NIHONMONO「にほん」の「ほんもの」を巡る旅マガジン

京都にある日本唯一の金平糖専門店「緑寿庵清水」

京都にある日本唯一の金平糖専門店「緑寿庵清水」

BUY この生産者の商品を見る

南蛮菓子「金平糖」とその歴史

金平糖が日本に渡ってきたその歴史は、戦国時代の1549年までさかのぼる。カステラやボーロなどとともに、ポルトガル・スペイン・オランダなどから伝わった南蛮菓子として伝えられた品々のひとつ。金平糖の名の由来はポルトガル語の「コンフェイト(砂糖菓子)」が語源となっており、ひときわ美しい見た目から大変人気を博したという。ただし、その製法までは伝えられなかったらしく、日本で金平糖が作られ、庶民の間でも知られるようになったのは、江戸に入ってからのことだ。なかでも明治以降、皇室の引き出物として用いられたことから、現在では、結婚や出産などのお祝いの際に引き出物として利用されるようになっている。


一子相伝の技術を継承し続ける、<br>
京都の金平糖専門店です

今回訪れた「緑寿庵清水」は京都にある日本で唯一の金平糖専門店。日本で唯一、というのが意外にも思えるが、その理由のひとつは、金平糖作りは非常に根気が必要で技術を要する作業だから。その作り方はイラ粉というもち米を細かく砕いたものを核にして、そこへ砂糖を溶かした蜜をかけて乾燥させていくというもの。この単純な作業をなんと1種類2週間以上も続けなくてはいけないのだ。


これまでの常識を覆し、<br>
新しい味の金平糖をもたらしました

職人の英知の結晶

レシピがなく、イガを出す技術の習得に20年もかかる金平糖作りは、職人が常に金平糖の状況を見ながら、釜の回転の速度、角度、密の濃度などと調節しなければならず、片時もそばを離れることができない。

さらに、お菓子作りでは砂糖に素材を加えると固まらないとされ、これまでの金平糖は着色した砂糖味だけのものだった。だから見た目には美しくても、味は「砂糖を固めたもの」という域を出なかったが、こちらでは研究を重ね、さまざまな風味の金平糖作りに成功した。チョコレートやブランデー、梅酒など、いまでは50種類ほどの金平糖を販売している。

戦国時代に南蛮から渡り、江戸時代になってからは高級菓子として重宝されてきた金平糖。「元」本場のヨーロッパから見たら、現在の「日本伝統菓子」としての金平糖はどう映るのだろう。きっと、こんなにおいしい金平糖は見たことがないと驚くのではないだろうか。


ACCESS

緑寿庵清水
京都市左京区吉田泉殿町38番地の2
URL http://www.konpeito.co.jp/