022 01:00:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[器]]></category>
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		<category><![CDATA[コップ]]></category>
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		<category><![CDATA[皿]]></category>
		<category><![CDATA[秋田県]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/03/main-1-1.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>ガラスの魅力に惹き込まれる 秋田市を拠点にガラス作家として活動する熊谷峻さん。独特な表情を持つ作品に魅せられ、国内外での個展を開き、その存在感を増している作家である。熊谷さんの自宅兼工房を訪ねると、四季の色彩を映すかのよ [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/03/main-1-1.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><h2 class="wp-block-heading">ガラスの魅力に惹き込まれる</h2>



<p>秋田市を拠点にガラス作家として活動する<a href="https://www.instagram.com/shunkumagai_glass/">熊谷峻</a>さん。独特な表情を持つ作品に魅せられ、国内外での個展を開き、その存在感を増している作家である。熊谷さんの自宅兼工房を訪ねると、四季の色彩を映すかのような美しい庭に囲まれた工房に、熊谷さんのガラス作品の数々が並んでいた。<br>熊谷さんは秋田県に生まれ育ち、美術大学でガラス工芸を学んだあと、ガラスの街富山へ移りさらに富山ガラス工房に所属しながらガラスの基礎を固めた。そこで4年ほど活動したのち、同じくガラス作家の妻・境田亜希さんの妊娠を機に、秋田へと帰郷することを決めた。<br><span class="swl-marker mark_yellow">熊谷さんのガラス作品はとても珍しい。一見それがガラスでできているかも分からないような形状、質感、色合いを放っている。古代エジプトの遺跡から発掘されたかのような神秘的な雰囲気を醸し、パート・ド・ヴェールの技法を用いたようにも見え、引き込まれるような不思議な世界観が漂っているのだ。<br></span>「ガラス作家は、きれいなガラスへ向かう人が多い。でも私は、透明感や美しさより、ガラスに入った不純物による変化やムラに興味が湧く。そういうものになぜか惹かれます」と熊谷さんは話す。</p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full"><img decoding="async" width="640" height="426" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/03/kiji2-6.jpg" alt="" class="wp-image-31607" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/03/kiji2-6.jpg 640w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/03/kiji2-6-300x200.jpg 300w" sizes="(max-width: 640px) 100vw, 640px" /></figure></div>


<h2 class="wp-block-heading">唯一無二のガラス作品を求めて</h2>



<p><span class="swl-marker mark_yellow">熊谷さんの作品作りの基本は鋳造技法によるものだ。そこに陶芸や中金の技術を応用していることが特徴である。</span>誰もまだ見たことにない作品を作りたいとこの独創的な技法へとたどり着いたのだそうだ。<br>まず石膏の型を作り、造形用のロウで作品をイメージしながら成形する。あとは小さな箱に入れてまわりに石膏を流し込めば、型が完成する。出来上がった石膏の型に液体状の熱いガラスを流し込み、冷やし固めて成形していく。<span class="swl-marker mark_yellow">使用する原料は友人のガラス作家が廃材にするものを譲り受けたものなどを使い、そこに土や金属などの粉を混ぜ合わせていく。もともとついていたガラスの色彩が土や金属とともに1000度に熱せられる為、性質の違うそれぞれの原料が複雑な色や質感を生み出し、出来上がった作品の唯一無二の表情を創り出す。</span><br>1週間以上冷やしたあと、石膏を割り削ってガラスを取り出す。作品を型に入れてから時間が経っていることもあり、どんなものを作ったか、どんな姿になっているか、開けて見るまで自分でも忘れてしまっていることが多いのだそうだ。不純物が混ざっている事で予想もしない色ムラができていたり、汚れているかのように見える表情が現れていると、それに心が躍るのだという。ガラス作品について語る時、熊谷さんの笑顔は大きくなる。「なにより石膏を割って、作品を取り出す時が純粋に一番おもしろい」。そう言いながら、熊谷さんは1つの石膏を木槌で割り始めた。<br>慎重に木槌で石膏を叩いていくと、やがて中から仏様のような人型のガラス作品が姿を現した。少しザラついた鈍色の質感や色だれ、ゆがんだフォルム、たしかに透明なガラスにはない、異形ならではの魅力がそこにはあった。<br>「小さな作品に関しては、ここ数年でずいぶんと慣れた。今後は大きな作品にも取り組んでみたいと思っています」と熊谷さん。鋳造技法による制作を究め、熊谷さんならではの作品づくりに今後も挑んでいく。</p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full"><img decoding="async" width="640" height="426" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/03/kiji3-6.jpg" alt="" class="wp-image-31608" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/03/kiji3-6.jpg 640w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/03/kiji3-6-300x200.jpg 300w" sizes="(max-width: 640px) 100vw, 640px" /></figure></div>

<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full"><img decoding="async" width="640" height="426" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/03/kiji4-6.jpg" alt="" class="wp-image-31609" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/03/kiji4-6.jpg 640w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/03/kiji4-6-300x200.jpg 300w" sizes="(max-width: 640px) 100vw, 640px" /></figure></div><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/31604/">土も金属も流し込む独自のガラス作品·熊谷峻さん／秋田県秋田市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>匠の伝統を受け継ぐ現代の木工芸職人「まる工芸」大澤昌史さん／岐阜県高山市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 23 Feb 2022 01:00:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/02/main-6.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>歴史的建造物を支える匠 岐阜県北部に位置する飛騨高山。豊かな森に囲まれたこのエリアでは「匠（たくみ）」と呼ばれる技術者が数多く育ち、1,300年ほど前から日本の木工や木造建築の先端を担ってきた。奈良時代においても、その技 [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/31488/">匠の伝統を受け継ぐ現代の木工芸職人「まる工芸」大澤昌史さん／岐阜県高山市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/02/main-6.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><h2 class="wp-block-heading">歴史的建造物を支える匠</h2>



