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	<title>刀 - NIHONMONO</title>
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	<description>「にほん」の「ほんもの」を巡る旅マガジン</description>
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	<title>刀 - NIHONMONO</title>
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		<title>理想とする刀を打つために流派にとらわれない刀剣作家・宮入 法廣／長野県立科町</title>
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		<pubDate>Wed, 27 Jul 2022 10:36:39 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/07/main-8.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>長野県中部にある立科町（たてしなまち）のなだらかな平野を眼前に望む高台の一軒家から、カーンカーンと鉄を打ち鳴らす音が響く。その音が聞こえる暗室を覗けば、焼いた稲と粘土をまとった鉄のかたまりが鉄鎚で打たれるたび、真っ赤な火 [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/07/main-8.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>長野県中部にある立科町（たてしなまち）のなだらかな平野を眼前に望む高台の一軒家から、カーンカーンと鉄を打ち鳴らす音が響く。その音が聞こえる暗室を覗けば、焼いた稲と粘土をまとった鉄のかたまりが鉄鎚で打たれるたび、真っ赤な火の粉が飛び、舞散る、幻想的かつ雄々しい光景が目の前に飛び込んでくる。ここは、刀剣の分野にて最高賞である正宗賞をはじめ、高松宮賞や文化庁長官賞、薫山賞、全日本刀匠会理事長賞など、数多くの権威ある賞を獲得し、2011年には長野県無形文化財保持者にも認定された刀剣作家･宮入法廣（みやいりのりひろ）さんの鍛刀場。宮入さんは人間国宝の刀匠、宮入昭平さんを叔父に持ち、その弟にあたる父の清平さんも刀匠という環境に育ったためか、大学卒業後は自然と刀剣作りの道へと進んだ。</p>



<h2 class="wp-block-heading">刀剣作家･宮入法廣の誕生まで</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/07/kiji2-7.jpg" alt="" class="wp-image-31998"/></figure></div>


<p>刀剣作りというと、あまり馴染みがないが、いったいどのようにしたら、その職に就くことができるのだろうか。聞けば、刀工になるにはまず、文化庁が認定する技量や知識を測る準国家試験のような資格が必要となるのだそう。もちろん、パッと思いついて、すぐに認定してもらえるものではない。最低でも5年間、同じ師匠のもとで修行することが条件として定められている。宮入さんが師事したのは、石川県松任（現在の白山市）に鍛刀場を構える隅谷正峯さん。隅谷さんもまた人間国宝に認定されている。</p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/07/kiji3-7.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p>宮入さんが隅谷さんに師事するきっかけになったのは、大学の研修旅行で北陸地方を訪ねた際の隅谷さんとの出会いの中にある。隅谷さんの仕事を見せてもらうと、従来であれば、それぞれ専門の職人が分業して製作する鞘（さや）なども自ら作ってみるという創作意欲に驚かされたという。また、隅谷さんが弟子や周囲の人の声にしっかりと耳を傾ける姿に魅力を感じた。刀匠の一族として、常に三人くらいの弟子が修行をする環境に育ち、封建的な徒弟制度を目の当たりにしてきた宮入さんからは見えなかった新しい景色が見えた。そして同氏が名刺に使っていた肩書きには「刀匠」や「刀鍛冶」ではなく「刀剣作家」と書かれていた。その理由を問うてみると<span class="swl-marker mark_yellow">「昔からの技術の踏襲だけでは我々が目指している世界に到達することはできない。より一層の創作技術が必要である。その発展性を考えた時、作品を生み出す芸術家の資質が必要だ。よって『刀剣作家』と書いている。」</span>と答えた隅谷さんの作家としての強い意識に感銘を受け、弟子入りを志願。同氏のもとで５年間修行し、師の得意とする<span class="swl-marker mark_yellow">「隅谷丁子（すみたにちょうじ）」</span>と呼ばれる作風を踏襲した。</p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/07/kiji4-7.jpg" alt="" class="wp-image-32000"/></figure></div>


<p>良い師にめぐり逢い、良い技術を学ぶことも、この修業時代には大変重要だとされている。実際に宮入さんも隅谷さんのもとに住み込み、寝食をともにすることで作刀の方向性を見出すことができた。この住み込みで行う修行を古くから徒弟制度と呼び、技術継承には欠かせないシステムだったが、時代とともにこの制度は撤廃され、住み込みではなく師匠のもとへ通って修行するようなスタイルに変化した。それが大きな原因となり、著しく刀工の技術が低下したように感じると、宮入さんは嘆く。</p>



<p>素人の感覚では、住み込みじゃなくても同じ師匠のもとで学ぶのだから、そこまで差はないのではと思ってしまうのだが、<span class="swl-marker mark_yellow">作刀というのは常に先を読みながら仕事を行うことが良いものを作ることに繋がるとされるため、師匠のリズムや所作、一挙手一投足を間近で見て学ぶことが重要なのだという。</span>そのため、修行生活からこのフローが抜けるだけで、技術の習得には倍の時間がかかるようになると宮入さんは考える。しかし徒弟制度は変わっても“最低でも5年”というルールは変わらないから、技術の低下に歯止めがきかない。だからこそ宮入さんの弟子たちには5年以上かけてでも、自分が納得できるレベルまで成長できたと感じるまでは卒業を認めてこなかった。</p>



<h2 class="wp-block-heading">理想の刀剣を追い求めて</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/07/kiji5-5.jpg" alt="" class="wp-image-32000"/></figure></div>


