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	<title>愛知県 - NIHONMONO</title>
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	<description>「にほん」の「ほんもの」を巡る旅マガジン</description>
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		<title>日本茶離れを食い止める飽くなき挑戦。「翠茗園 岡本製茶」4代目･岡本広敏さん／愛知県豊橋市</title>
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		<pubDate>Wed, 06 Nov 2024 11:23:50 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/0J2A1649.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>静岡県との県境にある愛知県豊橋市で約5ヘクタールにわたって緑鮮やかな美しい茶畑が広がる「翠茗園 岡本製茶」。祖父の代でお茶の産地として有名な牧ノ原台地を有する静岡県牧之原市から移住し、土地を開墾。土壌作りなど努力を重ね、 [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/0J2A1649.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>静岡県との県境にある愛知県豊橋市で約5ヘクタールにわたって緑鮮やかな美しい茶畑が広がる「翠茗園 岡本製茶」。祖父の代でお茶の産地として有名な牧ノ原台地を有する静岡県牧之原市から移住し、土地を開墾。土壌作りなど努力を重ね、親子3代で農林水産大臣賞を受賞した。4代目の岡本広敏さんはお茶を楽しむ入口を広げるべく、粉末やティーパックの商品化や、農場を開放するオープンファームにも取り組む。未来を見据える広敏さんが目指すお茶作りを探る。</p>



<h2 class="wp-block-heading">紅茶の栽培も盛んな愛知県の豊橋茶</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/0J2A1531.jpg" alt="" class="wp-image-50162" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/0J2A1531.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/0J2A1531-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/0J2A1531-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>愛知県の南東部、静岡県との県境にある豊橋市は、東三河地方の中心都市であり、愛知県内5位の人口を抱えている。西部は三河湾、南部は太平洋と接しており、1年を通して比較的温暖な気候だ。</p>



<p>そんな豊橋市は、全国有数の出荷量を誇るキャベツや全国一の産地を誇る大葉をはじめ、国内でも有数の園芸産地である。その土壌ゆえ、「香りが高い」といわれるのが豊橋茶だ。</p>



<p>起源は明らかになっていないが、戦前は豊橋市の中央部にある高師原地区に数軒の茶農家があったようだ。昭和20年代は戦後の復興とともに紅茶の製造が盛んになったという。その後、煎茶の製造にも取り組むようになり、現在の豊橋茶につながっているそうだ。温暖な地域のため、静岡よりも3〜4日早く収穫期を迎えることも豊橋茶の特徴のひとつだ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">静岡県牧之原市から茶園を移し、一から土地を開拓</h3>



<p>広敏さんが営む「翠茗園（すいめいえん） 岡本製茶」は、5つの主要産地のうちの東細谷町にある。自宅を取り囲むように約5ヘクタールの茶畑が広がっており、「大井早生（おおいわせ）」「くりたわせ」「やえほ」「ゆたかみどり」「さえみどり」「つゆひかり」「やぶきた」「めいりょく」「さやまかおり」「やまかい」「おくみどり」と、早生（わせ）から晩生（おくて）まで収穫の時期が異なる複数の品種を栽培している。この理由は3～4日といわれる茶葉の収穫適期に合わせて収穫を行うことで、常に高い品質のお茶を流通させるため。</p>



<p>元は静岡県有数の茶の産地・牧之原台地に茶園を持っていたが、太平洋戦争の影響により2代目が現在の地へ移住。当時、何もなかった土地を開墾し、独特な起伏のある土地に耕した。水はけがよくなるように若干の傾斜をつけ、地上や地中の水を集めて排水路へ流す「暗渠排水（あんきょはいすい）」も設置。そのおかげで水はけに優れた茶園となり、お茶の栽培に適していると言われる柔らかい赤土にも恵まれ、良質な茶葉の栽培が可能となった。</p>



<h2 class="wp-block-heading">お茶作りは土作りから</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/0J2A1576.jpg" alt="" class="wp-image-50163" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/0J2A1576.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/0J2A1576-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/0J2A1576-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>4代目である岡本さんは子どもの頃から茶摘みを身近に見て育った。自宅、製茶工場の周りに茶畑が広がる。茶園の管理から製造、パック詰めまで家族経営。自分の作ったものが人を幸せにできる。また、お茶の木を作るところから製造まですべてが自分の責任。夢ややりがいを肌で感じ、後継者になる道を選んだのも自然な流れだった。</p>



<p>「お茶の味や香りは土壌で変わる」と話す岡本さん。お茶の木の根が太く、深くまで伸びるためには土の柔らかさが必要だ。だが機械を使って摘採すると、どうしても土が踏み固められてしまう。そこで岡本さんは二番茶を摘み取ったあと、三番茶の芽が出ても刈って畑へ戻すことにしている。一般的には三番茶として販売できるものだが、有機物をできるだけ土へ与えることで土壌生物を増やし、土壌自体が持つ力を維持させたいと考えているのだ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">摘採時期をずらすため、複数の品種を栽培</h3>



<p>家族経営ゆえの大変さもある。摘採時期が重なってしまうと手が足らず、ベストな収穫タイミングを逃してしまう場合があることだ。収穫が2〜3日遅れるだけでも茶葉の繊維質が増え、味に大きな違いが出てしまう。5ヘクタールの茶畑を一度に摘採することは難しいため、早生と晩生という摘採時期の異なる品種を植えることで、どのお茶もちょうどいいタイミングで摘採できるよう工夫している。適期で摘採したものは「触り心地が全然違う。ずっと触っていたいぐらい心地いい」そうだ。</p>



<h2 class="wp-block-heading">数秒の違いが味に表れる製茶工程</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/0J2A1604.jpg" alt="" class="wp-image-50164" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/0J2A1604.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/0J2A1604-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/0J2A1604-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>収穫されたお茶は自宅近くにある製茶工場に集約。すぐさま蒸気で蒸され、その後冷却器によって冷やされる。摘採した生葉を放置しておくとすぐに酸化してしまうため、時間との勝負だ。さらに葉の緑を維持しながら青臭さを取り除かなければならず、この蒸し時間の長さで味、香り、水の色が決まるといわれている。数秒の違いが味の違いに表れるため、少しの油断も許されない工程だ。</p>



<p>収穫から製造まですべてを担っている岡本さんは、茶摘み時期の1カ月ほどはつきっきりとなり、寝る暇もない。そんな状況でも「好きでやっている仕事なので、全く苦ではない。納得のいくお茶作りをしたいから」と岡本さんは微笑む。</p>



<h3 class="wp-block-heading">結露と酸化を防ぐため7度で保存</h3>



<p>お茶の販売まで手がけている岡本製茶では、工場内の冷蔵庫で製茶後の商品を保存している。その設定温度は7度。「冷えすぎると、冷蔵庫から出して常温に戻したときに結露してしまう可能性があります。お茶は水分を吸収すると傷んでしまうので、できるだけ結露は避けたい。かといって温度を上げると酸化が進んでしまいます。結露と酸化を避けるギリギリの温度が7度」と、その理由を教えてくれた。</p>



<h2 class="wp-block-heading">親子三代で農林水産大臣賞を受賞</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/0J2A1627.jpg" alt="" class="wp-image-50165" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/0J2A1627.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/0J2A1627-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/0J2A1627-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>毎年、その年のお茶の出来栄えを生産者らが競う「茶品評会」が全国各地で開催されている。お茶の審査技術を持つ専門家が、茶葉の見た目、お茶の色、香り、味の4項目を評価する。岡本製茶では、全国・愛知県の両方の品評会で、親子3代にわたって最高賞である「農林水産大臣賞」を受賞。特に香りが高いという評価を受けた。</p>



<p>岡本さんが目指すお茶を聞いてみると、「味の好みは人それぞれですが」と前置きしたうえで「緑茶らしい渋味がしっかりあり、飲んでみてぐっとくるお茶」と答えてくれた。しかし、自然相手であるがゆえにそう簡単には作れないという。「毎年同じことをやっても味が変わりますし、同じ管理方法であっても畑ごとに違いが生まれることもあります。1年に1度しか挑戦できないので、毎年勉強ですね」。</p>



<h2 class="wp-block-heading">奥さまとの二人三脚で、消費者から求められる商品開発を</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/0J2A1658.jpg" alt="" class="wp-image-50166" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/0J2A1658.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/0J2A1658-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/0J2A1658-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>近年、茶葉タイプのお茶の若者離れが進んでいる。急須でお茶を淹れることが面倒だと思われているためだ。そこで岡本さんが取り組んだのが、手軽にお茶を淹れられる「粉末茶」の開発。</p>



<p>だが、粉末にしたときに茶葉で淹れたものと同じ味にはならない。思ったようなきれいな色が出なかったりもする。品種を変えたり、粉末にするまでの過程で試行錯誤したりと、開発には苦労したという。開発には、奥さまの意見を積極的に採用した。茶農家で育っていないからこその、一般消費者の視点を存分に反映させたのだ。そして、煎茶、玄米茶、ほうじ茶、紅茶の粉末茶を完成させた。</p>



<p>粉末茶の販売により、これまでとは異なる客層を発掘することができ、手応えを感じたそう。第2弾として三角ティーバッグの商品開発に着手し、オンラインショップなどで販売。リーフで淹れるお茶により近い味を、手軽に楽しめるそうだ。</p>



<h2 class="wp-block-heading">目標は問屋から指名されるお茶作り</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/0J2A1607.jpg" alt="" class="wp-image-50167" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/0J2A1607.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/0J2A1607-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/11/0J2A1607-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure>



<p>4代目として新商品開発を精力的に手がけるものの、効率化や品質の向上など改善したい点はまだまだ多いという。家族経営でやっている分、品種や天候によって収穫時期が遅れてしまうことへの対策や、お茶の木そのものの質を向上させることにも力を入れていく方針だ。</p>



<p>お茶の栽培面積が拡大している地域はあるものの、全国的に見るとお茶の生産量は減少傾向にある。また世帯当たりのリーフ茶消費量も減少傾向にあり、業界全体が縮小傾向にあるといわざるを得ない。「厳しい状況ではありますが、そのなかでも『岡本製茶のお茶が欲しい』と言ってもらえるよう、こだわりの茶葉をつくりたい」。お茶を愛し、お茶とひたむきに向き合う広敏さんは志を持ち続けている。</p>











<p>TEL：</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/50161/">日本茶離れを食い止める飽くなき挑戦。「翠茗園 岡本製茶」4代目･岡本広敏さん／愛知県豊橋市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>廃れゆくきしめん文化を新業態で支える。「手打うどん高砂」堀江高広さん／愛知県名古屋市</title>
		<link>https://nihonmono.jp/article/44922/</link>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 24 Jun 2024 01:00:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[グルメ]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/P6A6298-1-1024x819.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>名古屋グルメのひとつ「きしめん」は、幅の広さが特徴の麺。うどんよりも薄いのにコシがあり、喉ごしの良さが魅力だが、うどんやそば、ラーメンなどのメジャーな麺類に比べて露出が少ないことも影響し、若者離れは顕著だった。だが最近、 [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/P6A6298-1-1024x819.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>名古屋グルメのひとつ「きしめん」は、幅の広さが特徴の麺。うどんよりも薄いのにコシがあり、喉ごしの良さが魅力だが、うどんやそば、ラーメンなどのメジャーな麺類に比べて露出が少ないことも影響し、若者離れは顕著だった。だが最近、名古屋で手打ちうどんの店を営む堀江高広さんによる取り組みで、きしめん業界に新たな動きが見えはじめた。</p>



<h2 class="wp-block-heading"><strong>愛知県の県民食「きしめん」</strong></h2>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/P6A6564-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-44924" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/P6A6564-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/P6A6564-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/P6A6564-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/P6A6564.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>名古屋めしとして知られている「きしめん」。じつは、名古屋市に限らず、愛知県全域で食べられている県民食だ。ルーツは愛知県刈谷市の名物の平打ちうどん「ひもかわ」といわれており、しっかりとした味付けを好む人が多い愛知県では、つゆの味が染みやすいきしめんがマッチしたのではないかと考えられている。</p>



<p>その特徴は、なんと言っても平打ちの麺。うどんよりも薄いのにコシがあり、喉ごしが良いことと、ジュワっと染み出るつゆが魅力だ。</p>



<h3 class="wp-block-heading"><strong>きしめん、うどん、煮込みの麺の違いとは？</strong></h3>



<figure class="wp-block-image size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/P6A6585-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-44925" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/P6A6585-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/P6A6585-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/P6A6585-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/P6A6585.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>名古屋めしを代表する麺類には、きしめんのほか、味噌煮込みうどんや名古屋うどんがある。どれも同じ“うどん”のように思えるが、それぞれの料理に使用される麺は調理方法や用途に合わせて材料やその配合率が異なり、それに伴って食感もさまざま。</p>



<p>なかでも製麺に最も手間が掛かるのがきしめんだ。きしめんは、大きな特徴である幅の広い麺にするため生地を薄く伸ばすから、一般的なうどんの製麺工程に比べ、二倍以上の時間を要する。また、薄く伸ばすことで生地が広がって麺打ち台を占拠するため、一度に作れる量も限られる。同じ時間、同じ製麺環境で、うどんを10人前作れるとしたら、きしめんは5人前しか作れない。名古屋名物とは言え、その効率の悪さから、きしめんの提供をやめ、うどんだけに切り替える店も増えているそうだ。</p>