<p>岐阜県北部に位置する飛騨高山。<span class="swl-marker mark_yellow">豊かな森に囲まれたこのエリアでは「匠（たくみ）」と呼ばれる技術者が数多く育ち、1,300年ほど前から日本の木工や木造建築の先端を担ってきた。奈良時代においても、その技術の高さが認められ、年間100人ほどの匠を都に派遣する代わりに税が免除される「飛騨工制度」が特別に制定されるなど、薬師寺・法隆寺・東大寺など、数多くの神社仏閣の建立を支えてきた。</span><br>その後も歴史的な建築物に携わり伝統文化を発展させていくなかで、「飛騨春慶（ひだしゅんけい）」「一位一刀彫（いちいいっとうぼり）」などの工芸品を生み出してきた。そして、100年ほど前に西洋の家具技術“曲げ木”が伝えられ、試行錯誤しながら匠の伝統技術と融合した。日本人の食生活のスタイルがちゃぶ台からダイニングセットに変わっていくのにあわせて、高山の家具職人たちは高いデザイン性と機能性をあわせ持つ木工家具のノウハウをたくわえ、高山は日本を代表する家具生産地として誰もが認める存在となった。今日も国内外に“匠”のファンを増やし続けている。</p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full"><img decoding="async" width="640" height="426" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/02/kiji2-5.jpg" alt="" class="wp-image-31491" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/02/kiji2-5.jpg 640w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/02/kiji2-5-300x200.jpg 300w" sizes="(max-width: 640px) 100vw, 640px" /></figure></div>


<h2 class="wp-block-heading">伝統工芸を現代生活にあわせていく</h2>



<p>東京都日野市に生を受けた大澤昌史さんは、20代前半に高山に移住し、職業訓練校で木工技術を学んだ後、家具職人として家具メーカーに就職した。「気にいってしまって、勢いで（笑）」と築80年を超える古民家を購入し、そこで自身の工房「<a href="https://megurumegurasu.com/marukogei">まる工芸</a>」を始めた。<br>当初は、木工家具を作っていたが、曲げ木の技法を追求していくなかでオーダーを受け「オーバルボックス」という楕円系の箱の制作を開始した。<span class="swl-marker mark_yellow">オーバルボックスはキリスト教諸派のシェーカー教徒が、19世紀ごろ｢美は有用性に宿る｣という信仰に基づき、ていねいな手仕事で生み出した家具の一つが起源。薄い木材を曲げて作られるシンプルな物入だ。多くのメーカーや職人たちがレプリカとして復刻版を制作するようになると、幅広い層からの支持をうけて、生活に溶け込むおしゃれな雑貨として知られるようになった。</span><br>それを大澤さん流に再現する。かなめは、家具職人時代に培った曲げ木の技巧。薄く堅牢な広葉樹を高温の蒸気で蒸して柔らかくし、型に入れて固定し、乾燥の加減を見極めてしなやかで美しい曲線を作り上げる。それぞれ異なる木目や木が持つ水分に合わせて、ミリ単位の調整が必要なため、一筋縄ではいかない。曲げた木が反ったり浮いたりしないよう“スワローテイル”と呼ばれる形に接合部をしつらえ、一つ一つていねいに貼り合わせる。絶妙な力加減で小刀を使って切り出し、細部にまで魂を込めていく。無駄が極限まで削ぎ落とされ、完全なる機能美を体現した作品は多くのファンをとりこにし、ほとんど店頭に並ぶことが無いまま、完売してしまう。<br>また、<span class="swl-marker mark_yellow">伝統的な工芸を現代の生活様式に合わせて再構築するのが、大澤さんのスタイル。曲げ木の技術を応用した優雅な曲線が美しい木製のティッシュケースや、見事な円を描いた木枠の中にはめた鏡なども生み出し、合理性とオリジナリティを両立させた様式美を追求する。</span>今度の目標は、100年後も残る作品を作ること。「ただ、美しいと心から思えるものを作りたい」。先人の意思と技を継いだ現代の匠の願いは、作品の佇まいのように、どこまでもシンプルで、比類なく純粋だ。</p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full"><img decoding="async" width="640" height="426" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/02/kiji3-5.jpg" alt="" class="wp-image-31492" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/02/kiji3-5.jpg 640w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/02/kiji3-5-300x200.jpg 300w" sizes="(max-width: 640px) 100vw, 640px" /></figure></div>

<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full"><img decoding="async" width="640" height="426" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/02/kiji4-5.jpg" alt="" class="wp-image-31493" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/02/kiji4-5.jpg 640w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/02/kiji4-5-300x200.jpg 300w" sizes="(max-width: 640px) 100vw, 640px" /></figure></div><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/31488/">匠の伝統を受け継ぐ現代の木工芸職人「まる工芸」大澤昌史さん／岐阜県高山市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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