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	<title>工芸 - NIHONMONO</title>
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	<description>「にほん」の「ほんもの」を巡る旅マガジン</description>
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	<title>工芸 - NIHONMONO</title>
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		<title>自然がつくり出すかけがえのない美しさをそのままに。「山下真珠有限会社 L’ de pearl」／愛媛県宇和島市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 08 Mar 2026 07:59:34 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[養殖]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/yamashita013.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>真珠はこれまで“より完全な真円”であることに市場価値を求められてきた。自ら育てた真珠をジュエリーに加工し、「L’ de pearl」というオリジナルブランドで販売する山下奈美さんは、市場価値よりも、一粒ごとの個性を見極め [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/yamashita013.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>真珠はこれまで“より完全な真円”であることに市場価値を求められてきた。自ら育てた真珠をジュエリーに加工し、「L’ de pearl」というオリジナルブランドで販売する山下奈美さんは、市場価値よりも、一粒ごとの個性を見極め、その魅力を引き出した唯一無二の価値を創造している。</p>



<h2 class="wp-block-heading">全国有数の産地で三代に渡り真珠養殖業を営んできた山下真珠</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/yamashita006.jpg" alt="" class="wp-image-54098" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/yamashita006.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/yamashita006-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/yamashita006-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>​​1963年創業の山下真珠有限会社は、日本有数の真珠の産地である宇和島市で四代にわたり家族で真珠養殖を営んできた老舗養殖業者だ。四代目にあたる山下奈美さんには、もともと家業に従事しようという明確な意思はなく、大学を出て広島県で一般企業に就職する。しかし、ちょうどその頃に新型コロナウィルスが拡大し、出社どころか郷里に帰ることも儘ならぬ状況に。そんな中、会社の上司や取引先の方々に何気なく「家業があるってすごいことだよね」と言われたことがきっかけとなり、故郷に帰って家業を手伝おう、と思うようになる。ちょうど同じ頃、県外でサラリーマンとして働いていた弟の雄平さんも宇和島に帰ってきたこともあって、家族で力を合わせて真珠養殖に取り組むことになった。</p>



<p>あるとき奈美さんは、友人から「山下真珠の真珠はどこで買えるのか」と尋ねられたという。その何気ない一言をきっかけに、自社で育てた真珠をメーカーに持ち込み、アクセサリーに加工してもらった後、それらがどこでどのように販売されているのか把握していなかったことに気づいた。「自分たちで育てた真珠を、自分たちの手で届けたい」。そうした思いから、アクセサリーの加工から販売までを自ら手がけることを決意。そして2023年には、真珠養殖を手伝いながら、自社の真珠を使ったジュエリーブランド「L’ de pearl」（エルデパール）を立ち上げ、既存の価値観にとらわれない、真珠本来の魅力を生かしたアクセサリーをつくって販売している。</p>



<h3 class="wp-block-heading">生産者だからこそわかる真珠本来の魅力を伝えたい</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/yamashita007.jpg" alt="" class="wp-image-54099" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/yamashita007.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/yamashita007-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/yamashita007-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>​​真珠はアコヤ貝がその胎内で時間をかけて育む天然の宝石であり、同じ色、形、輝きのものは一粒もない。しかし、真珠には昔から“真円であること”を至上とする評価基準があり、どんなに美しい照りや輝きがあったり、個性的でユニークな形をした真珠であっても、市場的には価値が認められることはない。真珠養殖に携わるうちに、ある意味“不遇”な扱いを受けてきた真珠たちを不憫に思うようになり、その魅力に気づいて欲しいという奈美さんの気持ちが「L’ de pearl」の立ち上げにつながっている。</p>



<p>エルデとは、ドイツ語の「erde」に由来しており、“地球、大地、特定の土地”という意味があるという。真珠養殖に適した条件に恵まれた宇和島の海だからこそ逞しく美しく育つ真珠には、アコヤ貝が持っている生命の力、そして大切に育てる人々の愛情が込められている、という思いで名付けられたブランド名だ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">祖父である初代はこの地における真珠養殖のパイオニア</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/yamashita008.jpg" alt="" class="wp-image-54100" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/yamashita008.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/yamashita008-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/yamashita008-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>山下家がここで真珠養殖を始めたのは今から65年ほど前のこと。奈美さんの曽祖父と祖父の代に遡る。真珠養殖は三重県伊勢志摩地方に始まり、次第に宇和島市をはじめ全国各地へ広がっていくこととなる。三重県の真珠養殖業者が宇和海に進出、最初は、母貝採取の仕事から始まり、その後、真珠養殖のノウハウを教わった奈美さんの祖父は、この地における真珠養殖の第一世代となった。</p>



<p>近年、宇和島市を含む宇和海域では、アコヤ貝の大量死や担い手の高齢化・後継者不足などの問題により、生産量はピーク時と比べると減少傾向にある。しかしさらなる高品質化やブランド戦略などといった、新たな事業展開も進んでいるという。</p>



<p>こうした環境の変化の中で、山下家の真珠養殖を現在支えているのが、雄平さんだ。</p>



<p>現在、山下家の中心となって養殖を行っている雄平さんは「同じ母貝、同じ核、同じ海、同じ育て方でも、作り手によって差が出てきます。昔は技術やノウハウは秘密にしていたけど、今はそんな風潮も少なくなっています。僕は真珠養殖4年目の新人。新入りならではの怖いもの知らずで貪欲に聞いて回っています」と笑いながら言う。そうやって自分たちで試行錯誤しながら一生懸命に育てているからこそ、一粒ごとに異なる真珠の美しさを敏感に感じ取ることができるのかもしれない。</p>



<h2 class="wp-block-heading">自然の力でしかつくり出せない豊かな色味と美しい輝き</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/yamashita043.jpg" alt="" class="wp-image-54101" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/yamashita043.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/yamashita043-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/yamashita043-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>真珠は一般的に、真円でキズやエクボがなく、テリのいいものが価値が高いとされている。しかし、そのような珠は、年間で数万粒が浜揚げされるうちの1〜2％にも満たない。そこで「L’ de pearl」では、市場的な価値は認められなくとも唯一無二の個性を持つ真珠を積極的に使用し、アクセサリーに加工している。真円に近い真珠を使うこともあるが、基本的にはバロックやドロップ、羽根つきといった、ユニークな形をしたものがほとんどだ。また、真珠の品質を保つために必要な加工処理しか施していないため、微妙に色合いが異なる自然の豊かな色味を楽しめる。個性のある真珠はそれ自体がデザインであるため、小ぶりで華奢なパーツを使用し、真珠の美しさを引き立てることを心がけている。「簡単に美しく育ち上がる真珠ではないからこそ、世代を超えて永く受け継いでもらえるものにしたい」という奈美さんの想いだ。</p>



<p>そうした想いを直接届けるため、販売方法にも工夫を重ねている。普段はオンラインショップのみでの販売だが、ポップアップストアや催事などでも販売しており、色も形も大きさもさまざまな真珠の中から、気に入ったものを選んでアクセサリーに仕立て上げるセミオーダーは特に人気が高いという。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/yamashita041.jpg" alt="" class="wp-image-54102" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/yamashita041.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/yamashita041-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/yamashita041-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>今まで価値が認められなかった真珠に日の目を当てたいという思いはあっても、老舗の真珠養殖業者であり、日々真珠に接しているプロフェッショナルとしてのプライドがある。形はいびつであってもアコヤ真珠の特徴である奥深い輝きと照り、色の美しさに対するこだわりは譲れないという。「世界にひとつしかない自分だけの真珠、また大切な人へのギフトとして、一粒ずつ選んでいただいている様を見ると嬉しくて。幸せを感じる瞬間です」という奈美さん。冠婚葬祭だけでなく、日常の装いに気軽に取り入れてもらえるよう、デザインや価格も日々試行錯誤している。</p>



<h2 class="wp-block-heading">世界にひと粒しかない真珠を誰かの特別な輝きに</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/yamashita044.jpg" alt="" class="wp-image-54103" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/yamashita044.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/yamashita044-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/yamashita044-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>「真珠のアクセサリーは世の中にたくさんあります。だからこそ何を特徴にするか難しいけれど、自分たちが育てた真珠を使っていること、だからこそ真珠本来の魅力をたくさん知っていて、それを生かすことができるということが一番の強みかなと思っています」という奈美さん。その考えのもと、最初はSNSなどを通じてのオンライン販売からスタートし、催事での出展販売、レンタルスペースを活用したポップアップストアでの期間限定販売など、販路も少しずつ広げてきた。</p>



<p>こうした取り組みの中で、様々な輝きを放つ真珠から、自分が好きな深い青色の粒をセレクトし、名前の奈美と海の波をかけて名付けた「NAMIOTO COLLECTION」の展開も始めるなど、ブランドとしても広がりを見せている。</p>



<p>その変化は、養殖の現場にも影響を与えている。雄平さんは「真円で白く、巻きのいい真珠を育てなければと必死でした。でも、姉がアクセサリーをつくり始めてから、既存の価値基準にこだわらなくていいんだ、活かしてもらえるんだ思うと気が楽になって。同時にもっと良い真珠を育てたいという気持ちにもなったんです」と話す。時代とともに漁業の在り様も人の価値観も変化してきている。多様性の時代と言われる今、「L’&nbsp; de pearl」のアクセサリーは年齢性別関係なく、多くの人たちに受け入れられ、愛される存在になるのかもしれない。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/54091/">自然がつくり出すかけがえのない美しさをそのままに。「山下真珠有限会社 L’ de pearl」／愛媛県宇和島市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>伝統に新しい解釈を加えた博多人形に世界が注目。人形師・中村弘峰さん／福岡県福岡市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 27 Oct 2025 07:41:47 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[博多人形]]></category>
		<category><![CDATA[2017金沢・世界工芸コンペティション]]></category>
		<category><![CDATA[追憶の呉爾羅]]></category>
		<category><![CDATA[刻の獅子]]></category>
		<category><![CDATA[傀藝堂]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/10/NAKA015-7514.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>福岡県福岡市で約400年にわたり作られてきた博多人形。実は博多で作られる粘土製の人形の総称を博多人形と呼び、一口に博多人形と言っても様々なスタイルが存在する。若手の博多人形師、「中村人形」４代目の中村弘峰さんは、そんな博 [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/10/NAKA015-7514.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>福岡県福岡市で約400年にわたり作られてきた博多人形。実は博多で作られる粘土製の人形の総称を博多人形と呼び、一口に博多人形と言っても様々なスタイルが存在する。若手の博多人形師、「中村人形」４代目の中村弘峰さんは、そんな博多人形界でも特にオリジナリティのある作品を生み、熱い視線を注がれているひとりだ。</p>



<h2 class="wp-block-heading">大正時代より4代続く中村人形</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/10/NAKA030-7724.jpg" alt="" class="wp-image-53444" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/10/NAKA030-7724.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/10/NAKA030-7724-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/10/NAKA030-7724-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>中村人形の始まりは大正時代だ。初代・中村筑阿弥（ちくあみ）氏は、現代でいう投資家、米相場師の裕福な家に生まれた。少年時代には大工や水泳選手に憧れるも、大事な跡継ぎゆえ「危ない」と反対され、ようやく許されたのが人形師になることだったという。13歳で博多人形の名門・中ノ子家（なかのこけ）に丁稚奉公に入り、その9年後、1917年に独立。以降、２代目衍涯（えんがい）氏、３代目信喬（しんきょう）氏、そして４代目弘峰（ひろみね）さんと、父から子へバトンが渡された。</p>



<h3 class="wp-block-heading">人形が持つ魅力、役割とは</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/10/NAKA034-7799.jpg" alt="" class="wp-image-53445" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/10/NAKA034-7799.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/10/NAKA034-7799-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/10/NAKA034-7799-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>博多人形を代々手がけてきた中村家では、人形の役割を独自に見つめ続けてきた。焼き物や織物など、日常の中で用いられる工芸品とは異なり、人形には「使う」ための機能がない。それでもなお、人の心に訴え、文化や時代を映す存在として受け継がれてきた点に、その価値があるといえる。</p>



<p>実は、弘峰さんもこのことについて、幼い頃から関心を抱いていた。しかし人形師として人形と向き合い、３代目とも対話を重ねる中で、「人形にも機能がある」ことに気づいたという。それは「祈る」こと。例えばお雛様や五月人形は、子どもの健やかな成長を祈って作られてきた。またちょこんと置かれた人形が、静かに心を慰めてくれることもある。中村さんはそこに「用の美」があり、だからこそ人形は伝統工芸のひとつとされているのだと理解したのだ。人形とは、人の祈りが形になったもの。そして人形師とは、人の祈りを形にする仕事。<br>中村家の人形づくりは、伝統を受け継ぎながらも自由な発想で生み出される。それは、時代が変わっても、人形が果たす「祈り」の役割は変わらないという信念からだ。人に寄り添って、夢や希望を与えるものを100年以上作り続けている。</p>



<h3 class="wp-block-heading">東洋と西洋、それぞれの“人形感”</h3>



<p>弘峰さん曰く人形は、「神と人の間にあるもの」でもある。ただしこれは、日本だからこその考え方で、西洋では少し異なるそうだ。西洋ではまず神がいて、神が自分の姿に見せた小さきものとして作ったのが人間であり、その人間が自分の姿に見せた小さきものとして作ったのが人形。つまり神・人間・人形という順で捉えられることが多い。一方、日本を含むアジアの多くは多神教で、自然崇拝も基本にあるため、神＝自然、そこに人がいて、人形はその間を繋ぐために作られたもの。つまり神・人、その間に人形があるという構図で捉えられている。</p>



<p>そうした考え方の違いから、以前、弘峰さんが海外で博多人形を「doll」と表現した際、「地位が低いもの」「アートではないもの」とみなされ、展示を断られるケースがあったという。以来、中村さんは博多人形を「sculpture（彫刻）」または「art」と表現し、この1つのアクションも博多人形の魅力を世界に届ける一歩になると考えている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">海外からも高い評価を受けた「アスリートシリーズ」</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/10/NAKA011-7505.jpg" alt="" class="wp-image-53446" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/10/NAKA011-7505.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/10/NAKA011-7505-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/10/NAKA011-7505-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>弘峰さんの代表作と言えば、野球やアーチェリー、プロレスなどの選手をモチーフにした「アスリートシリーズ」だ。注目されるきっかけとなったのは、2016年に金沢で開催された「第3回金沢・世界工芸トリエンナーレ」の「2017金沢・世界工芸コンペティション」で優秀賞を受賞したことだった。</p>