<p>こうして古くから継承されてきた刀工の業。その技術に対する評価基準は、いかに古い刀剣に近い姿のものを再現できるかというもの。現代アートのように革新的なデザインが突然評価されるものではなく、<span class="swl-marker mark_yellow">刀剣が日常に在った古い時代の技術に則った形を表現できるかが重要になる。</span>業界では鎌倉時代の刀剣が最も優れていると言われている。しかしこの時代には、まだ地鉄として最もメジャーな“玉鋼”を使った刀剣はなく、素材にどのような地鉄を使っていたのかが明確になっていない。この時代の刀剣を再現するには、まず作刀で最も重要だと言われる地鉄の成分や精製方法をイメージするところからはじめなければならない。文献にもほとんど残っていない大昔のことだから、現代に伝えきれなかった技術があるということも十分に考えられる。しかし、それを探究することこそが刀匠としてのロマンだと話す宮入さんは刀工流派にはこだわらない。父･清平さんは、五大刀工流派のひとつである「相州伝」に倣っていたが、宮入さんはそれを引き継がなかった。</p>



<p>様々な流派の技術や考え方を学ぶことでそれぞれの持ち味が見えてくるし、目指している答えが明確になるのではないかと考えたのだ。</p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/07/kiji6-1.jpg" alt="" class="wp-image-32000"/></figure></div>


<p>もちろん技術を早く習得するためには、ひとつの流派をひたすら追求することも大切かもしれない。しかし、遠回りをして多くのことを学ぶことで、より見えてくるものもある。長野県無形文化財となった宮入さんが次に見据えるのは、古き良き刀剣を作るための地鉄の復元。</p>



<p>未だに尽きぬ探究心はその可能性を大いに広げ、いつの日か鎌倉時代に活躍した名匠の業をも超える名作を生み出すかもしれない。</p>






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		<title>「刀剣研磨」の技術と芸術性を伝える人間国宝·本阿弥光州さん／東京都大田区</title>
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		<pubDate>Wed, 25 Aug 2021 01:00:00 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2021/08/main-6.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>日本刀の価値を高めた本阿弥家 「本阿弥」という表札を見て、頭のなかで日本史の教科書をめくり直す。その名前に江戸時代に書家、陶芸家などとして活躍した本阿弥光悦を思い浮かべる人も多いだろう。東京都大田区の閑静な住宅街の一角に [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2021/08/main-6.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><h2 class="wp-block-heading">日本刀の価値を高めた本阿弥家</h2>



<p>「本阿弥」という表札を見て、頭のなかで日本史の教科書をめくり直す。その名前に江戸時代に書家、陶芸家などとして活躍した本阿弥光悦を思い浮かべる人も多いだろう。東京都大田区の閑静な住宅街の一角に佇む和風の一軒家の主は、<span class="swl-marker mark_yellow">本阿弥光洲。日本刀の鑑定、研磨を行う人間国宝（重要無形文化財保持者）だ。</span><br>「鎌倉時代は馬の上で戦うために長い太刀が主流でしたが、室町時代になると地上戦で短い刀が使われるようになりました。当時は新しい刀を作るのではなく、長い刀の刀匠名が入った部分を切って短くしたので、誰が作ったものか分からなくなったことから、鑑定という仕事が必要になったようです。刀は武士の位を示すものでしたから、どんな刀を持っているかということがとても重要だったんです」（本阿彌光洲さん）</p>



<p>本阿弥家は、初代の本阿弥妙本が足利尊氏の刀劍奉行を務めて以来、代々鑑定や研磨を手掛け、日本刀のプロデューサー役を担ってきた。<span class="swl-marker mark_yellow">「折り紙付き」という言葉があるが、この語源は本阿弥家が発行していた刀剣の鑑定書のこと。本阿弥家が鑑定した刀であるという証明がつくことで刀の価値が高まったことから、言葉が広がったのだ。</span>日本刀にはさまざまな刀姿・刃文があり、帽子、茎形、銘を鑑賞する、非常に高度な芸術性を持つ作品だ。一振りの日本刀が完成するまでには、刀鍛冶が玉鋼から鉄を叩き出し成形した後、研ぎ、彫り、拵（こしら）えと呼ばれる「鞘（さや）」や「柄（つか）」を整える工程など、実に多くの職人の手で分業されるのだが、その手配をするのが本阿弥家だという。本阿弥光悦の本職もこの刀剣の鑑定や研磨であったのだが、書画・陶芸・漆芸・作庭など多方面に芸術性を発揮したことや、徳川家康から拝領した京都鷹峰に多くの職人仲間などと移住して芸術村を作ったことなどから、文化人として歴史に名を残した。</p>



<p>現宗家である光洲さんもまた、優れた日本刀を世に送り出すだけでなく、国宝・重要文化財等に指定された数多くの刀剣の研磨も手掛けるなど、文化財の保存にも大きな役割を果たしている。</p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full"><img decoding="async" width="640" height="426" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2021/08/kiji2.jpg" alt="" class="wp-image-30335" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2021/08/kiji2.jpg 640w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2021/08/kiji2-300x200.jpg 300w" sizes="(max-width: 640px) 100vw, 640px" /></figure></div>


<h2 class="wp-block-heading">丁寧に作り上げた一点ものの刀</h2>



<p>光州さんの工房では、シュッシュッという刀を研ぐ音が響いている。板張りで北窓になった研磨作業のための部屋は、静謐で神聖な空気に包まれていており、全国の美術館や収集家が持つ名刀が研磨されるのを待っている。<br>「本阿弥家ならではの研ぎ方があるんですか？」（中田）<br>「<span class="swl-marker mark_yellow">代々伝えられているのは、『地鉄は秋の澄んだ空のように青黒くしなさい。刃文は松に積もった雪のようにふんわりと研ぎなさい』ということ。</span>技術自体はずっと変わっていません。いわゆる秘伝の技のようなことはいくつかありますが、大切なのはもともとその刀が持っているいいところをいかに引き出すかだと思っています」（本阿彌光洲さん）<br>光州さんの研磨は、現代の刀匠の個性や作風に合わせて見どころを強調しながら各工程を丁寧に進め、それぞれの刀剣の美点を最大限に活かして完成させるものとして、高い評価を得ているという。</p>



