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	<title>器 - NIHONMONO</title>
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	<title>器 - NIHONMONO</title>
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		<title>「未来の伝統」を創る。人間国宝･福島善三さん／福岡県朝倉郡</title>
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		<pubDate>Tue, 25 Jun 2024 01:00:09 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/CHI001-4037-1-1024x819.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>福岡県中央部東側に広がる朝倉郡東峰村は「小石原焼」と呼ばれる焼き物の産地。この地で長い歴史を誇る「ちがいわ窯」十六代･福島善三さんは重要無形文化財保持者（人間国宝）に認定されている名工だ。地元の土や釉薬にこだわりつつ、新 [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/CHI001-4037-1-1024x819.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>福岡県中央部東側に広がる朝倉郡東峰村は「小石原焼」と呼ばれる焼き物の産地。この地で長い歴史を誇る「ちがいわ窯」十六代･福島善三さんは重要無形文化財保持者（人間国宝）に認定されている名工だ。地元の土や釉薬にこだわりつつ、新しい小石原焼の可能性を追求し続ける福島さんの器の魅力とは。</p>



<h2 class="wp-block-heading">伝統は創り、進化させていくもの</h2>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/CHI005-2077-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-44897" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/CHI005-2077-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/CHI005-2077-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/CHI005-2077-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/CHI005-2077.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>福岡市中心部から約1時間余り、1,000m級の山々に囲まれた福岡県朝倉郡東峰村（とうほうむら）は、自然豊かな美しい里山だ。なかでも小石原（こいしわら）地区は、陶器<strong>づくりに適した土、窯の燃料となる木々、釉薬の原料となる長石や藁灰、その原料になる稲や小麦に恵まれ、</strong>1600年代後半から焼き物づくりが盛んに行われてきた。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="921" height="615" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/image-8.png" alt="" class="wp-image-44898" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/image-8.png 921w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/image-8-300x200.png 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/image-8-768x513.png 768w" sizes="(max-width: 921px) 100vw, 921px" /></figure>



<p>小石原焼には多彩な伝統的技法があるが、代表的なものが<strong>「飛び鉋（とびかんな）」と「刷毛目（はけめ）」</strong>だ。飛び鉋は、ろくろを回しながら鉋（かんな）の刃先を器に当て、規則的に小さな削り目を入れて文様をつけていく技法で、刷毛目はその名の通りろくろを回しながら刷毛（はけ）で文様を描いていくもの。どちらも素朴で温かい雰囲気が感じられ、小石原の多くの窯元でこの技法を使った生活雑器がつくられている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">質より量の時代に危機感を感じ、新たな作風を模索</h2>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/CHI010-4068-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-44899" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/CHI010-4068-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/CHI010-4068-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/CHI010-4068-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/CHI010-4068.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>福島さんのギャラリーには、いわゆる典型的な小石原焼は並んでいない。独特の青を纏った青磁作品が多く並び、形の美しさと柔らかく透明感のある色合いに「これも小石原焼なのか」と驚く。これらの作風が誕生するまでには、福島さんの長きにわたる挑戦の日々があった。</p>



<p>幼い頃から祖父や父、職人たちがろくろを回す作業場が遊び場だった福島さん。子どもの頃から家業を継ぐと決めていたため、ほかの有名産地も見ておきたいと大学時代に全国を巡った。しかし、多くの産地を訪ねて再認識したのは“小石原のろくろ技術の高さ”。それならば地元で学ぼうと決め、帰郷してからは、一日で湯呑み200個、徳利100本と、数をこなしながら修行に励んだ。</p>



<p>当時は民芸運動の活発化が影響し、日常で使える民芸陶器の需要が急激に高まっていた。もちろん、九州地方も同様。それもあって丈夫な上にシンプルで日用として生活に取り入れやすいデザインだった小石原焼は、広く消費者に受け入れられるようになり、作れば作るだけ売れたという。</p>



<p>福島さんが子どもの頃には9軒しかなかった窯元も30軒近くに増えたが、一方で質より量の価格競争が始まっていた。そんな状況を憂い、福島さんは<strong>「自分にしかつくれない小石原焼を」</strong>と新たな作風を模索し始めた。</p>



<h3 class="wp-block-heading">県展、そして日本伝統工芸展へ</h3>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/CHI021-4111-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-44900" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/CHI021-4111-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/CHI021-4111-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/CHI021-4111-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/CHI021-4111.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>まず着手したのは釉薬の勉強だった。鉄分が多く、焼成時の縮みも大きい小石原の土と地元の原料でつくった釉薬を使って、いかに自分らしい作品をつくるかをテーマに、伝統的な小石原焼の技法を用いて試作を繰り返した。こうして完成した作品を<strong>福岡県美術展覧会（県展）に出品。見事入賞を果たした。</strong></p>



<p>しかし、県展の会場である福岡市に足を運んだ際に立ち寄った日本最大の公募展「日本伝統工芸展」で福島さんは衝撃を受ける。</p>



<p>「こんなにもレベルが違うものなのか」。</p>



<p>そこから福島さんの新たな挑戦が始まった。「まずはいいものを見つづけることが大切」と<strong>日本伝統工芸展の図録を暗記するほど読み込んだ。</strong>小石原で誰も手がけたことのない新しい作風に挑む福島さんにとって、図録が師匠だった。</p>



<p>目指す作品をイメージしながら、<strong>「粘土×釉薬×焼成温度」と「時間×冷却時間」を組み合わせながら、果てしないほどの試行錯誤を重ねる日々。</strong>ちょうどその頃、小石原で最も古い1682年の窯の発掘が始まり、磁器や染付の茶道具など、現在の小石原焼からは考えられないようなものが多数出土した。当時の小石原は福岡藩の庇護のもと、殿様向けの多彩な器を焼いていたのだ。</p>



<p>それら出土品を目の当たりにし、福島さんは「飛び鉋や刷毛目も昭和に入って誕生した技法で、300年以上つづく小石原焼の歴史から見るとほんの一部。<strong>自分の挑戦も未来の小石原で“伝統”と呼ばれているかもしれない。</strong>外の声に揺らぐことなく自分を信じよう」と心に決めた。</p>



<h3 class="wp-block-heading">小石原でしかつくれない青磁を</h3>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/CHI017-4097-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-44901" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/CHI017-4097-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/CHI017-4097-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/CHI017-4097-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/CHI017-4097.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>こうして福島さんは、無骨な雰囲気のある旧来の小石原焼とは相反する、見た目に透明感のある青磁づくりに着手した。</p>



<p>「小石原の粘土は鉄分が多く扱いにくいが、デメリットをメリットに変え、ここでしか作れない青磁を作りたい」。そう決意して土づくりや釉薬などを独学で研究し完成させたその青磁は、窯のある地域の古称である中野と、美しい色合いを合わせて「中野月白瓷（なかのげっぱくじ）」と名付けられ、福島さんの代表作となった。鉄分が多く黒い小石原の土に、青白い釉薬「月白釉」をかけて焼き上げた同作品は、柔らかく優しい青色で、たちまち見る人の心をつかんだ。エッジの黒い部分は釉薬を削って元の土の色を出し、小石原焼の匂いを残しているのも特徴のひとつだ。</p>



<p>この作品を初めて出品したのは第60回の「日本伝統工芸展」。飛び鉋や刷毛目の文様がないこの作品に対し、当時の工芸界からは「これを小石原焼と呼んでいいのか？」と問われることもあったが、福島さんは「すべて地元の原料を使い、小石原でろくろを回して釉薬をかけ、焼き上げたのだから正真正銘の小石原焼。新しい作風に挑戦し続けなければ次の時代の伝統は生まれない」と自信をもって出品した。</p>



<p>そこから10年間、毎年形や貫入の入れ方を変えるなど、月白瓷の表現の可能性を広げながら作品を出品し続け、その結果、当初は驚きを持って迎えていた見識者たちにも月白瓷の美しさが認められ、第70回「日本伝統工芸展」で「高松宮記念賞」を受賞した。</p>



<p>そんな唯一無二の世界観を表現すべく、福島さんは粘土や釉薬づくりから、ろくろでの造形、焼成まですべての工程をひとりで行っている。「分業化が進んでいる窯元の作家をオーケストラの指揮者と例えるならば、私はシンガーソングライターです」と笑う。</p>



<h2 class="wp-block-heading">人間国宝認定が被災地を勇気づける</h2>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/CHI026-4282-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-44902" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/CHI026-4282-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/CHI026-4282-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/CHI026-4282-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/CHI026-4282.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>2017年7月、九州北部豪雨が小石原を襲い、窯元42軒のうち11軒が土砂流入などの被害を受け、地区全体に暗い影を落とした。その2週間後、福島さんが<strong>57歳という若さで「重要無形文化財保持者（人間国宝）」に認定された</strong>という明るいニュースが被災地に届く。</p>



<p>「正直、小石原焼で人間国宝になれると思っていなかったし、地域が大変な時に喜んでいいのかとも思ったが、小石原焼の発展のためにも非常にありがたいと感じた」と福島さん。</p>



<p>そのニュースは小石原焼に携わる人たちに大きな勇気を与えた。福島さんが人間国宝になったのを機に、既存の技法にこだわらず新しい作品をつくりたいという若手も増えた。また、水害をきっかけに小石原焼が全国的に注目され、産地としても追い風も吹き始め、地域に活気がもたらされた。</p>



<p>「こうして50代で人間国宝の認定をいただいたことには、“これからつづく作家人生、もっと挑戦しろよ”というエールが込められているのだと捉えています。重圧もあるし、生みの苦しみもある。今でも日々、失敗の連続です。しかし、失敗を糧にして学ぶことが何より力になる、それだけは確かだと信じています」。</p>



<p>人間国宝という名誉を与えられ、ますます創作意欲が湧くようになったという福島さん。</p>



<p>その作品からは伝統とは守るべきものだけではなく、新たに創造できるものだというメッセージが伝わる。</p>



<p>今後、その手からどんな小石原の伝統が誕生するのか、楽しみでならない。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/44895/">「未来の伝統」を創る。人間国宝･福島善三さん／福岡県朝倉郡</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>伝統の備前焼に新しい風を吹き込む、陶芸家･森本仁さん／岡山県備前市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 29 Apr 2024 01:00:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[やきもの]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/e546ea0cf075177d5e17e95bc8489ccc.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>中世から続く六古窯のひとつ、備前焼。岡山県備前市周辺でとれた土を用い、釉薬をかけずに焼き締めることで生まれる、1点1点異なる表情が魅力の焼物だ。その備前焼のよさを大切にしながらも、現代の暮らしに合うモダンさを備えた器作り [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/e546ea0cf075177d5e17e95bc8489ccc.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>中世から続く六古窯のひとつ、備前焼。岡山県備前市周辺でとれた土を用い、釉薬をかけずに焼き締めることで生まれる、1点1点異なる表情が魅力の焼物だ。その備前焼のよさを大切にしながらも、現代の暮らしに合うモダンさを備えた器作りに挑んでいる、陶芸家･<a href="https://hitoshimorimoto.com/" title="">森本仁</a>さんの工房を訪ねた。</p>



<h2 class="wp-block-heading">日々の暮らしが作品に表れる</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/f56ea2e8134a52d4aa3cdd5a75e9f7c7.jpg" alt="" class="wp-image-42424" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/f56ea2e8134a52d4aa3cdd5a75e9f7c7.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/f56ea2e8134a52d4aa3cdd5a75e9f7c7-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/f56ea2e8134a52d4aa3cdd5a75e9f7c7-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>岡山県の南東部に位置し、備前焼の里として、数多くの窯元やギャラリーが立ち並ぶ備前市伊部地区。同じ備前市内にありながらも、そこからクルマで20分ほどの静かな山のなかに、陶芸家･森本仁さんの自宅と工房はある。街の喧噪から離れ、豊かな自然に囲まれた環境で、陶芸に勤しんでいる。<br>備前焼作家の父の元に生まれた、森本さん。大学で彫刻を学び、卒業後は父親からのすすめを受け、岐阜県で美濃焼の陶芸家･豊場惺也氏に師事。師匠と寝食をともにする生活を4年間続けた。</p>



<p>当時のことを森本さんは、「禅僧の修行のようだった」と振り返る。朝起きて、掃除や食事の手伝い、庭の手入れ、薪割りなど、師匠の動きを察しながら、それに合わせて自分も動いていく。師匠が気持ちよく仕事ができるようサポートするのが使命だった。そんな暮らしの中で、「日々の生活こそ、その人の作品なのだ」と実感したという。それを体感できたことが、今の森本さんの礎となっている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">現代の暮らしに溶け込む備前焼を</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="733" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/a0a973f3646c669b21e0002595482636.jpg" alt="" class="wp-image-42425" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/a0a973f3646c669b21e0002595482636.jpg 733w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/a0a973f3646c669b21e0002595482636-300x225.jpg 300w" sizes="(max-width: 733px) 100vw, 733px" /></figure>



<p>岐阜での修業を経て、2003年に帰郷し、父の元で陶芸家として歩み始めた、森本さん。地元を離れていた期間があったことで、備前焼を客観視できたことも大きな成果だった。森本さんが陶芸の道に進んだ今から20～30年前の備前焼は、重厚感を重視した作品が主流。そのため、いざ自らの生活に取り入れようと思っても、使いづらいと感じることも。「薄くしたり軽くしたり、備前焼の風合いを生かしつつも、普段使いしやすいものが生み出せるはず」。そんな思いを抱き、現代生活にフィットする備前焼への挑戦がスタートした。</p>



<h3 class="wp-block-heading">土作りと登り窯が、備前焼の要</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="828" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/0041e5cf4429bab7ef4969d5b652ce27.jpg" alt="" class="wp-image-42426" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/0041e5cf4429bab7ef4969d5b652ce27.jpg 828w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/0041e5cf4429bab7ef4969d5b652ce27-300x199.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/0041e5cf4429bab7ef4969d5b652ce27-768x510.jpg 768w" sizes="(max-width: 828px) 100vw, 828px" /></figure>



<p>備前焼に用いる土は、備前市周辺の田んぼから採取した「田土」が基本。窯に入れた際の収縮率が高いため、しっかりと焼き締まる。そのために水が漏れないので、釉薬をかける必要がないのだ。さらに、窯の中での置き場所や、灰のかかり方などによって、色が変化し、さまざまな表情が生まれる点も大きな特徴だ。</p>



