<?xml version="1.0" encoding="UTF-8"?><rss version="2.0"
	xmlns:content="http://purl.org/rss/1.0/modules/content/"
	xmlns:wfw="http://wellformedweb.org/CommentAPI/"
	xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/"
	xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom"
	xmlns:sy="http://purl.org/rss/1.0/modules/syndication/"
	xmlns:slash="http://purl.org/rss/1.0/modules/slash/"
	>

<channel>
	<title>調味料 - NIHONMONO</title>
	<atom:link href="https://nihonmono.jp/culture/seasoning/feed/" rel="self" type="application/rss+xml" />
	<link>https://nihonmono.jp</link>
	<description>「にほん」の「ほんもの」を巡る旅マガジン</description>
	<lastBuildDate>Wed, 30 Jul 2025 05:01:16 +0000</lastBuildDate>
	<language>ja</language>
	<sy:updatePeriod>
	hourly	</sy:updatePeriod>
	<sy:updateFrequency>
	1	</sy:updateFrequency>
	<generator>https://wordpress.org/?v=6.8.5</generator>

<image>
	<url>https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2021/06/cropped-favicon-32x32.png</url>
	<title>調味料 - NIHONMONO</title>
	<link>https://nihonmono.jp</link>
	<width>32</width>
	<height>32</height>
</image> 
	<item>
		<title>塩田の記憶をつなぎ、塩の歴史とともに歩む「伯方塩業」の挑戦／愛媛県今治市</title>
		<link>https://nihonmono.jp/article/53013/</link>
					<comments>https://nihonmono.jp/article/53013/#respond</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 25 Jul 2025 08:53:42 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[流下式枝条架併用塩田]]></category>
		<category><![CDATA[伯方の塩]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://nihonmono.jp/?p=53013</guid>

					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/hakata034.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>愛媛県と広島県をつなぐ「しまなみ海道」に浮かぶ島のひとつ、今治市大三島（おおみしま）。こちらに工場を構える「伯方（はかた）塩業株式会社」は、印象的なサウンドロゴのCMで広く知られる「伯方の塩」を製造する塩メーカーだ。創業 [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/53013/">塩田の記憶をつなぎ、塩の歴史とともに歩む「伯方塩業」の挑戦／愛媛県今治市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/hakata034.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>愛媛県と広島県をつなぐ「しまなみ海道」に浮かぶ島のひとつ、今治市大三島（おおみしま）。こちらに工場を構える「伯方（はかた）塩業株式会社」は、印象的なサウンドロゴのCMで広く知られる「伯方の塩」を製造する塩メーカーだ。創業52年、その歩みは瀬戸内海の塩業と日本の塩の歴史とともに刻まれてきた。</p>



<h2 class="wp-block-heading">「伯方の塩」の誕生</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/hakata032.jpg" alt="" class="wp-image-53014" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/hakata032.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/hakata032-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/hakata032-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>「伯方の塩」誕生の地は、同じく今治市の島しょ部（とうしょぶ）に位置する伯方島（はかたじま）。しまなみ海道沿いにあるこの島は、愛媛県で最後まで塩田が残った地であり、日本人が慣れ親しんだ塩田を利用してつくる塩を守るために消費者運動が立ち上がった歴史がある。</p>



<p>瀬戸内海沿岸は年間を通して降雨日数が少なく、潮の干満差が大きい。この自然の力を利用し、満潮時に海水を引き入れ、敷き詰めた砂が海水を上部まで引き上げる入浜（いりはま）式塩田を利用した製塩法が適していたことから、塩の生産が盛んに行われてきた。1953年頃には、より効率的な製塩法として、土地を立体的に利用し、季節や昼夜を問わず塩つくりができる「流下式枝条架併用（りゅうかしきしじょうかへいよう）塩田」が登場。1957年までには伯方島のすべての塩田が「入浜式塩田」から「流下式枝条架併用塩田」に転換された。</p>



<h3 class="wp-block-heading">消費者運動から生まれた「伯方の塩」</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/hakata028.jpg" alt="" class="wp-image-53015" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/hakata028.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/hakata028-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/hakata028-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>　昭和初期、全国の塩生産量のおよそ9割が、愛媛や香川、広島などを含む瀬戸内海地域に集中していたと言われている。そのうち伯方島ではピーク時に年間約2万4千トンもの塩が生産されていた。これは全国の年間塩生産量の約2〜3％にあたり、小さな島でこれほどの割合を占めていたことからも、塩業がいかに伯方島の主要産業であったかがうかがえる。</p>



<p>日本では1905年に「塩専売法」が施行されて以来、塩はたばこや酒と同様に国の専売品とされ、製造や販売は国の管理下に置かれていた。高度経済成長期を迎え、農耕的な製塩から工業的な大量生産へ移行するため、1971年に「塩業近代化臨時措置法」を成立させ、イオン交換膜を利用した製塩法以外は原則禁止とした。結果、日本の伝統的な塩田は姿を消すこととなり、かつて何十ヘクタールにも広がっていた伯方島の「流下式枝条架併用塩田」の風景も、歴史の中に埋もれることとなった。</p>



<p>しかしこの製法で作られる塩は工業用や化学製品向けに使われており、食用としての安全性が十分に確保されているとは言えなかった。こうした安全性への不安から、「自然塩の存続」を願う消費者運動が始まる。</p>



<p>「食物は自然に近い方が良い。化学薬品を使い、化学薬品のように純化された過精製のイオン交換膜製塩を食用に強制する必要は全くない。人畜への安全性も確かめられていない状態で世界に先駆けて急ぐ必要はない」、「生命維持に関わる基本食料である塩を選択する自由を奪うのは基本的人権の侵害である」この2つの趣旨を訴えた「自然塩存続運動」は、故・菅本フジ子さん（日本自然塩普及会永世会長）を中心に、消費者であった松山市在住の有志たちが展開。全国に広まり、各地の消費者・団体の協力によって短期間に5万人の署名を集め、国を動かす大きな運動となった。</p>



<p>結果的には塩田を残すという願いは叶わなかったが、生産上の制約があるなかで塩を作ることが許可され、厳しい条件のもと独自の製法で安全に味わえる食用塩を生み出した。1973年、「伯方の塩」の誕生である。</p>



<h2 class="wp-block-heading">厳しい条件で安全・安心な塩づくりを</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/hakata022.jpg" alt="" class="wp-image-53016" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/hakata022.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/hakata022-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/hakata022-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>「伯方の塩」の塩づくりは、海水を天日で蒸発させて塩を得る天日塩とは異なり、メキシコやオーストラリアから輸入した天日塩田塩を瀬戸内海の海水に完全に溶かし、ろ過して清浄な濃い塩水をつくり（溶解工程）、釜で煮詰めて塩を再結晶させるという方法を採用している。 この溶解工程は、塩に海水のにがり成分を含ませるためにも重要だ。海外の大規模な塩田で２〜３年かけて生産される天日塩田塩は工業用塩であるため、意図的ににがり成分が取り除かれている。そこで瀬戸内海の海水に溶かすことでにがりを含ませ、ほどよく残すことで塩かどのない、まろやかな塩へと仕上げていく。この製法は1973年、国からイオン交換膜製塩以外で許されたもので、海水から直接塩を作ることが制限された時代に生まれた、やや特殊な工程である。しかしながら、製造コストの抑制や安定した品質・価格の実現といった点では理にかなっており、改良を重ねながら現在も続けられている。 効率性を重視した工業的な製法とは異なる、伝統と工夫の詰まった塩づくりだ。</p>



<p>輸入した天日塩田塩を瀬戸内海の海水で溶解して作った濃い塩水は、釜でじっくりと煮詰め、塩の結晶となる。結晶化した塩は、余分な水分を取り除いた後で、数日間工場内で自然乾燥させ、最後に異物を徹底的に取り除く工程を経て、「伯方の塩」が完成する。</p>



<h3 class="wp-block-heading">にがりをほどよく残した塩</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/hakata012.jpg" alt="" class="wp-image-53017" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/hakata012.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/hakata012-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/hakata012-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>「伯方の塩」の特徴をあげるとするなら、「にがりをほどよく残した塩」だと、代表の石丸一三さんは話す<strong>。</strong>塩化ナトリウムのみで構成された塩は味が尖りがちで、舌に鋭く響く「塩角（しおかど）」と呼ばれる感覚を与えやすい。そこで重要になるのが塩化マグネシウムなどを含む、にがりの適度な残存だ。このにがりがほどよく含まれていることで、塩味に奥行きが生まれ、まろやかな風味へと仕上がる。ただし、にがりが多すぎると苦味が強く出てしまうため、量のバランスはとても繊細だ。</p>



<p>伯方の塩では、ほどよくにがりを残すために、釜で煮詰めた塩を数日間自然乾燥させる。機械などを用いて強制的に脱水してしまうと、結晶の周りに付着したにがり成分が水分と一緒に取り除かれるためだ。また乾燥中にゆっくりと滴下していく、液体状のにがり成分が均一に結晶に広がるように、包装前には塩をほぐしながら混ぜる作業も行っている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">目指すのは、昔ながらの塩</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/hakata031.jpg" alt="" class="wp-image-53018" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/hakata031.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/hakata031-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/hakata031-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>1997年、新たな法律により日本の海水から自由に塩を作ることが可能となり、全国でさまざまな製塩法を用いた個性豊かな塩が生まれるようになる。この時、伯方塩業が挑戦したのは、かつての伯方島の風景だった「流下式枝条架併用塩田（りゅうかしきしじょうかへいようえんでん）」を利用した製塩法の再現だ。</p>



<p>流下式枝条架併用塩田は、砂利を敷き詰めたゆるい傾斜のある地盤に海水を流し、循環させながら太陽の熱で水分を蒸発させ濃い塩水を作り上げる「流下盤」と竹の枝を組んだ立体的な施設の上から海水を滴り落とし、風の力によって塩分濃度を高める「枝条架」で構成されている。自然の力を利用しているため、雨が降ると作業は一時中断されるが、風があれば、「枝条架」で昼夜を問わず稼働でき、塩分濃度を上げることが可能となる。こうしてできた濃い塩水を平釜で煮詰めて塩をつくっている。自然の影響を受けながら作られるこの製塩法は、まさに自然と調和した方法だ。</p>



<p>技術の伝承として「流下式枝条架併用塩田」を見直した結果、「伯方の塩」が目指していた昔ながらの塩の味を条件下のなかでも再現できていたこと、現代においても理にかなった製塩法であることが改めて確認できた。</p>



<h3 class="wp-block-heading">技術の伝承とシンボル</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/hakata011.jpg" alt="" class="wp-image-53019" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/hakata011.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/hakata011-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/07/hakata011-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>伯方塩業は2025年に創業52年を迎える。塩メーカーの多くは「塩専売法」廃止後に創業しており、50年以上の歴史を持つ塩メーカーは全国でも約10社程度と非常に少ない。</p>



<p>伯方塩業の塩に対する考えは創業以来、一貫して変わらない。「塩は人間が生きていくために欠かせないものであり、水や空気と同じように代替品がない。単なる調味料ではなく『基本食料』だ。そして塩の健康最適を追求し、できるだけ多くの人々に、できるだけ安く提供する」という目標を掲げている。日本の製塩の歴史を深く理解しているメーカーだからこそ、塩の重要性を十分に認識している。今後も消費者に寄り添いながら、日本の塩の歴史とともに歩み続ける。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/53013/">塩田の記憶をつなぎ、塩の歴史とともに歩む「伯方塩業」の挑戦／愛媛県今治市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
					<wfw:commentRss>https://nihonmono.jp/article/53013/feed/</wfw:commentRss>
			<slash:comments>0</slash:comments>
		
		
			</item>
		<item>
		<title>ゼロからの挑戦で自社醸造を復活「ミツル醤油醸造元」城慶典さん／福岡県糸島市</title>
		<link>https://nihonmono.jp/article/52877/</link>
					<comments>https://nihonmono.jp/article/52877/#respond</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 22 Jun 2025 10:13:56 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[オレンジ]]></category>
		<category><![CDATA[生成り、]]></category>
		<category><![CDATA[醤油]]></category>
		<category><![CDATA[醸造，醤油，加工食品]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://nihonmono.jp/?p=52877</guid>

					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/06/MI009-6620.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>醤油は日本人にとって欠かせない発酵調味料である。しかし昨今、その製造を行う醤油蔵は減少傾向にあり、1955年に約6,000社以上あったメーカーも現在では約1,100社までに減少。伝統産業の衰退が懸念されている。そんな中、 [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/52877/">ゼロからの挑戦で自社醸造を復活「ミツル醤油醸造元」城慶典さん／福岡県糸島市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/06/MI009-6620.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>醤油は日本人にとって欠かせない発酵調味料である。しかし昨今、その製造を行う醤油蔵は減少傾向にあり、1955年に約6,000社以上あったメーカーも現在では約1,100社までに減少。伝統産業の衰退が懸念されている。そんな中、伝統ある蔵を復活させ、自分の手で醤油を造る挑戦を続けているのが福岡県糸島市の「ミツル醤油醸造元」の城（じょう）慶典さんだ。</p>



<h2 class="wp-block-heading">自社醸造を行っていないことを知り、醤油づくりを決意</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/06/MI025-6705.jpg" alt="" class="wp-image-52878" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/06/MI025-6705.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/06/MI025-6705-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/06/MI025-6705-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>日本に醤油メーカーは数あれど、自社で原料処理から搾りまでの一貫した醤油製造を行っている会社は少なく、ほとんどのメーカーがもろみを搾ったまま、加熱処理やろ過をしていない「生揚げ（きあげ）醤油」と呼ばれる醤油を、醤油協業組合やメーカーから原料として仕入れ、火入れや味付けのみを自社で行い、製品化している。これは1963年に制定された「中小企業近代化促進法」によるところが大きい。当時、日常に欠かせないものを効率的に生産するために国が地域の組合やメーカーなどを助成。設備投資により大規模生産が加速した一方、小さな蔵の多くは自社醸造をやめ、仕入れに転じた。ミツル醤油もそんな一軒だった。</p>



<p>幼い頃から醤油の香りの中で育ってきた城さんは、自然と自分が家業を継ぐと思っていた。しかし、農業高校時代の職業体験で醤油組合の大きな工場を訪れた際、はじめて醤油の具体的な製造方法を知る。「蒸した大豆の匂いを嗅ぎ、麹やもろみについても学んで“醤油ってすごいな”と思ったんです。その反面、自分の家で醸造をやっていないことを寂しく感じ、いずれ自分で醤油をつくりたい！と強く思うようになりました」。高校卒業後は東京農業大学の醸造科に進学。改めて醤油作りを学ぶ日々が始まった。</p>



