NIHONMONO「にほん」の「ほんもの」を巡る旅マガジン

長野県から世界へ。豊かな食卓を創造する「株式会社サンクゼール」

長野県から世界へ。豊かな食卓を創造する「株式会社サンクゼール」

長野県の北側、新潟県との県境に程近い飯綱町に本社を構える「株式会社サンクゼール」。大手ショッピングモールを中心に、メーカーズブランド「St.Cousair(サンクゼール)」と食のセレクトショップ「久世福商店」を全国に展開する会社だ。
現在では両ブランド合わせて、約150の店舗数を誇る大企業だが、そのはじまりは家族で経営する小さなペンションだった。

創業者の久世良三さんは東京都出身。都内で外食産業専門商社を営む家に育った生粋のシティボーイだったが、家業を手伝う中で営業に訪れたスキーリゾートにて、そこに暮らすペンションオーナーたちの生活に魅せられ、長野県の斑尾高原に移住。1975年に「ペンション久世」を開業した。
開業二日目には、客として訪れた、現在の奥様である、まゆみさんと恋に落ち、プロポーズ。出会って間もなく結婚まで漕ぎ着けてしまう。
こうして夫婦二人三脚でのペンション経営がスタートしたのだが、それからほどなくして、久世家の未来を左右する大事件が起こる。
念願だったペンションの仕事に夢中になりすぎたあまり、家族の時間をおざなりにしてしまった良三さんに失望し、まゆみさんが神奈川の実家に帰ってしまったのだ。
突然起こった久世家離散の危機を解消するため、良三さんはペンション経営の道を諦め、まゆみさんと家族のしあわせを優先することを約束した。そこで、ちょうどその当時、宿泊客の朝食に出していた自家製のジャムが評判を集めていたこともあり、次第にジャム事業へシフト。開業から6年、ペンション久世はジャムの企画販売を行う「株式会社 斑尾高原農場」として新たなスタートを切った。

新事業の基軸となったのが、ペンションを構えた斑尾高原周辺で通称“くずりんご”と呼ばれていた規格外のりんごを使用して、まゆみさんが家族のために作った低糖度のジャム。
この周辺では、生育過程のキズやサイズなど、出荷規格を満たさないりんごを“くずりんご”と呼び、大半を処分していた。その現状を知ったまゆみさんが「こんなにおいしいのに、見た目が悪いだけで捨てられてしまうなんてもったいない」と、それを買い取り、ジャムを作ったのだった。

当初は近隣施設に置いてもらったり、行商のように商品を車に積み込み、県内のリゾート地を廻るなど、牛歩のごとく販路を拡げていたが、土産品としての目新しさや、目を引くパッケージデザインなどが評判を呼び、次第に引き合いも増えていく。
しかし人気とともに競合商品が増えるのも、世の道理。久世夫妻はより強いオリジナリティの必要性を感じ、りんごの産地として有名なフランス北部の都市、ノルマンディを訪れる。ペンションを閉め、時間に余裕ができた夫妻にとって、新婚旅行を兼ねた視察だった。
そこでは、りんごを使った酒造りが普及。生食の用途以外で、果物を使った産業が経済的に自立している光景を目の当たりにし、農業資源を活用した6次産業化に可能性を感じた。
道中、立ち寄ったレストランでは、ゆっくりと食事の時間を楽しむ地元の人たちの姿を見て、ヨーロッパの成熟した大人の文化にも感銘を受ける。

この旅で夫妻は、近い将来、日本にも質の高いライフスタイルを求める時代が到来する、と確信。そこで見た田舎の豊かな暮らしを再現するべく、現在の場所に本社を構え、1988年から1990年にかけてジャムの加工工場や自社農園などの施設を次々と拡充させていった。
特に、旅の中で食中酒の必要性を感じていた夫妻は、食事とともにワインを楽しむ文化が根付いていなかった日本の人たちに、旅で実際に見て感じたものをわかりやすく伝えるため、ぶどう畑、ワイナリー、レストラン、そして自社の製品が購入できるショップが一体になった場所を創ることに力を注ぐ。この時、レストランの屋号として採用された名称が、St.Cousair。