<p>自然の光で刃文を確認し、天然の砥石だけを使って刃を研ぐ。光り輝く日本刀を見ると、そこに宿る武士の魂まで生き返ったように感じるのは、私だけではないはずだ。</p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full"><img decoding="async" width="640" height="426" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2021/08/kiji3.jpg" alt="" class="wp-image-30336" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2021/08/kiji3.jpg 640w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2021/08/kiji3-300x200.jpg 300w" sizes="(max-width: 640px) 100vw, 640px" /></figure></div>

<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full"><img decoding="async" width="640" height="426" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2021/08/kiji4.jpg" alt="" class="wp-image-30337" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2021/08/kiji4.jpg 640w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2021/08/kiji4-300x200.jpg 300w" sizes="(max-width: 640px) 100vw, 640px" /></figure></div><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/30332/">「刀剣研磨」の技術と芸術性を伝える人間国宝·本阿弥光州さん／東京都大田区</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>日本刀は千年後まで残る。「大和伝」刀匠･法華三郎信房／宮城県大崎市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 13 Nov 2012 03:27:23 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/02/12192_main.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>伊達政宗が復興した刀・大和伝 日本各地に刀匠が存在するが、宮城県にも古くから伝わる日本刀を作り出している工房がある。鎬幅が広く、高いのが特徴で、さらに刀身は柾目肌が整っていて美しい大和伝保昌派の製法を継承している法華三郎 [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/12192/">日本刀は千年後まで残る。「大和伝」刀匠･法華三郎信房／宮城県大崎市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/02/12192_main.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><h2 class="wp-block-heading">伊達政宗が復興した刀・大和伝</h2>



<p>日本各地に刀匠が存在するが、宮城県にも古くから伝わる日本刀を作り出している工房がある。鎬幅が広く、高いのが特徴で、さらに刀身は柾目肌が整っていて美しい大和伝保昌派の製法を継承している法華三郎信房の工房におじゃました。<br><a href="https://www.touken-world.jp/tips/57805/" target="_blank" rel="noreferrer noopener">大和伝</a>というのは日本刀の古刀の分類のひとつで、もともとは大和国高市郡 （奈良県） で、鎌倉末期に完成した刀の製法。一度は廃れてしまったが、伊達政宗のころの仙台藩が復興をさせた。そのころに法華の初代清房が、国包という藩の優れた刀匠のもとに学び大和伝を継承したのだ。<br></p>



<h3 class="wp-block-heading">大和伝の復活</h3>



<p>時が下り、五代目のころには紆余曲折があり法華家の製法は、備前伝という別の製法に変わったのだが、八代目が研究を重ねそのころ廃れてしまっていた大和伝を復活させたのだ。<span class="swl-marker mark_yellow">見事に大和伝保昌派を継承していることが認められて宮城県指定無形文化財となった。</span>今回工房に伺ったまさにそのときに、刀を鍛錬していたのが九代目法華三郎信房を継ぐ高橋大喜さんだった。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="213" height="320" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/02/12192_img05.jpg" alt="" class="wp-image-12640" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/02/12192_img05.jpg 213w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/02/12192_img05-199x300.jpg 199w" sizes="(max-width: 213px) 100vw, 213px" /></figure>


<div class="swell-block-postLink">			<div class="p-blogCard -external" data-type="type3" data-onclick="clickLink">
				<div class="p-blogCard__inner">
					<span class="p-blogCard__caption">NIHONMONO &#8211; 「にほん」の「ほんも&#8230;</span>
					<div class="p-blogCard__thumb c-postThumb"><figure class="c-postThumb__figure"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/02/12233_main.jpg" alt="" class="c-postThumb__img u-obf-cover" width="320" height="180"></figure></div>					<div class="p-blogCard__body">
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						<span class="p-blogCard__excerpt">仙台箪笥とは 仙台箪笥が生まれたのは、江戸末期だといわれている。仙台藩の地場産業として発展したものだ。武士が刀</span>					</div>
				</div>
			</div>
		</div>


<h2 class="wp-block-heading">砂鉄と炭、人の手が生んだ日本文化</h2>



<p>大喜さんの息子さんである栄喜さんも刀匠として活躍している。この日は栄喜さんに、刀の説明を受ける。最初の一言が　「鉄は必ず人が手を加えないと生まれないものなんです」　というもの。自然界に鉄というのは存在しない。様々な形で鉄は生きているのだ。例えば砂鉄。それを私たちが一般的に　「鉄」　と呼んでいるものにするためには、人の力が必要だ。砂鉄と炭を使い精錬しないと鉄はできあがらないのだ。日本は砂鉄と炭が豊富な国。そこに人の手が加わって鉄ができ、それを刀という形にして日本の文化ができあがった。<span class="swl-marker mark_yellow">日本刀は特に日本人の生活に密着した文化。</span>　「人の暮らしの身近にあったものなんです」　と栄喜さんは言う。<br>「守り刀として、一種のお守りのような意味合いとして短刀を持っていた。それから、そりが合わない、切羽詰るといったように、慣用句にも多く刀の言葉が残っています。それだけ身近にあったものなんです」</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="320" height="213" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/02/12192_img02.jpg" alt="" class="wp-image-12634" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/02/12192_img02.jpg 320w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/02/12192_img02-300x199.jpg 300w" sizes="(max-width: 320px) 100vw, 320px" /></figure>