<h3 class="wp-block-heading">「学生のうちに！」と全国の醤油蔵を武者修行</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/06/MI036-6894.jpg" alt="" class="wp-image-52879" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/06/MI036-6894.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/06/MI036-6894-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/06/MI036-6894-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>醤油づくりへの道を歩き始めた城さんだったが、ミツル醤油は醸造をやめてから30数年が経っていたため、家族からノウハウを教えてもらうことも叶わず、工場に醸造設備もなかった。そんな状況の中、学生だった城さんが考えたのは全国の蔵を巡り、醤油づくりを学ぶこと。</p>



<p>「大学に進学した時からやりたいことが明確だったので座学に励む一方、醤油の仕込み期間と重なる春休みなどを利用して、大学の先生に紹介してもらったり、百貨店の催事などで出会った醤油蔵に『1週間だけここで学ばせてください！』と頼み込み、研修を受け入れてもらいました。家業に入ったら、他のメーカーさんに研修をお願いするというのはハードルが高いので、こういう動きは学生の今しかできないと思い、行けるだけ行こうと思ったんです」。</p>



<p>こうして卒業までに7軒の蔵を巡り、各蔵の醤油づくりを学んだ。卒業後は広島の「岡本醤油」で1年間修業し、糸島に帰る前に醤油づくり周辺について学ぶため、東京のフードコーディネーター養成スクールに入学。福岡に戻ってからは事業復活に向けて着々と準備を始めた。</p>



<h3 class="wp-block-heading">眠っていた桶を直し、麹室を建てることからスタート</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/06/MI029-2139.jpg" alt="" class="wp-image-52880" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/06/MI029-2139.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/06/MI029-2139-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/06/MI029-2139-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>こうして満を持して実家に戻った城さんだったが、培った知識や経験を生かそうにも工場には醸造環境が整っていなかったため、その挑戦はまず設備を整えることから始まった。</p>



<p>職人の手を借りて倉庫に眠っていた木桶を修理し、麹づくりのための室も新たに建てた。「大豆を蒸す釜ひとつなかったので、本当にいろんなプロの手を借りました。木桶は大阪にあり、日本で唯一、伝統的な製法で大型の木桶を製造できる桶メーカー「藤井製桶所」の職人さんに来ていただきました。使えるものは修理してもらいましたが、残っていた5個のうち使えたのは２個だけ。まずはその２個を使い、徐々に増やしていきました」。こうしてしばらく眠っていた桶が生き返り、約40年ぶりに仕込みが始まった。</p>



<h2 class="wp-block-heading">過去から現在へ。酵母がつなぐ先人からの醤油づくり</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/06/MI004-6611.jpg" alt="" class="wp-image-52881" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/06/MI004-6611.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/06/MI004-6611-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/06/MI004-6611-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>城さんは大学時代、ミツル醤油が昔、自社醸造を行なっていた際に桶から飛び散ったもろみが付着していた蔵の柱から酵母を取り出し、培養して冷凍保存していた。初めての仕込みの際にはこの酵母も使い、ミツル醤油の歴史をつないだ。そんな効果もあったのだろうか、2013年2月に醸造復活後初となる濃口醤油「生成り、」を発売すると「素晴らしい醤油が誕生した！」と日本各地から賞賛の声が上がった。</p>



<p>「修業先の蔵のみなさんや、東京時代に知り合った料理雑誌の編集長やライターのみなさんなど、食に精通したたくさんの方々がうちのことを紹介してくださいました」。その評判は口コミで広がり、有名寿司店やフレンチレストランなどでも使われるようになった。</p>



<p>ちなみに「生成り、」という銘柄にしたのは「こだわり醤油って“国産大豆”とか“木桶仕込み”とかパッケージに伝えたい情報がたくさん載っていますが、自分はシンプルな感じにしたかったんです。地元糸島の原料で手造りの麹、木桶仕込みという昔ながらの製法ですし、ピュアな印象を表現する言葉として「生成り、」を採用しました」という理由からだそう。</p>



<h3 class="wp-block-heading">原料はメイドイン糸島の原料と沖縄の塩。無農薬醤油や新感覚醤油にもチャレンジ</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/06/MI033-6789.jpg" alt="" class="wp-image-52882" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/06/MI033-6789.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/06/MI033-6789-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/06/MI033-6789-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>初出荷から11年。現在、城さんのつくる醤油は地元福岡や東京を中心に多くの人や飲食店で愛され続けている。原料は地元糸島産の大豆（フクユタカ）と小麦（ミナミノカオリ）、塩は沖縄産のシママースを使用。販売しているのは濃口、うすくち、再仕込みのほか、無農薬の濃口、そしてオレンジと呼ぶ色のうすい醤油だ。「無農薬は仕込みを始めた当初から地元農家の協力でチャレンジしていたのですが、土壌の問題などで生産をストップしていたんですが、料理研究家の辰巳芳子先生とお会いした時に“なんで作らないの！”と喝を入れられました。そんなきっかけをもらい、九州産の無農薬大豆で再びつくり始めたんです。オレンジは2023年から発売を開始した新しい醤油で、もろみが乳酸菌・酵母の発酵を始める前に搾ったものです。醤油の新しい風味を楽しんでいただけると思います」。実際にオレンジを舐めてみると、味はしっかりとしているのに醤油の香りが強くなく、麹独特の甘さが広がる。醤油であって醤油ではない、新しい調味料のような印象だ。</p>



<p>「醤油づくりを始めて、なぜ多くの人が醤油づくりから離れていくのかがよくわかりました。昔ながらの方法で仕込んでもビジネス的に厳しかったり、手間暇もかかる。決して楽な仕事ではありません。でも、自分はやっぱり手造りの自社醸造にこだわりたい。もろみを販売したり、搾りかすをふりかけに加工するなど、醤油づくりの段階でできるものも無駄にせず全部活用したいし、オレンジのような新しい醤油の可能性も追求していきたいと思っています」。今後も大規模化することなく、今の規模感で醤油づくりに励んでいきたいという城さん。今後、ミツル醤油がどんな醤油を発表するのか、醤油業界、料理業界、リピーターたちなど多くの人が注目し続けるのは間違いなさそうだ。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/52877/">ゼロからの挑戦で自社醸造を復活「ミツル醤油醸造元」城慶典さん／福岡県糸島市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
					<wfw:commentRss>https://nihonmono.jp/article/52877/feed/</wfw:commentRss>
			<slash:comments>0</slash:comments>
		
		
			</item>
		<item>
		<title>「この塩で世界中の人たちを健康にできる」ぬちまーす代表･高安正勝さん／沖縄県うるま市</title>
		<link>https://nihonmono.jp/article/52191/</link>
					<comments>https://nihonmono.jp/article/52191/#respond</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 17 Feb 2025 10:02:55 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[ぬちまーす]]></category>
		<category><![CDATA[果報バンタ]]></category>
		<category><![CDATA[常温瞬間空中結晶製塩法]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://nihonmono.jp/?p=52191</guid>

					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/02/nutimasu-033.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>直訳すると「命の塩」。そんな名前を持つ海塩「ぬちまーす」は、沖縄本島から橋でつながる宮城島の工場で作られている。21種類ものミネラル成分をたっぷりと含む滋味深いお塩。発売から27年、今や手にいれるのが難しくなってしまった [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/52191/">「この塩で世界中の人たちを健康にできる」ぬちまーす代表･高安正勝さん／沖縄県うるま市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/02/nutimasu-033.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>直訳すると「命の塩」。そんな名前を持つ海塩「ぬちまーす」は、沖縄本島から橋でつながる宮城島の工場で作られている。21種類ものミネラル成分をたっぷりと含む滋味深いお塩。発売から27年、今や手にいれるのが難しくなってしまったその塩は、発売時から変わらぬ独自の製法で育まれている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">風光明媚な丘の上で作られる天然塩</h2>



<p>沖縄本島の中部、うるま市にある宮城（みやぎ）島。その小さな島には、製塩工場とショップ、レストランがある。ゆるやかな坂道を上っていった先にある株式会社ぬちまーすは、1997年から塩作りをはじめた。</p>



<p>沖縄の言葉で、「ぬち」は命、「まーす」は塩のこと。ぬちまーす代表の高安正勝（たかやすまさかつ）さんは、塩は人の生命の源といえるほど大事なものだとの考えからそう命名した。ぬちまーすは、一般の食塩よりも塩分が25%ほど低く、その分海洋ミネラルが21種類も含まれているのが特徴。特にマグネシウムは一般の塩の200倍も含んでいる。店頭、オンラインショップとも販売が開始されるやいなや、すぐに売り切れてしまうという。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/02/nutimasu-061.jpg" alt="" class="wp-image-52192" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/02/nutimasu-061.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/02/nutimasu-061-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/02/nutimasu-061-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>工場敷地内には、鮮やかな青の濃淡が美しい、まるで絵画のような海を一望できる絶景スポットとして知られる岬「果報（かふう）バンタ」があり、誰でも見学することができる。「果報(かふう)」とは沖縄の方言で「幸せ」、バンタは「崖、岬」という意味がある。その名のとおり、見ているだけで心身ともに幸福感を得られるほどの絶景は、県内屈指のパワースポットとしても人気が高い。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/02/nutimasu-081.jpg" alt="" class="wp-image-52193" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/02/nutimasu-081.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/02/nutimasu-081-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/02/nutimasu-081-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>そんな美しい海の間近に工場を構え、塩を作る高安さんだが、子どもの頃は父が毎日話して聞かせる偉人たちの話の影響で発明家になりたかったのだそう。琉球大学では物理学科に進んだ。在学中に、生命物理学を趣味として独学で勉強し、「生命はどうやって生まれたのか、ということをずっと勉強していたから、生命に必要不可欠な塩の作り方もすぐひらめいた。自分が作る塩で人類を救えるとわかった」と語る。</p>



<p>大学卒業後、塩作りを始めるまでは、沖縄の航空会社に技師として勤めた後に、洋蘭の栽培をしていた。繊細な洋蘭の花を傷つけずにビニールハウス内で冷却する微細霧装置を開発し、栽培に活用していた。その装置の開発がのちに製塩にも活かされることとなった。</p>



<h3 class="wp-block-heading">塩の自由化のニュースを見てすぐ製法を思いつく</h3>



<p>1997年1月に、国内での塩の自由化のニュースが流れた。それまで90年ほど国で専売されていた塩だが、塩専売制度は廃止され誰でも自由に塩を作って売れるようになるという。その報道を見た高安さんはすぐ常温瞬間空中結晶製塩法を思いついた。塩が降ってくる光景が目に浮かんだのだ。発明と同時にこの塩は人類を救う塩だと言うのが大学時代の勉強のお陰で分かったと思い、身震いがしたという。高安さんは、これが人類を救う塩だと考えていたが、なかなか世間は理解してくれず、約1年間、金融機関に融資の相談をおこなったが、いい返事はもらえなかった。そこで、高安さんは仕方なく山の上にあったラン栽培の温室を常温瞬間空中結晶製塩工場へ作り替えた。</p>



<p>しかし、これもすぐに満足のいく機械が完成したわけではなく、分解して組み直して、100回以上も実験を重ねてやっと思い描いていた塩のできる機械を作ることができたという。</p>



<h2 class="wp-block-heading">独自の製法、常温瞬間空中結晶製塩法で作られる塩</h2>



<p>ぬちまーすが作られるのは、高安さんが開発した常温瞬間空中結晶製塩法という特許製法だ。汲み上げた海水を濾過して霧状に噴霧し、温風を当て水分だけを蒸発させ、海洋ミネラル成分をすべて瞬間的に結晶化させている。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/02/nutimasu-029.jpg" alt="" class="wp-image-52194" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/02/nutimasu-029.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/02/nutimasu-029-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/02/nutimasu-029-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>そうすることで、海水に含まれているナトリウム･マグネシウム･カリウム･カルシウムをはじめとしたミネラルが、海水と同じままのバランスで含まれた塩ができあがる。一つひとつ成分の違うものを食事で同時に食べることでおいしさが引き立ち、味わいが深くなるという。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/02/nutimasu-035.jpg" alt="" class="wp-image-52195" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/02/nutimasu-035.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/02/nutimasu-035-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/02/nutimasu-035-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>ぬちまーすができあがるのは、製塩室に積もったものを乾燥させる過程だけ。そうして生まれるのは、とても粒子の細かいさらさらの塩。全量目視で検品され、包装後、金属探知機にかけられ店頭に並べられる。</p>



<p>海水は、工場の太平洋側の海水を汲み上げている。海流による影響や、今後人が汚す可能性、そして、川がないところを探し、ここを選んだと話す。このあたりは南から北への海流になっていて、南側に島がなく人がいないため今後も汚れる可能性がない。さらに、海底が岩盤になっており、大きな台風がきても海が濁らない場所となっている。そんなベストな場所をここ、宮城島で見つけた。</p>



<p>ぬちまーすは、2000年には塩が含有するミネラルの14種の数が世界一としてギネスに認定されている。2003年にはさらに多くの、21種ものミネラルが検出された。そして、運動機能とミネラルの関係や、生活習慣病の予防効果についての研究をしてきた結果が、2009年には「従来の塩の常識を覆す理想の海塩製法の開発」として認められ文部科学大臣賞を受賞している。</p>



<h2 class="wp-block-heading">「身体のなかを海にすることが大切」</h2>



<p>そもそも人にとってなぜミネラルが大事なのだろう。それは、ミネラルは胃腸での消化を促し、体内への栄養も吸収も担っているから。高安さんは、「体内に常にミネラルを多くしておくことで健康でいられる。身体のなかを海と同じ状態にしたら、体調すべてを整えてくれる」と話す。</p>



<p>こんな事例もあるという。生理痛がひどい人が毎日15グラムのぬちまーすを摂取したところ、次の生理から痛みがなくなったのだとか。「人が誕生する前は、すべての生物は海のなかで生命を産み落としていた。だから、赤ちゃんが育まれる女性の子宮を満たす羊水を海水と同じ成分にしておくことが大事」と言われれば、確かにとうなずいてしまう。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/02/nutimasu-041.jpg" alt="" class="wp-image-52196" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/02/nutimasu-041.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/02/nutimasu-041-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/02/nutimasu-041-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>ぬちまーすは毎日15gをとることが推奨されている。腎臓が余分な塩分を尿に流す働きは、カリウムがあることで作用する。ぬちまーすにはカリウムも多く含まれているので、老廃物や毒素を排出する手助けもしてくれ、毎日15gとっても高血圧にはならないのだという。とりすぎると高血圧になるというのは以前専売されていた塩化ナトリウム99%の塩のことで、ぬちまーすの場合は1日15gとった方が、ミネラルの恩恵をすべて受けられるのだとか。実際に、毎日とる量を10gと15gで変えてみたところ、やはり15gとったほうが生理痛に効果があったという。</p>



