<?xml version="1.0" encoding="UTF-8"?><rss version="2.0"
	xmlns:content="http://purl.org/rss/1.0/modules/content/"
	xmlns:wfw="http://wellformedweb.org/CommentAPI/"
	xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/"
	xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom"
	xmlns:sy="http://purl.org/rss/1.0/modules/syndication/"
	xmlns:slash="http://purl.org/rss/1.0/modules/slash/"
	>

<channel>
	<title>京都府 - NIHONMONO</title>
	<atom:link href="https://nihonmono.jp/tag/%e4%ba%ac%e9%83%bd%e5%ba%9c/feed/" rel="self" type="application/rss+xml" />
	<link>https://nihonmono.jp</link>
	<description>「にほん」の「ほんもの」を巡る旅マガジン</description>
	<lastBuildDate>Fri, 09 May 2025 05:37:13 +0000</lastBuildDate>
	<language>ja</language>
	<sy:updatePeriod>
	hourly	</sy:updatePeriod>
	<sy:updateFrequency>
	1	</sy:updateFrequency>
	<generator>https://wordpress.org/?v=6.8.5</generator>

<image>
	<url>https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2021/06/cropped-favicon-32x32.png</url>
	<title>京都府 - NIHONMONO</title>
	<link>https://nihonmono.jp</link>
	<width>32</width>
	<height>32</height>
</image> 
	<item>
		<title>星つきの料理人たちが求める幻の白子筍。その最上級を追求する「たけのこ旬一」／京都府京都市</title>
		<link>https://nihonmono.jp/article/49131/</link>
					<comments>https://nihonmono.jp/article/49131/#respond</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 18 Aug 2024 00:52:19 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[京都府]]></category>
		<category><![CDATA[ブランド野菜]]></category>
		<category><![CDATA[星付き]]></category>
		<category><![CDATA[筍]]></category>
		<category><![CDATA[白子筍]]></category>
		<category><![CDATA[最高級たけのこ]]></category>
		<category><![CDATA[たけのこ旬一]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://nihonmono.jp/?p=49131</guid>

					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/459873c2979e268017aa42da922895e4.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>春の味覚の王様ともいわれる、たけのこ。奈良時代に書かれた「古事記」にも登場するほど、古くから日本人に親しまれてきた食材だ。中でも京都府でとれる「白子筍（しろこたけのこ）」は、その希少性から“幻のたけのこ”と呼ばれる一級品 [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/49131/">星つきの料理人たちが求める幻の白子筍。その最上級を追求する「たけのこ旬一」／京都府京都市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/459873c2979e268017aa42da922895e4.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>春の味覚の王様ともいわれる、たけのこ。奈良時代に書かれた「古事記」にも登場するほど、古くから日本人に親しまれてきた食材だ。中でも京都府でとれる「白子筍（しろこたけのこ）」は、その希少性から“幻のたけのこ”と呼ばれる一級品。オリジナルの栽培方法で最上級の白子筍を追い求める「<a href="https://takenokosyunichi.com/" target="_blank" rel="noopener" title="">たけのこ旬一</a>」の職人技に迫った。</p>



<h2 class="wp-block-heading">京都が誇るブランドたけのこ「白子筍」</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/batch__86A3669.jpg" alt="" class="wp-image-49133" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/batch__86A3669.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/batch__86A3669-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/batch__86A3669-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>たけのこの名産地として知られる京都だが、生産量は福岡県、鹿児島県につぐ全国3位。シェアでいうと全体の1割程度と決して多くはないが、それでも京都のたけのこが特別とされる理由が二つある。</p>



<p>まずひとつ目は、土。粒子が細かい粘性質の土は、まるでアスファルトを敷いたかのようにたけのこを地中に長くとどまらせ、じっくりと時間をかけて育てる。たけのこは空気や光にふれると急速に生長して硬くなり、エグ味も増すため、空気や光を通しにくい粘土質の土壌は甘く柔らかいたけのこを育てるのに最適だ。二つ目は、かつて都があったことに由来する、京都独自の栽培法が確立されていること。竹林に藁を敷き詰めたり、その上からまた土を被せたり。どうすればよりおいしく美しいたけのこができるのか、長い歴史の中で先人たちが試行錯誤を重ねながらたけのこづくりに取り組んできた。その結果できたのが、京都が誇るブランドたけのこ、白子筍だ。白<span class="swl-marker mark_yellow">子筍は、土をかぶせて日光に当てずに育てるため純白で柔らかく、それでいてシャキシャキとした食感が魅力。非常にめずらしく、栽培に手間がかかることから“幻のたけのこ”とも呼ばれている。 </span></p>



<p>その中でも、洛西地区の塚原というエリアで生産される「塚原産」のたけのこは、白子筍の最上級。柔らかな肉質とエグ味のない上品な味わいが特徴で、一般にはほとんど流通しないほど、特に高いブランド価値を誇っている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">肥料や除草剤への疑問からオリジナルの道へ</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/batch__86A3735.jpg" alt="" class="wp-image-49132" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/batch__86A3735.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/batch__86A3735-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/batch__86A3735-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p><span class="swl-marker mark_yellow">白子筍は一般的なたけのこと比べて非常にやわらかいため、注意して掘らないとすぐに崩れてしまう。そもそも地中に留まって成長する白子筍を探し当てること自体、至難のわざ。</span>収穫だけでも大変な手間のかかるたけのこづくりに、「やるからには、とことんしなければ気が済まない」とさらなる心血を注ぐのが「たけのこ旬一」の田原一樹さんだ。</p>



<p>「農家としてたけのこをつくっていた祖父の手伝いがきっかけで小学5年生の頃から竹薮に入って、今年で42歳です。最初のうちは、初めてのことばかりで何もかもが楽しくて。それが高校生くらいになってくると『何のためこの肥料を使うんだろう？』『なぜ除草剤をやるんだろう？』と疑問を持つようになりました。祖父に聞いても『ずっとこれでやってきたから間違いない』と言われるだけ。疑問は解消されないまま自分で試してみたいことがどんどん増えていって、20歳の時に独立しました」</p>



<p>肥料を買うお金もなく、祖父から譲り受けた軽トラ一台からのスタート。同時に、たけのこだけで食べていくのは難しいと考え、農業の合間でも働ける鍼灸マッサージ師の免許を取ろうと東洋医学を学んだ。その勉強がきっかけで、口に入れるものがどれだけ体に影響を与えているかを知り、肥料や土について一から考え直す日々が始まった。</p>



<h3 class="wp-block-heading">失敗を重ね、自慢の竹林へ</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/batch__86A3767.jpg" alt="" class="wp-image-49134" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/batch__86A3767.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/batch__86A3767-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/batch__86A3767-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>化学肥料に頼らず、身の回りのもので代用できないか。そう考えながら市場にある蕎麦屋で食事をしていた時、「このおいしい出汁を、たけのこにも食べさせられないだろうか」と思い立つ。すぐにどんな材料を使っているのかを尋ね、出汁をとった後の昆布や削り節を分けてもらった。他にも豆腐店からおからをもらって撒いてみたり、市場にあるマグロ専門店から廃棄される部位を譲り受けて肥料をつくったり。「本当においしい」と思えるものに出会った時はいつも、たけのこづくりに活かせないか考えるようになった。</p>



<p>「他のたけのこ農家さんからは、『変わったことやってるな』『そんなもの入れて何になるんだ』と言われ続けてきましたが、勉強するにつれて、このやり方が理にかなっていることもわかってきました。山には海のものが足りないから、ミネラルやアミノ酸を多く含んだ魚、昆布、貝殻などを土に混ぜることで、栄養が豊富な土になる。除草剤を使っていないので、草も普通に生えてきて草刈りが大変です」</p>



<p>時には失敗もしながら、それでも自分の納得できるものをつくりたい一心で挑戦を続けてきた。一流のたけのこは一流の料理人に使ってもらいたいと、ミシュランガイドを開いては電話をかけ続けた。無名の若者からの突然の売り込みは相手にされないことがほとんどだったが、たとえ気まぐれでも一度買ってもらえると手応えは良く、「おいしかった」「次はいつ買える？」と言われることがよくあった。そんなやり取りを繰り返すうちに料理人同士の口コミで引き合いが増え、今では全国のミュシュラン星つき料理店で田原さんのたけのこが提供されている。</p>



<h3 class="wp-block-heading">収穫後のたけのこは鮮度が命</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/batch__86A3677.jpg" alt="" class="wp-image-49135" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/batch__86A3677.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/batch__86A3677-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/batch__86A3677-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>たけのこ旬一のもうひとつのこだわりが、“鮮度”だ。たけのこは成長が早い分、劣化も早い。｢朝掘ったらその日のうち食べろ｣と言われるほどで、時間がたつほどえぐみが増し、常温で置いておくとすぐに硬くなってしまう。「できる限り良い状態で、お客さまに届けたい」そう考えた田原さんが導入したのが、朝掘りを新鮮なまま運べる保冷蔵車だ。「たけのこには乾燥と日光が大敵です。掘りたてを店先に並べて売るなんて、新鮮な魚を日光の下に並べて常温で売っているようなもの」と田原さん。採った後の品質管理まで徹底するのが、生産者としての責任だと話す。</p>



<p>現在、生のたけのこは料理店への直販のみ。新鮮なまま発送され、クール便で届けられたたけのこは「エグ味が少なく甘みが強い」「生でかじるとフルーツのよう」と評判だ。</p>



<h2 class="wp-block-heading">おいしいたけのこを、より多くの人に届けたい</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/batch_recipe-img01.jpg" alt="" class="wp-image-49143" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/batch_recipe-img01.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/batch_recipe-img01-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/batch_recipe-img01-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>一般の人にとってたけのこは、何枚もの皮を剥いて、湯がいてアク抜きまでしないと食べられない面倒な食材。たけのこ旬一の味を少しでも多くの人に届けたいという思いで始めたのが、「たけのこ水煮」の通信販売だ。朝採れのたけのこが新鮮なまま水煮になって届くとあって、在庫ができてはすぐに売り切れる人気商品となった。</p>



<p><span class="swl-marker mark_yellow">たけのこのアク抜きは通常2時間ほどかかると言われているが、田原さんのたけのこは40分。生のままでも柔らかくえぐみが少ないので茹で時間が短縮でき、その分たけのこらしいシャキシャキとした食感が残っているのが、おいしさの秘訣だ。</span></p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/batch_top-slider09.jpg" alt="" class="wp-image-49144" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/batch_top-slider09.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/batch_top-slider09-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/batch_top-slider09-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>2024年からは、3種の味が楽しめる「筍アヒージョ」の販売も開始した。何度も試作を重ねてたけのこに合うオイルや食材を厳選し、京丹後で水揚げされた魚介、青森産のニンニク、国産の鷹の爪など、素材にこだわって完成した商品だ。自慢のたけのこは、食感を楽しんでもらえるよう大きめにカットしてふんだんに使用した。和食のイメージが強いたけのこを洋風にアレンジして若い人にも食べてもらえるように、オイル漬けにすることで保存期間を延ばし、より気軽に手に取ってもらいたいという思いが込められている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">努力次第で、農業は夢のある世界に変わる</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/batch_history-img10.jpg" alt="" class="wp-image-49146" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/batch_history-img10.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/batch_history-img10-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/batch_history-img10-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>古くから私たちの身近にあったたけのこだが、夏の高温と雨不足の影響で、収穫量はかつての半分にまで減っているそうだ。でもそこは、努力と手間暇を惜しまずたけのこと向き合ってきた田原さん。「環境の変化を言い訳にしたくない」と、数年前からスプリンクラーでの水やりを始め、不作と言われ続ける中でも一定の収量を確保しているという。広大な竹藪にニガリを混ぜた水をやるなど、たけのこ業界では前代未聞。それでもチャレンジを続けるのは、「夢があるから」だと話す。</p>



<h3 class="wp-block-heading">値段に見合った価値を提供する努力</h3>



<p>「僕は、たけのこと並行して鍼灸マッサージ師の仕事があるので、たけのこが採れる3月下旬から5月上旬以外の時期でも食べていける。でも本当は、たけのこだけで食べていける未来をつくるのが目標です。実際に外に目を向ければ、放置竹林も多いし、重労働ゆえ担い手も減っている。それに伴って収量も年々減少しているし、もしかすると数年後には、たけのこがテーブルに並ばなくなる可能性だってありえる。だからこそ、<span class="swl-marker mark_yellow">相場に任せて値付けされてしまうのではなく、こだわりや努力をちゃんと対価として受け取れるような仕組みづくりを目指していきたいと思ってるんです。そのためにしっかり値段をつけてたけのこの価値を上げているし、その値段に見合う努力もしています。自分の努力次第で、農業は夢のある世界に変わることを次の世代に見せたいと思っています</span>」</p>