<h3 class="wp-block-heading"><strong>先代が開いた麺類食堂から、うどん･きしめん･煮込みの三本柱に</strong></h3>



<figure class="wp-block-image size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/P6A6330-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-44926" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/P6A6330-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/P6A6330-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/P6A6330-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/P6A6330.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>名古屋市で「手打うどん 高砂（たかさご）」を営む堀江さんは、父親が1958年に創業した麺類食堂を受け継いだ。麺類食堂とは、うどんだけではなく、中華そばや定食も提供する町の食堂の総称。父親が亡くなり堀江さんが跡を継いでからは、手打ちにこだわる店として、うどん･きしめん･煮込みうどんを三本柱に店を営んできた。</p>



<h2 class="wp-block-heading"><strong>東京での修業を経て、見よう見まねで技術を習得</strong></h2>



<p>高砂でうどん作りを始める前は、東京のとあるそば屋で修業をしたという。毎日ひたすら出前などの下働きを続け、2年後に父の店へ帰ってからは兄弟子のうどん作りを見ながら技を盗み、自分のものにしていった。</p>



<p>「優しいのだけど芯はあるというか、最後にちょっと歯応えがあるような麺を目指している。頭で考えるだけではなく、実際にやってみて技術を身につけ、ようやく理想の麺が安定して作れるようになりました」と堀江さん。</p>



<p>その独自の技術によって作られる手打ち麺が高い評価を受け、今ではミシュランガイドに掲載されるほどの名店になった。</p>



<h3 class="wp-block-heading"><strong>塩水の濃度が高い名古屋のうどん。一晩おいてから伸ばす理由</strong></h3>



<figure class="wp-block-image size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/P6A6417-1-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-44927" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/P6A6417-1-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/P6A6417-1-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/P6A6417-1-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/P6A6417-1.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>うどんときしめんの原材料はどちらも小麦粉と塩水。その製造工程もほとんど同じで、生地を打つ段階での伸ばす厚みだけが異なる。ただし名古屋のうどん作りで使われる塩水は、うどん県として有名な香川県などで製麺に使われるものよりも濃度が高い。</p>



<p>季節や天候によっても左右されるため一概にはいえないが、ほかの地域の塩水が濃度10％だとすると名古屋では18～20％ぐらいの塩水を使っている。「濃度が高いと生地が締まります。名古屋は気温の高い地域なので、暑さで麺がだれるのを避けるために塩分濃度を高くして生地を硬くしたのではないでしょうか」と堀江さんは言う。</p>



<p>さらに、名古屋のうどんは「名古屋打ち」と呼ばれる方法で作られる。他地域のうどんとの大きな違いは生地を一晩寝かせること、団子状の生地を指で押し込みながら丸い形に整える「へそ出し（本まるけ）」といわれる工程があることだ。寝かせることでグルテンの形成を一層促進させて粘り気と弾力を、へそ出しによって生地の空気を抜くことで、切れにくく強いコシを生み出す。これらのひと手間が、名古屋うどんの特徴を作り出している。</p>



<h3 class="wp-block-heading"><strong>生地と会話しながらの麺打ち</strong></h3>



<p>堀江さんは毎日、うどんやきしめんの麺打ちを行っているが、その作業は同じではない。「今日は湿度が高いから柔らかいよね、などと生地と会話しながら麺を打っています。生地を形成することを僕らは『鍛える』といいますが、むやみやたらに鍛えるのではなく、生地を休ませながら、無理をさせないようにやっています」と堀江さん。夏は締まりのない生地になりやすいためさらに塩分を増やしたり、雨の日は水を減らしたりと、微調整を加えてその日にベストな生地を作り上げているのだ。</p>



<h3 class="wp-block-heading"><strong>きしめんを若い世代に広め、日常食の選択肢に</strong></h3>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/P6A6506-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-44928" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/P6A6506-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/P6A6506-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/P6A6506-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/06/P6A6506.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>愛知県民のソウルフードといえるきしめんだが、実は衰退の危機にあるという。先述したとおり、きしめんは他の麺類に比べ作る手間が多い。また、ぐつぐつと煮込まれた味噌煮込みうどんの方が、店側の調理の負担も少なく、観光客へのウケもよい。地元民にとってもわざわざきしめんを食べる機会は多くなく、高砂でも3年ほど前までは、1週間に2〜3食出るか出ないかだった。</p>



<p>だが、きしめん文化を残したいと考えた堀江さんは、カジュアルな店で若い世代にきしめんのおいしさを伝えることを決心。麺の機械打ちや冷凍技術を取り入れて、気軽に立ち寄れる店「星が丘製麺所」を2021年にオープンさせた。</p>



<p>「星が丘製麺所」がある星が丘テラスはアパレルショップやカフェなどが並び、多くの若い世代が行き交う場所。手打ちにこだわる高砂とは製法も立地も逆方向のお店に思えるが、その真意を堀江さんはこう語る。「手打ちで麺を仕込むとコストがかかり、大量生産もできません。でも若い人に、カレーやラーメンと同じような感覚できしめんを食べてもらいたくて。手打ちの技術を落とし込んだ機械打ちなら、味に遜色なく、気軽に食べてもらえると思い、すぐに製麺せずに一旦生地を寝かすなど、試行錯誤を繰り返し、機械打ち史上最良の品質を目指して開発に励みました」。</p>



<p>星が丘製麺所のオープンから1年間でオーダーされたきしめんは約10万食。さらに、きしめんのおいしさを知った客が高砂へも足を運ぶようになったのだ。客層もこれまでと異なり、女子高生のグループが来店したり、ママ友がランチでやってきたり、塾へ行く前の子どもたちが来店したりと、狙い以上の結果となった。</p>



<h3 class="wp-block-heading"><strong>東海エリアから全国、海外へ</strong></h3>



<p>星が丘製麺所の成功により、同業他社からも喜びの声が届いているという。「他店のきしめんも味わってみたい」と、昔ながらのうどん店に若年世代の来店が増えたのだ。だが、堀江さんは一時的なブームで終わらせないためにもフランチャイズ展開を進めるなど、精力的にきしめんを広める活動を継続している。</p>



<p>「現在、星が丘製麺所は愛知県と大阪府に店舗がありますが、ゆくゆくは北海道から沖縄まできしめんの文化を広げていきたい。将来は海外にきしめんファンを増やしたいですね」と堀江さん。いつの日か、きしめんがうどんやそば、ラーメンのように日本における麺食のスタンダードとなり、世界中に広まっていく。そんな未来を想像しながら、名古屋のいち商店からスタートしたうどん店が幅広いニーズの掘り起こしを図るべく、新たな切り口できしめんの魅力を発信し続けている。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/44922/">廃れゆくきしめん文化を新業態で支える。「手打うどん高砂」堀江高広さん／愛知県名古屋市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>地元で生まれた酒米で理想の酒造りに挑む。「尊皇」蔵元･山﨑合資会社／愛知県西尾市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 21 Feb 2024 01:00:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[醸造]]></category>
		<category><![CDATA[酒蔵]]></category>
		<category><![CDATA[山田錦]]></category>
		<category><![CDATA[愛知県]]></category>
		<category><![CDATA[西尾市]]></category>
		<category><![CDATA[低アルコール]]></category>
		<category><![CDATA[日本酒]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/0J2A1888.54-1024x819.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>愛知県西尾市･幡豆（はず）で1903年に創業された山﨑合資会社は、日本酒「尊皇」で知られる老舗蔵元だ。創業以来、幡豆の自然に抱かれながら「地酒は風土が育てる」という信念のもと、酒造りに励んでいる。愛知県奥三河地域で開発さ [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/40170/">地元で生まれた酒米で理想の酒造りに挑む。「尊皇」蔵元･山﨑合資会社／愛知県西尾市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/0J2A1888.54-1024x819.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>愛知県西尾市･幡豆（はず）で1903年に創業された<a href="https://www.sonnoh.co.jp/" title="">山﨑合資会社</a>は、日本酒「尊皇」で知られる老舗蔵元だ。創業以来、幡豆の自然に抱かれながら「地酒は風土が育てる」という信念のもと、酒造りに励んでいる。愛知県奥三河地域で開発された酒米にこだわって造られる酒には、時代に左右されない価値がある。</p>



<p><br></p>



<h2 class="wp-block-heading"><strong>「尊皇」は大海原を臨む小さな村で生まれた</strong></h2>







<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/0J2A1905-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-40172" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/0J2A1905-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/0J2A1905-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/0J2A1905-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/0J2A1905.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>愛知県西尾市･幡豆地域。南に三河湾を臨む自然豊かなこの地で、山﨑合資会社は1903年に創業した。創業当初から「ほかにはない酒造りを」と理念を掲げ、1920年に「尊皇」を発売。100年以上経った今も、蔵を代表する銘柄として親しまれている。</p>



<p>現在は尊皇のほかに「奥」や「幻々」、「年魚市」など、10種類以上の銘柄を生産。純米大吟醸酒から普通酒までを取りそろえている銘柄もあり、取り扱っている全ての商品を合わせると50種類以上にのぼるという。</p>



<p><br></p>



<h3 class="wp-block-heading"><strong>愛知県のこってりした味付けに最適な酒</strong></h3>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/0J2A1898-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-40173" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/0J2A1898-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/0J2A1898-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/0J2A1898-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/0J2A1898.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>地元･愛知県産の酒米にこだわり、蔵の北に位置する三ヶ根山麓から汲み上げた地下水を使用。「お酒は風土からの贈りもの」だという考えは、創業時から変わらない。江戸時代から日本酒の生産が盛んだった愛知県では、酒粕を二次加工した三河みりんなどの発酵調味料の生産も同時に活発に。そんな背景もあり、三河みりんを使って甘く仕上げた鰻の蒲焼きをはじめ、同県発祥で、旨みや香りが濃厚な赤味噌を使った「どて煮」や「味噌カツ」など、愛知県では味付けが濃いと言われる独自の郷土食が発展していった。その“濃い味”には、山﨑合資会社が造るガツンとした味わいの日本酒が一番合うと、専務の山﨑裕正さんは胸を張る。</p>



<p><br></p>



<h2 class="wp-block-heading"><strong>奥三河地方で生まれた、酒のための米「夢山水」</strong></h2>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/0J2A1874-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-40174" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/0J2A1874-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/0J2A1874-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/0J2A1874-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/0J2A1874.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>尊皇や奥などの主力商品は、すべて愛知県産の酒造米から造られる。その中でも最も品質が高いと言われている「夢山水」は、奥三河地方の地元農家と酒造メーカーの強い希望によって愛知県農業総合試験場の山間農業研究所が育成･開発した山間部向けの米だ。酒造好適米である「山田錦」を母本（ぼほん）に、「チヨニシキ」の姉妹系統である「中部44号」を父本（ふほん）にして、改良を重ねて1998年に誕生した。<br>2014年には平坦部向けの酒造米「夢吟香」も誕生。この品種は心白がコンパクトで、高度精米が可能というメリットがある。2019年には愛知県産の山田錦も登場し、地元にこだわった酒造米にも選択肢が増えてきた。</p>



<p><br></p>



<h3 class="wp-block-heading"><strong>日本酒の“奥”を深めた新たな銘柄【奥】</strong></h3>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/0J2A2032-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-40175" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/0J2A2032-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/0J2A2032-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/0J2A2032-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/0J2A2032.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>







<p>夢山水を100％使って作られるのが、主力銘柄のひとつである奥だ。夢山水をいち早く取り入れたものの、商品化には苦戦。試験醸造を4年繰り返し、ようやく開発された。開発コンセプトは「とにかく香りが高くて、濃いお酒を造る」。その言葉の通り、奥のアルコール度数はどれも18度以上と、日本酒にしてはアルコール度数が高いものばかりだ。山崎さんは「奥は18度以下では成り立たない」と言葉に力を込める。<br></p>



<p>山﨑合資会社では自家製米で夢山水の精米歩合を22％まで磨き上げ、雑味のない仕上がりを実現。度数も香りも高いのに、雑味がない。開発した先代社長の「日本酒の“奥”が深まった」という強い思いを込め、奥と名付けられたそうだ。<br><br></p>



<h3 class="wp-block-heading"><strong>蔵の特徴は含みでわかる、蔵の技術は後味でわかる</strong></h3>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/0J2A1932-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-40176" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/0J2A1932-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/0J2A1932-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/0J2A1932-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/0J2A1932.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>山崎さんは「酒を口に含んだときの“含み”がその蔵の特徴だと思うんです。僕は、後味に蔵の技術が出ると思っています」と話す。山崎さんたちの目指す「後味」は雑味のないクリアな味。そのために、温度や湿度の管理は特に徹底している。1993年に冷房、冷蔵完備の蔵を新築。現在では蔵内の全商品を低温貯蔵できるようになった。<br>また、精米後の米や出来立ての麹を乾燥させる「枯らし」に注力。大きな窓から入る、幡豆の風の力を借りながら、時間をかけて雑味を消していく。この作業を経て造られた酒を初めて口にした山崎さんは、「こんなに違うものなのか」と驚いたそうだ。</p>