<p>人が誕生するよりもずっと前から、地球上の生命はすべて海のなかに存在していた。魚など海中の生物は、食べ物をとる時は海水も一緒に摂取する。それが自然なことであるのに、人は陸上で生活を始めても、海水の栄養分の代わりとなるものをとるべきであるということが考えられてこなかった。それさえちゃんと摂取できれば、海のなかで生きていた時と同じような身体の状態を保つことができる。つまりそれが健康に直結し、病気にならないということだと、高安さんは説く。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/02/nutimasu-031.jpg" alt="" class="wp-image-52197" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/02/nutimasu-031.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/02/nutimasu-031-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/02/nutimasu-031-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>無調整の豆乳に、ぬちまーすを入れただけでできたお豆腐をいただいた。通常豆腐を作るには、豆乳ににがりを加える。にがりを構成するのはマグネシウムだけれど、ぬちまーすにはマグネシウムがしっかり残っているため、豆乳にぬちまーすを溶かした少量の水を入れてしばらく混ぜるだけで豆腐ができあがってしまう。いただいた、できたてふわふわの豆腐はまろやかながら味がしっかりとしていて、栄養がたっぷり含まれていることを示しているかのようだった。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/02/nutimasu-005.jpg" alt="" class="wp-image-52198" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/02/nutimasu-005.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/02/nutimasu-005-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/02/nutimasu-005-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>特にここ数年は、できた製品が飛ぶように売れる状況が続いている。現在は、機械を大きなものに変え、今の何倍もの効率で塩が作れるように技術開発を進めているところ。そして、ぬちまーすの栄養成分をそのままに、手軽にとりやすくなるサプリメントも開発中とのこと。</p>



<p>高安さんがあっさりと宣言する「ぬちまーすで世界中の人たちを健康にできる」という言葉。壮大な熱い想いも、人の原点に立ち返るという、実はとてもシンプルなことなのかもしれない。</p>



<p>沖縄の豊かな海原で育まれる海塩が多くの人の健康を守ってくれることを切に願い、宮城島では今日も真っ白なぬちまーすが生まれている。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/52191/">「この塩で世界中の人たちを健康にできる」ぬちまーす代表･高安正勝さん／沖縄県うるま市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
					<wfw:commentRss>https://nihonmono.jp/article/52191/feed/</wfw:commentRss>
			<slash:comments>0</slash:comments>
		
		
			</item>
		<item>
		<title>地域に根差した日本の食文化を世界へ発信する「久原本家グループ」／福岡県糟屋郡久山町</title>
		<link>https://nihonmono.jp/article/52173/</link>
					<comments>https://nihonmono.jp/article/52173/#respond</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 17 Feb 2025 04:53:04 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[調味料]]></category>
		<category><![CDATA[だし]]></category>
		<category><![CDATA[茅乃舎だし]]></category>
		<category><![CDATA[福岡県糟屋郡]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://nihonmono.jp/?p=52173</guid>

					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/02/kayanoya_487.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>130年以上の歴史を持つ「久原（くばら）本家グループ」は、「茅乃舎だし」で知られる「茅乃舎（かやのや）」、あごだしを中心とした多彩な調味料･食品を提供する「くばら」、辛子明太子で有名な「椒房庵（しょぼうあん）」など、複数 [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/52173/">地域に根差した日本の食文化を世界へ発信する「久原本家グループ」／福岡県糟屋郡久山町</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/02/kayanoya_487.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>130年以上の歴史を持つ「久原（くばら）本家グループ」は、「茅乃舎だし」で知られる「茅乃舎（かやのや）」、あごだしを中心とした多彩な調味料･食品を提供する「くばら」、辛子明太子で有名な「椒房庵（しょぼうあん）」など、複数ブランドを展開する食品メーカー。そのこだわりと品質の良さで高い支持を得ており、国内外で多くの人々に愛されている。福岡市郊外の久原村（現久山町）で小さな醤油屋「久原醤油」として創業した「久原本家グループ」がいかにして福岡を代表する食品メーカーへと成長を遂げたのか、その軌跡を辿った。</p>



<h2 class="wp-block-heading">受け継がれる地元への感謝の気持ち</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/02/kayanoya_484.jpg" alt="" class="wp-image-52174" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/02/kayanoya_484.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/02/kayanoya_484-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/02/kayanoya_484-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>福岡市内から30分ほど、清流に沿った山道を登った先に大きな茅葺き屋根の日本家屋が現れる。それが「御料理 茅乃舎」。春には桜、初夏にはホタル、秋には紅葉と、桃源郷のような世界が広がるこの場所こそ、「久原本家グループ」にとって原点といえる特別な土地なのだ。</p>



<p>「久原本家グループ」の物語は、1893年に久原村で創業した醤油屋に遡る。創業者･河邉家は江戸時代から米や農作物を黒田藩に納める庄屋として地域に貢献してきた。明治時代には、4代目であり、現代表を務める河邉哲司さんの曾祖父である河邉東介さんが初代久原村長となり、村の発展に尽力。しかし、それが逆に家計を圧迫することになり、家族は困窮してしまう。そんな中、地域の人々が一丸となって河邉家の再建に協力。こうした支援を受けて誕生したのが「久原醤油」だった。これが現在の「久原本家グループ」の礎であり、屋号に地名を掲げたのは助けてくれた村の人たちへの感謝の気持ちが込められているからだ。</p>



<h2 class="wp-block-heading">「モノ言わぬモノに モノ言わす モノづくり」</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/02/kayanoya_526.jpg" alt="" class="wp-image-52175" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/02/kayanoya_526.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/02/kayanoya_526-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/02/kayanoya_526-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<h3 class="wp-block-heading">波乱の歴史と挑戦</h3>



<p>「久原本家グループ」を現在に至るまで成長させたのは、4代目代表の河邉哲司さんだ。しかし、その道のりは平坦ではなかった。初代は学者肌で商売には向かず、2代目は精力的に販路を広げたものの、戦争により販路が断たれ、哲司さんが入社した頃には、企業は従業員6名とともに厳しい時代を迎えていた。当時、近隣をトラックで回りながら醤油を届け、家庭の台所に空瓶を補充する日々を送っていた哲司さんは、食生活の変化や核家族化が進み、醤油の需要が減少していくことに深い危機感を抱いていた。</p>



<p>醤油はその地域ごとの味や食文化を支える大切な存在である。地元の醤油がなくなることで、地域の食文化が失われてはいけない、また初代を支えてくれた地域の人たちのためにも事業を続けなくてはという強い責任感を感じていた。河邉さんが存続のための打開策を模索するなか、まず思いついたのは他社商品に付ける醤油を使ったタレを作るOEM事業だった。その読みが見事に的中し、売上もぐんぐん伸びて取引先からの評判もよかった。しかしこれでは「久原醤油」という名前を知ってもらうことにはつながらず、下請けの不安定さもあった。いつ競合に取って変わられるかわからない不安を払拭するためにも次なる取り組みを思案。そこで目を付けたのが自社ブランド製品の開発だった。</p>



<h3 class="wp-block-heading">地域の食文化を踏まえた商品開発</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/02/e3c59494649e2f097d3e4b5ff37234c8.png" alt="" class="wp-image-52370" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/02/e3c59494649e2f097d3e4b5ff37234c8.png 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/02/e3c59494649e2f097d3e4b5ff37234c8-300x200.png 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/02/e3c59494649e2f097d3e4b5ff37234c8-768x512.png 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>ブランド開発にあたり２つのことを理念に掲げた。ひとつは、醤油蔵を原点とする会社として醤油の役割がそうであるように「つねに素材の味を、引き立てるという味作りをすること」。もうひとつは「地元の食文化の発信」だ。</p>



<p>醤油屋としては異端児的ではあるが、最初に手掛けたのは辛子明太子だった。すでに博多の名物として知られたくさんのメーカーが名を連ねる業界においてどのように差別化するかを検討した結果、高級路線でいくことに決めた。最高級の北海道産･スケトウダラの卵にこだわり、いかに素材以上の味わいに仕上げるか、どのようにして味付けで個性を出すかに注力した。ブランド名は「椒房庵」、パッケージも洗練されたデザインで差別化を図ったことで、ギフトや福岡みやげとしてのニーズが高まり、着々とファンを増やした。「上質な明太子＝椒房庵」というイメージが地元で普及してきたころ、直営店と通信販売という新たな販路も開拓。椒房庵が軌道に乗り、少し名前が売れてきたところで、次なる商品の開発に着手。OEM事業で培ったノウハウを元に調味料の開発を始めた。</p>



<p>次なるブランド「くばら」は、家庭で気軽に使え、スーパーなどの量販店での販売を中心とする商品をラインナップ。まずは博多の焼鳥店でお通しとして出される“ざく切りキャベツ”を家庭で楽しめる「キャベツのうまたれ」を販売したところ、いきなり大ヒット。これを皮切りにだしつゆや鍋のスープなど、九州･博多独自の食文化に根差し、素材のうまみを引き出す調味料を次々に発売した。博多で馴染みのある味が地元で再認識されると同時に、全国の人たちにも受け入れられていった。</p>



<h3 class="wp-block-heading">日本の食文化、伝統を継承する場所</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/02/kayanoya_492.jpg" alt="" class="wp-image-52177" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/02/kayanoya_492.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/02/kayanoya_492-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/02/kayanoya_492-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>自社ブランド「椒房庵」、「くばら」の名前が徐々に広まっていったのを機にもっと多くの人々に自社製品を知ってもらい、地域の食材と食文化を守り伝えるための拠点を作る計画が持ち上がる。場所は、自らの原点に立ち戻る意味でも、支えてくれた地元を盛り上げるためにも、久山町で迷いはなかった。&nbsp;</p>



<p>河邉さんの母方の実家である造り酒屋の母屋が茅葺きだったこともあり、醤油屋として日本の食文化を守り、消えゆく伝統を後世に伝えたいという強い思いを持っていた河邉さんは、新しい店を「日本文化を総合的に伝える場所」にしたいと考えていた。こうして「久原本家」グループの食へのこだわりやおもてなしの心を伝えるための舞台となる「御料理 茅乃舎」をこの特別な土地に開業。これが「茅乃舎」ブランドの誕生であり、社として大きな１歩を踏み出す拠点となる。</p>



<p>とはいえ、開業当初は地元でもほとんど知られていない場所だったため、果たしてこんな辺鄙なところにお客様が来てくれるのだろうか、自分たちの料理にそこまでの吸引力があるのだろうか、不安もあった。しかし、秘境ゆえに興味を掻き立て、四季折々の美しい自然、茅葺きの屋根や土間のある、どことなくホッとできる和の空間、そして季節ごとの料理を求めて、遠方からたくさんのお客様が訪れるようになった。「人里離れた自然豊かなところに、こんな素晴らしい日本家屋がポツンと建っていて驚きました。建物もお料理も記憶に残るもので、また誰かを連れてきたい」と高評価。河邉さんは、またもこの土地に支えられたことを実感したそうだ。</p>



<h2 class="wp-block-heading">手間ひまを惜しまず「美味しさ」を追求</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/02/kayanoya_539.jpg" alt="" class="wp-image-52178" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/02/kayanoya_539.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/02/kayanoya_539-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/02/kayanoya_539-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>お客様のなかには遠くまでわざわざ……という思いもあり、空間、料理、おもてなし、すべてにおいて自ずと期待値は上がる。その期待に応えるべく、わざわざ来てよかったと思ってもらえるような料理を料理長が日々熟考し季節ごとのコースを組み立て、手間暇かけてつくる。特に料理のベースとなる出汁には、素材選びから引き方まで細心の注意を払い、最上のものに仕上げた。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/02/be5d2b0a15f48442be5b5b4327deffeb.jpg" alt="" class="wp-image-52179" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/02/be5d2b0a15f48442be5b5b4327deffeb.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/02/be5d2b0a15f48442be5b5b4327deffeb-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/02/be5d2b0a15f48442be5b5b4327deffeb-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>中でも開業時からの代表的なメニュー「十穀鍋」は好評で、「どのようにだしを取っているのか？」というお客様の要望が増えたことで、河邉さんは家庭でも楽しめるだし作りに挑戦してみようと一念発起。料理長とともに試作を重ね、素材にこだわり、時間と手間を惜しむことなく作り上げた焼きあご入りの「茅乃舎だし」が完成した。</p>



<p>「あご」とはトビウオのことで、他の魚と比べて雑味の原因となる脂肪分が少なく、スッキリとした甘さと深い旨味を感じさせる上品な味わいが特徴。「あごが落ちるほど美味しい」ことから呼び名がついたという説もあり、九州では古くから親しまれ、特に博多の郷土料理「博多雑煮」にはなくてはならないものである。ただし、高級食材のためこれまで家庭では正月などの特別な時しか使われていなかったが、この「茅乃舎だし」の誕生によって鍋ものやうどんなど日常的にあご出汁が味わえるようになった。また、九州や福岡のみやげとしても各地に広がり、あまり馴染みがなかったにもかかわらず、その美味しさゆえにリピートする人が増え、瞬く間にファンを増やしていった。クオリティを追求するブランドとしてたくさんの商品が続々登場し、現在全国で約30店舗の「茅乃舎」専門ショップを展開する一大事業に成長した。</p>



<p>河邉さんが語るように、「茅乃舎だし」はグループの目指す“モノ言わぬモノに モノ言わす モノづくり” の象徴。美味しいものを食べた人は、それを誰かに伝えたくなる。商品そのものは何も語らないが、期待を超えた美味しさが、自然とその価値を伝えてくれるのだ。</p>



<h2 class="wp-block-heading">博多の出汁を世界へ</h2>



<p>今や鰹節や昆布、椎茸に続く、第３の出汁ともいわれるほど“あご出汁”は全国の食卓に浸透した。「久原本家グループ」の次なる目標は、海外での出汁文化の普及だ。「醤油があれだけ受け入れられたのだから、出汁も十分可能性はあるはず。日本の食文化を世界に広げることで、近年沈みがちな日本を活性化したい。地方の醤油屋でもチャレンジすればチャンスがあるというビジネスモデルを築きたいと考えています」と河邉さん。</p>



<p>130年以上の歴史のなかで、地域の食文化を守り、新たな挑戦を続ける「久原本家グループ」の今後の展開に期待したい。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/52173/">地域に根差した日本の食文化を世界へ発信する「久原本家グループ」／福岡県糟屋郡久山町</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
					<wfw:commentRss>https://nihonmono.jp/article/52173/feed/</wfw:commentRss>
			<slash:comments>0</slash:comments>
		