<p>そのためにもっと知りたいこと、試してみたいことがまだまだたくさんあるという田原さん。たけのこの世界から、今後はどんなニュースが聞こえてくるだろう。そこに田原さんの名前を見つけるのが、今から楽しみだ。</p>


<div class="swell-block-postLink">			<div class="p-blogCard -external" data-type="type3" data-onclick="clickLink">
				<div class="p-blogCard__inner">
					<span class="p-blogCard__caption">NIHONMONO &#8211; 「にほん」の「ほんも&#8230;</span>
					<div class="p-blogCard__thumb c-postThumb"><figure class="c-postThumb__figure"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/11/8394_main.jpg" alt="" class="c-postThumb__img u-obf-cover" width="320" height="180"></figure></div>					<div class="p-blogCard__body">
						<a class="p-blogCard__title" href="https://nihonmono.jp/article/8394/" target="_blank" rel="noopener noreferrer">京料理を支える「京野菜」の存在 京野菜農家·樋口昌孝さん／京都府京都市 &#8211; NIHONMONO</a>
						<span class="p-blogCard__excerpt">栄養価の高い京野菜 市場に出回らない野菜 野菜農家の14代目として活躍する樋口昌孝さんの作る野菜は、一般の市場</span>					</div>
				</div>
			</div>
		</div><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/49131/">星つきの料理人たちが求める幻の白子筍。その最上級を追求する「たけのこ旬一」／京都府京都市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
					<wfw:commentRss>https://nihonmono.jp/article/49131/feed/</wfw:commentRss>
			<slash:comments>0</slash:comments>
		
		
			</item>
		<item>
		<title>庭をつくり、はぐくみ、時間までデザインする。南禅寺御用庭師「植彌加藤造園株式会社」／京都府京都市</title>
		<link>https://nihonmono.jp/article/49091/</link>
					<comments>https://nihonmono.jp/article/49091/#respond</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 17 Aug 2024 03:00:23 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[南禅寺]]></category>
		<category><![CDATA[京都市]]></category>
		<category><![CDATA[日本庭園]]></category>
		<category><![CDATA[回遊式庭園]]></category>
		<category><![CDATA[造園]]></category>
		<category><![CDATA[智積院]]></category>
		<category><![CDATA[国宝.重要文化財]]></category>
		<category><![CDATA[庭園]]></category>
		<category><![CDATA[京都府]]></category>
		<category><![CDATA[東本願寺]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://nihonmono.jp/?p=49091</guid>

					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/batch_24_0509_364_edited.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>嘉永元年（1848年）創業の「植彌加藤造園株式会社（うえやかとうぞうえんかぶしきがいしゃ）」。京都府京都市左京区に本社を構え、170年以上続く歴史の中で、国の名勝に指定されている南禅寺方丈庭園をはじめ、東本願寺の飛び地境 [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/49091/">庭をつくり、はぐくみ、時間までデザインする。南禅寺御用庭師「植彌加藤造園株式会社」／京都府京都市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/batch_24_0509_364_edited.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>嘉永元年（1848年）創業の「<a href="https://ueyakato.jp/" target="_blank" rel="noopener" title="">植彌加藤造園株式会社</a>（うえやかとうぞうえんかぶしきがいしゃ）」。京都府京都市左京区に本社を構え、170年以上続く歴史の中で、国の名勝に指定されている南禅寺方丈庭園をはじめ、東本願寺の飛び地境内地である渉成園や東山第一と賞賛される同市東山区の智積院の庭園、近年では星野リゾートの最上位ブランドである星のや京都の庭園など、名だたる名園を手掛けてきた。同社の8代目を務めるのは京都芸術大学にて日本庭園分野の教授としても教鞭を執る加藤友規さんだ。</p>



<h2 class="wp-block-heading">経年変化までデザインするランドスケープアーキテクト</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/batch_24_0509_312.jpg" alt="" class="wp-image-49092" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/batch_24_0509_312.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/batch_24_0509_312-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/batch_24_0509_312-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>加藤さんは、京都市にて神社仏閣の庭園を中心に、日本庭園の作庭や育成管理を行う造園業の家に生まれ育った。初代加藤吉兵衛が創業し、南禅寺の御用庭師を務めて以降、8代に続き造園業を営んできた名門だ。特に前述した南禅寺との関わりは深く、5代目の次郎氏の頃には、息子である彌寿推氏･末男氏とともに国宝に指定されている南禅寺･小方丈に面する西側庭園（如心庭）や北側庭園（六道庭）を、彌寿推氏が6代目を継いでからは、同寺院の華厳庭を作庭した。そんな、偉大なる祖父や父の背中を見て育った加藤さんが造園の道を志すのは当然のこと。</p>



<p>千葉大学園芸学部で学んだ後、家業に入り、20代からずっと造園業に携わってきた。現在では、京都芸術大学で庭園研究の指導に取り組むほか、国内外で多数講演を行い、造園分野に於いて権威ある賞と言われる「日本造園学会賞」をはじめ、受賞歴も多数。まさに仕事の範疇を越え、日本の造園学の発展に貢献する、この分野のエキスパートだ。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/batch_24_0509_372.jpg" alt="" class="wp-image-49093" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/batch_24_0509_372.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/batch_24_0509_372-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/batch_24_0509_372-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>加藤さんは造園業に従事する際、常に心がけていることがある。それが、庭園の個性を最大限に活かし、経年変化までデザインすること。<span class="swl-marker mark_yellow">神社仏閣の多い京都に居を構える造園業として代々培ってきた伝統的な作庭や育成管理の技術に加え、CAD（コンピュータ上で製図を行うためのツール）を用いたデザイン敷石ユニット工法なども積極的に取り入れることで、日本庭園はもとより、近代建築の庭でもそれを表現している。</span></p>



<h3 class="wp-block-heading">つくる、そしてはぐくむ。造園業のあり方</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/batch_24_0509_330.jpg" alt="" class="wp-image-49094" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/batch_24_0509_330.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/batch_24_0509_330-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/batch_24_0509_330-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>加藤さんが心がける「経年変化までデザインする」というのは、主に植物の手入れのことを指す。<br>これを定義した加藤さんは、<span class="swl-marker mark_yellow">庭という空間をゼロからデザインする作庭の重要性を加味したうえで、造園業に於いてはオーナーの想いやその庭園の個性を読み取り、長い時間をかけて景色を育んでいく育成管理がより大きいウェイトを占める</span>と考えている。</p>



<p>ちなみに<a href="https://ueyakato.jp/" target="_blank" rel="noopener" title="">植彌加藤造園株式会社</a>では、庭園の育成管理のことを「フォスタリング」と呼ぶ。その語源は「foster＝育てる･養育する」で、同社では樹木の姿をただ維持するのではなく「景色を育成することこそ真の管理である」、という意味合いを込めて、このように呼んでいるのだそう。</p>



<h2 class="wp-block-heading">重要文化的景観の在る地域に根ざして</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/batch_24_0509_366.jpg" alt="" class="wp-image-49095" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/batch_24_0509_366.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/batch_24_0509_366-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/batch_24_0509_366-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>そんな植彌加藤造園の育成管理を語るうえで欠かせないのが初代の頃から携わってきた南禅寺の各庭園だろう。なかでも特別公開などのタイミング以外では一般に向けた公開を行っていない「大寧軒（だいねいけん）」の庭園は、池泉回遊式庭園と呼ばれる池を中心に景観を観て回るスタイルで、石や岩で水の流れを表現した枯山水や、茶室に入るための通路として設けられた簡素な造りの露地庭園とはちがった、水の流れや植物が美しい自然の景観が豊かな庭。植彌加藤造園株式会社が代々育成管理に携わってきた同社きっての自慢の庭だ。<br>もちろん加藤さん自身も職人見習いの頃から大寧軒と関わり、ここで先輩たちが行う仕事を手本として、植物や自然景観のはぐくみを学んできた。</p>



<p>そもそも南禅寺の周辺は「京都岡崎の文化的景観」として、地域全体が重要文化的景観に選定されているほど、伝統的な建築と美しい庭園が多いエリア。<br></p>



<p>その理由として大きいのが、明治4（1871）年、窮迫する幕府財政を補強するために大名や旗本の領地を取り上げようと公布された上知令だ。<br>これによって社寺が持つ広大な領地が召し上げられ、約20万坪ほどあった南禅寺の敷地も同様に公有地化された。そこに第3代内閣総理大臣を務めた山縣有朋が別荘「無鄰菴（むりんあん）」を建て、明治23（1890）年に京都側へ引かれた琵琶湖疏水を利用し、躍動的な水の流れを加えた自然豊かな日本庭園を作庭。<br>眼前に望む東山の借景も相まって、まるで自然を切り取ったような景観に当時の人々は強く惹かれたという。それを皮切りに同エリアでは、現代風に謂うところの“近代日本庭園付き高級分譲住宅”の需要が拡大。旧財閥家や大企業の社長など、富裕層の別荘が急増し、後に名園と称される庭園が多くつくられた。</p>



<p>このような場所で修行に励み、研鑽を積んできた加藤さん。長年に渡る経験から得た、この地に根ざす造園業ならではの知見も山ほどある。</p>



<h3 class="wp-block-heading">庭の持つ個性と向き合い、寄り添う</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/batch_24_0509_324.jpg" alt="" class="wp-image-49096" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/batch_24_0509_324.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/batch_24_0509_324-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/batch_24_0509_324-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>というのも京都には個性が際立つ庭が多い。上方として古くからの文化人も多く、その歴史ごとの文化、地形や季節など、その組み合わせの数だけオリジナリティもあるという。<br>何百年も前に作庭され、作庭者がすでにこの世を去っているケースもあるから、育成管理だけを任されることも多い。</p>



<p>その際、<span class="swl-marker mark_yellow">加藤さんは作庭時から現在に至るまでの歴史の中でその庭が最も美しかった頃、つまるところの“黄金期”を見つけるよう心がけている。この庭にはどのような黄金期があって、それをどのように表現し、育成するのがベストなのかを考えるという。</span><br>また、作庭にはお茶や生け花のような流派はないが、その時代ごとの生活様式が反映されていることが多いから、その意図を読み取ることができれば再現性も高まる。<br>例えば禅の時代にはその思想が反映された飾り気のないストイックな庭が好まれ、一方、安土桃山時代には時の権力者の威厳を示すように豪壮で絢爛な庭が好まれた。もちろん社寺の宗派によってもスタイルはさまざま。<br>これらの要素を踏まえながら、先人の仕事に敬意をもって寄り添うことでインスピレーションが湧いてくるんだとか。</p>



<h2 class="wp-block-heading">代々受け継ぐ「あんじょうよろしゅう」のマインド</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/batch_24_0509_380.jpg" alt="" class="wp-image-49097" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/batch_24_0509_380.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/batch_24_0509_380-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/batch_24_0509_380-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>では、こうした知見や技術はどのように受け継がれてきたのだろうか。<br>加藤さんも日本最古の作庭書である「作庭記」をはじめ、造園に関する文献はひととおり読み漁ってきたが、仕事をする上での基本的な学びは先代、先々代の頃から変わらず、ほとんど口伝。</p>



<p><span class="swl-marker mark_yellow">松の葉ひとつにしても「ここをこのように剪定すれば、成長過程でこのように開いていく」など、経験に基づいた感覚を口頭や身振り手振りで先輩から伝え聞き、それを実践していく。修行時代には「伝統から学ぶ、仲間から学ぶ」をキーワードとして意識し、文字にできないことをフィーリングで感じ取っていたという。</span><br>現代社会では、明確な基準もなく仕事をするなんて時代遅れだと言われるかもしれないが、これは造園業に限らず、日本のものづくり全般に言えることだと理解している。<br>先輩からの「あんじょうよろしゅう＝いい感じに仕上げなさい」を自分なりに分析し、日々の仕事に励んできた。</p>







