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	<title>お菓子 - NIHONMONO</title>
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	<description>「にほん」の「ほんもの」を巡る旅マガジン</description>
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		<title>オーガニックドライフルーツに込めた生きる力への想い「AMBESSA &#038; CO」君島悠矢さん／千葉県南房総市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 25 Jul 2025 09:37:08 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[Organic Grocery Abyssinia]]></category>
		<category><![CDATA[オーガニックドライフルーツ]]></category>
		<category><![CDATA[ラスタファリズム]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/AMBESSA_DSC4657.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>オーガニックドライフルーツの輸入販売事業「AMBESSA」を運営しつつ、自然栽培で自らの食糧を自給し、太陽光でエネルギーをまかない、店舗もセルフビルド。世界を巡る旅で触れた「生きる力」を南房総で身に付け続ける君島さんは、 [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/AMBESSA_DSC4657.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>オーガニックドライフルーツの輸入販売事業「AMBESSA」を運営しつつ、自然栽培で自らの食糧を自給し、太陽光でエネルギーをまかない、店舗もセルフビルド。世界を巡る旅で触れた「生きる力」を南房総で身に付け続ける君島さんは、これからの暮らし方、仕事のあり方を静かに問いかけている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">南房総のAMBESSA直営グロサリー「Abyssinia」へ </h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/AMBESSA_DSC4679.jpg" alt="" class="wp-image-53035" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/AMBESSA_DSC4679.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/AMBESSA_DSC4679-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/AMBESSA_DSC4679-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>房総半島南部は柑橘類や花卉などの栽培が盛んな、千葉県の中でも特に温暖な地域。その南房総の太平洋に面した地域で君島さんは妻の阿久里（あぐり）さん、2人のお子さんの一家4人で暮らしている。海まで歩いて10分足らずの場所ながら、房総丘陵のゆるやかな起伏がある山並みが海沿いにまで迫り、緑豊かな里山を背後に抱えている。この南房総の風景に溶け込むかのように佇んでいるのが、母屋の敷地内にあるAMBESSAの直営店、「Organic Grocery Abyssinia（オーガニックグロサリー・アビシニア）」である。</p>



<p>ちなみにこれらの屋号の由来は、君島さんのフィロソフィーに大きな影響を与えたというラスタ思想から。その起点となるエチオピアの各所でシンボル的に使われているライオンを現地の古代言語でAMBESSAといい、エチオピアのことはAbyssiniaと呼ばれている。</p>



<h3 class="wp-block-heading">「土に還る店」を建てる </h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/AMBESSA_DSC4865.jpg" alt="" class="wp-image-53036" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/AMBESSA_DSC4865.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/AMBESSA_DSC4865-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/AMBESSA_DSC4865-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>2018年に開店したAbyssiniaは、房総半島中部にあるいすみ市の建築事務所「光風林（こうふうりん）」の指導を受けつつ、君島さん自ら設計と施工に挑戦し、山の粘土、海の砂、間伐材や米の籾殻など、暮らしのフィールドにある自然素材を建材として建てた店舗だ。</p>



<p>「形になるまで３年半くらいかかり本当に大変だったんですけども、自分でメンテナンスできますし、機能性もしっかり持たせることができました。例えば、壁に入れた茅（かや）のおかげで断熱ができるようになっています」。自ら自然素材の建築を実践したことで、日本の古民家の良さを再認識したと振り返る。</p>



<p>この「土に還る店」にはオーガニックドライフルーツやナッツ、スパイスやハーブ、そして阿久里さんが作るパンや焼き菓子などがずらりと並ぶ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">規格外にされてしまう食材に価値を与える</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/AMBESSA_DSC4829.jpg" alt="" class="wp-image-53037" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/AMBESSA_DSC4829.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/AMBESSA_DSC4829-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/AMBESSA_DSC4829-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>風味の凝縮されたドライフルーツを直接買い求めることができるのがAbyssinia。まず君島さんにおすすめされたのが、青森県で農薬や肥料を与えずに自然栽培されたリンゴを使ったドライフルーツ。AMBESSAの定番商品の一つであり、 繊細で甘やかな風味と、咀嚼（そしゃく）するたびに滲み出る滋味に富んだ味わいが特徴的だ。</p>



<p>このドライ素材となるリンゴはもともと大きさが小さかったりキズがあったりと、一般的な流通においては規格外とされるもの。規格外とはいえ、味は確かなものである。「そういう市場に流通できないような果物や野菜を買い取り、ドライにして価値を高める。ドライへの加工はそういう取り組みとしての意味も持っています」。</p>



<h3 class="wp-block-heading">選び抜かれた素材をドライ加工する</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/AMBESSA_DSC4659.jpg" alt="" class="wp-image-53038" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/AMBESSA_DSC4659.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/AMBESSA_DSC4659-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/AMBESSA_DSC4659-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>AMBESSAでは2010年より、海外からドライフルーツなどの農産物の輸入を開始し、国内の自然食品店やレストランなどへ卸している。商品は原則として無農薬・無化学肥料で栽培され、添加物や保存料なども使用していないものに限定している。</p>



<p>近年は君島さん一家が栽培するミカンやブルーベリー、レーズン、プルーンなどに加え、知り合いの縁でつながった農園の果実を活用する機会が増えた。これら国産フルーツはアトリエの乾燥機でドライ加工される。</p>



<p>「水分量は15パーセントぐらいが1番いいんですが、乾燥させすぎると干からびてほとんどなくなってしまいますし、乾燥が足りないとカビが発生する原因になります」と、解説する君島さん。「そのギリギリのところを狙うのが難しくもあり、面白みを感じるところ」であるという。</p>



<p>そして、AMBESSAで欠くことのできないドライフルーツが「デーツ（なつめやし）」である。実は、君島さんが北アフリカを旅した時に出会ったデーツが、ドライフルーツの輸入販売を行うきっかけとなったのだ。</p>



<h2 class="wp-block-heading">ドライフルーツを日本へ届けたい </h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/AMBESSA_DSC4603.jpg" alt="" class="wp-image-53039" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/AMBESSA_DSC4603.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/AMBESSA_DSC4603-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/AMBESSA_DSC4603-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>1977年、東京の深川に生まれた君島さん。「会社勤めをすることにすごく抵抗があった」と、20代の頃はアルバイトをして資金が貯まるたびにバックパッカーとして世界各国を旅するような生活を送っていた。</p>



<p>その旅の途上でチュニジア産のドライのデーツを口にした君島さんはそのおいしさに驚くとともに、「当時、クオリティの高いオーガニックドライフルーツが日本に全然なかった」ことからビジネスとしての可能性を見出し、輸入を始めることにした。ただ一方で、君島さんは単にビジネスという側面だけで、ドライフルーツと関わろうと考えていた訳ではない。その頃の君島さんは食事のスタイルを菜食にしており、ドライフルーツへの関心が高まっていた時期だった。</p>



<h2 class="wp-block-heading">中米で体感した自然と共生する暮らし </h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/AMBESSA_DSC4949.jpg" alt="" class="wp-image-53040" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/AMBESSA_DSC4949.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/AMBESSA_DSC4949-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/AMBESSA_DSC4949-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>デーツと出会うよりも前のこと。君島さんは中米の旅で、レゲエ音楽や菜食主義などに影響を与えたラスタファリズム（1930年代にジャマイカの労働者階級と農民を中心にして発生した宗教的思想運動）のコミューンに滞在しており、そこで自然と共生する生き方を体感したことが、自身のフィロソフィーに大きな影響を与えた。</p>



<p>「ラスタファリズムの共同体にあったような自然とともにある生き方は、社会が抱えてるいろいろな課題を少しずつ解決できるヒントになると感じました。そうしたことをドライフルーツなどの商品を通じて伝えられないかなと、当時から漠然とそんなことを思っていたんですね。そして自分自身も、コミューンでお世話になった人たちのように、生きる力を身につけたいと思ったんです」。</p>



<p>その後の旅で、ラスタ思想の起点となっているエチオピアを訪ねた君島さんは、この地を自身における生き方の原点と位置付けた。</p>



<h3 class="wp-block-heading">自給生活の実践 </h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/AMBESSA_DSC4715.jpg" alt="" class="wp-image-53041" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/AMBESSA_DSC4715.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/AMBESSA_DSC4715-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/AMBESSA_DSC4715-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>旅から戻った君島さんは、阿久里さんの実家が千葉県内にあったこともあり、南房総で新たな暮らしのスタートを切った。築80年の古民家を改修し、太陽光で自家発電をしながら、田んぼや畑では農薬や肥料を一切使わない自然栽培を実践。自らの手で暮らしと生業を成り立たせる生活を送っている。</p>



<p>米はカレーやパエリアと抜群の相性を成す品種、サリークイーンなどを栽培。ライ麦は阿久里さんが作るパンやシュトーレンの原料となる。店舗裏にある畑では自給用の野菜や果樹が育ち、収穫後は種取りも行っている。「自分が生きるということを、お金を通じて誰かに委ねるんじゃなくて、自分たちでできることを増やしていく。そうすると、今の生きにくい今の社会が、もう少し楽しく地球と調和したものになっていくんじゃないかなって気がするんです」。</p>



<h2 class="wp-block-heading">生きる楽しさを、次世代に向けて </h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/AMBESSA_DSC4626.jpg" alt="" class="wp-image-53042" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/AMBESSA_DSC4626.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/AMBESSA_DSC4626-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/AMBESSA_DSC4626-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>そんな君島さんは「遊び」も思い切り楽しむ人だ。敷地内の倉庫を改装し、なんとディスコまで作ってしまった。</p>



<p><br>「太陽光で生み出した電気で音を出して、ミラーボールを回して、知り合いがうちの果実で仕込んでくれたクラフトビールを飲みながら食事をしたり。友人たちとそんな風に遊んだりします」と笑う君島さん。商品を通じてAMBESSAの取り組みに関心を持ってもらいつつも、「こうした楽しいことに転換して直接思いを伝える場を開いていきたい」と考えている。</p>



<p>そして今後は、同じコミュニティ内の生産者と消費者が連携し、フードロスの削減に取り組んだり生産物を買い支えたりする「CSA（Community Supported Agriculture）」と呼ばれる地域支援型農業を広めていければと、君島さんはビジョンを描く。「僕らのやってることは未来の世代のためでもあるんです。きれいごとじゃないですけど、やっぱり子供たちに豊かな自然を残していかなきゃいけない。そのために、思いを同じくする仲間たちと一緒に動いていきたいと思うんです」。</p>



<p>今生きていることを実感できる、南房総での日々の生活。君島さんたちはおいしさを通じて、人間としての根源的な喜びや楽しさとは何かを考えるきっかけを与えてくれている。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/53034/">オーガニックドライフルーツに込めた生きる力への想い「AMBESSA & CO」君島悠矢さん／千葉県南房総市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>大豆飴の伝統をつなぐ。「梅屋常五郎」と「鵬学園高等学校」の挑戦／石川県七尾市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 03 Apr 2025 08:17:10 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[石川県七尾市]]></category>
		<category><![CDATA[伝統菓子]]></category>
		<category><![CDATA[和菓子]]></category>
		<category><![CDATA[商品開発]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/DSC10394.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>石川県七尾市には、鎌倉時代から伝わる伝統菓子がある。きな粉と水あめで作る和菓子「大豆飴（まめあめ）」。時代を超えて愛されてきたが、近年は和菓子離れが進み、地元でも大豆飴を知らない人が増えている。現状を打開するため、和菓子 [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/DSC10394.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>石川県七尾市には、鎌倉時代から伝わる伝統菓子がある。きな粉と水あめで作る和菓子「大豆飴（まめあめ）」。時代を超えて愛されてきたが、近年は和菓子離れが進み、地元でも大豆飴を知らない人が増えている。現状を打開するため、和菓子店「梅屋常五郎」と「鵬（おおとり）学園高等学校」の生徒たちが新たな挑戦を始めた。</p>