		
			</item>
		<item>
		<title>糸島の海をそのまま、塩に閉じ込めて。「新三郎商店」平川秀一さん／福岡県糸島市</title>
		<link>https://nihonmono.jp/article/51133/</link>
					<comments>https://nihonmono.jp/article/51133/#respond</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 28 Dec 2024 06:25:17 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[塩]]></category>
		<category><![CDATA[プリン]]></category>
		<category><![CDATA[またいちの塩]]></category>
		<category><![CDATA[しおをかけてたべるプリン]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://nihonmono.jp/?p=51133</guid>

					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/SHIN003-7855.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>博多駅から地下鉄とJRを乗り継ぎ約45分。福岡市の西側に隣接し、玄界灘に突き出した半島を要する糸島市は、そのアクセスの良さと自然豊かな環境により、2010年以降、関東・関西からの移住先としても人気のエリア。「工房とったん [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/51133/">糸島の海をそのまま、塩に閉じ込めて。「新三郎商店」平川秀一さん／福岡県糸島市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/SHIN003-7855.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>博多駅から地下鉄とJRを乗り継ぎ約45分。福岡市の西側に隣接し、玄界灘に突き出した半島を要する糸島市は、そのアクセスの良さと自然豊かな環境により、2010年以降、関東・関西からの移住先としても人気のエリア。「工房とったん」は、そんな糸島半島の北西、まさに“とったん”に位置する製塩所だ。</p>



<h2 class="wp-block-heading">20代、ゼロから塩をつくるまで</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/SHIN035-2352.jpg" alt="" class="wp-image-51134" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/SHIN035-2352.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/SHIN035-2352-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/SHIN035-2352-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>この先にはもう、何もないのではないか、と思わせる細い道を進むと駐車場が見えて来る。そこからさらに5分ほど歩くと現れるのが製塩所「工房とったん」だ。海際の細長い敷地に、塩やプリンを販売する売店、工房、そして竹を組んだ立体的な塩田が並び、平日にも関わらず多くの人で賑わっている。</p>



<h3 class="wp-block-heading">板前を経て、塩を作る職人へ</h3>



<p>この「工房とったん」で塩作りを行い、製造したその塩を主役とした料理店、売店などを営む「新三郎商店」の代表が平川秀一さんだ。かつては懐石料理の板前として、20歳から地元福岡や海外で腕を磨いてきた。</p>



<p>平川さんが糸島で塩作りを始めたのは20代後半のことだ。偶然この場所を訪れた際、福岡でも数少ない南向きの海に太陽の光が降り注ぎ、その海中では、ひじきやワカメなどの海藻類が大きく育っていることを知った。「ここでならきっといい塩が作れる」。板前時代から「料理は素材ありきで成立する」と感じていた平川さんは、この海水を素材、塩を料理に見立て、そう確信した。また2000年代初頭は、それまで国の管理下に置かれていた塩の製造・輸入・流通が完全に自由化されたタイミングでもあった。</p>



<h3 class="wp-block-heading">あえて非効率な方法で</h3>



<p>完全に自由化されたとはいえ、海水の汲み上げには財務省への届出が、また海水の使用には地域の漁業者の承諾が必要だ。海水の使用権を得るため、平川さんは近隣の漁業者を一軒ずつ周り、塩作りへの思いを語り説得していった。</p>



<p>土地もまずは貸してもらい、最初の5年はジャングル化していたこの場所を、塩作りと並行しながら整理。塩作りが軌道に乗ったタイミングで購入した。</p>



<p>こだわったのは、竹を組み立てたクラシックな塩田で天然塩を作ることだ。さまざまな製塩所を見学し、効率良く作れる方法は他にもあったが、あえて非効率な方法を選んだ。それは、「工業的に」ではなく、「有機的に」作られる天然塩の魅力を世の中の人に知って欲しいとの思いからだった。</p>



<h2 class="wp-block-heading">半月かけて、じっくりゆっくり作る塩</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/SHIN010-7880.jpg" alt="" class="wp-image-51135" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/SHIN010-7880.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/SHIN010-7880-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/SHIN010-7880-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>「工房とったん」では、約半月かけて塩を作る。まずは汲み上げた海水を丸太で建てた櫓の塩田の上部から竹に伝わせつつ天日に干し、それを約10日循環させる。そうすることで、単純に浜で釜炊きするよりも、海水の旨み成分を凝縮させることができる。</p>



<p>次に凝縮した海水を工房へ運び、釜の中でじっくりと炊きながらさらに濃度を上げる。同時に不純物を取り除き、さらに炊く。なお「工房とったん」では、釜の燃料に再生燃料を使用しており、炊きの前半には天ぷらの廃油、後半には建築廃材から作った薪を使用している。</p>



<p>釜に移して3日ほど炊き上げると、ようやく塩の結晶が現れる。それらを掬い、杉の樽で一晩寝かせたものが「またいちの塩 炊塩」。さらにそれを鉄釜で炒り、水分を飛ばしたものが「またいちの塩 焼塩」。「工房とったん」を代表する2種類の天然塩だ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">塩の味わいの違い</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/SHIN027-8012.jpg" alt="" class="wp-image-51136" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/SHIN027-8012.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/SHIN027-8012-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/SHIN027-8012-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>ところで、「塩」とひとくちに言っても、その味わいには角が立つものからまろやかなものまで幅がある。その違いは、どこで生まれるのだろう。</p>



<p>平川さんによると、最終工程で生まれるという。釜で海水を炊いていると、上層部には、ミネラルの中でもカリウムやカルシウムなどの塩みが柔らかい成分が集まり、下層部には塩みが立つナトリウムやマグネシウムといった成分が集まる。そのため、抽出した場所によって味が異なるのだ。</p>



<p>「工房とったん」ではその差を利用し、上部、下部の塩をふるって分け、再びブレンドして商品化している。例えば人気の「おむすび塩」は、最初の一口から最後まで、おむすびをより美味しく味わえるようにブレンドした商品だ。</p>



<p>ちなみに、同じ海から作った塩でも、毎回同じ味になるかというとそうではない。例えば春から夏にかけては海藻が増え、塩の味には複雑味が増してくる。逆に冬場は洗練された、フラットな味の塩ができる。季節によってもバリエーションがあることを知ると、塩の味わいがより楽しめるようになるはずだ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">救世主はプリン</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/SHIN030-2339.jpg" alt="" class="wp-image-51137" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/SHIN030-2339.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/SHIN030-2339-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/SHIN030-2339-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>現在でこそ福岡県内外で好評を得ている「またいちの塩」だが、初期は販売数が伸びず、「苦労の連続」だったという。大量生産されている塩に比べると価格は数倍。購入してもらうまでには仕掛けが必要だった。</p>



<p>製塩所で塩を作る工程を見学してもらえるようにしたのも仕掛けの一つだ。ここで実際に目の前の海や製塩の様子を見てもらい、釜から汲み上げた結晶を手に取って食べてもらうと、購入につながった。さらに「しおをかけてたべるプリン（花塩プリン）」を開発・製造。これが「またいちの塩」のヒットを牽引した。</p>



<p>素材は福岡県内産の卵と佐賀県産の牛乳、生クリーム。柔らかめに仕上げてあり、そこにパラリと塩をかけて食べると、味や食感の濃淡が楽しめる。プレーン味ほかキャラメル味、コーヒー味のほか、期間限定のプリンも味わえ、通信販売も行っている。プリンのヒット以降、「新三郎商店」では、おむすびが味わえる店や塩ラーメン店など、塩を中心に置いた店舗を糸島市内で次々と展開し、塩作りを起点にビジネスも循環し始めた。</p>



<h2 class="wp-block-heading">変わりゆく海を守る</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/SHIN018-2316.jpg" alt="" class="wp-image-51138" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/SHIN018-2316.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/SHIN018-2316-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/SHIN018-2316-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>目の前に広がる海水を汲み上げ、天然塩を作り続ける平川さんにとって、今、第一の課題は海の保全だ。</p>



<p>「またいちの塩」は玄海国定公園内にあり、様々な不自由はあるものの、ある程度自然が担保されている。極端な環境の変化や生活排水による汚染は少ない。</p>



<p>それでも、海の状況は刻一刻と変わりつつある。例えば温暖化で、奄美や鹿児島といった南方の海で盛んに養殖されているシマアジが、近年はこの糸島近海でも揚がるようになった。ワカメは、30年前だと収穫時期が2ヵ月近くあったが、10年前には1ヵ月弱に、最近では2週間に。</p>



<p>海水温の上昇は、海藻類が著しく減少する磯焼けも引き起こす。海水温の上昇によりウニが長寿化し、必要以上に海藻を食べ、海中の環境サイクルを変えて行くのだ。そこで平川さんは、「自社でも何かできることを」と、釜炊きの燃料を再生燃料に変え、二酸化炭素の排出量の削減に努めているほか、ウニを養生し、飲食店で味わってもらうプロジェクトをはじめ、「身近な海の危機」を消費者にアナウンスしている。</p>



<p>さらに同じく糸島半島にキャンパスを構える九州大学と連携し、ソーラーパネルで海水を濃縮する方法、フリーエネルギーを使った製塩にも挑戦しながら海のストレス縮小のために動いている。</p>



<h3 class="wp-block-heading">気持ちよく塩を食べてもらいたい</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/SHIN007-7873.jpg" alt="" class="wp-image-51139" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/SHIN007-7873.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/SHIN007-7873-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/12/SHIN007-7873-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>美しい海を守り、美味しい塩を作る。そんな平川さんの根っこには、どんな思いがあるのだろう。</p>



<p>「僕が料理を始めた理由は、人に喜んでもらうため。ではどういう状況において喜んでもらえるかというと、美味しいものを提供できた時なんです。もし不幸せなことがあったとしても、美味しいものに出合うことで、少し気持ちが楽になる。そのお手伝いをさせてもらえれば。今はそれが、塩作りによって叶えられていると思います」。</p>



<p>ちなみに「またいちの塩」の「またいち」は、平川さんの父の名前だ。「何が美味しいもので、何が美味しくないものなのか、その判断力やセンスを、僕は父に教わりました」。なお会社の名前「新三郎」は、そんな父を生んだ祖父の名前だという。</p>



<p>「20代後半で塩作りを始め、塩害、台風、火事など、ひと通りの苦労を経験した上で喜びもあり、さらにまだまだいろんなことに挑戦していきたいとは思っていますが、そろそろ自分も、次の世代に渡すバトンのことを考える時に来ているように思います。育ててもらったこの土地に少しずつ恩返しをしながら、正しい答えを見つけられたら嬉しいですね」。</p>



<p>3年後には製造と販売を分け、この場所には新たに、海水から塩を作る工程を学べる場を作る予定もあるという。「完成した時は、また次のワクワクできることを探します」と、平川さん。その温かな眼差しの中には、今日と同じように美しくきらめく青い海と、笑顔の人々が集う糸島の未来が見えた。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/51133/">糸島の海をそのまま、塩に閉じ込めて。「新三郎商店」平川秀一さん／福岡県糸島市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
					<wfw:commentRss>https://nihonmono.jp/article/51133/feed/</wfw:commentRss>
			<slash:comments>0</slash:comments>
		
		
			</item>
		<item>
		<title>全国の小さな醤油蔵と消費者を繋ぐ伝道師　「職人醤油」高橋万太郎さん／群馬県前橋市</title>
		<link>https://nihonmono.jp/article/49053/</link>
					<comments>https://nihonmono.jp/article/49053/#respond</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 17 Aug 2024 02:21:04 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[醤油]]></category>
		<category><![CDATA[群馬県]]></category>
		<category><![CDATA[濃口醤油]]></category>
		<category><![CDATA[たまり醤油]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://nihonmono.jp/?p=49053</guid>

					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/batch_231207_NIHONMONO_358.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>醤油は、長い年月にわたって受け継がれてきた伝統産業である。日本の食文化に欠かせない醤油の魅力を発信することを自らの使命と捉え、これまでに400を超える全国各地の醤油蔵を訪ね歩いている人物がいる。「職人醤油」ブランドを展開 [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/49053/">全国の小さな醤油蔵と消費者を繋ぐ伝道師　「職人醤油」高橋万太郎さん／群馬県前橋市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/batch_231207_NIHONMONO_358.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>醤油は、長い年月にわたって受け継がれてきた伝統産業である。日本の食文化に欠かせない醤油の魅力を発信することを自らの使命と捉え、これまでに400を超える全国各地の醤油蔵を訪ね歩いている人物がいる。「職人醤油」ブランドを展開する（株）伝統デザイン工房代表の高橋万太郎さんだ。</p>



<h2 class="wp-block-heading">選りすぐりの醤油を扱うセレクトショップ</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/batch_231207_NIHONMONO_390.jpg" alt="" class="wp-image-49061" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/batch_231207_NIHONMONO_390.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/batch_231207_NIHONMONO_390-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/batch_231207_NIHONMONO_390-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>職人醤油は高橋さんの生まれ育った群馬県前橋市に本店を構える。県庁所在地としても知られる前橋市は、関東平野の最北端に位置し、赤城山の雄大な自然と利根川の豊かな水に育まれ、街と自然が調和する中核都市である。閑静な住宅街に建つマンションの1階に、ひときわ異彩を放つ店舗が所在する。醤油蔵を模した重厚感のある板張りの外壁に覆われ、そこに掲げたグラフィカルなロゴマークが目印だ。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/batch_231207_NIHONMONO_285.jpg" alt="" class="wp-image-49055" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/batch_231207_NIHONMONO_285.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/batch_231207_NIHONMONO_285-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/batch_231207_NIHONMONO_285-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>店内に足を踏み入れれば、壁面を埋め尽くすように色とりどりのラベルをまとった種類豊富な醤油の小瓶がずらりと並んでいる。高橋さんが全国各地の醤油蔵を訪問してセレクトした、約100種類に及ぶ銘柄を取りそろえているという。ここでは数ある醤油の中から料理との組み合わせを提案したり、テイスティングも行っている。まさに醤油に特化した専門店、他では類を見ない醤油のセレクトショップである。</p>







<h2 class="wp-block-heading">伝統産業や地域産業に光を当てたい</h2>



<p>「漠然と何か事業を起こしたいと考えていました」。高橋さんは大学卒業後、精密光学機器メーカーに就職し、3年間の営業経験を積んだのちに会社を辞めた。とはいえ具体的なプランは特になく、あるのは胸に抱き続けた起業への熱い思い。高橋さんはやりたいことを見つけるために日本全国を回る旅に出た。</p>



<p>メーカーで培った営業力を頼りに自分に何ができるのかを探るうち、ものづくりに自信と誇りを持ちながらも発信力に乏しい伝統産業や地域産業の実態を垣間見ることに。「自分のやるべきことはここにあるんじゃないか」と、気づきを得た高橋さん。数ある伝統産業の中からより身近な存在で、なおかつ「選んで買う」ということがなされていないものにターゲットを絞っていくうち、最終的にたどりついたのが奥深い醤油の世界だった。</p>



