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	<title>愛媛県 - NIHONMONO</title>
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	<description>「にほん」の「ほんもの」を巡る旅マガジン</description>
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	<title>愛媛県 - NIHONMONO</title>
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		<title>石鎚山の伏流水とともに。杜氏と副杜氏、二人の酒を醸す「成龍酒造」／愛媛県西条市</title>
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		<pubDate>Sat, 31 Oct 2026 08:32:01 +0000</pubDate>
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		<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/seiryo003.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>西日本最高峰・石鎚山（いしづちさん）の麓に広がる愛媛県西条（さいじょう）市。成龍酒造は、豊かな伏流水に恵まれたこの地で、150年近く酒造りを続けてきた。蔵の酒造りを担うのは、杜氏・織田和明さんと、蔵元の次男で副杜氏の首藤 [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/seiryo003.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>西日本最高峰・石鎚山（いしづちさん）の麓に広がる愛媛県西条（さいじょう）市。成龍酒造は、豊かな伏流水に恵まれたこの地で、150年近く酒造りを続けてきた。蔵の酒造りを担うのは、杜氏・織田和明さんと、蔵元の次男で副杜氏の首藤敏孝さん。伝統を守る酒と、新しい世代の酒。二人の造り手が紡ぐ醸造の物語をたどる。</p>



<h2 class="wp-block-heading">名水の町に根付く酒蔵 </h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/seiryo008.jpg" alt="" class="wp-image-55522" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/seiryo008.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/seiryo008-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/seiryo008-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>愛媛県西条市。西日本最高峰・石鎚山の麓に広がるこの町は、清らかな地下水が湧き出る「名水の町」として知られている。石鎚山系に降り積もった雪や雨が長い時間をかけて地下を流れ、まちの至るところで自噴しているのだ。それは「うちぬき」と呼ばれ、全部で3000箇所もあるといわれている。</p>



<p>有名な「うちぬき」スポットでは、今も人々が水を汲んだり、野菜を洗ったりする姿が見られる。そんな豊かな水に支えられてきたのが、西条の酒造りだ。</p>



<p>明治10年（1877年）、成龍酒造はこの地で酒造りを始めた。創業者は鍵屋本家九代目当主・首藤鹿之助。江戸時代までは庄屋米蔵の鍵を預かる「鍵屋」をしていたが、庄屋制度の廃止に伴い、酒造業を営むこととなった。</p>



<p>石鎚山の伏流水と地元の米を使った酒造りは、150年近い年月を経て今も受け継がれている。</p>



<p>現在、酒造りを担っているのは杜氏の織田和明さんと、副杜氏の首藤敏孝さん。長く蔵を支えてきた杜氏と、蔵元家の次男として新しい酒造りに挑む若い世代。二人の造り手が、それぞれの視点から酒に向き合っている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">長年の経験を礎に、伝統を守る杜氏</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/seiryo018.jpg" alt="" class="wp-image-55523" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/seiryo018.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/seiryo018-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/seiryo018-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>蔵の酒造りをまとめているのは杜氏の織田和明さん。先代社長であり現会長の首藤洋さんの時代から蔵に入り、長く酒造りを担ってきた。</p>



<p>成龍酒造の酒造りは、地元の米を基本としている。</p>



<p>「県内産がだいたい95％ぐらいですね。愛媛県産の松山三井としずく媛。この2つがメインです」。</p>



<p>松山三井は、愛媛県における伝統的な酒造りに適した米品種。もともとは食用米だったが、大粒で砕けにくいことから酒造りに重用されてきた。精米歩合を高められるため、淡麗辛口な酒造りに適している。一方、しずく媛は愛媛県独自に開発された酒米品種。華やかな香りと旨みがあり、やわらかな酒に仕上がるという。それぞれ性格の異なる米を使い分けながら酒を仕込む。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/seiryo025.jpg" alt="" class="wp-image-55524" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/seiryo025.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/seiryo025-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/seiryo025-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>酒造りは毎年同じようでいて、実際には年ごとに条件が変わる。近年は原料米の状態も変化しているという。</p>



<p>「仕込みの過程において、酒米はもろみの中で溶けていくのですが、その塩梅が仕上がりを大きく左右します。最近は、夏の猛暑による高温障害の影響か、米が溶けにくい年が続いています。そのため、毎年状態を見極めながら、浸漬時間を長くしたり、水の量を調整したり麹造りを工夫したりして対応しています」</p>



<p>溶けにくい米の場合は、蒸米にしっかり水を吸わせることが重要になる。しかし、吸水を増やしすぎると、米が溶けすぎて雑味につながる可能性もある。吸水の量や浸しておく時間など、細かな調整を繰り返し、ブレのない味に仕上げていくのが杜氏の腕の見せどころだ。</p>



<p>酵母は愛媛酵母が中心。中でも優良な酵母として評価されている「EK-1（愛媛酵母1号）」を多く使用している。</p>



<p>「EK-1はフルーティーで華やかな香りを引き出してくれる酵母。程よいコクのある酒に仕上がります」</p>



<p>米、水、酵母。それぞれの個性を見極めながら、その年の酒を造り上げていく。</p>



<h3 class="wp-block-heading">食事に寄り添う酒「伊予賀儀屋」</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/seiryo006.jpg" alt="" class="wp-image-55525" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/seiryo006.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/seiryo006-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/seiryo006-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>織田杜氏が中心となって醸す、蔵の代表銘柄が「伊予賀儀屋」だ。</p>



<p>香りの高い酒や甘口の酒が注目されることも多いが、伊予賀儀屋が目指しているのは食事の邪魔をしない酒だ。</p>



<p>「伊予賀儀屋は、食事と一緒に楽しんでもらえる酒を目指しています。お酒と料理がお互いを引き上げてくれるような、そんな酒が理想ですね」</p>



<p>グラスに注ぐと穏やかな米の香りが立つ。口に含むとやわらかな旨味が広がり、あとから静かに切れていく。派手な主張はないが、食事を口に運ぶともう一口飲みたくなる。</p>



<p>「多分、僕の作るお酒は少し古いタイプのお酒だと思います。でも僕はそれでもいいと思って造っています」。</p>



<p>長く蔵を支えてきた杜氏らしい、静かな自信がにじむ言葉だった。</p>



<h2 class="wp-block-heading">柔軟な発想で挑む、副杜氏の酒造り</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/seiryo002.jpg" alt="" class="wp-image-55526" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/seiryo002.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/seiryo002-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/seiryo002-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>一方、副杜氏として酒造りに携わるのが首藤敏孝さん。蔵元の次男であり、社長を務める兄の英友さんとともに伝統を守り継いでいる。</p>



<p>「杜氏の酒は伊予賀儀屋として完成していると思うんです。でも、それとは違う酒もあっていいんじゃないかと思い、私なりの視点で酒造りを考えています」。</p>



<p>首藤さんがそう考えるようになった背景には、コロナ禍の出来事があったという。</p>



<p>「日本酒の流れが急に止まったんです。酒屋さんも飲食店さんも大変な時期でした。あのとき、僕らも一度立ち止まって、この先どういう酒を造っていくべきか考えるきっかけになりました」</p>



<p>その思いから生まれたのが、新しいブランド「TOSHI’S」だった。</p>



<h3 class="wp-block-heading">日本酒への入口を目指す「TOSHI’S」ブランド</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/seiryo005.jpg" alt="" class="wp-image-55527" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/seiryo005.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/seiryo005-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/seiryo005-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>TOSHI’Sは、従来の賀儀屋とは少し異なる発想から生まれた酒だ。</p>



<p>「若い人にも日本酒を手に取ってもらえるような、入口が広いお酒を造りたいと思ったんです。TOSHI’Sブランドでは愛媛の「さくらひめ酵母」を多く使っています。さくらひめ<s>媛</s>酵母は、愛媛県酒造組合と東京農業大学、愛媛県の産学官共同研究により、愛媛県オリジナル品種の花「さくらひめ」から分離された清酒用の花酵母。試作のときに嗅いだ香りがすごく良くて、この酵母に決めたんです」。</p>



<p>瓶内二次発酵による微発泡の酒や、新しい酵母を使った酒など、これまでの蔵にはなかった挑戦も行っている。</p>



<p>「いろんなお酒の会に足を運び、お客様の生の声を聞いて、それを蔵に持ち帰って仕込んでみるということを繰り返しています」。</p>



<p>そんな首藤さんが目指すのは、人々の記憶に残る酒。味わいがあり、もう一口飲みたくなる酒だ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">地域を醸す酒「成龍然」</h3>



<p>成龍酒造にはもう一つ、土地そのものを表現する酒がある。「成龍然」という銘柄だ。</p>



<p>この酒は、西条産の松山三井を全量使用し、仕込み水も西条の伏流水。酵母も愛媛酵母という、地域の素材だけで醸す酒だ。</p>



<p>「地域を醸して地域に還す、というイメージですね」と首藤さん。</p>



<p>口に含むと、米の旨味を感じるやわらかな香りが広がる。口当たりはなめらかで、甘味と酸味のバランスが整い、最後はすっと切れる。土地の水と米が、そのまま酒になったような味わいだ。すっきりとした味わいで食中酒として優秀な「伊予賀儀屋」に対し、「成龍然」はおおらかな自然の力強さを感じる味わいといえるだろう。</p>



<p>地元の米を確保することは年々難しくなっている。農家の担い手が減り、田んぼが減少しているからだ。それでも、蔵は地元の米と水を使った酒造りを続けていきたいと考えている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">石鎚山の麓で受け継がれる味</h2>



<p>成龍酒造の蔵の一角で、もう一つの発酵の仕事が続いている。酒粕を使った味噌づくりだ。仕込んでいるのは、首藤敏孝さんのお母様である女将と、奥様。酒造りが落ち着く冬から春にかけて、家族で少しずつ仕込んでいる。</p>



<p>この味噌のルーツは、石鎚山の中腹にあった今宮地区にある。かつて石鎚山を御神体として信仰する人々が登拝する際、途中の宿で振る舞われていた味噌汁に使われていた味噌だ。</p>



<p>その作り方を知っていたのが、地域にただ一人、蔵人たちとも交流がある幸（みゆき）おばあちゃんと慕われる女性だった。</p>



<h3 class="wp-block-heading">みゆきおばあちゃんの酒粕味噌</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/seiryo030.jpg" alt="" class="wp-image-55528" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/seiryo030.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/seiryo030-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/seiryo030-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>幸おばあちゃんは大正15年生まれ。今宮地区で生まれ育った。幼いころから体の弱かった母親に代わり、味噌づくりを手伝っていたことから、自然とその製法を身につけたという。</p>



<p>その後、今宮の集落を離れて西条市内に住むようになり、味噌づくりをやめていた時期もあった。しかし二十年以上の時を経て再び味噌づくりを再開。もうすぐ百歳を迎える今も、味噌の季節になると一人で仕込みを続けている。</p>



<p>この味噌づくりを受け継ぎたいと手を挙げたのが、成龍酒造の女将だ。</p>



<p>「酒粕の味噌があるという話は10年以上前から聞いていました。でも作り方を知っているのは、みゆきおばあちゃん一人だったんです」</p>



<p>縁がつながり、味噌づくりを教えてもらうことになり、「百年伝承秘境味噌」として商品化することになった。</p>



<h3 class="wp-block-heading">手仕込みの味わいを守り続ける </h3>



<p>「百年伝承秘境味噌」と名付けたこの味噌の最大の特長は、酒粕を使って仕込むこと。酒粕仕込みの味噌は日本でもほとんど例がなく、その製法は特許も取得している。</p>



<p>材料は、西条産の大豆、成龍酒造の酒粕、米麹、そして塩の4つだけ。余計なものは一切使わない。酒粕のほのかな甘みと、奥行きのある味わいを出している。</p>



<p>大豆は手でつぶせるほど柔らかく煮てからペースト状にし、麹と酒粕と塩を混ぜて味噌団子を作り、桶に詰めて発酵させる。大豆の煮加減や手ごねの感触など、細かな工程にはすべてみゆきおばあちゃんのやり方が息づいている。</p>



<p>大量生産はしていない。まずは味と技術をしっかり受け継ぐことが大切だと考えているからだ。</p>



<p>「私たちの世代がやらなかったら、この味は消えてしまいますから」</p>



<p>その言葉には、石鎚山で育まれた食文化を守りたいという思いが込められている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">経験と挑戦を重ねて</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/seiryo021.jpg" alt="" class="wp-image-55529" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/seiryo021.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/seiryo021-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/seiryo021-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>成龍酒造の蔵の中には、さまざまな時間が流れている。杜氏として長年酒造りを支えてきた織田和明さんの経験と、これからの酒造りを模索する副杜氏・首藤敏孝さんの視点。そこに、女将が受け継いだ秘境味噌の仕事が重なり、蔵の営みは一つの物語のように続いている。</p>