<p>現在、森本さんが使用している土は、父親が50年ほど前に購入したもの。まるで石のように硬い原土を砕き、水につけて溶かして自分好みの粘土にしていく。釉薬を用いない焼物だからこそ、仕上がりを大きく左右する土作りに力を尽くす。</p>



<p>そして、備前の土のよさを最大限に引き出すには、薪を使った登り窯で焼くことが重要だと考えている。登り窯に火を入れるのは1年から1年半に1回で、準備から焼き上げまで7～8か月を要する。いざ、焼き始めると約1週間は窯につきっきりに。「登り窯で火を焚き続けると、焼物を仕事にしているという実感があるんです。ぐっとくる感じがほかの窯とは違うんです」と、森本さんは目を輝かせる。</p>



<h3 class="wp-block-heading">釉薬ものも手がけ続ける</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="828" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/be3e907476a0622e56dab63d94af2e14.jpg" alt="" class="wp-image-42427" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/be3e907476a0622e56dab63d94af2e14.jpg 828w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/be3e907476a0622e56dab63d94af2e14-300x199.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/be3e907476a0622e56dab63d94af2e14-768x510.jpg 768w" sizes="(max-width: 828px) 100vw, 828px" /></figure>



<p>薪窯で焼く備前焼の作陶と交互に、師匠から学んだ釉薬ものも灯油窯を用いて手がけ続けている、森本さん。「両方あったほうが食卓が生きるし、おもしろい」と、その理由は実に明快だ。さらには、備前焼と釉薬ものを両方手がけることで、自分の作品であっても、それぞれを客観視できるようになったことも、自分にとっては有益だったと語る。</p>



<h3 class="wp-block-heading">灯油窯で焼く、独自の「白花」シリーズ</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="828" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/afb48f58cb7188f54b6c7c881a131688.jpg" alt="" class="wp-image-42428" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/afb48f58cb7188f54b6c7c881a131688.jpg 828w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/afb48f58cb7188f54b6c7c881a131688-300x199.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/afb48f58cb7188f54b6c7c881a131688-768x510.jpg 768w" sizes="(max-width: 828px) 100vw, 828px" /></figure>



<p>また、備前の土を用い、灯油窯で焼く「白花（しらはな）」シリーズは、森本さんが考案したオリジナル。伝統的な備前焼同様、釉薬を用いない焼き締めだが、灯油窯でなるべく焼き色がつかないように焼くことでフラットな焼き上がりと不思議な質感が生まれる。色は備前の土そのものが持つ、グレーがかった白。研ぎ澄まされたフォルムと、これまでの備前焼にはなかった色合いで、現代の暮らしにすっと溶け込むようなモダンな表情をたたえたシリーズとして人気を博している。<br>このように、同じ備前の土を用いても、用いる窯や焼成の仕方によって、まったく表情の異なる作品に仕上がる。焼物にとって大切なのは、土と窯の相性だと考えている、森本さん。その相性がよいとおもしろいものが生まれるというのだ。固定概念にとらわれることなく、さまざまな手法を試してみる軽やかな姿勢が、新たな魅力を備えた焼物を生み出すことにつながっているのだろう。</p>



<h2 class="wp-block-heading">やりたいことは次々と生まれてくる</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/489183dee90fee526b3877127b79f2ca.jpg" alt="" class="wp-image-42429" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/489183dee90fee526b3877127b79f2ca.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/489183dee90fee526b3877127b79f2ca-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/489183dee90fee526b3877127b79f2ca-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>日々の生活では、庭の手入れを怠らず、季節の草花を飾り、母から茶道も学び続けている。仕事場も空間づくりや道具ひとつひとつにこだわり、自分が心地よく作陶に打ち込めるように、整えている。師匠から学んだ、「暮らしにこそ、その人の作品が表れる」という教えに恥じぬよう、丁寧な暮らしを続けている。そんな毎日のなかで、いろいろなものを見て、いろいろな人と話していくうちに、やりたいことが次々に湧きおこってくるのだとか。</p>



<p>今後について尋ねると、「やりたいことがありすぎて、全然消化できていない感じです、ずっと。だからひとつずつやっていくしかないですね」。これこそが森本さんの作陶における原動力に。近年は、海外向けの仕事も少しずつ増えてきた。焼き締めが海外の人にはモダンに映り、支持を集めているのだ。日本向けにはやりたくてもできなった、大型の作品を求められることも多く、やりがいにもつながっている。<br><br></p>



<h3 class="wp-block-heading">これから先が、僕の本当の仕事</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="828" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/bca9b1020eed328e86839077cd971ab6.jpg" alt="" class="wp-image-42430" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/bca9b1020eed328e86839077cd971ab6.jpg 828w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/bca9b1020eed328e86839077cd971ab6-300x199.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/bca9b1020eed328e86839077cd971ab6-768x510.jpg 768w" sizes="(max-width: 828px) 100vw, 828px" /></figure>



<p>このように新しいことを試しながら、備前焼も釉薬ものも、プロの仕事として、説得力のある作品を生み続けていくつもりだ。そのうえで、陶芸に飽きることなく、慣れることなく、いかに楽しく続けていけるかが課題でもあるという。ある程度のことができるようになってきた今だからこそ、「これから先が僕の本当の仕事なんだと思います」と森本さん。師匠や父から受け継いだ教えや技を自分の陶芸へと昇華させながら、軽やかなにしなやかに、焼物の新しい世界を広げていってくれるはずだ。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/42422/">伝統の備前焼に新しい風を吹き込む、陶芸家･森本仁さん／岡山県備前市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>「器は、使う人により育つもの」唯一無二の作品をつくり続ける 陶芸家 三笘修さん／大分県日田市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 16 Apr 2024 01:00:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[伝統工芸]]></category>
		<category><![CDATA[焼き物]]></category>
		<category><![CDATA[大分県]]></category>
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		<category><![CDATA[陶芸]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/2eefd4f7e37fe9cb31df172540bb37e9.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>大分県北西部に位置する日田市。自然豊かな日田の灰や土を使い釉薬をつくり、人々の生活に寄り添う器を手掛ける陶芸家･三笘修（みとまおさむ）さん。日々の暮らしの中で生まれる「美しいもの」や「魅力的なもの」を追求、表現し続けてい [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/2eefd4f7e37fe9cb31df172540bb37e9.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>大分県北西部に位置する日田市。自然豊かな日田の灰や土を使い釉薬をつくり、人々の生活に寄り添う器を手掛ける陶芸家･三笘修（みとまおさむ）さん。日々の暮らしの中で生まれる「美しいもの」や「魅力的なもの」を追求、表現し続けている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">焼き物との出会い</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/bad54813021563ac901dc4938b07a78f.jpg" alt="" class="wp-image-42164" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/bad54813021563ac901dc4938b07a78f.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/bad54813021563ac901dc4938b07a78f-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/bad54813021563ac901dc4938b07a78f-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>2007年、故郷である日田に築窯した三笘さん。高校卒業までを日田で過ごし、デザインを学びたいという想いから、<a href="https://www.u-gakugei.ac.jp/" title="">東京学芸大学</a>の教育学部に進学し美術を専攻した。当時は、車などの工業デザインに興味があったというが、大学で才能ある人たちにふれて、自分の未来に悩んでいた時に授業で出会ったのが焼き物。その面白さにどんどん惹かれ、のめり込んでいくようになったという。生まれ育った九州は焼き物も盛んで、日田では一子相伝で受け継がれる「小鹿田焼（おんたやき）」や、近県である佐賀の「有田焼（ありたやき）」も国内外から高い人気を誇る。三笘さんの手掛ける作品とはテイストは違えど、小さい頃から陶磁器に触れるという意味では焼き物は常に身近にあったといえる。三笘さんが焼き物と出会い、地元に戻り工房を構えるという人生は、ある意味偶然ではないのかもしれない。</p>



<p>「型作り」で表現されるゆらぎ</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/e7244d8f66584d0349e7c08133abdf80.jpg" alt="" class="wp-image-42165" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/e7244d8f66584d0349e7c08133abdf80.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/e7244d8f66584d0349e7c08133abdf80-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/e7244d8f66584d0349e7c08133abdf80-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>三笘さんの主な技法は、「型作り」。ろくろは使わず、型による成形や手びねりだけで器をつくっている。大学の授業でろくろも体験したが、技術が身に付くまでに数年という時間を要するうえ、頭の中の理想のイメージと出来上がりのギャップが大きく、ろくろは性に合わなかったという。自分らしいスタイルを見つけるため、様々な雑誌を読み、展覧会を巡りながら見つけたのが「型作り」だった。また同じ頃、京都で人間国宝である石黒宗麿（いしぐろむねまろ）の作品を見る機会があった。その作品の中に、型でつくられているものがあり、「これがいいな」と直感的に思ったことが決め手となった。そのまま京都の型作りの先生のもとに弟子入りし、本格的に型作りを学び始めた。</p>



<h3 class="wp-block-heading">手で生み出されるニュアンス</h3>



<p>三笘さんの器づくりは、まずイメージをスケッチしてデザインすることから始まる。描いたものを立体的になる様を見比べながら粘土を成形し原型をつくり、石膏で型をとる。型を張り合わせ、ひとつひとつ指で押さえてなめらかにし、特に口の部分はかなり薄めに仕上げるのが特徴のひとつ。また、器を持ったときに重心が下にある方が持った時の感触が良いため、腰の部分はわざと厚めにしメリハリをつけているという。すべてが手作業なため時間は要するが、それでもこの技法にこだわるのは、型作り独特の「ゆらぎ」を表現するため。型作りは、生地を型に当て上から叩くことで粒子が乱れムラができ、焼成後に予測できないような動きがプラスされる。ろくろ挽きでも勿論ゆらぎは出来るが、型作りの工程の中で生まれるゆったりとしたリズムや指の圧力、そして手掛ける時間が、唯一無二の個性に繋がっていると三笘さん。彼が手掛ける器の魅力となる柔らかな揺らぎ、美しい歪みはすべてを手でつくることで生まれている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">「こだわらない」こだわり</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/edc8cbcc8fea82d6697ab19ed537e23e.jpg" alt="" class="wp-image-42166" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/edc8cbcc8fea82d6697ab19ed537e23e.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/edc8cbcc8fea82d6697ab19ed537e23e-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/edc8cbcc8fea82d6697ab19ed537e23e-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>“一つとして同じものがない” それが三笘さんのつくる作品の大きな特徴でもある。</p>



<p>型おこしをする段階では端正な形を意識してシャープにつくるが、焼成することで独特のゆがみやゆらぎが出ると三笘さん。指圧ひとつで仕上がりに大きな影響を与えるが、それがまた面白いのだと笑顔をみせる。「毎回思い通りにいかず、コントロールできないのが陶芸の楽しさのひとつ。1から100まで人間の思い通りにつくったものは、あまり面白くないかな。」と三笘さんは言う。陶芸を始めた当初は、自分のデザイン通りにつくりたいという思いがあったが、月日を重ねていくうちに思い通りにいかない事も魅力だと感じるようになったという。また、器は使う人によって育つものだと言われ「焼物はこうあるべき」というルールは持たないが、唯一こだわるのは釉薬。陶磁器の表面を覆う釉薬は焼成することで様々な表情を生むが、三笘さんは地元の天然原料を使って地味(ちみ)ある器を作りたいと思っている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">自然からなる釉薬で伝えたいもの</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/f687307ee4aba4ff42ee75ed36c40b22.jpg" alt="" class="wp-image-42167" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/f687307ee4aba4ff42ee75ed36c40b22.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/f687307ee4aba4ff42ee75ed36c40b22-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/f687307ee4aba4ff42ee75ed36c40b22-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>独立してすぐの頃は、自分の作品に個性を出さなければという想いが強く、あえて使い勝手の悪い形や色の器を作ってみるなど、紆余曲折の日々が続いた。釉薬も市販のものを使用していたという。そんな折、知り合いから経筒（きょうづつ）を作ってほしいと依頼があり、たまたま人からいただいた天然灰で釉薬をつくると、とてもやさしい色合いの器が完成した。その方から、「その釉薬が一番あなたらしいよ」と言われたことがきっかけとなり、天然灰などの自然の原料にシフトするようになったという。自然の原料と言えど同じ木でも、幹と枝の部分では出る色が変わってくる。また土地が違えば養分も違う。更には同じ釉薬で焼いても、還元焼成と酸化焼成で焼き方が変われば仕上がりは大きく変わってくるが、毎回違った表情が見られるのが焼き物の一番の魅力であり三笘さんの個性に繋がっている。</p>



<p>また三笘さんの釉薬は、地元の山から採ってきた材料を手で砕き、自作しているため長い時間を要する。すべての工程を1人で行っているため生産量が少なく、「手に入らない作家」として知られている。手間ひまをかけ完成される作品は、色や濃淡、釉薬からなる表情、焼いた後のゆがみやゆらぎ、そのすべてが唯一無二の存在となる。他と一線を画す独特のオーラを放ち、無駄なものを省いた繊細なエッジなど、シンプルな中に個性を求める人に愛されているのだ。</p>



<h2 class="wp-block-heading">使う人の想いをつなぐ、結ぶ</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/67f6588237c881466b90d19ac51e6640.jpg" alt="" class="wp-image-42168" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/67f6588237c881466b90d19ac51e6640.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/67f6588237c881466b90d19ac51e6640-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/04/67f6588237c881466b90d19ac51e6640-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>今から15年ほど前、台湾のお茶の先生と知り合ったことをきっかけに中国茶器も手掛ける三笘さん。中国や台湾にも足を運び、先生が持つ宋の時代や明の時代の器を見せてもらい、実際に使わせてもらった経験は大きかったという。「焼き物や作品を、どれだけ多く見るかが経験となり目を養うことにつながる。器や急須は、使っていくと育つもの。日本独特の文化「金継ぎ」もそのひとつだが、古くなるのではなく紡いでいくことで味が出る。」焼き物に限らず、詩や彫刻なども本物を感じられるものが好きだという三笘さん。中国や韓国、ヨーロッパなどの古い美術品からインスピレーションを受けつくられる作品は、日本のどの焼き物文化にも属さない独創性がある。</p>



<p>自分で作って美しいと思うものを見た瞬間、日常で仕事に集中できているとき、想像していないものが出来上がったとき。そんな日常のワンシーンが喜びであり、最大の癒しになると三笘さんは笑顔をみせる。「淡々と過ごす日々の中で、美しいものや偶然できた産物に出会い、充足の繰り返し。そこに、作家の主張はいらないのかな。」</p>