<p>保育園時代から「人形師になる」と決めていたという弘峰さんにとって、東京芸術大学で彫刻を学んだのち、歩み始めた人形師の道は、傍から見ると順風満帆に映ったかもしれない。けれど弘峰さん曰く、充実した日々の中にも焦りがあった。</p>



<p>なぜなら中村家では、「代々違うことをする」、「親と似た人形は作らない」ことも受け継がれてきたからだ。父・信喬氏は、伝統や技術を継承しながらも、肖像やモニュメント、博多祇園山笠の人形など幅広い作品を手掛けてきた。中でも、天正遣欧少年使節団を主題とした人形づくりに取り組み、2011年にはローマ法王に謁見して人形を献上した実績を持つ。そのように自らのテーマを追究し、世の中から高く評価される父の背中を見ながら、弘峰さんはいつも「生みの苦しみ」を感じていたという。</p>



<p>「アスリートシリーズ」は、その苦悩を経て、弘峰さんが初めてわが子の五月人形を作るタイミングで生まれた。「伝統的なものばかりに寄ると、芸大時代の友人は無反応、一方、斬新すぎるものに傾くと、人形界からの反応は今ひとつ。その狭間で苦しむうち、“どちらにも響く、突き抜けた作品”を作るタイミングはここしかないと考えました」と弘峰さん。そして五月人形を自ら再解釈。桃太郎や金太郎をモチーフとした五月人形は常に時代の英雄像を描いてきたのではないか、という仮定に至り、それが現代のアスリートの姿と重なった。</p>



<h3 class="wp-block-heading">博多人形が生まれるまで</h3>



<p>躍動感あふれるフォルムに、細やかで美麗な色彩。弘峰さんの人形が、観る人の心を惹きつけるのは、確かな技術の蓄積の上に新たな発想が重ねられているからだ。</p>



<p>博多人形が出来上がるまでには、伝統的技法によるいくつもの工程を要する。まず粘土を練り、ヘラや指を使って形を整えていく。原型が完成したところで頭や袖などのパーツを全て分割して石膏型を取る。そして出来上がった型に7mmほどの厚みになるよう粘土を指で押し込んでいき。中が空洞の各部位を作成する。これを生地押しと呼ぶ。そして、各生地を再びドベで接着し、成形する。乾燥させて焼成し、焼き上がったものに、膠で溶いた顔料や岩絵具で彩色し、ようやく完成だ。原型から型を作りを経ずに直接原型をくり抜いて中を空洞にする１点ものの制作法を採用することもある。像を遥かに超える、手間と時間を要する人形づくり。工程を頭に入れた上で改めて人形を眺めると、さらに胸が熱くなる。</p>



<h2 class="wp-block-heading">人形師としてのこれから</h2>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="685" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/10/image-45-1024x685.jpeg" alt="" class="wp-image-53440" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/10/image-45-1024x685.jpeg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/10/image-45-300x201.jpeg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/10/image-45-768x514.jpeg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/10/image-45.jpeg 1203w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>「アスリートシリーズ」で自らの方向性を見出した弘峰さんには、今や様々なオファーが寄せられている。「ゴジラ」70周年記念のために制作した「追憶の呉爾羅（ゴジラ）」（2023）、「グランドセイコーブティック 表参道ヒルズ」のオープニングでショーウィンドウを飾った「刻（とき）の獅子」など、伝統工芸品・博多人形の新しい姿を世の中に次々と送り出している。</p>



<h3 class="wp-block-heading">ニュートラルな受信体でありたい</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/10/NAKA017-7551.jpg" alt="" class="wp-image-53447" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/10/NAKA017-7551.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/10/NAKA017-7551-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/10/NAKA017-7551-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>一方で、博多祗園山笠の帯のデザインや、アニメの原画、3Dモデリングなど、人形づくり以外のオファーにも応えているのが弘峰さんのスタイルだ。そこには中村家に代々伝わる家訓、特に3代目の「ニュートラルな受信体になる」という言葉が大きく影響している。「様々なことに応えることで、見えてくるものがあるんです。それに人形師にはこんなに面白いことだってできる、ということも伝えられると思って」。</p>



<h3 class="wp-block-heading">現代の人の心に届く人形を</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/10/NAKA005-7487.jpg" alt="" class="wp-image-53448" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/10/NAKA005-7487.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/10/NAKA005-7487-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/10/NAKA005-7487-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>今、弘峰さんは、「江戸時代の人形師が、ひょんなことから現代にタイムスリップしたら」という設定で人形作りに向き合っている。江戸時代、人々は人形を求めて人形店を訪れたが、それは現代で言うなら、フィギュアを求めてフィギュア店を訪れる人々の姿に通じはしないだろうか。<br>「人間が存在する以上、人形には無限の可能性があると思います。人形は、その形状だけでなく、身につける着物、持ち物など、全てに見所を備えた総合芸術。自分の技法や知識を駆使して、その部分をもっと深めていきたいですね。人形に本物の刺繍が施されたスタジャンを着せてみるのも面白いかもしれない。そういう人形遊びをしてみたいです」と話す弘峰さん。2023年4月には、福岡市中央区桜坂にある中村人形工房より徒歩1分の場所に、私設ギャラリー「傀藝堂（かいげいどう）」をオープン。3代目、4代目の作品はもちろん、弘峰さんの妹で書家の中村ふくさん、さらに海外アーティストの作品なども交えながら、ジャンルレスな企画展を行なっている。いち伝統工芸に囚われず、“今”を取り入れ、現代に向き合うニューウェーブの躍進を期待せずにはいられない。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/53436/">伝統に新しい解釈を加えた博多人形に世界が注目。人形師・中村弘峰さん／福岡県福岡市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>伝統に革新を。釜師･3代目畠春斎が目指す新たな茶の湯／富山県高岡市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 17 May 2025 05:36:33 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[日本茶]]></category>
		<category><![CDATA[茶釜]]></category>
		<category><![CDATA[茶道具]]></category>
		<category><![CDATA[伝統工芸]]></category>
		<category><![CDATA[Shimoo Design]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/05/DSC1288_Atari_.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>富山県にある金工の町･高岡で生まれ育ち、そのルーツは加賀藩主･前田利長に仕えた鋳物師（いものし）。3代目畠春斎（はたしゅんさい）として現代解釈を加えた茶釜づくりを行う。伝統を守りながらも、あえて定石を外し、今の暮らしにな [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/52753/">伝統に革新を。釜師･3代目畠春斎が目指す新たな茶の湯／富山県高岡市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/05/DSC1288_Atari_.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>富山県にある金工の町･高岡で生まれ育ち、そのルーツは加賀藩主･前田利長に仕えた鋳物師（いものし）。3代目畠春斎（はたしゅんさい）として現代解釈を加えた茶釜づくりを行う。伝統を守りながらも、あえて定石を外し、今の暮らしになじむ茶の湯を提案する。根底にあるのは「多くの人にお茶を楽しんでほしい」という思いだけ。</p>



<h2 class="wp-block-heading">伝統を守る。恐れずに挑戦する覚悟</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/05/DSC6666_Atari_.jpg" alt="" class="wp-image-52754" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/05/DSC6666_Atari_.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/05/DSC6666_Atari_-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/05/DSC6666_Atari_-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>高岡城跡から歩いて30分ほどにある金屋町は、高岡銅器産業の中心として栄えてきた場所。溶けた金属を型に流し込んで成型する「鋳物（いもの）」や、金属を使って工芸品をつくる「金工（きんこう）」を手掛ける店が軒を連ねます。</p>



<p>その町で、茶の湯で使われる茶釜を製造する家に生まれたのが畠さん。幼い頃から祖父や父の仕事ぶりをそばで見て育ちました。その家系は、加賀藩2代目藩主・前田利長が高岡に居城した際に、金屋町に移住した鋳物師・釜屋彦兵衛（かまやひこべえ）の末裔。2010年に祖父と父が代々名乗ってきた「畠春斎」を襲名した。</p>



<h3 class="wp-block-heading">用いる素材は鉄のみ、感性と美意識が生きる茶釜</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/05/DSC6670_Atari_.jpg" alt="" class="wp-image-52755" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/05/DSC6670_Atari_.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/05/DSC6670_Atari_-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/05/DSC6670_Atari_-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>伝統を重んじる茶道の世界において、近年では茶釜にステンレス陶器などさまざまな素材が用いられている。そうしたなか、畠さんが使用するのは鉄のみ。代々鋳物を家業としてきた背景もあり、あえて素材を限定し鉄だからこそできる表現を追求。「茶室の中で際立つ、鉄ならではの存在感を示していきたいですね」と力強く語る。</p>



<p>この潔い選択が、新たな挑戦を後押しする。制約こそイノベーションの源。ひたむきに鉄と向き合い、3代目畠春斎としての歩みを止めない。</p>



<p>ここ最近の作品は、なめらかな質感と親しみやすさ、そしてどこか凛としたスタイリッシュさを兼ね備えている。鉄の多彩な表情を軽やかに引き出しているようだ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">見て、触れて、感じて。常にセンスを磨く</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/05/DSC1245_Atari_.jpg" alt="" class="wp-image-52756" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/05/DSC1245_Atari_.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/05/DSC1245_Atari_-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/05/DSC1245_Atari_-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>作品づくりで大事にしているのは、さまざまなものを見て、触れて、感性を養うことだそう。茶釜はいうまでもなく、茶道道具や他の美術工芸品などから日々インスピレーションを得て、価値観のアップデートをしている畠さん。ときには遠方まで足を運び、作り手と語らいながら学びを深めることも。</p>



<p>また、祖父や父の作品を振り返ることもそのひとつ。自身の作品と見比べ、違いを自問自答し続ける。年代やジャンルを問わず多様なものに触れ、作品に少しずつ昇華させる。釜師としての矜持を胸に、毎日が試行錯誤の連続だ。</p>



<h2 class="wp-block-heading">コラボレーションで広げる新スタイル</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/05/DSC1268_Atari_.jpg" alt="" class="wp-image-52757" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/05/DSC1268_Atari_.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/05/DSC1268_Atari_-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/05/DSC1268_Atari_-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>日本人の精神と美意識が詰まった茶道。なかでも茶会は、大切な人と過ごす時間を豊かにする場として長く親しまれてきた。しかし文化庁の調査によると、茶道人口は1990年代の600万人をピークに減少し、現在は180万人以下という。</p>



<p>この現状を受け、畠さんは釜づくりに取り組む傍ら、茶道の魅力を広げる活動にも積極的だ。「格式が高くて難しそう」というイメージを払拭すべく、他の作り手と協力してさまざまなイベントを企画。ターゲットは茶道離れが進む若い人たち。興味を持つきっかけづくりを模索する。その原動力は、「多くの人にお茶を楽しんでほしい」という思いだけ。</p>



<p>茶道の魅力は、お茶を味わうことはさることながら、一期一会の交流ができること。茶席で掛け軸や工芸品を眺めたり、茶室の外に広がる景色を愛でたり、時間を共有することで心が満たされる。</p>



<p>最近では、富山の人気木作家「Shimoo Design」や現代アーティストであり造形作家のミヤケマイとの共創を実施。伝統を大切にしながら現代に即したアレンジを提案する。伝統品だから価値がある”ではなく、&#8221;本質的に魅力を感じられる”クリエーションに勤しんでいる。</p>



<h3 class="wp-block-heading">茶会をより魅力的に。決して目立たず、世界観を表現する</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/05/DSC1276_Atari_.jpg" alt="" class="wp-image-52758" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/05/DSC1276_Atari_.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/05/DSC1276_Atari_-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/05/DSC1276_Atari_-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>畠さんの茶釜が放つ独自の存在感。それは、造形の美しさに加え、茶釜という道具の“役割”を深く理解しているからこそ生まれるものだ。茶会では、亭主が来客にあわせて調度品を並べる。それぞれがバランスよく存在することで、亭主は心からのもてなしができる。悪目立ちすると、世界観をガラッと変えてしまうこともある。</p>



<p>「茶釜は、家における柱のようなものだと考えています。奇を衒うものではなく、でもそれでいて気高い存在感も求められます」。<br>茶釜は茶会の中心に佇み、世界観を支える役割を担っている。個性を宿しながらも、茶会の一部として程よい存在感のある茶釜を製造する畠さんには、作品のオファーが絶えない。</p>



<h2 class="wp-block-heading">伝統の枠を超え、自由で親しみやすい茶の湯を</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/05/DSC1270_Atari_.jpg" alt="" class="wp-image-52759" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/05/DSC1270_Atari_.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/05/DSC1270_Atari_-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/05/DSC1270_Atari_-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>歴代の畠春斎も、時代に合わせて製造を行ってきた。初代は戦争体験を通して「生きているうちに良いものを残したい」との信念を持ち、茶釜づくりに傾倒。2代目は初代の教えをもとに、斬新な感覚を取り入れて新風を吹き込んだ。そして、3代目は現代的なエッセンスを加えて、茶釜の新たな魅力を引き出す。</p>



<p>「使う素材は鉄ですが、重厚感だけではない作品を目指しています」と、やわらかな笑顔で語る畠さん。洗練されたデザインを引き立てるなめらかな質感は、あたたかみを感じさせる。茶道に明るくない人でも「素敵だな」と思わず手を伸ばしたくなるような親しみやすさを纏っているかのよう。</p>



<p>重く固いイメージを抱かれがちな鉄だが、実は強さとしなやかさを併せ持ち、熱を加えることで自在に姿を変える素材である。畠さんが行うのは、その特性を十二分に生かした作品づくり。伝統を重んじる世界に新たな作品が加わることで、これまで茶道に縁がなかった人たちの関心をひく一手になりうるだろう。</p>



<h3 class="wp-block-heading">伝統は、変わりながら続いていく。茶の湯をラフに楽しむ</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/05/DSC6694_Atari_.jpg" alt="" class="wp-image-52760" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/05/DSC6694_Atari_.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/05/DSC6694_Atari_-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/05/DSC6694_Atari_-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>お茶の作法には、一つひとつに意味がある。それでも、昔は武士の嗜みとされていた茶道が庶民にも普及したように、時代とともに常に変化してきた。</p>