<h2 class="wp-block-heading">鎌倉時代にさかのぼる「大豆飴」の歴史</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/DSC10272.jpg" alt="" class="wp-image-52653" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/DSC10272.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/DSC10272-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/DSC10272-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>大豆飴と書いて「まめあめ」と読む。石川県七尾市に古くから伝わる和菓子で、きな粉と水あめを練り合わせた素朴な味わいで親しまれてきた。もっちりとした食感と大豆の香ばしい風味が懐かしさとともに口の中に広がり、思わず顔がほころぶ。</p>



<p>ひと言で「古くから」といっても、その歴史は100年や200年ではない。約800年前の鎌倉時代、能登国（現在の七尾市を含む石川県北部）を治めた武将･長谷部信連（はせべのぶつら）が、主君の源頼朝に大豆飴を献上した記録が残されている。また安土桃山時代に七尾を拠点とした武将･前田利家も大豆飴で豊臣秀吉をもてなしたといわれ、いかに長くこの地に根付いてきたかがうかがえる。</p>



<p>栄養価が高く日持ちすることから、江戸時代から明治時代初期にかけて日本海を往来した北前船の非常食としても重宝されたという。</p>



<h2 class="wp-block-heading">七尾の伝統菓子･大豆飴を製造する「梅屋常五郎」</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="549" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/DSC10230_edited.jpg" alt="" class="wp-image-52654" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/DSC10230_edited.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/DSC10230_edited-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/DSC10230_edited-768x511.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>能登半島のなかほどに位置する七尾市は、古来より能登の政治･経済の中心地として栄えた地。室町時代には守護大名･畠山氏（はたけやまし）が、安土桃山時代には前田利家が城下町を築き、大いに繁栄した。こうした背景のもとで茶の湯文化が花開き、和菓子もさかんに作られるようになったという。1915年創業の和菓子店「梅屋常五郎」は七尾の和菓子文化を伝える1軒だ。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/DSC10241.jpg" alt="" class="wp-image-52655" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/DSC10241.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/DSC10241-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/DSC10241-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>4代目の宮川雅州（みやかわ まさくに）さんは和菓子職人として腕を磨き、2020年に先代の父から店を継いだ。看板商品は大豆飴。時代の移り変わりとともに大豆飴を製造する店が減っていく中、宮川さんは代々受け継いできた素材や製法を忠実に守り、七尾伝統の味を伝えてきた。</p>



<p>一方でこんな思いも抱えていた。「大豆飴を買ってくださる方は年配の方がほとんど。若い世代になると、大豆飴を見たことも食べたこともないという方が多い。どうすれば若い人に大豆飴を買ってもらえるだろうか」。先細りしていく伝統と、時代のニーズのはざまで気持ちは揺れていた。そんな折、地元の高校生からこんなオファーを受けた。「一緒に新しい大豆飴を作ってほしい」。</p>



<h2 class="wp-block-heading">大豆飴になじみがない高校生たちの挑戦</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/ootorigakuen_005.jpg" alt="" class="wp-image-52656" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/ootorigakuen_005.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/ootorigakuen_005-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/ootorigakuen_005-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>宮川さんに協力を依頼したのは、七尾市にある鵬学園高等学校の生徒たち。鵬学園は自由な校風で知られ、石川県内で唯一の調理科を持つ。</p>



<p>授業の一環として取り組む探究活動で、あるグループが大豆飴に注目した。「七尾の伝統菓子といわれているけれど、若い世代はあまり知らないし、食べたこともない」。それは宮川さんと同じ思いだった。</p>



<h3 class="wp-block-heading">伝統を絶やさないために、自分たちができること</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/ootorigakuen_055.jpg" alt="" class="wp-image-52657" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/ootorigakuen_055.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/ootorigakuen_055-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/ootorigakuen_055-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>生徒たちは大豆飴の認知度を調べるため、七尾市内の小学5･6年生と中学1〜3年生にアンケート調査を行った。結果は「知らない」が92％。「このままでは大豆飴の長い歴史が途絶えるかもしれない」と危機感を抱いた。</p>



<p>大豆飴を若い世代に知ってもらうためには新しい切り口が必要なのではないか。生徒たちはそう考え、新たな大豆飴の開発を目指して宮川さんに協力を仰ぐことにした。</p>



<p>開発にあたって目標に据えたのは「若い世代に受け入れてもらえる新しい味わいの大豆飴を作る」こと。そこで地方創生にも取り組む中田英寿氏が代表を務めるJAPAN CRAFT SAKE COMPANYに熱意をつづった手紙を送り、監修を依頼した。これまで多くの企業の商品開発を手がけてきた中田氏の知見を借りて、今までにない新しい大豆飴を作りたいと考えたのだ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">中田英寿氏監修のもと、商品開発がスタート</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/DSC10366.jpg" alt="" class="wp-image-52658" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/DSC10366.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/DSC10366-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/DSC10366-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>宮川さんと生徒たち、中田氏との間でオンラインミーティングやメールのやり取りを重ねながら、新しい大豆飴の開発に向けた試行錯誤が始まった。「もっと食感を楽しめるように」「味わいのアクセントにふさわしい素材は何か」「もっと食べやすいサイズに」と課題に一つひとつ対応しながら試作を繰り返す。誰ひとり妥協することなく改良を続け、味わいはどんどん磨かれていった。</p>



<p>宮川さんにとって、中田氏のアイデアも生徒たちの発想も固定観念を打ち破る新鮮さにあふれていたという。「思いもよらない発想だったり、ユニークなリクエストだったり。皆さんの意見を取り入れて作ることには難しさもありましたが、職人としてやりがいを感じました」と笑みを見せる。そして何より、試作を重ねるたびにおいしくなっていく過程に宮川さんは大きな喜びを感じていた。</p>



<p>一方、生徒たちは中田氏とのやり取りの中で、商品開発に大切なのはおいしさだけではないことも学んでいた。商品コンセプトや価格の設定、パッケージデザイン、ネーミング、販売戦略などやるべきことはいくらでもあった。商品が完成して終わりではない。多くの人に手に取ってもらい、売れ続ける商品にするための方法を、中田氏のアドバイスのもとで探求し続けた。</p>



<h3 class="wp-block-heading">約5ヶ月かけて、現代的にアレンジした大豆飴が完成</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/DSC10379.jpg" alt="" class="wp-image-52659" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/DSC10379.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/DSC10379-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/DSC10379-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>ターゲットに据えたのは、旅行意欲の高い30代女性。素材はできるだけ地元産にこだわり、大豆飴にモダンなエッセンスを加えるためチョコレートを使うことにした。</p>



<p>最も工夫を重ねたのは食感と風味の表現だ。きな粉は香ばしさを際立たせるため、店内で大豆を挽いて鮮度を保持。耳たぶのような柔らかさを追求した生地の中にナッツを入れ、食感の対比を楽しめるようにした。ナッツは風味が異なるクルミ、アーモンド、ヘーゼルナッツの3種類。オーブンで焼いて細かく砕き、キャラメルをからめた後にチョコレートでコーティングすることで味わいに厚みを持たせた。</p>



<p>全体の味を引き締めるアクセントとして選んだのは、能登産の塩と醤油。手間をかけて手作りした大豆飴は、ひとつ、またひとつと、つい手が伸びる味わいに仕上がった。</p>



<h2 class="wp-block-heading">能登復興への思いを新しい大豆飴にのせて</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/ootorigakuen_067.jpg" alt="" class="wp-image-52660" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/ootorigakuen_067.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/ootorigakuen_067-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/ootorigakuen_067-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>実は生徒たちの探究活動には、もうひとつのテーマがあった。2024年の能登半島地震で大きな被害を受けた七尾市を「元気にしたい」という思いだ。七尾市内では数多くの建物が倒壊し、鵬学園の校舎にも陥没や外壁のひびなど大きな傷跡が残る。市内には2次避難先や仮設住宅で暮らす人も多く、街も人も傷ついたまま再建の途上にある。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/ootorigakuen_006.jpg" alt="" class="wp-image-52661" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/ootorigakuen_006.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/ootorigakuen_006-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/ootorigakuen_006-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>新しく開発した大豆飴の商品名は「復興の一歩に。そして買ってくれた人に福が来るように」と願い「FUCCO（福来：ふっこ）」に決めた。梅屋常五郎の店頭や金沢駅で販売するほか、全国の多くの人に手に取ってもらえるようにインターネット販売とふるさと納税の販路も確保。売り上げの一部は復興支援金として七尾市に寄付することにした。</p>



<h2 class="wp-block-heading">生まれ変わる大豆飴に、まちの未来を重ねる</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/DSC10307.jpg" alt="" class="wp-image-52662" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/DSC10307.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/DSC10307-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/DSC10307-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>「2024年を、震災が起きた年ではなく『復興元年』に塗り替えたいんです」と生徒たちは力を込める。大豆飴の伝統を新たな形で表現したように、七尾のまちも前向きに復興していけたら。大切なふるさとの未来を描く彼らの思いは、真っすぐで気負いがなく、軽やかだ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">800年の伝統をつないできた誇りを復興の力に</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/DSC10258.jpg" alt="" class="wp-image-52663" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/DSC10258.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/DSC10258-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/04/DSC10258-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>宮川さんは若い世代の感性に触れ、さまざまな学びを得たという。伝統を守ることは、すなわち「想いをつなぐ」こと。「昔ながらの大豆飴のレシピを時代に合わせて変えるのもひとつの方法かもしれませんが、今回のような交流を続けていくことも伝統の継承につながると思います」。新たな交流と視点を広げながら、七尾の誇りである伝統菓子を後世につないでいくことが、これからの宮川さんの目標だ。</p>



<p>生徒たちにとって大豆飴の歴史をたどることは、七尾の歴史をたどることでもあった。鎌倉時代に源頼朝が食べた大豆飴と、宮川さんが受け継いできた大豆飴、そして自分たちが開発した新しい大豆飴。それらが1本の線でつながっていることに、誇らしさを感じたという。「800年も受け継がれているってすごいこと。ポテンシャル高すぎでしょ」と目を輝かせる。</p>



<p>地震の傷跡があちこちに残る七尾市で、和菓子の老舗と地域の高校生たちが挑戦した今回の共同開発プロジェクト。大豆飴を通じた縁から生まれた「FUCCO」は復興への願いをのせて七尾の街へ、そして全国へと広がっていく。</p>