<p>作り手の想いだけはなく、ただ、使う人や見る人の想いを反映できるようなものを作りたい。そう言いながら、三笘さんは今日も５坪の工房で、人々の生活に寄り添い愛される作品をつくり続ける。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/42162/">「器は、使う人により育つもの」唯一無二の作品をつくり続ける 陶芸家 三笘修さん／大分県日田市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>臼杵（うすき）の町から世界へ。幻の焼き物を今に伝える「USUKIYAKI研究所」／大分県臼杵市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 26 Feb 2024 01:00:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/157_top_USUKIYAKI_main5.4.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>大分県臼杵市に拠点を構える「USUKIYAKI研究所」。ここでつくられる「臼杵焼（うすきやき）」という器は、江戸時代後期に臼杵藩の御用窯として存在しながらも、わずか十数年で途絶えた焼き物が起源とされています。自然豊かな環 [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/157_top_USUKIYAKI_main5.4.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p class="has-text-align-center"><strong>大分県臼杵市に拠点を構える「USUKIYAKI研究所」。<br>ここでつくられる「臼杵焼（うすきやき）」という器は、江戸時代後期に臼杵藩の御用窯として存在しながらも、<br>わずか十数年で途絶えた焼き物が起源とされています。<br>自然豊かな環境の中で育まれる想いを器を通じて発信し、臼杵の歴史を受け継ぎながら新しい未来へ繋げています。</strong></p>







<p>大分県の東南部に位置し、磨崖仏（まがいぶつ）として日本初、彫刻としては九州で初めて国宝に指定された臼杵石仏や、歴史薫る城下町など文化の風情漂う町、臼杵。独特の雰囲気を持つ臼杵の町に残された焼物文化に魅了され、新たな歴史を刻む宇佐美裕之さんのもとを訪れた。</p>






<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/35269cd8cb946aeab7c2e9014c6e375f.jpg" alt="" class="wp-image-40224" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/35269cd8cb946aeab7c2e9014c6e375f.jpg 540w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/35269cd8cb946aeab7c2e9014c6e375f-300x200.jpg 300w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>






<h2 class="wp-block-heading">「臼杵」という町が持つ文化</h2>



<p>大分県臼杵市は豊かな自然環境や、二王座歴史の道に代表される城下町など様々な歴史や文化が残る町。中でも、海のもの、山のものがある「食の町」としても広く知られている。代表されるのは、人々が伝統を守りつつ改良を加えてきた味噌･醤油･酒造りの醸造業。また、江戸時代に起きた天保の改革の発令により生まれた「質素倹約」の精神が育まれる中、知恵を絞って生まれた郷土料理など、多様な食文化が発展し存続している。2021年には、これまで守り続けてきた食文化が評価され、<strong>2021年ユネスコ創造都市ネットワーク食文化部門に加盟認定された。</strong>　</p>



<p>そんな歴史ある臼杵で今から約200年前の江戸時代後期、臼杵藩の御用窯として島原（長崎）小石原（福岡）小峰（宮崎）の陶工たちが迎えられ陶器と磁器がつくられたが、窯が開かれ十数年ほど栄えたのち、衰退したとされている窯業。その幻の窯業文化に着目したのが「<a href="https://usukiyaki.com/" title="">USUKIYAKI研究所</a>」代表の宇佐美裕之さんだ。</p>







<h2 class="wp-block-heading">「USUKIYAKI研究所」の設立までの道のり</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/801af2cfac4e04c2041991a1f2734145.jpg" alt="" class="wp-image-40225" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/801af2cfac4e04c2041991a1f2734145.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/801af2cfac4e04c2041991a1f2734145-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/801af2cfac4e04c2041991a1f2734145-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>


<p>美大時代に焼き物と出会った宇佐美さん。在学時から専攻していたアートと焼き物を融合し、手掛けたいという想いは常にあったという。卒業後は地元･臼杵に戻り、実家が営む郷土料理レストランを継ぐかたわら、観光の仕事にも携わっていた。料理の器などを扱うなかで、今は途絶えている焼き物が地元にあることを知り、<strong>「自分がもつ焼き物の技術とうまく結びつけて、臼杵独自のブランドを一歩でも前進させたい」</strong>と考えるように。またそれと同時に、途絶えてしまった臼杵の窯業文化を復興したいという想いもあり、大分で作陶をしていた仲間とともに2015年に立ち上げたのが<strong>「<a href="https://usukiyaki.com/" title="">USUKIYAKI研究所</a>」</strong>だ。かつてあった臼杵の焼物文化を自分たちでリニューアルし、一から作り上げたいという想いのもと誕生した。</p>







<h3 class="wp-block-heading">楚々とした美しき白磁の輪花</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/a0f0726fc4ca7e7e2e10a400b7c693d5.jpg" alt="" class="wp-image-40226" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/a0f0726fc4ca7e7e2e10a400b7c693d5.jpg 718w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/a0f0726fc4ca7e7e2e10a400b7c693d5-300x200.jpg 300w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>


<p>わずか十数年で途絶えた臼杵の焼き物は、当時の窯場が末広善法寺地区（通称･皿山）にあったことから地元では「末広焼」または「皿山焼」と呼ばれていたという。宇佐美さんが最初に出会った「末広（皿山）焼」は、アイスクリームを入れたらちょうどいいくらいの小鉢。菊の形をした白磁の輪花（りんか）を見た瞬間、「いいな」と惹きつけられた。昔から「質素倹約」の精神が育まれている臼杵の文化と、シンプルだが品がある白磁の輪花は、自分たちの手掛けたい器のイメージにぴったりだと直感したという。宇佐美さんは、<strong>菊や蓮の伝統的なモチーフからなる白磁の輪花や稜花シリーズを展開させたい</strong>という想いと、臼杵という町の地域活性化への願いを込めて<strong>「臼杵焼（うすきやき）」</strong>と名付けた。</p>







<h2 class="wp-block-heading">長く、大切に使ってもらえる製品を作りたい</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/5b8435b8ee723c7d837f1910032e1f0b.jpg" alt="" class="wp-image-40227" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/5b8435b8ee723c7d837f1910032e1f0b.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/5b8435b8ee723c7d837f1910032e1f0b-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/5b8435b8ee723c7d837f1910032e1f0b-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>






<p>「臼杵焼」のモチーフとなるのは、臼杵の町にある豊かな自然。草花や風、海や山からなる風景など、様々なものからインスピレーションを受けている。陰翳が美しいマットな白と、菊や蓮（はす）など、古くから臼杵に根付く伝統的なモチーフを現代的にアレンジしたデザインが特徴だ。残された数少ない資料や現存する作品を元に、生の粘土板を石膏型に乗せて型を移し取る「型打ち（かたうち）成型」と「ろくろ挽き」を組み合わせてつくられている。その多くは手作業により作り上げられるため、手仕事の風合いを纏いながら完成する「臼杵焼」の器。マット感のある釉薬を使用することで、手にした時に感じる柔らかな手触りが心地良い。完成までに時間はかかるが、「USUKIYAKI研究所」では限られた資源を大切に使い、手間を惜しまず、人々に長く使ってもらえるものを目指している。豊かな自然が生み出した、この土地ならではの産物は<strong>「つくる人」と「つかう人」</strong>の双方が大切に育ててこそ完成されるのだ。</p>







<h3 class="wp-block-heading">「臼杵焼」のビジョンに共感したプロフェッショナル集団</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/ab5d72e8bc936e2589b2152e98e777fa.jpg" alt="" class="wp-image-40228" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/ab5d72e8bc936e2589b2152e98e777fa.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/ab5d72e8bc936e2589b2152e98e777fa-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/ab5d72e8bc936e2589b2152e98e777fa-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>






<p>そんな「臼杵焼」を手掛けるのは、陶磁器だけでなく様々な分野のプロフェッショナル集団。最初は少人数で始めた工房だったが、現在はスタッフも増え<strong>「USUKIYAKI研究所」と、「アトリエ皿山」</strong>の２か所で製造をしている。地元の人や移住者、世代や性別のほか、国籍も異なるメンバーで分業し作品を完成させている。「あまり難しい作業にすると職人の数も増えないので分業できる方法を模索し、今の「型打ち」という方法に落ち着きました。」臼杵で焼き物の仕事をつくりたいという想いから、研究所を立ち上げた宇佐美さんは、分業制にすることで職人活動の裾野を広げている。</p>







<h3 class="wp-block-heading">​​​​​​「うつわは料理の額縁」という信念</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/2d11b40c50ac1c454f75fbf68bf69771.jpg" alt="" class="wp-image-40229" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/2d11b40c50ac1c454f75fbf68bf69771.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/2d11b40c50ac1c454f75fbf68bf69771-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/2d11b40c50ac1c454f75fbf68bf69771-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>






<p>シンプルながら趣のある「臼杵焼」は料理をより華やかに彩る器だ。</p>



<p>「臼杵の食を広く知っていただくための道具として、臼杵焼が役に立てば嬉しい」と宇佐美さん。国内でも珍しい取り組みだが、臼杵は土づくりセンターを設置し、有機野菜の為の堆肥を作っている町。そのような理由から「臼杵で農業をしたい」と、<strong>全国から若い農家さんが移住する</strong>ケースも少なくないという。宇佐美さんはそんな地域の取り組みを盛り上げるべく、地元で採れた有機野菜を使った創作料理も提供する郷土料理レストラン<strong>「USAMI」</strong>と季節のお菓子と本格中国茶を楽しめる<strong>「皿山喫茶室」</strong>を通じ、人々に臼杵の味を発信している。</p>



<p><strong>「うつわは料理を盛ってこそ生き生きするもの。うつわは料理の額縁」</strong>という研究所の信念。器は人の生活の中から生まれ、生活の中で使われるもの。「臼杵焼」は白く美しいだけでなく、どんな生活にも溶け込む素直さや使いやすさなど多面的な魅力を備えている。</p>







<h2 class="wp-block-heading">「臼杵焼」のその先に</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/0eb4538c423905be057b25c76deb7275.jpg" alt="" class="wp-image-40230" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/0eb4538c423905be057b25c76deb7275.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/0eb4538c423905be057b25c76deb7275-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/0eb4538c423905be057b25c76deb7275-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>






<p>宇佐美さんは言う。「臼杵焼」を通して一番伝えたいのは、臼杵という町に興味を持ち、<strong>臼杵という土地に足を運んでもらいたい</strong>ことだと。</p>



<p>2020年以降コロナ禍の間、臼杵を訪れる人が減った一方で、器のネット注文は増加した。ちょうど海外展開を考えていたタイミングであったが、出向かずとも商品の展示や発送、コミュニケーションはネットでも十分とれるということが分かった。一方で注文品を作るのに追われ、地元に来てもらい、実際に器に触れ、見てもらいながら販売したいという本来の想いが果たせなかったという。その経験からショップだけでなく、器に関する体験や食事、お茶を嗜む時間をゆっくりと持つための場所を求め、食と器の体験空間<strong>「うすき皿山」</strong>を完成させた。ここでは「臼杵焼」の展示販売をするギャラリーや、型打ちや金継ぎの体験や製造の見学ができるアトリエのほか、喫茶室や焼き菓子工房で構成されており<strong>「つくる･みる･ふれる」がすべて体験できる</strong>。年間を通じて、器や季節の食事を楽しめる様々なイベントが開催され、お客様との新たなコミュニケーションの場として温かな時間が流れている。</p>






<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/fd4a95a29305cda4b5381c1f76dbfdc7.jpg" alt="" class="wp-image-40231" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/fd4a95a29305cda4b5381c1f76dbfdc7.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/fd4a95a29305cda4b5381c1f76dbfdc7-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/fd4a95a29305cda4b5381c1f76dbfdc7-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>






<p>どんな時も宇佐美さんの胸にあるのは「臼杵という小さな町を全国に、そして世界へ発信したい」という想い。それは「臼杵焼」を手掛けるにあたり、世界中に暮らす大分、臼杵出身の方たちからエールをもらったことが活動の原点となり、その人たちへ恩返しをしたいという想いからなる。</p>



<p><strong>臼杵を愛し、臼杵と共に歩む</strong>人々の想いをのせた「臼杵焼」は、これからも世界とつながってゆく。</p>






<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/157_kao_usami2-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-49009" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/157_kao_usami2-1024x683.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/157_kao_usami2-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/157_kao_usami2-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/157_kao_usami2.jpg 1200w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /><figcaption class="wp-element-caption">USUKIYAKI研究所　代表 宇佐美裕之さん</figcaption></figure></div>


<p>臼杵の町に息づく天然の素材からインスピレーションを受け、自然や意匠を焼き付けてつくる「臼杵焼」。使う人がいつも楽しくなる器となることが、僕と仲間たちの願いです。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/40185/">臼杵（うすき）の町から世界へ。幻の焼き物を今に伝える「USUKIYAKI研究所」／大分県臼杵市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<item>
		<title>蹴りろくろとの調和が生みだす素朴で力強い「うつわ」陶芸家･鈴木美雲さん／山形県山形市</title>
		<link>https://nihonmono.jp/article/39245/</link>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 23 Nov 2023 01:02:51 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[陶芸]]></category>
		<category><![CDATA[陶器]]></category>
		<category><![CDATA[器]]></category>
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		<category><![CDATA[工芸家]]></category>
		<category><![CDATA[山形県]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/FC_20230717_0240-54-1-1024x819.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>鈴木美雲さんは、山形県山形市に工房をかまえる陶芸家です。作陶に使用する足で蹴って回す「蹴ろくろ」は鈴木さんの自作。手数を加えすぎないシンプルなうつわは素朴さの中にも柔らかさがあり、日々の生活の中に自然に溶け込んでくれます [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/39245/">蹴りろくろとの調和が生みだす素朴で力強い「うつわ」陶芸家･鈴木美雲さん／山形県山形市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/FC_20230717_0240-54-1-1024x819.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p class="has-text-align-center"><strong>鈴木美雲さんは、山形県山形市に工房をかまえる陶芸家です。<br>作陶に使用する足で蹴って回す「蹴ろくろ」は鈴木さんの自作。<br>手数を加えすぎないシンプルなうつわは素朴さの中にも柔らかさがあり、日々の生活の中に自然に溶け込んでくれます。</strong></p>







<p>山形県山形市にある工房で作陶を行う陶芸家の鈴木美雲さん。自ら採取してきた土や、蹴って回す自作の「蹴りろくろ」から生み出されるのは、過剰な装飾を排したシンプルな「うつわ」。李朝に心惹かれた鈴木さんの手による作品は、力むことなく生活にすっと馴染む顔を持つ。</p>