<p>「僕たちがやりたいのは、ものづくりのストーリーを伝えていくこと。酒造りもそうですし、味噌もそう。先人が残してくれたものを、きちんと次の世代に渡していきたい」。そう首藤さんは思いを込める。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/seiryo004.jpg" alt="" class="wp-image-55530" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/seiryo004.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/seiryo004-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/seiryo004-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>酒造りの世界では、技術はデータだけでは測れない。米の状態を見て浸漬時間を決めること、蒸米の具合を手で確かめること、発酵の進み方を感じ取ること。そうした感覚は、長い時間の中で体に染み込んでいくものだ。</p>



<p>だからこそ蔵では、経験と挑戦の両方を大切にしている。織田杜氏が守ってきた酒の軸があり、その上で首藤さんが新しい発想を重ねていく。伝統を守ることと、新しい酒を生み出すこと。その両方があってこそ、蔵の酒は未来へ続いていく。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/55511/">石鎚山の伏流水とともに。杜氏と副杜氏、二人の酒を醸す「成龍酒造」／愛媛県西条市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>霊峰石鎚に伝わる幻の発酵茶・石鎚黒茶を守り続けるさつき会／愛媛県西条市</title>
		<link>https://nihonmono.jp/article/55435/</link>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 18 Oct 2026 10:19:13 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[農業]]></category>
		<category><![CDATA[日本茶]]></category>
		<category><![CDATA[発酵茶]]></category>
		<category><![CDATA[石鎚山]]></category>
		<category><![CDATA[2段発酵茶]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/satsuki019.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>西日本一の標高を誇る石鎚山（いしづちさん）の麓に、弘法大師空海が伝えたといわれるお茶がある。その名も石鎚黒茶。石鎚黒茶さつき会では、江戸時代から続くその製法を受け継ぎ、現在もすべての工程を手作業で行っている。 日本に4つ [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/satsuki019.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>西日本一の標高を誇る石鎚山（いしづちさん）の麓に、弘法大師空海が伝えたといわれるお茶がある。その名も石鎚黒茶。石鎚黒茶さつき会では、江戸時代から続くその製法を受け継ぎ、現在もすべての工程を手作業で行っている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">日本に4つしかない「後発酵茶」のひとつ</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/satsuki011.jpg" alt="" class="wp-image-55446" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/satsuki011.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/satsuki011-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/satsuki011-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>西日本最高峰・石鎚山。その山麓、愛媛県西条（さいじょう）市黒瀬（くろせ）地区。この地でつくられる石鎚黒茶は、富山のバタバタ茶、徳島の阿波番茶、高知の碁石茶（ごいしちゃ）と並び、日本にわずか4つしか存在しない後発酵茶の一つだ。</p>



<p>後発酵茶とは、摘み取った茶葉をすぐに加熱して酸化酵素の働きを止めた後、乳酸菌や麹菌などの微生物の力で発酵させるお茶のことだ。</p>



<p>なかでも石鎚黒茶は、空気に触れさせながら有機物を分解・発酵させる1次発酵（好気発酵）と、空気を遮断した無酸素状態で行う2次発酵（嫌気発酵）の「2段発酵茶」という希少な製法が特徴だ。</p>



<p>「2段階で発酵させているお茶は、世界的に見ても碁石茶と石鎚黒茶しか確認されていないと聞いています」。そう話すのは、さつき会会長の戸田久美さん。石鎚黒茶が2018年に無形民俗文化財に指定された背景には、この希少性が大きく関わっている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">真夏の山で行われる、すべて手仕事のお茶づくり</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/satsuki015.jpg" alt="" class="wp-image-55447" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/satsuki015.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/satsuki015-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/satsuki015-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>さつき会では江戸時代から続く製法を守り、すべての工程を手作業で行っている。効率や大量生産とは無縁の、風土と時間に委ねるお茶づくりを貫いているのだ。</p>



<p>石鎚黒茶の製造は、6月の終わりから7月初旬にかけて始まる。品種は、日本茶の代表的な品種である「やぶきた」だ。煎茶とは異なり、発酵茶には硬くなった茶葉「硬葉（こわば）」を使う。そのため、収穫時期も遅く、梅雨明け前後から真夏にかけて作業が集中する。</p>



<p>人の背丈ほどに伸びた茶木から硬葉を枝ごと手作業で刈り取り、ひとまとめにして山から担いで下ろし、軽トラックに積み込む。収穫は朝6時から8時頃まで。1日に軽トラック3台分を刈り取るのだという。なかなかの重労働だ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">山の菌に委ねる、一次発酵 </h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/satsuki002.jpg" alt="" class="wp-image-55448" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/satsuki002.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/satsuki002-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/satsuki002-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>山から下ろした茶葉は、作業場で枝を切りそろえ、洗浄し、蒸し工程へと進む。</p>



<p>茶葉が蒸し上がったら発酵用の木桶に詰め、1次発酵（好気発酵）を行う。桶に住み着いた天然の微生物、糸状菌など酸素を好む菌が、酸素を取り込むことで分解・発酵が進んでいく。</p>



<p>お茶の味を決めるのは、その場所に住み着く菌だという。同じようにつくっても、場所が違えば味にも違いが出る。だからこそ久美さんは当時から伝わる製法に強いこだわりを持ち、「石鎚黒茶と名乗る以上、石鎚山系の茶葉、水、発酵場所でなければいけない。これだけは絶対に曲げられません」と言い切る。</p>



<h3 class="wp-block-heading">石鎚黒茶ならではの揉み作業を経て2次発酵へ</h3>



<p>1次発酵を終えた茶葉は、2次発酵までの間に一度揉み作業を挟む。「揉み作業を行うのは、2段階発酵のお茶の中でも石鎚黒茶だけ。だから世界で一番手間がかかっているお茶だと思っています」と久美さんは自負する。</p>



<p>揉み作業を終えた茶葉は、再び木桶に詰め直され、空気が入らないよう蓋と重石をのせて2次発酵へ。酸素を必要としない乳酸菌による嫌気発酵により、独特の酸味と香りが生まれるのだ。</p>



<p>10日から14日ほどかけて2次発酵を終えた茶葉は、むしろの上に広げられ、太陽の下で天日干しをする。ひっくり返しながら両面を丹念に乾かしていくこの工程にも、2〜3日を要する。</p>



<p>こうして仕上がった石鎚黒茶は、できたてのフレッシュな酸味もいいが、そこから2年、3年と熟成させることで生まれる味わいの変化を楽しむのもいい。「だんだんまろやかになって、甘みが増してきます。10年ものを飲んだときは、本当に甘くて驚きました」。</p>



<h2 class="wp-block-heading">消えかけた文化をつないださつき会</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/satsuki001.jpg" alt="" class="wp-image-55449" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/satsuki001.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/satsuki001-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/satsuki001-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>今でこそ石鎚黒茶は「幻のお茶」といわれているが、かつて石鎚山の麓では、どの家庭でも当たり前のようにつくられ、飲まれていたお茶だった。</p>



<p>しかし過疎化とともにその文化は静かに失われていき、1996年当時、製造者はたった一人になっていた。「最後の一軒もやめるという話が出たとき、それではあまりにももったいないということで、地元の生活研究グループが中心になって技術を引き継ぐ話になりました」。</p>



<p>こうして誕生したのがさつき会だ。当初は久美さんの母親世代が中心となり、最後の一軒から製法を受け継ぎ、試行錯誤を重ねながら製造を始めた。</p>



<p>2012年頃からは、初期メンバーの娘世代・嫁世代である久美さんらが製造を引き継いだ。同時期には愛媛大学による研究が進み、石鎚黒茶に整腸作用や免疫力向上などの機能性があることも明らかになった。</p>



<h2 class="wp-block-heading">かつてのように、暮らしに根づくお茶をめざして</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/satsuki032.jpg" alt="" class="wp-image-55450" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/satsuki032.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/satsuki032-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/satsuki032-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>石鎚黒茶は、まだ全国的な知名度が高いとは言えない。だからこそ、さつき会はさまざまな形でPRにも力を入れている。石鎚黒茶を使ったケーキやクッキーを試作する地元の洋菓子店や、商工会の女性部の協力もあるという。西条市内にある愛媛県立小松高等学校との取り組みにも積極的で、学生たちは、夏向けの商品として石鎚黒茶を使ったゼリーを開発。試作を重ね、販売まで行っている。</p>



<p>「高校生のみんなが石鎚黒茶を広めるため、いろんなことに挑戦してくれる。それが本当にありがたいんです」と久美さんは表情を綻ばせる。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/satsuki021.jpg" alt="" class="wp-image-55451" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/satsuki021.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/satsuki021-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/satsuki021-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>また、地元ラジオ局・FM愛媛とのコラボレーションで誕生した「黒茶大福」も、2024年9月に販売を開始し、大きな反響を呼んだ。</p>



<p>石鎚黒茶をパウダーにして餅生地に練り込み、やさしい甘さの生クリームを包んだ一品だ。表面にも石鎚黒茶のパウダーを贅沢にまぶしている。</p>



<h3 class="wp-block-heading">全国のサポーターを巻き込み「みんなの石鎚黒茶」に</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/satsuki023.jpg" alt="" class="wp-image-55452" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/satsuki023.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/satsuki023-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/satsuki023-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>さつき会では東京などで開催される展示会にも出展し、全国へ石鎚黒茶を伝えるべく動いている。近年の発酵ブームも相まって、健康に関心の高い人々からの反応は上々だ。そうして各地で結んだご縁は、消費者としての広がりにとどまらず、製造現場の助けにもなっている。</p>



<p>石鎚黒茶の製造は、すべて手作業。そのため生産量は年間300キロほどに限られる。人手不足は常に課題だ。しかし近年は、展示会などで石鎚黒茶の魅力に触れた県外の人々が体験に訪れるようになった。2023年には、延べ120人以上が製造に関わったという。「もう、さつき会だけのお茶じゃなくて、来てくれるみんなのお茶。石鎚黒茶がつなげてくれた出会いは、お金にはかえられない財産です」。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/satsuki026.jpg" alt="" class="wp-image-55453" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/satsuki026.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/satsuki026-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/satsuki026-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>茶葉の収穫から蒸し、発酵、揉みという一連の作業を体験するだけでなく、「思い出をつくって帰ってほしい」との思いから、作業の合間にみんなで冷えたスイカを食べたり、愛媛の伝統工芸品・砥部焼の絵付け体験をしに出かけたり、メンバーが一丸となっておもてなし。そのあたたかさにひとたび触れたら、きっとまた会いに来たくなるに違いない。</p>



<p>展示会に出れば、体験や過去の展示会でつながった人たちが応援に駆けつける。「私たちは体験に来てくれた方に手ぬぐいをプレゼントしているんですが、それを首に巻いて応援に来てくれたときは、涙が出るくらいうれしくって」と久美さん。東京、千葉、神奈川、京都…、石鎚黒茶を通じて生まれた人の輪が、各地に広がっている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">未来を見据え、常に動き続ける</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/satsuki006.jpg" alt="" class="wp-image-55454" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/satsuki006.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/satsuki006-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/satsuki006-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>夏のわずか2カ月ほどしか製造できない石鎚黒茶を広めるために、一年を通して何ができるか。久美さんは常に考え続けている。「これで満足、って思えたことは一度もないんです。次は何ができるか、ずっと考えています」。</p>



<p>最終的にめざすのは、石鎚黒茶が特別な存在ではなく、暮らしの中に溶け込む未来。そして、次の世代が当たり前のように受け継いでいく文化だ。この想いを紡ぎ、2026年には設立30周年を迎えた。</p>



<p>石鎚の山が育て、人の手が仕上げる一杯のお茶。石鎚黒茶は、土地の記憶と人々の営み、さつき会の熱き思いに満ちている。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/55435/">霊峰石鎚に伝わる幻の発酵茶・石鎚黒茶を守り続けるさつき会／愛媛県西条市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>エンジニアから蔵元へ。異例の転身で「京ひな」の名を受け継ぐ「酒六酒造」武知直之さんの挑戦／愛媛県内子町</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 18 Oct 2026 09:54:39 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[酒造]]></category>
		<category><![CDATA[日本酒]]></category>
		<category><![CDATA[京ひな]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/sakaroku008.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>江戸時代には植物性の天然ロウ「木蝋（もくろう）」で栄え、今も伝統的な町並みが残る愛媛県内子町（うちこちょう）に、100年以上にわたり酒を醸し続ける蔵がある。大正9年（1920）、複数の小規模酒蔵が集まり誕生した「酒六（さ [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/55392/">エンジニアから蔵元へ。異例の転身で「京ひな」の名を受け継ぐ「酒六酒造」武知直之さんの挑戦／愛媛県内子町</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/sakaroku008.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>江戸時代には植物性の天然ロウ「木蝋（もくろう）」で栄え、今も伝統的な町並みが残る愛媛県内子町（うちこちょう）に、100年以上にわたり酒を醸し続ける蔵がある。大正9年（1920）、複数の小規模酒蔵が集まり誕生した「酒六（さかろく）酒造」。「京ひな」のブランドで知られる老舗酒蔵だ。</p>