<p>大量生産大量消費の時代は終わり、一人ひとりの要望に寄り添うことが求められる時代。生活様式や価値観の変化に柔軟に形を変えていくことが伝統継承につながる。畠さんの作品には、そうしたクラフトマンシップが深く根付いている。</p>



<p>茶の湯は元来、大切な人と楽しい時間を過ごすためのもの。作法はもちろん大事だが、根底にあるのは相手を思いやり、心からもてなすという気持ち。茶の湯の本質を捉え、若い人たちがよりお茶に親しんでもらうため、畠さんの挑戦は続く。これからもどんな作品を生み出すのか楽しみだ。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/52753/">伝統に革新を。釜師･3代目畠春斎が目指す新たな茶の湯／富山県高岡市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>臼杵（うすき）の町から世界へ。幻の焼き物を今に伝える「USUKIYAKI研究所」／大分県臼杵市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 26 Feb 2024 01:00:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[工芸品]]></category>
		<category><![CDATA[伝統工芸]]></category>
		<category><![CDATA[焼き物]]></category>
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		<category><![CDATA[陶芸]]></category>
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		<category><![CDATA[器]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/157_top_USUKIYAKI_main5.4.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>大分県臼杵市に拠点を構える「USUKIYAKI研究所」。ここでつくられる「臼杵焼（うすきやき）」という器は、江戸時代後期に臼杵藩の御用窯として存在しながらも、わずか十数年で途絶えた焼き物が起源とされています。自然豊かな環 [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/157_top_USUKIYAKI_main5.4.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p class="has-text-align-center"><strong>大分県臼杵市に拠点を構える「USUKIYAKI研究所」。<br>ここでつくられる「臼杵焼（うすきやき）」という器は、江戸時代後期に臼杵藩の御用窯として存在しながらも、<br>わずか十数年で途絶えた焼き物が起源とされています。<br>自然豊かな環境の中で育まれる想いを器を通じて発信し、臼杵の歴史を受け継ぎながら新しい未来へ繋げています。</strong></p>







<p>大分県の東南部に位置し、磨崖仏（まがいぶつ）として日本初、彫刻としては九州で初めて国宝に指定された臼杵石仏や、歴史薫る城下町など文化の風情漂う町、臼杵。独特の雰囲気を持つ臼杵の町に残された焼物文化に魅了され、新たな歴史を刻む宇佐美裕之さんのもとを訪れた。</p>






<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/35269cd8cb946aeab7c2e9014c6e375f.jpg" alt="" class="wp-image-40224" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/35269cd8cb946aeab7c2e9014c6e375f.jpg 540w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/35269cd8cb946aeab7c2e9014c6e375f-300x200.jpg 300w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>






<h2 class="wp-block-heading">「臼杵」という町が持つ文化</h2>



<p>大分県臼杵市は豊かな自然環境や、二王座歴史の道に代表される城下町など様々な歴史や文化が残る町。中でも、海のもの、山のものがある「食の町」としても広く知られている。代表されるのは、人々が伝統を守りつつ改良を加えてきた味噌･醤油･酒造りの醸造業。また、江戸時代に起きた天保の改革の発令により生まれた「質素倹約」の精神が育まれる中、知恵を絞って生まれた郷土料理など、多様な食文化が発展し存続している。2021年には、これまで守り続けてきた食文化が評価され、<strong>2021年ユネスコ創造都市ネットワーク食文化部門に加盟認定された。</strong>　</p>



<p>そんな歴史ある臼杵で今から約200年前の江戸時代後期、臼杵藩の御用窯として島原（長崎）小石原（福岡）小峰（宮崎）の陶工たちが迎えられ陶器と磁器がつくられたが、窯が開かれ十数年ほど栄えたのち、衰退したとされている窯業。その幻の窯業文化に着目したのが「<a href="https://usukiyaki.com/" title="">USUKIYAKI研究所</a>」代表の宇佐美裕之さんだ。</p>







<h2 class="wp-block-heading">「USUKIYAKI研究所」の設立までの道のり</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/801af2cfac4e04c2041991a1f2734145.jpg" alt="" class="wp-image-40225" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/801af2cfac4e04c2041991a1f2734145.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/801af2cfac4e04c2041991a1f2734145-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/801af2cfac4e04c2041991a1f2734145-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>


<p>美大時代に焼き物と出会った宇佐美さん。在学時から専攻していたアートと焼き物を融合し、手掛けたいという想いは常にあったという。卒業後は地元･臼杵に戻り、実家が営む郷土料理レストランを継ぐかたわら、観光の仕事にも携わっていた。料理の器などを扱うなかで、今は途絶えている焼き物が地元にあることを知り、<strong>「自分がもつ焼き物の技術とうまく結びつけて、臼杵独自のブランドを一歩でも前進させたい」</strong>と考えるように。またそれと同時に、途絶えてしまった臼杵の窯業文化を復興したいという想いもあり、大分で作陶をしていた仲間とともに2015年に立ち上げたのが<strong>「<a href="https://usukiyaki.com/" title="">USUKIYAKI研究所</a>」</strong>だ。かつてあった臼杵の焼物文化を自分たちでリニューアルし、一から作り上げたいという想いのもと誕生した。</p>







<h3 class="wp-block-heading">楚々とした美しき白磁の輪花</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/a0f0726fc4ca7e7e2e10a400b7c693d5.jpg" alt="" class="wp-image-40226" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/a0f0726fc4ca7e7e2e10a400b7c693d5.jpg 718w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/a0f0726fc4ca7e7e2e10a400b7c693d5-300x200.jpg 300w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>


<p>わずか十数年で途絶えた臼杵の焼き物は、当時の窯場が末広善法寺地区（通称･皿山）にあったことから地元では「末広焼」または「皿山焼」と呼ばれていたという。宇佐美さんが最初に出会った「末広（皿山）焼」は、アイスクリームを入れたらちょうどいいくらいの小鉢。菊の形をした白磁の輪花（りんか）を見た瞬間、「いいな」と惹きつけられた。昔から「質素倹約」の精神が育まれている臼杵の文化と、シンプルだが品がある白磁の輪花は、自分たちの手掛けたい器のイメージにぴったりだと直感したという。宇佐美さんは、<strong>菊や蓮の伝統的なモチーフからなる白磁の輪花や稜花シリーズを展開させたい</strong>という想いと、臼杵という町の地域活性化への願いを込めて<strong>「臼杵焼（うすきやき）」</strong>と名付けた。</p>







<h2 class="wp-block-heading">長く、大切に使ってもらえる製品を作りたい</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/5b8435b8ee723c7d837f1910032e1f0b.jpg" alt="" class="wp-image-40227" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/5b8435b8ee723c7d837f1910032e1f0b.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/5b8435b8ee723c7d837f1910032e1f0b-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/5b8435b8ee723c7d837f1910032e1f0b-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>






<p>「臼杵焼」のモチーフとなるのは、臼杵の町にある豊かな自然。草花や風、海や山からなる風景など、様々なものからインスピレーションを受けている。陰翳が美しいマットな白と、菊や蓮（はす）など、古くから臼杵に根付く伝統的なモチーフを現代的にアレンジしたデザインが特徴だ。残された数少ない資料や現存する作品を元に、生の粘土板を石膏型に乗せて型を移し取る「型打ち（かたうち）成型」と「ろくろ挽き」を組み合わせてつくられている。その多くは手作業により作り上げられるため、手仕事の風合いを纏いながら完成する「臼杵焼」の器。マット感のある釉薬を使用することで、手にした時に感じる柔らかな手触りが心地良い。完成までに時間はかかるが、「USUKIYAKI研究所」では限られた資源を大切に使い、手間を惜しまず、人々に長く使ってもらえるものを目指している。豊かな自然が生み出した、この土地ならではの産物は<strong>「つくる人」と「つかう人」</strong>の双方が大切に育ててこそ完成されるのだ。</p>







<h3 class="wp-block-heading">「臼杵焼」のビジョンに共感したプロフェッショナル集団</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/ab5d72e8bc936e2589b2152e98e777fa.jpg" alt="" class="wp-image-40228" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/ab5d72e8bc936e2589b2152e98e777fa.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/ab5d72e8bc936e2589b2152e98e777fa-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/ab5d72e8bc936e2589b2152e98e777fa-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>






<p>そんな「臼杵焼」を手掛けるのは、陶磁器だけでなく様々な分野のプロフェッショナル集団。最初は少人数で始めた工房だったが、現在はスタッフも増え<strong>「USUKIYAKI研究所」と、「アトリエ皿山」</strong>の２か所で製造をしている。地元の人や移住者、世代や性別のほか、国籍も異なるメンバーで分業し作品を完成させている。「あまり難しい作業にすると職人の数も増えないので分業できる方法を模索し、今の「型打ち」という方法に落ち着きました。」臼杵で焼き物の仕事をつくりたいという想いから、研究所を立ち上げた宇佐美さんは、分業制にすることで職人活動の裾野を広げている。</p>







<h3 class="wp-block-heading">​​​​​​「うつわは料理の額縁」という信念</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/2d11b40c50ac1c454f75fbf68bf69771.jpg" alt="" class="wp-image-40229" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/2d11b40c50ac1c454f75fbf68bf69771.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/2d11b40c50ac1c454f75fbf68bf69771-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/2d11b40c50ac1c454f75fbf68bf69771-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>






<p>シンプルながら趣のある「臼杵焼」は料理をより華やかに彩る器だ。</p>



<p>「臼杵の食を広く知っていただくための道具として、臼杵焼が役に立てば嬉しい」と宇佐美さん。国内でも珍しい取り組みだが、臼杵は土づくりセンターを設置し、有機野菜の為の堆肥を作っている町。そのような理由から「臼杵で農業をしたい」と、<strong>全国から若い農家さんが移住する</strong>ケースも少なくないという。宇佐美さんはそんな地域の取り組みを盛り上げるべく、地元で採れた有機野菜を使った創作料理も提供する郷土料理レストラン<strong>「USAMI」</strong>と季節のお菓子と本格中国茶を楽しめる<strong>「皿山喫茶室」</strong>を通じ、人々に臼杵の味を発信している。</p>



<p><strong>「うつわは料理を盛ってこそ生き生きするもの。うつわは料理の額縁」</strong>という研究所の信念。器は人の生活の中から生まれ、生活の中で使われるもの。「臼杵焼」は白く美しいだけでなく、どんな生活にも溶け込む素直さや使いやすさなど多面的な魅力を備えている。</p>







<h2 class="wp-block-heading">「臼杵焼」のその先に</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/0eb4538c423905be057b25c76deb7275.jpg" alt="" class="wp-image-40230" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/0eb4538c423905be057b25c76deb7275.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/0eb4538c423905be057b25c76deb7275-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/0eb4538c423905be057b25c76deb7275-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>






<p>宇佐美さんは言う。「臼杵焼」を通して一番伝えたいのは、臼杵という町に興味を持ち、<strong>臼杵という土地に足を運んでもらいたい</strong>ことだと。</p>



<p>2020年以降コロナ禍の間、臼杵を訪れる人が減った一方で、器のネット注文は増加した。ちょうど海外展開を考えていたタイミングであったが、出向かずとも商品の展示や発送、コミュニケーションはネットでも十分とれるということが分かった。一方で注文品を作るのに追われ、地元に来てもらい、実際に器に触れ、見てもらいながら販売したいという本来の想いが果たせなかったという。その経験からショップだけでなく、器に関する体験や食事、お茶を嗜む時間をゆっくりと持つための場所を求め、食と器の体験空間<strong>「うすき皿山」</strong>を完成させた。ここでは「臼杵焼」の展示販売をするギャラリーや、型打ちや金継ぎの体験や製造の見学ができるアトリエのほか、喫茶室や焼き菓子工房で構成されており<strong>「つくる･みる･ふれる」がすべて体験できる</strong>。年間を通じて、器や季節の食事を楽しめる様々なイベントが開催され、お客様との新たなコミュニケーションの場として温かな時間が流れている。</p>






<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/fd4a95a29305cda4b5381c1f76dbfdc7.jpg" alt="" class="wp-image-40231" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/fd4a95a29305cda4b5381c1f76dbfdc7.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/fd4a95a29305cda4b5381c1f76dbfdc7-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/fd4a95a29305cda4b5381c1f76dbfdc7-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>






<p>どんな時も宇佐美さんの胸にあるのは「臼杵という小さな町を全国に、そして世界へ発信したい」という想い。それは「臼杵焼」を手掛けるにあたり、世界中に暮らす大分、臼杵出身の方たちからエールをもらったことが活動の原点となり、その人たちへ恩返しをしたいという想いからなる。</p>



<p><strong>臼杵を愛し、臼杵と共に歩む</strong>人々の想いをのせた「臼杵焼」は、これからも世界とつながってゆく。</p>






<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/157_kao_usami2-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-49009" width="825" height="550" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/157_kao_usami2-1024x683.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/157_kao_usami2-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/157_kao_usami2-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/157_kao_usami2.jpg 1200w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /><figcaption class="wp-element-caption">USUKIYAKI研究所　代表 宇佐美裕之さん</figcaption></figure></div>


<p>臼杵の町に息づく天然の素材からインスピレーションを受け、自然や意匠を焼き付けてつくる「臼杵焼」。使う人がいつも楽しくなる器となることが、僕と仲間たちの願いです。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/40185/">臼杵（うすき）の町から世界へ。幻の焼き物を今に伝える「USUKIYAKI研究所」／大分県臼杵市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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			</item>
		<item>
		<title>「匙（さじ）」だけを作り続けて25年。木工作家･さかいあつしさん／岡山県瀬戸内市</title>
		<link>https://nihonmono.jp/article/40207/</link>
					<comments>https://nihonmono.jp/article/40207/#respond</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 22 Feb 2024 03:30:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[木工]]></category>
		<category><![CDATA[工芸]]></category>
		<category><![CDATA[岡山県]]></category>
		<category><![CDATA[瀬戸内市]]></category>
		<category><![CDATA[カトラリー]]></category>
		<category><![CDATA[スプーン]]></category>
		<category><![CDATA[オリーブ]]></category>
		<category><![CDATA[匙]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/e4668b66a3a5c5953af5ae5525f40d7b.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>瀬戸内海に面した小さな港町で、木製のスプーンを一人でコツコツと作り続ける、木工作家のさかいあつしさん。彼の工房では、道具としてのスプーンから、まるでアートのようなスプーンまで、形はさまざま、温かみのある作品が数多く生み出 [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/40207/">「匙（さじ）」だけを作り続けて25年。木工作家･さかいあつしさん／岡山県瀬戸内市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/e4668b66a3a5c5953af5ae5525f40d7b.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>瀬戸内海に面した小さな港町で、木製のスプーンを一人でコツコツと作り続ける、木工作家のさかいあつしさん。彼の工房では、道具としてのスプーンから、まるでアートのようなスプーンまで、形はさまざま、温かみのある作品が数多く生み出されている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">導かれるように匙屋に</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/6L8A5060.jpg" alt="" class="wp-image-40209" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/6L8A5060.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/6L8A5060-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/6L8A5060-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>岡山県の南東部に位置し、穏やかな瀬戸内海に面した瀬戸内市牛窓町。江戸時代には北前船や韓国からの外交使節団･朝鮮通信使の寄港地として栄えた歴史を持つ港町だ。その古い町並みを残す通りに、さかいあつしさんは工房「<a href="https://www.sajiya.jp/" title="">匙屋</a>」を構える。その向かいでは、さかいさんの作品の販売や企画展などを行うギャラリーショップ「sajiya studio」を妻のかよさんが営んでいる。</p>