<p>「伝統を守る」とは「思いをつなぐ」ということ。ふるさとに思いをはせて作った「FUCCO」が、傷ついた七尾の街に希望を上書きする新たな伝統菓子となることを、宮川さんも生徒たちも願っている。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/52652/">大豆飴の伝統をつなぐ。「梅屋常五郎」と「鵬学園高等学校」の挑戦／石川県七尾市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>糸島の海をそのまま、塩に閉じ込めて。「新三郎商店」平川秀一さん／福岡県糸島市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 28 Dec 2024 06:25:17 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[プリン]]></category>
		<category><![CDATA[またいちの塩]]></category>
		<category><![CDATA[しおをかけてたべるプリン]]></category>
		<category><![CDATA[塩]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/SHIN003-7855.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>博多駅から地下鉄とJRを乗り継ぎ約45分。福岡市の西側に隣接し、玄界灘に突き出した半島を要する糸島市は、そのアクセスの良さと自然豊かな環境により、2010年以降、関東・関西からの移住先としても人気のエリア。「工房とったん [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/SHIN003-7855.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>博多駅から地下鉄とJRを乗り継ぎ約45分。福岡市の西側に隣接し、玄界灘に突き出した半島を要する糸島市は、そのアクセスの良さと自然豊かな環境により、2010年以降、関東・関西からの移住先としても人気のエリア。「工房とったん」は、そんな糸島半島の北西、まさに“とったん”に位置する製塩所だ。</p>



<h2 class="wp-block-heading">20代、ゼロから塩をつくるまで</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/SHIN035-2352.jpg" alt="" class="wp-image-51134" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/SHIN035-2352.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/SHIN035-2352-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/SHIN035-2352-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>この先にはもう、何もないのではないか、と思わせる細い道を進むと駐車場が見えて来る。そこからさらに5分ほど歩くと現れるのが製塩所「工房とったん」だ。海際の細長い敷地に、塩やプリンを販売する売店、工房、そして竹を組んだ立体的な塩田が並び、平日にも関わらず多くの人で賑わっている。</p>



<h3 class="wp-block-heading">板前を経て、塩を作る職人へ</h3>



<p>この「工房とったん」で塩作りを行い、製造したその塩を主役とした料理店、売店などを営む「新三郎商店」の代表が平川秀一さんだ。かつては懐石料理の板前として、20歳から地元福岡や海外で腕を磨いてきた。</p>



<p>平川さんが糸島で塩作りを始めたのは20代後半のことだ。偶然この場所を訪れた際、福岡でも数少ない南向きの海に太陽の光が降り注ぎ、その海中では、ひじきやワカメなどの海藻類が大きく育っていることを知った。「ここでならきっといい塩が作れる」。板前時代から「料理は素材ありきで成立する」と感じていた平川さんは、この海水を素材、塩を料理に見立て、そう確信した。また2000年代初頭は、それまで国の管理下に置かれていた塩の製造・輸入・流通が完全に自由化されたタイミングでもあった。</p>



<h3 class="wp-block-heading">あえて非効率な方法で</h3>



<p>完全に自由化されたとはいえ、海水の汲み上げには財務省への届出が、また海水の使用には地域の漁業者の承諾が必要だ。海水の使用権を得るため、平川さんは近隣の漁業者を一軒ずつ周り、塩作りへの思いを語り説得していった。</p>



<p>土地もまずは貸してもらい、最初の5年はジャングル化していたこの場所を、塩作りと並行しながら整理。塩作りが軌道に乗ったタイミングで購入した。</p>



<p>こだわったのは、竹を組み立てたクラシックな塩田で天然塩を作ることだ。さまざまな製塩所を見学し、効率良く作れる方法は他にもあったが、あえて非効率な方法を選んだ。それは、「工業的に」ではなく、「有機的に」作られる天然塩の魅力を世の中の人に知って欲しいとの思いからだった。</p>



<h2 class="wp-block-heading">半月かけて、じっくりゆっくり作る塩</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/SHIN010-7880.jpg" alt="" class="wp-image-51135" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/SHIN010-7880.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/SHIN010-7880-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/SHIN010-7880-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>「工房とったん」では、約半月かけて塩を作る。まずは汲み上げた海水を丸太で建てた櫓の塩田の上部から竹に伝わせつつ天日に干し、それを約10日循環させる。そうすることで、単純に浜で釜炊きするよりも、海水の旨み成分を凝縮させることができる。</p>



<p>次に凝縮した海水を工房へ運び、釜の中でじっくりと炊きながらさらに濃度を上げる。同時に不純物を取り除き、さらに炊く。なお「工房とったん」では、釜の燃料に再生燃料を使用しており、炊きの前半には天ぷらの廃油、後半には建築廃材から作った薪を使用している。</p>



<p>釜に移して3日ほど炊き上げると、ようやく塩の結晶が現れる。それらを掬い、杉の樽で一晩寝かせたものが「またいちの塩 炊塩」。さらにそれを鉄釜で炒り、水分を飛ばしたものが「またいちの塩 焼塩」。「工房とったん」を代表する2種類の天然塩だ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">塩の味わいの違い</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/SHIN027-8012.jpg" alt="" class="wp-image-51136" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/SHIN027-8012.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/SHIN027-8012-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/SHIN027-8012-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>ところで、「塩」とひとくちに言っても、その味わいには角が立つものからまろやかなものまで幅がある。その違いは、どこで生まれるのだろう。</p>



<p>平川さんによると、最終工程で生まれるという。釜で海水を炊いていると、上層部には、ミネラルの中でもカリウムやカルシウムなどの塩みが柔らかい成分が集まり、下層部には塩みが立つナトリウムやマグネシウムといった成分が集まる。そのため、抽出した場所によって味が異なるのだ。</p>



<p>「工房とったん」ではその差を利用し、上部、下部の塩をふるって分け、再びブレンドして商品化している。例えば人気の「おむすび塩」は、最初の一口から最後まで、おむすびをより美味しく味わえるようにブレンドした商品だ。</p>



<p>ちなみに、同じ海から作った塩でも、毎回同じ味になるかというとそうではない。例えば春から夏にかけては海藻が増え、塩の味には複雑味が増してくる。逆に冬場は洗練された、フラットな味の塩ができる。季節によってもバリエーションがあることを知ると、塩の味わいがより楽しめるようになるはずだ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">救世主はプリン</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/SHIN030-2339.jpg" alt="" class="wp-image-51137" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/SHIN030-2339.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/SHIN030-2339-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/SHIN030-2339-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>現在でこそ福岡県内外で好評を得ている「またいちの塩」だが、初期は販売数が伸びず、「苦労の連続」だったという。大量生産されている塩に比べると価格は数倍。購入してもらうまでには仕掛けが必要だった。</p>



<p>製塩所で塩を作る工程を見学してもらえるようにしたのも仕掛けの一つだ。ここで実際に目の前の海や製塩の様子を見てもらい、釜から汲み上げた結晶を手に取って食べてもらうと、購入につながった。さらに「しおをかけてたべるプリン（花塩プリン）」を開発・製造。これが「またいちの塩」のヒットを牽引した。</p>



<p>素材は福岡県内産の卵と佐賀県産の牛乳、生クリーム。柔らかめに仕上げてあり、そこにパラリと塩をかけて食べると、味や食感の濃淡が楽しめる。プレーン味ほかキャラメル味、コーヒー味のほか、期間限定のプリンも味わえ、通信販売も行っている。プリンのヒット以降、「新三郎商店」では、おむすびが味わえる店や塩ラーメン店など、塩を中心に置いた店舗を糸島市内で次々と展開し、塩作りを起点にビジネスも循環し始めた。</p>



<h2 class="wp-block-heading">変わりゆく海を守る</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/SHIN018-2316.jpg" alt="" class="wp-image-51138" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/SHIN018-2316.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/SHIN018-2316-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/SHIN018-2316-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>目の前に広がる海水を汲み上げ、天然塩を作り続ける平川さんにとって、今、第一の課題は海の保全だ。</p>



<p>「またいちの塩」は玄海国定公園内にあり、様々な不自由はあるものの、ある程度自然が担保されている。極端な環境の変化や生活排水による汚染は少ない。</p>



<p>それでも、海の状況は刻一刻と変わりつつある。例えば温暖化で、奄美や鹿児島といった南方の海で盛んに養殖されているシマアジが、近年はこの糸島近海でも揚がるようになった。ワカメは、30年前だと収穫時期が2ヵ月近くあったが、10年前には1ヵ月弱に、最近では2週間に。</p>



<p>海水温の上昇は、海藻類が著しく減少する磯焼けも引き起こす。海水温の上昇によりウニが長寿化し、必要以上に海藻を食べ、海中の環境サイクルを変えて行くのだ。そこで平川さんは、「自社でも何かできることを」と、釜炊きの燃料を再生燃料に変え、二酸化炭素の排出量の削減に努めているほか、ウニを養生し、飲食店で味わってもらうプロジェクトをはじめ、「身近な海の危機」を消費者にアナウンスしている。</p>



<p>さらに同じく糸島半島にキャンパスを構える九州大学と連携し、ソーラーパネルで海水を濃縮する方法、フリーエネルギーを使った製塩にも挑戦しながら海のストレス縮小のために動いている。</p>



<h3 class="wp-block-heading">気持ちよく塩を食べてもらいたい</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/SHIN007-7873.jpg" alt="" class="wp-image-51139" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/SHIN007-7873.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/SHIN007-7873-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/SHIN007-7873-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>美しい海を守り、美味しい塩を作る。そんな平川さんの根っこには、どんな思いがあるのだろう。</p>



<p>「僕が料理を始めた理由は、人に喜んでもらうため。ではどういう状況において喜んでもらえるかというと、美味しいものを提供できた時なんです。もし不幸せなことがあったとしても、美味しいものに出合うことで、少し気持ちが楽になる。そのお手伝いをさせてもらえれば。今はそれが、塩作りによって叶えられていると思います」。</p>



<p>ちなみに「またいちの塩」の「またいち」は、平川さんの父の名前だ。「何が美味しいもので、何が美味しくないものなのか、その判断力やセンスを、僕は父に教わりました」。なお会社の名前「新三郎」は、そんな父を生んだ祖父の名前だという。</p>



<p>「20代後半で塩作りを始め、塩害、台風、火事など、ひと通りの苦労を経験した上で喜びもあり、さらにまだまだいろんなことに挑戦していきたいとは思っていますが、そろそろ自分も、次の世代に渡すバトンのことを考える時に来ているように思います。育ててもらったこの土地に少しずつ恩返しをしながら、正しい答えを見つけられたら嬉しいですね」。</p>



<p>3年後には製造と販売を分け、この場所には新たに、海水から塩を作る工程を学べる場を作る予定もあるという。「完成した時は、また次のワクワクできることを探します」と、平川さん。その温かな眼差しの中には、今日と同じように美しくきらめく青い海と、笑顔の人々が集う糸島の未来が見えた。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/51133/">糸島の海をそのまま、塩に閉じ込めて。「新三郎商店」平川秀一さん／福岡県糸島市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>“日本的フランチャイズ”が生む、成長するお菓子づくり「株式会社シャトレーゼHD」／山梨県笛吹市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 24 Sep 2024 07:00:19 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[山梨県]]></category>
		<category><![CDATA[笛吹市]]></category>
		<category><![CDATA[スイーツ]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/09/export13.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>山梨県に本社を置くシャトレーゼは、創業当初は農業を営む全くの素人が“手助け”から始めた小さな菓子店だった。時代に合わせて需要を読み、常に変化を重ねながら“日本的なフランチャイズ”の輪を広げるシャトレーゼはいかにして成長し [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/49730/">“日本的フランチャイズ”が生む、成長するお菓子づくり「株式会社シャトレーゼHD」／山梨県笛吹市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/09/export13.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>山梨県に本社を置くシャトレーゼは、創業当初は農業を営む全くの素人が“手助け”から始めた小さな菓子店だった。時代に合わせて需要を読み、常に変化を重ねながら“日本的なフランチャイズ”の輪を広げるシャトレーゼはいかにして成長し、今後どうやって飛躍していくのか。</p>