<h2 class="wp-block-heading">地域の酒蔵が集い、「京ひな」が誕生&nbsp;</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/sakaroku003.jpg" alt="" class="wp-image-55405" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/sakaroku003.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/sakaroku003-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/sakaroku003-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>江戸時代後期から明治にかけて、木蝋の生産で栄えた内子町。その繁栄を今に伝える白壁の街並みは、国の伝統的建造物群保存地区に選定されている。</p>



<p>そんな歴史情緒薫る町に蔵を構える「酒六酒造」のルーツは、江戸時代までさかのぼる。</p>



<p>小田深山渓谷（おだみやまけいこく）からの良質な水と、中山間部の気候条件が古くから酒づくりに適していたことから、当時、大洲藩だったこのエリアには10数件の酒蔵が存在していた。そのうちの8軒が一緒になり、大正9年（1920）に新工場を建てたのがきっかけだ。旧内子町、五十崎町（いかざきちょう）（現在の内子町）、大洲市（おおずし）の酒蔵が合併し、喜多酒造株式会社として創業した。</p>



<p>「一つひとつは酒造家と呼ばれるほどの小さな蔵でしたから、集まってある程度の規模で酒づくりをやろうという流れになったのではないでしょうか」と話すのは、現蔵元の武知直之さん。</p>



<p>昭和16年（1941）には、県内の八幡浜（やわたはま）で綿織物業を営んでいた酒井繫一郎が蔵を買収し、「酒六酒造」を創立。創業時から続く代表銘柄「京ひな」を受け継いだ。その由来は、京都の名僧にふるまった酒が高く称賛され、その日がひな祭りであったことにちなむという。</p>



<p>「蔵に残っている看板を見ると、喜多酒造の頃は漢字表記の『京雛』（きょうびな）でした。それがいつからか『京ひな』に変わっていったのです。濁酒ではなく清酒を醸す酒蔵ですから濁点をやめたという意図があったのではないかと思います」と武知さんは話す。</p>



<h3 class="wp-block-heading">風土の食文化に寄り添う&nbsp;</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/sakaroku012.jpg" alt="" class="wp-image-55406" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/sakaroku012.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/sakaroku012-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/sakaroku012-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>瀬戸内の海の幸に恵まれた愛媛では、鯛や白身魚を中心に、素材を生かした料理が並ぶ。<br>「田舎の料理って足し算じゃなくて引き算なんです。素材の味をシンプルに楽しむ。そんな風土の食に合うように、うちのお酒はちょっと辛口でキレがいい。主役ではなく、黒子として食卓を引き立てる。そういうお酒が自分は好きですし、もともと京ひなの味もそうだったんです」と武知さん。</p>



<p>酒六酒造の酒は、食事とともに時間を楽しむ名脇役として愛されてきた。</p>



<h2 class="wp-block-heading">「京ひな」の名を守り継ぐ、武知さんの挑戦&nbsp;</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/sakaroku007.jpg" alt="" class="wp-image-55407" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/sakaroku007.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/sakaroku007-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/sakaroku007-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>武知さんは、もともと酒六酒造の跡取りではない。先代・酒井冨士夫さんの娘である美佳さんと夫婦になった縁から、蔵を引き継ぐことになったという。</p>



<p>大学を卒業後、東京の電機メーカーに勤め、エンジニアとして充実したサラリーマン生活を送っていた武知さん。そんな折、美佳さんと出会い結婚。彼女の実家が酒蔵だと知っていたが、当時は蔵を継ぐ予定など全くなかった。</p>



<p>だが、転機は突然訪れた。<br>「2010年に先代の義父が急逝しまして、親族で話し合った結果、もう僕たち夫婦が継がないと廃業してしまうということになりまして。それで一肌脱げるなら脱いでみようかということで…。正直、そのときは酒づくりの大変さをわかってなかったんです」と振り返る。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/sakaroku026.jpg" alt="" class="wp-image-55408" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/sakaroku026.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/sakaroku026-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/sakaroku026-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>酒六酒造では、西宇和郡伊方町（にしうわぐんいかたちょう）を発祥とする伊方杜氏を招き、伝統技術に基づく酒づくりを行ってきた。酒六酒造の代表に就いた武知さんは、彼らに学び、寝食をともにして技術を学んだ。</p>



<p>「とても優秀な伊方杜氏さんがいてくださったことが大きかったですね。先代からの従業員の方々と一緒に、なんとか頑張って『京ひな』を残していこう、という思いで今があります」</p>



<p>先代が大切にしていたのは、大量生産ではなく、品質を追求する手仕事の酒づくり。その姿勢を踏襲し、自らも酒づくりを担うようになった武知さん。その柔軟な姿勢とエンジニアとしての合理性が、蔵を継続に導いたといえるだろう。</p>



<h3 class="wp-block-heading">継承と革新のはざまで</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/sakaroku037.jpg" alt="" class="wp-image-55409" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/sakaroku037.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/sakaroku037-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/sakaroku037-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>酒六酒造のメインブランドは「京ひな」。その下にサブブランドとして「一刀両断」や「吹毛剣（すいもうけん）」などの個性ある銘柄が名を連ねる。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/sakaroku009.jpg" alt="" class="wp-image-55410" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/sakaroku009.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/sakaroku009-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/sakaroku009-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>看板は、純米大吟醸辛口「一刀両断」。原料米には愛媛県産の山田錦と松山三井を使用している。精米歩合は50％。磨き上げた米の旨味が口に広がり、後味はすっと切れる。辛口でクリアな味わいながら、ほのかに米の甘みも感じ、飲み飽きしないと評判だ。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/sakaroku011.jpg" alt="" class="wp-image-55411" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/sakaroku011.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/sakaroku011-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/sakaroku011-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>さらに、大吟醸辛口「幸三郎（こうさぶろう）」、純米大吟醸「隠し剣（かくしけん）」、純米吟醸「内子座（うちこざ）」などの個性豊かな銘柄を展開。特に「内子座」は、大正5年（1916）に建てられた芝居小屋・内子座の創建100周年を記念して誕生し、愛媛独自の酵母を用いた意欲作だ。2024年には「SAKE COMPETITION」金賞、「IWC（International Wine Challenge）」SAKE部門、純米酒部門でも銀賞に輝いた。</p>



<p>「お客様が大切な人と食卓を囲み、語らう。そんな時間をつくるパーツのひとつに、うちの酒がなれたら嬉しいですね」。そんな武知さんの思いが通じ、「京ひな」は、海鮮系の居酒屋や焼き鳥屋などからの引き合いも多く、和洋の垣根を越えて幅広い食シーンに寄り添っている。</p>



<p>「ブランディングで悩むところはありますが、義父が築き上げてきたものを守りたいという思いがあり、これらの銘柄は大切に引き継いでいます」。</p>



<p>実は、先代の酒井冨士夫さんは若い頃、東京で映画俳優を目指していた。東宝ニューフェイスの13期だった。</p>



<p>「昔の写真を見るとすごくいい男なんですよ。俳優を引退して帰郷し、家業の酒蔵を継いだそうなんですが、自分にはないセンスの良さがあって。日本酒といえば男性というイメージが強かった頃から、女性が手に取りやすい酒づくりに注力していました。華やかな色のビンにしたり、ネーミングを工夫したり。当時としてはとても斬新なことに挑戦していたと思います」。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/sakaroku036.jpg" alt="" class="wp-image-55412" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/sakaroku036.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/sakaroku036-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/sakaroku036-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>武知さんは創業時からの木造蔵での手づくりにはこだわりつつ、エンジニアの経験を生かして効率化や設備投資を推し進めた。限られた人員でも安定した品質を保つために機械化を図り、一方で官能評価やもろみの管理など人にしかできない作業にはしっかりと集中できる仕組みを整えたのだ。</p>



<p>「いい酒を作るには手間がかかりますが、かけすぎて蔵が続かなくなるのは本末転倒。品質と経営のバランスを大事にしています」<br>その結果、300石規模の小さな蔵ながらも、中高価格帯の商品で安定した市場を築き、県内外に販路を広げている。</p>



<h3 class="wp-block-heading">人と人との縁を大切に</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/sakaroku006.jpg" alt="" class="wp-image-55413" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/sakaroku006.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/sakaroku006-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/sakaroku006-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>酒六酒造の販売スタイルは、昔ながらの顔が見える特約店制。問屋経由ではなく、酒屋との信頼関係を重んじてきた。酒屋からの叱咤激励を糧にしながら歩んできた歴史が、今も生きている。</p>



<p>「酒屋さんから、ときに厳しいアドバイスをいただくこともありますが、はっきり言ってもらえるのはありがたいんです。商いは、やはり人と人とのご縁ですよね」と武知さんは語る。</p>



<p>東京時代の人脈を生かし、試飲会や酒の会を開くなど、蔵元自ら顧客との接点を増やしてきたことも大きい。小さな蔵だからこそ、顔の見える関係性で信頼を築いている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">次の100年を見据え、未来への課題と展望&nbsp;</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/sakaroku020.jpg" alt="" class="wp-image-55414" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/sakaroku020.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/sakaroku020-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/sakaroku020-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>一方で課題もある。老朽化した蔵の建て替え、後継者問題、持続可能な経営体制の構築。酒造りは伝統産業でありながら、経営的な視点を欠かすことはできない。</p>



<p>武知さんは「いい蔵」についてこう語る。<br>「従業員も含めて、ちゃんと食べていける会社であること。100年続いてきた酒蔵の歴史を途絶えさせることなく、次の100年へとつなげていくためには、利益を出し、働く人が誇りをもって続けたいと思える環境をつくる。それが自分の役割です」</p>



<p>その言葉には、経営者としての冷静さと、酒づくりに携わる者としての情熱が込められている。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/sakaroku046.jpg" alt="" class="wp-image-55415" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/sakaroku046.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/sakaroku046-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/10/sakaroku046-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>「日本酒は絶対になくならない文化だと思っていますが、ただ厳しい状況なのは事実。各蔵がそれぞれ試行錯誤していますが、淘汰の先に残る酒は、きっと世界に認められるはず」。</p>



<p>エンジニアから蔵元へ。流れに導かれた武知さんの歩みは、偶然でありながら必然でもある。内子町の自然と人の縁に支えられた酒六酒造は、今日も「京ひな」の名のもと、新たな一歩を刻んでいる。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/55392/">エンジニアから蔵元へ。異例の転身で「京ひな」の名を受け継ぐ「酒六酒造」武知直之さんの挑戦／愛媛県内子町</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>夢の機械を創る、100年企業が描く農業と未来。「井関農機株式会社／株式会社ISEKI M&#038;D」／愛媛県松山市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 06 Aug 2026 10:02:18 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[農業機械]]></category>
		<category><![CDATA[スマート農業]]></category>
		<category><![CDATA[ISEKI　Dream　Gallery]]></category>
		<category><![CDATA[農業]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/iseki-27.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>日本を代表する農業機械メーカーのひとつである、井関農機株式会社。創業者、井関邦三郎氏は、北宇和郡三間（みま）村（現宇和島市）生まれであり、三間はおいしい米（三間米）の産地としても知られる農村地域である。 農家を過酷な労働 [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/55014/">夢の機械を創る、100年企業が描く農業と未来。「井関農機株式会社／株式会社ISEKI M&D」／愛媛県松山市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/iseki-27.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>日本を代表する農業機械メーカーのひとつである、井関農機株式会社。創業者、井関邦三郎氏は、北宇和郡三間（みま）村（現宇和島市）生まれであり、三間はおいしい米（三間米）の産地としても知られる農村地域である。</p>



<h2 class="wp-block-heading">農家を過酷な労働から解放したい</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/iseki-31.jpg" alt="" class="wp-image-55019" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/iseki-31.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/iseki-31-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/iseki-31-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>創業者･井関邦三郎氏、誕生の地である愛媛県。松山市にある「ISEKI　Dream　Gallery」では、井関農機株式会社の歴史や技術を展示している。井関邦三郎氏は、幼いころから家業である農業に携わっていた。当時の農作業は重労働であり、「農家を過酷な労働から解放したい」という強い想いを抱いていたという。人の手から機械へと移り変わる時代の中で、より良いものを追求する情熱が原動力となり、1926年に松山市で「井関農具商会」を創立。最初に手がけた農機は「全自動籾すり機」だった。その後も農業の機械化と近代化に貢献し、戦後の食料増産や高度経済成長を支える企業へと発展していく。</p>



<h3 class="wp-block-heading">農業の未来を動かす、松山発のモノづくり</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/iseki-5.jpg" alt="" class="wp-image-55020" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/iseki-5.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/iseki-5-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/iseki-5-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>1936年に、松山市に工場を設立。戦後の食料増産、高度経済成長を支える、農業の機械化･近代化に貢献する数々の農業機械を開発･生産してきた。1978年には松山工場にて大型トラクタ生産を開始。長い歴史を持つ同工場は、現在も「株式会社ISEKI M&amp;D」としてISEKIグループの農業機械の製造部門を担っている。ISEKIグループにおける「スマート農業」「環境保全型農業」といった取り組みにおいて、製造面から支える、モノづくりの中核拠点だ。</p>



