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	<title>山梨県 - NIHONMONO</title>
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	<description>「にほん」の「ほんもの」を巡る旅マガジン</description>
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	<title>山梨県 - NIHONMONO</title>
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		<title>“一途に育てて半世紀”トマト農家の新たなる挑戦「ヨダファーム」／山梨県中央市</title>
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		<pubDate>Sun, 22 Mar 2026 04:33:37 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[新着記事]]></category>
		<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[農業]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/export2.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>甲府盆地の中央部に位置する山梨県中央市は、日照時間の長さとミネラルが豊富な水を活かし昔から農業が盛んな地域。この地でヨダファームはトマト一筋でつくり続けること約半世紀。娘婿の功刀隆行（くぬぎたかゆき）さんが加わり6年、ト [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/export2.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>甲府盆地の中央部に位置する山梨県中央市は、日照時間の長さとミネラルが豊富な水を活かし昔から農業が盛んな地域。この地でヨダファームはトマト一筋でつくり続けること約半世紀。娘婿の功刀隆行（くぬぎたかゆき）さんが加わり6年、トマトの美味しさを伝えるべく日々奮闘している。</p>



<h2 class="wp-block-heading">義父の育てたトマトの味</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/export4.jpg" alt="" class="wp-image-54166" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/export4.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/export4-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/export4-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>ヨダファームに功刀さんが就農するきっかけとなったのは、農園長である依田克己（よだかつみ）さんの娘である妻との出会いだった。結婚の挨拶で訪問した際、義父である克己さんの育てたトマトを食べ、その美味しさに感銘を受けたという。しかし、「トマトづくりは自分の体力が尽きたら終わりだ」という克己さんの言葉に、高齢化が進む農業界の実態を痛感する。功刀さんは「こんなに美味しいトマトを終わらせることはできない」と一念発起。13年間勤めた農業協同組合の退職を決意し、後継者となるため就農を果たした。</p>



<h2 class="wp-block-heading">トマト一筋、こだわりの品質</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/IMG_0683_batch.jpg" alt="" class="wp-image-54167" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/IMG_0683_batch.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/IMG_0683_batch-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/IMG_0683_batch-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>60年の歴史を持つヨダファームでは、代々「桃太郎トマト」に品種を絞ってトマトをつくり続けてきた。桃太郎トマトは甘みと酸味のバランスの良さが特徴の大玉トマト。フルーツトマトなど甘みの強い品種が好まれる中「甘さだけではない」トマトづくりを追及してきたのだという。味が濃く、はじけるような瑞々しさ、皮の薄さや実とゼリー部分のバランス、それら細部に至るまでこだわり抜かれているのがヨダファームのトマトなのだ。</p>



<p>「量産するのではなく“質”に重きを置いてきた」というトマトづくりには、随所に長年培ってきた工夫がみられる。本来であれば1本の苗から約70個のトマトが実るところをその半量に制限し、1個に対して2個分の旨味と栄養が凝縮された濃厚な味わいのトマトをつくりあげている。他にも自然に近い状態でトマトを育てるため、農薬の使用に細心の注意を払いながら受粉を担うマルハナバチの活動を妨げない環境づくりへの取り組みも行っている。このような品種を限定したトマトづくりの裏には、「様々な品種に栽培のリソースを分散させるのではなく、これまで積み上げてきた経験を最大限活かして質を高めていく」というこだわりが詰まっている。そしてその思いは克己さんから功刀さんへ、二代にわたって受け継がれているのだ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">水耕栽培で育つトマトの味は？</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/export3.jpg" alt="" class="wp-image-54168" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/export3.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/export3-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/export3-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>克己さんの先代から続くヨダファームは、当初土に植えて育てる土耕栽培をしていた。しかしこの手法には土に含まれる細菌や病害虫の影響を受けやすく、対策として消毒や農薬に多くのコストがかかるという難点がある。より美味しく安全なトマトをつくるため、克己さんは当時まだ日本ではあまり普及していなかった水耕栽培に挑戦。水と肥料分を溶かした培養液を流して作物の根に伝えて栽培する方法で、農薬を最小限に抑えられることが大きなメリットだ。まだ、水耕栽培を始めた当初は「水を与えれば大きくなるが、味が薄い」という悪いイメージが強かったという。土とは異なり乾かすことができないため水の与えすぎには注意が必要であるが、日差しが強い時にあえて水やりを抑えてストレスをかけることで、トマト本来の甘味を引き出している。2棟あるビニールハウスの中は夏になるとかなりの暑さとなるが、その中でもエアコンを付けずに日光を取り込み続けて光合成を促すことで、糖度5〜6度と甘みの強いトマトが出来上がるのだ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">「美味しいトマトを届けたい」クラウドファンディングの始動</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/IMG_4583_batch.jpg" alt="" class="wp-image-54169" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/IMG_4583_batch.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/IMG_4583_batch-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/IMG_4583_batch-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>「義父がこだわって育てたトマトの美味しさを、より多くの人に届けることはできないだろうか」。功刀さんは更なるビジネスルート拡大のため、全国から農家が集う都内の青山ファーマーズマーケットにも出店し、直販を行った。新鮮で美味しい野菜や果物を求める食通のユーザーが多く足を運ぶ市場であるが、お客さんと対話できるのはわずか30秒ほど。「トマトの質には自信があるし、相応の売上げは立つが、その“思い”までは伝えることができなかった」と功刀さんは話す。どうにか生産に込めた思いを伝える術はないのか。そんな中スタートすることとなったのが、クラウドファンディングサービス「Makuake」でのプロジェクトだった。</p>



<p>Makuakeは商品に込めた思いやこだわりをプレゼンし、商品やサービスに対して応援したいと感じた人が出資をしてくれるシステム。ヨダファームのプロジェクトは2019年8月の第1回から始まり、第9回まで回数を重ねる中で総サポーター数は3000名を超え、応援総額は約2400万円にまで及んだ。Makuakeの加工品プロジェクトでは、トマトを程よく乾燥させることで旨味を凝縮させつつ、フレッシュでジューシーな味わいをバランス良く残した「レアドライトマト」づくりを。他にも新ジャンルとして挑んだ、調味料･ソース･ドレッシングなどにアレンジを効かせられる「トマトの『み』」や、無水で調理した「トマト糀カレー」など、創意工夫を凝らした数々の商品を展開していく。料理研究家の友人のアドバイスをもとに試行錯誤を重ね、パッケージは高校時代の同級生にデザインを任せるなど、周囲の協力を得ながら商品の開発を進めていったという。加工品プロジェクトの中でも特に高い支持を得た「トマトケチャップ」、「トマト塩糀」、「バーベキューソース」は、現在もヨダファームのwebサイトで販売数の多い人気プロダクトに成長した。昨今では「美味しい」という商品の感想から、「調子はどう？」といった知人の支援者から何気ない励ましのメッセージが届くことも多く、Makuakeのプロジェクトを成功させて以降、既存顧客との関係性が濃くなっている実感があるのだと、功刀さんは嬉しそうに話す。</p>



<h2 class="wp-block-heading">トマト本来の味が活きる商品づくり</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/IMG_4584_batch.jpg" alt="" class="wp-image-54170" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/IMG_4584_batch.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/IMG_4584_batch-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/IMG_4584_batch-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>功刀さんが新たな加工品の開発に挑むこととなったもうひとつの理由は、大量に生じてしまうフードロスの問題だった。年間生産量の約10％、重さにして5トンにも及ぶ規格外品のうち、市場に出すことのできないものは泣く泣く畑の肥料となっていたという。形は悪くとも、味のポテンシャルは十分に高い。自信のある品質だからこそ、加工の際に添加物など余計なものは一切使わず、トマトの本来の味を活かせるよう工夫を凝らしている。2020年には功刀さんのフードロス削減に対する思いに共感を得た企業との初コラボレーションが実現。その中でも反響が大きかったのは日本酒銘柄「七賢」を醸造する山梨銘醸と共同開発し、造り酒屋の塩糀と組み合わせた「トマト塩糀」だ。塩糀と絶妙な割合でブレンドすることで、トマト本来の味が引き立つ仕上がりとなり、支援者をはじめ多くのユーザーから好評を得た。他にも「とろけるトマトケチャップ」は七賢の醸造に使用している糀に加え、同じく県内企業であるアサヤ食品のワインビネガーを使用。規格外品となったトマトを完熟させ、一瓶に約10個分使用したトマトの存在感が抜群のケチャップとなっている。様々なコラボ商品を手掛けつつも、「トマトが主役になる」というこだわりは常に大切にしているそうだ。</p>



<p>とは言え目新しい商品の考案に励むあまり、「奇をてらいすぎた商品だ」と率直な意見が返ってくることもしばしばあったのだそう。斬新さも必要だが、あくまでも歴史あるヨダファームのトマトの良さを活かせるようなバランスが肝心。商品開発から学ぶことは非常に多かったと、功刀さんは当時を振り返る。</p>



<h3 class="wp-block-heading">農家の逆境の中で</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/export16.jpg" alt="" class="wp-image-54171" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/export16.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/export16-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/export16-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>昨今の世界情勢において、資材費や光熱費の高騰による生産意欲の低迷、高齢化に伴う農業者の減少は日本の大きな課題となっている。これらが要因となり市場に出回る農産物は“質”ではなく、より効率性を追求した“量”が重視される現実を功刀さんは市場で目の当たりにした。高品質を保つことをモチベーションに品種や生産量も制限してきたヨダファームにとっては向かい風とも言える状況と言えるだろう。そういった意味でも、生産者が値段を決めることができない一般市場ではなく、自分たちでトマトの負荷価値を値段に反映して販売できる直販やクラウドファンディングの実施は、非常に実りの多い取り組みだったに違いない。クラウドファンディングの活動が県内スーパーの目に留まり、ヨダファームのトマトを求めて声がかかることもあったという。2023年の春にはほとんど一般流通ではなく、独自の販売ルートを開拓するまでにこぎ着けた。</p>



<h3 class="wp-block-heading">美味しいものを評価してもらえるような機会をつくりたい</h3>



<p>功刀さんは今後、より直接お客さんと繋がることができる体験型の企画を提案していきたいと語る。直近のMakuakeのプロジェクトでは、リターンとして「初代ヨダファーム農民権」と題した農業体験チケットを考案。実際に農作業をして採れたてのトマトを味わえる収穫体験のほか、商品の割引や野菜のサブスクリプション購入などの特典を設けている。加えてカフェ兼加工工場の建設も予定しており、収穫したての新鮮なトマトをその場で調理して食べてもらえるようなサービスの展開も視野に入れているのだとか。オンラインでの交流という段階から、実際に現地へ足を運んでもらうという新たなフェーズへ。「農家のリアルを感じてもらいたい」という功刀さんの理想が、より現実味を増してきた。</p>



<h2 class="wp-block-heading">ヨダファームだからつくることができるトマトの価値を</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/export7.jpg" alt="" class="wp-image-54174" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/export7.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/export7-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/export7-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>トマトを手に取る時、食味･栽培過程･価格など、消費者の購買理由は様々だろう。その中でもヨダファームのトマトが選ばれ続けている理由は、ここまで述べてきたように半世紀に及んで培ってきたノウハウと、“美味しいものをつくりたい”という思いが詰まっているから。克己さんは過去に海外まで赴き、トマトづくりを学んだこともあるそうだが、そういった職人の蓄積された経験とスキルに、斬新な展開やクラウドファンディングへの挑戦をする功刀さんのような発信者の力が掛け合わさることで、トマトの新しい価値を提唱している</p>



<p>流通や担い手の問題など、こうした課題は決してトマトに限ったことではない。課題解決に向けて、まずは普段食べている野菜のつくり手の思いに触れる機会を設け、様々な人の苦労や関わりがあってこそ、安全で美味しい製品がつくられているということ。また従来の量産･出荷のスタイルに固執せずとも、柔軟な発想を取り入れた新しいスタイルで持続可能な農業を築いていけることを、自身の取り組みを通して多くの人に伝えたいと功刀さんは語る。</p>



<p>農産物の価値が見直され、農家が潤い、さらに質の良い野菜が生産されていく。その先に国内の食糧自給率や就農者の増加といったあらゆる好循環を生み出していける未来が待っているのではないだろうか。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/54160/">“一途に育てて半世紀”トマト農家の新たなる挑戦「ヨダファーム」／山梨県中央市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>清里の地だからできたこと「有限会社農業法人清里ジャム」／山梨県北杜市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 02 Feb 2026 10:38:45 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[農業]]></category>
		<category><![CDATA[ジャム]]></category>
		<category><![CDATA[白桃のジャム]]></category>
		<category><![CDATA[コーディアル]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/export1.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>ペンション経営の為に移住してきたところから始まった清里ジャムは、独自の製法にこだわるジャムやコーディアルなど多くの人に受け入れられる商品を生み出した。これまで多くの開拓者を受け入れてきた歴史を持つ「清里ならではの風土があ [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/export1.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>ペンション経営の為に移住してきたところから始まった清里ジャムは、独自の製法にこだわるジャムやコーディアルなど多くの人に受け入れられる商品を生み出した。これまで多くの開拓者を受け入れてきた歴史を持つ「清里ならではの風土があったからできたこと」と語る社長・佐野間 芳樹（さのま よしき）さんの商品開発を続ける原動力とは。</p>



<h2 class="wp-block-heading">ペンション経営から始まったジャム作り</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/export3.jpg" alt="" class="wp-image-53932" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/export3.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/export3-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/export3-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>八ヶ岳南麓の山梨県北杜市清里地域、萌木（もえぎ）の村の一角にある「有限会社農業法人清里ジャム」。ここには「フルーツをそのまま食べているみたい」という感想が寄せられる程みずみずしい果実を味わえるジャムがある。</p>



<p>「余計なことをせず、素材の味を生かす」そう話すのは有限会社農業法人清里ジャムの代表取締役社長・佐野間芳樹（さのまよしき）さん。</p>



<p>製造の効率ではなく「誠実さ」を大切にすることをモットーにジャム作りを続けている。佐野間さんが「清里ジャム」の工房を立ち上げたのは2003年。30代前半でこの地へ移住し立ち上げたペンション事業の食材作りを始めたことがきっかけだった。</p>



