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	<title>宮城県 - NIHONMONO</title>
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	<description>「にほん」の「ほんもの」を巡る旅マガジン</description>
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	<title>宮城県 - NIHONMONO</title>
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		<title>農業を「稼げる産業」へ。地域の未来を育てる農業経営「舞台ファーム」／宮城県仙台市</title>
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		<pubDate>Fri, 10 Apr 2026 10:14:06 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/butai-farm_A_2005.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>宮城県北東部に位置する美里町。町の約7割が水田や畑という、農業が暮らしに根づいた地域で、大規模ハウスによるレタス生産を行っているのが「株式会社舞台ファーム」だ。農作物の栽培・生産・商品開発に加え、物流や農業コンサルティン [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/butai-farm_A_2005.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>宮城県北東部に位置する美里町。町の約7割が水田や畑という、農業が暮らしに根づいた地域で、大規模ハウスによるレタス生産を行っているのが「株式会社舞台ファーム」だ。農作物の栽培・生産・商品開発に加え、物流や農業コンサルティングも行い、多角的な農業経営を展開。全国の農家や企業と連携し、グループ連結で年間61億円の売り上げを生み出すまでに成長してきた。その背景には、従来の農業の枠にとらわれない、独自の経営戦略がある。</p>



<h2 class="wp-block-heading">家族経営の枠を超えて、農業DXを切り拓いた老舗農家</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/butai-farm_A_2327.jpg" alt="" class="wp-image-54308" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/butai-farm_A_2327.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/butai-farm_A_2327-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/butai-farm_A_2327-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>1720年から農業を営んできた針生（はりう）家。15代目で、株式会社舞台ファームの代表取締役社長を務める針生信夫さんが家督を継いだ時代に、大きな転換点を迎えた。</p>



<p>家族経営が主流だった当時、信夫さんは早くから農業の高齢化や働き手不足、後継者不足に危機感を抱き、最先端技術によるDX化や設備投資を積極的に導入。固定観念にとらわれない経営判断により、家族経営の枠を超えた大規模農場への基盤づくりを進めてきた。その背景にあったのは切実な危機感だった。家業に入ってからは長時間労働を行う毎日で「このままでは、働き続けても持続可能な形にならないのではないかのではないか」。そんな思いが、経営を抜本的に見直すきっかけになったという。</p>



<h3 class="wp-block-heading">約300年続く農家の15代目が考えた<strong>「</strong>持続可能な農業<strong>」</strong></h3>



<p>「15代目は22歳で結婚し、翌年には14代目から家督を継ぎました。農家は50歳くらいまで家長のもとで暮らすという慣習があるなかでは、かなり早い決断だったと思います。『徳川家も15代目で大政奉還したように、15代目は大きな転換点になりやすい。だからこそ踏ん張れ』と、よく言われていたそうです」と教えてくれたのは、16代目で、舞台ファーム取締役の針生信洋さん。</p>



<p>15代目が家督を継いだ1980年代、農業は近代化という大きな転換期にあった。個人の努力だけでは立ち行かず、大規模化に耐えうる農機や設備への投資が不可欠な時代だったという。実際、この時期に思い切った設備投資や法人化に踏み切った農家のなかには、その後規模を拡大して成長した事例もある。一方で、従来の家族経営にとどまった農家が厳しい状況に置かれたのも事実だ。信夫さんは時代の変化を直感的に捉え、「持続可能な農業」を目指して経営基盤の強化を図った。</p>



<h3 class="wp-block-heading">農業の可能性を広げる鍵は「仕組み」にあった</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/butai-farm_A_2156.jpg" alt="" class="wp-image-54309" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/butai-farm_A_2156.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/butai-farm_A_2156-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/butai-farm_A_2156-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>農業が衰退する背景には、天候や土壌、担い手不足といった複数の要因が絡み合っている。いずれも、個々の農家が「一馬力」で解決できる問題ではない。だからこそ舞台ファームでは、過去の延長線ではなく、まず5年後、10年後の日本農業のあるべき姿を描き、そこから逆算して経営や技術導入を設計してきた。</p>



<h3 class="wp-block-heading">家族経営からチーム経営へ。大規模化の舞台裏</h3>



<p>舞台ファームが家族営農から大規模ファームへ移行できた背景には、家族以外の人材を巻き込み、チームとして経営できたことがある。</p>



<p>高齢化した農家から土地を借り、5〜10年単位で契約を結ぶ形で事業を拡大。単なる土地確保にとどまらず、地域との信頼関係を築くことを重視し、農家の法人化支援や販路開拓支援にも取り組んできた。その道のりは平坦ではなく、契約条件の調整や将来不安への配慮など、一つひとつ対話を重ね、地域全体で持続可能な形を模索してきた。</p>



<h2 class="wp-block-heading">16代目による「経営の見える化」で、生産効率を大幅改善</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/butai-farm_A_2087.jpg" alt="" class="wp-image-54310" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/butai-farm_A_2087.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/butai-farm_A_2087-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/butai-farm_A_2087-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>2020年、16代目の信洋さんが舞台ファームへ入社。信洋さんはまず簿記や会計を独学で学び、PL（損益計算書）、BS（貸借対照表）、キャッシュフロー計算書を読み、会社の状況を理解することから着手した。「経営」を見える化することで、人が担うべき仕事、機械に任せられる工程、改善すべき点を洗い出し、ひとつずつ手を打っていった。</p>



<p>現在では、国内最大級のリーフレタス工場「美里グリーンベース」の運営や、IoT・AI技術の導入など、農業の在り方をアップデートする取り組みを次々と実践している。</p>



<h3 class="wp-block-heading">露地栽培の約80倍の生産効率を実現する「美里グリーンベース」</h3>



<p>信洋さんは、農業には「日々の食を支える、食べなくてはならない農業」と、「付加価値を楽しむ嗜好品的な農業」の二つがあると考えている。舞台ファームが目指すのは前者。毎日口にする野菜を、安定した品質と適正価格で届けることだ。</p>



<p>その中核を担うのが、仙台市から北へ約60km、遠田郡美里町に構える次世代型植物工場「美里グリーンベース」。奥行500メートルに及ぶ大規模ハウスで水耕栽培を行い、天候や季節に左右されることなく、一日約4万株のリーフレタスを出荷している。リーフレタスは植物工場での自動化や周年栽培との相性がよく、品質の安定と高効率生産を両立しやすい作物。生産効率は露地栽培のおよそ80倍にのぼるという。国内外の事例を調べながら、舞台ファーム独自の運営モデルを構築したのだ。</p>



<p>計画生産によって廃棄率はほぼゼロ。さらに、電力を主なエネルギー源とし、ソーラーシェアリングを導入することで、環境負荷とコストの双方を抑える仕組みを構築している。安定供給と合理性を両立させるこの工場は、「食べなくてはならない農業」を支える象徴的な存在である。</p>



<h3 class="wp-block-heading">農地で電気もつくる。ソーラーシェアリングという選択</h3>



<p>農業は本質的に、太陽光エネルギーを食料へと変換する産業だ。舞台ファームでは、農地に支柱を立てて太陽光パネルを設置するソーラーシェアリングを導入。農地で米と電気を同時に生み出す仕組みを構築し、土地を「活用されていない負の動産」から「収益を生む不動産」へと転換している。</p>



<h2 class="wp-block-heading">農業を稼げる産業に、数量×単価で考えるシンプルな経営</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/butai-farm_B_1858.jpg" alt="" class="wp-image-54311" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/butai-farm_B_1858.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/butai-farm_B_1858-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/butai-farm_B_1858-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>農業経営においても基本はビジネス。家族経営だとどんぶり勘定になりがちだが、売上を伸ばすには「数量×単価」の考え方が欠かせない。そのため、土地面積の拡大や二毛作・三毛作の導入、価格決定権の確保、徹底したコスト管理が重要だという。</p>



<p>また舞台ファームでは、JAに出荷を任せきりにせず、自ら価格を設定。市場関係者の動きや取引現場を観察し、各卸売業者の売値を把握。その上で、自ら小売店へ足を運び価格交渉を行い、直接契約へとつなげていった。肥料などの必要経費についても、「良いものを、いかに安く仕入れるか」を常に検討し、輸入に頼らざるを得ない肥料であっても、中間業者を極力省く工夫を重ねている。</p>



<h3 class="wp-block-heading">地域の食を、次世代へつなぐために</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/butai-farm_A_2129.jpg" alt="" class="wp-image-54312" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/butai-farm_A_2129.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/butai-farm_A_2129-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/butai-farm_A_2129-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>アメリカ留学など海外経験が豊富な信洋さんは、「日本ほど地域の食が豊かな国はない」と考える。その豊かさが、担い手不足によって失われていくことに、強い危機感を抱く。</p>



<p>地域の食を次世代につなぐために必要なものとして挙げてくれたのが、エネルギー、食料、雇用、教育という四つの柱だ。「エネルギーと食が安定的に手に入る町」を土台に、まず雇用を生み出し、次に特色ある教育を提供する。地域の農業生産者として食農教育にも積極的に取り組み、中学校などで特別授業を実施。農業の仕組みや経営の視点を伝えることでキャリア教育を推進し、人々が「ここに来たい」と思える町づくりの構想を進めている。エネルギーシェアリングを含めた仕組みづくりにより、農業を稼げる産業にし、2023年度で38％だった食料自給率を「最低でも50％以上に引き上げたい」と力強く語る。</p>



<p>その言葉の背景にあるのは、単なる数字目標ではない。地域に雇用を生み、次世代が誇りを持って農業に向き合える未来をつくるという決意だ。舞台ファームの挑戦は、一企業の成長物語にとどまらない。地域の可能性を、次の世代へ手渡すための実践である。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/54302/">農業を「稼げる産業」へ。地域の未来を育てる農業経営「舞台ファーム」／宮城県仙台市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>この土地の恵みを大事に、川敬商店でしか味わえない日本酒を。「川敬商店」7代目･川名由倫さん／宮城県遠田郡美里町</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 10 Apr 2026 09:51:07 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[酒造]]></category>
		<category><![CDATA[日本酒]]></category>
		<category><![CDATA[山廃仕込み]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/kawakei_A_0108.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>川敬商店の代表兼杜氏として酒造りを行っている川名由倫（ゆり）さん。伝統を重んじながらも、新しい技術や挑戦を取り入れ、「伝統は攻めてこそ守られる」という姿勢で酒造りに向き合っている。特に主要銘柄「黄金澤（こがねさわ）」は、 [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/kawakei_A_0108.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>川敬商店の代表兼杜氏として酒造りを行っている川名由倫（ゆり）さん。伝統を重んじながらも、新しい技術や挑戦を取り入れ、「伝統は攻めてこそ守られる」という姿勢で酒造りに向き合っている。特に主要銘柄「黄金澤（こがねさわ）」は、芳醇な香りとスムースな口当たりで、日本酒初心者から愛好家まで多くの人を魅了。選ばれる酒造りのために、由倫さんが大切にしていることとは。</p>



<h2 class="wp-block-heading">創業120年。伊達家ゆかりの商家がはじめた「川敬商店」</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/kawakei_A_0004.jpg" alt="" class="wp-image-54296" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/kawakei_A_0004.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/kawakei_A_0004-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/kawakei_A_0004-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>1902年、初代･川名敬治が宮城県北東部の遠田郡涌谷町（わくやちょう）で創業した「川敬商店」。そのルーツは、仙台藩･伊達家出入りの金物商にある。地租改正により自作田を得たことをきっかけに、涌谷町の南に位置する美里町へ移転。米の生産が盛んで、土地の肥沃さが古くから知られていた美里町だが、川名家が取得した土地は沼地が多く、稲作には不向きだったという。そのため、農業に頼らない生業として酒造業に着目し、蔵を構えることを決めた。</p>



