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	<title>あさつゆ - NIHONMONO</title>
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	<description>「にほん」の「ほんもの」を巡る旅マガジン</description>
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	<title>あさつゆ - NIHONMONO</title>
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		<title>「美味しい」の一言が茶栽培の原動力。「お茶の川谷園」川谷哲也さん/大分県中津市</title>
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		<pubDate>Mon, 13 Jul 2026 10:10:52 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/DSCF2804.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>大分県北部、険しい岩山と清流が織りなす耶馬溪町（やばけいまち）の山間地に、緑の茶畑が広がっている。ここで茶葉の栽培から販売までを一手に担うのが、「お茶の川谷園」2代目の川谷哲也さんだ。静岡以西では初めて「茶聖」の称号を授 [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/DSCF2804.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>大分県北部、険しい岩山と清流が織りなす耶馬溪町（やばけいまち）の山間地に、緑の茶畑が広がっている。ここで茶葉の栽培から販売までを一手に担うのが、「お茶の川谷園」2代目の川谷哲也さんだ。静岡以西では初めて「茶聖」の称号を授かり、大分の茶づくりをリードする存在として知られている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">国の事業をきっかけに、山の土地でお茶を育てる</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/DSCF9371.jpg" alt="" class="wp-image-54855" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/DSCF9371.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/DSCF9371-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/DSCF9371-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>川谷園の茶葉生産の歴史が始まったのは、昭和49年のことだ。もともと川谷さんの祖父は山仕事をメインに、炭焼きやシイタケ栽培といった山仕事を営んでいた。そして父の代になった頃、国の事業で茶の栽培が行われることに。祖父の代の山仕事では収益が低かったことに課題を感じていた川谷さんの父が開墾された土地に入ったことがきっかけで、茶業に関わり始めた。当初は、日本の茶畑のおよそ7～8割を占める「やぶきた」をはじめとした3〜4品種だったが、川谷さんがこの世界に入って品種の勉強を重ね、さまざまな品種を取り寄せた結果、現在はさえみどり、あさつゆ、あさのか、はるみどり、やぶきた、おくみどり、さきみどりの7品種に少量の紅ふうきを加えた、計8品種を育てるまでになった。</p>



<h3 class="wp-block-heading">専門家も猛反対した「あさつゆ」への挑戦</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/DSCF2697.jpg" alt="" class="wp-image-54856" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/DSCF2697.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/DSCF2697-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/DSCF2697-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>そのなかでも、川谷さんの栽培への情熱を象徴する品種がある。その圧倒的な旨みと鮮やかな緑色から&#8221;天然玉露&#8221;とも称される「あさつゆ」だ。極めてデリケートで寒さに弱いこの品種を冬の冷え込みが厳しい耶馬溪で育てることは、専門家の目には「無謀」と映り、試験場の先生からも猛反対を受けたという。それでも川谷さんは耶馬溪の自然が育むお茶の可能性を信じ、その一歩を踏み出した。</p>



<p>「当時は父親も元気だったのですが、先生から頭ごなしに”無理だ”と言われたことで、我々の反骨精神に火が付いたというのも、栽培に踏み切った理由のひとつです」と川谷さん。</p>



<p>川谷園が位置するのは標高およそ550m。茶の栽培には日中の寒暖差がある土地が向いているとされる一方、霜が降りるほど寒すぎると葉がだめになってしまう。川谷園はまさにそのギリギリのエリアであり、実際に霜害に遭うこともある。しかし川谷さんは、「厳しい環境で育った茶葉はまろやかで薫り高い良い芽になる」と言う。寒さに弱いというあさつゆの特徴は、見方を変えれば、厳しい冬を乗り越えた際にとてつもない甘みとコクを蓄えるポテンシャルでもある。逆境が、味わいの深みを生むのだ。</p>