<p>こうして日本全国の醤油蔵を訪ね、蔵元と触れ合い、学びを深めていく日々が始まった。蔵元に共通しているのは「いいものを造っている。でも売れない」ということ。厳選した材料で丁寧に造っていても「毎日使うものだから高くはできない」と、量産品と変わらない価格で販売している。小さな蔵では生産量の少なさから大手の流通に乗せられないという事情もあった。消費者に知ってもらうところまでには到底手が回っていない醤油業界の問題点が見えてきた。</p>







<h3 class="wp-block-heading">ミニボトルに特化するという発想</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/batch_231207_NIHONMONO_255.jpg" alt="" class="wp-image-49056" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/batch_231207_NIHONMONO_255.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/batch_231207_NIHONMONO_255-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/batch_231207_NIHONMONO_255-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>醤油はすべて100ミリリットルの小瓶に統一し、蔵元独自のラベルを貼って販売している。これが職人醤油のオリジナルサイズ。このアイデアは高橋さん自身が店に並んだ醤油を買う時に実感した“選びづらさ”がヒントになったという。一般的な1リットル瓶では、試しに買ってみるのにはかなり勇気のいるサイズ感。結局いつもと同じものを選んでしまう。小瓶ならば気軽に手に取りやすく、同時に数本購入して味比べができる。「気に入った醤油が見つかったら、蔵元から直接購入するようにお伝えしています」と高橋さん。</p>



<p>始まりは「おもしろい」と、小瓶の販売に快く賛同してくれた少数の醤油蔵から。その数を徐々に増やしていきながら、今では全国の蔵から100銘柄を取り扱うまでになった。インターネット販売からスタートした職人醤油は、こうして新しい販売スタイルを確立していき、前橋市の本店に続いて東京の銀座松屋での店舗販売、百貨店やスーパー、雑貨店への卸販売など着実に販路を広げている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">毎日使うのに意外と知らない醤油</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/batch_231207_NIHONMONO_448.jpg" alt="" class="wp-image-49057" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/batch_231207_NIHONMONO_448.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/batch_231207_NIHONMONO_448-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/batch_231207_NIHONMONO_448-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>ところで、日本人であればどこの家庭にでも醤油は必ずあるだろう。誰もが当たり前のように調理や食事に使用しているおなじみの調味料だ。スーパーに買い物に行けば簡単に手に入り、そろそろ1本が終わりそうになると、迷うことなく今までと同じものをまた1本買い足す。そんな家庭が多いのではないだろうか。</p>



<p>改めて「醤油とはいったいどのようなものか」と問いかけられると、毎日使うわりには醤油のことを意外にも知らないことに気づかされる。日本の食文化を支える調味料でありながら、一般ユーザーの醤油に対する知識は残念ながら乏しい。「醤油は醤油でしかなく、あまり意識せずに使っているのでしょうね。ましてや食材によって使い分けるなんて考えたこともないかもしれません」と高橋さん。</p>



<h3 class="wp-block-heading">日本一の醤油の産地は千葉県</h3>



<p>まずは醤油の産地をご存じだろうか。全国には約1,100社近くの醤油メーカーがあるという。出荷量を都道府県別で比較すると、キッコーマン、ヤマサ醤油、ヒゲタ醤油といった大手メーカー3社の集まる千葉県が断トツのトップ。そして第2位には兵庫県が名を連ねる。この2県だけで50％以上のシェアを占めている。それ以降は僅差で3位に職人醤油が本拠地を置く群馬県、4位は愛知県、5位に香川県と続く。</p>



<h3 class="wp-block-heading">おもな醤油の原材料とは</h3>



<p>醤油の基本となる原料は、おもに大豆・小麦・塩の3種類。そして麹菌や乳酸菌、酵母菌といった微生物が、目には見えないが重要な役割を果たしている。醤油特有の芳醇な香りやうまみは微生物による発酵が決め手となり、半年から長いものではじっくり2年、3年かけてつくられる発酵調味料だ。たとえ同じ原材料で仕込んでも、醤油メーカーによって微生物の生態系はそれぞれ異なる。そのため同じ味にはならないところに醤油づくりのおもしろさがあるようだ。</p>







<h2 class="wp-block-heading">醤油は5種類に分けられ、地域性が深く関わる</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/batch_231207_NIHONMONO_264.jpg" alt="" class="wp-image-49058" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/batch_231207_NIHONMONO_264.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/batch_231207_NIHONMONO_264-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/batch_231207_NIHONMONO_264-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>JAS規格（日本農林規格）によれば、醤油は濃口、淡口、再仕込、溜（たまり）、白の5種類に分類される。その中でごく一般的なのが濃口醤油。全体の流通量の約８割がこのタイプだという。</p>



<p>また醤油には地域性が存在する。それには日本の食文化に欠かせないだしの存在が、その土地の醤油造りに少なからず影響を与えているようだ。昆布だしがベースの西日本では調理には淡口醤油を使い、かつおだしがベースの東日本では万能タイプの濃口醤油が主流というように。</p>



<p>醤油の塩加減にも地域の特徴が現れる。九州や日本海側など海沿いの地域では、うま味成分のアミノ酸液と甘味料を加えた甘口醤油が好まれ、新鮮な魚に甘くとろみのある醤油をつける。いっぽう内陸では塩味の強い醤油が好まれる傾向があるという。</p>



<p>さらに中部地方は日本酒やみりん、酢、味噌など多様な発酵食品が集まる地域。熟成期間が長くうま味が凝縮された濃厚な溜醤油のみならず、短い熟成で色が淡くあっさりした白醤油という両極端な醤油が共存している。</p>







<h2 class="wp-block-heading">醤油を使い分けると食の世界が広がる</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/batch_231207_NIHONMONO_432.jpg" alt="" class="wp-image-49059" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/batch_231207_NIHONMONO_432.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/batch_231207_NIHONMONO_432-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/batch_231207_NIHONMONO_432-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>高橋さんいわく、「同じ醤油ばかり使っていてはちょっともったいない。料理や食材によって醤油を使い分ければ、もっとおいしく、もっと楽しくなります」。職人醤油では、JAS規格の5種類のほかに甘口醤油を加え、独自に6種類に分類して使い分けを紹介。熟成期間の短いものから白、淡口、甘口、濃口、再仕込、溜の順に並ぶ。これらを３つのタイプに大別すると特徴を理解しやすいという。</p>



<p>まず、半年から一年と熟成期間の短い白と淡口は、色が淡く塩分が高めで素材の風味が生きる。次に甘口と濃口は素材に合わせやすく調理によし、かけてもよしと万能（ただし甘口は好みが分かれる）。</p>



<p>残る再仕込と溜は熟成期間が2年から3年と長く個性的だ。一度搾った醤油をそのまま仕込み水代わりに用い、“醤油で醤油を仕込む”再仕込と、大豆の割合が多く仕込み水の少ない溜は、色も味わいも濃厚でうま味が豊富。ソースのように使えて素材との一体感が楽しめる。</p>







<h2 class="wp-block-heading">醤油はワインによく似ている</h2>



<p>「よくお客さまから『お刺身に合う醤油はどれ？』という質問をいただきますが、お刺身でも赤身の魚と白身の魚では、相性のいい醤油が違うんです」と高橋さんは語る。「白醤油と淡口醤油が白ワイン系、再仕込醬油と溜醤油は赤ワイン系をイメージしていただくと分かりやすいでしょう」。白身魚にはすっきりとした白ワイン、赤身の肉には濃厚な赤ワインなど、ワインにペアリングがあるように、醤油にも食材との相性があるというわけだ。料理や素材によって醤油を使い分けることで、楽しみの幅はさらに広がっていく。</p>



<h3 class="wp-block-heading">料理を引き立てる一本が見つかる</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/batch_231207_NIHONMONO_440.jpg" alt="" class="wp-image-49060" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/batch_231207_NIHONMONO_440.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/batch_231207_NIHONMONO_440-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/batch_231207_NIHONMONO_440-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>醤油をもっと直感的に選べるように、こんな工夫もしている。それは「大好物醤油」と名付けられ、高橋さんがセレクトした全国の醤油と相性のいい食べ物を組み合わせて提案するというもの。料理のイラストが描かれたパッケージを瓶のラベルの上にかぶせてあるから一目瞭然だ。刺身、卵かけご飯、とんかつ、目玉焼き、トーストなどラインナップは24種類。親しみやすいイラストと好きな食べ物への関心から気軽さ、手軽さが優先され、醤油選びのハードルを下げることに成功している。</p>



<h2 class="wp-block-heading">職人醤油の目指す醤油の未来像とは</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/batch_231207_NIHONMONO_358.jpg" alt="" class="wp-image-49066" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/batch_231207_NIHONMONO_358.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/batch_231207_NIHONMONO_358-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/batch_231207_NIHONMONO_358-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>高橋さんが醤油の世界に飛び込んだころ約1,600社あったという醤油メーカーは、現在1,100社を下回り、醤油の生産量も下降線をたどっている。木桶で造る醤油は全生産量のわずか1％ほど。そんな中でも職人醤油で扱う醤油の約6割は木桶仕込みだという。</p>



<p>高橋さんが木桶にこだわるのは、桶にすみついた微生物が発酵の過程で独自の味わいを醤油にもたらすから。その蔵の持つ特徴を反映した個性的な醤油ができあがる。それは裏を返せば、醤油造りに対する蔵の姿勢がそのまま現れるということ。仕上がりにブレが出やすい木桶仕込みは、きちんと管理をしないと醤油の品質を落としてしまうことにもなりかねない。</p>



<p>「大手メーカーが工場で大量生産する商品も、小さな醤油蔵が手づくりしている醤油もそれぞれ一長一短あると思っています。大手さんの素晴らしいところは常に品質が安定していること。逆に小さな蔵では品質の振り幅が大きい。でも、そこがおもしろいと感じていて」。試行錯誤を繰り返す造り手の苦労話にも高橋さんは価値を見いだしている。</p>



<p>味も香りも蔵の個性が出る木桶仕込みの醤油を、近ごろはポジティブに捉える若い造り手が徐々に増え始めているという。「クラフトビールの動きとよく似ていますね」と高橋さん。縮小傾向にある醤油蔵の未来に希望の光が差し始めた。</p>



<p>「個性的でこだわりのある“クラフト醤油”を使いたがる海外需要もきっとあるはず」と、高橋さんは海外輸出も視野に入れ、日本の奥深い醤油文化を世界へと広げようとしている。造り手と使い手をつなぐ高橋さんの挑戦はまだ始まったばかりだ。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/49053/">全国の小さな醤油蔵と消費者を繋ぐ伝道師　「職人醤油」高橋万太郎さん／群馬県前橋市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
					<wfw:commentRss>https://nihonmono.jp/article/49053/feed/</wfw:commentRss>
			<slash:comments>0</slash:comments>
		
		
			</item>
		<item>
		<title>関金わさび本来の香りを楽しむ。わさびオイルと培養で農家を支える「西河商店」／鳥取県倉吉市</title>
		<link>https://nihonmono.jp/article/43044/</link>
					<comments>https://nihonmono.jp/article/43044/#respond</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 29 May 2024 05:10:09 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[湧水]]></category>
		<category><![CDATA[鳥取県]]></category>
		<category><![CDATA[大山]]></category>
		<category><![CDATA[倉吉市]]></category>
		<category><![CDATA[わさびオイル]]></category>
		<category><![CDATA[わさびカフェ]]></category>
		<category><![CDATA[静岡]]></category>
		<category><![CDATA[関金]]></category>
		<category><![CDATA[関金わさび]]></category>
		<category><![CDATA[香辛料]]></category>
		<category><![CDATA[伏流水]]></category>
		<category><![CDATA[わさび]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://nihonmono.jp/?p=43044</guid>

					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/05/016bc86d4162fc7591929dab6f20d951.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>静岡県や長野県が名産地として知られるわさび。実は、鳥取県倉吉市関金町にも、粘り気と香りの良さで知られる「関金わさび」がある。地域おこし協力隊として京都からIターンをした西河葉子さんは、関金わさびの魅力を発信すべく、苗の培 [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/43044/">関金わさび本来の香りを楽しむ。わさびオイルと培養で農家を支える「西河商店」／鳥取県倉吉市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/05/016bc86d4162fc7591929dab6f20d951.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>静岡県や長野県が名産地として知られるわさび。実は、鳥取県倉吉市関金町にも、粘り気と香りの良さで知られる「関金わさび」がある。地域おこし協力隊として京都からIターンをした西河葉子さんは、関金わさびの魅力を発信すべく、苗の培養やわさびオイルの販売に力を入れている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">関所として栄えた倉吉市関金町</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="824" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/05/89ec2fa2f7ec0c9612f6433329045945.jpg" alt="" class="wp-image-43046" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/05/89ec2fa2f7ec0c9612f6433329045945.jpg 824w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/05/89ec2fa2f7ec0c9612f6433329045945-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/05/89ec2fa2f7ec0c9612f6433329045945-768x513.jpg 768w" sizes="(max-width: 824px) 100vw, 824px" /></figure>



<p>鳥取県の中央に位置する倉吉市。そのなかでも、鳥取県の名峰・大山（だいせん）の東麓に位置する関金町（せきがねちょう）は、約1,300年前に開湯したと言われる<strong>関金温泉とその宿場町で栄えたエリア</strong>だ。町の中心には温泉宿が連なり、江戸時代には関所が置かれ、旅人たちを癒してきた。</p>



<p>町内には、国土交通省が選定する<strong>「水質が最も良好な河川」に登録されている小鴨川</strong>（おがもがわ）が流れ、豊かな水資源に恵まれている。</p>



<h3 class="wp-block-heading">関金の名物「関金わさび」</h3>



<p>温泉や歴史の町として知られる関金町には、もうひとつ名産品がある。それが「<strong>関金わさび</strong>」。大山の伏流水が流れる小鴨川の近くには、西日本の中でも最大級のわさび田が連なっている。関金わさびの栽培は100年ほど前に始まったと言われており、広大な棚田のわさび田もあるが、<strong>山並みに即して岩肌にわさびが植えられている小規模のわさび田</strong>が多い。</p>



<p>関金町では、わさびの三大品種「島根3号」「真妻（まづま）」「だるま」のなかでも、わさびの最高峰と言われる真妻系統の品種に適した、鉄分が少ない土壌に恵まれている。また、他の栽培地に比べると鳥取は気温が低いため、わさびがじっくりと育ち、身がよく引き締まっているのが特徴だ。すったときには硬くて粘り気があり、香りが高いことが評価されている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">地域おこし協力隊として関金町に来た西河さん</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="824" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/05/3bfd8f5f5845f4ab021b9880488efec8.jpg" alt="" class="wp-image-43047" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/05/3bfd8f5f5845f4ab021b9880488efec8.jpg 824w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/05/3bfd8f5f5845f4ab021b9880488efec8-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/05/3bfd8f5f5845f4ab021b9880488efec8-768x513.jpg 768w" sizes="(max-width: 824px) 100vw, 824px" /></figure>



