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	<title>長野県 - NIHONMONO</title>
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	<description>「にほん」の「ほんもの」を巡る旅マガジン</description>
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	<title>長野県 - NIHONMONO</title>
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		<title>かの葛飾北斎の傑作を仰ぎ見る、栗の町長野県小布施町の「岩松院」/長野県小布施町</title>
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		<pubDate>Wed, 22 Mar 2023 01:00:14 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/03/main-2.png" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>長野県上高井郡の人口一万人ほどの小さな町に、一度は訪れるべき寺院がある。栗を使った菓子などで有名な小布施町にある曹洞宗の寺「岩松院（がんしょういん）」だ。江戸時代に一世を風靡した浮世絵師葛飾北斎の傑作が見られるこの寺には [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/03/main-2.png" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>長野県上高井郡の人口一万人ほどの小さな町に、一度は訪れるべき寺院がある。栗を使った菓子などで有名な小布施町にある曹洞宗の寺「岩松院（がんしょういん）」だ。江戸時代に一世を風靡した浮世絵師葛飾北斎の傑作が見られるこの寺には、四季を通じて多くの観光客が訪れている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">観光や栗を使った菓子処で人気の小布施町</h2>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/03/c_DSC5706_2400-sRGB-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-35879" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/03/c_DSC5706_2400-sRGB-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/03/c_DSC5706_2400-sRGB-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/03/c_DSC5706_2400-sRGB-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/03/c_DSC5706_2400-sRGB.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>岩松院のある小布施町は、スキーなどでも有名な白馬村と同じ長野県北部に位置し、県内で最も面積の小さい自治体ながら、歴史や古い文化を色濃く残している。美しい街並みと、そこに軒を連ねる<strong>特産品の栗を使った菓子処が人気を博しており、県内有数の観光地</strong>としても知られている。この岩松院も、そんな小布施町の観光名所のひとつとして、シーズンには連日、観光バスが押し寄せる。<br></p>



<h2 class="wp-block-heading">小林一茶が自身と重ねた句を詠んだ舞台「岩松院」</h2>



<p>「やせ蛙 負けるな一茶 これにあり」。これは信濃国（現在の長野県）出身で、松尾芭蕉や与謝蕪村と並んで江戸時代を代表する俳人と言われた小林一茶の句。痩せた小さな蛙が、体格の良い蛙と異性の蛙を巡って争う様子を詠んだもの。<strong>一茶が自分自身の置かれた境遇に重ね、自身を鼓舞するために詠んだ句</strong>とも言われている。この句の舞台となった池があるのが岩松院だ。</p>



<h2 class="wp-block-heading">岩松院の歴史</h2>



<p>1472年に開基したこの寺院は、火災による二度の焼失など、幾多の変遷を経て現在に至る。豊臣秀吉の腹心で「賤ヶ岳七本槍」の一人としても知られる戦国武将・福島正則の先祖代々の墓があるお寺、菩提寺（ぼだいじ）としても有名だ。</p>



<p>元々、豊臣側の家臣だった福島正則が、徳川側に与（くみ）するようになってしばらく経った1619年、武家諸法度に抵触したとして、当時領主を務めていた広島藩の領地を没収、今で言うところの左遷に近い減転封（げんてんぽう）という刑罰で信越地方に領地を移された。その際、禅の信仰にあつかった福島正則が転封先の菩提寺に定めたと言われている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">観光客の目当ては葛飾北斎の傑作</h2>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/03/c_DSC5718_2400-sRGB-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-35880" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/03/c_DSC5718_2400-sRGB-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/03/c_DSC5718_2400-sRGB-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/03/c_DSC5718_2400-sRGB-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/03/c_DSC5718_2400-sRGB.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>ここを訪れる<strong>観光客の目当ては、大間の天井に描かれている「八方睨み鳳凰図」</strong>だ。これは、富嶽三十六景など多くの名作を世に残した浮世絵師･葛飾北斎の作品。北斎が晩年、小布施町に滞在していた際に手掛けたものだ。当時88歳だった北斎は、かつて江戸で知り合い、縁のあった小布施の豪商・高井鴻山（たかい こうざん）全面援助のもと、実娘で浮世絵師の葛飾応為（かつしか おうい）や職人たちの力を借りて、約1年かけてこの画を完成させた。<br></p>



<p><strong>天井一面に描かれた巨大な鳳凰図は北斎作品のなかでも最大</strong>と言われ、今にも動き出しそうな躍動感のある力強いタッチと、完成後は一度も塗り替えを行っていないというのが信じられないほど鮮やかな色彩は見る人を魅了する。しかし全国的には寺院の天井に描かれている聖獣といえば「龍」のイメージが強いのではないだろうか。</p>



<p>では、なぜ岩松院では鳳凰なのか。</p>



<h3 class="wp-block-heading">岩松寺を守る住職、渡辺正巳さんの考える「八方睨み鳳凰図」</h3>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/03/c_DSC5770_2400-sRGB-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-35883" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/03/c_DSC5770_2400-sRGB-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/03/c_DSC5770_2400-sRGB-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/03/c_DSC5770_2400-sRGB-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/03/c_DSC5770_2400-sRGB.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>住職の渡辺正巳さんに聞けば、文献などには残っていないから正確なことは言えないが、この作品の制作を北斎に勧めた人物であり、プロジェクト最大の協力者である高井鴻山の当時の思考にヒントがあると言う。高井鴻山は、“世の中に常は無く、変化し続けている”という意味を持つ仏教用語の「無常」を、その当時の世に強く感じていた。それを汲み取った<strong>北斎が、「無常」という言葉の対となる「永遠なるもの」を表現</strong>する「鳳凰」を描いたのではないかと考えている。あくまで渡辺さんの想像ではあるが、想像通りだったとすれば、北斎と孫ほどの年の差があった高井鴻山との間に築かれた信頼関係の強さと、それが長野県に世紀の超大作を残すこととなったドラマに胸が熱くなる。<br></p>



<h2 class="wp-block-heading">住職渡辺正巳さんと岩松院</h2>



<p>住職歴は今年で8年目となる渡辺さん。住職になるまでの14年間は、サラリーマンをしていた。大学も経済学部出身。特に仏教を専攻して学んでいたわけではない。ただ、母親の実家がこの岩松院だったため、小さい頃から禅に慣れ親しんでおり、興味は持っていた。<br>その興味をより深めたのがサラリーマン時代に経験したバックパッカー旅。キリストやイスラム圏を訪れる中で、様々な宗教に触れ、改めて仏教や自身のルーツである禅について考えるきっかけになった。こうして、岩松院の住職となった現在は、仏門に入るまでの社会人経験、時には旅人として見てきた様々な経験を生かし、何百年も続く禅の文化に倣いつつも自分なりの解釈も加えた説法を説いていく。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/35871/">かの葛飾北斎の傑作を仰ぎ見る、栗の町長野県小布施町の「岩松院」/長野県小布施町</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>歴史ある宿場町に佇むガラス工房で作る淡い色のクルミのガラス「ガラス工房 橙」/長野県東御市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 08 Feb 2023 01:00:56 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/c_DSC6719_2400-sRGB-1024x682.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>やさしい色合いと手に握った時のあたたかみがなんとも言えない「クルミ」。口にいれれば風味がよく美容にも効果がある。その存在だけでなんだか心をほっこりさせてくれる。そんなクルミの魅力を体現するようなガラスを生み出す「ガラス工 [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/c_DSC6719_2400-sRGB-1024x682.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>やさしい色合いと手に握った時のあたたかみがなんとも言えない「クルミ」。口にいれれば風味がよく美容にも効果がある。その存在だけでなんだか心をほっこりさせてくれる。そんなクルミの魅力を体現するようなガラスを生み出す「ガラス工房橙」。あたたかみのある作品を生み出す秘訣を聞いた。</p>



<h2 class="wp-block-heading">趣ある宿場町の景観に佇むガラス工房</h2>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/c_DSC6727_2400-sRGB-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-35205" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/c_DSC6727_2400-sRGB-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/c_DSC6727_2400-sRGB-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/c_DSC6727_2400-sRGB-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/c_DSC6727_2400-sRGB.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>長野県の東部に位置する東御市（とうみし）。人口約3万人の小さな都市に生産量日本一を誇る特産品がある。それが、クルミ。現在、日本で流通している99％が外国産というから、国内で生産されるクルミは大変貴重で、そのぶん値段も高い。そのため海外から輸入されるクルミとの価格競争に押され、市場流通量は減少。それに伴い生産農家も減ってしまっているのだが、東御市は生産量日本一のプライドを掛け、東御市産クルミの生産拡大とさらなるブランド化に力を入れている。この町に地域の特産品であるクルミを使って、東御市ならではの製品を作るガラス工房がある。1999年に同市にて開窯した「ガラス工房 橙（だいだい）」だ。この工房の代表を務める寺西将樹さんは東御市の隣、丸子町（現･上田市）出身だ。</p>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/c_DSC6711_2400-sRGB-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-35208" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/c_DSC6711_2400-sRGB-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/c_DSC6711_2400-sRGB-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/c_DSC6711_2400-sRGB-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/c_DSC6711_2400-sRGB.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>元々モノを作ることが好きだった寺西さん。高校生の頃から陶芸など、さまざまなモノ作りに挑戦してきたという。そんな中で寺西さんが最も興味を持ったのが「ガラス」。ガラスが出来上がっていく工程は知れば知るほどおもしろく、学べば学ぶほどその仕事を突き詰めたいという想いは高まっていった。</p>



<p>ガラス作家の工房を手伝うなどしてその技術を学んでいた寺西さん。就職先も神奈川県横浜市のガラス製造会社を選んだ。それほどまでにガラスにのめり込んでいたから、離職後、帰郷し、自身の工房を構えたのも自然な流れだったのだろう。 そして、開窯してから20年以上経った現在でも「その時の気持ちのまま、気がついたら今でもやめられずに続けています。」と笑いながら話す。</p>