<h2 class="wp-block-heading">伝統技術にハイテクを取り入れ、日本庭園は未来へ、そして海外へ</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/batch_24_0509_321.jpg" alt="" class="wp-image-49098" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/batch_24_0509_321.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/batch_24_0509_321-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/batch_24_0509_321-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>近年では、海外のクライアントも増えてきた。とはいえ、外国人が日本庭園に興味を持つようになったのは今に始まったことではない。<br>安土桃山時代には日本で布教活動を行っていたポルトガル人宣教師のジョアン･ロドリゲスが堺の日本庭園を訪れた際に耳にした「市中の山居」という言葉を文献に残した。当時大変栄えた大都市のど真ん中に、まるで山中かと錯覚するような景観を庭で表現してしまう日本ならではの美の概念を賞賛したという逸話だ。<br>現在でも、世界中でその美意識が高く評価されているからこそ、先人の教えを守って地形や方位を読み取り、日本の固有種が育たない海外の地ではその土地の草木を使い、日が昇る方角や気候を取り入れ、ジャパンクオリティを追求した日本庭園を作庭している。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/batch_24_0509_364_edited.jpg" alt="" class="wp-image-49099" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/batch_24_0509_364_edited.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/batch_24_0509_364_edited-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/batch_24_0509_364_edited-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>このように、伝統を重んじる加藤さんだが、現代のテクノロジーを邪険にしているわけではない。<br>むしろ最新技術が造園業にもたらした恩恵もある。<br>例えば、<span class="swl-marker mark_yellow">重機によって従来よりもはるかに少人数かつ短期間で庭をつくることができるようになったし、測量機の活用によって発掘された古い時代の庭園も景石の取り外し後、再設置時のズレを10㎜未満に抑える精度の高い復元が可能になった。</span>従来は庭石ひとつでも完璧にもとあった場所に戻せなければ「文化財の破壊」と言われてしまったが、現代の技術と伝統技法を組み合わせることで、その課題は解決できる。</p>



<p>夢窓疎石（むそうそせき）や小堀遠州（こぼりえんしゅう）など、加藤さんが尊敬してやまない旧時代の名だたる庭の賢人たちにもできなかったことができるようになったわけだから、最新鋭の技術だって素晴らしいとは感じる。</p>



<p>ただ、なんでもかんでもそれに頼ってしまうのは伝統技術の損失にも繋がりかねないし、日本庭園に携わる以上は、高度成長期以前の古い作庭技法も大切にしたいとも思う。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/batch_24_0509_322.jpg" alt="" class="wp-image-49100" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/batch_24_0509_322.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/batch_24_0509_322-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/batch_24_0509_322-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>







<h2 class="wp-block-heading">伝統とノウハウを未来へ。後世に繋ぐバトン</h2>



<p>加藤さんは常々「伝統を重んじつつ、できる限り革新的なチャレンジもしていきたい。」と考えている。</p>



<p>現代では革新的なチャレンジだったことも、それが100年後に伝統技術と呼ばれるようになっていたら、後世に何かを残せたことになるんじゃないか、というポジティブ思考だ。<br>職人として完全燃焼することも大事だが、自分が生涯をかけて積んできたものを後世に継承していけたらもっと良い。幸いにも現在、伝統産業に興味を持ち、造園業に就きたいと手を挙げてくれる若者たちが増えてきた。</p>



<p>そんな令和の職人たちの心意気も大切にしながらも、<span class="swl-marker mark_yellow">次代へ繋ぐためには若者でも理解しやすい仕組みへとアップデートすることも必要だと考え、会社全体でSECIモデル（個人が持つ知識や経験を組織全体へ共有するフレームワーク）の実践にも取り組んでいる。</span></p>



<p>「あんじょうよろしゅう」と声を掛けつつ、現代の若者にも寄り添ったやり方も交えて自分がこれまで学んできた伝統的な技術や知見、想いまでを余すことなく伝えることで、造園という仕事を通して、京都ならではの自然が織りなす景観美、歴史文化まで後世に残していけるよう、力を注いでいる。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/49091/">庭をつくり、はぐくみ、時間までデザインする。南禅寺御用庭師「植彌加藤造園株式会社」／京都府京都市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
					<wfw:commentRss>https://nihonmono.jp/article/49091/feed/</wfw:commentRss>
			<slash:comments>0</slash:comments>
		
		
			</item>
		<item>
		<title>現代の住まいに合った急須を作る。京焼・清水焼作家の中村譲司さん/京都府京都市</title>
		<link>https://nihonmono.jp/article/35039/</link>
					<comments>https://nihonmono.jp/article/35039/#respond</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 03 Feb 2023 01:00:01 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[京都市]]></category>
		<category><![CDATA[京焼]]></category>
		<category><![CDATA[清水焼]]></category>
		<category><![CDATA[五条坂]]></category>
		<category><![CDATA[急須]]></category>
		<category><![CDATA[陶芸家]]></category>
		<category><![CDATA[京都府]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://nihonmono.jp/?p=35039</guid>

					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/2DS0598_atari-1024x682.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>湯呑み茶碗に比べて、お気に入りの急須を見つけるのは案外難しい。そんな中ひそかな人気を集めているのが、陶芸展での入賞経験が多く、アート作品の制作も行う京焼・清水焼作家の中村譲司さんの急須だ。中村さんの器は、どれも現代の住ま [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/35039/">現代の住まいに合った急須を作る。京焼・清水焼作家の中村譲司さん/京都府京都市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/2DS0598_atari-1024x682.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>湯呑み茶碗に比べて、お気に入りの急須を見つけるのは案外難しい。そんな中ひそかな人気を集めているのが、陶芸展での入賞経験が多く、アート作品の制作も行う京焼・清水焼作家の中村譲司さんの急須だ。中村さんの器は、どれも現代の住まいになじむデザインが重視されている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">大学進学を機に、大阪から京都へ。在学中から陶芸展に入選</h2>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/2DS0569_atari-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-35047" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/2DS0569_atari-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/2DS0569_atari-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/2DS0569_atari-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/2DS0569_atari.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /><figcaption class="wp-element-caption"><em>/</em></figcaption></figure>



<p>大阪府出身の中村譲司さんは、美術系の高校を卒業後、京都精華大学芸術学部で陶芸を学ぶため、18歳で京都に来た。大学卒業後は京都府宇治市炭山で陶芸家の河島浩三氏・喜信氏のもとに弟子入りし、3年間住み込みで修業に励んだ。<strong>器などの実用的な陶芸のノウハウを身につけたこの期間は、自身にとって重要な原点だった</strong>と振り返る。</p>



<p>中村さんは<strong>大学在学中から、陶芸家の登竜門と位置づけられている朝日陶芸展に入選</strong>する実力の持ち主で、修業期間中もいくつかの公募展で入選・入賞を果たしている。本来、弟子入り期間中は展覧会への出品が禁じられているそうだが、空き時間さえあれば制作に打ち込み、作品を作り続ける中村さんの熱心さを見て師匠たちも黙認してくれていたという。</p>



<p>その後、京都市山科区の清水焼団地や母校・精華大学の非常勤講師の仕事と並行して主にアート作品の制作を行っていた期間を経て、中村さんは<strong>2012年、清水焼発祥の地としても知られる五条坂に、アート制作とは別に実用品の生産ラインとして稼働する工房「G-studio」を設立</strong>。結婚を機に実用品も手がけていこうと決めたのだというが、結果、中村さんの作風の幅はより広がっていくことになる。</p>



<h2 class="wp-block-heading">京焼・清水焼の中心地に工房を構える</h2>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/2DS0504_atari-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-35050" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/2DS0504_atari-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/2DS0504_atari-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/2DS0504_atari-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/2DS0504_atari.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>中村さんが工房を構えた京都市東山区にある<strong>五条坂</strong>界隈は、江戸時代半ば頃から清水坂とともに清水寺の門前として栄えた地域で、参拝客への土産物として焼き物が生産・販売されていた。柳宗悦らとともに民藝運動家として活躍した陶芸家・河井寛次郎が拠点としていたのも五条坂だ。</p>



<p>自分の工房を構えるなら、五条坂周辺で。中村さんは独立前からそう決めていたという。<strong>他府県出身で、窯元の跡取りでもない新参者だからこそ、京焼・清水焼の中心地でやる</strong>。「五条坂」という選択には、京都の作家として生きていくのだという覚悟が込められていた。</p>



<p>実際、この地を拠点としたことで、多くを学べたという。</p>



<p>周囲にも陶芸家が多く、<strong>いろいろな作家とのつながり</strong>ができただけでなく、ホテルやゲストハウスが建ち並んでいるこのエリアでは、<strong>国内外からの観光客と関わる機会</strong>も多かった。そこで得た刺激や気づきから、新たな作品が生まれることも。<strong>いまや中村さんの代表作となっている茶器も、そうしたきっかけから作られた</strong>。</p>



<h2 class="wp-block-heading">中国人観光客がきっかけで始めた茶器の制作</h2>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="680" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/IMGP2138-fushimisatoshi-1024x680.jpg" alt="" class="wp-image-35059" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/IMGP2138-fushimisatoshi-1024x680.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/IMGP2138-fushimisatoshi-300x199.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/IMGP2138-fushimisatoshi-768x510.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/IMGP2138-fushimisatoshi.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>インバウンドが活況だった頃、世界各地から訪れる観光客の中でも特に目立っていたのが中国人の姿だった。それならと中国茶を淹れる<strong>茶器</strong>を作ってみたところ、中国人観光客はもちろん日本人にも好評だった。以来、<strong>急須は中村さんの代表作のひとつとなった</strong>。</p>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="768" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/b64307f69919ce565fbf5889ef94831f-1024x768.jpg" alt="" class="wp-image-35068" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/b64307f69919ce565fbf5889ef94831f-1024x768.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/b64307f69919ce565fbf5889ef94831f-300x225.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/b64307f69919ce565fbf5889ef94831f-768x576.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/b64307f69919ce565fbf5889ef94831f.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /><figcaption class="wp-element-caption">白翠結晶銀彩急須</figcaption></figure>



<p>とりわけ特徴的なのは、その大きさ。<strong>中国茶の急須をほうふつとさせる、一般的な急須よりも一回り近く小ぶりなサイズ</strong>は、「寒い日の休憩時間に、1杯だけ淹れるのにちょうどいい急須が欲しい」と思っていたことから生まれたそうだ。大きな急須で1杯分を淹れるのは難しく、お茶っ葉も無駄になってしまうので、重宝しているという。</p>



<p>「<strong>白翠結晶急須（はくすいけっしょうきゅうす）</strong>」「<strong>覆黒銀彩急須（ふっこくぎんさいきゅうす）</strong>」など、作品には色にちなんだ名前をつけることが多い。デザインにどことなくアジアの雰囲気も感じられるのは、李氏朝鮮時代のものが好きで、自らもコレクションしているという中村さんの好みが反映されているからだ。同時に、蓋がぴったりと閉まるなど手仕事の細やかさにもこだわって、日本の工芸作品の魅力や京焼のエッセンスが感じられるようにしているという。</p>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="768" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/P1011926-1024x768.jpg" alt="" class="wp-image-35073" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/P1011926-1024x768.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/P1011926-300x225.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/P1011926-768x576.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/P1011926.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /><figcaption class="wp-element-caption">覆黒銀彩急須</figcaption></figure>



<h3 class="wp-block-heading">急須をやる人は少ない。だからからこそ作る意味がある</h3>



<p>陶芸家の中でも、湯呑み茶碗に比べて<strong>急須を手がける人は、そう多くはない</strong>ようだ。焼き物の中でも<strong>パーツが多く、制作に手間がかかる</strong>分、あまり作りたがる人がいないのではないかと中村さんは話す。</p>



<p>だからこそ中村さんは急須に力を入れてきた。最近では、個展や展覧会でも急須の制作を求められることが多いという。</p>



<h2 class="wp-block-heading">器作りのコンセプトは「建物に合わせて作る」。現代の暮らしに寄り添ったデザインに</h2>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="768" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/P1011650-1024x768.jpg" alt="" class="wp-image-35096" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/P1011650-1024x768.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/P1011650-300x225.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/P1011650-768x576.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/P1011650.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>洋室のテーブルにもなじみそうな急須をはじめ、現代の居住空間に合わせても違和感のない中村さんの器は、「<strong>建物に合わせて作る</strong>」というコンセプトで作られている。このコンセプトは、学生時代から暮らしている京都の街で培われた。</p>



<p>「京都には町家の住まいが多いですが、入ってみると中はすっかりリフォームされていて、洋室になっていることも多いです。京都に限ったことではなく、昔ながらの昭和の家をリフォームした家も同じかもしれません。それに、マンション住まいの人も増えています。生活様式が変わったことで住まいのデザインも変化し、それに伴ってインテリアも変わる。<strong>器もインテリアの一部なので、変貌を遂げてきた日本の住まいに合う器を作りながら『現代の食卓』を提案していきたい</strong>と思っています」</p>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="768" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/P1012198-1024x768.jpg" alt="" class="wp-image-35101" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/P1012198-1024x768.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/P1012198-300x225.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/P1012198-768x576.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/P1012198.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>高校時代、進路を選ぶ際にも<strong>陶芸と建築</strong>で迷ったという中村さんだが、大学で陶芸を始めてから、2つのジャンルは密接につながっていると感じたという。実用的な陶器の多くは建物の中で使われるものだし、街なかのオブジェなども建物とともに風景を形作ることが多いからだ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">リゾートホテルで手がけた、京都の庭園に見立てたパフェのための抹茶碗</h3>