<p>「関金わさびの良さを広めよう」と、<strong>わさびの培養・加工販売を行う会社「<a href="https://www.nishikawashouten.com/" title="">西河商店</a>」</strong>を立ち上げたのが、2013年に関金町の地域おこし協力隊として赴任した西河葉子さんだ。西河さんの当初の任務は、関金温泉の「若女将」として町おこしを盛り上げること。地元の関係者と協力しながら、関金温泉を知ってもらえるイベントとして、町ぐるみの文化祭などを実施してきた。関金町の良さをより多くの方に知ってもらおうと、任期3年目からは名産品である<strong>関金わさびを味わえる「わさびカフェ」</strong>を経営。協力隊を卒業後、西河商店を起業し、関金わさびを国内外に発信している。</p>



<h2 class="wp-block-heading">豊かな水で育つわさび</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="824" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/05/cc26325aceb296b226c186f2f2d8f06d.jpg" alt="" class="wp-image-43048" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/05/cc26325aceb296b226c186f2f2d8f06d.jpg 824w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/05/cc26325aceb296b226c186f2f2d8f06d-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/05/cc26325aceb296b226c186f2f2d8f06d-768x513.jpg 768w" sizes="(max-width: 824px) 100vw, 824px" /></figure>



<p>わさびの栽培方法は、水の中で育てる沢わさびと、土の中で育てる畑わさびの2種類に大別され、関金町では<strong>大山の伏流水や湧水を利用する沢わさびを栽培</strong>している。水の中に直接種を蒔くことができないため、どちらの栽培方法でも土の中で苗を育てることから始まる。苗が育った後は、清流の中で育てれば沢わさびに、畑で育てれば畑わさびになる。</p>



<p>沢わさびを育てる際のポイントは、水温と気温、そして土壌となる砂。水温は通年14〜16度をキープしなければならない。また、きれいな水と豊富な水量、水をしっかりと循環させられる砂地も必要だ。<br>わさびの育苗には、種から育てる実生法と、大きく育ったわさびの茎（親株）から、小さく生えた茎（子株）を分けて増やしていく株分け法がある。時間とお金のコストを考え、多くの農家では株分け法を利用して苗を増やしているが、<strong>親株が病気だった場合は子株もその病気を引き継いで育ってしまう</strong>。また、同じ品種を長年育てていると連作障害が起きてしまうため、定期的に違う品種の苗を植えなければならず、農家の大きな負担となっている。</p>



<h3 class="wp-block-heading">病気のない元気な苗を作りたい</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="824" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/05/7f126480d5961aafd847df5a2dd66223.jpg" alt="" class="wp-image-43049" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/05/7f126480d5961aafd847df5a2dd66223.jpg 824w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/05/7f126480d5961aafd847df5a2dd66223-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/05/7f126480d5961aafd847df5a2dd66223-768x513.jpg 768w" sizes="(max-width: 824px) 100vw, 824px" /></figure>



<p>本来であれば毎年違う品種の苗を用意するのが理想だが、静岡などの一大産地に比べると、関金わさびのブランド力は劣ってしまう。<strong>良い苗を買うための金額と、関金わさびの買い取り額が見合わず、どうしても株分け法に頼ってしまう</strong>ことになるのだ。</p>



<p>わさび農家の方々も、良い苗を作るための培養法や必要性をわかっていながら、コストや労働力の関係でなかなかできない実態があった。そこで西河さんは苗の培養に特化することにしたのだ。</p>



<p>「良い苗を作りたいけれどできない農家さんが多かった。そこで、自分たちが農家さんたちの代わりに苗を育てて、それを使ってもらい、育ったわさびを買い取ることに。そして、料理人に届けたり、より多くの方に知ってもらえるような商品に加工したり、循環させる。<strong>すくすくと健康な状態で育つ苗を増やすことで、農家さんたちができなかった部分の課題を解決したい</strong>と思ったんです」と西河さん。</p>



<p>各農家さんの好みやわさび田の状況に応じて、どこまで大きく育てるかもきめ細かに対応。小さな地域だからこそ、農家さん一人ひとりに合わせた状態まで育てられるのだという。</p>



<h2 class="wp-block-heading">わさびは辛いだけじゃない。香りを届けるための商品を</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="824" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/05/459caa2347c7ffe119e02889400a5246.jpg" alt="" class="wp-image-43050" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/05/459caa2347c7ffe119e02889400a5246.jpg 824w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/05/459caa2347c7ffe119e02889400a5246-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/05/459caa2347c7ffe119e02889400a5246-768x513.jpg 768w" sizes="(max-width: 824px) 100vw, 824px" /></figure>



<p>農家さんたちから買い取ったわさびを使用し、より多くの方にわさびの魅力を伝えるために開発されたのが<strong>わさびオイル</strong>だ。</p>



<p>「オイルが認知され、培養の資金源が確保できれば、小規模のわさび農家さんにも元気な苗を届けられる。そうすれば<strong>日本の美しいわさび田が守られ、後世に残っていく。それがこの地域に限らず、世界に伝わってほしい。</strong>そしてわさびの魅力は辛味だけではなく、香りが良いことなんだと伝えたくて作りました」。</p>



<p>ツンとした辛味ではなく、ほんのりとした辛味を閉じ込め、わさび本来の香りを楽しむ。オイルであれば<strong>香りが揮発することもなく、見た目が良くないわさびでも活用できる</strong>ため、廃棄せずに済む。海外など距離が離れた場所にも届けやすく、普段の料理に合わせやすい商品になることも想定した。</p>



<h3 class="wp-block-heading">和の香りと組み合わせた3つのオイル</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="824" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/05/3eb69609ac51a8069a5325fa5b8029a1.jpg" alt="" class="wp-image-43051" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/05/3eb69609ac51a8069a5325fa5b8029a1.jpg 824w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/05/3eb69609ac51a8069a5325fa5b8029a1-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/05/3eb69609ac51a8069a5325fa5b8029a1-768x513.jpg 768w" sizes="(max-width: 824px) 100vw, 824px" /></figure>



<p>現在作っているオイルは3種類。細かく刻んだわさびを山形県産のこめ油に漬け込んで、香りが移った部分のみを抽出した「<strong>わさびオイル</strong>」がベースだ。</p>



<p>そこに柚子を蒸留させて抽出したオイルを組み合わせたのが「<strong>柚子わさびオイル</strong>」。</p>



<p>また、京都大原の紫蘇を煮だして香りを移したオイルと組み合わせたのが「<strong>紫蘇わさびオイル</strong>」だ。</p>



<p>グリルした野菜や肉に数滴たらすと、香りと辛味をプラスできる。こめ油を使用しているため、醤油や出汁を使った料理にぴったりの味わいだ。</p>



<p>「ゆくゆくは、使われる方の好みに合わせて、辛味や香りを強くしたり、オイルを軽めにしたりと、細かく調整できるような蒸留所を作りたいんです」と西河さんは語る。</p>



<h2 class="wp-block-heading">わさびのさまざまな活用方法が認知される一助に</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="824" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/05/ad6a6db194181ccccb18b313d84ba529.jpg" alt="" class="wp-image-43052" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/05/ad6a6db194181ccccb18b313d84ba529.jpg 824w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/05/ad6a6db194181ccccb18b313d84ba529-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/05/ad6a6db194181ccccb18b313d84ba529-768x513.jpg 768w" sizes="(max-width: 824px) 100vw, 824px" /></figure>



<p>「今はどうしても、一大産地で育って、形がまっすぐ整って大きいものが”良いわさび”とされている。でも、小さくても香りが高いもの、形が整っていなくても粘り気が強いものなど、いろいろなわさびがあって、<strong>使う方・食べる方の状況に合ったわさびが”良いわさび”</strong>なんじゃないかなと思うんです」。</p>



<p>そう気づいたのは、世界で最も多くミシュランの星を持つシェフとして知られるジョエル・ロブション氏のもとで16年にわたって腕を振るった後、東京･神谷町に「SUGALABO」を構え、世界を舞台に活躍する須賀洋介シェフと出会ったことがきっかけだったという。全国を旅しながら日本の美味しいものを料理にして届けている須賀シェフに出会い、西河さんは料理人が求めている味や食感に適したわさびを提供できるようになれば、一大産地ではなくても、小さな農家で作ったものが集まって、多くの需要に対応できるようになるのではないかと考えた。</p>



<p>農家さんに喜ばれる苗を提供する。そこから育ったわさびをしっかり買い取る。そしてそれを料理人にも使いたいと思ってもらえるような商品にしていく。</p>



<p>どんな料理に使いたいのか、そのときの状況に応じた提案ができるように、さまざまな形でわさびを届けていきたいと語る西河さんのこれからが楽しみだ。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/43044/">関金わさび本来の香りを楽しむ。わさびオイルと培養で農家を支える「西河商店」／鳥取県倉吉市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
					<wfw:commentRss>https://nihonmono.jp/article/43044/feed/</wfw:commentRss>
			<slash:comments>0</slash:comments>
		
		
			</item>
		<item>
		<title>伝統の天然醸造にこだわる醤油づくり　創業200有余年「岡直三郎商店」／群馬県みどり市</title>
		<link>https://nihonmono.jp/article/42977/</link>
					<comments>https://nihonmono.jp/article/42977/#respond</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 23 May 2024 03:37:17 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[有機丸大豆]]></category>
		<category><![CDATA[国産]]></category>
		<category><![CDATA[調味料]]></category>
		<category><![CDATA[有機小麦]]></category>
		<category><![CDATA[醤油]]></category>
		<category><![CDATA[生揚げ醤油]]></category>
		<category><![CDATA[一番搾り]]></category>
		<category><![CDATA[群馬県]]></category>
		<category><![CDATA[二段仕込み]]></category>
		<category><![CDATA[みどり市]]></category>
		<category><![CDATA[お醤油]]></category>
		<category><![CDATA[天然醸造]]></category>
		<category><![CDATA[濃口醤油]]></category>
		<category><![CDATA[たまり醤油]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://nihonmono.jp/?p=42977</guid>

					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/05/de51d65663f03a0de1e7025b7ed4be5b.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>群馬県みどり市に蔵を構える「岡直三郎商店」は、江戸時代の天明7年（1787年）創業という、230年をゆうに超える歴史ある老舗醤油蔵。醸造工場と店舗兼主屋からなる大間々工場では、代々受け継がれた木製大桶にて仕込む、伝統の醤 [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/42977/">伝統の天然醸造にこだわる醤油づくり　創業200有余年「岡直三郎商店」／群馬県みどり市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/05/de51d65663f03a0de1e7025b7ed4be5b.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>群馬県みどり市に蔵を構える「岡直三郎商店」は、江戸時代の天明7年（1787年）創業という、230年をゆうに超える歴史ある老舗醤油蔵。醸造工場と店舗兼主屋からなる大間々工場では、代々受け継がれた木製大桶にて仕込む、伝統の醤油づくりを今もなお続けている。</p>



<h2 class="wp-block-heading"><strong>風光明媚な大間々の地に創業</strong></h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/05/24cbf33b8ac1b7a137af1b2d24864757.jpg" alt="" class="wp-image-42979" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/05/24cbf33b8ac1b7a137af1b2d24864757.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/05/24cbf33b8ac1b7a137af1b2d24864757-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/05/24cbf33b8ac1b7a137af1b2d24864757-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>群馬県の東部に位置するみどり市は、赤城山東南麓の豊かな自然に恵まれ、南北に長い地形の約8割を山林が占めている。山間部と平野部の中間にあたる大間々地区に「<strong>岡直三郎商店 大間々工場</strong>」がある。すぐ近くには渡良瀬川が流れ、この川に沿ってわたらせ渓谷鐵道が走る。「関東の耶馬溪（やばけい）」とも讃えられる美しい渓谷「高津戸峡（たかつどきょう）」は新緑と紅葉の名所。河川と渓谷が織りなす雄大な景色を楽しめるとあって、みどり市屈指の観光スポットとして人気のエリアだ。</p>



<p>かつての大間々は、江戸時代に足尾銅山から産出した銅を江戸へ運ぶ「あかがね街道」の要衝として、また絹や生糸の集散地として、人々が行き交い栄えた宿場町。<strong>近江商人であった初代･岡 忠兵衛</strong>は、水が豊かで風光明媚な上州･大間々のこの地に、「<strong>河内屋</strong>」の屋号を掲げ、醤油醸造業を営んだのが始まりとされている。</p>



<h3 class="wp-block-heading"><strong>国の有形文化財に登録された岡直三郎商店</strong></h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/05/4ec76cfc5ebd8a8ba1ec17b63457258d.jpg" alt="" class="wp-image-42980" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/05/4ec76cfc5ebd8a8ba1ec17b63457258d.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/05/4ec76cfc5ebd8a8ba1ec17b63457258d-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/05/4ec76cfc5ebd8a8ba1ec17b63457258d-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>現在も桐生から日光へ向かう国道122号（あかがね街道）沿いには趣のある蔵や商家、洋館などが点在。レトロな風情が漂う町並みは往時の面影を色濃く残す。「今も創業の地に当時の姿を残せているのは大変ありがたいことです」そう話すのは<strong>八代目当主の岡 資治さん</strong>。街道沿いに建つ岡直三郎商店は、2013年、大間々工場の店舗兼主屋ならびに文庫蔵が、<strong>国の登録有形文化財（建造物</strong>）に登録された。店舗前には巨大な火入れ釜が堂々と鎮座し、訪れる者を出迎えている。</p>



<h2 class="wp-block-heading"><strong>昔と変わらない木桶仕込みの天然醸造</strong></h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/05/a9ba3d606d83dbf54e63b4cae2c8856c.jpg" alt="" class="wp-image-42981" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/05/a9ba3d606d83dbf54e63b4cae2c8856c.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/05/a9ba3d606d83dbf54e63b4cae2c8856c-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/05/a9ba3d606d83dbf54e63b4cae2c8856c-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>「<strong>発酵･熟成は自然の気候の中でゆっくりと。これだけはずっと続けていきたい</strong>、そう思っています」。岡さんが明言するように、岡直三郎商店では代々受け継がれた大きな木桶を使い、手間暇を惜しまず昔ながらの醤油づくりの製法を守り続けている。</p>