<h3 class="wp-block-heading">清里で第二の人生を</h3>



<p>群馬県に生まれ、大学進学の際に上京し、後にファッション業界を志して専門学校へ進学した佐野間さん。卒業後は某有名ファッションデザイナーの下でデザイン業務を行っていた。やりがいのある仕事だったが、常にトレンドを追いかける目まぐるしい日々に次第に行き詰まっていったという。</p>



<p>故郷のような自然の中で仕事をしたいと思い、当時ブームだったペンション経営の道に進むことを決意。八ヶ岳周辺で物件を探しているところで清里と出会い、この土地でペンション事業を行っていく事を決心した。</p>



<h3 class="wp-block-heading">農業への興味</h3>



<p>ペンションで提供する料理に必要な食材が上手く手に入らなかったことから、まずは自身で農業を始めたと当時を振り返る佐野間さん。</p>



<p>初めはハーブや野菜などの食材を作っていたが、次第に農業へのめり込むようになっていく。「仕方がないので食材を自分で作ってしまおうと始めた農業でしたが、結構うまく行ったんですよね。元々興味もあったので、勉強しながら作る物も広げていきました」。清里の土地に合う農作物を探し試行錯誤を重ねた結果、辿り着いたのがブルーベリーだった。</p>



<p>観光農園として本格的に栽培をスタートし、収穫したもので作った自家製のブルーベリージャムをペンションの食事で提供してみると、利用客から好評の声が多く寄せられるように。近隣のホテルなどからも仕入れの要望が舞い込むようになったこともあり、いよいよ本格的に製品化へ踏み切ることとなる。<br></p>



<h3 class="wp-block-heading">清里の受け入れる風土と拡大するジャム事業</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/export4.jpg" alt="" class="wp-image-53933" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/export4.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/export4-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/export4-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>宿泊業に並ぶ柱として、加工品の市場へ事業を開拓しはじめた佐野間さん。さらにその背中を押すこととなった転機が訪れたのが2003年、当時の高根町町長の発想で始まった萌木の村内施設建設の話を持ちかけられたことだった。</p>



<p>「当時の町長が非常に意欲的で聡明な人でした。元々地域の特性として酪農やその生産物であるミルクなどに力を入れていましたが、それ以外の特産品作りや農業へ尽力してくれたんです」</p>



<p>牛乳以外の特産品を作る。佐野間さんはそのミッションを果たすべく、町長直々に推薦を受けてジャム作り事業としてエントリー。その結果見事採用され、ペンションで消費する分だけの小規模だったジャム作り事業を拡大することになり、「有限会社農業法人清里ジャム」を設立。いよいよ地元山梨の果物を使った「清里ジャム」のブランドが生まれた。これら一連の経緯を「清里だからできたこと」と語る佐野間さん。「清里は開拓者の町なので、外部からの人を受け入れる風土がありました」。事実、1938年の奥多摩湖のダム建設により沈むこととなった村の住民たちが清里地区に移住し、新たな開拓を始めたという歴史がある。厳しい寒さと飢えに耐えながら痩せた荒地を開墾するという過酷な作業に取り組み、地域を発展させてきた清里には、佐野間さんのいう「受け入れる風土」があるのだろう。移住者にも分け隔てない風土があったからこそ、こうした新しいムーブメントが起きたのだ。</p>



<p>農業体験と宿泊を掛け合わせた「農泊連携」にもいち早く取り組んでいた当時の高根町では、町長が青年塾という団体を作り、毎年ヨーロッパ諸国への視察を実施。農業を観光に繋げ「アグリツーリズム」や、野菜・果物の現場を学んでいたという。「非常に有意義な体験だった」青年塾の一員だった佐野間さんはそう当時を振り返る。この視察で刺激を受けた佐野間さんはペンションでも摘み取り体験やジャム作り体験などの宿泊と畑をセットにした施策を打ち出していく。</p>



<h2 class="wp-block-heading">魔法のかかった「清里ジャム」</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/export7.jpg" alt="" class="wp-image-53934" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/export7.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/export7-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/export7-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>「清里ジャム」の商品の中で最も人気なのが白桃のジャム。「多くの場合、一番人気といえばいちごジャムですが、うちは白桃が一番売れるんです」。その理由のひとつは、旬の時期にだけ製造・販売することで、素材本来の瑞々しい美味しさを届ける事が出来ているからだという。もちろん白桃以外のラインナップも旬のシーズン内で完売してしまう程の人気ぶりで、一つひとつ丁寧に選別した材料で作られたジャムの種類は25種類に及ぶ。</p>



<p>大きめにカットされた果物のごろっとした食感が魅力の「清里ジャム」だが、「果物の下処理に半日かかってしまって、効率が悪いんです」と苦笑いする。通常のジャム作りであれば１日に３回転製造ができるところを、ここでは１回転しか行う事ができないそうだ。具体的な1日の工程として、まず自分の目で確かめた素材の下処理を午前中に済ませる事から始まる。佐野間さんが作るジャムの糖度は37度と市販のものよりやや低い。その分酸味や香り、味の奥行きとなるえぐみが感じられ、ただ甘いだけではない素材の味を感じる仕上がりとなる。</p>



<p>ジャムの粘り気を出すための添加剤であるペクチンや香料を使わずに時間をかけて水分を飛ばす、独自の「真空低温濃縮」という製法を用い煮詰めていく。これにより、素材の風味がより濃縮され、出来上がったジャムがフルーティーで「果物そのもの」の味に仕上がるのだという。</p>



<p>この一連の工程を佐野間さんは「魔法をかける」と表現した。瓶詰めされた美味しそうなジャムの中には、試行錯誤し続けてたどり着いた「魔法」がぎっしりと詰まっているのだ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">ここにしかない、「日本のコーディアル」 </h3>



<p>ペンション事業から始まったジャム作り。今までは主に小売店やホテルの売店などへの卸売りが多かったが、ここ数年はホテルで提供する朝食用のジャムや、ギフト用のジャムといった商品開発の依頼が増えてきたそうだ。「好反響のおかげで、認知度が少しずつ増えていっている実感はあります」と佐野間さんは胸を張って答える。</p>



<p>これを受け盛況であったペンション事業をたたみ、現在はジャム事業に専念している。その中で新たに「コーディアル」という商品が開発された。</p>



<p>コーディアルは日本人にあまり馴染みのない商品だが、イギリス発祥の希釈して使うフレーバーシロップの事だ。炭酸水で割ってノンアルコールドリンクにしたり、紅茶やヨーグルトに混ぜてその香りや甘さを楽しんだりと多彩な使い方で味わうことができる。現在日本で流通している物は輸入品が大半を占め、日本国内で作っているところはほとんど無いのだという。</p>



<p>「勿論一番の売れ筋商品はジャムですが、ジャムを作ること、果物を加工する事の延長線上には色んなものがあります。コーディアルもそのひとつで、加工をするのが好きで色々と商品開発を進めています」</p>



<p>「日本のコーディアル」として、開発以降多くの反響を呼ぶ人気商品へと成長した。</p>



<h2 class="wp-block-heading">これからの「清里ジャム」</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/export10.jpg" alt="" class="wp-image-53935" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/export10.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/export10-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/export10-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>現在有限会社農業法人清里ジャムの悩みは人手不足。佐野間さん自身も高齢となり、次の担い手がなかなか集まらないという状況がある。また果物の仕入れ先である農家も、後継ぎがおらずに閉業してしまう所も少なくない。地球温暖化が原因で不作に陥ってしまったりと、継続して同じものを仕入れられないのではないかという不安もあるそうだ。しかしそんな厳しい状況にあっても、佐野間さんにジャム作りを辞めるという選択肢は無い。</p>



<p>「それでもまだやりたい事の発想が出るんです。それは『あなたはまだ世の中の為に活動しなさい』と言われてるって事だと思います。だから動けるうちは色んな事にチャレンジしていきたいです。ジャムと良く合うパンを作るのが当面の課題ですね」</p>



<p>ジャムやコーディアル、パンと様々な商品を展開する「清里ジャム」。その根底には良いものを作ろう、山梨の農業や観光、ひいては世の中の役に立つことをやりたいという思いがある。試行錯誤し、独自製法を編み出しながら誠実に作られた商品はこれからも佐野間さんの歩みと共に、世の中に受け入れられ続けるだろう。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/53926/">清里の地だからできたこと「有限会社農業法人清里ジャム」／山梨県北杜市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>ガラスを削る、そのひと手間が自分らしさ。光を宿して魅せる表情「工房 麿」／山梨県富士河口湖町</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 14 Jan 2026 07:25:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[Glass]]></category>
		<category><![CDATA[Coldwork]]></category>
		<category><![CDATA[Sandblasting]]></category>
		<category><![CDATA[Honeycomb Pattern]]></category>
		<category><![CDATA[Craft]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/export16.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>約1200年前に噴火した富士山の溶岩流が冷え固まり、その上に木々が生い茂って形成された「青木ヶ原樹海」。原生林が広がる富士の麓、山梨県富士河口湖町にある工房「麿（まろ）」には、丁寧な「削り」によって生み出された繊細なガラ [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/53901/">ガラスを削る、そのひと手間が自分らしさ。光を宿して魅せる表情「工房 麿」／山梨県富士河口湖町</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/export16.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>約1200年前に噴火した富士山の溶岩流が冷え固まり、その上に木々が生い茂って形成された「青木ヶ原樹海」。原生林が広がる富士の麓、山梨県富士河口湖町にある工房「麿（まろ）」には、丁寧な「削り」によって生み出された繊細なガラス作品が並んでいる。模様や色彩豊かなガラスは、手に取る人の生活に溶け込む柔らかな光をもたらす。</p>



<h2 class="wp-block-heading">一つひとつ、時間をかけて丁寧に</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/export3.jpg" alt="" class="wp-image-53910" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/export3.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/export3-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/export3-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>ガラス作家松尾一朝（まつおいっちょう）さんの作品には、「コールドワーク」と呼ばれる技法によって作り出される繊細なディティールや質感が表れている。コールドワークは熱を加えずに冷えたガラスに磨きや装飾、彫刻を施す技法で、例えばガラスをカットして模様を施していく江戸切子もそのうちのひとつだ。ガラスの表面は砂状の研磨剤を吹き付けて削る「サンドブラスト」という技法でツヤを消し、不透明な「すりガラス」状のマットな質感に仕上げる。綺麗に馴染ませてすりガラスのサラサラとした感触を活かしたものや、彫刻のように削り跡をつけたりと、作品によってその表現はさまざま。あくまでコールドワークは仕上げ段階での技法になるが、ここに至るまでの工程にも、松尾さんならではの“ひと手間”が凝らされている。</p>



<h3 class="wp-block-heading">ガラスの特性を活かした表現の可能性</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/export17.jpg" alt="" class="wp-image-53911" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/export17.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/export17-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/export17-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>松尾さんの作品は「ぐい吞み」「酒盃（しゅはい）」「蓋物（ふたもの）」などバリエーションは様々。これらの作品で色の付いた線や花のような模様になって見えるものは、熱して棒状にしておいた色ガラスを透明なガラスの中に入れて溶かし合わせている。色ガラスは真っすぐなものや螺旋状のものなどがあり、透明なガラスと溶け合って浮かび上がるような模様が生まれる。</p>



<p>対してシリーズ化している作品のひとつの「ハニカム模様」では、透明なガラスと境目をつけてはっきりとした模様を出すため、色ガラスを棒状へ加工する際に白いガラスの粉を付けている。ハニカム模様とは英語で「ミツバチの巣」を意味し、ガラスが溶けあう際にお互いを押し合う性質を活かしながら、美しく並んだ六角形が表れる。綺麗な六角形を作るため、事前にガラス棒の太さを測りながら使う素材を選定し、輪切りにしたガラス棒のパーツを規則的に並べ、電気炉で板状に溶かし固めていく。このようにしてパーツ作りから仕上げまで、いくつもの工程をほぼひとりでこなすという松尾さん。感触や色彩、透明感にこだわり、一つひとつ丁寧に作られた作品には根強いファンがおり、2023年に東京で開催されたガラス作品展「ひかりのいれもの」にも連日多くの人々が足を運んだ。</p>



<h2 class="wp-block-heading">初めて知ったガラスの感触</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/export7.jpg" alt="" class="wp-image-53912" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/export7.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/export7-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/export7-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>松尾さんがガラス工芸に興味を持ったのは31年前のこと。両親の勧めもあり、山梨県富士河口湖町からひとり離れて進学し、埼玉県の私立中高一貫校のガラス細工部で作品に触れたことが現在の道を歩むきっかけとなった。初めてガラスに触れた際、「溶ける、伸びる、丸まる、そうした一つひとつの変化が面白かった」と松尾さん。理科室にあるバーナーでガラスを溶かし、本を見ながら模様作りの技法を探る。そうした部員たちとの充実した活動にのめり込んでいく中、高校2年生の時、突如父親が他界してしまう。</p>



<p>これからは自分の力で生きていかなければならない。将来のことを考え、卒業後の進路についても大いに悩んだという。「ガラスが好きだという気持ちと、自分が作ったもので人が喜んでくれることが嬉しかった」と、ガラス工芸の道に進むことを決意。美大への進学を目指し、高校卒業後の1年間は予備校でデッサンについて学んでいくこととなる。</p>



<h3 class="wp-block-heading">大学時代で学んだ“漆”</h3>



<p>デッサンの勉強をしている間もガラスへの思いが募る一方、「ガラスに熱中するあまり、他の素材に目を向けられていなかった」と自らを顧みる。まずは違う素材についても理解を深めた上で、今後さらに広い視野でガラス工芸と向き合えるよう、敢えてガラス工芸の学科がない石川県の金沢美術工芸大学を受験する。そこで松尾さんが専攻したのが工芸科の漆コースだった。</p>