<h3 class="wp-block-heading">山廃仕込みでオリジナリティのある酒造りを続ける</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/kawakei_A_0587.jpg" alt="" class="wp-image-54297" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/kawakei_A_0587.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/kawakei_A_0587-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/kawakei_A_0587-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>川敬商店は創業時から、自然の乳酸菌の働きを利用して酒母（しゅぼ）を育成する「山廃仕込み」にこだわってきた。酒母とは酵母を増やして発酵の土台をつくる工程で、日本酒の味わいを左右する重要な要素。時間も労力もかかり高い技術が必要とされる造り方のため、一時期は生産を6割ほどにとどめて、人工的に作られた乳酸を直接添加する「速醸造り」でまかなっていた。しかし、今では山廃仕込みの酒が生産の9割を占める。その理由を由倫さんは「山廃仕込みは蔵ごとの個性が出やすく、川敬商店らしい味わいを表現できます。今の川敬商店には欠かせないと感じています」と話す。</p>



<p>地元の米と水にこだわり、丁寧に醸された「黄金澤」は繊細で上品な味わいが特徴で、食事とともに楽しめる日本酒として高く評価されている。冷や、ぬる燗、熱燗とどんな温度でも美味しく味わえるのも人気の理由。名前の由来は、金の採取で有名な涌谷町の商人が醸したことにある。</p>



<h2 class="wp-block-heading">日本酒離れの時代に育った一人娘の役割</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/kawakei_A_0599.jpg" alt="" class="wp-image-54298" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/kawakei_A_0599.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/kawakei_A_0599-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/kawakei_A_0599-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>由倫さんにとって子どものころから蔵が身近にあることは当たり前の風景ではあったが、そこにどのような歴史や技術が詰まっていたのか、関心を持つことはなかったという。だが、年齢を重ね、地域や家族の記憶に触れる中で、次第にその重みを理解するようになる。</p>



<p>多感な時期に日本酒の消費量が激減したこともあって、酒造りは「報われない仕事」と思っていた。しかし、その考えを変えたのは、2011年3月に発生した東日本大震災。実家が倒壊し、復旧にも時間がかかったこともあって、酒蔵を営む家の一人娘として生まれた意味を考えるようになったのだ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">酒造りのすべてを“一から”学び、杜氏を志す</h3>



<p>震災を機に、川敬家の一人娘である由倫さんは家業を継ぐことを考え始めた。本当に継ぐかどうかはともかく、酒造りとはいったいどういうものなのか知ってみようと、酒類総合研究所東京事務所（2015年に広島県にある本部に統合）で行われた40日間の講習会に参加した。酒類総合研究所は、酒類の品質や醸造技術を研究する国の研究機関で、全国の酒造関係者が学びに訪れる教育プログラムも提供している。「やってみたら、酒造りもけっこうおもしろかった」と笑って振り返る。</p>



<p>その感覚が酒造りをイチから学ぶ後押しとなり、2012年に「川敬商店」へ入社。最初は何もわからず戸惑ったそうだが、周囲の人々に教えてもらいながら、少しずつ酒造りの面白さに気づいていったという。そして、お父さまの亡き後、2019年に杜氏として酒造りの責任を背負うことになった。</p>



<h3 class="wp-block-heading">素材の状態を見極め、おいしい酒に仕立てる</h3>



<p>由倫さんがこだわっているのは、米を手で研ぐこと。一部機械も使用してはいるが、5kgずつ手で研ぐことで、米の割れや吸水状態を細かく確認でき、狙った酒質に近づけやすいという。近年は米の硬化傾向があり、その洗い方によって酒の質も変化してしまうため、最新の注意を払う。洗う時には、食用米のように強く研ぐのではなく、優しく糠を取り除くイメージで洗うのだという。</p>



<h2 class="wp-block-heading">より良い酒造りを目指し、川敬商店の新たな味を探求</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/kawakei_B_6452.jpg" alt="" class="wp-image-54299" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/kawakei_B_6452.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/kawakei_B_6452-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/kawakei_B_6452-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>現在の川敬商店の酒造りは、「飲んでくださる方を想い、心清らかに醸す」をテーマに掲げている。そのために、麹作りから酒母、醪（もろみ）まで、長期低温発酵させる「吟醸造り」にすることを徹底。そうすることで、きれいな味の酒に仕上がるから。</p>



<p>ただ、「他社の麹と比較すると、ややおとなしい印象があるため、今後は力強い麹造りにも挑戦したい」と話す。目指すのは、透明感としっかりとした骨格を持つ酒だという。</p>



<h3 class="wp-block-heading">コロナ禍で見つめ直した「黄金澤の立ち位置」</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/kawakei_A_0027.jpg" alt="" class="wp-image-54300" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/kawakei_A_0027.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/kawakei_A_0027-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/kawakei_A_0027-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>コロナ禍で日本酒需要が落ち込む中、由倫さんはあえてブランドの見直しに時間をあてた。その結果、「黄金澤」が持つ魅力や位置づけがより明確になったそうだ。どんな料理にも合わせられる“食卓に調和する酒”を追求し、人々に寄り添う存在であり続けること。そのために、「常に新しい挑戦を続け、より美味しい酒をつくりたい」と意気込む。</p>



<p>華美ではないが、料理を引き立て、飲み手の時間を豊かにする。その積み重ねこそが、川敬商店が120年守り続けてきた価値なのだろう。「黄金澤」はこれからも進化し続け、愛され続けていく。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/54289/">この土地の恵みを大事に、川敬商店でしか味わえない日本酒を。「川敬商店」7代目･川名由倫さん／宮城県遠田郡美里町</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>目標は、名実ともに“世界一”の蜂蜜酒･ミードを作ること「EIGHT CROWNS」代表 Maynard Plant（メイナード･プラン）さん／宮城県富谷市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 08 Mar 2026 08:42:59 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[蜂蜜]]></category>
		<category><![CDATA[ミード]]></category>
		<category><![CDATA[BTI･ World Mead Challenge金賞]]></category>
		<category><![CDATA[MONKEY MAJIK]]></category>
		<category><![CDATA[WILD FLOWER]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/eight-crowns_A_4625.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>日本屈指のロックバンドとして、ミュージックシーンで輝き続けるMONKEY MAJIK。そのボーカル＆ギターのMaynard PlantさんとドラムのTAXさんが取り組んでいるのが、養蜂だ。ふたりが20年以上も暮らす宮城県 [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/eight-crowns_A_4625.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>日本屈指のロックバンドとして、ミュージックシーンで輝き続けるMONKEY MAJIK。そのボーカル＆ギターのMaynard PlantさんとドラムのTAXさんが取り組んでいるのが、養蜂だ。ふたりが20年以上も暮らす宮城県富谷市で採蜜し、市の中心部にある観光交流ステーション「とみやど」の中で「EIGHT CROWNS」という店舗で生はちみつを販売している。ミュージシャンであるふたりが、養蜂家となったその理由とは……？</p>



<h2 class="wp-block-heading">少年時代の記憶から辿り着いた、富谷での養蜂</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/eight-crowns_A_4022.jpg" alt="" class="wp-image-54135" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/eight-crowns_A_4022.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/eight-crowns_A_4022-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/eight-crowns_A_4022-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>宮城県富谷市は、かつて宿場町として栄えた、仙台市北部に隣接する人口5万人超の町。近年は「子育て世代に優しい町」として若い世帯の流入で話題となっている。そんな富谷市で20年以上も暮らしているのが、MONKEY MAJIKのMaynard PlantさんとドラムのTAXこと菊池拓哉さん。</p>



<p>このふたりが、はちみつの会社「EIGHT CROWNS」を立ち上げたのは、2018年のことだった。</p>



<h3 class="wp-block-heading">カナダで出会った養蜂の世界</h3>



<p>その背景にあるのが、カナダ出身のMaynardさんの少年時代にある。Maynardさんが10代のころ、養蜂家だった伯父さんを手伝うことがあった。ミツバチ何万匹もの小さな命を育て、その受粉によって農作物が実り、人々はその恵みを口にする。自然の循環と、生き物それぞれの役割を、体感として学んだ時間だったという。その記憶が「いつか自分もやってみたい」という思いとして、心に残り続けていた。</p>



<h3 class="wp-block-heading">富谷市での出会いが“点と点”をつなぐ</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/eight-crowns_A_4536.jpg" alt="" class="wp-image-54136" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/eight-crowns_A_4536.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/eight-crowns_A_4536-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/eight-crowns_A_4536-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>そんな中、NHKのローカル番組でナビゲーターを務めていたMaynardさんは、富谷市長の若生 裕俊氏と出会うこととなる。若生氏は、ビルの屋上で行う「都会式養蜂」に関心を寄せ、富谷市役所の屋上で養蜂を行っていた。そこに運命的なものを感じたMaynardさんは「富谷は養蜂を推進している町なんだから、自分もやってみよう！」とTAXさんと養蜂を始めることにした。</p>



<h2 class="wp-block-heading">始まりは“8つのミツバチの巣箱”</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/eight-crowns_B_2624.jpg" alt="" class="wp-image-54141" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/eight-crowns_B_2624.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/eight-crowns_B_2624-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/eight-crowns_B_2624-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>宮城県中部に位置する「七つ森」という緑豊かな場所に、7つの西洋ミツバチの巣箱、そして1つの日本ミツバチの巣箱、全部で8つの巣箱を置いたことからスタートを切った。会社名のEIGHT CROWNSのEIGHTはここからくる。そしてCROWNS＝冠は、女王蜂をリスペクトする単語をつけたかったからだ、とMaynardさんは話し、「後で考えたら、EIGHTって日本語で数字の8（ハチ）だから、ちょうどよかった」と笑う。</p>



<h3 class="wp-block-heading">テロワールを生かした採蜜で独自性のあるはちみつづくり</h3>



<p>花を求めて蜂の巣箱を移動させる移動養蜂ではなく、自分たちのテロワールで採蜜したいと考えていたMaynardさんとTAXさんは、蜜源としてハゼリソウの木を植えた。ハゼリソウは、青紫色の花が特徴的でミツバチにとって最高峰の蜜源植物ということで知られている。その蜜を集めることで黄金色のフルーティーなはちみつができる。あっさりとした甘味が特徴で、紅茶やヨーグルト、チーズなどにもよく合う。採蜜量は決して多くないが、クオリティのみがこだわりだ。</p>



<p>採蜜場所を増やすことはあるとしても、巣箱を持って移動することは考えていないという。年ごとの気候や自然環境によって、はちみつの風味は微妙に変化する。その違いこそが、この土地ならではのテロワールであり、異なる味わいを楽しめることに価値を感じているからだ。　</p>



<h3 class="wp-block-heading">富谷だから生まれる“WILD FLOWER”という味わい</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/eight-crowns_B_3261.jpg" alt="" class="wp-image-54137" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/eight-crowns_B_3261.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/eight-crowns_B_3261-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/eight-crowns_B_3261-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>富谷という場所柄、ミツバチが一種類の花の蜜から集めた単花蜜を採取するのは難しく、山桜、アカシア、藤などから採蜜し、それを「WILD FLOWER」としてパッケージ。一方、単花蜜のはちみつは、彼らと同じような規模でこだわりを持っている各地の養蜂家から仕入れ、販売を行っている。</p>