<p>寺西さんが工房を構えた海野宿（うんのじゅく）はかつて北国街道の宿場町として栄え、今も残るその景観は、重要伝統的建造物群保存地区として、道の中央を流れる用水、その両側に立ち並ぶ格子戸のはまった美しい家並みを残す。</p>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="684" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/599ac36fe7752151e849b6bc4c59a2f7-1024x684.jpg" alt="" class="wp-image-35211" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/599ac36fe7752151e849b6bc4c59a2f7-1024x684.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/599ac36fe7752151e849b6bc4c59a2f7-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/599ac36fe7752151e849b6bc4c59a2f7-768x513.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/599ac36fe7752151e849b6bc4c59a2f7.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>橙は、そんな趣のある風景に馴染むように佇む長屋門をリノベーションした工房。ここで製品を手に取って購入までしてもらえるよう、ギャラリーとカフェを併設した。温かみのある屋号はガラスを熱する窯の中の炎の色からだが、橙を代々とかけて、世代を越えて長く続いていくようにという意味も込めている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">クルミのガラスは淡く美しい自然の色</h2>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/c_DSC6709_2400-sRGB-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-35215" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/c_DSC6709_2400-sRGB-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/c_DSC6709_2400-sRGB-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/c_DSC6709_2400-sRGB-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/c_DSC6709_2400-sRGB.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>前述したように、地域特産のクルミを使って作る「胡桃ガラス®」はこの工房の登録商標。ガラスの原材料となる砂に、クルミの殻を燃やした灰を混ぜることで、淡い緑がかった独特の色味をしたガラスができる。その緑色は強すぎず、やさしい色合いで、まさに天然素材だからこそ表現できる色といった感じ。</p>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/c_DSC6701_2400-sRGB-1-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-35240" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/c_DSC6701_2400-sRGB-1-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/c_DSC6701_2400-sRGB-1-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/c_DSC6701_2400-sRGB-1-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/c_DSC6701_2400-sRGB-1.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>しかし、胡桃ガラスは材料も限られるため大量生産はできず、工房で作られるガラス製品のうちのほんの一部でしかない。ガラス工房を運営していくためには、自分がやりたい器やグラスなどのテーブルウェアばかりでなく、干支物やガラス細工など、必然的に納品先の希望に沿った製品を作ることとなる。</p>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/c_DSC7012_2400-sRGB-1-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-35220" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/c_DSC7012_2400-sRGB-1-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/c_DSC7012_2400-sRGB-1-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/c_DSC7012_2400-sRGB-1-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/c_DSC7012_2400-sRGB-1.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>もちろん、長い職人生活の中で自分の理想とするスタイルは持ってはいるが、繊細でシャープなものからぽってりとした温かみのあるもの、飾られることを用途とした置物まで、使うシーンに最適な形となることをモットーに、その範疇で“らしさ”を加えていく。「できることなら胡桃ガラスや透明なガラス、テーブルウェアばかり作っていたいですけどね。自分たちはメーカーみたいなもんだから、クライアントから希望されれば何でも作りますよ。」と話す寺西さん。工房に掛けられたカレンダーを使った手製の発注行程表には注文の状況がびっしりと書かれていた。</p>



<h2 class="wp-block-heading">20年近く経っても尚、続くアップデート</h2>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/c_DSC6689_2400-sRGB-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-35225" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/c_DSC6689_2400-sRGB-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/c_DSC6689_2400-sRGB-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/c_DSC6689_2400-sRGB-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/c_DSC6689_2400-sRGB.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>寺西さんの工房はギャラリーを併設しているため、製造から購入まで、すべて自分たちの目の届く範囲で行われる。これによって購入者の反応を伺うことができるから、自分たちの製品に対する反応を見て、そこから得た発見を製作に活かし、より良い製品へとアップデートすることができる。加えて、年数を重ねるうちに、製作に対する理解も深まってきた。特にサイズを見誤るとなかなか修正にも手間がかかるため、ガラス製作では段取りが命とも言える。それが段々とロジカルに考えられるようになってきた。こうした積み重ねは、技術の制度を上げ、現在では二次加工による調整はほとんど必要なくなったという。</p>



<h2 class="wp-block-heading">“面白い”から“やりがい”、そして生き甲斐へ</h2>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/c_DSC6936_2400-sRGB-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-35230" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/c_DSC6936_2400-sRGB-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/c_DSC6936_2400-sRGB-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/c_DSC6936_2400-sRGB-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/c_DSC6936_2400-sRGB.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>ちなみに、寺西さんの工房では主に宙吹きを用いてガラスを作っている。熱したガラスを伸ばすキャスティングといった技法も一部用いてはいるが、基本的には宙吹き。寺西さんが宙吹きにこだわる理由は、純粋に作業の面白さ。作業があっという間に終わってしまう躍動感や、その工程の一つひとつにやりがいを感じられる、まさに自分にとってぴったりのスタイル。</p>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/c_DSC6700_2400-sRGB-1-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-35233" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/c_DSC6700_2400-sRGB-1-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/c_DSC6700_2400-sRGB-1-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/c_DSC6700_2400-sRGB-1-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/02/c_DSC6700_2400-sRGB-1.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>工房を構えて約20年が経つが、それでも一度としてまったく同じものができたことはないという。それこそ手仕事の良さだし、時として自分の想像を遥かに超えるほど素晴らしく自画自賛したくなるものができることもあるから、やりがいを感じ、これからも続けていきたいと思える。もはや寺西さんにとって、生き甲斐とも言えるこの仕事。屋号のとおり、これから先も代々続いていく、そんな工房となるよう、日々励んでいる。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/35198/">歴史ある宿場町に佇むガラス工房で作る淡い色のクルミのガラス「ガラス工房 橙」/長野県東御市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>”好きなことを仕事に”を貫き、人の縁に愛された陶芸家「田端志音」／長野県軽井沢</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 01 Jan 2023 01:00:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[田端志音]]></category>
		<category><![CDATA[志音窯]]></category>
		<category><![CDATA[尾形乾山]]></category>
		<category><![CDATA[骨董品]]></category>
		<category><![CDATA[陶芸]]></category>
		<category><![CDATA[伊賀信楽]]></category>
		<category><![CDATA[器]]></category>
		<category><![CDATA[琳派]]></category>
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		<category><![CDATA[美術]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/12/main-12.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>日本有数の別荘地として知られる長野県軽井沢に「志音窯（しおんがま）」を構える田端志音さん。オリジナルの創作活動のほか、江戸時代の陶工として知られる尾形乾山（おがたけんざん）や、美食家で陶工として知られる北大路魯山人（きた [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/12/main-12.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>日本有数の別荘地として知られる長野県軽井沢に「<a href="https://shiongama.com/" target="_blank" rel="noopener" title="">志音窯</a>（しおんがま）」を構える田端志音さん。オリジナルの創作活動のほか、江戸時代の陶工として知られる尾形乾山（おがたけんざん）や、美食家で陶工として知られる北大路魯山人（きたおおじろさんじん）の写しにも精力的に取り組み、幅広い年齢層から人気を博している陶芸作家だ。器からこぼれる温かさや、やさしさ、器だけで絵になる魅力がどのようにして生まれるのか、その所以を知るため工房を訪ねた。</p>



<h2 class="wp-block-heading">”好きなことを仕事に”の思いから古美術商へ</h2>



<p>福岡県北九州市出身の田端さんは現在のご主人と出会い、兵庫県神戸に移住。その後、子育てのピークが落ち着いた30代後半の頃に生活費の足しにと、仕事を探していた。「<span class="swl-marker mark_yellow">どうせなら好きなことを仕事にしたい</span>」と、かねてより興味を持っていた古美術商の仕事を探していたところ、趣味だった茶道関係の友人から、いくつかの古美術商を紹介してもらうことができた。ピークは過ぎたとは言え、子育て中ではあったため、子どもたちが学校へ行っている平日に働ければと考え、紹介してもらった中から“土日休み可能”などの条件でしぼっていったところ、唯一残ったのが江戸時代から続く大阪の茶道具商「谷松屋戸田商店」。日本一の古美術商とも言われる会社だが、その当時はそんなこともつゆ知らず。面接をしてもらえることとなり、そこからはトントン拍子に話が進み、面接をした翌日から勤務することとなった。</p>



<h3 class="wp-block-heading">大恩人･日本料理の巨匠、湯木貞一さんから学んだ古美術品</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="/wp-content/uploads/2022/12/kiji1-12.jpg" alt="" class="wp-image-31997"/></figure></div>


<p> </p>



<p>その後、5年ほど勤めたのだが、その半分以上は日本料理「吉兆」の創業者･湯木貞一さんが美術館を立ち上げるため、蔵の整理の手伝いに派遣されていた。</p>



<p><span class="swl-marker mark_yellow">田端さんは、その業務のなかで湯木さんから古美術品を収集した当時の話を聞いたり、実際に触れたり、その素晴らしさを知る機会に恵まれる。この経験こそ、ほぼ素人だった田端さんが作陶を志すようになった重要なターニングポイントのひとつだった。</span></p>



<h2 class="wp-block-heading">些細なことから作陶の世界へ</h2>



<p> </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/12/kiji2-12.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<p>こうして、本物の陶芸に触れながら、その知識を深めていった田端さんだったが、1987年、立ち上げに関わった「<a href="http://www.yuki-museum.or.jp/" target="_blank" rel="noopener" title="">湯木美術館</a>」がオープンすると、それまでの忙しい生活が嘘だったかのように手が空き、持て余す時間が多くなった。</p>



<p>ちょうどその頃、兵庫県西宮市と神戸市北区の県境にあるエリアに移住した。関わった一大プロジェクトが済んだことや、通勤に要する時間が長くなったことなど、いくつかの要因が重なり、田端さんは仕事を辞めることにした。</p>



<p>退職後、ぽっかり空いてしまった時間を埋めるように「自分でも、これまで見てきたものを作れないだろうか。例えば、「自分が作った器で趣味の茶事ができたら素敵だな」と考えはじめた田端さん。</p>



<p>作陶をはじめたきっかけは、そんな些細なことだった。</p>



<h3 class="wp-block-heading">失敗ばかりの作陶活動</h3>



<p> </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/12/kiji3-12.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<p>こうして始まった田端さんの作陶活動。しかし、古美術に携わっていた頃に蓄えた知識はあるものの、もちろん陶芸教室にも通ったことがなかったから基礎すら理解していない状態。とりあえず独学だけで焼いてみたが、失敗ばかりだった。</p>



<h3 class="wp-block-heading">陶芸家･杉本貞光さんと出逢い、そして独自路線へ</h3>



<p> </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/12/kiji4-12.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<p>そんなある日、京都･大徳寺の住職で、茶人としても有名な大亀老師（だいきろうし）から陶芸家の杉本貞光さんを紹介してもらった。</p>



<p>杉本さんは、「自分が使っているのと同じ窯を使ってみないか？ 同じ窯なら、わからないことがあっても教えやすい」と言って、自身が使用する窯と同型のものを使うことを提案してくれた。その後、杉本さんが陶芸家としての才能が広く認められ、想像できなかったほど忙しくなり、全く連絡の取れない状態になってしまった。</p>



<p>窯を購入した際も、窯の業者さんに焼き方くらいは教えてもらえるだろうと高を括っていたが「作り手によって焚き方も詰め方も違うから指導はできない」と言われてしまう始末。作陶の専門書を読んだところで大して参考にもならず、使用する釉薬（ゆうやく）も、ひとまず最高級品を用意してはみたが、窯の温度管理もよくわからないまま使用して表面に塗った釉薬がすべて流れてしまったり、作陶デビューはもう散々。 しかし、約150万円で購入した灯油式の窯だって決して安い買い物ではなかったし、何より茶道で使う器を作りたいという気持ちが強く、ちょっとくらいの失敗は学びと捉えて、技術のブラッシュアップに励んだ。</p>