<h2 class="wp-block-heading">シンプルで力強いうつわづくりをする若手陶芸家</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-011-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-39247" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-011-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-011-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-011-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-011.jpg 1280w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>






<p>山形市内で作陶を行う、陶芸家の鈴木美雲さん。元々は千葉の出身だが、両親が東北の出身ということもあって小さいころから東北には馴染みがあったという。そして東北芸術工科大学への進学をきっかけに山形県に移住。現在、アトリエ兼自宅として使っている一軒家は、元々鈴木さんの祖父母のものだった。在学時より住み始め、卒業後に家を譲り受けたそうだ。</p>



<p>鈴木さんが作る作品は、<strong>過剰な装飾を一切取り除いた、ストイックなまでにシンプルなうつわ</strong>。学生時代に厚手でどっしりとした素朴さを特徴にもち、侘び寂びを尊ぶ日本人に愛された李朝の陶磁器に出会い、その簡素な美に影響を受けたという通り、素朴ながら土の質感を感じさせる色味と質感をもつ鈴木さんの作品は、生活の中にすっと入りこむ不思議な魅力を持っている。</p>







<p><strong>住宅街の中にあるアトリエ</strong></p>



<p>鈴木さんのアトリエは、幹線道路に近い住宅街にもかかわらず、不思議なほど静謐な雰囲気に包まれていた。山形市といえば県庁所在地だ。しかも国道に程近い場所とあれば様々な環境音に煩わされそうなものだが、工房兼自宅の敷地に一歩足を踏み入れた瞬間、周囲から隔絶されたような不思議な空間に迷い込んだ気にさせられた。</p>



<p>それは、鈴木さんが裸足で現れたからだった。この理由は後にわかるのだが、当時は2月。雪が降り積もり、外気温は氷点下前後と推測されるような天気のなかで、いくら室内とはいえ裸足で軽やかに歩く姿はとても印象に残った。鈴木さんのアトリエには、窯も併設されている。使っているのは、薪釜に近い焼き方ができる灯油釜。薪釜は昔ながらの焚き方ができるものの、たくさんの木材が必要となり、加えて日数も技術も必要だということで、灯油窯を選んだという。作品の大きさによるものの、一度に30個ほど焼くことができる大きさだ。「住宅が周りにあるので、ご近所には許可を取って設置しました」と鈴木さん。</p>







<h2 class="wp-block-heading">ユニークな手作りの「蹴りろくろ」</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-001-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-39249" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-001-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-001-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-001-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-001.jpg 1280w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>






<p>鈴木さんのアトリエ内でもう一つ目を惹くのが、<strong>作業場に設置された「蹴りろくろ」</strong>だ。これもある意味、鈴木さんの「作品」ともいえる。なぜかと言えば自作だから。ろくろといえば手動と電動があり、現在、より広く使われているのは電動のもの。事実、鈴木さんが通っていた芸工大でも、電動ろくろは数多く設置されていたが、手ろくろは1台しかなかったという。電動を選ぶ学生が多い中、「李朝の器が好きなら手ろくろを使う方がいい」という講師からのアドバイスをきっかけとして手ろくろを選んだ。さらに、在学中に丸太をもらってきて自ら作ったのが、鈴木さんが現在作業場で使っている「蹴りろくろ」だ。その名の通り、足で蹴ってろくろを回し、手で器を形作っていく。それだけでなく手と足をバラバラに動かす必要があり、その上鈴木さんによれば<strong>「あまり回らない」</strong>のだとか。厳寒の季節にも裸足でろくろを蹴り、しかもその回りが良くないというのなら、もっとスムーズな動きのろくろに変えた方が効率が良いのではと傍から見ていると思ってしまうものの、「今の手ろくろはエアーが入っているので、電動のものとあまり動きが変わらず、スムーズな作陶ができる。ただ私があこがれているのは素朴さや不完全の美しさが宿る昔の器。それを表現するためには、<strong>原始的であまり早く回らないろくろ</strong>が向いているので、あえて蹴りろくろを選んだ」と鈴木さんは語る。</p>







<h2 class="wp-block-heading">ろくろと李朝が決めた陶芸のみち</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-016-1-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-39250" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-016-1-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-016-1-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-016-1-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-016-1.jpg 1280w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>


<p>鈴木さんを陶芸の道に引き込み、その後の作風を決定づける重要な局面にあったのは、<strong>「ろくろ」と「李朝」</strong>だったという。</p>



<p>陶芸との出会いは、美術系の学校に通っていた高校生の時。ろくろに触れ、「ろくろを回したい、ろくろを続けたい」という思いが芽生え、陶芸を学べる東北芸術工科大学の工芸コースへ進学した。そして、在学中に現在の作風を決定づけることが起きる。過去の作品を学んでいる時にふと目にした<strong>川喜田半泥子（かわきたはんでいし）の粉引</strong>に心惹かれ、その後<strong>「李朝」の陶磁器へたどり着いた</strong>のだ。川喜田半泥子は明治から昭和にかけて活躍した陶芸家。「東の魯山人、西の半泥子」とも称され、伝統をベースにしつつも窯割れやゆがみを活かした自由な表現で知られる。そしてもう一つ、鈴木さんの作風に影響を与えたのが「李朝」だ。うつわを指して「李朝」という時、それは14世紀後半から20世紀後半に朝鮮半島に存在した王朝「李氏朝鮮」で作られた陶磁器を表す。その特徴である歪み、薄手で上品な仕上がりの陶磁器とは対極を成すどっしりとした素朴さが不完全の美となり、侘び寂びを好む日本の通人たちの心をつかんだ。そんな李朝陶磁器の特徴、そして過剰な装飾の無い素朴でシンプルなスタイルに、鈴木さんは心を捉えられたのだという。<strong>「良い意味で綺麗すぎないところが良い」</strong>と、鈴木さんは李朝をそんな風に表現する。</p>



<p>それらに影響を受けた鈴木さんの作風は、いたって素朴。だからこそ土の質感をダイレクトに感じられ、そこに、長石と灰のシンプルな調合で仕上げた釉薬の流れや溜まり具合が表情を持たせている。過剰な装飾がないということが逆に心に残り、自然に手元に置いておきたくなる魅力を放っている。</p>



<p>そんな唯一無二のうつわづくりを行う鈴木さんには、近頃意識していることがあるという。</p>







<h2 class="wp-block-heading">山形だからこそできるものづくりを目指す</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-007-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-39251" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-007-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-007-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-007-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-007.jpg 1280w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>






<p>鈴木さんが近年心がけているのは、<strong>「山形だからこそできるものづくり」</strong>。地元の原材料を活かし、この土地だからこそできるうつわを作っていきたいと考えているのだとか。</p>



<p>例えば土。基本的に岐阜の方の土を購入して使っているものの、時には鈴木さんが「散歩の途中で見つけた」という近所の山から採ってきた土を使うことも。地元の土は砂っぽくおおよそ陶芸向きの土質ではないが、綺麗な土と一緒に混ぜることで焼き上がったうつわから野趣を感じられるのだという。また、釉薬の調合に使う灰にも地元の原材料を取り入れている。それは、果樹灰。果物王国と言われる山形で採れた色々な果物や果樹が混ざった灰を用いて釉薬を作っているのだそう。窯元や窯業地で作陶をしているわけではない分、<strong>自分が住んでいる土地ならでは</strong>の要素を取り入れていきたいと鈴木さんは考えている。それは、「この土地が好きだから」。陶芸用の土が凍るほどに冷えこむ雪国は、うつわ作りには決して向いていない。しかし、山形のきれいな空気や自然が好きで、その環境の中で祖父母の家をアトリエにして作陶ができるのは、自分にとってとても大きなメリットだと鈴木さん。また、山形の焼き物が最近では少し廃れているのではという危惧も、現在住んでいる土地の特徴や要素を自身の作陶に活かしたいと考える理由の一つだという。</p>







<h2 class="wp-block-heading">目指すのは、生活にすっと馴染んで使いやすい「うつわ」</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-002-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-39252" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-002-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-002-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-002-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-002.jpg 1280w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>






<p>「生活用のうつわだけれど、茶器などにも使えるような、<strong>ふり幅のあるうつわ</strong>を作っていきたい」と鈴木さんは言う。それはまさに、現地では雑器として使われていた李朝陶磁器が、日本にやって来た後茶器として使われるようになったイメージに近い。確かに鈴木さんが作るうつわには「猪口だが小鉢としても使える」など、元々のカテゴリをゆうに超え、使う人の生活スタイルに合わせて柔軟に使うことができる一面があるように思える。</p>



<p>もう一つ目指すのは、重さや大きさなどからくる「使いやすさ」。ただ、以前は使いやすさをあまり重視していないこともあったという。サイズや形はあまり考えず、うつわは重ければ重いほど良いと考えて作陶していた時期も。しかし、「人の手に取ってもらうためには、使い勝手も考えないとだめだ」という助言を受けたことをきっかけに<strong>「うつわの使いやすさ」</strong>についても頭の片隅に置き、ろくろを回している。とはいえ、まだまだ作りたいうつわに関してはさまよっている部分もあるのだとか。</p>







<h2 class="wp-block-heading">不十分さから生まれる美</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-012-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-39253" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-012-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-012-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-012-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/20230210-4-012.jpg 1280w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>






<p><strong>「私の作るうつわは、不十分な中からできたもの」</strong>と鈴木さんは自分のうつわを表現する。それは、割れやすく陶芸向きでない地元の土や、滑らかに回らないろくろといった「何かが足りない」状況から生み出されているものだということ。とはいえ、作陶環境に便利さを欲しているわけではない。足りない状況から出来上がったうつわには、余白や抜けた印象が宿るためだ。その<strong>「余白」</strong>を鈴木さんは大切にしている。</p>



<p>陶磁器というと、「侘び寂び」や「伝統工芸」といった小難しい話題がついて回りがちだが、鈴木さんは自身の作品に関して、あまり分類やカテゴリについては考えていないという。「あくまで<strong>『うつわ』を作っている</strong>」とは鈴木さんの言葉だ。伝統工芸品ではなく、かといって完全に生活に使う陶磁器というスタイルに振っているわけでもなく、まだまだ両者の間をさまよっている。そんな「自身の作品をカテゴライズしない」という姿勢からも、鈴木さんのうつわの魅力の一つである余白がにじみ出ているように思える。</p>



<p>原始的であまり回らない蹴りろくろや陶芸向きでない土といった不完全な環境から生み出される鈴木さんの「うつわ」。その素朴な「うつわ」は、難しいことは抜きにして、一つ手元に置いておきたいと思わせる不思議な魅力を放っている。そして一度手に取れば、わたしたちの生活の中にするりと心地よく馴染んでくれることだろう。</p>






<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/622e5efddb14e09fa5fd4df3f1f05580-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-48714" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/622e5efddb14e09fa5fd4df3f1f05580-1024x683.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/622e5efddb14e09fa5fd4df3f1f05580-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/622e5efddb14e09fa5fd4df3f1f05580-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/622e5efddb14e09fa5fd4df3f1f05580.jpg 1200w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /><figcaption class="wp-element-caption">陶芸家　鈴木美雲さん</figcaption></figure></div>


<p>私は窯業地や窯元にいて作陶をしているわけではありません。だからこそここ最近思うのは、山形ならではのものづくりです。土や釉薬を地元山形産のもので固め、この土地だからこそできるうつわを作っていきたいと考えています。私が作るうつわは、不十分な中から生まれたものです。自分でとってきた近所の山の土は陶芸には決して向いているとは言えない土質ですし、自作の「蹴ろくろ」は電動ろくろなどと比べたら、お世辞にも滑らかに動くとは言えません。そのような何かが「足りない」環境から生まれたうつわからは、良い意味で余白や抜けた印象を感じていただけると思います。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/39245/">蹴りろくろとの調和が生みだす素朴で力強い「うつわ」陶芸家･鈴木美雲さん／山形県山形市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>京都の名匠の家系に生まれ、山形県の山里で作陶を行う陶芸家･土田 健さん</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 29 Sep 2023 01:00:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[陶芸家]]></category>
		<category><![CDATA[工芸]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/top-1-1.png" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>山形県西村山郡西川町で「聴雪窯（ちょうせつがま）」という名の登り窯を構える陶芸家の土田健さん。千利休の子孫である三千家の家元に茶道具を納める京都の名匠の家系に生まれながら、山形のなかでも雪深いエリアのひとつである山形県西 [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/38842/">京都の名匠の家系に生まれ、山形県の山里で作陶を行う陶芸家･土田 健さん</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/top-1-1.png" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p class="has-text-align-center"><strong>山形県西村山郡西川町で「聴雪窯（ちょうせつがま）」という名の登り窯を構える陶芸家の土田健さん。<br>千利休の子孫である三千家の家元に茶道具を納める京都の名匠の家系に生まれながら、<br>山形のなかでも雪深いエリアのひとつである山形県西川町の大井沢地区に移り住み、<br>茶陶を中心に意欲的に制作活動を行っています。</strong></p>







<p>お茶が点てられ、美味しく飲めればデザインは自由の茶道具の世界。「手取りがいい」「お茶を点てやすい」と評判の茶陶を作る陶芸家が山形県西川町にいる。京都市で「千家十職」十二代袋師の次男として生まれながら、幼い頃に抱いた夢を実現し、山形の山里で作陶を行う土田健さんだ。</p>







<h2 class="wp-block-heading">日常にあった茶道の世界</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/Tsuchida-2-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-38848" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/Tsuchida-2-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/Tsuchida-2-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/Tsuchida-2-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/Tsuchida-2.jpg 1280w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>






<p>山形県西川町で登り窯「聴雪窯（ちょうせつがま）」を構える土田健さん。京都、そして唐津で修業を積んだ後、2007年に西川町大井沢に移り住み、茶陶を中心に作品を生み出している。</p>



<p>陶芸をはじめた当初は、ただ焼き物に携わる仕事ができればと思っていた。しかし本格的に学ぶうちに陶芸の奥深さに魅了され「自分自身の作品を生み出したい」という情熱が芽生えていったという。そこから茶陶を選んだのは、自然の流れだったと土田さんは振り返る。茶道具を入れる袋を作る「袋師」の家系に生まれ、幼少期から母親の影響でお茶会に連れて行かれることも多く、自身でお茶を点てて飲んでいたほど茶道は常に身近な存在だった。そんな家庭環境も土田さんを茶器に導いた。</p>