<h2 class="wp-block-heading">全くの素人から始まった商売の道</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/09/export1.jpg" alt="" class="wp-image-49731" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/09/export1.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/09/export1-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/09/export1-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>富士山を一望できる笛吹川のほとり、山梨県笛吹市石和町に洋菓子店･カフェ･ホテルが隣接する「YATSUDOKI TERRACE 石和」がある。「雄大な景色が見られるいい場所です」と、話すのは齊藤貴子（さいとうたかこ）さん。菓子の製造･販売、フランチャイズビジネスを展開する「株式会社シャトレーゼHD」の社長だ。2018年に就任して以来、従来の事業に加え、現在は新たなホテル事業にも尽力している。</p>



<p>シャトレーゼは昭和29（1954）年、貴子さんの父、齊藤寛（さいとうひろし）さんの弟が今川焼き風のお菓子「甘太郎（あまたろう）」の販売店を山梨県甲府市（旧紅梅町）で開業したところから始まった。しかし、このお店は上手く軌道に乗らず、弟を手助けしてくれないかと父親に頼まれた寛さんが同年、経営に加わった。それまで専業農家であった寛さんにとって商売の世界は未知の領域。「全くの素人からの出発に不安もあった」と当時を振り返る。</p>



<p>寛さんが手助けをした結果、お店は少しずつ軌道に乗り始め、店舗数を増やしていった。しかし焼きたてを売りとしていた「甘太郎」は、寒い冬の売れ行きは良いが、暑い夏は売り上げが上がらないという問題を抱えていた。そこで寛さんは夏の対策としてアイスクリームの製造販売を開始することに。</p>



<p>しかしいざ工場を作り製造をスタートさせると、アイスクリームの市場は主に大手メーカーが押さえていることがわかる。どれだけ営業をしても良い売り場を用意してもらえず、結局アイスクリーム事業は赤字続きとなったという。そこで寛さんは大手メーカーと同じ土俵で勝負しているのでは上手くいかないと、戦略を模索。当時小売店などには生鮮食品用の冷蔵庫などがまだまだ未導入だった点に着目し、「日持ちのしないお菓子ならば大手は計画生産を設計できないのでは」と、「シュークリーム」の研究開発をスタートさせた。その後の昭和42年（1967）、「株式会社シャトレーゼ」に社名を変更し、本格的にシュークリームの生産を開始する。</p>



<p>「冷蔵庫が無いなら、陳列したらすぐに売れてしまう価格で売り切ってしまえばいいと考えたんです」</p>



<p>手に取りやすい安価な価格設定に舵を切り、他社が1つ50円で売っていた所を、10円と破格で販売をスタートさせる。するとこの戦略が功を奏し、1日50万個製造するシャトレーゼの主力商品へと成長した。</p>



<h3 class="wp-block-heading">自信が確信に変わった瞬間</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/09/export17.jpg" alt="" class="wp-image-49733" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/09/export17.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/09/export17-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/09/export17-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>小さな店舗から始まったシャトレーゼは、今や日本で有数のお菓子フランチャイズ店へと成長している。フランチャイズとは、個人や法人が事業者と契約し、対価（ロイヤリティ）を支払うことで、店名や商品、サービスを販売する権利を得るビジネスモデルのことだ。</p>



<p>ターニングポイントは、まだ県内の小売業者に製品を販売する“卸売り”を専門としていた時のこと。親交のあった関西の菓子店に好意で製法などをアドバイスした所、業績はみるみる向上。ついには上場まで果たしてしまったという寛さんの実体験があった。「自分たちの商品なら全国で通用する」という強い自信が、フランチャイズビジネスを考え始めるきっかけとなったそうだ。まずは足がかりとして工場で作った商品を直接ユーザー販売するための直営店をオープン。畑の中にポツンと立つ店舗で、齋藤さんの父・寛さんは直営店だからこそ提供できる、卸売り金額での販売を実験的にスタートさせる。「小売業界へのチャレンジだった」。そう語る寛さんの熱意は、他社商品に比べて34%も安価な値段となって消費者へ届くことになった。</p>



<p>続いて昭和61（1986）年に、子会社があった千葉県で県外初となる工場直営店をオープン。「安くて美味しい」シャトレーゼのお菓子は瞬く間に好評を呼び、直営店の施策は大成功を納める結果となった。これをきっかけに全国各地から工場直営店の出店申込が相次ぎ、フランチャイズビジネスによる全国展開が始まっていく。</p>



<h2 class="wp-block-heading">「日本的」にこだわるフランチャイズの輪</h2>



<p>そもそもフランチャイズというビジネス形態の発祥はアメリカであり、当時の日本ではあまり馴染みのないものだった。その上でシャトレーゼがこだわってきたフランチャイズモデルについて「アメリカの真似をしている訳では無く、あくまで日本的なんです」と、齊藤さんは強調する。その真意は「ロイヤリティをとらない」という革新的な方針にあった。ロイヤリティとは、商品やノウハウの利権が付与される対価として伴う「利用料」のようなもので、多くの場合は売り上げ金額の数％が利用者から支払われる。しかし、シャトレーゼの展開するフランチャイズビジネスではそれを一切なくしているのだ。条件は資金の用意や、店舗選定などの開業準備を負担すること。そして「まずお客様に喜んでいただく、それから取引先様に喜んでいただく、そして社員に喜んでいただく」というシャトレーゼの「3喜経営」の理念に賛同してもらうこと。それ以上は何も求めないのだと言う。</p>



<p>「ビジネスライクな関係ではなく、仲間なんです。フランチャイズビジネスにおいて、店舗側のオーナーと良い関係性を築くというのはとても重要。お金ではなく理念を通じて企業価値を共有しあう『日本的』な繋がりを大切にしています」</p>



<h3 class="wp-block-heading">海を越えるシャトレーゼ</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/09/export6.jpg" alt="" class="wp-image-49734" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/09/export6.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/09/export6-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/09/export6-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>現在シャトレーゼの店舗は日本国内のみならず、インドネシア、シンガポール、マレーシア、香港、アラブ首長国連邦、タイ、ベトナムと、世界各地に点在している。そこでも、「ビジネスパートナーではなく仲間」という「日本的」なフランチャイズ形態や3喜経営の理念を伝え、経営方針の共有をはかっている。</p>



<p>その際、海外の方も「日本的」な理念を非常に良く理解し、共感しながらコミュニケーションをとってくれることに「とても驚いた」と齊藤さんは話す。商品や看板だけでなく、掲げる理念ごと共有することで築かれる「仲間」という関係性は、今もなお海を越えて広がり続けている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">一段上のシャトレーゼを味わう「YATSUDOKI」</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/09/export12-1.jpg" alt="" class="wp-image-49735" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/09/export12-1.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/09/export12-1-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/09/export12-1-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>令和元年（2019）、シャトレーゼの新たな展開として話題を呼んだのが、従来の商品ラインナップと一線を画す新ブランド「YATSUDOKI」の誕生だ。スポンジを作る材料の卵一つをとっても「山梨県内の契約農家から直接生みたての物を仕入れる」こだわりのプレミアムブランドで、土産品やお遣いの品として幅広いニーズを得ている。元々、誰もが気軽に購入できる比較的安価なお菓子を提供する方針をとってきたが、その反面「ギフト用としてのニーズが生まれないのではないか」という懸念があったと話す齊藤さん。そこで構想が立ち上がったのがこの「YATSUDOKI」ブランドだった。</p>



<p>名前の由来は「八つ刻（やつどき）＝午後3時」の「おやつ時」からきているそうで、「八」の字には山梨県北部にそびえる雄大な八ヶ岳のイメージも込められているそうだ。実際に「YATSUDOKI」の商品は八ヶ岳山麓の肥沃な大地で育まれた素材を使用しており、「美味しいお菓子を作りたい」という思いを共有する農場や牧場と共に畑や土、家畜の飼料などから徹底的に話し合いながら商品作りに取り組んでいる。「手作り感やフレッシュな味わいを感じていただけるようなものになっています」。現在は「一段上のシャトレーゼ」として宮城･埼玉･東京･神奈川･山梨･長野･京都･兵庫と各都府県に次々とショップを展開している。</p>



<h2 class="wp-block-heading">シャトレーゼのこれから</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/09/export20.jpg" alt="" class="wp-image-49736" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/09/export20.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/09/export20-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/09/export20-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>原料費や輸送費の高騰などが騒がれる昨今、お菓子業界も苦境に立たされている。中でも厳しい状況となっているのが、お菓子の原料を作る生産者だ。</p>



<p>「山梨にいると生産者さんたちの窮状がよくわかります。恐らくそれは県内に限ったことではない。より良い製品を作っていくためにやらなければならないことがたくさんあると思っています。彼らを手助けするためにも、まずは拠点である山梨の地で新たな試みを実践し、そこで得たセオリーを各地に広げていきたいです」</p>



<p>齊藤さんは今後取り組んでいくべき課題として「無人化」に着目しているとのこと。工場生産における新システムの構築や、AIを使った自動発注の導入など、「根本的な仕組み作りにチャレンジしていく事で、原料費の削減に踏み切らずとも品質を維持していく方法を模索していきたい」と今後の展開を語る。シャトレーゼのチャレンジが、巡りめぐって生産者への助けとなっていく。まさに理念として掲げている「3喜経営」そのものだ。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/09/export15.jpg" alt="" class="wp-image-49737" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/09/export15.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/09/export15-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/09/export15-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>製造ラインの機械化について「人の手で作るお菓子には敵わないのではないか」と心無い言葉をかけられることもあると言う。「勿論、人の手にどうしたって敵わない部分はあります」と前置きしながらも、「それでもトップレベルのパティシエに技術指導を仰ぎ、機械生産でいかにその技に近づけられるか、手作りと同じお菓子を作ることができるかを日々研鑽し、技術レベルを高めています」と、ネガティブな意見を真っすぐに否定した。</p>



<p>「それくらい大きな改革をしていかないと時代に乗っていけないですから」</p>



<p>時流の変化を敏感に察知し、洋菓子の製造、フランチャイズビジネス、そしてプレミアムブランドの確立と、常に業態をブラッシュアップさせながら大きな成長を遂げてきたシャトレーゼ。時代を乗りこなす柔軟な姿勢を留めることなく、逆境の中で更に大きな飛躍を狙っている。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/49730/">“日本的フランチャイズ”が生む、成長するお菓子づくり「株式会社シャトレーゼHD」／山梨県笛吹市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>名古屋みやげ筆頭。青柳ういろう「もっと愛されるために」五代目長男の新たな挑戦／愛知県名古屋市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 26 Jan 2024 01:00:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[愛知県]]></category>
		<category><![CDATA[名古屋市]]></category>
		<category><![CDATA[ういろう]]></category>
		<category><![CDATA[お土産]]></category>
		<category><![CDATA[青柳総本家]]></category>
		<category><![CDATA[和菓子]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/top-3.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>名古屋みやげの代表格ともいえる青柳総本家の「青柳ういろう」だが、ルーツは中国にあるといわれる。ういろうがどのように始まり、名古屋みやげの定番として人気を博すようになったのか。そのルーツやブランド拡大の立役者、また青柳総本 [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/39988/">名古屋みやげ筆頭。青柳ういろう「もっと愛されるために」五代目長男の新たな挑戦／愛知県名古屋市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/top-3.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>名古屋みやげの代表格ともいえる<a href="https://www.aoyagiuirou.co.jp/" title="">青柳総本家</a>の「青柳ういろう」だが、ルーツは中国にあるといわれる。ういろうがどのように始まり、名古屋みやげの定番として人気を博すようになったのか。そのルーツやブランド拡大の立役者、また青柳総本家の新たなチャレンジに迫る。</p>



