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	<title>刀剣 - NIHONMONO</title>
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	<description>「にほん」の「ほんもの」を巡る旅マガジン</description>
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	<title>刀剣 - NIHONMONO</title>
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		<title>理想とする刀を打つために流派にとらわれない刀剣作家・宮入 法廣／長野県立科町</title>
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		<pubDate>Wed, 27 Jul 2022 10:36:39 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/07/main-8.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>長野県中部にある立科町（たてしなまち）のなだらかな平野を眼前に望む高台の一軒家から、カーンカーンと鉄を打ち鳴らす音が響く。その音が聞こえる暗室を覗けば、焼いた稲と粘土をまとった鉄のかたまりが鉄鎚で打たれるたび、真っ赤な火 [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/07/main-8.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>長野県中部にある立科町（たてしなまち）のなだらかな平野を眼前に望む高台の一軒家から、カーンカーンと鉄を打ち鳴らす音が響く。その音が聞こえる暗室を覗けば、焼いた稲と粘土をまとった鉄のかたまりが鉄鎚で打たれるたび、真っ赤な火の粉が飛び、舞散る、幻想的かつ雄々しい光景が目の前に飛び込んでくる。ここは、刀剣の分野にて最高賞である正宗賞をはじめ、高松宮賞や文化庁長官賞、薫山賞、全日本刀匠会理事長賞など、数多くの権威ある賞を獲得し、2011年には長野県無形文化財保持者にも認定された刀剣作家･宮入法廣（みやいりのりひろ）さんの鍛刀場。宮入さんは人間国宝の刀匠、宮入昭平さんを叔父に持ち、その弟にあたる父の清平さんも刀匠という環境に育ったためか、大学卒業後は自然と刀剣作りの道へと進んだ。</p>



<h2 class="wp-block-heading">刀剣作家･宮入法廣の誕生まで</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/07/kiji2-7.jpg" alt="" class="wp-image-31998"/></figure></div>


<p>刀剣作りというと、あまり馴染みがないが、いったいどのようにしたら、その職に就くことができるのだろうか。聞けば、刀工になるにはまず、文化庁が認定する技量や知識を測る準国家試験のような資格が必要となるのだそう。もちろん、パッと思いついて、すぐに認定してもらえるものではない。最低でも5年間、同じ師匠のもとで修行することが条件として定められている。宮入さんが師事したのは、石川県松任（現在の白山市）に鍛刀場を構える隅谷正峯さん。隅谷さんもまた人間国宝に認定されている。</p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/07/kiji3-7.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p>宮入さんが隅谷さんに師事するきっかけになったのは、大学の研修旅行で北陸地方を訪ねた際の隅谷さんとの出会いの中にある。隅谷さんの仕事を見せてもらうと、従来であれば、それぞれ専門の職人が分業して製作する鞘（さや）なども自ら作ってみるという創作意欲に驚かされたという。また、隅谷さんが弟子や周囲の人の声にしっかりと耳を傾ける姿に魅力を感じた。刀匠の一族として、常に三人くらいの弟子が修行をする環境に育ち、封建的な徒弟制度を目の当たりにしてきた宮入さんからは見えなかった新しい景色が見えた。そして同氏が名刺に使っていた肩書きには「刀匠」や「刀鍛冶」ではなく「刀剣作家」と書かれていた。その理由を問うてみると<span class="swl-marker mark_yellow">「昔からの技術の踏襲だけでは我々が目指している世界に到達することはできない。より一層の創作技術が必要である。その発展性を考えた時、作品を生み出す芸術家の資質が必要だ。よって『刀剣作家』と書いている。」</span>と答えた隅谷さんの作家としての強い意識に感銘を受け、弟子入りを志願。同氏のもとで５年間修行し、師の得意とする<span class="swl-marker mark_yellow">「隅谷丁子（すみたにちょうじ）」</span>と呼ばれる作風を踏襲した。</p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/07/kiji4-7.jpg" alt="" class="wp-image-32000"/></figure></div>