<p><br></p>



<h2 class="wp-block-heading"><strong>「時代に逆行」と言われても…貫きたい矜持</strong></h2>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/0J2A1900-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-40177" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/0J2A1900-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/0J2A1900-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/0J2A1900-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/0J2A1900.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>2020年以降、低アルコールで、華やかな香りの日本酒を造る酒造が増えているが、山﨑合資会社は生原酒の取り扱いが多いこともあり、いずれの商品もアルコール度数が高めだ。奥は基本のアルコール度数が18度、尊皇も17度前後。山崎さんは「時代は低アルコールかもしれないですが」と前置きし、「こういった一部の濃いお酒は旨みも強いし、これが好きなコアなファンの方々も必ずいると思う。そういった方のためにも守っていきたい」と胸を張る。</p>



<p><br></p>



<h3 class="wp-block-heading"><strong>多様化するアルコール業界で次の一手を考える</strong></h3>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/0J2A1892-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-40178" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/0J2A1892-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/0J2A1892-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/0J2A1892-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/0J2A1892.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>山崎さんは「世の中にはありとあらゆる酒質があると思うんです。ここから『次の一手』を考えたときに、何を作るかがなかなか思い浮かばない」と正直な胸の内も吐露する。そのために新商品の研究･開発には余念がない。<br></p>



<p>2013年には、完全ノンアルコール甘酒の「一糀。」を発売。麹造りから瓶詰めまで、これまで長い間培ってきた酒造りの技術をふんだんに注ぎ込んだ。もちろん、米は愛知県産で精米歩合は60％。砂糖不使用ながら、米の甘みをしっかり感じることができる。西尾市の特産品･抹茶や古代米を使用した味も用意されていて、老舗蔵元のまた違った一面を味わえる。</p>



<p><br></p>



<h3 class="wp-block-heading"><strong>「地酒は風土が育てる」</strong></h3>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/0J2A1971-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-40179" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/0J2A1971-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/0J2A1971-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/0J2A1971-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/02/0J2A1971.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>蔵で作られた酒の７割は愛知県内で消費され、そのほかは全国の特約店などで販売される。これからは販路の拡大や、ブランドの認知工場に力を入れていくという。「うちの蔵は地元の米を地元で醸しているということをもっと発信していきたい。そのことが愛知の食文化を発信することにつながるのかな」と山崎さん。<br></p>



<p>「地酒は風土が育てているもので、暮らしている人間もこの風土のものを食べている。この蔵の周囲の環境と、抜群に合うお酒を開発していきたい」。創業当時から続く「すべてのものがそうであるように、お酒もまた風土の産物」という理念は120年経っても変わらず、これからも受け継がれ続ける。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/40170/">地元で生まれた酒米で理想の酒造りに挑む。「尊皇」蔵元･山﨑合資会社／愛知県西尾市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>しらすのうまみを閉じ込めた「生炊きしらす」の生みの親「マル伊商店」／愛知県南知多町</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 29 Jan 2024 01:00:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[愛知県]]></category>
		<category><![CDATA[南知多町]]></category>
		<category><![CDATA[しらす]]></category>
		<category><![CDATA[農林水産大臣賞]]></category>
		<category><![CDATA[佃煮]]></category>
		<category><![CDATA[イワシ]]></category>
		<category><![CDATA[漁業]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/batch_IMG_2613-1.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>知多半島を囲む三河湾・伊勢湾・太平洋で漁獲した新鮮な海産物を用いた加工食品を製造し、全国へお届けしている「マル伊商店」。国内でも希少な「生炊き」製法を採用したシラスの佃煮をはじめ、伝統を守りつつ最新技術も取り入れながら、 [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/40024/">しらすのうまみを閉じ込めた「生炊きしらす」の生みの親「マル伊商店」／愛知県南知多町</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/batch_IMG_2613-1.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p class="has-text-align-center"><strong>知多半島を囲む三河湾・伊勢湾・太平洋で漁獲した<br>新鮮な海産物を用いた加工食品を製造し、全国へお届けしている「マル伊商店」。<br>国内でも希少な「生炊き」製法を採用したシラスの佃煮をはじめ、<br>伝統を守りつつ最新技術も取り入れながら、地元の海の恵みを全国の食卓に届けています。</strong></p>



<p>しらすの一大産地である愛知県･南知多町で生まれた「生炊きしらす」をご存知だろうか。生の状態での扱いが難しいしらすの本来のうまみを残したまま、タレとともに甘く炊き上げた佃煮で、農林水産大臣賞も受賞している逸品だ。釜揚げしらすとも、しらす干しとも違う味わい。その秘密を、開発元である<a href="https://www.maruishouten.com/" title="">マル伊商店</a>の代表取締役社長･坂下史朗さんが教えてくれた。</p>



<h2 class="wp-block-heading">知っておくべき、三河湾のしらすのこと</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/marui_12-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-40030" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/marui_12-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/marui_12-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/marui_12-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/marui_12.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>






<p>愛知県知多郡にある南知多町。知多半島の南部に位置する、半島の先端とその沖合に浮かぶ篠島（しのじま）や、日間賀島（ひまかじま）といった島々からなる穏やかな町だ。三方を海に囲まれた漁業が盛んなこの地域に、水産加工や卸売業を営んでいるマル伊商店がある。4代目で代表取締役社長の坂下史朗さんは、「イメージがないかもしれませんが、実は愛知でもかなりの量のしらすが取れるんです」と話す。農林水産省による令和3年漁業･養殖業生産統計によると、確かに愛知は全体のシェアのうち約14％を占めていて、これは全国2位の数字だ。さらに、市町村単位で見れば南知多町のしらす漁獲量は全国1位を誇る<strong>しらすの町</strong>。</p>



<p>なぜ、この町がしらすの一大漁場となり得たのだろうか。その理由は<strong>しらすの親であるイワシの産卵時期</strong>。ここは湾の内側に伊勢湾と三河湾が交わり、渥美半島の向こうの外洋には太平洋がある。内湾と外洋では水温をはじめとした生育環境が異なるため、イワシの産卵の時期がちがう。そのため、ほかのエリアよりもしらす漁期が長いのだ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">一分一秒が勝負。しらすの命は鮮度にあり</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full is-resized"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/IMG_2002-1.jpg" alt="" class="wp-image-40033" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/IMG_2002-1.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/IMG_2002-1-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/IMG_2002-1-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>


<p>現在、マル伊商店がメインで取り扱っているしらすは、地元･師崎漁港（もろざきぎょこう）で水揚げされると、すぐに自社工場に運ばれてくる。しらすはとにかく足が早く、朝、水揚げされたものは夕方にはかなり鮮度が落ちて、臭いが出てくる。漁獲量が多い南知多では、<strong>その日のうちに生のままのしらすを全量消費することが難しく、しらす干しや佃煮などの日持ちする商品に加工して出荷する必要があった。</strong>同社でも「生しらす」はすぐに販売できる範囲でしか扱わず、「釜揚げしらす」「しらす干し」「ちりめんじゃこ」といった加工品を中心に製造し、全国各地のスーパーなどへ流通させていたのだが、とあるオリジナル商品の誕生により、しらす業界でも一目を置かれる存在となる。</p>



<h2 class="wp-block-heading">「生炊きしらす」は、しらすの食感とうまみを生かした佃煮</h2>


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<figure class="aligncenter size-full is-resized"><img decoding="async" width="451" height="301" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/29d3bc99193cb0b837fb8cc53f050ae5.jpg" alt="" class="wp-image-40036" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/29d3bc99193cb0b837fb8cc53f050ae5.jpg 451w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/29d3bc99193cb0b837fb8cc53f050ae5-300x200.jpg 300w" sizes="(max-width: 451px) 100vw, 451px" /></figure></div>

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<figure class="aligncenter size-full is-resized"><img decoding="async" width="825" height="550" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/batch_IMG_2613-1.jpg" alt="" class="wp-image-40037" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/batch_IMG_2613-1.jpg 825w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/batch_IMG_2613-1-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/batch_IMG_2613-1-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 825px) 100vw, 825px" /></figure></div>


<p>マル伊商店は1908年に創業した水産物の加工会社。地元･三河湾や近隣の伊勢湾、そして太平洋で獲れる水産物を加工･販売しており、1991年には直売所もオープン。その後は自社ブランドの製品開発にも力を入れてきた。なかでも看板商品となっているのが<strong>「生炊きしらす」</strong>。耳なじみのない商品名だが、<strong>生のまま炊き上げたしらすの佃煮</strong>のことで、2009年には農林水産大臣賞を受賞した逸品だ。</p>



<p>一般的にしらすの佃煮と言えば、釜揚げしらすのように、加熱処理を行ったしらすをタレと一緒に煮詰めて作られる。だが、生炊きしらすの場合は火を通していない、文字通り“生”の状態のしらすをそのままタレと一緒に煮詰めていく。そうすることで、しらす本来の味をそのまま生かすことができるのだという。「一度茹でると、魚なのでどうしてもだしが出てしまう。生から炊くことで魚本来の味がしっかり残るんです。臭みも出ないですし、柔らかい食感が好評です」と坂下さんは胸を張る。</p>



<h3 class="wp-block-heading">“よくある佃煮”とは違う、その製法を知る</h3>


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<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/marui_17-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-40040" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/marui_17-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/marui_17-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/marui_17-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/marui_17.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>


<p>しらすのような小さい魚を、生から炊き上げるのは難しいと言われている。生の状態だと魚が含んでいる水分が多く、形が崩れやすいからだ。最初にしらすよりも大きくて鮮度持ちがよく、南知多でも多く取れるイカナゴを使って生炊きの佃煮を作ってみると、無事に成功した。しかし、イカナゴの漁期は短く、量産には適していなかった。そこで漁獲量が多く、漁期も長いしらすを使った生炊きの佃煮を作ることにした。</p>



<p>しかし、開発当初は失敗の連続。まずは小さな家庭用の鍋から試作を重ね、しらすが煮崩れず、タレの味がしっかりとついた納得の仕上がりになるまで試行錯誤したそうだ。形を崩さずに炊きあげるためには適切な火力が必要だが、それ以上に最も重要なことは鮮度だという。鮮度が落ちたものはすぐに形が崩れる。だから、目の前で揚がった新鮮なしらすを1分1秒でも早く加工しなければならないのだ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">試行錯誤の末に生まれた逸品</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="683" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/marui_34-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-40043" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/marui_34-1024x683.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/marui_34-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/marui_34-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/marui_34.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>


<p>そうした試行錯誤の末に生まれた生炊きしらす。タレはしょうゆと清酒、本みりん、砂糖のみを使って、その日使う分だけを調合している。佃煮によく用いられる増粘剤や、その代替品となる水あめは一切使用しない。魚本来が持つ味と食感を損なわないためだ。無添加にもこだわっていて、着色料･保存料の類も使用していないという。タレに含まれる砂糖が保存料の役割を果たしているため、冷蔵で2か月間は持つそうだ。</p>



<p>口に含むと、その柔らかさに驚く。そして、タレの甘みの中にしっかりとしらすが持つ魚本来のうまみが残っている。1尾1尾がしっかりと形を留めているからか、ぷりっとした食感も特徴だ。食べやすさと甘めの味つけが、子どもから大人まで幅広い世代に受け入れられている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">気候変動、燃料高騰。過渡期を迎えつつある水産業</h2>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="683" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/marui_30-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-40044" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/marui_30-1024x683.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/marui_30-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/marui_30-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/marui_30.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>


<p>マル伊商店は地元･南知多で水揚げされた魚の加工･販売だけではなく、冷凍技術を使った輸出なども行っている。坂下さんが4代目として事業を継承してからは、取り扱う魚を南知多以外からも仕入れるようになった。そこには昨今の気候変動による影響がある。坂下さんは「昔は取れていた魚が取れなくなってきたり、今までは取れなかった魚が混ざっていたり。今後10年で、さらに変化すると思う」と、魚が徐々に移動している現状を語る。魚は動くが、漁師たちは自分の漁場から動くことはできない。加工業者にとっても、一度投入した大型の設備をすぐには刷新できない。</p>



<h3 class="wp-block-heading">水産関連業者の未来を考える</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-full is-resized"><img decoding="async" width="782" height="521" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/batch_IMG_2833-13.2.png" alt="" class="wp-image-40047" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/batch_IMG_2833-13.2.png 782w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/batch_IMG_2833-13.2-300x200.png 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/batch_IMG_2833-13.2-768x512.png 768w" sizes="(max-width: 782px) 100vw, 782px" /></figure></div>


<p>自然を相手にする漁業と、水揚げされた魚で商売をする水産加工業にとって、気候変動は避けては通れない問題だ。同時に、エネルギー価格の高騰による燃料費の値上げも事業を圧迫している。そんな中、坂下さんは水産関連業者の将来について、「養殖」が1つのキーワードになると考えている。</p>