<h2 class="wp-block-heading">宇宙からやってきた“隕鉄”の刀</h2>



<p>鉄は人の手によって作られると言ったが、製鉄の方法がまだ確立されていなかった時代にもエジプトや中国の王朝には短剣があった。一体どうやって作ったのか？<br>「宇宙から降ってきたものを使ったんですよ」　と栄喜さんは言う。つまり隕鉄を使ったと考えられているのだ。<br>実は博物館から依頼されて、大喜さんと栄喜さんで隕鉄のみの日本刀を打ったことがある。今回は特別にその刀と隕鉄を見せてもらうことができた。<span class="swl-marker mark_yellow">100万年に1度という途方もなく長い時間をかけて宇宙空間で冷えていった鉄であるがゆえに、地球上ではできないはずの金属組成をしていた。そのため、折り返し鍛錬といったことはできないとされていた。</span>試行錯誤を繰り返し、2年の歳月をかけてようやく刀にすることができたのだという。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="320" height="213" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/02/12192_img03.jpg" alt="" class="wp-image-12632" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/02/12192_img03.jpg 320w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/02/12192_img03-300x199.jpg 300w" sizes="(max-width: 320px) 100vw, 320px" /></figure>



<h2 class="wp-block-heading">日本刀はこの先千年残るもの</h2>



<p>刀は最初、祭器や象徴として生まれた。武士が台頭しだした平安末期からは重要な武器として活躍した。そうなると刀を見極める目を持っていなくてはならない。そして、時代が下るとともに、刀は武器としての役割だけでなく武士の精神的な支柱になっていく。実は、より良い刀を作る製法も発展したが、それとともに発展したのが鑑定法なのだという。<br>武士の台頭した鎌倉時代から鑑定法は培われ、ある刀を見て、どの国のその作者まで言い当てることができるようになった。<br>「だから妥協という言葉はありません。打つときも見極めるときも。刀というのはこれから先、千年も残るものだからです」。時代を経ても、揺るがない美しさ、研ぎ澄まされた形がそのまま残る。その大喜さんの言葉には、時の重みすら感じた。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="320" height="213" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/02/12192_img04.jpg" alt="" class="wp-image-12633" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/02/12192_img04.jpg 320w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2013/02/12192_img04-300x199.jpg 300w" sizes="(max-width: 320px) 100vw, 320px" /></figure><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/12192/">日本刀は千年後まで残る。「大和伝」刀匠･法華三郎信房／宮城県大崎市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>金属の質感を表現する工芸 金工家·奥村公規さん／東京都小平市</title>
		<link>https://nihonmono.jp/article/6620/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 09 Jul 2012 06:04:45 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[伝統工芸]]></category>
		<category><![CDATA[東京都]]></category>
		<category><![CDATA[工芸]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/10/6620_main.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>日本伝統工芸展で数々の賞を受賞する金工作家 奥村公規さんのもとを訪ねると最初に見せてくれたのが、刀の鍔（つば）。 「これ見てください。とにかくおしゃれなんですよ。刀を差したときにどこから見られるかということがきちんと考え [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/6620/">金属の質感を表現する工芸 金工家·奥村公規さん／東京都小平市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/10/6620_main.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><h2 class="wp-block-heading">日本伝統工芸展で数々の賞を受賞する金工作家</h2>



<p><a href="https://www.nihonkogeikai.or.jp/works/847/" target="_blank" rel="noreferrer noopener">奥村公規</a>さんのもとを訪ねると最初に見せてくれたのが、刀の鍔（つば）。</p>



<p>「これ見てください。とにかくおしゃれなんですよ。刀を差したときにどこから見られるかということがきちんと考えられている。だから文様を入れる位置も計算され尽くされているんですよね。デザイン力がすごいんです。それから、表面が均一になるとつまらないんですよね。鉄の肌合いや色合いを楽しむようにもデザインされているんですよ」</p>



<p><span class="swl-marker mark_yellow">奥村さんは金工家。1975年に武蔵野美術大学を卒業し、作家活動を始める。1995年の日本伝統工芸展で文部大臣賞を獲るなど、これまでに数々の賞を受賞している作家だ。</span></p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="213" height="321" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/10/6620_img01.jpg" alt="" class="wp-image-6769" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/10/6620_img01.jpg 213w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/10/6620_img01-199x300.jpg 199w" sizes="(max-width: 213px) 100vw, 213px" /></figure>



<h2 class="wp-block-heading">金属だからこそできる表現</h2>



<p>奥村さんが2012年春の東日本伝統工芸展に出展していた、<a href="https://www.nihonkogeikai.or.jp/works/380/43750/" target="_blank" rel="noreferrer noopener">鉄地象嵌小匣</a>（てつじぞうがんこばこ）の「離れ（はなれ）」という作品。中田が「金属に見えない」とびっくりするように、見た目は漆塗りの木箱のよう。でも触ると金属の触感が伝わってくる。奥村さんの作品は<span class="swl-marker mark_yellow">繊細な柄を描きながらも、質感を残したものが多い。その微妙な質感を表現するには、素材の時点でサビを残してテクスチャーをつけるのだ</span>という。<br>「金属はそれほど種類がないですよね。それなのに、技術の組み合わせで、表現がまるで違ってくるのがすごくおもしろい」その中田の言葉に奥村さんもうなずく。<br><span class="swl-marker mark_yellow">文化財の復元に携わると、過去の人と金属とがどのように関わってきたのかを実感できえる。そして古いものを学びつつ自分がいいと思うもの、面白いと思うものには積極的にチャレンジしているという。</span></p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="320" height="213" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/10/6620_img02.jpg" alt="" class="wp-image-6770" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/10/6620_img02.jpg 320w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/10/6620_img02-300x199.jpg 300w" sizes="(max-width: 320px) 100vw, 320px" /></figure>