<p>良い師にめぐり逢い、良い技術を学ぶことも、この修業時代には大変重要だとされている。実際に宮入さんも隅谷さんのもとに住み込み、寝食をともにすることで作刀の方向性を見出すことができた。この住み込みで行う修行を古くから徒弟制度と呼び、技術継承には欠かせないシステムだったが、時代とともにこの制度は撤廃され、住み込みではなく師匠のもとへ通って修行するようなスタイルに変化した。それが大きな原因となり、著しく刀工の技術が低下したように感じると、宮入さんは嘆く。</p>



<p>素人の感覚では、住み込みじゃなくても同じ師匠のもとで学ぶのだから、そこまで差はないのではと思ってしまうのだが、<span class="swl-marker mark_yellow">作刀というのは常に先を読みながら仕事を行うことが良いものを作ることに繋がるとされるため、師匠のリズムや所作、一挙手一投足を間近で見て学ぶことが重要なのだという。</span>そのため、修行生活からこのフローが抜けるだけで、技術の習得には倍の時間がかかるようになると宮入さんは考える。しかし徒弟制度は変わっても“最低でも5年”というルールは変わらないから、技術の低下に歯止めがきかない。だからこそ宮入さんの弟子たちには5年以上かけてでも、自分が納得できるレベルまで成長できたと感じるまでは卒業を認めてこなかった。</p>



<h2 class="wp-block-heading">理想の刀剣を追い求めて</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/07/kiji5-5.jpg" alt="" class="wp-image-32000"/></figure></div>


<p>こうして古くから継承されてきた刀工の業。その技術に対する評価基準は、いかに古い刀剣に近い姿のものを再現できるかというもの。現代アートのように革新的なデザインが突然評価されるものではなく、<span class="swl-marker mark_yellow">刀剣が日常に在った古い時代の技術に則った形を表現できるかが重要になる。</span>業界では鎌倉時代の刀剣が最も優れていると言われている。しかしこの時代には、まだ地鉄として最もメジャーな“玉鋼”を使った刀剣はなく、素材にどのような地鉄を使っていたのかが明確になっていない。この時代の刀剣を再現するには、まず作刀で最も重要だと言われる地鉄の成分や精製方法をイメージするところからはじめなければならない。文献にもほとんど残っていない大昔のことだから、現代に伝えきれなかった技術があるということも十分に考えられる。しかし、それを探究することこそが刀匠としてのロマンだと話す宮入さんは刀工流派にはこだわらない。父･清平さんは、五大刀工流派のひとつである「相州伝」に倣っていたが、宮入さんはそれを引き継がなかった。</p>



<p>様々な流派の技術や考え方を学ぶことでそれぞれの持ち味が見えてくるし、目指している答えが明確になるのではないかと考えたのだ。</p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/07/kiji6-1.jpg" alt="" class="wp-image-32000"/></figure></div>


<p>もちろん技術を早く習得するためには、ひとつの流派をひたすら追求することも大切かもしれない。しかし、遠回りをして多くのことを学ぶことで、より見えてくるものもある。長野県無形文化財となった宮入さんが次に見据えるのは、古き良き刀剣を作るための地鉄の復元。</p>



<p>未だに尽きぬ探究心はその可能性を大いに広げ、いつの日か鎌倉時代に活躍した名匠の業をも超える名作を生み出すかもしれない。</p>






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		<title>「刀剣研磨」の技術と芸術性を伝える人間国宝·本阿弥光州さん／東京都大田区</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 25 Aug 2021 01:00:00 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2021/08/main-6.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>日本刀の価値を高めた本阿弥家 「本阿弥」という表札を見て、頭のなかで日本史の教科書をめくり直す。その名前に江戸時代に書家、陶芸家などとして活躍した本阿弥光悦を思い浮かべる人も多いだろう。東京都大田区の閑静な住宅街の一角に [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2021/08/main-6.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><h2 class="wp-block-heading">日本刀の価値を高めた本阿弥家</h2>



<p>「本阿弥」という表札を見て、頭のなかで日本史の教科書をめくり直す。その名前に江戸時代に書家、陶芸家などとして活躍した本阿弥光悦を思い浮かべる人も多いだろう。東京都大田区の閑静な住宅街の一角に佇む和風の一軒家の主は、<span class="swl-marker mark_yellow">本阿弥光洲。日本刀の鑑定、研磨を行う人間国宝（重要無形文化財保持者）だ。</span><br>「鎌倉時代は馬の上で戦うために長い太刀が主流でしたが、室町時代になると地上戦で短い刀が使われるようになりました。当時は新しい刀を作るのではなく、長い刀の刀匠名が入った部分を切って短くしたので、誰が作ったものか分からなくなったことから、鑑定という仕事が必要になったようです。刀は武士の位を示すものでしたから、どんな刀を持っているかということがとても重要だったんです」（本阿彌光洲さん）</p>