<p>「今、資金力がある大きな会社で、養殖に参入するところが増えているんです」という坂下さん。水産関係ではなかった企業も参入しているのが現状だそうだ。漁獲量は減りつつあるが、世界人口がこれからも増え続けることで魚の需要が増えることを見越しているのではないかと坂下さんは分析する。あるものを捕る漁業から、自分たちで作る漁業に。そんな未来がすぐそこまで来ているのかもしれない。</p>



<h3 class="wp-block-heading">苦難の状況を打破することが経営の醍醐味</h3>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/marui_37-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-40050" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/marui_37-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/marui_37-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/marui_37-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/marui_37.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure></div>


<p>苦境ばかりに思える水産業だが、坂下さんは誇りを抱いている。漁獲量は毎年変化し、豊漁の年もあれば、不漁の年もある。それでも目の前にある商材をどう生かし、需要に応えていくかを考えるのが経営の醍醐味だと考えているからだ。「地元で魚が獲れなくなったら、どういうところの魚を使って、どんな商売にしていくのかを考えるのが楽しいところです」と坂下さんは笑う。 そして、生炊きしらすはそんな坂下さんのマインドを下支えしている。「自分たちの商品は、誰もが作り出せるものではない。自分たちにしか作れないからこそ、食べてもらったときのお客さんの反応を見ると、やりがいを強く感じます」。苦境の時代だからこそ輝く。坂下さんからどんなアイディアが飛び出すのか、注目したい。</p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img decoding="async" width="1024" height="683" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/48241842cd5b66fbcff7ec143eea7d1e-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-47802" style="width:825px;height:550px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/48241842cd5b66fbcff7ec143eea7d1e-1024x683.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/48241842cd5b66fbcff7ec143eea7d1e-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/48241842cd5b66fbcff7ec143eea7d1e-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/07/48241842cd5b66fbcff7ec143eea7d1e.jpg 1200w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /><figcaption class="wp-element-caption">マル伊商店 代表取締役 坂下史朗さん</figcaption></figure></div>


<p>私たちがここまで成長できたのも、三河湾や伊勢湾、太平洋の豊かな恩恵があるからこそ。「”南知多の名産“となって、地域を盛り上げたい」との思いを胸に挑戦することを忘れず、これからも地元産の海の恵みを中心に、よりおいしい状態で食卓へ届けることを第一に考えていきます。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/40024/">しらすのうまみを閉じ込めた「生炊きしらす」の生みの親「マル伊商店」／愛知県南知多町</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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			</item>
		<item>
		<title>名古屋みやげ筆頭。青柳ういろう「もっと愛されるために」五代目長男の新たな挑戦／愛知県名古屋市</title>
		<link>https://nihonmono.jp/article/39988/</link>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 26 Jan 2024 01:00:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
		<category><![CDATA[名古屋市]]></category>
		<category><![CDATA[ういろう]]></category>
		<category><![CDATA[お土産]]></category>
		<category><![CDATA[青柳総本家]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/top-3.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>名古屋みやげの代表格ともいえる青柳総本家の「青柳ういろう」だが、ルーツは中国にあるといわれる。ういろうがどのように始まり、名古屋みやげの定番として人気を博すようになったのか。そのルーツやブランド拡大の立役者、また青柳総本 [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/39988/">名古屋みやげ筆頭。青柳ういろう「もっと愛されるために」五代目長男の新たな挑戦／愛知県名古屋市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/top-3.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>名古屋みやげの代表格ともいえる<a href="https://www.aoyagiuirou.co.jp/" title="">青柳総本家</a>の「青柳ういろう」だが、ルーツは中国にあるといわれる。ういろうがどのように始まり、名古屋みやげの定番として人気を博すようになったのか。そのルーツやブランド拡大の立役者、また青柳総本家の新たなチャレンジに迫る。</p>



<h2 class="wp-block-heading">600年以上前に中国から伝わった、ういろう</h2>



<figure class="wp-block-image size-full is-resized"><img decoding="async" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/5e93c36071a3ccd8a3a67c2b79520d5f.jpg" alt="" class="wp-image-39995" width="899" height="598" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/5e93c36071a3ccd8a3a67c2b79520d5f.jpg 601w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/5e93c36071a3ccd8a3a67c2b79520d5f-300x200.jpg 300w" sizes="(max-width: 899px) 100vw, 899px" /></figure>



<p> </p>



<p>そもそも「ういろう」と聞いて、どんなものを思い浮かべるだろうか。多くの人はつるんとした見た目の和菓子を思い浮かべるだろうが、若い世代では「どんなものかさっぱりわからない」という人も少なくはないという。</p>



<p>ういろうは、愛知県･名古屋のみやげとして長年愛されている和菓子だ。米粉やわらび粉、小麦粉などに砂糖や水、でんぷんを混ぜて蒸している。名古屋のみやげとして真っ先に挙がるものの１つであることから地元では名古屋発祥と思われがちだが、実はルーツは中国だといわれる。</p>



<p>日本に持ち込んだのは、室町時代に中国（当時は「元」の時代）の医術に通じ、薬を調達する役職に就いていた陳延佑という人物。元が明に滅ぼされ、陳氏は日本に亡命。日本に帰化した際に、元王朝時代の役職をもとに陳外郎（ちんういろう）と名乗るようになり、外郎家という名が定着していった。医術に長けていた陳氏が日本で売るようになった薬が良く効くと評判になり、当時の将軍･足利義満氏の招聘で息子の陳外郎大年宗奇氏が京都に移り住んだ。朝廷の接待役を務めていた際に、接待のお茶請けとして出していたお菓子がういろうと呼ばれるようになったとか、<strong>薬の苦味を和らげるために作ったお菓子がういろう</strong>と呼ばれるようになったなど、その辺りは諸説あるとされる。</p>



<p>後に、小田原に城を築く北条早雲氏に招かれ、小田原城下に移り住んだ外郎家。以後、小田原で薬とお菓子を作り続け、<strong>現在も小田原城下町で「株式会社ういろう」として受け継がれる</strong>とともに、日本の他の地域でもういろうが作られるようになったという。</p>



<h3 class="wp-block-heading">名古屋駅構内やホームでの立ち売りを経て、定番みやげに</h3>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="683" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/IMG_2451-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-39998" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/IMG_2451-1024x683.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/IMG_2451-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/IMG_2451-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/IMG_2451.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p> </p>



<p>となると、日本においての<strong>先駆けは神奈川県の小田原市</strong>となるのだが、なぜういろうが名古屋みやげの定番として知られるようになったのか。<strong>そこに青柳総本家の奮闘が隠されているのだ。</strong>青柳総本家はそもそも、明治12年に蒸し羊羹業として創業した。その後二代目が東京でういろうの作り方を教わったことから、ういろうの製造も始めるようになった。</p>



<p>転機となったのは、三代目の後藤為彦さんが、それまで簡易包装により賞味期限が翌日ないし当日だったところを「より多くの人に楽しんでもらいたい」と考え、<strong>日持ちするような製造と包装技術を確立した</strong>ことだ。それにより、為彦さんはJR名古屋駅（当時は国鉄）構内やプラットホームで、初めてういろうの立ち売りを始めることとなった。<strong>後にういろうが名古屋名物となるきっかけとなった</strong>のだ。</p>



<p>努力はチャンスも呼び込んだ。その２年後となる<strong>1964年に東海道新幹線が開通</strong>。構内販売やプラットホームに加えて、青柳ういろう１店だけが車内販売の許可を得てういろうを販売するようになり、名古屋みやげとしての存在を加速させたのだ。</p>



<h2 class="wp-block-heading">名古屋のういろうは米粉が主原料</h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="941" height="627" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/image-1.png" alt="" class="wp-image-39999" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/image-1.png 941w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/image-1-300x200.png 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/image-1-768x512.png 768w" sizes="(max-width: 941px) 100vw, 941px" /></figure>



<p> </p>



<p>ういろうは実は、小田原や名古屋だけでなく、三重県伊勢市、山口県、徳島県など各地で名産品となっており、材料や特徴も地域により異なる。ようは、でんぷんに砂糖や水を加えて固めたものであればういろうに属するのだ。名古屋のういろう米粉に砂糖やでんぷん、水を練り混ぜて、蒸して仕上げる。山口県ではわらび粉を入れたり、三重県では小麦粉の割合が多かったりするそうだ。たまに羊羹と間違われることもあるが、羊羹は小豆を主原料とした餡を型に流し込み、寒天で固めた和菓子。似て非なるものである。</p>



<p>シンプルな原材料だからこそ、職人の経験がものを言う。青柳ういろうは国産の米粉を使用しているが、米を収穫した年の天候や気温によってういろうの味や舌ざわりに違いが出る。職人はその違いを見極めながら、理想の味や舌ざわりとなるよう生地を仕込んでいくのだ。湯気の立ち込めるなか、1時間かけて蒸し上がったういろうは、<strong>もっちりとしたやさしい食感と米の香りを感じさせる上品な甘さが特長</strong>となっている。</p>



<p>青柳総本家で一番売れるのは白砂糖を使ったオーソドックスなういろうだが、砂糖の代わりに黒糖や和三盆を使ったり、地元･愛知県常滑市で有名な日本酒「白老 大吟醸」を加えたものなど、味のバリエーションはさまざまだ。</p>



<h2 class="wp-block-heading">ロゴマークがモチーフとなった「カエルまんじゅう」</h2>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="683" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/IMG_2664-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-40002" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/IMG_2664-1024x683.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/IMG_2664-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/IMG_2664-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/IMG_2664.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p> </p>



<p>1989年に創業110周年を記念して作られたのが、今や看板商品のひとつである「<strong>カエルまんじゅう</strong>」。青柳総本家のロゴである柳に飛びつくカエルは不屈のチャレンジ精神を表しているのだが、そのロゴマークのカエルがモチーフとなっている。中にはこしあんが入り、カエルの目は職人が手作業で焼き印を入れている。販売した当初は売れ行きが鳴かず飛ばずだったというが、毎年売り上げを伸ばしている商品。なんとも<strong>愛らしいカエルの表情が消費者の心を捉えて離さない</strong>のだろう。</p>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/IMG_2619-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-40003" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/IMG_2619-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/IMG_2619-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/IMG_2619-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/IMG_2619.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p> </p>



<p>名古屋みやげの代表格としての地位を築いた青柳総本家だったが、コロナ禍で外出が控えられると売上に大きなダメージを受けた。そこで「みやげ以外の可能性を広げられないか」と、社内でブレインストーミングをして生まれたのが、「旅行･出張･無事カエル」「幸福･大吉･福カエル」という<strong>縁起のいい語呂合わせ</strong>。付加価値により、ニーズを広げることに成功した。また「諦めずにチャレンジする」として、受験生向けにもメッセージを届けられないか？と考えた。<strong>不屈の精神は、先祖代々脈々と受け継がれているのだ</strong>。</p>



<p>名古屋の玄関口である名古屋駅から直結するKITTE名古屋店の店舗では、カップのミルクシェイクの中にカエルまんじゅうが入り、まるでカエルまんじゅうがお風呂に入っているような見た目の「カエルのミルク風呂」なるデザートが女性心を捉えた。</p>



<p>このカエルまんじゅうをアレンジして人気を博したのが、2021年に発売した「ケロトッツォ」。この年ブームを呼んだ<strong>マリトッツォとカエルまんじゅうをかけ合わせた和洋折衷のお菓子</strong>だ。すでにマリトッツォがトレンドとして話題を集めていたなかでの商品開発だったため、稔貴さんを中心に開発は急ピッチで進められた。</p>



<p>「1ヶ月で商品化して、3ヶ月ほどの期間限定で販売しよう」最初はそんな思いでのスタートだったが、販売開始1ヶ月で1万個以上が売れるという大ヒットを記録。ケロトッツォは定番商品となり、生クリームとクリームチーズをミックスした定番商品のほかに、「苺」「ラムレーズン＆くるみ」「クリームチーズ＆レモン」のバリエーションも登場した。今後も、青柳総本家の看板を担っていく商品のひとつとなっていくだろう。</p>



<h3 class="wp-block-heading">開店前に連日行列ができた「スライムういろう」</h3>



<p>稔貴さんの新たなチャレンジは留まることを知らない。本業であるういろうにおいても、「それまでういろうを知らない人にも認知してもらい、食べてみてほしい」という思いを抱く。そんななか2022年に期間限定で開発されたのが、ゲーム「ドラゴンクエスト」の世界観が融合したういろう「スライムういろう」。定番のういろうに加えて、コラボ限定のみかん味、キウイ味の3つがセットに。フレーバーもさることながら、<strong>ドラゴンクエストの世界から飛び出してきたかのような</strong>ポップな見た目が話題を集め、開店前から店舗前に行列ができたという。</p>



<h3 class="wp-block-heading">今後は海外も視野に</h3>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="683" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/IMG_2449-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-40004" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/IMG_2449-1024x683.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/IMG_2449-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/IMG_2449-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2024/01/IMG_2449.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p> </p>