<h2 class="wp-block-heading">伝統を礎に、科学で進化させた肥料へのこだわり</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/DSCF9338.jpg" alt="" class="wp-image-54857" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/DSCF9338.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/DSCF9338-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/DSCF9338-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>品種への探究と並走するように、川谷さんが力を注いできたのが土づくりだ。良い茶の栽培には良い土が欠かせない。そして良い土を作るのに欠かせないものといえば、栄養を与える肥料だが、父の時代は、えごまの搾りかす、菜種かす、魚かすをそれぞれ別々に畑に撒き、また新芽を出すためには硫安という窒素肥料も別に与えていた。しかし栽培面積が広がり、肥料やりを一手に担うようになった川谷さんは、すべてを別々に行うことの難しさに気づく。そこで思いついたのが、最初から全ての材料を混ぜてひとつの肥料にする方法だ。時を同じくして、「肥料の中身から、好きなようにやっていい」と父から言われたことが転機となり、自分なりのブレンドへと踏み切ったのが5年ほど前のことだ。</p>



<p>川谷さんが辿り着いた配合には、二つの大きな工夫がある。ひとつは、従来の魚かすではなく、魚の内臓や骨を含む魚粉・骨粉を使うことだ。複雑なミネラルと旨み成分を土に蓄えるためだという。もうひとつは、植物の成長に欠かせない窒素成分を補うために、マイナス196℃の液体窒素を肥料に加えることだ。それにより生まれたのが、内容物のほぼすべてが有機素材で構成された、川谷さん独自の配合肥料である。</p>



<p>さらに、茶の新芽を出す「芽出し」のために液体肥料の「ソリュブル」も取り入れている。ソリュブルは魚の煮汁を濃縮した、ミネラルとアミノ酸が豊富な有機液体肥料で、以前使っていた硫安と比べてもお茶の味の深みや濃さが変わった気がしているという。「ただ、ソリュブルは臭いんです。魚の煮汁なので、皮膚についたら2日間くらいはいくら洗っても取れません。手についていたら、食事の時に全部その味に感じられてしまうくらい強烈で」と、川谷さんは笑いながら話してくれた。</p>



<p>伝統を大切にしながらも、科学的な探究心で磨き上げられた川谷園の一杯には、耶馬溪の厳しい風土と、それに挑み続けた川谷さんの執念が凝縮されている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">一途に続ける、手もみという技</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/DSCF2812.jpg" alt="" class="wp-image-54858" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/DSCF2812.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/DSCF2812-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/DSCF2812-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>川谷園では、手もみ茶も取り扱っている。機械を一切使わず人の手だけで仕上げる手もみ茶は、江戸中期に京都宇治の茶業家・永谷宗円が考案したとされるもので、茶の葉を蒸して柔らかくした後、手でほぐし、転がし、捏ねて揉んでという作業を立ちっぱなしで行った後に乾燥させて仕上げるという工程をおよそ6時間かけて行う。出来上がった茶葉は針のように細長く、機械によって余計な力をかけられていない分、湯に浮かべると摘み取ったときの茶の葉の形に戻るという。煎れた時の色はきわめて薄く、乳白色が最上とされる手もみ茶は、口に含めばその色の薄さからは想像もできないほどの濃厚なうま味が広がる。手数の多さから量産はできず、また熟練の技術が必要なことから揉み手も減っているため、市場に出回れば手もみ茶にきわめて高い値がつく。</p>



<p>川谷さんが手もみ茶と出会ったのは、高校卒業後に国立試験場の研修生として学んでいた19歳のときだった。そこで研修同期だったのが、のちに全国手もみ茶品評会で8度の日本一に輝き、日本で初めて「永世茶聖」の称号を授かった中島毅だ。同い年の2人は切磋琢磨しながら技術を研ぎ澄ませ、やがて川谷さんも品評会の舞台に立つようになる。2011年には農林水産大臣賞（1等1席）を受賞し、静岡以西では初めてとなる「茶聖」の称号を授かった。</p>



<p>手間がかかり量産もできない手もみ茶を、なぜ川谷さんは続けるのか。そこには、過去の後悔がある。これまで2度、品評会を欠場したことがある。1度目は手もみの当日朝にぎっくり腰になったとき、2度目は手もみを続けることへの諦めの気持ちが生まれたタイミングだった。しかし、欠場して楽になった気持ちを1とすれば、「やっぱり出場しておけばよかった」という悔いが50から60ほどあったという川谷さん。品評会の結果云々という話ではなく、その年のお茶がどういうものかを感覚で確かめるためにも手もみをしよう——欠場したことで、逆に手もみの存在を実感したことが、今も川谷さんを手もみ茶へと向かわせている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">「お茶らしいお茶」を、一杯の中に</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/DSCF2768.jpg" alt="" class="wp-image-54859" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/DSCF2768.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/DSCF2768-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/DSCF2768-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>川谷園では手もみ茶のほか、煎茶、深蒸し茶、ほうじ茶など幅広いラインナップを揃えており、そのなかには客の声から生まれた商品も少なくない。</p>