創業者の姓をもじって“久世さん”を逆さに読ませ、海外の人にも馴染みやすいよう、語尾を整えた。これが、後にブランドとして展開し、2005年には株式会社斑尾高原農場から社名変更され、新たな称号のベースともなっていく「サンクゼール」のはじまり。
こうしてジャム事業に加え、ワインの醸造がスタート。しかし当時の日本ワインといえば低コストに振り切った安価なものが多く普及し、日本産というだけで、味や質ではなく、金額で判断されてしまうことも多かった。
しかし夫妻は自分たちの理想にこだわり、儲けは後回しに、栽培方法や土壌改良、醸造など、良質なものを造ることに邁進。はじめのうちはコストに見合うほどの売上はなかったが、1999年に初の直営店舗を軽井沢にオープン。それを機に、ジャムとワイン以外にも自社のコンセプトに沿った商品を作りたいと、パスタソースやドレッシングなどのグロサリーを開発し販売。これによって、夫妻が目指した豊かな食卓風景がより具体的になったことや、店頭での接客で、製品へのこだわりをより強く伝えることが可能になったことが成果をもたらし、売れ行きは次第に良くなっていく。

こうして事業の基盤はより安定。順調に店舗数を増やし、2010年頃には30軒近くの直営店舗を構える一大ブランドとなっていた。
同時に次の事業展開にも考えを巡らせる中、海外出店にも着手。そこで日本の商品が諸外国からどのように求められているかを知る。
ある年、海外で行われた食品の展示会で現地のバイヤーから「日本の会社なのに、味噌や醤油など、日本にしかないものは扱っていないのか?」と尋ねられ、改めて“Japan heritage”に注目。この時思い描いたのはFAUCHONやPECKのような、国を代表するグロサリーブランドだった。

2011年には、東日本大震災によって東北地方のメーカーや生産者が被災。その影響で販路を失ってしまった人たちを、どうにかして助けることができないかと考えたこともブランド構想を早める要因となった。
これらの出来事が重なり誕生したのが「久世福商店」。
“country comfort”をコンセプトに、ワインやジャム、パスタソースなどヨーロッパの田舎にある食卓風景をイメージさせる質の高い「洋」のグロサリーを揃え、主に日本各地のリゾートエリアに店舗を展開することで、プレミアム感のある食のブランディングを行ってきたSt.Cousairに対し、久世福商店では、“ザ・ジャパニーズ・グルメストア”をコンセプトに、出汁や佃煮、発酵食品など、日本に因んだ「和」の食材を厳選し、作り手の想いやその土地の食文化とともに発信。全国のショッピングモールなどに店舗を展開し、選りすぐった“おいしい”を日常にプラスすることで、豊かな食卓をより身近に楽しめるようなセレクトショップを目指した。
まず、はじめに「こういうものがほしい」という和の食材を25カテゴリーほどピックアップ。それに沿って全国を行脚しながら生産者のもとをまわり、自分たちが本当に良いと感じたものだけを集め、2013年の1号店オープン時には約2500点に及ぶ商品をセレクトして展開した。

その後も順調に店舗数を増やし、130以上の店舗を構える現在に至っても、なお全国の魅力的な商品を探し続けている。
この妥協なき姿勢が、品質の高さを求める現代社会のニーズにマッチ。ブランドが躍進する足掛かりとなっているのだろう。
2018年には、良三さんに代わり、長男の良太さんが代表取締役社長に就任。創業当時から紡いできたフィロソフィーは、次世代にしっかりと引き継がれた。いつの時代も、その根幹にあるのは“豊かな食卓を作る”という想い。サンクゼールにしても、久世福商店にしても、自分たちの想いを貫きながら、信じる方向へと歩を進めてきた結果、時代がそこに追いつき、ビジネスとして大きく発展。日本の豊かな食卓を担うブランドへと成長を遂げた。

そして現在、久世家は、今より少し先の未来、2035年を見据えている。
近い将来、世界はデジタルの力で今よりさらに身近になり、AI化、効率化によって人の仕事は創造的なものに置き換わっていく一方で、人々はより一層、食の豊かさを求めていく。創業当時から信じ貫いてきた想いは着実に芽吹き、株式会社サンクゼールの商品が世界中から必要とされる。そんな未来を目指し、長野県に根を張る食のトップランナーは、勇往邁進していく。

ACCESS

株式会社サンクゼール
長野県上水内郡飯綱町芋川1260
URL https://www.stcousair.co.jp/