<p><span class="swl-marker mark_yellow">湯木さんや大亀老師に意見をもらいながら、とにかく焼いて、焼いて、独学で作陶を続けた。これこそ陶芸家･田端志音としての重要なもう一つのターニングポイントとなった。</span></p>



<h3 class="wp-block-heading">納得できる尾形乾山の写しが作れるように</h3>



<p> </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/12/kiji5-12.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<p>そのターニングポイントとは、湯木美術館立ち上げの際に幸運にも何度か手に取る機会のあった尾形乾山の作品。グラフィック的な要素の多い乾山作品は白化粧をして、そこに鬼板で絵や字を描くスタイルで、もともと字や絵付けに興味のあった田端さんは、自分に向いているのではないかと考えた。</p>



<p>それからは、ろくろで茶碗を引き、白化粧をし、絵を描いて、際限なく焼き続けた。ところが窯から出てきた作品は思っていたものとはかけ離れてたものだった。しかし、途中で投げ出さず、作っては焼き、使用する釉薬を変え、何度も試行錯誤を重ねた。その結果、少しずつ自身が納得する乾山の写しが作れるようになってきたのだった。</p>



<h2 class="wp-block-heading">陶芸家としての「田端志音」に</h2>



<p>田端さんは作陶をはじめてから毎年、湯木さんと大亀老師の誕生日に1年の中で一番出来が良かった自身の作品をプレゼントしていたのだが、ある年、大亀老師から「あんた、こんなのがいっぱいできるんやったら、三越か高島屋に言ったるよ」と提案があった。</p>



<p>しかし、当時は、その年のなかで最もよく出来たものをプレゼントしていたので、常に同じ品質のものを作れるとは思っていなかったし、ありがたいとは思いながらも、百貨店での展示会をお願いすることはなかった。そうこうするうちに大亀老師が「ここで展示会をやってみんか？」と顔なじみの名古屋のギャラリーを紹介してくれることに。そこで乾山写や琳派の作品がとても重宝され、展示会の回数も増え、地道に陶芸家としての「田端志音」の名前が徐々に認知されていった。</p>



<h2 class="wp-block-heading">人の縁を大切にし、軽井沢に穴窯を築く</h2>



<p> </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/12/kiji6-10.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<p>それからしばらくして、田端さんは創作の幅を広げるため、「伊賀信楽（いがしがらき）を焼くための穴窯を築きたい」と考えた。</p>



<p>しかし、穴窯を築ける窯業地（ようぎょうち）は山奥や人里から離れたところが多い。</p>



<p><span class="swl-marker mark_yellow">人との縁で作陶の道に進んだ田端さんにとって、人とのつながりは、重要なファクター。どうせ開窯するのなら、知り合いも気軽に遊びに来ることができる場所が良いと考え、2004年、日本有数の別荘地として全国から多くの人が集まる長野県北佐久郡軽井沢町に穴窯を構えることにした。</span></p>



<p>そして、めぐり合ったのは約1500坪の山地。広大な斜面は手つかずで、土地の購入後は木を切り、道を作り、まるで開拓者のような生活を送りながら、少しずつ作陶の環境を整えていった。  </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/12/kiji7-7.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<p>完成した穴窯で伊賀信楽を一度焼くには7日間、時間にして168時間ほどかかる。その間、常に薪をくべつづける必要もあるから、到底ひとりではできず、パートナーの協力を得て、ふたりで12時間ずつ交代で寝ながら、窯の火を絶やさないようにする重労働。労力に見合った収入も見込めない。 正直、わざわざこんな山奥に移住せず、神戸に住んで作陶を続けていれば、新しい窯を築かなくてもよかったわけだし、当時軌道に乗っていた乾山の写しだけやっていれば経済的にも体力的にも困ることはなかっただろう。</p>



<p>しかし、<span class="swl-marker mark_yellow">この地へ来て、山を拓き、土を起こし、穴窯を築き、この雄大な自然とともに生活しなければ、新たなステップアップはなかったと思っている。それに、この地での苦労を補って余りある、有難く素晴らしい出会いをもたらしてくれたことが何よりも大きい</span>と話す。</p>



<h2 class="wp-block-heading">人との縁に恵まれ、そして紡いでいく</h2>



<p> </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/12/kiji8-5.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<p>そんな田端さんの作陶人生は、谷松屋戸田商店で働き始めた頃から、本当に人との縁に恵まれてきた。湯木さんや大亀老師、杉本さんなど、名だたる賢人たちから受けた恩は自身が陶芸家として羽ばたくのには、十分すぎるほど。</p>



<p>しかし、それは同時に田端さんにとって大きなプレッシャーでもあった。「私が下手なものを出したら応援してくれた人たちの顔に泥を塗ることになる。だから死に物狂いで頑張った」と話す田端さん。</p>



<p><span class="swl-marker mark_yellow">その思いは技術や知識の向上にも直接結びつき、その結果、恩人たちの顔に泥を塗るどころか、それを誇らせるほどの秀作を世に送り出してきた。今では後進たちがそんな田端さんに憧れ、その背中は追いかけられる存在となっている。</span></p>



<p>大切に紡いできた人々との縁を今度は自分がつなげる番だと、日々手を抜かず、それでいていつも自然体の「田端志音」の作陶の世界は、人と人とのつながりが生み出す「やさしさ」と、好きなものを追い求め続ける「つよさ」で包まれている。  </p>


<div class="swell-block-postLink">			<div class="p-blogCard -external" data-type="type3" data-onclick="clickLink">
				<div class="p-blogCard__inner">
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					<div class="p-blogCard__thumb c-postThumb"><figure class="c-postThumb__figure"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/03/2461_main.jpg" alt="" class="c-postThumb__img u-obf-cover" width="320" height="180"></figure></div>					<div class="p-blogCard__body">
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				</div>
			</div>
		</div>

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					<div class="p-blogCard__thumb c-postThumb"><figure class="c-postThumb__figure"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2012/03/2441_main.jpg" alt="" class="c-postThumb__img u-obf-cover" width="320" height="180"></figure></div>					<div class="p-blogCard__body">
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		<item>
		<title>使う人の声に耳を傾け、丁寧な職人の手仕事を貫く鍛冶職人「河原崎　貴」/長野県伊那市</title>
		<link>https://nihonmono.jp/article/34176/</link>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 21 Dec 2022 01:00:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[中華鍋]]></category>
		<category><![CDATA[職人]]></category>
		<category><![CDATA[長野県]]></category>
		<category><![CDATA[鍛冶職人]]></category>
		<category><![CDATA[伊那市]]></category>
		<category><![CDATA[フライパン]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/12/main-7.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>日本三大桜に数えられる桜の名所、高遠城址を望む長野県伊那市高遠町。この小さな町に、日本中から引く手数多のフライパンを作る職人がいる。生まれ育った東京から高遠町に移り住み、自身の工房を構えた河原崎貴さんだ。 自分自身と向き [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/12/main-7.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>日本三大桜に数えられる桜の名所、高遠城址を望む長野県伊那市高遠町。この小さな町に、日本中から引く手数多のフライパンを作る職人がいる。生まれ育った東京から高遠町に移り住み、自身の工房を構えた河原崎貴さんだ。</p>



<h2 class="wp-block-heading">自分自身と向き合う仕事</h2>



<p> </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="/wp-content/uploads/2022/12/kiji1-7.jpg" alt="" class="wp-image-31997"/></figure></div>


<p> </p>



<p>河原崎さんが鍛冶職人になろうと考えたきっかけは単純。都内の百貨店に勤務する中で、都会の人混みや、仕事での接客対応に疲れ「自分自身と向き合う仕事がしたい。それならものづくりがいいんじゃないか？」と考えたことだった。その後、さまざまな工芸の工房を見学してまわり、自身が何をやりたいのかを熟考。結果、河原崎さんが興味を持ったのは熱した鉄を叩いて製品を作り出す鍛造だった。自身のやりたい仕事を見つけてからは、持ち前の“なんとかなる精神”で35歳で脱サラ。技術専門学校へ通うために長野県に移住し、卒業後は同県東御市の鍛冶職人に師事した。</p>



<h2 class="wp-block-heading">作品ではなく、生活道具を</h2>



<p> </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/12/kiji2-7.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<p>その後、2002年に自身の工房を伊那市高遠町に開設。もちろん、開設後すぐに現在のように順風満帆な状況になったわけではない。到底仕事とは呼べない時期も続いた。しかし「まずは40歳まではなんとしてでも続けてみよう、その結果を以てその先のことを考えればいいじゃないか」と考え、その状況に焦り、うろたえたりしなかったことが現在の成功につながっているのではないかと思う。というのも、河原崎さん自身、前述したように鍛冶職人を志したきっかけも大した理由じゃないと考え、自分の作るものに対して作品という概念はなく、生活道具といったほうがマッチすると思っている。だからこそ「なぜ世の中は自分の作品を理解してくれないんだ。」というようなアーティスト気質の凝り固まったスタンスではなく「世の中のニーズに合っていないのなら、それに合わせた形へアップデートしよう。」といった柔軟な姿勢でものづくりができる。河原崎さんの作品が世に出るきっかけとなった、著書や写真集も出版する有名な陶芸家の山本教行さんとの出逢いにも、この姿勢は大きく影響。開口一番に「依頼されれば鉄で何でも作ります。」と挨拶したところ、それを面白がった山本さんが自身のアトリエへ作品を展示し、人目に触れる機会を与えてくれた。消費者の声に耳を傾け、それをものづくりに活かす、そんなメーカーのような心構えと姿勢は広く共感を呼ぶこととなった。</p>



<h2 class="wp-block-heading">手間こそ然るべき職人の手仕事</h2>



<p> </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/12/kiji3-7.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<p>かと言って、河原崎さんの作品は量販店で大量に販売されている工業製品のように量産できるものでもない。金属製品の工場で用いられる冷間鍛造とちがい、ひとつひとつ金属を熱して行う熱間鍛造を用いて作られている河原崎さんの作品。手間がかかるため大量生産には向かないが、複雑な形状まで成形することができ、思い描いた形に仕上げられる。もちろん、自分の作るものに対し「こうでなければいけない」という固定概念はない。しかし、これこそが然るべき職人の手仕事だと考えているから、どんな時でも、ひたむきにそれを貫いてきた。</p>