<p>川谷さんが目指す味は、「お茶らしいお茶」だ。世の中で「おいしいお茶」といえば、往々にして甘みの強いものが注目されがちで、世間の多くの人もまた、そうした甘味の強いお茶こそを「美味しい」と口にする。かつての川谷さんも、その声に応えるかのように、ひたすらに甘みを追い求める時期があった。しかしその市場で戦い続けることへの疑問が拭えず、考え方を変えた。甘いだけではなく、キリっとした渋みと爽快感が走る。その味わいを理想に据えて辿り着いたのが、上深蒸し茶「翠」だ。毎年最初に仕上げるのもこの「翠」で、前年のものと飲み比べながら納得のいくブレンドを探るため、新茶を摘んでから商品化まで最低でも2週間ほどかかるという。物流が発展した現代では、産地に近い茶舗には摘み取りから3～5日で商品として並ぶ場合もあると考えると2週間はきわめて長いが、川谷さんのこだわりの結晶だともいえるだろう。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/DSCF2858.jpg" alt="" class="wp-image-54860" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/DSCF2858.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/DSCF2858-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/DSCF2858-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>一方、「作らない」と長らく決めていたにもかかわらず、客のリクエストに折れてラインナップに加えた商品もある。玄米茶だ。緑茶は50gや100g単位でパッケージとして売られているのに対し、玄米茶は500gや1kgという大容量である場合が多い。それだけの量があると、一度玄米茶を買ってしまったらしばらくの間ずっと玄米茶ばかりを飲み、緑茶を飲む機会が減るという、川谷さん流に言うと「負の玄米茶ループ」にはまってしまう。それを懸念し、玄米茶は作らないという姿勢を貫いていたものの、熱烈なリクエストを受けるうちに「自分のところで作った玄米を使えばいいのでは」という考えに至り、作ることを決意する。</p>



<p>それが、「my玄米」と名付けられた一品だ。袋を開けて驚くのは、そこに緑茶の葉が一枚も入っていないこと。文字通り、丁寧に香ばしく弾けさせた「玄米だけ」が収められている。あえて緑茶と混ぜ合わせない。この引き算の美学が生んだのは、これまでの玄米茶の常識を覆す自由度だった。玄米茶として味わうならば、緑茶は客が自分で用意する必要がある。「my玄米」においては、「玄米茶を飲み始めると緑茶の消費が減る」という川谷さんの懸念は解決された。加えて、クルトンやあられの代わりにサラダやお茶漬けに使えるという新しい提案により、既存の玄米茶のイメージを軽やかに超えていった。さらにお湯にも水にも溶けるスティックタイプの粉末玄米茶も開発し、こちらも好評を博している。</p>



<p>粉末のお茶は、東京のジェラート屋や千葉のシフォンケーキ教室でも採用されるなど、飲むだけにとどまらない新しい消費者層の開拓にもつながっている。「飲むだけに限らないところが、茶はまだまだ夢がある商品だと感じられる」と川谷さんは目を細めた。</p>



<h2 class="wp-block-heading">九州のレベルを上げ、若手を育てたい</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/DSCF9322.jpg" alt="" class="wp-image-54861" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/DSCF9322.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/DSCF9322-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/DSCF9322-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>茶の有名産地といえば静岡や狭山（埼玉県）が真っ先に思い浮かぶ。大分の名はなかなか前面には出てこない。もし自分が産地の中心で茶を作っていたら、競争に勝てなかっただろうと川谷さんは率直に語る。「おそらく今の九州で、このクラスの手もみ茶を作れるのは自分だという自負はあります。しかし全国の品評会となると歯が立たないこともある。そういう時、九州のレベルがどれだけまだまだなのかを痛感します」と、川谷さん。もちろん九州にも、全国の茶品評会で上位に入る八女市や嬉野市がある。しかし、手もみ茶ではなく別部門においてだ。手もみ茶では、狭山などに遠く及ばない。&nbsp;</p>



