NIHONMONO「にほん」の「ほんもの」を巡る旅マガジン

陶芸家・服部竜也

陶芸家・服部竜也

岐阜県東南部。「東濃」と称される地域は、古くから焼き物の産地として知られている多治見市や土岐市などがあり、陶磁器づくりの原料が自然と手に入りやすく、作家たちも全国から集まってくる、言わずと知れた焼き物の聖地である。

ろくろや窯、陶芸作家の工房や陶器を量産する工場など陶芸にまつわるものが日常の風景に溶け込む多治見市で育った陶芸家 服部竜也さん。それらが、当たり前のように日常に溶け込んだ環境で過ごしてきたため、特別なこととは感じず、意識して触れることも無く、気付けばそこにある存在が陶芸だった。少年時代は物を作ったり、絵を描いたりすることが好きだったが、家業を継がなければいけないような環境も無く、まさか地元の陶磁器産業にまつわる仕事を選ぶとは思ってもいなかったという。ここ岐阜では、服部さんのように地元で育って、そのまま陶芸家として活動するケースは非常に珍しい。しかし、“ふつう”のサラリーマンとして勤める姿が想像できず、ふとした気持ちで入った陶芸教室でものづくりの楽しさに目覚め、道を決めた。その後、県外からの生徒が多く集う多治見市陶磁器意匠研究所に入学。美大を目指した時にデッサンを少し勉強したことがあったくらいで、やきもの用の土にも触ったことが無かった。焼き物を学ぼうと集まってくる人たちは、家が窯元であるなど、何かしら陶芸にゆかりがある事が通例だったため、服部さんのように一代で陶芸家を目指すような存在が珍しく、当時は周囲を驚かせたそうだ。陶芸への志が高い生徒たちと切磋琢磨し、誰よりもろくろと向き合い、自分の作風の確立を目指した。

様々な作品と出会う中で服部さんの琴線に触れたのは、イギリスで活躍したオーストリア人作家ルーシー・リー(1902-1995)の作品だった。日本でも1964年ごろから各地で展覧会が開かれ、1989年の大阪での展覧会は、建築家・安藤忠雄が空間デザインを手がけた事もあり注目を集め、彼女の日本での人気を確かなものにした。没後も多くのコレクターが彼女の作品を求め、今では茶碗が一脚数百万円ほどの高値で取引されている。
彼女の作品の気品に満ちたシンプルな造形。凛と張りつめた空気と柔らかさを内包したなめらかな曲線。伝統的な技法を再解釈して編み出した豊かな色彩。「陶芸はこんなにも自由でいいんだ」。アートのような作品の例えがたい美しさは服部さんの心にすっと響き、陶芸に抱いていたイメージを大きく広げてくれた。そして、既存の価値観に囚われず新しい表現を追求すること。彼女の作品から感じた姿勢をならい、自分ならではの表現を自問自答する日々が始まった。

服部さんが理想としたのは、何十年経っても色あせず、使うたびに喜びを感じる陶磁器であること。陶芸家と名乗る以上、ありふれたものにはない、特別な何かが感じられるものを形にしたいと考えた。その過程で生み出した代表作のひとつが、黒銀彩マグカップ。マットブラックな表面と対比するように内側に施した銀彩が特徴的だ。この華やかな銀彩は使うほど酸化して“いぶし銀”になり、味わいを増す。それでいて飲みやすく、持ちやすい。造形美と機能美。近いようで相反する部分もある2つの「美」の両立を服部さんは追い求めた。

「陶芸で生活できるようになるまで家族には迷惑をかけたけど、目の届く範囲で活動できる今の環境で続けていきたい」と現在は土岐市を拠点に活動する服部さん。アシスタントは募集せず、これからも一人で制作を続けるという。それゆえ、たくさんの量を作ることはできないが、自分自身や作品と向き合う時間は長い。ひと手間、ふた手間、労を惜しまず丁寧に。一つひとつに心を配り、服部さんの手によって生み出される作品が、使う人に上質なくつろぎをもたらしてくれる。

ACCESS

服部竜也
岐阜県土岐市