<h2 class="wp-block-heading">たまたま作った中華鍋が拓いた可能性</h2>



<p> </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/12/kiji4-7.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<p>消費者の声に耳を傾ける姿勢と丁寧な職人の手仕事。このふたつの考えが同居していることこそ、河原崎さんの強みだ。最初にヒットした“中華鍋”の誕生は、まさにそれが活きたストーリー。ある日、奥さんが中華鍋がほしいと言い出し、デパートへ探しに行った河原崎さんだったが、散々歩きまわった末、理想のものは見つからなかったという。ならば、いっそのこと作ってしまおうと、奥さんの要望を聞き制作。軽さや熱伝導はもちろん、どんな身長の人でも違和感なく振ることができることなど、細部にまでこだわった手作業ならではのものに仕上げた。それを使った奥さんの反応は良好。それをきっかけに、実際に製品として販売したところ、予想以上の反響があった。要望さえあれば、自分の手で作れるものなら、和釘から階段までなんでも作るという精神は仕事の領域を広げ、さらなるヒット商品を生み出していく可能性が生み出される。</p>



<h2 class="wp-block-heading">「河原崎貴のフライパン」という価値</h2>



<p> </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/12/kiji5-7.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<p>そうして誕生したのが、現在入手困難となっているフライパン。中華鍋と同様、消費者の声から生み出されたものだが、都内の有名ライフスタイルショップでの取引が始まって以来、手作業で行う鍛造ならではの機能性や温もりのある質感などが評判を呼び、またたく間に人気を博した。さらに、キャンプ系人気ユーチューバーが配信する動画の中で使用したことをきっかけに、これまで購買層ではなかった若者や男性などのユーザーも獲得。より一層需要を拡大し、現在ではオーダーから手元に届くまでに1年以上待つという状態になっている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">たどり着いた到着点と見据える先</h2>



<p> </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/12/kiji6-7.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<p>こうして、日本中から引く手数多となった現在でも、やることは工房を開設した当時とまったく変わらないという。いつもと同じように鉄板を熱し、いつもと同じようにそれを木槌で叩いて成形していく。ただ昔と少しだけ変わったことといえば、目が出来てきたこと。鍛造作業中は寸法が測れないから、職人を始めた頃は同じものを同じ工程で作っていても、すべて同じサイズにすることが難しかった。  </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/12/kiji7-4.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<p>しかし、数をこなすうちに何も考えなくても形が揃うようになってきた。そして作れば作ったぶんだけ売れる現在の状態は、自分にとって到達点なのだそう。自分ができる手一杯の量を生産しているから、これ以上は作れない。だから、これ以上収入を増やすことは不可能だし、そこまで多くのことは望まない。自分が好きではじめた鍛冶仕事を10年後も同じように続けていたい。ただそれだけを願い、河原崎さんは今日も鉄を打ち続けている。  </p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/34176/">使う人の声に耳を傾け、丁寧な職人の手仕事を貫く鍛冶職人「河原崎　貴」/長野県伊那市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>グローバルな酒造りを目指し、その魅力を世界に発信する「宮坂醸造」/長野県諏訪市</title>
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		<pubDate>Fri, 16 Dec 2022 01:00:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/12/main-4.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>食文化のグローバル化に伴い、日本の食卓はめまぐるしく変化した。日本人の1人当たりの米の年間消費量は、昭和37年を境に減少し続け、令和2年の消費量はついにピーク時の半分を切った。和食文化の衰退に伴って、和食と共に愛飲されて [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/12/main-4.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>食文化のグローバル化に伴い、日本の食卓はめまぐるしく変化した。日本人の1人当たりの米の年間消費量は、昭和37年を境に減少し続け、令和2年の消費量はついにピーク時の半分を切った。<strong>和食文化の衰退に伴って、和食と共に愛飲されてきた日本酒もまた、ビールやワインに押されて下降の一途を辿っている現在</strong>。市場が縮小していくなか、ただ旧来のスタイルに倣っているだけでは衰退していくだろう。長野県諏訪市の老舗酒蔵「宮坂醸造」の宮坂直孝社長、勝彦さん親子も、尊ぶべき伝統との狭間で葛藤しながら、逆境に屈することなく新たな挑戦をはじめていた。</p>



<p>信州一大きな湖、「諏訪湖」近くに酒蔵を構える宮坂醸造。360年の歴史をもつ同社は、御柱祭で有名な諏訪大社の御宝鏡「真澄鏡（ますみのかがみ）」に由来する銘酒「真澄」の名で広く知られている。生産量は長野県一を誇り、全国的にも名高い酒造だが、その歩みは決して平坦なものではなかったと、次期当主の勝彦さんは話す。</p>



<h2 class="wp-block-heading">宮坂醸造の歩み</h2>



<p> </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="/wp-content/uploads/2022/12/kiji1-4.jpg" alt="" class="wp-image-31997"/></figure></div>


<p> </p>



<p>宮坂家の本家は、戦国時代までこの地を治める諏訪家の家臣だった。武田と織田との戦乱に翻弄され、刀を置いて酒造業に着手したのが始まりだ。しかし、明治から大正へと時代が遷り、酒蔵の経営が厳しくなると、本家は味噌の醸造へと転換。代わりに酒造りの舵取りを任されたのが分家の宮坂勝さん──宮坂勝彦さんの曽祖父にあたる人物だ。</p>



<p>当時20代だった宮坂勝さんは、同年代の杜氏とともにいつか日本一の美酒を造ることを夢見て、醸造する酒の品質向上に注力。その甲斐あってか<strong>1943年、宮坂醸造はついに全国清酒鑑評会で第一位を獲得</strong>する。その後も次々に名だたる鑑評会で賞を獲得し、信州の名も無い酒蔵だった宮坂醸造は一躍脚光を浴びることとなった。</p>



<h2 class="wp-block-heading">蔵の躍進を支えた「七号酵母」</h2>



<p> </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/12/kiji2-4.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<p>この「真澄」大躍進の理由、そこには蔵付きの酵母であり、やがて優良な酵母として「きょうかい酵母」として認定される<strong>「七号酵母」</strong>が大きく影響している。</p>



<p>上位入賞を繰り返していた真澄は多くの研究者の注目を集め、その結果、当時の最高権威である大蔵省醸造試験場の山田正一博士が視察に入るまでに至る。それだけでも名誉なことだったが、隅々まで丹念に酒蔵を見てまわった博士は、発酵中のもろみから新種の酵母を発見した。これが宮坂醸造の蔵付き酵母、後に七号酵母と名付けられるものだ。  </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/12/kiji3-4.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<p>酵母とは、日本酒の発酵に使われる菌類の一種。じつは、日本酒に与える影響が米よりも大きいと言われるほど重要な要素で、特に風味に関係する香気成分と酸を作っている。当時はまだ野生の蔵付き酵母を使用する酒蔵も多くあったが、野生酵母は酒蔵を汚染してしまうなどのリスクを伴う不安定な菌だった。</p>



<p>一方、<strong>この七号酵母は、これまでの酵母よりも発酵力が強く低温でも発酵できる。高温の発酵で出てしまうオフフレーバー（雑味）が少なく、透明感のある味わいとオレンジのような華やかな香りが特徴だ。</strong>日本酒業界に新たな風を吹かせた七号酵母は博士によって持ち帰られ、「きょうかい酵母」として全国の酒造所に配布。七号酵母の普及は業界全体の品質向上につながり、安全でおいしい酒造りにおおいに貢献した。<strong>発見から70年以上経った現在でも七号酵母は全国の半数以上の酒蔵で使用されていると言われ</strong>、愛飲されている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">日本から世界へ。グローバルを見据えた酒造り</h2>



<p> </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/12/kiji4-4.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<p>その後、宮坂醸造は新たな時代の到来を先読みし、東京への進出を推し進めた。直孝現社長が慶応大学卒業後、ワシントン州にあるゴンザガ大学への留学を経て1983年に入社すると、その留学経験を活かし2000年頃から海外への販路拡大を開始していく。こうして、宮坂醸造は代々、常に時代を読み解き行く先を見据え、今その時代に添った日本酒を作り続けてきた。</p>



<p>そして、2019年。平成から令和という新たな時代に宮坂親子が取り組んだひとつの改革。それは酒造りに使用する酵母を自蔵の代名詞ともいえる<strong>七号酵母に一本化</strong>するという、原点回帰を掲げた大きなシフトチェンジだった。</p>



<h2 class="wp-block-heading">七号酵母への一本化</h2>



<p> </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/12/kiji5-4.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<p>現在、社長室長を務める勝彦さんは、大学卒業後、都内の有名百貨店でアパレルを担当。2013年に退社し、蔵に入ったのだが、その当時の宮坂醸造はマーケットで好まれる味や香りを追い求め、トレンドに合わせてさまざまな酵母を使用していたという。</p>



<p>しかし、日本酒業界もすでに多様化の時代へとシフトしはじめ、トレンドを追うことばかりが“正”ではなくなっていた。日本酒自体、旧来の土俵を飛び越え、ワインやビールと共に「SAKE」として世界での地位を確立。このレイヤーで戦っていくためには、より一層自分たちの個性と魅力を表現し<strong>「ほかとはちがう酒造り」</strong>を行っていく必要があると感じていた勝彦さんは、アパレル業界で培った先見の明により「七号酵母への一本化」という、あえて狭い領域に特化することにこれからの時代に対応する価値を見出していた。そして2019年、<strong>「宮坂醸造ならではの“個”」「料理の味わいを引き立てる質の高い食中酒」</strong>というふたつのテーマを掲げ、新たなラインを立ち上げるプロジェクトをローンチさせた。</p>



<p>とはいえ、華やかな味わいは出しにくいと言われていた七号酵母。求める味わい、香りを表現するために幾度もの試作を重ね、相当な時間を要した。味に結果が出たあとも、全ての酒を七号酵母に一本化することは容易ではなかったという。ときには県外の酒蔵から得たヒントも大いに活用した。</p>



<p>こうしてリリースされたのが「真朱-AKA-」「漆黒-KURO-」「白妙-SHIRO-」「茅色-KAYA-」と名付けられた４本の酒。バラエティに富んだ現代の食卓で、どんな料理にも対応できるようにと宮坂醸造が試行錯誤を重ねて生み出した自信作だ。  </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/12/kiji6-4.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<p>2019年に発売したこのシリーズは、諏訪地方の美しい水と涼しげな風を感じる味わいが魅力。「真澄」のリブランディングは、勝彦さんが掲げてきた<strong>「日々の食卓に彩りを添える酒」</strong>を見事に実現。原点回帰と革新を併せ持った発想が、七号酵母の魅力を唯一無二の形で表現したのだった。</p>



<h2 class="wp-block-heading">宮坂醸造の目指す「これからの真澄」</h2>



<p> </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/12/kiji7-2.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<p>世界進出を目指して七号酵母に特化した商品開発に取り組み始めた宮坂醸造は、リブランドに合わせてシンボルマークも変更。日本酒らしい力強さと威厳あるイメージの漢字から、「水鏡に映り込む一枚の蔦の葉」というシンプルで洗練されたロゴを創り出した。</p>