<p>だからこそ川谷さんが強く意識しているのが、九州の茶づくりのレベルを上げること、そして若手を育てることだ。品評会に出るには全国組織への加盟が必要だが、大分県にはその組織がなく、川谷さん自身も福岡県・八女の組織に所属している。その八女に育ちつつある若者がいる。その人物と2人で九州の手もみ会を再び盛り上げようというプロジェクトが、今まさに動き始めている。将来的には九州各県に1人ずつ全国に打って出られる作り手を育て、品評会で九州勢が一等に並ぶような未来を、川谷さんは真剣に思い描いている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">「おいしいね」の言葉に力がみなぎる</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/DSCF2827.jpg" alt="" class="wp-image-54862" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/DSCF2827.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/DSCF2827-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/07/DSCF2827-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>川谷園の初代である父が亡くなったのは、2022年のことだ。父が生きていた頃は「自分がやれることを8割の力でやる」という目標を持っていたが、家業をすべて一人でこなすようになった今は、100や120の力を出さなければ間に合わないことを痛感しているという。それは決して楽ではない。しかし、同業者や客から「川谷園のお茶は美味しい」と言われるたびに力がみなぎる。市場の変化は激しく、正解のルートなどないけれど、味わいも含めて柔軟にトライし続けていく。その姿勢を川谷さんは「客の口に入るまでが戦い」と表現した。</p>



<p>ペットボトルの緑茶ドリンクに押され、生の茶葉を売ることをやめてドリンク専用工場へ向かう茶業家も増えているのが現状だ。しかし川谷さんはそこに異を唱える。「学校に行って、茶について深く学んだじゃないか」と。茶の末端価格は野菜のような大きな値崩れが起きにくい。ならば必ず、問屋や社長ではなく茶葉を育てる農家自身が儲かるための突破口があるはずだ。そう言い続け、「生産者のやり方がまだあるはず。それを考えよう」と仲間に呼びかけてきた。</p>



<p>高校卒業後の研修で同期と笑い交じりに語り合った夢は、「みんなでベンツに乗って同窓会ができるくらいになろう」というものだった。あれからおよそ25年。その夢は今、「皆で儲けて、皆で幸せに。そして、その環境を取り巻く人たちまでも幸せにしたい」という思いへと深まっている。お茶づくりを通じて人を幸せにしたい。川谷さんのお茶は、その想いとともに今日も山の茶畑から生まれ続けている。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/54845/">「美味しい」の一言が茶栽培の原動力。「お茶の川谷園」川谷哲也さん/大分県中津市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>今の時代に合う「美味しいお茶」とはーー「そのぎ茶」を長崎から世界へ　茶友 松尾政敏／長崎県東彼杵</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 08 Jun 2022 03:56:33 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[日本茶アワード]]></category>
		<category><![CDATA[東彼杵]]></category>
		<category><![CDATA[煎茶]]></category>
		<category><![CDATA[あさつゆ]]></category>
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		<category><![CDATA[農林水産大臣賞]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/06/kiji1-2.54.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>日本茶と聞くと、思い浮かぶのは静岡や京都。そのような中、長崎県東彼杵（ひがしそのぎ）の「そのぎ茶」が、全国からじわじわと注目を集めている。海外との取引も盛んな茶農家「茶友」の松尾政敏さんを訪ね、長崎から日本、そして海外へ [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/06/kiji1-2.54.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>日本茶と聞くと、思い浮かぶのは静岡や京都。そのような中、長崎県東彼杵（ひがしそのぎ）の「そのぎ茶」が、全国からじわじわと注目を集めている。海外との取引も盛んな茶農家「茶友」の松尾政敏さんを訪ね、長崎から日本、そして海外へと広がり続けるそのぎ茶の魅力へと迫った。<br> </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" width="640" height="427" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/06/kiji1-2.jpg" alt="" class="wp-image-31997" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/06/kiji1-2.jpg 640w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/06/kiji1-2-300x200.jpg 300w" sizes="(max-width: 640px) 100vw, 640px" /></figure></div>