<p>その単花蜜（アカシア）を使い、同社が製造に注力しているのがハバネロやレモン、サフランなどをはちみつに漬け込んだインフューズドハニー（Infused Honey）。幅広い料理に使えるほか、代謝促進や免疫力向上といった健康効果も期待できるとして、近年、海外で注目を集めているのだそう。</p>



<h2 class="wp-block-heading">蜂蜜酒･ミードで富谷から世界へ挑む</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/eight-crowns_B_3227.jpg" alt="" class="wp-image-54138" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/eight-crowns_B_3227.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/eight-crowns_B_3227-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/eight-crowns_B_3227-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>さらに、彼らはWILD FLOWERから「ミード」を醸造。ミードとは、はちみつと水と酵母菌を発酵させてできあがる醸造酒で、神話にも出てくる世界最古の酒といわれている。</p>



<h3 class="wp-block-heading">東北の酒蔵とともにミードを開発</h3>



<p>ミード醸造のきっかけは、MONKEY MAJIKのカナダツアーの際、飛行機の機内誌がミードを特集していたのを見たTAXさんが「ぜひやってみたい」と持ち掛けたことにある。帰国後、MaynardさんとTAXさんは世界中のミードを飲み、同じ東北の日本酒造会社に醸造を依頼することにした。国内でミードを醸造しているのは20〜30社ほどに限られ、東北地方ではこの会社のみ。ミードを造れる環境そのものの希少性にあった。日本酒造りで培った発酵技術を生かし、はちみつ本来の香りや風味を損なわずに仕上げているのが特徴だ。甘口からドライタイプまで表現の幅も広く、実際に口にしたMaynardさんとTAXさんが「おいしい」と感じたことが、醸造を託す決め手となった。</p>



<h3 class="wp-block-heading">日本酒酵母×生はちみつが生む、ドライでフルーティーな一杯</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/eight-crowns_B_3204.jpg" alt="" class="wp-image-54140" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/eight-crowns_B_3204.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/eight-crowns_B_3204-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/eight-crowns_B_3204-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>EIGHT CROWNSのミードの原料には日本酒の酵母を使う。加水した生はちみつに日本酒酵母を合わせることで、少し酸味のあるドライな仕上がりになった。峰の雪酒造の社長がいろいろと試した結果、この酵母にいきついたそうで、まるでマスカットのようなフルーティーで飲みやすいミードに仕上がった。</p>



<p>Maynardさんは、自分のミードに「こんなにおいしいものができるなんて！すごく満足している」と笑う。ブドウによってワインの味が変わるように、ミードもはちみつによって味が左右される。EIGHT CROWNS の作る極上のはちみつが、極上のミードになるのは、言わずもがななのだ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">世界的な評価を獲得</h3>



<p>EIGHT CROWNSのミードは、 「WILDFLOWER TRADITIONAL MEAD」と名付けられ、2023年にアメリカの世界的酒品評会「BTI･ World Mead Challenge」で金賞を受賞した。酸味と甘味のバランスも絶妙で、日本酒のようなクリアな味わいも感じることができる。Maynardさんは当初、ミードの醸造にあまり乗り気ではなかったが、「様々な料理と相性抜群。ミツバチが集めた自然の恵みをそのままの状態で食卓へ届けたい」との思いから、追求を重ねたことが実を結んだ。</p>



<h2 class="wp-block-heading">目指すのは“世界一のミード”と、世界の養蜂家をつなぐ未来</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/eight-crowns_B_3290.jpg" alt="" class="wp-image-54139" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/eight-crowns_B_3290.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/eight-crowns_B_3290-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/eight-crowns_B_3290-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>Maynardさんに将来の夢を聞くと、「まずは自分のミーダリー（ミードを造る場所）を作ること」とし、さらに今でも評価の高い彼らのミードを超えた“世界一”のミードを作ること、そしてミードで地域を盛り上げていきたいと話してくれた。</p>



<p>また、養蜂家としては、日本だけでなく世界中の養蜂家とつながることのできる“ハブ”のような存在になることだ、と笑顔を見せてくれた。</p>



<p>EIGHT CROWNのはちみつは、加熱や過度な濾過を行わず、天然のビタミンやミネラル、酵素を多く含んでいる。ミツバチが花から集めてきた蜜の風味や栄養をできるだけ損なわずに届けたいからだ。それは富谷のテロワールを表現することにもつながる。</p>



<p>自然豊かな宮城県の小さなまちで生まれ、世界からも評価されるはちみつとミードは、日常に豊かさと元気を運んでくれるはず。富谷から生まれる“最高のはちみつとミード”を、ぜひ五感で味わってほしい。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/54130/">目標は、名実ともに“世界一”の蜂蜜酒･ミードを作ること「EIGHT CROWNS」代表 Maynard Plant（メイナード･プラン）さん／宮城県富谷市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>現在の仕込みが数年後のジャパニーズウイスキーの財産に「ニッカウヰスキー」／宮城県仙台市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 02 Feb 2026 11:41:42 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[ウイスキー]]></category>
		<category><![CDATA[蒸溜]]></category>
		<category><![CDATA[ジャパニーズウイスキー]]></category>
		<category><![CDATA[宮城峡蒸溜所]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/nikka_A_2692.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>宮城県仙台市の西部、温泉地としても知られる作並に、世界中でブームを起こしているジャパニーズウイスキーの蒸溜所がある。それが、ニッカウヰスキー株式会社の仙台工場宮城峡蒸溜所だ。広瀬川と新川（にっかわ）というふたつの清流に囲 [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/nikka_A_2692.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>宮城県仙台市の西部、温泉地としても知られる作並に、世界中でブームを起こしているジャパニーズウイスキーの蒸溜所がある。それが、ニッカウヰスキー株式会社の仙台工場宮城峡蒸溜所だ。広瀬川と新川（にっかわ）というふたつの清流に囲まれたこの場所は創業者･竹鶴政孝氏の息子である威（たけし）氏が見つけたことでも知られている。ブームを生み出したのは、一体どのような場所なのだろうか。</p>



<h2 class="wp-block-heading">新たな味わいのウイスキーを追い求めて</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/nikka_A_2611.jpg" alt="" class="wp-image-53986" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/nikka_A_2611.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/nikka_A_2611-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/nikka_A_2611-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>ニッカウヰスキーの創業者で“日本のウイスキーの父”とも呼ばれる竹鶴政孝。初めに建てた蒸溜所は北海道の余市町である。余市蒸溜所で作られるのは大麦麦芽のみを原料とするモルトウイスキー。冷涼で湿潤な気候のもと、昔ながらの「石炭直火蒸溜」で製造する力強いスモーキーな味わいが特徴だ。</p>



<p>スコットランドでウイスキー作りを学んだ政孝は、余市とは違った特徴を持つ原酒を日本で作りたいと考えるようになった。</p>



<p>そこで政孝は、息子の威に「水のいいところを探す」というミッションを与える。水はウイスキーの味わいや個性を左右する重要な要素であったからだ。年間平均気温が10℃程度で東北山間部という基本条件の中、いろいろな場所を探させたのだという。</p>



<h3 class="wp-block-heading">ウイスキー作りに適した、緑豊かな森に包まれる宮城峡</h3>



<p>いくつかの候補地を見つけ、最初に威が政孝を連れてきたのが、この宮城峡だった。新川の水を汲んで、水割りを飲んだ政孝はそのおいしさに感動。ほかの候補地を見ずして、この場所に蒸溜所を建てることを決めたのだという。異なる味わいのウイスキーを作るには、異なる環境が必要となる。余市町が海の近くにあるため、もう一つの蒸溜所は森の中に作りたかったという思いもあったようだ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">“柔らかい水”が生んだ新テイスト</h3>



<p>政孝の思う「いい水」とは、ミネラル分が少ない軟水のこと。新川の伏流水はとても柔らかく、ウイスキー作りに適しているのだ。年に数回は水質の成分を調べているそうだが、大きく変わることはなく安定しているのも新川の水を使う理由だと、工場長の笹村欣司さんは話してくれた。</p>



<p>また、蒸溜所の建設にあたっては、「自然を大切にしなければ、おいしいウイスキーはつくれない」という政孝の信念が随所に反映されたという。樹木の伐採は最小限に抑えられ、敷地内の電線は可能な限り地下に埋設。宮城峡の豊かな自然景観と調和するレンガ調の建物を見てもらうための導線づくりなど細部まで気を配ったという。</p>



<p>こうして1969年、宮城峡蒸溜所は完成した。余市蒸溜所とは全く違うウイスキーを作りたいと考えていた政孝は、完成後の本溜液（蒸溜時に最も味の核になる部分）を飲んだ時に「違う……」と一言発したという。周囲が緊張感を募らせる中、「余市蒸溜所とは違うウイスキーを作ってくれてありがとう、という意味だったようです」と、笹村さんは朗らかに説明してくれた。</p>



<h2 class="wp-block-heading">個性が際立つジャパニーズウイスキーを追求</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/nikka_A_3479.jpg" alt="" class="wp-image-53987" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/nikka_A_3479.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/nikka_A_3479-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/nikka_A_3479-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>余市蒸溜所と宮城峡で異なるウイスキーを製造するため、蒸溜工程で使用するポットスチルの形状も変えている。蒸溜のやり方が変わると、味の重さ･軽さが変わるのだ。</p>



<p>余市蒸溜所では、真っ直ぐに立ち上がっている「ストレートヘッド型」を使い、重厚感のあるモルトウイスキーに仕上げる。</p>



<p>一方、宮城峡蒸溜所では膨らみを持った「バルジ型」を使い、柔らかなモルトウイスキーにする。また、とうもろこしなどを主原料とするグレーンウイスキーの製造には「カフェ式連続式蒸溜機」を使用し、原料の香りや甘み、コクを残した豊かな原酒を製造している。</p>



<p><br>こうして生まれた個性の異なるモルトウイスキーに、グレーンウイスキーを組み合わせて作られるのが、ブレンデッドウイスキーだ。複数の原酒を精緻にブレンドし、調和させることで、奥行きと一体感を備えた味わいが完成する。余市蒸溜所と宮城峡蒸溜所という二つの蒸溜所の個性があるからこそ、多彩なウイスキーが生まれているのである。</p>



<h3 class="wp-block-heading">世界的ブームの裏側で起きている、深刻な“原酒不足”</h3>



<p>2000年以降、ジャパニーズウイスキーは海外の品評会で次々に受賞。宮城峡蒸溜所でつくられた「シングルモルト宮城峡」「シングルモルト宮城峡12年」も、「インターナショナル･スピリッツ･チャレンジ（ISC）」や「ワールド･ウイスキー･アワード（WWA）」で多数の賞を受賞している。スコットランドの伝統を尊重しながらも、日本ならではの繊細な製法や素材を活かした独自のスタイルに、世界中のウイスキー好きが注目するようになった。国内のみならず中国やアメリカ、フランスなどの国外からの需要が特に増えている。</p>