<figure class="wp-block-image size-full is-resized"><img decoding="async" width="650" height="465" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/image-2.png" alt="" class="wp-image-35108" style="width:902px;height:645px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/image-2.png 650w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/image-2-300x215.png 300w" sizes="(max-width: 650px) 100vw, 650px" /></figure>



<p>【アマン京都 ザ・リビング パビリオン by アマン】「庭パフェ Zen Garden」(2021年 初夏)</p>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/5d033224739e902c9fc5d0e75ccbd083-1024x682.png" alt="" class="wp-image-35111" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/5d033224739e902c9fc5d0e75ccbd083-1024x682.png 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/5d033224739e902c9fc5d0e75ccbd083-300x200.png 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/5d033224739e902c9fc5d0e75ccbd083-768x512.png 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/5d033224739e902c9fc5d0e75ccbd083.png 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /><figcaption class="wp-element-caption">【ザ・リビング パビリオン by アマン】</figcaption></figure>



<p>住空間だけでなくリゾート施設で使われる器の制作でも、中村さんはその手腕を発揮している。</p>



<p>2021年には京都市北部の自然豊かなエリア、鷹峯（たかがみね）にあるリゾートホテル「<strong>アマン京都</strong>」にて、新緑の季節に<strong>期間限定で登場するデザート用の茶碗</strong>を作った。そのデザートとは、ホテル内にある美しい苔庭を一望するレストラン「ザ・リビング パビリオ ンby アマン」で提供する、禅庭に見立てて作られたパフェ。そのパフェを盛り付けるため中村さんが作ったのは、「<strong>黒寂幽玄（こくじゃくゆうげん）</strong>」という抹茶碗だった。</p>



<p>器の色は、ホテルのデザインともリンクした黒。中村さんの作品でもしばしば用いられる漆黒の釉薬で、鮮やかな緑をしっかりと受け止めるような、揺るぎない強さと深さを感じさせる器を完成させた。</p>



<h2 class="wp-block-heading">京都人としてのアイデンティティーが育ってきた</h2>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/IMG_4477-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-35126" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/IMG_4477-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/IMG_4477-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/IMG_4477-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/IMG_4477.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /><figcaption class="wp-element-caption">京展 護具 風神雷神</figcaption></figure>



<p>2013年には日本画家・上村松園など、日本を代表する作家を多数輩出してきた京都市主催の公募展「<strong>京展</strong>」でオブジェ「<strong>護具〜風神雷神〜</strong>」が<strong>京展賞</strong>を受賞。2018年には、地方の作家の発掘を目的に開催されている「<strong>日本陶磁協会奨励賞関西展</strong>」では「<strong>覆黒銀彩茶器揃（ふっこくぎんさいちゃきそろえ）</strong>」が<strong>奨励賞</strong>を受賞。中村さんはアート作品、実用品の両方で公募展での受賞を果たし、京都の焼き物界の新時代を担う作家のひとりとして活躍中だ。</p>



<p>京都に来てから20年以上が過ぎ、ようやく自分を「京都人」と言ってもいいような気がしてきた、と中村さんは言う。中村さんが作る器や茶道具は「繊細な作風が京都っぽい」としばしば評されるそうだが、陶芸家として独立したばかりの頃は、中村さん本人は自分が京焼・清水焼の作家だと強く意識したことはなかったという。</p>



<p>というのも、信楽焼や有田焼などと違って、<strong>京焼・清水焼には技法や原料などにきまりがない</strong>。その分「自分の作品が京焼だ」といったアイデンティティーは持ちにくく、中村さん自身の認識としては、作りたいものを作っていただけだった。</p>



<p>しかし五条坂で独立し、たくさんの作家と交流する中で、中村さんは次第に「京都らしさ」を意識するようになった。</p>



<p>「京都に暮らしていると、『この人はいかにも京都の作家だな』と感じる人に出会うことがあります。作品が醸し出すものに共通するものがあり、<strong>京都に暮らし、京都の風景や空気、人に触れ、歴史を知ることなどを通して『京都の精神』が染みついて生まれる作品が京焼・清水焼ではないかと思っています。</strong>自分が作るものにもそういうものが出てきているように感じてもらえたら嬉しい。」</p>



<h3 class="wp-block-heading">国内外の陶芸美術館に収蔵されている作品も</h3>



<p>京都で過ごした約20年、とりわけ五条坂の地で吸収したものが、中村さんを京都の作家にした。</p>



<p>その手から生み出された、繊細なようでいて揺るぎない強さをたたえた作品は、<strong>世界のタイル博物館</strong>（愛知県常滑市）、<strong>市之倉さかづき美術館</strong>（岐阜県多治見市）、<strong>ファエンツァ国際陶芸美術館</strong>（イタリア）といった陶芸関連の美術館のほか、京都市左京区の寺院・<strong>法然院</strong>にも収蔵されている。</p>



<p>現代の暮らしに合わせて生み出された中村さんの茶器は、人の動きが活発化し、世界有数の観光地として再始動しだした京都の街で、訪れる人たちに新鮮な感動を与えてくれ、国境も軽やかに越えて行くはずだ。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/35039/">現代の住まいに合った急須を作る。京焼・清水焼作家の中村譲司さん/京都府京都市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
					<wfw:commentRss>https://nihonmono.jp/article/35039/feed/</wfw:commentRss>
			<slash:comments>0</slash:comments>
		
		
			</item>
		<item>
		<title>別名「鋳込み硝子」。京の美意識が宿る石田知史さんのパート・ド・ヴェール/京都府京都市</title>
		<link>https://nihonmono.jp/article/34919/</link>
					<comments>https://nihonmono.jp/article/34919/#respond</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 31 Jan 2023 08:00:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[京都市]]></category>
		<category><![CDATA[鋳込み硝子]]></category>
		<category><![CDATA[幻の技法]]></category>
		<category><![CDATA[パート・ド・ヴェール]]></category>
		<category><![CDATA[京都府]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://nihonmono.jp/?p=34919</guid>

					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/2DS0639_atari-1024x682.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>古代メソポタミアに起源を持つ、世界最古のガラス技法「パート・ド・ヴェール」。この技法に日本の工芸のエッセンスを加え、唯一無二の美術工芸品へと昇華させた職人夫妻が京都にいた。その技を継承し、進化させていくのは、2人の長男で [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/34919/">別名「鋳込み硝子」。京の美意識が宿る石田知史さんのパート・ド・ヴェール/京都府京都市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/2DS0639_atari-1024x682.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>古代メソポタミアに起源を持つ、世界最古のガラス技法「パート・ド・ヴェール」。この技法に日本の工芸のエッセンスを加え、唯一無二の美術工芸品へと昇華させた職人夫妻が京都にいた。その技を継承し、進化させていくのは、2人の長男でガラス作家の石田知史さんだ。</p>



<h2 class="wp-block-heading">誕生は約3500年前。最古のガラス技法「パート・ド・ヴェール」とは</h2>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="851" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/18ISHIDA-24-1024x851.jpg" alt="" class="wp-image-34922" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/18ISHIDA-24-1024x851.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/18ISHIDA-24-300x249.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/18ISHIDA-24-768x638.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/18ISHIDA-24.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p> </p>



<p>「<strong>パート・ド・ヴェール</strong>」とは今から約3500年前、古代メソポタミア文明時代に生まれた技法で、粘土や石でできた型の中に珪砂（けいしゃ）や水晶、着色用の金属鉱石の粉などを詰め、その型ごと窯で焼いてガラスを作る<strong>鋳造ガラス</strong>の一種である。</p>



<p>この技法を用いたガラス作りは約1500年続いたと考えられているが、紀元前1世紀後半、古代ローマ時代に吹きガラスの技法が発明されると、<strong>吹きガラスよりも手間のかかるパート・ド・ヴェールは衰退した</strong>。製法を記した文献も残されていなかったため、「<strong>幻の技法</strong>」と呼ばれるようになったのである。</p>



<h3 class="wp-block-heading">「幻の技法」に惹き付けられた作家たち</h3>



<p>パート・ド・ヴェールが再び注目を集めるのは<strong>19世紀末</strong>。<strong>アール・ヌーボーの流行</strong>がきっかけだった。この時代、フランスのアマルリック・ワルターやG・アルジィ・ルソーなど数多くの作家がパート・ド・ヴェールの作品を発表。しかし、いずれの作家も<strong>技法を公開しなかった</strong>ため、パート・ド・ヴェールの製法は再び謎に包まれた。</p>



<p>また日本でも、この不思議な魅力を持ったガラスを復活させようという動きがたびたび起こった。<strong>1932年</strong>には日本初の民間洋式ガラス工場「<strong>岩城硝子製作所</strong>」がこの<strong>技法の再現</strong>に着手。<strong>1975年</strong>には美術史家・ガラス工芸専門家である<strong>由水常雄氏</strong>が、<strong>実験考古学の分野からメソポタミア時代のパート・ド・ヴェールの製作技法を復元</strong>し、<strong>1977年</strong>から<strong>公開教育</strong>を始めた。こうした流れの中で、パート・ド・ヴェールを取り入れた制作を行う作家もいたという。「京都の室町や西陣で染色図案家をしていた私の両親が、パート・ド・ヴェールに出会い、研究を始めたのはその少しあとのことです」と石田知史さんは教えてくれた。</p>



<h2 class="wp-block-heading">京都の美意識を取り入れたガラス工芸を目指して</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="940" height="627" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/image-.png" alt="" class="wp-image-34994" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/image-.png 940w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/image--300x200.png 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/image--768x512.png 768w" sizes="(max-width: 940px) 100vw, 940px" /></figure>



<p> 石田 亘 | Ishida Glass Studio (ishida-glass.com)</p>



<p><strong>知史さんの両親で、着物や帯の図案家として活躍していた石田亘さん・征希（せき）さん夫妻</strong>が初めてパート・ド・ヴェールの存在を知ったのは<strong>1985年</strong>、アール・ヌーボーの作品展に訪れたときのことだった。もともと陶芸を趣味としていた亘さんと、茶道や華道の心得があり、美しい物が好きだったという征希さんは、アマルリック・ワルターの裸婦像を見て、ガラスとも陶器とも異なるなめらかな質感に魅せられた。そこでふたりは、たとえば菊や松、あるいはかわいらしい鳥や植物などをモチーフに、自らがなりわいとする日本の工芸のエッセンスを加えながら、このガラス作品を作ってみたいと考えたという。</p>



<p>とはいえ、2人ともガラス作品の制作は未経験。街のカルチャー教室にも通ったものの、出来上がった作品は、2人が魅了された作品とはまったく別物のように感じた。そこで、電気炉を購入し、図案家の業務の傍ら自宅で研究を開始するが、それは<strong>決して簡単ではなかった</strong>。パート・ド・ヴェールの技法は不明な点も多かったうえ、2人は独自の作風を目指していたため、よりハードルは上がったのだ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">指標となる存在がどこにもいない。手探りの7年間</h3>



<p>研究を始めたばかりの頃、<strong>手本とすべき先人がいなかった</strong>ことは非常に悩ましかったと征希さんは振り返る。</p>



<p>伝統美術の世界には、たとえば人間国宝など、その道の達人がいるのが常だ。そうした人の作風を目指すのか、あるいは反対を行くのか。指標となるべき人がいて、自身の進むべき道も定まる。国内外にパート・ド・ヴェールを作る人もいたが、そうした人たちは夫妻の研究の指標とするには、また別の存在だったという。</p>



<p>たとえば繊細な色使いや精巧さ、細部まで作り込まれた丁寧な手仕事。京都の伝統美術界に身を置く2人がこだわったのは、あくまで<strong>日本の工芸品ならではの美意識を宿したパート・ド・ヴェール</strong>だったのだ。まだこの世に存在しない「<strong>和のパート・ド・ヴェール</strong>」を完成させたいが、果たして実現可能なのか。不安と隣り合わせの暗中模索の日々が7年間続いたが、図案家の仕事で収入を得ながら、<strong>2人は研究をやめなかった</strong>。</p>



<h3 class="wp-block-heading">石膏型を用いることで窮状を打破</h3>



<p>制作の際、とりわけ頭を悩ませていたのが「<strong>割れ</strong>」の問題だった。また、作れる形状にも限りがあったことも、ふたりを悩ませていたポイントだった。</p>



<p>しかし、あるとき漆塗りの「<strong>乾漆（かんしつ）</strong>」の技法で<strong>石膏型</strong>が用いられているのを見て、粘土原型の代わりに石膏型を使ってみたところ、<strong>制作の自由度が向上</strong>。八角形の蓋物や十二角形の蓋物、真円の合子（ごうす。蓋物の小さな容器）といった形が作れるようになり、日本の工芸のエッセンスを詰め込んだパート・ド・ヴェールを作りたいという石田夫妻の目標に一気に近づいた。</p>