<p>蔦は宮坂家の家紋。逞しく這い上がり葉を茂らせる蔦は、古来繁栄の象徴だった。水鏡や酒盃に映り込んだ蔦の葉の形状が表すのは、蔵人が重んじる「和醸良酒」の和、そして輪。ブランドメッセージである<strong>「人　自然　時を結ぶ」</strong>に含まれる伝統と革新の二面性と、七号酵母の穏やかで調和のとれた風味、世界へ向けた酒文化の発信といった想いが込められている。</p>



<p>ちなみに、リブランドでシンボルマークを選択したのは、日本語が読めない海外の人たちにも宮坂醸造の日本酒を覚えてもらうためだ。世界共通で認識されるシンボルが、宮坂醸造の酒を世界に広める架け橋になってくれると信じている。</p>



<p>また、海外進出は単に日本酒を広めるだけでなく、「日本酒の価値や特性を見つめ直し、再認知する機会でもある」と勝彦さんは話す。例えば宮坂醸造がほとんど認知されていない海外の都市で自蔵の酒をアプローチする場合、ゼロから説明が必要になる。その度に言語化し、説明を続けることで自分たちも真澄、ひいては日本酒に対しての理解が深まっていくそうだ。</p>



<p>海外展開を視野に入れ、本気で海外の名醸酒と同じレイヤーで戦っていこうとした時に、そのための知見を得るためには、視察だけでは足りないということを強く感じた。ビジネスを介したやりとりが、より深い交流や学びをもたらしてくれる。</p>



<p>ワインやビールに比べると、まるで鎖国状態だった日本酒産業。世界規模で見ると、ワインは2兆円もの流通があるが、日本酒は未だに450億円程度しかない。今後、<strong>目指すべきは、世界の市場流通でワインと肩を並べる酒になること</strong>。その一端を宮坂醸造が担えるようになったら良いと語る勝彦さん。その目にはすでに、次期当主としての自覚、そして威厳が宿っている。  </p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/34077/">グローバルな酒造りを目指し、その魅力を世界に発信する「宮坂醸造」/長野県諏訪市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>北米のカルチャーを踏襲した宙吹きで世界中にファンを持つガラス工房「STUDIO PREPA」/長野県伊那市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 13 Dec 2022 01:00:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
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		<category><![CDATA[アート]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/12/main-2.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>自然豊かな環境が生み出すアートヴィレッジ 日本アルプスを望む長野県上伊那郡中川村。日本で最も美しい村との呼び声高い原風景の残る自然豊かな村だ。しかし、中川村にはもうひとつ、アートヴィレッジとしての側面があることはあまり知 [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/12/main-2.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><h2 class="wp-block-heading">自然豊かな環境が生み出すアートヴィレッジ</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" width="640" height="427" src="/wp-content/uploads/2022/12/kiji1-2.jpg" alt="" class="wp-image-31997"/></figure></div>


<p>日本アルプスを望む長野県上伊那郡中川村。日本で最も美しい村との呼び声高い原風景の残る自然豊かな村だ。しかし、中川村にはもうひとつ、アートヴィレッジとしての側面があることはあまり知られていない。ここでは、絵画をはじめ、木工、アートフレーム、ガラスなど、さまざまな作家が生活し、アトリエを構えている。行政がアーティストの活動を紹介するなど、積極的にアートとの親和性を謳っていることに加え、自然豊かな環境が創作意欲を駆り立て、結果として地域とアートが共存するカルチャーが定着しているのではないだろうか。そして多彩なアーティストが活動することは、芸術や制作など文化的な視点で移住を考えている人たちのモチベーションを上昇させ、若い世代の移住増加にも直結している。</p>



<h2 class="wp-block-heading">ヒッピーのアートワークとしてのガラスがルーツ</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/12/kiji2-2.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p>宙吹きガラスで食器や花器などの生活用品を作る「STUDIO PREPA（スタジオプレパ）」を構える平さん夫妻も、そんな中川村の雰囲気に惚れ込み、移住した一組だ。2008年に開窯した平さん夫妻の工房はアルプスの山並みを望む高台にあり、日の出や日の入り、時間によって表情を変える景観が非常に美しい。そんな原風景がしっくりきて移住を決意したんだという。しかし、その景観に相反し、工房に一歩足を踏み入れると、アメリカ製の日用品が積み上げられ、まるでアメリカのガレージのようだ。  </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" width="640" height="427" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/12/kiji3-2.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p>それもそのはず。平さん夫妻の作品のルーツとなっているのは1970年代のヒッピーカルチャー。ヒッピーのアートワークとして普及した宙吹きの技術を踏襲し作られる平さん夫妻のガラス作品は、温かみを感じながらも、旧来の和製ガラスとは一線を画すスタイリッシュなアウトラインが魅力だ。主にロンハーマンやマーガレット・ハウエルなど大手セレクトショップでの取扱のほか、国内外の人気飲食店からの引き合いが多い。また、自分たちが理想とするスタイルをアップデートするための研鑽も怠らないよう、アメリカのクラフトフェアにも参加。ヨセミテ国立公園をベースに、数週間、時には一ヶ月以上滞在し、現地の空気を肌で感じることで作品へのインスピレーションへとつなげる。</p>



<h2 class="wp-block-heading">ホームデコならアメリカ</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/12/kiji4-2.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p>そもそも、ガラス製品と言えばシアトル、というくらいアメリカはガラス工芸に於いて先進国であることをご存知だろうか。窓やコップ、スマートフォンまで、触れずに生活するほうがよっぽど難しいと思うほど人々の生活に密着しているガラス製品。日本にも切子やビードロなどの伝統工芸が存在するし、世界に目を向けてみても、ヴェネチアン・グラスやトルコランプなどの伝統工芸品からガレやバカラ、スワロフスキーなどの有名工房まで地域に限ることなく広く普及しているから、アメリカが飛び抜けてガラス製品先進国といった印象はないが、ことホームデコという分野に関してはトップランナーなのだと言う。</p>



<h2 class="wp-block-heading">目指したのは、ガラスで表現できる温もり</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/12/kiji5-2.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p>ホームデコとは食卓に並ぶ器や花を活ける花瓶など、生活を彩る製品のことを指し、平さん夫妻の工房でも食器やグラスを中心に、花器やランプシェードなど生活の中で使用されることを想定したガラス製品を作っている。平さん夫妻の作るグラスのこだわりは、厚さ。かつて友人から木製のコップをもらったことがあり、それを使って水を飲んだ時におどろくほどおいしく感じたのだという。それから、身の回りにあったガラス製のコップで同じように水を飲んでみた。しかし、なんだかトゲトゲしい。同じ蛇口から出る同じ水なのになぜだろうと考えたが、その原因は呑口の形状に思えた。薄くて凛としたガラスは、見た目は美しいけれど、木製のコップのように普段から飲んでいるものが一層おいしく感じられるという感動はなかった。それを実感してからは、木のような温もりを表現するガラス製品が作りたいと考えるようになった。</p>



<h2 class="wp-block-heading">中身が入って完成する、それがポリシー</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/12/kiji6-2.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p>それをベースに作られる製品は、中身が入って“100”になる、そんなイメージ。 「器だけの状態では2割くらい足りないくらいにしておかないと、水でも花でも、中身が入った時に暑苦しくなってしまう。」と平さん夫妻。</p>



<p>生活の中で使用されるものなのだから、器だけでは意味をなさない。飲み物や飾るものが、そこに入ってようやく完成するような、素材の良さを最大限引き出すガラス製品こそ、自分たちの作るべきものだと信じている。</p>



<p>そして、もうひとつ平さん夫妻が貫いているのが宙吹きでしかできないスタイル、宙吹きでしか作れない製品にこだわること。色を表現するためにモザイクやフュージングといったコールドワーク（宙吹きなど溶けた熱いガラスを扱うホットワークに対し、冷めて硬くなったガラスを扱うものをコールドワークと呼ぶ）を行うこともあるが、あくまでもクリエイティブに付加価値を加えるためであって、その範疇からはかけはなれないようにしている。もう二十年近く宙吹き一筋でやってきているが、未だに製造についても、特性についてもまだまだわからないことだらけ。でも逆にそれが自分たちにとっては面白いのだと平さん夫妻は言う。日本だけでなく、世界からその製品の素晴らしさを認められている二人ですら掴みきれていない奥深きガラスの世界。その世界を知り尽くしたいという平さん夫妻の探究心は、より素晴らしい製品を生み出していく。  </p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/34035/">北米のカルチャーを踏襲した宙吹きで世界中にファンを持つガラス工房「STUDIO PREPA」/長野県伊那市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>長野県伊那谷の地の利を生かし、国産シードルを牽引する「カモシカシードル醸造所」/長野県伊那市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 28 Nov 2022 02:17:35 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[お酒]]></category>
		<category><![CDATA[長野県]]></category>
		<category><![CDATA[りんご]]></category>
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		<category><![CDATA[カモシカシードル醸造所]]></category>
		<category><![CDATA[国産シードル]]></category>
		<category><![CDATA[シードル醸造所]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/main-11.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>りんご大国長野で注目されるシードル醸造所 全国2位のりんご生産量を誇る長野県。それに準じて、リンゴのお酒「シードル」も多く生産されている。かつては、県内のワイナリーや酒造が“ついで”に造る土産物的なスタンスのシードルも多 [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/33895/">長野県伊那谷の地の利を生かし、国産シードルを牽引する「カモシカシードル醸造所」/長野県伊那市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/main-11.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><h2 class="wp-block-heading">りんご大国長野で注目されるシードル醸造所</h2>



<p>全国2位のりんご生産量を誇る長野県。それに準じて、リンゴのお酒「シードル」も多く生産されている。かつては、県内のワイナリーや酒造が“ついで”に造る土産物的なスタンスのシードルも多かったが、近年では流行も追い風となり、クラフトマンシップ精神でシードルを造る専門の醸造所が急増。その先駆けとも言える長野県初のシードル専門の醸造所「カモシカシードル醸造所」は、南と北、ふたつの日本アルプスを望む風光明媚な長野県伊那市の高台にある、さながらカフェかと思ってしまうようなモダンなデザインの施設。しかし、ここで醸造されているのは、世界的なシードルのコンテスト「フジ･シードル･チャレンジ」で最高賞「Trophy」を受賞するなど、数多くの権威あるコンテストで高い評価を受けてきたシードルなのだ。</p>



<h2 class="wp-block-heading">慣れ親しんだ伊那谷のリンゴの味</h2>



<p> </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="/wp-content/uploads/2022/11/kiji1-11.jpg" alt="" class="wp-image-31997"/></figure></div>