<p>自然の気候と四季の気温の変化に委ねる<strong>天然醸造</strong>は、発酵･熟成におおよそ<strong>1年から1年半</strong>という長い時間がかかる。職人が木桶に仕込んだもろみの状態を確認しながら、発酵を促すために撹拌する作業「<strong>櫂（かい）入れ</strong>｣を重ねていき、搾りの時期を見極める。職人による長年の経験と勘が欠かせない。<br>木桶にこだわる理由は、使い続けることで仕込蔵や木桶に微生物が生育し、醤油にとって心地よい環境が保たれ、<strong>その蔵独自の風味を醸し出す</strong>からだ。「今は木桶を作れる職人がいないので」残されたものを大切に使っているという。ちなみに木桶は竹で編んだ「箍（たが）」で周囲をしっかりと固定されており、1本たりともクギは使われていないそうだ。</p>



<h2 class="wp-block-heading"><strong>100年ぶりの大改修を経て工場をリニューアル</strong></h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/05/59888b1df1bd2b473bd6dbcb0b87e778.jpg" alt="" class="wp-image-42982" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/05/59888b1df1bd2b473bd6dbcb0b87e778.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/05/59888b1df1bd2b473bd6dbcb0b87e778-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/05/59888b1df1bd2b473bd6dbcb0b87e778-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>大間々工場は蔵の老朽化に伴い、2017年に大規模な改修を行った。「醤油屋や味噌屋はどことなく『歴史が古いから許される』という風潮がありますが、清潔さを欠き、安心安全がおろそかになってしまったら本末転倒。古い建物のままではいけない。<strong>安心安全を徹底しなければ生き残れない</strong>」と危機感を持って、未来に引き継いでいくための大改修に踏み切ったのだ。明治期に建てられた蔵2棟を取り壊し、その跡地に鉄骨の工場を新設。最新設備の導入により、徹底した衛生管理のもとで原料の処理や圧搾、充填作業を一新し、安心安全を強化した。仕込蔵も一部修繕が加えられたが、古き良き醸造現場の特徴はしっかりと残っている。</p>



<h3 class="wp-block-heading"><strong>新しくすべきは新しく、残すべきところは残す</strong></h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/05/69d8dae64c9686bdcc34cd0f64b38e67.jpg" alt="" class="wp-image-42983" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/05/69d8dae64c9686bdcc34cd0f64b38e67.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/05/69d8dae64c9686bdcc34cd0f64b38e67-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/05/69d8dae64c9686bdcc34cd0f64b38e67-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>仕込蔵の中に入ると大豆の発酵･熟成による独特の香りが漂う。床は土間からコンクリートに替えられたが、大きな木桶はそのままに迫力のある姿を見せている。木桶を床面に置かず、浮かせて配置してあるのは、修繕が必要になった場合に下から潜り込めるからだという。蔵の中の階段を上ると、今度は木桶の中に仕込まれた、もろみの様子を上から見ることができる。床板は張り替えられているが趣深い天井の梁は昔のまま。そこに<strong>住み着いた酵母菌こそが天然醸造の醤油づくりの生命線</strong>だ。<strong>蔵付きの生きた酵母</strong>はまさに、岡直三郎商店の財産なのである。「残すべき伝統は守りつつ、徹底した安心安全との両立を目指していきます」と岡さん。</p>



<h2 class="wp-block-heading"><strong>「日本一」の名にふさわしい厳選材料</strong></h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/05/cae70d491d7c826d66ade654ea32ed72.jpg" alt="" class="wp-image-42984" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/05/cae70d491d7c826d66ade654ea32ed72.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/05/cae70d491d7c826d66ade654ea32ed72-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/05/cae70d491d7c826d66ade654ea32ed72-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>こうして岡直三郎商店が丹精込めてつくる伝統の天然醸造醤油は、じっくり発酵･熟成させた<strong>濃口醤油</strong>が基本。原料となる大豆は国産の丸大豆、小麦は群馬県産にこだわる。特に「<strong>日本一しょうゆ</strong>」（登録商標）と銘打ち、親しまれている「<strong>一番しぼり</strong>」、「<strong>二段仕込み</strong>」（一度仕上がった生醬油に再び麹を入れて二度仕込む醸造法）においては、国産大豆の中でも生産量が極めて少なく、<strong>希少な国産の有機丸大豆と有機小麦を100％使用</strong>している。この「日本一しょうゆ」の商標には、初代･近江商人の強い志が込められているのだ。<br>このほか小麦を使わず大豆と塩だけ発酵熟成させ、濃厚なうま味と塩味、独特の香りを持つ「<strong>たまり醤油</strong>」や、火入れ（加熱処理）をしていない天然酵母の生きた、搾りたての麹の香りと風味が楽しめる「<strong>生揚げ醤油</strong>」（きあげしょうゆ）も人気が高い。近年、ラーメン店から「生揚げ醤油を使いたい」という声が寄せられ、徐々に取引先を増やしているとのこと。</p>



<h2 class="wp-block-heading"><strong>お客様にもっと醤油の素晴らしさを伝えたい</strong></h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/05/02f76a4bd44d6fa99aa009d60d877708.jpg" alt="" class="wp-image-42985" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/05/02f76a4bd44d6fa99aa009d60d877708.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/05/02f76a4bd44d6fa99aa009d60d877708-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/05/02f76a4bd44d6fa99aa009d60d877708-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>古民家を改装した店内では、岡直三郎商店自慢の天然醸造醤油をはじめ醤油加工品も数多く並び、ショッピングが楽しめる。醤油のテイスティングもできるから好みの醤油を見つけることができる。ここで紹介したいのは二段仕込み醤油を使用した、この店舗でしか味わうことのできないソフトクリームの存在。コクのある濃厚な醤油と、甘くミルキーなソフトクリームとの思いも寄らない相性の良さにきっと誰もが驚くだろう。例えるならば「キャラメルのような深い味わい」だ。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/05/b1cea3e7b8de542b14484f4ef3cd4e3b.jpg" alt="" class="wp-image-42986" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/05/b1cea3e7b8de542b14484f4ef3cd4e3b.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/05/b1cea3e7b8de542b14484f4ef3cd4e3b-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/05/b1cea3e7b8de542b14484f4ef3cd4e3b-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>仕込蔵の見学も随時受け付けており、多くの観光客が蔵を訪れるようになった。奥座敷では観光客が買い物がてらくつろぐこともできる。このように町おこしによる地域貢献にも尽力している岡直三郎商店は、今では<strong>みどり市の観光名所</strong>のひとつとして地元から期待が寄せられている。</p>



<p>岡さんは「<strong>日本国内のみならず、世界中の方々においしい醤油文化を楽しんでいただくことが最大の目標です</strong>」と語る。江戸時代から二百有余年、代々受け継がれた仕込み桶を用い、職人が日々丹精込めて造る伝統製法の木桶仕込み天然醸造醤油。折しも2013年に「和食」がユネスコ無形文化遺産に登録され、日本の食文化は海外からもおおいに関心が高まる昨今において、「日本一しょうゆ」の名が世界へと羽ばたく日はそう遠くはないはずだ。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/42977/">伝統の天然醸造にこだわる醤油づくり　創業200有余年「岡直三郎商店」／群馬県みどり市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
					<wfw:commentRss>https://nihonmono.jp/article/42977/feed/</wfw:commentRss>
			<slash:comments>0</slash:comments>
		
		
			</item>
		<item>
		<title>伝統は革新の連続。300年以上、酢を守り続ける「とば屋酢店」／福井県小浜市</title>
		<link>https://nihonmono.jp/article/40061/</link>
					<comments>https://nihonmono.jp/article/40061/#respond</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 30 Jan 2024 03:57:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[醸造]]></category>
		<category><![CDATA[酢]]></category>
		<category><![CDATA[福井県]]></category>
		<category><![CDATA[小浜市]]></category>
		<category><![CDATA[日本遺産]]></category>
		<category><![CDATA[純米酢]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://nihonmono.jp/?p=40061</guid>

					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/batch_1C1A4754.54.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>福井県小浜市にあるとば屋酢店は、江戸時代中期の創業で300年以上も続く米酢の醸造元だ。全国的にも珍しい「壺（つぼ）」で純米酢を仕込む伝統を守り続けながら、情報発信や新商品開発にも積極的に取り組んでいる。とば屋酢店の伝統は [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/40061/">伝統は革新の連続。300年以上、酢を守り続ける「とば屋酢店」／福井県小浜市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/batch_1C1A4754.54.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>福井県小浜市にある<a href="https://www.tobaya.com/" title="">とば屋酢店</a>は、江戸時代中期の創業で300年以上も続く米酢の醸造元だ。全国的にも珍しい「壺（つぼ）」で純米酢を仕込む伝統を守り続けながら、情報発信や新商品開発にも積極的に取り組んでいる。とば屋酢店の伝統は、現代に輝きを増している。</p>



<h2 class="wp-block-heading"><strong>京の食を支えた小浜で酢を醸造</strong></h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="799" height="533" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/batch_sasaduke.jpg" alt="" class="wp-image-40064" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/batch_sasaduke.jpg 799w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/batch_sasaduke-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/batch_sasaduke-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 799px) 100vw, 799px" /></figure>



<p>とば屋酢店は若狭湾国定公園の一部を成す小浜湾に面した小浜市にある。日本海の豊かな海産物に恵まれる小浜市は、かつて<strong>「若狭国（わかさのくに）」</strong>と呼ばれ、朝廷に海産物を献上する<strong>「御食国（みけつくに）」</strong>のひとつだった。後の江戸時代には小浜藩となり、北前船の拠点として栄えた。また、小浜でよく獲れたサバを京都に運んだことから、小浜から京都につづく道は<strong>「鯖街道（さばかいどう）」と呼ばれ、現在は日本遺産にも認定</strong>されている。</p>



<p><br></p>



<h3 class="wp-block-heading"><strong>小浜名産に欠かせない米酢</strong></h3>



<p>小浜から京の都に運ばれる海産物は、塩や酢を伴うことによって保存性が高まり、現代まで続く<strong>「小鯛のささ漬け」や「鯖寿司」</strong>といった特産品が生まれた。小鯛のささ漬けは小浜を代表する珍味で、レンコダイともハナオレダイとも言われる小鯛を三枚におろし、うす塩をして酢で締め、笹の葉を添えて小さな杉樽にぎっしりと詰める。小浜で作られている小鯛のささ漬けや鯖寿司の多くに、とば屋酢店の米酢が使われている。</p>



<p><br></p>



<h3 class="wp-block-heading"><strong>「壺（つぼ）」で300年以上仕込み続ける</strong></h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/80815c0cff35504f6eca6ac2e4a855bc.jpg" alt="" class="wp-image-40065" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/80815c0cff35504f6eca6ac2e4a855bc.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/80815c0cff35504f6eca6ac2e4a855bc-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/80815c0cff35504f6eca6ac2e4a855bc-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>とば屋酢店の看板商品である<strong>「壺之酢（つぼのす）」</strong>はその商品名が表すように、一抱え以上もあるような大きな壺の中で仕込む純米酢。酢蔵の床下深くまで敷き詰めたもみ殻の中に、おおよそ300ℓの容量の壺が30個埋められている様子は壮観だ。この壺で発酵・熟成させる酢の造り方をとば屋酢店は300年以上守り続けている。</p>



<p><br></p>



<h3 class="wp-block-heading">お米の旨味と甘味を感じる純米酢</h3>



<p>アルコールに酢酸菌を加えると、発酵する過程でアルコール分が酢酸に変わり、酢ができる。純米酢であれば、一般的に純米酒に酢酸菌を加えて発酵させた後、熟成を経て完成となる。壺之酢も原理は同じだが、とば屋酢店では、「甘酒」と「種酢（たねず）」を使って仕込む独自製法を守り続けている。<br>材料となる甘酒は、福井県産米の「華越前（ハナエチゼン）」を蒸し、自家製米麹、地下からくみ上げる水、純米酒を加えて55℃で丸一日保温して作る。種酢とは前回仕込んだ酢のことで、活きのいい酢酸菌がたっぷりと含まれている。この甘酒と種酢を混ぜた仕込み液を直接壺の中に注ぎ、壺の周囲に敷き詰めて保温しながら1〜2ヵ月発酵させる。このとき、表面に「酢酸菌膜（さくさんきんまく）」が徐々に表れてアルコールを分解していくと酢ができる。表面にきれいな膜が分厚く張っているのが、いい具合に発酵を終えたサインだ。これを<strong>3分の1ほど残して次の仕込みの種酢にする。</strong><br>発酵を終えた酢は、さらに木樽に移して2ヵ月以上熟成させる。熟成後も、材料の甘酒に含まれる蒸し米が大量に残っているため、絞る工程が必要になる。甘酒を濾過せず、そのまま仕込むのはとば屋酢店ならではの伝統製法であり、米の旨味を酢にたっぷりとプラスする狙いがある。その後、ろ過、殺菌の工程を経て、壺之酢となり出荷される。その味わいは、米の旨味と甘味が活きており、酸味も角がなくまろやかだ。料理の味を引き立てるのはもちろん、ツンとこないので薄めてそのまま飲んでも美味しい。</p>



<p><br></p>



<h2 class="wp-block-heading">料理を引き立てる「旨い酢」</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/batch_1C1A4766.jpg" alt="" class="wp-image-40066" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/batch_1C1A4766.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/batch_1C1A4766-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/batch_1C1A4766-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>大手メーカーなどで取り入れられている一般的な酢の造り方は「連続発酵」という方法で、強制的に空気を送り込むことで発酵を早め、わずか数日で酢が出来上がる。一方、とば屋酢店の壺之酢は「静置発酵（せいちはっこう）」という伝統的な製法で、かき混ぜずにそのまま置き、<strong>酢酸菌の力のみで発酵させる</strong>ので実に４ヵ月以上もの長い時間がかかる。とば屋酢店が現代においても長い時間と手間をかけて壺之酢を造り続けるのは、<strong>「料理を引き立てる旨い酢」</strong>へのこだわりに他ならない。しかし、こだわりは認知されてこそ価値になる。「店への“共感”を広げたい」と語る13代目の中野貴之さんは、とば屋酢店のこだわりや歴史を現代の消費者に知ってもらうための取り組みにまい進してきた。それは壺之酢という商品名が生まれた頃にさかのぼる。</p>



<p><br></p>



<h3 class="wp-block-heading"><strong>300年の伝統を「見える化」する</strong></h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/batch_1C1A4804.jpg" alt="" class="wp-image-40067" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/batch_1C1A4804.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/batch_1C1A4804-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/batch_1C1A4804-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>その後、東京農大の醸造学科に入学した中野さんは、在学中に友人の協力を得てとば屋酢店のホームページを開設した。卒業後は東京大学大学院を経て経営コンサルタント会社に入社。そこで3年間経験を積んだ後、2005年に小浜に戻り、とば屋酢店での勤務を始めた。コンサルタント会社で顧客コミュニケーションの大切さを痛感した中野さんは、とば屋酢店と消費者との距離を縮める取り組みを強化した。まず、学生の頃に作ったまま放置していた<strong>ホームページをリニューアル</strong>し、商品をネット通販で買えるようにした。さらにとば屋酢店の歴史やこだわり、壺之酢を造る工程なども詳細に紹介。その後も、消費者がより見やすく、より買いやすくなるようにリニューアルを繰り返し、新規客の開拓につなげてきた。<br>家族経営の小さな蔵が自力でネット通販に取り組むのは苦労があったという中野さん。やり切れたのはコンサルタント時代の経験が大きかったと語る。付き合いのあった大企業では業務改善のサイクルを繰り返しており、それは企業の規模を問わず重要だと考え、とば屋酢店でも取り組んだ。現在、ネット通販は新しい売上の柱として成長している。</p>