<h2 class="wp-block-heading">600年以上前に中国から伝わった、ういろう</h2>



<figure class="wp-block-image size-full is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/5e93c36071a3ccd8a3a67c2b79520d5f.jpg" alt="" class="wp-image-39995" width="899" height="598" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/5e93c36071a3ccd8a3a67c2b79520d5f.jpg 601w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/5e93c36071a3ccd8a3a67c2b79520d5f-300x200.jpg 300w" sizes="(max-width: 899px) 100vw, 899px" /></figure>



<p> </p>



<p>そもそも「ういろう」と聞いて、どんなものを思い浮かべるだろうか。多くの人はつるんとした見た目の和菓子を思い浮かべるだろうが、若い世代では「どんなものかさっぱりわからない」という人も少なくはないという。</p>



<p>ういろうは、愛知県･名古屋のみやげとして長年愛されている和菓子だ。米粉やわらび粉、小麦粉などに砂糖や水、でんぷんを混ぜて蒸している。名古屋のみやげとして真っ先に挙がるものの１つであることから地元では名古屋発祥と思われがちだが、実はルーツは中国だといわれる。</p>



<p>日本に持ち込んだのは、室町時代に中国（当時は「元」の時代）の医術に通じ、薬を調達する役職に就いていた陳延佑という人物。元が明に滅ぼされ、陳氏は日本に亡命。日本に帰化した際に、元王朝時代の役職をもとに陳外郎（ちんういろう）と名乗るようになり、外郎家という名が定着していった。医術に長けていた陳氏が日本で売るようになった薬が良く効くと評判になり、当時の将軍･足利義満氏の招聘で息子の陳外郎大年宗奇氏が京都に移り住んだ。朝廷の接待役を務めていた際に、接待のお茶請けとして出していたお菓子がういろうと呼ばれるようになったとか、<strong>薬の苦味を和らげるために作ったお菓子がういろう</strong>と呼ばれるようになったなど、その辺りは諸説あるとされる。</p>



<p>後に、小田原に城を築く北条早雲氏に招かれ、小田原城下に移り住んだ外郎家。以後、小田原で薬とお菓子を作り続け、<strong>現在も小田原城下町で「株式会社ういろう」として受け継がれる</strong>とともに、日本の他の地域でもういろうが作られるようになったという。</p>



<h3 class="wp-block-heading">名古屋駅構内やホームでの立ち売りを経て、定番みやげに</h3>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="683" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/IMG_2451-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-39998" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/IMG_2451-1024x683.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/IMG_2451-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/IMG_2451-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/IMG_2451.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p> </p>



<p>となると、日本においての<strong>先駆けは神奈川県の小田原市</strong>となるのだが、なぜういろうが名古屋みやげの定番として知られるようになったのか。<strong>そこに青柳総本家の奮闘が隠されているのだ。</strong>青柳総本家はそもそも、明治12年に蒸し羊羹業として創業した。その後二代目が東京でういろうの作り方を教わったことから、ういろうの製造も始めるようになった。</p>



<p>転機となったのは、三代目の後藤為彦さんが、それまで簡易包装により賞味期限が翌日ないし当日だったところを「より多くの人に楽しんでもらいたい」と考え、<strong>日持ちするような製造と包装技術を確立した</strong>ことだ。それにより、為彦さんはJR名古屋駅（当時は国鉄）構内やプラットホームで、初めてういろうの立ち売りを始めることとなった。<strong>後にういろうが名古屋名物となるきっかけとなった</strong>のだ。</p>



<p>努力はチャンスも呼び込んだ。その２年後となる<strong>1964年に東海道新幹線が開通</strong>。構内販売やプラットホームに加えて、青柳ういろう１店だけが車内販売の許可を得てういろうを販売するようになり、名古屋みやげとしての存在を加速させたのだ。</p>



<h2 class="wp-block-heading">名古屋のういろうは米粉が主原料</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="941" height="627" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/image-1.png" alt="" class="wp-image-39999" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/image-1.png 941w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/image-1-300x200.png 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/image-1-768x512.png 768w" sizes="(max-width: 941px) 100vw, 941px" /></figure>



<p> </p>



<p>ういろうは実は、小田原や名古屋だけでなく、三重県伊勢市、山口県、徳島県など各地で名産品となっており、材料や特徴も地域により異なる。ようは、でんぷんに砂糖や水を加えて固めたものであればういろうに属するのだ。名古屋のういろう米粉に砂糖やでんぷん、水を練り混ぜて、蒸して仕上げる。山口県ではわらび粉を入れたり、三重県では小麦粉の割合が多かったりするそうだ。たまに羊羹と間違われることもあるが、羊羹は小豆を主原料とした餡を型に流し込み、寒天で固めた和菓子。似て非なるものである。</p>



<p>シンプルな原材料だからこそ、職人の経験がものを言う。青柳ういろうは国産の米粉を使用しているが、米を収穫した年の天候や気温によってういろうの味や舌ざわりに違いが出る。職人はその違いを見極めながら、理想の味や舌ざわりとなるよう生地を仕込んでいくのだ。湯気の立ち込めるなか、1時間かけて蒸し上がったういろうは、<strong>もっちりとしたやさしい食感と米の香りを感じさせる上品な甘さが特長</strong>となっている。</p>



<p>青柳総本家で一番売れるのは白砂糖を使ったオーソドックスなういろうだが、砂糖の代わりに黒糖や和三盆を使ったり、地元･愛知県常滑市で有名な日本酒「白老 大吟醸」を加えたものなど、味のバリエーションはさまざまだ。</p>



<h2 class="wp-block-heading">ロゴマークがモチーフとなった「カエルまんじゅう」</h2>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="683" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/IMG_2664-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-40002" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/IMG_2664-1024x683.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/IMG_2664-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/IMG_2664-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/IMG_2664.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p> </p>



<p>1989年に創業110周年を記念して作られたのが、今や看板商品のひとつである「<strong>カエルまんじゅう</strong>」。青柳総本家のロゴである柳に飛びつくカエルは不屈のチャレンジ精神を表しているのだが、そのロゴマークのカエルがモチーフとなっている。中にはこしあんが入り、カエルの目は職人が手作業で焼き印を入れている。販売した当初は売れ行きが鳴かず飛ばずだったというが、毎年売り上げを伸ばしている商品。なんとも<strong>愛らしいカエルの表情が消費者の心を捉えて離さない</strong>のだろう。</p>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/IMG_2619-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-40003" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/IMG_2619-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/IMG_2619-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/IMG_2619-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/IMG_2619.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p> </p>



<p>名古屋みやげの代表格としての地位を築いた青柳総本家だったが、コロナ禍で外出が控えられると売上に大きなダメージを受けた。そこで「みやげ以外の可能性を広げられないか」と、社内でブレインストーミングをして生まれたのが、「旅行･出張･無事カエル」「幸福･大吉･福カエル」という<strong>縁起のいい語呂合わせ</strong>。付加価値により、ニーズを広げることに成功した。また「諦めずにチャレンジする」として、受験生向けにもメッセージを届けられないか？と考えた。<strong>不屈の精神は、先祖代々脈々と受け継がれているのだ</strong>。</p>



<p>名古屋の玄関口である名古屋駅から直結するKITTE名古屋店の店舗では、カップのミルクシェイクの中にカエルまんじゅうが入り、まるでカエルまんじゅうがお風呂に入っているような見た目の「カエルのミルク風呂」なるデザートが女性心を捉えた。</p>



<p>このカエルまんじゅうをアレンジして人気を博したのが、2021年に発売した「ケロトッツォ」。この年ブームを呼んだ<strong>マリトッツォとカエルまんじゅうをかけ合わせた和洋折衷のお菓子</strong>だ。すでにマリトッツォがトレンドとして話題を集めていたなかでの商品開発だったため、稔貴さんを中心に開発は急ピッチで進められた。</p>



<p>「1ヶ月で商品化して、3ヶ月ほどの期間限定で販売しよう」最初はそんな思いでのスタートだったが、販売開始1ヶ月で1万個以上が売れるという大ヒットを記録。ケロトッツォは定番商品となり、生クリームとクリームチーズをミックスした定番商品のほかに、「苺」「ラムレーズン＆くるみ」「クリームチーズ＆レモン」のバリエーションも登場した。今後も、青柳総本家の看板を担っていく商品のひとつとなっていくだろう。</p>



<h3 class="wp-block-heading">開店前に連日行列ができた「スライムういろう」</h3>



<p>稔貴さんの新たなチャレンジは留まることを知らない。本業であるういろうにおいても、「それまでういろうを知らない人にも認知してもらい、食べてみてほしい」という思いを抱く。そんななか2022年に期間限定で開発されたのが、ゲーム「ドラゴンクエスト」の世界観が融合したういろう「スライムういろう」。定番のういろうに加えて、コラボ限定のみかん味、キウイ味の3つがセットに。フレーバーもさることながら、<strong>ドラゴンクエストの世界から飛び出してきたかのような</strong>ポップな見た目が話題を集め、開店前から店舗前に行列ができたという。</p>



<h3 class="wp-block-heading">今後は海外も視野に</h3>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="683" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/IMG_2449-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-40004" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/IMG_2449-1024x683.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/IMG_2449-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/IMG_2449-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/IMG_2449.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p> </p>



<p>餅やお米が受け入れられるような国なら、海外でもチャンスはあるかもしれない。日本でも今までのういろうのイメージを覆す食べ方のアレンジなどがあるかもしれない。「昔ながらの味や見た目に凝り固まらずに考えていきたい」と話す稔貴さんのチャレンジは、まだまだ勢いを増していきそうだ。三代目為彦さんが成しえたような変革のチャンスが訪れているのかもしれない。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/39988/">名古屋みやげ筆頭。青柳ういろう「もっと愛されるために」五代目長男の新たな挑戦／愛知県名古屋市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>自然を利用する時代から自然に学ぶ時代へ 老舗和菓子屋「たねや」が目指す未来とは/滋賀県近江八幡市</title>
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		<pubDate>Tue, 27 Sep 2022 02:41:20 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[和菓子]]></category>
		<category><![CDATA[滋賀県]]></category>
		<category><![CDATA[近江八幡市]]></category>
		<category><![CDATA[たねや]]></category>
		<category><![CDATA[老舗和菓子]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/09/main-9.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>近江商人にルーツを持つ有名企業は数多くあるが、全国的な知名度を誇りながら、今なお近江に拠点を置く会社は少ないのかもしれない。周囲の水郷や緑を活かした美しい原風景を再現し、「自然に学ぶ」ものづくりを目指す「たねや」グループ [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/09/main-9.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>近江商人にルーツを持つ有名企業は数多くあるが、全国的な知名度を誇りながら、今なお近江に拠点を置く会社は少ないのかもしれない。周囲の水郷や緑を活かした美しい原風景を再現し、「自然に学ぶ」ものづくりを目指す「たねや」グループCEOの山本昌仁さんを訪ね、その想いを聞いた。<br> </p>