<p>「漆が出す“光沢”にガラスに似たものを感じました」。石川県には輪島漆器や山中漆器などの伝統工芸品があり、漆を学ぶには最適な環境。実際に地域で活動する職人たちの元へ通いながら、漆という素材の魅力に惹き込まれていったという。</p>



<p>漆芸（しつげい）を学ぶ中で「漆はあくまでも作品の表面に装飾を施す“外側の素材”であるのに対して、透けるという性質を持つガラスは中の見え方も表現となる“内側の素材”」だと捉えるようになったそう。そこで、「ガラスの色や形、透過性を活かしながら、テクスチャーや装飾でも表現の可能性を広げることはできないだろうか」と、現在の作風に繋がる糸口を見出す。また、「自分は元々細かい作業が不得意だった」と話す松尾さんだが、工程の殆どが機械作業のガラス工芸に対し、丁寧で細やかな手作業が試される漆芸の経験が、後のガラス工芸にも活きることになったのだという。「真摯に漆と向き合った結果、自分でも気付かないうちに技術が身につきました」と、当時を振り返る。</p>



<h3 class="wp-block-heading">“ガラスの町”で学んだ技法</h3>



<p>大学卒業後、富山ガラス造形研究所に進学。まず2年間は造形科で吹きガラスなどの熱で溶かして加工する「ホットワーク」や、電気炉を使った鋳造制作などを行う「キルンワーク」、そして先述した「コールドワーク」の3本柱でガラスの技法を学んだ。その後、残りの2年間で改めてガラス作家としての方向性を探る中で、「自分の手の中でガラスを削り模様が変わっていく感覚が、彫刻に似たものを感じた」。その背景には木彫家として活動していた父親の存在も大きかったという。幼い頃から“木”という素材が身近にあったこともあり、彫ると模様が表れていく木面のように、削ることで独特な模様を生み出していくコールドワークのガラス加工を、自身の作風として意識していくこととなる。</p>



<p>本格的にガラス職人として活動することを視野に入れ、在学中の2006年に初の個展となる「ガラスでできた宝物」を開催。卒業後は富山でアルバイトをしながらガラス作品の制作を続け、2010年からは神戸芸術工科大学クラフト・美術学科のガラスコースで実習助手を務めた。その間にも知人作家から作品の批評や、収益化の方法など具体的なアドバイスを仰ぎながら腕に磨きをかけ、2014年に故郷である山梨で工房「麿」を設立した。</p>



<h2 class="wp-block-heading">“削る”楽しさ</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/export6.jpg" alt="" class="wp-image-53913" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/export6.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/export6-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/export6-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>松尾さんの作品は複数のガラス工芸の技法を組み合わせて作られている。ホットワークでのパーツ作りから始まり、キルンワークでは器などの原型を作る作業、最後にコールドワークで作品を仕上げる。一般的に、吹きガラスなどでは職人の息使いによる偶発的な作品の良さを活かすため、松尾さんのように手を加えていこうとする作家は少ないのだそう。「ガラス作りを続ける中で“時間を掛けても最後は自分の手の中で作品を完結させること”が、大切にすべき自分のスタイルだと自覚するようになったんです」。</p>



<p>ホットワークやキルンワーク作品における偶然の作品性も魅力であるが、「イメージを膨らませながら自分の手で形を変えられる」ところに、削る面白さがあるのだという。削ることで表情が変わり、思いがけなかった新しい表現が生まれていく。手塩にかけた自らの作品を眺めながら、「削っている時間が楽しい」と松尾さんは無邪気に笑う。</p>



<h3 class="wp-block-heading">「大切なものをしまってほしい」蓋物に込めた願い</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/BASE_photo_batch.jpg" alt="" class="wp-image-53914" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/BASE_photo_batch.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/BASE_photo_batch-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/BASE_photo_batch-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>松尾さんの代表作は、ガラスの中に柔らかな光が溜まり、透明さの中に色が滲み出す「蓋物」シリーズ。ガラスならではの魅力が詰まったこのシリーズは、美しいもの、大切なものを意味する“珠”という語を使って「珠箱（たまばこ）」と名付けられた。窓際などの日が当たる場所に置くと、内側からふんわりと優しい光が表れる。</p>



<p>「ガラスの中に光が溜まることと、蓋物の中に何かをしまうことが繋がっている気がするんです。何を入れたらいいのか聞かれることがよくありますが、例えば記念日の指輪や、子どもが拾ってきたどんぐりなど、『あなたの思う小さく大切なものを入れてください』とお答えしています」</p>



<p>以前手元供養の器として購入した人がいたそうだが、“亡き父の遺骨を入れたくなるようなものを作ること”をひとつのテーマに制作していた学生時代を思い返し、「気持ちが通じた」と感じたという。「人によって“大切なもの”は様々だけれど、自分が作った蓋物をふと見た時に、何か大切な気持ちを思い出してもらえたら嬉しいですね」。</p>



<h2 class="wp-block-heading">少しずつ見つけていった自分らしさ</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/export22.jpg" alt="" class="wp-image-53915" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/export22.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/export22-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/export22-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>山梨に戻り工房を構えてからは、誰に教わることもできない環境で「試行錯誤を繰り返す毎日だった」と松尾さん。周囲の意見を取り入れながら、器としての使いやすさと、工芸品としての美しさを兼ね備えた自分らしい作品のスタイルを少しずつ磨き上げていった。</p>



<p>「ひとりになったことで、恵まれた環境であったからこそ知らぬ間にインプットできていたものや、既成概念に囚われてしまっていたことに気付くことができました。失敗もありましたが、自分のスタイルを考え直す中でどんどんとやりたいことを見出すことができたんです」</p>



<p>体調を崩してしまい制作が思うように進まない時期もあったそうだが、「自分が良いと思うものを妥協せずに作りたい」という気持ちは変わらなかった。そこで、年に何度も行っていた個展の回数を減らすことで制作ペースを調整しながら、2022年には新たにオンラインショップを開設。自身のコンディションを保ち納得のいく作品を生み出しながら、インターネットの力を借りた収益化の形も模索している。「好きなこととして、仕事として『長く続ける』こと」を目標に歩む松尾さんの挑戦は終わらない。</p>



<h2 class="wp-block-heading">ガラスの魅力を知ってほしい</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/export23.jpg" alt="" class="wp-image-53916" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/export23.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/export23-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/export23-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p><br>ガラス作家として、「作ったものを通してガラスの魅力を多くの人に知ってほしい」と話す松尾さん。積み重ねてきた経験の先にある“ひと手間”を、「無駄は多いと思うけれど、地道な作業やひと手間が“自分らしさ”」と語る姿は穏やかだ。磨きあげた蓋物を手にしながら、「今後も自分が作った作品が、他人の人生のなかに絡められたら幸せです」と微笑む表情が、印象的だった。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/53901/">ガラスを削る、そのひと手間が自分らしさ。光を宿して魅せる表情「工房 麿」／山梨県富士河口湖町</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>富士の湧水で紡ぐ伝統の清酒と挑戦のウイスキー「井出醸造店」／山梨県南都留郡富士河口湖町</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 08 Jan 2026 08:47:22 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[北麓]]></category>
		<category><![CDATA[酒造]]></category>
		<category><![CDATA[日本酒]]></category>
		<category><![CDATA[甲斐の開運]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/export1.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>江戸時代から300年以上続く老舗酒蔵「井出醸造店」。富士山の北麓、河口湖のほとりで日本酒を作り続けてきた酒蔵が近年、新たに独自のウイスキーを作り始めている。伝統の名酒の味を守りつつ新たな挑戦に飛び込む次期代表の想いと、老 [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/53839/">富士の湧水で紡ぐ伝統の清酒と挑戦のウイスキー「井出醸造店」／山梨県南都留郡富士河口湖町</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/export1.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>江戸時代から300年以上続く老舗酒蔵「井出醸造店」。富士山の北麓、河口湖のほとりで日本酒を作り続けてきた酒蔵が近年、新たに独自のウイスキーを作り始めている。伝統の名酒の味を守りつつ新たな挑戦に飛び込む次期代表の想いと、老舗酒蔵のこれからを聞いた。</p>



<h2 class="wp-block-heading">湖のほとりにある酒蔵</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/export2.jpg" alt="" class="wp-image-53846" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/export2.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/export2-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/export2-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>富士山の麓、富士五湖の内のひとつであり、例年多くの観光客が訪れる河口湖。そのほど近くに、今から300年以上前の江戸時代中期から続く老舗の酒蔵「井出醸造店」がある。現在清酒の醸造から販売、そして新たにウイスキー作りに取り組む22代目の、井出宇俊（いで たかとし）さんに話を聞いた。</p>



<h3 class="wp-block-heading">醤油の醸造から始まった酒蔵</h3>



<p>「井出醸造店」の始まりは1700年頃まで遡る。富士山の北麓に位置するこの地域では湧き水や地下水は豊富であるものの、川が無く岩盤が固いため水路を掘削する事が難しかった。そのため、当時は田畑に水を供給することができず、清酒の原料である米作りには適さない土地だったという。対して雨水を利用した大豆の栽培が盛んであったため、当時の11代目・井出與五右衞門（いで よごうえもん）が、その大豆を使った醤油の醸造を始めるために蔵を開いた。1850年頃になると、16代目・井出與五右衞門が標高850mの涼しい気候と、豊富に湧き出る富士山の湧き水に注目。同じ山梨県内で米作りが盛んだった地域の米を仕入れ、清酒の醸造を始めた。ここから井出醸造店の清酒作りが始まった。</p>



<p>水田の少ない北麓地域のお米だけで全ての原料を賄うのは難しいため、現在は山梨県内をはじめとした全国様々な米農家から米を仕入れているそうだが、「地元の人の誇りになる清酒を造りたい」という想いから、近年は富士北麓地域のお米「玉栄（たまさかえ）」を使った銘柄、特別純米酒の「北麓（ほくろく）」なども展開している。しかし、いかに慎重に仕入れ先を選定しても、年度や産地によってお米の状態にばらつきが出てしまうことは、ある程度避けられないそう。「いかに製品に影響を与えず、蔵の味、同じ味を上手く消費者に届けられるかというのも、清酒造りにおける技術のポイントだと思っています」と、宇俊さんは自社の技術に自信を覗かせた。</p>



<h2 class="wp-block-heading">井出醸造店の誇る日本酒</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/export10.jpg" alt="" class="wp-image-53847" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/export10.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/export10-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/export10-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>“富士山の湧水を使う”ことを全体のコンセプトに、「そのイメージを崩さないよう綺麗な清酒を作ることを心がけています」と語る宇俊さん。そんな井出醸造店の代表的な銘柄が「甲斐の開運」だ。清酒の醸造を始めた1850年頃は、偶然にも皇女、和宮（かずのみや）様の婚姻と同時期だったそう。それにちなんで「運が開け、幸せに向かうように」と開発した清酒に「開運」という名前が付けられた。後の1985年、長年にわたって人々に親しまれ続けた開運は、山梨の酒蔵としてより地域性を打ち出した甲斐の開運と名前を改め、現在まで醸造されている。その味は口当たりが滑らかで、少し辛口な味わい。キレが良く、食事のひと時にピッタリな仕上がりとなっている。</p>



<h3 class="wp-block-heading">すっきりと揺らぎのない「甲斐の開運」</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/4c212d661ac841ae1f41a9d5375693e2.jpg" alt="" class="wp-image-53849" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/4c212d661ac841ae1f41a9d5375693e2.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/4c212d661ac841ae1f41a9d5375693e2-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/4c212d661ac841ae1f41a9d5375693e2-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>井出醸造店の酒質を支えているのは、蔵の真下を流れる“富士の水”だ。標高約1,100メートルの地点から汲み上げられる伏流水は、富士山の火山層を80年かけて通り抜け、玄武岩層などによる天然ろ過を経て磨かれたもの。澄みきった柔らかさを湛えたこの水こそが、同店が目指す“綺麗な酒質”の核となっている。「すっきりと綺麗であること」。その基本方針は揺るがず、代表銘柄「甲斐の開運」の心地よい辛口のキレもまた、富士の水の透明感と調和し、食中酒としての魅力を引き立てている。</p>



<p>発酵を司る酵母には安定した協会系酵母を使用し、雑味を極力排しながら素材の味わいを素直に引き出すことを重視。なかでも宇俊さんが「特に大事にしている」というのが、搾った直後のできる限り迅速な火入れだ。空気に触れる時間を最小限にし、酒を安定させるための細やかな管理が欠かせない。火入れ後の酒は温度変化の少ない環境で静かに貯蔵され、一方、生酒は年間を通じて0度以下の冷蔵庫で保管される。繊細な味わいを守り抜くための丁寧な管理が、揺らぎのない清らかな酒を作りあげている。</p>



<h3 class="wp-block-heading">ここでしか味わえない「生原酒」</h3>



<p>酒蔵に併設した売店「酒望子（さかぼうし）」では、清酒をはじめ、醸造過程の副産物である酒粕（さけかす）を使用した食品などがラインナップされている。また2010年4月からは、一般の来客者に向けて酒蔵の見学もスタート。来店者しか味わうことのできない「特別純米生原酒 “囲 Kakoi”」という限定の生原酒も提供している。清酒の醸造過程では米を発酵させてアルコールを作っていく。そうして出来上がった米と清酒が混ざった醪(もろみ)から絞り出された液体を生原酒という。流通させる清酒の多くはここから殺菌のために火入れをしたり、アルコール度数の調整のために加水するのだが、特別純米生原酒 “囲 Kakoi”は、それらの工程を一切加えていない。「搾ってそのまま」のアルコール感に香る米の風味。滑らかな味わいと、微かに残る吟醸香を堪能することができる。</p>