<p>そして石田夫妻が作り上げたのは、<strong>明るい白色を基調とした、繊細な作りのパート・ド・ヴェール</strong>だった。それまでのパート・ド・ヴェールといえば、アール・ヌーボー期の作品に代表されるような暗い色調の重量感のある置物や器が中心だった1900年頃からパリで好評を博したベルギー生まれのガラス作家、ジョルジュ・デプレによる『クレオ・ド・メロード』（北澤美術館所蔵）のような作品がその代表例だ。石田夫妻の作品が持つ、和菓子の琥珀糖を思わせるはかなげな色と質感や、それ自体がほんのり光を放っているかのようなたたずまい、そして、着物の図案家の手わざによって施された繊細な文様は、パート・ド・ヴェールの世界にまったく新しい可能性をもたらした。</p>



<p><strong>2000年、亘さんの「白のパート・ド・ヴェール」は日本伝統工芸展で日本工芸会奨励賞を受賞</strong>。そして<strong>2009年、亘さんは京都府指定無形文化財保持者に認定</strong>され、その際、亘さんの作った「和のパート・ド・ヴェール」には「<strong>鋳込み硝子</strong>」という名称が与えられた。夫婦で始めた研究が、日本の伝統工芸の一ジャンルとして歴史に名を刻まれた瞬間である。</p>



<h2 class="wp-block-heading">作品の完成まで3ヶ月。緻密さと集中力が求められる作業が続く</h2>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="768" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/P1070372-1024x768.jpg" alt="" class="wp-image-34950" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/P1070372-1024x768.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/P1070372-300x225.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/P1070372-768x576.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/P1070372.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p><strong>パート・ド・ヴェールは多くの工程を経て完成に至る</strong>。まずは石膏や粘土で原型を作り、その上に耐火石膏をかけ、外型・内型を取る。出来上がった外型に模様を彫り、彫った溝に色ガラスの粉を入れたあと、ガラスの粉を糊で練ったものを型に詰め、電気炉で焼成する。焼成温度は「ホットワーク」と呼ばれる吹きガラスの焼成温度に比べると低めの約800℃。熱で溶けたガラスが外型と内型の間のすみずみまで行き渡るよう、焼成温度が800～900℃に達するタイミングで電気炉を開けながら温度調整も行う。一方で、焼成温度が低すぎるとガラスが溶けないので、繊細な加減が必要だ。</p>



<p>3時間ほどかけて焼成したあとは、<strong>徐冷</strong>といって<strong>石膏を3日～1週間ほどかけてじっくり冷ます</strong>。これだけの期間を要するのは、耐火石膏とガラスでは縮むスピードが違うからだ。急冷すると石膏が変形し、そのゆがみが中のガラスに力として加わり、結果、中のガラスがひずんだり割れたりしてしまう。だから、じっくり冷ます必要があるのだ。現在、徐冷の工程はコンピューター管理をしながら行っているが、この点は今もなお、パート・ド・ヴェール制作の中でも非常に難しいポイントだ。</p>



<p>その後、<strong>中のガラスを傷つけないよう細心の注意を払いながら石膏型を割り、取り出したガラスを研磨して仕上げる</strong>。すべての作業を終えるまで<strong>約3ヶ月</strong>。工程が多いうえ、各工程に時間と手間がかかるのもパート・ド・ヴェールの特徴だ。</p>



<p>「どんな作品にしたいのか、サイズや体積も含め仕上がりを細部までイメージして計算することが必要です」と知史さん。工程の途中で修正を加えることはできないからだ。だからこそ、一つひとつの作業への集中が求められ、<strong>1日の作業時間は7時間が限度</strong>ということだ。</p>



<h2 class="wp-block-heading">世界を巡ったからこそ、日本の工芸の良さに気づけた</h2>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/2DS0619_atari-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-34959" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/2DS0619_atari-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/2DS0619_atari-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/2DS0619_atari-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/2DS0619_atari.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>和のパート・ド・ヴェールの先駆者である石田さん夫妻のもとに生まれた知史さんは、高校卒業後は東京ガラス工芸研究所で学び、その後、<strong>2年</strong>をかけて<strong>アジア</strong>、<strong>中東</strong>、<strong>ラテンアメリカ</strong>、<strong>ニューヨーク</strong>などを巡りながら美術研究に打ち込んだ。この期間は、自身の立ち位置を模索する時間でもあったという。</p>



<p>世界各地を訪ね、さまざまな民族が作ったものに触れたのち、知史さんは改めて<strong>日本の工芸品の美しさ</strong>と<strong>両親がしていることの大きさ</strong>を知った。そして現在に至るまで、知史さんは両親が築き上げた「和のパート・ド・ヴェール」というジャンルに新たなエッセンスを加え、さらなる進化を目指している。</p>



<h3 class="wp-block-heading">「異国」「自然」「フォルム」。自身のテーマで受け継いだ技を進化させる</h3>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="828" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/6x7-1024x828.jpg" alt="" class="wp-image-34966" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/6x7-1024x828.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/6x7-300x243.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/6x7-768x621.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/6x7.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>知史さんの作品は亘さん・征希さんの<strong>繊細な和のエッセンス</strong>を受け継ぎながらも、色使いや模様、フォルムなどには<strong>オリエンタルな要素</strong>も感じられる。また<strong>自然から着想</strong>を得て作られた、<strong>ニュアンスの異なる青</strong>を使いこなした作品にも知史さんの持ち味が発揮されている。</p>



<p>2003年<strong>日本伝統工芸展</strong>で<strong>朝日新聞社賞</strong>を受賞した「パート･ド･ヴェール線刻文鉢『風をきく』」は、まさにその持ち味を生かした作品のひとつといえるだろう。また、この作品では亘さん・征希さんが制作に用いてきたプレス型ではなく、より緻密な温度管理などが求められるオープン片型を用いた<strong>大皿</strong>の制作に成功した点も評価されている。</p>



<p>「西陣織の帯や着物の柄をデザインしてきた両親は模様に主眼を置いた作風ですが、僕自身はまず<strong>フォルムありきで模様を考える</strong>といった逆のアプローチに挑戦してきました」と知史さん。両親がまだ挑戦していない領域で、あえて自らの作風を模索することで、和のパート・ド・ヴェールの可能性を開拓しているのだ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">海を越える、和のパート・ド・ヴェールの技</h3>



<p>その後、2006年に<strong>日本伝統工芸展</strong>で<strong>日本工芸会総裁賞</strong>を受賞した「パート・ド・ヴェール線刻文筥（せんこくもんはこ）『草原を行く風』」で、知史さんは両親が得意としてきた蓋物の作品にようやく挑戦した。フォルムと文様が一体となって生まれる工芸の美しさを一番表現できた作品と知史さんは言うが、同時に、両親のスタイルを踏襲しながら、自分らしい作風が実現できた作品でもあったようだ。</p>



<p>和のパートドヴェールの継承者として、自分ができることは何か。知史さんが探り続けてきたその問いの答えは「海外」にあったようだ。</p>



<p>2022年8月、知史さんはイギリスのガラス団体「インターナショナル・フェスティバル・オブ・グラス」に招待され、大学などでのワークショップやスライドレクチャーを行い、<strong>パート・ド・ヴェールの技法を教えてきた</strong>。</p>



<p>世界最古のガラス作りの技は、はるかな時を経て日本の工芸のジャンルとして再構築され、再び海を渡り、現地の人たちを感動させている。</p>



<p>日本の工芸の可能性を信じた1組の夫婦が生み出した、和のパート・ド・ヴェール。知史さんはいま、その美意識を世界に伝えようとしている。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/34919/">別名「鋳込み硝子」。京の美意識が宿る石田知史さんのパート・ド・ヴェール/京都府京都市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
					<wfw:commentRss>https://nihonmono.jp/article/34919/feed/</wfw:commentRss>
			<slash:comments>0</slash:comments>
		
		
			</item>
		<item>
		<title>こんな清水焼もある。くらしを味わう為の清水焼『TOKINOHA』の清水大介さん / 京都府京都市</title>
		<link>https://nihonmono.jp/article/34612/</link>
					<comments>https://nihonmono.jp/article/34612/#respond</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 18 Jan 2023 01:00:49 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[京都市]]></category>
		<category><![CDATA[清水焼]]></category>
		<category><![CDATA[清水焼団地]]></category>
		<category><![CDATA[陶芸]]></category>
		<category><![CDATA[器]]></category>
		<category><![CDATA[陶芸家]]></category>
		<category><![CDATA[京都府]]></category>
		<category><![CDATA[焼き物]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://nihonmono.jp/?p=34612</guid>

					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/2DS0461_atari-1024x682.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>京都を代表する焼き物「清水焼（きよみずやき）」と聞いて、あでやかな絵付けが施された和風な器を思い浮かべる人は多いのではないだろうか。そんなイメージとはかけ離れた器を作り、若い世代の消費者やプロの料理人に支持されているのが [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/34612/">こんな清水焼もある。くらしを味わう為の清水焼『TOKINOHA』の清水大介さん / 京都府京都市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/2DS0461_atari-1024x682.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>京都を代表する焼き物「清水焼（きよみずやき）」と聞いて、あでやかな絵付けが施された和風な器を思い浮かべる人は多いのではないだろうか。そんなイメージとはかけ離れた器を作り、若い世代の消費者やプロの料理人に支持されているのが、陶芸家・清水大介（きよみず だいすけ）さんだ。</p>



<h2 class="wp-block-heading">工房で働く職人の姿が見える。京都・清水焼団地の「TOKINOHA Ceramic Studio」</h2>



<figure class="wp-block-image size-full is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/1ef3ddeff6b0d1d2f8bdb1fb58087827.jpg" alt="" class="wp-image-34619" width="900" height="600" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/1ef3ddeff6b0d1d2f8bdb1fb58087827.jpg 1000w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/1ef3ddeff6b0d1d2f8bdb1fb58087827-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/1ef3ddeff6b0d1d2f8bdb1fb58087827-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 900px) 100vw, 900px" /></figure>



<p> </p>



<p>京都市東部にあたり、滋賀県との県境を有する山科区にある<strong>清水焼団地</strong>。1960年代に造成された工業団地で、陶芸作家の店や工房、材料を扱う店などが軒を連ねる。その一角にあるのが、清水さんと陶芸家の妻・友恵さんが運営する「<strong>TOKINOHA Ceramic Studio（トキノハ・セラミック・スタジオ）</strong>」だ。</p>



<p>入ってすぐ目の前に広がるのは、ふたりのブランド「<strong>TOKINOHA</strong>」のショップ。工房で作業する職人の姿をガラス越しに眺めながら器選びができるこの空間には、さまざまなテイストの器が並ぶ。</p>



<p>毎日そばに置きたくなるシンプルな形と色づかい。それでいて、使う人の気分を上げてくれそうなスタイリッシュさ。しかし、いわゆる「京都っぽい器」ではないかもしれない。「実際、『こんなのは清水焼じゃない』と同業者から言われたこともありました」と清水さんは話す。</p>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/7d91004b6fff1ccfe845364098e9ed9f-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-34622" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/7d91004b6fff1ccfe845364098e9ed9f-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/7d91004b6fff1ccfe845364098e9ed9f-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/7d91004b6fff1ccfe845364098e9ed9f-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/7d91004b6fff1ccfe845364098e9ed9f.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p> </p>



<h3 class="wp-block-heading">清水焼の特徴とは</h3>



<p>ところが実は、<strong>清水焼には材料や技法に関するきまりはない</strong>。というのも清水焼は、茶の湯が流行した安土桃山時代～江戸時代初期に、全国から京の都へ呼び寄せられた職人が、時の権力者や文化人らの求めに応じて各地の技法で器を作ったことを起源とする焼き物である。そのため、<strong>清水焼には全国のエッセンスが詰まっていて、それらをどう用いるかは自由</strong>だという。</p>



<p>「ここから何かを生み出してやろうという気概を持って、全国から土を探し出して最高の品を焼き上げる。その精神性こそが清水焼なのかもしれません。僕も自分の作品を通して『こんな清水焼もある』と伝えていけたら」と清水さんは言う。</p>



<p>では、清水さんはどのようにして現在の作風にたどり着いたのだろうか。</p>



<h2 class="wp-block-heading">数々の変遷をへて見つけた「くらしを味わうための清水焼」というコンセプト</h2>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="678" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/DSC_0208-1024x678.jpg" alt="" class="wp-image-34625" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/DSC_0208-1024x678.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/DSC_0208-300x199.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/DSC_0208-768x509.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/DSC_0208.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p> </p>