<p>「人の手作業から機械化へと変えていくなかで、本当に役立つ機械を作りたい。“ええもんを作ろう”という創業者の理念を、今も受け継いでいます」と、株式会社ISEKI M&amp;D 代表取締役社長の酒井正弘さんは話す。</p>



<p>ISEKI M&amp;Dで製造する農業機械は小規模農地向けから130馬力の高出力トラクタまで幅広く、海外で活用される芝刈機や、雑草抑制･農薬肥料散布･土壌水分保持などを行う乗用管理機など、多様な製品を手掛ける。部品加工から塗装、組み立てまで社内で一貫して行う体制を整えているため、多品種少量の製品に素早く対応でき、農家にとって使いやすく、手に取りやすい製品づくりにつながっている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">スマート農業と野菜作機械化一貫体系</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/eb49b87ebc41ecad7a20bce4a0993fcb.jpg" alt="" class="wp-image-55021" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/eb49b87ebc41ecad7a20bce4a0993fcb.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/eb49b87ebc41ecad7a20bce4a0993fcb-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/eb49b87ebc41ecad7a20bce4a0993fcb-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>農業を取り巻く現実は厳しい。従事者の高齢化や後継者不足で、人手はどんどん減少している。収穫や植え付け、管理といった作業は、季節や天候に合わせて短期間で集中して行う必要があるため、限られた人手ではとても追いつかない。こうした現場で求められているのは、少ない労力で確実に収量を確保できる農業機械の技術だ。</p>



<p>ISEKIは、農業の効率化と環境保全を両立させる「スマート農業」に注力している。ITやセンサー、GPS、ロボットといった最新技術を活用し、作物の状態やほ場の条件に応じた作業を可能にすることで、少ない人手でも高い生産性を実現する。</p>



<p>スマート農業技術を搭載したトラクタやロボットトラクタの開発･生産も行う。たとえば、GPSを利用した位置測位により、トラクタはほ場内での直進走行をアシストできる。これは作業者がステアリングで細かく舵を切る必要がなくなるため、疲労を軽減できるというものだ。また、ロボットトラクタは有人監視のもと、人と協調して作業を行うことで、作業効率の向上にも貢献している。</p>



<p>ほかにも、ほ場内の状態に応じて肥料量を調整する「可変施肥技術」を2015年に開発。肥料の無駄を抑えながら、生育のばらつきを少なくし、品質や収量の安定につなげるなど、環境負荷の軽減と生産性向上の両立を目指している。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/788A9720.jpg" alt="" class="wp-image-55022" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/788A9720.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/788A9720-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/788A9720-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p><strong> </strong>1990年頃には機械化の進展により、稲作における労働時間が1960年の4分の1となる一方で、野菜作に関しても省力化のニーズが高まる。田植機･コンバイン･乾燥機など、機械化一貫体系が進んでいる稲作に比べると、当時の野菜作は機械化が遅れており、軽労化･省力化が求められてきた。ISEKIは、全自動野菜移植機「ナウエルPV101」の商品化に始まり、「野菜作機械化一貫体系」に力を入れてきた企業でもある。</p>



<p>実は野菜作りは、地域ごとに作業のやり方が大きく異なるという特徴があるそうだ。たとえばネギの場合、一口に「長ネギ」と言っても、地域ごとに品種や栽培方法が異なる。畝（うね）の幅や植え付けの間隔にも地域性があり、ISEKIではそれぞれの地域に合わせて、畝幅や植え付け間隔を調整できる機械を開発している。</p>



<p>　さらに、だいこん･玉ねぎ･キャベツ･ブロッコリー･サトイモ･ニンジン･レタス･枝豆･ネギ･かんしょなど、幅広い作物に対応できる機械や資材をそろえ、「野菜作機械化一貫体系」を確立。苗の育成から植え付け、管理、収穫、選別まで、野菜作り全体の工程を一貫して機械化できる体制を整えている。これにより、多品種少量の生産や地域ごとの栽培条件の違いにも柔軟に対応でき、少人数でも効率的かつ品質の安定した農作業が可能になる。</p>



<h2 class="wp-block-heading">創業100年、技術と人で未来の農業をつなぐ</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/iseki-47.jpg" alt="" class="wp-image-55023" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/iseki-47.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/iseki-47-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/08/iseki-47-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>現場の解決につながる技術開発を積み重ね、ISEKIはトラクタや田植機、コンバインなど農業機械の開発に関わる技術をはじめ、約2,200件の特許権を保有している 。培ってきた技術力が、スマート農業の進化を支え、現場の農業をより確実で、より負担の少ないものに変えている。</p>



<p>ISEKI M&amp;Dで製造されている新型機種もそのひとつ。GPSなどのデジタル技術を活用したスマート農業にも取り組んでいる。こうした技術は、長年の経験で培われてきた農作業のノウハウをサポートするものだ。例えば、熟練者が感覚で行っていた正確な作業を機械が補助することで、経験の浅い作業者でも一定の品質で作業しやすくなる。人から人へ受け継がれてきた農業技術を、デジタルの力で次世代へつないでいくことで、担い手不足の解消や持続可能な農業の実現を支えている。&nbsp;</p>



<p>農業現場の人手の減少や、気候変動の影響もあり、農業現場の人手は減少。効率化と環境への配慮は欠かせない。国の「みどりの食料システム戦略」も追い風となり、省力化や有機農業など、持続可能な農業への転換が求められている。</p>



<p>ISEKIは2026年に創立100年を迎え、長年の技術と経験を誇る企業としてこの課題に向き合う。大型･先端･畑作･環境対応の農業機械を開発し、省力化と環境保全を両立。電動化をはじめとする環境対応技術を拡充し、高品質な農機を通じて生産性の高い持続可能な農業を後押しする。</p>



<p>さらに次世代の技術者育成にも力を注ぐ。設計や製造、最新技術に触れる実践の場で課題解決力や判断力を磨き、長年培われた技術や知恵を学ぶ姿勢も大切にしている。こうして育まれた人と技術の力が、農業の効率化や環境配慮に直結し、より持続可能で豊かな農業を支えていく。技術と人が紡ぐものづくりは、これからも農業に新しい可能性を届けるだろう。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/55014/">夢の機械を創る、100年企業が描く農業と未来。「井関農機株式会社／株式会社ISEKI M&D」／愛媛県松山市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>目指すのは瀬戸内の風土と空気を感じさせるワイン。「大三島みんなのワイナリー」／愛媛県今治市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 10 Apr 2026 10:51:13 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[ワイナリー]]></category>
		<category><![CDATA[農業]]></category>
		<category><![CDATA[伊東豊雄]]></category>
		<category><![CDATA[ドメーヌ]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/O_055.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>愛媛県の大三島に単身移住し、自らぶどうを栽培してワイン造りを行なっている「大三島みんなのワイナリー」の川田佑輔さん。北から南まで全国のワイナリーを巡ってワインの勉強をしてきた川田さんが大三島で造りたいのは、島の魅力を表現 [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/O_055.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>愛媛県の大三島に単身移住し、自らぶどうを栽培してワイン造りを行なっている「大三島みんなのワイナリー」の川田佑輔さん。北から南まで全国のワイナリーを巡ってワインの勉強をしてきた川田さんが大三島で造りたいのは、島の魅力を表現する味わいのワインだ。</p>



<h2 class="wp-block-heading"><strong>​​</strong>ワイン産地としてのポテンシャルを感じて大三島に移住</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/O_001.jpg" alt="" class="wp-image-54342" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/O_001.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/O_001-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/O_001-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>ワイン造りに興味があって日本ワインの一大産地である山梨県の大学に進学し、在学中に全国の著名なワイナリーを回って研修を重ねてきたという川田さん。大学卒業間際に建築家の伊東豊雄氏が立ち上げた「大三島を元気にするプロジェクト」に関わる機会があったことがきっかけとなり、大三島でのワイン造りに関心を持ったそう。</p>



<p>伊東氏は国内外で数多くの建築賞を受賞し、世界的な評価を受ける一方で、建築の枠を超えて地域再生にも積極的に取り組んできた人物。島の風景や資源を生かし、新たな産業や人の流れを生み出そうとするその構想が、川田さんの心を動かした。</p>



<p>ワイン造りをする上で良質なぶどうが採れるということは必要不可欠な条件だ。川田さんは大三島の気候が日本一のワイン産地である山梨県勝沼とよく似ていることに気が付き、この土地なら良いぶどうができるに違いないと、伊東氏らとワイン造りに取り組むことを決意したという。</p>



<p>「瀬戸内の風景は本当に素晴らしい。僕が生まれ育った静岡にも良く似ていて、海が近くて気持ちが良くて、住んでいる人もやさしい。ここでぶどうを育ててワインを造ってみたいと思ったんです」。川田さんは2015年に単身で大三島に移住してきて、島の課題にもなっていた耕作放棄地を借りて苗木を植え、ぶどうの栽培を開始した。</p>



<h2 class="wp-block-heading">試行錯誤の連続は困難でもあるが面白くもある</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/O_009-1.jpg" alt="" class="wp-image-54335" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/O_009-1.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/O_009-1-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/O_009-1-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>ワインへの造詣は深くとも、ぶどう栽培は川田さんにとって初挑戦。まずは土地を詳しく知る地元の農家さんに情報をもらって、ぶどう栽培に適した良質な畑を選ぶところから始まった。「大三島の土質は花崗岩が風化してできた真砂土で、水はけが良くてぶどう栽培には適しています。しかし一方で水持ちが悪いという面もあるのでそこは考えなきゃいけない。土中の微生物を活性化させるために堆肥を入れるとか、地元の農家さんにもいろいろ教えてもらいながらやっています」という川田さん。肥料も地元のものにこだわっているのは、土地の味わいを大切にしたいという思いがあるからこそ。ぶどう棚に使う資材も地元の造船所に協力してもらって手作りするなど、この土地にこだわったぶどう栽培を大切にしている。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/O_008.jpg" alt="" class="wp-image-54336" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/O_008.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/O_008-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/O_008-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>栽培するぶどうの品種は人気の高いシャルドネを始め、日本で最初に開発されたマスカットベリーA、瀬戸内に気候が似ているスペインやポルトガルの海に近い場所を原産地とするアルバリーニョなど、さまざまな品種のぶどうが栽培されている。「シャルドネを選んだのは日本全国で栽培されているので、土地の個性がわかりやすいのかなと思って。甲州も有名な品種ですが、名前に縛られてしまう気がして今のところ作っていません。病気に強くて収量のあるもの、島に合う品種を探して色々試していますけど、答えが出るまでにはかなり時間がかかりますね」という。栽培方法も品種選びも常に試行錯誤の繰り返しだ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">海辺の小さな醸造所から生まれる島育ちのワインたち</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/O_029-1.jpg" alt="" class="wp-image-54338" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/O_029-1.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/O_029-1-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/O_029-1-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>2015年に植えたぶどうの苗木は2016年に初めての実を付けたが、残念なことに全てイノシシに食べられてしまい、翌2017年が待望の初収穫となる。収穫したぶどうは県外のワイナリーで醸造してもらい、記念すべき大三島初のワインが誕生した。さらに2019年には昔の小学校を改装した宿泊施設「大三島憩の家」の敷地内に醸造所を開設。名実ともに100％大三島産のワイン造りが可能になった。</p>



<p>設計上さまざまな制限があるなかで、醸造所には川田さんが今まで学んできたことを注ぎ込み、できる限りのこだわりを実現した。高低差を利用してタンクや熟成容器に原材料を移動させるグラビティ・フローシステムもそのひとつだ。ポンプを使うより負担が少ないため、ぶどう本来の味を引き出せるのだという。タンクもホーロー、樹脂、コンクリートなど、それぞれメリット・デメリットを吟味した上で、最終的にスロベニア製のオーダーステンレスタンクを採用した。フレンチオークの樽も5年物と3年物を導入。新しい樽は木の香りが強く出る一方、使い込むほどに香味は穏やかになり、ワインとの調和が深まっていく。年数ごとの個性を見極めながら使い分けるのも、川田さんのこだわりのひとつだ。</p>



<h2 class="wp-block-heading">まずはより多くの人に受け入れてもらえるワインを</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/O_027.jpg" alt="" class="wp-image-54339" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/O_027.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/O_027-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/O_027-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>川田さんが目指しているのは“日本らしい”ワインだ。「欧米の基準に並ぶことを目指すよりも、日本で育てられたぶどうで、日本の風土の中から生まれる味わいを大切にしたい。そこから生まれる“日本らしいワイン”にも、確かな価値があると思っています。かつては“水のようだ”とも言われた軽やかさは、裏を返せば、どんな料理にも寄り添える柔らかさでもある。肩肘張らず、食卓の中で生きる。それが、日本らしいワインなのではと感じています。」と話す。</p>