<h2 class="wp-block-heading">材木商から和菓子屋へ。創業150年の老舗和菓子屋</h2>



<p> </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/09/kiji1-7.jpg" alt="" class="wp-image-31997"/></figure></div>


<p> </p>



<p>たねやの創業は、今から150年前。江戸時代には材木商、その後穀物などの種子販売を手掛け、1872年（明治5年）に小さなお菓子屋を始めたのが、たねやの始まりだ。</p>



<p>創業の地は、琵琶湖の東側に位置する滋賀県近江八幡市。時代の流れに合わせて次々に商売の形を変えていったのも、かつてこの地で活躍した近江商人の気質があったのかもしれない。扱うものが種からお菓子に変わっても人々からは呼び慣れた「種屋」の名前で親しまれ、地域の人々につけてもらった大切な名前として、今も<strong>「たねや」</strong>を名乗り続けている。<br></p>



<h3 class="wp-block-heading">戦後6年目には洋菓子の製造をスタート</h3>



<p>菓子屋として歩み始めた当初より和菓子に専念してきたたねやが洋菓子の製造を始めたきっかけに、「青い目の近江商人」といわれた建築家<strong>ウィリアム・メレル・ヴォーリズ</strong>の存在があった。まだまだ和の暮らしが主流だった当時、店の向かいにあったヴォーリズ家では、3時になると庭にテーブルを出してティータイムが開かれていた。誰もが一生懸命働く昼間に、芝生の上でくつろぎながらケーキやクッキーを食べる。当時としてはあり得ない光景だが、ヴォーリズ家との交流を通じてアメリカ文化を学ぶうちに「これからは、こういう時代になっていくのかもしれない」と、<strong>戦後間もない1951年に洋菓子の製造を開始</strong>した。</p>



<p>のちに洋菓子部門は独立し、バームクーヘンで知られる「クラブハリエ」が誕生する。和菓子のたねやと、洋菓子のクラブハリエ。二つのブランドでしっかりと基盤を築き、刺激を与え合うことでたねやグループ独自の味を確立していった。<br></p>



<h3 class="wp-block-heading">お菓子づくりは地域に根差してこそ</h3>



<p>近江八幡市では、毎年3月中旬に春の訪れを告げる伝統の火祭り「左義長まつり」が行われる。たねやではこの時期限定で、みずみずしい青竹に水羊羹を流し入れた「竹羊羹（たけようかん）」を販売する。この竹羊羹が買えるのは、<strong>1年のうちでたったの2日間</strong>。販売期間を延ばせばもっと売れることは間違いないが、それはしないという。<strong>お菓子屋の商売は、歴史、伝統、文化に裏打ちされるもの</strong>。自分たちの商売よりも、地域に溶け込むことを大切に。この時期にしかないお菓子、この歳時だけに出すお菓子をどんなに手間がかかってもつくり続けてきた、たねやの伝統と思いが込められている。<br></p>



<h2 class="wp-block-heading">鞄持ちから始めて最年少で「名誉総裁工芸文化賞」を受賞</h2>



<p> </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/09/kiji2-9.jpg" alt="" class="wp-image-31998"/></figure></div>


<p> </p>



<p>現在の当主は、10代目の<strong>山本昌仁さん</strong>。鞄持ちから始めて10年間、師匠について修業を積んだという。24歳の時に全国菓子大博覧会にて「名誉総裁工芸文化賞」を当時最年少で受賞した。「近江八幡で生まれ育った私には、お菓子をつくりたいというよりも前に、<strong>地元近江八幡の味</strong>を地域の方々やお客様に提供したいという思いがあります。職人は自分の技を追求することに重きを置きがちですが、続けていくには、あくまで<strong>お客様に認めてもらうこと、地域に根ざすことが重要</strong>。売り手だけ、買い手だけでなく、世間にとっても良くなければならない。このことを、常に心に置きながらお菓子づくりを続けています」と山本さんは語る。<br></p>



<h3 class="wp-block-heading">先代の味を残すという考え方は一切ない</h3>



<p>意外なことに、たねやには「先代の味を残す」という考え方は一切ないという。代が替わるごとに、基本的には<strong>すべての商品をリニューアルする</strong>。素材の分量やつくり方も一から見直すが、長年のお客様から「前と変わったね」と言われたら職人としては失格。<strong>「前と変わらずおいしいね」</strong>と言われることがプロの証だという。</p>



<p>世の中が変われば、お菓子も変わらないといけない。例えばひと昔前は、自動販売機でお茶や水が売られることはなかったが、今では当たり前になっている。時代を追うごとに人間の舌も需要も変わっていく。<strong>良いものはもちろん残していくが、変えなければならないことはどんどん変えていく</strong>のが、たねやのスタイルであり、つないできた伝統だ。<br></p>



<h2 class="wp-block-heading">“自然に学ぶ”がテーマのつながりの場 ラ コリーナ近江八幡</h2>



<p> </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/09/kiji3-9.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<p>現在、たねやグループの店舗は全国に40店以上。滋賀県外や都市部でもずいぶん知られるようになり、山本さん自身も全国各地に足を運ぶことが増えた。</p>



<p>「県外で商売をさせてもらって、自分が生まれた地域で何か新しいことがしたいと考えるようになったのが、『ラ コリーナ近江八幡』をつくったきっかけです。かつての近江商人のように自分の足でいろんな地域を見て歩くことで、<strong>近江八幡でしかできないことは何だろう？</strong>と考えるようになりました」。</p>



<p>最初に決めたのは、「自然に学ぶ」というテーマだ。これまでは自然を利用してきた時代、これからは自然を師として学んでいく時代。「ラ コリーナ」はイタリア語で「丘」という意味だ。この辺りには元々ゆるやかな丘が広がっており、そんな原風景のイメージから、イタリアを代表する建築家ミケーレ・デ・ルッキ氏によって名づけられた。地球温暖化で気候が変わると、本来その土地でとれた米や小豆がとれなくなる。お菓子づくりも続けられなくなるかもしれない。そんな心配から始まった壮大な構想には、この土地の原風景に立ち返り、人と自然が共に生きる“いのち”の在り方を示していきたい、という想いが込められている。<br></p>



<h3 class="wp-block-heading">自然を感じる森の中にさまざまな専門店が点在</h3>



<p>敷地面積は甲子園3つ分。施設の一等地である中央部を占めるのは、なんと<strong>田んぼ</strong>だ。50年後、100年後に大きな森になることを夢見て、ドングリを拾って苗木に育て、敷地内のあらゆる場所に植えた。近くの河川敷まで出かけ、この土地の在来種の雑草を集めて移植した。</p>



<p>芝におおわれた三角屋根が特徴のメインショップは、自然素材をうまく取り入れた建築が特徴で知られる建築家・建築史家の藤森照信氏によるもの。背景に広がる山々を一緒に眺めながら、「この土地に吹く風や、季節の移ろいを感じてもらえるような場所をつくりたい」と話して、この建物が生まれたという。和菓子売場の特徴は、今、たねやがつくっている<strong>全商品を買うことができる</strong>こと。創業時からずっとつくり続けている唯一のお菓子<strong>「栗饅頭」</strong>は、栗を刻み入れた白餡がしっとりと風味が良く、それを包む生地はふっくらこうばしい。洋菓子コーナーの一番人気は、クラブハリエの代名詞ともいわれる<strong>「バームクーヘン」</strong>だ。こちらも発売から70年を超える看板商品で、当時は硬い生地が主流だったバームクーヘンを地域の人々の口に合うようふんわりした食感に仕上げ、バームクーヘンのイメージを覆した。</p>



<p>他にも、<strong>雲のように軽い生地の「たねやカステラ」</strong>が味わえるカステラショップ「栗百本」や、山本さんが「私の宝箱」と呼ぶ「ギフトショップ」など、まるでテーマパークのような驚きと楽しみが行く先々に用意されている。<br></p>



<h3 class="wp-block-heading">お菓子屋の秘密基地「キャンディーファーム」</h3>



<p>広大な敷地の中、よりいっそう緑の多いエリアに分け入ると、<strong>自社農園「キャンディーファーム」</strong>が現れる。ここはたねやグループのスタッフだけが入れる<strong>秘密基地のような場所</strong>。キャンディーファームで育った山野草は、鉢植えになって全国にある店舗に送り出され、各店の店頭に自然の彩りを添えている。</p>



<p>自分たちで土づくりから始めた畑では、農薬を使わず、できる限り人の手で行う米や野菜づくりを実践している。春にはツバメが来て巣を作り、いつの間にか住み着いたカモの親子が自然のままに暮らし、最近ではホタルも見られるようになった。</p>



<p>考え事をする時などは敷地内を一周すれば整理がつくし、自然に触れられる場所をつくったことで、従業員のモチベーションも上がったと山本さんは語る。<br></p>



<h2 class="wp-block-heading">自然が教えてくれたこと</h2>



<p> </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/09/kiji4-9.jpg" alt="" class="wp-image-32000"/></figure></div>


<p> </p>



<p>自然をベースにした物語のような世界観が人気を集め、ラ コリーナは年間300万人以上が訪れる一大観光スポットになった。</p>



<p>でも、山本さんが何よりもよかったと感じるのは、<strong>自然から多くを学べたこと</strong>。「小さな苗をひとつ植えると、10年もたてば人の背丈を超える立派な木になります。植えた人がいなくなっても木はこの場所で生き続け、景色となり、代々引き継いでいける。自分の代だけで成果を出そうとせず、<strong>私の代でまいた種が何十年後、何百年後に花を咲かせることを考えながら物事を進めていく</strong>のが良いんだな、という考えを自然から学びました」。<br></p>



<h3 class="wp-block-heading">米一粒、小豆一粒を大切に使う商品づくり</h3>



<p>商品をつくる上でたねやが大切にしているのは、<strong>農家の方がつくってくださった材料を無駄にしない</strong>こと。米一粒、小豆一粒をつくるのに、どれだけの手間と年月がかかっているかを常に考えながら、ある工程で残った部分は別の工程で生かすといった仕組みを整えている。 そして、「きれい」や「洗練されている」よりも、最終的には食べて<strong>「おいしい」</strong>と言ってもらえる商品づくりを目指す。これが創業当時から変わらず、たねやが大切にしていることだ。<br></p>



<h3 class="wp-block-heading">人と自然が共に生きる未来へ。たねやの挑戦は続く</h3>



<p>山本さんいわく、「構想の進行度合いはまだ3分の1くらい」。もともとやりたいことはたくさんあったが、自然に目を向けるようになって、やりたいことがさらに増えたという。「社長室にいては新しいことができない」と、全国各地の生産者や興味のある場所を訪ねては話を聞き、そこで得たアイデアを持ち帰って実践してみるのが今の楽しみだそうだ。当代としてできることは精一杯やって、次の代へと引き継いでいく。その継承自体も、自然の流れに寄り添い、学びながら進めていきたい。近江八幡の自然を活かした美しい原風景を見つめながらそう語る山本さんと、たねやの挑戦はこれからも続いていく。 </p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/33057/">自然を利用する時代から自然に学ぶ時代へ 老舗和菓子屋「たねや」が目指す未来とは/滋賀県近江八幡市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>伝統にアレンジを加えた栗きんとん・恵那寿や／岐阜県恵那市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 07 Sep 2022 01:00:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[岐阜県]]></category>
		<category><![CDATA[恵那市]]></category>
		<category><![CDATA[栗きんとん]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/09/main-3.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>  栗きんとん発祥の地 岐阜県南東部に位置し愛知県、長野県に隣接する恵那市。豊かな自然と歴史の息吹を感じるまちだ。かつては交通の要所として栄えた。中山道49番目の宿場である大井宿（おおいじゅく）は、美濃十六宿中随一の規模 [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/09/main-3.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p> </p>