<p>餅やお米が受け入れられるような国なら、海外でもチャンスはあるかもしれない。日本でも今までのういろうのイメージを覆す食べ方のアレンジなどがあるかもしれない。「昔ながらの味や見た目に凝り固まらずに考えていきたい」と話す稔貴さんのチャレンジは、まだまだ勢いを増していきそうだ。三代目為彦さんが成しえたような変革のチャンスが訪れているのかもしれない。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/39988/">名古屋みやげ筆頭。青柳ういろう「もっと愛されるために」五代目長男の新たな挑戦／愛知県名古屋市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>愛知で生まれた料亭の味。あの白だしを家庭料理まで広めた「七福醸造」／愛知県碧南市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 11 Dec 2023 01:00:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/top-2.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>透き通った琥珀色で素材の味を引き立たせる「白だし」。現在は日本中に普及する同商品だが、この白だしを最初に作ったのは、愛知県碧南市にある「七福醸造」。社長の犬塚元裕さんは料理人の声から誕生した白だしを一般家庭に広く普及させ [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/top-2.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>透き通った琥珀色で素材の味を引き立たせる「白だし」。現在は日本中に普及する同商品だが、この白だしを最初に作ったのは、愛知県碧南市にある「七福醸造」。社長の犬塚元裕さんは料理人の声から誕生した白だしを一般家庭に広く普及させた第一人者として醸造業界でも一目を置かれている存在だ。</p>



<h2 class="wp-block-heading">碧南市（へきなん）は、豊かな水と大地に恵まれた醸造の町</h2>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/0J2A2219-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-39606" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/0J2A2219-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/0J2A2219-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/0J2A2219-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/0J2A2219.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>愛知県の中心部･名古屋市から40キロほど東南に位置する碧南市。北は油ケ淵、東は矢作川、西と南は衣浦港と、周囲を水に囲まれ、温暖な気候と風土に恵まれた土地だ。人口は7万5000人くらい。この小さな町に醤油をはじめ、日本酒、みりん、味噌など、醸造に携わるメーカーが10社以上あるというから、いかに醸造に適した場所なのかがわかる。</p>



<p>そもそも碧南市のある三河地区は、戦後の食糧難の際に醸造製品の原料となる小麦や大豆、米が安定して手に入りやすかったことや仕込みに使うための水源に恵まれていたことから醸造文化が発展してきたと考えられている。また、港に近く海運ルートが発達していたことから製品を出荷しやすい状況だったことも醸造産業が大きく飛躍した要因のひとつと言われている。</p>



<h3 class="wp-block-heading">醤油が白いのはなぜ？ 小麦の比率と発酵期間がカギ</h3>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/0J2A2238-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-39609" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/0J2A2238-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/0J2A2238-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/0J2A2238-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/0J2A2238.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>日本農林規格等に対する法律（通称･JAS法）で、濃口、薄口、再仕込み、たまり、白醤油の5種に分類される醤油。その起源は1000年以上前にもさかのぼると言われているが、文献によると白醤油に限っては登場してからまだ80年足らずとされており、ほかの醤油に比べて歴史は浅い。</p>



<p>醤油は原材料である大豆･小麦･塩･水の割合や仕込み期間の長さによって仕上がりに差が出る。白醤油は小麦を多く使い、短い発酵期間で造るため、素材本来の甘味や香りが強く感じられることが特長。また液色が薄く、料理に色が着きにくいため、見た目にこだわる料理店などではずいぶん重宝される。</p>



<p>しかし、家庭での普及率はまだまだ。濃口醤油が市場シェアの8割を占めるなか、白醤油のシェアは全体の1％にも満たない。</p>



<h2 class="wp-block-heading">白だしは料理人のリクエストがきっかけで誕生した</h2>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/0J2A2240-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-39610" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/0J2A2240-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/0J2A2240-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/0J2A2240-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/0J2A2240.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>七福醸造は1951年に白醤油専門の醸造販売会社としてスタート。ちなみに現在でも白醤油専門の醤油メーカーというのは全国でもここだけ。</p>



<p><strong>濃口醤油をはじめとした、いわゆる“黒い醤油” </strong>に比べて一般家庭での需要が低い白醤油。もちろんそれは販売シェアにも比例しているのだが、なぜ同社ではこれを専門で造ることにしたのだろうか。</p>



<p>それは、<strong>碧南市が白醤油発祥の地</strong>であり、犬塚さんの祖父で創業者の明元（あけもと）さんが創業以前に同地で学んだのが白醤油の醸造だったから、というのが一番の理由なのだとか。そもそも黒い醤油と白醤油とでは使用する小麦と大豆の比率がちがう。醤油にはそれぞれ小麦と大豆を使った麹を使用するが、黒い醤油の場合、その割合はほぼ半々。しかし、白醤油の場合、小麦と大豆の割合は9対1。ほとんどが小麦の麹だ。また、仕込み期間も異なり、黒い醤油が1〜3年かけるのに対し、白醤油は2〜3ヶ月程度と短い。小麦の麹と仕込み期間の短さ、このふたつが液色の薄さに影響する。 どちらも醸造するとなると、単純に二倍の設備が必要になるため、白醤油のシェアが低いことは当然理解していながらも「せっかく学んだし、地元発祥のものだから」という精神で白醤油醸造の道を選択し、専門の醸造メーカーを立ち上げた。</p>



<p>しかし、意図せずこれが七福醸造のこだわりと合致。</p>



<p>同社では創業時から素材にこだわり、今では白醤油の原料となる小麦・大豆は全て、有機栽培のものを使用している。そして白醤油自体、美しい見た目にこだわる割烹や料亭などの需要が大半。結果、双方のこだわりが商品価値を高め合い、本物の味を求めるプロの料理人からの引き合いが増えていったのだ。</p>



<p>とはいえ、「白醤油＝プロユースの調味料」であり、売上に関して言えば順風満帆ではなかった。しかし、味を突き詰めることをモットーに、ひたむきに白醤油と向き合い、醸造技術を磨き続けていた。</p>



<p>そんな中、同社に転機が訪れたのは1970年頃。岐阜にあるホテルの料理長から受けた相談がきっかけだった。普段は出汁を引いて冷まし、白醤油と調合させたものを使って茶わん蒸しを作っていたが、宴会などで100人前以上を調理する際、少し手間を感じていたという。そこで、旧知の仲だった犬塚さんの父(現・会長)である敦統（あつのり）さんに「宴会など団体客があるときは調合液が足りなくなったら、都度作らなければならず、時間が取られる。しかし余ったら捨てなくてはいけないので作り置きもできず、いかんせん効率が悪い。あらかじめ出汁と白醤油を一緒にしたものを作れないだろうか」と、相談を持ちかけてきたのだ。</p>



<p>それを受け、早速、茶碗蒸しに使用する調合液の開発に着手。3、4年に及ぶ試行錯誤を経て完成させたものが現在の白だしの“祖”というわけだ。</p>



<p>その使い勝手の良さから飲食業界に広まり、使われはじめた白だし。販売当初は和食料理を提供する料亭などで使われることが多かったが、次第に中国料理やイタリアンなど、ジャンルを問わず使用されるようになっていった。</p>



<h3 class="wp-block-heading">本物の味は本物の原料から</h3>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/0J2A2313-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-39617" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/0J2A2313-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/0J2A2313-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/0J2A2313-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/0J2A2313.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>ちなみに白だしのベースとなる白醤油は、有機JAS認定の小麦･大豆が主原料。そこに加える出汁は鹿児島･枕崎産のかつお節がメインで、開発当初から変わらず本枯節を使用している。出汁は関東･関西で好みがわかれることが多く、その塩梅が難しいと言われるが、独自の配合で全国どこでも受け入れられやすい風味や香りを目指した。そこに昆布としいたけの出汁、塩、そして三河産の本みりんを加えて、白だしが完成する。</p>



<h3 class="wp-block-heading">低温でじっくり引き出した小麦と大豆の旨みがベース</h3>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/0J2A2281-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-39620" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/0J2A2281-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/0J2A2281-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/0J2A2281-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/0J2A2281.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>原材料と同じくこだわっているのが製法だ。醤油は熟成期間が長くなると色が濃く出てしまう。一方で、熟成期間を短くしすぎると小麦と大豆の旨みが十分に出てこない。そこで七福醸造では仕込みの際に冷蔵タンクを使用し、低温でじっくり、ゆっくり旨みを引き出していく。犬塚さんは「冷やすと生産の効率が悪くなってしまうんですけどね。温めているところは聞くけど、冷やしているのは私たちくらいかもしれません」と話す。</p>



<p><strong>実際に、ろ過や火入れをする前の醤油をタンクからコップに注ぎ</strong>そのまま口にすると旨みと風味がダイレクトに伝わるのだが、この状態では塩度が低く旨み成分が強すぎるため、JAS規格の醤油とは呼べない。これを塩水で薄めていき、ようやく商品として売ることができるのだ。</p>



<h2 class="wp-block-heading">プロの味だからこそ、家庭料理に使ってほしい</h2>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/0J2A2370-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-39623" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/0J2A2370-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/0J2A2370-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/0J2A2370-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/0J2A2370.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>発売当時、白だしはプロの料理人のリクエストに応える形で誕生したため、飲食店向けに業務用の一升瓶で販売していた。</p>



<p>次第にこれを家でも使いたいという要望を多く受けるようになり、家庭用に少量で販売したところ、家庭でも飲食店のような料理が作れると話題になり、一気に普及していった。一方で、当時は見慣れない新しい調味料の使い方がわからずに戸惑う人も多かったという。</p>



<p>現在でも濃口醤油と比較すると、その用途を理解していない人はまだまだ多いと感じる犬塚さん。そんな時は「料理を作るときには塩を使うことがほとんどだと思うのですが、白だしを塩の代わりに使っていただけたら」と提案している。</p>



<h3 class="wp-block-heading">「白だしの元祖」という伝統と自負を胸に</h3>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/0J2A2315-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-39626" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/0J2A2315-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/0J2A2315-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/0J2A2315-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/0J2A2315.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>「醸造メーカーさんは、一般的に醤油だったり味噌だったり、一品目ではなく複数の品目を造ることが多いんです。しかし、白醤油だけを作っているのは全国でも私たちだけ」と犬塚さんは胸を張る。会社の規模が大きくなった現在でも黒い醤油を製造しない理由は、日本で唯一の「白醤油有機JAS認定工場」「白だしの元祖」という自負があるから。</p>



<p>犬塚さんは上品な香りと甘みが出て、かつ食材に余計な色を着けない白醤油や、この醸造所から生まれた白だしを一般家庭に普及させたいと意気込む。料理人の声から誕生した本格調味料と、その礎となった白醤油。醸造王国の碧南市から、プロの味を届ける。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/39598/">愛知で生まれた料亭の味。あの白だしを家庭料理まで広めた「七福醸造」／愛知県碧南市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>伝統と個性の融合で新たな世界を切り開く陶芸家･山口真人さん／愛知県瀬戸市</title>
		<link>https://nihonmono.jp/article/39546/</link>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 08 Dec 2023 01:00:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/IMG_1751.54-1024x819-1.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>愛知県瀬戸市の陶芸家･山口真人さんは、日本の伝統的な図案を作品に落とし込んだ独自の技法「琳派織部（りんぱおりべ）」で人気を集めている。琳派織部は、大胆かつ華美な「琳派」と鮮やかな「織部焼」をかけ合わせた新たな表現だ。 1 [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/IMG_1751.54-1024x819-1.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>愛知県瀬戸市の陶芸家･山口真人さんは、日本の伝統的な図案を作品に落とし込んだ独自の技法「琳派織部（りんぱおりべ）」で人気を集めている。琳派織部は、大胆かつ華美な「琳派」と鮮やかな「織部焼」をかけ合わせた新たな表現だ。</p>



<h2 class="wp-block-heading">1000年の時を焼き物とともに過ごしてきた街･瀬戸市</h2>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="683" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/IMG_1746-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-39553" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/IMG_1746-1024x683.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/IMG_1746-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/IMG_1746-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/IMG_1746.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>愛知県の尾張北東部に位置する瀬戸市。日本六古窯のひとつである「瀬戸焼」は1000年以上の歴史を持つとされている。瀬戸で採れる土は、鉄分をほとんど含んでおらず、焼成しても赤くなることはない。白く美しい輝きを放つ素地に対しては、さまざまな釉薬を使った鮮やかな絵付け、焼き物自体への模様の掘り込み、そして転写による複雑な文様の再現も可能で、その表現方法は多岐にわたる。デザインの自由度に加え、耐光性や耐火性も高いことから、幅広い陶器が焼かれるように。そうして、瀬戸焼は日本全国に普及していった。そんな焼き物の里･瀬戸市の穏やかな森の中に山口真人さんの工房はある。</p>



<h3 class="wp-block-heading">山口さん独自の世界観を表現する「琳派織部」</h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="940" height="627" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/image.png" alt="" class="wp-image-39578" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/image.png 940w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/image-300x200.png 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/image-768x512.png 768w" sizes="(max-width: 940px) 100vw, 940px" /></figure>



<p>この工房で作られているのは、鮮やかな緑色を放つ釉薬を使った「織部焼」。なかでも代表作である「琳派織部」は、金や銀を使った大胆かつ雄大で華美な作風で桃山時代後期ごろから栄華を極めた「琳派」と「織部焼」をかけ合わせた山口さんのオリジナル作品。もちろん、琳派織部という名称も山口さんが考案した造語だ。</p>