<p>笹村さんは、「ありがたいことに市場は伸びている」と言う。2000年代後半からのハイボールブーム、2014年秋からの政孝をモデルにしたNHKの朝ドラ「マッサン」の影響もあり、余市蒸溜所と宮城峡蒸溜所の原酒をブレンドしたウイスキー「竹鶴」は、原酒の在庫が減少してしまったのだと話す。放映時に仕込んだ原酒はあるものの、ウイスキーは長い熟成が必要なため、なかなか潤沢には出荷できない状況が続いているという。</p>



<h2 class="wp-block-heading">ブレンドでウイスキーの妙味を引き出す</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/nikka_A_3886.jpg" alt="" class="wp-image-53988" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/nikka_A_3886.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/nikka_A_3886-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/nikka_A_3886-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>ウイスキーの味について笹村さんに聞くと、熟成後にブレンドや加水などの調整を行う前の原酒が樽の中で熟成する事で数年かけて品質が造られているそうだ。樽の産地によっても原酒の味が変わってくるので、最終工程であるブレンドで調整する。</p>



<h3 class="wp-block-heading">味を深化させるカギは”樽&#8221;</h3>



<p>ウイスキーの味はブレンダーが異なる個性の原酒を組み合わせ、最終的な仕上げを行う。熟成は毎年変化するため、ブレンダーは毎年、熟成中の樽の原酒をサンプリングし、レシピの調整を繰り返す。</p>



<p>熟成樽として世界的に人気なのがシェリー樽。シェリー酒の熟成に使われた樽を再利用しているため、ウイスキーにシェリー酒のアクセントが加わり、甘みのある香りとインパクトのある味が実現するのだという。樽を使用する際には、樽の内面を焼きなおし使用することが多い。その焼き方によっても味が変わるのだ。</p>



<h2 class="wp-block-heading">数十年後、日本の風土を語るウイスキーのために</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/nikka_A_3623.jpg" alt="" class="wp-image-53989" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/nikka_A_3623.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/nikka_A_3623-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/nikka_A_3623-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>ニッカウヰスキーの現在の課題を聞いた。笹村さんは、「貯蔵したウイスキー原酒不足で、お客さんの需要に応えきれない状況が続いている」と話す。</p>



<p>増産を求める声に応えられないことに忸怩（じくじ）たる思いを抱えているのが見て取れた。しかしながら、「現在行っている仕込みは数年後の財産となる」との考え方から、増産計画を進めているという。今後さらなる投資を行い、生産能力を拡大する予定だ。</p>



<p>こうして現在、樽で静かに眠っている原酒は、同社の財産であるばかりか、これからのジャパニーズウイスキーを語る上で重要な「日本の文化的資産」と言える。</p>



<p>世界的大ブームのジャパニーズウイスキー。その市場動向、そしてニッカウヰスキーがどのような評価を得ていくのか、目が離せない。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/53980/">現在の仕込みが数年後のジャパニーズウイスキーの財産に「ニッカウヰスキー」／宮城県仙台市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>豊かな海のそばで「鮨に合う酒」を追求する「平孝酒造」代表･平井孝浩さん／宮城県石巻市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 02 Feb 2026 11:32:09 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[酒造]]></category>
		<category><![CDATA[日本酒]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/DSC4670.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>世界三大漁場 三陸･金華山沖のある石巻市で1861年から酒を醸している平孝酒造。代表銘柄「日高見（ひたかみ）」は、華やかさを競うのではなく、鮨を引き立てることに徹した一本。小さな蔵だからこそできるきめ細かな発酵管理と、漁 [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/DSC4670.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>世界三大漁場 三陸･金華山沖のある石巻市で1861年から酒を醸している平孝酒造。代表銘柄「日高見（ひたかみ）」は、華やかさを競うのではなく、鮨を引き立てることに徹した一本。小さな蔵だからこそできるきめ細かな発酵管理と、漁場と共にある土地で生まれた酒は、今や全国の鮨職人から厚い信頼を集めている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">「鮨に合う酒」は、最初から目指していたわけではなかった</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/DSC4658.jpg" alt="" class="wp-image-53973" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/DSC4658.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/DSC4658-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/DSC4658-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>全国新酒鑑評会で通算18回の金賞を受賞し、宮城県清酒鑑評会での宮城県知事賞（最高賞）にも輝いてきた平孝酒造の「日高見」。しかし「鮨に合う酒」として評価されるまでには、決して順風満帆とは言えない道のりがあった。</p>



<h3 class="wp-block-heading">「蔵を閉める」宣言から始まった覚悟</h3>



<p>平孝酒造4代目の息子として生まれた平井孝浩さん。宮城県内の大学を卒業後、家業を継ぐつもりはなく東京で就職した。しかし転機は急に訪れる。社会人2年目のとき、父が東京に来て「蔵を閉める」と告げたのだ。</p>



<p>当時、日本酒業界は焼酎やビールに押され、廃業が相次いでいた時代。平孝酒造は「新関（しんぜき）」の酒銘で長年地域に親しまれていたが、業績低迷が著しい状態だったという。卸会社で酒を扱う部署に勤めていた平井さんは、さまざまな蔵や酒造会社と仕事をする中で、家業の持つ魅力に気づき始めていたという。「なぜ閉めるんだと、どうしても納得がいかなくて。親父にはできなくても、自分ならできる」と強く反発し、蔵を継ぐ決断をする。そうして1987年に石巻に戻ったが、すぐに理想の酒造りができたわけではなかった。</p>



<h3 class="wp-block-heading">売れる酒のために個性を模索する日々</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="549" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/DSC9202.jpg" alt="" class="wp-image-53974" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/DSC9202.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/DSC9202-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/DSC9202-768x511.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>バブル崩壊以降、日本酒業界は価格競争の真っただ中にあった。大量生産･大量流通が主流となり、地方の小さな蔵はトラックに酒を積み、足で売り歩くしかない日々。意気込んで継いだ平井さんだったが、想像以上に厳しい現状に目を背けたくなることが何度もあったという。</p>



<p>一方で、地酒ブームの兆しも見え始めており、「どう届け、どう選ばれるか」が問われていた。既存商品の「新関」では経営がままならなず、これからのことに四六時中頭を悩ませ、そんななかで行きついたのが「日高見」だ。</p>



<p>「廃盤商品をたまたま調べていたとき、父が造った『日高見』が目に留まりました。『日を高く見る』という響きがいいなって。調べてみたら、この地域と深い縁がある言葉だと知って、これは石巻で酒を造る自分たちにふさわしいと思いました」。</p>



<p>土地の歴史と、自分たちの覚悟。その両方を背負える名前として、「日高見」という名をあらためて掲げ直すことを決心。そして、商品数を絞り、「親関」から「日高見」へとブランドイメージ刷新を決めた。</p>



<h2 class="wp-block-heading">「鮨に合う酒」への方向転換</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/DSC4772.jpg" alt="" class="wp-image-53975" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/DSC4772.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/DSC4772-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/DSC4772-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>1990年、吟醸酒「日高見」の販売をスタート。当時の日本酒市場では、吟醸酒であることを一つの品質基準とする傾向があり、まずは評価される土台に乗ることが必要不可欠。明確なコンセプトを打ち出す以前に、造り手として正当に評価されるスタートラインに立つための戦術だった。販路を開拓しながら酒を売り続けたが、状況はすぐには改善しない。選んでもらえない現実に直面するたび、ただ造るだけではなく「何のための酒なのか」を考え続けた。</p>



<h3 class="wp-block-heading">料理を引き立てる役割に活路を見出す</h3>



<p>「選ばれる酒」のヒントを得たのは、醸造試験場で酒造りを学ぶ仲間から金沢の寿司店に招かれたことにある。そこで供された鮨は、コース料理の一部としての鮨ではなく、鮨そのものが主役。割烹料理の中で鮨を口にすることが多かった平井さんにとって、その体験は衝撃だった。シャリとネタが一体となり、口の中でほどけるような風味に感動。自身の酒を合わせてもらうと鮨職人から思いがけない言葉が返ってきた。</p>



<p>「香りはいい。でも、鮨と合わせると酒が前に出すぎる」。</p>



<p>その瞬間、華やかな香りの酒は、鮨のように繊細な料理の良さを奪ってしまうことに気づいた。「酒は主役ではなく、料理を支える存在であるべき。鮨の繊細さを邪魔しない、むしろ引き立てる酒をつくろう<strong>」</strong>と決心したのだ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">長年かけてたどり着いた「超辛口純米酒」</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/DSC4935.jpg" alt="" class="wp-image-53976" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/DSC4935.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/DSC4935-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/DSC4935-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>鮨に合う酒として目指したのは、キレがあり雑味のない超辛口純米酒。魚介類の繊細な旨味や風味を邪魔せず、脂やシャリの甘みを程よく流すことを狙った。どの程度の辛さが鮨に合うのか、杜氏にイメージを伝えて醸造を重ね、寿司店に持ち込んでは手厳しい評価を受けることを繰り返した。</p>



<p>そしてきめ細かな発酵管理と貯蔵を積み重ね、2008年に完成したのが「日高見 超辛口純米酒」だ。冷やでも燗でも崩れず、魚の旨みを引き立てる一本。</p>



<p>柔らかな口あたりとキレの良い後味、とりわけ赤身魚との相性の良さが評判となり、食中酒として高い評価を得た。四季折々の美味しい魚が捕れる石巻で生まれたので、「魚でやるなら日高見だっちゃ」というキャッチコピーを掲げた。</p>



<h2 class="wp-block-heading">逆境に立ち向かい、品質を磨き上げる</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/DSC4754.jpg" alt="" class="wp-image-53977" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/DSC4754.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/DSC4754-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/DSC4754-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>しかし、2011年に三陸沖の太平洋を震源とする東日本大震災が発生。「ここからという矢先に震災があったんです」と振り返る平井さん。</p>



<h3 class="wp-block-heading">鮨職人に支えられて前進する</h3>



<p>東日本大震災で、平孝酒造は津波による甚大な被害を受けた。酒造りに欠かせない麹室や酒母（しゅぼ）室、発酵室も使えなくなり、先の見えない状況に追い込まれたという。 それでも平井さんは、「ここから進化してこそ復興だ」と前を向いた。すべてを総ステンレス張りへ改修し、温度管理と衛生管理を徹底できる環境を整備。以前よりも安定した品質を追求できる蔵へと生まれ変わらせた。</p>



<p>この再建の過程で、大きな支えとなったのが「鮨に合う酒」を模索するなかで出会い、懇意にしていた鮨職人たちだった。仲間を連れて石巻まで炊き出しに駆けつけてくれたのだ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">歩みを止めることなく新商品をリリース</h3>



<p>再建を進めるなかで生まれたのが、2012年発売の純米吟醸酒「弥助（やすけ）」。三陸･金華山沖では、貝類や白身魚といった淡泊な甘みを持つ魚介が多く水揚げされる。しかし、「日高見 超辛口純米酒」では、その淡い旨味をやや引き締めすぎてしまう場面もあった。そこで、より柔らかく、素材の甘みを引き立てる酒を目指して生まれたのが「弥助」である。</p>



<p>その特徴は豊かでふくらみのある旨味と、後味がキリッと引き締まるシャープな辛さを両立させていること。穏やかな味わいを感じさせながらも、さらりと抜ける透明感により料理の余韻を邪魔しない。特に白身魚やイカなど、甘みのある魚介類との相性の良さに定評がある。世界一おいしい市販酒を決める日本酒の品評会「SAKE COMPETITION 2025」においては、純米吟醸部門ブロンズを受賞した。</p>