<p>本阿弥家は、初代の本阿弥妙本が足利尊氏の刀劍奉行を務めて以来、代々鑑定や研磨を手掛け、日本刀のプロデューサー役を担ってきた。<span class="swl-marker mark_yellow">「折り紙付き」という言葉があるが、この語源は本阿弥家が発行していた刀剣の鑑定書のこと。本阿弥家が鑑定した刀であるという証明がつくことで刀の価値が高まったことから、言葉が広がったのだ。</span>日本刀にはさまざまな刀姿・刃文があり、帽子、茎形、銘を鑑賞する、非常に高度な芸術性を持つ作品だ。一振りの日本刀が完成するまでには、刀鍛冶が玉鋼から鉄を叩き出し成形した後、研ぎ、彫り、拵（こしら）えと呼ばれる「鞘（さや）」や「柄（つか）」を整える工程など、実に多くの職人の手で分業されるのだが、その手配をするのが本阿弥家だという。本阿弥光悦の本職もこの刀剣の鑑定や研磨であったのだが、書画・陶芸・漆芸・作庭など多方面に芸術性を発揮したことや、徳川家康から拝領した京都鷹峰に多くの職人仲間などと移住して芸術村を作ったことなどから、文化人として歴史に名を残した。</p>



<p>現宗家である光洲さんもまた、優れた日本刀を世に送り出すだけでなく、国宝・重要文化財等に指定された数多くの刀剣の研磨も手掛けるなど、文化財の保存にも大きな役割を果たしている。</p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full"><img decoding="async" width="640" height="426" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2021/08/kiji2.jpg" alt="" class="wp-image-30335" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2021/08/kiji2.jpg 640w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2021/08/kiji2-300x200.jpg 300w" sizes="(max-width: 640px) 100vw, 640px" /></figure></div>


<h2 class="wp-block-heading">丁寧に作り上げた一点ものの刀</h2>



<p>光州さんの工房では、シュッシュッという刀を研ぐ音が響いている。板張りで北窓になった研磨作業のための部屋は、静謐で神聖な空気に包まれていており、全国の美術館や収集家が持つ名刀が研磨されるのを待っている。<br>「本阿弥家ならではの研ぎ方があるんですか？」（中田）<br>「<span class="swl-marker mark_yellow">代々伝えられているのは、『地鉄は秋の澄んだ空のように青黒くしなさい。刃文は松に積もった雪のようにふんわりと研ぎなさい』ということ。</span>技術自体はずっと変わっていません。いわゆる秘伝の技のようなことはいくつかありますが、大切なのはもともとその刀が持っているいいところをいかに引き出すかだと思っています」（本阿彌光洲さん）<br>光州さんの研磨は、現代の刀匠の個性や作風に合わせて見どころを強調しながら各工程を丁寧に進め、それぞれの刀剣の美点を最大限に活かして完成させるものとして、高い評価を得ているという。</p>



<p>自然の光で刃文を確認し、天然の砥石だけを使って刃を研ぐ。光り輝く日本刀を見ると、そこに宿る武士の魂まで生き返ったように感じるのは、私だけではないはずだ。</p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full"><img decoding="async" width="640" height="426" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2021/08/kiji3.jpg" alt="" class="wp-image-30336" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2021/08/kiji3.jpg 640w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2021/08/kiji3-300x200.jpg 300w" sizes="(max-width: 640px) 100vw, 640px" /></figure></div>

<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full"><img decoding="async" width="640" height="426" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2021/08/kiji4.jpg" alt="" class="wp-image-30337" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2021/08/kiji4.jpg 640w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2021/08/kiji4-300x200.jpg 300w" sizes="(max-width: 640px) 100vw, 640px" /></figure></div><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/30332/">「刀剣研磨」の技術と芸術性を伝える人間国宝·本阿弥光州さん／東京都大田区</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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