<p>もともと、絵を描くのが好きだったという山口さん。織部焼の中で自分の個性を表現するため、「誰もやらないことをしよう」「日本の歴史上の文様を取り入れたものを作ろう」と思い立ち、制作を重ねるうちに現在の作風にたどり着いたという。</p>



<h3 class="wp-block-heading">建築家への道も考えたが…　作陶の道へ</h3>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="683" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/IMG_1813-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-39559" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/IMG_1813-1024x683.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/IMG_1813-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/IMG_1813-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/IMG_1813.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>この工房で作られているのは、鮮やかな緑色を放つ釉薬を使った「織部焼」。なかでも代表作である「琳派織部」は、金や銀を使った大胆かつ雄大で華美な作風で桃山時代後期ごろから栄華を極めた「琳派」と「織部焼」をかけ合わせた山口さんのオリジナル作品。もちろん、琳派織部という名称も山口さんが考案した造語だ。</p>



<p>もともと、絵を描くのが好きだったという山口さん。織部焼の中で自分の個性を表現するため、「誰もやらないことをしよう」「日本の歴史上の文様を取り入れたものを作ろう」と思い立ち、制作を重ねるうちに現在の作風にたどり着いたという。</p>



<h3 class="wp-block-heading">建築家への道も考えたが…　作陶の道へ</h3>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="683" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/IMG_1764-1-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-39562" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/IMG_1764-1-1024x683.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/IMG_1764-1-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/IMG_1764-1-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/IMG_1764-1.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>山口さんの作品は花器と茶器が多いそうだ。土は、岐阜県で盛んな美濃焼で使われる土と、瀬戸で採れた土を混ぜて使っていて、磁器の元になる石は使用していない。美濃の土はケイ酸を多く含んでおり、釉薬のツヤを増す効果があるという。一方で、瀬戸の土はマットな仕上がりが特徴だ。山口さんは美濃の土を7割ほど使ったものをベースに、作品に合わせて土の配合を調整している。</p>



<p>山口さんのこだわりは、釉薬の元になる灰にも。独特の色やざらつきを表現するため、灰選びは欠かせない要素だ。「もともとの樹木が生えている場所が10メートル離れているだけでも、成分が違うこともあるんです。灰はものすごく繊細。だから面白いんです」と山口さんは話す。</p>



<h3 class="wp-block-heading">大胆さを生む「直感」</h3>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="683" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/IMG_1877-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-39565" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/IMG_1877-1024x683.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/IMG_1877-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/IMG_1877-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/IMG_1877.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>花器の制作風景を見せてもらった。山口さんの作品でよく見られる大胆なうねりは、ピアノ線でざっくりと土を落とすことで生まれていた。山口さんは「真っすぐだとつまらない。僕は考えすぎるとよくないので、直感です」と話しながら、土を削っていく。工房内には、他にも大きなヘラやカンナなど、作品を生み出すための道具がズラリ。</p>



<p>ある程度の形が決まったら、今度は土の粉を表面に振りかける。そうすることで、表面のざらついた質感をより表現できるという。</p>



<h3 class="wp-block-heading">人間が触った痕跡を残さないかっこよさ</h3>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="683" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/IMG_1948-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-39568" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/IMG_1948-1024x683.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/IMG_1948-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/IMG_1948-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/IMG_1948.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>山口さんはさらに花瓶の高台部分の土をちぎり、大きな動きをつけると、その箇所をバーナーで直接炙る。バーナーで焼くと自然な割れかたになる、という山口さん。「ちぎった感じがなくなって、地面がひび割れたような自然さが出る。人間が触ったという感じが出ないほうが、かっこいいじゃないですか」と話す。</p>



<p>山口さんによると、花器などは口を作るのが難しいそうだ。道具を使うのではなく、どうしても手で作業することが多いからだ。「人が触った感じが一番出ちゃうんですよね」と苦笑いを浮かべる。</p>



<h2 class="wp-block-heading">織部焼の親･古田織部と山口さんの共通点</h2>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="683" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/IMG_1766-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-39571" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/IMG_1766-1024x683.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/IMG_1766-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/IMG_1766-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/IMG_1766.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>織部焼といえば、戦国時代から江戸時代にかけて名を馳せた武将であり茶人だった古田織部が好んだことから名づけられたと伝わっている。織部焼の鮮やかな色遣いは、いわゆる“侘び寂び”とは対極のように見えるが、じつは織部焼の祖･古田織部は師匠である千利休から「人と違うことをしなさい」と教えられていたと言われ、派手なものや新しいものを好んでいたそうだ。</p>



<p>「誰もやらないことをしよう」と思い立ち、琳派織部を確立した山口さんと古田織部には似通ったところがあるのかもしれない。</p>



<h3 class="wp-block-heading">「アートとしての工芸品」の価値を高めていく</h3>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="683" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/IMG_1976-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-39574" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/IMG_1976-1024x683.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/IMG_1976-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/IMG_1976-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/IMG_1976.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>現在は日本国内の百貨店やギャラリーで個展を開いている山口さん。織部焼だけではなく、鮮やかな青が目を引く「御深井焼（おふけいやき）」をアレンジしたシリーズも人気を博している。「自分が作ったものを評価されて、次のステージに上がっていくのがうれしいですね」と話す山口さんが、次に目指すステージは世界だという。山口さんは「大きな作品を作る技術を高めていきたい」と目を輝かせ、「アートとしての工芸品の道をなんとか切り開いていきたい」と力強く意気込んだ。</p>



<p>1000年の歴史を持つ瀬戸から生まれた、陶芸界の風雲児。山口さんが生み出す新たな世界観から、これからも目が離せない。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/39546/">伝統と個性の融合で新たな世界を切り開く陶芸家･山口真人さん／愛知県瀬戸市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>みりんの可能性を追い求めて。三河みりんの老舗「角谷文治郎商店」の挑戦／愛知県碧南市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 07 Dec 2023 01:00:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/0J2A2212-1024x683-1.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>1910年に愛知県南東部の碧南市で創業したみりんの醸造メーカー「角谷文治郎商店」。米本来のうまみを引き出すことにこだわり、丁寧に醸造された「三州三河みりん」は、2016年に開催された「伊勢志摩サミット」にて前菜･炊き合わ [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/0J2A2212-1024x683-1.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>1910年に愛知県南東部の碧南市で創業したみりんの醸造メーカー「角谷文治郎商店」。米本来のうまみを引き出すことにこだわり、丁寧に醸造された「三州三河みりん」は、2016年に開催された「伊勢志摩サミット」にて前菜･炊き合わせに使用され、各国首脳に振る舞う料理の味を高める一助となるなど、料理のプロからも評価されている。これを醸造しているのが、角谷文治郎商店の3代目社長を務める角谷利夫さん。長年みりん醸造に携わってきた同氏が次のステップとして見据えているのは、みりんの可能性をより一層広げ、海外も視野に入れた展開だ。</p>



<h2 class="wp-block-heading">愛知県で「みりんを極める」　角谷文治郎商店のこだわり</h2>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/0J2A2065-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-39520" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/0J2A2065-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/0J2A2065-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/0J2A2065-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/0J2A2065.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>碧南（へきなん）市は、愛知県南東部の三河湾に面した人口約7万人の小さな町だ。東に矢作川、西に知多半島を臨み、豊富な水源と温暖な天気に恵まれたこの穏やかな土地で、角谷文治郎商店は100年以上、みりんと向き合い続けている。角谷文治郎商店が生み出した看板商品「三州三河みりん」は、もち米のおいしさを醸造という技のみで引き出した本みりん。上品な甘さ、旨み、そして照りとツヤが素材をより輝かせる調味料。角谷さんは「この歳になると、みりんをたくさん売るのではなくて、みりんのおいしさを皆さんにより一層伝えたいと考えるようになりました。それこそが今、自分が目指す『みりんを極める』というゴールです」と話す。</p>



<h3 class="wp-block-heading">みりんが日本人の食事に最適な調味料である理由</h3>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="683" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/34dc1516902aae0d0c5992cca50b3c67-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-39590" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/34dc1516902aae0d0c5992cca50b3c67-1024x683.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/34dc1516902aae0d0c5992cca50b3c67-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/34dc1516902aae0d0c5992cca50b3c67-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/34dc1516902aae0d0c5992cca50b3c67.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>みりんは戦国時代に飲料用の酒として誕生したと言われている。調味料として使われるようになったのは江戸時代ごろ。人々は料理に甘さを求めるようになったが、当時は砂糖がまだ高級品だった。そこで、砂糖よりも安価で日本人に身近な「米」に由来する甘味を持つみりんが使われるようになった。みりんは、食材に甘さを加えたり、照りを出すだけではなく、加熱した際にみりんに含まれるアルコールが臭み成分と一緒に蒸発する「共沸効果」、醸造により生まれる香気による肉や魚の生臭さを消す「マスキング効果」がある。そのため、魚が多く食べられていた日本において、調味に加え、魚の生臭さまで抑えることができるみりんは食卓での市民権を獲得し、広く普及していった。</p>



<p>また、みりんは高い保水性を持ち、食材から水分が出すぎてしまうのを防ぐ。近年では、その保水性に注目し、みりんをパン作りに取り入れるベーカリーも登場。実際、焼き上げてからも水分が留まることでパンが目減りせず、しっとりと仕上がったそうだ。</p>



<h2 class="wp-block-heading">みりん作りは醸造文化の副産物</h2>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/0J2A2168-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-39524" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/0J2A2168-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/0J2A2168-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/0J2A2168-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/0J2A2168.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>豊かな水源に囲まれた三河地方では、米や麦、大豆などを手に入れやすく、200年以上前から醸造業が盛んだった。物流の拠点となる港も築かれ、全国からさまざまな業者が出入りするようになったことで、ここで造られた醸造品が全国各地に運び出され、醸造産業はさらなる発展を遂げていった。</p>



<p>江戸時代末期から明治時代にかけては、日本酒の名産地である灘（神戸）や伏見（京都）にも負けない酒処として名を馳せるほどに。これにより酒づくりの過程で生成される酒粕が手に入りやすいことから、その酒粕を集めて造った粕取り焼酎が三河地方のみりん醸造に用いられるようになった。</p>



<p>このことからも分かるように、みりんは焼酎、もち米、米麹を仕込んで造られる。その過程でも、酒づくりと同じように粕が出る。角谷さんによると、先代の時代にはそれらの粕を廃棄せずに名古屋の漬物屋などに販売していたそうだ。そして、その売り上げで翌年の米を仕入れていたという。「粕をただ捨ててしまうのではなく、重宝して高く買ってくれるところがあったからこそ、当時から贅沢で上質なみりん造りができたのではないでしょうか」と角谷さんは話す。最初は粕の取引だけだった漬物屋とも次第に関係性が構築されていき、同社が製造するみりんを使用した製品を製造してみようと考える店も現れた。名古屋市の老舗漬物店もそのひとつ。同店の奈良漬けにも角谷文治郎商店のみりん粕は使用され、地元愛知県を代表する名産品の人気を支える重要なファクターとなっている。</p>



<h3 class="wp-block-heading">長く醸造させるから、味にまとまりが出る</h3>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="683" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/c0f488a30b07173ee4087374a23421df-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-39591" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/c0f488a30b07173ee4087374a23421df-1024x683.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/c0f488a30b07173ee4087374a23421df-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/c0f488a30b07173ee4087374a23421df-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/c0f488a30b07173ee4087374a23421df.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>蒸したもち米を、米麹、焼酎と一緒に長い時間をかけて仕込、醪（もろみ）熟成させるのが、みりん作りにとって大切な工程だ。米麹によって米のデンプンはブドウ糖に、タンパク質はアミノ酸に分解され、甘く、そして旨くなっていく。自家蒸留にこだわっている焼酎焼酎により、みりんの味わいが豊かになる。そうして仕込みタンクの中で約3か月熟成させた後に搾り、さらに熟成させる。仕込んでから1年以上の期間を経て熟成することにより味が整い、ようやくみりんとして完成する。</p>



<p>熟成させた醪を搾った段階ですでに3ヶ月月もの時間を費やしているのに、さらに熟成させるのには理由がある。圧搾された直後のみりんは、ブドウ糖の甘さ、アミノ酸の旨み、そして仕込みに使った焼酎の辛さが混ざり合い、味がバラついているのだ。そこで、にごりをとるための滓下げ（おりさげ）も兼ねて熟成させることで味がまとまり、よりまろやかになるよう仕上げている。</p>



<h3 class="wp-block-heading">本みりん、みりん風調味料の違い</h3>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/9ed9791820f1b44797eebedda746cf04-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-39592" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/9ed9791820f1b44797eebedda746cf04-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/9ed9791820f1b44797eebedda746cf04-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/9ed9791820f1b44797eebedda746cf04-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/9ed9791820f1b44797eebedda746cf04.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>じっくり時間をかけて熟成することで、米のおいしさを最大限に引き出した本みりん。仕込みにはアルコール度数が40度以上ある焼酎を使うため、できあがりの度数は14度前後になる。酒税法では「酒類」に分類され、販売の際には酒税がかかる。</p>