<h3 class="wp-block-heading">刀の柄（つか）を作って遊んでいた</h3>



<p>「今日はペンダントでも作ってもらおうと思って」と奥村さんが金属の板を中田に渡す。<br>「デザインって苦手なんですよね」と考え込んで、中田が書き込んだのが“旅”という文字。「いつも旅しているので、これでいきます」と中田。<br>いざ、銀の板をペンダントトップの形に丸く切り出す。切る道具は糸鋸。これがやはり難しい作業。悪戦苦闘しながらも何とか丸く切り抜く。そして次に待っているのが、たがねで文字を刻み込む作業。奥村さんにいろいろ指導していただきながら、たがねを打ち込んでいく。</p>



<p>「うーん、うまくいかないですね。どうしても線がきたなくなっちゃう」<br>「それもいいんですよ。今は旅の途中、作ったときのことがわかるじゃないですか」と奥村さんは言う。<br>「僕は昔からものづくりが苦手だったんですよ」と中田が言うと「私は中学のころから、仲の良い友人と一緒に、刀の柄（つか）を作って遊んでました。実物からかたどりし、鉛で作った目貫（めぬき）を柄の紐で巻き込んだりして遊んでました。それを背負ってたらおまわりさんに止めらたこともあったっけ」と奥村さんは笑っていた。<br>そうこうしているうちに、ペンダントトップが完成。奥村さんに仕上げをしてもらって、この世でひとつの“旅”が完成した。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="213" height="321" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/10/6620_img03.jpg" alt="" class="wp-image-6771" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/10/6620_img03.jpg 213w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/10/6620_img03-199x300.jpg 199w" sizes="(max-width: 213px) 100vw, 213px" /></figure>


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						<a class="p-blogCard__title" href="https://nihonmono.jp/article/5769/" target="_blank" rel="noopener noreferrer">一枚の金属から作品を創りあげる鍛金家·田口壽恒さん／東京都文京区 &#8211; NIHONMONO</a>
						<span class="p-blogCard__excerpt">鍛金で人のやりたがらないことをやろう 2006年に鍛金（たんきん）の分野で重要無形文化財保持者の認定を受けた田</span>					</div>
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						<a class="p-blogCard__title" href="https://nihonmono.jp/article/30332/" target="_blank" rel="noopener noreferrer">「刀剣研磨」の技術と芸術性を伝える人間国宝·本阿弥光州さん／東京都大田区 &#8211; NIHONMONO</a>
						<span class="p-blogCard__excerpt">「本阿弥」という表札を見て、頭のなかで日本史の教科書をめくり直す。その名前に江戸時代に書家、陶芸家などとして活躍した本阿弥光悦を思い浮かべる人も多いだろう。東京&#8230;</span>					</div>
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		<title>「彫金」の新しい創造を目指す彫金家·桂盛仁さん／東京都練馬区</title>
		<link>https://nihonmono.jp/article/6574/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 29 Apr 2012 06:55:19 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[東京都]]></category>
		<category><![CDATA[工芸]]></category>
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		<category><![CDATA[金工]]></category>
		<category><![CDATA[デザイン]]></category>
		<category><![CDATA[伝統工芸]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/10/6574_main.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>金属を彫って模様を描く&#8221;彫金&#8221; 「刀には工芸のすべてが入っているといって過言ではない」と言うのは彫金の分野で重要無形文化財保持者の認定を受けている桂盛仁さん。刀には、陶磁器以外のほとんどすべての工 [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/10/6574_main.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><h2 class="wp-block-heading">金属を彫って模様を描く&#8221;彫金&#8221;</h2>



<p>「刀には工芸のすべてが入っているといって過言ではない」と言うのは彫金の分野で重要無形文化財保持者の認定を受けている<a href="https://www.nihonkogeikai.or.jp/works/853/" target="_blank" rel="noreferrer noopener">桂盛仁</a>さん。刀には、陶磁器以外のほとんどすべての工芸による技術がつまっているという。もちろん彫金もそのひとつ。</p>



<p><span class="swl-marker mark_yellow">彫金とは読んで字のごとく、金属を彫って装飾を施す技術。古墳時代の遺跡からもその技術は発見されている古くから培われてきた技術だ。日本では仏教美術の装飾にも多用され、室町時代、武士階級が台頭すると刀剣や甲冑などの装飾としてその技術は大いに発達する。</span></p>



<p>「戦乱の時代は部下への褒章として土地があった。でも江戸時代、平和になるとその代わりに、装飾の施された刀や甲冑をあげたんですよ。だから大大名であればあるほど必要になったんです」と桂さんは話す。そして近代以降には武具の装飾のほかに、器や帯留めなどの品にもその技術はいかされるようになった。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="213" height="321" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/10/6574_img04.jpg" alt="" class="wp-image-7060" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/10/6574_img04.jpg 213w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/10/6574_img04-199x300.jpg 199w" sizes="(max-width: 213px) 100vw, 213px" /></figure>



<h2 class="wp-block-heading">立体を作りだす彫金技術</h2>



<p>桂さんの作品を前にして「技術的なことはもちろんだと思いますが…まずデザインがかっこいいです」と中田が言うと、「そりゃあ、デザインはかなり考えます」と桂さんは答えた。桂さんは器から香炉、それにメダカの姿を立体に模した帯留めなどさまざまなものを創りだす。</p>