<p> </p>



<p>カモシカシードル醸造所の代表を務める入倉浩平さんは東京都出身。伊那市にある曾祖母の家でリンゴを送って貰っていたこともあって、リンゴには小さいころから慣れ親しんでいたが、大人になってからは、しばらくはりんごと関わることもなく過ごしていた。しかし、そんなある日、家でよく食べていた伊那谷産のリンゴのおいしさが、ふと思い浮かんだ。入倉さんはそれ以来、リンゴを使って何かできないかと考え、そのフックがすべて揃っていた伊那市に移住。都内の醸造専門学校や長野県内の醸造所にて醸造技術を学び、2016年に「カモシカシードル醸造所」を開設した。</p>



<h2 class="wp-block-heading">研究用に育てられていた醸造品種との出逢い</h2>



<p> </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/kiji2-11.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<p>開設後は自分の思い描くシードルの味を追求するため、さまざまなことに挑戦。そもそもリンゴは日本でも確固たる地位を築き、超が付くほどメジャーなフルーツとして市民権を得ているというのに、それを原料とするシードルは、未だに土産物の領域を脱することができない製品すら多い。その理由は、明治時代に生食用のリンゴが普及し始め、その時に醸造用の品種は輸入されなくなったことにある。</p>



<p>その後、醸造用品種のリンゴは検疫の問題などもあり、一層輸入しづらくなってしまったため、必然的に国内で生食用として改良された品種を利用して造る独自のシードルを造るしかなかった。裏を返せば、地元産の人気品種のりんごを使うシードルなのだから、土産物としてはもってこいだ。しかし、それはワインでいうところの巨峰やシャインマスカットなど、ワイン専用の品種ではないブドウを使った地域振興的な要素を含んだものに近いのかもしれない。  </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/kiji3-11.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<p>もちろんそれもおいしいが、国内のワイナリーがこぞってカヴェルネソーヴィニヨンやメルローなど世界の人気品種のワイン用ブドウの栽培に力を注ぐのと同じで、シャープな酸味が特徴的な紅玉（英語名ジョナサン）や酸味が爽やかな青リンゴ・オーストラリア原産のグラニースミスなど、生食用のリンゴにはない、渋味や酸味をもったシードルにはシードルに合った品種のリンゴがある。ただ、苗木を輸入するにも検疫がすぐに通らなかったためそう簡単にそれを使ったシードルを醸造するというわけにもいかなかった。  </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/kiji4-12.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<p>しかし、偶然にも醸造所を構えた伊那には国立信州大学の農学部があり、そこでは研究材料としてアメリカの第3代大統領トーマス・ジェファーソンの自宅の農園にて栽培されていたアメリカ原産のバージニアクラブや、イギリス原産のグリーンスリーブスなど貴重な醸造用の品種のリンゴが研究用に栽培されていた。入倉さんは早速、教授に頼み込み、その品種の枝を分けてもらい、自社畑にて栽培。醸造品種と生食用品種をかけ合わせたりんごを造リはじめた。</p>



<h2 class="wp-block-heading">手間を掛けて味を追求した瓶内二次発酵</h2>



<p> </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/kiji5-10.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<p>ここでは、炭酸飲料のように炭酸ガスを工業的に付加したものではなく、シャンパンのように、ワインに糖分や酵母を加えて、瓶の中でもう一度発酵させる“瓶内二次発酵”を用いてシードルを造っている。季節によって使うリンゴも変わる。星の数ほどある品種のなかから、何度も試行錯誤を繰り返し、収穫シーズンに合わせた旬のものを用い、自信を持ってシードルとして世に送り出せる組み合わせを見つけ出していった。</p>



<h2 class="wp-block-heading">カモシカシードル醸造所が目指す伊那谷らしいシードル</h2>



<p> </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/kiji6-10.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<p>入倉さんが目指すシードルのコンセプトはフレッシュな味と果実味。リンゴは非常に酸化しやすいため、なるべく果汁を酸化させないことに気を使う。しかし、入倉さん曰く、シードルの味は原料の良し悪しで8割が決まるという。だからこそ全国でも有数のリンゴ生産量を誇る長野県、その中でも品質の高いリンゴが収穫できることで有名な伊那谷で醸造ができるメリットは十二分にある。そこにフランスから取り寄せるシャンパン醸造用の酵母や、対流しやすく酸がまろやかになる卵型の醸造タンクを使うことで、原料に次いで味への影響を与えると言われる酵母や醸造環境を整え、こだわりのレイヤーを重ねた、ここ唯一無二のシードルに仕上げている。  </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/kiji7-9.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<p>こうして造られたシードルは、使用する品種の収穫時期に合わせて醸造された</p>



<p>「La 1e saison」「La 2 saison」「La 3e　saison」、それぞれに甘口と辛口が用意されたクラシックなエチケットが計6種類、そのほかにも希少な品種のリンゴを使用したものや、地元産のイチゴ、洋梨を使ったものなど、こだわりとオリジナリティの両面を追求したものばかりが揃う。どれも瓶内二次発酵を用いたキメの細かい泡とリンゴ本来のフルーティな酸味を感じられるしっかりとした味わいが特長だ。</p>



<h2 class="wp-block-heading">目指すのは、シードルをフックに人が集まる場所</h2>



<p> </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/kiji8-8.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<p>開設から6年、地の利を生かしたシードルを造りつづけ、名実ともに全国トップクラスのシードル醸造所となったカモシカシードル醸造所。その間に長野県内にも10件以上のシードル専門の醸造所が開設し、ワインに比べると国産シードルと世界の有名なシードルとの差が小さくなってきたと感じている。それは、冒頭でも述べたとおり、国内にクラフトマンシップ精神のシードル醸造所が増えてきた証拠だろう。そんな日本シードル界を牽引するこの施設。シードルをフックにこの地域のビジターセンターとなり、伊那を訪れる人が増えてくれる、そんな魅力を持ったシードルを造ることを目指している。  </p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/33895/">長野県伊那谷の地の利を生かし、国産シードルを牽引する「カモシカシードル醸造所」/長野県伊那市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>愛する地元をワインで盛り上げる。長野県坂城町の小さなワイナリー「坂城葡萄酒醸造」の大きな挑戦。/長野県坂城町</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 23 Nov 2022 01:00:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[ワイナリー]]></category>
		<category><![CDATA[ワイン]]></category>
		<category><![CDATA[長野県]]></category>
		<category><![CDATA[坂城町]]></category>
		<category><![CDATA[坂城葡萄酒醸造]]></category>
		<category><![CDATA[砂礫土壌]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/main-9.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>ワイン愛好家注目のワイナリーとは     世界シェアを持つ工業製品メーカーの本社が多く点在する長野県埴科郡坂城町。工業が有名なこの町だが、都市部の工業地帯のようなインダストリアルな風景はそこにはない。長野県北東部に位置し [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/33843/">愛する地元をワインで盛り上げる。長野県坂城町の小さなワイナリー「坂城葡萄酒醸造」の大きな挑戦。/長野県坂城町</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/main-9.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><h2 class="wp-block-heading">ワイン愛好家注目のワイナリーとは</h2>



<p> </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="/wp-content/uploads/2022/11/kiji1-9.jpg" alt="" class="wp-image-31997"/></figure></div>


<p> </p>



<p>世界シェアを持つ工業製品メーカーの本社が多く点在する長野県埴科郡坂城町。工業が有名なこの町だが、都市部の工業地帯のようなインダストリアルな風景はそこにはない。長野県北東部に位置し周囲は山々に囲まれ、町の真ん中を一級河川・千曲川が流れる自然豊かな人口約15,000人の小さな町だ。そんなのどかな町の一角に、ワイン愛好家から注目を集めるワイナリーがある。  </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/kiji2-9.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<p>この地で生まれ育った成澤篤人さんが2018年に構えた「坂城葡萄酒醸造」だ。県内の大手飲食企業にてマネージャーを務めていた成澤さんは、勤続中にソムリエの資格を取得。ワインと食のマリアージュやその奥深さを知っていくうちに、醸造に興味を持つようになる。その後、独立し、長野県内に複数の飲食店を展開しているなかで、坂城町にワイン用ブドウの畑を開墾、続けて醸造場も開設した。</p>



<h2 class="wp-block-heading">長野県内でもめずらしい砂礫土壌</h2>



<p> </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/kiji3-9.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<p>成澤さんが坂城町にブドウ畑を開墾したのは、地元愛ばかりではない。この土地がワイン用ブドウの栽培に大変適した砂礫（されき）土壌だったことがいちばんの理由だ。フランス・ボルドーに類似しているといわれるこの土壌は鍬をおろせば小石が出てくるほど。その土は非常に水はけが良く、根腐れが起きにくいため、深く根を張ることができ、テロワールの特徴がブドウに現れるため、品質と地域らしさを兼ね備えたブドウになるのではと考えた。その目論見は当たり、開墾から数年、予想を超えるポテンシャルのワイン用ブドウができるようになってきた。同地域の特産で独特の強い辛味が特徴の信州の伝統野菜「ねずみ大根」など、ほかの地域では見られない個性的な産品が生まれるのも、この土壌だからこそ。その個性を存分に感じられるブドウを目指し、成澤さんは日々研鑽を続ける。</p>



<h2 class="wp-block-heading">全国でも有数の晴天率と昼夜の寒暖差</h2>



<p> </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/kiji4-9.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<p>それ以外にも、この地域でブドウ作りを行う強みがある。それが晴天率と昼夜の寒暖差だ。坂城町は年間を通じて降水量が少なく、全国でも有数の晴天率を誇る、中央高原型内陸盆地性気候。成育期の少雨はワイン用ブドウの病気被害を軽減する。また、昼夜の寒暖差は月平均10℃を超える。その気温差は糖度･酸度を高め、それらは味の奥行きやアルコール度数など、ワインのクオリティを高める重要なファクターとなる。  </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/kiji5-8.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<p>成澤さんは、これらの優れた生育条件に高い可能性を感じ、「坂城町はワイン用ブドウの生育に適した場所だ」という発信をつづけた。その甲斐あってか坂城町が推進する「さかきワイナリー形成事業」にも注目が集まっている。この事業では、特区申請による最低醸造量の緩和及びワイナリー設置、町内企業･個人への事業参画、栽培面積の拡大などの条件整備を行ったり、ぶどう栽培管理機械･ワイン醸造用機械等についても町内の企業で製造し、「坂城町産ワイン」として町全体でワイン産地としての発展を目指したり、良質なワイン用ブドウの栽培に適していると言われる長野県東部の千曲川流域「千曲ワインバレー」のなかでも、特に秀でた産地を目指す取り組みが進められている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">逆算で考えるワインの味</h2>