<h3 class="wp-block-heading">ぶどうとワインと共にある大三島での心地よい暮らし</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/O_035.jpg" alt="" class="wp-image-54340" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/O_035.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/O_035-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/O_035-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>川田さんが大三島に移住してきて10年。ぶどう栽培やワイン造りにおける変化も大きいが、川田さん自身にとってもいろいろなことがめまぐるしく変わった10年間だったという。</p>



<p>「単身で大三島に来ていたのが、奥さんと出会って結婚して子どもが生まれた。ぶどうの栽培とワイン造りに来ていたのが “ここで暮らす”に生きる意味が変わった10年でした。インフラ面などで不便を感じることは少しあっても、毎日が充実していて、心から大三島での生活に満足しています」という。</p>



<p>現在の島民は約5,000人。もともとの住民は減少傾向にある一方で、島外からの移住者は増えてきているという。移住の理由は人それぞれだが、瀬戸内海に住みたい、地域おこし協力隊のようにこの島で何かしてみたい、旅で来て気に入ったのでここに住みたい、というものが多いという。移住しなくとも、住所や仕事を残したままで2拠点生活をしている人もいて、そのうち島を出ていく人の数と移住してくる人の数が逆転するんじゃないだろうか？と川田さんは笑いながら言う。</p>



<h2 class="wp-block-heading">​​瀬戸内海の小さな島から発信するドメーヌワイン</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/O_038.jpg" alt="" class="wp-image-54341" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/O_038.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/O_038-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/04/O_038-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>たくさんの魅力がある大三島ではあるものの、一方で問題もある。近年の温暖化による気候への対応は深刻な課題だ。特に2024年の夏は命に関わるほどの猛暑で、人間もぶどうも乗り切るための苦労を余儀なくされたという。</p>



<p>さらに川田さん曰く、ぶどうもワインも品質・技術ともにまだまだ満足できるレベルには達していないという。「“大三島の味”というものをまだ自分の中に確立できていないんです。なのでまずはそれをはっきりさせたい。目指すのは大三島の空気感を表現したワイン。親しみがあって味わい深く、大三島の海や風を感じられるようなワインを目指したいんです」と話す。</p>



<p>納得できる味わいのワインを造ること、そしてワインを飲む習慣のない島の人たちに自分たちのワインを飲んでもらえるようになること。その上で、日本ワインコンクールで賞を取ることが当面の大きな目標であり、その先には海外コンクールへ挑戦してみたい。川田さんの夢は広がっていく。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/54325/">目指すのは瀬戸内の風土と空気を感じさせるワイン。「大三島みんなのワイナリー」／愛媛県今治市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>肥沃な土壌が育むコクのある豊かな味わいの河内晩柑「吉本農園」／愛媛県愛南町</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 22 Mar 2026 05:19:36 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[農業]]></category>
		<category><![CDATA[柑橘]]></category>
		<category><![CDATA[河内晩柑]]></category>
		<category><![CDATA[農林水産大臣賞受賞]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/yoshimoto005.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>愛媛県愛南町の特産である河内晩柑を中心に、さまざまな品種の柑橘を生産している愛南町御荘にある吉本農園。こだわりの方法で栽培されている柑橘たちは「他とは一味違う」と高く評価され、リピーターも多い。園主である吉本敏幸さんによ [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/54229/">肥沃な土壌が育むコクのある豊かな味わいの河内晩柑「吉本農園」／愛媛県愛南町</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/yoshimoto005.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>愛媛県愛南町の特産である河内晩柑を中心に、さまざまな品種の柑橘を生産している愛南町御荘にある吉本農園。こだわりの方法で栽培されている柑橘たちは「他とは一味違う」と高く評価され、リピーターも多い。園主である吉本敏幸さんによると、そのおいしさの秘密は“土”にあるという。</p>



<h2 class="wp-block-heading">さっぱりとした甘さとほろ苦さが上品な大人の味わい</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/yoshimoto022.jpg" alt="" class="wp-image-54238" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/yoshimoto022.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/yoshimoto022-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/yoshimoto022-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>愛媛県の南部に位置する愛南町は、日本一の生産量を誇る河内晩柑（かわちばんかん）の一大産地だ。愛南ゴールド、宇和ゴールド、美生柑など、幾つもの名前を持つ河内晩柑は、その見た目と味わいがグレープフルーツに似ていることから“和製グレープフルーツ”と呼ばれることもある。甘みはしっかりあるけれど甘ったるくはなく、心地良い酸味とほのかな苦味があって、瑞々しくジューシーな人気の柑橘だ。この河内晩柑を中心に、甘平や紅まどんな、せとか、伊予柑、デコポン、温州みかんなど9種類の柑橘を、家族と一緒に力を合わせて生産しているのが吉本農園の園主である吉本敏幸さんだ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">周囲の反対を押して前例のない平地での柑橘栽培に挑戦した初代</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/yoshimoto006.jpg" alt="" class="wp-image-54239" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/yoshimoto006.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/yoshimoto006-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/yoshimoto006-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>愛媛県における柑橘栽培の中心地である南予地方の柑橘園地は、急斜面につくられた段々畑が主流だが、吉本さんの園地は傾斜のない平地にある。第二次世界大戦中には「飛行場にできるんじゃないか？」と言われていたほど広く平らなこの土地を見て、愛媛県の柑橘栽培先進地である吉田町でみかんを作っていた人が「ここにみかんを植えてみたら？」と言ったことが吉本農園のルーツとなった。「祖父が柑橘栽培を始めようとした当時、ここは芋畑だったんです。周囲からは『なんで芋畑に柑橘を植えるんだ？』と反対されたらしいんですが、それを押し切ってやってみたら上手くいった。だから今があるんです。ここは雨が多く降るし、暖かい。北西の風が強く吹くので、まず防風林を植えて。温州みかんは雨を嫌うと言われていますが、土をきちんとつくればどんな柑橘でも栽培できることがわかってきました。おいしい柑橘が育つ、保水力があって水キレの良い土にするためには、有機物と微生物が大事なんです」と吉本さんは話す。</p>



<h2 class="wp-block-heading">土中の微生物や生き物の力を借りてつくる健やかで豊かな土壌</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/yoshimoto014.jpg" alt="" class="wp-image-54240" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/yoshimoto014.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/yoshimoto014-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/yoshimoto014-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>おいしい柑橘とは単純に糖度の高い・低いだけではなく、糖度と酸とのバランスと、土中のミネラルによるコクが重要だという。そのためには土中にミネラルをつくり出してくれる微生物を繁殖させてやる必要がある。「堆肥や敷きワラなどの有機肥料を入れながらコツコツと土づくりを続けてきました。今は堆肥センターがあってそこで堆肥を買うことができますが、昔は畜産農家から家畜の糞をもらってきて、茅や稲わらを入れて発酵させていたからものすごく臭かったんですよ。土が肥えてくるとミミズが増えてきます。そして次にはモグラが来てイノシシが来る。地面に穴が空いていたり、土を掘った跡ができたりすると、いい土ができたというサイン。でも除草剤をかけると微生物は激減してしまうんです」。祖父の開墾した園地を父親から受け継いだ吉本さんは、20年以上堆肥を入れ続け、大切に園地の土を守り育てている。</p>



<h3 class="wp-block-heading">自然が与えてくれる豊潤なおいしさ</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/yoshimoto007.jpg" alt="" class="wp-image-54241" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/yoshimoto007.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/yoshimoto007-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/yoshimoto007-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>河内晩柑は収穫する時期によって味が全く違う不思議な柑橘だ。収穫期の始まりにあたる3月に出回る河内晩柑は、水分が多くフレッシュな感じで種がある。収穫期の中盤に差し掛かる6月頃から不思議なことに種が消え、プリプリした食感の円熟した味わいが終盤の8月頃まで楽しめる。「時期によって味や食感が変わりますが、どの時期もそれぞれに特長があり、ちゃんとおいしいと思ってもらえるものを作っている自負があります最初はよそで作っているみかんと味が変わらなかったけれど、差が出てきているのが自分でもわかるようになったら自信がついてきました。10年くらい前からお客さまからも『おいしいね』という反応が出てきて、リピートしてくれる方が増えてきました」。そう話す吉本さんの目は輝いている。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/yoshimoto009.jpg" alt="" class="wp-image-54242" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/yoshimoto009.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/yoshimoto009-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/yoshimoto009-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>「自然は、その季節に人間が欲するものをうまく与えてくれているように感じます。寒い冬には温かそうなオレンジ色をした温州みかんが、暑い夏には見た目にも涼やかな黄色の河内晩柑がおいしくなってくる。暑さに参っていても、みずみずしくスッキリとした味わいの河内晩柑を食べると元気になります。夏にはなくてはならない柑橘のひとつです。今は一年中いろいろな果物や野菜が手に入りますが、季節感がないのは良いことなのか、悪いことなのか。旬のものは生産時の環境負荷もないし、何よりおいしいんじゃないかと思いますね」。</p>



<p>吉本農園では、さまざまな品種の柑橘をバランス良く栽培しているため、品種リレーによって一年を通して季節の柑橘が収穫できるという。</p>



<h2 class="wp-block-heading">おいしいみかんづくりに完結はない。日々努力の繰り返しが続いていく</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/yoshimoto034.jpg" alt="" class="wp-image-54243" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/yoshimoto034.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/yoshimoto034-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/yoshimoto034-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>除草剤や化学肥料をできるだけ使用せず、肥沃な土壌をつくるためにはもちろん苦労もある。除草剤を使いたくないからといって、園地を草だらけにしてしまうわけにはいかない。土づくりにこだわった柑橘栽培は草刈りとの戦いでもある。しかし、これまでは人の手で行なっていた草刈りも、24時間自動で園地の草刈りをしてくれる自走式草刈り機によって省力化を図るなど、時代に合わせて変化している。ちなみに自走式草刈り機の導入は、園地が平らであったからこそ可能だったことでもある。地の利を生かした栽培だ。</p>



<p>また夏の水やりも柑橘の生育や品質に影響を与える重要な作業だ。3km下の水源からポンプアップした水や、山から引いてきた水を使って潅水しているが、それも限りがある。足りない分は川から汲み上げたり、水田に水が要らなくなる8月頃からは灌漑用水を利用したりしながら、適切な量とタイミングで灌水を行っているという。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/yoshimoto001.jpg" alt="" class="wp-image-54244" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/yoshimoto001.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/yoshimoto001-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/yoshimoto001-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>除草剤を一切使わず、人の手で草を刈り、刈った草はそのまま土に還す。そんな地道な作業を長年積み重ねることで、畑は保水力がありながら水はけの良い、ふかふかな土壌へと育っていった。根が健やかに張ることで果樹は必要な養分をしっかりと吸収し、果実の糖度は自然と高まる。また、草を活かした環境づくりは、カメムシなどの害虫が発生しにくい畑づくりにもつながっている。柑橘それぞれの特性に合わせて土壌を整えることで、ほどよい酸味が甘みを引き立て、「一度食べればまた食べたくなる」味わい深いみかんが生まれる。こうした長年にわたる試行錯誤と、土作りに真摯に向き合い続けてきた姿勢が評価され、2003年に吉本農園は農林水産大臣賞を受賞した。</p>



<p>「みかんの産地を守りたい、産地を盛り上げないといけないという信念を持ってみかんを育ててきました。それが認められ、こんな素晴らしい賞をいただけたことは本当に嬉しいことです。せっかく今までおいしいみかんづくりをやってきたんだから、その技術やノウハウを伝えて行きたい。そうすることで愛南町も元気になるし、農家の生きがいにもなるんじゃないかと思っています」と吉本さんはいう。「一度食べればまた食べたくなる」と絶賛される吉本農園の柑橘たちは、年を重ねるごとに新たなファンを増やし続けている。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/54229/">肥沃な土壌が育むコクのある豊かな味わいの河内晩柑「吉本農園」／愛媛県愛南町</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>柑橘を食べ物からエンターテイメントへ昇格させる柑橘ソムリエ。「NPO法人柑橘ソムリエ愛媛」二宮 新治さん／愛媛県宇和島市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 22 Mar 2026 05:08:30 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[農業]]></category>
		<category><![CDATA[愛媛県]]></category>
		<category><![CDATA[柑橘ソムリエライセンス制度]]></category>
		<category><![CDATA[柑橘]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/kankit047.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>“愛媛の柑橘をサブカルチャーに”と発足した「NPO法人柑橘ソムリエ愛媛」。その理事長である二宮新治さんを中心とする若手の柑橘農家が、「ワインや野菜のように柑橘のソムリエがいたらおもしろいんじゃないか」という考えの下、20 [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/kankit047.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>“愛媛の柑橘をサブカルチャーに”と発足した「NPO法人柑橘ソムリエ愛媛」。その理事長である二宮新治さんを中心とする若手の柑橘農家が、「ワインや野菜のように柑橘のソムリエがいたらおもしろいんじゃないか」という考えの下、2020年に「柑橘ソムリエライセンス制度」を立ち上げた。それ以来、この制度をきっかけとし、知れば知るほど深みにハマるという柑橘の世界に魅せられる人が増えている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">愛媛県が名実ともに柑橘王国である理由      <strong>    </strong></h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/kankit042.jpg" alt="" class="wp-image-54220" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/kankit042.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/kankit042-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/kankit042-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>愛媛県といえば真っ先に柑橘が思い浮かぶほど、愛媛県は柑橘類の収穫量と品目数ともに日本一を誇る柑橘王国だ。紅まどんなや甘平、紅プリンセスなどの独自品種もあり、品種リレーにより、ほぼ1年中柑橘が市場に出回っていることも柑橘王国と称される由縁となっている。</p>