<h2 class="wp-block-heading">日本一に輝いた長崎産の日本茶</h2>



<p>長崎県のほぼ中央部。波穏やかな大村湾を望む東彼杵は、渓谷「龍頭泉」をはじめとする風光明媚な場所や豊かな自然に恵まれた町だ。車で山あいに入ると見えてくるのは、一面の茶畑。温暖な気候と、爽やかな潮風が吹き抜ける斜面地で栽培されている「<strong>そのぎ茶</strong>」は、全国茶品評会で4年連続日本一に輝くなど、今、日本でも注目が高まりつつあるお茶だ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">全国生産量の約2%「そのぎ茶」とは？</h3>



<p>日本茶といえば、細い針状の形をした「煎茶」が一般的だが、ここ東彼杵で作られる「そのぎ茶」は、茶の形を丸くした「<strong>蒸し製玉緑茶（むしせい たまりょくちゃ）</strong>」が主流。勾玉のようなカーブを描く茶葉のその形状から「グリ茶」とも呼ばれ、煎茶と比べると渋みが抑えられてまろやかな味わいが特徴だ。お湯の中でゆっくりと開きながら旨みが抽出されるため、注ぐたびに味や香りの変化を楽しむことができる。</p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" width="640" height="427" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/06/kiji2-2.jpg" alt="" class="wp-image-31998" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/06/kiji2-2.jpg 640w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/06/kiji2-2-300x200.jpg 300w" sizes="(max-width: 640px) 100vw, 640px" /></figure></div>


<p>近年では全国の日本茶品評会などでも常に上位を占めるそのぎ茶だが、中でも農林水産賞や天皇杯、日本茶アワードで大賞に輝くなど、目が離せない銘茶をつくる茶園が、「<strong>茶友</strong>」。2代目・<strong>松尾政敏</strong>さんが夫婦で営む農園だ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">35歳で家業を継ぎ、茶農家の道へ</h3>



<p>標高400メートル。遠く大村湾を望む山の斜面地に広がる茶友の茶畑は、この日収穫間際とあり、青々とした茶の芽が勢いを増していた。先代にあたる政敏さんの父・三千男さんが、この地に茶の木を植えたのが1970年のこと。以降、日本茶の栽培・製造を行ってきた。政敏さんはお茶に囲まれたその暮らしの中で、「自分もいつかお茶づくりをするのだろう」と、漠然と志すようになったという。県立の農業高校へと進学したのち、静岡の国立野菜・茶業試験場で2年間お茶づくりの研修を経て帰郷。本格的に経営にも携わるようになり、2004年、35歳の時に茶園を引き継いで生産から販売までを手掛ける茶友を設立した。</p>



<h3 class="wp-block-heading">自然に寄り添い、茶葉のポテンシャルを引き出す</h3>



<p>茶友で作られるお茶のほとんどは、上にも述べた、蒸し製玉緑茶。茶葉の形を針状に整えるための精揉（せいじゅう）と呼ばれる“揉み”の工程がないため、その茶葉はグリグリと丸い。柔らかで上質な新芽を中心に使用することから、ふくよかな旨みが生まれると共に見た目も繊細な茶葉に仕上がる。「<strong>茶葉本来の形、味、香りなどのポテンシャルを最大限に引き出したい</strong>」と話す政敏さんの言葉通り、茶友の蒸し製玉緑茶は茶葉に余計な力を加えない分、えぐみや苦みが少なくやわらかい甘みがあり、スッと喉を通るような味わいが定評だ。</p>



<p>畑に与える肥料も、骨粉や菜種油の搾りかすなどの有機質を中心に、<strong>できるかぎり化学肥料や農薬は使用しない</strong>。そのため害獣被害も避けては通れないが、有機肥料を混ぜ込むことでふかふかの土質となり、みみずや微生物が豊富な肥沃な土壌になる。  </p>


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<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" width="640" height="427" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/06/kiji3-2.jpg" alt="" class="wp-image-31999" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/06/kiji3-2.jpg 640w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/06/kiji3-2-300x200.jpg 300w" sizes="(max-width: 640px) 100vw, 640px" /></figure></div>