<h2 class="wp-block-heading">栗きんとん発祥の地</h2>



<p>岐阜県南東部に位置し愛知県、長野県に隣接する恵那市。豊かな自然と歴史の息吹を感じるまちだ。かつては交通の要所として栄えた。中山道49番目の宿場である大井宿（おおいじゅく）は、美濃十六宿中随一の規模。格式高い本陣の門や格子戸の見られる庄屋宅が立ち並び、明治13年の明治天皇巡行の折にもご宿泊所となった場所だ。宿場内には敵の進入を防ぐために設けられた「桝形」が６か所にも見られるが、これほどの数が見られるのはここ大井宿だけ。当時の繁栄ぶりがうかがえる。信州・木曽へ塩や織物を運ぶ南北街道、繭（まゆ）や薪を運ぶ中馬（ちゅうま）街道が交差する宿場町として、伊勢参りの往来客などでおおいに賑わった。</p>



<p>こうして<span class="swl-marker mark_yellow">行きかう旅人をもてなすために恵那地方の山で採れた栗を茹で、布巾で絞って菓子としてふるまったのが、栗きんとんのはじまり</span>とされている。恵那地方の一部であるJR中津川駅前には「栗きんとん発祥の地」と記された石碑が立てられ、9月9日の“重陽の節句”には駅前で無料の栗きんとんがふるまわれ、感謝の気持ちを込めた神事が行われている。宿場町としての機能は縮小したものの風情ある街並みが残る現在は、栗が収穫できる秋口から1月頃までしか販売されないこともあり、栗きんとんを目当てに足を運ぶ観光客も多い。 </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/09/kiji2-3.jpg" alt="" class="wp-image-31998"/></figure></div>


<p> </p>



<p><span class="swl-marker mark_yellow">栗きんとんの魅力は、なんといっても素材を生かした味だ。</span>上品でありながらも、どこか懐かしさを感じる素朴な風味がクセになる。また栗自体がカリウム、カルシウム、マグネシウム、リン、亜鉛、鉄などの人間の健康に欠かせないミネラルが豊富なことに加え、ビタミンも多く、食物繊維も摂取できるとあって、美味しいばかりでなく健康促進にも一役かってくれるのも嬉しい。製法は至ってシンプル。炊いた栗を丁寧に裏ごしし、砂糖を加えて茶巾で成形するのみ。だからこそ、素材と技術の違いが顕著に現れ、客はシビアに評価する。</p>



<h2 class="wp-block-heading">伝統とアレンジの「恵那寿や」の栗きんとん</h2>



<p>岐阜県恵那市を中心に、陶器のまちとして知られる多治見市などを含む東濃地区で6店舗を展開する和菓子店『<a href="https://www.suya.co.jp/" target="_blank" rel="noopener" title="恵那寿や">恵那寿や</a>（えなすや）』は60年以上続く老舗。江戸時代に創業した『中津川すや』からのれん分けする形で始まったとされる。東濃地方には、ほかにも多くの和菓子店が地元で採れた栗を使った各店独自の栗きんとんを展開しており、しのぎを削っている。<span class="swl-marker mark_yellow">『恵那寿や』の栗きんとんの特徴は、伝統的な製法を大事にしつつ、栗の粒を残して炊き上げることで、食感にアレンジを加えていること。栗の粒を噛みしめると、こっくりとした甘さとともに豊かな風味が口の中いっぱいにふんわりと広がる。 </span></p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/09/kiji3-3.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<p><span class="swl-marker mark_yellow">「恵那寿や」は、中津川市や恵那市周辺の名産である恵那栗に固執せず、全国からその年、その時に良い栗を厳選し、熟練の和菓子職人たちが、その状態を見極めて微調整を加えながら繊細な味わいを完成させていく。</span></p>



<p>また本店から車で10分ほどにある本社工場に併設された観音寺店は伝統的な数寄屋造りを採用しており、趣のある佇まいが自然豊かな美しい周辺風景に溶け込んでいる。新緑や紅葉が美しい庭の景色を楽しめる飲食スペースを携え、そのノウハウを生かした「栗パフェ」を展開するなどして、匠の技と現代のニーズのマッチングを図っている。栗を熟知する職人ならではの商品を数多く展開しており、客を飽きさせない。 </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/09/kiji4-3.jpg" alt="" class="wp-image-32000"/></figure></div>


<p> </p>



<p>栗ひとつとっても、さまざまな楽しみ方を提案できる技術とアイデアから、和菓子を堪能するだけでなく、見立てのあり方を自然と学べる場所なのだ。周辺には「天空の城」と名高い国指定史跡の苗木城跡などの観光名所もありドライブをしながら周辺を訪ね、休憩を兼ねて立ち寄ってみるのもよさそうだ。 </p>






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		<title>四万十川の清流で育てられたおいしいお米「宮内商店」／高知県四万十町</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 22 Sep 2021 05:27:01 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[ブランド米]]></category>
		<category><![CDATA[にこまる]]></category>
		<category><![CDATA[農業]]></category>
		<category><![CDATA[米]]></category>
		<category><![CDATA[スイーツ]]></category>
		<category><![CDATA[お米]]></category>
		<category><![CDATA[高知県]]></category>
		<category><![CDATA[四万十町]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2021/09/main-5.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>安心安全な「にこまる」ブランド米 高知の米と聞いても、あまりピンとこないかもしれない。だが、仁井田町でつくられる「にこまる」は、これまで米・食味分析鑑定コンクールやモンドセレクションなど数々のコンテストで賞を受賞してきた [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2021/09/main-5.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><h2 class="wp-block-heading">安心安全な「にこまる」ブランド米</h2>



<p>高知の米と聞いても、あまりピンとこないかもしれない。だが、仁井田町でつくられる「<a href="https://www.miyauchi-s.co.jp/nicomaru.html">にこまる</a>」は、これまで米・食味分析鑑定コンクールやモンドセレクションなど数々のコンテストで賞を受賞してきたブランド米だ。<br>「にこまるは、もともと<span class="swl-marker mark_yellow">長崎で生まれた暑さに強い品種です。仁井田町では、さらにこの米をおいしくする研究を重ね、63軒の米農家が有機質肥料だけを使ってこの米を栽培。精米にもとことんこだわって出荷しています。関東ではあまり馴染みがないかもしれませんが、西日本ではかなり人気があり、地元の店でも高値で取引されている</span>んです」（宮内商店・片岡源蔵社長）</p>



<p>仁井田町は土佐藩の時代から米どころとして知られてきた。米がおいしくなる理由は、高地にあるため夏場から収穫前の時期に日中と夜間の寒暖差が10度以上と大きいことと、四万十川の清流のおかげだとか。<a href="https://www.miyauchi-s.co.jp/index.html">宮内商店</a>が提携する契約農家では「安心・安全な米づくり」にもこだわっている。田植えの前に苗を育成するが、このときに種を消毒することが重要で、これを怠ってしまうと種子が病気になってしまい大きな被害が出やすくなってしまう。そのため、種を消毒することが一般的なのだが、宮内商店が契約している農家では、この<span class="swl-marker mark_yellow">消毒に農薬を使うのではなく、籾を60℃の温湯に10分間つける「種籾温湯消毒」という方法を取り入れた、環境に配慮した米づくりを行っている。ほかにも様々な工夫と研究を繰り返し、全国の産地がお米の味を競う「米・食味分析鑑定コンクール」で15年連続受賞したほか、平成28年、令和元年、令和2年には魚沼産コシヒカリと肩を並べる「特A」ランクのお米に認定された。</span></p>


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<figure class="aligncenter size-full"><img decoding="async" width="640" height="427" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2021/09/09072019_tabi_1227.jpg" alt="" class="wp-image-30465" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2021/09/09072019_tabi_1227.jpg 640w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2021/09/09072019_tabi_1227-300x200.jpg 300w" sizes="(max-width: 640px) 100vw, 640px" /></figure></div>


<h2 class="wp-block-heading">お米でつくったスイーツ</h2>



<p>用意していただいた炊きたてのご飯を食べると、たしかにもちもちとしていて食味がいい。高地名産のカツオのたたきなどといっしょに食べれば、どんどん箸が進みそうだ。「スイーツも作っているんですね」<br>米も好きだが、スイーツにも目がない中田英寿が目をとめたのは、仁井田米のカステラ。<span class="swl-marker mark_yellow">宮内商店では、仁井田米の米粉をつかったカステラやバームクーヘン、ロールケーキなどを販売。しっとりもちもちの食感で、こちらも土産物として人気があるのだという。</span>「2006年から米粉の菓子を作るようになったんですが、最近はグルテンフリーを求める方が多く、おかげさまで人気があがっています」<br>こだわりの米でつくったこだわりのスイーツがおいしくないわけがない。<span class="swl-marker mark_yellow">「にこまる」は、おいしくて笑顔になるというのがネーミングの理由だとか。</span>仁井田町で育った「にこまる」は、さまざまなカタチでたくさんの笑顔を生み出しているのだ。</p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full"><img decoding="async" width="640" height="427" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2021/09/09072019_tabi_1369.jpg" alt="" class="wp-image-30466" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2021/09/09072019_tabi_1369.jpg 640w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2021/09/09072019_tabi_1369-300x200.jpg 300w" sizes="(max-width: 640px) 100vw, 640px" /></figure></div>

<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full"><img decoding="async" width="640" height="427" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2021/09/09072019_tabi_1311.jpg" alt="" class="wp-image-30467" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2021/09/09072019_tabi_1311.jpg 640w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2021/09/09072019_tabi_1311-300x200.jpg 300w" sizes="(max-width: 640px) 100vw, 640px" /></figure></div><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/30462/">四万十川の清流で育てられたおいしいお米「宮内商店」／高知県四万十町</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>東京を代表する洋菓子の名店「エーグルドゥース」／東京都新宿区</title>
		<link>https://nihonmono.jp/article/29937/</link>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 23 Jun 2021 11:38:07 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[洋菓子]]></category>
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		<category><![CDATA[スイーツ]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2021/06/top.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>愛されるケーキ屋「エーグルドゥース」 目白のケーキ店『エーグルドゥース』は常に多くの客で賑わっている。店内には大きなガラスケースがあり、ショートケーキ、モンブラン、シュークリーム、ミルフィーユなど、“おなじみ”のラインナ [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2021/06/top.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><h2 class="wp-block-heading">愛されるケーキ屋「エーグルドゥース」</h2>