<p>なお、酒銘は歌舞伎演目『義経千本桜』に由来し、花柳界では寿司を指す言葉として使われてきたもの。鮨文化への敬意と、鮨職人たちとの縁を込め、この名を現代に甦らせた。</p>



<h2 class="wp-block-heading">酒造りを通して食べた人が幸せになる時間を</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/DSC4811.jpg" alt="" class="wp-image-53978" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/DSC4811.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/DSC4811-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/DSC4811-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>「鮨の美味しさを支える、縁の下の力持ちのような酒でありたい」そう語る平井さんにとって、日高見は自己主張の酒ではない。料理と酒を組み合わせてお互いの美味しさを引き立て合うペアリングの考えに基づき、鮨を食べる体験そのものを豊かにすることに重きを置いている。</p>



<p>現在は海外への輸出も行っているが、販路をむやみに広げることはしない。「平井さんのお酒を使いたい」と声をかけてくれる、理念を共有できる料理人や店とだけ向き合っている。</p>



<p>太陽の恵みを受けた土地「日高見国」の名を冠し、この地でしか、この蔵でしかできない酒造りに挑み続ける平孝酒造。今では、鮨屋では必ずと言っていいほど見かけるまでになった「日高見」。鮨を口に運ぶその一瞬を、より特別な時間にしてくれる一杯として、ぜひ試してみてほしい。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/53965/">豊かな海のそばで「鮨に合う酒」を追求する「平孝酒造」代表･平井孝浩さん／宮城県石巻市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>「宮城野ポークみのり」で食卓を豊かに。将来は6次産業化に挑む「ピッグ夢ファーム」／宮城県登米市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 02 Feb 2026 10:50:06 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[宮城野ポークみのり]]></category>
		<category><![CDATA[畜産]]></category>
		<category><![CDATA[養豚]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/pig-yume-farm_A_2359.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>宮城県のブランド豚「宮城野豚」の肉質を専門家が評価する「宮城野豚枝肉共進会」にて、チャンピオン賞を連続で受賞している「有限会社ピッグ夢ファーム」。宮城県の北東部に位置する農業が盛んな静かな町で、約5,000坪という広大な [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/pig-yume-farm_A_2359.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>宮城県のブランド豚「宮城野豚」の肉質を専門家が評価する「宮城野豚枝肉共進会」にて、チャンピオン賞を連続で受賞している「有限会社ピッグ夢ファーム」。宮城県の北東部に位置する農業が盛んな静かな町で、約5,000坪という広大な敷地面積の中、養豚を営んでいる。同社が生産する「宮城野ポークみのり」は、柔らかくてジューシー、そして甘い脂身が好評を得ている。そのおいしさの秘密はどこにあるのだろうか。</p>



<h2 class="wp-block-heading">宮城県オリジナルブランドの最上級豚肉「宮城野ポークみのり」</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/pig-yume-farm_A_2383.jpg" alt="" class="wp-image-53944" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/pig-yume-farm_A_2383.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/pig-yume-farm_A_2383-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/pig-yume-farm_A_2383-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>「宮城野ポーク」は宮城県で開発された銘柄豚で、止め雄に「しもふりレッド」を交配、きめ細やかな肉質と柔らかくコクのある風味、脂の甘み、さっぱりした食味が特徴だ。その中でも、出荷前の仕上げ段階に米を与え育てた豚は「宮城野ポークみのり」と呼ばれる。脂身にくどさがないため、しゃぶしゃぶで食べるとアクが出ず、さっぱりとした後味で人気を集めている。</p>



<h3 class="wp-block-heading">国産米を与えて、日本の食文化に合う豚肉を生産</h3>



<p>代表取締役の佐々木さんによると、飼料米の割合はその養豚場によってまちまちだそうで、「ピッグ夢ファーム」では、全農グループの配合飼料に国産米を一定割合まぜて与えている。これにより、風味や食感の良さをもたらすオレイン酸が増加し、脂身の質が向上。口どけがよく、なめらかな食感に仕上がる。食べさせ過ぎると脂肪が多く太り過ぎの仕上がりになってしまうため、その配合が味の決め手となるそうだ。そして、国産米を使うのは、日本独自の食文化に合った豚肉を作りたいからだ、と教えてくれた。</p>



<p>また、配合飼料にもこだわっている。佐々木さん曰く「品種はもちろんだが、餌も同じくらい大切」と話す。以前、配合割合を変えたときに消費者から「味が落ちた」と指摘されたことがあったのだという。そして、試行錯誤の結果、現在の飼料に落ち着いた。タンパク質量などのデータを鑑みて、トウモロコシ、大豆粕などを主成分としたオリジナルの飼料を農場のために作ってもらっている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">ストレスのない環境で豚を健やかに育てる</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/pig-yume-farm_B_1198.jpg" alt="" class="wp-image-53945" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/pig-yume-farm_B_1198.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/pig-yume-farm_B_1198-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/pig-yume-farm_B_1198-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>養豚に関わって15年だという農場長の石川和（やまと）さんは「まだまだ豚の飼育は難しいですね」と話しながらも、最も気を付けていることに、豚が病気にかからないようにすることを挙げた。豚熱ウイルスによる伝染病にかかれば、全頭処分を免れない。そのため、衛生管理を十分徹底している。特に豚にストレスのかからないように管理する。豚は人間と関わることがストレスになるので、分娩や介護など以外は豚舎に入ることを避けているそうだ。さらには、豚1頭当たりのスペースにも気を配る。狭すぎればストレスがかかり、広すぎても発育にばらつきが出やすく、事故率が高まってしまう。そのため、豚の成長段階に応じた見極めが重要なのだという。</p>



<h3 class="wp-block-heading">子豚をしっかり育てなければ、いい肉豚にはならない</h3>



<p>多くの養豚場では、病気の治療や予防のために抗生物質、合成抗菌剤、駆虫剤などの動物用医薬品が使用されている。しかし、「ピッグ夢ファーム」では、そうした薬品を基本的に使わずに育てるため、豚舎の衛生管理を徹底している。薬品に依存せずに病気をしない豚を育てるには、子豚のころから免疫力を上げる必要があるという。子豚の段階で母豚の初乳を十分に飲ませ、病気に対しては薬品の使用を控え、ワクチン接種のみの対応だ。</p>



<h2 class="wp-block-heading">創業以来の一貫経営により県内トップレベルの養豚</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/pig-yume-farm_A_2139.jpg" alt="" class="wp-image-53946" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/pig-yume-farm_A_2139.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/pig-yume-farm_A_2139-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/pig-yume-farm_A_2139-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>牛肉にA5ランクなどの格付けがあるように、豚にも格付けがあるのをご存じだろうか。公益社団法人日本食肉格付協会によるもので、脂肪の厚さや肉のしまり、きめの細かさなどを数値化した上で、「極上、上、中、並、等外」の5等級に格付けされる。牛肉の等級が「歩留等級（A・B・C）」と「肉質等級（5〜1）」を組み合わせた15段階評価であるのに対し、豚の格付けはシンプルだ。</p>



<p>極上肉が出ることは非常にまれだそうだが、「一部の人が手に取るような高級な豚ではなく、一般の人が手に取りやすく、おいしい豚を目指している」と佐々木さんは話す。「ピッグ夢ファーム」では、上（極上含む）と中が9割以上を占めている。この格付けは、消費者の目に直接触れる指標ではないが、流通上は、品質を測る重要な物差しとして機能している。</p>



<h3 class="wp-block-heading">おいしくて安全な食料を届けるための徹底管理</h3>



<p>この優れた格付を維持するためには、出荷の見極めが重要となる。一般的な飼育期間の平均180日で出荷するが、早いものでは160日、体重や体形をしっかり観察した上で出荷する。出荷時には目勘（目視での体重推定）の養豚場が多い中、「ピッグ夢ファーム」では出荷する豚を毎日一頭一頭測定し、歩留まりを考慮し出荷しているのだという。</p>



<p>こうした管理により、格付成績並びに出荷頭数は県内でもトップレベルを誇る。毎年11月に開催される農林水産祭（宮城県総合畜産共進会：一般社団法人宮城県畜産協会主催）では、約20年にわたり数多く「農林水産大臣賞」を受賞している（コロナ禍による未開催時期を除く）。農林水産祭とは、国民の農林水産業や食への理解を深めるとともに、生産者の意欲向上を図るための祭典のこと。日本の伝統的な収穫祭「新嘗祭（にいなめさい）」に由来しており、秋には明治神宮の宮司様よりお招きいただき参加している。</p>



<h3 class="wp-block-heading">高品質な養豚で利益を生み出す</h3>



<p>現在、年間目標出荷数を8,500頭から9,000頭に設定。飼料に使われるトウモロコシや大豆、小麦の多くは輸入に頼っており、円安の影響により飼料価格は高騰しているものの、価格転嫁が難しい状況だ。</p>



<p>夏場は豚の食欲不振により出荷数が減少し、冬場は繁殖サイクルの影響を受けて出荷数が増加する。夏場の出荷数を増やせると、売上増加が期待できるという。そのため、「ピッグ夢ファーム」では、夏場の暑さ対策として、気化熱を利用して空気を冷却するクーリングパットや屋根の表面温度を下げる石灰散布などの対策を行っている。</p>



<p>また、全国農業協同組合連合会を通して宮城県内のスーパーへ流通を行っているが、東京での販売も検討しているという。東京食肉市場で行われたイベントが大好評だったことをきっかけに、「うちでも扱わせてほしい」との卸売業者から要望を受けたそうだ。</p>



<h2 class="wp-block-heading">生産課題はアニマルウェルフェアと老朽化する設備</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/pig-yume-farm_A_2069.jpg" alt="" class="wp-image-53947" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/pig-yume-farm_A_2069.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/pig-yume-farm_A_2069-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/pig-yume-farm_A_2069-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>今後の課題について聞いた。佐々木さんは、「ヨーロッパを中心にアニマルウェルフェアの基準が厳しくなっており、日本でもフリーストール飼いなどの飼育方法が求められるようになっている。しかし、母豚を個別に柵で囲って飼う『ストール飼育』にもメリットがあり、豚同士の喧嘩や子豚の圧死などを防ぐことができる」と述べる。引き続き政府の飼養管理指針にも注視していく。</p>



<p>アニマルウェルフェアとは、家畜が肉体的・精神的に健康でストレスや苦痛を最小限に抑えるよう配慮する概念のことで、「家畜の快適性に配慮した飼養管理」とも訳される。</p>



<p>そして、「病気対策と施設についても課題」だと話す。会社設立から20年以上が経ち、豚舎だけでなく糞尿処理の施設・機械など、修理をしながら使ってはいるものの、どうしても老朽化による欠陥は免れないため、これも経営上の継続課題となっている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">将来は「6次産業化」で生産価値の最大化へ</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/pig-yume-farm_A_2345.jpg" alt="" class="wp-image-53948" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/pig-yume-farm_A_2345.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/pig-yume-farm_A_2345-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/02/pig-yume-farm_A_2345-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>今後について尋ねると、「将来的に農場を建て直し、加工や販売まで一体で行える体制をつくりたい」と返ってきた。単なる生産の強化ではなく「6次産業化」を目指していくという。生産から加工・販売を自社で完結させることで、付加価値を高められ、ブランド力を維持しやすい。市場価格の変動に左右されにくく、ファンづくりや地域経済への貢献にもつながるといったメリットが期待される。</p>