<p>大学卒業後、東京で2年間ほど会社勤めをしていた、さかいさん。しかし、自分にはこの生活が向いていないと感じる日々だった。改めて自分が何をしたいのかを考えたときに、彼の心に浮かんだのが、「ものを作って生きていきたい」という思い。そして、1994年、妻が背中を押してくれたこともあり、独学で木工品の製作をスタートする。最初は、看板や表札、椅子など、知人からオーダーを受けたものを手がけていた。そのうち、「木を削っているなら、スプーンを作ってみたら？」、「スプーンなら漆を塗ったらいいんじゃない？」など、節目節目で製作のアドバイスをしてくれる人たちに出会う。その言葉に導かれるように進んでいくうち、気づけば手がけるアイテムが木製のスプーンに集約されていった。</p>



<p>そこで、2000年頃、屋号を匙屋とし、<strong>木製のスプーンを専門に作ることを決意</strong>した。当時は、作家ものの手仕事の器がギャラリーやショップなどで注目を集め始めた頃。器に合わせる木製スプーンの需要も高まっていた。その時流に乗るかのようにスプーン作りに専念し、2006年には、東京都国立市に店舗兼工房を開いた。</p>



<h3 class="wp-block-heading">自分が作るものにピントを合わせなければ</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/6L8A5126.jpg" alt="" class="wp-image-40210" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/6L8A5126.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/6L8A5126-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/6L8A5126-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>転機となったのは、2011年の東日本大震災。何があってももの作りを続けていくためにはどうすればいいかを自問し、移住を決断。仲間がいたことや工芸が根付いた地であることから、岡山県が候補のひとつに。「地元の人は何もないところと言うけれど、穏やかな環境にこそ漠然とした可能性を感じた。」という<strong>瀬戸内市牛窓町に、2013年8月に移住</strong>を果たした。</p>



<p>それを機に、さかいさんのもの作りにも変化が訪れる。東京では展示会に合わせてスプーンを製作するという活動のサイクルだった。そのなかで、展示内容や見栄えを重視した作り方をしている自分に気づく。<strong>「自分が作っているスプーンそのものに、もっとちゃんとピントを合わせなきゃと思ったんです」</strong>と、さかいさんは振り返る。どんな材料でどんな道具を使って作り、どんな人に届けたいのか、を改めて見つめ直し、それからは自分のペースでのもの作りが基本となっていったのだ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">削る手をどこで止めるかはいまだに悩む</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/6L8A5068.jpg" alt="" class="wp-image-40211" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/6L8A5068.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/6L8A5068-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/6L8A5068-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>一人で製作する工房内には、素材となる大小さまざまな木片や枝、さまざまな道具類が並ぶ。道具のなかには、ヨーロッパで木靴職人が使っていたものを参考に、自己流で作ったものまで。それらの道具を駆使して、まずは木片からスプーンの大まかな形を削り出していく。どんなに技術があっても木目には逆らえないので、常に木目を意識しながらの作業となる。そして最後は、ナイフでくぼみを削ってスプーンの形に仕上げていく。いまだに、どこで完成とするかは探り探りだと言う、さかいさん。その言葉に、いかに真摯に一つひとつのスプーンに向き合ってきたが、うかがえるようだ。</p>



<h2 class="wp-block-heading">3つのカテゴリーでスプーンを展開</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/6L8A5106.jpg" alt="" class="wp-image-40212" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/6L8A5106.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/6L8A5106-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/6L8A5106-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>現在、さかいさんが手がけるスプーンは、大きくわけて3つのカテゴリーに分類される。ひとつ目は、日常使いの定番品。素材には細工しやすくて丈夫な<strong>サクラの木をメイン</strong>に用い、口触りが滑らかになるように漆を塗っては拭き上げるのを数回繰り返して仕上げている。スプーンは繊細な口に入れる道具である。しかも、離乳食期の赤ちゃんから、金属のスプーンを重く冷たく感じてしまう高齢者まで、実に幅広い人々が暮らしに用いるものだ。</p>



<p>木製ならではの口触りのよさを大切にしつつ、道具としての機能性にも心を配る。スプーンの膨らみをどのくらい残すか、どの位置を一番深くするか、食べ物がスプーンに残らないようにはどうすればいいかなど、試行錯誤を繰り返し、見た目のよさと使い心地のよさを兼ね備えた現在の形状にたどり着いた。</p>



<p>そして<strong>サイズは、25種類を展開</strong>。「使い手の要望や用途に合わせていたらこんなにも増えてしまった」と、優しく微笑むさかいさん。メンテナンスにも対応しており、道具としてのスプーンに対するさかいさんの誇りが詰まったシリーズだ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">余さず作る、そして木を生かして作る</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/6L8A5212.jpg" alt="" class="wp-image-40213" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/6L8A5212.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/6L8A5212-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/6L8A5212-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>2つ目のカテゴリーは、移住後に始めた、<strong>間伐材を用いたシリーズ</strong>。先に述べた定番のスプーンには、銘木店から購入した木材を素材に用いるが、スプーンに使うのはほんの一部だけ。そこに、長年、どこかうしろめたさのようなものを感じていた。</p>



<p>間伐材のスプーンは、木材を見て、使える形状のスプーンを削り出す。残った余白の部分からは小さいバターナイフを作る。もったいないというよりは、<strong>木材を余さず作るにはどうしたらいいかという視点でのもの作り</strong>だ。さらに、このシリーズは、使っていくうちに変化する様子も目で見て楽しめるように、漆を塗らないのもこだわりだ。</p>



<p>そして3つ目が、牛窓の特産品である<strong>オリーブの間伐材で作る、アート作品のようなシリーズ</strong>。2018年から<strong>「瀟木子（しょうぼくし）」</strong>と名付けて展開している。その作り方は独特だ。「枝の形状を見て、そこにスプーンの形を無理やり当てはめて作るイメージ。そうすることで、木の枝の変わった造形や皮の色、木の繊維の様子などが生かされる。木の精妙さを感じたくて作っています。道具としての使いやすさはないですが、作っていておもしろいんです」。</p>



<h3 class="wp-block-heading">目標は、長く作り続けること</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/6L8A5076.jpg" alt="" class="wp-image-40214" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/6L8A5076.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/6L8A5076-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/6L8A5076-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>今から約25年前、30歳で匙屋になると決めたさかいさん。その決断に後悔はない。そのおかげで、いろいろな場所に出かけ、いろいろな人に出会えた。木製スプーンを媒介に、自分と世の中のつながりを実感する日々だ。</p>



<p>2023年には、毎月工房で開催する「spoon club 4U」と名付けた、スプーン作りのクラブ活動を始めた。さかいさんが一方的に教える教室ではなく、みんなで時間を共にするクラブというスタンス。スプーンを作ってみたいという人にこの場所で出会えたことも創作の刺激となっている。</p>



<p>今後の目標を尋ねると、大小2つの答えが返ってきた。小さな目標は、小ぶりの木のボウルを作ってスプーンとセットにした展開をすること。それに向け、ボウル作りを少しずつ練習中だ。そして、大きな目標は、<strong>匙を少しでも長く作り続ける</strong>こと。ひたすらに匙に向き合い続けてきたさかいさんがこれから生み出す匙はいったいどんな世界を私たちに見せてくれるのだろう。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/40207/">「匙（さじ）」だけを作り続けて25年。木工作家･さかいあつしさん／岡山県瀬戸内市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>山陰の雪の色をイメージして作る温かみのある白磁。人間国宝･前田昭博さん／鳥取県鳥取市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 31 Jan 2024 01:00:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[鳥取市]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/top-5.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>白色と形だけで表現をする磁器、白磁（はくじ）。この白磁の重要無形文化財保持者、人間国宝に認定されているのが、鳥取市河原町に窯を持つ前田昭博（まえたあきひろ）さんだ。真っ白な磁器である白磁を選び、ひとり制作を続けたその歴史 [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/top-5.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>白色と形だけで表現をする磁器、白磁（はくじ）。この白磁の重要無形文化財保持者、人間国宝に認定されているのが、鳥取市河原町に窯を持つ前田昭博（まえたあきひろ）さんだ。真っ白な磁器である白磁を選び、ひとり制作を続けたその歴史と、前田さん独自の作品づくりに迫る。</p>



<h2 class="wp-block-heading">中国から伝わった「白磁」</h2>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="683" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/0J2A9954-1-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-40082" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/0J2A9954-1-1024x683.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/0J2A9954-1-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/0J2A9954-1-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/0J2A9954-1.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>白磁は中国で生まれた磁器のひとつで、<strong>絵付けや色付けをしない</strong>ことが特徴。形によって陰影が変わり、さまざまな表情を見せる。真っ白な器は食材や花を映えさせ、どんな場面でも使いやすい。日本では佐賀の有田焼や、長崎の波佐見焼などが名産地として知られているが、前田さんは故郷の鳥取で師匠をとらず、ひとりで向き合う道を選んだ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">土のような柔らかさ、雪のような白さ</h3>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="683" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/0J2A9949-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-40087" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/0J2A9949-1024x683.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/0J2A9949-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/0J2A9949-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/0J2A9949.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>前田さんは白磁のことを「<strong>白瓷（はくじ）</strong>」と表現している。瓷（じ）は「かめ」や「かたく緻密に焼いた焼き物」という意味があり、本場中国では磁器のことを指す。単なる壺ではなくアートとしての作品を作りたい、<strong>土のような柔らかい白磁</strong>を目指したいという想いを込めた。</p>



<p>たしかに前田さんの作品を見ていると、磁器とは思えないほどの柔らかさやあたたかみを感じる。光の当たり具合や、曲面から生まれる影によって、灰色や青い色合いもあわせ持つ。「<strong>手本にしているのは、山陰の雪の白</strong>。冷たいけれど、どこか温もりも持っている。そして、雪に穴を開けると、少し青みがかったように感じる。そんな雪のような、しっとりした感じの白を目指しています」。</p>



<h2 class="wp-block-heading">陶芸、そして白磁との出会い</h2>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="683" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/0J2A9962-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-40090" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/0J2A9962-1024x683.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/0J2A9962-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/0J2A9962-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/0J2A9962.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>幼い頃、趣味で木版画を刷っていた父親の背中を見て育った前田さんは、自然と美術への興味を深めていった。絵を描くのが好きで、高校では美術部に、大学は工芸学科へと進学。そこで何気なく受講した陶芸の授業を通し、<strong>ろくろに魅了される</strong>。「日に日に上達する様子が自分でもわかる。昨日より大きいものを作ろう、と夢中になりました」。</p>



<p>また、白磁と出会ったのも大学生の頃。その美しさに感動した。</p>



<p>「鳥取では冬に雪が1、2度降る。朝、窓を開けると辺り一面真っ白。<strong>あのときの感動と、絵も色もない白磁を見たときの感動が重なり</strong>、他のものに感じない魅力を感じたんです」。</p>



<p>卒業しても陶芸をしたいという想いを膨らませていた前田さんは、「好きなことをして飢え死にした人はいない」と恩師に背中を押され、卒業後に実家へ戻り、窯を開いた。窯の名前は「やなせ窯」。目の前に悠然とそびえる梁瀬山（やなせやま）が由来だ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">鳥取で白磁を作る</h3>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="683" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/0J2A0262-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-40093" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/0J2A0262-1024x683.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/0J2A0262-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/0J2A0262-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/0J2A0262.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>鳥取県は民芸が盛んで、土の風合いを生かした味のある焼き物が多い。だが前田さんは他の窯へ弟子入りをせず、白磁への憧れとろくろを極めたいという想いから、<strong>ひとりで白磁に向き合う道</strong>を選んだ。しかし、ひとりでの作陶はそう甘くはなかった。通常は基本の技術や工程を習得してから、独自の作品を作る。しかし自分には基礎がない。とにかく自分が美しいと思う形を目指しながら、ろくろの稽古を続けた。<br></p>



<p>鳥取に帰ってきてから数年が経った頃、好きなだけでは無理かもしれないと思い悩んだこともある。毎日白磁と向き合う中で、嫌になり、絵や装飾をつける他の焼き物に取り組んだこともあった。しかし、<strong>どうしても白磁への憧れは消せない</strong>。</p>



<p>「やはり飢え死にするのではないか」と思うほど厳しい日々だったが、両親との暮らしや地域の人の励ましに支えられ、創作を続けられた。また、結婚して子どもが生まれたときには、創作活動の傍ら、祖父母が営む果樹園の手伝いをしたことも。どんなに大変なときでも、年に一度ギャラリーを借りて個展を開くことと、陶芸のコンクールに出品して自分の技量を問うことだけは辞めなかった。そうして少しずつ入選を繰り返し、応援してくれる人も増えていった。</p>



<h3 class="wp-block-heading">37歳で訪れた転機</h3>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="683" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/0J2A9935-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-40098" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/0J2A9935-1024x683.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/0J2A9935-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/0J2A9935-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/0J2A9935.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>そうして14年間、白磁を作り続けた前田さんに転機が訪れる。陶芸界で1番大きなコンクールといわれる「日本陶芸展」で、<strong>大賞に次ぐ優秀作品賞</strong>を受賞したのだ。</p>



<p>「同世代の人は自分よりも素晴らしい仕事をしているだろうと引け目を感じてきた。でも、賞をいただいて、自分も一生陶芸ができるかもしれないと思えました」。</p>