<p>「作品を観た人は、どんな人であろうとまずは好みでいいか悪いか判断しますからね。技術的に、うまい下手というのはその次にくる。だからまずはデザインを考えるんです」<br>そして、そのデザインを可能にするのが技術なのだ。<span class="swl-marker mark_yellow">桂さんの作品の特徴のひとつは立体の像を作ること。全国で何人もできる者はいないという珍しい技術。そして、桂さんにしか出せないといわれる表現が立体像の“高さ”だ。四分一（しぶいち）という銀と銅の合金は、非常に固く、展延性に欠け、熱に溶けやすいことから、これほど繊細な細工を高く伸ばすことは至難の技なのだ。</span></p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="213" height="321" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/10/6574_img05.jpg" alt="" class="wp-image-7061" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/10/6574_img05.jpg 213w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/10/6574_img05-199x300.jpg 199w" sizes="(max-width: 213px) 100vw, 213px" /></figure>



<h3 class="wp-block-heading">総まとめで彫金</h3>



<p>中田は彫金の体験をさせてもらいレリーフを作った。これがなかなかうまくいかない。梅の花の図柄どおりに打ち付けるだけでも神経を使うのに、打つ強さによって作品に奥行きをつけるというのだ。中田が苦労しながら打つ様子を見て桂さんも「そう、今のがいいみたい」と根気強く付き合ってくれた。<br><span class="swl-marker mark_yellow">桂さんの作品は、象嵌や鍛金など、多くの技術が入っているのも特徴のひとつ。<br></span>「“色上げ”といって、細工した金属を薬品につけて化学反応させると金属本来の色がでます。地金の色の種類は7色くらいでしょうか。欧米ではこれほど多彩な金属はありません。」<br>日本独特の地金の種類に加えて、器の表面に銀箔を貼ったり、削って他の金属を嵌め込んだりすることで、全く雰囲気の異なる表現が生まれるのだ。<br>「どんなものでも、なかなかそれ単独という技術では限界がある。総まとめで彫金という感じです」たくさんのお話の最後に桂さんこう語った。<br>新しい表現を追及するため、桂さんの挑戦は続いている。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="370" height="271" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/10/6574_img03.jpg" alt="" class="wp-image-7056" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/10/6574_img03.jpg 370w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/10/6574_img03-300x219.jpg 300w" sizes="(max-width: 370px) 100vw, 370px" /></figure>


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						<a class="p-blogCard__title" href="https://nihonmono.jp/article/5769/" target="_blank" rel="noopener noreferrer">一枚の金属から作品を創りあげる鍛金家·田口壽恒さん／東京都文京区 &#8211; NIHONMONO</a>
						<span class="p-blogCard__excerpt">鍛金で人のやりたがらないことをやろう 2006年に鍛金（たんきん）の分野で重要無形文化財保持者の認定を受けた田</span>					</div>
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						<a class="p-blogCard__title" href="https://nihonmono.jp/article/6620/" target="_blank" rel="noopener noreferrer">金属の質感を表現する工芸 金工家·奥村公規さん／東京都小平市 &#8211; NIHONMONO</a>
						<span class="p-blogCard__excerpt">日本伝統工芸展で数々の賞を受賞する金工作家 奥村公規さんのもとを訪ねると最初に見せてくれたのが、刀の鍔（つば）</span>					</div>
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		<item>
		<title>日本人にとって国宝「刀」を継承する刀鍛冶·吉原義人さん／東京都葛飾区</title>
		<link>https://nihonmono.jp/article/5771/</link>
					<comments>https://nihonmono.jp/article/5771/#comments</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 19 Apr 2012 06:49:19 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[ボストン美術館]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/09/5771_main.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>刀に息づく美しさ 「刀ってきれいでしょ」。中田にそう語りかけるのは、伊勢神宮の御神刀を制作するなど、現代の刀匠を牽引するといっても過言ではない刀鍛冶 吉原義人（よしはらよしんど）さん。作品は国内だけでなく海外でも評価が高 [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/5771/">日本人にとって国宝「刀」を継承する刀鍛冶·吉原義人さん／東京都葛飾区</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/09/5771_main.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><h2 class="wp-block-heading">刀に息づく美しさ</h2>



<p>「刀ってきれいでしょ」。中田にそう語りかけるのは、伊勢神宮の御神刀を制作するなど、現代の刀匠を牽引するといっても過言ではない刀鍛冶 <a href="http://www.meikoukai.com/contents/town/06/6_1/index.html" target="_blank" rel="noreferrer noopener">吉原義人</a>（よしはらよしんど）さん。作品は国内だけでなく海外でも評価が高く、メトロポリタン美術館やボストン美術館にも収蔵されている。 <span class="swl-marker mark_yellow">刀の美しさの最大のポイントのひとつが「波紋」</span>。波紋は直線を基調とした直刃（すぐは）も含めて、多くの種類があり、流派や地域によってその特徴は異なる。<br><span class="swl-marker mark_yellow">吉原さんが得意とする波紋は「丁子乱れ」というもの。波の高低差が高く、大きな波紋を描き、花びらをならべたような華やかな美しさを描き出すのが特徴だ。</span>「刀ってきれいでしょ」と言うように、最初にはっとするほどの迫力に息をのみ、じっと見ているうちに優美さに引き込まれていってしまう。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="320" height="213" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/09/5771_img01.jpg" alt="" class="wp-image-5908" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/09/5771_img01.jpg 320w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/09/5771_img01-300x199.jpg 300w" sizes="(max-width: 320px) 100vw, 320px" /></figure>