<h2 class="wp-block-heading">新たな挑戦、「富士北麓蒸留所」の立ち上げ</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/f326418e119241bb049b8bf06d364d3b.jpg" alt="" class="wp-image-53851" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/f326418e119241bb049b8bf06d364d3b.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/f326418e119241bb049b8bf06d364d3b-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/f326418e119241bb049b8bf06d364d3b-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>2020年7月、井出醸造店は新しい挑戦として「富士北麓蒸留所」というブランド名でウイスキー作りを始めた。世界的に見るとアルコール飲料はお米や麦等の原料を発酵させて作る「醸造酒」と、原料を発酵させて作ったアルコールを含む液体を加熱し、気化・冷却の工程を踏んで液体に戻す「蒸留酒」に分けられる。更にウイスキーであれば蒸留して作った原酒を木製の樽に入れ、長期間保存する「熟成」の工程が必要となる。これまで醸造酒を作って来た井出醸造店にとって、この「蒸留」「熟成」の工程は未知の領域だった。</p>



<p>「発酵の知識や実体験はあったのですが、蒸留、熟成に関しては全く未知だったので、本当に何もわからないところからのスタートでした」</p>



<p>「数年かけてようやく自社ならではの製造方法が固まって来たが、まだまだ勉強すべきことが多い」と、苦労を語る宇俊さん。蒸留酒を作ってみたいという思いが段々と強くなる一方で、多額の設備投資をしてまでウイスキー作りをスタートさせるか悩んでいた彼の背中を押したのが、近年顕著になっているインバウンド需要の増加だった。酒蔵に訪れる外国人の目当てが清酒だったとしても、ラインナップの中に海外発祥のウイスキーがあれば更に喜んでもらえるのではないか。そんな想いからウイスキー作りに踏み出す決心をした。</p>



<h3 class="wp-block-heading">酒蔵が作るお米原料のウイスキー</h3>



<p>「ジャパニーズウイスキーは今、世界で人気になっているんです。その要因のひとつに飲みやすさがあると思っています。それをしっかり押さえつつ、井出醸造店ならではの個性を出していきたいです」</p>



<p>ジャパニーズウイスキーで用いる熟成樽の多くはミズナラの木でできており、ウイスキーに上品で甘い香味とほのかな甘みを加えるのだそう。そうした「飲みやすさ」に加え、井出醸造店のウイスキーにはもう一手間の工夫が込められている。そのひとつに、通常は発酵工程でウイスキー酵母を使うところを、清酒の発酵に用いる「清酒酵母」を使っていること。もうひとつに、とうもろこし、ライ麦、小麦などの一般的な主原料ではなく、清酒と同じ「お米」を使用していること。こうすることでお米由来の違った甘みが加わり、より奥深く滑らかな口あたりのウイスキーに仕上がる。これらこだわりの背景には、「自分たちにしか作れないウイスキーを作りたい」という想いがある。「清酒の酒蔵が作るお米原料のウイスキー。他では味わえない個性があると思うんです」と、宇俊さんは胸を張る。現在は、前述の清酒酵母とお米を使用したウイスキー『大樹海』と、炭酸水と湧水を加えて更なる「飲みやすさ」を演出した『富士北麓蒸留所 ハイボール』を展開している。</p>



<p>「『普段清酒作りをしている井出醸造店が新しくウイスキー作りを始めた』という、新たな試みを広く周知するために作り上げた商品なんです。市場がどのような反応を示してくれるかが楽しみです」</p>



<h2 class="wp-block-heading">「飲み飽きない」普通酒を</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/export11.jpg" alt="" class="wp-image-53852" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/export11.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/export11-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/export11-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>将来的には22代目として井出醸造店を引っ張っていく宇俊さん。「今の井出醸造店の味である“すっきり感”と“綺麗さ”という軸をぶらさずに清酒を作っていきたいですね」と、これから思い描く未来を語った。加えて、「普通酒」である「甲斐の開運」の醸造にも力を入れていきたいと意気込む。「近年日本各地でも『特定名称酒』に注目が集まりがちですが、古くから生活に根ざしてきた『普通酒』もしっかりと作っていきたいんです」。</p>



<p>「清酒の製法品質表示基準」が定められるはるか前。1850年から味わいを変えずに作り続けられてきた「甲斐の開運」は、ぶれることのない井出醸造店のアイデンティティ。「華々しさこそないかもしれないが、家族で過ごす日々の食卓など、“普通”の瞬間のお供として愛され続けてきたもの。飽きることなく人々に愛され続けて欲しいんです」。“普通”でいられること、いつもの日々を過ごせることに、かけがえのない幸せがある。そんな「甲斐の開運」へ込めた思いが、井出醸造店の歴史と精神を繋いでいるのだ。</p>



<h2 class="wp-block-heading">井出醸造店のこれから</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/export5.jpg" alt="" class="wp-image-53853" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/export5.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/export5-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/01/export5-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>「日本文化を代表する清酒は、昨今のインバウンド需要を鑑みればこれからも世界から注目されていくと思う。だからこそ、昔ながらの伝統を今に繋ぐ「甲斐の開運」を作り続けていくニーズは十分あると思っています。そうした強い基盤を固めた上で、ウイスキー作りなど現代のニーズにマッチした商品を展開していきたいです。時代はどんどん変わりますからね」</p>



<p>醤油作りから始まり、地域の特性や恩恵に目を向けることで現在まで繋がれてきた井出醸造店の清酒作り。これからも地域に根を張り、受け継いできた味は守り続けながらも、時代の変化へ柔軟に対応しながら新たな挑戦に挑んでいく。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/53839/">富士の湧水で紡ぐ伝統の清酒と挑戦のウイスキー「井出醸造店」／山梨県南都留郡富士河口湖町</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>花酵母と八ヶ岳の伏流水で味わいのぶれない酒造りを「武の井酒造」／山梨県北杜市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 04 Dec 2025 01:52:37 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[青煌]]></category>
		<category><![CDATA[つるばら酵母]]></category>
		<category><![CDATA[酒造]]></category>
		<category><![CDATA[日本酒]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/export1-1.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>160年以上の歴史を持つ武の井酒造は、2007年に新たなブランド「青煌（せいこう）」を生み出した。修業時代に感銘を受けた花酵母と酒米、そして社名の由来にもなった手掘りの井戸から汲み上げる八ヶ岳の伏流水で醸す日本酒。杜氏が [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/export1-1.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>160年以上の歴史を持つ武の井酒造は、2007年に新たなブランド「青煌（せいこう）」を生み出した。修業時代に感銘を受けた花酵母と酒米、そして社名の由来にもなった手掘りの井戸から汲み上げる八ヶ岳の伏流水で醸す日本酒。杜氏が自信を持って後世に引き継ぐぶれない酒造りとは。</p>



<h2 class="wp-block-heading">160年以上続く老舗酒蔵</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/export11.jpg" alt="" class="wp-image-53602" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/export11.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/export11-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/export11-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>今から160年以上前、慶応年間、江戸末期の頃から蔵を構える老舗酒蔵が山梨県北杜市にある。「武の井酒造」、その名前は初代清水武左衛門（しみずぶざえもん）の「武」の字と、八ヶ岳の伏流水が湧く10mの手掘りの井戸の「井」に由来している。社名を冠した「武の井」という銘柄を代々造り続けてきた家族経営の酒蔵に、「青煌（せいこう）」という新たなブランドが誕生したのは2007年のことだった。「すっきり爽やかで、飲み続けやすい味わい。冷やして飲むのがおすすめです」。そう語るのは青煌ブランドの立役者である専務執行役杜氏の清水紘一郎（しみずこういちろう）さんだ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">新たなブランド「青煌」</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/export9.jpg" alt="" class="wp-image-53603" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/export9.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/export9-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/export9-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>現在ではリブランディングや最新の醸造法へチャレンジするなど、市場のニーズに応えながらも独自の酒造りを行っている武の井酒造。しかし、清水さんが修業を積んで北杜市に戻ってくる18年前までは、現在とは違い低価格の酒を造っていたそうだ。「当時はビールやワインが台頭し、日本酒の需要が時代とともにだんだん少なくなってきていた時でした。そこで逆境における差別化の意味も込めて新たな酒を造り始めたんです」。起死回生を懸けた新たなブランド名には、透き通る綺麗な水をイメージした“青”と、日本酒業界が世界に向けて“煌めいて欲しい”という思いを込め、「青煌」という名前がつけられた。</p>



<h2 class="wp-block-heading">修業時代に感銘を受けたつるばら酵母と雄町（おまち）</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/export13.jpg" alt="" class="wp-image-53604" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/export13.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/export13-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/export13-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>日本酒の醸造に欠かせない存在として酵母がある。肉眼では見えない小さな微生物のことで、原料である酒米の糖分をアルコールと炭酸ガスに換えるアルコール発酵の役割を持っている。酵母は主に酒の醪（もろみ）から分離したものを使用するのが一般的だが、武の井酒造では自然界に咲く花から分離した“花酵母（はなこうぼ）”を使用している。もともと東京農業大学在学中に花酵母の研究をしていたという清水さん。卒業後に修業を積んだ茨城県の来福酒造で様々な種類の花酵母を使った酒造りを経験したことが、今のスタイルの原点になっているそうだ。</p>



<p>「自分が造るお酒に一番向いているなと感じたのはつるばら酵母だったんです」。つるばら酵母とは東京農業大学の醸造学科酒類学研究室がつるばらから分離させることに成功した酵母で、醸造される酒には、リンゴや洋なしを思わせる香りと力強い味わいがあらわれるのが特徴だ。修業時代につるばら酵母と雄町の組み合わせに感銘を受けたという清水さん。「雄町とつるばら酵母を使ってすっきり爽やかに仕上げる酒は、全国で類を見ない。ここでしか造れない味わいになっていると思います」。その言葉に揺るぎない自信があらわれる。杜氏を引き継ぐ際も、清水さんがブランドの核となる商品として注力したのが、岡山県産の酒米「雄町」を使った「純米吟醸 雄町」だったという。現在青煌ブランドではこのつるばら酵母による醸造で差別化をはかりつつ、多品種の酒米を用いた様々なラインナップが展開されている。</p>



<h3 class="wp-block-heading">浸透していく青煌の魅力</h3>



<p>青煌ブランドがリリースされると、その斬新な味わいに購入者からは大変好評を得た。その反面、まだまだ花酵母が一般的に認知されていないということを実感する。「そもそも酵母が何かわからない方も多いと思う」と、敢えて特徴的な花酵母をメインで宣伝することに重きを置いていないのだそうだ。</p>



<p>「飲んでもらって味を体感してもらう事を大事にしているんです。飲んだ後に『これが花酵母か』と感じてもらえれば、その良さが徐々に浸透していくんじゃないかと思っています」<br><br></p>



<h2 class="wp-block-heading">八ヶ岳の意外な贈り物</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/export37.jpg" alt="" class="wp-image-53605" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/export37.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/export37-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/export37-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>「すっきり爽やかな味わいを造り出すのには水の良さが非常に重要なんです」。水を重要視し、全ての酒を八ヶ岳の伏流水で仕込んでいると話す清水さん。酒蔵のある北杜市は八ヶ岳の伏流水が豊富で、社名の由来にもなった10ｍの手掘りの井戸からそれを汲み上げて使用しているのだそうだ。伏流水に含まれるカルシウムとマグネシウムの濃度によって軟水、中軟水、中硬水、硬水と分けられる。土地が狭く傾斜が急ですぐに海へ流れ出してしまう日本の水は地中でカルシウムとマグネシウムを吸収する時間が短いため、濃度が低い軟水となる場合が多い。しかしここ八ヶ岳の伏流水は複雑な地層の影響を受けているため、軟水ではなく中硬水が汲み上げられる。「つるばら酵母は発酵力が比較的弱い酵母ですが、硬度のある水がそれを助ける『元気の素』みたいになってるんです」と清水さん。使いたい原料と地域の特性が偶然合致し、目指す味わいを造り出すことができたのがとても嬉しかったと、この地で酒造りを始めた当時の思いを振り返る。美味しい酒を造ろうと研究を重ねる職人に、八ヶ岳の大地は思いもよらない形で応えてくれたのだ。</p>



<h2 class="wp-block-heading">変えない、ぶれない酒造り</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/export25.jpg" alt="" class="wp-image-53606" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/export25.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/export25-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/export25-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>清水さんのこだわりは、ブランドとしての味わいを変えない。「ぶれない」ということ。長年酒造りをしていると、その年の酒米の質や環境の要因などで、少しずつ酒の味が理想からぶれてしまうことがある。それをいかに「武の井」「青煌」という枠の中に収めるかが難しいポイントなのだそう。味わいを一定にするためには香りなど、原料の“長所”と言える部分を抑えることまであると言う。なぜそこまで“ブランドの味わいを変えない”ことにこだわるのか。その理由は自分の造った酒を楽しみに飲んでくれる「お客様」にあった。</p>



<p>「同じ名前が付いていてもまったく違う味わいになっていたりと、世間を見ていると味が変わっていくお酒も結構多い。もちろん酒蔵によっていろいろな考え方があるのですが、僕は飲んだ人の印象に一番残るのはその時の最初の味だと思っています。だからその時の印象を裏切りたくないんです」</p>



<h2 class="wp-block-heading">味わいを後世へと残すために</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/export42.jpg" alt="" class="wp-image-53607" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/export42.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/export42-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/export42-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>2017年には長年愛され続ける「武の井」ブランドにも新たな変化があった。従来の製品展開に加えて、酒米の精米歩合や使用される原料などの厳しい条件を満たした酒だけが名乗ることができる「純米吟醸」や「特別本醸造」といった「特定名称酒」が新たに仲間入りしたのだ。しかしそんな変化の中にあっても、「ひとごこち」という山梨県北杜市で栽培されている酒米を使用するなど、地域密着の酒造りは続けられている。「青煌」だけでなく「武の井」のブランドにおいても清水さんの今まで受け継いできた味わいを変えない、ぶれない酒造りは生きている。</p>