<p>その後も前田さんは、さまざまなコンクールで受賞していった。国内のみならず、海外でも個展やワークショップを開催し、多くのファンを獲得。</p>



<p>2013年には、前田さん独自の技法「面取り技法」によって生み出された、平面と曲面のあるなめらかな白磁が評価され、<strong>白磁の重要無形文化財保持者として人間国宝に認定</strong>された。「教わったものではなく独自に作り出したものなので、その点も含めて評価してもらえたのではないか」と振り返る。</p>



<h2 class="wp-block-heading">失敗から生まれた「面取り技法」</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="940" height="627" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/image-2.png" alt="" class="wp-image-40101" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/image-2.png 940w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/image-2-300x200.png 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/image-2-768x512.png 768w" sizes="(max-width: 940px) 100vw, 940px" /></figure>



<p>独特な柔らかさや丸みを帯びた形は、前田さんが失敗しながら編み出した「<strong>面取り技法</strong>」によるものだ。白磁を作る際は、ろくろで形作ったものをそのまま焼成することが一般的。それに対し、面取り技法ではろくろで形成し土が乾くタイミングを見計らいながら、<strong>直接指で押して変形させる</strong>。磁器の土は押さえたり変形させたりすると、のちに傷が出るのだが、その基本を知らなかったからこそ生まれた方法だった。</p>



<p>「最初は形を変形するために板で叩いていたけど、乾燥のときにヒビが入ってしまったんですよ。そこで、少しずつ指で押さえてみたら収まりがよかったんです。そこからこの技法が自分の表現になっていきました」。</p>



<p>点描画のように複数回、細かく指で押した後は、さらに乾燥させ、カンナで削る。これによって、くっきりとした面が浮かび上がるのだ。</p>



<p>若い頃、面取をしたり等分割するときに、定規を使って均等にしるしをつけていたという。しかしどうにも面白くない。年数が経つに連れて、フリーハンドで線を引くようになり、左右どちらかに偏っている部分や、波打っている部分に魅力を感じられるようになってきた。</p>



<p>「こちらの方が自分らしい線や面になっていくんだなと。そのわずかなことを、何年もかけて許せるようになるといいますか。<strong>定規以上に魅力的な線を引くことができるのが人間</strong>じゃないかなと感じます」。</p>



<h3 class="wp-block-heading">歳月と鳥取の風土がもたらした世界観</h3>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="683" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/0J2A0154-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-40104" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/0J2A0154-1024x683.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/0J2A0154-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/0J2A0154-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/0J2A0154.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>長い間作品づくりに携わっていると、アイデアも尽きてくるのではないかと思える。実際に、年に1度の個展が終わると、「もう作れない」という気持ちになるという。しかし、新たに創作を始めると、作ってみたい作品のイメージが浮かんでくるのだ。また、創作途中で偶然にできた形や、いいなと思う「何か」が生まれ、それを形にしていくこともある。前田さん自身の感性と偶然。その両方で作品が生まれ、作る幅も広がってきた。</p>



<p>「自分の考えていることや思っていることを形にしたり、行動にしたりするしかない。その結果がいい作品にならなくても、責任を持って、自分のやりたい姿勢で最後まで行くしかないんです。だからこそ、<strong>素敵なものを作りたいという想いだけは、24時間頭の片隅にはありますね</strong>」。</p>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="683" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/0J2A9980-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-40107" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/0J2A9980-1024x683.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/0J2A9980-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/0J2A9980-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/0J2A9980.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>また、鳥取の風土も作品づくりに大きく影響した。「鳥取はわりと曇り空で湿度が高い。<strong>しっとりとした釉薬にごだわり、作品に柔らかな陰影が生まれたのは、風土的なもの</strong>」と振り返る。当初はひとりで技術を習得するのに苦労した場所だが、白磁の産地ではない分、自分から取りにいかない限り情報は入ってこない。だからこそ、前田さんにとっては心地よく、「白磁を最後まで作り続けたい」という想いを持ち続けられたのだという。</p>



<p>さまざまな失敗や経験、環境から、前田さんにしかできない独特な表現や造形が生まれたのだろう。</p>



<h2 class="wp-block-heading">「”無い”ことの魅力」を感じてもらえる作品を求めて</h2>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="683" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/0J2A0061-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-40110" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/0J2A0061-1024x683.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/0J2A0061-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/0J2A0061-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/0J2A0061.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>白瓷とは何か。その問いに、前田さんは「 <strong>”無い”ことの魅力を持つもの</strong>」だと教えてくれた。中国の唐の時代に繁栄し、日本にも伝わり、現在まで続いている。華美な装飾や色の変化は無い。それでも今なお続いているのは、<strong>「何も無い状態」でもフォルムや釉薬に豊かな魅力があるから</strong>ではないか。多くの情報や色、考え方が溢れている現代だからこそできる白瓷を作りたいと前田さんは言う。<br></p>



<p>「九谷焼や有田焼などの日本的な絵付けも美しいなと思う。同時に、そういうものが”無い”世界もあっていい。僕は作品の省略をしていきながら、あるものと同じぐらいか、<strong>それを超えるようなものを作りたい</strong>。”無い”ことの魅力というものを伝えていけたら、この白瓷を継承して、次の人に渡すことができるのかなと。だから、ただ白い焼き物じゃなくて『白瓷』という定義がある。そう思ってますね」。</p>



<p>そう言いながら、前田さんは今日もろくろに向かう。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/40071/">山陰の雪の色をイメージして作る温かみのある白磁。人間国宝･前田昭博さん／鳥取県鳥取市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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			</item>
		<item>
		<title>“弛まず”、心が“ゆれる”グラス作り「COMAKI GLASS」／山梨県甲州市</title>
		<link>https://nihonmono.jp/article/39859/</link>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 19 Jan 2024 01:00:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[ガラス]]></category>
		<category><![CDATA[山梨県]]></category>
		<category><![CDATA[ガラス工芸品]]></category>
		<category><![CDATA[工芸品]]></category>
		<category><![CDATA[甲州市]]></category>
		<category><![CDATA[吹きガラス]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/top-1.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>山梨県の北東部、日本百名山のひとつ「大菩薩嶺（だいぼさつれい）」に代表される豊かな自然と、重要伝統的建造物群保存地区「塩山下小田原上条」の集落や、江戸後期の国宝・重要文化財「旧高野家住宅」などの豊富な歴史的資産に恵まれた [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/39859/">“弛まず”、心が“ゆれる”グラス作り「COMAKI GLASS」／山梨県甲州市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/top-1.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>山梨県の北東部、日本百名山のひとつ「大菩薩嶺（だいぼさつれい）」に代表される豊かな自然と、重要伝統的建造物群保存地区「塩山下小田原上条」の集落や、江戸後期の国宝・重要文化財「旧高野家住宅」などの豊富な歴史的資産に恵まれた甲州市塩山地域。その山間に佇むガラス工房「<a href="https://www.instagram.com/komakikohei.pecori/" title="">COMAKI GLASS（コマキグラス）</a>」を訪ねると、右へ左へと「<strong>ゆれる」</strong>ようにボウルを傾ける<strong>グラス</strong>が並んでいた。</p>



<h2 class="wp-block-heading">山間の農村に息づくガラス工房</h2>



<figure class="wp-block-image size-large is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/export45-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-39866" width="900" height="599" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/export45-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/export45-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/export45-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/export45.jpg 1280w" sizes="(max-width: 900px) 100vw, 900px" /></figure>



<p> </p>



<p>甲州市塩山地域の工房の周辺には、古くは畑作や養蚕業が営まれた風情を残す民家と風光明媚な山合の景観を望む農村集落が広がる。「製作に没頭した後にはこの景色と涼やかな空気に癒されています」。額に大粒の汗を浮かべながら窓の外を眺めるガラス作家の小牧広平（こまきこうへい）さん。高温で溶かしたガラスを吹き竿に巻き付け、息を吹き込む「吹きガラス」による作品製作を手がけている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">「思いもよらない」吹きガラスの魅力</h2>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/export6-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-39867" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/export6-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/export6-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/export6-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/export6.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p> </p>



<p>一口に<strong>「吹きガラス」</strong>といっても、その技法は2通りに分かれる。ひとつは型にガラスを差し込み息を吹き入れることで、同形状のものを効率的に製造することができる<strong>「型吹き（かたぶき）法」</strong>。もうひとつが、<strong>COMAKI GLASS</strong>で用いられている」<strong>「宙吹き（ちゅうぶき）法」</strong>だ。空中で空気を吹き込み、ガラスに働く重力と吹き竿を回す遠心力だけで成形するため型吹き法に比べて製造効率は落ちるが、その分、職人の技量や加減で仕上がりに個性が表れ、つくり手が意図しない偶然の産物が産まれるのもこの技法の魅力。</p>



<p>「ガラス自らが思いもよらない形を作っていくところが、<strong>宙吹き法</strong>の面白いところ」と話す小牧さん。“独創的”と評されるCOMAKI GLASSのワイングラスやビアグラスには、個体によって硬さがあり比較的熱が冷めやすい<strong>「再生ガラス」</strong>が使用されているものもあり、透明感の中に表れるほのかな色味や、短時間で冷え固まる素材の特性を活かした味わい深い様相の作品も見られる。</p>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/export19-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-39868" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/export19-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/export19-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/export19-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/export19.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p> </p>



<p>「<strong>それぞれのグラスに性格が出るんです。</strong>同じものはひとつとして作れないし、敢えてそのガラス自身が形作ったフォルムや様相を活かした表現を心がけています」</p>



<p>首を傾げるように曲げられた<strong>ステム（脚）</strong>や、違った口当たりをもたらす湾曲した飲み口など、まさにその形状は唯一無二。「並んだグラスを眺めていると、まるでゆれながら愉快に踊っているようにも見える」と、愛おしそうに作品を見つめる。</p>



<p>元々、陶芸や木工、絵画などが好きだったという小牧さん。写実的で精巧なものというよりは、見て感じるもの、特に抽象画や独創的な表現に心が動かされるのだとか。ガラス作りをはじめ、こうした美術品や工芸品に関心を持つようになった背景には、幼き日に見た祖父の存在がある。</p>



<h2 class="wp-block-heading">祖父の言葉と、ガラス作家･舩木倭帆さんとの出会い</h2>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/export31-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-39869" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/export31-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/export31-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/export31-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/export31.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p> </p>



<p>幼い頃から趣味で絵を描く祖父の姿が身近にあったという小牧さん。美術品や工芸品に引き込まれていく中で、「もし若返ることができるならガラス作りをしてみたい」と日頃から口にしていた祖父の言葉を受け、次第に<strong>ガラス職人</strong>になることを夢見るようになっていく。</p>



<p>ようやくガラスに触れるようになったのは大学生の時。一般向けに設備を提供していた工房を見つけ、念願のガラス作りをスタートさせた。その後、本格的にガラス作りの道へ進もうと考え始めた頃、<strong>後の師匠となるガラス作家･舩木倭帆（ふなきしずほ）氏の作品に出会う。</strong></p>



<p><strong>「優しく温かみのあるフォルムの中にもガラス特有の清涼感があり、見ていると心が澄んでいくような感覚があった」</strong>と話す小牧さん。すぐに手紙で舩木氏への師事を願い出たところ偶然アシスタントの欠員があり、卒業と同時に広島県深安郡神辺町へ転居。<strong>舩木氏の工房「グラスヒュッテ舩木」で本格的にガラス作りを学ぶ修業期間が始まった。</strong></p>



<h3 class="wp-block-heading">偶然を予期すること、真面目に生きること</h3>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/export15-1-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-39870" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/export15-1-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/export15-1-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/export15-1-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/export15-1.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p> </p>



<p>花瓶･皿･鉢･グラス･茶碗など、素材の特性を生かし、デザインから仕上げまで一貫製作の手仕事によって生み出される舩木氏の作品は、実用性の高い堅牢さを備えつつ、温かみを帯びたアーティスティックさが特徴。他界した今もなお工芸業界内外から高い評価を受けつづけている。「アシスタントとして阿吽の呼吸を合わせられるようになるまでにかなりの苦労があった」と6年間を振り返る小牧さん。円熟した技術を持ちながらも、常に謙虚な姿勢で作品と向き合う舩木氏について小牧さんは「愛情深い優しさがありつつも<strong>作品製作に対しては厳しくストイックな方だった」</strong>と語る。</p>



<p><strong>「『偶然を予期すること』『真面目に生きること』、舩木さんから学んだことは今も作品作りの根幹に生かされていると思います」。</strong>修業を通して技術と作家としての在り方を学んだのちに独立。ガラス製作をするのに適した広々とした場所を求め、父親の故郷である山梨県南アルプス市に自身の工房を構えることとなる。</p>



<p>「ようやく自身の作品のみで生活できるようになったのはここ数年のこと。思えば『売ること』についてはほとんど学ばなかった」と、苦笑いを浮かべる。独立してすぐはアルバイトをしながら製作活動に当たっていたそうだ。各地のギャラリーなどで個展を開き、少しずつ同じ価値観を持つ人たちとの繋がりを広げていく。そうした地道な活動を通して、次第に製作依頼も増えていったのだという。</p>



<h2 class="wp-block-heading">「たまたま」が心を動かす</h2>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/export28-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-39875" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/export28-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/export28-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/export28-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/export28.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p> </p>



<p>2020年にはさらに広い作業スペースを求め、現在の<strong>甲州市塩山へ工房を移設。</strong>技術的･表現的な<strong>「面白さ」</strong>を追求し、今や代名詞となった<strong>独創的な脚付きグラス（ステムグラス）の製作に力を入れていく。</strong></p>



<p><strong>「唇に触れる面積や口当たりの質感でその味わいは変化するんです」</strong>、小牧さんはビールを注いだ自らのグラスを傾ける。工房には数多くのグラスが並べられているが、実はそのほとんどが試作品。例えば厚みの調整や模様付けを行うのにも、洋ばし（ジャック）と呼ばれる金属器具の僅かな力加減によって、仕上がりは大きく変わってくるのだ。いくら技術を磨き続けても、自分がいいと思う作品に出会える瞬間はいつも<strong>「たまたま」</strong>なのだという。</p>