<p>一口食べればその旨味が口いっぱいに広がり、あっさりしながらも甘味のある脂身に感動すら覚える「宮城野ポークみのり」。全国のグルメファンにぜひ一度食べてみてほしい。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/53937/">「宮城野ポークみのり」で食卓を豊かに。将来は6次産業化に挑む「ピッグ夢ファーム」／宮城県登米市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>「誰もやっていないことに挑戦したい」進取の気性に富む木工作家･北山栄太さん／宮城県石巻市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 15 Dec 2025 05:24:46 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[生活道具]]></category>
		<category><![CDATA[草木染]]></category>
		<category><![CDATA[工芸]]></category>
		<category><![CDATA[木工作家]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/mokkou-kitayama_A_5671.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>静かに木と向き合い、丁寧に手を動かす。宮城県石巻市で黙々と制作を続ける木工作家の北山栄太さん。一つひとつの作品に手間を惜しまず、実直に取り組む日々を送っている。草木で染めた生活道具を作る北山さんの作品は、フォルムが美しい [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/53752/">「誰もやっていないことに挑戦したい」進取の気性に富む木工作家･北山栄太さん／宮城県石巻市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/mokkou-kitayama_A_5671.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>静かに木と向き合い、丁寧に手を動かす。宮城県石巻市で黙々と制作を続ける木工作家の北山栄太さん。一つひとつの作品に手間を惜しまず、実直に取り組む日々を送っている。草木で染めた生活道具を作る北山さんの作品は、フォルムが美しいだけでなく、どこか温かみがあり実用的。その背景には、素材への深い理解と、生活の中で使われ続ける道具でありたいという強い思いがある。</p>



<h2 class="wp-block-heading">ものづくりへの憧憬から辿ったキャリア</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/mokkou-kitayama_B_5974.jpg" alt="" class="wp-image-53759" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/mokkou-kitayama_B_5974.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/mokkou-kitayama_B_5974-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/mokkou-kitayama_B_5974-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>鉄工所を営む家で育った北山さん。幼い頃によく遊んでくれた祖父は、竹とんぼや竹馬、釣竿など、なんでも作ってくれる器用な人だった。そんな姿に憧れ、北山さんも自然とものづくりが好きになったという。周囲には草木が茂り、創造力を刺激してくれる環境だった。</p>



<p>北山さんのキャリアは服飾の仕事から始まり、やがて家具職人、リフォーム、店舗内装と、さまざまな「つくる」現場を経験した。一見バラバラに見える経歴の根底には、幼い頃からの「ものづくりへの憧れ」が息づいている。</p>



<h3 class="wp-block-heading">独学で身につけた職人技、作家への道のり</h3>



<p>家具職人として働いていた頃、端材を使ってフレームなどの小物をつくり、マルシェで販売していた北山さん。作家同士のつながりができるようになると、「展示用の台を作ってほしい」とオーダーが入るようになった。さまざまな作品を手掛けるうちに、切削加工を行う旋盤（せんばん）などの機械も独学で扱うようになる。</p>



<p>「最初は研いでも研いでも切れなくて、旋盤にはじかれてばかり。でも使い続けるうちに、ようやくコツをつかめるようになりました」。</p>



<p>そうして磨いた技術が、やがて作家としての道を拓く。あるとき、知り合いの作家から「個展のゲストとして出てみないか」と声をかけられ、当時つくっていた脚付きの器･コンポート皿を出品した。すると、その個展を皮切りに、思いがけず多くの反響を得たことで、作家として生きていくことを決めた。</p>



<h2 class="wp-block-heading">毎日の暮らしに、美しい実用性を</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/mokkou-kitayama_A_6435.jpg" alt="" class="wp-image-53760" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/mokkou-kitayama_A_6435.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/mokkou-kitayama_A_6435-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/mokkou-kitayama_A_6435-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>北山さんの作品の特徴は、優美な曲線と豊かな色合い。そして、日用品としての実用性にも優れている。そこには、暮らしへの想いが込められている。</p>



<p>木工食器というと水に弱いイメージがあるが、北山さんの作品にはガラスコーティングが施されており、水に強い素材の食器と同じように扱える。「使い続けるうちに水弾きが薄れてきても、再コーティングすれば大丈夫。色も少しずつ変化して、経年の味わいが出るんです。レストランで使われているものもあって、使うほどに深まるグラデーションが“かっこいい”と言っていただけることも」。</p>



<p>不便なく使えて、インテリア性も兼ね備えている北山さんの作品。日常に溶け込みながら、暮らしの景色にそっと彩りを添える。</p>



<h3 class="wp-block-heading">草木が染め上げる、木の新しい色</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/mokkou-kitayama_A_5942.jpg" alt="" class="wp-image-53761" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/mokkou-kitayama_A_5942.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/mokkou-kitayama_A_5942-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/mokkou-kitayama_A_5942-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>北山さんの作品に宿る豊かな色合いは、草木染によるもの。布や糸を草木で染めるのは一般的だが、水に弱い木材をあえて染めている。</p>



<p>「作家になるのを決めたとき、『誰もやっていないことをやりたい』という気持ちがあったんです。たまたま実家の近くにあった椿を見たときに、ピンときて。椿は染色に使えると知っていたので、試しに染めてみたらきれいに色が入り、『これだ！』と思いました」。</p>



<p>木材や植物の種類、水質によっても染まり方が異なり、納得のいく色を出すまで数えきれないほど試行錯誤を重ねた。誰かが実践したことではないので、どこかにやり方があるわけでない。すべて自身の手で試し続けた。</p>



<p>「製作に使う主な木はイタヤカエデ。木肌が白く、いろんな木を試した中で一番きれいに染まりました。染料は柘榴（ざくろ）の実と葉の部分、椿の花びらを使うことが多いですね。身近な素材としてしっくりきたので、今でも実家から送ってもらいながら使い続けています」</p>



<p>天然素材ゆえに、同じものはひとつとしてない。木の風合いはもちろん、色み、フォルムなど個性豊かなアイテムが集う。</p>



<h2 class="wp-block-heading">人と人とのつながりから拓く未来</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/mokkou-kitayama_B_5908.jpg" alt="" class="wp-image-53762" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/mokkou-kitayama_B_5908.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/mokkou-kitayama_B_5908-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/mokkou-kitayama_B_5908-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>祖父の影響でものづくりに魅了され、知り合いからの声掛けをきっかけに作家として生きていく道を選んだ北山さん。ものづくりへの探求心の根底には、「人とのつながり」があった。そして、今も、人とのつながりから新たな挑戦が生まれている。</p>



<h3 class="wp-block-heading">牡鹿半島の間伐材に、再び命を吹き込む</h3>



<p>「石巻市の南東にある牡鹿半島では、放置された原生林のスギが問題になっています。でも、最近移住してきた方が間伐を進めていて、そのスギで器をつくっているんです。僕はそのスギで染めをして、新しい価値を生み出したいと思っています」。</p>



<p>地域の課題と向き合いながら、&#8221;とにかくやってみる&#8221;精神で歩みを止めない北山さん。間伐材に新たな命を吹き込む日も、そう遠くないだろう。</p>



<h2 class="wp-block-heading">作り手と使い手を繋ぐギャラリーを、自らの手で</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/mokkou-kitayama_A_6414.jpg" alt="" class="wp-image-53763" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/mokkou-kitayama_A_6414.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/mokkou-kitayama_A_6414-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/mokkou-kitayama_A_6414-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>製作の傍ら、北山さんはもうひとつの夢も描いている。</p>



<p>「東北では工芸に携わる人が少なく、宮城には作品を展示できるギャラリーがほとんどないんです。だから、自分でギャラリーを設けて、作り手と使い手をつなぐ場をつくりたいと思っています」。</p>



<p>仕事がとにかく好きで、気づけば夜の9時、10時まで作業していることもあるという北山さん。「まさか自分が作家になるとは思っていなかったです。いろんな仕事をしましたが、今が一番楽しくてしょうがないです」と目を輝かせる。</p>



<p>その言葉の通り、北山さんは、木と植物、そして旋盤に真摯に今日も向き合っている。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/53752/">「誰もやっていないことに挑戦したい」進取の気性に富む木工作家･北山栄太さん／宮城県石巻市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>被災地に実る希望。次世代型農業で人が集う場所をつくる「デ・リーフデ北上」／宮城県石巻市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 15 Dec 2025 04:13:12 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[リーフデ・テラス]]></category>
		<category><![CDATA[富丸ムーチョ]]></category>
		<category><![CDATA[パプリカ]]></category>
		<category><![CDATA[農業]]></category>
		<category><![CDATA[トマト]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/DSC5435.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>宮城県石巻市、北上川のほとり。かつて震災で大きな被害を受けたこの地で、被災した建設会社が新たに選んだのはオランダ式農業による復興だった。社名の「デ・リーフデ」はオランダ語で「慈愛（De Liefde）」を意味する。人と土 [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/DSC5435.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>宮城県石巻市、北上川のほとり。かつて震災で大きな被害を受けたこの地で、被災した建設会社が新たに選んだのはオランダ式農業による復興だった。社名の「デ・リーフデ」はオランダ語で「慈愛（De Liefde）」を意味する。人と土地を想う挑戦が2013年より始まり、今も続いている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">復興を通して、新たな希望を育てる</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/DSC5392.jpg" alt="" class="wp-image-53747" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/DSC5392.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/DSC5392-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/DSC5392-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>2011年の東日本大震災で町が壊滅し、居住禁止区域になった宮城県石巻市北上町釜谷崎地区。「この場所を復興させたい」との思いから、デ・リーフデ北上の挑戦は始まった。</p>



<p>「新しく農業にチャレンジしたい人たちや、震災後に移住してきた人たちが集える場所でありたいと考えています」と語るのは、総務部長の阿部さん。</p>



<h3 class="wp-block-heading">被災した建設会社が、「農業で復興」を選んだ理由</h3>



<p>デ・リーフデ北上の前身は、茅葺屋根を手掛ける建設会社。震災による津波で会社は流され、もともと農地だった場所は地盤沈下と塩害で再生が困難な状態にあった。代々受け継いできた土地が、瓦礫置き場になった姿を見て、会社の代表はしばらく何もできなかったという。転機となったのは2013年。オランダで農業コンサルタントをしている石巻市出身者が、この地を訪れたことにある。</p>



<h3 class="wp-block-heading">オランダ式農業で、持続可能な仕組みをつくる</h3>



<p>オランダ式農業の特徴は、テクノロジーを駆使して温度や湿度、CO2濃度を管理しながら栽培を行う施設園芸であること。さらに、高収量品種に特化して生産し、労働力とエネルギー効率を最大化する。こうした仕組みが、収益力のある農業として実現している。先端技術を駆使した高収益戦略を知り、「石巻を元気にし、雇用の創出や人口増加に貢献できる」と希望を見出し、施設の建設に踏み切った。</p>



<p>2014年、国の次世代型農業支援制度が始まったタイミングで補助金を得て、2016年に本格稼働。被災地に、復興の光が確かに見えた瞬間だった。</p>



<h2 class="wp-block-heading">石巻の地で、トマトに復興を託す</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/DSC5508.jpg" alt="" class="wp-image-53748" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/DSC5508.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/DSC5508-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/DSC5508-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>豊富な日射量があり、夏は涼しい宮城県では、昔からトマトの栽培が行われていた。しかし、震災以降、津波による農地の冠水などの影響により県内のトマト生産量は半減。「トマトは日本で最も食べられている野菜のひとつ。冬でも安定して供給できれば、生産者にも地域にもプラスになる」との思いで、栽培する野菜はトマトと決めていた。施設園芸を行うことで、通年収穫も可能になるとの見込みもあったのだ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">生産性とおいしさを両立。飲食店に選ばれる理由</h3>