<p>これからの展望についても、今あるものをもっとブラッシュアップしていく方向で世間の認知を上げつつ、ブランドの味わいを変えることなどは一切考えていないそうだ。「すっきりと爽やかで飲みやすい青煌の味わいは、必ずこれからも受け入れられ続ける。長く愛され、残っていくお酒だと思っています」。そう語る清水さんの言葉には、自分の造っている酒への確かな自信と、それを楽しみに待ってくれているユーザーへの責任感が滲んでいた。積み上げてきた実績と信頼を糧に、青煌の変わらぬ味わいは後世へと引き継がれていくだろう。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/53596/">花酵母と八ヶ岳の伏流水で味わいのぶれない酒造りを「武の井酒造」／山梨県北杜市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>時代を超えて“祈り”の花火を世界に灯す「和火師　佐々木厳」／山梨県西八代郡市川三郷町</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 04 Dec 2025 00:45:29 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[花火師]]></category>
		<category><![CDATA[和火師]]></category>
		<category><![CDATA[和火]]></category>
		<category><![CDATA[inoribi]]></category>
		<category><![CDATA[MARUYA]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/a1ef25229780ec5e25e7acc7647aa40c.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>日本三大急流「富士川」が流れる山梨県南西部の市川三郷町（いちかわみさとちょう）では、古くから「手漉き和紙（てすきわし）」や「印章（ろくごうのいんしょう）」などの産業が発展してきた。花火師佐々木厳（ささきげん）さんが魅せら [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/53550/">時代を超えて“祈り”の花火を世界に灯す「和火師　佐々木厳」／山梨県西八代郡市川三郷町</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/a1ef25229780ec5e25e7acc7647aa40c.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>日本三大急流「富士川」が流れる山梨県南西部の市川三郷町（いちかわみさとちょう）では、古くから「手漉き和紙（てすきわし）」や「印章（ろくごうのいんしょう）」などの産業が発展してきた。花火師佐々木厳（ささきげん）さんが魅せられた「市川花火」もそのうちのひとつである。脈々と受け継がれる伝統技術が世界に新たな光を灯す、「和火（わび）」に込められた作り手の思いとは。</p>



<h2 class="wp-block-heading">花火の町、市川三郷町</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/export1.jpg" alt="" class="wp-image-53561" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/export1.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/export1-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/export1-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>市川三郷町の花火産業は、戦国時代に作られていた武田氏の軍事用「狼煙（のろし）」の技術が起源とされている。毎年8月に開催される県下最大規模の花火大会「神明の花火」では、地元の老舗花火会社が腕によりをかけて製造する約2万発もの打ち上げ花火が夜空を彩り、その圧巻の光景をひと目見ようと多くの観光客が訪れる。この花火の町で、古くから日本国内でのみ生産されていた「和火」を専門として活動をする佐々木さん。現在は明治維新後に輸入された化学薬品を用い、組み合わせによる炎色反応でカラフルな彩りを演出する「洋火（ようび）」が主流となっているが、「江戸時代から伝わる日本の伝統的な灯りに魅せられた」のだと話す。</p>



<h3 class="wp-block-heading">日本の伝統花火「和火」</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/export4.jpg" alt="" class="wp-image-53562" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/export4.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/export4-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/export4-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>和火の原料は木炭・煙硝（えんしょう）・硫黄といった国内で取れる自然原料のみ。煌びやかな派手さこそはないが、赤やオレンジといった炭火本来の赤褐色（せきかっしょく）に繊細な濃淡が表れ、日本人の「粋」を感じられる風流な花火である。花火大会などにおいても、豪華絢爛な洋火の幕間に和火が打ち上げられることが多い中「私は和火が主役だと思っているので、和火の魅力を感じてもらえるものを作っていきたい」と佐々木さん。山梨の老舗花火会社にて６年間花火の打ち上げから製造までを学んでいたが、独立以降“和火師”という肩書を名乗り、現在は国内外で幅広い活動を展開している。</p>



<h3 class="wp-block-heading">何のために花火を作り、打ち上げるのか</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/5ec7332724e7138937011708cbde62f3.jpg" alt="" class="wp-image-53563" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/5ec7332724e7138937011708cbde62f3.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/5ec7332724e7138937011708cbde62f3-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/5ec7332724e7138937011708cbde62f3-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /><figcaption class="wp-element-caption">Photo：砺波周平</figcaption></figure>



<p>大学生の頃から日本の伝統的な職業に憧れを抱いていたという佐々木さん。『天国の本屋～恋火』という映画に出会い、天国の恋人に向けて花火を打ち上げる花火師の姿に魅了され、花火の世界を志すことになる。卒業後は全国の花火会社が打ち上げる花火の中でも、特に魅力的を感じた市川三郷町の老舗花火会社にコンタクトを取り、入社。出身地である埼玉県を離れ、洋火の製造から打ち上げまでの全工程を学ぶ。花火作りに打ち込んでいく中、日本三大花火大会の1つとして名高い秋田県の競技大会「大曲の花火」の2012年開催時に準優勝という成績を収めた。高い技術やアイデアを評価されたことに喜びを感じたのと同時に「自分は何のために花火を作り、打ち上げるのか」と自問し、花火師としての自身を顧みることになる。</p>



<h2 class="wp-block-heading">花火師ではなく、“和火師”へ</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/export23.jpg" alt="" class="wp-image-53564" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/export23.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/export23-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/export23-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>自身の活動に葛藤が生まれるきっかけとなったのが、2011年に起こった東日本大震災だった。被災地の凄惨な実態を遠くから悼むことしかできず、花火師として何もできなかった無力さがずっと心に引っかかっていたと語る。「社会的に意義のある花火の打ち上げができないか」と、花火について再度学び直した。すると、古くから“慰霊”・“鎮魂”・“奉納”といった“祈り”の際に花火が打ち上げられたことが花火の原点であることを知る。例えば東京で夏の風物詩となっている「隅田川の花火大会」は1733年に開催された両国の川開きが発祥とされている。納涼期間の初日である川開きの日に、享保の大飢饉や疫病で亡くなった人々への慰霊と災厄除去を祈願して花火が打ち上げられたことが始まりだった。また、奉納花火には、神仏や祖先、大自然の恵みに敬意を捧げるという日本古来の風習が受け継がれている。和火にはそうした平和への祈りや感謝の心が込められていたのだ。「華やかでエンターテインメント性の高い洋火ではなく、日本人の精神が宿る和火を突き詰めたくなった」と佐々木さん。2014年に独立を果たし、いよいよ本格的に和火師としての活動を始めることになる。</p>



<p>「自己満足ではなく、誰かを喜ばせるために花火を打ち上げたいという思いが自分を突き動かす原動力でした」<br></p>



<h2 class="wp-block-heading">和火ブランド「MARUYA」の設立</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="799" height="533" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/a1ef25229780ec5e25e7acc7647aa40c-1.jpg" alt="" class="wp-image-53565" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/a1ef25229780ec5e25e7acc7647aa40c-1.jpg 799w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/a1ef25229780ec5e25e7acc7647aa40c-1-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/a1ef25229780ec5e25e7acc7647aa40c-1-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 799px) 100vw, 799px" /><figcaption class="wp-element-caption">Photo：砺波周平</figcaption></figure>



<p>独立してまず取り組んだのは、和火を専門としたブランド「MARUYA」の立ち上げだった。線香花火などの「玩具」と呼ばれる手持ち花火から始まり、「庭園花火（ていえんはなび）」という小型の打ち上げ花火や、噴水花火、打ち上げ花火と、徐々に製造の幅を拡大。製造する花火の種類を問わずに様々な形で和火の表現に取り組んでいる。</p>



<p>「自ら自然に分け入り、原料となる炭や硫黄などの素材を手に入れるところから始まる」という佐々木さんの和火作り。炭火本来の色で表現する和火において、原料となる木材選びは最も重要な工程なのだそうだ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">“炭”が放つ和火の魅力</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/export8.jpg" alt="" class="wp-image-53566" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/export8.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/export8-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/export8-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>和火作りにおいて最も多く使われるのが松の木材。他に麻や桐など種類は様々であるが、例えば桐炭は赤みの強いオレンジ色といったように、木の性質によって火の粉の色合いが異なる。これには燃焼温度が関係しており、温度が低いほど赤みが強く、高いほど黄色みがかっていくそうだ。</p>



<p>また、炭の粒度によっても表現は変わる。打ち上げ花火では「星」と呼ばれる球状の火薬を形成する前に、一度炭をふるいにかけて粉状にする工程がある。これによって火の粉が噴き出る際の燃え具合に違いを作り出すことができるそうだ。粒が粗いものは火の粉がゆっくりと残り、細かい物はさっと消える。粉状にした炭と、硝酸カリウムや硫黄といった他の原料を組み合わせ配合比率を工夫することで色や火薬の燃焼に強弱を付け、繊細な色味を生み出していく。</p>



<p>緻密なバランス調整が求められる和火には、古くからの花火師たちの知恵や技術が詰まっており、古い配合帳を見ると、違いを見落としてしまうほど微妙な配合パターンが綿密に記されているのだそうだ。「赤褐色のみで表現する花火だからこそ奥深さがある」と佐々木さんはその魅力を語る。</p>



<h2 class="wp-block-heading">祈りの火</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/6dc7bd0d431f1c363b56d3bf01b0ed4e.jpg" alt="" class="wp-image-53567" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/6dc7bd0d431f1c363b56d3bf01b0ed4e.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/6dc7bd0d431f1c363b56d3bf01b0ed4e-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/6dc7bd0d431f1c363b56d3bf01b0ed4e-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /><figcaption class="wp-element-caption">Photo：砺波周平</figcaption></figure>



<p>和火製造以外に取り組んでいる活動として「inoribi」がある。慰霊や鎮魂の祈りを込めた花火である「祈り火」を意味し、自然災害や戦争に遭った地の慰霊や鎮魂、奉納を目的に各地を巡り、“祈り”をテーマとした和火のプログラムを展開している。初の献灯となったのは2020年7月のコロナ禍における「甲府空襲慰霊花火」で、「追悼慰霊」と新型コロナウイルス収束を祈る「邪気払い」をテーマに祈り火が打ち上げられた。「音と振動、灯りをじんわり感じ、祈りを捧げられるように」。鎮魂の和火は菊を模した「菊型」と呼ばれるもので、当日は10発の和火がゆっくりとした間合いで静寂と交互に打ち上げられた。沖縄や知覧での慰霊鎮魂花火、各地のお祭りでの奉納花火など、徐々に活動の場を広げていく中で、取り組みに賛同する現地の協力者も増えつつあるのだという。</p>



<h3 class="wp-block-heading">和火の力を信じて</h3>



<p>隣接する富士川町で工房を構え拠点としていたが、2022年、市川三郷町に念願の煙火工場が完成。それまでの8年間は苦労の連続だったと佐々木さんは当時を振り返る。洋火主流の業界で和火を専門に独立を決めた際、周囲からは需要を懸念する声も多く、同業者からは「和火だけじゃやっていけない」と言われることもしばしば。逆境の中で和火の基本となる線香花火から独自で研究を重ね、念願の打ち上げ花火の製造許可を取得するまでに至った時初めて「ようやくスタートラインに立てた」と感じたそう。</p>



<p>「和火は絶対に人を幸せにする力がある花火だという確信めいた気持ちがあった。自分を信じてひたすら突き進んでみようという強い信念がここまで導いてくれたたのかもしれません」</p>



<h2 class="wp-block-heading">日本の精神を世界へ</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/e09c9a456ece2388d11f8e42dcba83a7.jpg" alt="" class="wp-image-53568" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/e09c9a456ece2388d11f8e42dcba83a7.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/e09c9a456ece2388d11f8e42dcba83a7-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/e09c9a456ece2388d11f8e42dcba83a7-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /><figcaption class="wp-element-caption">Photo：砺波周平</figcaption></figure>



<p>佐々木さんは今後の展望として2つのテーマに則った活動を見据えている。まずは、「和火を通して日本の精神性・文化を伝えていく」ため、日本文化を味わい尽くせるようなイベントを開催し、その演出として和火を用いること。現在も教育機関や文化関連イベントでの講演、線香花火を作るワークショップなどを開催しているが、より規模を拡大したイベントを展開していきたいと意気込む。そしてもうひとつ欠かせないのが「inoribi」の活動だ。「今後は日本のみならず世界中を巡り、慰霊・鎮魂・平和を“祈る”花火を打ち上げていきたい」と思いの丈を口にした。</p>



<p>「道のりはそれほど長くはないかと思います。強く思いを持っていれば様々な人との出会いがあり、きっかけとなる。そこだけはぶれず進んでいきたいですね」</p>



<h2 class="wp-block-heading">現代で灯し続ける伝統の花火</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/export43.jpg" alt="" class="wp-image-53569" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/export43.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/export43-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/export43-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>「炭火の濃淡、火の粉の強弱と残り具合。こういった表現を使ってひとつの世界観を作り出すことが自分の目指していきたいところです」<br>江戸時代から変わらない製法で、現代の夜空に灯る赤褐色の火。そこに秘められた祈りや歴史を知る人はどのくらいいるのだろうか。和火の担い手、文化の継承者として、「打ち上げ花火だけでなく、線香花火でも十分に和火の魅力を感じられます。その時や場所に合わせた和火の形で日本人の精神性を表現していきたいですね」と語る和火師、佐々木さん。その挑戦と揺るぎない信念が実を結ぶ日はそう遠くはないだろう。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/53550/">時代を超えて“祈り”の花火を世界に灯す「和火師　佐々木厳」／山梨県西八代郡市川三郷町</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>「作りたい」という想い、“作品”としての器へ。陶芸家･渡辺国夫／山梨県南都留郡山中湖村</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 17 Feb 2025 09:49:09 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[陶芸]]></category>
		<category><![CDATA[日本伝統工芸展]]></category>
		<category><![CDATA[山梨県南都留郡山中湖村]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/02/export13.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>富士五湖の中で最も富士山に近く、景勝地として知られる山中湖で工房を構えるのは、陶芸作家の渡辺国夫（わたなべくにお）さん。伝統技法を用いた「磁器」の制作を一筋に続け、今や伝統工芸の世界に名を連ねる作家の一人となった。伝統的 [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/52182/">「作りたい」という想い、“作品”としての器へ。陶芸家･渡辺国夫／山梨県南都留郡山中湖村</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/02/export13.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>富士五湖の中で最も富士山に近く、景勝地として知られる山中湖で工房を構えるのは、陶芸作家の渡辺国夫（わたなべくにお）さん。伝統技法を用いた「磁器」の制作を一筋に続け、今や伝統工芸の世界に名を連ねる作家の一人となった。伝統的でありながらも個性が光る、渡辺さんの感性を突き動かす原点とは。</p>