<h3 class="wp-block-heading">畑ごとの環境を見極めた茶づくり</h3>



<p>さらに海と山に囲まれた東彼杵特有の地形が、お茶の味わいに多様さをもたらす。平坦な土地が少ない東彼杵では、海沿いから山の斜面地まで、その標高差によって温度・湿度などに微妙な変化が生じるため、茶友では栽培するお茶の品種や摘期も変えている。「大量生産はできませんが、畑一枚ごとに試行錯誤を重ねながら味を追究していく楽しみがある」と政敏さん。「毎年、よりおいしいお茶を作ろうと心がけてはいますが、100点を取るのは難しいですね。自然の力にはかないません」と穏やかな笑顔で話す。</p>



<h2 class="wp-block-heading">数々の賞に輝く希少なお茶「あさつゆ」</h2>



<p>現在茶友で栽培されているお茶は、全8品種。その中でも、濃厚でありながら渋み・苦味がほとんどなく、甘みと旨みが特徴の「あさつゆ（朝露）」と呼ばれる品種から作られる銘柄『<strong>あさつゆ</strong>』は、茶友の看板商品となっている。あさつゆは、もとは京都宇治の在来種から選抜され1953年に品種登録されたものの、栽培面積は日本の茶畑全体の1％ほどと極めて希少で、茶通に多くのファンを持つ。</p>



<p>温暖な気候が合うことから、ここ東彼杵の環境もあさつゆには適しているが、栽培も製造も非常に難しい品種のひとつだ。政敏さんが作る『あさつゆ』はその品質の高さを評価され、<strong>農林水産大臣賞</strong>や<strong>天皇杯</strong>、また一般の消費者が評価を決める「<strong>日本茶アワード</strong>」などでも数々の賞を受賞。2014年からは、JR九州の<strong>ななつ星クルーズ</strong>にも提供されている。  </p>


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<h3 class="wp-block-heading">毎日飲んでも飽きないお茶を</h3>



<p>『あさつゆ』など個性の強いお茶を作る一方、茶友が目指すのは、日々の暮らしに自然とお茶がある風景だ。「賞を取るような、1杯で満足できるお茶も素晴らしいけれど、気づいたらいつも飲みたくなるような、そんな親しみのあるお茶もしっかり作りたい」と政敏さん。“日本茶離れ”が叫ばれる昨今、より日本茶を身近に感じてもらいたいとの思いから、日本茶にまつわるイベントも積極的に開催している。</p>



<h3 class="wp-block-heading">季節ごとに開催するお茶会</h3>



<p>長崎や東京では、18年ほど前から<strong>お茶会</strong>を定期的に開催。地元の食材を使用した自家製のお菓子と共に、お茶を淹れながら茶摘みの風景を語ってきた。「目の前に出されたお茶をただ飲むよりも、こんな場所で、こんな人たちがお茶を作っているんだと知ってもらうことが大切だと思っています。実際に知ってもらうと、日本茶への関心も高まって、これが飲みたいと言ってくれる方も出てきますから」</p>



<h3 class="wp-block-heading">日本茶の魅力を海外へ</h3>



<p>2016年からは、「ほんものの日本茶をドイツに」を理念に掲げた「<strong>日本茶ドイツプロジェクト</strong>」をスタート。ハーブティーをはじめとしたお茶文化が根強いドイツでは、近年和食ブームの高まりも相まって、日本茶の輸入量が大幅増加。日本からのお茶の輸出先でも、アメリカに次ぐ2位となっている。</p>



<p>※2021年日本茶輸出実績（日本茶輸出促進協議会HPより）</p>



<p>プロジェクトでは、ドイツ各地の茶取扱店やカフェ、レストランなどで、現地住民の日本茶への理解や嗜好の調査を経て、EUの厳しい基準値を満たした日本茶を市場導入。ミュンヘンを中心に、現地ではたびたびお茶会を開催し、政敏さん自らゲストの目の前で日本茶を淹れながら、日本茶トークを繰り広げるという。</p>