<p>とはいえ土田さんは陶芸一家に生まれたわけでもなく、小学生までは陶芸家という職業も知らなかった。そんな土田さんがなぜ陶芸家の道に進むことになったのだろうか。</p>







<h2 class="wp-block-heading">幼い頃に抱いた「陶芸家」の夢</h2>



<p>土田さんは、<strong>茶道の家元として有名な「表千家」「裏千家」「武者小路千家」を総称した“三千家”が好む茶道具を代々にわたって制作している十の家「千家十職」のなかで、茶器を入れる袋やそれを包む服紗（ふくさ）などの製作に携わる袋師･土田家の十二代目当主の次男として</strong>として京都で生まれた。</p>



<p>「僕は次男なので、ずっと兄貴の保険みたいなものだと思っていた」</p>



<p>家業は土田さんの兄が継承しているが、兄に何かがあった時には自分が跡継ぎとなることがずっと頭にあったという。</p>



<p>それもあってか、大学卒業間近になっても将来のビジョンが定まらず、卒業後は自分探しの旅に出ようと考えていたほどだった。そんな時、父親から「ふらふらだけはするな」と見透かされたように言われ、渋々と就職活動に取り組んだ。</p>



<p>大学卒業後、京都市内のお香の製造会社に就職し3年ほど経った頃に転機が訪れた。兄に長男が生まれたことで自身が家業を継ぐ可能性がなくなったと感じたことで、次のキャリアを考えるようになる。</p>



<p>この時、かつての小学校の同窓会での友人の言葉が蘇った。「陶芸家になるという夢はどうなった？」という問いかけだった。</p>



<p>土田さんは小学3年生の頃、将来の夢に「陶芸家」と書いた。その理由は、たまたま見たテレビ番組で職人がろくろを回す様子を見て面白そうだと思ったから。それまでは陶芸家という職業すら知らなかった。担任の先生も当時のことを覚えており<strong>「陶芸家の息子でもないのに、陶芸家になりたいと書いたのは後にも先にもあなただけ」</strong>と言われたという。</p>



<p>そこから「小さい頃の夢を叶えていく生き方もかっこいいかもしれない」と、土田さんは陶芸家を志す。</p>







<h2 class="wp-block-heading">経験“ゼロ”からの作陶活動</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/Tsuchida-8-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-38851" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/Tsuchida-8-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/Tsuchida-8-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/Tsuchida-8-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/Tsuchida-8.jpg 1280w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>

<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/Tsuchida-5-3-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-38852" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/Tsuchida-5-3-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/Tsuchida-5-3-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/Tsuchida-5-3-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/Tsuchida-5-3.jpg 1280w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>






<p>とはいえ焼き物の世界について知見も経験もない土田さんは、働く傍らカルチャーセンターの陶芸教室に通い始める。そこで先生に相談するなかで、本格的に陶芸の道を進むなら京都に訓練校がある、ということを知る。</p>



<p>訓練校で京焼の基礎を学んだ後、より深い技術を身に付けるために、<strong>焼き物の原点である佐賀県の唐津で修行</strong>した。登り窯を学びたかったことも唐津を選んだ理由のひとつだ。いまでは電気やガスで焼く所がほとんどだが、薪で焼いたものを知っているのと知らないのとでは、同じ電気窯を扱うにしても違うのではないかと考えた。</p>



<p>また唐津焼は茶道の世界において、古くから「一楽、二萩、三唐津」といわれ、茶陶としてその地位を確立している。彼が魅了された唐津焼のスタイルは、現在の土田さんの作品にも織り交ぜられている。</p>



<p>当時は独身で自分ひとりが食べていける収入があればいいと思っていたし、陶芸家といえばメディアに出るような成功者しか知らなかったから陶芸家として生きていくことに不安はなかったという土田さん。</p>



<p><strong>しかし父親に陶芸の道に進むと伝えることは一大決心だったようだ。「世の中に絵描きと焼き物屋はごまんといる。それでもやる気か」と大変驚かれたが、父親が「できる限りのことはしたい」と言ってくれたことが、大きな心の支えとなっていく。</strong></p>







<h2 class="wp-block-heading">京都、唐津を経て、自然の流れで山形に移住</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/image-4.png" alt="" class="wp-image-38855" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/image-4.png 941w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/image-4-300x200.png 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/image-4-768x511.png 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>






<p>唐津で4年半の修業を経て、土田さんが自身の窯を開いた場所が山形県の西川町大井沢だった。この地に導かれたのも「すべては自然の流れだった」と土田さんは言う。</p>



<p>土田さんは京都生まれだが、母親の実家は山形県山形市にあり「あげつま」という料理屋を営む。登り窯ができる、煙をいくら出しても問題のない場所を探していたときに、もともと祖父が山遊びの別荘として所有していた<strong>西川町の古民家をタイミング良く譲り受けた。</strong></p>



<p>しかし西川町大井沢は、東北の名峰月山（がっさん）の麓に広がり、冬には何メートルもの雪が積もる県内でも有数の豪雪地帯。山形に住む人にも「よく雪深いこの地に京都から来る決心をしたね」と言われるほどだ。</p>



<p>移住を決める前、奥様と初めて山形を訪れた。新緑の美しい風景を見て「いいところだね」と言葉を交わした。その後、土田さんが「冬にも行こう」と提案したところ、奥様からは「やめとく。見て行きたくなくなったら困るから」と断られたそうだ。笑い話になりつつも、冬の山形は移住後に初めて味わうことになった。</p>



<p>最初は雪深さに驚いたものの、近所の重機の達人から除雪を手伝ってもらったり、冬の食料不足を心配した近隣の方から野菜をもらったりと、地域の人たちのあたたかさに触れた。</p>



<p>「僕は人に恵まれている」と話すように、山形に移住してから縁が不思議なくらいに次々と繋がっていった。独立後、作品をギャラリーや展示会で売り込む経験は他の作家にとっては一般的だが、土田さんはそのような経験がないという。</p>



<p>ある知り合いが山形市のギャラリーオーナーに「応援してあげて」と土田さんを紹介したことがきっかけで、表千家や裏千家の先生方が工房を訪問する機会が生まれた。そこから個展の話が持ち上がり、2011年に山形市で初めての個展を開くことになった。</p>



<p>この個展を皮切りに、県内はもちろん、仙台や京都、金沢など、全国各地で精力的に展開し、以前勤めたお香の製造会社での作陶展や、十三代当主である兄との兄弟展を開催するなど活躍の場を広げている。</p>



<p>「山奥で作陶をして、じっとしていても誰も見向きもしてくれない」</p>



<p>今後の目標は、規模にはこだわらず、個展を全国47都道府県、そして海外で開くこと。そして若い世代にもっとお茶に気軽に触れて、愉しんでほしいとの熱い思いを抱いている。</p>






<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/image-6.png" alt="" class="wp-image-38859" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/image-6.png 941w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/image-6-300x200.png 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/image-6-768x511.png 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>






<h2 class="wp-block-heading">こだわらないことが、こだわりである</h2>



<p>山形に暮らして約15年。昔は自分の作るものに対し「こういうものを作らなくてはいけない」という固定観念があった。しかし今は伝統的な技法を守りつつ、自然豊かな作陶環境だからこそ生み出せる、作意が感じられない、自然と共に生まれる作品を目指している。</p>



<p>「子どものスキークラブについて行ってたら、講師から自分も指導を受けるようになって、ライセンスを受けることにしたんです」</p>



<p>一見焼き物と関係ない話だが、ひとつのものにこだわり過ぎる性格のため、作陶に没頭するだけでは周りが見えなくなってしまう。山形での暮らしや遊びの中から生まれるアイデアも、結果的に独りよがりにならない、自由な作陶に繋がっている。</p>



<p>例えば、ある白い釉薬の焼物には、大井沢の風景写真を一緒に飾った。そうすると作品を手にする人々が「この色は雪の白かな」などと独自の解釈を楽しむことができるのだ。</p>



<p>また、茶陶は茶の世界で使われる道具の一つ。土田さんは情熱を表現することも芸術家の仕事だと考える一方、茶道具はあくまでも使いやすいもの、使えるものが大前提だと話す。 気に入ってるから特別な日しか使わないのではなく、日々の暮らしの中でどんどん使ってもらいたい。</p>



<p>「お茶というのはあくまでも人の輪でもありますし、その人たちがその場で作り上げるセッションです。そこで上手く奏で合う、そういった道具になればよい」</p>



<p>そして茶文化が根付く京都のように、どこか優雅で洗練された作品を生み出している。</p>







<h3 class="wp-block-heading">「大井沢焼」の作風は定まっていない</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/Tsuchida-3-2-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-38862" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/Tsuchida-3-2-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/Tsuchida-3-2-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/Tsuchida-3-2-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/Tsuchida-3-2.jpg 1280w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>






<p>2014年には土田さんの作品の名称が、茶道美術品の収蔵で有名な京都市の北村美術館の木村館長から<strong>「大井沢焼」と命名された。</strong></p>



<p>唐津で勉強したためベースは唐津焼、しかし唐津ではない「大井沢焼」の特徴とは何なのか。</p>



<p>「◯◯焼と呼ばれるものは、何百、何千年と時代を重ねていくなかで、いろんなものが削ぎ落とされて、いいものが残る。それが特徴であり、ぼく個人が生きている間に大井沢焼の特徴を語るなんてのはおこがましい。どこかで僕の作品を見た人が『これって大井沢焼だよね』って言ってもらえるような何かができたら良いって思います」と土田さん。</p>



<p>備前焼や唐津焼のように、大井沢焼も時間をかけてその特徴が確立されることを信じている。</p>



<p>登り窯で丹精込めて焼き上げられる土田さんの「大井沢焼」は、使う人たちの日常に寄り添い、長く愛され続けることだろう。</p>






<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/1a97ae8764043b28617695765465d660-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-48973" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/1a97ae8764043b28617695765465d660-1024x683.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/1a97ae8764043b28617695765465d660-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/1a97ae8764043b28617695765465d660-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/1a97ae8764043b28617695765465d660.jpg 1200w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /><figcaption class="wp-element-caption">陶芸家「聴雪窯」　土田健さん</figcaption></figure></div>


<p>京都の袋師の家に生まれ、幼い頃にテレビで見た職人がろくろを回す光景が心に残り続けたためか、自然な流れで陶芸家になり、自然な流れで母方のルーツがある山形に移り住んでいました。2007年からは大自然に恵まれた大井沢の地に「聴雪窯」をかまえ、心のままに作陶に励んでいますが、陶芸家の中では薪を使って焼成するなど、前時代的な仕事の仕方をしているのではないかと思っています。私の作品には茶陶が多いですが、茶の湯の席で使いやすいことはもちろん、他の道具との調和を図りつつも存在感があるような器を理想としています。私の心のままに作った作品が、手に取っていただく誰かの心を和ませたり、気が付けば生活の中に入り込みいつも使ってしまっていたりという存在になれれば幸いです。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/38842/">京都の名匠の家系に生まれ、山形県の山里で作陶を行う陶芸家･土田 健さん</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>大量生産の産地で「作家」として生きる。越前漆器の塗師・中野知昭さん</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 26 Sep 2023 01:00:24 +0000</pubDate>
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		<category><![CDATA[塗師]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/1C1A7427-1-1024x819.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>塗師・中野知昭さんは、福井県鯖江市にて「河和田塗り（越前漆器）」の制作を行う作家です。熟練の技と経験から生み出される中野さんの作品は、漆ならではの温かく優しげな質感とふっくらした手触りが特長。どこから見ても美しい一生物の [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/1C1A7427-1-1024x819.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p class="has-text-align-center"><strong>塗師・中野知昭さんは、福井県鯖江市にて「河和田塗り（越前漆器）」の制作を行う作家です。<br>熟練の技と経験から生み出される中野さんの作品は、<br>漆ならではの温かく優しげな質感とふっくらした手触りが特長。<br>どこから見ても美しい一生物の器が、生活に優しく寄り添います。</strong></p>







<p>中野知昭さんは、福井県鯖江市の河和田地区で同地の伝統工芸である「越前漆器」を制作している。越前漆器はホテルやレストランなどで使われる業務用漆器の分野で圧倒的なシェアを誇っているため、旅先や外食した先で手にしたことがある人も多いのではないだろうか。そんな大量生産に優れた越前漆器を作品の域にまで昇華させ、数を絞ってでも手塗りを徹底。マスプロダクツではなく、高付加価値の漆器に仕上げ、作家として生きる道を選んだ。</p>







<h2 class="wp-block-heading">福井県で現代の暮らしに合う漆器</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/1C1A7316-1024x694.jpg" alt="" class="wp-image-38796" width="825" height="550"/></figure></div>






<p>中野さんの工房は、県道18号線･通称<strong>「うるしの里通り」</strong>からすぐ近くにある。この通りの名称の由来は、通り沿いに漆器の絵付け体験などができる<strong>「うるしの里会館」</strong>があり、周辺には古くから漆器の工房や職人の家屋が数多く建ち並んでいるから。</p>







<h3 class="wp-block-heading">漆器作りのすべてに関わる</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/1C1A7412-1024x742.jpg" alt="" class="wp-image-38799" width="825" height="550"/></figure></div>






<p>漆器作りには、大きく分けて「木地作り」、「下地塗り」、「中塗り･上塗り」などの工程があり、各工程を請け負う職人が異なる分業制が一般的。しかし中野さんは、<strong>自らデザイン画を書いて木地職人に発注し、下地塗りから仕上げの上塗りまですべて自分で行う。</strong>木地を発注してから完成品の漆器として出荷するまでには、なんと１年もかかるという。顧客からの注文に応じて、それぞれが専門的に仕事をこなす中で、一貫して自分の手で作品を作り上げる中野さんは、稀有な存在だ。</p>







<h3 class="wp-block-heading">全国のギャラリーから注目を集める</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/de6e25618cce23a0aa871c10df13c7cf-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-38802" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/de6e25618cce23a0aa871c10df13c7cf-1024x683.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/de6e25618cce23a0aa871c10df13c7cf-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/de6e25618cce23a0aa871c10df13c7cf-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/de6e25618cce23a0aa871c10df13c7cf.jpg 1280w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>






<p>中野さんの作品はシンプルながらも漆ならではの気品があり、美しい。その評判は日本中に轟き、展示会は年間で10を超えるようになった。今や中野さんは、<strong>全国のギャラリーなどから熱い注目を集める気鋭の漆器作家だ。</strong></p>