<h2 class="wp-block-heading">工芸の道を歩み続けて</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/02/export1.jpg" alt="" class="wp-image-52183" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/02/export1.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/02/export1-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/02/export1-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>一言で陶芸といっても、「土もの」と呼ばれるように粘土の原料を土とする「陶器」と、岩石を原料とする「磁器」とに大別される。山梨県南都留郡山中湖村で工房を構える渡辺さんが制作するのは磁器で、色彩豊かな幾何学（きかがく）や市松模様（いちまつもよう）を施した作品が特徴的。焼成した上に絵具で色付けをする「色絵（いろえ）」、金・銀を粉末にして溶いた泥や箔で装飾を施す「金彩（きんさい）・銀彩（ぎんさい）」といった伝統的な技法を用いる。</p>



<p>渡辺さんは、これまでに国内最大級の工芸公募展と称される「日本伝統工芸展」において20回以上の入選を経験。日本伝統工芸展を主催し、伝統工芸の技術保存・伝統文化の向上を目的とする「公益社団法人日本工芸会」の正会員でもある。百貨店やギャラリーなどでの個展の他、作品は海外の美術館にも収蔵されたことも。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/02/export2.jpg" alt="" class="wp-image-52184" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/02/export2.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/02/export2-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/02/export2-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>「今思えば、手の中で考えて作り出すことがしたかったんでしょうね」</p>



<p>現在では日本工芸会の一員となった渡辺さんだが、工芸の道へ進むきっかけとなったのは、ある偶然の出来事だった。</p>



<h2 class="wp-block-heading">ゼロからの出発</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/02/export17.jpg" alt="" class="wp-image-52185" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/02/export17.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/02/export17-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/02/export17-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>山梨県富士吉田市出身で進学校の普通科に通っていた渡辺さんは、理系大学の受験に挑んだものの、結果は思うようにいかなかった。そこで当時相談のために向かった進路指導室で見かけたパンフレットで、美術予備校の存在を知ることに。「たった一冊のパンフレットで、僕の人生が変わったんです」。「美術大学に行きたい」という想いが湧き、美術予備校に通うことを決心。「デザイン・工芸専攻」を選択し、デッサンからものづくりまで幅広く美術の世界を学んでいくことになる。全くの未経験から始まった浪人生活だったが、「絵を描くこと、物を作るということがすごく楽しかった」と、当時を懐かしむ。手を動かす傍らで、自身の見聞を広げるために美術館や展覧会にも足を運び、漠然としていた興味が徐々に“工芸”に向かって行ったという。4年間の受験生活を経て、東京藝術大学工芸科に見事合格を果たした。</p>



<p>「工芸科」と一括りにしても染織や漆芸など専攻は様々。中でも大学1、2年次の間で一通りの専攻を体験した渡辺さんが最終的に決めたのが、陶芸だった。「窯に入れて焼くと、全く想像していないものが出来上がってくる。まるで自分の手の届かない所にあるように感じて、これは面白いなと思いました」。</p>



<h3 class="wp-block-heading">“焼き物の地”で器を作り続けた10年間</h3>



<p>在学中、陶芸をより突き詰めたいと考えるようになり、同大学大学院美術研究科陶芸専攻へ進学することを決意。大学院修了後は、愛知県瀬戸市にある瀬戸窯業（ようぎょう）高等学校（現 瀬戸工科高等学校）で、セラミック科の教員として赴任した。瀬戸市は「瀬戸焼（せとやき）」で知られる“焼き物の地”であることから、制作活動を続けるにも最適の環境であった。更に多くの陶芸作家が瀬戸市で活動しており、中でも織部焼の名匠である加藤作助（かとうさくすけ）氏が、この地を窯元としていたのは有名な話だ。渡辺さんは大学の教員に勧められ、当時愛知県立芸術大学の教授を務めていた加藤氏の元へ、真っ先に挨拶へ向かった。そうした縁もあり、後に渡辺さんは愛知芸大出身の同世代の作家達とグループ展を催していくことになる。</p>



<p>「陶芸は器が基本、とにかく器を作りなさい。それが作助先生の教えでした」</p>



<p>その教えに則り、学校に勤めながら展覧会に向けて日々制作に励んだ。環境や人との繋がりに恵まれ「充実した10年間を過ごした」と渡辺さんは当時を振り返る。独立を決めてからは故郷の山梨に戻り、現在の工房を構えることとなった。<br></p>



<h3 class="wp-block-heading">色彩が織りなす文様の制作過程</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/02/export15.jpg" alt="" class="wp-image-52186" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/02/export15.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/02/export15-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/02/export15-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>渡辺さんの作る器に見られる多彩な色使いや模様は、マスキングテープを用いた技法で生み出されている。マスキングテープを貼り、器体の形に合わせた模様を切り抜いて、色を乗せて剥がしては焼く、という工程を5、6回程度繰り返すのだという。色は一度に厚く重ねると剥離や縮れを起こすため、薄く何度も重ねる必要があるそうだ。辛抱強く行う作業となるが、「あと2回、1回となってくると出来上がりが楽しみでワクワクしてくるんです」と、その魅力を語る。途中段階は色を定着させることを目的に低温で焼き、「色絵」技法の仕上げとしてガラス化させるため、最終的には約800度まで温度を上げて焼き付けていく。このように全ての工程に丹念な手間暇が掛けられて、ようやく絶妙な色味や緻密な文様が完成する。</p>



<h3 class="wp-block-heading">憧れから自分らしさへ</h3>



<p>現在の作風に至るきっかけとなったのは大学で陶芸を専攻した当初に、陶芸家･前田正博（まえだまさひろ）氏の作品と出会ったことだった。前田氏のマスキング技法を駆使し、絵具を何層も重ねる技法や、「ふくろう」をはじめとする動植物をモチーフにした絵柄など、当時の工芸界に革新を与えた作品は数多く、「焼き物でこんなにも鮮やかな色が出せるのか」と、カルチャーショックを受けたという。手探りで技法を試しながら技術を磨いていく過程で、「前田さんの作品でみるような絵柄は描けないから、自分が作っていて楽しいと思うことをやっていこう」と、自分なりに編み出した幾何学柄の表現が生まれていった。前田氏に作品が似ていると言われたこともあったそうだが、「技術を身に付けていく中で、自分でも意識をしない間に段々と“渡辺のカラー”になってきたと言ってもらえるようになりました。試行錯誤する中で、前田さんの作品に対する憧れから離れ、徐々に自分のスタイルとして自覚ができるようになっていったのかもしれません」と、嬉しそうな笑顔を浮かべる。</p>



<h2 class="wp-block-heading">新たな“色”</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/02/export7.jpg" alt="" class="wp-image-52187" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/02/export7.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/02/export7-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/02/export7-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>これまで、「自分が作りたいものを作ってきた」と渡辺さん。器においても、食事との相性を考えた色合いというよりは、色彩を主役に仕立てた作品の印象が強い。しかしながら最近は、“白”にも魅力を感じるようになってきたそう。白を基調に模様を施したり、光の角度で輝き方に変化をつける、「ラスター彩」と呼ばれる技法を用いたりと、新たな表現に踏み込み始めた。「白は色が乗せやすく、安定感がある。少しずつ良さがわかってきました」。</p>



<h3 class="wp-block-heading">感性の根源とは</h3>



<p>展覧会に向けて制作に打ち込む一方で、時間に追われてしまい自身を模索する余裕がなくなっていることに、引っかかりを感じるという渡辺さん。ふと、浪人時代に休みが来るたびに足繫く展覧会へと通っていた頃を思い出す。「展示を見ては自分の感想を書き残していたんです」。浪人時代に抱いていた工芸に対する純粋な熱意が、自分の感性を磨いていたのではないか、あらためてそんな想いが湧き起こる。</p>



<p>「やりたいことはいっぱいあります。だからこそ時間を作って取り組んでいかなければいけないと思います」</p>



<p>現在はろくろを用いた制作が基本となっているが、積極的に造形へ変化を加えていきたいという。「手びねりや土物も試してみようと思っていた時もありました。手を出せずにいましたが、時間はかかってもいろんなことに挑戦する必要はあると感じています」。新たな可能性にも目を向けながら、伝統工芸というものに縛られず、自分の持つ造形力と表現力を活かせる物を作っていきたいと、今後の展望について語る。</p>



<h2 class="wp-block-heading">実用品ではなく、“作品”としての器を</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/02/export23.jpg" alt="" class="wp-image-52188" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/02/export23.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/02/export23-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/02/export23-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>山中湖で工房を構えてから19年が経った今、これからの方向性として「実用性だけではなく、より“作品”としてのクオリティを追求していきたい」と意気込む。安定した収入を得る反面、仕事と自身の制作に多忙を極めていた教員時代と、独立を決意した当時の気持ちを振り返り、「“自分が作りたいものを作る”」ことに、改めて重きを置きたいと、強い決意を表情に滲ませた。自身の中に秘められている、未だ生み出されていない新たな“作品”の可能性。それを見つけるために、陶芸家･渡辺国夫は今日も感性を磨き続けている。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/52182/">「作りたい」という想い、“作品”としての器へ。陶芸家･渡辺国夫／山梨県南都留郡山中湖村</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>“使う楽しさ”をデザインするものづくり「アトリエヨクト」／山梨県北杜市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 04 Nov 2024 02:56:31 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[北杜市]]></category>
		<category><![CDATA[モダンデザイン]]></category>
		<category><![CDATA[木工]]></category>
		<category><![CDATA[山梨県]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/export4.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>南アルプスと甲斐駒ヶ岳（かいこまがたけ）を水源とする尾白川（おじらがわ）が流れ、四季折々の自然に囲まれる北杜市白州町。工房「アトリエヨクト」をこの地で構えるきっかけとなったのは、デザイナー二人の転機となるスウェーデンでの [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/50128/">“使う楽しさ”をデザインするものづくり「アトリエヨクト」／山梨県北杜市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/export4.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>南アルプスと甲斐駒ヶ岳（かいこまがたけ）を水源とする尾白川（おじらがわ）が流れ、四季折々の自然に囲まれる北杜市白州町。工房「アトリエヨクト」をこの地で構えるきっかけとなったのは、デザイナー二人の転機となるスウェーデンでの生活だった。</p>



<h2 class="wp-block-heading">生活の中で生まれる“プロダクト”</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/export3.jpg" alt="" class="wp-image-50129" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/export3.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/export3-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/export3-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>山梨県北杜市白州に構えるアトリエヨクトは、デザインから製作までを手掛ける古川潤（ふるかわじゅん）さんと、WEBやパッケージなどのグラフィックデザインを担当する佐藤柚香（さとうゆか）さんの夫婦二人から成る。インテリア雑貨や家具など製作は多岐に渡り、「ベースは木ですが、それぞれの目的に適した素材を柔軟に用い、室内外の境目なく使えるものを作ることができればと考えています」と古川さんは話す。アイデアは“自分たちが欲しいと思ったもの”が始まりとなり、試作を繰り返しながらデザインを研ぎ澄ませ、「製品＝プロダクト」へと完成させる。例えばミニサイズのカッティングボードは登山やキャンプで簡易的なテーブルとなり、ポケットやリュックに入れて持ち運ぶことができ、日常生活においてもフルーツなどを切ってそのままトレイとして食卓で使える。アウトドアが好きな古川さんが「欲しい」と思ったことで生まれたプロダクトの1つだ。「生活の中で気付き、面白いなと思ったものをまず作ってみる。いけそうだと思った場合にそれをブラッシュアップさせて形にしています」。</p>



<p>ブランドを立ち上げてからは9年目、北杜市に移住してからは11年となる二人。北杜市を活動の拠点として決めた理由は、東京からの程よい距離感と留学で向かったスウェーデンでの田舎暮らしが馴染み、「気候や雰囲気が似ている」と感じたからであったという。</p>



<h3 class="wp-block-heading">スウェーデンで得たもの</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/export20.jpg" alt="" class="wp-image-50130" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/export20.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/export20-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/export20-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>同じ美術大学の建築学科で学んでいた二人。卒業後、古川さんは伝統工法建築の工務店で大工を経て独立し、東京都墨田区の町工場を借りてオーダー家具の製作を始めたが、独学ゆえに限界も感じていた。その頃パートナーである佐藤さんも設計事務所から独立して数年が経ち、行き詰まりを覚えていた。新たな学びが必要だと感じた二人はスウェーデンへの留学を決心。ヨーテボリにあるHDK大学にて古川さんは家具デザインを、佐藤さんはテキスタイルを学ぶため約4年間滞在することとなった。スウェーデンの教育や社会福祉制度が充実しているという点は、留学と生まれて間もない息子の子育てをする上でも心強かったという。</p>



<p>北欧家具は世界各国でも注目を集めており、スウェーデンは昨今日本で人気を博している大手家具ブランド企業発祥の地でもある。スウェーデンの家具には白樺やオーク材などの天然素材が使用され、デザイン性がありながらも実用性に優れているのが特徴的。「使い勝手の面で合理性があり、デザイナーと製作側の距離がとても近いことで、デザインが製品にスムーズに落とし込まれていることの心地良さ。以前から思い描いていた理想を目の当たりにして、日本に帰ったらこの関係性を大切にしようと改めて思いました」と古川さんは当時を振り返る。</p>



<h3 class="wp-block-heading">日本の伝統的な民家から得た発想</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/export26.jpg" alt="" class="wp-image-50131" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/export26.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/export26-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/export26-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>スウェーデン家具の優れたデザインプロセスに加え、改めて実感した“日本の良さ”もブランドコンセプトに影響を及ぼした。異国の建築や生活様式の中で、古川さんは改めて“日本の伝統的な民家”を掘り下げて考え直すようになったという。例えば日本の昔からの民家にみられる「田の字造り」では、普段は字のごとく襖や障子で間仕切がされているが、仕切を取り払うことで1つの大きな空間へと変えられる構造となっている。このように日本の古くからの民家は可変性に優れた造りで、「日本人は自然を柔軟に受け入れつつとても合理的な暮らし方をしていたことに気付きました」と古川さんは語る。</p>