<p>清水さんの出身地は京都市東北部を南北に占める左京区の南、岩倉と呼ばれるエリア。<strong>曾祖父は江戸中期から続く清水焼陶工の名跡・5代目清水六兵衛</strong>で、<strong>父親の清水久さんも陶芸家</strong>という陶芸一族の家に生まれ育った。しかし自身は、高校卒業後は京都府立大学環境デザイン学科へと進学し、建築を専攻。このころは陶芸家という将来をまったく描いていなかったという</p>



<p>変化が訪れたのは大学在学中だった。ものづくりが好きで建築という分野を選んだが、学んでいくにつれ、制約の多さにも気づかされた。そんなとき久さんが制作に打ち込む姿を見て「親父は面白いものづくりをやっているな」と自らも陶芸の道へ進むことを決意。大学を卒業後、<strong>京都府立陶工高等技術専門校</strong>で陶芸を学び、修了後は日本工芸会に所属し国内の工芸展で数々の賞を受賞していた<strong>陶芸家・猪飼祐一氏</strong>に弟子入りした。2009年には、専門校時代の元同期だった<strong>妻・陶芸家の清水友恵さん</strong>と京都市北区の借家で「<strong>トキノハ陶房</strong>」というアトリエ兼ショップを立ち上げるが、ここで清水さんはひとつの壁にぶつかる。</p>



<h3 class="wp-block-heading">「勝つ」ために作ってきた器が刺さらない。来店客の無反応がつらかった日々</h3>



<p>当時の清水さんは、展覧会への出品を目指しながら制作活動を行っていて、ほかの出品者に負けない、印象に残る作品を作ることに必死だったという。「トキノハ陶房」の店頭にも、今よりも作家性の強い作品を並べていた。</p>



<p>市街地にあった「トキノハ陶房」は、たまたま前を通りかかった人が中をのぞいていくことも多かった。しかし、そうした人たちの多くが全体を漠然と眺めたあと、すっと出て行く。</p>



<p>清水さんにはこの「<strong>無反応</strong>」がこたえたという。そうした経験を繰り返すうち、これまでの自分の作品は何かが違うのではという思いが芽生えた。</p>



<h3 class="wp-block-heading">個性をそぎ落とした、シンプルな器にたどり着く</h3>



<p>そして清水さんは、感想を聞かせてくれた来店客や異業種の友人らの声に積極的に耳を傾けるようになる。</p>



<p>「作品としては面白いけど、毎日使うにはちょっと」</p>



<p>「この部分がもうちょっと違っていたら、使いやすくなるのに」</p>



<p>そうした意見を受け止めながら、清水さんは「<strong>自分と同世代の人が使いたくなるような器</strong>」を目指した。そして、さまざまな技法を用いながら施した装飾をそぎ落としていくようになったという。</p>



<p>清水さんはそのころから展覧会への出品をやめた。そして、「<strong>生活に寄り添う器</strong>」というブランドコンセプトも固まった。</p>



<p>「グループ展で目立つ作品を作って、その中で勝てたとしても、使ってもらえないなら意味はない。作品単体で勝つことより、自分の作品の『群』を見て何かを感じてもらえたらと考えました。そのやり方に気づいたとき、ふっきれたような気がしました」</p>



<h2 class="wp-block-heading">数ごまかしがきかないから、何の変哲もない皿こそ難しい</h2>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="683" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/copper-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-34632" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/copper-1024x683.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/copper-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/copper-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/copper.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p> </p>



<p>このころ清水さん夫妻は活動の拠点を清水焼団地に移し、ブランド名を『トキノハ陶房』から『<strong>TOKINOHA</strong>』に変更。工房兼ショップも同じ名前で運営しはじめた。2011年のことだった。</p>



<p>TOKINOHAの器の持ち味は「<strong>一見何でもない、シンプルなフォルム</strong>」だと清水さんは話す。たとえば何の変哲もない皿のようなごまかしのきかない形こそ、陶芸家にとっては難しいのだという。</p>



<h3 class="wp-block-heading">釉薬の研究を重ね、多彩な色味やデザインに挑戦</h3>



<p>また清水さんは、<strong>釉薬の実験</strong>を『トキノハ陶房』時代から続け、さまざまな色合いの器を生み出してきた。</p>



<p>人気シリーズのひとつに、銅釉を使った『<strong>copper</strong>』がある。<strong>ブルーの器</strong>が特に人気で、食欲減退の色だとして通常青い器を好まない洋食のシェフが「この青なら使える」と選んでいくという。“引き算”のデザインに徹し、料理を引き立てる器づくりに取り組んできたTOKINOHAらしいエピソードだ。</p>



<h2 class="wp-block-heading">使う人の気持ちに応えるために。料理人専用のブランド『素—siro』を立ち上げ</h2>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="683" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/cd8da51590b9c063fbbd5a25e0e7afad-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-34637" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/cd8da51590b9c063fbbd5a25e0e7afad-1024x683.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/cd8da51590b9c063fbbd5a25e0e7afad-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/cd8da51590b9c063fbbd5a25e0e7afad-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/cd8da51590b9c063fbbd5a25e0e7afad.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p> </p>



<p>TOKINOHAの器は、<strong>プロの料理人から支持</strong>されていることでも知られている。</p>



<p>清水さんがシンプルな器作りに取り組み始めたころ、TOKINOHAの器がある料理人の目にとまり、その店の器を一式手がけたことが始まりだった。それを見た別の料理人からも注文が入り、いつしかそうした注文が相次ぐようになったのだ。<strong>使う人の気持ちに応えたい</strong>と、シェフや周りの人たちの意見を取り入れながら<strong>微調整をいとわない</strong>清水さんの姿勢が信頼につながり、評判を呼んだ。</p>



<p>また、清水さんも料理人との関わりで多くを学んだ。</p>



<p>流行へのアンテナの張り方と、それをレシピに取り入れようとする貪欲さ、来店客の様子から課題を見つける観察力や、その解決を一皿にどう落とし込むかを考える力。料理人たちのマインドの高さに刺激を受けたという。</p>



<p>さらに、料理人との仕事が増える中での気づきもあった。</p>



<p>たとえば器のサイズや形、質感、扱いやすさへの考え方など、店の器に求めるものは注文者によって千差万別で、すべての料理人が納得するスタンダードは存在しえないということだ。そこで、2017年にはTOKINOHAとは別に<strong>オーダーメイドに特化した料理人専用のブランド『素—siro』</strong>を立ち上げた。この事業を通じてさらに多くの料理人と関わったことで、清水さんの経営者としての問題意識は深まりと広がりを見せていく。</p>



<h2 class="wp-block-heading">陶芸家を「持続可能な仕事」に</h2>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="683" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/91fe8ec05a3ce0cc8c912d5fe3298f72-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-34644" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/91fe8ec05a3ce0cc8c912d5fe3298f72-1024x683.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/91fe8ec05a3ce0cc8c912d5fe3298f72-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/91fe8ec05a3ce0cc8c912d5fe3298f72-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/01/91fe8ec05a3ce0cc8c912d5fe3298f72.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p> </p>



<p>実は、清水さんには陶芸専門校時代から引っかかっていたことがあった。同級生には跡取りが少なく、陶芸初心者が多くを占めていたことだ。</p>



<p>かつて生徒の8割程度が跡取りだった時代もあったという。しかし、今では親の苦労を見て陶芸家の道を選ばない人が増えたのだ。一方、入学してくるのはそうした背景を知らない人たち。結果、陶芸家になってから行き詰まってしまう姿を数多く目にしてきたという。</p>



<p>「学校で陶芸の技術は学べるけど、食べていく方法を教わる機会はほとんどありません。だから僕は、<strong>陶芸がちゃんとしたビジネスになって、仕事として続けていけるようにする</strong>ことに力を傾けたいです」</p>



<h3 class="wp-block-heading">陶芸家専用のポータルサイトを作る</h3>



<p>陶芸家が生計を立てづらい理由の一つに「<strong>流通</strong>」の問題があるのでは。清水さんのそんな思いは、2019年以降に起きた生活様式の変化によってリアルショップが閉鎖され、多くの陶芸家が販路を失ったことで、より強まった。</p>



<p>2019年10月、問題解決の一助になればと、清水さんは<strong>陶芸家のためのポータルサイト「ソーホー」</strong>を立ち上げ、<strong>ブランディングのアドバイス</strong>にも取り組んだ。陶芸家が自分の作品を、流通を介さず自分で売る力を付けていけるようになれば、それが業界の活性化にもつながると考えていたからだ。この活動による一定の成果を感じた事もあり「ソーホー」サービスは2022年11月末をもって終了している。</p>



<h3 class="wp-block-heading">清水焼の魅力を全国へ、世界へ発信するために。陶器市のあり方にも変化を</h3>



<p>TOKINOHAが清水焼団地に移転してから11年。移転したてのころは、京都生まれの清水さんといえどもアウェー感があったという。</p>



<p>しかし、清水焼団地の一員として奮闘を続ける中で変化もあった。</p>



<p>2022年10月、3年ぶりに開催された<strong>陶器市「清水焼の郷まつり」</strong>は、清水さんの発案で<strong>運営方法にいくつか変更点</strong>が設けられた。ひとつは、出展者の募集を毎年ゼロから行い<strong>新規出展の間口を広げた</strong>こと、そしてもうひとつは、他府県の事業者による<strong>出展を不可とし、まつりへの出展者を京焼・清水焼に関わる事業者に限定</strong>することだった。</p>



<p>こうすることで、京都で焼き物づくりに携わるより多くの人に出展のチャンスがもたらされるだけでなく、<strong>清水焼としてのアイデンティティー</strong>も確立でき、全国へ、世界へアピールできる。まつりに訪れた人が清水焼だと思って買った焼き物が、他府県産のものだったということを避けたいとのねらいもあった。そして2022年11月にはTOKINOHAのタグラインを一新し、コンセプトを<strong>「くらしを味わうための清水焼」</strong>に変更。清水さん自身のブランドコンセプトも「清水焼」というキーワードへの回帰を果たしている。</p>



<p>清水焼業界の活性化のため、手間とアイデアを惜しまない清水さんに、かつてTOKINOHAの器を「こんなのは清水焼じゃない」と評していた人たちも、今では信頼を寄せてくれている。</p>



<p>「僕らはここでいろんな挑戦をさせてもらい、育ててもらってきた。だから今があるんです」</p>



<p>清水さんの真摯な姿勢は、今後も清水焼業界や陶芸界をアップデートし続けていくに違いない。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/34612/">こんな清水焼もある。くらしを味わう為の清水焼『TOKINOHA』の清水大介さん / 京都府京都市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
					<wfw:commentRss>https://nihonmono.jp/article/34612/feed/</wfw:commentRss>
			<slash:comments>0</slash:comments>
		
		
			</item>
		<item>
		<title>清水の湧き出る社「松尾大社」／京都府西京区</title>
		<link>https://nihonmono.jp/article/8231/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 22 Jul 2010 07:22:51 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[神社仏閣]]></category>
		<category><![CDATA[京都府]]></category>
		<category><![CDATA[建造物]]></category>
		<category><![CDATA[松尾大社]]></category>
		<category><![CDATA[京都観光]]></category>
		<category><![CDATA[北山文化]]></category>
		<category><![CDATA[神社]]></category>
		<category><![CDATA[松尾大社　ご利益]]></category>
		<category><![CDATA[重要文化財]]></category>
		<category><![CDATA[京都]]></category>
		<guid isPermaLink="false">http://nihonmono.jp/?p=8231</guid>

					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/11/8231_main.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>北山文化を代表する松尾大社 春は桜、秋は紅葉――四季折々の美しい姿を見せる京都の嵐山。松尾大社はその南、松尾山を背に悠々とそびえたつ。太古の昔に、この地方に暮らしていた民が、松尾山の神を守護神としてあがめたことがそもそも [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/8231/">清水の湧き出る社「松尾大社」／京都府西京区</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/11/8231_main.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><h2 class="wp-block-heading">北山文化を代表する松尾大社</h2>



<p>春は桜、秋は紅葉――四季折々の美しい姿を見せる京都の嵐山。<a href="https://www.matsunoo.or.jp/" target="_blank" rel="noreferrer noopener">松尾大社</a>はその南、松尾山を背に悠々とそびえたつ。太古の昔に、この地方に暮らしていた民が、松尾山の神を守護神としてあがめたことがそもそもの起源といわれ、5世紀前後に渡来した秦氏の一族が氏神として祀ったことから信仰が広まっていった。<br>神社として社殿が創建されたのは701年のこと。平安遷都の後は、「賀茂の厳神、松尾の猛霊」といわれ、皇族からも厚い信仰を得た。現在残っている社殿が建てられたのは室町時代の1397年。<br><span class="swl-marker mark_yellow">「松尾造り」といわれる特殊な構造の社殿は、重要文化財に指定されており、同じ年に完成した金閣寺とともに、北山文化を代表する建築物のひとつである。</span></p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="320" height="213" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/11/8231_img01.jpg" alt="" class="wp-image-8525" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/11/8231_img01.jpg 320w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/11/8231_img01-300x199.jpg 300w" sizes="(max-width: 320px) 100vw, 320px" /></figure>