<h2 class="wp-block-heading">国宝が多い刀</h2>



<p>刀は、人を切るための”武器”。だが、吉原さんは相手の命を絶つための武器というよりも<span class="swl-marker mark_yellow">「侍の精神を守るための武器」</span>だという。 「実際に、戦国時代には鉄砲が外国から伝わった。そうなれば、刀は戦場での主力の武器ではない。でも剣術は廃れずに発展していった。刀も同じ。戦国時代以後も名刀がどんどん作られ、大事にされた。実際に戦場で使うことがなくても、腰に下げていた。刀は侍の心の支えだったんですよ」 その証拠として吉原さんが教えてくれたのが、<span class="swl-marker mark_yellow">国宝、重要文化財に指定されている数。国宝のなかで一番多いのが刀だというのだ。</span><br>さらに「刀身そのものが国宝になっているのは日本ぐらいじゃないでしょうか」と言う。ヨーロッパでは文化財になっている鞘はあるが、その多くは宝石の装飾によるものだそうだ。日本では文化財に指定され、神社に奉納されることに象徴されるように、刀を単に武器として捉えるだけでなく、精神的な拠り所としても捉えていたのだ。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="320" height="213" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/09/5771_img05.jpg" alt="" class="wp-image-6275" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/09/5771_img05.jpg 320w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/09/5771_img05-300x199.jpg 300w" sizes="(max-width: 320px) 100vw, 320px" /></figure>



<h3 class="wp-block-heading">次世代への継承</h3>



<p>現在、<span class="swl-marker mark_yellow">日本で刀鍛冶として活躍している職人は約300人。しかし、実際に刀鍛冶だけで生計を立てることができるのは、「50人にも満たないのではないか」という。</span>しかも刀鍛冶は免許が必要になる。免許を持つ刀匠のもとで５年の修業をつんだ後に文化庁の試験を受けて国家資格を得なくては、作刀は許されないのだ。</p>



<p>文化の継承を目指し、その狭き門に挑む次世代。吉原さんの工房では常に数名の若いお弟子さんをとっている。<span class="swl-marker mark_yellow">年齢制限、性別制限は一切ないのだが「女人禁制というイメージがあるんでしょうね。女性はいないじゃないかな」と吉原さんがいうように、女性は圧倒的に少ない。</span></p>



<p>工房では、お弟子さんが玉鋼を鍛錬していた。右側にふいご、左側に石炭をくべた炉を前にして、刀を熱しては叩きまた熱しては叩いていく。体力と集中力を要する作業の連続だ。 「難しい技術も、好きだからどんどん覚えていった」そう話す吉原さん。現在は刀身を作るだけでなく、鞘や鍔の制作も行う。日本人が大切にしてきた刀に宿る文化は、刀に魅せられた刀匠の元で着実に継承されているのだ。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="320" height="213" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/09/5771_img02.jpg" alt="" class="wp-image-5909" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/09/5771_img02.jpg 320w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/09/5771_img02-300x199.jpg 300w" sizes="(max-width: 320px) 100vw, 320px" /></figure>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="320" height="213" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/09/5771_img03.jpg" alt="" class="wp-image-5910" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/09/5771_img03.jpg 320w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/09/5771_img03-300x199.jpg 300w" sizes="(max-width: 320px) 100vw, 320px" /></figure>


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					<span class="p-blogCard__caption">NIHONMONO &#8211; 「にほん」の「ほんも&#8230;</span>
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						<a class="p-blogCard__title" href="https://nihonmono.jp/article/30332/" target="_blank" rel="noopener noreferrer">「刀剣研磨」の技術と芸術性を伝える人間国宝·本阿弥光州さん／東京都大田区 &#8211; NIHONMONO</a>
						<span class="p-blogCard__excerpt">「本阿弥」という表札を見て、頭のなかで日本史の教科書をめくり直す。その名前に江戸時代に書家、陶芸家などとして活躍した本阿弥光悦を思い浮かべる人も多いだろう。東京&#8230;</span>					</div>
				</div>
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		</div><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/5771/">日本人にとって国宝「刀」を継承する刀鍛冶·吉原義人さん／東京都葛飾区</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>鞘塗りを知る「漆芸家 小山光秀」／新潟県新潟市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 24 Sep 2011 03:23:20 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/02/2000_main.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>色とりどりの鞘 小山光秀さんは、刀の鞘（さや）を専門に塗る漆芸家だ。「拵え（こしらえ）もの」という、いわゆる飾り用の鞘の漆を塗る。実際に、小山さんが作った鞘のサンプルを見せていただきながら話を伺う。 中田が「鞘って真っ黒 [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/2000/">鞘塗りを知る「漆芸家 小山光秀」／新潟県新潟市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/02/2000_main.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><h2 class="wp-block-heading">色とりどりの鞘</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter"><img decoding="async" src="/rnp/files/2012/02/2000_img04.jpg" alt=""/></figure></div>


<p>小山光秀さんは、刀の鞘（さや）を専門に塗る漆芸家だ。「拵え（こしらえ）もの」という、いわゆる飾り用の鞘の漆を塗る。実際に、小山さんが作った鞘のサンプルを見せていただきながら話を伺う。</p>



<p>中田が「鞘って真っ黒っていうイメージがあるんですけど、いろいろな色があるんですね」と驚くほど、バリエーション豊かで華やかなものが並んだ。<br>「江戸期になると、戦いがなくなったっていうのもあると思うんだけど、いろいろな色の鞘塗りがされるようになった。でも中田さんも言うように、刀だとやっぱり黒と朱が圧倒的に人気ですね」</p>



<h2 class="wp-block-heading">鞘は必ず、朴の木を使う</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter"><img decoding="async" src="/rnp/files/2012/02/2000_img02.jpg" alt=""/></figure></div>


<p>小山さんの作る、漆塗りの鞘。実は、常に刀を納めていたのではないのだと教えていただく。<br>「え！そうなんですか？」と驚きを隠せない中田。<br>「そうです。<span class="swl-marker mark_yellow">漆塗りの鞘は刀身を錆びさせるので良くないんですよ。この鞘に入れるのは表に出るときだけ。普段、保管するのは塗りのない、白鞘（しらさや）に入れておくものなんです</span>」</p>