<p>「いわゆる“グリーンティー”ってどこにでも売っていますが、きちんとした日本茶じゃないことも多くて。でも僕らからすると、本物の日本茶を知ってほしい、飲んでほしいと思うわけです。そうでないと、せっかく一生懸命作ったお茶が、誰の手にも届かなくなってしまう。そんな気持ちで海外でも活動を始めました」と政敏さん。ドイツでの活動も徐々に広がり、現地のコース料理と日本茶のペアリングをテーマにお茶会を開催した際は、チケットが即完売する人気だったという。</p>



<p>「『あさつゆ』の水出しとコース料理を合わせたんですが、これが意外と合うんですね。そして『このお茶が欲しいから販売して欲しい』という声を聞くと、茶畑での努力の日々はこの瞬間のためにあったと思える。茶葉を作っているだけじゃ到達できない新たなチャレンジになる。これからも、自分たちが手をかけて作ったものをお客さんと共有できる機会をどんどん増やしていきたいですね」  </p>


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<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" width="640" height="427" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/06/kiji5-1.jpg" alt="" class="wp-image-32001" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/06/kiji5-1.jpg 640w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/06/kiji5-1-300x200.jpg 300w" sizes="(max-width: 640px) 100vw, 640px" /></figure></div>


<h2 class="wp-block-heading">これからの日本茶のあり方とは</h2>



<p>「<strong>日本茶を作るだけじゃなくて、飲んでもらうまでが僕たちの仕事</strong>」。そう話す政敏さんだからこそ、現代の“日本茶離れ”のような状況に危機感を抱き、さまざまな活動に勤しんできた。そのような中で気付いたのは、日本茶の正しい淹れ方、飲み方を普及させるのではなく、「<strong>どうやったら日本茶を楽しめるか</strong>」。そのためには、これまで茶業界で当たり前のように言われてきた固定概念を度外視にする勇気も必要だと話す。</p>



<h3 class="wp-block-heading">新たなフェーズに入ったお茶業界</h3>



<p>「急須で淹れるお茶はもちろん素晴らしいけれど、その手間をかけなくてもおいしい飲み方を、茶業界も提案しないといけない。それに一番茶がよくて、二番茶、三番茶はよくない、なんてことはないと思うんですよ。どれも農家さんが一生懸命作っているし、向き不向きがあるという意味で、その時に獲れた茶葉にしか適さない味もあるわけですから。<strong>今の生活、今の人たちに求められている日本茶のあり方って何だろう？</strong>ということも、お茶業界として考えていく時期にきていると思いますね」</p>



<h3 class="wp-block-heading">日本茶の味を追究し続ける</h3>



<p>5年ほど前からは、かつて九州を中心に盛んに作られてきた<strong>釜炒り製法</strong>にも着手。現在は日本茶の中でも生産量がわずか0.03％未満と言われるほどに減少している釜炒り製法だが、釜香（かまか）と呼ばれるその香ばしい香りと独特の風味は、今なお根強い人気を誇る。</p>



<p>「これからの時代に合う“おいしい”を生み出すために、いろいろなことに挑戦していきたいですね」と話す政敏さん。その視線の先に映るのは、新しい可能性に満ちた<strong>日本茶の未来</strong>。</p>



<p>「たった一種類の茶の木が、収穫の時期や製造方法が変わるだけでこんなに多彩な味に生まれ変わる。添加物なんて何一つ加えてないのに、こんな飲み物ってないですよ。僕は、お茶を作ること以外、ほかにできることは何もない。それくらい、お茶が大好きなんです」</p>



<p>政敏さんの言葉を聞いて、その眼差しを見て感じるのは、毎日の生活に日本茶を広めるという使命感を超えたところにある、愛を以て日本茶を暮らしの中に届けたいという、悦びそのものだ。  </p>


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<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" width="640" height="427" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/06/kiji6.jpg" alt="" class="wp-image-32002" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/06/kiji6.jpg 640w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/06/kiji6-300x200.jpg 300w" sizes="(max-width: 640px) 100vw, 640px" /></figure></div><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/31995/">今の時代に合う「美味しいお茶」とはーー「そのぎ茶」を長崎から世界へ　茶友 松尾政敏／長崎県東彼杵</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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