<p>一方、スーパーなどで多く売られている安価な「みりん風調味料」は、米麹とブドウ糖、水あめなどの糖類、うまみ調味料、香料などをブレンドした調味料で、アルコール度数は1％未満。醸造にかかる手間も少なく、酒税もかからないので安く手に入れることができる。よく知らないと、その違いがわかりづらいみりん風調味料と本みりんだが、それぞれを使用して仕上げた料理の味には大きな差が出るという。</p>



<p>料理に甘みをプラスするという作用自体はどちらにも共通するものだが、本みりんに含まれるアルコールには、煮崩れ防止効果や、素材に味を染みこませたり、ほかの調味料の味を浸透させる効果もある。「本みりんを使うだけで料理の格が上がる」とよく言われる理由がよくわかる。安価で気軽に入手できるみりん風調味料が広く普及している現代だからこそ、角谷文治郎商店は“料理に差がでる”本みりんにこだわり、その伝統の味を守り続けている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">世界中で使われる調味料に</h2>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/0J2A2087-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-39530" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/0J2A2087-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/0J2A2087-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/0J2A2087-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/0J2A2087.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>「みりんを極める」。角谷さんはこの言葉を繰り返す一方で、「極めた先で事業が細くなっていったのでは、経営が成り立たない」とも話す。首都圏の問屋を中心に三州三河みりんを売り込み、さらには海外の商談会にも積極的に足を運び、洋食におけるみりんの活用法などを発信している。「みりん＝和食の調味料」というイメージを払拭することこそが、みりんの将来を大きく切り拓くことになると考えているからだ。角谷さんは、みりん風調味料が主流になってしまう前に、醸造という技によって造られる本みりんを世界に広めたいと意気込む。</p>



<h3 class="wp-block-heading">「もち米のリキュール」としての価値を高める取り組み</h3>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="768" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/DSC_0373-1024x768.jpg" alt="" class="wp-image-39593" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/DSC_0373-1024x768.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/DSC_0373-300x225.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/DSC_0373-768x576.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/DSC_0373.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>角谷さんは、みりんを「もち米のリキュール」と呼ぶ。米の甘さや旨さを焼酎の中で引き出している醸造方法に誇りを持っているからに他ならない。そして、和食のためだけの調味料というイメージを変えたいから。</p>



<p>また、リキュールと呼ぶことで、さまざまなジャンルの料理に取り入れやすい狙いもある。これまでも有名シェフに依頼して、フレンチなどにみりんを使用してもらい、みりんの可能性を探ってきた。</p>



<p>そんな努力を積み重ねてきた角谷さんは、みりんが持つ米由来の旨みや、熟成によって加えられたフレーバーが、徐々に世界から認められつつあると胸を張る。だが、フランスのパティシエがチョコレートにみりんを使ったときは、さすがに少し驚いたそうだ。「聞いたときは意外だなと感じましたよ。でも、お米のリキュールですからね。リキュールだと考えれば、スイーツにも十分通用していくはずです」。</p>



<h3 class="wp-block-heading">安全な原料を使うことが、生産者の将来につながる</h3>



<figure class="wp-block-image size-full is-resized"><img decoding="async" width="602" height="401" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/69a55172bef5b64aff102dc95f8647cb-1.jpg" alt="" class="wp-image-39538" style="width:899px;height:599px" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/69a55172bef5b64aff102dc95f8647cb-1.jpg 602w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/12/69a55172bef5b64aff102dc95f8647cb-1-300x200.jpg 300w" sizes="(max-width: 602px) 100vw, 602px" /></figure>



<p>角谷文治郎商店では、国内産の有機米を原料にした「有機三州味醂」も生産している。国産の有機米のみを使って伝統製法で造られた同製品は日本初の有機みりん。オーガニックという言葉が普及するずっと前から造られているが、現在に至っても有機米でみりんを製造しているメーカーはほぼない。甘みの強い三州三河みりんに比べると、有機ならではのやさしくやわらかい味わいと、米本来の果実のような香りが特長。やさしさ故、舌に乗せた際にアルコールの存在感がほかの製品より強く感じられるのも、この製品ならではだ。</p>



<p>2000年にはオーガニック認証も取得。当初はみりんを造るために必要な大量の有機米を確保するのに骨が折れたと言うが、それでもこだわりを持って取り組み続けてきた。「日本に脈々と受け継がれてきた田んぼや畑で収穫されたものを食べることや使うことは、その地域の環境保全にもつながるんですよね。そこで採れたものを食べてくれる人がいなければ、農家さんも不安になるわけです。私たちが『その土地で収穫されたから食べる』という意思表示をすることで、農家さんも安心して野菜や米を作れる。そして、そこに続く後継者さんも育つと思っています」と話す角谷さん。</p>



<p>愛知県三河地方の水と気候に恵まれた土地、豊かさゆえに発展した醸造文化、そしてその副産物から始まったみりん造り。この財産を伝え続けるため、角谷さんの挑戦は続く。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/39507/">みりんの可能性を追い求めて。三河みりんの老舗「角谷文治郎商店」の挑戦／愛知県碧南市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>愛知県岡崎市の老舗酒造「丸石醸造」が新しい日本酒銘柄「二兎」を生み出した理由／愛知県岡崎市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 26 Nov 2023 01:00:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/top-1.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>愛知県岡崎市に蔵を構える丸石醸造。創業1690年と酒蔵として330年以上の歴史があり、「三河武士」をはじめ、「徳川家康」「長誉」など、江戸時代から続く銘柄を醸す酒造だが、2015年、新たな看板商品となる銘柄「二兎（にと） [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/top-1.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>愛知県岡崎市に蔵を構える丸石醸造。創業1690年と酒蔵として330年以上の歴史があり、「三河武士」をはじめ、「徳川家康」「長誉」など、江戸時代から続く銘柄を醸す酒造だが、2015年、新たな看板商品となる銘柄「二兎（にと）」を誕生させた。300年以上の歴史を持つ老舗の酒蔵が、新しい日本酒ブランドを立ち上げた理由とは。</p>



<h2 class="wp-block-heading">徳川家康の生誕地･愛知県岡崎市での酒造り</h2>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/0J2A1005-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-39333" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/0J2A1005-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/0J2A1005-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/0J2A1005-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/0J2A1005.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>愛知県のほぼ中央に位置する岡崎市は、<strong>徳川家康生誕の地</strong>として有名な岡崎城の城下町として栄えてきた都市だ。市内に流れる約20の河川は中央アルプスに端を発する矢作川の支流として、各地域に水資源を届けてきた。丸石醸造の酒造りにも、矢作川の伏流水が利用されている。<br></p>



<p>丸石醸造の創業は1690年。徳川綱吉五代将軍の治世下で、西で作られた日本酒が江戸へ運ばれるのを見た初代が酒蔵を建てたことが始まりだという。明治になると味噌やしょうゆの醸造、紡績、銀行など事業を拡大しながら、兵庫県の灘地方にも酒蔵を構えていった。当時は灘で造った日本酒を「長誉」、岡崎で造った日本酒を「三河武士」として販売していたという。</p>



<p>ところが太平洋戦争での岡崎空襲により、蔵のほとんどを焼失。事業を存続させるため岡崎に拠点を統合し、唯一残った味噌蔵を改修して日本酒造りに専念することになった。</p>



<h3 class="wp-block-heading">東京で売れる日本酒を目指して、試行錯誤の5年間</h3>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/0J2A1024-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-39334" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/0J2A1024-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/0J2A1024-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/0J2A1024-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/0J2A1024.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>現在、代表取締役を務める深田英揮さんはこの酒蔵の18代目。2005年に丸石醸造に入社し、全国各地の日本酒専門店へ営業に回っていた。</p>



<p>当時、同蔵で造っていたのは、「三河武士」をはじめ、3銘柄。「三河武士」は愛知県三河産の米100％で造り、愛知県内での消費が99％という地産地消の日本酒だ。丸石醸造が造る銘柄で最も歴史があり、岡崎の八丁味噌に合う甘みと酸味が際立つ味に仕上げている。大吟醸酒「徳川家康」は、全国新酒鑑評会で金賞を14回の受賞を誇る日本酒。「長誉」は古くから岡崎で日常酒として親しまれてきた銘柄。祭りなどでも多く振舞われてきた酒で、地元の飲食店では燗酒としても愛されてきた。</p>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/0J2A1032-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-39335" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/0J2A1032-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/0J2A1032-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/0J2A1032-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/0J2A1032.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>老舗の酒蔵として地元岡崎では広く知られていたとは言え、全国展開を視野に入れた際、日本各地の名だたる蔵を押しのけて取扱を拡大できるほどの認知度はなく、取扱店は思うように増えなかった。</p>



<p>その理由を酒販店にヒアリングしてみたが、コメントは散々。「徳川家康というお酒は、豊臣秀吉の町である大阪では受け入れられない」とか、「三河武士という名前だと、女性が買いにくい」といったそもそものネーミングに関することから、「甘さが立つ日本酒は、今の時代に受け入れられにくい」など、味に関することまで、厳しい声が相次いだという。</p>



<p>これを聞き、深田さんの焦りは募る一方。「このままでは蔵がつぶれてしまうのでは」という危機感を感じ、酒販店からもらった辛口なアドバイスを元に、人口とともに消費量も多い一都三県にターゲットを絞り、同エリアで好まれる新ブランドの開発を進めていった。</p>



<h2 class="wp-block-heading">分かりやすいラベルと名前で認知アップを狙う</h2>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/0J2A1008-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-39339" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/0J2A1008-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/0J2A1008-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/0J2A1008-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/0J2A1008.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>深田さんは新日本酒ブランドの立ち上げに向け、ひとまず営業的な視点からアイデアを出していった。</p>



<p>認知度を上げるためには、一度見ただけで覚えてもらえるようなネーミングや印象的なラベルデザインが必須。そこで「動物の名前ならインパクトがあるし、酔っていても記憶に残りやすいのでは」と、動物を新しい銘柄名の候補に挙げた。数ある候補の中で、深田さんがピンと来たのがうさぎ。</p>



<p>「うさぎが使われたことわざに『二兎を追うものは一兎を得ず』というものがあるが、発想を転換すれば、二兎を追う人にしか二兎を得ることはできない、つまり心から手に入れたいものは自ら追い求めなければ見つからないということではないだろうか。これぞ味も香りも秀でた欲張りな日本酒を造ろうとしている自分たちにぴったりだ」と考え、新銘柄に「二兎（にと）」という名を付け、ラベルには、二羽のうさぎをあしらった。</p>



<h3 class="wp-block-heading">コンセプトは「甘みがあって、酸味もあって、後味まで良い酒」</h3>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/0J2A1068-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-39342" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/0J2A1068-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/0J2A1068-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/0J2A1068-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/0J2A1068.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>深田さんが新ブランドのハード面を担当する一方で、ソフトというべき「味」を担当したのは、杜氏を務めていた片部州光さん。片部さんは開発がはじまって以来、複数の米農家から酒米を取り寄せ、それに5種類ほどの酵母を使い分けて試作を繰り返した。目指したのは、甘みがあって、酸味もあって、後味まで良い欲張りな酒。</p>



<p>ブランドを立ち上げた当時、日本酒業界は辛口ブームだったものの、岡崎で創業した酒造だからこそ、同地域発祥の八丁味噌を使った料理に合うよう古くから甘めに作られてきた岡崎らしい酒造りを諦めたくなかったという。</p>



<p>「甘くても酸味で締めれば、キリッとした後味になるんじゃないか」「さらっとした口当たりでありながらも水っぽくならないテクスチャーを実現するためにはどうしたら良いだろうか」などと、味や舌触り、喉越しに関する試行錯誤を重ねた。</p>



<p>それ以外にも、フレッシュさを保つために温度管理を一層厳しくしたことも従来の銘柄から改良した点のひとつだ。高温と空気という、熟成を促すファクターをいかに排除できるかを突き詰めて考えた結果、サーマルタンクを使い、0.1℃単位で温度を微調整し、低温で発酵させる醸造方法を採用。さらに常温になっても微炭酸の状態を維持してフレッシュさを損なわないよう、ガスが液中に溶け込んだ状態のまま搾ってボトリングを行うなど、同蔵がこれまで行ってこなかった新しい酒造りのスタイルに挑戦した。</p>



<h3 class="wp-block-heading">個性的なひとくちではなく、食事が楽しくなる一本</h3>



<p>かつて酒販店から指摘された自社製品のウィークポイントを受け入れ、女性も好感が持てるネーミングとデザインを心がけ、岡崎ならではの日本酒にこだわりつつも旧来のものとは一線を画す味に仕上がった二兎。</p>



<p>リリース後は、ラベルのデザインを気に入った消費者がSNSに投稿したり、女性へのプレゼントとしての需要が高まるなど、ターゲット層を中心にブランドの認知は順調に広まり、実際に口にした人からの評判も相まって消費量は右肩上がりに上がっていった。</p>