<p>デ・リーフデ北上が育てているトマトの品種は、「富丸（とみまる）ムーチョ」。日本とオランダの種苗メーカーが共同開発したもので、日本のトマトらしい甘さと、オランダ品種の多収性を兼ね備えている。</p>



<p>富丸ムーチョは加工にも適しており、販売先は飲食店がメイン。日持ちが良く、スライスしても水分が染み出しにくい特徴を説明して、販売先を少しずつ開拓したという。現在はコンビニチェーンや大手ハンバーガーショップなどにも卸している。</p>



<h2 class="wp-block-heading">農水大臣賞を受賞した、人・環境・地域の好循環を生む農場</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="549" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/DSC9364.jpg" alt="" class="wp-image-53749" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/DSC9364.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/DSC9364-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/DSC9364-768x511.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>一般的なビニールハウスではなく、透過率の高いガラスハウスを導入しているデ・リーフデ北上。1.1haの広さに圧倒されるが、その構造にも特徴がある。高い天井から日射をさんさんと取り込み、空気の循環を良くすることで、平均的なハウスの約3倍もの収穫量を実現。さらに、IT技術を活用して安定出荷や労働環境改善を叶えた。その成果が評価され、2023年全国優良経営体表彰の生産技術革新部門で最高賞となる農水大臣賞に選ばれた。</p>



<h3 class="wp-block-heading">誰もが働きやすい、やさしい農場設計</h3>



<p>水耕栽培の仕組みを活かし、トマトの根の位置を高く設定。床下には作業用台車のレールを設け、立ったまま収穫できるよう工夫されている。体への負担が少ないため、高齢者や女性スタッフも安心して働ける職場だ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">天候に左右されない、安定した雇用の実現</h3>



<p>これまで宮城県内で行われていた農業は天候に左右され、雇用の安定化が難しいとされてきた。しかし、デ・リーフデ北上のガラスハウスでは、コンピューター制御による温度管理により、天候に左右されず通年で安定生産が可能。雇用が途切れず、農業の常識を覆す働き方を実現している。</p>



<h3 class="wp-block-heading">木質チップと雨水循環。環境にやさしい農業へ</h3>



<p>燃料には地元の木質チップを利用し、雨水を循環利用。環境負荷を抑えながらエネルギーを自給する仕組みを整えている。さらにLEDライトによる試験栽培では、冬場の収穫量を20%増加させることに成功したという。</p>



<h2 class="wp-block-heading">次なる挑戦へ。地域とともに歩む未来</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/DSC5605.jpg" alt="" class="wp-image-53750" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/DSC5605.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/DSC5605-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/DSC5605-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>2021年には、敷地内にレストラン「リーフデ・テラス」がオープン。食品ロス削減に取り組みながら、年間数千人が視察に訪れる地域の交流拠点にもなっており、地域経済にも貢献している。</p>



<p>また、施設の外ではヤシ殻を培養土として活用したブルーベリー栽培もスタート。山形県の農家と連携しながら、新たな循環型モデルの実現と農業の6次産業化を目指している。</p>



<p>「オランダ式農業をそのまま真似るのではなく、この土地に合った形でさらに発展させたい」と先を見る阿部さん。石巻の地に根を張り、挑戦を続けるデ・リーフデ北上には、震災から立ち上がった人々の、確かな希望が息づいている。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/53741/">被災地に実る希望。次世代型農業で人が集う場所をつくる「デ・リーフデ北上」／宮城県石巻市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>「せり鍋」で仙台を元気に。「三浦農園」代表・三浦隆弘さん／宮城県名取市</title>
		<link>https://nihonmono.jp/article/53623/</link>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 04 Dec 2025 09:13:44 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[農業]]></category>
		<category><![CDATA[せり鍋]]></category>
		<category><![CDATA[仙台せり]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/miura_A_0827.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>春の七草がゆなどにも使われ、古くから日本の食に欠かせない「せり」。宮城県名取市は、「仙台せり」の名産地だ。その名産地で、今では仙台・宮城名物となった「せり鍋」を広めた立役者が、「三浦農園」代表の三浦隆弘さん。三浦さんの育 [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/miura_A_0827.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>春の七草がゆなどにも使われ、古くから日本の食に欠かせない「せり」。宮城県名取市は、「仙台せり」の名産地だ。その名産地で、今では仙台・宮城名物となった「せり鍋」を広めた立役者が、「三浦農園」代表の三浦隆弘さん。三浦さんの育てるせりは、飲食店から引く手あまたで、入手困難となっている。三浦さんが仕掛けた「せり鍋」が、仙台を代表するグルメに根付いた理由は何なのだろうか。</p>



<h2 class="wp-block-heading">400年続く、名取市の土壌で育つ「仙台せり」</h2>



<p>400年ほど前から名取市でせりの生産が始められ、雑煮や七草がゆとして仙台の人たちが食していた。この地域でせりが育てられてきたのは、その土壌が栽培に適していたから。三浦さんによると、レンコンや慈姑（くわい）などを育てるような、“少し土を掘ると水が出てくる”湿地帯の土壌が適しているのだという。三浦さんはそんな恵まれた土壌を生かしながら、自然に寄り添う農業を実践している。</p>



<h3 class="wp-block-heading">“土地の翻訳者”として、自然と人をつなぐ</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/miura_B_6939.jpg" alt="" class="wp-image-53629" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/miura_B_6939.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/miura_B_6939-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/miura_B_6939-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>せり農家として、三浦さんが大切にしていることがある。それが、食べる人の皿の上にきちんといい状態で届けるようにすること。</p>



<p>「ただ売って終わりではなく、人様の口に入っていくことを自分で想像できるかどうか。自分が一番厳しいお客様にならなきゃいけないというのは常に考えています。土や生態系、水などの“翻訳者”になることが農家の役割。どんな生き物がいて、どんな植物がいるかを言語化するようにしています」と、穏やかに語る三浦さん。</p>



<p>土地に根差したものの価値を伝えていくことこそが、農家をやっていく意味や価値となり、過去と未来を繋ぐ存在になると考えている。</p>



<h3 class="wp-block-heading">ネイチャーポジティブな栽培を目指して</h3>



<p>三浦さんが心がけているのが、ネイチャーポジティブな栽培をすること。これは、人間の営みが自然環境に与える悪影響を減らし、生態系の回復や多様性を促す考え方だ。</p>



<p>農薬や化学肥料は使用せず、有機物を取り入れてイトミミズやゲンゴロウなど土の中の生き物が喜ぶ環境をつくる。そうして生物が増えるほど土が豊かになり、結果としておいしい作物につながるという。使用する有機肥料は、ハタハタを発酵させたものや大豆油粕や鶏糞など。鶏糞は即効性があるものの、リン酸が多くなりがちなので、魚粕などのアミノ酸系の肥料を増やしてバランスを取っている。</p>



<h3 class="wp-block-heading">丁寧な手作業を重ねる、三浦農園のせり</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/miura_B_7559.jpg" alt="" class="wp-image-53630" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/miura_B_7559.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/miura_B_7559-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/miura_B_7559-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>せりの収穫時期は9月から5月頃まで。新芽が緑色に色づき、50センチ程度に育つと収穫の合図。防水のつなぎを着て田んぼに入り、手作業で一本ずつせりを引き抜いたら、泥をすすいで出荷作業へ。 収穫したせりは、葉が黄色かったり傷んでいたりするものを選別する。実際に出荷されるのは全体の4割ほど。残りはすべて選別段階で省かれる。 「食べる人の顔を思い浮かべながら、“これなら自分も食べたい”と思えるものだけを出すようにしています」。</p>



<h2 class="wp-block-heading">地元食材を主役に。「せり鍋」誕生の原点</h2>



<p>せりを使った鍋といえば、秋田の「きりたんぽ鍋」が有名だ。ただ、あくまでも主役はきりたんぽで、せりが全面的に出てくることはない。しかし、仙台の「せり鍋」の主役は「仙台せり」だ。</p>



<p>この「せり鍋」を三浦さんが考案したのは、およそ20年前。仙台には牛タン、笹かま、萩の月、ずんだなどの名物があるものの、その原料が宮城県産でないものが多いため、地元の食材を使った名物を作りたいという思いがあったのだそうだ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">料理人との協働で形になったユニークな宮城名物</h3>



<p>当時、茎中心に食べられていたせりは、葉や根はほとんど使われずに捨てられることが多かったという。</p>



<p>「でも、すべての部分がおいしく食べられる。だったら丸ごと味わえる料理があってもいいと思ったんです」。</p>



<p>三浦さんは、仙台駅近くの割烹料理店「いな穂」のご主人に相談し、2003〜2004年頃に「せり鍋」を開発。仙台の飲食店を中心に徐々に広がり、次第に“冬の味覚”として定着した。</p>



<p>ちょうどSNSが流行し始めた時期でもあり、せりを山盛りにしてみたり、あえて根を上にのせたりして関心を引くための工夫は欠かさなかったという。「味は食べてもらわないと分からない。でも、見た目で興味を持ってもらえればチャンスを生み出せる」と三浦さん。<br></p>



<h2 class="wp-block-heading">葉から根まで、余すことなくせりを味わう</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/miura_A_1285.jpg" alt="" class="wp-image-53631" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/miura_A_1285.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/miura_A_1285-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/miura_A_1285-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>「せり鍋」の大きな特徴として挙げられるのが、根っこの部分を食べること。有機栽培で育てたせりは、茎の付け根や根際に甘みと香りが際立っており、鍋に入れるとその旨みが絶妙に溶け合う。 それまで仙台の人たちがせりの根を食べることはなかったが、そのおいしさに気づいた人が増え、今では「仙台せり」の象徴となっている。 また、季節によっておいしい部分が異なり、秋と冬には根、春には新芽と、その時期での楽しみ方が変わってくる。</p>



<p>「せり鍋」に合う肉としては、鶏肉や鴨肉のほか、魚やジビエもおすすめだという。出汁にも決まりはなく、いろいろな店で食べ比べができるのもおもしろさなのだと、三浦さんは語る。</p>



<h3 class="wp-block-heading">震災を機に広がった「せり鍋」文化</h3>



<p>はじめは、地元の“食いしん坊”の間で「おいしい」と評判に。しかしその名が広く知られるようになったのは、東日本大震災がきっかけだった。復興の応援として、「宮城の酒と合わせるなら『せり鍋』だ」と、いろいろなところから声がかかるようになったのだそうだ。他の料理は県外産の素材に頼るものも多かったため、地元産のせりを使うことで地域経済に寄与できることが大きかった。また、被災地を訪れた人たちが「折角来たなら、地元のものを食べて応援しよう」という機運も「せり鍋」の周知を後押しした。</p>



<p>三浦さんは、「せり本来のおいしさは、この土地でこそ伝わる」と考えている。そのため、販売は一部の例外を除き、仙台市内の店舗に限られている。「この地で食べてもらうことが、結果的に地域経済を元気にすることにつながるんです」と語る。</p>