<p>「暮らしの中で、使うシチュエーションや目的によって印象は変わる。自分が作ったグラスは自分で使ってみたいし、人からも積極的に感想を聞くようにしています」。多くの試作品から、実際に自分が使ってみることで改善点やヒントを模索していく。こうしたストイックで柔軟な姿勢が、見る人、使う人の心を動かす作品を生み出しているのだ。</p>



<h2 class="wp-block-heading">流されがちな日々に、ふっと</h2>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/export30-1-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-39876" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/export30-1-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/export30-1-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/export30-1-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/export30-1.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p> </p>



<p>積極的に地域のコミュニティなどとも関わりを持つようにしている小牧さん。地元の味噌屋や瓦職人、ワイナリーなど、地域で自身の活動を応援してくれる人と出会えたのは大きかったのだそうだ。そうした関わりの中で得られるヒントや刺激は多く、ランプシェード製作など今までに無かったオーダーも次第に舞い込むように。近年地域の飲食店などからも「脚の曲がったグラスが欲しい」と依頼を受けることも増えてきたのだという。</p>



<p>少しずつ自身の作品が浸透していることを実感しながらも、こうした交流や、各地で行われる個展での出会い、旅先で偶然目にするものなど、様々なインプットを通してアイディアや自身の感性に磨きをかけていきたいと、今後の展望を語る。</p>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/export44-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-39879" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/export44-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/export44-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/export44-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/export44.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p> </p>



<p><strong>「きっと僕の心も曲がっているんですよ。思ってもみなかった形になるって面白いじゃないですか」</strong></p>



<p>と最後に小牧さんは笑う。地に足をつけ、弛まずにつみあげた信念がありながらも、どこか掴みきれない“ゆらぎ”をはらんだ眼差しがとても印象的だった。<strong>COMAKI GLASSの作品には、まさにそういった小牧さん自身のパーソナリティが吹き込まれているのだろう。</strong>企画製品や、大量生産品が目まぐるしく生産･消費される時代だからこそ、暮らしの中にふっとひと息。日々の移ろいや季節の変化に寄り添う、<strong> “ゆれる”一点もの</strong>を愛でるひと時を楽しんでみてはいかがだろうか。</p>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/export18-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-39880" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/export18-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/export18-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/export18-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/export18.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/39859/">“弛まず”、心が“ゆれる”グラス作り「COMAKI GLASS」／山梨県甲州市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>「土がなりたい姿」を具現化する器づくり。愛知県で独学から陶芸の道を進む、井上茂さん</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 31 Aug 2023 01:00:55 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[陶器]]></category>
		<category><![CDATA[食器]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/149_kao_P6A7190-1.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>その土地ならではの土の味わいを大切にしたいと、掘り出したそのままの「原土」のみを原料に、土の優しさあふれる器を作る陶芸家・井上茂さん。豊かな表情と個性を魅せる機能的な器は、日常生活で活躍する暮らしの器として、使う人たちの [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/149_kao_P6A7190-1.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p class="has-text-align-center"><strong>その土地ならではの土の味わいを大切にしたいと、掘り出したそのままの「原土」のみを原料に、<br>土の優しさあふれる器を作る陶芸家・井上茂さん。<br>豊かな表情と個性を魅せる機能的な器は、日常生活で活躍する暮らしの器として、<br>使う人たちの食卓を支えるパートナーとなってくれます。</strong></p>







<p>愛知県中部の自宅で工房を構える井上茂さんは、精製された陶土を使用せず、砂などが混ざった原土を使い、土の優しさにあふれた器を作る陶芸家。陶芸家の先生に師事せず、独学で作陶をはじめ、土や釉薬、焼き方などすべて自身で探りながら器づくりをしている。そんな井上さんは自身の作陶に対し<strong>「土がなりたい姿を形にしているんだ」</strong>と話す。なかなかに奥深いその言葉の真意を探る。</p>



<h2 class="wp-block-heading">普段使いの器が作りたくて、独学でスタート</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7132-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-38443" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7132-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7132-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7132-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7132.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>


<p>愛知県で陶磁器といえば、常滑と瀬戸の地名が挙げられる。そのひとつ「常滑焼」は愛知県南部の知多半島を中心に作られている焼き物で、日本六古窯のひとつに数えられる。そんな地域でごく普通の会社勤めをしていた井上さんが作陶に目覚めたのは、当時、興味本位で陶芸体験教室へ参加した時のこと。その場で体験した作陶の楽しさにハマり、すぐさま独学で陶芸についての勉強をはじめた。とはいえ、周囲にも陶芸に知見のある知り合いがいるわけでもなく、自身で試行錯誤しながら「作りたい器を作るには、どうすればいいか」を考えざるを得なかった。</p>



<h3 class="wp-block-heading">会社勤めをしつつ、常滑で焼成の手伝いからスタート</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7204-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-38448" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7204-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7204-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7204-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7204.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>


<p><strong>陶芸をやりはじめた当初、井上さんは会社勤めを辞める気は毛頭なかった</strong>という。「陶芸作品は作ったって売れるとは限らないということは理解していたし、付け焼き刃で通用するほど甘い世界ではないと思っていた」とアマチュア時代を振り返る。</p>



<p>そのため、仕事の傍ら、休みを利用して今は無き常滑の「共栄窯」の陶芸教室で年に二回ほど焼成の手伝いをするかわりに、趣味で作り貯めた作品をまとめて窯の中に入れてもらい、焼いてもらっていたという。共栄窯は明治・大正・昭和の三時代に、大小さまざまな土管を中心に製作していた窯元だ。</p>



<p>そんな中、出来上がった器の写真をSNSに投稿すると、フォロワーが徐々に増加。<strong>「アマチュアだけど、何か変わった器を作っている人がいる」</strong>という噂が広がっていった。</p>



<h3 class="wp-block-heading">陶芸の楽しさに魅了され、作陶の道に</h3>



<p>独学で作陶を研究する中で、平安時代から鎌倉時代中期に作られた<strong>「古常滑」</strong>の自然釉や灰釉に特に魅力を感じたという井上さん。どういった焼き方をすれば狙い通りにできるのか、古い文献を読み漁ったり、古い陶片を見て土の種類や焼き方、釉薬を推定したりと、調べては試す、を繰り返し、陶芸にのめり込んでいった。</p>



<p>相変わらず会社員をしながら休日や空いた時間で作陶していた井上さんのもとに、フォロワーが増加し続けていたSNSを通じて展示会のリクエストが舞い込む。そこで焼成で世話になっていた共栄窯にて、初めての作陶展を開催してみたところ、作品を求める人が波のように押し寄せたという。SNSでの投稿がこのタイミングで活きた形だ。</p>



<p>その後、反響を耳にした名古屋のギャラリーからも声が掛かり、個展を行ったところ、メディアで告知されたこともあってか来場者が殺到。結果として勤務先にも知られることとなり、それをきっかけに陶芸の道を歩む選択をした。</p>



<h3 class="wp-block-heading">独学で突き詰めたからこそ身になる</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7107-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-38453" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7107-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7107-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7107-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7107.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>


<p>これまで歩んできた道を振り返り、<strong>「教わらなかったことが、逆によかった」</strong>と話す井上さん。<strong>美術系学校などで学べば陶芸の基本技術はすぐに知ることはできるが、今ある“陶芸の常識”に囚われてしまう可能性もある。</strong>「興味があることは、とことん突き詰める性格」と自身が話すように焼きものに関しては何事も調べ、実証し、知識を積み重ねてきた。今では土を見れば自分が求める作品に適しているかどうか、釉薬の組み合わせでどんな色が出るのかまで予想できるようになってきたという。</p>



<h2 class="wp-block-heading">普段使いしてほしいから、機能性にもこだわる</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7165-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-38456" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7165-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7165-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7165-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7165.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>


<p>井上さんの器は、時に砂が混じっていることもあり、<strong>土のごつごつとした質感</strong>が特徴的だ。しかし、手に取ってみると、見た目からは想像できない軽さに驚く。「軽いことは、日常的に使ってもらうためのこだわりのひとつ。砂の粒より薄くろくろで挽くことはできませんが、<strong>穴が開かないギリギリのところまで薄くして、子どもでも手に持ちやすいサイズ、軽さに仕上げています。</strong>ごはん茶碗が重いと疲れちゃうでしょう。その分、作るときに失敗することも多いんですけどね」と井上さんは笑う。さらに器の重心が低くなるように成形することで、使う際の安定感も確保。特別な時に気遣いながら使うのではなく、<strong>毎日の食事の際に自然と手が伸びる、</strong>そんな光景を浮かべながら作陶している。</p>



<h3 class="wp-block-heading">原土のおもしろさ、味わい深さ</h3>



<p>市販されている陶土は誰でも扱いやすいという長所があるが、井上さんは陶土を使ったことがなく、<strong>原土だけ</strong>を使っている。山から採掘したままの状態の原土は不純物が多く、うまく成形できなかったり、焼成中に割れてしまったりと、<strong>何かと手がかかる“問題児”。</strong>だが、不純物があるがゆえに一つひとつの器に個性が生まれ、味わい深い魅力を生み出すという。 「原土は無理ができません。変わった形のものを作ると割れてしまうし、コシがないのでろくろで挽きにくいんです。逆に言えば、ろくろで保持できる形こそが、<strong>土がなりたい姿</strong>なんじゃないか、使う人にとっても自然で使いやすい器の形なんじゃないかと考えています」と井上さん。普段使いされる器づくりを目指す井上さんにとって、原土の短所は成型時のガイドラインにもなっているようだ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">「思ったもの、以上のものができあがる」灰釉のロマン</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7094-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-38459" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7094-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7094-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7094-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7094.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>


<p>井上さんは、釉薬にも偶然が生み出すおもしろさを見出している。「市販の陶土や釉薬を使えば、マンガン釉なら黒色、コバルト釉なら青色と、どこの窯場で焼いても同じ色になるんです。それがおもしろくなくて。草木の灰を溶媒とした灰釉を使うと、灰の中に含まれる微量の金属が反応を起こし、何百個焼いたうち、ひとつかふたつだけ思ってもみなかった器ができることがあって、それにロマンを感じます。狙ったものができるのが楽しいという人もいますが、僕は狙った以上のものができたときが快感ですね」。窯を開けた時にどんなものができているんだろうというワクワク感が、もっといいものを作ろうとする原動力になっているのだそう。</p>



<h3 class="wp-block-heading">表情が1点ずつ違うから、迷う楽しみが生まれる</h3>



<p>井上さんの器は、全国で20店舗以上のショップやギャラリーで取り扱われている。作陶の合間にギャラリーへ顔を出した際、<strong>お客さんが器選びに迷う姿を見るのがうれしい</strong>という。「僕の器は一点一点違うので迷われるんですね。大量生産の商品だったら、上から取って終わりでしょ。<strong>表情が違う器は、それぞれに良さがあって、使い手との相性がある。</strong>僕がつくる前にイメージしていた器ではないかもしれないけど、その器をものすごく気に入ってくれるお客さんがいることもある。迷いながら選ぶって楽しい時間。そういう時間を提供できるっていうのがうれしい」と井上さん。</p>



<p>ちなみに、井上さんは<strong>自身の作った器に銘を彫らない</strong>。その理由は「器は僕のものではなく、買ってくれたお客さんのものだから」なんだとか。</p>



<p>陶器に限らず、良い手仕事をしたものは末永く使えるし、使っていくうちに色の変化も見られ、大切に扱えば唯一無二の存在になる。一つひとつの器を<strong>単なる「モノ」ではなく、「使う人のパートナー」のように扱う</strong>井上さんが作るからこそ、そこに、人間らしさや温もりがにじみ出ているのかもしれない。</p>



<h2 class="wp-block-heading">日本が好きだからこそ、日本文化の良さを広めたい</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7173-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-38462" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7173-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7173-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7173-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/08/P6A7173.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>


<p>日本人の食生活はずいぶんと欧米化しているが、それでも飯椀や和食器は現在でも食卓の主役として活躍している。海外でも注目度を高め、それに伴い海外での受注展示会も予定されているが、それも日本の良さを少しでも広めたいと思ってのことだ。それと同時に「これはもう二度と作れないだろう」と思える“至高の器”を作り、世界中の人たちに見てもらうことを目指している。井上さんは、<strong>日本の土を使って日本で伝わってきた陶芸を突き詰める</strong>ことにこだわるが、その理由は日本人が<strong>自身の国の文化を日常的に誇り、日本人でよかったと思える瞬間を生み出したいから</strong>なんだとか。日本文化の良さを世界中に広めるための、井上さんの挑戦は続く。</p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="683" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/149_kao_P6A7190-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-48817" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/149_kao_P6A7190-1024x683.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/149_kao_P6A7190-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/149_kao_P6A7190-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/08/149_kao_P6A7190.jpg 1200w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /><figcaption class="wp-element-caption">陶芸家　井上茂さん</figcaption></figure></div>


<p>原土のみを長く扱ってきたことで、今では土を見れば自分が求める作品への適性や釉薬でどのような表現ができるのかがわかるようになってきました。「土がなりたい姿」を感じ取りながら成型し、伝統的な和食器のよさを感じられる昔ながらの手法で表現した唯一無二の器を、暮らしのパートナーとして迎えていただけたら幸いです。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/38433/">「土がなりたい姿」を具現化する器づくり。愛知県で独学から陶芸の道を進む、井上茂さん</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<item>
		<title>朝鮮白磁の美しさを日本から発信する山口県の陶芸家 チェ・ジェホ（崔在皓）さん/山口県周南市</title>
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		<pubDate>Wed, 29 Mar 2023 01:00:09 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[焼き物]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/03/FXT46672-1-1.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>現代アートと伝統工芸、相反する2つの表現の場を行き来しながら、美しい白磁の色気を提案するチェ・ジェホ（崔在皓）さん。韓国にルーツを持ちながら、日本を作陶の場に選び、全国での展覧会やアートコラボが話題を呼ぶ白磁作家だ。シン [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/03/FXT46672-1-1.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>現代アートと伝統工芸、相反する2つの表現の場を行き来しながら、美しい白磁の色気を提案するチェ・ジェホ（崔在皓）さん。韓国にルーツを持ちながら、日本を作陶の場に選び、全国での展覧会やアートコラボが話題を呼ぶ白磁作家だ。シンプルかつ高貴な白磁の常識に、チェ・ジェホさんが加える新たな世界とは。</p>