<p>柑橘栽培は県内全域で行われており、特に生産量が多いのが、県内の沿岸部全域だ。さらに、南予地方に位置する宇和島市は柑橘栽培の中心地であり、愛媛県で最初に温州みかんの栽培が始まった愛媛県のみかん栽培発祥の地としても知られている。リアス海岸の急斜面に広がる段々畑は宇和島市の原風景だ。</p>



<h2 class="wp-block-heading">柑橘の一大産地・宇和島から発信する柑橘ソムリエライセンス制度</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/kankit001.jpg" alt="" class="wp-image-54221" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/kankit001.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/kankit001-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/kankit001-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>そんな柑橘栽培の盛んな宇和島市で、柑橘農家を営みながら「柑橘ソムリエライセンス制度」を立ち上げたのが二宮新治さんだ。宇和島市で生まれ育った二宮さんの実家は祖父の代から続く柑橘農家だったが、二宮さんに家業を継ぐ気はなく、京都でアパレル系の仕事に従事していた。しかし20代半ばに祖父が亡くなったことがきっかけとなり、家業を継ぐこと本格的に考えるようになる。「1990年代後半から2000年代の前半にかけて、家業を継ぐ前後の柑橘業界は、不景気の煽りを受けて暗く沈んでいました。家業を継いで数年が経過し、やっと自分も農業にも慣れてきたと思えるようになったころ、同世代の地元農家と柑橘と地域を盛り上げるために何か面白いことができないか話していました。その時『ワインや野菜のように柑橘のソムリエがいたら面白いんじゃないか？』と盛り上がったことが柑橘ソムリエライセンス制度を立ち上げるきっかけになりました」と二宮さん。そこから地元の柑橘農家を中心に、思いに共感してくれた各分野のプロフェッショナルや柑橘愛好者たちが集り、柑橘のおいしさや楽しさを伝えることを目的とするNPO法人柑橘ソムリエ愛媛を設立。柑橘ソムリエライセンス制度を立ち上げた。</p>



<h3 class="wp-block-heading">柑橘を単なる嗜好品からサブカルチャーへ</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/kankit011.jpg" alt="" class="wp-image-54222" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/kankit011.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/kankit011-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/kankit011-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>「柑橘は品種が多くて個性豊か。美しい色や可愛らしい形、味や香り、皮を剥いたときの音の違い、生産者の人柄や産地の特色など背景もさまざま。そこにサブカルチャー的な要素を感じたんです」と二宮さんはいう。愛媛が誇る柑橘だからこそ、せっかくならおいしいもの・好みに合うものを選べるようになって欲しい。味のバリエーションを知ってもらうことで柑橘に興味を持ってもらいたい、柑橘に対する愛を自由に語り合って欲しい。そんな思いも「柑橘ソムリエライセンス制度」誕生の背景にある。</p>



<h3 class="wp-block-heading">学科と実技の集中講義で柑橘を最大限に楽しめる人材を養成する</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/kankit014.jpg" alt="" class="wp-image-54223" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/kankit014.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/kankit014-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/kankit014-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>柑橘ソムリエライセンスは、2日間の講座を受講し、試験を受けて合格すれば取得できる。講座はテキストに沿って柑橘の基礎知識について学んでいく学科と、テイスティングによる実技で構成されている。学科で使われるのは、二宮さんたちが試行錯誤しながらつくったという「柑橘の教科書」だ。業界初の柑橘ガイドブックであり、 “みかんとは”という定義からはじまり、みかんと柑橘の曖昧な関係、柑橘の分類や品種の解説、食べ方、農法や販売・流通、歴史やなど、柑橘に関するあらゆる情報が網羅されていて、テキストとしてだけでなく、読み物としても楽しめるという。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/kankit016.jpg" alt="" class="wp-image-54224" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/kankit016.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/kankit016-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/kankit016-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>実技では生果やジュースを使い、柑橘の目利きの仕方やテイスティングによる味のとらえ方、柑橘の魅力を伝える表現力を鍛えていく。目利きの方法もいろいろあるが、ヘタから得られる情報は多い。色や形、大きさを見ることによって、糖度や酸味、味の濃さ、水分量などがわかる。甘みにも爽やかなものもあればモッタリと重いものもあり、香りにも華やかなもの、穏やかなものがある。さらに酸味と甘みのバランス、香りのカーブなど、単純においしい・おいしくないを越えて、味を構成する要素を分析しながら受け止めることを学んでいく。その上で、学んだ柑橘の魅力を伝える表現方法を見つけていくのが目指すところだという。</p>



<p>「ワインソムリエや野菜ソムリエの内容を落とし込んでいけば早かったんでしょうけど、自分たちが柑橘農家として感じたことを取り入れようとしたので、講座の内容を完成させるまでに時間がかかりました。周囲は概ね好意的で、他の産地も協力してくれています。停滞していた柑橘業界を盛り上げる、起爆剤的なものが求められていたのかもしれません」と話す。</p>



<h2 class="wp-block-heading">柑橘の魅力を、より身近に伝えるために</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/kankit026.jpg" alt="" class="wp-image-54225" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/kankit026.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/kankit026-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/kankit026-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p><br>柑橘ソムリエライセンス制度の運営と並行して、二宮さんたちはオンラインストアで生果やストレートジュースの販売にも取り組んでいる。その背景にあるのは、柑橘のおいしさや面白さを、より身近な形で伝えたいという思いだ。品種の違い、産地や栽培方法による味わいの変化。柑橘ソムリエとして生産に携わるメンバーは、日々柑橘と向き合う中で、その個性や奥深さを言葉にしてきた。その知見を消費者と共有する手段として選ばれたのが、柑橘をそのまま搾ったジュースである。</p>



<p>使うのは、柑橘ソムリエ自らが育てた柑橘のみ。単一品種で個性をまっすぐに表現したものもあれば、複数品種を組み合わせ、味わいの広がりを引き出したものもある。甘さの立ち方や余韻、香りの違いから、柑橘の多様さが感じ取れる。産地や生産者の違いといった背景まで含めて知ることで、柑橘はより深く、面白い存在になる。こうした体験を通じて柑橘の魅力を伝え、楽しむ人を増やしていくことも、柑橘ソムリエの活動の一つなのだ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">我が子のようでもあり、自分自身でもある柑橘</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/kankit019.jpg" alt="" class="wp-image-54226" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/kankit019.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/kankit019-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/kankit019-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>柑橘を盛り上げようという活動が広がりを見せる一方で、国内における柑橘の需要は減り続けているという現状がある。さらに温暖化による寒暖差の減少で味に締まりがなくなる、気温の上昇で木が活性化して肥料が大量に必要になる、病気や害虫の発生期間が長くなるなど、柑橘栽培を取り巻く環境は年々厳しさを増してきている。さらに人手不足や後継者問題、機械化が困難などといった、産業を維持していく上での課題もあるという。</p>



<p>しかし、できることはまだまだあると二宮さんはいう。「今後は変化に対応していくことが重要です。成長を抑制するような栽培方法の模索、気候に合わせた品種へ切り替えていくとか。柑橘をおいしいといってもらえることは、自分が肯定されているように思えるんです。柑橘に自分を投影しているんでしょうね。だからやれることを一生懸命やっていきたいです」。&nbsp;</p>



<h2 class="wp-block-heading">一人でも多くの柑橘ソムリエが世に羽ばたいていくことを願う</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/kankit003.jpg" alt="" class="wp-image-54227" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/kankit003.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/kankit003-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/kankit003-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>年に2〜3回のペースで開催されている柑橘ソムリエライセンス講座は、募集をかけると最短約5分で枠が埋まってしまうという人気ぶりだ。各地から開催して欲しいとの申し出があるものの、当面はこのペースで続けていく予定だそう。ちなみに合格率は65〜70％程度で、合格すれば認定証が付与される。2020年に柑橘ソムリエライセンス制度がスタートしてから、2026年3月時点で200人を超える柑橘ソムリエが誕生し、全国各地で“柑橘を楽しむプロフェショナル”として活動している。そして、この活動を続けてきたことで、柑橘好きのコミュニティは増えていると二宮さんは感じているという。それをもっと増やしたい、この活動を次の代にまで繋げていくというのが二宮さんの今後の目標だ。柑橘王国・愛媛ならではのユニークな取り組みは、着実にその成果を上げてきている。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/54210/">柑橘を食べ物からエンターテイメントへ昇格させる柑橘ソムリエ。「NPO法人柑橘ソムリエ愛媛」二宮 新治さん／愛媛県宇和島市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>故郷の段々畑を守り、真穴みかんの歴史をつなぐ。「真穴柑橘共同選果部会」／愛媛県八幡浜市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 22 Mar 2026 04:57:07 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[農業]]></category>
		<category><![CDATA[パチパチ]]></category>
		<category><![CDATA[真穴みかん]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/maana030.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>全国屈指のかんきつ王国・愛媛。なかでも八幡浜市真穴（まあな）地区は、高級温州みかんブランド「真穴みかん」の産地として知られる。いかにして温州みかんを高級かんきつの地位に押し上げたのか。そこには、栽培技術の研鑽やブランドイ [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/54185/">故郷の段々畑を守り、真穴みかんの歴史をつなぐ。「真穴柑橘共同選果部会」／愛媛県八幡浜市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/maana030.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>全国屈指のかんきつ王国・愛媛。なかでも八幡浜市真穴（まあな）地区は、高級温州みかんブランド「真穴みかん」の産地として知られる。いかにして温州みかんを高級かんきつの地位に押し上げたのか。そこには、栽培技術の研鑽やブランドイメージの向上など、産地を守り育てるための「真穴柑橘共同選果部会」のたゆまぬ努力があった。</p>



<h2 class="wp-block-heading">宇和海を臨む、県内有数のみかんの産地</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/maana023.jpg" alt="" class="wp-image-54198" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/maana023.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/maana023-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/maana023-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>四国最西端に位置する愛媛県佐田岬半島を臨む、八幡浜市の真網代（まあじろ）地区と穴井地区。真穴は、この2つの地区の総称だ。市内中心部から車を走らせること25分。海岸線に沿って進んでいくと、そのうち急傾斜の段々畑が見えてくる。地元の人々にとってはありふれた景色かもしれないが、海と段々畑の織りなすそれは、日本の原風景を思わせる美しさだ。</p>



<p>真穴みかんは、宇和海を臨むこの段々畑で栽培されている。温州みかんのなかでも極上品として知られ、首都圏を中心に高い評価を得ている。</p>



<p>生産から出荷までを行う「真穴柑橘共同選果部会（以下、真穴共選）」は、共選長の中井平昌（ひらまさ）さんをはじめ、155軒の生産者とJA職員で構成されている。生産者のほとんどは真穴地区出身。地域と共選のメンバーが一丸となって高品質の真穴みかんの生産に取り組んでいる。</p>



<h3 class="wp-block-heading">真穴の温州みかんをブランディングし「真穴みかん」に</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/maana009.jpg" alt="" class="wp-image-54199" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/maana009.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/maana009-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/maana009-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>真穴のみかん栽培の歴史は、明治33（1900）年、愛媛県における温州みかん発祥の地・宇和島市吉田町立間から植栽した300本の苗木から始まった。</p>



<p>海岸部にリアス式海岸が続き、平地が少なく傾斜地の多いこの地域は、農耕には向かないが、気候は温暖で日照量も多く、水はけも良いことから果樹栽培には適した環境だった。先人たちは山を耕し、段々畑を築き、懸命にみかん栽培に取り組んできたのだ。</p>



<p>その名が全国に轟いたのは、昭和39（1964）年。みかん産地として日本初の「天皇杯」を受賞したのだ。天皇杯は、全国各地の特に優れた農林水産業者に授与される最高位の栄誉。これを契機に、より高品質なみかん栽培に取り組み、「真穴みかん」として商標登録を行うなど地域ぐるみでブランド化を進めてきた。</p>



<h2 class="wp-block-heading">「５つの太陽」が育む、唯一無二の甘さ</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/maana029.jpg" alt="" class="wp-image-54200" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/maana029.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/maana029-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/maana029-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>自然の地形と知恵を活かした「５つの太陽」。これが真穴みかんを甘くジューシーに育てる秘訣だという。</p>