<h3 class="wp-block-heading">仕上げの美しさで魅了する</h3>



<p>中野さんが制作する漆器の中でも特に人気が高いのが、<strong>華美な装飾を廃した椀</strong>。冠婚葬祭やハレの日だけでなく日常の食卓で使いやすいデザインや、美しいフォルムの中に温かみを感じる質感が、モダンな感性を持つ消費者から支持されている。その独特の質感を生み出しているのが<strong>「真塗り」という仕上げ。</strong>真塗りは、上塗りの最後に磨きをかけずそのまま仕上げるため、熟練した塗りの技術が求められる。中野さんは、「越前漆器は上塗りが得意」と言われるほど、職人たちの上塗りの技術が総じて高い同エリアにて、27年間、塗りの技術を磨き続けてきた。</p>







<h3 class="wp-block-heading">上塗り用の漆も手仕事にこだわる</h3>



<p>漆器の上塗りには<strong>「上塗用の漆」</strong>が使われる。上塗漆を作る作業は「手黒目（てくろめ）」と呼ばれ、昔は産地でよく行われていた。しかし、手作りの「上塗漆」は4～5年寝かせる必要があるなど時間も手間もかかる。そのため、時代と共に既製品を購入する職人がほとんどになっていたが、中野さんは<strong> “手仕事こそ、漆器の価値を高める”</strong>と考え、2004年から年に一度のペースで生漆（きうるし）を日光に当てて水分を蒸発させ、上塗り用の漆を作る、手黒目を行っている。</p>







<h2 class="wp-block-heading">作家として生きるために</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/1C1A7339-1024x731.jpg" alt="" class="wp-image-38805" width="825" height="550"/></figure></div>






<p>鯖江市で生まれ育った中野さんは高専を卒業後、土木設計の仕事に就いたのだが、越前漆器の上塗り師として産地の仕事を請け負う父が病に倒れ、それを機に父の仕事を手伝うことになった。幸いなことに父はその後、病から回復し、塗りの技術を父から学ぶことができた。</p>



<p>その基礎が今に生きているんだという。「当時はお陰様で仕事も忙しくて、色々なものを塗らせてもらいました。この産地の上塗り師は、<strong>丸いものを塗る丸物師と四角いものを塗る角物師</strong>とに分かれます。父の工房は丸物が得意でしたが角物を扱うこともあり、両方の幅広い技術が身に付きました」。</p>







<h3 class="wp-block-heading">産地の仕事に感じた違和感</h3>



<p>父の工房で修業を積んでいた中野さんは、樹脂の器に漆を塗ったり、化学塗料で下地をしたものに上塗りをしたりする仕事に疑問を抱くようになる。「漆器と呼ばれるものの中にはスプレーガンで塗料を吹き付けるものもありますが、私はあくまで手塗りでしか出せない美しい仕上げにこだわりたかった」。中野さんは仕事と並行して自分自身の作品を作り始める。その作品をコンテストに出品したところ、<strong>「酒の器展」大賞、「椀One大賞」優秀賞、「越前漆器展覧会」福井県知事賞</strong>など権威ある賞を次々と受賞。作家として才能が開花していることは誰の目から見ても明らかだった。</p>







<h3 class="wp-block-heading">憧れの作家の存在</h3>



<p>父のほかにも中野さんに大きな影響を与えた人物がいる。中野さんと同じく福井を拠点に漆器作家として活動していた山本英明さんだ。山本さんは、今でこそよく耳にするようになった<strong> “普段使いの漆器” </strong>という言葉が広まるきっかけをつくったと言われる人。自分で考えた木地に下地をしっかりと塗り、無地のお椀や重箱に仕上げる山本さんのスタイルに中野さんは強く惹かれたという。山本さんが「手黒目の漆」を作っているのを見て、中野さんも同じく作り始めた。山本さんはすでに亡くなってしまったが、その作品づくりのスピリッツは、現在でも中野さんの心に深く刻まれている。</p>







<h3 class="wp-block-heading">営業や展示会で人脈を増やす</h3>



<p>中野さんは山本さんの死後、同氏に倣って自分自身の仕事を楽しむために、作家として生きていく道を選んだ。その当時、「家庭画報」や「婦人画報」といった女性誌から人気ギャラリーの情報を集め、作品を大きなリュックに詰め込み、そのギャラリーをめがけて営業に回ったりもした。その成果もあってか、長野県松本市で開催されている全国でも最大規模の工芸展示会<strong>「クラフトフェアまつもと」</strong>に出展。そこに集まる器屋やギャラリーとのつながりを広げていった。</p>







<h3 class="wp-block-heading">自分の工房を構えて独立</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/1C1A7376-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-38808" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/1C1A7376-1024x683.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/1C1A7376-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/1C1A7376-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/1C1A7376.jpg 1280w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>






<p>営業まわりやイベントへの出展を続ける中で、少しずつギャラリーから個展やグループ展への誘いが増え、作家として食べていける目処がたってきた。そこで<strong>2014年に現在の場所に小さな展示室を備えた工房を構えて独立。</strong>父の仕事は兄が継承した。</p>



<p>中野さんの個展やグループ展は年を追うごとに回数を増やし、2019年には年に10回を数えるまでになっていた。現在は、一度の個展で2〜300の漆器を用意する。</p>







<h3 class="wp-block-heading">パートナーの大きな支え</h3>



<p>中野さんは個展に合わせて常に1、2点の新作を発表する。期間中はギャラリーになるべく在廊するようにして来場者にその魅力を直接語り伝えることでファンを増やしている。最近ではギャラリーの要望に応えて、漆器では珍しいオーバル皿やスプーンなども制作。<strong>妻の柳子さんが個展やグループ展の準備、事務作業などをサポートし</strong>てくれることも創作活動の大きな助けとなっている。</p>







<h3 class="wp-block-heading">ただ良いものを作り続ける</h3>



<p>「最初に出会う漆器の良し悪しで、その人が漆器を長く使うようになるかどうかが決まるからこそ、良いものを作り続けたいんです」と話す中野さん。</p>



<p><strong>個展では、過去に購入してもらった漆器を持ち込んでもらえれば、それの塗り直しも行なっている。</strong>丁寧に使い込まれた器が自分のもとに戻ってくることは中野さんにとって最上の喜びだという。「漆器は洗う度にきちんと拭くと美しいツヤが出てきます。それを見るのが一番うれしい。毎日使ってもらってきれいに育ったな、と感じる」と顔をほころばせる。</p>



<p>中野さんが心血を注ぐ漆器は、<strong>使った人の生活を反映し、その人ならではの個性が生まれる。</strong>やがて、使う人の暮らしになくてはならない存在となり、その食卓、ひいては生活までも豊かにしてくれることだろう。</p>






<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/cc774ec255a82feda573df88bfe42da2.jpg" alt="" class="wp-image-47747" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/cc774ec255a82feda573df88bfe42da2.jpg 960w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/cc774ec255a82feda573df88bfe42da2-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/cc774ec255a82feda573df88bfe42da2-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /><figcaption class="wp-element-caption">塗師　中野知昭さん</figcaption></figure></div>


<p>漆器というと扱いが難しいと思われがちですが、毎日の生活で気軽にお使いいただけるよう、手間暇をかけ、丈夫で実用性の高い漆器を制作しております。手入れも簡単で、万が一に傷んだ際は修理が出来るのも、漆器の利点です。末長く使える漆器を、ぜひ日常に取り入れてみてください。</p>



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		<title>使い手の生活に寄り添い永く愛される工芸品を。陶芸家･大澤哲哉さん</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 21 Sep 2023 01:00:35 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[愛知]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/oozawa_13_54-1-1024x819.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>「日本六古窯」の1つにも数えられる常滑焼の産地、愛知県常滑市。陶芸家・大澤哲哉さんはこの地に拠点を構え、普段使いの食器や道具を作っています。ヤスリによる磨きの技術と常滑独自の釉薬で表現するかすれた風合いと上品な輝きは、ま [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/oozawa_13_54-1-1024x819.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p class="has-text-align-center"><strong>「日本六古窯」の1つにも数えられる常滑焼の産地、愛知県常滑市。<br>陶芸家・大澤哲哉さんはこの地に拠点を構え、普段使いの食器や道具を作っています。<br>ヤスリによる磨きの技術と常滑独自の釉薬で表現するかすれた風合いと上品な輝きは、<br>まるで上質なアンティーク品のよう。陶芸の道を一筋に歩み続けて辿り着いた、<br>大澤さんならではのオリジナリティーです。</strong></p>







<p>愛知県常滑市は焼き物の一大産地だ。常滑の陶土は「お茶の味をまろやかにする」と言われ、この地で作られる急須は今でも広く愛されている。陶芸家･大澤哲哉さんは、常滑独自の釉薬「チャラ」を使い、かすれたような風合いが特徴の食器などを作っている。彼のものづくりは、常滑だからこそ実現したものだった。</p>







<h2 class="wp-block-heading">焼き物の町・愛知県常滑に息づく道具作りのスピリット</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/oozawa_36-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-38703" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/oozawa_36-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/oozawa_36-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/oozawa_36-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/oozawa_36.jpg 1280w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>






<p>愛知県知多半島の西海岸に位置する常滑市は「日本六古窯」のひとつとされる焼き物の産地で、その歴史は平安時代末期までさかのぼる。皿や食器から、貯蔵用の大きな甕（かめ）や壺まで、人々の日常に寄り添った焼き物が生産されてきた。常滑で活動している陶芸家・大澤哲哉さんのアトリエを訪ねると、その裏庭には焼き損なわれた大きな甕が無数に横たわり、重なり合っていた。大澤さんが常滑に腰を据えるずっと前からこの地に置かれてきたものだ。積み上げられた甕を眺めながら、「大きさが半端じゃないんですよ」と話す大澤さん。「作った人の痕跡が町のそこら中にある。常滑が持っているパワーをありありと感じるんですよね」。</p>







<h3 class="wp-block-heading">多治見から常滑へ、大澤さんの旅路</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/oozawa_27-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-48898" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/oozawa_27-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/oozawa_27-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/oozawa_27-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/oozawa_27.jpg 1280w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>






<p>大澤さんは、美濃焼の主産地として知られる岐阜県多治見市の出身だ。「多治見の小学校には絶対に窯があって、授業の時間に粘土を触るんです。これがおもしろくて」と話すように、子どものころから陶芸を身近に感じていた大澤さん。中学卒業時は迷わず陶芸家への道を選んだ。「なにか楽しいことをやって生きていきたかった。音楽か美術か。なかでも、具体性のある焼き物にしようと思ったのがきっかけです」。その後は高校、大学で陶芸をみっちり学び、後に師匠となる吉川正道氏に導かれて常滑にやってきた。</p>



<p>なぜ、同じ焼き物の産地である地元･多治見に帰らなかったのか？ 大澤さんは「多治見のすごさやおもしろさは、今になったらわかるんですけどね。当時は『焼き物しかなくてつまらない』って思っちゃって。多治見から出たかったんです」と話す。</p>







<h3 class="wp-block-heading">常滑の土が急須に最適な理由</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/oozawa_26-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-38709" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/oozawa_26-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/oozawa_26-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/oozawa_26-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/oozawa_26.jpg 1280w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>






<p>焼き物の産地として長い歴史を持つ常滑。中でも、常滑焼の代表と言われるのが急須だ。作られるようになったのは江戸時代後期になってからで、ここ200年くらいの出来事だ。鉄分を多く含み、焼き締まりがいい常滑の土「朱泥」は急須作りに最適だった。さらに、酸化鉄がお茶に含まれるタンニンに反応して味をまろやかにする効果があることから、茶人に好まれてきたという。そして、茶葉の蒸らしや温度保持に必要な蓋の密閉性を実現した職人たちの技術の高さも支持されてきた理由のひとつだ。</p>



<p>大澤さんの作る急須をよく見てみると、赤色の土がところどころ剥がれ、黒い土が覗いている。これは黒い素地の上に茶色の化粧土を塗り、さらにその上から赤い化粧土を塗って、3層にしてから土を粗く削り落として風合いを作っているのだという。漆の根来塗をイメージするとわかりやすいかもひしれない。「現代工芸作家さんから受けた影響と、常滑急須のクオリティーを自分の中で成立させたかった」と言う大澤さん。その手仕事をひもといていく。</p>







<h2 class="wp-block-heading">オリジナリティーにたどり着くまで</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/image.png" alt="" class="wp-image-38711" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/image.png 940w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/image-300x200.png 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/image-768x512.png 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>






<p>素地の上に違う色の化粧土を重ねていくつかの層を作り、釉薬をかけて焼成した器をヤスリで磨くことで、下層の化粧度を露出させる。そうして作られる大澤さんの作品の最大の特徴が、かすれたような質感だ。その色合いや凹凸は唯一無二のものだ。大澤さんは自身の作品について「古いお家にあるものや、お寺にある仏像の質感を自分の中でイメージしています」と話す。一方で「どうしたらシンプルな器の形だけで作品として成立するのか、どうしたら自分の質感を作れるのか、ものすごく悩みました」と、この作風に至るまでの苦労も吐露した。</p>







<h3 class="wp-block-heading">茶人が愛する、急須の「照り」をかなえる釉薬</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/image-1.png" alt="" class="wp-image-38712" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/image-1.png 940w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/image-1-300x200.png 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/image-1-768x512.png 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>






<p>その苦悩の中で出会ったのが、急須作りに欠かせない常滑独特の釉薬「チャラ」だった。チャラとはガラス質の釉薬とは違い、焼成されると土の質感を保ちながら漆のような光沢を放つ釉薬で、急須に高級感を与える「照り」を求めた常滑の人々が古くから親しんできたものだ。「ガラス質の釉薬だと光りすぎる。でも土のままだと粉っぽすぎる。そこでチャラを使ってみたら、信じられないくらい質感が落ちついたんです」。</p>



<p>大澤さんは現在、黒、白、赤を表現する3種類のチャラを使い分けて作品作りを行っている。常滑で作陶を続けたからこそ出会ったチャラ。その絶妙な光沢と漆のような質感が、大澤さんの作品のオリジナリティーとなっているのだ。</p>







<h3 class="wp-block-heading">同じく陶芸家の妻・増田光さんの存在</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/image-2.png" alt="" class="wp-image-38715" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/image-2.png 940w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/image-2-300x200.png 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/image-2-768x512.png 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>