<p>「日本の昔の家具はほとんどが運べるんです。ちゃぶ台を置けば食事を取る居間となり、布団を敷けば寝室となる。そこに着想を得て、アトリエヨクトのプロダクトは持ち運びができるという可動性がコンセプトのひとつになっています」</p>



<p>折り畳み式のテーブルは「ちゃぶ台」のように持ち運びが容易で、アウトドアでも活躍する。生活空間を柔軟に活かす日本の伝統民家の様式からヒントを得たことで、アトリエヨクトのプロダクトとは“北欧の合理性”と“日本の生活スタイル”を融合したものになっている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">新たに現代で提案する“オカモチ”</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/export37.jpg" alt="" class="wp-image-50132" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/export37.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/export37-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/export37-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>「ブランドコンセプトを1番体現しています」と二人が紹介するプロダクトは「オカモチ」。古くは田植えなどの野外作業時に食事を運ぶ用途に始まり、後に出前で用いられるようになった伝統的な「岡持」を、生活道具を収納して運べるように現代風にリデザインしたものだ。ケータリングをはじめ旅館やホテルでの食事のサーブ、リモートワーク用のビジネスツール入れ、ヘアメイク道具や裁縫箱など、使う人によって用途は様々。スウェーデンに住んでいた頃に子どものミニカーが増えてしまい、片付けを学ばせるために作ったことがきっかけだったという。「世界各国でハンドルの付いた箱がいろいろある中で、“料理を運ぶため”に作っている日本の岡持がすごく印象に残っていました」と古川さんは開発当時を振り返る。</p>



<p>軽量化にこだわり、昔から軽い木材として箪笥（たんす）や収納箱で用いられてきた桐と、ハンドル部分はアルミ素材を使用。浅箱やトレーとしても使える蓋など、オプションを組み合わせることで好みにカスタマイズできる。また、このオカモチがアトリエヨクトの基本モジュールとなっており、他のプロダクトと連携して使用することができるようになっている。「小物を作る時にはこのオカモチに収まることを考慮してデザインします。組み合わせて使えると可能性が広がって楽しいんです」と話す古川さん。「思いもよらない組み合わせができるんです」と佐藤さんが加える。</p>



<h2 class="wp-block-heading">“ものづくり”で広がる新たな繋がり</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/export31.jpg" alt="" class="wp-image-50133" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/export31.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/export31-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/export31-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>最近は異業種とのコラボレーションが増えてきたという。そのひとつが、北杜市津金地区で、個性的なナチュラルワインを作る「BEAU PAYSAGE（ボーペイサージュ）」とのコラボレーションだ。自然農法のブドウ作りや野生酵母を用いた醸造など、手間ひまかけて作られるBEAU PAYSAGEのワインは限られた市場にしか流通しておらず、容易には手に入れることができない。品質のみならず、オーナー・岡本英史（おかもと えいし）氏の追求する、環境に配慮した「手を加えない」ワイン作りの哲学が共感をよび、国内外の愛好家たちからも高い評価を得ている。そういったBEAU PAYSAGEの取り組みの一環として、ワインの空き樽を1年に1樽分、カトラリーなどへとアップサイクルさせるプロジェクトを実施しており、既に4回目を迎えた。「1人で製作をしていると発想も偏ってしまうので、様々な人との繋がりは大事ですね」。</p>



<p>また岡本氏から繋がりはさらに発展し、東京都西麻布にあるフレンチレストラン、「L’Effervescence（レフェルヴェソンス）」の10周年記念時に新たなコラボレーションが実現。フランスの伝統的な技術に日本の四季折々の自然と文化を取り入れ、独自の美学で料理を生み出すL’Effervescenceは、ミシュラン三ツ星を獲得するなど、美食家たちの間でも話題のレストランだ。料理長を務める生江史伸（なまえしのぶ）氏からのオーダーは、「BEAU PAYSAGEのワイン樽を使った、箸とナイフを両方置くことができるナイフレストを」というものだった。実際にデザインと製作を手がけた古川さんは、「異業種の方の話を聞きながらものを作るのは興味深いしとても勉強になる」と語った上で、「アトリエヨクトで提案したいものと、コラボレーションによって誰かと一緒にものづくりをするという“二方向”でのプロダクト制作が今の原動力のひとつになっている」と、新鮮なアイディアやニーズに応えることで得られる、作品への好影響を嬉しそうに話してくれた。</p>



<h3 class="wp-block-heading">デザインが好き</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/export12.jpg" alt="" class="wp-image-50134" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/export12.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/export12-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/export12-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>二人が北杜市へ移住した頃はブランドを立ち上げたばかりで知名度はなく、ゼロベースからのスタートとなり、販路はもとより製作における外注先や資材調達においても苦労は絶えなかった。一見木材の資源が豊富に思える山梨だが、県内の製材所では建築材に用いる杉や檜といった針葉樹を扱ってはいるものの、家具作りに適した広葉樹の材木はあまりみられないという。そのため日本各地の国産材や輸入材を使用しているが、ここ2、3年は工房のある北杜市の林業会社が今までチップや薪になっていた伐採木で、周辺の木工家に向けた原木市場を開いてくれるようになり、丸太を入手できるようにもなった。けれども水分を含んだ生木のままでは製作工程には移れないため、入手後市内の製材所で板にし、乾燥させるため長野県までトラックをレンタルして往復する必要がある。木材の調達から製材までのサイクルの効率化やコスト面での課題は多く、地元の同業者や木材を扱う業者との協力体制を整えていく必要を古川さんは感じているという。この動きは友人の木工家が中心となっていて、現在も課題に取り組みつつ更なる広がりをみせている。</p>



<p>また、製作工程においても一部の部品は外注に出しているものの、生産量に関しては課題を感じているとのこと。</p>



<p>「もう少し外注先を増やすことができれば、商品開発に時間を割くことができる。やっぱりデザインが好きなんです」。</p>



<h2 class="wp-block-heading">アトリエヨクトが考える“ものづくり”</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/export23.jpg" alt="" class="wp-image-50135" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/export23.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/export23-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/export23-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>「あまりスタイルやビジョンを決めつけたくなくて。これから生み出していく商品群から意図を感じていただけたらと思います」</p>



<p>生活の中でふと思い浮かんだアイデアや、柔軟なものづくりを軸とする古川さんらしい考えだ。例えば、壁面にフック付きの鉄バーを設置し、そこに様々なサイズの箱や棚をフックに引っ掛けて組み合わせることで自由に収納スペースを作ることができる壁面収納家具は、4年前に佐藤さんが設計した自邸に実際に取り入れたもの。「実際に使ってみることでまた新たな発想が生まれています」と語る古川さんは、自宅の空間を家具で自在にアレンジするという新たなアイデアに“楽しさ”を感じているという。</p>



<h2 class="wp-block-heading">使うことで活きるプロダクトを</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/export19.jpg" alt="" class="wp-image-50136" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/export19.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/export19-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/export19-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>「既にあるものを作っても自分が面白くないので、まだ見出されていないものの中で作る意味があると感じたものに限り形にしていこうと思っています」</p>



<p>自身の生活をベースにして自由自在な発想で新たなプロダクトを繰り広げていく古川さんからは、”ものづくり”の未来の可能性が垣間見えた。</p>



<p>組み合わせ可能なモジュールやカスタマイズといった可変性を持つアトリエヨクトのプロダクトについて、二人は“使う人の参加型家具”と称している。「使う人のアイデアや発想が自由に浮かんでくるようなものづくりがしたい」。商品開発に関して“形”ではなく、使い方の可能性を妨げないような“仕掛け”の要素を考えてデザインを行っているそうだ。お客さんの元に渡ったプロダクトが、二人の意図しないような使い方をされた時に、「ものを介して使い手とのコミュニケーションが取れた」と嬉しく感じるという。“もの”を所有することが目的ではなく、“使うことで生活がより豊かになる”デザインを目指すアトリエヨクト。思いもよらないヒントが潜んだプロダクトに今後も驚かされることだろう。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/export5.jpg" alt="" class="wp-image-50137" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/export5.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/export5-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/export5-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/50128/">“使う楽しさ”をデザインするものづくり「アトリエヨクト」／山梨県北杜市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>薪を割り、火をくべる。“変わり続ける土の表情”「陶房窯八」／山梨県北杜市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 29 Oct 2024 03:58:43 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[山梨県]]></category>
		<category><![CDATA[陶芸家]]></category>
		<category><![CDATA[陶芸]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/export11.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>南アルプスの北端となる甲斐駒ヶ岳（かいこまがたけ）の麓の山林に佇む「陶房窯八（とうぼうかまはち）。陶芸家の大橋睦（おおはしむつみ）さんは、土をこね薪を割り、伝統的な「薪窯（まきがま）」に火をくべて作品を作り上げる。“焼く [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/export11.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>南アルプスの北端となる甲斐駒ヶ岳（かいこまがたけ）の麓の山林に佇む「陶房窯八（とうぼうかまはち）。陶芸家の大橋睦（おおはしむつみ）さんは、土をこね薪を割り、伝統的な「薪窯（まきがま）」に火をくべて作品を作り上げる。“焼く”ことで姿や風合いを変える焼き物の魅力とは。</p>



<h2 class="wp-block-heading">古くから伝わる「穴窯」</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/export2.jpg" alt="" class="wp-image-50029" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/export2.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/export2-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/export2-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>南アルプスを望む大自然に囲まれた山梨県北杜市武川町は、薪窯に使用される「赤松」が豊富に育つ。陶芸家の大橋さんが制作に用いるのは、薪窯の中でも「穴窯（あながま)」と呼ばれるもの。同じく伝統的な薪窯には「登り窯（のぼりがま）」が挙げられるが、陶器を焼き上げる焼成室（しょうせいしつ）が単室の穴窯に対し、登り窯は複数の部屋が少しずつ高くなるように連なる連房式（れんぼうしき）で構成されている。穴窯の方が歴史は古く、より効率的な大量生産が行えるようにと発展を遂げたものが登り窯だ。現代ではガス窯や電気窯といった、操作面、温度調整においても優れた窯が普及する中、大橋さんが穴窯に魅せられた理由は「薪」にあった。<br></p>



<h3 class="wp-block-heading">思いもよらなかった陶芸の世界</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/export1.jpg" alt="" class="wp-image-50030" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/export1.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/export1-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/export1-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>仙台から上京して大学に進学し、「焼き物陶芸研究会」というサークルに所属した大橋さん。「陶芸に興味が無かった」と言うが、大学近辺で活動をする陶芸家の元を訪れた際に、陶芸のイメージが覆されることになった。芸術活動とはいうものの、実際は木を切り、斧で薪を割るなどの肉体労働が大部分を占めていたのだ。自身も作業を手伝う中で、「その単純さが面白くなった」と当時を振り返る。作品を作りたいという気持ちよりも先に「薪を割り、火にくべる薪窯をやりたい」と思い立ち、本格的に陶芸を始めることとなった。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/export3.jpg" alt="" class="wp-image-50031" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/export3.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/export3-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/export3-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>大学卒業後は山梨県南巨摩郡富士川町（旧増穂町）の陶房で2年近く窯焚きを続けた。勤めていた陶房では登り窯を使用していたが、独立時に選んだのは穴窯。同じ薪窯と言っても、効率性を重視した登り窯は連なった各部屋の熱を巡らせながら焼成を行うため、くべる薪の量も少ない。対して穴窯は単室で直接的に炎を当てる形になり、薪をくべ続けることとなる。「とにかく土をこねて、薪をくべる。そうした穴窯の単純さに惹かれました」。</p>



<h2 class="wp-block-heading">炎と向き合う穴窯の魅力</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/export20.jpg" alt="" class="wp-image-50032" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/export20.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/export20-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/export20-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>穴窯の窯焚きにかかる時間は約4日間。その間は大学の焼き物陶芸研究会で出会った妻と二人、窯に隣接する自宅で仮眠をとりながら付きっきりの作業となる。一般的な薪窯では1230度から1280度程度まで温度を上げるそうだが、大橋さんは約1180度までを目安にしている。大橋さんの使用する土ではそれ以上の高温に耐えられず、溶けたり壊れたりしてしまうからだそう。効率的に熱を利用する登り窯に比べると、穴窯の温度管理は難しいといわれるが、「土との相性がよりリアルにわかるんです」と大橋さん。穴窯の場合は灰が飛んで器に付着し、溶け合うことによって岩のようなゴツゴツとした風合いが現れる。こうした器一つひとつの個性も、薪の詰め方や並べ方によって変化が表れるのだ。</p>



<p>均一に温度や炎の調整できないからこそできる予測できない表現の面白さ。「焚く度に『次はどうしよう』と、新たな疑問やアイデアが生まれてくる」と、その魅力を語る。</p>



<h3 class="wp-block-heading">穴窯が生み出す焼き物の表情</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/export29.jpg" alt="" class="wp-image-50033" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/export29.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/export29-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/export29-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>大橋さんが穴窯で焼き上げる作品は食器や酒器、一輪挿しといった花器など様々。“芸術性の高いものより、日常使いしやすいもの”を前提とする大橋さんの作品は、北杜市内のレストランでも取り扱いが増えているそうで、シェフや来店客たちの口コミによって少しずつ認知度を高めている。一般に向けてはギャラリーやオンラインショップで販売しており、昨今はSNSからの問い合わせも増加しているのだそう。</p>



<p>陶芸作品の多くは表面をガラス質にして艶を施す「釉薬（ゆうやく）」が用いられるが、大橋さんの代表的な技法である「焼き締め」では、土本来の色味や質感を活かすために釉薬は使用しない。対してこの焼き締めの工程で出る灰で独自に精製した「灰釉薬」を用いる作品もあり、自然に生じた灰の状態によって褐色から灰色までの個性的な色合いの仕上がりとなる。「焼いていく過程で、土が石や岩のような風合いへと変化をみせてくれるのが楽しいところです」。</p>