<h2 class="wp-block-heading">多くの酒造家から信仰を集める松尾大社のご利益</h2>



<p>本殿の裏には「<a href="https://www.matsunoo.or.jp/guide03/" target="_blank" rel="noreferrer noopener">亀の井</a>」といわれる733年に湧き出たという泉がある。<br>松尾の神の神託で、<span class="swl-marker mark_yellow">無病息災、健康長寿にご利益があるとされ、別名「よみがえりの水」ともいわれている。</span>中世以降、この水を求めて多くの酒造家が集まり、「醸造祖紳」としてあがめられたそうだ。現在でも神輿庫の前には、各地の酒造家から奉納された酒樽が、ところ狭しと並べられている。<br><span class="swl-marker mark_yellow">境内には名作庭家・重森三玲氏の遺作としても名高い、「上古の庭」「曲水の庭」「蓬莱の庭」の三庭もあり、京都嵐山の風情に似合う、美しく荘厳な神社である。</span></p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="320" height="213" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/11/8231_img02.jpg" alt="" class="wp-image-8526" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/11/8231_img02.jpg 320w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/11/8231_img02-300x199.jpg 300w" sizes="(max-width: 320px) 100vw, 320px" /></figure>


<div class="swell-block-postLink">			<div class="p-blogCard -external" data-type="type3" data-onclick="clickLink">
				<div class="p-blogCard__inner">
					<span class="p-blogCard__caption">NIHONMONO &#8211; 「にほん」の「ほんも&#8230;</span>
					<div class="p-blogCard__thumb c-postThumb"><figure class="c-postThumb__figure"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/11/8261_main.jpg" alt="" class="c-postThumb__img u-obf-cover" width="320" height="180"></figure></div>					<div class="p-blogCard__body">
						<a class="p-blogCard__title" href="https://nihonmono.jp/article/8261/" target="_blank" rel="noopener noreferrer">千本鳥居を抜ける、朱の空間 「伏見稲荷大社」／京都府京都市 &#8211; NIHONMONO</a>
						<span class="p-blogCard__excerpt">千本鳥居が彩る稲荷神社の総本宮 伏見稲荷大社の見どころ“千本鳥居” 「お稲荷さん」といえば、日本でいちばん身近</span>					</div>
				</div>
			</div>
		</div>

<div class="swell-block-postLink">			<div class="p-blogCard -external" data-type="type3" data-onclick="clickLink">
				<div class="p-blogCard__inner">
					<span class="p-blogCard__caption">NIHONMONO &#8211; 「にほん」の「ほんも&#8230;</span>
					<div class="p-blogCard__thumb c-postThumb"><figure class="c-postThumb__figure"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/11/8257_main.jpg" alt="" class="c-postThumb__img u-obf-cover" width="320" height="180"></figure></div>					<div class="p-blogCard__body">
						<a class="p-blogCard__title" href="https://nihonmono.jp/article/8257/" target="_blank" rel="noopener noreferrer">平安遷都当時の大内裏を復元「平安神宮」／京都府京都市 &#8211; NIHONMONO</a>
						<span class="p-blogCard__excerpt">復元された建築郡 1895年、平安遷都1100年を記念して開催された「第４回内国勧業博覧会」では、遷都当時の大</span>					</div>
				</div>
			</div>
		</div><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/8231/">清水の湧き出る社「松尾大社」／京都府西京区</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>文豪の愛した京都の旅館「柊家」／京都府京都市</title>
		<link>https://nihonmono.jp/article/8419/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 30 May 2010 05:30:04 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[京都市]]></category>
		<category><![CDATA[旅館]]></category>
		<category><![CDATA[宿]]></category>
		<category><![CDATA[数奇屋造り]]></category>
		<category><![CDATA[宿泊]]></category>
		<category><![CDATA[旅行]]></category>
		<category><![CDATA[京都府]]></category>
		<category><![CDATA[京都観光]]></category>
		<category><![CDATA[宿泊施設]]></category>
		<category><![CDATA[お忍び]]></category>
		<category><![CDATA[大人の]]></category>
		<guid isPermaLink="false">http://nihonmono.jp/?p=8419</guid>

					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/12/8419_main.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>数奇屋造りの美しい旅館 創業は文政元年。今より200年前から御宿を営む老舗旅館「柊家」。木造数奇屋造りの旧館には全21室の客室がある。この歴史ある日本家屋に泊まるということは、現在においてはより価値の高いことではないだろ [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/8419/">文豪の愛した京都の旅館「柊家」／京都府京都市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/12/8419_main.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><h2 class="wp-block-heading">数奇屋造りの美しい旅館</h2>



<p>創業は文政元年。今より200年前から御宿を営む老舗旅館「<a href="https://www.hiiragiya.co.jp/" target="_blank" rel="noreferrer noopener">柊家</a>」。木造数奇屋造りの旧館には全21室の客室がある。この歴史ある日本家屋に泊まるということは、現在においてはより価値の高いことではないだろうか。<br>茶の湯の文化により淘汰された数奇屋造りの建築は、庇を深めに作ることで、お庭と客室に深い陰影を作る。客室から美しい縁を臨むことができるのは、客人をもてなす200年前から続く文化の現れだ。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="320" height="213" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/12/8419_img01.jpg" alt="" class="wp-image-9136" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/12/8419_img01.jpg 320w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/12/8419_img01-300x199.jpg 300w" sizes="(max-width: 320px) 100vw, 320px" /></figure>



<h2 class="wp-block-heading">おもてなしの心</h2>



<p>2006年にオープンした新館は、新たなニーズに応える為の空間となっている。客室は7室。和室に現代の生活様式を織り交ぜたより自然に過ごすことができた空間。また硝子張りの新館広間は開放的なお座敷となっており、様々な会に利用出来るという。<br>「柊家」のもてなしの心は「来者如歸」を尽くすこと。<span class="swl-marker mark_yellow">来る者帰るが如し、客人が自らの家に帰るような安らぎを感じるもてなしをする</span>。その、落ち着いた接客の心得から、文豪川端康成氏もよく訪れたと言われている。<br>京都に旅する人々、出迎える人々。「柊家」でのひとときは、時代を超えた安らぎの時を過ごすことができるのだ。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="320" height="213" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/12/8419_img02.jpg" alt="" class="wp-image-9137" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/12/8419_img02.jpg 320w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/12/8419_img02-300x199.jpg 300w" sizes="(max-width: 320px) 100vw, 320px" /></figure>


<div class="swell-block-postLink">			<div class="p-blogCard -external" data-type="type3" data-onclick="clickLink">
				<div class="p-blogCard__inner">
					<span class="p-blogCard__caption">NIHONMONO &#8211; 「にほん」の「ほんも&#8230;</span>
					<div class="p-blogCard__thumb c-postThumb"><figure class="c-postThumb__figure"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/12/8415_main.jpg" alt="" class="c-postThumb__img u-obf-cover" width="320" height="180"></figure></div>					<div class="p-blogCard__body">
						<a class="p-blogCard__title" href="https://nihonmono.jp/article/8415/" target="_blank" rel="noopener noreferrer">日本海の恵みに抱かれる「間人の御宿 炭平」／京都府京丹後市 &#8211; NIHONMONO</a>
						<span class="p-blogCard__excerpt">海の幸を堪能するお宿 日本海に面する丹後半島。その間人（たいざ）という地で旅人を迎え、140余年の歴史を持つ旅</span>					</div>
				</div>
			</div>
		</div><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/8419/">文豪の愛した京都の旅館「柊家」／京都府京都市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>京都祇園で目覚める高級ホテル「KIZASHI THE SUITE」／京都府京都市</title>
		<link>https://nihonmono.jp/article/8417/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 30 May 2010 05:17:29 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[京都府]]></category>
		<category><![CDATA[京都旅行]]></category>
		<category><![CDATA[京都観光]]></category>
		<category><![CDATA[宿泊施設]]></category>
		<category><![CDATA[お忍び]]></category>
		<category><![CDATA[旅館]]></category>
		<category><![CDATA[隠れ家]]></category>
		<category><![CDATA[宿]]></category>
		<category><![CDATA[大人の]]></category>
		<category><![CDATA[ホテル]]></category>
		<category><![CDATA[京都]]></category>
		<category><![CDATA[宿泊]]></category>
		<guid isPermaLink="false">http://nihonmono.jp/?p=8417</guid>

					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2010/05/3ba65b37d5dafd03d217d830686fb178.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>京都祇園で特別なおもてなし 日本の伝統芸能や古くからのもてなしが息づく花柳界、京都祇園。現代の日本の基礎を築きあげてきた政界人、企業人や作家といった人々が足を運び、時に遊び、時に歴史を動かす決め事が行われた。そんな祇園を [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/8417/">京都祇園で目覚める高級ホテル「KIZASHI THE SUITE」／京都府京都市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2010/05/3ba65b37d5dafd03d217d830686fb178.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><h2 class="wp-block-heading">京都祇園で特別なおもてなし</h2>



<p>日本の伝統芸能や古くからのもてなしが息づく花柳界、京都祇園。現代の日本の基礎を築きあげてきた政界人、企業人や作家といった人々が足を運び、時に遊び、時に歴史を動かす決め事が行われた。そんな祇園を訪れる客人に最上のもてなしをするホテルが「<a rel="noreferrer noopener" href="https://kizashi-gion.jp/" target="_blank">KIZASHI THE SUITE</a>」だ。<br><span class="swl-marker mark_yellow">全８室の客室はモダンな設えの和洋室、すべてがスイートルーム</span>。別棟のゲストハウス「億」は、古いお茶室を改築したお座敷を残す１棟。パーティーや展示会として利用も受け入れているという。芸舞妓さんを呼び、料亭から仕出しを頼んで過ごす、まさに祇園でのひとときを過ごすことができる。<br>「KIZASHI THE SUITE」はコンシェルジュデスクにて、様々な要望の相談に応じている。場合によっては、一見さんお断りとされる祇園のお茶屋さんに紹介をして頂くことも可能なのだとか。京都での新しい過ごし方の「兆し」。一度は祇園の文化を肌で触れたい、そんな夢を叶えるホテルではないだろうか。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="360" height="280" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2010/05/3ba65b37d5dafd03d217d830686fb178.jpg" alt="" class="wp-image-29480" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2010/05/3ba65b37d5dafd03d217d830686fb178.jpg 360w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2010/05/3ba65b37d5dafd03d217d830686fb178-300x233.jpg 300w" sizes="(max-width: 360px) 100vw, 360px" /></figure>


<div class="swell-block-postLink">			<div class="p-blogCard -external" data-type="type3" data-onclick="clickLink">
				<div class="p-blogCard__inner">
					<span class="p-blogCard__caption">NIHONMONO &#8211; 「にほん」の「ほんも&#8230;</span>
					<div class="p-blogCard__thumb c-postThumb"><figure class="c-postThumb__figure"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/12/8413_main.jpg" alt="" class="c-postThumb__img u-obf-cover" width="320" height="180"></figure></div>					<div class="p-blogCard__body">
						<a class="p-blogCard__title" href="https://nihonmono.jp/article/8413/" target="_blank" rel="noopener noreferrer">日本の伝統美を散りばめたホテル「ハイアットリージェンシー京都」／京都府京都市 &#8211; NIHONMONO</a>
						<span class="p-blogCard__excerpt">日本の伝統美を醸し出すラグジュアリーホテル 国際的にホテル業を経営する「ハイアットホテルズ アンド リゾーツ」</span>					</div>
				</div>
			</div>
		</div>