<h3 class="wp-block-heading">20年かけて商品価格を2倍に。地域の農業を未来へつなぐ</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/miura_A_0898.jpg" alt="" class="wp-image-53633" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/miura_A_0898.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/miura_A_0898-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/12/miura_A_0898-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>「せり鍋」人気のおかげで、この20年間は宮城県内のせりの需要が増え、価格が2倍になった。実際に宮城県の農協が示すデータによると、2007年の出荷量は622トンで金額は4億9,000万円。2019年は出荷量が345トンだったにも関わらず、その金額は5億5,000万円以上となっている。生産者の高齢化などにより出荷量が半減しているのに、その金額が上がっているのが分かる。</p>



<p>そのため、若い世代がせり農家を職業として選択するようになり、後継者不足の解消に繋がっているのだそうだ。</p>



<p>「生産者と、流通、そして食べてくれるところがうまく回れば、ローカルの大事な繋がりができるという事例になると思うんです」と話す三浦さん。そして、ローカルガストロノミー、つまり地域の風土、歴史、文化を料理に仕込むことで、さまざまな地域でこの事例を作っていくことができる。「せり鍋」の成功で価格が倍になったように、自分の地域の文化を掘り下げればもっといい未来があるのではないか、と希望を託す。</p>



<h2 class="wp-block-heading">次世代のせり農家を育て、仙台を活気づける</h2>



<p>三浦さんの夢は、せり農家を増やし、湿地を守りながら環境にやさしい農地を広げること。また、若い世代が農業に参入できるようなプラットフォームや教科書を作って、ロールモデルになること。そして食育など、より若い世代への教育も続けていくことだと話してくれた。</p>



<p>「せり鍋」の普及活動を続け、今や宮城の名物へと押し上げた三浦さん。 これからも、地域、そしてローカルガストロノミーのロールモデルとして活躍していくことだろう。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/53623/">「せり鍋」で仙台を元気に。「三浦農園」代表・三浦隆弘さん／宮城県名取市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>若手農家が育てる極上の仙台牛「川村ファーム」3代目・川村大樹さん／宮城県石巻市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 14 Oct 2025 11:10:04 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[畜産]]></category>
		<category><![CDATA[黒毛和牛]]></category>
		<category><![CDATA[仙台牛]]></category>
		<category><![CDATA[A5ランク]]></category>
		<category><![CDATA[全国肉用牛枝肉共励会名誉賞]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/10/kawamura-farm_A_5162.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>宮城県石巻市は、県の中でも比較的温暖で雪はあまり降らない。だが、取材に訪れたその日は、一面の銀世界だった。牛舎の中、黒毛和牛が白い息を吐きながらゆっくりと稲わらを食む。その姿は、穏やかでありながらどこか風格を感じさせる。 [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/10/kawamura-farm_A_5162.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>宮城県石巻市は、県の中でも比較的温暖で雪はあまり降らない。だが、取材に訪れたその日は、一面の銀世界だった。牛舎の中、黒毛和牛が白い息を吐きながらゆっくりと稲わらを食む。その姿は、穏やかでありながらどこか風格を感じさせる。彼らは単なる家畜ではなく、長年にわたる職人の技と情熱によって育まれた存在だ。<br></p>



<h2 class="wp-block-heading">雪の牛舎で出会った黒毛和牛の風格</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/10/kawamura-farm_B_5707.jpg" alt="" class="wp-image-53326" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/10/kawamura-farm_B_5707.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/10/kawamura-farm_B_5707-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/10/kawamura-farm_B_5707-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>2016年と2017年の「全国肉用牛枝肉共励会」で2年連続の名誉賞を受賞した生産者・川村大樹さんの牛は、この牛舎の中で育てられている。広大な牧草地を自由に歩き回る放牧型の飼育ではなく、徹底した管理のもと、最適な環境が整えられた牛舎で飼育されるのだ。牛たちがストレスなく過ごせる空間作りから、長年の試行錯誤の上でたどり着いたという飼料、徹底した健康管理まで、一切の妥協を許さない。</p>



<h3 class="wp-block-heading">牛づくりの原点と血統へのこだわり</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/10/kawamura-farm_B_5675.jpg" alt="" class="wp-image-53327" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/10/kawamura-farm_B_5675.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/10/kawamura-farm_B_5675-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/10/kawamura-farm_B_5675-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>川村ファームは、川村さんの祖父が始めた肥育農家。肥育農家とは、子牛を買ってきて育てる農家のことだ。一方、母牛を飼育して生ませた子牛を育てるのを繁殖農家と呼ぶ。</p>



<p>肥育農家、繫殖農家はそれぞれ、牛の育成に必要なノウハウが異なるため分かれていることが多い。中には肥育農家と繫殖農家の両方を兼務する農家も中にはあるが、特に宮城県の場合は肥育、繁殖が分かれていると、川村さんは話す。</p>



<p>川村ファームは、牛農家を始めた当初はホルスタインを飼育していたが、そこから徐々に黒毛和牛に移行。当時は近隣の農家各１軒には牛がいたそうで、いわゆる「家畜商」という家畜の売買や仲介の仕事を通して、川村ファームでの頭数を増やしていった。</p>



<p>ところで、「仙台牛」「松阪牛」「神戸牛」などのブランド牛肉の品質は、血統に大きく左右されるといわれている。川村さんは、「品評会でチャンピオンを取るような、馬でいうとディープインパクトのようなすごい牛を見ていると、やっぱり血統だと思う。僕自身も、血統で7割決まると思っています」と話す。優れた血統を持ち、その精子を提供する種雄牛から生まれた子牛を全国から購入することもあるという。では、残りの3割は何なのかを問うと、「腕といいたいところですが…」と笑いながらも、事故なく、その能力を引き出すことで、食べて寝て食べての繰り返しの牛を大きく育てることが重要なのだと話した。</p>



<h2 class="wp-block-heading">牛舎飼育で実現する理想の肉質</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/10/kawamura-farm_A_5300.jpg" alt="" class="wp-image-53328" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/10/kawamura-farm_A_5300.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/10/kawamura-farm_A_5300-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/10/kawamura-farm_A_5300-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>川村さんの牛は牛舎で育てられているが、それには明確な理由がある。</p>



<p>牛舎飼育の最大のメリットは、環境を細かくコントロールできることだ。牛は気温や湿度の変化に敏感で、風邪を引くと肉質に影響を及ぼすこともある。牛舎であれば、夏の暑さや冬の寒さを適切に管理し、常に牛にとって快適な環境を維持することができる。</p>



<p>さらに、飼料の管理もしやすい。放牧の場合、牛が何を食べるかは自然環境に左右されるが、牛舎飼育では、栄養バランスの取れた飼料を計画的に与えることが可能だ。その結果、理想的な霜降りが形成され、肉質が安定する。</p>



<p>また、牛舎の広さをきちんと設計することで「動き回りすぎて筋肉がついてしまう」のを避けることができる。そのほか、牛舎の衛生管理と牛の観察を徹底することで病気の予防にもつながり、健康的に育てることが可能となる。</p>



<h3 class="wp-block-heading">飼料への探究と音楽で整える環境</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/10/kawamura-farm_A_5312.jpg" alt="" class="wp-image-53329" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/10/kawamura-farm_A_5312.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/10/kawamura-farm_A_5312-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/10/kawamura-farm_A_5312-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>川村ファームは、全部で4つの牛舎を有しているが、それぞれの牛舎で牛の飼育方法は変わる。</p>



<p>環境に大きな影響を受ける、繊細な牛たちに配慮した飼育がそれぞれの牛舎でなされているのだ。その中でも肝となるのが、和牛の味を決定づける最大の要因の一つである飼料だ。</p>



<p>就農してから20年、いろいろな飼料や自己配合を試した川村さんは、「いろいろ試した結果、シンプルに行きついた。その代わり、4つある牛舎のうちの1つは、いろいろ試してみて実験している」のだという。“シンプル”とは、メーカーから組合で調達した飼料で、かつては農家で“企業秘密”だったものが、今は情報共有しながら牛を飼育するようになったのだという。さらに川村ファームでは、牛の成長段階に応じて3種類の飼料を使い分け、音楽を流して牛たちがリラックスしてたくさん食べられるようにしている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">名誉賞が証明する川村ファームの実力</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/10/kawamura-farm_A_5339.jpg" alt="" class="wp-image-53330" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/10/kawamura-farm_A_5339.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/10/kawamura-farm_A_5339-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/10/kawamura-farm_A_5339-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>川村さんの牛が育てられる牛舎は、単なる飼育施設ではない。そこで生まれる肉質の高さは、先述した通り、日本全国の和牛生産者が集う全国肉用牛枝肉共励会において、全国選りすぐりの約500頭の中から最高賞の「名誉賞」を受賞するという快挙によって証明された。</p>



<p>この全国肉用牛枝肉共励会とは、日本全国の優れた和牛生産者が、自ら育てた牛の肉質を競う場だ。ここでは、単に霜降りの多さだけでなく、肉の締まり、色合い、脂肪の質、風味など、総合的な評価が行われる。</p>



<p>川村さんの牛は、霜降りの美しさ、肉の柔らかさ、脂の甘みにおいて圧倒的な評価を受けた。実際に試食させてもらったが、脂肪の質は、ただサシが多いだけでなく、口の中でほどけるような食感と、豊かな風味が際立っていた。</p>



<p>この名誉ある賞は、一朝一夕で獲得できるものではない。長年の試行錯誤の積み重ね、牛舎での細やかな管理、最適な飼料の選定、牛一頭一頭への細やかな気配りがあってこそ成し遂げられた成果なのだ。</p>



<h2 class="wp-block-heading">持続可能な仙台牛の未来へ</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/10/kawamura-farm_A_5387.jpg" alt="" class="wp-image-53331" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/10/kawamura-farm_A_5387.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/10/kawamura-farm_A_5387-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/10/kawamura-farm_A_5387-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>川村さんが育てている仙台牛とは、A5ランクのものだけが名乗ることを許された宮城が誇るブランド牛だ。そのA5の中でも、肉質等級を判断する「霜降り度合い（脂肪交雑）」8、9、10、11、12というランク付けがあるという。数字が大きくなればなるほど霜降りになり、12が最も霜降り加減が良いものとされる。川村さんが目指すのは、常に10以上の仙台牛。育てていくうちに、10以上でないと満足できなくなったのだそうだ。価格もこのランクによって変わるが、12の牛肉を食べた客から「赤身がいい」と言われ、食の好みの変化を感じたという。さらりとしたきれいなサシの入った12番を、川村さんは一層追求していく。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/10/kawamura-farm_A_5198.jpg" alt="" class="wp-image-53332" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/10/kawamura-farm_A_5198.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/10/kawamura-farm_A_5198-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2025/10/kawamura-farm_A_5198-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>和牛生産を取り巻く環境は年々厳しさを増している。飼料価格の高騰、気候変動による影響、後継者不足、さらには肉の需要の低下など、課題は多い。それに、血統を重視すると競で子牛の価格も上がり、飼育期間を考えると「割に合わない」となる。しかし、川村さんはこの困難を乗り越えるために、国内消費が厳しくなっていく牛肉の海外輸出を行っているのだという。</p>



<p>さらに、後継者不足で辞めてしまった農家の牛舎を川村ファームで買い取ったり、借りたりして、仙台牛の生産を絶やさないようにと奮闘中している。</p>



<p>若手農家として業界をけん引する川村さんの挑戦は、まだまだ続く。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/53317/">若手農家が育てる極上の仙台牛「川村ファーム」3代目・川村大樹さん／宮城県石巻市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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