<p>こうして、二兎をきっかけに海外での展開も視野に入れていた深田さん。同銘柄をワインのように一度の食事につき一本開けられるような日本酒にしたいと考えていた。「食事をしていたら、いつの間にか一本空いた、というのが理想。温度やペアリングによって味が変化し、食事と合わせることで味が際立つような日本酒を造りたかった」と深田さん。ひとくちでわかる強烈な個性ではなく、食事の時間を楽しませてくれる酒。これこそが、生き残っていく要素と考えたという。</p>



<h2 class="wp-block-heading">酵母は変えず、米を変えることでちがいを出す</h2>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/0J2A1020-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-39345" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/0J2A1020-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/0J2A1020-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/0J2A1020-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/0J2A1020.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>現在、二兎のラインナップは10種類。酵母は変えず、酒米の種類と精米歩合を変えることで味のちがいを表現しているという。酵母を変えると香りが変わってしまい全くちがう酒にすら感じてしまうこともあるほど。そのため、酒米の種類を変えることで、香りを変えずに味に変化をつけた。使用している酒米は「雄町」「山田錦」「出羽燦々」「愛山」そして一般米の「萬歳」。</p>



<p>なかでも「萬歳」は岡崎市が大正天皇に献上していた酒米で、現在では丸石醸造でしか使っていない。ほかの酒蔵が使用しない酒米だとしても、二兎のブランディングとして三河ならではの要素は必要な要素だと考えていた。</p>



<h2 class="wp-block-heading">400年、500年と続く酒蔵を目指して</h2>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/0J2A1051-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-39348" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/0J2A1051-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/0J2A1051-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/0J2A1051-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/11/0J2A1051.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>二兎の誕生から5年。2020年に創業330年を迎えた丸石醸造だが、まだまだこの先400年、500年と続く酒蔵を目指している。「丸石醸造に入るまでは、ビールやワインばかり愛飲していて、日本酒そのものにあまり興味がなかった。だからこそ、日本酒業界の良いところも、遅れているところも俯瞰して見ることができたと思う」と深田さん。何事もそうだが、消費者がいるからこそ残っていくことができる。そのためには嗜好の変化や、流行、時代の移り変わりに逐一対応していかなければいけないと考えている。酒蔵目線ではなく消費者目線の酒造りを胸に、深田さんの挑戦は続く。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/39324/">愛知県岡崎市の老舗酒造「丸石醸造」が新しい日本酒銘柄「二兎」を生み出した理由／愛知県岡崎市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>良いお茶を追求し、茶葉の栽培から販売までを手がける「碧園 お茶の純平」/愛知県豊田市</title>
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		<dc:creator><![CDATA[devnakata]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 29 Oct 2023 01:00:59 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[「にほん」の「ほんもの」を巡る旅]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/10/top-5.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>愛知県の北部･豊田市にある「碧園 お茶の純平」は、“良い茶をより安くお客様に提供する”を社是として、茶葉の栽培から製茶、販売まで一貫し、茶業を営んでいる。1870年より続く、この老舗茶舗の五代目を務めるのは山内祥正さん。 [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/10/top-5.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>愛知県の北部･豊田市にある「碧園 お茶の純平」は、“良い茶をより安くお客様に提供する”を社是として、茶葉の栽培から製茶、販売まで一貫し、茶業を営んでいる。1870年より続く、この老舗茶舗の五代目を務めるのは山内祥正さん。2003年の「全国茶品評会（静岡大会）」、翌年の「全国茶品評会（愛知大会）」で続けて農林水産大臣賞を受賞。高品質な茶栽培に尽力する山内さんは、飲料の選択肢が多様化する現代において、日々の生活の中で緑茶を嗜む喫茶文化の再定着を目指して邁進中だ。</p>



<h2 class="wp-block-heading">明治3年から受け継がれてきた茶畑</h2>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/10/P6A7012-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-39091" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/10/P6A7012-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/10/P6A7012-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/10/P6A7012-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/10/P6A7012.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>愛知県豊田市といえば、あの大手自動車メーカーが鎮座する企業城下町だ。そのため製造業が盛んな印象があるが、実際には周囲は山々に囲まれ、自然豊かな土地。そんな豊田市で盛んな産業のひとつが茶業である。その起源は江戸時代といわれているが、茶園が増え、盛んになったのは明治から大正時代にかけてのことなのだとか。</p>



<p>もともと豊田市周辺は、温暖な気候と肥沃な土壌、豊かな水といった、製茶に適した環境的優位性があった。加えて現代産業が盛んになるにつれて人口が増加したことは同地域ならではの特徴。このふたつが、製茶業を発展させた大きなファクターだといえる。</p>



<h3 class="wp-block-heading">屋号にもつく二代目の偉業</h3>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/10/P6A6954-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-39094" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/10/P6A6954-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/10/P6A6954-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/10/P6A6954-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/10/P6A6954.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>1870年に創業し、お茶の栽培から製茶、販売までを一貫して行う「碧園 お茶の純平」。一見ユニークなこの屋号は、同社の二代目･山内純平氏から名前を取っている。この山内純平氏、現在でも日本中で<strong>抹茶の原料となる「碾茶（てんちゃ）」</strong>の製造に使用されている「碾茶機」の原型といわれる「<strong>三河式碾茶機</strong>」を生み出した、業界では名の知れた人物。</p>



<p>碾茶とは先述の通り抹茶の原料で、粉末状にする前の葉の状態のことを指す。日本茶の中でも高級品に分類される玉露と同じように、遮光資材を被せた被覆栽培でじっくりと時間と手間をかけて育てるのが特徴。被覆栽培には、光を減らして茶葉の光合成を抑制することで、お茶の渋みのもとになるタンニンを減らし、味をまろやかにしたり、少ない日光量を最大限に受け止めるために葉が大きく広がり鮮やかで濃い緑色に育つなどのメリットがある。 一点、玉露との大きな違いは、製造の段階で「揉む」という工程を経ないことだ。玉露は茶葉を揉んで細胞を壊すことで味をしみ出しやすくするが、碾茶は石臼で粉末にすることが前提のため、挽きやすいように茶葉を揉まず、細胞を壊さないように加工する。</p>



<p>明治の頃まで碾茶の製造は手製で行われていたが、大正中期に起こった第一次世界大戦による労働力不足をカバーするため碾茶機の開発が急がれていた。当時、京都や静岡といったお茶の産地でも碾茶機が考案されたが、中でも初期の碾茶機と言われているのが純平氏が考案した三河式だ。この装置は長さ7メートル、幅1メートル、高さ2メートルほどのレンガ積みの乾燥室を設け、その底部に火炉（ボイラー）を置き、底部から50センチほどの高さに取り付けたレール上に蒸した茶葉をひろげ置いて手で押し進めて乾燥させるという単純な構造。<strong>しかし、手製時代は焙炉（ほいろ）という作業台で職人が手作業で茶葉の乾燥を行っていたため、火炉の温度も120℃くらいまでしか上がらなかったが、この装置の登場により180～200℃まで向上したため、手製の頃に比べて碾茶の品質は格段に良くなった。その上、職人がかかりっきりにならず製造も効率化され、機械化による技術の均一化で品質も安定した。</strong>これを周辺の同業者に伝え広めたことにより、豊田市の碾茶産業は一層発展していったというから純平氏の貢献は大きい。</p>



<p>その後、各地で碾茶機の改良が重ねられ、現在では茶葉を蒸す工程から、冷却、乾燥、葉と茎を分離する工程まで一連化して行えるまでになったが、基本的な構造は同氏が生み出した三河式の系譜を辿っている。</p>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/10/P6A7029-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-39095" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/10/P6A7029-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/10/P6A7029-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/10/P6A7029-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/10/P6A7029.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>そんな偉大な二代目のスピリットを脈々と受け継ぐ同社。現在は純平氏のひ孫である<strong>山内祥正さん</strong>が五代目を務めている。</p>



<h2 class="wp-block-heading">祥正さんが考える「良いお茶」とは？</h2>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/10/P6A7064-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-39098" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/10/P6A7064-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/10/P6A7064-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/10/P6A7064-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/10/P6A7064.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>二代目・山内純平氏が碾茶産業の近代化に大きく貢献した後、三代目・山内武義氏が栽培面積の拡張と茶販売の礎を作った。そして四代目・山内希男氏が全国に販路を広げ、五代目となる祥正さんはお茶の品評会で「農林水産大臣賞」「内閣総理大臣賞」を受賞するなど、高品質なお茶を自ら栽培、製造しつつ、茶文化を国内外に広めるべく躍進している。愛知県茶業者では初めてとなる「内閣総理大臣賞」受賞は、実直なお茶作りはもちろん、茶摘み体験や茶文化を楽しむ講座を開いたり、地域の人たちにお茶をふるまうなど、地域貢献活動が認められた結果だ。<br></p>



<p>そんな、お茶の発展に幅広く尽力する祥正さんがたどり着いた<strong> “良いお茶” </strong>の定義とは、茶葉を芽吹かせる“木”そのものの力がお茶に100％発揮されていることだという。「お茶の新芽が100点だとすると、その頂点からいかに減点させずに製茶するかが私たちの腕の見せ所。例えば、収穫してから時間が経ったトウモロコシに比べて朝穫れをすぐに食べたほうが甘いんですよ。それと同じように、茶葉にも鮮度があります。私たちの茶園では、<strong>摘んで2時間以内に製茶することが基本</strong>」と、祥正さんは自社のこだわりを明かしてくれた。</p>



<p>また同社の茶畑は、山間地から平地にかけて品種を変えて栽培している。気温の低い山間地では「おくみどり」など摘採時期が遅い晩生種を、平地では早生種を植え、摘採時期をできるだけ大きくずらせるよう工夫している。新芽が出るタイミングをずらすことで、限られた人員でも<strong>ちょうどいい時期に茶摘みができるよう考慮されている</strong>のだ。</p>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/10/P6A6993-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-39099" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/10/P6A6993-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/10/P6A6993-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/10/P6A6993-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/10/P6A6993.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>豊田市で作られるお茶は、<strong>茶葉本来の青々しい香りをそのまま楽しめるよう、火を極力入れないのが特徴</strong>だ。そのため生育環境がそのまま味に直結する。だからこそ、根をしっかりと土に這わせ、与えた肥料をすべて吸収して<strong>力強い味の茶葉が育つ環境作りも徹底</strong>している。<br></p>



<p>また同社では、手摘みで収穫する茶畑と機械摘みの茶畑を分けて管理している。手摘みの場合、1本の枝先から、まだ葉が開いていない芽の状態の「芯」と呼ばれる部分と、その下のまだ柔らかい2枚の葉を摘む「<strong>一芯二葉（いっしんによう）</strong>」が基本。まだ紫外線をあまり浴びていないため渋みのもととなるカテキンが生成されていない、甘みの強いところだけを摘むことができるため、機械摘みに比べておいしさが格段に増すが、コストがかかる分、すべてを手摘みにするわけにもいかない。<strong>味を重視するか、コストを重視するか。消費者のいずれのニーズにも対応できるよう作り分けている。</strong></p>



<h3 class="wp-block-heading">おいしいお茶は、手の感覚から生まれる</h3>



<figure class="wp-block-image size-large"><img decoding="async" width="1024" height="682" src="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/10/P6A7065-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-39100" srcset="https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/10/P6A7065-1024x682.jpg 1024w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/10/P6A7065-300x200.jpg 300w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/10/P6A7065-768x512.jpg 768w, https://nihonmono.jp/wp-content/uploads/2023/10/P6A7065.jpg 1280w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p>摘み取った茶葉は一旦蒸した後、揉みながら乾燥させていく。現在、同社では生産性などを踏まえ揉む工程に機械を使用しているが、工程の切り替え時など、重要な<strong>判断をするのは、やはり熟練の職人の経験</strong>だという。茶を握り、水分がどれくらい残っているのか、お茶のねじれ具合がどうか、などを手の感覚で確かめ、工程を進めていく。職人の「手」が入っていること。それが良いお茶を生み出すのだ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">毎年、一年生という心構え</h3>



<p>祥正さんは、毎年「<strong>製茶業1年生」という心構え</strong>で仕事をしているのだとか。機械の操作設定や気温などを代々記録している日誌を引き継いではいるものの、同じ茶畑で、同じタイミングで製茶しても、一度として同じものは生まれない。自然が相手の<strong>お茶作りは数値化することが難しく、だからこそ狙い通りのお茶ができると疲れが吹き飛んでしまうほど</strong>うれしいのだそう。</p>



<p>うれしい理由は、良いものができたという自己満足ではなく、自信を持っておいしいと思える製品を市場に送り出すことができるから。根幹には常に、<strong>自分たちの作ったお茶を飲んだ消費者に心から喜んでもらいたい、</strong>という思いがある。</p>



<p>現在は六代目となる息子の雅弘さんも茶業に従事。どこにも負けないほどのお茶作りへの情熱と努力は時代を超え、次の世代にも脈々と受け継がれようとしている。</p><p>The post <a href="https://nihonmono.jp/article/39082/">良いお茶を追求し、茶葉の栽培から販売までを手がける「碧園 お茶の純平」/愛知県豊田市</a> first appeared on <a href="https://nihonmono.jp">NIHONMONO</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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