<p><br></p>



<h3 class="wp-block-heading">時代を捉えた新商品を次々に開発</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/batch_IMG_1181.jpg" alt="" class="wp-image-40068" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/batch_IMG_1181.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/batch_IMG_1181-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/batch_IMG_1181-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>さらに中野さんは新商品開発にも力を入れた。壺之酢とアカシア蜂蜜をブレンドした飲む酢「お酢蜜」、簡単に酢の物が作れる「お手間かから酢」、「手作り塩麹キット」など今に続く人気商品を次々に開発していった。<br>新商品の中でも中野さんが特に「可能性がある」と期待を寄せるのがお酢蜜だ。飲料用の酢の市場は黒酢や果実酢などが火付け役となって拡大傾向にあり、全国的にも2020年の家庭用食酢の市場規模調査で飲用が調理用を上回ったほど。<br>中野さんは健康志向の高まりを見据え、飲む酢の商品ラインナップを強化している。最近では、お酢蜜に免疫力を高めると言われる成分を配合した商品や、壺之酢に血糖値が上昇しにくい「マゲイシロップ」と果汁を加えたフルーツ酢は、ネット通販を中心にリピート客をつかみ、売れ行き好調だ。</p>



<p><br></p>



<h3 class="wp-block-heading">海を渡った伝統の純米酢</h3>



<p>とば屋酢店の看板商品である壺之酢の価格は大手メーカーの米酢と比べて倍近い。それでも壺之酢の売れ行きは堅調だ。「壺之酢だからうちの味が出せると使い続けてくれる料理店などの顧客も多い」と中野さんは言う。</p>



<p>現在でも地元・小浜の魚屋やすし屋、料理屋のほとんどがとば屋酢店の得意先だ。地域との支え合いの中で300年以上守り続けた伝統的な酢造りは、とても手間と時間がかかり、他の蔵では見られなくなっている。だからこそ価値があると気付いた中野さんの新たな取り組みによって、とば屋酢店の認知度は高まり、海外からも注目されるようになっている。2010年には、パリのフランス料理店にパイプを持つバイヤーからの要望で「さくら酢」を新たに開発した。『さくら酢』は壺之酢をベースにした甘酢に桜の花びらを1年間漬け込んだもので、ミシュランの星を持つレストランなどで使われた。今も春に数量限定で出荷している。また、壺之酢や飲む酢がバイヤーを通じてヨーロッパやオーストラリア、台湾にも出荷されるようになった。</p>



<p><br></p>



<h3 class="wp-block-heading"><strong>酢を作るのは、発酵という“神の業”</strong></h3>



<p>変化する時代に合わせた数々の商品開発で、酢のニーズを開拓してきた中野さん。これからも新たな挑戦を続ける一方で、先代から受け継いだ「自然の力に感謝、ありがとうという気持ち」は決して忘れないと力を込める。<br>壺之酢には、発酵という人の技術を超えた「神の業」が働いていると語る中野さんは、「発酵は自然の力。人間にできるのは条件を整え待つこと」との思いで、今日も受け継いだ仕事を繰り返す。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/40061/">伝統は革新の連続。300年以上、酢を守り続ける「とば屋酢店」／福井県小浜市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
					<wfw:commentRss>https://nihonmono.jp/article/40061/feed/</wfw:commentRss>
			<slash:comments>0</slash:comments>
		
		
			</item>
		<item>
		<title>愛知で生まれた料亭の味。あの白だしを家庭料理まで広めた「七福醸造」／愛知県碧南市</title>
		<link>https://nihonmono.jp/article/39598/</link>
					<comments>https://nihonmono.jp/article/39598/#respond</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 11 Dec 2023 01:00:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://nihonmono.jp/?p=39598</guid>

					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/top-2.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>透き通った琥珀色で素材の味を引き立たせる「白だし」。現在は日本中に普及する同商品だが、この白だしを最初に作ったのは、愛知県碧南市にある「七福醸造」。社長の犬塚元裕さんは料理人の声から誕生した白だしを一般家庭に広く普及させ [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/39598/">愛知で生まれた料亭の味。あの白だしを家庭料理まで広めた「七福醸造」／愛知県碧南市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/top-2.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>透き通った琥珀色で素材の味を引き立たせる「白だし」。現在は日本中に普及する同商品だが、この白だしを最初に作ったのは、愛知県碧南市にある「七福醸造」。社長の犬塚元裕さんは料理人の声から誕生した白だしを一般家庭に広く普及させた第一人者として醸造業界でも一目を置かれている存在だ。</p>



<h2 class="wp-block-heading">碧南市（へきなん）は、豊かな水と大地に恵まれた醸造の町</h2>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/0J2A2219-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-39606" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/0J2A2219-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/0J2A2219-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/0J2A2219-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/0J2A2219.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>愛知県の中心部･名古屋市から40キロほど東南に位置する碧南市。北は油ケ淵、東は矢作川、西と南は衣浦港と、周囲を水に囲まれ、温暖な気候と風土に恵まれた土地だ。人口は7万5000人くらい。この小さな町に醤油をはじめ、日本酒、みりん、味噌など、醸造に携わるメーカーが10社以上あるというから、いかに醸造に適した場所なのかがわかる。</p>



<p>そもそも碧南市のある三河地区は、戦後の食糧難の際に醸造製品の原料となる小麦や大豆、米が安定して手に入りやすかったことや仕込みに使うための水源に恵まれていたことから醸造文化が発展してきたと考えられている。また、港に近く海運ルートが発達していたことから製品を出荷しやすい状況だったことも醸造産業が大きく飛躍した要因のひとつと言われている。</p>



<h3 class="wp-block-heading">醤油が白いのはなぜ？ 小麦の比率と発酵期間がカギ</h3>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/0J2A2238-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-39609" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/0J2A2238-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/0J2A2238-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/0J2A2238-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/0J2A2238.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>日本農林規格等に対する法律（通称･JAS法）で、濃口、薄口、再仕込み、たまり、白醤油の5種に分類される醤油。その起源は1000年以上前にもさかのぼると言われているが、文献によると白醤油に限っては登場してからまだ80年足らずとされており、ほかの醤油に比べて歴史は浅い。</p>



<p>醤油は原材料である大豆･小麦･塩･水の割合や仕込み期間の長さによって仕上がりに差が出る。白醤油は小麦を多く使い、短い発酵期間で造るため、素材本来の甘味や香りが強く感じられることが特長。また液色が薄く、料理に色が着きにくいため、見た目にこだわる料理店などではずいぶん重宝される。</p>



<p>しかし、家庭での普及率はまだまだ。濃口醤油が市場シェアの8割を占めるなか、白醤油のシェアは全体の1％にも満たない。</p>



<h2 class="wp-block-heading">白だしは料理人のリクエストがきっかけで誕生した</h2>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/0J2A2240-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-39610" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/0J2A2240-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/0J2A2240-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/0J2A2240-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/0J2A2240.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>七福醸造は1951年に白醤油専門の醸造販売会社としてスタート。ちなみに現在でも白醤油専門の醤油メーカーというのは全国でもここだけ。</p>



<p><strong>濃口醤油をはじめとした、いわゆる“黒い醤油” </strong>に比べて一般家庭での需要が低い白醤油。もちろんそれは販売シェアにも比例しているのだが、なぜ同社ではこれを専門で造ることにしたのだろうか。</p>



<p>それは、<strong>碧南市が白醤油発祥の地</strong>であり、犬塚さんの祖父で創業者の明元（あけもと）さんが創業以前に同地で学んだのが白醤油の醸造だったから、というのが一番の理由なのだとか。そもそも黒い醤油と白醤油とでは使用する小麦と大豆の比率がちがう。醤油にはそれぞれ小麦と大豆を使った麹を使用するが、黒い醤油の場合、その割合はほぼ半々。しかし、白醤油の場合、小麦と大豆の割合は9対1。ほとんどが小麦の麹だ。また、仕込み期間も異なり、黒い醤油が1〜3年かけるのに対し、白醤油は2〜3ヶ月程度と短い。小麦の麹と仕込み期間の短さ、このふたつが液色の薄さに影響する。 どちらも醸造するとなると、単純に二倍の設備が必要になるため、白醤油のシェアが低いことは当然理解していながらも「せっかく学んだし、地元発祥のものだから」という精神で白醤油醸造の道を選択し、専門の醸造メーカーを立ち上げた。</p>



<p>しかし、意図せずこれが七福醸造のこだわりと合致。</p>



<p>同社では創業時から素材にこだわり、今では白醤油の原料となる小麦・大豆は全て、有機栽培のものを使用している。そして白醤油自体、美しい見た目にこだわる割烹や料亭などの需要が大半。結果、双方のこだわりが商品価値を高め合い、本物の味を求めるプロの料理人からの引き合いが増えていったのだ。</p>



<p>とはいえ、「白醤油＝プロユースの調味料」であり、売上に関して言えば順風満帆ではなかった。しかし、味を突き詰めることをモットーに、ひたむきに白醤油と向き合い、醸造技術を磨き続けていた。</p>



<p>そんな中、同社に転機が訪れたのは1970年頃。岐阜にあるホテルの料理長から受けた相談がきっかけだった。普段は出汁を引いて冷まし、白醤油と調合させたものを使って茶わん蒸しを作っていたが、宴会などで100人前以上を調理する際、少し手間を感じていたという。そこで、旧知の仲だった犬塚さんの父(現・会長)である敦統（あつのり）さんに「宴会など団体客があるときは調合液が足りなくなったら、都度作らなければならず、時間が取られる。しかし余ったら捨てなくてはいけないので作り置きもできず、いかんせん効率が悪い。あらかじめ出汁と白醤油を一緒にしたものを作れないだろうか」と、相談を持ちかけてきたのだ。</p>



<p>それを受け、早速、茶碗蒸しに使用する調合液の開発に着手。3、4年に及ぶ試行錯誤を経て完成させたものが現在の白だしの“祖”というわけだ。</p>



<p>その使い勝手の良さから飲食業界に広まり、使われはじめた白だし。販売当初は和食料理を提供する料亭などで使われることが多かったが、次第に中国料理やイタリアンなど、ジャンルを問わず使用されるようになっていった。</p>



<h3 class="wp-block-heading">本物の味は本物の原料から</h3>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/0J2A2313-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-39617" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/0J2A2313-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/0J2A2313-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/0J2A2313-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/0J2A2313.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>ちなみに白だしのベースとなる白醤油は、有機JAS認定の小麦･大豆が主原料。そこに加える出汁は鹿児島･枕崎産のかつお節がメインで、開発当初から変わらず本枯節を使用している。出汁は関東･関西で好みがわかれることが多く、その塩梅が難しいと言われるが、独自の配合で全国どこでも受け入れられやすい風味や香りを目指した。そこに昆布としいたけの出汁、塩、そして三河産の本みりんを加えて、白だしが完成する。</p>



<h3 class="wp-block-heading">低温でじっくり引き出した小麦と大豆の旨みがベース</h3>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/0J2A2281-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-39620" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/0J2A2281-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/0J2A2281-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/0J2A2281-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/0J2A2281.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>原材料と同じくこだわっているのが製法だ。醤油は熟成期間が長くなると色が濃く出てしまう。一方で、熟成期間を短くしすぎると小麦と大豆の旨みが十分に出てこない。そこで七福醸造では仕込みの際に冷蔵タンクを使用し、低温でじっくり、ゆっくり旨みを引き出していく。犬塚さんは「冷やすと生産の効率が悪くなってしまうんですけどね。温めているところは聞くけど、冷やしているのは私たちくらいかもしれません」と話す。</p>



<p><strong>実際に、ろ過や火入れをする前の醤油をタンクからコップに注ぎ</strong>そのまま口にすると旨みと風味がダイレクトに伝わるのだが、この状態では塩度が低く旨み成分が強すぎるため、JAS規格の醤油とは呼べない。これを塩水で薄めていき、ようやく商品として売ることができるのだ。</p>



<h2 class="wp-block-heading">プロの味だからこそ、家庭料理に使ってほしい</h2>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/0J2A2370-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-39623" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/0J2A2370-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/0J2A2370-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/0J2A2370-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/0J2A2370.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>発売当時、白だしはプロの料理人のリクエストに応える形で誕生したため、飲食店向けに業務用の一升瓶で販売していた。</p>



<p>次第にこれを家でも使いたいという要望を多く受けるようになり、家庭用に少量で販売したところ、家庭でも飲食店のような料理が作れると話題になり、一気に普及していった。一方で、当時は見慣れない新しい調味料の使い方がわからずに戸惑う人も多かったという。</p>



<p>現在でも濃口醤油と比較すると、その用途を理解していない人はまだまだ多いと感じる犬塚さん。そんな時は「料理を作るときには塩を使うことがほとんどだと思うのですが、白だしを塩の代わりに使っていただけたら」と提案している。</p>



<h3 class="wp-block-heading">「白だしの元祖」という伝統と自負を胸に</h3>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/0J2A2315-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-39626" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/0J2A2315-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/0J2A2315-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/0J2A2315-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/0J2A2315.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>「醸造メーカーさんは、一般的に醤油だったり味噌だったり、一品目ではなく複数の品目を造ることが多いんです。しかし、白醤油だけを作っているのは全国でも私たちだけ」と犬塚さんは胸を張る。会社の規模が大きくなった現在でも黒い醤油を製造しない理由は、日本で唯一の「白醤油有機JAS認定工場」「白だしの元祖」という自負があるから。</p>



<p>犬塚さんは上品な香りと甘みが出て、かつ食材に余計な色を着けない白醤油や、この醸造所から生まれた白だしを一般家庭に普及させたいと意気込む。料理人の声から誕生した本格調味料と、その礎となった白醤油。醸造王国の碧南市から、プロの味を届ける。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/39598/">愛知で生まれた料亭の味。あの白だしを家庭料理まで広めた「七福醸造」／愛知県碧南市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
					<wfw:commentRss>https://nihonmono.jp/article/39598/feed/</wfw:commentRss>
			<slash:comments>0</slash:comments>
		
		
			</item>
	</channel>
</rss>