<p>皿やマグカップなどが整列するアトリエの中で、異質な存在感を放っていたのが、クマのオブジェ。このクマのオブジェは、大澤さんの妻で陶芸家の増田光さんからの影響を大きく受けている。増田さんはクマなどの動物やこけし、だるまなどをモチーフにした自由で柔らかい雰囲気の陶芸作品を制作し、東京･六本木ヒルズA/Dギャラリーで個展を開くほどの人気作家だ。</p>



<p>もともと「形を制御しながら作ってしまう」コンプレックスがあった大澤さんは、増田さんが自由な造形を作り出す様子に憧れを抱くようになった。そんななか、ろくろの回転に土を抑え込むのではなくて、もっと自由に作れるものを求めて作り出したものが、このクマのオブジェだ。よく見ると、一つひとつ微妙に形が違っている。大澤さんの求めた「自由」への理想が体現されているのかもしれない。「ゆくゆくはサイズ違いで揃えても楽しめるものにしたい」と大澤さんは声を弾ませる。</p>







<h2 class="wp-block-heading">道具は、人が使うものだから</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/oozawa_28-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-38718" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/oozawa_28-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/oozawa_28-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/oozawa_28-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/oozawa_28.jpg 1280w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>






<p> 「道具の歴史っていいなって思うんです。道具は、作る人と使う人のリレーションの中でさらにいいものができてくるから」と、大澤さんは語る。例えばこのコーヒードリッパーは、大澤さんが愛知県内でコーヒーショップを営む知人のために制作したもの。大澤さんは「どんなコーヒーの道具を使いたいのか」とヒアリングを重ね、溝の数や深さを細かく調節していった。</p>



<p>大澤さんは「急須もそうですが、実際に使う方からご意見をいただけるのがやっぱり一番うれしいんです。意見をもとにブラッシュアップしていくのがおもしろい」と話す。このコーヒードリッパーは都内のカフェオーナーの手にもわたり、その感想を聞いては改良を加えているそうだ。作る人と使う人のリレーション。大澤さんの作る道具は、使う人との関わり合いの中で進化し続けていく。</p>







<h3 class="wp-block-heading">師匠の背中を追って世界に挑む</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/image-3.png" alt="" class="wp-image-38721" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/image-3.png 940w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/image-3-300x200.png 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/image-3-768x512.png 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>






<p>大学在学中から陶芸家・古川正道氏の元で修行を積んだ大澤さん。ニューヨークやロンドン、パリなど国外でも精力的に活動してきた古川氏の影響を受け、今後は海外市場への進出を視野に入れているそうだ。「現地に行って、現地の方とお話をして、新しい人と出会って…。刺激を受けながら、また自分の場所に戻ってきて、新しい夢を描くのが理想」と声を弾ませる。もともと「販売や営業が得意ではない」と言う大澤さんはクラフトマーケットや陶器市に出展することでギャラリーとつながり、販路を拡大してきた。現在はInstagramを活用して、国内外のギャラリーとコンタクトをとっているという。2023年11月にはオーストラリアで増田さんと夫婦そろっての個展を開催予定だ。「国内はもちろん大事だけど、自分の作品と一緒に海外に出かけていく機会をもっと増やしたいです」と、夢を語った。</p>







<h3 class="wp-block-heading">人が使う“道具”を作り続けてきた常滑だから</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/oozawa_5-1-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-38724" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/oozawa_5-1-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/oozawa_5-1-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/oozawa_5-1-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/oozawa_5-1.jpg 1280w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>






<p>大澤さんの手仕事は、つねにその道具を使う人を意識している。「自分が作った作品が、新しいきっかけをくれる。今とはもっと違うものを作って、その作った作品と使う人の間にどんな出会いや刺激があるのかを想像するのが楽しいんです」。長きにわたって道具を生産してきた常滑だからこそ磨かれた感性に、常滑だからこそ出会えたチャラが加わって完成した大澤さんの作る作品には、常滑のすべてが乗せられている。</p>






<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/oozawa_4-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-38706" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/oozawa_4-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/oozawa_4-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/oozawa_4-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/09/oozawa_4.jpg 1280w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /><figcaption class="wp-element-caption">陶芸家　大澤哲哉さん</figcaption></figure></div>


<p>器は使い込むうちに、水分や油分を吸収しながら変化していきます。「汚れ」と取ればネガティブですが、器の経年変化の中に美しさを見出せる日本人独特の感性に支えられて成立しているのが陶器であると考えています。普段からたくさん使っていただけると嬉しいです。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/38698/">使い手の生活に寄り添い永く愛される工芸品を。陶芸家･大澤哲哉さん</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>「土がなりたい姿」を具現化する器づくり。愛知県で独学から陶芸の道を進む、井上茂さん</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 31 Aug 2023 01:00:55 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[陶芸家]]></category>
		<category><![CDATA[工芸]]></category>
		<category><![CDATA[愛知県]]></category>
		<category><![CDATA[工芸家]]></category>
		<category><![CDATA[愛知]]></category>
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		<category><![CDATA[食器]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/149_kao_P6A7190-1.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>その土地ならではの土の味わいを大切にしたいと、掘り出したそのままの「原土」のみを原料に、土の優しさあふれる器を作る陶芸家・井上茂さん。豊かな表情と個性を魅せる機能的な器は、日常生活で活躍する暮らしの器として、使う人たちの [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/38433/">「土がなりたい姿」を具現化する器づくり。愛知県で独学から陶芸の道を進む、井上茂さん</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/149_kao_P6A7190-1.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p class="has-text-align-center"><strong>その土地ならではの土の味わいを大切にしたいと、掘り出したそのままの「原土」のみを原料に、<br>土の優しさあふれる器を作る陶芸家・井上茂さん。<br>豊かな表情と個性を魅せる機能的な器は、日常生活で活躍する暮らしの器として、<br>使う人たちの食卓を支えるパートナーとなってくれます。</strong></p>







<p>愛知県中部の自宅で工房を構える井上茂さんは、精製された陶土を使用せず、砂などが混ざった原土を使い、土の優しさにあふれた器を作る陶芸家。陶芸家の先生に師事せず、独学で作陶をはじめ、土や釉薬、焼き方などすべて自身で探りながら器づくりをしている。そんな井上さんは自身の作陶に対し<strong>「土がなりたい姿を形にしているんだ」</strong>と話す。なかなかに奥深いその言葉の真意を探る。</p>



<h2 class="wp-block-heading">普段使いの器が作りたくて、独学でスタート</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7132-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-38443" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7132-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7132-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7132-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7132.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>


<p>愛知県で陶磁器といえば、常滑と瀬戸の地名が挙げられる。そのひとつ「常滑焼」は愛知県南部の知多半島を中心に作られている焼き物で、日本六古窯のひとつに数えられる。そんな地域でごく普通の会社勤めをしていた井上さんが作陶に目覚めたのは、当時、興味本位で陶芸体験教室へ参加した時のこと。その場で体験した作陶の楽しさにハマり、すぐさま独学で陶芸についての勉強をはじめた。とはいえ、周囲にも陶芸に知見のある知り合いがいるわけでもなく、自身で試行錯誤しながら「作りたい器を作るには、どうすればいいか」を考えざるを得なかった。</p>



<h3 class="wp-block-heading">会社勤めをしつつ、常滑で焼成の手伝いからスタート</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7204-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-38448" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7204-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7204-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7204-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7204.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>


<p><strong>陶芸をやりはじめた当初、井上さんは会社勤めを辞める気は毛頭なかった</strong>という。「陶芸作品は作ったって売れるとは限らないということは理解していたし、付け焼き刃で通用するほど甘い世界ではないと思っていた」とアマチュア時代を振り返る。</p>



<p>そのため、仕事の傍ら、休みを利用して今は無き常滑の「共栄窯」の陶芸教室で年に二回ほど焼成の手伝いをするかわりに、趣味で作り貯めた作品をまとめて窯の中に入れてもらい、焼いてもらっていたという。共栄窯は明治・大正・昭和の三時代に、大小さまざまな土管を中心に製作していた窯元だ。</p>



<p>そんな中、出来上がった器の写真をSNSに投稿すると、フォロワーが徐々に増加。<strong>「アマチュアだけど、何か変わった器を作っている人がいる」</strong>という噂が広がっていった。</p>



<h3 class="wp-block-heading">陶芸の楽しさに魅了され、作陶の道に</h3>



<p>独学で作陶を研究する中で、平安時代から鎌倉時代中期に作られた<strong>「古常滑」</strong>の自然釉や灰釉に特に魅力を感じたという井上さん。どういった焼き方をすれば狙い通りにできるのか、古い文献を読み漁ったり、古い陶片を見て土の種類や焼き方、釉薬を推定したりと、調べては試す、を繰り返し、陶芸にのめり込んでいった。</p>



<p>相変わらず会社員をしながら休日や空いた時間で作陶していた井上さんのもとに、フォロワーが増加し続けていたSNSを通じて展示会のリクエストが舞い込む。そこで焼成で世話になっていた共栄窯にて、初めての作陶展を開催してみたところ、作品を求める人が波のように押し寄せたという。SNSでの投稿がこのタイミングで活きた形だ。</p>



<p>その後、反響を耳にした名古屋のギャラリーからも声が掛かり、個展を行ったところ、メディアで告知されたこともあってか来場者が殺到。結果として勤務先にも知られることとなり、それをきっかけに陶芸の道を歩む選択をした。</p>



<h3 class="wp-block-heading">独学で突き詰めたからこそ身になる</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7107-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-38453" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7107-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7107-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7107-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7107.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>


<p>これまで歩んできた道を振り返り、<strong>「教わらなかったことが、逆によかった」</strong>と話す井上さん。<strong>美術系学校などで学べば陶芸の基本技術はすぐに知ることはできるが、今ある“陶芸の常識”に囚われてしまう可能性もある。</strong>「興味があることは、とことん突き詰める性格」と自身が話すように焼きものに関しては何事も調べ、実証し、知識を積み重ねてきた。今では土を見れば自分が求める作品に適しているかどうか、釉薬の組み合わせでどんな色が出るのかまで予想できるようになってきたという。</p>



<h2 class="wp-block-heading">普段使いしてほしいから、機能性にもこだわる</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7165-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-38456" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7165-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7165-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7165-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7165.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>


<p>井上さんの器は、時に砂が混じっていることもあり、<strong>土のごつごつとした質感</strong>が特徴的だ。しかし、手に取ってみると、見た目からは想像できない軽さに驚く。「軽いことは、日常的に使ってもらうためのこだわりのひとつ。砂の粒より薄くろくろで挽くことはできませんが、<strong>穴が開かないギリギリのところまで薄くして、子どもでも手に持ちやすいサイズ、軽さに仕上げています。</strong>ごはん茶碗が重いと疲れちゃうでしょう。その分、作るときに失敗することも多いんですけどね」と井上さんは笑う。さらに器の重心が低くなるように成形することで、使う際の安定感も確保。特別な時に気遣いながら使うのではなく、<strong>毎日の食事の際に自然と手が伸びる、</strong>そんな光景を浮かべながら作陶している。</p>



<h3 class="wp-block-heading">原土のおもしろさ、味わい深さ</h3>



<p>市販されている陶土は誰でも扱いやすいという長所があるが、井上さんは陶土を使ったことがなく、<strong>原土だけ</strong>を使っている。山から採掘したままの状態の原土は不純物が多く、うまく成形できなかったり、焼成中に割れてしまったりと、<strong>何かと手がかかる“問題児”。</strong>だが、不純物があるがゆえに一つひとつの器に個性が生まれ、味わい深い魅力を生み出すという。 「原土は無理ができません。変わった形のものを作ると割れてしまうし、コシがないのでろくろで挽きにくいんです。逆に言えば、ろくろで保持できる形こそが、<strong>土がなりたい姿</strong>なんじゃないか、使う人にとっても自然で使いやすい器の形なんじゃないかと考えています」と井上さん。普段使いされる器づくりを目指す井上さんにとって、原土の短所は成型時のガイドラインにもなっているようだ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">「思ったもの、以上のものができあがる」灰釉のロマン</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7094-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-38459" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7094-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7094-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7094-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7094.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>


<p>井上さんは、釉薬にも偶然が生み出すおもしろさを見出している。「市販の陶土や釉薬を使えば、マンガン釉なら黒色、コバルト釉なら青色と、どこの窯場で焼いても同じ色になるんです。それがおもしろくなくて。草木の灰を溶媒とした灰釉を使うと、灰の中に含まれる微量の金属が反応を起こし、何百個焼いたうち、ひとつかふたつだけ思ってもみなかった器ができることがあって、それにロマンを感じます。狙ったものができるのが楽しいという人もいますが、僕は狙った以上のものができたときが快感ですね」。窯を開けた時にどんなものができているんだろうというワクワク感が、もっといいものを作ろうとする原動力になっているのだそう。</p>



<h3 class="wp-block-heading">表情が1点ずつ違うから、迷う楽しみが生まれる</h3>



<p>井上さんの器は、全国で20店舗以上のショップやギャラリーで取り扱われている。作陶の合間にギャラリーへ顔を出した際、<strong>お客さんが器選びに迷う姿を見るのがうれしい</strong>という。「僕の器は一点一点違うので迷われるんですね。大量生産の商品だったら、上から取って終わりでしょ。<strong>表情が違う器は、それぞれに良さがあって、使い手との相性がある。</strong>僕がつくる前にイメージしていた器ではないかもしれないけど、その器をものすごく気に入ってくれるお客さんがいることもある。迷いながら選ぶって楽しい時間。そういう時間を提供できるっていうのがうれしい」と井上さん。</p>



<p>ちなみに、井上さんは<strong>自身の作った器に銘を彫らない</strong>。その理由は「器は僕のものではなく、買ってくれたお客さんのものだから」なんだとか。</p>



<p>陶器に限らず、良い手仕事をしたものは末永く使えるし、使っていくうちに色の変化も見られ、大切に扱えば唯一無二の存在になる。一つひとつの器を<strong>単なる「モノ」ではなく、「使う人のパートナー」のように扱う</strong>井上さんが作るからこそ、そこに、人間らしさや温もりがにじみ出ているのかもしれない。</p>



<h2 class="wp-block-heading">日本が好きだからこそ、日本文化の良さを広めたい</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7173-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-38462" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7173-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7173-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7173-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7173.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>