<div class="swell-block-postLink">			<div class="p-blogCard -external" data-type="type3" data-onclick="clickLink">
				<div class="p-blogCard__inner">
					<span class="p-blogCard__caption">NIHONMONO &#8211; 「にほん」の「ほんも&#8230;</span>
					<div class="p-blogCard__thumb c-postThumb"><figure class="c-postThumb__figure"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/12/8411_main.jpg" alt="" class="c-postThumb__img u-obf-cover" width="320" height="180"></figure></div>					<div class="p-blogCard__body">
						<a class="p-blogCard__title" href="https://nihonmono.jp/article/8411/" target="_blank" rel="noopener noreferrer">京都の旅をサポートするお宿「京都ブライトンホテル」／京都府京都市 &#8211; NIHONMONO</a>
						<span class="p-blogCard__excerpt">京都旅行の癒しのために 2023年に開業35周年を迎えた「京都ブライトンホテル」は、京都御所の西側、古くからの</span>					</div>
				</div>
			</div>
		</div><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/8417/">京都祇園で目覚める高級ホテル「KIZASHI THE SUITE」／京都府京都市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>日本海の恵みに抱かれる「間人の御宿 炭平」／京都府京丹後市</title>
		<link>https://nihonmono.jp/article/8415/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 30 May 2010 05:15:12 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[京都]]></category>
		<category><![CDATA[貸切露天風呂]]></category>
		<category><![CDATA[宿泊]]></category>
		<category><![CDATA[海の幸]]></category>
		<category><![CDATA[京都府]]></category>
		<category><![CDATA[京都旅行]]></category>
		<category><![CDATA[京都観光]]></category>
		<category><![CDATA[宿泊施設]]></category>
		<category><![CDATA[旅館]]></category>
		<category><![CDATA[カニ]]></category>
		<category><![CDATA[宿]]></category>
		<category><![CDATA[日本海]]></category>
		<category><![CDATA[ホテル]]></category>
		<category><![CDATA[海]]></category>
		<guid isPermaLink="false">http://nihonmono.jp/?p=8415</guid>

					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/12/8415_main.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>海の幸を堪能するお宿 日本海に面する丹後半島。その間人（たいざ）という地で旅人を迎え、140余年の歴史を持つ旅館が「間人の御宿 炭平」だ。丹後半島といえば、やはり近海日本海で漁れる新鮮な魚介類が自慢。「間人の御宿 炭平」 [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/8415/">日本海の恵みに抱かれる「間人の御宿 炭平」／京都府京丹後市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/12/8415_main.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><h2 class="wp-block-heading">海の幸を堪能するお宿</h2>



<p>日本海に面する丹後半島。その間人（たいざ）という地で旅人を迎え、140余年の歴史を持つ旅館が「<a href="https://www.sumihei.com/" target="_blank" rel="noreferrer noopener">間人の御宿 炭平</a>」だ。<span class="swl-marker mark_yellow">丹後半島といえば、やはり近海日本海で漁れる新鮮な魚介類が自慢。「間人の御宿 炭平」では冬は“間人かに”、春は鮑、夏は雲丹に牡蠣といった食の強者たちが季節を彩り、形も大きく味も深い贅沢な逸品を味わうことができる。</span>また珍しいコチや岩鯛、トビウオといった魚にもお目にかかれるとあって、日本海の魚介類に舌鼓を打つ夢のひとときを過ごすことができる。さらに料理に使われるお塩は、鳴き砂の浜として知られる有名な<a href="https://www.kyotango.gr.jp/sightseeing/689/" target="_blank" rel="noreferrer noopener">琴引海岸</a>の沖で組み上げた海水を自家製法で塩に製塩した「琴引きの塩」を使用している。まさに塩にまでこだわった、日本海の味なのだ。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="320" height="213" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/12/8415_img01.jpg" alt="" class="wp-image-9178" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/12/8415_img01.jpg 320w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/12/8415_img01-300x199.jpg 300w" sizes="(max-width: 320px) 100vw, 320px" /></figure>



<h3 class="wp-block-heading">美しい景色を眺める</h3>



<p>客室は、日本海を臨む全11室。2010年7月にオープンした隠れ客室「海鈴 kairin」は、専用のジャグジーバスが設えられ、開放感のあるテラスを存分に楽しむことのできるお部屋。背後は山に、正面は海に囲まれた寛ぎの空間となっている。<br>客室から絶景の夕日を堪能する。空と海の変化にも、もてなされているような心地ではないだろうか。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="320" height="213" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/12/8415_img02.jpg" alt="" class="wp-image-9179" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/12/8415_img02.jpg 320w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/12/8415_img02-300x199.jpg 300w" sizes="(max-width: 320px) 100vw, 320px" /></figure>


<div class="swell-block-postLink">			<div class="p-blogCard -external" data-type="type3" data-onclick="clickLink">
				<div class="p-blogCard__inner">
					<span class="p-blogCard__caption">NIHONMONO &#8211; 「にほん」の「ほんも&#8230;</span>
					<div class="p-blogCard__thumb c-postThumb"><figure class="c-postThumb__figure"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/12/8419_main.jpg" alt="" class="c-postThumb__img u-obf-cover" width="320" height="180"></figure></div>					<div class="p-blogCard__body">
						<a class="p-blogCard__title" href="https://nihonmono.jp/article/8419/" target="_blank" rel="noopener noreferrer">文豪の愛した京都の旅館「柊家」／京都府京都市 &#8211; NIHONMONO</a>
						<span class="p-blogCard__excerpt">数奇屋造りの美しい旅館 創業は文政元年。今より200年前から御宿を営む老舗旅館「柊家」。木造数奇屋造りの旧館に</span>					</div>
				</div>
			</div>
		</div>

<div class="swell-block-postLink">			<div class="p-blogCard -external" data-type="type3" data-onclick="clickLink">
				<div class="p-blogCard__inner">
					<span class="p-blogCard__caption">NIHONMONO &#8211; 「にほん」の「ほんも&#8230;</span>
					<div class="p-blogCard__thumb c-postThumb"><figure class="c-postThumb__figure"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/12/8406_main.jpg" alt="" class="c-postThumb__img u-obf-cover" width="320" height="180"></figure></div>					<div class="p-blogCard__body">
						<a class="p-blogCard__title" href="https://nihonmono.jp/article/8406/" target="_blank" rel="noopener noreferrer">湯の花温泉の落ち着きあるお宿「すみや亀峰菴」／京都府亀岡市 &#8211; NIHONMONO</a>
						<span class="p-blogCard__excerpt">優雅にくつろぐお宿「すみや亀峰菴」 京都中心地から西、嵐山より車で30分。京の奥座敷と呼ばれる「湯の花温泉」は</span>					</div>
				</div>
			</div>
		</div><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/8415/">日本海の恵みに抱かれる「間人の御宿 炭平」／京都府京丹後市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>日本の伝統美を散りばめたホテル「ハイアットリージェンシー京都」／京都府京都市</title>
		<link>https://nihonmono.jp/article/8413/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 30 May 2010 05:13:06 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[宿]]></category>
		<category><![CDATA[ラグジュアリーホテル]]></category>
		<category><![CDATA[ホテル]]></category>
		<category><![CDATA[東山]]></category>
		<category><![CDATA[京都]]></category>
		<category><![CDATA[ランチビュッフェ]]></category>
		<category><![CDATA[宿泊]]></category>
		<category><![CDATA[京都府]]></category>
		<category><![CDATA[京都旅行]]></category>
		<category><![CDATA[京都観光]]></category>
		<category><![CDATA[ハイアットホテルズアンドリゾーツ]]></category>
		<category><![CDATA[ハイアットリージェンシー京都]]></category>
		<category><![CDATA[宿泊施設]]></category>
		<guid isPermaLink="false">http://nihonmono.jp/?p=8413</guid>

					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/12/8413_main.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>日本の伝統美を醸し出すラグジュアリーホテル 国際的にホテル業を経営する「ハイアットホテルズ アンド リゾーツ」。その一角である「ハイアットリージェンシー京都」は2006年に京都東山に開業した。JR京都駅から車で5分。京都 [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/8413/">日本の伝統美を散りばめたホテル「ハイアットリージェンシー京都」／京都府京都市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/12/8413_main.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><h2 class="wp-block-heading">日本の伝統美を醸し出すラグジュアリーホテル</h2>



<p>国際的にホテル業を経営する「<a rel="noreferrer noopener" href="https://www.hyatt.com/ja-JP/home" target="_blank">ハイアットホテルズ アンド リゾーツ</a>」。その一角である「<a rel="noreferrer noopener" href="https://www.hyatt.com/ja-JP/hotel/japan/hyatt-regency-kyoto/kyoto?src=agn_oth_corp_sem_mrm_apac_sb_managed_kyoto_room_jp_google_brand_jpn_rsa_011&amp;gad_source=1&amp;gclid=Cj0KCQiApOyqBhDlARIsAGfnyMpWOhq6h2mW8TkxIXNFf203M4cEwC0uV7u2tZkxGRqbZxkwWXaDEOUaAgYKEALw_wcB&amp;gclsrc=aw.ds" target="_blank">ハイアットリージェンシー京都</a>」は2006年に京都東山に開業した。JR京都駅から車で5分。京都国立博物館や三十三間堂のほど近くにあり、古くは後白河法皇の御殿が存在していたとされる場所に建つ。</p>



<p><span class="swl-marker mark_yellow">「ハイアットリージェンシー京都」のインテリアコンセプトは「コンテンポラリージャパニーズ」。その考えが遺憾なく発揮された館内の設えは、美術館さながらの現代建築と日本の伝統様式を融合させた空間だ。</span>全189室の客室には、落ち着いたインテリアに加えて、和の美を演出し、京都の雰囲気を眠りにつくまで工夫がされている。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="213" height="320" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/12/8413_img02.jpg" alt="" class="wp-image-9164" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/12/8413_img02.jpg 213w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/12/8413_img02-199x300.jpg 199w" sizes="(max-width: 213px) 100vw, 213px" /></figure>



<h3 class="wp-block-heading">上質なホテルステイを堪能</h3>



<p>さらに滞在中に心と身体をリフレッシュさせるための施設が「<a href="https://www.hyatt.com/ja-JP/spas/Riraku-Spa/home" target="_blank" rel="noreferrer noopener">RIRAKU スパ アンド フィットネス</a>」。<span class="swl-marker mark_yellow">スパとフィットネスセンターを併設しており、スパでは全身のトリートメントだけでなく、鍼灸師やマッサージ師のカウンセリングと施術を受けることができるのだ。</span></p>



<p>宿泊プランはホテルステイをミニバカンスにする様々な趣向が凝らされている。アメリカンビュッフェスタイルの優雅な朝食を楽しむプラン、スパでのリラクゼーショントリートメントを受けることができるプラン、京都観光の入場券が付いたプラン。旅の目的に合わせて上質のホテルステイを堪能することができる。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="213" height="320" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/12/8413_img01.jpg" alt="" class="wp-image-9163" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/12/8413_img01.jpg 213w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/12/8413_img01-199x300.jpg 199w" sizes="(max-width: 213px) 100vw, 213px" /></figure>


<div class="swell-block-postLink">			<div class="p-blogCard -external" data-type="type3" data-onclick="clickLink">
				<div class="p-blogCard__inner">
					<span class="p-blogCard__caption">NIHONMONO &#8211; 「にほん」の「ほんも&#8230;</span>
					<div class="p-blogCard__thumb c-postThumb"><figure class="c-postThumb__figure"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/12/8411_main.jpg" alt="" class="c-postThumb__img u-obf-cover" width="320" height="180"></figure></div>					<div class="p-blogCard__body">
						<a class="p-blogCard__title" href="https://nihonmono.jp/article/8411/" target="_blank" rel="noopener noreferrer">京都の旅をサポートするお宿「京都ブライトンホテル」／京都府京都市 &#8211; NIHONMONO</a>
						<span class="p-blogCard__excerpt">京都旅行の癒しのために 2023年に開業35周年を迎えた「京都ブライトンホテル」は、京都御所の西側、古くからの</span>					</div>
				</div>
			</div>
		</div>

<div class="swell-block-postLink">			<div class="p-blogCard -external" data-type="type3" data-onclick="clickLink">
				<div class="p-blogCard__inner">
					<span class="p-blogCard__caption">NIHONMONO &#8211; 「にほん」の「ほんも&#8230;</span>
					<div class="p-blogCard__thumb c-postThumb"><figure class="c-postThumb__figure"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2010/05/3ba65b37d5dafd03d217d830686fb178.jpg" alt="" class="c-postThumb__img u-obf-cover" width="320" height="180"></figure></div>					<div class="p-blogCard__body">
						<a class="p-blogCard__title" href="https://nihonmono.jp/article/8417/" target="_blank" rel="noopener noreferrer">京都祇園で目覚める高級ホテル「KIZASHI THE SUITE」／京都府京都市 &#8211; NIHONMONO</a>
						<span class="p-blogCard__excerpt">京都祇園で特別なおもてなし 日本の伝統芸能や古くからのもてなしが息づく花柳界、京都祇園。現代の日本の基礎を築き</span>					</div>
				</div>
			</div>
		</div><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/8413/">日本の伝統美を散りばめたホテル「ハイアットリージェンシー京都」／京都府京都市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
	</channel>
</rss>