<h3 class="wp-block-heading">灯油窯の導入</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/export18.jpg" alt="" class="wp-image-50034" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/export18.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/export18-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/export18-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>年に2、3回というサイクルで窯焚きを行う穴窯に加え、2022年頃からは新たに「灯油窯」を導入した。新型コロナの影響で展示会も思うようにいかなかった中、これまで経験したことのなかった灯油窯に取り組んでみようと思い立ったと言う。それまでは薪窯で土や焼き方を変えたりと創意工夫を繰り返していた大橋さんの探求心が、窯を変えることで新たなフェーズに移ったのだ。</p>



<p>ガス窯や電気窯に比べると灯油窯は焼成の均一性が劣るといわれる。その点を活かし、穴窯と同様に窯内の配置をばらつかせ、温度差や炎の流れ方によって仕上がりにムラが出るように工夫を凝らしている。炭が爆ぜることのない分、穴窯と違い灯油窯はマットな質感の仕上がりとなるそうだ。「それぞれに表れる違いが作品の個性になるんです」。手探りで灯油窯に挑んだ大橋さんだったが、窯を変えることで生じる焼き上がりの違いを改めて実感したと言う。</p>



<h2 class="wp-block-heading">新たな発見を続ける</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/export9.jpg" alt="" class="wp-image-50035" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/export9.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/export9-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/export9-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>「制作に没頭しているとどうしても視野が狭くなり、土の配分や作品の輪郭が自分の好みに寄っていってしまうんです」。こうした際に参考にしているのは、顧客が作品を目にした時の反応だ。作り手とは異なる視点から来る反響は、励みになりつつ作品の幅を広げるきっかけになると言う。北杜市白州町で行われている「台ケ原宿市（だいがはらしゅくいち）」など、多くの人が訪れるクラフトフェアなどへ定期的に出品する中で、「売れるものと売れないもの」が見極められるようになってきたそうだ。陶芸家として20年以上経った今でも、「好みを限定しすぎないようにして、違う発見をするようにしています。お客様の声を聞き、それを活かす。そういった過程を繰り返すことがやりがいになっています」と大橋さんは語る。</p>



<h3 class="wp-block-heading">“自分の思う”器作りを</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/export10.jpg" alt="" class="wp-image-50036" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/export10.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/export10-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/export10-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>作り続けるほどにあらゆる視点で疑問が生まれてくるという大橋さん。現在は“土”と“焼き”に焦点を当てているのだそう。「同じ土を使ってもどのように焼くかで土が持つ本来の味や、焼き色に変化がある。それを追求していきたいんです」。山梨県は薪の資源が豊富な一方で粘土があまり採掘されない土地のため、県外から様々な土を取り寄せて独自のブレンドを研究している。</p>



<h2 class="wp-block-heading">試行錯誤の連続、その先に</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/export36.jpg" alt="" class="wp-image-50037" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/export36.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/export36-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/10/export36-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>「次から次へと生まれる疑問に全て向き合っていたら、10年20年はかかるんだろうなと思っています」と、笑みを浮かべる大橋さん。穴窯に情熱を傾けながらも常に焼き物の表現の可能性に思考を巡らせている。<br>「粘土は焼き上がることで、硬く引き締まり別の姿に生まれ変わる。誰かにその過程を伝えたいというよりは、私自身が知りたいんです」</p>



<p>窯や焼き方ひとつで変わる焼き物の表情。飽くなき探求心によってもたらされる大橋さんの新たな作品に、今後も目が離せない。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/50028/">薪を割り、火をくべる。“変わり続ける土の表情”「陶房窯八」／山梨県北杜市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>工芸とアートを融合した新しい継承の形。染色作家･古屋絵菜さん／山梨県甲州市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 24 Sep 2024 07:40:59 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[山梨県]]></category>
		<category><![CDATA[甲州市]]></category>
		<category><![CDATA[工芸家]]></category>
		<category><![CDATA[ろうけつ染め]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/09/export2.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>布に描かれる、桜、芍薬（しゃくやく）、睡蓮などの美しい花々。繊細な線とグラデーションによって表現されるそれらはどこか妖しい魅力を放ち、見る人の心に何かを訴えかける。新たな可能性を追求する一人の染色作家が描き出す「ろうけつ [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/09/export2.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>布に描かれる、桜、芍薬（しゃくやく）、睡蓮などの美しい花々。繊細な線とグラデーションによって表現されるそれらはどこか妖しい魅力を放ち、見る人の心に何かを訴えかける。新たな可能性を追求する一人の染色作家が描き出す「ろうけつ染め」の魅力と未来とは。</p>



<h2 class="wp-block-heading">ろうけつ染めを今に伝える染色作家</h2>



<figure class="wp-block-image"><img decoding="async" src="https://lh7-rt.googleusercontent.com/docsz/AD_4nXdwInIYueODQU3v13JqROI_XC6A4z1W2E3K3Z1R6-6XZGi7KXR-UAsEv8rrGuSpeDerLuuGBPLgkdrTIGxsYQbVa2GNF7y3Vte1jXyksDi44Ljd5yEa7p9yekhQm5Cy8OTbzN3XHyyRzfiqUR2wT99jruwnBC_0KQAkYfEnog?key=IYnYkqLeKl4OHX1ZahTeQg" alt=""/></figure>



<p>山梨県甲州市、山々に囲まれた自然豊かな地にアトリエを構え、「ろうけつ染め」という技法で四季折々の花々を描き出す染色作家の古屋絵菜（ふるやえな）さん。2013年1月6日から12月15日まで放送された、福島県会津に生まれ同志社大学を創設した新島（にいじま じょう）の妻、新島八重（にいじまやえ）の生涯を描いたNHK大河ドラマ「八重の桜」のオープニングタイトルバックに作品が用いられたことで一躍脚光を浴び、近年では企業や店舗とのタイアップ企画や各地での個展を開催するなど精力的に活動を行っている。そんな古屋さんのルーツには、同じくろうけつ染め作家として活動していた母からの強い影響があった。</p>



<h3 class="wp-block-heading">母のアートに触れて</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/09/export3.jpg" alt="" class="wp-image-49752" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/09/export3.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/09/export3-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/09/export3-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>小学校高学年頃までは「どの家でも親は絵を描いているもの」だと勘違いするほどに、絵を描くという行為がとても日常的だった。子育てと並行して毎年2回の展覧会への出品、染色作家として活動する母を見て育った古屋さんは、その後を追いかけるように美術大学への進学と作家の道へ憧れを抱くようになる。</p>



<p>高校卒業後は武蔵野美術大学工芸工業デザイン科に進学し、主にテキスタイルを学ぶ。卒業が迫った際には、会社組織で働くサラリーマンの道は一切頭になかったそうだ。「若さゆえの浅はかな考えだったと思います」。卒業後は大学院に進み、研究員として勤務しながら美術に対する理解を深め続けていった。こうした過程で様々な美術作品に触れるも、最後に選択したのは母と同じ染色作家だった。</p>



<p>「日本画に傾倒していた時期もありますし、作家として様々な道があることも学んだ期間でしたが、染色作家の道を目指すことに迷いはありませんでした」</p>



<p>しかし、その道は平坦なものではなく、活動を始めた当初は中々作品が陽の目を浴びず「自分が作品を作り続ける意味」に悩んだこともあったそうだ。そんな中、大きな転機となったのが2013年。大学院を卒業の際、大河ドラマ「八重の桜」のタイトルバックに使用する作品の制作依頼を受けることになる。全長8mと、これまでにない大作の制作に挑み、放送が始まると各所から大きな反響を呼んだ。</p>



<p>「自分の名前をクレジットの中に見つけた時、作品を作り続けてきて本当に良かったと心から思いました」</p>



<h2 class="wp-block-heading">ろうけつ染めという技法</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/09/export11.jpg" alt="" class="wp-image-49754" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/09/export11.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/09/export11-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/09/export11-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>「ろうけつ染め」は、布に熱く溶かした蝋（ろう）を筆で塗り、乾いた段階で染料を筆、刷毛を使って染め、最後に蝋を洗い流すことで模様を表現する防染技法で、「塗る・染める」の工程を繰り返し、洗い定着させる。筆のかすれやひびによっても独特の風合いが表れ、繰り返し蝋を重ねていくことで繊細な色合いや奥行きが表現される。一度染めると染料が乾くまで待つ必要があり、小規模な作品であっても制作にかかる期間は数週間を要する。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/09/export19.jpg" alt="" class="wp-image-49755" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/09/export19.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/09/export19-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/09/export19-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>古屋さんは「染め」にこだわり、布を染料に浸すのではなく、筆と刷毛を用いて描くように色を付けている。白い布の色をそのまま生かす場合もあれば、色を染め、残しておきたい染めの上にろうを置き、薄い色から濃い色へとどんどん染め重ねていくことで、独特のグラデーションや陰影を表現する場合もある。ただでさえ時間のかかるろうけつ染めの工程において、「ここまで細かく手間をかけているろうけつ作家は少ないと思う」と笑う古屋さん。大変だと思う時もあるが、手間をかけるからこそ表現できる幅が広がるのだと、自身の技法へのこだわりを話す。</p>



<p>「幼い頃から絵を描くのが好きで、染色の中でもろうけつ染めはその作業にとても近い。自分にとってはそれが凄く魅力的なんです」</p>



<h3 class="wp-block-heading">蝋へのこだわり</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/09/export25.jpg" alt="" class="wp-image-49756" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/09/export25.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/09/export25-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/09/export25-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>古屋さんが制作に用いているのは、ロウソクやクレヨン等で身近に使用されているパラフィンワックスと、融点が高く強度と柔軟性を持ったマイクロワックス。ひびを入れたい場合はパラフィン単一で、また模様を描く場合は配合させるなど、生地との相性や気温・湿度等に合わせ、目的に応じて主に2種類のワックスを使い分けている。</p>



<p>日本におけるろうけつ染めの歴史は古く、奈良時代よりミツバチの巣からとれる「蜜蝋（みつろう）」が用いられていた。しかし894年に輸出入の要であった遣唐使が廃止されると、蜜蝋の入手は困難になり、石油原料が輸入されるようになる大正初期まで「高価な染色」としてその文化が途絶えてしまっていたそうだ。</p>



<p>「ろうけつ染めの業界も徐々に進歩しているんです」。ルーツにこだわり蜜蝋を使っていた時期もあったそうだが、より良い作品作りのため新たな化学原料も使用しながら、さらに自分らしい表現を模索している。</p>



<h2 class="wp-block-heading">工芸とアートを行き来する</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/09/export8.jpg" alt="" class="wp-image-49757" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/09/export8.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/09/export8-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/09/export8-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>ろうけつ染めの発祥には諸説あるが、中国の北西部、新疆（しんきょう）ウイグル自治区のニヤ遺跡からろうけつ染めの綿布が発見されていることから、2～3世紀頃には既にその技法が存在していたとされている。大河ドラマの放送で大きな反響を受けていた頃、自分が作っている物の歴史背景に興味を持った古屋さんは1年間中国の上海に渡った。アート市場が大きい上海のリアルを目の当たりにしつつ、内陸の少数民族が昔から受け継いでいる太古のろうけつ染めを学びに行くなど、充実した1年間を過ごす。</p>



<p>「部族によって柄が違っていたりと民族性が顕著に表れている。それらの扱いはアートという感じではなく、“工芸品”や“お土産品”に近い存在に感じられました」。作り手が希少な日本と比べ、太古から脈々と技術が伝わる本場のろうけつ染めを肌で感じ、改めて文化としての厚みを強く実感したそうだ。</p>



<p>日本におけるろうけつ染めの歴史を発信・継承しながら、アートとしての新しい可能性を探っていく。「工芸とアート、その間の部分に私は居たいんです」、そう話す古屋さんの目はこれからのろうけつ染めを見据えていた。</p>



<h2 class="wp-block-heading">ろうけつ染めを繋ぐ「新しい継承の形」</h2>



<figure class="wp-block-image"><img decoding="async" src="https://lh7-rt.googleusercontent.com/docsz/AD_4nXc-vZNtRgsIeBlSEeJ50Qb7JfMARhHdoEvksvDSnIqdeehX8LH06a2qclozceCrPVc4u2v62S_rs9sZkQRXr-8TTE8IkH0Pd_4wAm-IatoWSbsw0_pTIk6z45_F0axLrBdpOE-ap_qDrWeNhYokXHbj0PerdpIQYuL8mP66qQ?key=IYnYkqLeKl4OHX1ZahTeQg" alt=""/></figure>



<p>ろうけつ染めのような染織技法は主に着物などの実用品に多く用いられていたもので、着物が日常的に着られなくなった現在、国内の作家は数える程にまで減ってしまっていると言う。古屋さんはそんな現状に歯止めをかけるべく、山梨の和菓子店「和乃菓（わのか）」の菓子箱デザインや、アイスブランド「ハーゲンダッツ」のアートパッケージ、トヨタ自動車が展開するブランド「LEXUS」主催のクラフトプロジェクト「LEXUS NEW TAKUMI PROJECT」への参画、海外での個展開催など、多岐に渡ったアプローチでその魅力を世界に発信している。こうした活動によって、若年層など今までろうけつ染めを知らなかった層にも日本の伝統技術を普及させている。</p>



<p>「これからも一生作品作りを続ける事が目標です。できるだけ長く続けられるような環境に身を置き、自分の作品を追求していきたいですね」</p>



<p>工芸としての歴史を重んじつつも、柔軟に新しいエッセンスを盛り込みながらアートへと昇華させる。ろうけつ染めに囚われず国内でも多くの伝統工芸や貴重な文化の存続に課題がある中、古屋さんの活動が「新しい継承の形」として未来への布石となるのかもしれない。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/49751/">工芸とアートを融合した新しい継承の形。染色作家･古屋絵菜さん／山梨県甲州市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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