<p>そして、鞘に使われる素材は朴の木（ホオノキ）。もし、表面に他の木を使う場合でも必ず刀身が触れる内側には朴の木を使った入子鞘（いりこざや）を組み込んで作るのだという。<br>「それに、<span class="swl-marker mark_yellow">鞘の角は痛みやすいので水牛の角の加工か、彫金の細工を施します。</span>これは伝統の、しきたりのようなものですね。」細部まで先人のこだわりが受け継がれているのだ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">今を大事にして作る</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter"><img decoding="async" src="/rnp/files/2012/02/2000_img01.jpg" alt=""/></figure></div>


<p>小山さんは自身の表現活動を続けるために、伝統工芸展や展示会に出品する漆芸作品も作っている。<br>「私たちは今を大事にして作ってるつもりなんだけどね、伝統工芸っていうと、古いイメージがあるじゃないですか。」と話す小山さん。<br>「たしかに先入観はあるかもしれませんね。こうやってお話したり、作業をしているのをみると、みなさん新しいことをやってらっしゃる。そのイメージを少しずつ変えたいなと思うんですよね」と答える中田。</p>



<p>「私たちの作品は世に出るまでに時間がかかってしまいますね、どうしても。だから、おじさんがやってるみたいなイメージがあったりするのかな。技術を習得するまでにやっぱり時間がかかるんですよね。表現をするためには、時間がかかる。10年、20年。」</p>



<p>工芸作家仲間と常に情報交換をするという小山さん。鞘塗り、漆芸作品、伝統の形を残しながら、そのひとつひとつは新しい輝きを放っている。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/2000/">鞘塗りを知る「漆芸家 小山光秀」／新潟県新潟市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>伸るか反るか、刀剣の世界。「刀剣作家 天田昭次  天田収貞」／新潟県新発田市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 21 Sep 2011 11:18:10 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[無形重要文化財]]></category>
		<category><![CDATA[刀剣作家]]></category>
		<category><![CDATA[刀]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/02/1988_main.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>知らないことだらけの「刀」 普段はあまり目にすることのない刀。実際に目の前にするとやはり迫力がある。 今回伺ったのは、重要無形文化財保持者の刀剣作家 天田昭次（あまた・あきつぐ）さんの工房と、その刀剣を収める刀剣伝承館（ [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/1988/">伸るか反るか、刀剣の世界。「刀剣作家 天田昭次  天田収貞」／新潟県新発田市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/02/1988_main.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><h2 class="wp-block-heading">知らないことだらけの「刀」</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter"><img decoding="async" src="/rnp/files/2012/02/1988_img01.jpg" alt=""/></figure></div>


<p>普段はあまり目にすることのない刀。実際に目の前にするとやはり迫力がある。 今回伺ったのは、重要無形文化財保持者の刀剣作家 天田昭次（あまた・あきつぐ）さんの工房と、その刀剣を収める<a href="https://niigata-kankou.or.jp/spot/5523" target="_blank" rel="noopener" title="">刀剣伝承館</a>（カリオン文化館内）。</p>



<p>案内をしてくれたのは、天田さんの実弟で弟子の天田収貞（あまた・かねさだ）さん。頭を手ぬぐいで包み、いかにも刀鍛冶という印象の刀匠だ。</p>



<p>まずは、飾ってある刀剣を見ながら説明を受ける。中田からは素朴な疑問が出る。 「この、刀の反りが違いますよね。この違いは何なんですか？」 「そうなんです。<span class="swl-marker mark_yellow">飾ったときに刃が上を向いているのが刀。刃が下を向いているのは太刀っていうんです。実際に使うときに、腰に下げた状態から刀を抜いて物を切るか、馬に乗って相手を切りつけるか、という違いがあるんですよ。</span>」 刀剣は形や大きさ、用途によって呼び名も異なり、さらに流派によっていろいろな形状があるということだ。</p>



<h2 class="wp-block-heading">鋼を鍛える</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter"><img decoding="async" src="/rnp/files/2012/02/1988_img03.jpg" alt=""/></figure></div>


<p>次に工房へ。天田昭次さんご本人にもお付き合いいただき、日本固有の伝統についてお話を伺うことができた。こちらの工房では、自家製鉄、つまり鉄を作るところから刀作りが始まる。<br>「むかしはポリバケツを持って砂鉄を集めに行ってたんだよ」その砂鉄をレンガ作りの火炉に入れ、玉鋼（たまはがね）を作る。それをまた熱し、鍛えていく。刀鍛冶のトンカントンカンとやる姿はこの作業で見られるもの。</p>



<p>中田も体験させてもらう。「暑い」と言い、汗を拭きながらの作業だった。それもそのはず、目の前にはごうごうと燃え上がる炎があり、そこに鉄を沈めて機を見て取り出し、ハンマーで鍛えていくのだ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">”伸るか反るか”の作業</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter"><img decoding="async" src="/rnp/files/2012/02/1988_img02.jpg" alt=""/></figure></div>


<p>今回見学させていただいた作業はここまでだったが、刀身の完成までは精錬された鉄を刀の形に整え研いで行く作業が続く。その過程でできあがるのがまっすぐの刀。</p>



<p>「<span class="swl-marker mark_yellow">一番難しいのは、刀身を反らせる焼入れの作業です。1ヶ月かけて鍛錬した刀身に一瞬にしてヒビが入ることもある。いちかばちかの思い切った勝負。『伸るか反るか』という言葉は、ここから生まれたんですよ。</span>」と、天田収貞さん。<br>最後にお部屋へあがり、刀を手に取らせてもらった中田。 畳の上で正座をし、神妙な面持ち。どこかきりりと引き締まった雰囲気が漂っていた。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/1988/">伸るか反るか、刀剣の世界。「刀剣作家 天田昭次  天田収貞」／新潟県新発田市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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