<p>太陽の光、海のきらめき、段々畑の石垣の照り返しという明治時代から変わらぬ3つの太陽に、近年は園内の地温の調整や保湿、大雨による肥料の流出防止を兼ねて敷いた農業用の白いマルチシートによる太陽光の反射、舗装された園内道からの照り返しが加わった。これら5つの光を巧みに利用し、光合成を促進させることで果実の糖度を最大限に高めている。</p>



<h3 class="wp-block-heading">厳格な基準と、職人による食味確認</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/maana014.jpg" alt="" class="wp-image-54201" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/maana014.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/maana014-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/maana014-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>真穴みかんの出荷は10月下旬から始まり、ピークは11月〜12月。</p>



<p>収穫されたみかんは選果場に運ばれるが、選別は非常に厳しく、最新鋭のカメラと光センサーを用いて糖度・酸度・大きさ・形が計測され、ランク分けされる。</p>



<p>最終的には熟練者による食味のチェックも行われるという。「私はこれを、最も重要な判断基準にしています」と中井さん。</p>



<p>これらの厳しい選考基準をクリアした果実だけが真穴みかんとして赤いシールのお墨付きをもらう。果肉を包む薄皮は口のなかでとろけ、ジューシーな果汁が溢れるので「飲むみかんジュース」と称されるほど。</p>



<h3 class="wp-block-heading">気候変動に負けない、全天候型のマルチドリップ栽培</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/maana025.jpg" alt="" class="wp-image-54202" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/maana025.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/maana025-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/maana025-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>真穴地区は天然の乾燥地域という恵まれた条件で、昔から良いみかんが実ると評価されてきたが、昨今の相次ぐ異常気象により、みかんの味わいにばらつきが生じる年が増えたという。特に、秋に大量の降雨に見舞われると糖度が十分にのりきらず、品質の低下につながってしまうのだ。</p>



<p>その対策として導入しているのが「マルチドリップ栽培（通称：マルドリ栽培）」。園地に白いマルチを敷くことにより雨水を防ぎ、気候変動に左右されることなく高品質を維持するための取り組みだ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">持続可能な農業の可能性を秘めた画期的技術</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/maana004.jpg" alt="" class="wp-image-54203" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/maana004.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/maana004-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/maana004-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>マルドリ栽培は、園地に白いマルチを敷き、その下に点滴チューブを入れて適度な灌水を行う手法。専用のセンサーにより土壌水分量を管理しながら、最低限のストレスの中で果実の糖度を上げる一方で、酸は抑えることができる。</p>



<p>ストレス栽培は果実の糖度を高めるうえで不可欠な手法だが、従来式では木への負担が大きく、良く実が成った年の翌年に不作となる隔年結果や、木の寿命を縮める懸念があった。</p>



<p>一方、マルドリ栽培は「木の負担を減らしつつ、果実にマイルドストレスをかけることで高糖度のみかんを生産できる」という。実際、真穴地区全体の生産者1軒あたりの平均収穫量が4トンなのに対し、マルドリ栽培で成功している生産者は毎年安定して6〜8トンの収穫量を記録。品質のブレも少なく、安定した生産が望める。</p>



<p>「良い年と悪い年のブレを最小限にとどめ、生産量を確保しながら美味しさを追求する。それを可能にするのがマルドリ栽培です」と中井さんは手応えをにじませる。マルドリ栽培に取り組む生産者は年々増加していると言う。</p>



<h2 class="wp-block-heading">ブランドを支える、加工品の展開</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/maana018.jpg" alt="" class="wp-image-54204" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/maana018.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/maana018-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/maana018-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>真穴共選では、一年を通して真穴みかんの美味しさを届ける加工品開発にも積極的だ。</p>



<p>「出荷基準を満たした果実でも贅沢に加工原料として使用し、極上なみかんジュースに仕上げています」と事務局長の阿部定生（さだお）さん。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/maana005.jpg" alt="" class="wp-image-54205" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/maana005.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/maana005-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/maana005-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>加工品の主力はストレートジュース。素材の味そのままの濃厚な甘さと香りが楽しめると好評だが、その陰には開発に長い時間をかけ、幾度となく試作を繰り返しながら特別な製法を生み出した苦労があったそうだ。</p>



<p>「なぜ真穴みかんのジュースは色が濃いんですか？とよく聞かれるのですが、これも開発の中で、店頭に並べていただいたときに、他のみかんジュースとひと目で違いが分かるように試行錯誤を繰り返した結果です。」と中井さんは話す。搾汁方法の違う果汁をブレンドすることで、より深みのあるジュースに仕上がるそうだ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">真穴みかんで作るクラフトジン「八°八°（パチパチ）」</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/maana036.jpg" alt="" class="wp-image-54206" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/maana036.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/maana036-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/maana036-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>近年、小規模な蒸留所発のクラフトジンが流行っているが、真穴共選でも真穴みかんを使ったクラフトジンの商品化に挑んだ。真穴みかんの公式販売を行う「旬香物産」と、地元の酒造メーカー「近藤酒造」との共同開発による「八°八°（パチパチ）」だ。</p>



<p>真穴みかんの果実、花、新芽、防風垣に使うコノテガシワの実など、みかんに関係する8種のボタニカルを素材ごとに蒸留し、ブレンドしている。</p>



<p>「八°八°（パチパチ）」というユニークな名前の由来は、みかんを収穫するときの音。</p>



<p>真穴地区では、ハサミで果実を傷つけないよう二度摘みを行う。一度目のハサミは少し枝を長めに残して切り、手元でもう一度。丁寧にみかんを収穫する真穴地区ならではの音を、丁寧に仕込んだクラフトジンの名前にしたのだ。</p>



<p>みかんらしい爽やかな香りや甘みを表現した意欲作は、「東京ウイスキー＆スピリッツコンペティション2022」洋酒部門（ジン）で銀賞を受賞した。</p>



<h2 class="wp-block-heading">段々畑の風景を守り、未来永劫、産地としての歴史が続くように</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/maana015.jpg" alt="" class="wp-image-54207" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/maana015.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/maana015-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/maana015-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>担い手の高齢化、後継者不足などの影響もあり、中山間地の農業は全国的に縮小傾向にあるが、真穴地区は異例の粘りを見せている。</p>



<p>真穴共選の栽培面積は、20年前が約290ヘクタールだったのに対し、現在（2025年）は約250ヘクタール。共選によるブランド化と新技術の導入といった取り組みにより、この20年で栽培面積の減少はわずか40ヘクタールにとどめているのだ。また農家の減少率も他の地域に比べると少ないようで、現在も155軒の農家が産地を支えている。</p>



<p>「ブランド化することによって、生産者一人ひとりにプライドを持って作っていこうという気概が生まれたのだと思います。」と中井さんは語る。</p>



<h3 class="wp-block-heading">ベテラン農家と新規就農者をマッチング</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/maana006.jpg" alt="" class="wp-image-54208" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/maana006.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/maana006-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/maana006-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>現在、真穴地区では年間１〜2名の農業研修生を迎え、新規就農者の増加を目指している。行政に頼るのではなく、共選としていかにして新規就農者を受け入れていくか。それが未来の真穴地区を作っていくために重要なポイントだと二人は考えている。</p>



<p>承継を考えている60代以上の生産者を募り、研修生とマッチングさせる取り組みを実施。ベテラン生産者のもとで2年間研修を行い、将来的にその園地を承継するというのが理想的な流れだ。「今後は倉庫や園内道などハード面での整備を進め、受け入れ体制を充実させていきたい」と阿部さんは話す。</p>



<p>「生産者と地域の人々が一致団結して取り組んでいくことによって、他の産地と切磋琢磨しながらみかん産業を盛り上げていきたい。」</p>



<p>中井さんのその言葉には、みかん農家としての矜持がにじんでいた。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/54185/">故郷の段々畑を守り、真穴みかんの歴史をつなぐ。「真穴柑橘共同選果部会」／愛媛県八幡浜市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>自宅工房で紡ぐ伊予絣。伝統工芸を未来へとつなぐ。伊予絣作家･村上君子さん／愛媛県松山市</title>
		<link>https://nihonmono.jp/article/54143/</link>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 08 Mar 2026 09:14:21 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[伊予絣]]></category>
		<category><![CDATA[愛媛県指定無形文化財]]></category>
		<category><![CDATA[日本三大絣]]></category>
		<category><![CDATA[伝統工芸品]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/murakamikimiko-9.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>日本三大絣のひとつであり、愛媛の伝統工芸品の「伊予絣（いよがすり）」。54歳頃から機織りを始めた伊予絣作家の村上君子さん。伝統工芸展への挑戦、そして伊予絣に向き合う姿勢は、まさに“生きること＝織ること”を体現している。  [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/murakamikimiko-9.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>日本三大絣のひとつであり、愛媛の伝統工芸品の「伊予絣（いよがすり）」。54歳頃から機織りを始めた伊予絣作家の村上君子さん。伝統工芸展への挑戦、そして伊予絣に向き合う姿勢は、まさに“生きること＝織ること”を体現している。</p>



<h2 class="wp-block-heading">50代で出会った機織りと伊予絣</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/murakamikimiko-37.jpg" alt="" class="wp-image-54151" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/murakamikimiko-37.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/murakamikimiko-37-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/murakamikimiko-37-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>　1948年生まれ、伊予絣作家として活動する村上さん。機織りを始めたのは、意外にも50歳を越えてから。長年アートフラワー講師として活動していたが、手首の故障をきっかけに作品作りが難しくなり、その道を離れることを決意。以後は「人に教えること」からも距離を置き、自分自身が心から楽しめる、新たな表現を探し始めたという。</p>



<p>　陶芸や木彫など新たな手仕事に挑戦する中で、最も心を惹かれたのが「織り」だった。「幼い頃、通学路に絣工場があって。ちょうど石手川（いしてがわ）沿いの土手で糸を張って作業をされていたんです」。その光景は村上さんの中の原風景。藍で染められた糸を使う紺屋（こんや）たちの仕事を時にはこっそり眺め、子どもながらに遊び心を刺激された記憶が、時を経て心を動かした。機織りの作業は幸いにも、故障していた手の動きとも合っており、この先も続けられる手仕事だった。現代の伊予絣作家、白方宣年（しらかた のぶとし）氏が主宰するイオリ工芸の染織教室に入門し、5年間学んだ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">手間ひまが生む、親しみやすい絣の魅力</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/murakamikimiko-12.jpg" alt="" class="wp-image-54152" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/murakamikimiko-12.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/murakamikimiko-12-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/murakamikimiko-12-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>　かつて松山を含む伊予地方では、綿花の栽培が行われており、暮らしのなかに木綿を扱う文化が息づくなかで「伊予絣（いよがすり）」は発展した。</p>



<p>　</p>



<p>　絣（かすり）は、織り出された文様の輪郭にかすれたような表情があらわれるのが特徴の織物。経糸（たていと）や緯糸（よこいと）を部分的に括（くく）ることで染料が染み込まない箇所を作り、藍染めを施す。そして白と藍のコントラストが美しい絣独特の風合いを生んでいる。伊予絣は久留米絣（福岡県）･備後絣（広島県）と並んで「日本三大絣」と称されるが、比較的に緯糸にのみ絣糸を用いて織られた絣模様「横絣（よこかすり）」を中心とした構成が多いという。</p>



<p>　「一反で17メートルの糸を仕掛けた場合、緯糸（よこいと）だけで1000ヶ所以上もの括りが必要となることもある」と村上さん。そのため、経糸（たていと）の括りには約1ヶ月程度を要するのに対し、緯糸（よこいと）の括りは2〜3ヶ月かかるなど、手間が非常にかかる工程になるそう。横絣は模様が横方向に連続して展開されるため、繊細かつ規則的な模様表現が可能となるが、その分制作には高度な技術と時間が必要とされる。この特徴が伊予絣の素朴で親しみやすいデザイン性と密接に結びついており、実用的で日常に根ざした織物としての魅力を生み出している。</p>



<h3 class="wp-block-heading">好奇心をカタチに、緻密に織り仕上げる</h3>



<p>　村上さんの伊予絣制作の出発点は、花をモチーフにしたデザインが多かった。しかし、制作を続ける中で、日常生活で感動したものをデザインに取り入れるようになったという。「何度も眺めながら仕上げていく」と語るように、村上さんの作品には好奇心が色濃く反映されている。近年では、道後公園の断層や小惑星探査機「はやぶさ2」など、地球や宇宙にまつわるモチーフが新たなテーマとして登場している。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/murakamikimiko-18.jpg" alt="" class="wp-image-54153" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/murakamikimiko-18.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/murakamikimiko-18-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/murakamikimiko-18-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>　デザインが完成すると、模様を正確に織り出すために、糸の括る位置や量を細かく計算し設計する工程に移る。「仕上げる時にもズレないことを心がけています。絣はズレも味わいのひとつと言われますが、私は計算したものが計算通りに仕上げられないと悲しいんです。私の性格でしょうね」と村上さんは笑顔で話す。</p>