<p>日本人の食生活はずいぶんと欧米化しているが、それでも飯椀や和食器は現在でも食卓の主役として活躍している。海外でも注目度を高め、それに伴い海外での受注展示会も予定されているが、それも日本の良さを少しでも広めたいと思ってのことだ。それと同時に「これはもう二度と作れないだろう」と思える“至高の器”を作り、世界中の人たちに見てもらうことを目指している。井上さんは、<strong>日本の土を使って日本で伝わってきた陶芸を突き詰める</strong>ことにこだわるが、その理由は日本人が<strong>自身の国の文化を日常的に誇り、日本人でよかったと思える瞬間を生み出したいから</strong>なんだとか。日本文化の良さを世界中に広めるための、井上さんの挑戦は続く。</p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="683" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/149_kao_P6A7190-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-48817" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/149_kao_P6A7190-1024x683.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/149_kao_P6A7190-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/149_kao_P6A7190-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/149_kao_P6A7190.jpg 1200w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /><figcaption class="wp-element-caption">陶芸家　井上茂さん</figcaption></figure></div>


<p>原土のみを長く扱ってきたことで、今では土を見れば自分が求める作品への適性や釉薬でどのような表現ができるのかがわかるようになってきました。「土がなりたい姿」を感じ取りながら成型し、伝統的な和食器のよさを感じられる昔ながらの手法で表現した唯一無二の器を、暮らしのパートナーとして迎えていただけたら幸いです。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/38433/">「土がなりたい姿」を具現化する器づくり。愛知県で独学から陶芸の道を進む、井上茂さん</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>真剣に遊び、滋賀で生まれた出会いをつなぐギャラリー「季の雲」</title>
		<link>https://nihonmono.jp/article/37814/</link>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 18 Jul 2023 01:00:12 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/tokinokumo-26-1-1024x819.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>滋賀県長浜市の住宅街にこつ然と現れるモダンな建築が、ギャラリー「季の雲（ときのくも）」。器を中心とした、現代作家による多彩な工芸品の展示や販売を行っています。またギャラリーのオーナー自身も、シンプルな美しさをまとった暮ら [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/37814/">真剣に遊び、滋賀で生まれた出会いをつなぐギャラリー「季の雲」</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/tokinokumo-26-1-1024x819.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p><a href="https://nihonmono.jp/article/37814/" target="_blank" rel="noreferrer noopener"></a></p>



<p class="has-text-align-center"><strong>滋賀県長浜市の住宅街にこつ然と現れるモダンな建築が、ギャラリー「季の雲（ときのくも）」。<br>器を中心とした、現代作家による多彩な工芸品の展示や販売を行っています。<br>またギャラリーのオーナー自身も、<br>シンプルな美しさをまとった暮らしの器を作る陶芸家として活躍しています。</strong></p>







<p>やわらかな自然光が差し込むコンクリート打ちっぱなしの空間に、さまざまな作風の器が並ぶ。滋賀県長浜市にある「季の雲（ときのくも）」は、国内外で活躍する作家の作品や古道具、そして日本ではめずらしく、中国茶器を常設で扱うギャラリーだ。全国各地から訪れるファンからはもちろん、作家達からも“帰ってくる場所”と呼ばれ愛されている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">どんな作品も受け入れる凛とした空間</h2>


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<figure class="aligncenter size-full is-resized"><img decoding="async" width="601" height="400" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/tokinokumo-12.jpg" alt="" class="wp-image-37820" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/tokinokumo-12.jpg 601w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/tokinokumo-12-300x200.jpg 300w" sizes="(max-width: 601px) 100vw, 601px" /></figure></div>


<p>季の雲がある滋賀県長浜市の中心部は、豊臣秀吉の建てた長浜城がある城下町。観光客で賑わう駅前通りを抜け、静かな住宅地を進むと、ひときわ目を引く白い建物が現れる。鉄製の大きなドアを開くと、そこに広がるのは<strong>天井高5メートルの開放的なギャラリー空間</strong>。ギャラリーでは月に2回のペースで企画展が開催されており、<strong>陶磁器や漆器、ガラス、木工、金属</strong>など、さまざまな作家の作品を展示、販売している。</p>



<p>「新婚旅行でニューヨークに行った時、レストランやお店など、どこに行っても天井がすごく高くて。開放感とモダンな雰囲気に憧れて、それを形にしました。内装は最初からあまり作り込まず、その時々のイメージに合わせて装飾などで変えられる余白を残しています」と話すのは、オーナーの中村豊実さん。<strong>「他では展示できない大きな壺や、壁から吊るすような作品も持って来られる」</strong>と作家からも喜ばれているそうだ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">「子どもに誇れるような、本当に好きな仕事がしたい」</h3>


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<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/tokinokumo-09-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-37825" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/tokinokumo-09-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/tokinokumo-09-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/tokinokumo-09-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/tokinokumo-09.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>


<p>30代まではごく普通の会社員だったという中村さん。結婚し、子どもが生まれる時に<strong>「子どもに誇れるような、本当に好きな仕事がしたい」</strong>と考えたのが、この場所に店を構えたきっかけだった。とはいえ最初からギャラリーを始めたわけではないという。「最初にオープンしたのは、ずっと夢だったダイニングバー。どうせやるなら<strong>日本中のお客さんに来てもらえるお店にしたい</strong>と思って、七輪を使った焼きたての料理を食べながら日本酒が味わえるお店を開きました」。当時から器が好きだったそうで、作家ものの器を使ってめずらしい日本酒や料理を提供しているうちにファンが増え、うわさを聞きつけた人々が東京や神奈川など遠方からも遥々訪れるようになった。数年後には器を展示するギャラリーを併設し、ダイニングバーからイタリアンレストランに転向。その後、ギャラリーとしてのニーズが増えたこと、そして器に対する興味のウェイトが大きくなったことをきっかけに、レストランだった場所までギャラリーに作り変え、現在の季の雲が誕生した。2023年にはギャラリーを始めて20年になるという中村さん。「ずっと来てくれている常連さんとは一緒に歳を重ねていく楽しさがありますし、最近は若い人が『SNSで見て、やっと来られました』と言ってくれることもあります。やっぱり、いろんな年齢層の方が来てくださるのは嬉しいですよ」と笑顔がこぼれる。</p>



<h3 class="wp-block-heading">器好きの先にあった、古道具の世界</h3>


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<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/tokinokumo-21-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-37828" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/tokinokumo-21-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/tokinokumo-21-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/tokinokumo-21-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/tokinokumo-21.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>


<p>2階建ての店内は、1階が企画展と常設の作品が並ぶギャラリースペース、2階は中村さんが買い集めた<strong>古道具</strong>の販売スペースになっている。古いものを好きになったのは店を始めてからだそうで、日々作家ものの器を見ているともっと昔に作られたものにも興味が出てきて、骨董市などを見て回っているうちに自分でも買い付けて販売するようになったという。「うちに置いているのは、骨董というより古道具やガラクタ（笑）。何に使うかわからない</p>



<p>ものも混じっていますが、僕はそういうものの方が好きで。<strong>何の道具か、どうやって使うのか想像するだけでおもしろい</strong>じゃないですか」。</p>



<p>日本の古道具と西洋のアンティークが混ざり合った空間は、屋根裏に作られた秘密基地のよう。中村さんが<strong>金継ぎ</strong>を施した古い器も一緒に並んでいて、まるで宝探しをしているような楽しみが味わえる。</p>



<h2 class="wp-block-heading">つながりのある作家は100人以上</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/tokinokumo-18-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-37829" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/tokinokumo-18-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/tokinokumo-18-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/tokinokumo-18-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/tokinokumo-18.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>


<p>季の雲では、年間20回以上もの企画展が開催されており、これまでに<strong>通算100人を超える現代作家の企画展や作品の販売を行ってきた</strong>。他にも白磁作家として世界的に知られる<strong>黒田泰蔵氏</strong>のサインがエントランスに残されていたり、「ギャルリ百草」を主宰する<strong>安藤雅信氏</strong>とはオープン当初から交流が続いていたりと、多くの作家と一緒に楽しみながら仕事を続けているという。「もうこれ以上増やすのはやめよう」と思っても、いい作家を見つけるとどうしてもお客さんに紹介したくなるのが中村さんの性分だ。しかも、新しく扱う作家のもとには必ず夫婦2人で訪問してから取引を依頼する。「いいなと思ったら、作品だけでなくその人自身を知りたくなるんです。20年も続けていると、出会った頃はまだ20代の駆け出しだった作家さんでも、今では40代の立派な中堅作家になっている。今は世界を舞台に活躍している<strong>青木良太さん</strong>もそのひとりです。人気が出たり大成功したり、そういうのを見ていると『やっててよかったな』としみじみ思います」。まだ知られていない作家を発見し、その成長過程に立ち会えるのもギャラリーとしての醍醐味だろう。</p>



<h3 class="wp-block-heading">新しい風やインスピレーションが生まれる場所に</h3>



<p>季の雲は、<strong>作家達の貴重な交流の場</strong>にもなっている。「展覧会の初日は在廊してくださる作家さんが多いのですが、その日の夜は必ず『うちで食べて飲もうよ』って声をかけるんです。みんなでご飯を食べてお酒を飲んで、うちに泊まっていくのがもう定番になっています。普段は工房にこもっている人が多い分、展覧会があったら自分で納品に来てそのまま在廊して、現地の人達と一緒にお酒を飲んだり、時間があったら釣りをしてみたり。ちょっとしたリフレッシュも兼ねて楽しみにされている方も多いです」と中村さん。毎年恒例の新年会には数十名の作家が集まるという。みんなで集まって酒を酌み交わせば、初めて会った作家同士が仲良くなって<strong>「二人展をやろうか」</strong>と言い出したり、陶芸家と漆器の作家が夜遅くまで話し込んだり。そんな出会いから、<strong>新しい風やインスピレーションが生まれていくのが嬉しいし、それがギャラリーの役目でもある</strong>と、中村さんはほほ笑む。</p>



<h2 class="wp-block-heading">飲食店の日常から始まった器づくり</h2>


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<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/tokinokumo-02-2-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-37839" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/tokinokumo-02-2-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/tokinokumo-02-2-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/tokinokumo-02-2-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/tokinokumo-02-2.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>

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<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="683" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/L1000855-1-1-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-37840" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/L1000855-1-1-1024x683.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/L1000855-1-1-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/L1000855-1-1-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/L1000855-1-1.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>


<p>じつは、中村さん自身にも作り手としての一面がある。「僕は、作家活動はしていないので……」と言う中村さんに、自宅の工房を見せてもらった。</p>



<p>中村さんが器づくりを始めたのは、季の雲がまだ飲食店だった頃。店で使っている器が頻繁に割れたり欠けたりするのを目の当たりにして、<strong>「こんなにしょっちゅう買い替えるぐらいなら、自分で作ろうか」</strong>と思ったのがきっかけだったそう。好きなこと、興味があることは何でもやってみるという中村さんならではの挑戦だ。焼き物といえばろくろを思い浮かべる人が多いが、中村さんの技法は<strong>「タタラ作り」</strong>。まず石膏型を掘り、その型に粘土をあてて乾燥させた後、型から抜いて焼き上げる方法だ。実用性を求めて始まった作陶は、<strong>割れにくく、使いやすく、何より料理が映える器づくり</strong>を基準にしている。「自分が使いたいと思うものを作る」という中村さんの思いが表れたシンプルで美しい器や直火にかけられるプレートは、季の雲のギャラリーにも並び、人気を博している。</p>



<h2 class="wp-block-heading">中国茶器との出会い、つながる縁</h2>


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<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/tokinokumo_nakata-25-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-37841" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/tokinokumo_nakata-25-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/tokinokumo_nakata-25-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/tokinokumo_nakata-25-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/07/tokinokumo_nakata-25.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>


<p>台湾の茶人が日本の作家のものを買っていくのを見て興味を持ち、妻の敬子さんと一緒に茶人を招いた<strong>中国茶</strong>の教室を始めた。中国人客が来たら話を聞いたり、自分でも中国に行ったりして勉強するなかで、<strong>日本では中国茶器を専門に作っている作家も扱っているギャラリーも見当たらない</strong>ことに気づく。「それならうちでやってみようか」と考えて交流のある日本人作家達たちに中国茶器の制作を依頼したところ、これが大ヒット。日本人が普段使う食器ばかり作り続けてきたから、中国茶器の制作は新鮮だったのか、ほとんどの作家が<strong>「ぜひやってみたい」</strong>と快く引き受けてくれたという。</p>



<p>また、敬子さんはギャラリーで行う中国茶の教室ばかりでなく、いろいろな土地や場所に赴いて茶人と一緒に作り上げていくお茶会の企画「茶遊記」も開催している。日本国内をはじめ、中国の各地やモンゴルでも開催されたこのイベントは、「お茶で真剣に遊び、その魅力を行く先々で伝え、感じる旅」がコンセプト。訪れるのはもちろん現地の人で、お茶と器を通じて人々の縁がつながれている。</p>



<h3 class="wp-block-heading">手に取ることで作品をより身近に感じてほしい</h3>



<p>「僕達がやっているのはギャラリーなので。やっぱり<strong>手で触れて、重さや質感を感じて買っていただきたい。作品をより身近に感じてもらえるのがギャラリーの良さ</strong>だと思っています」と中村さんは話す。</p>



<p>何を買うにもオンラインで検索し、そのまま購入することが当たり前になりつつある現代。欲しいものにピンポイントでたどり着ける便利さの一方で、なぜか無性に心惹かれるものと偶然に出会い、視野が広がるという経験は少なくなっているのではないだろうか。“無駄”が排除される時代だからこそ、可能性を含んだ“余白”が求められている。このように、まだ見ぬ素晴らしい作品との出会いを提供し世界観を広げてくれるギャラリーの存在は、ここを訪れる人やコレクターばかりではなく、作品の作り手たちからも大いに注目され、その価値を高め続けていくだろう。</p>






<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="683" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/119_kao_DSC06012-1024x683.png" alt="" class="wp-image-47724" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/119_kao_DSC06012-1024x683.png 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/119_kao_DSC06012-300x200.png 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/119_kao_DSC06012-768x512.png 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/119_kao_DSC06012.png 1200w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /><figcaption class="wp-element-caption">季の雲 代表取締役 中村豊実さん</figcaption></figure></div>


<p>ギャラリーでは、私たちだからこそできる展示やイベントをこれからも模索していきたいですね。私自身でも器を作るようになってから15年余りになりますが、料理など受け入れるものの邪魔をしないシンプルなものを目指しています。手に取った方や実際使った方によかったと思っていただけるよう、日々精進するのみです。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/37814/">真剣に遊び、滋賀で生まれた出会いをつなぐギャラリー「季の雲」</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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