<h2 class="wp-block-heading">自然豊かな山口県周南市の山間で生まれる陶器</h2>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="771" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/03/96ECEF1C-7C25-4F3D-BB64-2552C4F3E6BF-1024x771.jpg" alt="" class="wp-image-35956" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/03/96ECEF1C-7C25-4F3D-BB64-2552C4F3E6BF-1024x771.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/03/96ECEF1C-7C25-4F3D-BB64-2552C4F3E6BF-300x226.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/03/96ECEF1C-7C25-4F3D-BB64-2552C4F3E6BF-768x578.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/03/96ECEF1C-7C25-4F3D-BB64-2552C4F3E6BF.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>山口県東南部に位置する周南市。自然豊かで静かな山間に工房を構えるチェ・ジェホさん。韓国・釜山出身で2004年、自身が33歳の時に日本へ移住。</p>



<p>朝鮮時代に中国より韓国へ伝わったとされる白い素地に透明の釉薬が掛けられたシンプルな焼物「白磁」の作家だ。独自の風合いや柔らかな曲線、チェ・ジェホさんによってのみ生み出される独特な白色が一度手にした人を虜にしてしまう。アンティークの風合いと現代の洗練されたおしゃれ感が同居する作品は日本の白磁界に新風を吹き込んでいる。</p>



<h3 class="wp-block-heading">日本を表現の場に選ぶ</h3>



<p>チェ・ジェホさんがはじめて日本を訪れたのは31歳の時。日本で行われるグループ展に招かれ、制作のため愛知県瀬戸市にある窯元に2ヶ月ほど滞在する機会に恵まれた。開催されたグループ展で出会った日本人の陶芸に対する熱意が印象的だったのと、はじめて触れた日本の白磁用の土の感触がとても魅力的だった。</p>



<p>「母国韓国では、美術館や博物館に展示されるような美術工芸品と普段使いする民衆的工芸品に対する理解に大きな差がある。日本では両者の境目がどこにあるのかが議論になるほど、工芸を取り巻く環境は円熟しているといえる。華美な装飾をほどこさない白磁にも芸術品としての定評があり、日本人の工芸に対する感性の高さに期待を持った。日本には自分の表現したかった白磁の世界を受け入れてくれる余白があると確信。自身の作陶の拠点を日本に移そうと移住を決めた」と話す。</p>



<p>広島出身の奥様のご家族を頼りに、多少不便でも、音も煙も出す器づくりが気兼ねなくできる工房を構えるためにと、自然の中の古民家を探した。ようやく見つかったのが山口県。韓国に居ながら写真と価格だけで購入を決めた。</p>



<h2 class="wp-block-heading">アートの世界を目指して陶芸の扉をひらく</h2>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/03/FXT46663-1-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-35959" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/03/FXT46663-1-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/03/FXT46663-1-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/03/FXT46663-1-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/03/FXT46663-1.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p> </p>



<p>チェ・ジェホさんが白磁に目覚めたのは大学2年生の頃だった。幼いころから絵が好きで、中学でも美術クラブに在籍。特に現代アートに対する興味が強く、絵画を学ぶために韓国国内でも屈指の芸術大学、弘益（ホンイク）大学進学を目指していた。志望していた絵画コースが高難度だったこともあり、3年浪人した。4年目には入学することを優先し、手の届いた同大学の陶芸科に進むことを決意。たとえ希望の学部で学べなくとも、芸術センスあふれる学友たちとの交流が自身にとって良い刺激になることが分かっていたからだ。</p>



<p>そんな人生の選択に導かれるように、陶芸の道に進んだチェ・ジェホさん。現代アートとしての陶芸の基礎を学び、オブジェなどの制作に没頭していた。大学2年生の授業で古典美術に関するレポートの為に国立美術館を訪れ、目にした朝鮮時代（1392年〜1897年）の白磁「満月壺（タルハンァリ）」が、その後のチェ・ジェホさんの進む道を変えたのだという。 なんとも言えない柔らかなラインと表面の質感、そして温かな白に魅せられた。いつか同じような作品を自分でも作ってみたいと、朝鮮・高麗時代の「古典白磁」の世界にはまっていった。</p>



<h3 class="wp-block-heading">現代アートからはなれ伝統工芸の世界へ</h3>



<p>大学を卒業する頃には、現代アートの作家ではなく白磁の作家を目指すと決意。朝鮮時代の白磁作品から受けた感動を自身の作品で再現する作家になりたいと考えた。韓国では白磁用の土を手に入れることが難しい事もあり、白磁作家自体の数が少ない。弟子入り先を探すのには苦労した。教授のつてを辿り、ようやく見つけた弟子入り先が古美術の修復や古典美術の写しなどを手掛ける専門家だった。学びたかった朝鮮白磁のいろはや古典作品を見極める審美眼を身につけていった。</p>



<h3 class="wp-block-heading">守り続ける恩師の教え</h3>



<p>師事した恩師の教えは、同世代の現代作家の作品を真似るのではなく、博物館や美術館に展示されている「美しいもの、いいものを見て学べ」だった。時代を越えて人々が残そうとした本物の作品を見て心で感じ、想像を膨らませる。そこから見えてくるバランスと質感を学び、自身の感性が生み出す解釈として表現することが大切だと。自分なりの解釈ができた時に、レプリカではない独自の作品を生み出せるようになるというのだ。</p>



<p>そんな教えを守りチェ・ジェホさんは今でも、個展や商談で訪れる先に美術館や博物館があれば立ち寄るようにしていると話す。東京国立博物館や日本民藝館にもよく訪れるのだとか。オリジナル作品の作陶で忙しい今でも、<strong>インプットする時間を何よりも大切にしている。</strong></p>



<h3 class="wp-block-heading">独立で覚悟を決めた代表作作り</h3>



<p>弟子入りしてから2年半が過ぎたころ、師匠が他界するという不運が訪れた。独立への十分な備えがあったとは言えなかったが、白磁作家としての一歩を踏み出すことに。独立するにあたり、大学時代のレポートで感銘を受けた「満月壺」を自身の代表作に据える覚悟を決めた。この時から今でも理想の曲線と表面の風合いを求め作陶する日々が続く。</p>



<h2 class="wp-block-heading">チェ・ジェホさんの白磁</h2>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/03/FXT46675-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-35962" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/03/FXT46675-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/03/FXT46675-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/03/FXT46675-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/03/FXT46675.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p> </p>



<p>そもそも白磁とは陶芸の中でも「磁器」に分類される焼物で、陶石と呼ばれる石が主な原料。透明の釉薬をかけ白色に焼き上げるのが特徴で、鮮やかな絵付けなどを施した佐賀県の「有田焼」や石川県の「九谷焼」でよく知られている。</p>



<p>チェ・ジェホさんの白磁作品には、鉄分の少ない3種の土を用いる。陶芸用の白磁粘土に佐賀県有田の陶石や作品に独自の白色を引き立たせる韓国の粘土カオリンなどを混ぜる。鉄分を含まない透明釉により素地の白色を乳白色のニュアンスに変化させ光を通すと、白磁の凛としたツヤの中にやさしさを携えた透明感が生まれる。</p>



<p>制作時に、寸法は一切計らない。はじめに重さを計った後は、自身の<strong>手指の感覚のみで、ギリギリまで薄くして、自然的な歪みも含めたラインの美しさを大切にする。</strong>作品として飾るだけではなく、薄く軽いため使い勝手が良いこと。また白の引き算の効果で、草木花を上品に美しく引き立たせることは言うまでもない。</p>



<h2 class="wp-block-heading">代表作「満月壺」</h2>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/03/FXT46686-1-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-35965" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/03/FXT46686-1-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/03/FXT46686-1-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/03/FXT46686-1-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/03/FXT46686-1.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p> </p>



<p>満月壺とは両腕で抱えるほどの大きさの壺だ。形が満月を思わせるので「満月壺」と呼ばれている。朝鮮王室が白磁を王室専属磁器とされた時代から伝えられる技法で、繊細なラインと大きな膨らみを持つ独特な曲線が見る人に癒しを与える。「胴継ぎ」と呼ばれる制作手法で、2つの椀型の原型を、上下繋ぎ合わせたあと窯で焼く。完全な球体にはならないが、圧倒的な膨らみと自然な歪みがうまれ、素朴な中に温かみと力強さが同居する。壺が放つおおらかな優しさに魅了される人が多く、白磁に魅せられた人々は行きつく先がこの満月壺の所有欲の沼なのだそうだ。</p>



<p>チェ・ジェホさんは満月壺に機械的に造られた綺麗なものには無い、手作りだからこそ生まれる風合いを表現し、朝鮮時代を生きた陶工たちの息遣いを感じさせることを意識している。満月壺からにじみ出る「温かみ」はどこか赤子を抱く母のぬくもりに似たやさしさがある。物でありながら人間らしさを感じさせる魅力は陶工たちがものづくりに込めた思いがこもっているからこそ。これを「色気」と表現し、自分なりの解釈で唯一無二の色気を満月壺に宿すことにこだわる。</p>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/03/FXT46657-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-35968" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/03/FXT46657-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/03/FXT46657-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/03/FXT46657-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/03/FXT46657.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p> </p>



<h2 class="wp-block-heading">日本での成功をつかむまで</h2>



<p>日本に移住して作品作りを始めた当初は、お金もなく細々と手に入れた古民家の改修をしながら作品作りをする毎日。日本での知名度もなく「チェ・ジェホ」の名では作品が売れない。しばらくすると作品を作る原資すら無くなり途方に暮れた。いったい自分は何を目指しているのか、分からなくなる瞬間があったという。</p>



<p>ふと我に返り浮かんだのは「自分の考える、自分らしい白磁を作ろう」という思いだった。何かをまねるのではなく、見たもの感じたものの先にある自分の解釈を表現することが重要だと教えてくれた恩師の言葉を思い出し、朝鮮白磁がこうあるべき、という思い込みを捨てた。自分自身の解釈を投影する作品作りに振り切ったとき、「自分のつくりたい白磁」の解を得た。チェ・ジェホさんの迷いは消えて、作品作りへの自信がみなぎったという。</p>



<p>満を持してたどり着いた自分流の答えをもって、流行の中心である東京のギャラリーやショップへ売り込んでまわる日々が続いた。抱える白磁作家がいるからと断られることがほとんど。そんな中、とある古美術店の店主がチェ・ジェホさんの白磁を気に入り取り扱いが決まった。つづけて同店で個展を開くと、その評判はお客さんを通じて広まり、2008年ごろになると東京でも別のギャラリー主の耳に届くように。とんとん拍子でいくつかの有名ギャラリーで個展が開けるようになっていった。</p>



<p>駆け出しの頃は東京と山口の往復を続けながら、陶芸に強い関心を持つ日本の風土とまだ見ぬ将来顧客との出会いに胸を膨らませて心を弾ませていたと話す。</p>



<h3 class="wp-block-heading">チェ・ジェホの白磁がさらに広く知られたきっかけ</h3>



<p>日本での評価を受けはじめたチェ・ジェホさんの作品は、ギャラリーやショップだけでなくNHKの美術番組でも取り上げられ、注目を浴びることとになった。2020年「白磁」のテーマ回で、白磁界の大家・黒田 泰蔵氏、人間国宝の井上 萬二氏に名を連ねた。両者に並んで40代の外国人作家としての紹介には、本人も驚いたという。これまで自分が信じてのめり込んできた「チェ・ジェホの白磁」を日本が認めてくれたことを実感する瞬間だった。</p>



<h2 class="wp-block-heading">独自の白が生み出すおしゃれ感をめざす</h2>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/03/FXT46699-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-35971" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/03/FXT46699-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/03/FXT46699-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/03/FXT46699-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/03/FXT46699.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p> </p>



<p>満月壺以外にも、年代を問わず毎日使ってもらえるような「生活に溶けこむ作品」作りも大切にしている。普段使いのマグカップや中皿、酒器、花器、中国茶器など幅広いバリエーションがある。シンプルで独特な質感が、ただの白ではなくおしゃれ感を醸し出す。白といってもその種類は様々で、チェ・ジェホさんが生み出す白は温かみを感じさせる。酒器や皿の中央にぽつんと佇む「人型」のワンポイントシリーズは若い層の顧客を中心に人気がありチェ・ジェホさんの遊び心を感じさせる作品だ。</p>



<p>使い手に愛され育てられたことによって、後天的に生まれる風合いの変化が美しいとされる朝鮮白磁を基礎に学んだからこそ生まれる発想で作品を生み出していく。</p>



<p>朝昼晩と移りゆく光に映える器を想像し、使い手のあらゆる利用シーンに馴染むよう、自身の感覚を頼りに、あえて指の筋跡を残す。<strong>目で見る凛とした佇まい、持って伝わる柔らかい曲線が醸し出す色気</strong>は、現代デザインとして目の肥えた人にも通用すると考えている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">アートシーンへの挑戦、黒と白の世界</h2>



<p>2019年には、ニューヨークを拠点にペインティングやネオン、写真やビデオといった多岐にわたる素材を用いて制作するアーティスト、グレン・ライゴン氏からの熱烈オファーを受けて、コラボ制作が実現した。ファッションブランド「HYSTERIC GLAMOUR」が運営するギャラリー「RAT HOLE GALLERY」で、ライゴン氏のルーツを表現するものだ。近代美術やコンセプチュアル・アートに基づく作品を制作しているライゴン氏からの依頼は、「象徴的な白の満月壺を『黒』で表現すること」。</p>



<p><strong>白磁作家が紡ぐ、漆黒の満月壺は荒々しい表面感と白磁の満月壺との対比が素晴らしく、話題を集めた。</strong></p>



<h3 class="wp-block-heading">誰もチャレンジしたことのない「黒の世界」</h3>



<p>完成した黒い満月壺は、どこか宇宙を彷彿とさせる。遠くからみると吸い込まれそうなほど漆黒の重みがある。近づいて見ると、光の届かない月面の裏側や、凍った雪の表面のような凹凸があり、力強い作品に仕上がった。仮称として黒磁（こくじ）満月壺と呼んだ。</p>



<p>「静と動」「始まりと終わり」を、黒で出す引き算と白で出す引き算の対比が、現代アートとして象徴的に表現された。従来、満月を思わせる伝統的な形状と乳白色が特徴の満月壺の表現を拡張させることに成功した。</p>



<p>他のどの白磁とも違う、チェ・ジェホさんが生み出す「チェ・ジェホの白磁」は朝鮮が紡いだモノづくりの情熱とそれを新たな時代の表現に昇華させたハイブリッドな存在感で手に取る人の心をなぜか温かくする。</p>