<h2 class="wp-block-heading">工房は自宅、日常に息づく手仕事</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/murakamikimiko-34.jpg" alt="" class="wp-image-54154" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/murakamikimiko-34.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/murakamikimiko-34-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/murakamikimiko-34-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>　村上さんは工房を持たず、自宅で全工程を一人で手がけている。機織りの作業は全体の2〜3割程度で、ほとんどの時間を染色や糸の準備に費やす。自室ではデザインを考案し、ガレージでは発酵させた藍を使って染色を行う。湿度や温度、そして染液の酸性･アルカリ性を示すpHを測定しながら、藍を最適な状態に保つのも重要な仕事だ。染色は40回ほど繰り返され、仕上がりまでに約1ヶ月を要する。その後、時間をかけて糸を解き、成形していく。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/murakamikimiko-14.jpg" alt="" class="wp-image-54155" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/murakamikimiko-14.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/murakamikimiko-14-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/murakamikimiko-14-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>　そしてリビングに置かれた機織り機で織り進める。驚くことに、その機織り機はご夫妻で手作りしたもの。伊予絣会館にあった機織り機を詳しく観察し、村上さんが設計図を描き、ご主人が村上さんの身長に合わせて製作したという。</p>



<h2 class="wp-block-heading">伝統工芸展への挑戦と伊予絣の伝承</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/murakamikimiko-7.jpg" alt="" class="wp-image-54156" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/murakamikimiko-7.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/murakamikimiko-7-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/murakamikimiko-7-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>　複数の工程を同時に進めながら、村上さんが1年で仕上げる伊予絣はわずか2～3枚。長い時間をかけて織り上げた作品が完成したときは、胸が高鳴るという。</p>



<p>　2011年には「第45回 日本伝統工芸染織展」にて、伊予紬織着物《薫風の時》が山陽新聞社賞を受賞。その後も完成させた作品を、染色展や日本伝統工芸展などへ積極的に出品している。全国を巡回する日本伝統工芸展への挑戦は、伊予絣を広く知ってもらう貴重な機会。挑戦し続けることが、伝承につながっている。</p>



<p>　2021年には日本工芸会の正会員に認定され、2025年には伊予絣が愛媛県指定無形文化財に指定。村上さんはその技術保持者として認められた。これからも、制作に向き合いながら、伊予絣をカルチャーとして広めていく。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/murakamikimiko-33.jpg" alt="" class="wp-image-54157" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/murakamikimiko-33.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/murakamikimiko-33-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/murakamikimiko-33-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>「主婦が台所仕事や掃除の合間に作業をしています。ひとりで少しずつ、楽しみながら。この歳になって打ち込めることがあるのは幸せなことですから」と、村上さんは穏やかに語る。</p>



<p>　50代から始め、「自分が心から楽しめること」を求めてたどり着いた伊予絣。暮らしの中で糸と向き合い、少しずつ仕上げていく作業は、村上さんにとって人生そのものでもある。「いい作品をどれだけ残せるかも挑戦」と語るその姿からは、確かな探究心と、受け継がれてきた伝統工芸の技を未来へとつなげていこうとする意志がにじむ。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/54143/">自宅工房で紡ぐ伊予絣。伝統工芸を未来へとつなぐ。伊予絣作家･村上君子さん／愛媛県松山市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>自然がつくり出すかけがえのない美しさをそのままに。「山下真珠有限会社 L’ de pearl」／愛媛県宇和島市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 08 Mar 2026 07:59:34 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[ジュエリー]]></category>
		<category><![CDATA[宇和島真珠]]></category>
		<category><![CDATA[羽根つき]]></category>
		<category><![CDATA[バロック]]></category>
		<category><![CDATA[ドロップ]]></category>
		<category><![CDATA[養殖]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/yamashita013.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>真珠はこれまで“より完全な真円”であることに市場価値を求められてきた。自ら育てた真珠をジュエリーに加工し、「L’ de pearl」というオリジナルブランドで販売する山下奈美さんは、市場価値よりも、一粒ごとの個性を見極め [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/yamashita013.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>真珠はこれまで“より完全な真円”であることに市場価値を求められてきた。自ら育てた真珠をジュエリーに加工し、「L’ de pearl」というオリジナルブランドで販売する山下奈美さんは、市場価値よりも、一粒ごとの個性を見極め、その魅力を引き出した唯一無二の価値を創造している。</p>



<h2 class="wp-block-heading">全国有数の産地で三代に渡り真珠養殖業を営んできた山下真珠</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/yamashita006.jpg" alt="" class="wp-image-54098" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/yamashita006.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/yamashita006-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/yamashita006-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>​​1963年創業の山下真珠有限会社は、日本有数の真珠の産地である宇和島市で四代にわたり家族で真珠養殖を営んできた老舗養殖業者だ。四代目にあたる山下奈美さんには、もともと家業に従事しようという明確な意思はなく、大学を出て広島県で一般企業に就職する。しかし、ちょうどその頃に新型コロナウィルスが拡大し、出社どころか郷里に帰ることも儘ならぬ状況に。そんな中、会社の上司や取引先の方々に何気なく「家業があるってすごいことだよね」と言われたことがきっかけとなり、故郷に帰って家業を手伝おう、と思うようになる。ちょうど同じ頃、県外でサラリーマンとして働いていた弟の雄平さんも宇和島に帰ってきたこともあって、家族で力を合わせて真珠養殖に取り組むことになった。</p>



<p>あるとき奈美さんは、友人から「山下真珠の真珠はどこで買えるのか」と尋ねられたという。その何気ない一言をきっかけに、自社で育てた真珠をメーカーに持ち込み、アクセサリーに加工してもらった後、それらがどこでどのように販売されているのか把握していなかったことに気づいた。「自分たちで育てた真珠を、自分たちの手で届けたい」。そうした思いから、アクセサリーの加工から販売までを自ら手がけることを決意。そして2023年には、真珠養殖を手伝いながら、自社の真珠を使ったジュエリーブランド「L’ de pearl」（エルデパール）を立ち上げ、既存の価値観にとらわれない、真珠本来の魅力を生かしたアクセサリーをつくって販売している。</p>



<h3 class="wp-block-heading">生産者だからこそわかる真珠本来の魅力を伝えたい</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/yamashita007.jpg" alt="" class="wp-image-54099" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/yamashita007.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/yamashita007-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/yamashita007-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>​​真珠はアコヤ貝がその胎内で時間をかけて育む天然の宝石であり、同じ色、形、輝きのものは一粒もない。しかし、真珠には昔から“真円であること”を至上とする評価基準があり、どんなに美しい照りや輝きがあったり、個性的でユニークな形をした真珠であっても、市場的には価値が認められることはない。真珠養殖に携わるうちに、ある意味“不遇”な扱いを受けてきた真珠たちを不憫に思うようになり、その魅力に気づいて欲しいという奈美さんの気持ちが「L’ de pearl」の立ち上げにつながっている。</p>



<p>エルデとは、ドイツ語の「erde」に由来しており、“地球、大地、特定の土地”という意味があるという。真珠養殖に適した条件に恵まれた宇和島の海だからこそ逞しく美しく育つ真珠には、アコヤ貝が持っている生命の力、そして大切に育てる人々の愛情が込められている、という思いで名付けられたブランド名だ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">祖父である初代はこの地における真珠養殖のパイオニア</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/yamashita008.jpg" alt="" class="wp-image-54100" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/yamashita008.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/yamashita008-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/yamashita008-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>山下家がここで真珠養殖を始めたのは今から65年ほど前のこと。奈美さんの曽祖父と祖父の代に遡る。真珠養殖は三重県伊勢志摩地方に始まり、次第に宇和島市をはじめ全国各地へ広がっていくこととなる。三重県の真珠養殖業者が宇和海に進出、最初は、母貝採取の仕事から始まり、その後、真珠養殖のノウハウを教わった奈美さんの祖父は、この地における真珠養殖の第一世代となった。</p>



<p>近年、宇和島市を含む宇和海域では、アコヤ貝の大量死や担い手の高齢化・後継者不足などの問題により、生産量はピーク時と比べると減少傾向にある。しかしさらなる高品質化やブランド戦略などといった、新たな事業展開も進んでいるという。</p>



<p>こうした環境の変化の中で、山下家の真珠養殖を現在支えているのが、雄平さんだ。</p>



<p>現在、山下家の中心となって養殖を行っている雄平さんは「同じ母貝、同じ核、同じ海、同じ育て方でも、作り手によって差が出てきます。昔は技術やノウハウは秘密にしていたけど、今はそんな風潮も少なくなっています。僕は真珠養殖4年目の新人。新入りならではの怖いもの知らずで貪欲に聞いて回っています」と笑いながら言う。そうやって自分たちで試行錯誤しながら一生懸命に育てているからこそ、一粒ごとに異なる真珠の美しさを敏感に感じ取ることができるのかもしれない。</p>



<h2 class="wp-block-heading">自然の力でしかつくり出せない豊かな色味と美しい輝き</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/yamashita043.jpg" alt="" class="wp-image-54101" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/yamashita043.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/yamashita043-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/yamashita043-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>真珠は一般的に、真円でキズやエクボがなく、テリのいいものが価値が高いとされている。しかし、そのような珠は、年間で数万粒が浜揚げされるうちの1〜2％にも満たない。そこで「L’ de pearl」では、市場的な価値は認められなくとも唯一無二の個性を持つ真珠を積極的に使用し、アクセサリーに加工している。真円に近い真珠を使うこともあるが、基本的にはバロックやドロップ、羽根つきといった、ユニークな形をしたものがほとんどだ。また、真珠の品質を保つために必要な加工処理しか施していないため、微妙に色合いが異なる自然の豊かな色味を楽しめる。個性のある真珠はそれ自体がデザインであるため、小ぶりで華奢なパーツを使用し、真珠の美しさを引き立てることを心がけている。「簡単に美しく育ち上がる真珠ではないからこそ、世代を超えて永く受け継いでもらえるものにしたい」という奈美さんの想いだ。</p>



<p>そうした想いを直接届けるため、販売方法にも工夫を重ねている。普段はオンラインショップのみでの販売だが、ポップアップストアや催事などでも販売しており、色も形も大きさもさまざまな真珠の中から、気に入ったものを選んでアクセサリーに仕立て上げるセミオーダーは特に人気が高いという。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/yamashita041.jpg" alt="" class="wp-image-54102" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/yamashita041.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/yamashita041-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/yamashita041-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>今まで価値が認められなかった真珠に日の目を当てたいという思いはあっても、老舗の真珠養殖業者であり、日々真珠に接しているプロフェッショナルとしてのプライドがある。形はいびつであってもアコヤ真珠の特徴である奥深い輝きと照り、色の美しさに対するこだわりは譲れないという。「世界にひとつしかない自分だけの真珠、また大切な人へのギフトとして、一粒ずつ選んでいただいている様を見ると嬉しくて。幸せを感じる瞬間です」という奈美さん。冠婚葬祭だけでなく、日常の装いに気軽に取り入れてもらえるよう、デザインや価格も日々試行錯誤している。</p>



<h2 class="wp-block-heading">世界にひと粒しかない真珠を誰かの特別な輝きに</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/yamashita044.jpg" alt="" class="wp-image-54103" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/yamashita044.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/yamashita044-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2026/03/yamashita044-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>「真珠のアクセサリーは世の中にたくさんあります。だからこそ何を特徴にするか難しいけれど、自分たちが育てた真珠を使っていること、だからこそ真珠本来の魅力をたくさん知っていて、それを生かすことができるということが一番の強みかなと思っています」という奈美さん。その考えのもと、最初はSNSなどを通じてのオンライン販売からスタートし、催事での出展販売、レンタルスペースを活用したポップアップストアでの期間限定販売など、販路も少しずつ広げてきた。</p>



<p>こうした取り組みの中で、様々な輝きを放つ真珠から、自分が好きな深い青色の粒をセレクトし、名前の奈美と海の波をかけて名付けた「NAMIOTO COLLECTION」の展開も始めるなど、ブランドとしても広がりを見せている。</p>



<p>その変化は、養殖の現場にも影響を与えている。雄平さんは「真円で白く、巻きのいい真珠を育てなければと必死でした。でも、姉がアクセサリーをつくり始めてから、既存の価値基準にこだわらなくていいんだ、活かしてもらえるんだ思うと気が楽になって。同時にもっと良い真珠を育てたいという気持ちにもなったんです」と話す。時代とともに漁業の在り様も人の価値観も変化してきている。多様性の時代と言われる今、「L’&nbsp; de pearl」のアクセサリーは年齢性別関係なく、多くの人たちに受け入れられ、愛される存在になるのかもしれない。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/54091/">自然がつくり出すかけがえのない美しさをそのままに。「山下真珠有限会社 L’ de pearl」／愛媛県宇和島市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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