<p>目白のケーキ店『<a href="https://www.instagram.com/patisserie_aigredouce/" target="_blank" rel="noreferrer noopener">エーグルドゥース</a>』は常に多くの客で賑わっている。店内には大きなガラスケースがあり、ショートケーキ、モンブラン、シュークリーム、ミルフィーユなど、“おなじみ”のラインナップからオリジナルの種類も豊富なケーキ、パウンドケーキに焼き菓子、マカロンなど、とてもたくさんの商品がある。オシャレな外観と大きなウィンドウ、カラフルで美味しそうなお菓子が沢山並んでいる店の雰囲気は、ヨーロッパのスイーツショップのようだ。<br><span class="swl-marker mark_yellow">「近所の人が散歩の途中に寄ってくれるような店が理想。おじいちゃんおばあちゃんから小さな子どもまで、みんなに愛されるケーキ屋を目指しています」（パティシエの寺井則彦さん）<br></span>日本で修行したのち渡欧。フランスやベルギーの店で腕を磨き、製菓学校の名門「<a href="https://www.cordonbleu.edu/home/ja" target="_blank" rel="noreferrer noopener">ル・コルドン・ブルー</a>」の講師として帰国。その後、「<a href="https://www.instagram.com/hoteldemikuni/" target="_blank" rel="noreferrer noopener">オテル・ドゥ・ミクニ</a>」でパティシエをつとめていた寺井さん。<span class="swl-marker mark_yellow">オープンは2004年。「エーグルドゥース」の意味は、フランス語で「甘い、酸っぱい」だという。</span></p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full"><img decoding="async" width="640" height="427" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2021/06/12062019_tabi_2389.jpg" alt="" class="wp-image-29940" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2021/06/12062019_tabi_2389.jpg 640w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2021/06/12062019_tabi_2389-300x200.jpg 300w" sizes="(max-width: 640px) 100vw, 640px" /></figure></div>


<h2 class="wp-block-heading">こだわりが詰め込まれた洋菓子</h2>



<p>中田英寿は、年に数回「どうしても食べたくなって」、この店のショートケーキを購入する。一見、普通のケーキ屋さんだが、素材選びから製法まで、エーグルドゥースのケーキには、並々ならぬこだわりが詰め込まれている。<br>「モンブランはふわふわとした食感が命なので、オーダーを受けてからつくります。できれば１時間以内に食べてほしいですね」そんな出来たてのモンブランは、フォークを刺し、持ち上げた瞬間から確かに軽やかでふわふわ。土台となるメレンゲまでふわふわで一口食べると、栗のさりげない甘みと風味が豊かなマロンクリームがさらっととけて口の中いっぱいにひろがる。</p>



<p><span class="swl-marker mark_yellow">中田が絶賛するショートケーキ「シャンティフレーズ」も見た目は昔ながらのショートケーキ。イチゴ、クリーム、そしてスポンジ。たったそれだけの組み合わせなのに、イチゴの酸味、クリームのコク、スポンジの食感がまさに三“味”一体となって口の中を通り抜け、身体にすっと入っていく。これまで食べてきたショートケーキとは、まるで別次元だ。</span>ケーキのほかにも焼き菓子の人気も高い。<br>常時10種類程度あるというケーク・オ・フリュイ（パウンドケーキ）やマカロン、フィナンシェ、カヌレなど、どれも期待以上に美味しく、ギフトとして購入されることも多いらしい。</p>



<p>店の奥をのぞくと、10人以上の若者が白衣に身を包んでケーキをつくっていた。店のサイズに対して多すぎるような気がして尋ねてみると、「本当においしいケーキをつくろうと思ったら、すごく手間ひまがかかる。だからどうしても人数が多くなってしまうんです」素材にこだわり、作り方にこだわり、そして人にこだわる。そんな店のケーキがおいしいのは当たり前なのかもしれない。</p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full"><img decoding="async" width="640" height="427" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2021/06/12062019_tabi_2362.jpg" alt="" class="wp-image-29941" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2021/06/12062019_tabi_2362.jpg 640w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2021/06/12062019_tabi_2362-300x200.jpg 300w" sizes="(max-width: 640px) 100vw, 640px" /></figure></div>

<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full"><img decoding="async" width="640" height="427" src="https://swell.nihonmono.jp/wp-content/uploads/2021/06/12062019_tabi_2369.jpg" alt="" class="wp-image-29942" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2021/06/12062019_tabi_2369.jpg 640w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2021/06/12062019_tabi_2369-300x200.jpg 300w" sizes="(max-width: 640px) 100vw, 640px" /></figure></div><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/29937/">東京を代表する洋菓子の名店「エーグルドゥース」／東京都新宿区</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>世界一に輝いた日本人の絶品ジェラート　マルガージェラート/石川県能登町</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 15 Mar 2021 09:08:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[アイス]]></category>
		<category><![CDATA[世界チャンピオン]]></category>
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		<category><![CDATA[石川県]]></category>
		<category><![CDATA[ジェラート]]></category>
		<category><![CDATA[石川]]></category>
		<category><![CDATA[能登半島]]></category>
		<category><![CDATA[イタリア]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2021/03/53_honbun3-1024x819.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>石川県能登町にある「MALGA GELATO（マルガージェラート）」は、世界的にも知られるジェラート職人である柴野大造さんのジェラートショップ。地元産の上質な食材を積極的に取り入れ、科学と感性が融合した、五感を揺さぶる味 [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2021/03/53_honbun3-1024x819.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p class="has-text-align-center"><strong>石川県能登町にある「MALGA GELATO（マルガージェラート）」は、世界的にも知られるジェラート職人である柴野大造さんのジェラートショップ。<br>地元産の上質な食材を積極的に取り入れ、科学と感性が融合した、五感を揺さぶる味わいのジェラートを日々生み出しています。</strong></p>



<h2 class="wp-block-heading">世界一のジェラート</h2>



<p>石川県の能登半島北部に位置する能登町には、2017年にアジア人として初めてジェラート世界一に輝いた、ジェラートマエストロ・柴野大造さんのお店「<strong>マルガージェラート</strong>」がある。</p>



<p>柴野さんは石川県・能登町に生まれ、東京農業大学・農学部を卒業した後に家業である酪農の道に就く。<strong>「地元の生乳のおいしさをもっと幅広い年代の方に知ってもらいたい</strong>」という思いから、<strong>独学</strong>でジェラートづくりを始めた。そして、2000年能登町に牧場直営のジェラートショップ「マルガージェラート能登本店」をオープンした。その後、<strong>イタリアで行われるジェラートの大会</strong>へ出場するようになり、美味しいジェラートには組成理論があるということにたどり着いた。そして、ついに2017年にイタリアで行われたジェラートの世界大会に出た際には<strong>アジア人として初めて世界一</strong>に輝いた。</p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://cdn.shopify.com/s/files/1/0397/6170/7163/files/53_honbun1_46804dff-eaee-4044-89b7-13d5c5a572fa_1000x.jpg?v=1628660736" alt="" width="825" height="550"/><figcaption class="wp-element-caption"><br></figcaption></figure></div>


<h2 class="wp-block-heading">科学＋想像力で驚きのおいしさに</h2>



<p>ジェラートは、牛乳・砂糖・卵、生クリームにナッツやチョコレート、フレッシュなフルーツなどを混ぜ合わせ、空気を含ませながら冷やし固めるという作業を繰り返す。作り方は<strong>シンプルで自宅でも作って楽しむことができる</strong>人気スイーツだ。しかし、プロの世界では、おいしいジェラートの水分率・固形分率・空気含有率の配合比率などが<strong>科学的に決まっている。</strong>その決まっているルールの中で、どんな素材を組み合わせるか、という<strong>想像力</strong>を働かせてオリジナルの商品をつくる。それこそがジェラートマエストロたちの<strong>腕の見せ所</strong>になるそうだ。柴野さんもそのことを知り、イタリアの分厚い専門書を翻訳して研究した。そうして基礎を身につけ、自分の想像力を駆使した味を生み出してくうちに、「<strong>イタリア最優秀職人」の２年連続受賞（</strong>2015・2016年)、<strong>ジェラート日本チャンピオン</strong>（2015年）、そして、2017年には<strong>Sherbeth Festival 2017(イタリア・パレルモ)で総合優勝、世界チャンピオン</strong>に輝いた。</p>



<p>柴野さんのジェラートは科学に基づいた確かな知識と、自由で柔軟な想像力から生み出されている。そうしてできたジェラートは人々が<strong>想像できないような驚き</strong>を提供し続けている。</p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2021/03/kiji1_2.jpg" alt="" width="825" height="550"/><figcaption class="wp-element-caption"><br></figcaption></figure></div>


<h2 class="wp-block-heading">味わい深いフレーバーの数々</h2>



<p>柴野さんのジェラートは自然豊かな能登で育った地元の生乳を使用し、そのほかも厳選された<strong>地元食材</strong>などを使用している。その中で目指すのは“<strong>五感で感じるジェラートづくり”</strong>だ。特にアロマを大事にしていて、素材本来を生かした味を引き出しながらも、数種類のスパイス、花や抽出エキスなどを駆使して複雑な香りを演出している。</p>



<p>マルガージェラートの中で、特に人気の高いフレーバーは「<strong>グランピスタチオ</strong>」「<strong>能登塩ピスタチオとオレンジバニラのマスカルポーネ</strong>」と、柴野氏が世界一に輝いた作品「<strong>パイン・リンゴ・セロリ</strong>」の３つだ。</p>



<p>「グランピスタチオ」は、地元奥能登産のミルクにお店でローストしたピスタチオのオリジナルペーストをミックスしている。ミルクのやさしさと濃厚なピスタチオのバランスのよい味わいが楽しむことができ、絶品だ。「マスカルポーネとオレンジバニラ」は、オレンジとバニラビーンズの香りを感じるマスカルポーネジェラートにベリーソースの酸味がアクセントとなって、コクがあるのにさっぱりとした味に仕上がっている。「パイン・リンゴ・セロリ」は、コールドプレスした素材にライム果汁やミントなどをプラスしたものだ。フレッシュさを味わったときに感じるアロマに衝撃を受ける逸品だ。これらの人気フレーバー以外にも、加賀棒ほうじ茶、金澤スイートポテトといった地元石川の素材を活かしたスイーツがオンラインでも購入することができるので、お取り寄せしてみるのも良いだろう。</p>



<p>柴野さんは感動するほどおいしいジェラートの秘密を「<strong>ストーリーを練りこむこと</strong>」だと話す。生産者が<strong>こだわりを持って作った素材</strong>と、それをジェラートを通じて<strong>引き出す技術</strong>が組み合わさることで、食べた人の心の琴線に触れるものになっている。こうして誰も味わったことのないようなジェラートを石川県から発信している。</p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2021/03/kiji3_2.jpg" alt="" width="825" height="550"/></figure></div>

<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/4761f2e3d6412f8c1c9ee3d0eb1fc214.png" alt="" class="wp-image-45867" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/4761f2e3d6412f8c1c9ee3d0eb1fc214.png 600w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/4761f2e3d6412f8c1c9ee3d0eb1fc214-300x200.png 300w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /><figcaption class="wp-element-caption">MALGA GELATO ジェラートマエストロ 柴野大造さん</figcaption></figure></div>


<p>人を感動させるジェラート作りに大切なのは、「ストーリーを練り込む」こと。すなわち、生産者のこだわりが詰まった素材が本来持つ豊かな風味を、ジェラートの味わいを通じて引き出すことです。これができて初めて、口にする人の心の琴線に触れることができると考えています。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/33516/">世界一に輝いた日本人の絶品ジェラート　マルガージェラート/石川県能登町</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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