<p>「白磁には色気が無いと魅力がない」とチェ・ジェホさんは語るが、確かにえもしれぬ妖艶さを秘めた温かさの沼にはまっていく。近づけば近づくほど表情を変える壺の魅力は作家チェ・ジェホの人柄を映し出しているようだ。これからも朝鮮白磁の魅力をチェ・ジェホ流の白と質感で表現し続けていく。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/35951/">朝鮮白磁の美しさを日本から発信する山口県の陶芸家 チェ・ジェホ（崔在皓）さん/山口県周南市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>現代の住まいに合った急須を作る。京焼・清水焼作家の中村譲司さん/京都府京都市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 03 Feb 2023 01:00:01 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/2DS0598_atari-1024x682.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>湯呑み茶碗に比べて、お気に入りの急須を見つけるのは案外難しい。そんな中ひそかな人気を集めているのが、陶芸展での入賞経験が多く、アート作品の制作も行う京焼・清水焼作家の中村譲司さんの急須だ。中村さんの器は、どれも現代の住ま [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/2DS0598_atari-1024x682.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>湯呑み茶碗に比べて、お気に入りの急須を見つけるのは案外難しい。そんな中ひそかな人気を集めているのが、陶芸展での入賞経験が多く、アート作品の制作も行う京焼・清水焼作家の中村譲司さんの急須だ。中村さんの器は、どれも現代の住まいになじむデザインが重視されている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">大学進学を機に、大阪から京都へ。在学中から陶芸展に入選</h2>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/2DS0569_atari-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-35047" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/2DS0569_atari-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/2DS0569_atari-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/2DS0569_atari-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/2DS0569_atari.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /><figcaption class="wp-element-caption"><em>/</em></figcaption></figure>



<p>大阪府出身の中村譲司さんは、美術系の高校を卒業後、京都精華大学芸術学部で陶芸を学ぶため、18歳で京都に来た。大学卒業後は京都府宇治市炭山で陶芸家の河島浩三氏・喜信氏のもとに弟子入りし、3年間住み込みで修業に励んだ。<strong>器などの実用的な陶芸のノウハウを身につけたこの期間は、自身にとって重要な原点だった</strong>と振り返る。</p>



<p>中村さんは<strong>大学在学中から、陶芸家の登竜門と位置づけられている朝日陶芸展に入選</strong>する実力の持ち主で、修業期間中もいくつかの公募展で入選・入賞を果たしている。本来、弟子入り期間中は展覧会への出品が禁じられているそうだが、空き時間さえあれば制作に打ち込み、作品を作り続ける中村さんの熱心さを見て師匠たちも黙認してくれていたという。</p>



<p>その後、京都市山科区の清水焼団地や母校・精華大学の非常勤講師の仕事と並行して主にアート作品の制作を行っていた期間を経て、中村さんは<strong>2012年、清水焼発祥の地としても知られる五条坂に、アート制作とは別に実用品の生産ラインとして稼働する工房「G-studio」を設立</strong>。結婚を機に実用品も手がけていこうと決めたのだというが、結果、中村さんの作風の幅はより広がっていくことになる。</p>



<h2 class="wp-block-heading">京焼・清水焼の中心地に工房を構える</h2>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/2DS0504_atari-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-35050" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/2DS0504_atari-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/2DS0504_atari-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/2DS0504_atari-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/2DS0504_atari.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>中村さんが工房を構えた京都市東山区にある<strong>五条坂</strong>界隈は、江戸時代半ば頃から清水坂とともに清水寺の門前として栄えた地域で、参拝客への土産物として焼き物が生産・販売されていた。柳宗悦らとともに民藝運動家として活躍した陶芸家・河井寛次郎が拠点としていたのも五条坂だ。</p>



<p>自分の工房を構えるなら、五条坂周辺で。中村さんは独立前からそう決めていたという。<strong>他府県出身で、窯元の跡取りでもない新参者だからこそ、京焼・清水焼の中心地でやる</strong>。「五条坂」という選択には、京都の作家として生きていくのだという覚悟が込められていた。</p>



<p>実際、この地を拠点としたことで、多くを学べたという。</p>



<p>周囲にも陶芸家が多く、<strong>いろいろな作家とのつながり</strong>ができただけでなく、ホテルやゲストハウスが建ち並んでいるこのエリアでは、<strong>国内外からの観光客と関わる機会</strong>も多かった。そこで得た刺激や気づきから、新たな作品が生まれることも。<strong>いまや中村さんの代表作となっている茶器も、そうしたきっかけから作られた</strong>。</p>



<h2 class="wp-block-heading">中国人観光客がきっかけで始めた茶器の制作</h2>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="680" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/IMGP2138-fushimisatoshi-1024x680.jpg" alt="" class="wp-image-35059" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/IMGP2138-fushimisatoshi-1024x680.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/IMGP2138-fushimisatoshi-300x199.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/IMGP2138-fushimisatoshi-768x510.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/IMGP2138-fushimisatoshi.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>インバウンドが活況だった頃、世界各地から訪れる観光客の中でも特に目立っていたのが中国人の姿だった。それならと中国茶を淹れる<strong>茶器</strong>を作ってみたところ、中国人観光客はもちろん日本人にも好評だった。以来、<strong>急須は中村さんの代表作のひとつとなった</strong>。</p>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="768" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/b64307f69919ce565fbf5889ef94831f-1024x768.jpg" alt="" class="wp-image-35068" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/b64307f69919ce565fbf5889ef94831f-1024x768.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/b64307f69919ce565fbf5889ef94831f-300x225.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/b64307f69919ce565fbf5889ef94831f-768x576.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/b64307f69919ce565fbf5889ef94831f.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /><figcaption class="wp-element-caption">白翠結晶銀彩急須</figcaption></figure>



<p>とりわけ特徴的なのは、その大きさ。<strong>中国茶の急須をほうふつとさせる、一般的な急須よりも一回り近く小ぶりなサイズ</strong>は、「寒い日の休憩時間に、1杯だけ淹れるのにちょうどいい急須が欲しい」と思っていたことから生まれたそうだ。大きな急須で1杯分を淹れるのは難しく、お茶っ葉も無駄になってしまうので、重宝しているという。</p>



<p>「<strong>白翠結晶急須（はくすいけっしょうきゅうす）</strong>」「<strong>覆黒銀彩急須（ふっこくぎんさいきゅうす）</strong>」など、作品には色にちなんだ名前をつけることが多い。デザインにどことなくアジアの雰囲気も感じられるのは、李氏朝鮮時代のものが好きで、自らもコレクションしているという中村さんの好みが反映されているからだ。同時に、蓋がぴったりと閉まるなど手仕事の細やかさにもこだわって、日本の工芸作品の魅力や京焼のエッセンスが感じられるようにしているという。</p>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="768" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/P1011926-1024x768.jpg" alt="" class="wp-image-35073" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/P1011926-1024x768.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/P1011926-300x225.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/P1011926-768x576.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/P1011926.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /><figcaption class="wp-element-caption">覆黒銀彩急須</figcaption></figure>



<h3 class="wp-block-heading">急須をやる人は少ない。だからからこそ作る意味がある</h3>



<p>陶芸家の中でも、湯呑み茶碗に比べて<strong>急須を手がける人は、そう多くはない</strong>ようだ。焼き物の中でも<strong>パーツが多く、制作に手間がかかる</strong>分、あまり作りたがる人がいないのではないかと中村さんは話す。</p>



<p>だからこそ中村さんは急須に力を入れてきた。最近では、個展や展覧会でも急須の制作を求められることが多いという。</p>



<h2 class="wp-block-heading">器作りのコンセプトは「建物に合わせて作る」。現代の暮らしに寄り添ったデザインに</h2>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="768" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/P1011650-1024x768.jpg" alt="" class="wp-image-35096" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/P1011650-1024x768.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/P1011650-300x225.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/P1011650-768x576.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/P1011650.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>洋室のテーブルにもなじみそうな急須をはじめ、現代の居住空間に合わせても違和感のない中村さんの器は、「<strong>建物に合わせて作る</strong>」というコンセプトで作られている。このコンセプトは、学生時代から暮らしている京都の街で培われた。</p>



<p>「京都には町家の住まいが多いですが、入ってみると中はすっかりリフォームされていて、洋室になっていることも多いです。京都に限ったことではなく、昔ながらの昭和の家をリフォームした家も同じかもしれません。それに、マンション住まいの人も増えています。生活様式が変わったことで住まいのデザインも変化し、それに伴ってインテリアも変わる。<strong>器もインテリアの一部なので、変貌を遂げてきた日本の住まいに合う器を作りながら『現代の食卓』を提案していきたい</strong>と思っています」</p>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="768" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/P1012198-1024x768.jpg" alt="" class="wp-image-35101" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/P1012198-1024x768.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/P1012198-300x225.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/P1012198-768x576.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/P1012198.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>高校時代、進路を選ぶ際にも<strong>陶芸と建築</strong>で迷ったという中村さんだが、大学で陶芸を始めてから、2つのジャンルは密接につながっていると感じたという。実用的な陶器の多くは建物の中で使われるものだし、街なかのオブジェなども建物とともに風景を形作ることが多いからだ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">リゾートホテルで手がけた、京都の庭園に見立てたパフェのための抹茶碗</h3>



<figure class="wp-block-image size-full is-resized"><img decoding="async" width="650" height="465" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/image-2.png" alt="" class="wp-image-35108" style="width:902px;height:645px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/image-2.png 650w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/image-2-300x215.png 300w" sizes="(max-width: 650px) 100vw, 650px" /></figure>



<p>【アマン京都 ザ・リビング パビリオン by アマン】「庭パフェ Zen Garden」(2021年 初夏)</p>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/5d033224739e902c9fc5d0e75ccbd083-1024x682.png" alt="" class="wp-image-35111" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/5d033224739e902c9fc5d0e75ccbd083-1024x682.png 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/5d033224739e902c9fc5d0e75ccbd083-300x200.png 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/5d033224739e902c9fc5d0e75ccbd083-768x512.png 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/5d033224739e902c9fc5d0e75ccbd083.png 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /><figcaption class="wp-element-caption">【ザ・リビング パビリオン by アマン】</figcaption></figure>



<p>住空間だけでなくリゾート施設で使われる器の制作でも、中村さんはその手腕を発揮している。</p>



<p>2021年には京都市北部の自然豊かなエリア、鷹峯（たかがみね）にあるリゾートホテル「<strong>アマン京都</strong>」にて、新緑の季節に<strong>期間限定で登場するデザート用の茶碗</strong>を作った。そのデザートとは、ホテル内にある美しい苔庭を一望するレストラン「ザ・リビング パビリオ ンby アマン」で提供する、禅庭に見立てて作られたパフェ。そのパフェを盛り付けるため中村さんが作ったのは、「<strong>黒寂幽玄（こくじゃくゆうげん）</strong>」という抹茶碗だった。</p>



<p>器の色は、ホテルのデザインともリンクした黒。中村さんの作品でもしばしば用いられる漆黒の釉薬で、鮮やかな緑をしっかりと受け止めるような、揺るぎない強さと深さを感じさせる器を完成させた。</p>



<h2 class="wp-block-heading">京都人としてのアイデンティティーが育ってきた</h2>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/IMG_4477-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-35126" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/IMG_4477-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/IMG_4477-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/IMG_4477-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/IMG_4477.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /><figcaption class="wp-element-caption">京展 護具 風神雷神</figcaption></figure>



<p>2013年には日本画家・上村松園など、日本を代表する作家を多数輩出してきた京都市主催の公募展「<strong>京展</strong>」でオブジェ「<strong>護具〜風神雷神〜</strong>」が<strong>京展賞</strong>を受賞。2018年には、地方の作家の発掘を目的に開催されている「<strong>日本陶磁協会奨励賞関西展</strong>」では「<strong>覆黒銀彩茶器揃（ふっこくぎんさいちゃきそろえ）</strong>」が<strong>奨励賞</strong>を受賞。中村さんはアート作品、実用品の両方で公募展での受賞を果たし、京都の焼き物界の新時代を担う作家のひとりとして活躍中だ。</p>



<p>京都に来てから20年以上が過ぎ、ようやく自分を「京都人」と言ってもいいような気がしてきた、と中村さんは言う。中村さんが作る器や茶道具は「繊細な作風が京都っぽい」としばしば評されるそうだが、陶芸家として独立したばかりの頃は、中村さん本人は自分が京焼・清水焼の作家だと強く意識したことはなかったという。</p>



<p>というのも、信楽焼や有田焼などと違って、<strong>京焼・清水焼には技法や原料などにきまりがない</strong>。その分「自分の作品が京焼だ」といったアイデンティティーは持ちにくく、中村さん自身の認識としては、作りたいものを作っていただけだった。</p>



<p>しかし五条坂で独立し、たくさんの作家と交流する中で、中村さんは次第に「京都らしさ」を意識するようになった。</p>



<p>「京都に暮らしていると、『この人はいかにも京都の作家だな』と感じる人に出会うことがあります。作品が醸し出すものに共通するものがあり、<strong>京都に暮らし、京都の風景や空気、人に触れ、歴史を知ることなどを通して『京都の精神』が染みついて生まれる作品が京焼・清水焼ではないかと思っています。</strong>自分が作るものにもそういうものが出てきているように感じてもらえたら嬉しい。」</p>



<h3 class="wp-block-heading">国内外の陶芸美術館に収蔵されている作品も</h3>



<p>京都で過ごした約20年、とりわけ五条坂の地で吸収したものが、中村さんを京都の作家にした。</p>



<p>その手から生み出された、繊細なようでいて揺るぎない強さをたたえた作品は、<strong>世界のタイル博物館</strong>（愛知県常滑市）、<strong>市之倉さかづき美術館</strong>（岐阜県多治見市）、<strong>ファエンツァ国際陶芸美術館</strong>（イタリア）といった陶芸関連の美術館のほか、京都市左京区の寺院・<strong>法然院</strong>にも収蔵されている。</p>



<p>現代の暮らしに合わせて生み出された中村さんの茶器は、人の動きが活発化し、世界有数の観光地として再始動しだした京都の街で、訪れる人たちに新鮮な感動を与えてくれ、国境も軽やかに越えて行くはずだ。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/35039/">現代の住まいに合った急須を作る。京焼・清水焼作家の中村譲司さん/京都府京都市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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