<p> </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/kiji6-8.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<p>こうして成澤さんの考える好条件が揃った坂城町のブドウで造るワイン。目指した味のイメージは“逆算”なんだと言う。現在ではワイナリーの代表も務める成澤さんだが、そのルーツは飲食店経営。だからこそ、料理から逆算してそれに合うワインを造るスタイルを貫いているのだという。ワイン自体の個性ではなく、食事に寄り添う味の追求。これまでずっと飲食業に携わってきたからこそ、食事の時間を彩るためのワインの必要性については、普通の人の何倍も知っていると自負する成澤さんの感性で造られるワインはトップキュヴェからサードキュヴェに至るまで、食事を引き立て、味わう人の笑顔を引き出す。その考えに賛同し、坂城葡萄酒醸造のワインづくりに醸造責任者としてジョインしてくれたのが、カリフォルニア州ソノマの「Benziger Family Winery（ベンジガーファミリーワイナリー）」にて12年間、醸造技術を学んだハワードかおりさんだ。彼女もまた、成澤さんと同様に、この地で生産されるワイン用ブドウの個性に魅了され、そのポテンシャルを無駄にしないように、自社のワインを育てていきたいと考えているうちのひとり。坂城葡萄酒醸造らしさを大切に、安定した品質と量を目指し、理屈を超えておいしいと思える味を目指したワインは、日本ワイナリーアワードでは三ツ星に輝くなど、高い評価を受けている。</p>



<p>特に、坂城葡萄酒醸造渾身の「Vino della Gatta」はトップキュヴェと呼ばれるに相応しいワイン。醸造本数も年に100本程度と限られているため、卸売りなどは一切行っておらず、この坂城葡萄酒醸造に併設されたワイナリーショップ限定、ひとり1本のみの購入に限っている。もちろん、それに見合った味。自社ヴィンヤードで収穫したカベルネソーヴィニヨンやメルローを果実の出来に合わせて配合を変え、テロワールの特徴を十二分に引き出したワインは、世界の銘醸ワインに引けを取らない力強さを感じられるほど。しっかりとしたボディでありながら、キレのあるシャープでドライな口当たりと芳醇な果実味は多くの人を魅了し、わざわざこのトップキュヴェを求めに、遠方から足を運ぶ人も多いという。</p>



<h2 class="wp-block-heading">ネコと地域への想いがつなぐ人の縁</h2>



<p> </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/kiji7-7.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<p>もうひとつ、このワイナリーで造られるワインには人の笑顔にする仕掛けがある。それがネコが描かれたエチケットだ。トップキュベには“美し過ぎる銅版画家”として注目を集めて以来、国内外で多くの個展を行い、世界中で高い評価を受ける現代アーティストの小松美羽さん、セカンドキュベはニューヨークで開催された「RONIN -GLOBUS ARTIST IN RESIDENCE PROGRAM」で最優秀賞を受賞した経歴を持つ画家で絵師のOZ-尾頭-山口佳祐さんが、それぞれを手掛ける。どちらも長野県出身のアーティスト、小松さんにいたってはワイナリーのある坂城町を拠点に活動している。地元をよく知るアーティストだからこそ、この地で作られたワインの魅力をしっかりと伝え、見た人の印象に残るオリジナリティのあるエチケットを完成させることができた。また、成澤さんは自身の展開するレストラン「ネコノワイン」「LA GATTA」「粉門屋子猫」や、TamaやKuro、Toraと名付けられた自社ヴィンヤードなど、事業に関連するほとんどにネコを連想させるネーミングを付けている。もちろん、すべて成澤さんのネコ好きから始まっているが、その個性的なアイデアは偶然にも幅広い世代の共感を呼び、全国のネコ好きに波及。それまで飲食業のイメージが先行していた同社だったが、またたく間にワイナリーとしての認知度を高めていった。  </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/kiji8-7.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<p>ワインの味に直結するフックではないが、ネコの描かれたエチケットやネコの名前のついたヴィンヤードなど、そんな些細なことがきっかけに少しでも坂城町に興味を持ち、訪れる人が増えたらいいと成澤さんは考えている。成澤さんが独立後に飲食店舗を展開したのは県都である長野市だったが、常々、地元である坂城町の観光資源の少なさを危惧し、この地への観光誘客の一助になるようなアクションを起こすことができたらいいと考えていた。そういう意味で日本人にも馴染みの深いネコをワイナリーのイメージに起用した、人が外から来てくれるような場所を目指した。  </p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/kiji9-6.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p> </p>



<p>2019年からは、ワインを坂城町の新しい文化として浸透させ、坂城産ワインのファンの定着化を図るため、坂城町でワインのイベントのオーガナイズも行っている。こうして一歩ずつではあるが、愛する地元を、愛するワインで盛り上げていこうと積極的にアクションを行っている成澤さん。「今すぐでなくても良い、自分に孫ができた頃に、坂城町がワインの一大産地になっていて、それを地域で生活する人たちが誇りに思える、そんな場所にしたい。そのために今から手を抜けない。」と話すその目には、今から数十年後、成熟したワイン畑にたくさんの人が訪れ、そこで収穫されたブドウを使ったワインを囲んで食事を楽しむ、そんな風景が映っているのだろう。  </p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/33843/">愛する地元をワインで盛り上げる。長野県坂城町の小さなワイナリー「坂城葡萄酒醸造」の大きな挑戦。/長野県坂城町</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>蕎麦の名店や人気料亭から絶大な支持を受ける醤油蔵「大久保醸造」/長野県松本市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 02 Nov 2022 01:00:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[醤油]]></category>
		<category><![CDATA[長野県]]></category>
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		<category><![CDATA[醤油蔵]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/main-1.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>長野県松本市にある「大久保醸造」は、地元信州ばかりではなく、北は北海道、南は九州まで全国各地、名だたるそばの名店から絶大な支持を受ける醤油蔵。その人気の高さゆえ、同蔵の醤油をかえしとして使用していることを、わざわざ店頭へ [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/33596/">蕎麦の名店や人気料亭から絶大な支持を受ける醤油蔵「大久保醸造」/長野県松本市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/main-1.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>長野県松本市にある「大久保醸造」は、地元信州ばかりではなく、北は北海道、南は九州まで全国各地、名だたるそばの名店から絶大な支持を受ける醤油蔵。その人気の高さゆえ、同蔵の醤油をかえしとして使用していることを、わざわざ店頭へ貼り出して強調するそば屋も少なくない。</p>



<p>そんな大久保醸造が2021年、日本の優れた“おもてなし心”あふれる商品･サービスを発掘し、世界に広めることを目的に創設されたアワード「OMOTENASHI Selection（おもてなしセレクション）」にて、並み居る全国の優良商品を抑えて金賞を受賞した。これにより、飲食店への流通ばかりでなく、世界のメジャーなグロサリーを相手に十分に戦っていけるということが証明され、さらなる注目を集めている大久保醸造。長野県を牽引する蔵として、どのような醤油造りを目指しているのだろうか。</p>



<h2 class="wp-block-heading">明治からつづく技術のトレースが生む“個”</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/kiji1-1.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p>明治38年（1905年）創業の「大久保醸造」。四代に渡って培ってきた技術や知見、製法にこだわって造る醤油は、前述したとおり有名料理店や料理研究家からも絶大な信頼を得ている。この蔵の四代目であり、専務取締役を務める大久保勝美さんは、自身が醸造の中心を担うようになった現在でも、先代のやり方を忠実にトレースしている。その最たるが、木桶で仕込む天然醸造の醤油だ。</p>



<p>仕込みの部屋にところ狭しと並んだ木桶は代々使用されている年代物。現在多く普及しているステンレスタンクのほうが味も安定するし、管理や清掃も簡単。だが大久保さんは木桶を使い続けることにこだわっている。その理由は木材の特性である呼吸と、そこに棲み着く蔵付きの菌。これが味に個性と奥行きを生み出すファクターとなるのだ。もちろんステンレスタンクとちがい、天然の素材だから手をかけることも大切。</p>



<p>蔵で使われる木桶は、勝美さんの父であり、社長の文靖さんが、自ら漆を塗ってケアをしている。自分の身長の倍以上ある木桶が10基。ひとつ塗るだけでも大変な重労働だと思うが、それでも天然醸造を貫くうえで欠かせない仕事だという。こうした仕事に対する姿勢や所作は、木桶のケアに限らず蔵のいたるところで感じることができる。趣のある蔵に相反した清潔感や整備された導線など、醸造技術以外の部分で商品の質を高める日々の気配りもそのひとつだ。</p>



<h2 class="wp-block-heading">限られた敷地を最大限有効活用する工夫</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/kiji2-1.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p>蔵元四代目にあたる勝美さんは自蔵を案内しながらも「うちの蔵には、あまり見映えのいいところがないんですよ。増築を繰り返して現在の姿になっているので。」と謙遜する。たしかに、蔵の中には趣のある場所もあれば、工業的な大型機械が並ぶインダストリアルな内観もある。これは先代の文靖さんが限られた敷地で、代々築いてきた良い伝統を守りながら、いかに効率よく醸造を行っていくかを考え、自蔵をアップデートしていった結果そのもの。</p>



<p>原料庫から運び上げた大豆や小麦を3階で処理し、それを麹室のある2階に下ろして、さらに1階で待ち構える木桶に下ろして仕込むという一連の流れは移動するというよりは落としていくといった感じ。まさに限られた敷地を有効活用する醤油づくりの模範のようだ。その中でも、ひときわ目を引いたのが3階の天井に吊られた炒った小麦を製麹するタンクへ流し込む2台の装置。そもそもなぜ同じ小麦を流し込むのに別々の機械が必要なのかという疑問も生じるが、その理由は混ざりやすさなのだとか。</p>



<p>醤油をつくるうえで重要な工程である製麹作業の原料となる小麦。炒ってから挽き割っているのだが、この大きさが均一な状態よりも大小の差があるほうがよく混ざるのだと言う。この挽き割った小麦を製麹するタンクの真上へ、レール伝いに移動するように設計されているのだが、その際レール上で2台の装置がお互いの進路を妨げないよう、導線が切り替わる構造になっている。これは、線路の切り替えの構造を参考に、文靖さんが独自に考えたもの。このように蔵中に工夫を張り巡らせ、効率の良い作業の導線を作ることでなるべく工程の無駄を省き、余ったリソースをより良い醤油造りに向けているのだ。</p>



<h2 class="wp-block-heading">素材へのこだわり</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/kiji3-1.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p>木桶を使って長期間熟成させる天然醸造や、味にふくらみを持たせる追い麹、袋に入れる独自の絞り工程など、醸造技法へのこだわりについてはもちろんだが、大久保醸造では素材にも相当こだわっている。</p>



<p>小麦は県内産のものを使用。塩はミネラル分が多く、塩角がないシママースを使う。なかでも、大豆へのこだわりは非常に強い。大豆は青森県の福士武造さんという農家から直接購入。青森県産というとあまりピンと来ないが、東北の肥沃な大地に水を張らずに直蒔きで種を蒔き、無農薬有機栽培で作られたその大豆の素晴らしさは豆を洗った瞬間からわかるのだという。</p>



<p>そのクオリティは、これまで数多くの大豆を見て味わってきた大久保さんの経験を以てしても「惚れ惚れするような豆」と言わしめるほど。この大豆と出合って以降、醤油の評判は一段と上がったように感じている。この大豆にしろ、前述した小麦や塩にしろ、一貫して作り手の顔が見える原材料を使うことを信条としている勝美さん。そのこだわりは醤油の品質の高さにも現れている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">良い醤油造りは環境への配慮から</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/11/kiji4-1.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


<p>醸造技法や素材と並び、もうひとつ大久保醸造がこだわっているものがある。それが環境への配慮だ。そもそも醤油は微生物などをはじめ、自然の力で造られているものだから、その根源でもある“自然”を美しく保つことこそ大事だと考えている大久保さん親子。</p>



<p>文靖さんは昭和40年代からすでに、初取引のお客様から預り金をもらって瓶をリユースするデポジットを採用していた。これは、近隣に限らず全国どこでも。こうして瓶を出荷先で廃棄せずに回収することで環境保全に一役買っている。もちろん自分たちでできることは些細なことかもしれない。しかし、やらないよりはマシ。</p>



<p>何事も小さな一歩が大切だと思い、今日までずっと続けてきた。そして現在、文靖さんのフィロソフィは勝美さんに引き継がれ、大久保醸造の新たな伝統を紡ぎはじめている。  </p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/33596/">蕎麦の名店や人気料亭から絶大な支持を受ける醤油蔵「大久保醸造」/長野県松本市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>信州を代表する酒造になって尚、信じた酒の味とむき向き合う「大信州酒造」/長野県松本市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 09 Oct 2022 01:00:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[信州]]></category>
		<category><![CDATA[大信州酒造]]></category>
		<category><![CDATA[酒造]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/10/main-3.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>長野県の二大主要都市、長野市と松本市にそれぞれ醸造所を構えていた「大信州酒造」。そのため、エリアに影響されることなく長野県全土に渡って広く取り扱われ、長野県を代表する地酒としてオーソドックスに提供される、まさに銘柄のとお [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/10/main-3.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>長野県の二大主要都市、長野市と松本市にそれぞれ醸造所を構えていた「大信州酒造」。そのため、エリアに影響されることなく長野県全土に渡って広く取り扱われ、長野県を代表する地酒としてオーソドックスに提供される、まさに銘柄のとおり、県民にとって非常に馴染みの深い銘柄を醸す酒造だ。<br>そんな大信州酒造が2020年に松本市に拠点を集約。新たなる蔵の歴史を一歩踏み出した。<br> </p>



<h2 class="wp-block-heading">景観美より機能美を追求</h2>



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<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="/wp-content/uploads/2022/10/kiji1-3.jpg" alt="" class="wp-image-31997"/></figure></div>


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<p>明治13年（1880年）に「原田屋」という屋号で創業した造り酒屋が長野県内の複数の蔵と合併し、誕生したのが「大信州酒造」。当時の記録として正確な軒数こそ残っていないが、文献や語り継がれる先代たちからの話によると約7軒ほどの造り酒屋がひとつにまとまった大合併だったという。</p>



<p>合併後もしばらくは、それぞれの蔵が独自に醸造を行っていたが、生産性向上を図り、1972年に長野市豊野に醸造拠点を、松本市島立に瓶詰め、出荷拠点を集約し、酒造りを行うようになった。しかし、2拠点に集約したとは言えど、距離にすれば約80kmの道のり。輸送するだけでも簡単ではないし、ワンストップで酒造りができないから効率も良くない。いつかは一箇所に集約しなければ、という思いはあったものの実際にはなかなか実現しなかった。  </p>


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<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="/wp-content/uploads/2022/10/kiji2-3.jpg" alt="" class="wp-image-31998"/></figure></div>


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<p>しかし2020年、いよいよ念願叶って拠点を合併の中心となった原田屋のあった松本市島立に集約。酒蔵のイメージを一新した新社屋とそこに併設した醸造所は、酒造りの導線やオペレーションを最優先し、機能美を追求している。もちろん、古く趣のある酒蔵というのは、それだけで訪れた人を感動させ、そのイメージだけで酒の味を高めてしまうほどの風格があるし、日本の伝統産業である以上、それも守りながら酒造りを行っていくべきとも考えた。しかし現･代表取締役社長を務める田中隆一さんは、製造を行う会社である以上、機能しないレガシーでは意味がないと考え、今はなるべく生産性を高め品質を向上させることで、100年先も同じように酒を醸しつづける、そして来る100年後に、改めてこの施設を価値のあるレガシーと呼べるものにできるよう、より一層会社を成長させていくという選択をした。</p>



<p>こうして誕生した新社屋は明るく清潔感があり、従業員の表情や声も皆一様に明るい。趣を手放し、従業員が気持ちよく働ける環境を手にした新生･大信州酒造。良いと思ったものを貫く姿勢は醸す酒からも感じ取ることができる。</p>



<h2 class="wp-block-heading">大信州酒造がこだわる辛口</h2>



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<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2022/10/kiji3-3.jpg" alt="" class="wp-image-31999"/></figure></div>


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<p>大信州が目指すのは、りんごのような爽やかな香りの辛口の酒。この香りは、日本酒を作るときに生まれる香り成分の一種で、洋ナシ、パインのようにも感じる甘い香りが特徴の吟醸香だ。吟醸造りを主としている大信州酒造では昔からこの吟醸香を追い求めてきた。近年では酵母の力を使ってこの香りを一気に引き出せるようにはなったが、それでは少々出過ぎなんだと田中社長は言う。</p>



<p>大信州酒造では、リンゴや柑橘類、白ブドウの香りが見え隠れする香りを感じつつも、上品且つ軽快で洗練された味、そのような酒を目指している。最近は酒の品評会でもそういう味の酒が好まれるし、賞も取りやすくなる。しかし、それはあくまでも昨今のニーズであって、目先の流行を追って自蔵の目指す酒の味まで変えてしまうのはちがう、田中社長はそう考える。ブラインドで試飲しても「これは大信州だろう」とわかる、そんな普遍的で個性のある味を目指しているのだそう。<br></p>



<h2 class="wp-block-heading">味を決める7割は原料</h2>



<p> </p>


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<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="/wp-content/uploads/2022/10/kiji4-3.jpg" alt="" class="wp-image-32000"/></figure></div>


<p> </p>



<p>そのため、原料処理の段階からこだわる。新施設では日本酒に使う米を洗う水温が一定となるシステムを導入。外気温の影響で水温が上がっても、米が水を吸いすぎてしまわないよう工夫されているのだ。また、蒸した米はサバケ（手触り）が断然良くなる自然放冷で熱を飛ばすのが大信州流。品評会用の吟醸酒から地元流通用の燗酒にいたるまで、酒母に使う蒸し米も麹に使う蒸米もすべて自然放冷を行っている。</p>



<p>近年では時間も手間もかかってしまうため、すべてを自然放冷をする酒造は少ない。しかし、これは旧蔵の時からずっと行っているこだわりだから、決して変えようとは思わない。そのため、新施設では放冷の工程が少しでも楽になるよう、導線などが工夫された。<br></p>



<p>酒米の種類や酵母など、目に見えてその違いがわかるものではないが、大信州酒造では原料とその処理が味の7割を決めると考えているからこそ原料処理にこだわり、それにとって最適な環境を整えた。もちろん、原料にもこだわりがある。現在、大信州酒造で使っている酒米は全量契約栽培で全量地元産。そのうちの8～9割は有機農法で育てられたもの。品種も長野県で誕生した「ひとごこち」と「金紋錦」の2種類に限定している。</p>



<p>数年前までは「山田錦」なども使用していたが、すべて切り替えた。蔵人からは現在でも山田錦を使ってみたいという声があるのも事実だし、実際に山田錦は酒米の王様だと思っている。しかし、山田錦は兵庫県原産の酒米で、兵庫県の気候風土のもとでの栽培が適している。だから、地元産の米を使うと決めた以上は長野県の栽培環境に適した品種に合わせ、自蔵の目指す酒の味をコントロールしていくべきだと考えた。</p>



<p>その背景には、自然豊かな長野県の持つ農業適正のポテンシャルを最大限活かすことこそが、地元企業としての使命だという強い意志がある。こういった地元への想いは、仕込み部屋のいたるところに貼られた、ある言葉からも感じ取れる。<br></p>



<h2 class="wp-block-heading">酒とその素材に向けた「愛感謝」</h2>



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<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="/wp-content/uploads/2022/10/kiji5-3.jpg" alt="" class="wp-image-32000"/></figure></div>


<p> </p>



<p>松本市内では一番の生産量を誇る大信州酒造。新しい仕込み部屋は作業効率をよく考えた導線になっており、部屋のなかに視界を遮るものがほとんどないぶん、実際の面積よりも広く感じる。</p>



<p>酒蔵とは思えぬほど室内は明るく開放感もあり、見ているだけで働きやすい環境だということが伝わる。ふと、この部屋を見渡すと、いたるところに張り紙を見つけることができる。</p>



<p>「愛感謝」と毛筆で書かれたそれは、その年の酒造りが始まる前に社員ひとりひとりが書くものなのだそう。古くから蔵のシーズンインの慣習となっているその書き初めには「これから造る酒とその蔵を取り巻く自然環境に向けて、愛と感謝を込める」という想いを込めているのだとか。</p>



<p>気持ちがこもっていないと良いものは造れないという考えから先々代の大杜氏がはじめたものが、今もなお大信州酒造に息づいている。こうしたフィロソフィの継承が仕事環境を優先した施設や地元に根ざした酒造りにつながっているのだろう。<br></p>



<h2 class="wp-block-heading">ちりが積もって山が作られる</h2>



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<figure class="aligncenter size-large"><img decoding="async" src="/wp-content/uploads/2022/10/kiji6-1.jpg" alt="" class="wp-image-32000"/></figure></div>


<p> </p>



<p>奇をてらったことはせず自蔵の酒の味をただひたすらに追求し続ける大信州酒造。</p>



<p>先々代の大杜氏が言った「我（わ）は、調和の取れた、まあるい酒がいいな」という言葉が、現在も自分たちの酒造りのベースとなり、万人に愛される酒造りを目指している。酒の味や造りかたを大きく変えたりはせず、原料や原料処理が味の良し悪しを決めると考え、基礎を研鑽しつづける。</p>



<p>その道程は決して派手ではないが、自分たちが良いと思ったことはすべて取り入れ、一歩ずつアップデートしていく。</p>



<p>田中社長は、そうして積もったちりが、やがて大きな山となり、新たなる土台となる、それこそが大信州酒造の在り方と考え、100年先を見据えて日々酒造りに力を注いでいる。 </p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/33251/">信州を代表する酒造になって尚、信じた酒の味とむき向き合う「大信州酒造」/長野県松本市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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